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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:44:33 ID:cwrc78lw0
いつまでたっても規制が解除されないのでこちらで


纏めてくださっているサイト様

文丸新聞さん
ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

ローテクなブーン系小説まとめサイトさん
ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

55名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:02:11 ID:ndF7vt0k0
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The witch was here.
かつて魔女がいた。

The witch who thought a lot of things for her students and pupils was wise person.
万物を数多の子に教えた魔女は、聡明な人間だった。

Now she is not anywhere.
今はもういない。

The chained child was here.
かつて子供がいた。

The child who had been insulted by many people was cowardly and kind person.
多くの人間に虐げられた子供は、臆病で優しい人間だった。

Now he is……
今はもう……

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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

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||||||||||||||||||||||iiiiiiiiiiiii"",,,...'"ろ:::::::................                  .........................::::::::::::::
!!||||!!!!||||||||||||||||||||||iii;iiii!!!'"........                             ..................
::レ∠ii||||||||||!!!!!!!!ii;;~^''"
:: /|||||||||||!!!!,,.'''"~"''~................................                      .....................:::::::::::::::
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24 years ago...
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日の出と共に始まったアクティビティは、満月が頭上に現れても一向に終わらなかった。
人の手がほとんど入っていない森の中を歩き続けて、かれこれ十二時間以上が過ぎている。
手元のコンパスを頼りに東に進み続けるも、目標物は一向に見えてこない。
見えるのは生い茂る木々と夜空だけだ。

夜行性の動物の鳴き声が時折山に響き渡り、不気味に反響する。
教官の楽しげな顔と声が唐突にフラッシュバックし、短く浅い溜息を吐く。

「いつも訓練ばかりだと飽きるだろう。
だから今日は、楽しいアクティビティをしようと思う。
缶蹴りだ。
糞虫の貴様らでも、この遊びぐらいは知っているな?」

56名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:02:59 ID:ndF7vt0k0
七十キロにも及ぶ装備を身に着け、ペイント弾の装填されたM14ライフルを手にして行う缶蹴り。
想像していたよりも遥かに過酷なこのアクティビティは、基地内の訓練兵全員――二百四十六名――が参加し、未だに誰も缶を蹴るどころか、視認すらしていない。
無線の使用は禁止されており、日中行っていた手旗信号による通信もこの闇夜の中では出来ない。
一時間に二回ほど銃声が聞こえるが、ゲーム終了のアナウンスはかからない。

人里離れた山奥で今なお続く缶蹴り。
少年は倒木を背にして座り込んだ。
脚は疲労を感じているが、まだ歩ける。
背負ってた背嚢を降ろして、そこから水とスプーン、缶入りの携行食料を取出し、ナイフで蓋を開ける。

灰色の携行食料――アッシュフードと呼ばれている――を、スプーンでかっ込むようにして食べ始めた。
塩味が強く、美味いとは言い難い。
それでも、バランスよく栄養素が取れる上に腹持ちのいいこれに、文句は言えなかった。
何味なのかも判断が難しい、人工的な味。

炊事班の作る料理が恋しかった。
豆と肉のトマトスープの、酸味と甘みの混合したあの味を思い出す。
原価は安いが味と栄養は満点で、訓練兵たちの水曜日の楽しみだ。
ふと、背嚢の中に潜ませていた――この訓練の噂を聞いていたので、前日に入れていた――水筒を取り出す。

保温性に優れた水筒の中身は、前日、つまり水曜日に出されたスープの残りだ。
正確に言えば、ギコ達訓練兵の中で公平な勝負――ジャンケン――の勝者が得たスープだ。
蓋を開けると、まだ温かいことを示す薄い湯気が立ち上る。
と、同時に漂うのはトマトの甘い香り。

嗚呼、この香りがたまらない。
トマトの甘酸っぱい香りは疲れた体によく効く。
一口だけ啜ると、唾液が口内に溢れだす。
程よい酸味と仄かな甘味。

思わず溜息が漏れる。
僅か一口で、一日で流した汗の分の塩分を補給したと実感できる。
二年前までは、この一口で訓練への意欲を削がれていた事だろう。
今は、いち早くこの訓練を終わらせることに意欲を注ぐ活力となった。

乾いた喉を潤すため、別の水筒を手に取る。
そちらに入っているのは、一つまみの塩を入れた水だ。
唇を湿らす程度にその中身を口にした。
時折口に含む水の量は、非常に微量だ。

