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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:44:33 ID:cwrc78lw0
いつまでたっても規制が解除されないのでこちらで


纏めてくださっているサイト様

文丸新聞さん
ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

ローテクなブーン系小説まとめサイトさん
ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

67名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:22:55 ID:3xx7Z7ME0
支援

68名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:23:52 ID:ndF7vt0k0
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Ammo→Re!!のようです
     /イ ::::::::::::::::::::::::::::|∨ハヘ   ∨∨__,,,Ⅵ∨::::::::/::!::::: : /:::::.:/ ⌒
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      |:::::/ |::::/i:::::::::|ヽ! { ∨xィイゞ゚≠‐′  |:::/ //::::::/:: /:l Ammo for Relieve!!編
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              ‥…━━ August 3rd PM15:11 ━━…‥
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宣言した直後、トソン・エディ・バウアーはネクタイを緩め、瞬き一つせずに疾駆した。
エクスペンダブルズに対して生身で接近戦を挑むのは、どう考えても無謀だ。
軍にいたころ、彼女の輝かしい戦歴や武勲は聞いていたが、それでも不利極まりない。
ギコ・カスケードレンジは援護を考えたが、彼女がスーツの下から取り出した得物を見て、考えを変えた。

彼女が持っているのは、二本の高周波ナイフ。
ジョン・ドゥ用に用意されているタイプのもので、ここに来る途中で鹵獲したと思われる。
彼女が普段の戦闘で使用するのはあの類の得物なので、勝算は十分にあり得た。
Cクラスの棺桶全体が持つ欠点が、長すぎるリーチにある。

そこを狙うのなら、トソンが一方的にやられるということはない。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『なんだ、貴様は!!』

トソンはその問いに答えることなく、戦闘を開始した。
殴り掛かろうと振り上げた右腕の付け根に、ナイフを一本投擲。
刺さり具合は浅いが、腕は力なく垂れ下がった。
エクスペンダブルズの装甲強度に対してナイフがどこまで有効かを試すことなく、ただの一投で回路を絶った。

性能を熟知している人間にしか出来ない戦い方だ。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『生身で勝てると思うか、この女!!』

動かない右腕は重りでしかない。
クックル・タンカーブーツは左腕の鉤爪を展開し、光学兵器を構えた。
その行動自体は正しい物だが、相手を理解していない時点でクックルの失敗だ。
ニクラメンの二将軍の素顔は、そう滅多なことでは見られない。

謁見の機会が得られるとしたら、戦場か、それとも殺される直前だけだ。
クックルは、これまでに一度も彼女と面識がないのだろう。
ギコは床を踏み砕く勢いで跳躍し、襲い掛かる。
トソンの行動と戦闘方法を知っているギコが彼女に合わせて動くのは、至極当然のことだった。

彼女はギコを信頼し、計算した上で行動しているのだ。
それに、この至近距離にいながら動かぬ道理はない。

ム..<::_|.>ゝ『させるか!!』

69名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:25:08 ID:ndF7vt0k0
エクスペンダブルズの左肘にバンカーバスターの先端を叩きつけ、光学兵器を地面に向けて発射させた。
青白い光が勢いよく迸り、地面が黒く焦げて溶解し、小さな穴が開いた。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ぐっ!!』

薬莢型の使用済みバッテリーが、腕の廃莢口から飛び出す。
その僅かな隙。
一瞬の内にトソンはエクスペンダブルズの傍に現れ、ナイフを開いた廃莢口に突き刺した。
火花と電流が飛び散り、左腕から黒煙が上る。

堅牢な装甲にある、僅かな弱点。
エクスペンダブルズの設計と性能を熟知しているトソンは、その弱点を容赦なく叩き、そして潰した。
彼女はその場から飛び退き、新たな高周波ナイフを右手で取出し、逆手に構える。
すかさず、ギコはエクスペンダブルズの足関節を上から踏みつけた。

バランスを崩し、エクスペンダブルズは膝を突く。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『姑息な真似を……!!』

(゚、゚トソン「棺桶の性能を過信しすぎです」

それだけ言って、トソンは背面のバッテリーボックスをナイフの一突きで破壊し、戦闘を終了させた。
彼女はそれ以上攻撃を加えることはせず、ただ、興味なさ気に擱座したエクスペンダブルズの横を通り過ぎた。
性能に頼り切り、慢心した棺桶持ちなど殺す価値もないとばかりに。
この間、僅か三十四秒。

(゚、゚トソン「ギコ、行きますよ」

これが、イルトリア二将軍の実力。
これが、“左の大槌”の実力。
これこそが、トソン・エディ・バウアーという女性の戦い方であった。

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         l./    ヽ    l ヽ .l  .ヽ ..l     \ .l   人 .l\ヽ
     l  k_      ヽ   l  ヽ l  ヽ .l     \.l ,r'i´¨iヾゝ`ヽ
     l l/ `ー- 、  ヽ   l  ヽ.l   ヽ.l      ,rイ丿ノ ノ 丶ヽ
      l lー---t----≡=\l_  ヽl  ヽ `   ,r'"ー'イ_, イ    l
   ,i  l l `ヽ、 ヾーイ=',ノ`'ーヾ_ー--- ゝ   ー--―'"        l
   / l  li,i   `ー-==--―='"´                  
‥…━━ August 3rd PM15:11 ━━…‥
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(=゚д゚)「……待てよ、ワタナベ・ビルケンシュトック」

兵舎の間を走り抜けていた白いドレスの女の背に、トラギコは銃口を向けながらその言葉を送った。
逃走していたワタナベ・ビルケンシュトックは大人しく立ち止まり、優雅な仕草で振り返る。
その顔は、何かを期待しているかのように楽しそうだった。

从'ー'从「なぁに? 何か忘れてたのかしらぁ?」

70名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:27:06 ID:ndF7vt0k0
(=゚д゚)「いくつか訊きたいことがあるラギ」

撃鉄は既に起きている。
後は銃爪を引くだけで、ワタナベの頭の半分を吹き飛ばすことが出来る。
情況を理解しているのか、彼女は抵抗する様子も仕草も見せず、だが、残念そうな口調で返事をした。

从'ー'从「私について?」

(=゚д゚)「……じゃあ、まずはそっちから訊くラギ。
    なんで、あのガキを助けたんだ?」

ワタナベは、明らかに意図的に耳付きの少年を助けようとしていた。
ただ、助け方がかなり特殊で、そこに至った理由が知りたかった。
彼女は何故、あの少年を助けようとしたのだろうか。

从'ー'从「……助けた? 勘違いじゃないのぉ」

(=゚д゚)「いいや、それはねぇラギ。
    ここに来る途中、手前は散々人を殺した上に壁まで丁寧に作ってくれやがったラギ。
    だけど、あのガキどもはお前がここに連れてきただけで、殺そうとはしていなかったラギ。
    お前らしくねぇラギ」

从'ー'从「……覗き見が趣味なのかしらぁ?」

ワタナベは、今度は否定しなかった。
つまりそれは、肯定を意味している。
彼女の言葉を真実として、トラギコは話を続ける。

(=゚д゚)「加えて奇妙だったのが、殺人狂の手前が、どうしてあのガキを殺すのに手を貸さなかったのか、ってことラギ」

从'ー'从「……」

(=゚д゚)「やろうと思えば、お前も殺しに加われたはずラギ。
    それに、もっといたぶって殺す事も出来たはずラギ。
    だけどそれをせずに、拳銃を渡した」

無言。
この無言は肯定か、それとも否定か。
彼女の返答を待たず、トラギコは続けた。

(=゚д゚)「そして、どうして拳銃を渡す時にサプレッサーを付けたラギ?
    これが一番不可解だったラギ。
    周囲に発砲音を聞かれても、今更何もデメリットはないのに、どうして付けたのか」

先ほど得た、少年を殺すつもりがなかったという意志。
にも関わらず手渡した拳銃。
そしてサプレッサー。
これらのつながりが導き出すのは、一つの推論。

71名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:28:26 ID:ndF7vt0k0
(=゚д゚)「……ワタナベ、お前、ガキが怖がらないように、わざわざサプレッサーを付けたんじゃないラギか?
    そして、ガキがこれ以上苦しまないために拳銃を渡して、一発で死なせようとした。
    違うラギか?」

从'ー'从「だとしたら何?
     それがどうかしたのぉ?」

それは肯定の答えだった。

(=゚д゚)「理由を知りたいだけラギ」

そう。
この殺人狂が何故、あの少年にそこまでの慈悲と手間をかけたのか。
それがどうしても気にかかっていた。
道中に見た夥しい死体と、どうしてもつながらない。

ルールがあるにしても、やはり気になるのだ。

从'ー'从「私の主義と、あの子が気に入ったからよぉ」

主義、と言われたらそれまでだ。
何故なら、主義を掲げる人間は総じてその主義に明確な理由を持たず、他人に共感してもらうことをしない。
彼らの中にある彼らのルールなど、誰に分かる物か。
ましてや、相手は殺人によって快楽を得る狂人だ。

分かるはずがない。

(=゚д゚)「……シンプルラギね」

从'ー'从「その方が分かりやすくていいでしょぅ?」

一つ、気がかりなことが解消できた。
しかし、もう一つある。
こちらが本命だ。

(=゚д゚)「それじゃあ、本題ラギ。
    ……何のために、こんなバカげた騒動を起こしたラギ?」

从'ー'从「それを、教えると思う?」

(=゚д゚)「あぁ、教えてくれるラギね」

トラギコは拳銃を強調するように構え直す。
何故か、ワタナベは笑みを浮かべた。

从'ー'从「なんでも、ここにあるニューソクって物が目当てみたいよぉ。
     後は搬出するだけになってるしぃ。
     まぁ、私はただ雇われただけだから、どうでもいいんだけどねぇ。
     ほら、私のプレイグロードって汚染物質やらなんやらに強いからさぁ」

72名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:29:33 ID:ndF7vt0k0
(=゚д゚)「……え?」

从'ー'从「え、って、何?
     知りたかったんでしょ、この騒動の目的と私がいる意味を」

(=゚д゚)「あ、あぁ……そりゃあそうラギ。
    でも……」

从'ー'从「……私の主義。
     じゃあ、またねぇ」

そのまま立ち去るワタナベを、トラギコは撃つことが出来なかった。
彼女が浮かべた笑顔は、どうしてか、子供のように無邪気で。
そして。
そして、とても儚げなものだったから。

気持ちを切り替え、トラギコはギコの元へと向かった。

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‥…━━ August 3rd PM15:12 ━━…‥
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ノハ;゚⊿゚)「……」

トソンが見せた手際の良さに、デレシアの隣で観戦していたヒートは絶句している。
彼女は殺すための戦闘ではなく、動きを止めるための戦闘を行ったのだ。
理由は分かり切っている。
手持ちの武器では殺せないからだ。

一度目は相手が油断しきっていたから有効だったが、二度目はないだろう。
殺し合いとは常に起こり得る事態であり、常に己の力が試される。
しかし、戦闘とはそういうものだ。
その結果がこれだ。

イルトリアの軍人でありながらこの失態劇を演じたのは、彼の実力不足のせいである。
会話を聞く限りでは元大尉だが、実力は元中尉のギコ以下だ。
階級に関してはかなり厳しい規則を設けているイルトリアで大尉にまで上り詰めた経緯は不明だが、所詮は肩書。
昇格するために、ハイエナのような手段で手柄を立て続けたのだろう。

しかし、鎮座している豚への興味はもうほとんど失っている。
どうでもいいことだ。

ζ(゚ー゚*ζ「手出しをしなくていい理由の二つ目」

73名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:31:57 ID:ndF7vt0k0
もう、抑えきれなかった。
抑える必要もなかった。
衝動に身を任せ、デレシアはヒートの手を引き、ブーンの元に駆け出した。

ノハ;゚⊿゚)「な、なんだよ!」

全て偶然の産物に見えるが、その実は違った。
全てはブーンの実力。
彼の持つ力が、全てを変えたのだ。
最悪に思われた事態を、彼自身がここまで変えて見せたのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「あの子は、死んでなんかいないわ!」

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Ammo→Re!!のようです

              ‥…━━ 第十章【answer-解答-】 ━━…‥

                                         Ammo for Relieve!!編
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――ブーン生存は、いくつかの要因が関わって初めて成立するものだった。

まず前提として、ブーンの体力と身体能力の高さを留意しておく必要がある。
人生の大半を暴力と共に過ごし、痛みが日常と化していたその生活の背景。
殴る、蹴るという攻撃に対しては並外れた耐久力が備わったのは、必然だった。
クックルの体躯から繰り出されたあれだけの暴力にも関わらず絶命を免れたのは、奇跡ではなかったのである。

続いて、彼の衣類――カーキ色のローブ――が、優れた防弾繊維であることも欠かせない。
“魔女”ペニサス・ノースフェイスが彼に手渡した少し大きめのローブは、デレシアも愛用している高性能な繊維で、徹甲弾でもない限り貫通しない強度と柔軟さを持つ。
それを身に纏ったブーンの背中に撃ち込まれた銃弾は、確かに凄まじい威力を有していただろう。
だが、強靭な骨を持つブーンには強烈な打撲傷と軽度の骨折だけが残った。

更に、若い女性が使用した拳銃にも要因があった。
サプレッサーを付けることで静音効果を得た反面、その威力が減退していたのである。
明らかに威力減退を意図したその行動は、ブーンの背中に与える衝撃を僅かだが軽減したのだ。
これが、彼を襲った打撃と銃撃の結果である。

外的要因に含めるとしたら、ギコとトソンのイルトリア人二人の参戦も欠かせない。
ブーンの意志に呼応した二人がいたからこそ、クックルはブーンの生存を確認する間もなく、戦闘行動を強いられた。
このさほど重要でもなさそうに思える時間こそが、重要だった。
結果としてブーンは、あれ以上の攻撃を受けることなく済んだのだ。

最後に残る疑問は、顔に撃ち込まれた銃弾。
防御力のない顔は絶対的な急所。
一撃で事を終わらせるなら、そこに限る。
それが普通だし、クックルはセオリー通りにそうした。

74名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:33:08 ID:ndF7vt0k0
だが。
ブーンは普通ではなかった。
彼は耳付き。
優れた身体能力と、並外れた身体機能を持つ人類なのだ。

そして。
状況は普通ではなかった。
積み重ねられた幾つもの偶然。
それらが生み出した答えは、必然だった。

銃弾が撃ち込まれたことによって、大量のアドレナリンが分泌された状態のブーンが見た世界は速度を落としたものだっただろう。
亜音速で飛来する弾丸を視認することぐらい、彼には造作もないことだった。
ましてやそれを。
それを――

――文字通り“弾丸を食らう”ことなど、不可能ではない話なのだ。

歯で弾丸を噛み取ることは、普通の人間には不可能だ。
だが、ブーンは違う。
並外れた顎の力。
そして、歯の硬さ。

これらの要因が全て揃って初めて、ブーンの生存に繋がったのだ。

ミセ;'−`)リ「ブーン、ねぇ、ブーン!!」

今にも泣き出しそうなミセリの傍に、デレシアとヒート。
そしてトソン、ギコとブーンの行動を見守り、そしてそれに感化された人間達が集まった。
ブーンを抱き上げて容体を確認したのはデレシア。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫、この子は怪我をしているだけよ」

その言葉を裏付けるように、ブーンの口から銅色の金属片が転がり落ちる。
歯型が残るそれは、紛れもなく銃弾だった。
人間では不可能な芸当を成し得た何よりの証拠。

(゚、゚トソン「ミセリ、彼は気絶しているだけです」

倒れたミセリを抱き上げたのは、トソンだった。

ミセ;'−`)リ「トソン、それに……デレシアさん?!」

ζ(゚ー゚*ζ「久しぶりね、ミセリちゃん。
       それにトソンちゃんも」

(゚、゚トソン「……お久しぶりです、デレシア様」

75名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:37:59 ID:ndF7vt0k0
三人のやり取りを不思議そうな顔で見るギコ。
棺桶をコンテナに収納し、彼もまた、ブーンの状態を知るために駆けつけたのだ。
あれだけの大声で想いを叫べば、彼の性格がよく分かる。
無口だが、その分目が雄弁だ。

(,,゚Д゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「……ブーンちゃんは大丈夫。
      ただ、出来るだけ早く治療してあげないと」

(,,゚Д゚)「そうか」

安心したようにそう呟いたギコの後ろから、トラギコ・マウンテンライトが姿を現す。
どこか釈然としていない、不完全燃焼といった様子だ。
それぞれの事情はさておいて、今はこの場所から脱出することが優先であることを知っているからこそ、何も言ってこないのだろう。
利害の一致によって、無駄なやり取りは避けられる。

(゚、゚トソン「プランは?」

ζ(゚ー゚*ζ「マリアナ・トンネルを使うわ」

(゚、゚トソン「ご一緒しても?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、もちろんよ。
       そこのダブル・ギコも乗るのなら、どうぞ」

――斯くして、擱座したクックルを除く全員が一台の車に乗り込むこととなったのであった。

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‥…━━ August 3rd PM15:20 ━━…‥
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ノパ⊿゚)「なぁ、ギコの名字って、確かブローガンじゃなかったか?」

銃座の無反動砲の具合を確認しながら、ヒート・オロラ・レッドウィングは運転席のデレシアに単刀直入にそう尋ねた。
だが、答えようとしたデレシアより先に、正答を口にする者がいた。
刑事、トラギコ・マウンテンライトだ。

(=゚д゚)「昔の名だと、こいつのことを毛嫌いする人間が多いラギ。
    だから退役した後の仕事が難しくなる。
    イルトリアじゃあ、退役後に名前を変えるなんてのは珍しくないことラギ」

トラギコの言う通り、それは、イルトリア人特有の慣わしのようなものだった。
イルトリア軍人の力は世界共通の認識で、その軍隊の中尉ともなると恨みを買うことが多い。
直接的な恨みは少ないが、その分、名が知れ渡ることで風評が立つ事がある。
引退したイルトリア人が外地に出向かないのは、報復など面倒なことに巻き込まれる確率が高いためだ。

76名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:39:22 ID:ndF7vt0k0
その為、イルトリア人が外地で隠居生活を送る際には、必ずと言っていいほど偽名を使う。
ペニサス・ノースフェイスからギコの本名については訊いており、彼が名を変えていることは既に確認してあった。
優秀な教師の優秀な教え子なら、必ずそうしていると思ったからだ。
だが、気付きはそれ以前からあった。

トラギコに連れて行かれた取調室で、彼が電話でギコの名を口にして確認したのを盗み聞いた時から、デレシアはペニサスとの関連に気付いていた。
だからこそ、ペニサスの教え子がギコであることに確信をもって質問をすることが出来たのだ。
長い隠居生活を送っていたペニサス自身、イルトリア人である以上、偽名を持っていた。
それは――

――ペニサス・ブローガンという、偽名。

狙撃手ほど戦場で忌み嫌われる存在はいないが、ペニサスほど恐れられた狙撃手はそういない。
全ての狙撃の記録が非公式で、彼女は常に単独で行動する狙撃手だった。
そうして残ったのは、敵が死んだという結果と“魔女”という渾名だけ。
彼女の名を知るのは、イルトリアの人間ぐらいだ。

その証拠に、クロジングの人間はペニサスの事を“魔女”と呼び、名を呼ぶことをしなかった。
彼女がヒート達の前で本名を名乗ったのは、親友であるデレシアの前で偽名を使う必要がないと考えたからだ。
何故ギコがペニサスと同じ偽名を使っていたのかは定かではないが、故意に同じ偽名を使用したのだと、デレシアは想像している。
そう考えれば、恩師と同じ地域に暮らしていた理由にも説明がつく。

町に下りない恩師の元に食料品を届け、いつでも窮地に駆けつけられるように。
ギコは、ペニサスの事を心から慕っていたのだ。

(=゚д゚)「大方、ホステージ・リベレイターで名を挙げて、自分の正体を隠そうって考えていたんだろ?
    その甲斐あって、その筋じゃ有名人だ」

(,,゚Д゚)「……あぁ」

二人のやり取りを見る限り、ギコ自身が己の本名を喋ったわけではなさそうだった。
トラギコが短期間で調べ上げたに違いない。
警察の持つ情報網を工夫すれば、あるいは可能かもしれない。
そういった機転を利かせることが出来るのを考慮すると、トラギコは思っていたよりも優秀な刑事だ。

(=゚д゚)「俺はトラギコだ。
    ……折角だ、あんたの名前も教えてくれラギ」

ノパ⊿゚)「……スナオだ」

(=゚д゚)「スナオ、ね。
    そっちのあんたは?」

(゚、゚トソン「名乗る理由がありません」

(=゚д゚)「ちっ、社交性に欠ける女ラギね。
    それで、金髪のあんたの名前は?」

77名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:43:54 ID:ndF7vt0k0
このトラギコの優秀さを考えるのであれば、下手に名前を名乗りたくはない。
一度警察のリストに載ってしまえば、靴底に付いたガムのように世界中の警察官が捕獲しようと目を光らせる。
捕獲した警察官には、特別手当――約一万ドル――が支払われることになるからだ。
前時代と形態は変わったが、効率の面で言えば圧倒的にこちらの方がいい。

偽名を使うのは簡単だが、彼の耳はそれを容易く聞き分けることだろう。
トラギコが金目当てで聞いていないのは分かる。
それに、ここで本名を名乗っておいてもいいかもしれない。
その方が、後が楽しくなるからだ。

ζ(゚ー゚*ζ「デレシアよ」

(=゚д゚)「……なるほどな」

自己紹介――名乗るだけの簡単な物――が終わった後の車内は、声一つ聞こえないほど静かだった。
殆ど面識の無い物同士の相乗りなら、こうなるのが自然だった。
全員に共通している話題は、助手席で気を失っているブーンだけ。
そして今は交流会ではないので、ブーンの話題で盛り上がる必要はなかった。

ヒートはギコが棺桶を天井に固定したのを確認してから、銃座に付いた。
役割として、トラギコが砲弾をヒートに手渡し、トソン・エディ・バウアーが遠隔起爆装置を扱う。
残ったギコはその棺桶をいつでも使えるように、トラギコの隣に腰掛ける。
全員の配置が済むのと同時に、運転席でハンドルを握るデレシアはエンジンを吹かし、装甲車を発進させた。

人工の空がひび割れ、空間全体が地鳴りによって震える。
終わりが近い。
海上都市ニクラメンの歴史の終わりが、もうそこに迫っている。
崩壊を始める都市の風景は、幻想的だった。

建物の窓ガラスが砕け散り、雨音のように鳴り響く。
振動に耐えかねて崩壊する建造物。
生存者の口から発せられる悲鳴。
全てが一つとなって、終焉を告げる。

タイヤを軋ませ、装甲車は予定していた道を走り、十分に加速する。
速度を増した装甲車が遠隔起爆装置の有効範囲内に入った瞬間、トソンが起爆スイッチを押した。
百フィートほど離れた場所にある、マリアナ・トンネルへの入り口を封鎖していた兵舎が爆発し、辺り一帯に爆音が轟いた。
折れ曲がった鉄骨や粉々になった壁が舞い上がり、薄らと炎の残る兵舎だった場所に落ちる。

荒れ果てた地面に、巨大な長方形の穴が開いていた。
先ほどまで五インチの厚みを持つ扉が閉じていたのだが、高性能爆薬五キロには勝てなかった。
あれこそが、マリアナ・トンネルに通じる道だ。
ヒートはトンネルに通じる穴の大半が瓦礫で塞がれてしまっているのを見て、無反動砲の狙いを定めた。

発射された砲弾が瓦礫を細かく吹き飛ばす。
トラギコから砲弾を受け取り、ヒートが再装填。
もう一発撃ち込み、車が通れるだけの幅を確保した。

(=゚д゚)「よし、戻れ!!」

78名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:47:21 ID:kJUeEPCoO
既読感があるなと思ってたら再投下か、まだ一昨日のところだな

79名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:47:28 ID:ndF7vt0k0
言われるまでもなく、ヒートは車内に戻って銃座に続く天井部を閉めてから、シートベルトをした。
一行を乗せた装甲車はトンネルに向かって、瓦礫を踏み越え進む。
穴の先は暗闇で、何が待っているのかまるで見えない。
しかし、車内の誰も恐れてはいなかった。

