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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:44:33 ID:cwrc78lw0
いつまでたっても規制が解除されないのでこちらで


纏めてくださっているサイト様

文丸新聞さん
ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

ローテクなブーン系小説まとめサイトさん
ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

2名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:45:15 ID:cwrc78lw0





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Very rarely, the strong emotions cause unexpected results.
ごく稀に、強い感情は予期しない結果を招くことがある。

Angry, sadness, scare, delight and something else are included in the emotions which cause changing everything.
怒り、悲しみ、恐れ、喜びやそれに準じる物が全てを変える感情に含まれている。

If you think emotions are not important thing, you should change your mind ASAP.
だからもし、感情など取るに足らないものだと考えているのであれば、すぐにでもその考えを変えた方がいい。

The emotions are able to beyond your forecast easily.
感情は予測を簡単に上回ることができるのだから。

      著 カテリーナ・“C”・シャナハン【潜在的能力と感情がもたらす可能性】 P37より抜粋
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3名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:45:53 ID:8zj.SCjQ0
まじか

4名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:45:55 ID:cwrc78lw0
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‥…━━ August 3rd PM13:59 ━━…‥
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オープン・ウォーターが始まってから、一時間半以上が経過していた。
左足を庇うように歩く一人の青年は、腕時計からニクラメンの見事な街並みにその鳶色の細い目を向け、嘆息する。
乱反射をするコバルトブルーのビル群は、その建物の表面に敷き詰められた太陽光発電装置の色彩が作り出す一つの芸術だ。
ニクラメンのような海上都市には多く見られる設計で、他にも、交差点の中央に聳える風力発電装置は樹木の様に堂々としている。

その景色を見て、クルーカットの青年は薄らと笑む。
行き交う人の中、彼の浮かべた非憎げな笑みに気付いた人間は、一人もいない。
気付いたところで、誰も気にしない。
彼はあまりにも上手く周囲に溶け込んでいたし、彼の周りには仲間が大勢いた。

ここで言う仲間、とは姿格好の事を指し示す。
若く、そして若者の間で流行している服装――半袖のパーカーにジーンズ――が、彼を自然な存在に変えていた。
不意に、甲高いクラクションが鳴り響いた。
視線を三百フィート先の風力発電装置の根元に向け、そこに三台の大型トラックを見出す。

トラックは交差点の真ん中で軽度の正面衝突を起こし、それを避けようとした後続のトラックがハンドル操作を誤って歩道の街灯にぶつかったようだ。
街の交差点で起こったこの事故は、人命救助と車両移動が行われるまで、ニクラメンの交通を鈍らせるだろう。
ここに警察組織は介入していないので、動くのは海兵隊だ。
多くの人間がオープン・ウォーターの警備に向かっているだろうから、到着までしばらくかかりそうだ。

5名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:46:35 ID:cwrc78lw0
海兵隊が到着するまでの間、この場を諌めるのは雇われた外部の人間。
さて、この不慣れな環境下で人間がどう動くのか、楽しみではある。
運転手達は責任の押し付け合いをして、交通を完全に妨害している。
彼等はそれを気にすることなく、口論を続ける。

青年は現場に近づき、その口論の内容に耳を傾ける。

「お前がよそ見してるからこうなったんだ、その平ってぇ顔なら前がよく見えるだろうが!!」

「んだと手前、ぶっ殺されてぇか!!」

古汚れたスポーツキャップを目深に被った男が、唾を飛ばしながら罵声を上げる。
しかし奇妙なやり取りだ。
言い争いはするが、互いに手出しをしない動きと立ち回りをしているのだ。
それに、口調もどこか芝居がかっている。

トラックを傷つけられたのなら、もっと感情的になるのが普通。
けれども、三人の動きはその怒りの様子を周囲にアピールするかのようだ。
形だけの怒り。
見せ掛けだけの憤りだと、注意深く観察すればすぐに気付く。

なるほど、指示なくして動けない三下の彼らにぴったりの役回り、演出だ。
青年はくつくつと笑いながら、更に三人に近づく。
さて、この三問芝居にどのように介入すべきか。
どのように介入すれば面白く、そして劇的に己の存在を示せるか。

彼らに用意された台本通りに進むだけでは、あまりにもつまらない。
ここから先はアドリブで参加させてもらうとしよう。
面倒くさいが、まぁ、いいだろう。
これもまた一興。

6名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:48:03 ID:cwrc78lw0
下で祭りがあるのに、ここで祭りがないのは少々寂しい。
もうすぐ、この海上街でも祭りが始まる。
それに乗り遅れないように、精々、気の利いた台詞と気の利いた立ち回りを考えておこう。
青年は、事故を離れた場所から見ている野次馬の群れに紛れ、腕を組んで静観することを選んだ。

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‥…━━ August 3rd PM14:00 ━━…‥
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爆音と振動が同時に訪れ、悲鳴は遅れてやってきた。
青年は騒然とする周囲とは対照的に、驚くほど冷静に、そして、恐ろしいほどに暖かな笑みを浮かべていた。
満面の笑みだった。
だが、高鳴る鼓動と衝動に駆られながらも、青年はまだ動かない。

橋に背を向け、まだ、風力発電装置の根元の事故現場に注目している。
彼だけではない。
注意して周囲を観察すれば、他に、十人の男が同様の動きをしていることに気が付くだろう。
そして、彼らの足がゆっくりと、山中で獣の背から近づくのと同じように、トラックに向かっていることに。

もっとも、一般人にとって今はそれどころではない。
自分の命が危険に晒されていると察するや否や、ニクラメンと地上とを繋ぐ橋と、船着き場に向かって一斉に走り出した。
この段階で可能な限り早く助かるには、確かにその二つの道しかない。
彼らの選択は間違いではないが、過ちだ。

7名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:48:44 ID:cwrc78lw0
高鳴る気持ちを抑え、冷静に事態を見守る。
すると海の向こうから、爆音にも似た音が近づく。
それは徐々に大きさを増し、姿を現した。

「ヘ、ヘリ?!」

ニクラメンは電動ヘリコプターを所有していない。
最寄りのクロジングも、ましてやフォレスタにもそれはない。
人々を救助に来たヘリコプターでもない。
あれがこの世界にとっての重役を迎えに来たどの都市にも属さないヘリコプターだと知るのは、青年を含む数名だけ。

ヘリコプターは彼らの頭上を越え、一ブロック先の通りに降り立つ。
一分もしない内にヘリコプターは空に浮かび、水平線にその姿を消した。
つまり、重役はしっかりとこの街から撤退したということ。
計画に狂いはなく、万事スムーズに事が運んでいるのだと青年は理解した。

予定通りだ。
時間。
タイミング。
そして、配置。

全てが予定通りに進行している。
西川・ツンディエレ・ホライゾンから受けた指令は、ニクラメンの全てを海に沈めること。
ニクラメンは、もう、この世界の地図上に必要ないのだ。
そして、それを実行するのは彼一人ではない。

『夢と希望が我らの糧。我ら、正義と平和の大樹也!!』

注意が爆音とヘリコプターに注がれていた隙にトラックのコンテナに乗り込んでいた男達が、そこに積載されていた棺桶を装着し、戦闘準備に入る。
トラックの事故はあくまでも予定。
海兵隊の到着を遅らせ、一人でも多くの人間をこの場に釘付けにするための作戦。
そして作戦に基づいた行動がこれから始まる。

〔欒゚[::|::]゚〕

ヘルメットに描かれた黄金の大樹。
そして、複合装甲の放つ重々しい輝き。
これが、力無き彼らの力の化身。
独自のカラーリングとマーキングを施したジョン・ドゥが現れ、手にした軽機関銃のコッキングレバーを引く。

8名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:50:02 ID:cwrc78lw0
誰もが、この突拍子もない展開に目を点にしていた。
あるいは、彼らが救いに来たのかもと淡い期待を抱いた者もいたかもしれない。
しかし、それは違う。
救いに来たのではない。

終わらせに来たのだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『死ね、薄汚い豚どもが!!』

爆裂と言い換えても差し支えのない銃声が、人でごったがえす交差点に響き渡った。
悲鳴など、彼らには聞こえない。
彼らの耳に聞こえるのは、豚の鳴き声とその行為に向けて送られる割れんばかりの拍手だ。
いつの間にか人混みをすり抜け、牽引されてきたコンテナの中に乗り込んでいた青年は、その悲鳴を決して快く思っていなかった。

彼にとって人は人であり、人以上でも人以下でもない。
命が消える音は、悲しくなるものだ。
外に比べて少しだけ静けさを保っているコンテナには多くの武器と、一つの兵器が鎮座していた。
ジョン・ドゥとは異なる大きさと形状の、Bクラスの軍用強化外骨格。

ハズレ呼ばわりされた太古の兵器を発掘、復元、改良、そして量産した一品。
長きに渡る綿密な計画。
その一つがこれだ。
その成果がこれだ。

大元はカリメア合衆国の作った“エアベンダー”から始まり、改良と量産化に成功したBクラスの軍用第三世代強化外骨格。
先行量産型“ラスト・エアベンダー”。
その棺桶を前に、青年は昨晩の出来事を思い出す。
己の成した偉大な成果。

あの伝説の魔女を。
あの、イルトリア最強の狙撃手、“魔女”ペニサス・ノースフェイスを兄と協力し、殺したのだ。
伝説を葬り去った感動を思い出すたびに、青年の手は震えた。
震える手で棺桶を背負い、青年――オットー・スコッチグレイン――は、ライフルを手にする。

9名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:51:05 ID:cwrc78lw0
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手に持つのは、百連装ドラムマガジンと高倍率光学照準器を装着し、強化ロングバレルに改造したM4アサルトライフル。
機動力を補うだけの火力がなければ、装甲の薄いラスト・エアベンダーは空飛ぶ的になる。
そこで役立つのが、この徹甲弾を撃てるライフルと云う訳だ。
民間人を殺すだけなら、このライフルだけで十分。

バッテリーと燃料の事を考えて、オットーは棺桶を装着しないまま、硝煙と血の匂いが漂う世界に飛び出した。
コンテナを背にして、その場に膝立ちになる。

(´<_` )「アニー、見ててくれ……
     俺は、一人でもできるから」

魔女に撃たれて森に落ち、そのまま行方不明となった兄に呼びかける。
幼少期から、互いに支え合って生きてきたただ一人の肉親。
貧しい生活を通して深めた兄弟の絆。
日に一つのパンを分け合い、身を寄せ合って暖を確保したあの日々。

力のない中、力を求めて逃げ続けた。
助け合うことこそが、彼らが持ち合わせたただ一つの力だった。
唯一の家族である兄の悲願は、自分が叶える。
叶えて、そして、世界を変えてみせる。

決意を再燃させ、オットーは狩りを始めた。

(´<_` )「……すまない」

最初に照準器に捉えたのは、おさげ髪の子供の背中。
四歳か、それとも、五歳だろうか。
小さな女児の背中はあまりにも無防備。
あまりにも儚げだ。

(´<_` )「せめて、苦しまないように逝かせてあげるからな」

10名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:51:46 ID:cwrc78lw0
そう。
こうして、数キログラムの力を加えて銃爪を引くだけ終わるのだ。
背中――心臓の真上――に醜いバラを咲かせ、倒れる女児。
誰も、彼女を助けない。

所詮は他人。
今は我が身我が命が最重要なのである。
母親でさえ、五歩進んだところでようやく気づき、踵を返すほどなのだ。
溜息を隠せない。

家族のつながりが希薄な時代の証拠だ。
これを正さなければ、世界はいつまでもこのままだ。
せめてもの情けとして、オットーは母親の額を撃ち抜いて――半ば爆ぜるような銃創となった――これ以上悲しむことのないようにした。
倒れた母親の手は、娘の手に届くことはなかった。

光学照準器に浮かぶ十字線に背中を重ね、次々と銃爪を引いて道路を赤黒く染める。
銃弾を掻い潜って橋に向かう人。
いち早く船着き場に向かう人。
その誰もが、生き延びることは出来ない。

ここから先は、誰一人として、このニクラメンから生かして出すわけにはいかない。
黄金の大樹の元に名を連ねる者以外、誰一人として。
――遠くから響いた銃声が、友軍のジョン・ドゥの頭を吹き飛ばした。

〔欒゚[::|::]゚〕『っ!! 狙撃だ!!』

散開しようと振り返ったジョン・ドゥが、足を撃ち抜かれて派手に転倒する。

〔欒゚[::|::]゚〕『ケニー!!』

助け起こそうとしたジョン・ドゥは、最も面積の広い急所である心臓部を撃ち抜かれた。
あれでは即死だろう。

〔欒゚[::|::]゚〕『遮蔽ぶっ……!!』

11名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:52:30 ID:cwrc78lw0
仲間に指示を出すために開いた口を残し、ジョン・ドゥの頭部が吹き飛んだ。
戦場における、狙撃の常套手段。
ニクラメンの海上街には絶えず強い潮風が吹いており、その中で狙撃を成功させ得る部隊は、ニクラメン海兵隊に二つある。
一つは“真珠頭”パール・ヘッド・ジャック率いる海底街第七連隊。

そしてもう一つ、海上街第三小隊。
率いるのは、パールの同期。
“岩頭”ドレッド・ドトール。

([∴-〓-]『……』

死体が積み重なる道路の先に現れたのは、腕を組み、仁王立ちになってオットー達を見据える士官用ソルダット。
丸みのあるヘルメットと一体になった、覆面装甲型ヘッドマウントディスプレイ。
削り出しの金属のような、武骨な全身装甲。
過酷な環境下での使用を前提とし、単純で量産性に富んだ設計ながらも、耐久性、性能、ともにジョン・ドゥと比較されるほどに高い。

堂々と構えるソルダットの棺桶持ちこそが、ドレッド・ドトールに違いなかった。
オットーは思考を切り替え、自分に有利なように状況を運ぶことにする。
しばらくの間、この場が落ち着くまではトラックのコンテナ内に隠れることにした。
幸い、狙撃手は彼の動きに気付いていなかった。

〔欒゚[::|::]゚〕『……図に乗るなよ、泥人形共が!!』

ジョン・ドゥを身に纏った男達が、雄々しく吠えながら全速力で疾駆した。

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‥…━━ August 3rd PM14:07 ━━…‥
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12名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:53:10 ID:cwrc78lw0
――結論から言えば、彼らが全滅するのに十分も必要なかった。

([∴-〓-]『図に乗るなよ、田舎者が』

倒れ伏したクロジングの同胞の頭を踏みながら、ドレッドは淡々と告げた。
勝利に酔うことなく、虐殺に嘆くこともない。
コンテナに空いた銃創からオットーが見た彼の姿は、経験を積み重ねた海兵隊らしい、威厳に満ちた姿だ。
彼の周りには狙撃装備のジョン・ドゥが五機、標準型ジョン・ドゥが十七機いた。

生存者を探して動く姿は津波の被害を受けた街を歩くボランティアにも似ているが、これは天災ではなく人災だった。
だからこそ、地面に転がるオットーの同胞の死体に向けて発砲し、息の根を確実に止めているのだ。
大型医療車両はすでに通りに停めてあり、その周囲は重軽症者の流す血と悲鳴によって、野戦病院と大差ない光景が広がっていた。
オットーは彼ら海兵隊の手際の良さに感動を覚えるとともに、同胞として招き入れた人間の不甲斐なさに頭を痛めた。

結局のところ、力のない人間がどう足掻こうと喚こうと、何一つ変わりはしないのだ。
だからこそ、オットーは決意したのだ。
この間違った時代を。
この忌々しい理が支配し、蔓延るこの時代を終わらせるために。

意を決し、オットーはラスト・エアベンダーの起動コードを入力した。

(´<_` )『心こそが全ての戦いに勝つ鍵だ』

オットーの体が、棺桶に取り込まれる。
軍用第三世代強化外骨格の通称である棺桶を、オットーは気に入っていた。
皮肉たっぷりの名前だし、何より、最も的確な名前だからだ。
これに入っている限り、戦場で本物の棺桶は不要になるのだから。

運搬用コンテナの中で、強化外骨格が己の体に合わせて装着されていく。
初めての感触ではない。
ジョン・ドゥも、ジェーン・ドゥも試したことがある。
フィンガー・ファイブ社で戦う中で、十種類近くの棺桶を動かしてきた経験がある。

だが、このラスト・エアベンダーは別物だ。
あの“魔女”の命を奪った棺桶なのだ。
装着を終え、オットーはコンテナの外に出る。

<0[(:::)|(:::)]>

群青色の装甲は、最早、装甲としての体を成していないほど薄い。
キー・ボーイと同等か、箇所によってはそれ以下だ。
昆虫のような、そう、トンボのような巨大な目を持った棺桶だった。
エアベンダーから更に装甲を削って軽量化を図ったのは、量産化を容易にするため。

そうして出来上がったのが、この先行量産型ラスト・エアベンダーである

<0[(:::)|(:::)]>『……』

13名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:54:05 ID:cwrc78lw0
空中戦闘に割ける時間は、僅か十分間。
その間に敵を全滅させることなど、あまりにも簡単だ。
背負ったジェットエンジンに火を入れ、オットーの体が一瞬で空中に浮かび上がる。
エンジンの音に気付いた海兵隊達がラスト・エアベンダーに視線を向け、次に銃口を向けてきた。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『っ!! 残党だ!!』

しかしそれでは遅かった。
すでにオットーは機体を地面と水平にして高速移動を開始し、銃弾は一発も掠めない。
ビルの壁に沿ってより上空を目指し、太陽を背にして高度を上げていく。
ある程度の硬度を確保した段階で、オットーは上昇を止め、ライフルを構えた。

如何に経験豊富な海兵隊と言っても、上空の敵を相手にしたことはないだろう。

([∴-〓-]『全員屋内に!!』

文字通りの弾雨が降り注ぐ中、ドレッドは最も適切な指示を下した。
全てが見下ろせる上空から攻撃を受けないためには、視認されない以外の方法はない。
逆に反撃の点で見ても、上空の方が圧倒的に有利だ。
物理法則に逆らって発砲された銃弾は、いずれは重力に引かれて落ちる。

弾の威力も減退し、更には狙いも付けにくいという非優位性がある。
対して、上空から発砲された弾丸は重力の力を借りて威力が増す利点がある。
オットーのライフルは遠距離からの攻撃に特化して改造されているだけでなく、ラスト・エアベンダー自体が演算機能を持っているため、正確な射撃が可能だ。
撃ち負けることはあり得なかった。

<0[(:::)|(:::)]>『逃がすか!!』

土煙と共に、海兵隊達が倒れる。
部下に指示を出していたドレッドも、その銃弾を浴びて膝を突く。
休みなど、決して与えない。
銃爪を引き続け、オットーはドレッドの頭上に集中的に銃弾を浴びせた。

([∴-〓-]『ぐ、ああががっ!!』

14名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:55:21 ID:cwrc78lw0
穴だらけになったソルダットから血が流れ、周りと同じように骸と化す。
残存勢力は不明だが、早々に指揮官を潰せたのは幸先がいい。
僅か二分間で、海上街第三小隊は壊滅状態となった。
これで、オットーの任務は終わったも同然だ。

海兵隊の兵力を減退させ、市民虐殺の邪魔をさせないことがオットーの役割だ。
交差点を担当していた味方が全滅してしまったが、逃げ延びた市民に関しては追う必要はない。
オットーが手を下さずとも、彼等は必ず死ぬのだ。

<0[(:::)|(:::)]>『これで、この街も終わり、か』

高層ビルの屋上に着陸し、見るともなく全体を見渡す。
人の流れはやはり、船着き場に向けて動いているようだ。
橋が落ちたのなら、ニクラメンに残された脱出路は海しかない。
だが、海に飛び込むわけにもいかない。

水面は、落下高度によってはコンクリート並の硬さになるため、ただの投身自殺にしかならない。
恐怖心を拭い去って飛び込むだけの気持ちがあるのならば、冷静に考え直した方がまだ人間らしい死に方が出来る。
安全な方法として最初に考え付くのは、船だ。
オープン・ウォーターの開催に伴い、外地から訪れた大量の船舶がニクラメンの船着き場に停泊している。

しかし、船着き場に通じる道へ辿り着く人間は、誰一人としていない。
理由の第一に、その道には西川・ツンディエレ・ホライゾンの指示によって、三十名以上の棺桶持ちが待機している。
逃げ道を一か所に絞り、そこで殲滅する算段だ。
万が一そこを突破したとしても、問題の船着き場にある全ての船には時限式の高性能爆薬が仕掛けられており、後十分後には海の藻屑と化す。

では、船着き場の危険に気付いて泳いで逃げようとした場合は?
その点に関しても、抜かりはなかった。
安全に海に飛び込める場所には大量のクレイモア地雷――無数のベアリングを発射する指向性対人地雷――が設置され、生きてそこに到達できる人間は存在しない。
逃げ道など、残しはしない。

ここでニクラメンは終わるのだ。
半年以上にも渡って周到に準備されたこの計画に、抜かりはない。

<0[(:::)|(:::)]>『……ん?』

15名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:56:32 ID:lF63lSWA0
しえ

16名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:56:44 ID:cwrc78lw0
何かの気配を感じ、オットーは背後を見た。
そこには屋上に通じる扉が一つあるだけで、他には何もない。
危険が去るまでビルの中に隠れていようと思うのなら、それは意味がない。
目標達成後、このニクラメンは海の底に沈む予定となっているのだ。

オットーは不意に、苦痛を与えずに死を与えられるのなら今しかない、と思った。
圧殺されるよりは射殺した方が、まだ、慈悲深いだろう。
自分は殺人狂ではないのだから、わざわざ苦痛を伴った死を与えなくてもいい。
せめて、優しく殺してやろう。

ライフルを腰だめに構え、オットーはその扉に近づいていく。
時折風に乗って聞こえてくる銃声と、風の音以外、何も聞こえてこない。
不自然なほどに、静かな空気が漂っていた。
おかしい。

情況的に有利なのはこちらだ。
どう考えても、自分が危険に晒されることはない。
畏れる必要も、警戒する必要もないはずだ。
そのはずなのだが、オットーはこの空気に胸騒ぎを感じてしまう。

耐えきれずに、オットーは声を発する。

<0[(:::)|(:::)]>『誰かいるのか?
        ちょうどいい、こっちに来てあいつらから逃げる道を探そう』

安心させることを目的に声をかけたオットーだが、返事はない。
気のせいならばいいのだが、扉に近づくたびにオットーは煉獄の炎に近づいているような気分になって行く。
他の同志が、例えばクックル・タンカーブーツでも来ているのか?