いつ水が確保できるか分からない状況で、水を無駄に飲むわけにはいかない。
かと言って飲まないわけにもいかず、こうして少しずつ飲むしかない。
食べ終えて残った缶を背嚢にしまい、一息つく。
日頃行っている訓練でも大分厳しいと感じているのに、それ以上の訓練ともなると体がもたない。

かと言って、訓練を止めるわけにもいかない。
自らの意志で兵士になることを望んだのだ。
その為なら、この訓練を乗り越えなければ。
少しの間仮眠を取ろうと身を屈めた、その時だった。

57名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:03:55 ID:ndF7vt0k0
直ぐ近くで、散発した銃声が響き渡ったのだ。
音がよく響く山中とは言っても、ここまではっきりと聞き取れるだけの距離。
方角は不明だが、確かに、近くで聞こえてきた。
銃の種類は、彼と同じM14。

発砲の間隔から、焦っていることが分かる。
それだけ至近距離に何かを見出したのならば、こちらはそれを利用させてもらう。
赤外線暗視光学照準器をマウントレールに取り付け、四方に銃口を向ける。
小動物の熱源から、微細な熱源までを捕らえる。

距離にして約一マイル先にある谷間、そこに、断続的に生まれる強い熱源がいた。
発砲している同期の訓練兵だ。
対赤外線用の繊維で全身を固めているため、人の姿は浮かばないが、発砲炎が形となって居場所を知らせる。
どこに向けて発砲しているかを確認するために銃を動かすも、どこにその標的がいるのか分からない。

一マイル先の彼が何かを見つけたのだと信じ、行動を起こす。
背嚢の中にあった固形燃料に火を点け、その上に携行食料をありったけ乗せる。
これで、一瞬だけだが時間を稼げる。
ライフルだけを手にして、西から標的に接近を試みる。

同期には悪いが、囮になってもらうしかない。
缶がどこにあるのかが分かれば、後は時間との勝負だ。
あの同期が動かないということは、あの付近に缶はない。
この長い缶蹴りの終わりは、後少しだ。

傾斜に生えた木々の隙間から聞こえていた同期の銃声が途絶え、彼が脱落したことを物語る。
谷を滑るように下り、浅い川を越え、崖を上る。
峰に向けて、ゆっくりと匍匐前進を開始。
悟られ、位置を変えられない内に勝負を決める。

常に照準器を覗き込んで熱源を探るも、一向に見当たらない。
事態の解決が単独では困難だと判断し、大木を背にしてコンパスを確認しながら、ライフルを空に向ける。
そして、不規則に銃爪を引く。
これで鬼がこちらの存在に気付くのと同時に、仲間がこちらの存在の意図に気付くはずだ。

この意図に気付けなければ、この場に援軍として来られても困る。
十分ほどその場に静止していると、人の気配が風下から迫ってきた。
気付いた仲間がいたようだ。
空に向けて放った銃弾がモールス信号の役割を果たし、座標と標的の発見を告げたのである。

無言のまま、すぐ傍を五人の人影が通り過ぎ、そして一分後には全員が転がり落ちてきた。
暗闇でも見やすいようにと作られた蛍光塗料のインクが、彼らの急所に付着していた。
ペイント弾の付着は、訓練の脱落を意味する。
言葉を発することも合図を送ることも許されず、その場に倒れて待機し、死体を演じることを強いられる。

58名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:05:24 ID:ndF7vt0k0
ここを少し進んだ先が、鬼の射程圏内と云う訳だ。
ならばどうすれば進めるのか。
対赤外線装備で身を固めた同期が一瞬で仕留められるとなると、相手は只者ではない。
教官が付け加えるように言った一言を思い出す。

「今回は、未熟な貴様らにはもったいないが、我々の大先輩が協力して下さることとなった。
まぁ、精々足掻いて見せろ」

足掻くどころではない。
たかが缶蹴りで、同期二百四十六名が翻弄されている。
脱落者の人数は不明だが、この状況を見るに、壊滅状態だろう。
しかも、鬼はたった一人。

確かに訓練兵の集まりだが、これまでに積み重ねてきた訓練の過酷さは彼らの自信に直結している。
今、その自信が揺らぎ始めていた。
どうすれば勝てる。
どうすれば、正体不明、武装不明の敵の目を欺き、缶を蹴り飛ばせるのか。

相手のいる方角は分かっている。
北にある峠。
そこに陣取っている。
これまでに脱落させられた友軍の全てが、そこからの攻撃で倒れていることから、それは明らかだ。

今、自分は相手に認知されていないはずだ。
この機を逃しては、他に機はない。
匍匐前進を再開し、距離を縮める。
呼吸が乱れないように、熱源が探知されないように静かに進む。