恐れたところで、状況が何一つ変わらないことを理解しているからだ。
生温い生き方をしてきた人間は、この車には乗り合わせていない。
ある意味で、心強いメンバーが揃ったものだ。
これも、旅の醍醐味の一つだ。

トンネルに侵入した瞬間、一瞬の暗転があった。
直ぐに、ハイビームが照らし出す景色が目に入る。
壁と天井には大小さまざまなパイプが張り巡らされ、それらが血管のように絡み合っていた。
まるで生き物の体内だ。

聞こえる音は風の通り抜ける、轟音だけ。
先ほどと比べての変化と言えば、環境が変わったことによる音の違いと、振動がより大きくなっている点だ。

ζ(゚ー゚*ζ「……始まったわ」

ノパ⊿゚)「え?」

デレシアの言葉に反応したのは、ブーンとミセリ以外の全員だった。
何の話をしているのか理解できなかったが、それがどちらに向けられた言葉なのかは理解した。
全員が一斉に振り返り、デレシアの言葉の意味を理解した。
入り口だった場所 が、瓦礫に埋もれて消えていた。

ひょっとしたら、巨人の跫音とは、このような音なのかもしれない。
ゆっくりと微震が走り、そして、固い物体が砕ける音と共に大きな振動が訪れる。
崩壊が一歩、また一歩と迫っているのがよく分かった。
振動がある意味で規則正しく、まるで時間を刻むように訪れていたことに、その時に全員が初めて認識した。

ここから先は、デレシアの運転に全てが掛かっている。
そう思うと、デレシアは胸の高鳴りを抑えきれなかった。

(=゚д゚)「……ちょっと軽くしてやるラギ」

アタッシュケースを膝に乗せ、トラギコはそんなことを言った。

(=゚д゚)『これが俺の天職だ』

その言葉と共にアタッシュケースが開き、機械籠手と山刀のような剣が現れる。
携帯可能な対強化外骨格装備、“ブリッツ”だ。
手際よく装着したトラギコは、銃座に続く天井部を開いた。
金切声のような音の後、金属が転がり落ちる音が後ろから一瞬だけ聞こえた。

バックミラーで確認すると、円筒が転がり落ちていた。
重量を減らして、少しでも速度を上げるために迫撃砲を切り落としたのだ。

(=゚д゚)「砲弾もいらねぇ、まとめて寄越せ」

80名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:49:14 ID:ndF7vt0k0
なかなかに大胆な思考と行動力を持っていると、デレシアは感心した。
ヒートが砲弾の入った麻袋を手渡し、それをどうするのかと見ていると。

(=゚д゚)「せぇい!!」

全力で投擲した。
なるほど、機械籠手の補助があれば、人間離れした遠投が可能だ。
無尽蔵の食欲を持つ化け物に餌を投げ与えるが如く、砲弾を瓦礫に与える。
瓦礫が麻袋を飲み込んだ瞬間、連続して爆発が起きたが、直ぐに別の瓦礫がそれを覆い隠した。

車内に戻ったトラギコは、ブリッツをアタッシュケース型のコンテナにしまった。

(=゚д゚)「ただ乗りはしねぇ主義でね。
    これでチャララギ」

(,,゚Д゚)「そりゃ驚きだ。
    俺の時はただ乗りしたくせに」

ギコの言葉を受けて、トラギコは鼻で笑う。

(=゚д゚)「さっき援護してやっただろ、それでチャララギ」

似た名前だから仲がいいのか、それとも気が合うのか。
クロジングで初めて出会ってからこの二人に何があったのかは分からないが、大分進展しているのは確かだ。
トラギコの軽量化のおかげか、心なしか速度が上がった気がした。
しかし、依然として崩壊の跫音は近づきつつある。

緩やかな上り坂に差し掛かった時、沈黙を守っていたトソンが口を開いた。

(゚、゚トソン「……後、一分いえ、四十秒でしょうか」

ζ(゚ー゚*ζ「そう? 私は二十秒だと思うけど」

ノパ⊿゚)「何の話してんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「トンネルの安全装置が作動するまでの時間よ。
      ほら、トンネルから浸水したらシャレにならないじゃない?
      ある一定以上の衝撃を感知したら自動的に隔壁が上がるのよ、ここ。
      それに、ブロック形式でトンネルを作っているから、隔壁が上がれば崩落も自然と止まるわ」

車内に再び沈黙が訪れた時、それは起こった。
ライトが照らしていた道の先に、巨大な板がせり上がってきたのだ。
目の前で隔壁が完全に閉まり、一行を乗せた車両はその前で停車した。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、二十秒だったでしょ?」

(;=゚д゚)「ほら、じゃねぇラギ……」

安全装置が作動したおかげで、崩壊に巻き込まれる心配はなくなったが、退路が文字通り絶たれた。

81名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:51:27 ID:ndF7vt0k0
ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、そう焦らなくてもいいわよ。
      後五百ヤードぐらいで、地上よ」

そこに至るまでにある隔壁の数は三枚。
一枚が約十フィートの厚みを持っており、対戦車砲では貫通させることも難しい。
対戦車砲の弾頭は装填されている分と合わせても六発。
この量では、隔壁一枚に小さな穴を空けるので精いっぱいだ。

トソンとブーン、ミセリを除いた全員が車外に出る。
改めて見ると、その隔壁の大きさを実感する。
これが見かけ倒しでないことは、一目で分かる。

(=゚д゚)「ブリッツじゃ、切れねぇラギね」

ノパ⊿゚)「どうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「ギコ、マン・オン・ファイヤでそこに穴を開けて頂戴」

要塞攻略用強化外骨格の地下壕潰しの兵器なら、この扉を貫通できる。
マン・オン・ファイヤの右腕ある発射装置には、六発のバンカーバスターが収納されている。

(,,゚Д゚)「生憎と、残り一発なんだが。
    特殊焼夷弾ならまだまだあるんだがな」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、それで十分よ」

そう言って、デレシアは簡単に作業の手順を説明し始めた。

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             弋       -‐       __,ィt‐テアミ}  | | |ミ/(:::廴____
              ヘ   /      __,-‐ニニヘミ彡'´、 _j_j_j込、:ヽ、___二ニ
               >x、     ,イ⊆ミj ,      ̄   Yミ/ュュュ圭込>'´
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強化外骨格に身を包んだギコ・カスケードレンジは、扉の前にいた。
扉の前には、彼一人しかいなかった。
聞こえるのは、血流の音に似た機械の駆動音。
武骨な右腕に備わった六角錐の六連装発射装置を振り被り、使用コードを入力する。

ム..<::_|.>ゝ『バンカーバスター!!』

その先端を扉に叩きつけた瞬間、六角錐の先端部から、内部に装填されていたバンカーバスターが射出された。
塹壕潰し、地下壕潰しを目的に開発されたバンカーバスターは、その設計上地上でも使用が可能である。
小型故に威力は落ちるが、それでも、十フィートの壁ならば貫通できる。
大爆発の後、隔壁には装甲車が通れるだけの大きな穴が開いていた。

82名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:54:45 ID:ndF7vt0k0
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しかし、ここで終わりではない。
ここから先にはまだ二枚の隔壁が残っている。
その隔壁を破壊しないことには脱出は出来ない。
流石に、バンカーバスター一発では扉二枚を破壊するなど、そんなことは出来ない。

この先も、ギコが一人で進んで道を開拓しなければならない。
それまでの間、デレシア達は車内で待機することになっている。
そうでなければ、彼等を巻き込んでしまうからだ。
特に、後輩にあたる人間を巻き込みたくはなかった。

彼は尊敬するに値する、立派な人間だ。

ム..<::_|.>ゝ

軍用第三世代強化外骨格、通称“棺桶”。
開発者が意図した事でないにしろ、このフルフェイスのヘルメットをギコは気に入っていた。
覆面は多くの事を隠し、心を押し殺して行動すること出来る。
押し殺し、隠した心の中では、常に多くの事を考えていた。

銃弾の飛び交う線上で。
緊張感の漂う現場で。
棺桶に包まれている間は、ギコにとって物事を落ち着いて考えられる時間であった。
戦闘の組み立て方から、全く別の事まで。

――ギコは進む。

今もまた、ギコは考えていた。
何故、自分はあの耳付きの少年に心惹かれてしまったのだろうか、と。
弱さ、儚さ、そして惹かれて止まない不思議な魅力。
腕力はないが、あの少年には他者よりも秀でた魅力を持っている。

彼の魅力は、きっと、二つの作用があるのだとギコは思う。
一つはギコのような人間を魅了する作用。
そしてもう一つは、人間の嗜虐心をくすぐる作用だ。
その魅力のせいで、あの少年は虐げられ、そしてあそこまで人を惹きつけているのである。

それはもう、十分な力だ。
力が世界を動かす時代において、彼の魅了もまた、十分な力。
イルトリアの軍人を三人も魅了したのだから、間違いない。
彼は将来、間違いなく大物になる。

――ギコは進む。

83名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:56:39 ID:ndF7vt0k0
今もまた、ギコは考えていた。
恩師、ペニサス・ノースフェイスを失った八月二日の夜。
あの日以来、ギコはブローガンの偽名を捨てた。
彼女に憧れて付けたその偽名が、あまりにも恥ずかしかったからだ。

自分には、彼女と同じ偽名を使う資格がない。
あまりにも弱く、あまりにも脆い自分が使っていい名前ではないのだ。
思い上がっていた自分を、ギコは責めた。
そして、ブローガンの名を捨て、嘗てペニサスの元で教えを受けていた当時の名前、カスケードレンジの名で生きることを誓ったのだ。

正にそれは誓いだった。
恩師の復讐を遂げ、そして、彼女が最後に残した物を守るまで、決して消えない誓い。
この二本の足は、それまで決して崩れることはない。
そんなこと、許されないのだ。

突如として現れた飛行能力を有する棺桶。
平穏な生活を送っていたペニサスを殺した理由。
ニクラメンを沈め、ニューソクを手に入れるために現れたクックル・タンカーブーツ。
全ては、線でつながっているような気がしてならなかった。

詳しくは分からない。
クロジングの田舎者たちを巻き込む手腕。
厳重な警備が自慢だったニクラメンを内部から崩し、全体の崩壊に導いた手際。
個人の動きでは到底ありえない。

巨大な組織が背後にあることは間違いない。
問題は、それがどこの組織か、である。
これだけの規模、計画、資金、兵力を有する組織となると、これまでにギコが見たことのないほど大きな組織に違いない。
ギコが手に入れた情報では、その正体を推測するには不十分だ。

ピースが無くては、パズルは形にならない。
パズルを始めるには、まずは十分なピースを揃える必要がある。
なら、まだ準備は万端ではない。
情報を手に入れ、相手の事を知らなければならない。

――ギコは、扉の前で立ち止まった。

巨大な窪みの出来た二枚目の隔壁の前に着いたギコは、左腕――特殊焼夷弾、テルミットバリックの発射装置――を振り被って叩きつける。
衝撃と同時に起こったのは、発光、としか表現できない。
一瞬の内に周囲が炎に包まれ、堅牢さの象徴とも言えた扉は無残にも溶け落ち、直撃を受けた場所は蒸発していた。
全てを焼き尽くす六千度の炎は、壁や天井だけでは飽き足らず、周囲の酸素を貪欲に食い散らかす。

百ヤード圏内の物で焼けていないのは、マン・オン・ファイヤだけ。
炎を踏み散らかし、ギコは蒸発して出来た穴を通って疾走した。
扉を潜った先も、大分炎の影響を受けており、所々が燃えていた。
二発目の発射用意を済ませ、ギコは視線の先に最後の隔壁を捉えた。

84名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:57:20 ID:ndF7vt0k0
レーザー照射によって狙いを定め、小型の焼夷弾を狙った場所に連続で三発発射する。
世界がテルミットの炎で漂白されるまで、数秒の間があった。
閃光と炎、そして強風が生まれる。
地上から吹き込む風に炎が揺れ、新鮮な空気がトンネル内を満たす。

炎が身の回りを焼き尽くす中、膝を突いて急速冷却を行う棺桶の中でギコは考えていた。
自分がこの先取るべき行動は理解していた。
何をして、何をするのか、その結果何が待っているのかも分かっている。
考えていたのは、その時期。

動く時期はいつでもいいが、出来るだけ速い方がいい。
ならば、今。
この瞬間に動き出そう。

ム..<::_|.>ゝ『……じゃあな、後輩』

視線の先に見える外の光に向けて、冷却を終えたギコは走り出した。
後輩への義理は果たした。
もう、彼らに関わることはないかもしれない。
これから始まるのは、ブローガンの名を捨てたギコ・カスケードレンジの旅。

或いは、それは――

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‥…━━ August 3rd PM16:00 ━━…‥
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溶けた扉が固まり、装甲車が走行可能になるまでに二十分必要だった。
冷えた外気がトンネルに強風を生み出し、割れたガラスから車内に風が入り込んだ。
デレシアはその風を感じ取り、ギコが作戦を成功させたのだと理解し、ローブを剥がした。
被っていたローブの下から五人の同乗者が顔を出し、まだ熱い酸素を吸った。

(;=゚д゚)「あっちぃ……!!」

勢いよく飛び起きたのは、トラギコ。

(゚、゚トソン「……ふぅ」

ミセ;'−`)リ「あ、暑い……」

続いて起きたのは、トソンとミセリのイルトリア人二人組。
トソンは、苦しげな表情を浮かべるミセリの額の汗を服の袖で拭い取る。
最後に、ブーンを胸の中で守っていたヒートがゆっくりと体を起こした。

ノハ;゚⊿゚)「サウナ並だな、こりゃ……」

(∪-ω-)Zzz……

85名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:59:44 ID:ndF7vt0k0
ヒートの腕の中でブーンは寝息を立てており、命に別条がないことを示している。
人並み外れた回復力と生命力に、デレシアは安堵した。
この少年の成長を、まだ見続けることが出来る。
まだ、見届けることが出来るのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「全員無事みたいね」

ペニサスが作った特殊な繊維のローブを被って、デレシア達は後部座席で身を寄せ合って熱風から身を守ったのである。
ブーンとヒート、そしてデレシアのローブの三人分がなければ、全員が助からなかった。
この作戦の危険な部分は、特殊焼夷弾の生み出す熱だけでなかった。
酸素の急激な燃焼による低酸素状態が、最も恐ろしい問題だった。

一時はトンネル内の酸素が失われたが、詰んでおいた潜水用の酸素ボンベを使い、それぞれが交互に酸素を補給した。
極限とも呼べる状態で意外な行動を示したのは、トラギコだった。
彼はミセリとブーンに優先的に酸素を与えるように指示をして、二人が酸欠にならないように配慮したのである。
結果として、体力面で劣る子供二人はこの状況を無事に潜り抜けることが出来たのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「トラギコ、ありがとう。
      おかげでこの子たちが助かったわ」

(;=゚д゚)「けっ、礼を言われるようなことはやってねぇラギ。
    本当に感謝してるんなら、さっさとここから出るラギ。
    減量中のボクサーじゃあるまいし、蒸し焼き料理になるなんてのはごめんラギ」

一人の例外もなく大量の汗を流し、誰の汗か分からない汗で全身を濡らしていた。
早くキンキンに冷やした水を飲んで、失われた水分を取り戻さなければ。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、行きましょう」

そして、タイヤの溶けた装甲車はギコが作った道を走り始めた。
悪路に揺られる車中では、会話はなかった。
兎に角熱く、そして苦しかったのだ。
苦しみは肉体的な物だけでなかった。

結局のところ、デレシア一行は生きて脱出することに成功した。
しかしそれだけだ。
ティンバーランドの目論見の破綻も、ペニサスの仇討も出来ていない。
デレシア達の脱出を除いて、相手の計画通りに事が進んだ。

それだけではない。
ブーンは傷つけられ、危うく命が奪われるところだった。
どこまでも腹の立つ連中だ。
時代が変わろうとも、彼らはいつだってデレシアを苛立たせる。

強いて。
強いて、よかったこと探しをするならば。
極限の状態で起こった、ブーンの選択による驚異的な成長。
自分の意志でミセリを助け、彼女を庇った。

86名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:01:18 ID:ndF7vt0k0
デレシアが仕向けたことではない。
誰かに強いられて行った行動でもない。
彼が自分で考えて起こしたことだ。
それだけが、唯一今回彼女達が得たもの。

得た物は確かに大きかった。
大きかったが、奪われた物も大きい。
全くもって、不愉快な決着だ。
このまま終わらせるわけには、当然いかない。

力によって、彼らの夢を踏み躙ろう。
徹底的に叩き潰し、捻り潰そう。
木っ端すら残さず、名残すら消し飛ばそう。
そうでなければ、この気持ちが収まる気がしない。

丹念に、丁寧に。
ウィスキーのように時間を掛けて注意深く熟成させたその計画。
その計画が実る直前に、それを刈り取ろう。
開花直前の花を握り潰し、凌辱するようにいたぶりながら台無しにしてやろう。

――見えてきた出口の先には、四角く縁取りされた黄昏の空に浮かぶ巨大な月が彼らを待っていた。

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‥…━━ August 3rd PM16:10 ━━…‥
To be continued...
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87名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:01:58 ID:ndF7vt0k0
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Ammo for Relieve!!編 Epilogue【Relieve!!-解放-】
               . ・  .        .         .    . .
       .+     .      .          .     °.   .             。
   .                .   。       .      .     .   .
         '    ‘  .       .      .      .        . 
          .        .       。       .     .   .
                         +     . . ゜ ゜        .
‥…━━ August 3rd PM19:00 ━━…‥

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

弓のように細い月が夜空に浮かび、足りない分の明かりは星が補った。
町外れの酒場に続く道に街灯はなかったが、天然の明かりが影を濃く照らしだす環境の中で、それは不要だった。
その酒場は看板が朽ちていて名前が読めず、客からは“廃屋”と呼ばれていた。
客層はこの近隣の人間ではなく、別の地域から流れてきた者がほとんどだ。

クロジングに立ち寄ろうとする旅人は少なく、床下のある宿を借りるぐらいなら、銃を枕に野宿をする方がマシだと言われている。
クロジングから最も近い距離にあるこの“廃屋”に客が押し寄せるのは、必然だった。
店主もこの地の利を活かして、店に隣接する宿――娼館も兼ねている――の経営も行っている。
だからこそ、ここの店には訳ありの人間がよく訪れ、店側もそれを知っているので配慮した店作りになっている。

基本的に客は個室を宛がわれるので、他者に顔を見られないようになっている。
勿論、会話の面でも秘匿性は比較的高い。
酒場特有の喧騒と店内で流れるラジオが内密な話を上塗りするために、他者に聞かれる心配も少ない。
情報交換には、もってこいの店だった。

その日、酒場で一番人気の肴は、もちろん海底に沈んだニクラメンの話だ。
店でその話に触れない人間はいない。
それは事件とも事故とも、災害とも言われているが、誰も事実に辿り着いていない。
生存者はおらず、街が沈んだ時間と事実以外、正確な情報は何一つない。

謎が謎を呼ぶこの話は、店で流されているラジオからもそのことについてパーソナリティーが面白おかしく話している。
ひょっとしたら発電機の暴走による大規模な爆発か、それとも海底生物による襲撃か、などだ。
リスナーから寄せられたハガキを交えて、その話は更に真実からかけ離れた方向に盛り上がりを見せていた。
木の板で区切られた個室で、五人の男女は大量の酒と食べ物、そしてジュースを前に話をしていた。

ヒート・オロラ・レッドウィングは、ストローを使ってジョッキから水を美味しそうに飲む、四肢のない少女に尋ねた。

ノハ^ー^)「うめぇか、ミセリ?」

ミセ*'ー`)リ「はい、このお水美味しいです」

ミセリ・エクスプローラーは、トソン・エディ・バウアーの膝の上でそう感想を述べた。
流石に七ドルもする水だから、ただの水ではないだろうと興味を示して注文したのは、トソンだった。
トソンはジョッキから直接一口飲むと、その味の違いに気付いたようだった。

(゚、゚トソン「これはドルイド山の水ですかね」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、このあたりの井戸から汲んだのかもしれないわね」

88名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:03:36 ID:ndF7vt0k0
(*∪´ω`)「あの……ぼくも……」

デレシアの膝の上で、遠慮気味に声を上げたブーンの垂れ下がった目がデレシアを見上げる。
全身に傷を負ったブーンは、自力で食事をすることは困難で、しばらくの間は流動食しか食べられない。
むしろ、あれだけの傷で、すでにここまで回復していることが驚きだった。
ローブの下の尻尾がわさわさと揺れ、気持ちを素直に表現する姿は本当に可愛らしかった。

ニクラメンから脱出後、ブーンはすぐにクロジングの街病院に連れて行かれた。
当然、医者は嫌な顔をもろにしたが、デザートイーグルと視線を合わせた途端に従順になり、ブーンの治療を的確に行った。
破裂した内臓もすでに回復が始まっており、命に別状はないとの診断だった。
撃鉄を目の前で起こして尋ねたのだから、真実だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、どうぞ」

トソンから回ってきたジョッキをブーンの前に持ってくる。

(∪´ω`)「あ、あの……じぶんでもてます……から」

ζ(゚ー゚*ζ「いいから、ね?」

そう言って、強引にデレシアの手で水を飲ませる。
今日一日は、ブーンを徹底的に甘やかすと決めていた。
それだけのことを、この小さな少年はやったのだから。
ちなみに明日は、ヒートがブーンを甘やかす番になっている。

(*∪´ω`)「すきとーった、あじ?」

喉を鳴らして水を飲んだブーンは、感想を漏らしたというよりかは、それが正解かどうかを確認するような口調だった。
人よりも遥かに優れた嗅覚と味覚を持っているブーンには、水の味の違いが分かるのは当然だった。

ζ(゚ー゚*ζ「良い表現ね、ブーンちゃん」

食事を始める前に、トソンが早速話題を切り出した。

(゚、゚トソン「では、本題に入りましょう。
    デレシア様、この後はどのような予定を?」

ζ(゚ー゚*ζ「一先ずは、船を使ってティンカーベルに向かうわ」

通称“鐘の音街”、ティンカーベルは沖合にある三つの島と無数の小さな島からなる街だ。
山々に囲まれたその地には、ティンバーランドが求めているニューソクがある。
しかしティンカーベルの人間はそれを使おうとはせず、安全な状態でどこかの島に保管している。
そのことは公にはなっていない情報だ。

他にも、強化外骨格が大量に眠る谷や、上質なウィスキーの蒸留所などがある。
観光名所ではないが、いい街だ。
仮に遭遇しなくても、先んじてニューソクに手を加えることが出来れば御の字だ。
原子力発電施設は非常に繊細な機械の集合体で、どれか一つでも異常が検知されれば安全装置が作動して機能が停止する。

89名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:05:43 ID:ndF7vt0k0
ティンカーベルに向かうには、ここから北にある正義の街、ジュスティアを通って行く陸路。
もしくは、海路を使って迂回する二つの道がある。
速く到着するのであれば当然陸路だが、ジュスティアを通過するのは正直面倒だった。
三重の検問所――スリーピース――を越えて、高さ百フィートの城壁に囲まれた騎士道精神が現在進行形で横行する街だ。

常に軍事都市イルトリアと比較されてきたその街では、棺桶の持ち込みは一切禁じられている。
更には人種差別思想が強く、肌の色は勿論、髪や瞳の色で街に入ることを拒絶されることもある。
ブーンが街に入ることを拒まれるのは明らかで、そのような所にデレシア達が居合わせれば、検問の段階で戦闘になることは目に見えていた。
街一つを潰せないこともないが、不要な戦闘は避けたい。

(゚、゚トソン「なるほど」

ζ(゚ー゚*ζ「トソンちゃんはどうするの?」

(゚、゚トソン「ミセリ様をお連れして、一度イルトリアに戻ります。
    “戦争王”に、この一件をお伝えしておいた方がいいので」

イルトリアの現市長、“戦争王”フサ・エクスプローラーがこの一件を知れば、直ぐに動いてくれるだろう。
彼の動きは速く、そして静かで正確だ。

ζ(゚ー゚*ζ「なら、黄金の大樹についての情報を集めるように言っておいて」

(゚、゚トソン「かしこまりました。
    ティンカーベルに向かう船なら、この先のポートエレンに明日まで停泊しているはずです。
    ただ……」

ζ(゚ー゚*ζ「オアシズ、でしょ?」

世界最大の客船でありながら、世界最大の船上都市、それがオアシズだ。
七千人が船上で生活可能な客船には、二千人の住民がおり、五千人の旅行客が常に乗っている。
海上を移動する都市には、コンサート会場からスケート場、更には常駐の警察官から探偵まで揃っている。
その原動力は驚くべきことに波力・風力・太陽光の自然のエネルギーから補っており、航海に燃料費はかからない。