<0[(:::)|(:::)]>『なぁ――』

鉄の扉が吹き飛び、オットーの脇に落下した。
厚さ一インチはある扉の一か所は深く陥没し、極めて強い力が一か所に加えられたことを意味している。
扉の向こうには、ジャケットを着たスカイブルーの瞳を持つ一人の男。
浅黒い肌と顔に負った細かな傷、そして白髪交じりの黒髪は鬣のようだった。

その瞳に宿る憤怒の色に気付くことなく、オットーは一際目立つ顎の傷に視線を奪われる。
獣に食いちぎられたような痕だ。

17名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:57:25 ID:cwrc78lw0
<0[(:::)|(:::)]>『――同志……か?』

一応、そう尋ねはするが銃口は向けたまま。
敵にしろ味方にしろ、この男は普通ではない。
出来れば味方であってほしいと願うが、男は返答ではなく質問をしてきた。

(,,゚Д゚)「お前、夢はあるか?」

<0[(:::)|(:::)]>『……あ、あぁ』

(,,゚ー゚)「……そうか。
    それは良かった」

満足そうに頷き、そして、男は静かに宣言する。
宣戦布告と、戦いの始まりを。








(,,゚Д゚)『目には目をではない。貴様らの全てを奪い取る』

18名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:58:09 ID:cwrc78lw0







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Ammo→Re!!のようです
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                    ノイヘ. ー‐― ,イノリ
                    /ハ,i:ヽ,:,:,:,:,/ トハ
                   _,/ / i! :    .: / ヘヽ、
          _...... .-.:::::´::/:::::/  ヘ、    /  l:::::ヽ、、
       ハ´::::::::::::::::::::::::/:::::::l!   /i   /    !::::::::l::::::`::.- ... _
                                          第九章【rage-激情-】
             ‥…━━ August 3rd PM14:15 ━━…‥
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19名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:59:25 ID:cwrc78lw0
咄嗟に発射した徹甲弾では、男の動きを止めることは出来なかった。
棺桶持ちが起動コードを口にしてから戦闘行動を開始するのは、バッテリーの使用量を減らし、少しでも長く活動することを目的としている。
いわゆる、様式美に近い慣習のようなものだ。
従って、コードを口にする間の致命的な隙は、全ての棺桶に共通した弱点でもある。

だから、棺桶持ちが棺桶を使う前に殺すのは当たり前のことだ。
それが容易であれば、棺桶はその存在の重要さを欠いていただろう。
その背負う棺桶が、使用者の命を守る楯として機能しなければ、そうなっただろう。
男は巨大な棺桶――間違いなく、大型に分類されるCクラスのそれ――を楯に、強化外骨格を身に着けることを成功させた。

棺桶を用いた戦闘を知っている証拠だ。
いや、こうなることを知っているだけで、ここまで疾くは動けない。
多くの場数を踏んできたに違いなかった。

ム..<::_|.>ゝ『夢ごと叩き潰す』

一目で分かった。
これは、コンセプト・シリーズの棺桶だと。
そして比類なき強さを持つ、強力なそれだと。

<0[(:::)|(:::)]>『ふざけんな!!』

オットーはブースターに点火し、屋上から飛び降りる。
彼の細胞は、対立ではなく逃亡を命じた。
正面からの殺り合いは分が悪い。
自らの得意な領域、即ち空へ逃げ、そこから攻撃を仕掛けるしかない。

もしくは、放っておくかだ。
逃げ道が多くある空中でなら、鈍いCクラスの棺桶相手に後れは取らない。
瞬く間にビルの屋上から三十フィート上空まで飛翔し、手を考える。
これだけの高度を確保すれば、銃撃を回避するのは容易だ。

銃撃を加えるのもまた、同じ。
優位性は、今、自分にある。

ム..<::_|.>ゝ『テルミットバリック!!』

20名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:00:39 ID:cwrc78lw0
声に応じて左肩の六角錐が、補助装置によって左腕に接続される。
何をしようと云うのか。
ショットガンのような広域を標的にできる攻撃しようというのなら、愚かな話だ。
上空目掛けて発砲したところでその威力は軽減し、攻撃としての意味をほとんど成さない。

それに、少しでもこちらが動けばそれだけで狙いは外れる。
六角錐の頂点がオットーに向いた瞬間、レーザー照射によってロックされたことを電子警告音が告げた。

<0[(:::)|(:::)]>『はぁっ?!』

レーザー照射をしたということは、銃弾ではない。
ミサイル兵器か、それに準じる距離の測定を必要とする兵器の使用を意味する。
あれは、明らかに危険なものだ。
オットーは素早く状況を判断し、仰け反りながら正体不明の兵器から逃げるように急降下を行った。

急降下中、追撃をさせないためにライフルで牽制射撃を加えるのを忘れない。
天地が逆転した視界の中、オットーは先ほどまで自分がいた空が紅蓮の炎に包まれるのを見た。
そして。
エンジンから吹き出していた炎が弱まり、体制を立て直そうとしていたオットーは虚を突かれる。

声を出そうとするが、喉が熱く、更には鼻腔の奥に焼き鏝を突っ込まれているような感覚がする。
肌も直火で焼かれているかのような、熱さを越えた痛みがある。
否、これは錯覚ではない。
現実の熱、そして激痛だ。

<0[(:::)|(:::)]>『あ……ごひゅ……?!』

空気が燃えている。
周囲一帯の酸素が燃え尽きるほどの高温の炎が、あの棺桶から放たれたのだ。
ビルの窓ガラスは砕けることなく溶け、建物の表面を伝って滴り落ちる。
コンクリートも焼け焦げる程の業火。

21名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:01:28 ID:cwrc78lw0
もう十フィートでも近くにいたら、オットーは棺桶と共に蒸発していた事だろう。
その代わりに右手のライフルが暴発し、右手の指が何本か吹き飛んだ。
薄っぺらな装甲が溶け、異臭が鼻いっぱいに広がる。
ヘルメットも焼けて溶け、顔全体が焼けただれる感覚に、声も出ない。

強風が彼の体を弄び、体勢は不安定となり、立て直すことも出来ない。
翼を失った鳥が落ちるように、頭から地面に向かって墜ちる。

<0[(:::)|(:::)]>『ぐっううううおおおおおお!!』

ここで終わるわけにはいかない。
酸素を求めてオットーはヘルメットを剥がし――顔の皮膚が一緒に剥がれた――、再びエンジンに点火を試みた。
すると、エンジンは彼の意志に応えるかのように息を吹き返し、彼の体勢を整えた。
どうやらあの兵器は、爆心地から周囲百ヤードほどに効果を発揮するようで、その効果範囲を逃れればどうにか動けるらしい。

兵器の正体は、想像を絶するほど強力な焼夷弾を射出する発射機。
それによって酸素が焼き尽くされ、エンジンが機能を果たさなかったのである。
一時的に酸素を失ったことによって推力を失ったが、酸素のある領域まで落下したことによって、エンジンが再起動したのだ。
だが一度だけ落下速度を落とすことに成功したエンジンは、直後、そのまま機能を停止した。

熱によって回路が焼かれたか、それともショートしたかは定かではないが、いずれにしてももう二度とこのエンジンが動くことはない。
すぐさま、パラシュートを開く。
ラスト・エアベンダーは被弾しても緊急用パラシュートが破損しないように、ジェットエンジンパックの最深部にそれを収納している。
開花するように開いたパラシュートは、特殊繊維が焼け焦げ、所々に穴が開いていた。

しかし、落下速度を落とすことぐらいは出来た。
百フィートの高さから落ちたオットーの足は、その衝撃に耐えきった。
ラスト・エアベンダーの持つ耐衝撃機構が、彼の命と足を救ったのだ。
このままでは、彼は己の使命を全うできない。

ここは、一時撤退が吉。
肌に溶着した装甲を剥がすだけの力もなく、オットーはその場から逃げようと一歩を踏み出そうとした。
安堵したのも束の間。
不意に、足元の影が不自然にその濃さを増した。

(´<_`;)「……は?」

22名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:02:20 ID:cwrc78lw0
空を仰ぎ見て、オットーは絶句する。
太陽を背に、ビルの屋上から飛び降りた歪で巨大な影。
先ほどの棺桶持ちが、オットーを追ってきたのだ。
この高さ、落下すれば例えコンセプト・シリーズと云えども即死は必至。

恐怖など。
躊躇いなど。
それら一切を不純物と断じ、一つの目的を果たすためだけに動く鋼鉄の精神。
オットーを殺す、ただそれだけを考えて動く殺人機械。

男の叫び声が、オットーを心の底から怯えさせた。

ム..<::_|.>ゝ『バンカーバスター!!』

それは跳躍する悪夢の跫音。
それは飛来する悪魔の羽音。
それは落下する悪鬼の奇声。
それは煮え滾る煉獄の王の咆哮。

刹那の時間。
オットーは、己の人生を断片的に見ることとなる。
生まれてから今日この日まで過ごした、辛く、厳しく、ほんの少しの幸せが共存していた日々。
兄と過ごした日々。

兄と見た、大きな夢。
世界を変えるという、御伽噺のような素晴らしい夢。
その夢が、夢のままで終わる。
夢のまま、成就も開花もすることなく、枯れ果てる。

全てがここで終わりを告げる。
圧倒的な殺意を込めて迫るその姿が物語る。
ここで終わり。
これで終わりだと、オットーは確信した。

23名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:03:48 ID:cwrc78lw0
――呆然自失のオットーを横合いから突き飛ばす存在がなければ、彼の人生は確実にここで終わっていた。

〔欒゚[::|::]゚〕『危ない!!』

全滅したと思っていた友軍の生き残り。
この危機的な、絶望的な状況で動ける人間が、クロジングにいたとは。
己の誤解を、オットーは呪った。
己の浅墓さを、オットーは罵った。

真に勇気ある人間は、まだ、世界には残されているのだと何故信じなかったのか。
同志達が世界に絶望していないように、オットーもまた、人間に絶望してはいけなかったのだ。
だが。
それは、後悔でしかなかった。

威力を一点に集中した爆撃は彼の肉片一つ残さず吹き飛ばし、地面に大穴を空けた。
オットーを救った最後の友軍は、彼の目の前から消え去ってしまった。
跡形もなく消し飛んだ勇気ある男。
まだ、礼も言っていないどころか、彼の名前さえ知らなかったのに。

そんな後悔は、直ぐに消え去った。
こんな、一目で規格外の化け物だと分かる敵を前にすれば、それも当たり前だ。
目的達成のために計算された凶行は、爆風に吹き飛んだオットーに底知れぬ恐怖を与えた。
自分は、畏怖の化身に魅入られてしまったのだと、すくみ上がった。

穴に落ち行く灰燼色の巨大な棺桶とすれ違う、一瞬。
地獄の宝石じみた赤い輝きを放つ機械仕掛けの両眼が、確かにオットーを見た。
人生で初めて、オットーは生きた心地がしないという感覚を味わい、戦慄する。
機械越しに確かに伝えられた圧倒的な殺意は、言葉よりも雄弁だったのだ。

――次は、必ず、叩き潰す。

24名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:04:28 ID:cwrc78lw0
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‥…━━ August 3rd PM14:20 ━━…‥
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ム..<::_|.>ゝ

落下速度の減速は、彼――ギコ・カスケードレンジ――にとって命題だった。
余計な茶々さえなければ済んだ復讐が妨害され、その軌道修正に彼は貴重な時間と手間を割かなければならなかった。
一発目のバンカーバスターで落下速度は若干ではあるが落ちたが、それでも、まだ早すぎる。
続けて二発目のバンカーバスターを発射し、爆風によって速度を落とす。

まだ、足りない。
ぶ厚い床を破壊して、更にマン・オン・ファイヤは下へ下へと向かう。
三発目の攻撃は床を三枚貫くほどの効果を見せたが、速度の減退に関しては劇的な効果を見せていない。
このまま落ちていくと、待っているのは虚無的な空間だ。

この先に待っている地下駐車場に通じる空洞に墜ちてしまえば、落下速度を落とすための手段はなくなる。
その前に、何としても速度を落とさなければならなかった。
元からギコは、爆風だけで十分な減速が出来るとは考えていない。
要塞攻略用のマン・オン・ファイヤに備わっている、高所からの降下用のワイヤーを使うことを考えていた。

地下壕に空けた穴からその内部に降下し、特殊焼夷弾で生存者を焼き殺すためのものだ。
言い換えればそれはマン・オン・ファイヤの体重を支えられるだけの強度を持ったワイヤーがあるということ。
高層ビルから無策で飛び降りたのではなく、ワイヤーの長さが足りなかったから。
更に地面を破壊しているのは、床と床との間隔が狭く、安全な着地が困難だからだ。

比較的厚みのある地面に対して対地下壕兵器を使用して穴を空け、着地が可能な地点まで自由落下。
その後、然るべき場所でワイヤーを使用して強制的に静動をかけ、減速を促すつもりだった。
しかし、ワイヤーを引っ掛ける場所はまだ見つからない。
そう思った矢先の事。

25名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:05:15 ID:cwrc78lw0
四発目のバンカーバスターは床を貫通しきれず、大きく抉ったような跡が出来ただけだった。
このままでは、転落死は確実だった。

ム..<::_|.>ゝ『くっそ!!』

マン・オン・ファイヤの両足が確かに床を踏みつけた。
幻覚のような、刹那の衝撃。
その衝撃に耐えきれず、床は巨大な岩の塊となって崩落した。
これは予想外の僥倖だった。

思わず左手の射出装置を床だった物に突き刺し、自身に引き寄せる。
巨大な岩は、その更に下にあった床を粉砕しながら墜ちていく。
落下しているのは建物の破片だけでなく、人間も同じだった。
爆発によって幾つもの階層が脆くなっており、辛うじて生き残った床も、彼が乗る岩によって砕かれそこにしがみ付いていた人間諸共墜ちる。

規則的な衝撃の中、ギコは罪悪感を抱くことなく、ワイヤーを引っ掛けるタイミングを見計らっていた。
機会を窺っているうちに衝撃がなくなり、とうとう、空洞と成り果てた駐車場にまで到達した。
機械仕掛けの両眼が最適な場所を計算する中、ギコは衝撃的な光景を目の当たりにした。

(∪´ω`)

ム..<::_|.>ゝ『な?!』

耳付きの少年。
デレシアと共に旅をする、奇妙な魅力を持った少年。
ペニサスの最後の教え子、つまり、ギコの後輩にあたる存在。
何故、ここにいるのか。

いや、ここにいる理由は一つだ。
デレシアが来ている。
ペニサスの仇討のために。
つまり、ギコと目的は同じ。

向こうがこちらに気付く前に、ギコを乗せた岩の向きが変わり、壁のように二人を隔てた。
少年に気を取られている間に床が迫り、直ぐに意識を切り替える。
ワイヤーを上方に射出し、崩れた床の淵に引っ掛け、急静動をかける。
強制的な静動によって体が跳ね、ワイヤーが掛かった床が砕ける。

26名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:06:34 ID:cwrc78lw0
先に落下した岩が砕ける轟音が響き、ほどなくギコもその上に落ちることになった。
速度と高さの問題を解決したことによって、ギコは難なく着地を成功させた。

ム..<::_|.>ゝ『……ふむ』

踏み潰している死体を見て、ギコは状況を把握した。
逃げ道を全て封鎖、破壊し、一人残らず海底に沈める魂胆なのだろう。
つまり、ギコは意図せずにその策略にはまってしまったということ。
狩りをしていて崖から落ちたような物。

一言で言い表すなら、しくじった。

ム..<::_|.>ゝ『……』

マン・オン・ファイヤの搭載する大容量バッテリーなら、後五時間は動き回れる。
問題なのは、右腕の対塹壕兵器の残弾だ。
残り一発。
崩れ落ちたこの空間から脱するには最適な兵器だが、一発だけとなると、使いどころ塾講師なければならない。

対して残弾が豊富なのは、左腕のテルミットバリック。
これを使うと、他の生存者をコンクリートごと溶かして燃やし尽くしてしまう。
これではいったい誰が大量虐殺の首謀者か分からない。
出来るだけ装備を消費することなく、出来るだけ早くこの場から脱出しなければ。

ワイヤーを回収し、ギコは瓦礫を蹴散らしながら前進を始めた。

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‥…━━ August 3rd PM14:30 ━━…‥
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27名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:07:15 ID:cwrc78lw0
トラギコ・マウンテンライトはワタナベ・ビルケンシュトックと別れてから、早速行き詰っていた。
恐らくワタナベが行き掛けに築き上げた死体の山が、通路を隙間なく塞いでいたからだ。
高周波刀“ブリッツ”を使っても、これだけの死体を切り刻んで進んだところでこま切れ肉を作るだけで、道を作るには足りない。
この先の通路が塞がれていることや潰されていることを考えると、このまま前進するのは得策ではない。

彼の神経を逆なでることに関して、彼女は飛び切りの人材だ。
間違いなく、通路は使用できない状態にされている。
次に会った時は必ずこの報復を果たすと、固く誓った。

(#=゚д゚)「あの尼ぁ……!!」

踵を返し、トラギコは来た道を駆け戻る。
道は直線に続いており、死体は乱雑に道の端に積み上げられていた。
トラギコと別れてから殺されたと思われる、虫の息の人間も多くいた。
行き掛けの駄賃にしては、割高だ。

だが彼は、彼等を助けることはしなかった。
救うことも助けることも、トラギコには出来ない。
精々彼にできたのは、愛銃のM8000で殺してやることだけ。
狙えるのならば心臓を。

狙えないのなら、頭を狙って即死させてやった。
彼の跫音と銃声、そして薬莢が血の匂いの充満する空間に響き渡る。
弾倉を二つ使い果たして、ようやく、瀕死の人間のうめき声も息遣いも聞こえなくなった。
ねっとりとした血溜まりを踏みながら、トラギコは奥へ奥へと進む。

途中、壁の一部が不自然に変形しているのに気付いた
壁ごと配管を叩き切って、道を作ろうとした痕跡だ。
柔軟性のある思考なのか、それとも乱暴者なのかは分からないが、馬鹿ではない。
トラギコが興味を示すに値する女だ。

ますますあの女が好きになりそうで、トラギコは自然と口元を歪ませた。
あれだけの技量と度胸を持つ女が身近にいるのは、とてもありがたいことだ。
しかし。
彼が今現在最も興味を持っているのはワタナベではなく、金髪の旅人だ。

あの旅人こそが、トラギコの人生を彩る存在だと、彼は確信している。
彼女の正体と目的が分かるまでは、他の人間に興味関心の天秤を傾けるつもりはない。
所帯持ちの人間が不貞を働かないのと同じ。
その異常な執念こそが、彼の強みであり武器でもある。

それでも気になるのが、ワタナベとトラギコの勝負に割り込んできた女だ。
灰色髪の女。
棺桶同士の戦闘に半ば生身で割り込んできたその胆力は、豪胆と言える。
あれだけの状況下で汗一つ流さず、焦った様子も見せていなかったのは、トラギコ達を敵として見ていなかったからだ。

28名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:07:55 ID:cwrc78lw0
敵として認めるに値しない。
そう、言っていたのだ。
完全に下に見られている。
これが由々しき問題でなくて、何だと言うのか。

兎にも角にも、ニクラメンから脱出しなければ話は始まらない。
海底二千フィートの場所から地上に戻るためには、何かしらの道が残されているはずだ。
ワタナベの道を辿れば、ギコもその先に行くことが出来る。
彼女は狂人だが、自殺志願者ではない。

非常に優れた殺人狂である。
と、内心で彼女を評している時、トラギコは目的の物を見つけた。
一か所、壁が配管ごと大きく抉れ、人と棺桶が通れるだけの大きさの穴が開いていた。
その先は暗闇が続いているが、風が通っている。

ワタナベが作ったと思われる通路を通り、トラギコはその奥に向かって小走りに駆けた。
もう、あまり時間はなさそうだ。

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    . |IIIIlミ|三三|゙ ____|ミ| LL LL LL LL LL | iニi,___| FFFFFFFFF |  |EEE|日
 ̄ ̄|!|IIIIlミ|三三| |田田田田|ミ| LL LL LL LL LL |ll.|__|.|==/\==|.| ̄ ̄|「| ̄ ̄
lllllllll |!|IIIIlミ|三三| |田田田田|ミ| LL LL LL LL LL |ll.| ロ ロ 「 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | 田 |「|  田
‥…━━ August 3rd PM14:33 ━━…‥
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29名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:09:11 ID:cwrc78lw0
トラギコ・マウンテンライトが海底街に向かう一方で、ギコ・カスケードレンジは彼よりも少しだけ早く海底街に到着していた。
都合よくというか運よくと言うべきかは分からないが、明らかに人為的に瓦礫が蹴散らされ、扉が破壊されていたのだ。
きっと、生き残った警備員が棺桶を使ったのだろう。
そうでなければ、厚さ三インチの壁が一撃で蹴り壊されるはずがない。

壁に残された足跡は棺桶にしては小さかったが、小型の棺桶による一撃と考えていい。
壊された壁の先に広がる海底街の全貌に、ギコは思わず見とれてしまった。
これが世界に名立たる海上都市の姿。
箱庭の街、という表現が浮かぶ。

第一区画の住宅密集地の空き地から見下ろす風景は、これで見納めになるかもしれない。
補修工事の途中だったのだろう、住宅の傍に停められたライトバンの周りには道具が散乱しているが、作業員の姿はない。
両腕の兵器を解除してから、棺桶を脱ぐ。

(,,゚Д゚)「……橋は使えねぇか」

遠目でも分かる。
海底街と海上とを繋ぐ巨大な円柱は、混雑と混乱を極めており、今からそこに向かっても手遅れになることぐらい。
急いで別の道を探す必要があった。
このままニクラメンが海の底に沈めば、当然、ギコも海の養分の一部と化す。

マン・オン・ファイヤは確かに頑丈で強力な棺桶だが、水中での活動は一切できない。
それは、他の棺桶でも同じことだ。
水中専用の棺桶でなければ、重りとなって使用者を海底に引きずり込むだけ。
専門外のことが出来ないのが、コンセプト・シリーズに限らず、棺桶全般に共通して言える事だ。

だからギコが考えたのは、海兵隊基地に向かって、潜水用棺桶を手に入れるか、潜水艇を手に入れるという手だった。
海底にあるのだから、それぐらいの装備は当然あるに違いない。
日ごろニクラメンを守ってきた彼等なら、いざと云う時の備えは必ずしている。
が、一つ問題がある。

第一区画から基地のある第三区画までは、直線の下り坂であることを考慮しても、三十分はかかる。
車両が必要だ。
駐車場に足を向け、ギコは早速物色を始めた。
Cクラスの棺桶を乗せられるだけの大きさで、かつ、乱暴な運転でも壊れにくい物がいい。

出来れば四輪駆動の車両が望ましいが、海底街で四輪駆動を使う人間はほとんどいないのが現実だ。
整備された道路では、四輪駆動である必要がない。
殆どがセダンタイプの車両で、予想通り、彼の好みに合うものはなかった。
一つを除いて。

30名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:09:55 ID:cwrc78lw0
駐車場ではなく、住宅の傍に駐車されたライトバン。
これなら、Cクラスの棺桶を難なく運ぶことが出来る。
速度はさておいても、今はこれが最上の車両だった。
運転席側から乗り込み、キーを探す。

サンルーフやダッシュボードを探すが、鍵はなかった。
車両を残して逃げる際には鍵を残す、という習慣を知らなかったのだろう。
仕方なく、ダッシュボードの中にあったマイナスドライバーを手に取り、ギコは作業を始めた。

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‥…━━ August 3rd PM14:35 ━━…‥
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エンジンがかかるのと同時に、第一区画の橋が爆音を伴って崩れ始めた。
いよいよ、時間がない。
クラッチの具合を確認し、ギコはアクセルを底まで踏んだ。
素早くギアを変え、住宅街から商店街に向かう。

細い道を器用に走らせ、エンストしないようギアチェンジに気を遣う。
時折窓の外に視線を向け、街の様子――崩壊までの様子――を窺う。
その矢先に、再び爆音と轟音が響き渡った。
バンも若干振動で揺れたが、走行に問題はない。

商店街にはアーケードがある。
アーケードの下を走っている間は、天井からの落下物で車両が損傷することを避けられる。
四方の障害物を回避したり察知したりするのは出来るが、上方、下方のそれを知るのは難しい。
現に、細かな粒が天井から落ち始め、バンの天井を軽く叩いている。

第一区画の橋を爆破したということは、残った二本の橋が爆破されるのも時間の問題と云う訳だ。
あれが脅しだとするのなら、それを考えた人間はかなりの馬鹿としか言えない。
脅しの一撃ではない。
本命の一撃だ。

ニクラメンを守る海兵隊達がどれだけ優秀か分かっていないのなら、それも仕方ない。
戦闘能力は決して高くないが、任務遂行に対する責任感はイルトリアに匹敵する。
今、このニクラメンを襲っている敵は徹頭徹尾本気でここを海の藻屑にする腹積もりと考えていい。
海兵隊基地が瓦礫と焦土と化す前に、道具を手に入れなければ。

商店街のアーケードを目前にした時、ライトバンの前に何かが飛び出してきた。

(;,,゚Д゚)「うおっ?!」

31名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:10:37 ID:cwrc78lw0
ハンドルとサイドブレーキを使い、車体をわざと回転させる。
スピンターンと呼ばれるこの技術は、走行中の急旋回に使われる物で、緊急時にはこうして障害物を回避するためにも使える。
ブレーキ跡を残してアーケードの手前で止まったバンから降り、ギコは飛来物の正体を見た。
鉄製の扉だった。

追手か、それとも偶然か。

(#=゚д゚)「あんの腐れ尼ぁあああ!!」

怒りの形相で店の奥から現れたのは、見たことのある顔だった。
クロジングでギコに尋問をしてきた刑事――確か、トラギコとかいう名前――だ。
似合わないスーツを着て、似合わないアタッシュケースを持っているのを見るに、オープン・ウォーターに参加していたようだった。
勿論、人の趣味はそれぞれだから、彼がオープン・ウォーターを嬉々とした表情で楽しんでいたとしても、ギコは軽蔑しない。

(#=゚д゚)「次に会ったらぜってぇに泣かせてやるラギ……!!」

肩で息をするほど怒り猛るトラギコは、血走った目で周囲を見回す。
手負いの獣が、縄張りに侵入した獣を探すような、執念が伝わる眼差しをしている。

(,,゚Д゚)「……何、してんだ?」

(#=゚д゚)「あぁ? って、ギコ・カスケードレンジか。
     なんで手前がここに来てるラギ?」

こちらの名前をフルネームで憶えられていた。
言動に似合わず、かなり仕事熱心な性格をしているようだ。
この時制では珍しい。

(,,゚Д゚)「そりゃこっちのセリフだ」

(=゚д゚)「教える義理がねぇ、と言いたいところだが、教えてもいいラギ」

何故か、トラギコは似合わない笑顔を浮かべて知りたくもないことを話そうとしている。
ギコは嫌な予感がした。
構っていては時間の無駄だ。

(,,゚Д゚)「いや、結構だ」

(=゚д゚)「人の好意は素直に受け取れラギ」

(,,゚Д゚)「結構だ」

(=゚д゚)「まぁいいじゃねぇか」

(,,゚Д゚)「昼間のセールスマンみたいにしつこい刑事だな、あんたは」

会話を一方的に中断し、ギコはバンに戻る。
自然な流れで、トラギコが助手席に乗り込んできた。

(,,゚Д゚)「……」

32名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:11:54 ID:cwrc78lw0
(=゚д゚)「言っとくが、男とドライブを楽しむ趣味はねぇラギ」

(,,゚Д゚)「俺のセリフだ」

(=゚д゚)「ほら、時間がねぇラギ」

やり取りが面倒になったギコは、仕方なく、トラギコを乗せて運転を再開した。
商店街を走り抜ける中、一応、注意しておく。

(,,゚Д゚)「シートベルトを」

(=゚д゚)「あぁ」

意外と、すんなりギコの言うことを聞いた。
まだ更年期障害ではなさそうだ。

(=゚д゚)「トラギコ・マウンテンライトだ」

(,,゚Д゚)「驚きだ。
    甲斐甲斐しく自己紹介をしあう仲だったのか?
    それに、その名前ならもう知ってる」

(=゚д゚)「お頭が蕩けてバターみたいになって、俺の名前が垂れ流しになってるんじゃねぇかと思ってな」

トラギコは懐から拳銃――ベレッタM8000――を取出し、弾倉を交換し始めた。

(=゚д゚)「知ってるとは思うが、昨晩フォレスタで騒ぎがあったラギ。
    飛行ユニットを持った棺桶が、俺の見た限りで二機。
    後はガーディナとトゥエンティーフォーが少しだが、問題なのは飛行型の方だ。
    この件について、何か知っていることはあるラギか?」

バンは商店街を抜けてすぐに左折し、まっすぐ続く坂道を下り始めた。
トップギアに切り替え、アクセルを限界まで踏みこむ。

(,,゚Д゚)「話す義理が無い」

(=゚д゚)「ここでその糞生意気な口に、新品の穴を空けてやってもいいラギよ」

わざとらしく遊底を引いて、初弾を薬室に送り込む。

(,,゚Д゚)「正気か?」

(=゚д゚)「さぁな、人差し指が正気かなんて俺は知らねぇラギ。
    返答次第では、俺がこいつを説得する、なんてプランもあるラギよ」

この刑事は本気だ。
ハッタリで物を言わない。

(,,゚Д゚)「……一機は森に落ちて、もう一機は逃げた。
    どうだ、その糞ったれの人差し指は話を理解できたか?」

33名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:13:05 ID:cwrc78lw0
(=゚д゚)「足りねぇラギよ。
    落ちた方は俺が取っ捕まえたし、もう一機が逃げたなんてことも知ってるラギ。
    あいつらは何者か、その情報が知りたいラギ。
    それと、この事件との関連性も喋ってもらわないと、こいつが機嫌を損ねちまう」

これ見よがしに銃に話しかけるトラギコは、隙だらけに見えて全く隙が無い。
彼の目的は、フォレスタで起こった事件の情報。
いや、それが本命ではない。
あくまでも本命である事件への足掛かりとして、知りたいだけなのだ。

本命の事件は、おそらくはオセアンで起こった一大事件だ。
流れ者による、街の支配者の殺害。
トラギコは彼と初めに会った時、その事件に関する情報を求めてきた。
となれば、今彼が一番執着しているのはオセアンでの事件と考えるのが妥当だ。

生憎だが、ギコはオセアンの事件については全く何も知らない。
興味があるかと言われれば、確かに興味があるが、彼ほどの執着心はない。

(=゚д゚)「流石、イルトリアの元軍人ラギね」

こちらが手を出さずにいることに対する言葉だろう。

(,,゚Д゚)「知らん。
    知ってるのは、昨晩暴れた連中の一味がここに来てたことぐらいだ」

(=゚д゚)「ほぉ、やっぱりか。
    で、その残党をお前が潰して回った……ってわけじゃないけラギね」

(,,゚Д゚)「……」

鋭い。
しかし、勘で言っているのならばこの自信に満ちた口調は何だ。
何故、そこまで確信的な物言いをするのだ。

(=゚д゚)「照れなくていいラギ。
    その残党の中に、逃げ出したもう一機がいたラギね?」

(,,゚Д゚)「何故、そう思う」

34名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:13:47 ID:cwrc78lw0
(=゚д゚)「お前が言ったラギ。
    残党がここに来る情報は俺も知っていたが、本当に来たかどうかは正直知らん。
    だが、お前は“来てたことを知っていた”。
    ってことは、連中と会ったってことだ。

    会ったのならば戦うなり何なりして、時間を失う上に、こんなところまで来るはずがねぇラギ。
    俺がこっちで会ったのは狂人の女が一人だけ。
    つまり残党は海上街にだけいたってことが想定できるラギ。
    それにもかかわらずお前がここにいるのには、何かしらの理由があるからラギ。

    考えられる中で最も可能性の高い理由は、重要度の高い目標を追ってきた。
    そして手元のカードで重要度の高い目標は、逃げ出した飛行型棺桶ってことラギ」

全ての言葉は確認のための言葉。
トラギコは、ただ、確認をするためだけに話しているのだ。

(=゚д゚)「では、そのカードを追ってここに来たのだとしたら、だ。
    今この段階で俺を乗せて、海兵隊基地を目指すのは明らかに不自然だ。
    つまり、“標的はもうこの海底街にはいないってことが分かっている”状態にあると分かるラギ。
    混乱の中でもその標的を追うってことは、お前にとって、“その標的は殺すか捕まえるか半殺しにする価値のある奴”ってことラギね。

    ここまでが、お前の状況だろ?」

恐るべき推理力と洞察力だと、ギコは感嘆した。
イルトリアにも、ここまでの人間はいなかった。
この短時間でギコの状況を把握し、知りたい情報を入手した手腕は、まさに手練のそれ。
まるで魔法か何かのようにも思ってしまうその能力は、彼の持つ武器だ。

(,,゚Д゚)「……」

(=゚д゚)「だんまりラギか。
    まぁ、それでもいいラギ。
    因果関係はあまり興味ねぇ、喋りたかったら喋ればいいラギ」

どうやら、トラギコと云う人間は悪い人間ではなさそうだ。
イルトリア人でないことは分かるが、しかし、イルトリア人らしい人間でもある。
この男といると、イルトリアの訓練時代を思い出す。
正直、嫌いではなかった。

35名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:15:09 ID:cwrc78lw0
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____三二ニニ=-‐へ .メ、   ./  /                     / \;;;;;;〉 {   ,:}  / /  
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‥…━━ August 3rd PM14:50 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

問題が発生した。
三本目。
つまり、最後の橋が倒壊したのは、辺りに散らばる棺桶の残骸を避け、脇道から基地内に侵入した時の事だった。
すぐ横で倒れ始めた橋は、まさに、ギコ達のライトバン目掛けて傾いでいる。

(;=゚д゚)「おいおいおいおいおい!!
    あれ、こっちに来てねぇラギか?!」

(;,,゚Д゚)「やべぇやべぇやべぇ!!」

高さ、重量、質量、共に合格点だ。
橋の欠片の一つでも直撃すれば、バンは一撃でスクラップになる。
スピンターンで逃げられるが、そうしたらいよいよ手がなくなる。
橋の残骸が道を塞いでしまう。

(;=゚д゚)「もっと飛ばせラギ!!
    ホットケーキになるのはごめんラギ!!」

(;,,゚Д゚)「これで精いっぱいだ!!
    ゲージも見れないのか、この天然ソフトフォーカス野郎が!!」

早速落下してきた住民――一瞬で爆ぜて肉塊となった――を回避し、ハンドルを右に左に動かす。
巨大な影がバンを覆う。
いよいよもって、不味い状況だ。
このままでは、間に合わない可能性も出てきた。

走り抜けなければ、ここで終わる。
声がこの結果を変えるとは思わない。
それでも、ギコは叫ばずにはいられなかった。

(;,,゚Д゚)「うおおおおおおお!!」

橋の表面が手の届く範囲にまで迫り、死への道が近づく。
しかし、生き残る道も迫っていた。
高さは残り一インチ。
道は残り五ヤード。

36名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:16:34 ID:tvqDksgU0
おお!支援!!!

37名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:16:39 ID:cwrc78lw0
ここが、勝負だ。
アクセルは既に限界。
加速も出来る範囲内での限界。
後は、ここまでやってきたこと全ての帰結を見届けるだけだ。

遂に、橋と車が接触した。
屋根が軋みを上げ、フロントガラスが砕けた。
ギコとトラギコの体を潰すより先に疾く、バンはどうにか窮地を脱した。
直ぐ後方で完全に倒壊した橋から土煙と強風が巻き上がり、高速で走行していたバンはバランスを失う。

ハンドルを懸命に切るが車体は風と衝撃に耐えきれず、二人を乗せたバンは無残にも横転した。
視界が五回転したところでようやく止まり、天地が逆転した状態で二人は悪態をつく。

(,,゚Д゚)「……洗濯物の気持ちがよく分かった」

(=゚д゚)「干す方か、それとも回される方か、それが問題ラギ」

横転の衝撃によって天井――今は床――は変形してしまい、人ひとりが通れるだけの広さもない。
こうして生きているだけでもかなり幸運だ。
割れたガラス片で顔を切り、衝撃で全身に鈍痛がある以外、いたって健康である。

(=゚д゚)「で、この先はどうするつもりラギ?」

(,,゚Д゚)「潜水用棺桶か潜水艇をもらう」

(=゚д゚)「逆さ吊りだから頭に血が回ってるかと思ったら、そうじゃなくてヤキが回ったみたいラギね。
    海兵隊から物をもらうなんて、カリスマホームレスでも無理ラギ」

(,,゚Д゚)「まだ硝煙の匂いが鼻に突く。
    戦闘がついさっきまで続いていた証拠だ。
    それに見ただろ?
    海兵隊の棺桶があれだけやられて、おまけにそのやられ方が異常だ。

    ってことは、もう、海兵隊は全滅してるよ」

一瞬見ただけだが、死体のほとんどは綺麗に分断されていた。
ジョン・ドゥの装甲はそこまで柔らかくはない。
しかも、近距離戦闘で負ったものでもない。
つまり中・遠距離からの攻撃で両断されたとみられる。

それが可能な兵器を、ギコは知っている。
戦術光学兵器。
イルトリアで最近実戦配備された物で、電力だけで対象を焼き切ることが出来る太古の遺産だ。
そして、それは車両や戦艦に搭載されるものだが、例外的な存在がある。

(,,゚Д゚)「ところでトラギコ、あんた、ここに来るまでの間に戦闘は?」

(=゚д゚)「あったラギよ、クレイジーな女だったがな」

(,,゚Д゚)「女か……イルトリアの人間だったか?」

38名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:17:55 ID:cwrc78lw0
(=゚д゚)「いいや、ジャーゲンの方の人間ラギね。
    イルトリア訛りもないし、それっぽさもなかったラギ」

(,,゚Д゚)「そうか」

(=゚д゚)「まぁ、お前に策があるんだかないんだかはさておいて、だ。
    さっさとこんな場所から出るぞ」

どうやって、と聞く前にトラギコは答えを口にしていた。

(=゚д゚)『これが俺の天職だ』

アタッシュケースが開き、そこから黒い機械籠手と山刀のようなものを取り出す。
コンセプト・シリーズの棺桶に違いなかった。
逆さの状態で器用に装着し、トラギコは右手に持った山刀のスイッチを入れた。
金切声のような、甲高い独特の音は、それが高周波兵器であることを意味している。

(=゚д゚)「良い車だが、男二人にゃ狭すぎる。
    特に解放感が足りねぇラギ」

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             ; :.:.:.::...:.:.::.... :   ...:::......:. |.:.::..:.|
             i!    ::......:... .. ... :..:.:. .:...:.|.:.::..:.|
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__i___ ̄'i\___ |lilXil| _____| iココ iコiコ  |";:i. .: lilXil二ilXi  |
‥…━━ August 3rd PM15:07 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

不安定な体勢と云うこともあり、思いのほか時間が掛かってしまったが、どうにか車外の空気を吸うことは出来た。
狭い車内から解放された二人は、痛む体を動かして、改めて四肢の無事を確認した。
折れてもいないし、捻挫もしていない。

(=゚д゚)「……ん?」

何かの音に反応して、トラギコは跫音を立てずに兵站庫の影に駆けより、背を付けてその端から向こう側を覗き見る。
その後を追って、ギコも中腰の状態で覗く。
百ヤード先。
男女一人ずつと、その足元に蹲る黒髪の子供が一人。

男が執拗に子供に対して攻撃を加え、子供はそれに耐えている状況だ。
見ていて痛ましい光景だった。

(#=゚д゚)「みぃつけたぁ」

白いドレスの女は横顔が疑える。
浮いた顔はしていないが、笑顔ならば美人に分類される造形をしていた。
トラギコが言っているのは、恐らく、その人物のことだろう。
彼女が噂の狂人、なのだろうか。

39名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:18:36 ID:cwrc78lw0
狂人かどうかは不明だが、人殺しに加担したのは間違いなさそうだ。
ドレスに付着した返り血は赤黒く、すでに酸化が進んでいる。
背負った棺桶の大きさはBクラス。
棺桶の力に頼らずとも人を殺せる人間であることが、この視覚情報から推測できる。

対して、子供を容赦なく蹴っている男が背負うのは、Cクラス。
その男に関しては、完全に顔が隠れているために人相が分からない。
筋骨隆々とした姿で、その足は丸太のように太い。
あの太さなら、大人でも蹴り殺せる。

しかし分からないこともある。
子供がここにいる理由。
そして、子供をあそこまで徹底して痛めつける理由。
男だけが攻撃し、それを見ている女のつまらなそうな表情の、その理由。

蹴り上げるような一撃を食らった子供が、その衝撃で一瞬だけ顔を上げた。

(∪;ω;)

(;=゚д゚)「な?」

(;,,゚Д゚)「に?」

それは、黒髪垂れ目の耳付きの少年だった。
そして、少年は蹲っていたのではないことも分かった。
彼の胸の下には、一人の少女がいたのだ。
彼は己の身を楯にして、一人の少女を守っていたのだ。

涙で顔を汚し、口の端から血を流し、それでも、その瞳には輝きが残されていた。
意地の輝き。
決意の輝き。
命の輝き。

少年は、あれだけの暴行を受けていながら、何故、折れない。
何故、挫けない。
何故、諦めない。
何故、逃げない。

皆目見当もつかない。
しかしそれが事実。
それが現実なのだ。




(∪;ω;)「ミセリ、こんなの……こんなの……
      こんなの……ぜんぜんいたくないから!!」


.