オアシズは旅行客と安全確実な輸送を収入源として、多くのビジネスを船上で行う。
トソンが懸念しているのは、ブーンの事を快く思わない人間が多く乗っている船ならば、彼に逃げ場がなくなるということ。
勿論、そのことを考えていないわけではない。
しかし、この先も旅を続ける中で差別は避けて通れない災害のようなものだ。

ブーンが自分の力でそれを打破できるまでは、デレシア達が手本を見せてやればいい。
何事も経験だ。
耳を晒さなければ、ブーンが疎まれたり蔑まれたりはしない。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、これ」

傍に置いてあった紙袋から取り出したのは、ベージュ色の毛糸で編んだ通気性のいい帽子だ。
北国のティンカーベルの気候は、夏でも肌寒い。
それに、船旅も何かと冷えるので、毛糸の帽子は別に不自然な服装ではない。
試しにブーンに被せてみると、予想よりに可愛らしい姿になった。

90名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:07:00 ID:3xx7Z7ME0
読んでる支援

91名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:08:11 ID:ndF7vt0k0
  (~)
γ´⌒`ヽ
{i:i:i:i:i:i:i:i:}
(∪´ω`)おー

目的は彼を愛でる事ではなく、その耳を自然なものとすることにある。
毛糸の帽子の端から覗くこの垂れ下がった耳は、あたかもファッションの一部であるかのように振舞える。
これならば、オアシズ内ではもちろんのこと、北国でブーンが不快な視線を浴びることは減るはずだ。
それにしても、本当に可愛い。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、この帽子には魔法がかかっているの。
       この帽子を被っていれば、ブーンちゃんが虐められることはないわ」

(∪´ω`)「まほー?」

ζ(゚ー゚*ζ「不思議な力の事よ。
      だけど、この帽子を取ったら、ブーンちゃんは自分の力でいろんなことと立ち向かわなければならないの。
      それだけは覚えておいてね」

小さな頭を胸に抱きしめながら、デレシアはそう囁いた。
無論、この世界に魔法など存在しない。
ただの気休めだ。
気休めなのだが、効果は絶大である。

自信に満ちた行動は疑念を薄れさせ、信じ込ませる力がある。
子供のブーンにそれを意識して行わせるのは難しいと判断し、デレシアはこの方法を取った。
盲信しなければ、言葉は絶大な力を持つ。

(∪´ω`)「……お」

首を動かし、ブーンはつぶらな瞳でデレシアを見上げる。

ζ(゚ー゚*ζ「ん?」

(∪´ω`)「ぼく……あの……」

やがて、意を決したようにブーンは口にする。

(∪´ω`)「もっと、つよく……なりたい……です。
      ずっと、だれかに、たすけられるのは……あの、その……えっと……
      よくなくて……だから……ぼく、つよく、なりたいです。
      それで、それから……それ、から……」

息を一つ呑む時間。
これまで聞いたどの言葉よりも強く、深く、静かで、実直な言葉。
今日までの成果とも言える言葉が、ブーンの口から紡がれた。

(∪´ω`)「あいのいみを、しりたいです」

92名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:09:51 ID:ndF7vt0k0
ペニサスが死の間際、ブーンに与えた宿題であり命題。
愛の意味を知る、ということ。
愛されたことも、愛を感じたこともないブーンが知らなければならないその感情の正体は、ペニサスでも到達することが出来なかった。
それを知るのに必要なのは時間でも知識でもなく、もっと、根本的な部分にある。

果たして彼がそれを持っているのか否かは分からないが、この先の成長次第では到達できることだ。

ζ(゚ー゚*ζ「……そう」

嗚呼、とデレシアは思う。
僅かな時間の中、出会いの連鎖が、彼をここまで成長させたのだと。
そして彼は、依存の中でも確かな成長を見せ、少しずつ自立への道を歩き始めようと決意したのだ。
何と愛しく、何と素晴らしい存在だろうか。

長い旅の中で、ブーンと同じかそれよりも最悪な環境で育った人間を多く見てきた。
しかしながら、ここまでデレシアの想像を裏切る成長を果たした人間は初めてだった。
やっと、見つけた。
成長を見届けたいと思わせるだけの存在ではなく、それ以上の存在。

彼女の旅の同伴者として、最も相応しいと思える相手が。
だから、まだブーンには学んでもらわなければならない。
自分自身の事。
そして、世界について。

(゚、゚トソン「……ブーン、と呼んでも?」

(;∪´ω`)「……お」

(゚、゚トソン「遅れましたが、私はトソン・エディ・バウアーといいます。
     ブーン、貴方がいなければ、ミセリ様は今頃瓦礫の下。
     本当にありがとうございました」

差し出された手と言葉に、ブーンは初め、戸惑いを見せた。

(;∪´ω`)「お……お……おっ……」

恐る恐るその手を握り、握手を交わす。
どうやら、トソンもブーンの才能に気が付いたようだ。
ある種の人間を惹きつける魅力。

(゚、゚トソン「この恩は、必ずお返しいたします」

ミセ*'ー`)リ「もー、トソン。
      そんな固っ苦しい言葉だと、ブーンが緊張しちゃうでしょ」

(゚、゚トソン「敬意を表するに値する人物に敬語を使うのは、当然のことです。
    ミセリ様も知っての通り、あの状況下であの言葉を口にできるなど、イルトリア人でも稀なこと。
    ブーンは必ず、将来は大物になります」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論。 ね、ヒート?」

93名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:11:16 ID:ndF7vt0k0
ノパー゚)「あぁ、ブーンは間違いなくいい男になる」

デレシアとヒートの思想は、大分似ているところがある。
ブーンに対する見方も評価も、その大部分は同じだ。
違いがあるとすれば、やはりブーンに向ける視線の種類だ。
時間があればブーンの傍で話をしようとするヒートの心情はデレシアも理解できるが、その理由が分からない。

旅の中でそれが分かれば、きっと、ヒートの事がもっと好きになることだろう。
彼女が語るまでは、そのことに触れるのは止めておく。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、料理が冷める前に食べちゃいましょう」

(゚、゚トソン「それもそうですね。
    ミセリ様、最初は何を?」

ミセ*'ー`)リ「サラダをお願いします、トソン」

ボウルに盛られたサラダを小皿に取り分け、トソンはフォークを新鮮なアスパラに突き刺した。
それをミセリの口元に持っていくと、ミセリは一口でそれを食べた。
七年前に視力と四肢を失った代わりに、彼女は優れた聴覚と嗅覚を手に入れた。
だからこそ、卓上に並ぶ料理の中にサラダがあることが分かるのだ。

ミセ*'ー`)リ

(;∪´ω`)「おー」

それを羨ましげな眼で見るブーン。
意識が戻ってから、傷が癒えるまでの間、固形物が食べられないことを告げると、悲壮な表情を浮かべていた。
噛み応えの無い物は、彼にとってはあまり好ましくないものなのだろう。
しかしそれは、これまでに彼が食べたことのある流動食に問題がある。

ノパー゚)「ちょっと待ってな、ブーン。
    今リンゴをすってやるからよ」

(*∪´ω`)「りんご!」

ぱっと顔を輝かせ、ブーンの尻尾がローブの下で激しく動く。
店に頼んでおいたリンゴとすりおろし器を手にしたヒートは、それをすり始めた。
果肉が細かくすりおろされ、溢れだした果汁を果肉が吸い上げる。
ヒートはスプーンで果汁を吸った果肉を掬い、ブーンの口にそれを近づける。

ノパー゚)「いいか、必ずよく噛んで食べるんだぞ」

(*∪´ω`)「はい!」

スプーンについた果汁を全て舐め取る勢いで、ブーンはリンゴを食べた。
言いつけ通りに果肉を何度も噛んでから、喉を鳴らして飲み込む。

(*∪´ω`)「おー! おいしいです!」

94名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:12:09 ID:ndF7vt0k0
この一場面を切り取ってみても分かる通り、ミセリと出会ってから、感情表現が少しずつではあるが出来るようになってきている。
前は感情を表に出すことを恐れている様子だったが、大分慣れてきたのだろう。
これも成長の証。
ブーンは出会ったもの、経験したものを糧として進歩することが出来る。

何とも嬉しいことだ。
きっと、母親や姉と云うのはこういった時に感動を覚えるのだろう。

ノハ*^ー^)

ζ(^ー^*ζ

自然と笑みがこぼれる。
言葉ではとても言い表せないこの胸の高鳴り。
抱き寄せ、想いを伝えずにはいられない。

(*∪´ω`)「……お」

ノハ^ー^)「どうした、ブーン?」

(*∪´ω`)「りんご、ミセリにも……あげて……いいですか?」

ノパー゚)「あぁ、もちろんだ。
    ミセリ、リンゴは食えるか?」

ミセ*'ー`)リ「はい!」

先ほどと同じ要領でミセリにすりおろしリンゴを食べさせると、ブーンと似た反応が返ってくる。

ミセ*'ー`)リ「美味しい!」

(*∪´ω`)「お! ミセリ、りんご、好き?」

ミセ*'ー`)リ「うん!」

食事はやはり、大勢で話をしながらした方が断然美味い。
デレシア達成人組は、注文した酒を掲げ、静かにグラスをぶつけ合った。
一口飲み、ゆっくりと息を吐き出す。
酒に感覚が鈍る彼女達ではない。

気分を落ち着かせ、気持ちを和らげるための酒だ。
そうでなければこの気持ち、いつ爆発するかは分からない。
微笑ましく、可愛らしく、愛しいこの光景。
争いと殺戮の中で過ごした時間の長い彼女達には、何よりの薬だ。

トソンも、ヒートも、そしてデレシアも例外ではない。
長く争いの中に身を沈めていると、人はいつしか狂う。
精神を病み、やがては死に至る。
それに気付かず、殺戮こそが自分の全てだと誤解し、そして死ぬのだ。

95名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:12:49 ID:ndF7vt0k0
殺されるか、それとも自殺するか。
死に方は様々だが、長生きをしたところでその人生に彩りはない。
そうならないためにも、ミセリやブーンのような存在は必要だった。
一時の安寧を与える無垢な存在。

ただ笑顔を浮かべて、ただそこにいるだけでいいのだ。
それだけで、彼女達は救われる。
どんな薬物よりも強力で即効性の高い効果を約束してくれる。
だから、彼女達はブーンやミセリに惹かれるのだ。

今夜は、いい酒が飲めそうだった。

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   _ノー‐_.八_
 γ´  <__ノ`ヽ
  |l ______ l|
  |l |       | l|
  |l |       | l|
‥…━━ August 3rd PM19:40 ━━…‥
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トラギコ・マウンテンライトは“廃屋”に来店するなり、椅子に座る間もなくシングルモルトウィスキーをダブルで注文した。
カウンターに備え付けられた丸椅子に腰かけ、出されたナッツを一つ摘まんだ。
気に入らないことだらけで非常に虫の居所が悪く、何か機会があればそれを発散したいところだった。
続けて出されたウィスキーを一口だけ口に含み、その香りと味を堪能した。

磯の香りを思わせる熟成香が鼻から抜け、一時の安らぎを与える。
一杯十ドルの割には、いい味をしていた。

(#=゚д゚)「……」

苛立ちは収まらない。
フォレスタで回収したあの男は少し目を離した隙に病院から連れ出された後で、分かっているのは連れ出した人間が“ジェーン・ドゥ”と名乗る女性であること。
監視カメラも何故かその時に限って機能しておらず、人相は曖昧だった。
貴重な情報源を失っただけでなく、その足掛かりさえ失ったのだ。

こうしてまた、微妙な進展しかできていない。
デレシアを追う中で、どうやら、トラギコは想像以上に巨大な思惑に片足を突っ込んでしまったようだ。
それはいい。
それは許容範囲どころか歓迎すべきことだ。

だが、彼を嘲笑うように捜査が難航するのだけは気に入らない。
何故ニクラメンを襲い、何故沈める必要があったのか。
歴史に名が残るほどの大量虐殺が事件として報じられないのは何故か。
事故後、一日足らずの内に真相究明に乗り出した内藤財団の不自然な動き。

次から次へと、事態が複雑化していく。
始まりはオセアンの大事件だったのが、今ではその範疇を明らかに超えている。
恐らくは世界規模でこの事件は連鎖を起こし、飛び火していくだろう。
結果としてトラギコが危惧しているのは、デレシアの謎を解くという重要な目的が妨害されないかと云うことだ。

96名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:14:15 ID:ndF7vt0k0
トラギコが目を離した一瞬の内に彼女は病院から姿を消し、消息を眩ませた。
ギコ・カスケードレンジもまた、彼等をトンネルから脱出させてから姿を消した。
本当に腹立たしい。
どこまでも馬鹿にしている。

どうしてもっと早く、彼女達と出会わなかったのか。
もっと早く出会っていれば、もっと愉快な人生を過ごせたはずなのに。
幾ら悔やんでもこればかりは改変のしようがないことぐらいは理解している。
が、やはり悔しい。

二口目は、先ほどよりも多めにウィスキーを口に含んだ。

あらゆる手がかりを失った以上、手元の情報と経験を使って捜査を進めるしかない。
デレシアが向かった方角は、恐らくは北だ。
南のオセアンから北上してきている以上、彼女はそのまま進むだろう。
トラギコを歯牙にもかけずに旅を続けることは、一目で分かった。

だからこそ言える。
彼女は針路を北に取り、旅を続行しているはずだ。
となると、次の目的地は山を越えるか正義の街を越えるか、だ。
耳付きの少年ブーンが怪我を負っていることを考慮すると、山越えは考え辛い。

残された選択肢はジュスティアの突破だけ。
では、トラギコが次に向かうべきはジュスティアだ。
正直、トラギコはジュスティアに寄りたくはなかった。
警察の本社があり、苦手な人間――トラギコを目の上の瘤として扱う人間――が大勢いるからだ。

こうして出張費を使っていることも気に入らないだろうが、本部はトラギコに大きな借りがある。
幾つもの難事件を解決し、警察への信頼獲得と利益への貢献だ。
常客達の中にはトラギコの存在があるから依頼をする人間もいるほどで、それが、トラギコがここまで好き放題に動いていながらも解雇されない理由である。
今も好き勝手に事件を追っている中でジュスティアに行けば、間違いなく壮絶な嫌がらせを受けるに違いない。

取り分け、事務屋あたりから経費に関する文句で一週間は足止めを食らうだろう。
デレシア達がジュスティアを通過するのであれば、トラギコは容易に彼女達と合流できる。
さて、ここは思案のしどころだ。
三口目は唇を湿らせる程度にしておき、ナッツに手を伸ばす。

カシューナッツの甘い風味がウィスキーとよく合う。
シングルモルトはトラギコが最も愛する酒だ。
思考がよく回るようになり、意識が適度に調和された感覚になる。
結果、トラギコは一つの答えを導き出した。

陸路を使う。

ただし、目的地はジュスティアではない。
一先ずの目的地は貿易の中継点、ワインと潮風の街、ポートエレンだ。
道は何も陸だけではない。
空もあれば、海もある。

97名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:15:01 ID:ndF7vt0k0
ジュスティアを回避できる道は海路か空路だけだ。
この周辺から飛行便は出ていない。
となると、選択肢から除外され、残るのは陸路と海路の二つだったのだ。
出ているのは、ポートエレンからの定期便。

そして、船上都市のオアシズだけだ。

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     l l、「l \\                                   \
     l l、l l ||.\\ E!                                  
     l l、l l || |\\(___)       E! (___)      E! (___)      E! (
     l l、l l || |   l\\         | ̄ ̄ ̄ ̄|      | ̄ ̄ ̄ ̄|      |
      l\l l. ̄ ゙̄\l」 \l二二二二|        |二二二|        |二二二|
     |\l三三三三l  l」 ||  | |\|        |   |\|        |   |\.|
‥…━━ August 4th 00:32 ━━…‥
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厚い金属の壁と床に囲まれたその空間は、狭く息苦しかった。
床は金属の網で作られ、その下には配管が通っている。
空間全体からは唸るような低い音が鳴り続け、生き物の体内を思わせる。
湿度も高く、世辞でも快適とは言い難い。

ここは、海底三千フィートを進む原子力潜水艦“オクトパシー”の艦内。
艦内食は毎週金曜日がカレーで、それ以外はレトルト食品が並ぶ。
娯楽と言えば酒かカードゲームかの二択で、若い船員には不評だった。
ワタナベ・ビルケンシュトックにとっては監獄と大差ない場所であり、正直、強化外骨格装着の際にコンテナ内に引き込まれるよりも苦痛に感じている。

ストレスは面白いほど溜まる一方で、ワタナベは常に何かしらのストレス解消方法を探すことに艦内で過ごす時間を割り当てていた。
今日のストレス解消に選んだのは、役立たずをなじることだった。
机を挟んだ目の前で腕を組む偉丈夫に、挑発的な言葉をかけた。

从'ー'从「で、お礼の言葉もないわけぇ?」

( ゚∋゚)「礼だと? 貴様が援護すれば、私が負けることもなければエクスペンダブルズを破壊せずに済んだことだろう」

クックル・タンカーブーツは今にも怒鳴りそうな声色で、そう返す。
ワタナベは意に介さず、手元のコーヒーカップを手に取る。
湯気はとうになくなり、コーヒーはすっかり冷めきっていた。

从'ー'从「へぇ、イルトリア人が負けた言い訳するんだぁ。
     みっともないなぁ」

(#゚∋゚)「……なんだと?」

身を乗り出して掴みかかろうとしたクックルの顔に、ワタナベはカップを投げつけた。
視界を一瞬奪われたクックルの手は空を切り、代わりに、ワタナベは砕けたカップの破片をクックルの喉に押し当てた。
先端が喉元に食い込み、ジワリと血が滲む。

从'−'从「うるせぇんだよ、鳥頭。
     手前、助けてもらっただけでもありがたいと思えよ」

98名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:16:12 ID:ndF7vt0k0
(;゚∋゚)「ぐっ……」

从'−'从「……ふん」

薄く切り傷を残し、ワタナベはクックルを突き飛ばした。
つまらない人間だ。
殺す楽しみも見いだせない。
席を立ち、自室に戻ろうとする背中にクックルが憎しみを込めた声をかける。

(;゚∋゚)「ワタナベ、貴様……!!」

从'−'从「何?」

振り向きもせず、ワタナベはその場にクックルを残してその場を去った。
道中、彼が背中から襲うことは考えていなかった。
それが出来ないから、あの程度の男なのだ。
部屋の前に来た時、別の種類の視線を背後に感じた。

o川*゚ー゚)o「なかなかいい見世物だったよ、ワタナベ」

ボサボサの金髪を持つ、小柄な女性。
胸ぐらを大きくはだけさせたワイシャツと白い下着だけを身に着けた彼女は、濁った碧眼を輝かせ、ワタナベに声をかけた。
女性の名は、キュート・ウルヴァリン。
当初の予定通り、海底街から潜水艇で脱出したワタナベとクックルの回収を行った張本人だ。

この作戦は元々クックルが請け負っていたもので、ワタナベはその支援に回っただけに過ぎない。
結果的には成功でも、経過的には失敗に近い。
クックルとキュートはこの後に別の作戦を控えており、これはあくまでも途中経過でなければならなかったのだ。
無能さを前面に出したクックルのせいで、大分手古摺ってしまった。

このままで本当にジュスティアでの作戦が成功させられるのか、ワタナベは疑問だった。
まぁ、クックル程度を欠いたところで作戦に支障が出るような脆弱なものなら、最初から実行には移さないだろう。
艦内の人間によれば、クックルは監視役的な意味で作戦に加わったのだという。
監視役が足を引っ張るようでは、この先が心配だ。

从'ー'从「あらぁ、やだなぁ、キュートさん見ていたんですかぁ」

o川*゚ー゚)o「あぁ、堪能させてもらったよ。
       ニクラメンで何かいいことでもあったのかな?」

流石だ。
飄々としているが、鋭い観察眼と勘を持っている。
隠し事は通用しなさそうだったが、素直に話そうとは思わない。

从'ー'从「いい出会いがあったんですよぉ」

それだけ言って、ワタナベは部屋に戻った。
これ以上、キュートに話したくはない。
胸の高鳴りはまだ収まっていない。
嗚呼、早く。

99名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:16:54 ID:ndF7vt0k0
早く、彼に再会したいものだ。
一体いつ、次は会えるのだろうか。
そしてその時、彼はどう変わっているのか。
それが気になって、体の芯が疼く。

ワタナベに宛がわれた部屋は、剥き出しの金属の上に薄い布が乗せられただけの簡易ベッドがあるだけで、それ以外には本が一冊あるだけ。
厚みのあるその本は綺麗な装丁がされていたが、手垢で汚れ、端は破れていた。
ベッドに腰を下ろし、ワタナベはその本を手に取る。
栞のはさまれたページを開き、そこに並んだ文字に目を走らせ、意識の世界をそこに投じさせる。

十五年間の中で、もう何万回と読み返した本だ。
内容は一字一句違えずに覚えている。
それでも、この本を読むと気持ちが落ち着く。
本の内容が気に入って読んでいる訳ではない。

この本の存在が気に入っているだけなのだ。
中身に関しても、決して傑作と呼べるものではないし、好きでもない。
精々凡作止まりの、無名な作家の本だ。
大切なのは、この本の存在だった。

擦り切れた表紙には、“世界の童話集”と書かれていた。
紛う事なき、子供向けの本だ。
本には百近くの童話が載せられており、栞を挟んでいたページは特に念入りに読み返していた。
この話だけは、ワタナベのお気に入りだった。

一日に最低でも十回は読み直さないと気が済まないほどのお気に入りだ。
随分と昔から伝わる物語らしく、その発端は親が子に読み聞かせようと考えた話らしい。
何度読んでも愉快な話で、睡魔を誘う仕上がりだ。
この話をいつか彼にも伝えたいと、ワタナベは切に思う。

从'ー'从「……お休み」

彼との再会に胸を躍らせながら、ワタナベはゆっくりと瞼を降ろした。

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 (          ⌒ヽ
 (            )
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‥…━━ August 4th AM04:01 ━━…‥
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100名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:20:00 ID:ndF7vt0k0
涼しげな風が浜辺に吹き付け、細かな砂とサンゴが混じったそれを巻き上げている。
数千、数億年の歴史の中で作られてきたそれらは、いとも容易く舞い上がった。
水面は穏やかに揺れ、太陽と空の色を反射して煌めいている。
風と波の音以外に聞こえるのは、どこからか聞こえてくる木々のざわめき。

人の息遣いは、どうにか五人分――その内二人は寝息――が聞こえる。
女性四人と少年一人が、クロジングから離れた砂浜にいた。
砂埃とも何とも云い難い物が足元を白ませ、水平線の向こうを紅蓮に染め上げる太陽に照らされる、風変わりな二組。
向かい合う二人の女性は、それぞれの背中に小さな子供を背負っている。

(゚、゚トソン「では、イルトリアでお待ちしております」

再会の約束を最初に取り付けたのは、トソンだった。
背中の少女は、まだ、眠っている。

ζ(゚ー゚*ζ「分かったわ。
      遅かれ早かれ、イルトリアには必ず寄るつもりだったし。
      ミセリちゃんをよろしくね」

(゚、゚トソン「勿論です」

ノパ⊿゚)「トソン・エディ・バウアー……だったな。
    また会おう」

夜明けを迎える直前、ヒートの背中には耳付きの少年、ブーンの姿があった。
ブーンは昨日の疲れもあってか、起きる気配がない。
すやすやと寝息を立てる二人に配慮して、彼女達は声を潜めながら会話を続けた。

(゚、゚トソン「えぇ、ヒート・オロラ・レッドウィング様。
    では、またお会いしましょう」

その言葉と共に、それぞれ別の道を歩き出す。
ヒートとデレシアはポートエレンを目指し、北上する。
トソンは南へと向かう。
東に見えていたはずのニクラメンは海底に沈み、太陽が世界を明るく染め上げる。

追い風が、南から北に向かって勢いよく吹き付ける。
空に浮かぶ夏の雲が、風に流されてゆっくりと北に向かう。
足取りは軽い。
デレシアも、そしてヒートも、この先に平穏が待ち受けていないことを知っていた。

それでも、この旅は終わらない。
旅に終わりが来るとしたら、この命が止まる時だけ。
生きている間に是非ともブーンの成長を見届けたいというのが、デレシアとヒートの共通の望みだ。
そしてデレシアは、彼なら必ず、彼女が目指すものに到達できると確信している。

これまでの間、ブーンは本当の意味で枷から解き放たれてはいなかった。
それは誰かに習い、誰かに従って成長する、依存と云う枷に守られたか弱い存在。
しかし、自分自身の意志で行動し、それを己の強さとした。
それは彼の自立の一歩を意味していた。

101名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:20:41 ID:ndF7vt0k0
彼は、枷から解き放たれたのだ。
誰でもない、自分自身の力でそれを果たしたのだ。
後は彼の両足で好きな場所に歩き、思うままに行動し、成長する。
デレシア達の元を旅立つ日も、そう遠くないかもしれない。







太陽に横顔を照らされる旅人達の行く先には黒雲が浮かび、視界の果ての空は灰色に滲んでいた。
空は鈍色で、雲は墨色だ。
海の果てに見えるのは墨汁のような濃厚な夜の残滓。
一瞬、その雲の隙間、空の向こうに何かが煌めいたように浮かぶが、意識するよりも速く消える。







――だが、その遥か彼方に浮かぶ最果ての都の姿に気付いた人間が、一人だけいた。







果てしない旅を続けるデレシアだけなのであった。






Ammo for Relieve!! 編 The End

102名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:21:28 ID:ndF7vt0k0
支援ありがとうございました!