40名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:19:51 ID:cwrc78lw0
声が、聞こえた。
少年の心からの声が。
少年の芯をさらけ出した声が。
少年の本質が。

その声は、ギコの心に深く突き刺さるように響いた。
加えてギコを驚かせたのは、少年が口にした少女の名前。
それは、紛れもなく――

「ちいっ!!」

下から掬い上げるような、えげつない蹴りが少年の腹部を捉えた。
小さな体が僅かに宙に浮かび、少女の服を吐き出した血で汚す。
驚くべきは、その一撃を受けても泣き声一つ上げなかったことだ。
少年の年齢を考えれば、ありえない話だ。

泣きわめいて、命乞いをして。
そして、許しを請う。
それが、あの年齢の当たり前の話だ。
それは大人でもあり得る話なのだ。

だが、少年はそれを自分の意志で耐えている。
そこまでする義理があるのだとしても、その意地の根源は何だ。

「調子に乗るな!!」

男の口から発せられたその一言。
ギコは、聞き覚えがあった。

(;,,゚Д゚)「……あの野郎」

(;=゚д゚)「駄目だ、まだ動くんじゃねぇラギ」

標的を前にしても、トラギコは状況を冷静に捉えていた。
ここで飛び出しても、彼らの命が危険に晒されるだけだ。
単純な戦力で考えて、相手は棺桶を二つ所持している。
こちらもあるにはあるが、分が悪い。

拳銃で狙い撃つという手もあるが、銃爪を引く前に気取られればそれまでだし、何より背負った棺桶がそれを邪魔している。
背後から撃っても、Cクラス、Bクラスの棺桶が楯としての機能を果たす。
撃ち損じた瞬間に攻撃を加えられれば、それまで。
今は、静観して相手の動きを見るしかない。

拳銃にサプレッサーを装着していた女が男に話しかけ、それを手渡した。
男はそれを受け取り、少年に銃口を向ける。
少年の、顔に。

(;,,゚Д゚)

(;=゚д゚)

41名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:20:55 ID:cwrc78lw0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
            ィ:7 イ壬ソィ=-ミ、_          ヾ:.、: : .、:}、
            /i ! ゙弋辷彡ニ=ミ、`ヽ         `ヽ:、 :i:l:、
            /ο{ 、..:::ヾ.煙乂大ヾ.ヾ:.゙.          ヾ:、. ゙:.、.
       /゚    、:::、::ー-:::7´  ヾ:.ハ:.i:}          j } .}:i:!
‥…━━ August 3rd PM15:09 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

二人の目の前で撃たれた少年は、当然のように少女の上に倒れる。
その背中に向けて、続けて銃弾を撃ち込み、男はその背中に唾を吐いた。
もう、限界だった。
激情が、彼の全身を支配した。

(,,゚Д゚)「……止めてくれるなよ」

関わりと呼べるものも、手助けしてやる義理もない。
だがあの少年が見せた命の輝きは、ギコが敬意を表するに値した。
ペニサスの最後の教え子、ギコの後輩。
断じて、後輩を侮辱した男をこのまま許すわけにはいかない。

それは、トラギコも同じだったようだ。

(=゚д゚)「……俺があの女を止めるラギ、お前が殺れ」

ギコは改めて建物の影に入り、棺桶の起動コードを入力する。

(,,゚Д゚)『目には目をではない。貴様らの全てを奪い取る』

装着されたマン・オン・ファイヤ。
バッテリーの残量は十分だ。
ギコは物陰から最高速で飛び出し、最高速で男に襲い掛かる。

( ゚∋゚)

音に反応して振り返った男の顔。
やはり、ギコが思った通りだった。
棺桶を切り裂く光学兵器を駆使する棺桶を所持し、単身でニクラメン海兵隊を相手取れる技量。
考えられるのは、イルトリアの元軍人。

クックル・タンカーブーツ“元”大尉。

( ゚∋゚)『光よりは遅いが、ナイフよりは断然疾い!!』

棺桶を背にしてコードを入力。
強襲に対する棺桶持ちの常識的な対処法だ。
傍らにいた女に向けてトラギコの銃撃が浴びせられるが、女は気付いていたのか、それを難なく回避する。

从'ー'从

42名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:22:48 ID:cwrc78lw0
数発の援護だけで、女は驚くほどあっさりとその場から逃げ去った。
元より、ギコの狙いは女ではなくクックルだから構わなかった。
クックルが棺桶の装着を完了させたのと同時に、マン・オン・ファイヤの鋼鉄の拳がその頭部を捉え――

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ほぅ、久しいなギコ・カスケードレンジ中尉!!』

――巨大な三本の鉤爪を持つ左腕が、その拳を防いだ。
障害物除去に特化したCクラスのコンセプト・シリーズ、“エクスペンダブルズ”。
イルトリアに保管されていたそれは、クックルが軍を去るのと同時に盗まれた強力な棺桶だ。
最大の特徴は両腕に備わった戦術光学兵器。

近・中距離で絶大な威力を発揮し、あらゆる障害物を除去する。
車両でも、兵器でも、兵士でさえも高熱の一閃で焼き切る。

ム..<::_|.>ゝ『悪いが、“元”中尉だ!!』

一度距離を開け、兵装使用コードを入力する。

ム..<::_|.>ゝ『テルミットバリック!!』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『再会の挨拶もなしとは、非礼!!』

左腕に六角錐の射出装置が装着されるよりも疾く、エクスペンダブルズの巨大な右の拳が迫る。
予想済み。
最高速に達する前に右腕で防ぎ、右足で腹部を思い切り蹴り飛ばす。

ム..<::_|.>ゝ『バンカーバスター!!』

続いて右腕に射出装置が装着され、両腕に強力な打撃武器が備わる。
距離を開けては、エクスペンダブルズには勝てない。
近距離戦で勝敗を決する必要がある。
テルミットバリックとバンカーバスターを使用すれば、少年が守った少女――ミセリ――まで焼き殺してしまう。

それだけは、何があっても出来ない。
それを知ってか、クックルは傲慢な口調でギコの行動を嗜めた。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『お前らしくないな、激情的で保守的な戦い方など!!
     まさか、耳付きに情を移したのか?!』

クックルは分かっていないのか、それとも気付いていないふりをしているのか。
あの少年の持つ力に。

ム..<::_|.>ゝ『情? んなもん移すかよ!!』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ならば何故だ!!
     耳付き風情に加担する理由は!!』

ム..<::_|.>ゝ『惚れたのさ!!
      人生初の一目惚れだ!!』

43名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:23:29 ID:cwrc78lw0
再び、二機が大きく深く踏み込み、激突する。

ム..<::_|.>ゝ『そいつを見たら、誰だって惚れもするさ!!』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『笑止!!
     耳付きの行いなど、万事笑止!!
     所詮は人の真似にすぎんのだ!!』

左の射出装置で殴り掛かり、右の射出装置を突き出す。
一方、エクスペンダブルズは両腕で挟み込むようにしてそれを迎え撃った。
鉤爪で作られた巨大な拳は射出装置の表面を滑るように移動し、マン・オン・ファイヤの頬を掠め、射出装置はエクスペンダブルズの肩を掠めた。
















「――笑止?
その少年の行いが、笑止?」
















突然、若い女性の声が、ギコのすぐ後ろから聞こえてきた。
ギコとクックルは驚きに戦闘行為を止め、距離を開けた。
女性の鉄のように冷たく静かな声は決して大きくはなかったが、明らかな怒りが込められていた。

44名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:24:09 ID:cwrc78lw0




















          (゚、゚トソン「……貴方、叩き潰します」





















前触れなしに現れた黒鋼の化身は、ネクタイを緩めながらそう宣言した。

45名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:24:58 ID:cwrc78lw0





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      / 从 jj::ヽエ   j j/
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  /:::::::::::::::::::::::ハ.....〉<:::::::::::┐
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  ヽ:::::::::::::ハ:::::::::ヽ:::::::::::::::i:::}   __  Ammo for Relieve!!編 第九章【rage-激情-】
   V::::::::::::ハ::::::::::i:::0:::::::::i:::i /7::/  To be continued...!!
    V::::::::::::ハ:::::::::i:::::::ノ::レ::レ::::::/
    V:::::::::::┴:::::: ̄::i:::::::::::::::::ノ
     V::´:::::::::::::::::::::::::::ニフT´
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.

46名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 20:25:54 ID:cwrc78lw0
支援ありがとうございました。

本日の投下はこれまでとなります。
何か質問、指摘、感想などあれば幸いです。


次回こそはVIPで投下しようと思いますので、それまではお待ちください。

47名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 22:01:18 ID:IBxRs2QE0
乙!
熱いねぇ

48名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 22:08:50 ID:W4PoTns60
乙なのです。

49名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 22:14:25 ID:JHoKMf9gC
うおおおおお
きてる!!!!

50名も無きAAのようです:2013/05/27(月) 01:32:47 ID:2bsworSw0
乙!
待ってた。

51名も無きAAのようです:2013/05/27(月) 02:31:10 ID:WM51HqbYO
こっちに来たんだ、まあAASあるからいいや、拡大はできないけど

52名も無きAAのようです:2013/05/27(月) 10:34:20 ID:1lv59T0kO
こっちで読めるとはなんて幸せ

53名も無きAAのようです:2013/05/27(月) 16:01:24 ID:sZFCeMyM0

トソンてどこで出てきたっけ

54名も無きAAのようです:2013/05/27(月) 18:39:26 ID:QvHZeVzA0
>>(,,゚Д゚)「……何、してんだ?」
>>
>>(#=゚д゚)「あぁ? って、ギコ・カスケードレンジか。


ギコのラストネームってブローガンじゃなかったっけ
それともこっちが本名なん?

55名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:02:11 ID:ndF7vt0k0
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The witch was here.
かつて魔女がいた。

The witch who thought a lot of things for her students and pupils was wise person.
万物を数多の子に教えた魔女は、聡明な人間だった。

Now she is not anywhere.
今はもういない。

The chained child was here.
かつて子供がいた。

The child who had been insulted by many people was cowardly and kind person.
多くの人間に虐げられた子供は、臆病で優しい人間だった。

Now he is……
今はもう……

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!!||||!!!!||||||||||||||||||||||iii;iiii!!!'"........                             ..................
::レ∠ii||||||||||!!!!!!!!ii;;~^''"
:: /|||||||||||!!!!,,.'''"~"''~................................                      .....................:::::::::::::::
: |'''''''""~~''"                        r´`;
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: |::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::                      ,,,-'`"´ ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;  `'ー
24 years ago...
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日の出と共に始まったアクティビティは、満月が頭上に現れても一向に終わらなかった。
人の手がほとんど入っていない森の中を歩き続けて、かれこれ十二時間以上が過ぎている。
手元のコンパスを頼りに東に進み続けるも、目標物は一向に見えてこない。
見えるのは生い茂る木々と夜空だけだ。

夜行性の動物の鳴き声が時折山に響き渡り、不気味に反響する。
教官の楽しげな顔と声が唐突にフラッシュバックし、短く浅い溜息を吐く。

「いつも訓練ばかりだと飽きるだろう。
だから今日は、楽しいアクティビティをしようと思う。
缶蹴りだ。
糞虫の貴様らでも、この遊びぐらいは知っているな?」

56名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:02:59 ID:ndF7vt0k0
七十キロにも及ぶ装備を身に着け、ペイント弾の装填されたM14ライフルを手にして行う缶蹴り。
想像していたよりも遥かに過酷なこのアクティビティは、基地内の訓練兵全員――二百四十六名――が参加し、未だに誰も缶を蹴るどころか、視認すらしていない。
無線の使用は禁止されており、日中行っていた手旗信号による通信もこの闇夜の中では出来ない。
一時間に二回ほど銃声が聞こえるが、ゲーム終了のアナウンスはかからない。

人里離れた山奥で今なお続く缶蹴り。
少年は倒木を背にして座り込んだ。
脚は疲労を感じているが、まだ歩ける。
背負ってた背嚢を降ろして、そこから水とスプーン、缶入りの携行食料を取出し、ナイフで蓋を開ける。

灰色の携行食料――アッシュフードと呼ばれている――を、スプーンでかっ込むようにして食べ始めた。
塩味が強く、美味いとは言い難い。
それでも、バランスよく栄養素が取れる上に腹持ちのいいこれに、文句は言えなかった。
何味なのかも判断が難しい、人工的な味。

炊事班の作る料理が恋しかった。
豆と肉のトマトスープの、酸味と甘みの混合したあの味を思い出す。
原価は安いが味と栄養は満点で、訓練兵たちの水曜日の楽しみだ。
ふと、背嚢の中に潜ませていた――この訓練の噂を聞いていたので、前日に入れていた――水筒を取り出す。

保温性に優れた水筒の中身は、前日、つまり水曜日に出されたスープの残りだ。
正確に言えば、ギコ達訓練兵の中で公平な勝負――ジャンケン――の勝者が得たスープだ。
蓋を開けると、まだ温かいことを示す薄い湯気が立ち上る。
と、同時に漂うのはトマトの甘い香り。

嗚呼、この香りがたまらない。
トマトの甘酸っぱい香りは疲れた体によく効く。
一口だけ啜ると、唾液が口内に溢れだす。
程よい酸味と仄かな甘味。

思わず溜息が漏れる。
僅か一口で、一日で流した汗の分の塩分を補給したと実感できる。
二年前までは、この一口で訓練への意欲を削がれていた事だろう。
今は、いち早くこの訓練を終わらせることに意欲を注ぐ活力となった。

乾いた喉を潤すため、別の水筒を手に取る。
そちらに入っているのは、一つまみの塩を入れた水だ。
唇を湿らす程度にその中身を口にした。
時折口に含む水の量は、非常に微量だ。

いつ水が確保できるか分からない状況で、水を無駄に飲むわけにはいかない。
かと言って飲まないわけにもいかず、こうして少しずつ飲むしかない。
食べ終えて残った缶を背嚢にしまい、一息つく。
日頃行っている訓練でも大分厳しいと感じているのに、それ以上の訓練ともなると体がもたない。

かと言って、訓練を止めるわけにもいかない。
自らの意志で兵士になることを望んだのだ。
その為なら、この訓練を乗り越えなければ。
少しの間仮眠を取ろうと身を屈めた、その時だった。

57名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:03:55 ID:ndF7vt0k0
直ぐ近くで、散発した銃声が響き渡ったのだ。
音がよく響く山中とは言っても、ここまではっきりと聞き取れるだけの距離。
方角は不明だが、確かに、近くで聞こえてきた。
銃の種類は、彼と同じM14。

発砲の間隔から、焦っていることが分かる。
それだけ至近距離に何かを見出したのならば、こちらはそれを利用させてもらう。
赤外線暗視光学照準器をマウントレールに取り付け、四方に銃口を向ける。
小動物の熱源から、微細な熱源までを捕らえる。

距離にして約一マイル先にある谷間、そこに、断続的に生まれる強い熱源がいた。
発砲している同期の訓練兵だ。
対赤外線用の繊維で全身を固めているため、人の姿は浮かばないが、発砲炎が形となって居場所を知らせる。
どこに向けて発砲しているかを確認するために銃を動かすも、どこにその標的がいるのか分からない。

一マイル先の彼が何かを見つけたのだと信じ、行動を起こす。
背嚢の中にあった固形燃料に火を点け、その上に携行食料をありったけ乗せる。
これで、一瞬だけだが時間を稼げる。
ライフルだけを手にして、西から標的に接近を試みる。

同期には悪いが、囮になってもらうしかない。
缶がどこにあるのかが分かれば、後は時間との勝負だ。
あの同期が動かないということは、あの付近に缶はない。
この長い缶蹴りの終わりは、後少しだ。

傾斜に生えた木々の隙間から聞こえていた同期の銃声が途絶え、彼が脱落したことを物語る。
谷を滑るように下り、浅い川を越え、崖を上る。
峰に向けて、ゆっくりと匍匐前進を開始。
悟られ、位置を変えられない内に勝負を決める。

常に照準器を覗き込んで熱源を探るも、一向に見当たらない。
事態の解決が単独では困難だと判断し、大木を背にしてコンパスを確認しながら、ライフルを空に向ける。
そして、不規則に銃爪を引く。
これで鬼がこちらの存在に気付くのと同時に、仲間がこちらの存在の意図に気付くはずだ。

この意図に気付けなければ、この場に援軍として来られても困る。
十分ほどその場に静止していると、人の気配が風下から迫ってきた。
気付いた仲間がいたようだ。
空に向けて放った銃弾がモールス信号の役割を果たし、座標と標的の発見を告げたのである。

無言のまま、すぐ傍を五人の人影が通り過ぎ、そして一分後には全員が転がり落ちてきた。
暗闇でも見やすいようにと作られた蛍光塗料のインクが、彼らの急所に付着していた。
ペイント弾の付着は、訓練の脱落を意味する。
言葉を発することも合図を送ることも許されず、その場に倒れて待機し、死体を演じることを強いられる。

58名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:05:24 ID:ndF7vt0k0
ここを少し進んだ先が、鬼の射程圏内と云う訳だ。
ならばどうすれば進めるのか。
対赤外線装備で身を固めた同期が一瞬で仕留められるとなると、相手は只者ではない。
教官が付け加えるように言った一言を思い出す。

「今回は、未熟な貴様らにはもったいないが、我々の大先輩が協力して下さることとなった。
まぁ、精々足掻いて見せろ」

足掻くどころではない。
たかが缶蹴りで、同期二百四十六名が翻弄されている。
脱落者の人数は不明だが、この状況を見るに、壊滅状態だろう。
しかも、鬼はたった一人。

確かに訓練兵の集まりだが、これまでに積み重ねてきた訓練の過酷さは彼らの自信に直結している。
今、その自信が揺らぎ始めていた。
どうすれば勝てる。
どうすれば、正体不明、武装不明の敵の目を欺き、缶を蹴り飛ばせるのか。

相手のいる方角は分かっている。
北にある峠。
そこに陣取っている。
これまでに脱落させられた友軍の全てが、そこからの攻撃で倒れていることから、それは明らかだ。

今、自分は相手に認知されていないはずだ。
この機を逃しては、他に機はない。
匍匐前進を再開し、距離を縮める。
呼吸が乱れないように、熱源が探知されないように静かに進む。

位置的な有利性は、向こうにある。
一度視認されれば、こちらに機は訪れない。
一瞬たりとも気を抜けない状況に、自然と気分は高揚していた。
この感覚、たまらなく楽しい。

銃声が轟く中、一時間以上時間を掛け、崖沿いに山頂を目指した。
ここまでで鬼の気配は微塵も感じられず、音もなかった。
ゆっくりと這い進み、ついに、缶を見つけた。
周囲に誰もおらず、罠らしき物も見つからない。

缶までの距離、残り、五フィート。
近くに人の気配はしない。
他の友軍を探しに移動したのだろうか?
でなければ、ここまで接近することがあり得るはずがない。

念のため、ライフルを肩付けに構えて周囲をスコープで覗きこむ。
小動物の熱源だけだ。
慎重に、周囲を警戒しながら缶まで距離を詰める。
後三歩で足が届く。

勝った、そう確信した瞬間の事だった。

59名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:07:09 ID:ndF7vt0k0
「残念ね、貴方で最後なの」

年老いた女性の声と減音器が生むくぐもった銃声。
そして、背中に衝撃。
ペイント弾が当てられたことを理解し、同時に、相手の言葉を理解して後悔した。
自分は泳がされていたのだ。

誘蛾灯のように味方をおびき出させ、最後の一人になるまで生かされていたのだ。
訓練兵の中には、自分よりも年上の人間が百七十人もいた。
恐らく彼らが優先的に抹殺されたのだろう。
指揮系統を構築される前に、その可能性がある人間が最初に屠り、最後は指揮権に服しない単独行動の人間を狩る。

終わってから分かる、相手の策略。
それは、自分達の考えが全て見透かされていたことを意味していた。
正直、これまでの訓練で初めての経験だった。
相手の行動に敬意を払い、そして、その教えを乞いたいと願ったのは。

「……くそっ!!」

「でも、貴方なかなか筋があるわよ。
決断力と行動力が伴っているし、単独行動も手慣れていたわね。
ただ、熱源の偽装はもう少し勉強しないとね。
それと、相手の装備が分からない中で賭けに出るにはまだ若過ぎよ」

大音量で、森全体に訓練終了を告げるサイレンが鳴り響く。
それまで死体役に徹していた同期達が動きだし、口々に後悔の言葉を口にする。
起き上がって振り向くと、そこにいたのは、一人の老女だった。

('、`*川「お疲れ様、おかげで楽しませてもらえたわ」

(;゚Д゚)「……あ、貴女は?」

('、`*川「ペニサスよ。
     貴方のお名前は?」

( ゚Д゚)「わ、私の名前は――」

それが、生涯の師となる“魔女”との最初の出会いだった。

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60名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:08:50 ID:ndF7vt0k0
ヒート・オロラ・レッドウィングは高性能爆薬が詰まった木箱を持ち上げ、車両点検を行っていたデレシアにそう声をかけた。
車載兵器である重機関銃を無反動砲と交換していたデレシアは、レンチを屋根に置いて言った。

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。さっき確認した場所に仕掛けておいて」

ノパ⊿゚)「あいよ」

二人は十分前に海兵隊基地に到着し、海兵隊基地がたった一人の棺桶持ちに蹂躙される様子を目撃していた。
だが、手を貸すことはせずに、人が出払った兵站庫から必要な資材を集めることに専念していた。
時間が許すのであれば、デレシアとしてはティンバーランドについての情報を手に入れるついでに潰してやりたかったが、ここまで事態が悪化してしまった以上、手出しは無意味だった。
ブーンの居場所が分からない以上は、いつでもすぐに脱出できるための準備を整えておくことこそが、最も有意義な行為だと判断したのだ。

事態の悪化によって見えたのは、ティンバーランドの情報はもうしばらく泳がせてからの方がいいと言うことだ。
ここを襲った理由は、やはり、デレシアが予想していた通りだった。
“ニューソク”と呼ばれる機関の奪取だ。
たった一基でニクラメン全体の電力を補うそれは、本来はニューソクと云う名前ではない。

語源は“nuke(ニューク)”が謝った形で訳されたことにある。
初めて原子力発電設備が発掘された時、人々はその名前を知らなかった。
原子力と云う言葉も知らなければ、その意味も知らなかった。
頼りになったのは、朽ち果てた本の山とダットだけ。

最終的にその設備の事が書かれた書物が見つかり、そこの文面から設備の名前を推測することとなる。
“ニューソーク”という大都市の名前が同じ文面に並んでいたのだが、当時の人間はそれが都市の名前だとは知らなかった。
そこで推測されたのが、ニューソークとニュークが同じ意味で、ニュークとはニューソークの短縮した形だというものだ。
結果、間を取って付けられたのがニューソクという名前だった。

つまり、ニューソクとは原子力発電設備のことなのだ。
その本質を理解している現代人はほとんどいないが、取り扱いの危険性について理解はしている。
復元の際に都市が四つほど滅びたのは、歴史の授業で子供たちも学んでいる事実である。
失敗の果てに得た神にも等しいエネルギーは、その街に発展を約束し、偽りの安寧を与えた。

ここ、ニクラメンはそう云った都市と大きく異なるのは、ニューソクの重要性だ。
他の街々にとっては便利な発電装置だが、ここでは、街の命である。
ニューソクがあったからこそニクラメンがあるのであり、これが復元されなければニクラメンは生まれなかった。
幸か不幸か、街を作った人間は、ニクラメンの本質に気付いていなかった。