昨日、一昨日でVIPに投下した物をこちらに改めて投下させていただきました。

質問、指摘、感想等あれば幸いです。

103名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:22:50 ID:kJUeEPCoO
既読のところだから流し読み 
もう少しだな、支援

104名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:25:04 ID:kJUeEPCoO
と書きこんだら、終わってた

105名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:36:25 ID:kJUeEPCoO
このあたりの描写が後々どう使われてくるんだろうか

106名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:50:35 ID:3xx7Z7ME0

おもしろい。
棺桶はそれぞれどのくらいの大きさですか?

107名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:57:55 ID:ndF7vt0k0
>>106
クラスによってバラバラですが、大まかな指標は

Aクラス 〜165cmぐらいまでの高さ
Bクラス 165cm〜220cmぐらいまでの高さ
Cクラス 220㎝〜

となっています。
Cクラスを運べるのはマッチョだけです。

108名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 23:34:18 ID:3xx7Z7ME0
>>107
背負える大きさだとは予想してたけど、Cクラスの大きさは予想以上だった。続き待ってますよ

109名も無きAAのようです:2013/07/24(水) 18:26:59 ID:QQMq7RMEC
乙!

あんなに強かったクックルがなんたる噛ませ・・・

110名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:26:18 ID:8zgNUgUU0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
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Remember, kid.
覚えておけ、若造。

The truth is not always single.
真実はいつも一つではない。

The truth which you have been believing is just one side of the truth.
お前が信じている真実は、真実の一面でしかないのだ。

The solving the mystery of a crime is just puzzle.
事件解決など、ただのパズルに過ぎない。

Therefor, you do not forget that thing.
だから、このことを忘れるな。

There is no mystery which cannot be solved in this world.
解けない謎など、この世界には存在しないのだと。


                      Mr. Sherlock Gray - [Letter to the fake]
                      シャーロック・グレイ著【-偽りへの手紙-より抜粋】


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                            配給
【Low Tech Boon】→ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

【Boon Bunmaru】→ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm
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                     序章【fragrance-香り-】
              ‥…━━ August 4th AM03:25 ━━…‥
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アルマニャックとジャズミュージックを愛するその人物は、二時間前に殺された。

銅色の光沢を放つ物体を指先でつまみ、弄ぶ。
真鍮製の薬莢に包まれたそれは、銃弾だった。
ただの銃弾ではない。
殺傷力を高めるために先端に十字の切れ込みを入れた銃弾だ。

111名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:27:38 ID:8zgNUgUU0
着弾の衝撃で弾頭が広がり、周囲の肉を吹き飛ばす。
頭に撃ち込めば頭蓋骨を貫通し、脳漿を四方に撒き散らす事だろう。
ガンオイルに輝くそれを、一発ずつ、じっくりとダブルカラムの弾倉に押し込む。
一発毎に、想いを込めて。

秒針が時を刻むような音が、ただ、一人分の息遣いと絡まって部屋に漂う。
オイルと鉄の匂いに混じって、シャンプーと石鹸の濃い香り、そして情事の残り香が時折鼻につく。
悪い匂いではない。
まだ漂う仄かな汗の匂いもたまらなく好きだ。

準備を始めてから、静かな時間が過ぎていた。
時計の秒針はまだ四周半しかしていない。
弾込めを終えた弾倉を、拳銃に装填する。
遊底はまだ引かず、それをそのまま枕の下に忍ばせる。

腰掛けているベッドの上には、眼を見開き、口を大きく開けた死体があった。
太い手足は血の気を失い、顔は青白く変色している。
これが先ほどまで獣のように体を求めてきた人間の末路だ。
まぁ、最後にいい思いが出来たし、二回も派手に絶頂できたのだから、本望だろう。

白い指先に触れてみると、冷たくなっていた。
絡めていた指先の感触が一瞬でこうも変わると、生命とは機械に近い物だと感じる。
顔の傍に手をついて、動かなくなった顔を見つめる。
口の中に躊躇うことなく腕を突っ込み、その奥に詰まっていたハンカチを取り出した。

そのハンカチをビニール袋に入れて、床に置く。
腕に付着した独特の匂いを放つ唾液を見つめ、舌を出して舐める。
汗と唾液、様々な液体の混ざった味。
悪くない味だ。

二時間前に味わったものと比べて新鮮さに欠けるが、美味だ。
だが物足りない。
一度味わってしまうと、次から次へと別の味を求めるのが人間の性。
さて、まずは指から味わってみよう。

硬くなった腕を持ち上げ、口に含む。
舌で舐めまわし、皮膚の下にある味を吸い出す様に堪能する。
石鹸の風味と汗の風味が混じった、何とも言えぬ味だ。
舌先に若干感じる毛の感触も味わい深い。

堪能しながら、ふと、これまでの道のりを振り返る。

計画には長い時間が必要だった。
材料の調達、計画の調節。
雌伏の時は終わりだ。
今夜、周囲の全てが変わる。

112名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:29:02 ID:8zgNUgUU0
全てはこの日のためにあったのだ。
自分の人生も、何もかもが大義成就のためのパーツに過ぎなかったのだ。
傍の机に置いてあったバーボンの瓶を手に取り、一口飲む。
肢体を肴に飲む酒は、格別だ。

ましてや、死体の肢体となると、多少手をかけなければ味わえない珍味。
最後にしゃぶっていた爪先から口を離し、そのまま舌先を腿の裏に滑らせる。
やはり生きていた時と味が違う。
死んでからだと風味も落ちるし、反応が無いので面白みに欠けるが、その分味に深みが増す。

堪能しきった死体には、もう、自分の唾液が付いてない部分はなかった。
耳の中からうなじ、背中、とにかくあらゆる部位を舐めて味わった。
もういいだろう。
この死体が発見されても、オーバードーズで意識が朦朧とした人間が偶然海に転落したとして処理される。

これは、そういうシナリオなのだ。
時間も、場所も、タイミングに至るまで、計画に関わる全てが計算されているのだ。
海沿いに位置する物置のようなこの部屋を手に入れたのも、全ては計画のため。
この計画に、一切の不備も隙も無い。

完全にして完璧な計画。
即ち、完全犯罪である。

海に面する窓を押し開くと、潮の香りと力強い打楽器の音が入り込んでくる。
死体に服を着せて窓から海に投げ捨てる。
海面に落下するその音は、誰の耳にも届かない。
聞こえるのは潮騒と戯れるように奏でられるヴァイオリンの旋律だけ。

黒い海面に揺られる死体を見届けてから、シャワーを浴びるために部屋の中に戻った。
水平線が朱に染まる頃には、死体はどこかへと流されて消えていたのであった。

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‥…━━ August 4th AM06:25 ━━…‥
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ゆらり、ゆらりと規則正しく体が揺れる。
遠くから届く、磯の香り。
耳に届くのは潮騒と、力強く脈打つ鼓動の音。
心が芯から解され、体全体が液体のようにリラックスしている。

甘く、心地いい香り。
とても、気持ちのいい微睡の中。
夢見心地の中、何かを考えることは、出来なかった。
思考が蕩けきった中、出来るのは身を任せることだけ。

大きなそれに身を委ね、いつまでも、そうしていたかった。
安定した動きの中に安心を見出し、そこに安寧を求めた。
節々が痛む体のことなど、今は気にならない。
体を支える誰かの大きな背中と一つになる感覚が、痛覚と思考を麻痺させる。

113名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:31:42 ID:8zgNUgUU0
そう、これは誰かの背中だった。
とても親しく、そして素敵な人の背中。
誰の背中か、考える前に感じ取れるほどにその背中には覚えがあった。
出会ったその日から、自分の事を大切にしてくれている、一人の女性。

ヒート・オロラ・レッドウィングの背中だ。
力強い鼓動と、華やかな香り。
それは、自分の体が一番よく覚えている。
この背中は多くの事を語り、そして教えてくれた。

何かを守るために全てを懸け、強大な物に立ち向かうことの難しさと大切さ。
そうしたいと自分が思ったから動くということは、彼女に教わった。
彼女の背中が、そう教えてくれたのだ。
その教えを守り、自分は実際にそれを行動に移せた。

言葉だけなら、行動には移せなかった。
無言で実行に移した彼女の背中があったからこそ、自分はミセリ・エクスプローラーを守ることが出来た。
かなり痛い思いもしたが、後悔はなかった。
彼女が笑顔を浮かべて、再会を約束してくれただけで満足だった。

ヒートの跫音に重なるように、砂を踏みしめる別の跫音を聞き取る。
匂いを嗅がずとも、呼吸音を、この足運びの音を聞かずとも分かる。
存在感だけで伝わる、この圧倒的な安心感。
命の恩人であり、よき理解者。

デレシアだ。
今でも思い出せる。
四日前、七月三十一日の出会いの瞬間を。
あの日、デレシアとあの店で出会わなければ、今こうしていることはあり得なかった。

自分は奴隷で、自由はなく、思考は禁じられ、ただ道具として徹することが人生だと思っていた。
売られ、蹴られ、罵られ。
それが日常だった。
不変だと思っていた、当たり前の光景だった。

だが、それは大きな間違いだと知ることが出来た。
たった一人の意志と力で、世界は大きく変わるのだ。
デレシアはその二つだけで、ブーンの人生を変えたのだ。
未だに理由は分からないが、とにかく、結果は変わらない。

ようやく、自分の置かれている状況が分かった。
今、自分はヒートに背負われながら、海辺を歩いているのだ。
そしてその傍にデレシアがいるのだ。
どこに向かっているのか、まだ分からない。

だけど、これだけは分かる。
この先に何が待ち受けていても、きっと、大丈夫だ。
意識が再び微睡み始め、思考がぼんやりとしてくる。
そうして呼吸をする内に、また、眠りの中に落ちていく。

114名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:33:14 ID:8zgNUgUU0
どこか遠くから、ウミネコの声が聞こえてきたのを最後に、ブーンは眠りに落ちた。

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                                    原作【Ammo→Re!!のようです】

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沿岸に走るシーサイドシュトラーセ鉄道は、ポートエレンを通る唯一の鉄道だ。
鋼鉄の線路は潮風による酸化を防ぐための加工がされており、津波や暴風から車両を守るための線路壁が設置されている。
線路壁とは、緊急時に電動で作動する防波・防風の役割を果たす壁の事だ。
普段は細かく蛇腹状に分断されて線路脇に広がっているが、いざ電気信号を受け取ると、花の蕾が閉じるような動きで線路と車両を守る壁になる。

寂れた無人駅の券売機で、三人分のチケットを購入し、改札を通ってホームに立つ。
時刻表では、後七分でポートエレン行の列車が来ることになっている。

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートはどこまで旅をしたことがあるの?」

三人だけのホームで最初に口を開いたのは、カーキ色のローブ、豪奢な金髪、宝石のような碧眼、そして履き慣らしたデザートブーツで足元を飾るデレシアだった。
風に靡くローブと髪の毛が、どこか涼しさを感じさせる。
普段は何も背負っていない背中には、彼女の背丈よりも僅かに小さな黒い長方形の物体があった。
軍用第七世代強化外骨格――通称“棺桶”――の中でも、特化した目的で設計されたコンセプトシリーズのそれだ。

強化外骨格を破壊することだけに重点を置いて設計された、対強化外骨格用強化外骨格。
その名は、“レオン”。
左腕には放電装置、右腕には巨大な杭打機を備え、あらゆる装甲を一撃で撃ち抜く力を持っている。
だがそれは、デレシアの使用する棺桶ではなかった。

デレシアの隣に並び立つ、黒いスラックスとグレーのワイシャツの上にデレシアと同じローブを羽織る女性こそが、その棺桶の持ち主。
赤髪と瑠璃色の瞳、そしてまだ新しい傷を全身に負った元殺し屋、ヒート・オロラ・レッドウィングだ。

ノパ⊿゚)「あたしは、北は水の都、南はシュタットブールまでだな」

ヒートは、棺桶の代わりに犬の耳と尻尾を持つ少年を背負っていた。
一般的には耳付きと呼ばれ忌避される人種だが、その運動能力、身体能力は一般的な人間を凌駕しており、その生態は謎が多い。
奴隷として売られたり、生まれた途端に処分されたりとしているためだ。
彼女達と共に旅をする少年の名は、ブーン。

湾岸都市オセアンで奴隷として扱われていた彼は、偶然出会ったデレシアの手によって自由の身となった。
同じくオセアンで出会ったヒートにも彼は受け入れられ、それ以来、三人で旅をしている。

115名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:35:18 ID:8zgNUgUU0
ノパ⊿゚)「ポートエレンは初めてだから、あそこに何があるのかあたしは分からねぇ」

ζ(゚ー゚*ζ「市場と、あとはワインぐらいかしらね。
      人柄的にはオセアンよりも温厚よ」

オセアンもポートエレンも海沿いに作られた街だが、オセアンは世界屈指の大都市だ。
大量の埠頭を持つオセアンであるが、最大でも大型のタンカーが停泊できるぐらいの大きさしか――普通はそれで十分なのだが――ない。
それに比べればポートエレンは小さな街だが、しかし、ポートエレンには可変式埠頭がある。
埠頭を可変させることでどのクラスの船でも寄港することが可能となり、世界最大の船上都市であるオアシズが停泊できる数少ない港の一つとなっている。

可変式埠頭の欠点は、それを使用している間、停泊できる船の数が減るという点にある。
それでも、オアシズ停泊中に得る利益の方が魅力的だ。

ζ(゚ー゚*ζ「実はね、あそこはワインよりもグレープジュースの方が美味しいのよ」

ノパ⊿゚)「ほぉ、美味いグレープジュース、ねぇ。
    あれに美味い不味いがあるのかは知らねぇが、美味いのを飲んだことはねぇな」

ポートエレンで採れるブドウはワインにすると甘口となり、ジュースにするとこの上なく濃厚な物となる。
段々畑のような街並みの中にあるレストランでは、しばしばそのジュースを飲むことが出来る。
しかし、ブドウをジュースに加工するよりもワインに加工する方が、はるかに利益がいいため、あまり数は出回っていない。

ζ(゚ー゚*ζ「一度飲んだら忘れられない味よ」

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                 脚本・監督・総指揮【ID:KrI9Lnn70】

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(∪-ω-)「おー……」

ヒートの背中で、ブーンがゆっくりと瞼を開く。
最初に目があったのは、デレシアだった。

(∪´ω`)「お」

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう、ブーンちゃん」

(∪´ω`)゛「おはよう……ございます、デレシアさん。
       ヒートさんも、おはよう、ございます」

ノパー゚)「おう、おはよう。
    どうだ、体の方は?」

116名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 22:48:18 ID:fQdY.ViA0
支援

117名も無きAAのようです:2013/08/19(月) 13:50:04 ID:IXC.FyFoO
来てる来てる!

118名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:47:14 ID:S.muFcjM0
(∪´ω`)「ちょっとだけ、おなかが……いたい、だけです」

昨日負った傷が癒え始めている証拠だ。
回復の具合によっては、流動食から固形物に切り替えてもよさそうだ。

ノパ⊿゚)「そうか、なら今日はしばらくおぶっててやるからな」

(∪´ω`)゛「ありがとう、ございます……お?」

最初の頃は気まずそうに甘えていたが、今では、大分素直に甘えられるようになっていた。
これもまた、成長だ。

(∪´ω`)「なにか、きます」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、そろそろ時間だからね。
      ブーンちゃん、列車を見聞きするのは初めて?」

(∪´ω`)゛「れっしゃ?」

ζ(゚ー゚*ζ「大きな乗り物なの。
      敷かれたレールの上をしっかりと走る、大きな乗り物の事を列車、っていうのよ」

そして、地平線の向こうに現れた小さな点だったものが近づき、徐々にその赤黒い姿が大きさを増す。
シーサイドシュトラーセ鉄道が誇る大型六両編成の鋼鉄の車両――テ・ジヴェ――が目の前を悠然と通り過ぎた時、ブーンの尻尾はわさわさとローブの下で動いていた。
テ・ジヴェは発掘復元された太古の車両で、振動の少なさと速度の面において非常に優れたものだ。
ポートエレンからジュスティアに入り、そしてその先の都市に行く前には別方面から合流した車両と連結を行い、合計で十二両編成となる。

六両編成とは言っても、車内販売は勿論の事、食堂と個室を備え持つ。

(*∪´ω`)「おー! おおきい! おおきいお!」

珍しく声を上げて興奮を表すブーンに、デレシアもヒートも破顔を抑えられなかった。
やはり、ブーンは子供なのだ。
子供にはあまりにも悲惨な環境下で育った彼の中から、子供らしさは消えていない。
この無垢な笑顔が、二人の心が腐り落ちるのを防いで暮れる。

ある意味で、相互扶助の関係にある。
ブーンを守り、無事に成長するまで手を貸し続ける代わりに、彼女達の精神安定剤の役割を果たしてもらう。
無意識の内に生じたこの関係は非常に強力だ。
何より、心地がいい。

デレシアとしてはブーンだけでなく、ヒートの様子も観察できることが役得だと思っている。
彼女にはまだ謎がいくつもあるが、特に気になるのが彼女の過去だ。
これまでに多くの人間の過去を知ってきたデレシアの楽しみが、他人の過去を知り、現代に至るまでの歴史を知ることである。
果てしない旅を続ける中で、これが彼女の趣味のようなものになっていた。

人にはそれぞれの歴史がある。
ブーン然り、ヒート然り。
当然、デレシアにも過去はある。
誰かに語り継ぐような過去ではないし、話すような過去でもない。

119名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:48:08 ID:S.muFcjM0
空気の抜けるような音と共に、列車の扉が開く。
まとまって降りてきた二十名弱の男女は、皆、似たような恰好をしていた。
日焼けした肌、海水で色が抜けた茶色の髪。
金属がぶつかり合う音のするボストンバックに、マリンシューズ。

海底に沈んだニクラメンに向かい、金品や貴重品を引き上げるトレジャーハンターだ。
身に付けた装飾品、もしくは服には彼らがトレジャーハンターギルド(※注釈:企業よりも規模の小さな集団)に所属することを示す、独自のロゴが描かれていた。
錨とサメをあしらったロゴは、彼らがトレジャーハンターの中でも世界第三位の規模を持つギルド、“マリナーズ”に所属していることを意味している。
それに続いて、マリナーズと同じ格好をした十人ほどの男達が降りてきた。

案の定、服にはギルドのロゴがあった。
それまで寝ていたのか、続々と人が列車から降りてくる。
フリーランスのトレジャーハンターやギルド、彼らを狙った売春婦の一団までいた。
先に乗車していたヒートとブーンが、デレシアの方を不思議そうに見る。

ニクラメンに向かった人間達に対する興味を失い、デレシアも乗車した。

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            撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】

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ひんやりとした列車内は、驚くほど空いていた。
三人が乗り込んだのは三号車だったが、誰も座っていない。
一駅先のポートエレンまでは、十分弱の列車旅となる。
短い間だが、楽しませてもらうとしよう。

テ・ジヴェの座席は全て、机を挟んだ対面型の四人席。
一車両に十四セットあり、合計で五十六人が乗ることが出来る。
それが今は、三人の貸切状態だ。
これで、周囲を気にすることなく電車旅が出来る。

入り口に最も近い席を選び、ブーンを窓際に座らせ、ヒートが通路側に座った。
ブーンと向かい合う形で座り、デレシアは途中まで降ろされていた窓を全開にした。
若干くぐもった車内の匂いと空気は、ブーンの鼻には厳しい物がある。
直ぐに涼風が車内の空気と入れ替わり始めた。

一瞬だけ車両が揺れると、テ・ジヴェはゆっくりと発車した。

(*∪´ω`)「すずしい……です」

120名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:49:12 ID:S.muFcjM0
静かに移り変わる景色を見ながら、ブーンはそう呟いた。
冷房よりも自然の涼の方がブーンは気に入っているようだ。
徐々に加速する景色から目を離さず、食い入るように見ている。
青空と真っ白な入道雲を背景に、まだ雪化粧の残るクラフト山脈と、鮮やかな新緑に囲まれたフォレスタが作り出す幻想的な風景は、まさに夏の景色と言える。

蝉の声とウミネコの鳴き声が合わさって、そこに風と潮騒、そして枕木がリズミカルに踏まれる音とが重なり、音楽を作り上げる。
遠ざかるフォレスタの森に、ブーンは何を思うのだろう。
自分を愛してくれた人間との別れを経験した地、それがブーンにとってのフォレスタだ。
目の前で笑い、目の前で死んだペニサス・ノースフェイスは、ブーンに何を残せたのだろうか。

列車が曲がり道に差し掛かり、車両が内側に傾く。
視界からフォレスタが消え、景色に夢中になっていたブーンの表情が一瞬だけ陰り、小さく呟いた。

(∪´ω`)「……またね、ペニおばーちゃん」

その小さな声は風がそっと運び去り、夏の空へと吸い込まれていったのであった。

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             制作協力【全てのブーン系読者・作者の皆さん】

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波止場に打ち寄せる波の音に耳を澄ませ、弱々しい太陽光を乱反射する水面に目を細めた。
強く吹き付ける潮風に流れる紫煙に目を細めつつ、水平線の向こうに浮かぶ黒雲を眺める。
今夜には嵐になりそうだ。
嵐は好きだ。

音を、姿を、匂いを、そして人の記憶を曖昧にしてくれる。
晴天よりも曇天、曇天よりも雨天、雨天よりも嵐だ。
計画実行にはこの上ない天候である。
この天候も予定の内。

必要とされる状況、展開、そして結末。
そこに至るまでに必要とされる環境。
あらゆる不測の事態を想定し、それに対応するだけの策は巡らせてある。
そして、つい先ほど、想定していた負の展開が発生したことを確認した。

しかし問題はない。
それの解決の仕方を知っている。
解決に至るシナリオは用意してある。
その事件は描いたシナリオの通り、事故へと転じ、無害な物へと変わる。

121名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:50:44 ID:S.muFcjM0
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斯くして、全ては整った。
あらゆる物事がレールの上を走り、完全犯罪成就という終着点まで進むだけ。
誰にも止められない。







何故ならこれは――







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               これは、力が世界を動かす時代の物語
      This is the story about the world where the force can change everything...

                 そして、新たな旅の始まりである
              And it is the beginning of new Ammo→Re!!