巨大な構造物は明らかに人工の物で、だが、その巨大さ故に目的は理解し難かった。
だからこそ、街の真の姿を探求することを早々に放棄し、増改築による発展を図ったのだ。
その結果が、海上都市と海底都市の二分化だ。
これによって得た自然災害への抵抗力は凄まじい物で、だからこそ、ニクラメンはここまで発展することが出来たのである。

被服の町であるクロジングが近くにあったこともあり、町からはクロジングの戒律に嫌気がさした腕利きの職人の卵が毎年多くニクラメンに流入した。
クロジングからやってきた未来ある若者たちを、当時のニクラメンの市長は快く迎え入れた。
若者たちの才能と努力の甲斐あって、ニクラメンは海上都市として名を馳せ、大規模なファッションショーを開催するに至った。
いつしかそれが、ニクラメンによるクロジングの影の支配であると噂され、小さな嘘は真実へと昇華したのである。

61名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:10:38 ID:ndF7vt0k0
この目標が達成されることによって、ニクラメンは更なる発展を遂げるはずだった。
今日までは。
今日、この日までは。
“黄金の大樹”、ティンバーランドがニューソクに目をつけるまでは。

マリアナ・トンネルに通じる兵舎の影で作業を行っている二人は、作業中に幾つかの打ち合わせを済ませてあった。
一つは、この先の脱出について。
トンネルに通じる厚さ五インチの鋼鉄製の扉は音声認識システムで封鎖されており、爆薬で吹き飛ばす以外に方法はなかった。
突入後は、デレシアが運転、ヒートが十座に付いて障害物を除去するという分担で合意し、各種点検と整備を行った。

二つ目は、ブーンとの合流だ。
デレシアが安全な場所に投げ飛ばした後、再び崩落が起きたことを確認している。
それ以前に、デレシア達と別れた時からブーンの生死に関しては完全に彼自身に一任されている。
オセアンで選んだ生きるという選択に、どれだけの覚悟があったのかは分からないが、心配はしていない。

彼は自分のことを自分で選択できるだけの経験を積み重ね、それだけの素質を持っている。
どこかで死ねばそれまでの人間だし、生きていればまだまだ伸びしろのある人間だということがよく分かる。
デレシアの意見では、ブーンは間違いなく後者だ。
出来れば彼の果てを見届けたいと云うのが、デレシアとヒートの意見が合致した点だった。

兎に角、全てはブーン次第だという結論に至り、時間ギリギリまでは彼を待つということで合意した。
爆薬を持って兵舎に入ったヒートを見送り、デレシアは銃声が聞こえていた方角に視線を向ける。
侵入者の数は一人。
海兵隊の人数の方が明らかに勝っている状況で、棺桶を使用した彼らを全滅させたと云うのは、かなり気になる展開だ。

ティンバーランドがこれまでとは違い、計画的で用意周到な、深く太い根を張り巡らせていることが窺える。
使用された棺桶は多数のジョン・ドゥとジェーン・ドゥを壊滅させるだけの能力を持つ、コンセプト・シリーズ。
記憶が正しければ、障害物除去に特化した“エクスペンダブルズ”。
確か、イルトリアに保管されていたはずの棺桶だが、どうしてそれがティンバーランドの人間の手にあるのだろう。

イルトリアの警備を突破して奪取されたとは考えにくく、内部の人間が協力して手に入れたと考えられる。
いや、内部の人間その物だろう。
まさかイルトリアからそのような愚か者が出るとは意外だったが、それ以外の可能性が浮かばない。
此度のティンバーランドがどのような喜劇を演じるのか、非常に興味深い。

大がかりの劇でなければ、潰し甲斐がない。
これまでティンバーランドが仕掛けてきた劇は、途中で台無しにしてやったために、それが成る瞬間を見ていない。
まぁ、事が成る前に潰してきたのだから、それも当然だ。
今回はどの段階で潰れるか、それもまた楽しみである。

視線を手元に戻して、改めてレンチを使い、無反動砲を台座に固定させる。
この装輪装甲車のタイヤは八つあり、その安定性を生かせば、確実に障害物にこの砲弾を撃ち込める。
手負いの身であるヒートでも、これなら扱える。
ヒート・オロラ・レッドウィングは、デレシアのお気に入りの人間だった。

直情的でありながら、それを押し隠す精神の強さ。
愚直とも言える行動力を支える実力。
猪突猛進な言動が多いが、それでも、それは彼女の愛おしい部分でもある。
時折見かける、ブーンに向けられる愁いを帯びた視線が気になるところだ。

62名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:13:27 ID:ndF7vt0k0
退屈しない人間は好感が持てる。
静動ではなく変動している、何よりの証拠だからだ。
彼女は必ず、ブーンの将来にいい影響を与える。
慈悲や偽善の心でブーンに接していないのだから、それは確信できた。

思案する内に、車両点検、装備の点検、その他一切合財全ての点検を済ませた。
後はヒートとブーンを待つだけだ。

ノパ⊿゚)「設置、終わったぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「ご苦労様。
      実はさっきそこでコーヒーセットを見つけたんだけれど、一緒にお茶しない?」

その誘いに対してヒートは、肯定の笑顔を浮かべた。
この素直さもまた、彼女が愛おしい存在の理由の一つなのであった。

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‥…━━ August 3rd PM15:03 ━━…‥
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車両が近づいてくる音が耳に届き、デレシアとヒートはその方向に目を向けた。
兵舎が邪魔をしていて詳細が分からないため、見える位置まで移動する。
無言で同じ行動を起こしていたのは、二人が同じことを考えていたからだ。
つまり、新たな敵かそれとも避難民――ブーンを含む――が到着したか、という可能性を考えたからである。

それぞれの得物を取出し、建物伝いに姿と跫音を消しながら音源に近づく。
距離は約百五十ヤード、風下だ。
到着した車両は、何と軽トラックだった。
荷台には大きく“八百屋”の文字が書かれ、商店街からやってきたことが分かる。

商店街から来たのなら、避難民の説が濃厚だった。
しかし、予想に反して降りてきたのは、あらゆる意味で期待を裏切る存在だった。
最初に運転席から降りてきた若い鳶色茶髪の女は、白いドレスに赤い返り血を浴びており、一般人や堅気の人間ではないことが一目で分かった。
次に荷台から降りてきたのは、ブーンだった。

从'ー'从

(∪´ω`)

ミセ*'ー`)リ

63名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:15:11 ID:ndF7vt0k0
( ゚∋゚)「人間の真似をするな、駄犬が!!」

――彼は、その身を楯にミセリを守っていた。
ミセリと自分との間に空間を作り、衝撃の一切を自分の体で吸収していたのだ。
横合いからの蹴りに対しても、上からの蹴りに対しても。
掬い上げるような蹴りに対しても、全て耐えていた。

涙が出るほど嬉しいことだが、今すぐこの街諸共海の藻屑にしてやりたいほどの憤りを感じた。

ノハ#゚⊿゚)「……殺す、殺す、絶対に殺す」

ζ(゚−゚*ζ「今は駄目よ。
      あの子の行動が、無意味になりかねないわ」

男の標的が今のところブーンだけで済んでいるからいいが、彼がそこまでして守っているミセリにその矛先が向いたら、彼の努力の全てが無意味になる。
それだけは、駄目だ。
彼が自ら選び、進んだ道なのだ。
例え死んだとしても、それは、果たされなければならず、果たさせてやらねばならぬ道なのである。

彼の涙と血反吐は、決して、無駄にしてはいけない。
何より、デレシアは見届けなくてはならない。
彼の選択と覚悟。
そして、その果てを。

ノハ#゚⊿゚)「じゃあよ、この怒りをどうしろってんだよ、おい」

ζ(゚−゚*ζ「溜めておきなさい」

ヒートの握り拳からは、血が滴り落ちていた。
ここで動いてはいけないことを、彼女は分かっているのだろう。
分かっているからこそ、憤っているのだ。
それはデレシアも同じだ。

(∪;ω;)「ひぎっ、あぎっ……!!」

ミセ;'−`)リ「ねぇ、ブーン、どうしたの?!」

(∪;ω;)「えぅ……」

涙を零し、息を切らせ、四肢を震わせるブーンは、もう、ぼろぼろだった。
だが、それでも。
それでも、彼の瞳は死んではいなかった。
ブーンは事態を見ることの出来ないミセリに向かって、大声で言った。

(∪;ω;)「ミセリ、こんなの……こんなの……
      こんなの……ぜんぜんいたくないから!!」

64名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:16:30 ID:ndF7vt0k0
――この状況で、本当に、本当によくぞ言い放った。
今すぐ抱きしめてやりたい。
頬ずりをして、彼の行動を褒めてやりたい。
傷が癒えるまでの間、好きな物を食べさせて、甘やかしてやりたい。

何が彼をここまで変えたのか、デレシアには分からない。
それでも、彼が起こした行動は年齢や性別、世代、時代や人種を越えて尊敬するに値する。
ただ、問題がある。
抱きしめるには、百五十ヤードの距離はあまりにも、あまりにも現実的で遠すぎる点だった。

( ゚∋゚)「調子に乗るな!!」

大量の血を吐きながらも悲鳴を上げなかったブーンに対して、男は勢いをつけた蹴りを放とうとして――

从'−'从「……ったく、何熱くなっちゃってるのぉ?」

――それまで静観していた女性に、それを止められた。

( ゚∋゚)「何故邪魔をする」

从'−'从「邪魔するつもりはないけど、別に蹴り殺す必要はないでしょ?
     銃でいいじゃない。
     時間、ないんじゃないのぉ」

ある意味で、それは女性の慈悲だったのかもしれない。
蹴り殺されるよりも一発で殺す方が、同じ死でも大分楽だ。
取り出した拳銃にサプレッサーを装着し、女性はそれを手渡した。

( ゚∋゚)「……それもそうだな」

男も、自分の行動を振り返り、大人気なかったのだと反省したようだ。
大人気ないどころではない。
万死に値する行動だ。
ただの死では生ぬるい。

男は拳銃を受け取り、構えた。
銃口はブーンの頭部に向けられ、いよいよ、手出しが出来なくなった。

( ゚∋゚)「今、その痛みと苦しみから解放してやる」

(∪;ω;)

その声に反応して、ブーンは振り返るようにそちらを向いた。
目の前に現れた銃口に、彼は何を思ったのだろうか。

(∪ ω )

ブーンは、マズルフラッシュと同時にミセリの上に倒れた。
その背中に三発の銃弾が浴びせられ、最後に唾が吐きつけられた。

65名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:19:40 ID:ndF7vt0k0
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            ィ:7 イ壬ソィ=-ミ、_          ヾ:.、: : .、:}、
            /i ! ゙弋辷彡ニ=ミ、`ヽ         `ヽ:、 :i:l:、
            /ο{ 、..:::ヾ.煙乂大ヾ.ヾ:.゙.          ヾ:、. ゙:.、.
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‥…━━ August 3rd PM15:09 ━━…‥
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ノハ#゚⊿゚)「ぶっ殺す」

ζ(゚ー゚*ζ「……それはまた別の機会ね」

デレシアは、あの糞の塊以下の愚か者を許すつもりは毛頭ないが、それでも、笑顔を浮かべた。
それは憤怒の表れでもあったが、別の意味もあった。
嬉しかったのだ。
単純に、悦ばしい事態に笑顔を浮かべたのだ。

これ程嬉しいのは、久方ぶりだ。
今度の事態は、デレシアが一切介入しない中で起こった事なのだ。
つまり、起こるべくして起こり、成るべくして成った事態。
眼前で起こったのは、自然の摂理の象徴だった。

ノハ#゚⊿゚)「……んでだよ?」

まだ気づいていないヒートに対し、デレシアは落ち着かせるために穏やかな口調で説明する。

ζ(゚ー゚*ζ「いくつか理由があるけど、まずは、そうねぇ……
      ほら、あれ」

突如として出現したのは、Cクラスの棺桶。
要塞攻略用棺桶、“マン・オン・ファイヤ”だ。
あの棺桶は、ギコ・ブローガン――いや、ギコ・カスケードレンジと言った方がいいだろうか――が使用していたコンセプト・シリーズ。
彼も、この場に来ていたのだと、それで分かった。

激情的な機動で接近し、電撃的な速度で強襲を仕掛ける。
機動力こそジョン・ドゥ並だが、あの棺桶が持つ破壊力と戦闘能力はずば抜けて高い。

( ゚∋゚)『光よりは遅いが、ナイフよりは断然疾い』

慌てることなく、男は即応した。
コード入力と共に棺桶を起動させ、装着。
ほぼ同時にギコの背後にある物陰から始まった銃撃は、傍観していた女に向けられていた。
女はそれを察知していたのか、軽くステップを踏んで回避し、その場から迷わず逃走した。

賢明な判断だ。
近くにいて巻き込まれることを考えれば、身を引くのが最もいい手だ。
武骨な大型棺桶二機が激突し、肉弾戦を開始する。
重金属がぶつかる音は、鈍い鐘の音に似ている。

66名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:22:48 ID:ndF7vt0k0
この状況下で打撃戦を行ったギコの意図を察し、デレシアは内心で彼を称賛した。
流石は“魔女”ペニサス・ノースフェイスの教え子だ。
彼は、ブーンとミセリに被害が及ばないように、両腕の兵器を使用しない戦い方を選んだのだ。
一度距離を置いた二人が、大声で会話をする。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ならば何故だ!!
     耳付き風情に加担する理由は!!』

ム..<::_|.>ゝ『惚れたのさ!!
      人生初の一目惚れだ!!』

ペニサスの言った通りだ。
感情を表に出さないタイプだが、優しく、そして激情的な一面を持っている。
そして慧眼の持ち主だった。

ム..<::_|.>ゝ『そいつを見たら、誰だって惚れもするさ!!』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『笑止!!
     耳付きの行いなど、万事笑止!!
     所詮は人の真似にすぎんのだ!!』

その言葉を聞いた瞬間、周囲一帯に電気が走るように殺気が走った。
憤怒の化身になりかけていたヒートも、一瞬で冷静さを取り戻すほどの殺気。

ノハ;゚⊿゚)「……な」

この感覚、随分と久しいが間違いない。
絶対零度の大地を髣髴とさせる独特の殺気を放つ人物を、デレシアは覚えていた。

「――笑止?
その少年の行いが、笑止?」

ギコの背後。
灰色の髪、冬の空の色をした瞳。
兵舎の影から姿を現したのは、黒鋼の女。

(゚、゚トソン「……貴方、叩き潰します」

彼女の名は、トソン・エディ・バウアー。
軍事都市イルトリアが誇る“イルトリア二将軍”の一人、“左の大槌”である。

67名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:22:55 ID:3xx7Z7ME0
支援

68名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:23:52 ID:ndF7vt0k0
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Ammo→Re!!のようです
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      |:::;::  |::::| |:::!|:::{\, ヾ∨:::ム´       i:/ //:::::://::::.:lヾj:.ノ
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              ‥…━━ August 3rd PM15:11 ━━…‥
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宣言した直後、トソン・エディ・バウアーはネクタイを緩め、瞬き一つせずに疾駆した。
エクスペンダブルズに対して生身で接近戦を挑むのは、どう考えても無謀だ。
軍にいたころ、彼女の輝かしい戦歴や武勲は聞いていたが、それでも不利極まりない。
ギコ・カスケードレンジは援護を考えたが、彼女がスーツの下から取り出した得物を見て、考えを変えた。

彼女が持っているのは、二本の高周波ナイフ。
ジョン・ドゥ用に用意されているタイプのもので、ここに来る途中で鹵獲したと思われる。
彼女が普段の戦闘で使用するのはあの類の得物なので、勝算は十分にあり得た。
Cクラスの棺桶全体が持つ欠点が、長すぎるリーチにある。

そこを狙うのなら、トソンが一方的にやられるということはない。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『なんだ、貴様は!!』

トソンはその問いに答えることなく、戦闘を開始した。
殴り掛かろうと振り上げた右腕の付け根に、ナイフを一本投擲。
刺さり具合は浅いが、腕は力なく垂れ下がった。
エクスペンダブルズの装甲強度に対してナイフがどこまで有効かを試すことなく、ただの一投で回路を絶った。

性能を熟知している人間にしか出来ない戦い方だ。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『生身で勝てると思うか、この女!!』

動かない右腕は重りでしかない。
クックル・タンカーブーツは左腕の鉤爪を展開し、光学兵器を構えた。
その行動自体は正しい物だが、相手を理解していない時点でクックルの失敗だ。
ニクラメンの二将軍の素顔は、そう滅多なことでは見られない。

謁見の機会が得られるとしたら、戦場か、それとも殺される直前だけだ。
クックルは、これまでに一度も彼女と面識がないのだろう。
ギコは床を踏み砕く勢いで跳躍し、襲い掛かる。
トソンの行動と戦闘方法を知っているギコが彼女に合わせて動くのは、至極当然のことだった。

彼女はギコを信頼し、計算した上で行動しているのだ。
それに、この至近距離にいながら動かぬ道理はない。

ム..<::_|.>ゝ『させるか!!』

69名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:25:08 ID:ndF7vt0k0
エクスペンダブルズの左肘にバンカーバスターの先端を叩きつけ、光学兵器を地面に向けて発射させた。
青白い光が勢いよく迸り、地面が黒く焦げて溶解し、小さな穴が開いた。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ぐっ!!』

薬莢型の使用済みバッテリーが、腕の廃莢口から飛び出す。
その僅かな隙。
一瞬の内にトソンはエクスペンダブルズの傍に現れ、ナイフを開いた廃莢口に突き刺した。
火花と電流が飛び散り、左腕から黒煙が上る。

堅牢な装甲にある、僅かな弱点。
エクスペンダブルズの設計と性能を熟知しているトソンは、その弱点を容赦なく叩き、そして潰した。
彼女はその場から飛び退き、新たな高周波ナイフを右手で取出し、逆手に構える。
すかさず、ギコはエクスペンダブルズの足関節を上から踏みつけた。

バランスを崩し、エクスペンダブルズは膝を突く。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『姑息な真似を……!!』

(゚、゚トソン「棺桶の性能を過信しすぎです」

それだけ言って、トソンは背面のバッテリーボックスをナイフの一突きで破壊し、戦闘を終了させた。
彼女はそれ以上攻撃を加えることはせず、ただ、興味なさ気に擱座したエクスペンダブルズの横を通り過ぎた。
性能に頼り切り、慢心した棺桶持ちなど殺す価値もないとばかりに。
この間、僅か三十四秒。

(゚、゚トソン「ギコ、行きますよ」

これが、イルトリア二将軍の実力。
これが、“左の大槌”の実力。
これこそが、トソン・エディ・バウアーという女性の戦い方であった。

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         l./    ヽ    l ヽ .l  .ヽ ..l     \ .l   人 .l\ヽ
     l  k_      ヽ   l  ヽ l  ヽ .l     \.l ,r'i´¨iヾゝ`ヽ
     l l/ `ー- 、  ヽ   l  ヽ.l   ヽ.l      ,rイ丿ノ ノ 丶ヽ
      l lー---t----≡=\l_  ヽl  ヽ `   ,r'"ー'イ_, イ    l
   ,i  l l `ヽ、 ヾーイ=',ノ`'ーヾ_ー--- ゝ   ー--―'"        l
   / l  li,i   `ー-==--―='"´                  
‥…━━ August 3rd PM15:11 ━━…‥
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(=゚д゚)「……待てよ、ワタナベ・ビルケンシュトック」

兵舎の間を走り抜けていた白いドレスの女の背に、トラギコは銃口を向けながらその言葉を送った。
逃走していたワタナベ・ビルケンシュトックは大人しく立ち止まり、優雅な仕草で振り返る。
その顔は、何かを期待しているかのように楽しそうだった。

从'ー'从「なぁに? 何か忘れてたのかしらぁ?」

70名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:27:06 ID:ndF7vt0k0
(=゚д゚)「いくつか訊きたいことがあるラギ」

撃鉄は既に起きている。
後は銃爪を引くだけで、ワタナベの頭の半分を吹き飛ばすことが出来る。
情況を理解しているのか、彼女は抵抗する様子も仕草も見せず、だが、残念そうな口調で返事をした。

从'ー'从「私について?」

(=゚д゚)「……じゃあ、まずはそっちから訊くラギ。
    なんで、あのガキを助けたんだ?」

ワタナベは、明らかに意図的に耳付きの少年を助けようとしていた。
ただ、助け方がかなり特殊で、そこに至った理由が知りたかった。
彼女は何故、あの少年を助けようとしたのだろうか。

从'ー'从「……助けた? 勘違いじゃないのぉ」

(=゚д゚)「いいや、それはねぇラギ。
    ここに来る途中、手前は散々人を殺した上に壁まで丁寧に作ってくれやがったラギ。
    だけど、あのガキどもはお前がここに連れてきただけで、殺そうとはしていなかったラギ。
    お前らしくねぇラギ」

从'ー'从「……覗き見が趣味なのかしらぁ?」

ワタナベは、今度は否定しなかった。
つまりそれは、肯定を意味している。
彼女の言葉を真実として、トラギコは話を続ける。

(=゚д゚)「加えて奇妙だったのが、殺人狂の手前が、どうしてあのガキを殺すのに手を貸さなかったのか、ってことラギ」

从'ー'从「……」

(=゚д゚)「やろうと思えば、お前も殺しに加われたはずラギ。
    それに、もっといたぶって殺す事も出来たはずラギ。
    だけどそれをせずに、拳銃を渡した」

無言。
この無言は肯定か、それとも否定か。
彼女の返答を待たず、トラギコは続けた。

(=゚д゚)「そして、どうして拳銃を渡す時にサプレッサーを付けたラギ?
    これが一番不可解だったラギ。
    周囲に発砲音を聞かれても、今更何もデメリットはないのに、どうして付けたのか」