                                                 序章 了

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122名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:51:33 ID:S.muFcjM0
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               ‥…━━ August 4th AM07:05 ━━…‥

                                        Ammo for Reasoning!!編
                                                   第一章
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潮風は市場の活気と海の香りを乗せて、街全体に凉を運んでいた。
所々が敗れた白い――今では薄汚れている――テントが港に設営され始め、次々と漁船から陸に魚が上げられる。
水揚げ場では、早速威勢のいい声で競りが始められ、ベルの音と歓声が上がる。
砕いた大量の氷の上に魚が積まれ、テントの方へと運ばれる。

商品が届いたその場で、赤いマジックペンで段ボールの札に値が書かれ、売り子が手と口で客を呼び寄せる。
漁船の船着き場の反対側にある荷降ろし場には、中型の輸送船が錨を降ろして停泊し、重機を使って荷を降ろしている。
積み荷を仕分ける水夫たちの肌は皆黒々としており、額には大粒の汗を流していた。
木箱の隙間からは木屑が顔を覗かせている。

中身は別の土地から輸入された酒だ。
これから輸出する特産品のポートワインは、降ろした荷と引き換えに積み込まれることとなる。
この土地のポートワインの原料は、西部に広がる畑で採られたブドウだ。
気候の影響も強いが、発酵の際に使用する樽の独特な香りがワインに移り、それがポートエレン産のワインの特徴となっている。

数は少ないがウィスキーも生産しており、こちらも磯の香りと樽の香りで人気を博している。
色とりどりの野菜と鮮魚が並ぶ漁港で開催されているポートエレンの朝市は、普段以上の賑わいを見せていた。
その原因は、港に停泊している巨大なビル群かと見紛う船。
その名はオアシズ。

世界最大の船上都市にして、世界最大の客船でもあるオアシズが補給のためにポートエレンに寄港しているのだ。
出航時間は夜なので、船の上で長い時間を過ごしていた人間達は久しぶりの地上を味わおうと、ポートエレンの朝市を訪れていた。
オアシズの客だけでなく、住民から船員まで、出航時間までの間で地上の空気と店を満喫している。
混雑する朝市の中、カーキ色のローブ――ペニサス・ノースフェイスからの贈り物――を身に纏うデレシア、ヒートに肩車をされたブーンがゆっくりと通り抜ける。

濃い灰色の空の向こうから、涼しげな風が吹いてくる。
どうやら、海の向こうでは大雨が降っているようだ。
風向きと強さを考えると、昼には雨雲がポートエレン上空に到達するだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、朝ご飯はどんなものが食べたい?」

(*∪´ω`)「おー、シャキシャキしたものが、いいです」

耳付きと呼ばれるブーンのような人種は、獣と人間のあいのこのような物で、歯応えのあるものを好む。
逆を言えば、歯ごたえの無い物はあまり好まない。

123名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:52:44 ID:S.muFcjM0
ノパー゚)「リンゴサラダでも食うか?」

(*∪´ω`)「リンゴサラダ?!」

ヒートの頭上で、ブーンが顔を輝かせる。

ノパー゚)「あぁ、シャッキシャキのレタスとトマト、それとスライスしたリンゴのサラダだ。
    あたしはシーザーサラダドレッシングをかけて食うのが好きだが、そのままでも十分美味いんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「なら、私がいいお店を知っているから、そこに行きましょう。
      少し歩くけど、いいかしら?」

ノパー゚)「どんとこい」

(*∪´ω`)゛「おー!」

デレシアの案内に従い、三人は市場を北西へと進んでいく。
ブーンの尻尾は絶え間なく揺れ続け、露店に並ぶ様々な食品に目を輝かせていた。
取り分け興味を示していたのが、マグロと新玉ねぎのカルパッチョだ。
露店ではそれを、ガーリックバターを塗った一口大の固めのパンに乗せて販売しており、食欲をそそる香りが大勢の鼻と心を虜にしていた。

確かに、この香ばしさは朝食を食べていない人間には拷問的な威力を発揮する。

(*∪´ω`)「おー……」

ノパー゚)「あれを食いたいのか?」

(*∪´ω`)゛「えっと……はい……」

デレシアとほぼ同時に気付いていたヒートが、デレシアが言おうとしていた言葉を口にした。
甘やかすと決めたのだから、これぐらいはいいだろう。
傷を癒すためにも食事は重要だ。
価格も十五セントと安く、サイズも一口大だ。

ノパー゚)「よし、一つ買ってやるよ」

(*∪´ω`)「え?!」

ノパー゚)「ただし、一つだけだぞ」

(*∪´ω`)゛「お!」

ヒートが人混みを掻き分け、露店の前に並ぶ。

「いらっしゃい! おう、坊主、何にする?」

(;∪´ω`)「……」

124名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:53:35 ID:S.muFcjM0
いつもと違う対応に、ブーンは解答を躊躇った。
普段なら、彼の耳を見られた瞬間に罵声が浴びせられてきたのだが、どういうわけか、それがない。
この反応に驚いていることにデレシアもヒートも気付いており、微笑みながら見守っている。
自分が被っている帽子の力が本物だと理解したのか、ブーンはおどおどしながらも答えた。

(;∪´ω`)「その……ちいさな、パンの……えと……」

ノパー゚)「それはマグロのカルパッチョ、って読むんだ」

(;∪´ω`)「マ……グロの、カル、カルカルカルパッチョのせ? を……ください……」

「あいよ! ねーさんたちの分もおまけしとくよ!」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、ありがとう」

両手でブーンの足を押さえているヒートに代わって、デレシアが料金を支払う。
人混みから一旦離れて、露店の脇にあるパラソルと椅子とテーブルが置かれた飲食スペースに立ち寄る。
席は全て埋まっていたため、三人は立ったまま食べることにした。
紙ナプキンで包んで渡されたパンをブーンに渡す前に、一言付け足した。

ζ(゚ー゚*ζ「少しずつ口に入れて、ちゃんとよく噛んで食べるのよ」

(∪´ω`)「はい」

ノパ⊿゚)「ゆっくりと噛まないと駄目だからな」

(∪´ω`)「わかりました」

受け取ったパンは、ブーンのちょうど一口ほどの大きさがある。
言いつけ通りほんの少しだけ口に含み、パンの欠片がヒートの頭に落ちないようにと、唾液でパンを柔らかくしてから噛み千切った。
ゆっくりと咀嚼を繰り返し、固形から液体になる頃に飲み込む。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、ヒートの分も」

ノパ⊿゚)つ「おう」

口で受け取ったパンを、ヒートは唇と舌を器用に使って口内に運ぶ。
ブーンの半分以下の咀嚼で飲み下したヒートは、一言で感想を述べた。

ノパー゚)「六十三点。
    だけど、海の上なら八十点越えだな。
    白ワイン片手に、釣りなんかしながらだといいな」

その中途半端な点数の理由を知るため、デレシアは半口食べた。
そして理解した。
塩味がかなり強く、味に深みが足りない。
フレッシュバジルを一枚足すだけでもかなり変わるだろうに。

が、海上で釣りをしながら片手で食べるとなると、この塩味の強さとガーリックの風味は逆にプラスポイントになる。
ニクラメン生まれならではの意見だ。

125名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:55:42 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「そうね、そのぐらいが妥当かしら」

ようやく一口目を飲み込んだブーンは笑顔で感想を口にした。

(*∪´ω`)「おいしいです!」

点数など関係なく、純粋な味の観点で評価を下すブーンの方が、彼女達よりもよっぽど料理を楽しんでいる。
旅が長くなると、どうもよくない癖がついてしまうことに気付かされ、デレシアとヒートは同時に困った風な笑顔を浮かべた。
子供は大人の教師とはよく言ったもので、彼らから教わることは山のようにある。
それはかつて自分達が知っていた事なのだが、いつしか成長する過程で忘れ去り、あるいは捨て去ってしまった感情だ。

普通の子供よりも過酷な生活を強いられてきたにも関わらず、ブーンはそういった点が全く削れておらず、年相応のまま残っている。
ある意味で奇跡に近い存在で、それが彼の持つ魅力の一つだ。
だからこそデレシアだけでなく、ヒートやペニサス、ギコと云った人間が彼に惹かれるのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃ、行きましょう」

デレシアの案内に従って、三人は石畳の坂道を上るにつれ、次第に景色が変わってくる。
建物の前に並ぶ黒板には、色鮮やかなチョークでモーニングセットの内容が書かれている。
観光客向けのレストランやホテルが軒を連ねる通りを抜け、市場全体を見下ろすことの出来るところまでやってきた。
人通りはほとんどなく、崖に打ち寄せる波の音と木々のざわめきが合わさった音に、二人分の跫音が合わさるだけの静かな通り。

その先に、デレシアの目指す店がある。
店の名前は“トラットリア・ペイネシェン”。
美味くて安い窯焼きピザと、新鮮で濃厚なグレープジュースが楽しめる店だ。

ζ(゚、゚*ζ「あら、残念」

しかし、店の前には一枚の張り紙があるだけで、客の姿はなかった。
借家、と汚い字が色あせた紙に書かれている。
以前来た時、店主は三十七歳。
まだ死ぬような時間は経過していないはずだ。

店内の酷い荒れ具合と埃の積り方を見ると、最近借家になったばかりと云う訳ではなさそうだった。
早死にでもして、家族が店を売ったのか。
紙に理由は書かれておらず、ただ、借家としか書かれていない。
あまりにも唐突に、まるで、草を根ごと引っこ抜いたような印象があった。

ノパ⊿゚)「地上げ屋、ってわけでもなさそうだな。
    ただ、あんまり愉快な理由でもなさそうだけど」

何かに追われるようにして店を後にした、といった様子だろうか。
しかしそれなら、借家にする理由は何だ。
売地にするならまだ分かるが、借家と云うことは、戻ってくる予定があるということだ。
不自然な閉店の理由を考えても状況は変わらないと判断し、デレシアはヒートとブーンを見て肩をすくめた。

ここが駄目となると、彼女が知り得る中で二番目に美味いグレープジュースを出す店に行くしかない。
今日は、何が何でもブーンとヒートにグレープジュースを飲ませるのだと決めていた。

126名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:58:08 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「仕方ないわ、別のお店に行きましょう。
      この坂の上にあるホテルのレストランなの」

ノパ⊿゚)「……この坂の上だな?
    名前は?」

ζ(゚ー゚*ζ「コクリコ、ってホテルよ。
      後二百ヤードぐらいかしらね」

ノパー゚)「よーし、コクリコ、だな。
    負けた方の……おごりだ!!」

そう言うや否や、ヒートは肉食獣を思わせる勢いで坂を駆け上った。
石畳と云う足場でさえ、彼女の健脚ぶりは大いに発揮され、瞬く間にその姿が離れていく。
背中のブーンが喜んでいるのは、ローブの下の尻尾の動きを見ればよく分かる。

ζ(゚ー゚*ζ「それなら!」

ヒートが肉食獣なら、デレシアの速度は弾丸だった。
五十ヤードはあった距離が、ほんの三秒でゼロになり、秒針が一つ動くまでにはヒートはデレシアの背中を見ることとなる。

ノハ;゚⊿゚)「はぁっ?!」

振り返りざま、デレシアは驚きの表情を浮かべるヒートに対して余裕の声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「お先に失礼、御嬢さん」

上り坂において重要なのは、如何にして一歩を稼ぎ、どのようにしてピッチを上げるかにかかっている。
ヒートの走り方はそれを心得ていたが、デレシアの速度には遠く及ばない。
背中のブーンの有無を抜きにしても、彼女は勝つ自信があった。
結果、二十ヤード近くの差をつけてデレシアがホテルに到着し、遅れてヒートが到着した。

息一つ乱さずに到着したヒートは悔しそうに、だが、すっきりとした様子で敗北を認めた。

ノパー゚)「……疾ぇな、やっぱ。
    秘訣は何だ?」

ζ(゚ー゚*ζ「疾く走ることよ」

(∪´ω`)「どうやってはやく、はしるんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「刺激に対する反応を速めて、一瞬に力を込めて地面を蹴り飛ばして、可能な限り先に着地すると同時に、逆の足で同じく地面を蹴り飛ばす。
       これの繰り返しよ」

指をぐるぐると回しながら行った説明に、ブーンは何度も頷いた。
この理屈は、短距離走における速度向上の全てと言っても過言ではない。
ストライドとピッチの絶妙な関係を説明するには彼はまだ幼いし、そんなややこしい説明をするよりも単純な方がいい。
物事は単純が一番なのだ。

(∪´ω`)゛

127名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:59:21 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「さ、適度な運動もしたし、ご飯にしましょう」

コクリコ・ホテル。
ポートエレンでも五指に入る長い歴史を持つホテルで、建物は木と鉄筋コンクリートで作られている。
切り立った崖の上に位置しており、そこから眺める水平線に浮き沈みする太陽と、眼下の険しい岩場に生じる渦巻きの迫力が人気を呼んでいる。
岩場では小型の漁船が釣りに訪れ、観光客がやった餌で肥えた魚を釣り上げる姿がよく見られる。

エンジンを積んでいなければ船は渦巻きから脱出することが出来ないため、観光客の立ち入りは禁じられている。
人間が禁止と云う言葉に魅了されるおかげで、コクリコ・ホテルは客に困ることはない。
何も景色だけが、コクリコ・ホテルの売りではない。
ホテルのレストランで出される魚料理はここの白ワインとよく合い、食が進む。

安めの金額設定だが、それ以上の価値を持つ料理が出される。
また、金額が安く設定されている理由だが、デレシアはその秘密を知っていた。
調理される魚は昔からつながりのある漁師から安く仕入れ、酒はホテルの料理に魅了された地主の持つ畑で作られた物をこれまた安く仕入れることで、コストを削減しているのだ。
これはコスト削減が目的だったのではなく、開業当初、ホテルのオーナーが地元の物にこだわった食事を提供したいという信念が大元だ。

この信念は先ほどのトラットリア・ペイネシェンも感化され、小さい店ながらも切り盛りしていたのであった。
ホテルの前にはちゃんと看板が出ており、昔と変わらず、十ドルでワイン、サラダ、魚料理、焼き立てのパンが付いてくるコクリコ・セットが書かれていた。
字体を見るに、デレシアの知っていたシェフから代替わりしたようで、しかしながら価格を守っているのを考えると、その意志は継がれているようだ。
ガラス張りの回転ドアを開けて中に入ると、そこには風変わりな客が一人、フロントの女性と話していた。

一瞬、デレシア達に目を向けたその客は、黄色いポロシャツの上に皮製のホルスターを下げ、真新しいジーンズを履いていた。
ホルスターの中に納まっているのはグロックで間違いない。
ホックは外してあり、いつでも発砲が可能な状態にあった。
デレシア達を見てすぐにしまったのは、机上に置かれていた警察バッジだ。

警察が権力を振りかざしてただ飯を食らおうという魂胆ではなさそうだ。
ジュスティアの膝元の街でここまで腐敗が進んでいるとは思えず、となれば、彼が調査のためにここに来ていることは明白。
必然的に事件、もしくは事故が起こったことを意味している。
が、今は朝食が優先である。

ζ(゚ー゚*ζ「三人、コクリコ・セットで。
      飲み物はグレープジュースね。
      サラダにはスライスしたリンゴを乗せてくれる?」

警察を完全に無視して、デレシアは近くで固まっていたウェイターの男性にそう言いつけ、席に案内させた。
警官はカウンターに腕を乗せ、デレシア達を品定めするような目で観察を始めた。
対象にそれを悟られていることから、警官としての経験はそこまで豊富ではなさそうだ。
無能な警官が相手ならその追及をかわすことは造作もない。

トラギコ程の人間が出てくるとなると話は別だが、この警官は犯人追求にそこまで執着できそうもない。
つまらない男だ。
三人は四人席について、ウェイターがガラスのコップに氷の浮かぶ水を注ぐのを見ていた。
男の手は震えていなかったが、表情は硬い。

気の毒だが、このホテルで良からぬことが起こったのだろう。
客人同士のトラブルならばここまで緊張することはないはずだ。
ホテルでは日常茶飯事、無い方がおかしいイベントなのだ。
となると、死人が出た可能性が高い。

128名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:00:30 ID:S.muFcjM0
――デレシアは、自分の悪い癖がまた出てしまっていることに気付き、誰にも気づかれないように笑った。

旅が長くなると、一つ一つの現象の背景を考えてしまう。
砂丘の湖や、火口に咲く一輪の花。
それらと人間の歴史は、デレシアにとっては同じものだ。
向かい合って座っているヒートは、隣のブーンにナイフとフォークの使い方を確認しているため、デレシアの自嘲に気付いていなかった。

「お待たせしました」

気配を殺して移動していた眉雪のウェイターが三つのグラスとサラダを盆に載せ、デレシア達の席に戻ってきた。
その足取り、跫音の殺し方といい、長い経歴がありそうだ。
盆を脇に抱え、最後に一礼して去ろうとした男性の姿に、デレシアはその人物の名を思い出した。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、パーカー・スティムウッド。
       随分と大人になったのね。
       盆を回す癖は相変わらずね」

「……え?
お客様、どうし――」

驚いた風に顔を上げてデレシアの顔を直視した瞬間、パーカーと呼ばれたウェイターは目を大きく見開いた。

「で、デレシア様?!
お久しぶりでございます、私の事を覚えておいで下さったのですか!
いや、それにしても……」

ζ(゚ー゚*ζ「いいじゃない、細かいことは」

ノパ⊿゚)「知り合いなのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「随分前のね。
       前来た時はいなかったけど、ひょっとして修行にでも行っていたのかしら?」

気恥ずかしげに、パーカーは口元に皺を作った。
まるで、旅行の感想を親に報告する子供のようだ。

「お恥ずかしながら、他の地で技術と知識の吸収にと思いまして……
最後にデレシア様とお会いしてから二週間後のことでございます。
それからつい三年前に戻ってまいりまして」

ζ(゚ー゚*ζ「いいことね、パーカー。
      じゃあ、冷めない内に焼きたてのパンと新鮮なバターと、とっておきのジャムを持ってきてくれるかしら?」

パーカーは返事をしなかったが、心得ているとばかりに恭しく一礼してその場を去った。
相変わらず跫音を立てず、無駄のない動きだった。
他にも客はいたが、パーカーが軽く頷くと、別の従業員が対応した。

ノパー゚)「さっすが、顔が広いんだな」

129名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:01:13 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「知り合いが多いだけよ。
       それじゃあ、この先の旅に向けて」

デレシアとヒートがグラスを掲げ、ブーンもそれに倣った。
それから軽くグラスをぶつけ合い、濃厚な深淵にも似た紫影の液体を一口飲む。
途端に、ヒートとブーンの表情が変わった。

ノハ^ー^)「……こいつは美味い」

(*∪´ω`)゛「おいしいです!」

濃厚な味わいながらも、飲み終えた後口に残るのはその芳醇な香りだけ。
喉に残るようなこともなく、見た目と味に反して爽やかな飲み心地と後味は、この地方のブドウならではのものだ。
二人に好評なようで、デレシアは安心した。
だが、この味は前回とは全く違う。

この味は、トラットリア・ペイネシェンのものだ。

ノパー゚)「ブーン、これがリンゴサラダだ」

(*∪´ω`)「リンゴ!」

目を輝かせ、ブーンは早速サラダを食べ始めた。
新鮮な野菜とリンゴを噛む音だけで、彼が満足していることがよく伝わる。
薄らと湯気の立ち上るパンを籠に入れて戻ってきたパーカーを見て、デレシアはにこりと笑んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「このジュース、どうしたの?」

「流石、お気づきになりましたか。
来る途中に見かけられたとは思いますが、ペイネシェンがあのようなことになってしまったので、そのブドウ畑を当ホテルで買収したのです。
ご存じの通り、あの畑のブドウはジュースにするとこの地域で一番の味になりますからな。
幸いにして製法は同じなので、ある程度あの店の味を再現できております」

ペイネシェンに何があったのか、デレシアはあえて訊かなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「なるほどね」

「さ、どうぞこちら焼き立てなので、冷めない内にご堪能ください」

そう言って置かれた籠から漂う甘い香りに、ブーンは垂れた瞼をより一層垂れさせた。
ヒートかデレシアが手を出さないと自分が手を出してはいけないと思っているのだろうか、グラスを両手で持ったまま、パンと二人を交互に見やっている。
そわそわして落ち着いていない様子に、ヒートが動いた。

ノパー゚)「ブーンはまだ傷が治ってないから、少しずつ、ちゃんとよく噛んで食べる事。
    いいな?」

(*∪´ω`)゛「はい」

ノパー゚)「じゃあ、まずはあたしと半分こだ」

130名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:02:57 ID:S.muFcjM0
拳大のパンを手に取り、ヒートがそれを半分に千切る。
より濃厚な香りと湯気に、ブーンは目を輝かせ、喉を鳴らした。
ブーンの取り皿にパンを乗せ、自分の皿にも乗せてから、ヒートはジャムの瓶を手に取った。

ノパー゚)「ジャムの使い方は分かるか?」

蓋を開けながら投げかけられたヒートの問いに、ブーンは小さく首を横に振った。

ノパー゚)「よし、じゃあ覚えような。
    まず、こうしてパンを小さく千切って……」

親指ほどの大きさに千切ったパンに、ナイフで掬い取ったブドウのジャムを乗せ、パンの淵でナイフの刃に付いたジャムを拭うように取る。
それをブーンの口元まで運ぶと、彼は自然と口を開けた。

ノパー゚)「はい、あーん」

(*∪´ω`)「おー」

ヒートの手からパンを食べたブーンの表情が、蕩けるように緩んだ。
何度も何度も言いつけどおりに噛み、そして飲み込む。

(*∪´ω`)「あまくて、ふわふわしてて……あまくておいしいです」

ノパー゚)「本当か? じゃあ、あたしも食べよう。
    さっきあたしがやったように、パンを千切ってジャムを塗ってみな」

ぎこちない動きだったが、ブーンはヒートと同じようにパンを千切ってジャムを塗ることが出来た。

ノパー゚)「あーん」

(*∪´ω`)「おー」

先ほどヒートがそうしたように、ブーンが彼女にパンを食べさせた。
ブーンが周囲の目を気にせずそういう事が出来るようになっているのを確認してから、デレシアは彼の成長を喜んだ。
雰囲気を察してその場を消えるように立ち去ったパーカーに目で礼を述べ、デレシアもパンを食べ始めた。
食事にはたっぷりと二時間かけ、三人はサービスで出されたブドウのシャーベットで朝食を締めくくった。

ζ(゚ー゚*ζ「美味しかったわ、シェフにお礼を言っておいてくれる?」

「かしこまりました、シェフも喜びますよ。
何せ、他ならぬデレシア様からの御言葉ですからね」

ζ(゚、゚*ζ「あら? シェフは誰なの?」

「ジェフですよ、しょっちゅう皿を割ってはトーマスさんに怒られていた、あの彼が当ホテルの料理長なのです」

ζ(゚ー゚*ζ「すごいじゃない! そう、あのジェフが……
      貴方も鼻が高いんじゃないの?」

「えぇ、それはもう」

131名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:03:38 ID:S.muFcjM0
「お楽しみのところ申し訳ないが」

会話に割って入ってきたのは、それまで様子を窺っていたあの警官だった。
机の上に厭味ったらしくバッジを投げて置いてきたので、デレシアはそれを丁寧に払い落とした。

「この……!!」

ζ(゚、゚*ζ「申し訳ないのなら、後にしなさい」

バッジを拾い上げ、警官はそれをデレシア達に向けながら言った。

「今朝、このホテルのすぐ近くで水死体が発見された。
それについて何か情報を知っていたら、教えていただきたい」

デレシアが警官の顔も見ずに出したのは、テ・ジヴェの乗車券だった。
打刻された時間は、彼女達がこの街に来てまだ半日となってないことを示している。

「そんなものはどうでもいい。
知っているのか、知らないのか、それを教えてもらいたい」

ζ(゚、゚*ζ「知らないわ」

「やれやれ」

その時、新たな人物がデレシア達の席に近づいてきていた。
ショートカットにした白髪、鳶色の瞳をした、ゆったりとしたベージュ色の服を着る身長六フィートほどの初老の女性――の変装をした男性だ。
声や仕草、果ては雰囲気までもかなり巧みに誤魔化しているが、体重のかけかたと匂いで分かる。

「まったく、見てられないね、君の捜査は」

「なんだ、お前は……って、男?!」

変装した男性はまずかつらを取り、次いで顎の下に手を入れ、マスクを取った。
禿頭の男の顔には深い皺と傷が幾つも刻まれ、垂れ下がった眉の下にある老犬のように静かな目が、一瞬だけデレシア達に向けられた。

(´・ω・`)「情報収集はもっと丁寧に、そして誠意をもってやらんといけないな、坊主」

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      ー,          )     ,,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;__;;;;;;;;;;;;',l