先ほど得た、少年を殺すつもりがなかったという意志。
にも関わらず手渡した拳銃。
そしてサプレッサー。
これらのつながりが導き出すのは、一つの推論。

71名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:28:26 ID:ndF7vt0k0
(=゚д゚)「……ワタナベ、お前、ガキが怖がらないように、わざわざサプレッサーを付けたんじゃないラギか?
    そして、ガキがこれ以上苦しまないために拳銃を渡して、一発で死なせようとした。
    違うラギか?」

从'ー'从「だとしたら何?
     それがどうかしたのぉ?」

それは肯定の答えだった。

(=゚д゚)「理由を知りたいだけラギ」

そう。
この殺人狂が何故、あの少年にそこまでの慈悲と手間をかけたのか。
それがどうしても気にかかっていた。
道中に見た夥しい死体と、どうしてもつながらない。

ルールがあるにしても、やはり気になるのだ。

从'ー'从「私の主義と、あの子が気に入ったからよぉ」

主義、と言われたらそれまでだ。
何故なら、主義を掲げる人間は総じてその主義に明確な理由を持たず、他人に共感してもらうことをしない。
彼らの中にある彼らのルールなど、誰に分かる物か。
ましてや、相手は殺人によって快楽を得る狂人だ。

分かるはずがない。

(=゚д゚)「……シンプルラギね」

从'ー'从「その方が分かりやすくていいでしょぅ?」

一つ、気がかりなことが解消できた。
しかし、もう一つある。
こちらが本命だ。

(=゚д゚)「それじゃあ、本題ラギ。
    ……何のために、こんなバカげた騒動を起こしたラギ?」

从'ー'从「それを、教えると思う?」

(=゚д゚)「あぁ、教えてくれるラギね」

トラギコは拳銃を強調するように構え直す。
何故か、ワタナベは笑みを浮かべた。

从'ー'从「なんでも、ここにあるニューソクって物が目当てみたいよぉ。
     後は搬出するだけになってるしぃ。
     まぁ、私はただ雇われただけだから、どうでもいいんだけどねぇ。
     ほら、私のプレイグロードって汚染物質やらなんやらに強いからさぁ」

72名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:29:33 ID:ndF7vt0k0
(=゚д゚)「……え?」

从'ー'从「え、って、何?
     知りたかったんでしょ、この騒動の目的と私がいる意味を」

(=゚д゚)「あ、あぁ……そりゃあそうラギ。
    でも……」

从'ー'从「……私の主義。
     じゃあ、またねぇ」

そのまま立ち去るワタナベを、トラギコは撃つことが出来なかった。
彼女が浮かべた笑顔は、どうしてか、子供のように無邪気で。
そして。
そして、とても儚げなものだったから。

気持ちを切り替え、トラギコはギコの元へと向かった。

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‥…━━ August 3rd PM15:12 ━━…‥
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ノハ;゚⊿゚)「……」

トソンが見せた手際の良さに、デレシアの隣で観戦していたヒートは絶句している。
彼女は殺すための戦闘ではなく、動きを止めるための戦闘を行ったのだ。
理由は分かり切っている。
手持ちの武器では殺せないからだ。

一度目は相手が油断しきっていたから有効だったが、二度目はないだろう。
殺し合いとは常に起こり得る事態であり、常に己の力が試される。
しかし、戦闘とはそういうものだ。
その結果がこれだ。

イルトリアの軍人でありながらこの失態劇を演じたのは、彼の実力不足のせいである。
会話を聞く限りでは元大尉だが、実力は元中尉のギコ以下だ。
階級に関してはかなり厳しい規則を設けているイルトリアで大尉にまで上り詰めた経緯は不明だが、所詮は肩書。
昇格するために、ハイエナのような手段で手柄を立て続けたのだろう。

しかし、鎮座している豚への興味はもうほとんど失っている。
どうでもいいことだ。

ζ(゚ー゚*ζ「手出しをしなくていい理由の二つ目」

73名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:31:57 ID:ndF7vt0k0
もう、抑えきれなかった。
抑える必要もなかった。
衝動に身を任せ、デレシアはヒートの手を引き、ブーンの元に駆け出した。

ノハ;゚⊿゚)「な、なんだよ!」

全て偶然の産物に見えるが、その実は違った。
全てはブーンの実力。
彼の持つ力が、全てを変えたのだ。
最悪に思われた事態を、彼自身がここまで変えて見せたのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「あの子は、死んでなんかいないわ!」

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Ammo→Re!!のようです

              ‥…━━ 第十章【answer-解答-】 ━━…‥

                                         Ammo for Relieve!!編
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――ブーン生存は、いくつかの要因が関わって初めて成立するものだった。

まず前提として、ブーンの体力と身体能力の高さを留意しておく必要がある。
人生の大半を暴力と共に過ごし、痛みが日常と化していたその生活の背景。
殴る、蹴るという攻撃に対しては並外れた耐久力が備わったのは、必然だった。
クックルの体躯から繰り出されたあれだけの暴力にも関わらず絶命を免れたのは、奇跡ではなかったのである。

続いて、彼の衣類――カーキ色のローブ――が、優れた防弾繊維であることも欠かせない。
“魔女”ペニサス・ノースフェイスが彼に手渡した少し大きめのローブは、デレシアも愛用している高性能な繊維で、徹甲弾でもない限り貫通しない強度と柔軟さを持つ。
それを身に纏ったブーンの背中に撃ち込まれた銃弾は、確かに凄まじい威力を有していただろう。
だが、強靭な骨を持つブーンには強烈な打撲傷と軽度の骨折だけが残った。

更に、若い女性が使用した拳銃にも要因があった。
サプレッサーを付けることで静音効果を得た反面、その威力が減退していたのである。
明らかに威力減退を意図したその行動は、ブーンの背中に与える衝撃を僅かだが軽減したのだ。
これが、彼を襲った打撃と銃撃の結果である。

外的要因に含めるとしたら、ギコとトソンのイルトリア人二人の参戦も欠かせない。
ブーンの意志に呼応した二人がいたからこそ、クックルはブーンの生存を確認する間もなく、戦闘行動を強いられた。
このさほど重要でもなさそうに思える時間こそが、重要だった。
結果としてブーンは、あれ以上の攻撃を受けることなく済んだのだ。

最後に残る疑問は、顔に撃ち込まれた銃弾。
防御力のない顔は絶対的な急所。
一撃で事を終わらせるなら、そこに限る。
それが普通だし、クックルはセオリー通りにそうした。

74名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:33:08 ID:ndF7vt0k0
だが。
ブーンは普通ではなかった。
彼は耳付き。
優れた身体能力と、並外れた身体機能を持つ人類なのだ。

そして。
状況は普通ではなかった。
積み重ねられた幾つもの偶然。
それらが生み出した答えは、必然だった。

銃弾が撃ち込まれたことによって、大量のアドレナリンが分泌された状態のブーンが見た世界は速度を落としたものだっただろう。
亜音速で飛来する弾丸を視認することぐらい、彼には造作もないことだった。
ましてやそれを。
それを――

――文字通り“弾丸を食らう”ことなど、不可能ではない話なのだ。

歯で弾丸を噛み取ることは、普通の人間には不可能だ。
だが、ブーンは違う。
並外れた顎の力。
そして、歯の硬さ。

これらの要因が全て揃って初めて、ブーンの生存に繋がったのだ。

ミセ;'−`)リ「ブーン、ねぇ、ブーン!!」

今にも泣き出しそうなミセリの傍に、デレシアとヒート。
そしてトソン、ギコとブーンの行動を見守り、そしてそれに感化された人間達が集まった。
ブーンを抱き上げて容体を確認したのはデレシア。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫、この子は怪我をしているだけよ」

その言葉を裏付けるように、ブーンの口から銅色の金属片が転がり落ちる。
歯型が残るそれは、紛れもなく銃弾だった。
人間では不可能な芸当を成し得た何よりの証拠。

(゚、゚トソン「ミセリ、彼は気絶しているだけです」

倒れたミセリを抱き上げたのは、トソンだった。

ミセ;'−`)リ「トソン、それに……デレシアさん?!」

ζ(゚ー゚*ζ「久しぶりね、ミセリちゃん。
       それにトソンちゃんも」

(゚、゚トソン「……お久しぶりです、デレシア様」

75名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:37:59 ID:ndF7vt0k0
三人のやり取りを不思議そうな顔で見るギコ。
棺桶をコンテナに収納し、彼もまた、ブーンの状態を知るために駆けつけたのだ。
あれだけの大声で想いを叫べば、彼の性格がよく分かる。
無口だが、その分目が雄弁だ。

(,,゚Д゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「……ブーンちゃんは大丈夫。
      ただ、出来るだけ早く治療してあげないと」

(,,゚Д゚)「そうか」

安心したようにそう呟いたギコの後ろから、トラギコ・マウンテンライトが姿を現す。
どこか釈然としていない、不完全燃焼といった様子だ。
それぞれの事情はさておいて、今はこの場所から脱出することが優先であることを知っているからこそ、何も言ってこないのだろう。
利害の一致によって、無駄なやり取りは避けられる。

(゚、゚トソン「プランは?」

ζ(゚ー゚*ζ「マリアナ・トンネルを使うわ」

(゚、゚トソン「ご一緒しても?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、もちろんよ。
       そこのダブル・ギコも乗るのなら、どうぞ」

――斯くして、擱座したクックルを除く全員が一台の車に乗り込むこととなったのであった。

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‥…━━ August 3rd PM15:20 ━━…‥
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ノパ⊿゚)「なぁ、ギコの名字って、確かブローガンじゃなかったか?」

銃座の無反動砲の具合を確認しながら、ヒート・オロラ・レッドウィングは運転席のデレシアに単刀直入にそう尋ねた。
だが、答えようとしたデレシアより先に、正答を口にする者がいた。
刑事、トラギコ・マウンテンライトだ。

(=゚д゚)「昔の名だと、こいつのことを毛嫌いする人間が多いラギ。
    だから退役した後の仕事が難しくなる。
    イルトリアじゃあ、退役後に名前を変えるなんてのは珍しくないことラギ」

トラギコの言う通り、それは、イルトリア人特有の慣わしのようなものだった。
イルトリア軍人の力は世界共通の認識で、その軍隊の中尉ともなると恨みを買うことが多い。
直接的な恨みは少ないが、その分、名が知れ渡ることで風評が立つ事がある。
引退したイルトリア人が外地に出向かないのは、報復など面倒なことに巻き込まれる確率が高いためだ。

76名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:39:22 ID:ndF7vt0k0
その為、イルトリア人が外地で隠居生活を送る際には、必ずと言っていいほど偽名を使う。
ペニサス・ノースフェイスからギコの本名については訊いており、彼が名を変えていることは既に確認してあった。
優秀な教師の優秀な教え子なら、必ずそうしていると思ったからだ。
だが、気付きはそれ以前からあった。

トラギコに連れて行かれた取調室で、彼が電話でギコの名を口にして確認したのを盗み聞いた時から、デレシアはペニサスとの関連に気付いていた。
だからこそ、ペニサスの教え子がギコであることに確信をもって質問をすることが出来たのだ。
長い隠居生活を送っていたペニサス自身、イルトリア人である以上、偽名を持っていた。
それは――

――ペニサス・ブローガンという、偽名。

狙撃手ほど戦場で忌み嫌われる存在はいないが、ペニサスほど恐れられた狙撃手はそういない。
全ての狙撃の記録が非公式で、彼女は常に単独で行動する狙撃手だった。
そうして残ったのは、敵が死んだという結果と“魔女”という渾名だけ。
彼女の名を知るのは、イルトリアの人間ぐらいだ。

その証拠に、クロジングの人間はペニサスの事を“魔女”と呼び、名を呼ぶことをしなかった。
彼女がヒート達の前で本名を名乗ったのは、親友であるデレシアの前で偽名を使う必要がないと考えたからだ。
何故ギコがペニサスと同じ偽名を使っていたのかは定かではないが、故意に同じ偽名を使用したのだと、デレシアは想像している。
そう考えれば、恩師と同じ地域に暮らしていた理由にも説明がつく。

町に下りない恩師の元に食料品を届け、いつでも窮地に駆けつけられるように。
ギコは、ペニサスの事を心から慕っていたのだ。

(=゚д゚)「大方、ホステージ・リベレイターで名を挙げて、自分の正体を隠そうって考えていたんだろ?
    その甲斐あって、その筋じゃ有名人だ」

(,,゚Д゚)「……あぁ」

二人のやり取りを見る限り、ギコ自身が己の本名を喋ったわけではなさそうだった。
トラギコが短期間で調べ上げたに違いない。
警察の持つ情報網を工夫すれば、あるいは可能かもしれない。
そういった機転を利かせることが出来るのを考慮すると、トラギコは思っていたよりも優秀な刑事だ。

(=゚д゚)「俺はトラギコだ。
    ……折角だ、あんたの名前も教えてくれラギ」

ノパ⊿゚)「……スナオだ」

(=゚д゚)「スナオ、ね。
    そっちのあんたは?」

(゚、゚トソン「名乗る理由がありません」

(=゚д゚)「ちっ、社交性に欠ける女ラギね。
    それで、金髪のあんたの名前は?」

77名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:43:54 ID:ndF7vt0k0
このトラギコの優秀さを考えるのであれば、下手に名前を名乗りたくはない。
一度警察のリストに載ってしまえば、靴底に付いたガムのように世界中の警察官が捕獲しようと目を光らせる。
捕獲した警察官には、特別手当――約一万ドル――が支払われることになるからだ。
前時代と形態は変わったが、効率の面で言えば圧倒的にこちらの方がいい。

偽名を使うのは簡単だが、彼の耳はそれを容易く聞き分けることだろう。
トラギコが金目当てで聞いていないのは分かる。
それに、ここで本名を名乗っておいてもいいかもしれない。
その方が、後が楽しくなるからだ。

ζ(゚ー゚*ζ「デレシアよ」

(=゚д゚)「……なるほどな」

自己紹介――名乗るだけの簡単な物――が終わった後の車内は、声一つ聞こえないほど静かだった。
殆ど面識の無い物同士の相乗りなら、こうなるのが自然だった。
全員に共通している話題は、助手席で気を失っているブーンだけ。
そして今は交流会ではないので、ブーンの話題で盛り上がる必要はなかった。

ヒートはギコが棺桶を天井に固定したのを確認してから、銃座に付いた。
役割として、トラギコが砲弾をヒートに手渡し、トソン・エディ・バウアーが遠隔起爆装置を扱う。
残ったギコはその棺桶をいつでも使えるように、トラギコの隣に腰掛ける。
全員の配置が済むのと同時に、運転席でハンドルを握るデレシアはエンジンを吹かし、装甲車を発進させた。

人工の空がひび割れ、空間全体が地鳴りによって震える。
終わりが近い。
海上都市ニクラメンの歴史の終わりが、もうそこに迫っている。
崩壊を始める都市の風景は、幻想的だった。

建物の窓ガラスが砕け散り、雨音のように鳴り響く。
振動に耐えかねて崩壊する建造物。
生存者の口から発せられる悲鳴。
全てが一つとなって、終焉を告げる。

タイヤを軋ませ、装甲車は予定していた道を走り、十分に加速する。
速度を増した装甲車が遠隔起爆装置の有効範囲内に入った瞬間、トソンが起爆スイッチを押した。
百フィートほど離れた場所にある、マリアナ・トンネルへの入り口を封鎖していた兵舎が爆発し、辺り一帯に爆音が轟いた。
折れ曲がった鉄骨や粉々になった壁が舞い上がり、薄らと炎の残る兵舎だった場所に落ちる。

荒れ果てた地面に、巨大な長方形の穴が開いていた。
先ほどまで五インチの厚みを持つ扉が閉じていたのだが、高性能爆薬五キロには勝てなかった。
あれこそが、マリアナ・トンネルに通じる道だ。
ヒートはトンネルに通じる穴の大半が瓦礫で塞がれてしまっているのを見て、無反動砲の狙いを定めた。

発射された砲弾が瓦礫を細かく吹き飛ばす。
トラギコから砲弾を受け取り、ヒートが再装填。
もう一発撃ち込み、車が通れるだけの幅を確保した。

(=゚д゚)「よし、戻れ!!」

78名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:47:21 ID:kJUeEPCoO
既読感があるなと思ってたら再投下か、まだ一昨日のところだな

79名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:47:28 ID:ndF7vt0k0
言われるまでもなく、ヒートは車内に戻って銃座に続く天井部を閉めてから、シートベルトをした。
一行を乗せた装甲車はトンネルに向かって、瓦礫を踏み越え進む。
穴の先は暗闇で、何が待っているのかまるで見えない。
しかし、車内の誰も恐れてはいなかった。

恐れたところで、状況が何一つ変わらないことを理解しているからだ。
生温い生き方をしてきた人間は、この車には乗り合わせていない。
ある意味で、心強いメンバーが揃ったものだ。
これも、旅の醍醐味の一つだ。

トンネルに侵入した瞬間、一瞬の暗転があった。
直ぐに、ハイビームが照らし出す景色が目に入る。
壁と天井には大小さまざまなパイプが張り巡らされ、それらが血管のように絡み合っていた。
まるで生き物の体内だ。

聞こえる音は風の通り抜ける、轟音だけ。
先ほどと比べての変化と言えば、環境が変わったことによる音の違いと、振動がより大きくなっている点だ。

ζ(゚ー゚*ζ「……始まったわ」

ノパ⊿゚)「え?」

デレシアの言葉に反応したのは、ブーンとミセリ以外の全員だった。
何の話をしているのか理解できなかったが、それがどちらに向けられた言葉なのかは理解した。
全員が一斉に振り返り、デレシアの言葉の意味を理解した。
入り口だった場所 が、瓦礫に埋もれて消えていた。

ひょっとしたら、巨人の跫音とは、このような音なのかもしれない。
ゆっくりと微震が走り、そして、固い物体が砕ける音と共に大きな振動が訪れる。
崩壊が一歩、また一歩と迫っているのがよく分かった。
振動がある意味で規則正しく、まるで時間を刻むように訪れていたことに、その時に全員が初めて認識した。

ここから先は、デレシアの運転に全てが掛かっている。
そう思うと、デレシアは胸の高鳴りを抑えきれなかった。

(=゚д゚)「……ちょっと軽くしてやるラギ」

アタッシュケースを膝に乗せ、トラギコはそんなことを言った。

(=゚д゚)『これが俺の天職だ』

その言葉と共にアタッシュケースが開き、機械籠手と山刀のような剣が現れる。
携帯可能な対強化外骨格装備、“ブリッツ”だ。
手際よく装着したトラギコは、銃座に続く天井部を開いた。
金切声のような音の後、金属が転がり落ちる音が後ろから一瞬だけ聞こえた。

バックミラーで確認すると、円筒が転がり落ちていた。
重量を減らして、少しでも速度を上げるために迫撃砲を切り落としたのだ。

(=゚д゚)「砲弾もいらねぇ、まとめて寄越せ」

80名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:49:14 ID:ndF7vt0k0
なかなかに大胆な思考と行動力を持っていると、デレシアは感心した。
ヒートが砲弾の入った麻袋を手渡し、それをどうするのかと見ていると。

(=゚д゚)「せぇい!!」

全力で投擲した。
なるほど、機械籠手の補助があれば、人間離れした遠投が可能だ。
無尽蔵の食欲を持つ化け物に餌を投げ与えるが如く、砲弾を瓦礫に与える。
瓦礫が麻袋を飲み込んだ瞬間、連続して爆発が起きたが、直ぐに別の瓦礫がそれを覆い隠した。

車内に戻ったトラギコは、ブリッツをアタッシュケース型のコンテナにしまった。

(=゚д゚)「ただ乗りはしねぇ主義でね。
    これでチャララギ」

(,,゚Д゚)「そりゃ驚きだ。
    俺の時はただ乗りしたくせに」

ギコの言葉を受けて、トラギコは鼻で笑う。

(=゚д゚)「さっき援護してやっただろ、それでチャララギ」

似た名前だから仲がいいのか、それとも気が合うのか。
クロジングで初めて出会ってからこの二人に何があったのかは分からないが、大分進展しているのは確かだ。
トラギコの軽量化のおかげか、心なしか速度が上がった気がした。
しかし、依然として崩壊の跫音は近づきつつある。

緩やかな上り坂に差し掛かった時、沈黙を守っていたトソンが口を開いた。

(゚、゚トソン「……後、一分いえ、四十秒でしょうか」

ζ(゚ー゚*ζ「そう? 私は二十秒だと思うけど」

ノパ⊿゚)「何の話してんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「トンネルの安全装置が作動するまでの時間よ。
      ほら、トンネルから浸水したらシャレにならないじゃない?
      ある一定以上の衝撃を感知したら自動的に隔壁が上がるのよ、ここ。
      それに、ブロック形式でトンネルを作っているから、隔壁が上がれば崩落も自然と止まるわ」

車内に再び沈黙が訪れた時、それは起こった。
ライトが照らしていた道の先に、巨大な板がせり上がってきたのだ。
目の前で隔壁が完全に閉まり、一行を乗せた車両はその前で停車した。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、二十秒だったでしょ?」

(;=゚д゚)「ほら、じゃねぇラギ……」

安全装置が作動したおかげで、崩壊に巻き込まれる心配はなくなったが、退路が文字通り絶たれた。

81名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:51:27 ID:ndF7vt0k0
ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、そう焦らなくてもいいわよ。
      後五百ヤードぐらいで、地上よ」

そこに至るまでにある隔壁の数は三枚。
一枚が約十フィートの厚みを持っており、対戦車砲では貫通させることも難しい。
対戦車砲の弾頭は装填されている分と合わせても六発。
この量では、隔壁一枚に小さな穴を空けるので精いっぱいだ。

トソンとブーン、ミセリを除いた全員が車外に出る。
改めて見ると、その隔壁の大きさを実感する。
これが見かけ倒しでないことは、一目で分かる。

(=゚д゚)「ブリッツじゃ、切れねぇラギね」

ノパ⊿゚)「どうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「ギコ、マン・オン・ファイヤでそこに穴を開けて頂戴」