               ‥…━━ August 4th AM10:07 ━━…‥

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132名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:05:49 ID:S.muFcjM0
歳は五十代後半、もしくは六十代前半。
首の太さが常人離れしていることから、彼が格闘術に長けていることが分かる。
しわがれた声の奥に潜む獰猛な雰囲気は、年老いた獅子にも似ている。

「誰だ、お前は」

(´・ω・`)「ショボン・パドローネ、って言えば伝わるかな?」

「ショボン……?
……し、失礼しました、ショボン警視!」

(´・ω・`)「元警視、だけどね。
     今は探偵だよ」

なんだかややこしいことになってきたと、デレシアとヒートは目で会話をした。
彼女達の席を囲むようにして二人の男が現れてから、ブーンはヒートの方に身を寄せ、動きを窺っている。

(´・ω・`)「君、発見者への聞き込みは?」

「ぶ、部下が行っております」

(´・ω・`)「君も行きたまえ。
     このホテルは私が調べておく、もちろん、後で調書を送るから心配しないように」

「はっ!!」

警官は敬礼をして、ホテルから出て行った。

(´・ω・`)「すまないね、御嬢さん方。
      だが彼には悪気はなかったんだ、許してやってくれないか?」

ζ(゚ー゚*ζ「別に、怒っていないわよ。
      で、探偵さん。
      変装をしてここに張り込んでまで、何を知ろうとしていたのかしら?」

(´・ω・`)「はははっ、いや、単純にホテル内の捜査だよ。
     ……ここ、いいかな?」

デレシアの隣に座ったショボンは、向かいの席にいるブーンに軽く会釈した。
ブーンは体を小さく震わせ、恐る恐ると云った様子で目礼した。

(´・ω・`)「残念、嫌われてしまったのかな。
     さて、この件の詳細を――私が調べた限り――話させてもらおうか」

事が起こったのは、今朝の六時半。
ホテルの近くで漁をしていた男性が、崖の下に浮かぶ白い布を発見、引き上げてみたところ女性の水死体であることが分かった。
死因は窒息死、解剖の結果、死亡推定時刻は午前一時ごろ。
多量の薬物反応がでたことから、自殺の可能性が高い。

133名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:07:03 ID:S.muFcjM0
女性の身元が分かる物は身についていなかったが、ホテルの宿泊客の女性が一人消息不明になっていることから、その人物である可能性が濃厚だった。
ホテルの名簿には昨日の夜十一時三十八分にレイトチェックインしたとの記録が残されていた。
このホテルでは、夜の十時を過ぎると予約客は自分でチェックインの記録を付けて部屋に行くことになっており、女性の顔を見た人物はいない。
が、自殺を計画していた女性の心境を考えると、自然なことだった。

遺体発見後、ショボンは彼女の泊まっていた部屋にオーナーと共に立ち入った。
部屋には鍵がかけられており、カードキーはベッドの下から発見された。
テラスに続く窓は開け放たれており、そこから飛び降りたものと推測された。
遺書は鏡台の上に置かれているのが見つかり、字体はチェックインした際に記されていた物と一致している。

そこまで話すと、ショボンは懐から黒皮の手帳を取出し、部屋の図面と現場写真を並べて見せた。
部屋に入ってすぐ右手側に、洗面台・トイレ・シャワーが備わった三点ユニット。
右の壁沿いに大きなベッドが置かれていて、シーツが乱れていたが、使った形跡はなく、風の影響と判断された。
遺書の置かれていた鏡台は左の壁、窓の近くにあり、これまた使用の形跡はなく、備え付けの鏡以外何も置かれていない。

窓は内側に向けて開くタイプで、部屋に入った時には開いていた。
荷物は一切なく、抜け殻のような部屋になっていた。
写真と図面での説明を終えたショボンは、やっと本題に入った。

(´・ω・`)「彼女を自殺に追い込んだ人間を探し出したい」

続いて、ショボンは手帳に挟んでいたもう一枚の写真を机に置いた。
それは、遺書を写真に収めたものだった。

(´・ω・`)「彼女が部屋から飛び降りて以降、チェックアウトをした人間はいない。
      私がそうさせた。
      遺書には、とある人物に向けての恨み言が書いてあるが、名前が書いてないんだ。
      警察はその人物の特定に躍起になっている。

      ちなみに、私がここにいるのはオアシズの乗客が無実だと証明するためだ。
      これで、ある程度納得がいったかな?」

つまり、このショボンと云う探偵はオアシズが雇っている探偵だということだ。

ζ(゚、゚*ζ「納得はしたけど、私たちは何も知らないわ。
      残念だったわね」

(´・ω・`)「まぁ、そうだろうね。
     だけど、探偵っていうのは疑い深く慎重でね。
     済まない、時間を取らせてしまったね。
     せめてものお詫びとして、ここの勘定は私が払っておこう。

     それと、警察には君たちは事件に一切関係ないと伝えておく」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、それならお言葉に甘えさせてもらうわ。
       ごちそうさま」

デレシア一行はホテルを後にして、市場の方へと向かった。
風が冷たい空気を運んできた方には、嵐の前兆である黒雲が浮かんでいたのであった。

134名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:08:00 ID:S.muFcjM0
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                     全ては、予定通り。
                    事件は事故になった。

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(´・ω・`)「おい、ホテルの客全員から情報を聞きたい。
      全員、この食堂に集めてくれ。
      全員だ、いいな?」

受付カウンターにいた女性従業員が強張った表情を浮かべたが、ショボンの一瞥に頷いた。
館内放送を入れ、睡眠中の客も全員集まるようにアナウンスをかけた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                   誰も真実にはたどり着けない。
                          誰も。

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席についた七十一名の前で、ショボンは宣言した。

(´・ω・`)「いかなる偽りも、このショボンには通用しない。
     必ず見抜き、突き止め、そして――」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                    凄腕の探偵だろうと。
                     凄腕の刑事だろと。

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(´・ω・`)「――真実を、私の前に引きずり出してやる」

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                      陳腐で滑稽な台詞だ。
             この偽り、引きずり出せるものなら、してみるがいい。
                  目の前にいる偽りを暴いてみるがいい。

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(´・ω・`)「さぁ、始めようか。
     真実探しを、ね」

135名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:09:44 ID:S.muFcjM0
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                       さぁ。
                         舞台の幕は上がった。
                                   演者は十分。
                               下地は完璧。

           真実とやらが見つかることを夢想するといい。
      偽りに満ちた真実を見つけ、歓喜するがいい。
  計算され尽くした計画を前に目を逸らし、偽りの道を進むがいい。
           そして偽りの答えを掲げ、声高らかに勝利を宣言するがいい。

                精々見抜いてみるがいい。
                         偽りのとやらを。
                             精々突き止めてみるがいい。
                                         真実とやらを。


                         では、始めよう。
                     真実探しとかいう、茶番劇を。

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136名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:11:37 ID:S.muFcjM0
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Ammo→Re!!のようです
               ‥…━━ August 4th AM10:33 ━━…‥
                                        Ammo for Reasoning!!編
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                          第一章
                       【breeze-潮風-】
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市場に到着したデレシアは、まず、オアシズの乗船券を購入することにした。
自殺だか他殺だか知らないが、デレシア達に関係のない事件に関わる必要はない。
ポートエレンには一日と滞在しないのだから、面倒事に巻き込まれるだけ時間の無駄だ。

(*∪´ω`)「おー……」

ノハ;゚⊿゚)「おー……」

目の前に停泊している世界最大の船上都市オアシズを前に、ヒートとその肩の上のブーンは言葉を失っていた。
一枚壁、あるいは山としか思えないその巨体は、圧巻の一言に尽きる。
原子力空母よりも遥かに巨大で力強く、そして生活の拠点となり得るこの船は世界で最も巨大なだけでなく、世界で最も時間を掛けて修復された船でもある。
直上を見上げてもその先端は見えず、その全貌も分からない。

海に浮く都市。
それがオアシズなのである。

ζ(゚ー゚*ζ「チケットを買ってくるから、ちょっとだけ待っててね」

ノハ;゚⊿゚)「おう……」

(∪´ω`)゛「お」

船に圧巻される二人をその場に残して、デレシアは船から港に降りている五本の橋の内の一つを上った。
エスカレーターがデレシアの体重を感知し、自動で動き始める。
かけられた体重の位置でエスカレーターの進行方向が変わるタイプの物だ。
船上に到着すると、黒服の男四人がデレシアを迎えた。

(■_>■)「失礼、チケットは?」

ζ(゚ー゚*ζ「持っていないわ。
       ティンカーベルまで、三人分欲しいのだけど」

デレシアの格好を見て、男は若干眉を顰めて言った。

(■_>■)「三人分ですと、一万七千ドルになりますが」

137名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:12:57 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「はい」

男の手に、デレシアは要求された金額分の金貨を乗せた。
それを見て男は己の無礼を感じたのか、仰々しく受け取り、枚数を数え始めた。

(;■_>■)「た、確かに。
       こちらがチケットになります。
       チケットは――」

懐から銀色のケースを取出し、指紋認証を済ませて取り出したのは、三枚のプラスチックのカードだ。

ζ(゚ー゚*ζ「部屋の鍵、各種サービスを受ける際に使用する、でしょう?」

カードに内蔵されたチップがオアシズ内の様々な施設を利用する際に活躍する。
部屋の鍵、身分証明であることは当然だが、売店やレストランでの代金はこのカードに記録され、下船時に一括で支払うという仕組みだ。

(;■_>■)「は、はい。 その通りです。
       ではこちらを」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう」

三分で手続きと購入を済ませたデレシアは踵を返し、何気なく街を見下ろした。
ブーンとヒートがデレシアの姿を見つけて手を振っていたので笑顔で振り返し、市場を歩く見知った人物の姿を見咎めた。
あれは――

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    { 。  ・  。゚  ・ }
  .  { ・  ∴  ・  ノ
    ζ〜μwJ〜νι
     /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:ヽ
    /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:ヽ
‥…━━ August 4th AM10:40 ━━…‥
  .  {;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:.ノ
    ε〜〜J〜νιζ
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二十分前にようやく仮設遺体安置所から解放されたトラギコ・マウンテンライトは、この上なく不機嫌だった。
仮設遺体安置所は蒸し暑く、おまけに酷い腐臭がしていたからだ。
死体が腐敗を始めている証拠だった。
関わりたくはなかったが、流石に腹立ったトラギコは若い検視官の頭を掴んで振り回し、トラギコは早急に氷を持ってきて遺体を冷やすように命令した。

全く興味のない一件に関わってしまったのは、自らの悪名が彼の想像以上に広まっていたことにあった。
市場に入った途端、坂から降りてきた彼の後輩である警官と鉢合わせし、捜査に協力するように要請された。
この要請を拒絶しようものなら、トラギコが今後警察本部から援助を受けられなくなるだろうと、遠巻きに脅されたのだから仕方がない。

(#=゚口゚)「で、仏さんは?」

手袋、マスク、手術着を着たトラギコが遺体袋を前に検死官に尋ねると、彼は手元のクリップボードを見ながら答えた。

138名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:14:27 ID:S.muFcjM0
「クリス・パープルトン、三十一歳。
職業、住所、その他もろもろ不明です。
死因は窒息死、もしくは溺死で、血液検査で極めて強い薬物反応が出ています。
恐らくは薬物の過剰摂取による――」

(=゚口゚)「待てよ、もしくはって何だ、もしくはって」

「じゃあ溺死で……」

(=゚口゚)「ふざけんな!
    そこんとこちゃんと調べるのが手前の仕事だろうが!
    調べたら俺に資料を寄越せ!」

トラギコが不機嫌になった第二の原因が、この検死官にあった。
兎に角全てがいい加減で、責任感の欠片もなかった。
それに付き合わされて貴重な時間を浪費し、デレシア達を追い詰めるチャンスを失うことを考えると、この上なく腹が立った。
遺体袋のジッパーを開くと、青ざめた女性の顔がそこあった。

まだ新しい水死体だ。
遺体袋を全開にし、死体を隅々まで凝視する。
全身に細かな擦り傷や切り傷、小さな打撲の跡があるが、これは海面を漂っていた際に岩場で付いたものだと推測できる。
肩と太ももに古傷を見つけ、それが銃創であることに気が付いた。

この女性は撃たれた経験がある。

(=゚口゚)「撃たれた時期はわかんねぇ……というか、調べて無いラギね?」

塗られたマニキュアとは正反対に蒼白になった手の指を見ながら、トラギコは一応尋ねた。
返答は予想通りだった。

「は、はぁ……」

検死官に期待することを止めたトラギコは、引き続いて死体を調べる。
女性の顔をよく見ると、口紅が薄らと塗られていた。
死に化粧と云う訳か。
足の指にマニキュアが塗られていないのを見るに、この女性がそこまで気が回らないぐらいに焦っていたと推測される。

(=゚口゚)「暴行は……」

傍に置かれていたクスコ式膣鏡を使い、確認する。
新しい傷はなく、体液も確認できないため、性的暴行を受けた可能性が極めて低いことを確認した。

(=゚口゚)「……ないラギね。
    おい」

「はい?」

(=゚口゚)「ひっくり返せ」

139名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:16:02 ID:S.muFcjM0
理由を尋ねようとしたので、トラギコは殺意を込めた睨みでそれを封じ、死体の背中を見た。
古い刺し傷が一つ、わき腹付近にあった。

(=゚口゚)「服には?」

「岩礁でできた傷だけでした。
傷口の位置と一致しています」

(=゚口゚)「そこは調べたんだな」

死体を元通り仰向けにさせ、袋を閉める。

(=゚口゚)「俺は街に行ってくるから、お前は死因を明らかにしろ。
    いいな、どんな小さなことでも必ず報告するラギ」

「は、はい!」

というわけで安置所を後にしたトラギコは街の屋台で好物のチョコミントアイスを買い食いしても、機嫌は一向に良くならなかったわけである。
飛び降りたと思われるホテルに出向いて、その後で死因を明らかにし、調書をまとめ、契約者であるホテルに報告すれば万事解決。
今日中に片が付くだろう。
不意に視線を感じ、そちらに目を向けると、オアシズがあった。

(=゚д゚)「……経費で乗れるのか?」

目的地がどこであれ、オアシズへの乗車券は五千ドルを下ることはない。
経費として申請するにしても、稟議書ものの金額だ。
書類は嫌いなので、普段は貸のある部下にやらせているが、こればかりはそうはいかない。
アイスを齧りつつ、トラギコはホテルに続く坂道を渋々上ることにした。

ホテルの看板を前にする頃には、トラギコのアイスは胃袋に収まり、汗がだらだらと流れていた。
クロジングで買ったジャケットは汗で濡れ、ワイシャツも汗で肌に張り付いていた。

(;=゚д゚)「くそっ、もう少し平らな所に建てやがれってんだ……」

涼を求めるようにしてホテルに入ると、そこに、懐かしい顔があった。

(;=゚д゚)「あ? ショボン警視?」

(´・ω・`)「ん? トラギコ君?
     水泳でもしたのかい?」

(;=゚д゚)「ちげぇラギ!
    何であんたがここにいるラギ?」

ショボン・パドローネ。
トラギコが三カ月だけコンビを組んだ先輩である。
とうに引退して、外地で家族と共に隠居生活を送っていると聞いていたのだ。

(´・ω・`)「そりゃあ捜査のために決まってるだろう?
     今は探偵をやっているんだ」

140名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:16:57 ID:S.muFcjM0
(;=゚д゚)「捜査? 自殺した女の捜査ラギか?」

(´・ω・`)「あぁ、そうだよ。
      その様子だと、君も捜査に加わっているみたいだね」

(;=゚д゚)「不本意極まりないけど、そうなってるラギ」

汗で濡れたハンカチで、トラギコは汗を拭う。
気を利かせたウェイターが氷の浮かんだ水を持ってきたので、それをありがたく一気に飲み干した。

(=゚д゚)「……ふぅ。
    ってことで、俺は俺の仕事をさせてもらうラギ」

(´・ω・`)「まぁ待ちなよ。
     情報が幾つか手に入ったんだ、それを君にも共有してもらいたい」

(=゚д゚)「……教えてもらうラギ」

(´・ω・`)「手帳とペンは?」

(=゚д゚)「捨てたラギ」

ショボンは溜息を吐いて、自らの手帳を開いてトラギコに見せた。
ページには部屋の見取り図と入った際の状況などが子細に記されており、写真も挟まっていた。
窓は開いていたがドアは閉まっていて、そのことは同伴したオーナーが確認している。
鍵はベッドの下にあり、遺書は鏡台の上に置かれていた、とのことだ。

遺書の内容を撮影した写真を見て、トラギコはショボンに尋ねた。

(=゚д゚)「恨んで自殺、ってことは男か女かは分からないラギね」

(´・ω・`)「ホテルの人間は全員調べたが、彼女の事を知っている人はいなかった」

クリアファイルに入った二種類の用紙を見る。
一つは、日ごとに分けられたチェックインの確認票だった。
昨日、仏よりも遅くにチェックインした人物はいない。
もう一つは、それらをまとめた書類だった。

(´・ω・`)「全員集めて個別に話を聞いたが、やはり駄目だった。
     そんな人間、聞いたこともないってさ」

(=゚д゚)「オアシズからも泊まりに来てる奴がいるラギね」

(´・ω・`)「休憩のためだよ。
      まぁ、その人たちがいるから僕が出張ることになったんだけどね。
      オアシズ付けの探偵だからね」

(=゚д゚)「ふーん」

141名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:19:23 ID:S.muFcjM0
興味がない話だったので適当に聞き流しながら、リストの名前を頭に入れた。
恨みがあろうがなかろうが、どうでもよかった。

(=゚д゚)「調べる意味、あるラギか?」

(´・ω・`)「自殺した原因を作った人間を許せないからね」

(=゚д゚)「ま、好きにしてくれラギ」

書類と手帳を返そうとすると、ショボンは軽く首を横に振った。

(´・ω・`)「それは警察に渡すことにするよ。
      その手帳のカバーだけ返してくれるかな? 中は新品だから気にしなくていい」

(=゚д゚)「ありがたくもらっておくラギ」

黒皮のカバーを返し、トラギコは女性が泊まっていた部屋に向かった。
手袋をしてドアを開けると、ひんやりとした潮風が勢いよく吹き付けてきた。
風通しは良好、見通しも抜群だ。
鏡台に置かれていたという遺書はすでに片付けられており、遺留品は何も残されていない。

開かれたままの扉からテラスに出て、眼下の様子を窺う。
切り立った崖の上にあるだけあって、その光景は迫力満点だった。
侵食を受けて針山のように尖った岩場が真下に広がり、その先には激しくうねる海がある。
海面に突き出した岩の付近には渦巻きも確認でき、意識があったとしても間違いなく溺死するだけの潮流があった。







部屋に戻り、改めて遺留品を探したが、結局、ホテルで得た収穫はショボンの手帳ぐらいだった。







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Ammo→Re!!のようです
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                                      第一章【breeze-潮風-】 了
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142名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:20:19 ID:S.muFcjM0
                           【用語集】



【土地・都市】
・オセアン……湾岸都市。貿易の拠点として栄えている。
・フィリカ……南寄りの街。強い日差しと亜熱帯の気候、果物が名物。
・シャルラ……極寒の地にある“氷結の街”。面積で言うなら世界最大。
 ┗ヴォルコスグラード区→分割統治がされたシャルラの区画の名前。
・イルトリア……世界最強の軍事都市。
・サマリー……南にある紛争が頻繁に起こる街。
・フォレスタ……森、森、森。“魔女の住む森”として地元近隣の人間に恐れられている。
・クロジング……フォレスタに隣接する田舎町。被服の町として有名。
・ニクラメン……海上都市。海上と海底に街を持つ。
・ポートエレン……ワインと貿易の街。
・ティンカーベル……通称“鐘の音街”。ポートエレンから北に進んだ場所にある島々で構成された街。
・ジュスティア……正義の街。スリーピースと呼ばれる三重の壁に囲まれている。警察の本部がある。
・オアシズ……船上都市。豪華客船でありながらも街として機能している。



【用語】
・棺桶……軍用の強化外骨格の呼称。大きさによってランクがA〜Cと分けられている。中には規格外の大きさのものもある。
       起動するには、音声によるコード入力が基本となっている。開発は各国の軍で行われ、企業も参入していた。
       ほぼ全ての棺桶は、第三次世界大戦で使用されたものを発掘し、現代の技術で復元して使用している。
       未使用品も稀に見つかる。戦闘補助以外を目的に設計された物も存在する。
・コンセプト・シリーズ……単一の目的に特化して設計された非量産型の棺桶。
・レリジョン・シリーズ……宗教団体が設計、開発した棺桶の事。えらく金が掛かっており、秘匿性に優れている。
・ガバメント・シリーズ……政府が開発した棺桶。高性能であり、量産はされなかった。
・名持ち……少数だけ生産された高性能な棺桶の事。
・ダット……高性能化したパソコンの呼び名。
・耳付き……獣の耳と尻尾をもつ人間の事。並の人間以上に発達した運動能力と身体能力を持つ。
世間からは疎まれて差別されており、奴隷として売られるのが基本である。
・ニューソク……核発電設備のこと。
・ティンバーランド……黄金の大樹をシンボルマークとする組織。規模、目的、構成にいたるまですべてが謎。過去にデレシアが二回潰したことのある組織。

143名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:22:44 ID:S.muFcjM0
これにて投下は終了となります

質問、指摘、感想などあれば幸いです

144名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:23:57 ID:wYnpdAyk0
支援

145名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:30:20 ID:wYnpdAyk0
支援打ってたら終わってた。
乙 続き待ってる。

146名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 23:28:48 ID:psUevbKwO
既読だったけどつい読んでしまった 
 
撮影・音響・……のIDはいつのIDなの投下時のとは違うみたいだけど

147名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:47:13 ID:W2H0TbLI0
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You must keep thinking.
考え続けなければならない。

Do not believe, hope and wish.
信じることも、望むことも願うことも許されない。

Understand waiting for the miracle is the most foolish thing in this world.
奇跡を待つ事こそが世界で最も愚かな行為だと理解しろ。

The miracle is just a coincidence.
奇跡など、単なる偶然に過ぎないのだから。

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              |ミ|            |p|q|            |ミ|
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              |ミ|      _」二二二二二二L_     |ミ|
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               ‥…━━ August 4th AM11:40 ━━…‥
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オアシズでは船内への銃火器の持ち込みは勿論だが、軍用強化外骨格――棺桶――の持ち込みも禁止されている。
当然、乗船時にはあらゆる武器を個人用コンテナに預ける必要がある。
武器の持ち込みを許可してしまえば、逃げ場のない海上で何千人規模の人質を取ったシージャックを認めることになる。
そのため、船内では厳格な審査によってその人間性を認められた警備員だけが、銃器の携帯を許可されていて、棺桶の使用もまた同様だった。

乗船の手順は、まず金属探知機のゲートを潜って体に金属が無いことを確かめてから、最後に、購入したチケットを使って船内に進む二重チェックだ。
一人が検査を終えてオアシズへの乗船を完了するまでに要する時間は、平均で一分。
厚く白い塗装がされた橋を使って乗船を待つ列の中に、その旅人の姿があった。
ローブで肢体を包み、豪奢な金髪と蒼穹色の碧眼を持つデレシアは、風に靡く金髪を押さえ、空を見上げた。

いい天気だ、とデレシアは胸を高鳴らせていた。
風に吹かれて蠢くように形を変え、流れていく黒雲と、幻想的な濃淡。
一瞬だけ夏の暑さを忘れさせる、冷たい空気を含んだ風。
デレシアの好きな天気だった。

晴天も好きだし、夏の入道雲と蒼穹の組み合わせは涙ぐむほど好きだ。
空模様に止まらず、この世界の天候、事象、とにかくあらゆるものが好きだった。
最近のお気に入りは、彼女の後ろに立つ赤髪と瑠璃色の瞳を持つ女性、ヒート・オロラ・レッドウィングと、彼女に肩車をされている耳付きの――獣の耳と尻尾を持つ――少年、ブーンだ。
二人と出会ったのは湾岸都市オセアンで、共に一つの事件に関わった仲だ。