要塞攻略用強化外骨格の地下壕潰しの兵器なら、この扉を貫通できる。
マン・オン・ファイヤの右腕ある発射装置には、六発のバンカーバスターが収納されている。

(,,゚Д゚)「生憎と、残り一発なんだが。
    特殊焼夷弾ならまだまだあるんだがな」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、それで十分よ」

そう言って、デレシアは簡単に作業の手順を説明し始めた。

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             弋       -‐       __,ィt‐テアミ}  | | |ミ/(:::廴____
              ヘ   /      __,-‐ニニヘミ彡'´、 _j_j_j込、:ヽ、___二ニ
               >x、     ,イ⊆ミj ,      ̄   Yミ/ュュュ圭込>'´
‥…━━ August 3rd PM15:30 ━━…‥
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強化外骨格に身を包んだギコ・カスケードレンジは、扉の前にいた。
扉の前には、彼一人しかいなかった。
聞こえるのは、血流の音に似た機械の駆動音。
武骨な右腕に備わった六角錐の六連装発射装置を振り被り、使用コードを入力する。

ム..<::_|.>ゝ『バンカーバスター!!』

その先端を扉に叩きつけた瞬間、六角錐の先端部から、内部に装填されていたバンカーバスターが射出された。
塹壕潰し、地下壕潰しを目的に開発されたバンカーバスターは、その設計上地上でも使用が可能である。
小型故に威力は落ちるが、それでも、十フィートの壁ならば貫通できる。
大爆発の後、隔壁には装甲車が通れるだけの大きな穴が開いていた。

82名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:54:45 ID:ndF7vt0k0
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しかし、ここで終わりではない。
ここから先にはまだ二枚の隔壁が残っている。
その隔壁を破壊しないことには脱出は出来ない。
流石に、バンカーバスター一発では扉二枚を破壊するなど、そんなことは出来ない。

この先も、ギコが一人で進んで道を開拓しなければならない。
それまでの間、デレシア達は車内で待機することになっている。
そうでなければ、彼等を巻き込んでしまうからだ。
特に、後輩にあたる人間を巻き込みたくはなかった。

彼は尊敬するに値する、立派な人間だ。

ム..<::_|.>ゝ

軍用第三世代強化外骨格、通称“棺桶”。
開発者が意図した事でないにしろ、このフルフェイスのヘルメットをギコは気に入っていた。
覆面は多くの事を隠し、心を押し殺して行動すること出来る。
押し殺し、隠した心の中では、常に多くの事を考えていた。

銃弾の飛び交う線上で。
緊張感の漂う現場で。
棺桶に包まれている間は、ギコにとって物事を落ち着いて考えられる時間であった。
戦闘の組み立て方から、全く別の事まで。

――ギコは進む。

今もまた、ギコは考えていた。
何故、自分はあの耳付きの少年に心惹かれてしまったのだろうか、と。
弱さ、儚さ、そして惹かれて止まない不思議な魅力。
腕力はないが、あの少年には他者よりも秀でた魅力を持っている。

彼の魅力は、きっと、二つの作用があるのだとギコは思う。
一つはギコのような人間を魅了する作用。
そしてもう一つは、人間の嗜虐心をくすぐる作用だ。
その魅力のせいで、あの少年は虐げられ、そしてあそこまで人を惹きつけているのである。

それはもう、十分な力だ。
力が世界を動かす時代において、彼の魅了もまた、十分な力。
イルトリアの軍人を三人も魅了したのだから、間違いない。
彼は将来、間違いなく大物になる。

――ギコは進む。

83名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:56:39 ID:ndF7vt0k0
今もまた、ギコは考えていた。
恩師、ペニサス・ノースフェイスを失った八月二日の夜。
あの日以来、ギコはブローガンの偽名を捨てた。
彼女に憧れて付けたその偽名が、あまりにも恥ずかしかったからだ。

自分には、彼女と同じ偽名を使う資格がない。
あまりにも弱く、あまりにも脆い自分が使っていい名前ではないのだ。
思い上がっていた自分を、ギコは責めた。
そして、ブローガンの名を捨て、嘗てペニサスの元で教えを受けていた当時の名前、カスケードレンジの名で生きることを誓ったのだ。

正にそれは誓いだった。
恩師の復讐を遂げ、そして、彼女が最後に残した物を守るまで、決して消えない誓い。
この二本の足は、それまで決して崩れることはない。
そんなこと、許されないのだ。

突如として現れた飛行能力を有する棺桶。
平穏な生活を送っていたペニサスを殺した理由。
ニクラメンを沈め、ニューソクを手に入れるために現れたクックル・タンカーブーツ。
全ては、線でつながっているような気がしてならなかった。

詳しくは分からない。
クロジングの田舎者たちを巻き込む手腕。
厳重な警備が自慢だったニクラメンを内部から崩し、全体の崩壊に導いた手際。
個人の動きでは到底ありえない。

巨大な組織が背後にあることは間違いない。
問題は、それがどこの組織か、である。
これだけの規模、計画、資金、兵力を有する組織となると、これまでにギコが見たことのないほど大きな組織に違いない。
ギコが手に入れた情報では、その正体を推測するには不十分だ。

ピースが無くては、パズルは形にならない。
パズルを始めるには、まずは十分なピースを揃える必要がある。
なら、まだ準備は万端ではない。
情報を手に入れ、相手の事を知らなければならない。

――ギコは、扉の前で立ち止まった。

巨大な窪みの出来た二枚目の隔壁の前に着いたギコは、左腕――特殊焼夷弾、テルミットバリックの発射装置――を振り被って叩きつける。
衝撃と同時に起こったのは、発光、としか表現できない。
一瞬の内に周囲が炎に包まれ、堅牢さの象徴とも言えた扉は無残にも溶け落ち、直撃を受けた場所は蒸発していた。
全てを焼き尽くす六千度の炎は、壁や天井だけでは飽き足らず、周囲の酸素を貪欲に食い散らかす。

百ヤード圏内の物で焼けていないのは、マン・オン・ファイヤだけ。
炎を踏み散らかし、ギコは蒸発して出来た穴を通って疾走した。
扉を潜った先も、大分炎の影響を受けており、所々が燃えていた。
二発目の発射用意を済ませ、ギコは視線の先に最後の隔壁を捉えた。

84名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:57:20 ID:ndF7vt0k0
レーザー照射によって狙いを定め、小型の焼夷弾を狙った場所に連続で三発発射する。
世界がテルミットの炎で漂白されるまで、数秒の間があった。
閃光と炎、そして強風が生まれる。
地上から吹き込む風に炎が揺れ、新鮮な空気がトンネル内を満たす。

炎が身の回りを焼き尽くす中、膝を突いて急速冷却を行う棺桶の中でギコは考えていた。
自分がこの先取るべき行動は理解していた。
何をして、何をするのか、その結果何が待っているのかも分かっている。
考えていたのは、その時期。

動く時期はいつでもいいが、出来るだけ速い方がいい。
ならば、今。
この瞬間に動き出そう。

ム..<::_|.>ゝ『……じゃあな、後輩』

視線の先に見える外の光に向けて、冷却を終えたギコは走り出した。
後輩への義理は果たした。
もう、彼らに関わることはないかもしれない。
これから始まるのは、ブローガンの名を捨てたギコ・カスケードレンジの旅。

或いは、それは――

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‥…━━ August 3rd PM16:00 ━━…‥
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溶けた扉が固まり、装甲車が走行可能になるまでに二十分必要だった。
冷えた外気がトンネルに強風を生み出し、割れたガラスから車内に風が入り込んだ。
デレシアはその風を感じ取り、ギコが作戦を成功させたのだと理解し、ローブを剥がした。
被っていたローブの下から五人の同乗者が顔を出し、まだ熱い酸素を吸った。

(;=゚д゚)「あっちぃ……!!」

勢いよく飛び起きたのは、トラギコ。

(゚、゚トソン「……ふぅ」

ミセ;'−`)リ「あ、暑い……」

続いて起きたのは、トソンとミセリのイルトリア人二人組。
トソンは、苦しげな表情を浮かべるミセリの額の汗を服の袖で拭い取る。
最後に、ブーンを胸の中で守っていたヒートがゆっくりと体を起こした。

ノハ;゚⊿゚)「サウナ並だな、こりゃ……」

(∪-ω-)Zzz……

85名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:59:44 ID:ndF7vt0k0
ヒートの腕の中でブーンは寝息を立てており、命に別条がないことを示している。
人並み外れた回復力と生命力に、デレシアは安堵した。
この少年の成長を、まだ見続けることが出来る。
まだ、見届けることが出来るのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「全員無事みたいね」

ペニサスが作った特殊な繊維のローブを被って、デレシア達は後部座席で身を寄せ合って熱風から身を守ったのである。
ブーンとヒート、そしてデレシアのローブの三人分がなければ、全員が助からなかった。
この作戦の危険な部分は、特殊焼夷弾の生み出す熱だけでなかった。
酸素の急激な燃焼による低酸素状態が、最も恐ろしい問題だった。

一時はトンネル内の酸素が失われたが、詰んでおいた潜水用の酸素ボンベを使い、それぞれが交互に酸素を補給した。
極限とも呼べる状態で意外な行動を示したのは、トラギコだった。
彼はミセリとブーンに優先的に酸素を与えるように指示をして、二人が酸欠にならないように配慮したのである。
結果として、体力面で劣る子供二人はこの状況を無事に潜り抜けることが出来たのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「トラギコ、ありがとう。
      おかげでこの子たちが助かったわ」

(;=゚д゚)「けっ、礼を言われるようなことはやってねぇラギ。
    本当に感謝してるんなら、さっさとここから出るラギ。
    減量中のボクサーじゃあるまいし、蒸し焼き料理になるなんてのはごめんラギ」

一人の例外もなく大量の汗を流し、誰の汗か分からない汗で全身を濡らしていた。
早くキンキンに冷やした水を飲んで、失われた水分を取り戻さなければ。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、行きましょう」

そして、タイヤの溶けた装甲車はギコが作った道を走り始めた。
悪路に揺られる車中では、会話はなかった。
兎に角熱く、そして苦しかったのだ。
苦しみは肉体的な物だけでなかった。

結局のところ、デレシア一行は生きて脱出することに成功した。
しかしそれだけだ。
ティンバーランドの目論見の破綻も、ペニサスの仇討も出来ていない。
デレシア達の脱出を除いて、相手の計画通りに事が進んだ。

それだけではない。
ブーンは傷つけられ、危うく命が奪われるところだった。
どこまでも腹の立つ連中だ。
時代が変わろうとも、彼らはいつだってデレシアを苛立たせる。

強いて。
強いて、よかったこと探しをするならば。
極限の状態で起こった、ブーンの選択による驚異的な成長。
自分の意志でミセリを助け、彼女を庇った。

86名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:01:18 ID:ndF7vt0k0
デレシアが仕向けたことではない。
誰かに強いられて行った行動でもない。
彼が自分で考えて起こしたことだ。
それだけが、唯一今回彼女達が得たもの。

得た物は確かに大きかった。
大きかったが、奪われた物も大きい。
全くもって、不愉快な決着だ。
このまま終わらせるわけには、当然いかない。

力によって、彼らの夢を踏み躙ろう。
徹底的に叩き潰し、捻り潰そう。
木っ端すら残さず、名残すら消し飛ばそう。
そうでなければ、この気持ちが収まる気がしない。

丹念に、丁寧に。
ウィスキーのように時間を掛けて注意深く熟成させたその計画。
その計画が実る直前に、それを刈り取ろう。
開花直前の花を握り潰し、凌辱するようにいたぶりながら台無しにしてやろう。

――見えてきた出口の先には、四角く縁取りされた黄昏の空に浮かぶ巨大な月が彼らを待っていた。

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‥…━━ August 3rd PM16:10 ━━…‥
To be continued...
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87名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:01:58 ID:ndF7vt0k0
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Ammo for Relieve!!編 Epilogue【Relieve!!-解放-】
               . ・  .        .         .    . .
       .+     .      .          .     °.   .             。
   .                .   。       .      .     .   .
         '    ‘  .       .      .      .        . 
          .        .       。       .     .   .
                         +     . . ゜ ゜        .
‥…━━ August 3rd PM19:00 ━━…‥

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

弓のように細い月が夜空に浮かび、足りない分の明かりは星が補った。
町外れの酒場に続く道に街灯はなかったが、天然の明かりが影を濃く照らしだす環境の中で、それは不要だった。
その酒場は看板が朽ちていて名前が読めず、客からは“廃屋”と呼ばれていた。
客層はこの近隣の人間ではなく、別の地域から流れてきた者がほとんどだ。

クロジングに立ち寄ろうとする旅人は少なく、床下のある宿を借りるぐらいなら、銃を枕に野宿をする方がマシだと言われている。
クロジングから最も近い距離にあるこの“廃屋”に客が押し寄せるのは、必然だった。
店主もこの地の利を活かして、店に隣接する宿――娼館も兼ねている――の経営も行っている。
だからこそ、ここの店には訳ありの人間がよく訪れ、店側もそれを知っているので配慮した店作りになっている。

基本的に客は個室を宛がわれるので、他者に顔を見られないようになっている。
勿論、会話の面でも秘匿性は比較的高い。
酒場特有の喧騒と店内で流れるラジオが内密な話を上塗りするために、他者に聞かれる心配も少ない。
情報交換には、もってこいの店だった。

その日、酒場で一番人気の肴は、もちろん海底に沈んだニクラメンの話だ。
店でその話に触れない人間はいない。
それは事件とも事故とも、災害とも言われているが、誰も事実に辿り着いていない。
生存者はおらず、街が沈んだ時間と事実以外、正確な情報は何一つない。

謎が謎を呼ぶこの話は、店で流されているラジオからもそのことについてパーソナリティーが面白おかしく話している。
ひょっとしたら発電機の暴走による大規模な爆発か、それとも海底生物による襲撃か、などだ。
リスナーから寄せられたハガキを交えて、その話は更に真実からかけ離れた方向に盛り上がりを見せていた。
木の板で区切られた個室で、五人の男女は大量の酒と食べ物、そしてジュースを前に話をしていた。

ヒート・オロラ・レッドウィングは、ストローを使ってジョッキから水を美味しそうに飲む、四肢のない少女に尋ねた。

ノハ^ー^)「うめぇか、ミセリ?」

ミセ*'ー`)リ「はい、このお水美味しいです」

ミセリ・エクスプローラーは、トソン・エディ・バウアーの膝の上でそう感想を述べた。
流石に七ドルもする水だから、ただの水ではないだろうと興味を示して注文したのは、トソンだった。
トソンはジョッキから直接一口飲むと、その味の違いに気付いたようだった。

(゚、゚トソン「これはドルイド山の水ですかね」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、このあたりの井戸から汲んだのかもしれないわね」

88名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:03:36 ID:ndF7vt0k0
(*∪´ω`)「あの……ぼくも……」

デレシアの膝の上で、遠慮気味に声を上げたブーンの垂れ下がった目がデレシアを見上げる。
全身に傷を負ったブーンは、自力で食事をすることは困難で、しばらくの間は流動食しか食べられない。
むしろ、あれだけの傷で、すでにここまで回復していることが驚きだった。
ローブの下の尻尾がわさわさと揺れ、気持ちを素直に表現する姿は本当に可愛らしかった。

ニクラメンから脱出後、ブーンはすぐにクロジングの街病院に連れて行かれた。
当然、医者は嫌な顔をもろにしたが、デザートイーグルと視線を合わせた途端に従順になり、ブーンの治療を的確に行った。
破裂した内臓もすでに回復が始まっており、命に別状はないとの診断だった。
撃鉄を目の前で起こして尋ねたのだから、真実だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、どうぞ」

トソンから回ってきたジョッキをブーンの前に持ってくる。

(∪´ω`)「あ、あの……じぶんでもてます……から」

ζ(゚ー゚*ζ「いいから、ね?」

そう言って、強引にデレシアの手で水を飲ませる。
今日一日は、ブーンを徹底的に甘やかすと決めていた。
それだけのことを、この小さな少年はやったのだから。
ちなみに明日は、ヒートがブーンを甘やかす番になっている。

(*∪´ω`)「すきとーった、あじ?」

喉を鳴らして水を飲んだブーンは、感想を漏らしたというよりかは、それが正解かどうかを確認するような口調だった。
人よりも遥かに優れた嗅覚と味覚を持っているブーンには、水の味の違いが分かるのは当然だった。

ζ(゚ー゚*ζ「良い表現ね、ブーンちゃん」

食事を始める前に、トソンが早速話題を切り出した。

(゚、゚トソン「では、本題に入りましょう。
    デレシア様、この後はどのような予定を?」

ζ(゚ー゚*ζ「一先ずは、船を使ってティンカーベルに向かうわ」

通称“鐘の音街”、ティンカーベルは沖合にある三つの島と無数の小さな島からなる街だ。
山々に囲まれたその地には、ティンバーランドが求めているニューソクがある。
しかしティンカーベルの人間はそれを使おうとはせず、安全な状態でどこかの島に保管している。
そのことは公にはなっていない情報だ。

他にも、強化外骨格が大量に眠る谷や、上質なウィスキーの蒸留所などがある。
観光名所ではないが、いい街だ。
仮に遭遇しなくても、先んじてニューソクに手を加えることが出来れば御の字だ。
原子力発電施設は非常に繊細な機械の集合体で、どれか一つでも異常が検知されれば安全装置が作動して機能が停止する。

89名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:05:43 ID:ndF7vt0k0
ティンカーベルに向かうには、ここから北にある正義の街、ジュスティアを通って行く陸路。
もしくは、海路を使って迂回する二つの道がある。
速く到着するのであれば当然陸路だが、ジュスティアを通過するのは正直面倒だった。
三重の検問所――スリーピース――を越えて、高さ百フィートの城壁に囲まれた騎士道精神が現在進行形で横行する街だ。

常に軍事都市イルトリアと比較されてきたその街では、棺桶の持ち込みは一切禁じられている。
更には人種差別思想が強く、肌の色は勿論、髪や瞳の色で街に入ることを拒絶されることもある。
ブーンが街に入ることを拒まれるのは明らかで、そのような所にデレシア達が居合わせれば、検問の段階で戦闘になることは目に見えていた。
街一つを潰せないこともないが、不要な戦闘は避けたい。

(゚、゚トソン「なるほど」

ζ(゚ー゚*ζ「トソンちゃんはどうするの?」

(゚、゚トソン「ミセリ様をお連れして、一度イルトリアに戻ります。
    “戦争王”に、この一件をお伝えしておいた方がいいので」

イルトリアの現市長、“戦争王”フサ・エクスプローラーがこの一件を知れば、直ぐに動いてくれるだろう。
彼の動きは速く、そして静かで正確だ。

ζ(゚ー゚*ζ「なら、黄金の大樹についての情報を集めるように言っておいて」

(゚、゚トソン「かしこまりました。
    ティンカーベルに向かう船なら、この先のポートエレンに明日まで停泊しているはずです。
    ただ……」

ζ(゚ー゚*ζ「オアシズ、でしょ?」

世界最大の客船でありながら、世界最大の船上都市、それがオアシズだ。
七千人が船上で生活可能な客船には、二千人の住民がおり、五千人の旅行客が常に乗っている。
海上を移動する都市には、コンサート会場からスケート場、更には常駐の警察官から探偵まで揃っている。
その原動力は驚くべきことに波力・風力・太陽光の自然のエネルギーから補っており、航海に燃料費はかからない。

オアシズは旅行客と安全確実な輸送を収入源として、多くのビジネスを船上で行う。
トソンが懸念しているのは、ブーンの事を快く思わない人間が多く乗っている船ならば、彼に逃げ場がなくなるということ。
勿論、そのことを考えていないわけではない。
しかし、この先も旅を続ける中で差別は避けて通れない災害のようなものだ。

ブーンが自分の力でそれを打破できるまでは、デレシア達が手本を見せてやればいい。
何事も経験だ。
耳を晒さなければ、ブーンが疎まれたり蔑まれたりはしない。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、これ」

傍に置いてあった紙袋から取り出したのは、ベージュ色の毛糸で編んだ通気性のいい帽子だ。
北国のティンカーベルの気候は、夏でも肌寒い。
それに、船旅も何かと冷えるので、毛糸の帽子は別に不自然な服装ではない。
試しにブーンに被せてみると、予想よりに可愛らしい姿になった。

90名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:07:00 ID:3xx7Z7ME0
読んでる支援

91名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:08:11 ID:ndF7vt0k0
  (~)
γ´⌒`ヽ
{i:i:i:i:i:i:i:i:}
(∪´ω`)おー

目的は彼を愛でる事ではなく、その耳を自然なものとすることにある。
毛糸の帽子の端から覗くこの垂れ下がった耳は、あたかもファッションの一部であるかのように振舞える。
これならば、オアシズ内ではもちろんのこと、北国でブーンが不快な視線を浴びることは減るはずだ。
それにしても、本当に可愛い。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、この帽子には魔法がかかっているの。
       この帽子を被っていれば、ブーンちゃんが虐められることはないわ」

(∪´ω`)「まほー?」

ζ(゚ー゚*ζ「不思議な力の事よ。
      だけど、この帽子を取ったら、ブーンちゃんは自分の力でいろんなことと立ち向かわなければならないの。
      それだけは覚えておいてね」

小さな頭を胸に抱きしめながら、デレシアはそう囁いた。
無論、この世界に魔法など存在しない。
ただの気休めだ。
気休めなのだが、効果は絶大である。

自信に満ちた行動は疑念を薄れさせ、信じ込ませる力がある。
子供のブーンにそれを意識して行わせるのは難しいと判断し、デレシアはこの方法を取った。
盲信しなければ、言葉は絶大な力を持つ。

(∪´ω`)「……お」

首を動かし、ブーンはつぶらな瞳でデレシアを見上げる。

ζ(゚ー゚*ζ「ん?」

(∪´ω`)「ぼく……あの……」

やがて、意を決したようにブーンは口にする。

(∪´ω`)「もっと、つよく……なりたい……です。
      ずっと、だれかに、たすけられるのは……あの、その……えっと……
      よくなくて……だから……ぼく、つよく、なりたいです。
      それで、それから……それ、から……」