148名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:47:57 ID:W2H0TbLI0
ヒートは現代では珍しく、耳付きと呼ばれる人種を差別しない。
差別は優位性に立ちたがる人間の弱さの裏返しであり、それをしない彼女は芯から強いのだとよく分かる。
元殺し屋で、彼女ほどの性格の持ち主が不毛な殺し屋になった理由は、想像できなかった。
ブーンを見る時の目が時々寂しげに陰る原因もまだ分からないが、旅を続けていく過程でそれらが分かるかもしれない。

この時代の旅で出会った人間の中で、ブーンは最も気に入っている。
何が、と問われて答えるのは非常に難しい。
彼の持つ魅力、としか答えようがない。
その魅力と云う一言の中には複数の意味が込められていて、丹念に一つ一つ答えるには最低でも一時間は必要だ。

デレシアは、これまで続けてきた果てしない旅は彼に逢うためのものだったとさえ感じ始めている。
これまでに類を見ない将来性と成長速度、そして、邪気の欠片もない無垢な瞳に見つめられる度、彼の可能性を確かめたくなる。
悪い癖であることは理解している。
しかし、彼にはその可能性を見せてもらわなければならないし、是非とも見せてもらいたい。

この先、旅の途中で遭遇する争い事はその激しさを増す事だろう。
ティンバーランドが動き出すということは、そういうことだ。
ならば、多少強引なことをしてでもブーンの成長を促し、変わりゆく世界に対応出来るだけの力を付けさせなければならない。
彼は自分自身の口で、強くなりたいと言った。

その言葉が本心であることは疑いようもなく、受け入れるしかなかった。
多くの人間を見て、多くの人間と関わり、誰よりも長く世界を見てきたデレシアは、ブーンに魅了されていた。
彼が望んだのは平和でも普遍でもなく、力と進歩だった。
その選択は、この時代に最もふさわしい物。

彼はこの時代を生きるに相応しい人物なのだ。

(;∪´ω`)

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、大丈夫よ」

これから迎える身体検査を前に緊張しているブーンを見上げ、デレシアは優しく、語りかけるように落ち着かせる。
列が動き、階段を二段上がったところでまた止まる。
ブーツの爪先が踏みしめるたび、滑り止め加工のされた金属製の階段からは、軽い音が鳴った。

ノパ⊿゚)「にしても、こんだけでけぇ船をどうやって動かしてるんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「太陽光と波力、後は風力発電ね。
      海水発電装置も実験的にだけど、使っているわ」

太陽光を初めとする自然の力による発電は、ある時期から著しく進歩した。
従来の発電方法の数倍の発電量が生み出せるのだが、設備費用は数十倍に跳ね上がった。
途上国での使用が期待されたが、その価格故に一部の国で少数だけ採用され、オアシズにもその設備が導入されている。
巨体を生かした発電設備だけで航行中の電力を全て補うことが出来るよう設計されているのだが、それでも、万が一と云う場合がある。

船倉に大容量のバッテリーを備蓄していたとしても、常時七千人、最大九千人が生活をしていく中で、底を突いてしまう危険性は常にあった。
そこで発案されたのが、海水発電装置の導入である。
海水の塩分濃度の違いを利用した発電装置は、巨大な球体の装置がアンカーのようにして船尾から海に伸びており、停泊中は勿論だが、航行中も発電されるという優れもの。
船体の復元よりも、この装置の復元に最も時間が費やされ、現在では世界で唯一オアシズだけがこの装置の復元に成功している。

149名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:48:53 ID:W2H0TbLI0
今はまだ実験的な使用で公にはされていないが、本格的に稼働するのは、後十年以内だと言われている。
海水発電装置について熟知しているデレシアは、実用段階に至るまでは後百年以上かかると予想している。
現代の技術は、所詮は過去の技術の復元に要する技術であり、つまるところ模倣でしかなく、進歩は望めない。
それを我が物として進歩するには、過去に頼らずに自分達の足で進む他なかった。

ノパ⊿゚)「海水から発電、ねぇ……」

(∪´ω`)「はつでん、って、なんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「電気って分かる?
      ほら、ライトとかを光らせたり、バイクを動かしたりする力の事なんだけど」

小さく頷くブーンの顔からは、緊張は消えていた。
知識に対して貪欲な年頃である彼にとって、疑問は食事と睡眠に並ぶ欲求の一つだ。

ζ(゚ー゚*ζ「電気を作るための動きを、発電、っていうの」

(*∪´ω`)゛「おー、それって、どうやるんですか?」

ここから先の説明も出来るのだが、それには時間が足りない。
部屋に入ってからゆっくりと科学の勉強と共に、発電の仕組みについて説明した方が飲み込みやすいだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「後でお部屋に入って一緒にお勉強した時に教えてあげるわ。
       いい?」

(*∪´ω`)゛「はい、です!」

そんなやり取りをしていると、荷物検査の順番が回ってきた。
白く、丸みを帯びた背の高い金属探知機のゲート前には二人の黒服が立っており、手には籠、腰にはグロック19を提げてデレシアを迎えた。
ゲートの表面は艶やかで、光沢を帯びている。

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(■_>■)「済みませんが、そちらの棺桶をお預かりさせていただきます。
      航行中の使用・鑑賞・接触は一切できませんので、あらかじめご了承ください。
      金属を身に付けていれば、そちらを出してください」

ζ(゚ー゚*ζ「はい、どうぞ」

対強化外骨格用強化外骨格“レオン”を預け、ローブの下から懐中時計を取り出し、籠に入れる。

150名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:49:43 ID:W2H0TbLI0
ζ(゚、゚*ζ「ベルトはいいかしら?」

カーキ色のローブをたくし上げてベルトの金具部分を見せると、黒服の男は僅かに動揺した。
直ぐに動揺を抑え込んだ動きは、働き始めてから十二、三年といったところか。

(■_>■)「……はい、これでしたら大丈夫です」

ベルトの形状からそこに武器を隠せないことを確認し、男はデレシアをゲートへと案内した。
ゲートの脇にはいつでもグロックを手に出来るよう、両腕を腰の傍に構える男が立っている。
オアシズ内でテロ行為を行うものがあれば、即座に射殺出来るという警告の意味も込めた、実用的な看板の役割を持った男だ。
鳥居の様に構えるゲートは三つ。

それぞれ異なった方式で金属を検知し、センサーを掻い潜って武器を持ち込もうとする輩を見つけ出すための装置だ。
こうした装備のおかげもあり、オアシズではこれまでに一度もシージャックが起こったことがない。
起こそうと試みた人間ならいたが、契約している警備会社の人間によって、被害が出る前に射殺されている。
外部の人間を雇うことで様々な責任と手間を省くだけでなく、機密情報を一定の水準で守ることが出来る。

仮に、オアシズの警備員として十年以上勤続した人間がいたとすると、その人間が明日裏切らないとは誰にも断言できない。
十年以上も働いていれば、オアシズの構造上のセキュリティホールを見つけたり、その他の機密情報を知ったりする機会がある。
そうした人間から情報を買ったり、忠誠心を買ったりしようと画策する人間はいくらでもいる。
その万が一に備えて、オアシズでは警備員を外部企業から雇い入れているのである。

探偵に関しても同じで、定期的に人員を入れ替えており、人物の特定ができないようにも工夫されている。
それだけの工夫がある中、デレシアは武器を持ち込むことに成功していた。
両脇のデザートイーグルに、後ろ腰のソウド・オフ・ショットガンだ。
どれだけ高性能なセンサーが相手でも、デレシアはそれを欺く術を持っていた。

しかしながら、デレシアはオアシズで事を起こすつもりは一切ない。
デレシアとヒートで出した結論としては、ブーンにはこの船旅を楽しんでもらいたいというものだった。
ティンカーベルまでは一週間ほどの旅になる。
その間に、彼の教育と訓練を行い、ティンカーベルで出会うであろうティンバーランドの構成員との争いに備える。

涼しい顔をしたまま金属探知のゲートを悠然と通り抜け、デレシアは検査の済んだ懐中時計を受け取って、オアシズへの乗船を許可された。

(;∪´ω`)「お……」

続いては、ブーンの順番だった。
耳を不自然に見せないための帽子は、検査の際に強い効果を発揮する。
後は、不審な動きをしなければ難なく突破出来るはずだ。
ヒートの肩から降り、デレシアと同じようにゲート前で検査を受ける。

(;∪´ω`)

(■_>■)「僕、何か金属の……鉄の物を持っていないかな?」

(;∪´ω`)「いえ……もってません」

(■_>■)「分かった。 それじゃあ、そこの道をまっすぐに進んでくれるかい」

151名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:51:13 ID:W2H0TbLI0
案内に従い、ブーンはゲートを潜る。
センサーがブーンの体から金属を検知することはなく、何事もなくデレシアの元に辿り着いた。
その顔には安堵の色が浮かんでいた。

ζ(゚ー゚*ζ「ね、大丈夫だったでしょう?」

(∪´ω`)゛

ノパー゚)「じゃ、あたしもそっちに行かせてもらうよ」

拳銃を持っているのは、ヒートも同じだった。
ヒートの持つベレッタM93Rには、折り畳み式フォアグリップの代わりに鋭利な刃が取り付けられており、一目で殺しに特化した武器だと分かる。
そんな代物がここで発見されれば、乗船拒否も有り得る。
しかし、ヒートは余裕の表情を浮かべていた。

(■_>■)「金属の物は?」

ノパ⊿゚)「生憎、チタンよりも固い心以外は持ち合わせがないんでね」

(■_>■)「ローブの下には何もありませんか?」

ノパ⊿゚)「ほらよ」

ローブを捲り上げ、脇の下や腰に武器が無いことを見せつける。
それを確認すると男は、頷き、手でゲートの方へ案内した。

(■_>■)「問題ありませんね」

この時、男がもっと注意深くヒートの身体検査をしていれば、背中に隠された二挺の拳銃に気がついただろう。
だが現実は、三重の探知機という精神的な死角によって見逃してしまった。
ゲートは沈黙を守り続け、異常を知らせることはなかった。

(■_>■)「次の方、どうぞ」

ヒートの後ろに並んでいた人物がゲートを潜ろうとした時、服に使われていた小さな金属が探知機に反応し、止められた。
その日、オアシズが誇る探知機を突破して武器を船内に持ち込んだのはデレシアとヒートの二人だけだった。

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三三三三三三三三三三三 ..|\\蒜蒜\\.三三三三三三三三三三三三三..|\\
               ‥…━━ August 4th AM11:45 ━━…‥
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正午十五分前、嵐が近づいていた。
雲は海のうねりを思わせる黒雲になり、海風は冷えた空気を市場に運び、人々の足をその場から遠ざけた。
今や建物の外に出ているのは、船を波止場にしっかりと固定しようとする若い一人の船主だけ。
その船主ですら、縄を固定し終えるとすぐにバイクで走り去ってしまった。

152名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:51:57 ID:W2H0TbLI0
嵐の近づく中、全てが揺さぶられていた。
ただひとつ、巨大な船舶を除いては。
白い巨体は確かに船の形をしているが、それはあまりにも現実離れした大きさだった。
街一つが船の中に入っていることを考えれば有り得るが、船としては遠近感を失いかねないほどの大きさと存在感を放っている。

大型と言われるフェリーでさえ小舟に思え、漁船など玩具にしか見えない。
壁を纏った船舶、あるいは、海上の壁その物。
それは船舶にして船上都市。
その名は、オアシズ。

「それで刑事殿、何か進展は?」

その喫茶店はコクリコホテルから更に坂を上った場所にあり、客は二人しかいなかった。
割れんばかりに震える薄い窓ガラスの向こうに見える巨大な船影を見下ろしながら思案していた男は、その問いを無視した。
近くを通り過ぎようとしていたウェイターを手で呼び止め、二杯目になるアイリッシュコーヒーを注文した。
ウェイターはいい顔をしなかった。

男は先ほどからアイリッシュコーヒーだけを注文し、更にはその席の雨戸を閉めさせなかったからだ。
雨戸だけでなく、店も閉めたいと思っていたが、頬に二本の傷を持つ男がそれをさせなかった。
懐でちらつくベレッタM8000は、彼よりも雄弁だったのである。

(=゚д゚)「……おい、ウェイター。
   アイリッシュコーヒー大盛り」

白髪の多くなったブロンドの髪は短く刈り揃えられ、剣呑な雰囲気を漂わせる黒い瞳は窓の外に向けられたまま。
トラギコ・マウンテンライトは四十六年の人生の中で、あれほど巨大な船に乗ったことがなかった。
この船に乗ることが出来るのは金持ちか、船の上で生まれたオアシズの住人しかいない。
彼が追っているデレシア一行は高い確率でオアシズに乗り込むはずであり、何か尻尾を見せないかどうかを見るためにも、彼はそれを追いたかった。

三十分前に警察本部に電話して金を要求したが、予想通り即却下された。
勘で動くことを良しとせず、明確な証拠がなくてはオアシズの乗車券分の金を出すことは出来ない、と。
第一、デレシア達――彼女の名は伏せてあった――がオセアンで起きた事件の主犯である証拠はないのだ。
トラギコの勘を頼りに動いてくれた試しはないが、それによって彼が解決した事件の実例を前にしても彼の勘を認めた試しもない。

代わりに言い渡されたのが、ポートエレンで起こった自殺者を追い込んだ人物の特定と逮捕だった。
まさか、難事件解決に特化して設立された部署からわざわざオセアンまで出向き、その関係者を追ってここまできて、自殺の捜査をすることになるとは思いもしなかった。
能無しが多い職場だけに、トラギコの苛立ちはより一層募った。
特に、目の前でドリンクバーのメロンソーダを飲みながらフライドポテトを摘まむ若い検死官の無能ぶりには、頭痛さえ覚える。

警察が人手不足になったと聞いたことはないのに、どうしてこんな若者を雇ったのだろうか。
事件解決の経験がないのならば、それは、この土地がジュスティアに近いために治安が良すぎる為だろう。
無論、事件が起きないことが一番だが、事件が起きなければこうして役立たずの警官ばかりが増えるのだ。

(=゚д゚)「なーんも」

ショボン・パドローネから受け取った資料は、手帳も含めて全て警察に提出済みだ。
必要な情報は全て頭の中に入っている。
手帳やペンが必要なのは記者であって、警察ではない。
それが、警察で働き続けて分かったことだ。

153名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:53:09 ID:W2H0TbLI0
クリス・パープルトンについて分かる情報は何も見つからなかった。
分かったことは、彼女が薬で意識を朦朧とさせながら百フィートの高さから海に飛び込み、溺死したということぐらいだ。
遺書もある。
残っている作業は、死因の明確化だけだ。

手元に置かれたアイリッシュコーヒーを一口飲み、溜息を吐く。

(=゚д゚)「で、死因は何だったんだ?
    いいか、どんな細かなことでも報告するラギよ」

慌てて机の上に伏せておいていたホチキス止めの用紙を手に取り、検死官は報告した。

「あ、はい。
溺死でしたが、体内から検出された海水の量が通常よりも少なかった、ってだけです。
海水の成分は間違いなくあの近海のものでした」

あまり実りのある答えではなかったが、おかげでこの一件はだいぶ落ち着く。
残りは本部の人間か、この若者に任せてデレシア一行を追う算段を立てなければならない。
荷物に紛れて密航でもするか、身分を偽って侵入するか。
どちらも現実的に可能だが、今後の刑事生活に支障が出るので最後の手段として取っておくことにしてある。

(=゚д゚)「ふーん、ご苦労さん」

トラギコはそれを適当に聞き流している訳ではなかったが、検死官は不満そうな表情を浮かべていた。
今の情報で揃った断片を並べて、一つの絵を作り上げたのだが、不自然なまでに容易に完成したことに不満と不信があった。
その理由は幾つかあったが、それを裏付けるものがなかった。
決定的な証拠だけが欠如しているのだと、感覚で理解していた。

以前にも味わったことのある感覚だ。
となると、このまま捜査を続行しても収穫は得られそうもない。
別の方向に意識を向け、再度捜査を行う必要がある。
思考の迷路を探索するため、トラギコは瞼を降ろして腕を組んだ。

「刑事殿、寝るなら自分はもう持ち場に戻りますからね」

クリス・パープルトンが死んだのは明朝一時、発見されたのは六時半。
その差は五時間半。
ホテルへのチェックインは十一時三十八分。
死亡推定時刻の一時間半前である。

ただし、彼女がチェックインをした姿を誰も目撃していない。
立ち入ったのはショボンと支配人の二人で、部屋に鍵が掛かっていた事や窓が開いていたことの証言は一致している。
遺書は部屋に残されており、死に至った経緯が書かれていた。
それの筆跡とチェックイン時のサインは一致しており、同一人物の物と確定された。

ホテルに滞在していた七十一名の内、明朝一時半に寄港したオアシズからの客は三名。
彼らとクリスとの接点は見つけられず、彼女の死には関与していないと判断するしかない。
すでに彼らはオアシズに戻っていて、トラギコが手出しできない場所にいる。
ショボンの心配は杞憂に終わったと云う訳だ。

154名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:55:08 ID:W2H0TbLI0
死体には暴行の跡はなく、漂う内に岩で切った細かな擦り傷から、崖の上から飛び降りたと推測される。
大量の薬物を摂取して意識を朦朧とさせ、恐怖心を和らげてから飛び降り、そして溺死した。
ここまでが、簡単な概要だ。
トラギコの頭の中では、その様子がイメージとして浮かび、何度も再現される。

情報を繋いで景色を作り、証拠を紡いで概要を整える。
あまりにも綺麗すぎる。
その光景ははっきりと思い描けるが、だからこそ不自然に思えるのだ。
自殺の現場はいつでもあらゆる影響を受け、決して綺麗にはならない。

それは数多くの現場を見てきたから分かる直感だった。
その時、窓ガラスに大粒の雨がぶつかる音が聞こえた。
雨は瞬く間に豪雨となり、ガラスは砂利でも当たっているかのような音を出し始める。
雨粒が強風にあおられ、世界が白くぼやけて見える。

一つの可能性が浮かんだのは、オアシズが出航を告げる汽笛を鳴らした時の事だった。

(;=゚д゚)「……」

可能性は次第に疑念となり、確信に近づいていく。
そして確信が疑念を氷解させ、真相を浮かび上がらせる。
これは自殺ではない。
これは――

(#=゚д゚)「おい若造……って、帰りやがった!!」

机の上に金を叩きつけるように置くと同時に、雷が世界を真っ白に照らし、巨大な雷鳴が窓を震わせた。

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\ 丶 ヾ 丶v \ ヽ \\ \. 丶 丶丶 \丶 ヽ \ \丶. .、 ヽ
ヾ丶\ 、\ヽ 、丶\ \丶丶 丶丶 \丶 ヽ \ \丶/,,;;;;/ ,,,...
 ヽ 、ヾ 、ゞ ヾ丶 ゝ丶\ ゝヽ丶ヽ ゝヽ 、ゞ ヾ丶 ゝ/,,,;;;/  册册
 ヽ \ 丶\丶ヽ\ 丶  ヽ ヾ ゞ\ヽ ゝヽ丶丶 、/___/  _,. 册册
                ‥…━━ August 4th PM 12:06 ━━…‥
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喫茶店から一歩外に出ると、雷鳴と強風、そして滝のような雨がトラギコを歓迎した。
空は黒く濁り、青空は一片も残されていない。
発光と金属を引き裂くような音に続く爆音、冷たい風。
嵐がポートエレン上空を覆い、不気味な世界に染め上げていた。

誰一人屋外に出ていない。
長く続く石畳の坂の上で、トラギコは周囲を見渡した。
駐車されていたオフロードバイクに目をつけ、それに跨る。
キーの差込口を外し、その下から出てきた配線の一本を選んで引き千切り、配線同士を何度か合わせると、エンジンが力強く震えた。

邪魔な前髪を後ろに漉き上げ、口元の水滴を払う。
払い落とした水滴の代わりに、また新たな雨水が顔を濡らす。

155名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:55:57 ID:W2H0TbLI0
(;=゚д゚)「ぷはっ……!!
    くっそ、誰だか知らねぇが、やってくれるラギ!!」

トラギコはアクセルを捻り、坂道を下り始める。
眼下の荒れる海を悠然と進み始めたオアシズが完全に港を離れるまで、五分は掛かる。
それまでに追いつき、乗り込まなければこの“事件”は解決しない。

――これは自殺ではなく、殺人なのだ。

(#=゚д゚)「くっそ!! くそがぁ!!」

雨で滑りやすくなっている坂道をバイクで駆け降りるトラギコは、遠ざかるオアシズに悪態を吐いた。
住宅地を抜け、人気のなくなった市場へ侵入し、埠頭から離れたオアシズを目の当たりにした。
バイクを乗り捨て、トラギコは己の迂闊さ、そして浅墓さを呪う。
一体、デレシアに出会ってからどれだけ自分は浅はかな行動をしてきたのだろうか。

彼女のおかげでどれだけ気付かされることが生まれたのだろうか。
今度ばかりはあの女に頼らずとも気付けたことがある。
これは彼の専門だ。
自殺に見せかけた事件など、これまで何度も経験してきた。

しかし、今度の事件はその中でも特上の部類。
その巧妙さ。
その狡猾さ。
素人の犯行ではない。

詳しいトリックはまだ分からないが、自殺に見せかけた殺人を行い、トラギコを欺いてのけた。
目的は恐らく、時間稼ぎ。
そう。
オアシズ出航までの時間稼ぎが、犯人の狙いだったのだ。

だとするならば、犯人はオアシズに乗船していることになる。
被害者、クリス・パープルトンはポートエレンで殺害されたのではなく、オアシズで殺害された後に投棄されたに過ぎない。
投棄の第一目的は捜査のかく乱。
警察の聖地と言い換えてもいいジュスティア現地警察をオアシズに乗船させないための、巧妙な仕掛け。

それすらも装っているという可能性は、ない。
全てを語ったのは、死体だった。
仮にあの部屋から飛び降りたのならば、必ずあるはずのものが欠けているのだ。





それは――




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156名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:59:00 ID:W2H0TbLI0
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Ammo→Re!!のようです
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‥…━━ August 4th PM 12:00 ━━…‥

分厚い扉が鈍い音を立てて背後で閉まる。
自動的にバルブが回転して完全に扉がロックされると、そこが全くの別世界に繋がる通路であることが分かった。
床には灰色の絨毯が敷かれ、壁にはつなぎ目一つない。
幅十フィート、高さ十五フィート、長さ五十ヤードの通路の天井は全体が白く発光しており、薄暗さはなかったが息苦しさはあった。

通路の奥にはサングラスと黒のスーツ、そしてH&K MP5K短機関銃で武装した男が二人立っていた。
扉の傍に腰ほどの高さがある譜面台のような物があり、細い支柱の先には青白く輝く薄い液晶画面が付いている。
液晶画面にはカードを画面に触れさせるようにと指示文が表示されていた。
偽装カードを使われることを防ぐための、最後の検問所だ。

(■_>■)「カードをこちらに」

ζ(゚ー゚*ζ「はい」

画面にカードをかざすと、扉上部が緑色に光った。
続けてブーンがかざすと黄色に、ヒートの時には青色に変わった。
これは、予約している人間が全て揃っていることを確認するための仕掛けで、乗船券購入の際に申請した人間が揃わなければ別室に案内され、揃うまでそこで待機することになる。
ここまでするのは、団体客に成りすまして船で悪事を働かれないようにと云う狙いがある。

(■_>■)「ありがとうございます。
      ようこそ、オアシズへ」

男が画面に掌を押し当ててから恭しく一礼すると、空気が漏れる音と共に扉が勢いよく沈んだ。
その先には、世界最大の豪華客船オアシズの絢爛豪華な内装が待っていた。

(*∪´ω`)「おー!」

ノパ⊿゚)「……おぉ!」

そこは、街があった。
大きく切り抜かれた継ぎ目のないガラスの天井の向こうには、生き物のように蠢き、水面のように揺蕩う黒雲が浮かんでいた。
躓かないように鏡面加工された特殊素材のレンガを敷き詰めた床にはゴミ一つなく、隅々まで清掃が行き届いている。
飲食店などが適度な間隔を空けて立ち並び、楕円形の吹き抜けの上に架かる幅広の橋には木製のベンチと、鮮やかな緑色の葉を茂らせる観葉植物が置かれていた。