息を一つ呑む時間。
これまで聞いたどの言葉よりも強く、深く、静かで、実直な言葉。
今日までの成果とも言える言葉が、ブーンの口から紡がれた。

(∪´ω`)「あいのいみを、しりたいです」

92名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:09:51 ID:ndF7vt0k0
ペニサスが死の間際、ブーンに与えた宿題であり命題。
愛の意味を知る、ということ。
愛されたことも、愛を感じたこともないブーンが知らなければならないその感情の正体は、ペニサスでも到達することが出来なかった。
それを知るのに必要なのは時間でも知識でもなく、もっと、根本的な部分にある。

果たして彼がそれを持っているのか否かは分からないが、この先の成長次第では到達できることだ。

ζ(゚ー゚*ζ「……そう」

嗚呼、とデレシアは思う。
僅かな時間の中、出会いの連鎖が、彼をここまで成長させたのだと。
そして彼は、依存の中でも確かな成長を見せ、少しずつ自立への道を歩き始めようと決意したのだ。
何と愛しく、何と素晴らしい存在だろうか。

長い旅の中で、ブーンと同じかそれよりも最悪な環境で育った人間を多く見てきた。
しかしながら、ここまでデレシアの想像を裏切る成長を果たした人間は初めてだった。
やっと、見つけた。
成長を見届けたいと思わせるだけの存在ではなく、それ以上の存在。

彼女の旅の同伴者として、最も相応しいと思える相手が。
だから、まだブーンには学んでもらわなければならない。
自分自身の事。
そして、世界について。

(゚、゚トソン「……ブーン、と呼んでも?」

(;∪´ω`)「……お」

(゚、゚トソン「遅れましたが、私はトソン・エディ・バウアーといいます。
     ブーン、貴方がいなければ、ミセリ様は今頃瓦礫の下。
     本当にありがとうございました」

差し出された手と言葉に、ブーンは初め、戸惑いを見せた。

(;∪´ω`)「お……お……おっ……」

恐る恐るその手を握り、握手を交わす。
どうやら、トソンもブーンの才能に気が付いたようだ。
ある種の人間を惹きつける魅力。

(゚、゚トソン「この恩は、必ずお返しいたします」

ミセ*'ー`)リ「もー、トソン。
      そんな固っ苦しい言葉だと、ブーンが緊張しちゃうでしょ」

(゚、゚トソン「敬意を表するに値する人物に敬語を使うのは、当然のことです。
    ミセリ様も知っての通り、あの状況下であの言葉を口にできるなど、イルトリア人でも稀なこと。
    ブーンは必ず、将来は大物になります」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論。 ね、ヒート?」

93名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:11:16 ID:ndF7vt0k0
ノパー゚)「あぁ、ブーンは間違いなくいい男になる」

デレシアとヒートの思想は、大分似ているところがある。
ブーンに対する見方も評価も、その大部分は同じだ。
違いがあるとすれば、やはりブーンに向ける視線の種類だ。
時間があればブーンの傍で話をしようとするヒートの心情はデレシアも理解できるが、その理由が分からない。

旅の中でそれが分かれば、きっと、ヒートの事がもっと好きになることだろう。
彼女が語るまでは、そのことに触れるのは止めておく。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、料理が冷める前に食べちゃいましょう」

(゚、゚トソン「それもそうですね。
    ミセリ様、最初は何を?」

ミセ*'ー`)リ「サラダをお願いします、トソン」

ボウルに盛られたサラダを小皿に取り分け、トソンはフォークを新鮮なアスパラに突き刺した。
それをミセリの口元に持っていくと、ミセリは一口でそれを食べた。
七年前に視力と四肢を失った代わりに、彼女は優れた聴覚と嗅覚を手に入れた。
だからこそ、卓上に並ぶ料理の中にサラダがあることが分かるのだ。

ミセ*'ー`)リ

(;∪´ω`)「おー」

それを羨ましげな眼で見るブーン。
意識が戻ってから、傷が癒えるまでの間、固形物が食べられないことを告げると、悲壮な表情を浮かべていた。
噛み応えの無い物は、彼にとってはあまり好ましくないものなのだろう。
しかしそれは、これまでに彼が食べたことのある流動食に問題がある。

ノパー゚)「ちょっと待ってな、ブーン。
    今リンゴをすってやるからよ」

(*∪´ω`)「りんご!」

ぱっと顔を輝かせ、ブーンの尻尾がローブの下で激しく動く。
店に頼んでおいたリンゴとすりおろし器を手にしたヒートは、それをすり始めた。
果肉が細かくすりおろされ、溢れだした果汁を果肉が吸い上げる。
ヒートはスプーンで果汁を吸った果肉を掬い、ブーンの口にそれを近づける。

ノパー゚)「いいか、必ずよく噛んで食べるんだぞ」

(*∪´ω`)「はい!」

スプーンについた果汁を全て舐め取る勢いで、ブーンはリンゴを食べた。
言いつけ通りに果肉を何度も噛んでから、喉を鳴らして飲み込む。

(*∪´ω`)「おー! おいしいです!」

94名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:12:09 ID:ndF7vt0k0
この一場面を切り取ってみても分かる通り、ミセリと出会ってから、感情表現が少しずつではあるが出来るようになってきている。
前は感情を表に出すことを恐れている様子だったが、大分慣れてきたのだろう。
これも成長の証。
ブーンは出会ったもの、経験したものを糧として進歩することが出来る。

何とも嬉しいことだ。
きっと、母親や姉と云うのはこういった時に感動を覚えるのだろう。

ノハ*^ー^)

ζ(^ー^*ζ

自然と笑みがこぼれる。
言葉ではとても言い表せないこの胸の高鳴り。
抱き寄せ、想いを伝えずにはいられない。

(*∪´ω`)「……お」

ノハ^ー^)「どうした、ブーン?」

(*∪´ω`)「りんご、ミセリにも……あげて……いいですか?」

ノパー゚)「あぁ、もちろんだ。
    ミセリ、リンゴは食えるか?」

ミセ*'ー`)リ「はい!」

先ほどと同じ要領でミセリにすりおろしリンゴを食べさせると、ブーンと似た反応が返ってくる。

ミセ*'ー`)リ「美味しい!」

(*∪´ω`)「お! ミセリ、りんご、好き?」

ミセ*'ー`)リ「うん!」

食事はやはり、大勢で話をしながらした方が断然美味い。
デレシア達成人組は、注文した酒を掲げ、静かにグラスをぶつけ合った。
一口飲み、ゆっくりと息を吐き出す。
酒に感覚が鈍る彼女達ではない。

気分を落ち着かせ、気持ちを和らげるための酒だ。
そうでなければこの気持ち、いつ爆発するかは分からない。
微笑ましく、可愛らしく、愛しいこの光景。
争いと殺戮の中で過ごした時間の長い彼女達には、何よりの薬だ。

トソンも、ヒートも、そしてデレシアも例外ではない。
長く争いの中に身を沈めていると、人はいつしか狂う。
精神を病み、やがては死に至る。
それに気付かず、殺戮こそが自分の全てだと誤解し、そして死ぬのだ。

95名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:12:49 ID:ndF7vt0k0
殺されるか、それとも自殺するか。
死に方は様々だが、長生きをしたところでその人生に彩りはない。
そうならないためにも、ミセリやブーンのような存在は必要だった。
一時の安寧を与える無垢な存在。

ただ笑顔を浮かべて、ただそこにいるだけでいいのだ。
それだけで、彼女達は救われる。
どんな薬物よりも強力で即効性の高い効果を約束してくれる。
だから、彼女達はブーンやミセリに惹かれるのだ。

今夜は、いい酒が飲めそうだった。

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   _ノー‐_.八_
 γ´  <__ノ`ヽ
  |l ______ l|
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  |l |       | l|
‥…━━ August 3rd PM19:40 ━━…‥
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トラギコ・マウンテンライトは“廃屋”に来店するなり、椅子に座る間もなくシングルモルトウィスキーをダブルで注文した。
カウンターに備え付けられた丸椅子に腰かけ、出されたナッツを一つ摘まんだ。
気に入らないことだらけで非常に虫の居所が悪く、何か機会があればそれを発散したいところだった。
続けて出されたウィスキーを一口だけ口に含み、その香りと味を堪能した。

磯の香りを思わせる熟成香が鼻から抜け、一時の安らぎを与える。
一杯十ドルの割には、いい味をしていた。

(#=゚д゚)「……」

苛立ちは収まらない。
フォレスタで回収したあの男は少し目を離した隙に病院から連れ出された後で、分かっているのは連れ出した人間が“ジェーン・ドゥ”と名乗る女性であること。
監視カメラも何故かその時に限って機能しておらず、人相は曖昧だった。
貴重な情報源を失っただけでなく、その足掛かりさえ失ったのだ。

こうしてまた、微妙な進展しかできていない。
デレシアを追う中で、どうやら、トラギコは想像以上に巨大な思惑に片足を突っ込んでしまったようだ。
それはいい。
それは許容範囲どころか歓迎すべきことだ。

だが、彼を嘲笑うように捜査が難航するのだけは気に入らない。
何故ニクラメンを襲い、何故沈める必要があったのか。
歴史に名が残るほどの大量虐殺が事件として報じられないのは何故か。
事故後、一日足らずの内に真相究明に乗り出した内藤財団の不自然な動き。

次から次へと、事態が複雑化していく。
始まりはオセアンの大事件だったのが、今ではその範疇を明らかに超えている。
恐らくは世界規模でこの事件は連鎖を起こし、飛び火していくだろう。
結果としてトラギコが危惧しているのは、デレシアの謎を解くという重要な目的が妨害されないかと云うことだ。

96名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:14:15 ID:ndF7vt0k0
トラギコが目を離した一瞬の内に彼女は病院から姿を消し、消息を眩ませた。
ギコ・カスケードレンジもまた、彼等をトンネルから脱出させてから姿を消した。
本当に腹立たしい。
どこまでも馬鹿にしている。

どうしてもっと早く、彼女達と出会わなかったのか。
もっと早く出会っていれば、もっと愉快な人生を過ごせたはずなのに。
幾ら悔やんでもこればかりは改変のしようがないことぐらいは理解している。
が、やはり悔しい。

二口目は、先ほどよりも多めにウィスキーを口に含んだ。

あらゆる手がかりを失った以上、手元の情報と経験を使って捜査を進めるしかない。
デレシアが向かった方角は、恐らくは北だ。
南のオセアンから北上してきている以上、彼女はそのまま進むだろう。
トラギコを歯牙にもかけずに旅を続けることは、一目で分かった。

だからこそ言える。
彼女は針路を北に取り、旅を続行しているはずだ。
となると、次の目的地は山を越えるか正義の街を越えるか、だ。
耳付きの少年ブーンが怪我を負っていることを考慮すると、山越えは考え辛い。

残された選択肢はジュスティアの突破だけ。
では、トラギコが次に向かうべきはジュスティアだ。
正直、トラギコはジュスティアに寄りたくはなかった。
警察の本社があり、苦手な人間――トラギコを目の上の瘤として扱う人間――が大勢いるからだ。

こうして出張費を使っていることも気に入らないだろうが、本部はトラギコに大きな借りがある。
幾つもの難事件を解決し、警察への信頼獲得と利益への貢献だ。
常客達の中にはトラギコの存在があるから依頼をする人間もいるほどで、それが、トラギコがここまで好き放題に動いていながらも解雇されない理由である。
今も好き勝手に事件を追っている中でジュスティアに行けば、間違いなく壮絶な嫌がらせを受けるに違いない。

取り分け、事務屋あたりから経費に関する文句で一週間は足止めを食らうだろう。
デレシア達がジュスティアを通過するのであれば、トラギコは容易に彼女達と合流できる。
さて、ここは思案のしどころだ。
三口目は唇を湿らせる程度にしておき、ナッツに手を伸ばす。

カシューナッツの甘い風味がウィスキーとよく合う。
シングルモルトはトラギコが最も愛する酒だ。
思考がよく回るようになり、意識が適度に調和された感覚になる。
結果、トラギコは一つの答えを導き出した。

陸路を使う。

ただし、目的地はジュスティアではない。
一先ずの目的地は貿易の中継点、ワインと潮風の街、ポートエレンだ。
道は何も陸だけではない。
空もあれば、海もある。

97名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:15:01 ID:ndF7vt0k0
ジュスティアを回避できる道は海路か空路だけだ。
この周辺から飛行便は出ていない。
となると、選択肢から除外され、残るのは陸路と海路の二つだったのだ。
出ているのは、ポートエレンからの定期便。

そして、船上都市のオアシズだけだ。

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     l l、「l \\                                   \
     l l、l l ||.\\ E!                                  
     l l、l l || |\\(___)       E! (___)      E! (___)      E! (
     l l、l l || |   l\\         | ̄ ̄ ̄ ̄|      | ̄ ̄ ̄ ̄|      |
      l\l l. ̄ ゙̄\l」 \l二二二二|        |二二二|        |二二二|
     |\l三三三三l  l」 ||  | |\|        |   |\|        |   |\.|
‥…━━ August 4th 00:32 ━━…‥
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厚い金属の壁と床に囲まれたその空間は、狭く息苦しかった。
床は金属の網で作られ、その下には配管が通っている。
空間全体からは唸るような低い音が鳴り続け、生き物の体内を思わせる。
湿度も高く、世辞でも快適とは言い難い。

ここは、海底三千フィートを進む原子力潜水艦“オクトパシー”の艦内。
艦内食は毎週金曜日がカレーで、それ以外はレトルト食品が並ぶ。
娯楽と言えば酒かカードゲームかの二択で、若い船員には不評だった。
ワタナベ・ビルケンシュトックにとっては監獄と大差ない場所であり、正直、強化外骨格装着の際にコンテナ内に引き込まれるよりも苦痛に感じている。

ストレスは面白いほど溜まる一方で、ワタナベは常に何かしらのストレス解消方法を探すことに艦内で過ごす時間を割り当てていた。
今日のストレス解消に選んだのは、役立たずをなじることだった。
机を挟んだ目の前で腕を組む偉丈夫に、挑発的な言葉をかけた。

从'ー'从「で、お礼の言葉もないわけぇ?」

( ゚∋゚)「礼だと? 貴様が援護すれば、私が負けることもなければエクスペンダブルズを破壊せずに済んだことだろう」

クックル・タンカーブーツは今にも怒鳴りそうな声色で、そう返す。
ワタナベは意に介さず、手元のコーヒーカップを手に取る。
湯気はとうになくなり、コーヒーはすっかり冷めきっていた。

从'ー'从「へぇ、イルトリア人が負けた言い訳するんだぁ。
     みっともないなぁ」

(#゚∋゚)「……なんだと?」

身を乗り出して掴みかかろうとしたクックルの顔に、ワタナベはカップを投げつけた。
視界を一瞬奪われたクックルの手は空を切り、代わりに、ワタナベは砕けたカップの破片をクックルの喉に押し当てた。
先端が喉元に食い込み、ジワリと血が滲む。

从'−'从「うるせぇんだよ、鳥頭。
     手前、助けてもらっただけでもありがたいと思えよ」

98名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:16:12 ID:ndF7vt0k0
(;゚∋゚)「ぐっ……」

从'−'从「……ふん」

薄く切り傷を残し、ワタナベはクックルを突き飛ばした。
つまらない人間だ。
殺す楽しみも見いだせない。
席を立ち、自室に戻ろうとする背中にクックルが憎しみを込めた声をかける。

(;゚∋゚)「ワタナベ、貴様……!!」

从'−'从「何?」

振り向きもせず、ワタナベはその場にクックルを残してその場を去った。
道中、彼が背中から襲うことは考えていなかった。
それが出来ないから、あの程度の男なのだ。
部屋の前に来た時、別の種類の視線を背後に感じた。

o川*゚ー゚)o「なかなかいい見世物だったよ、ワタナベ」

ボサボサの金髪を持つ、小柄な女性。
胸ぐらを大きくはだけさせたワイシャツと白い下着だけを身に着けた彼女は、濁った碧眼を輝かせ、ワタナベに声をかけた。
女性の名は、キュート・ウルヴァリン。
当初の予定通り、海底街から潜水艇で脱出したワタナベとクックルの回収を行った張本人だ。

この作戦は元々クックルが請け負っていたもので、ワタナベはその支援に回っただけに過ぎない。
結果的には成功でも、経過的には失敗に近い。
クックルとキュートはこの後に別の作戦を控えており、これはあくまでも途中経過でなければならなかったのだ。
無能さを前面に出したクックルのせいで、大分手古摺ってしまった。

このままで本当にジュスティアでの作戦が成功させられるのか、ワタナベは疑問だった。
まぁ、クックル程度を欠いたところで作戦に支障が出るような脆弱なものなら、最初から実行には移さないだろう。
艦内の人間によれば、クックルは監視役的な意味で作戦に加わったのだという。
監視役が足を引っ張るようでは、この先が心配だ。

从'ー'从「あらぁ、やだなぁ、キュートさん見ていたんですかぁ」

o川*゚ー゚)o「あぁ、堪能させてもらったよ。
       ニクラメンで何かいいことでもあったのかな?」

流石だ。
飄々としているが、鋭い観察眼と勘を持っている。
隠し事は通用しなさそうだったが、素直に話そうとは思わない。

从'ー'从「いい出会いがあったんですよぉ」

それだけ言って、ワタナベは部屋に戻った。
これ以上、キュートに話したくはない。
胸の高鳴りはまだ収まっていない。
嗚呼、早く。

99名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:16:54 ID:ndF7vt0k0
早く、彼に再会したいものだ。
一体いつ、次は会えるのだろうか。
そしてその時、彼はどう変わっているのか。
それが気になって、体の芯が疼く。

ワタナベに宛がわれた部屋は、剥き出しの金属の上に薄い布が乗せられただけの簡易ベッドがあるだけで、それ以外には本が一冊あるだけ。
厚みのあるその本は綺麗な装丁がされていたが、手垢で汚れ、端は破れていた。
ベッドに腰を下ろし、ワタナベはその本を手に取る。
栞のはさまれたページを開き、そこに並んだ文字に目を走らせ、意識の世界をそこに投じさせる。

十五年間の中で、もう何万回と読み返した本だ。
内容は一字一句違えずに覚えている。
それでも、この本を読むと気持ちが落ち着く。
本の内容が気に入って読んでいる訳ではない。

この本の存在が気に入っているだけなのだ。
中身に関しても、決して傑作と呼べるものではないし、好きでもない。
精々凡作止まりの、無名な作家の本だ。
大切なのは、この本の存在だった。

擦り切れた表紙には、“世界の童話集”と書かれていた。
紛う事なき、子供向けの本だ。
本には百近くの童話が載せられており、栞を挟んでいたページは特に念入りに読み返していた。
この話だけは、ワタナベのお気に入りだった。

一日に最低でも十回は読み直さないと気が済まないほどのお気に入りだ。
随分と昔から伝わる物語らしく、その発端は親が子に読み聞かせようと考えた話らしい。
何度読んでも愉快な話で、睡魔を誘う仕上がりだ。
この話をいつか彼にも伝えたいと、ワタナベは切に思う。

从'ー'从「……お休み」

彼との再会に胸を躍らせながら、ワタナベはゆっくりと瞼を降ろした。

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‥…━━ August 4th AM04:01 ━━…‥
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100名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:20:00 ID:ndF7vt0k0
涼しげな風が浜辺に吹き付け、細かな砂とサンゴが混じったそれを巻き上げている。
数千、数億年の歴史の中で作られてきたそれらは、いとも容易く舞い上がった。
水面は穏やかに揺れ、太陽と空の色を反射して煌めいている。
風と波の音以外に聞こえるのは、どこからか聞こえてくる木々のざわめき。

人の息遣いは、どうにか五人分――その内二人は寝息――が聞こえる。
女性四人と少年一人が、クロジングから離れた砂浜にいた。
砂埃とも何とも云い難い物が足元を白ませ、水平線の向こうを紅蓮に染め上げる太陽に照らされる、風変わりな二組。
向かい合う二人の女性は、それぞれの背中に小さな子供を背負っている。

(゚、゚トソン「では、イルトリアでお待ちしております」

再会の約束を最初に取り付けたのは、トソンだった。
背中の少女は、まだ、眠っている。

ζ(゚ー゚*ζ「分かったわ。
      遅かれ早かれ、イルトリアには必ず寄るつもりだったし。
      ミセリちゃんをよろしくね」

(゚、゚トソン「勿論です」

ノパ⊿゚)「トソン・エディ・バウアー……だったな。
    また会おう」

夜明けを迎える直前、ヒートの背中には耳付きの少年、ブーンの姿があった。
ブーンは昨日の疲れもあってか、起きる気配がない。
すやすやと寝息を立てる二人に配慮して、彼女達は声を潜めながら会話を続けた。

(゚、゚トソン「えぇ、ヒート・オロラ・レッドウィング様。
    では、またお会いしましょう」

その言葉と共に、それぞれ別の道を歩き出す。
ヒートとデレシアはポートエレンを目指し、北上する。
トソンは南へと向かう。
東に見えていたはずのニクラメンは海底に沈み、太陽が世界を明るく染め上げる。

追い風が、南から北に向かって勢いよく吹き付ける。
空に浮かぶ夏の雲が、風に流されてゆっくりと北に向かう。
足取りは軽い。
デレシアも、そしてヒートも、この先に平穏が待ち受けていないことを知っていた。

それでも、この旅は終わらない。
旅に終わりが来るとしたら、この命が止まる時だけ。
生きている間に是非ともブーンの成長を見届けたいというのが、デレシアとヒートの共通の望みだ。
そしてデレシアは、彼なら必ず、彼女が目指すものに到達できると確信している。

これまでの間、ブーンは本当の意味で枷から解き放たれてはいなかった。
それは誰かに習い、誰かに従って成長する、依存と云う枷に守られたか弱い存在。
しかし、自分自身の意志で行動し、それを己の強さとした。
それは彼の自立の一歩を意味していた。


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