157名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:01:04 ID:W2H0TbLI0
オアシズ内の橋にはそれぞれ名前が与えられていて、各地区の通りにも同じ名前が与えられている。
例えば、ヴィヴィオ橋に繋がっている場所であれば、ヴィヴィオ・ブリュッケンシュトラーセ(ヴィヴィオ橋通り)、と言った具合だ。
船首を上に船内を左右に分け、左の通路をリンクスシュトラーセ(リンクス通り)、右の通路をレヒツシュトラーセ(レヒツ通り)として、それぞれの位置を説明する際に使用する。
機関室や保管庫のある船底は数百ものブロックで管理され、主要空間は五ブロックに分かれてブロックごとに統治されている。

また、オアシズでは居住と店の区画をあえて明確に分けていない。
ここに住む人間の多くは店を構えており、店自体が彼らの家となっている。
極稀に、隠居した人間が部屋を買い取って別荘のように使ったりしている場合があるが、その場所もどこかに集中している訳ではない。
密集することによって妙な疎外感を味あわせたくないという、船の経営者にして市長であるリッチー・マニーの方針だった。

観光客用の部屋に関しても、少しずつ分けて建てられているため、船内の至る所には案内図がある。
面白いことに、全ての建物は天井から離れており、それぞれが屋根を持って並んでいた。
三角屋根から水平な屋根、果ては一階から更に上まで伸びる高層ビルまで種類は様々だ。
圧迫感のない空間づくりを目指した設計は、客からも住民からも好評だった。

そこで工夫されているのが、各階の配置だ。
段々畑のように一階層ごとにずれることで、見上げれば必ず空が視界に入る設計をしている。
上の階に行く毎に面積は狭まるが、店の種類を階ごとに整理することで対処している。
最上階からの眺めは壮観で、上空から山街を見下ろしているように見え、逆に、一階からは山を見上げているような構図となる。

デレシア達がいる場所はオアシズの第四ブロック十階、レヒツ通り。
外からの入り口となる階であるために、エントランスセクション、と呼ばれている。
その為、人の出入りが最も多く、最も賑わいを見せる場所だ。
人が往来し、ベンチに腰かけて和む姿は地上の街と何一つ違わない。

ノパ⊿゚)「すげぇな、こりゃ」

ζ(゚ー゚*ζ「驚くのはまだまだこれからよ。
      とりあえず、お部屋に行きましょう」

デレシア達はブーンを真ん中に横並びに歩き始める。
幅の広い歩道ですれ違う人々は、ブーンの事を奇異の目で見ることはなかった。
逆に、若い女性たちの口からは思わず、可愛らしい、と声が漏れるほどの評判だった。
これまでに味わったことのない感覚に怯えるブーンだったが、その姿は彼女達にとっては一層可愛く見える演出にしかなっていなかった。

(;∪´ω`)「デレシアさん、なんでぼく、あんなめでみられてるんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「それはね、ブーンちゃんが可愛いからよ」

(;∪´ω`)「お?」

一行の部屋は、第四ブロック十八階のロイヤルロフトスイート802号室だった。
最高級の部屋を取ったのには訳があった。
ブーンに贅沢をさせるためではなく、ブーンの望みを叶えやすくするためだ。
船内にはスポーツジムや射撃場があるが、この部屋には小さいながらもそれらが備え付けられている。

特に、シューティングレンジがあるのは魅力的だ。
実弾は撃てないが、同様の反動が生じるペイント弾を発砲出来る。
デレシアは、ブーンに銃の扱いを教えるつもりだった。
銃はこの世界で最も平等な力で、老若男女問わず銃爪さえ引ければ相手を殺せる武器だ。

158名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:06:19 ID:W2H0TbLI0
近い将来、ブーンはそれを使う必要に迫られることだろう。
ならば早い段階でその使い方と恐ろしさ、そして手にするべき銃を知るべきだ。
人目に付かず、尚且つ気兼ねなくレクチャーできる空間が欲しかったのである。
エレベーターに乗り込み、部屋に向かった。

(∪´ω`)「どんなおへやなんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ……
      すごいお部屋だから、楽しみにしててね」

(*∪´ω`)「おっおっおー! たのしみですお!」

十八階に着き、吹き抜けの手摺沿いに部屋のある場所まで徒歩で移動する。
服屋や小物屋などの娯楽系の店が多く並び、店の前では客がショウウィンドウの中に置かれた商品を眺めていた。
802の部屋――というよりも家――は、第五ブロックとの境、レヒツ通りと交差するヴィラ橋通りにあった。
同じロイヤルロフトスイートの部屋が立ち並び、全部で十部屋が軒を連ねている。

建物は周辺の建物から浮かないように地味な配色がされ、外見はお世辞にも豪華なものとは言えない。
一見してただの二階建ての民家なのだが、これでも部屋なのである。

ζ(゚ー゚*ζ「ここが、私達のお部屋よ」

ノパ⊿゚)「家だろ、これ」

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、お部屋よ」

デレシアは部屋のドアノブにカードをかざしてロックを解除し、部屋の扉を開く。
ベージュ色で統一された内装に驚くよりも先に、その広さにヒートとブーンは驚いていた。
玄関は三人が入ってもまだ余裕があり、はいってすぐ目に入るのが、白いレースのカーテンが掛けられた海と空が一望出来る巨大な窓。
入ってすぐ右手側には階段があり、二階があることが分かる。

ノハ;゚⊿゚)σ「なぁ、これってやっぱりい……」

(*∪´ω`)「すごいお! ひろいお! おっきいお!」

怪我のことなど忘れて、ブーンはデレシアの手を取って興奮していた。
この反応に、デレシアは驚いていた。
ここまで喜ばれるとは思っておらず、ここまで素直に自分の感情を表現できていることが何よりも嬉しかった。
恥ずかしがり屋のブーンも、彼女達の前ではだいぶ素直になれるようだ。

後は、人前でどれだけ堂々と出来るかだ。
三人は靴を脱いで、部屋に上がった。
フローリングの床はワックスで磨かれていて鏡のように輝き、ガラスのテーブルの上には果物の乗った籠が置かれている。
その傍の臙脂色のソファーはビロード地で作られており、一目で高級品だと分かる仕上がりをしていた。

シューティングレンジと運動部屋は二階にあり、寝室や台所、その他の設備は一階に揃っている。
トイレと風呂場は独立しており、台所は全て電気で動く物を使っている。
電子コンロに電子レンジ、冷蔵庫、冷凍庫、洗濯機、そして乾燥機。
一般家庭の年収二年分に匹敵する電化製品が惜しげもなく置かれ、航行中は自由にこれらを使うことが出来る。

159名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:08:07 ID:W2H0TbLI0
近い将来、ブーンはそれを使う必要に迫られることだろう。
ならば早い段階でその使い方と恐ろしさ、そして手にするべき銃を知るべきだ。
人目に付かず、尚且つ気兼ねなくレクチャーできる空間が欲しかったのである。
エレベーターに乗り込み、部屋に向かった。

(∪´ω`)「どんなおへやなんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ……
      すごいお部屋だから、楽しみにしててね」

(*∪´ω`)「おっおっおー! たのしみですお!」

十八階に着き、吹き抜けの手摺沿いに部屋のある場所まで徒歩で移動する。
服屋や小物屋などの娯楽系の店が多く並び、店の前では客がショウウィンドウの中に置かれた商品を眺めていた。
802の部屋――というよりも家――は、第五ブロックとの境、レヒツ通りと交差するヴィラ橋通りにあった。
同じロイヤルロフトスイートの部屋が立ち並び、全部で十部屋が軒を連ねている。

建物は周辺の建物から浮かないように地味な配色がされ、外見はお世辞にも豪華なものとは言えない。
一見してただの二階建ての民家なのだが、これでも部屋なのである。

ζ(゚ー゚*ζ「ここが、私達のお部屋よ」

ノパ⊿゚)「家だろ、これ」

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、お部屋よ」

デレシアは部屋のドアノブにカードをかざしてロックを解除し、部屋の扉を開く。
ベージュ色で統一された内装に驚くよりも先に、その広さにヒートとブーンは驚いていた。
玄関は三人が入ってもまだ余裕があり、はいってすぐ目に入るのが、白いレースのカーテンが掛けられた海と空が一望出来る巨大な窓。
入ってすぐ右手側には階段があり、二階があることが分かる。

ノハ;゚⊿゚)σ「なぁ、これってやっぱりい……」

(*∪´ω`)「すごいお! ひろいお! おっきいお!」

怪我のことなど忘れて、ブーンはデレシアの手を取って興奮していた。
この反応に、デレシアは驚いていた。
ここまで喜ばれるとは思っておらず、ここまで素直に自分の感情を表現できていることが何よりも嬉しかった。
恥ずかしがり屋のブーンも、彼女達の前ではだいぶ素直になれるようだ。

後は、人前でどれだけ堂々と出来るかだ。
三人は靴を脱いで、部屋に上がった。
フローリングの床はワックスで磨かれていて鏡のように輝き、ガラスのテーブルの上には果物の乗った籠が置かれている。
その傍の臙脂色のソファーはビロード地で作られており、一目で高級品だと分かる仕上がりをしていた。

シューティングレンジと運動部屋は二階にあり、寝室や台所、その他の設備は一階に揃っている。
トイレと風呂場は独立しており、台所は全て電気で動く物を使っている。
電子コンロに電子レンジ、冷蔵庫、冷凍庫、洗濯機、そして乾燥機。
一般家庭の年収二年分に匹敵する電化製品が惜しげもなく置かれ、航行中は自由にこれらを使うことが出来る。

160名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:09:31 ID:W2H0TbLI0
ζ(゚ー゚*ζ「はい、じゃあここで注意点ね。
      このお部屋に入るには、ドアノブにこのカードをかざすだけでいいんだけど、お部屋を出る時には勝手に鍵が閉まっちゃうの。
      だから、お部屋を出る時には必ずカードを持っておいてね」

人差し指と中指で挟んだカードを動かして、ブーンとヒートにこの船でのルールを説明する。

(*∪´ω`)゛「はいですお!」

ノパ⊿゚)「りょーかい。
    で、この後どうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「まずはお昼ご飯にしましょうか。
      この船の中にある全部のお店での支払いは、このカードを出すだけでいいわ」

要は、全ての面倒事はこのカード一枚で片付けられるということである。
支払から入退室、劇場への入場もこれ一枚で可能だ。
逆を言えば、このカードを紛失した時が最も面倒な時である。
再発行までには様々な質問を受け、再発行費として多額の費用を請求される。

盗難にあいでもすれば、不正使用される恐れがある。
高級品の購入や、部屋への侵入もこれ一枚だ。
オアシズもその点を考えており、各ブロックの間にカードをかざすパネルがある。
そこで使用すれば、当然履歴が残るわけで、カードの追跡が可能となるのだ。

無くさないのが一番だが、これだけ広い船内でこの薄いカード一枚を紛失するのは簡単だ。
後でブーンに首から下げられるパスケースを買い与え、肌身離さないように指導する予定である。

(*∪´ω`)゛「カード、だして、つかう……」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、後は、失くさないってこと」

(*∪´ω`)゛「わかりましたお!」

ノパー゚)「昼飯はどうする?」

ζ(゚、゚*ζ「前に乗った時から大分時間が経ってるから、お店の事情はよく分からないのよねー。
      ま、ブーンちゃんのお鼻に任せましょうか」

(∪´ω`)「へ?」

ζ(゚ー゚*ζ「美味しそうなお店、ブーンちゃんが選んでね」

ブーンの鼻先をつん、と指でつつく。
首を傾げ、ブーンは少しの間考え、理解した。

(∪´ω`)「いいんですか?」

ブーンの目線に合わせて膝を屈め、デレシアは満面の笑みで言った。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、もちろんよ」

161名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:11:30 ID:W2H0TbLI0
その時、空が白に染まり、同時に爆音に近い、生木が引き裂かれるような音が空から響き渡った。
意外なことにブーンはその音に全く怯えた様子を見せず、デレシアの目を見て笑顔を浮かべていた。
窓を大きな雨粒が叩き、直ぐに大雨が世界を白に染める。
嵐がポートエレンに到達し、豪雨と雷の洗礼を浴びせ始めた。

上方から汽笛の重厚な音が鳴り響く。
出航の時だ。
鉄琴をリズムよく叩く音の後、船全体に年老いた男性の柔らかな声が響いた。

『本日はオアシズにご乗船いただき、誠にありがとうございます。
これより本船は、定刻通りティンカーベルに向かいます。
嵐の影響で予定到着日時は不定となります。
それでは、よき旅を』

船が僅かに振動し、ポートエレンが遠ざかる。
長い船旅が、始まった瞬間であった。

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reasoning!!編

                    それでは、よき旅を。
                  第二章【departure-出航-】
__i/_______||__   rt=ェェェェi-===ェ===ェ====ェ==========================ェェェェ
|  ♀´
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               ‥…━━ August 4th PM 12:06 ━━…‥

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オアシズ第四ブロック十八階、そこはファッションや装飾品の店が多く並ぶ階となっている。
十階とは異なり、高級店ばかりが店を出しているために客があまりいないとのことだった。
嵐によって薄暗くなった船内は日中にもかかわらず、夕暮れ時のような暗さとなっていた。
店から漏れる明かりが空の明るさをはねのけ、雨音を跫音と喧騒が迎え撃つ。

人の跫音と雨音の違いが曖昧になる中、ブーンは音でも見かけでもなく、匂いを頼りに動いていた。
体の節々はまだ痛むが、空腹に比べれば何という事はない。
デレシアとヒートに頼まれたのは、いい匂いのする店を探すということ。
匂いは下から上に向けて漂ってくるので、ブーンはそれらの匂いを記憶して、これだと思うものを辿ればいいだけだった。

今追っているのは、香ばしく、そして甘さの混じった匂いだった。

(∪´ω`)「こっち、ですお」

ノパー゚)「どんな匂いがするんだ?」

162名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:13:32 ID:W2H0TbLI0
(∪´ω`)「いいにおいですお」

ヒートの手を引いて、ブーンは匂いの元へと急ぎ足で向かう。
急ぎ足なのはブーンだけで、ヒートもデレシアもいつも通りの歩調で歩いていた。
歩幅が違うことに気付かないまま、ブーンは二人を導く。
匂いは、下からしていた。

具体的な距離までは分からないが、まだ下なのは分かる。
エレベーターではなくエスカレーターを使い、三人はどんどん下に降りて行く。
九階に来てから、匂いが濃くなった。
恐らく、この階層にある。

人の目はもう気にならなくなっていた。
これまで、人と会うと必ず耳を見られた。
今は、眼を見られていることが分かっている。
全てはデレシアからもらった帽子のおかげだった。

怯えて行動する必要がないという事実は、ブーンの行動を大胆にしていた。

(*∪´ω`)スンスン

匂いを追って進んでいくと、その正体が見えてきた。
店と店との間の隙間に一時的に店を構えている、いわゆる出店が匂いの発生源だった。
出店の看板には『ギョウザ』と書かれている。
これだけいい匂いをさせていながら、客は全くいない。

というか、一人もいない。

( `ハ´)「……」

長い黒髪をオールバックにして、後頭部で三つ編みにした細い切れ長の目を持つ男。
黒いエプロンの下には黒い半袖のポロシャツを着ていて、黒の似合う男だった。
年齢は若く、三十代手前のように見える。
屋台の店主は不機嫌極まりない顔をしながら、鉄板の上で何かを焼いていた。

これがギョウザ、というものなのだろうか。

(∪´ω`)

( `ハ´)

面白くなさそうな顔のまま、店主はとろみの付いた水を鉄板に流し込む。
水が一瞬で沸騰し蒸発する音に、ブーンは驚いた。
その音と湯気に道行く人は目を向けるが、足を止めない。
男の作業を興味深そうに見ているのは、ブーンだけだった。

細い目が、ブーンに向けられた。

( `ハ´)「……何アルか?」

163名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:14:16 ID:W2H0TbLI0
(;∪´ω`)「お……あの、いいにおいが……したので……」

( `ハ´)「匂いがして、どうして私の事を見ているアル。
     見ていても愉快なことはしていないアルよ」

(;∪´ω`)「えと……」

男の言葉は威圧的だが、声には威圧感はなかった。
只管に、無関心。
奇妙な男だと、ブーンは思った。
言葉だけを見ればブーンに対して好意的ではないが、声を聞く限りだと、彼はただ疑問を口にしているだけなのだ。

(;∪´ω`)「つくるの、みていたかったんです……お」

オセアンでは厨房の裏――正確には裏口から出たところ――から調理の様子を見ていた。
その為、調理に関して、ブーンは少しばかり心得があった。
あくまでも見識だけの話だが。
それでも、調理を見るのは好きだった。

( `ハ´)「……好きにすればいいアル」

男はそれだけ言って、調理を再開した。
しかし、男の手元を見ることが出来ない。
背伸びをしても届かず、ブーンは何度かジャンプした。
材料の詰まったショーケースのせいで、何も見えなかった。

ノパー゚)「ったく、しょうがねぇな。
    そらよっ!」

(*∪´ω`)「お!」

ひょい、とヒートがブーンの腋に手を入れて持ち上げた。
それまで見えなかった男の手元が、やっと見えた。
黒い鉄板の上には、それと同じ大きさの蓋が乗っていて、その下で何かが焼かれている。
そこから香ばしい香りが漂っていることは紛れもない事実であり、ブーンはこれから何が現れるのか、期待に胸を膨らませた。

ブーンに一瞬だけ目を向けた男は、皿を片手に鉄の蓋を持ち上げ、そこにフライ返しを差し込んで何度が前後させる。
フライ返しにちょうど乗る大きさの“何か”を長方形の紙皿に乗せ、男はそれをショーケースの上に合計三つ並べて置いた。
そこで初めて、男の腕が筋肉質であることが分かった。
細かな傷の上に、更に大きな傷。

ただの出店の店主とは考えにくかった。

( `ハ´)「食えアル」

割り箸を皿の上に乗せ、男はそれだけ言った。
目は、ブーンをまっすぐに見ていた。

ノパ⊿゚)「ありがとさん。
    お代は?」

164名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:17:30 ID:W2H0TbLI0
一瞬だけヒートを見た男は、感情のこもっていない声で答える。

( `ハ´)「……いらないアル。
     美味かったらまた来い。
     その時は、お代をもらうアルよ」

(*∪´ω`)「あ、ありがとうございますお」

( `ハ´)「気にする必要はないアル。
     とにかく、冷めない内に食うアル」

店の隣にあった席に移動して、ブーンはギョーザなるものをよく観察した。
三日月形のそれを箸で摘まむ限りだと、表面は固く、中は柔らかい。
香りで判断するに、中には肉と野菜が詰まっているようだ。
肉を包む黄金色の焦げ目の付いた皮にはヒダが付いており、その理由は分からない。

ζ(゚ー゚*ζ「いただきます」

ノパー゚)「いただきます、っと」

(∪´ω`)「いただきますお」

一口で食べられる大きさだが、小さく分けて食べなければ内臓への負担が掛かるので駄目だ、とデレシアに言われていた。
箸をギョーザに突き立てると、肉汁が染み出してきた。
立ち上る湯気からは肉の甘い匂いがする。
二つに分け、それを口に運ぶ。

最初に感じたのは香ばしく甘い匂いだった。
舌の上に乗った熱い塊を細かく噛み砕くたび、野菜の水分と肉汁の混じった、旨味を凝縮した液体がギョーザを包む。
皮は滑らかで、そして柔らかく弾力があり、甘い。
サクサクとした食感の焦げ目を噛むたびに苦みを感じるが、それが豚肉と野菜が作り出す甘さを際立てる。

野菜が生み出すシャキシャキとした歯応え。
舌先に感じる独特の甘味から、キャベツは分かる。
もう一つ、キャベツに紛れるようにして入っているのは白菜で、みじん切りにされているのはタマネギだ。
オセアンではいずれも芯の部分をよく食べていたので、その味は――名前はペニサスに教えてもらったので――知っていた。

何度も口から空気を含みいれて口内を冷まそうとするが、なかなか冷めない。
固形だったギョーザが口の中で液体になってから、ブーンはやっと飲み込んだ。
思わず満足した溜息が漏れる。

(*∪´ω`)「ほふー」

ζ(゚ー゚*ζ「……あら、美味しい!」

ノパー゚)「ビールが欲しくなる味だな」

( `ハ´)「ビールは一杯一ドル、餃子は一皿三ドル。
     ……次からは覚えておくアルよ」

165名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:19:41 ID:W2H0TbLI0
いつの間にか、ジョッキを三つ持った店主が席の横に現れていた。
大ジョッキに並々と入れたビールをデレシアとヒートの前に置き、ブーンの前には茶色い液体が注がれたジョッキを置いた。
嗅いだことのない匂いだったが、紅茶の匂いにどことなく似ている。

( `ハ´)「麦茶アル」

(∪´ω`)「あ、ありがとうございますお。
      ぎ、ギョーザ、おいしいです」

( `ハ´)「いいから、飲むアル。
     それと、ギョーザじゃなくて餃子、アル」

それだけ言い残し、店主は店に戻って餃子を焼き始めた。
ブーンは言われた通り、ジョッキを両手で持って麦茶を飲む。
仄かに甘い香りがするが、味は複雑な物だった。
紅茶に近い渋みと甘み、しかしさっぱりとした後味は紅茶にはない。

口内の油を洗い流すというよりも、中和する感じは餃子とよく合う。
二口目の餃子を食べて気付いたのは、熱さも美味さの一つの要素となっている事だった。
入っている食材で分かるのは、キャベツ、タマネギ、白菜と豚肉、そしてもう一種類。
苦みと甘みを併せ持つ、独特の香りを持つ平たい野菜だ。

飲み込んでから、ブーンはデレシアに訊くことにした。

(∪´ω`)「デレシアさん、これはなんていうやさいなんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「これはね、ニラ、っていうのよ」

(∪´ω`)゛「ニラ……お」

時間を掛けて五つあった餃子を平らげ、けふ、と小さくげっぷをする。
ヒートに食事中はげっぷをしては駄目だと軽く指摘され、紙ナプキンで口元を拭ってもらった。
満腹と言わないまでも、満足のいく食事だった。

(*∪´ω`)「おー……おいしかったですおー」

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ、お店の人にちゃんとお礼を言わないとね」

(*∪´ω`)「お」

食べ終えた皿を一つにまとめて、ブーンは店主の元に歩いていく。
店主は何も言わなかったが、目線をブーンに向けていた。

(*∪´ω`)「ごちそうさまでしたお」

( `ハ´)「……また来てもいいアルよ」

店主が手渡した袋には、パック詰めされた餃子がこれでもかと入っていた。

(∪´ω`)「お?」

166名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 22:20:23 ID:W2H0TbLI0
( `ハ´)「……焼きすぎただけアル」

と言っても、男の渡した餃子は先ほど焼いたばかりの物。
男はそれ以上何も言わず、再び餃子を焼き始めた。

( `ハ´)「……」

(∪´ω`)「……お。
      ぼく、ブーンっていいます」

( `ハ´)「……シナー・クラークス」

デレシア達も礼を言って、店を後にした。
シナーが餃子を焼く音が背後から聞こえてくるが、客が寄ってきている様子はなかった。

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               ‥…━━ August 4th PM12:45 ━━…‥
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部屋に戻るまでの間に、デレシアは雑貨屋に寄りたかった。
雑貨屋で首から下げるタイプのパスケースを買い、ブーンに与えようと考えているからだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと雑貨屋に寄りましょう」

ノパ⊿゚)「だな。ブーンにパスケースを買ってやりたかったんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「私もそれを買おうとしてたのよ」

大量の餃子が詰まった袋を大事そうに両手で持ちながら、ブーンはデレシアとヒートに挟まれて歩く。
ローブの下で尻尾が嬉しそうに揺れている。

(*∪´ω`)「ぎょーざ、ギョウザ、餃子!」

正直、出店での一件は意外だった。
ブーンが特定の人種を魅了する力を持っているのは分かっていたが、シナーと名乗った店主が魅了されるとは思わなかった。
腕の傷が物語るのは、彼が戦いに身を投じているということだ。
あの無愛想な部分と人を寄せ付けない野犬のような雰囲気さえ直せれば、店は上手くいくだろう。

三階上にある第二ブロック十二階、ヤザッカー橋通り。
そこには雑貨屋が多く店を構える通りで、高級店から格安店まで種類も豊富だ。

ζ(゚ー゚*ζ「私が買ってくるから、二人ともここで待ってて」


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