位置的な有利性は、向こうにある。
一度視認されれば、こちらに機は訪れない。
一瞬たりとも気を抜けない状況に、自然と気分は高揚していた。
この感覚、たまらなく楽しい。

銃声が轟く中、一時間以上時間を掛け、崖沿いに山頂を目指した。
ここまでで鬼の気配は微塵も感じられず、音もなかった。
ゆっくりと這い進み、ついに、缶を見つけた。
周囲に誰もおらず、罠らしき物も見つからない。

缶までの距離、残り、五フィート。
近くに人の気配はしない。
他の友軍を探しに移動したのだろうか?
でなければ、ここまで接近することがあり得るはずがない。

念のため、ライフルを肩付けに構えて周囲をスコープで覗きこむ。
小動物の熱源だけだ。
慎重に、周囲を警戒しながら缶まで距離を詰める。
後三歩で足が届く。

勝った、そう確信した瞬間の事だった。

59名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:07:09 ID:ndF7vt0k0
「残念ね、貴方で最後なの」

年老いた女性の声と減音器が生むくぐもった銃声。
そして、背中に衝撃。
ペイント弾が当てられたことを理解し、同時に、相手の言葉を理解して後悔した。
自分は泳がされていたのだ。

誘蛾灯のように味方をおびき出させ、最後の一人になるまで生かされていたのだ。
訓練兵の中には、自分よりも年上の人間が百七十人もいた。
恐らく彼らが優先的に抹殺されたのだろう。
指揮系統を構築される前に、その可能性がある人間が最初に屠り、最後は指揮権に服しない単独行動の人間を狩る。

終わってから分かる、相手の策略。
それは、自分達の考えが全て見透かされていたことを意味していた。
正直、これまでの訓練で初めての経験だった。
相手の行動に敬意を払い、そして、その教えを乞いたいと願ったのは。

「……くそっ!!」

「でも、貴方なかなか筋があるわよ。
決断力と行動力が伴っているし、単独行動も手慣れていたわね。
ただ、熱源の偽装はもう少し勉強しないとね。
それと、相手の装備が分からない中で賭けに出るにはまだ若過ぎよ」

大音量で、森全体に訓練終了を告げるサイレンが鳴り響く。
それまで死体役に徹していた同期達が動きだし、口々に後悔の言葉を口にする。
起き上がって振り向くと、そこにいたのは、一人の老女だった。

('、`*川「お疲れ様、おかげで楽しませてもらえたわ」

(;゚Д゚)「……あ、貴女は?」

('、`*川「ペニサスよ。
     貴方のお名前は?」

( ゚Д゚)「わ、私の名前は――」

それが、生涯の師となる“魔女”との最初の出会いだった。

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‥…━━ August 3rd PM15:00 ━━…‥
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60名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:08:50 ID:ndF7vt0k0
ヒート・オロラ・レッドウィングは高性能爆薬が詰まった木箱を持ち上げ、車両点検を行っていたデレシアにそう声をかけた。
車載兵器である重機関銃を無反動砲と交換していたデレシアは、レンチを屋根に置いて言った。

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。さっき確認した場所に仕掛けておいて」

ノパ⊿゚)「あいよ」

二人は十分前に海兵隊基地に到着し、海兵隊基地がたった一人の棺桶持ちに蹂躙される様子を目撃していた。
だが、手を貸すことはせずに、人が出払った兵站庫から必要な資材を集めることに専念していた。
時間が許すのであれば、デレシアとしてはティンバーランドについての情報を手に入れるついでに潰してやりたかったが、ここまで事態が悪化してしまった以上、手出しは無意味だった。
ブーンの居場所が分からない以上は、いつでもすぐに脱出できるための準備を整えておくことこそが、最も有意義な行為だと判断したのだ。

事態の悪化によって見えたのは、ティンバーランドの情報はもうしばらく泳がせてからの方がいいと言うことだ。
ここを襲った理由は、やはり、デレシアが予想していた通りだった。
“ニューソク”と呼ばれる機関の奪取だ。
たった一基でニクラメン全体の電力を補うそれは、本来はニューソクと云う名前ではない。

語源は“nuke(ニューク)”が謝った形で訳されたことにある。
初めて原子力発電設備が発掘された時、人々はその名前を知らなかった。
原子力と云う言葉も知らなければ、その意味も知らなかった。
頼りになったのは、朽ち果てた本の山とダットだけ。

最終的にその設備の事が書かれた書物が見つかり、そこの文面から設備の名前を推測することとなる。
“ニューソーク”という大都市の名前が同じ文面に並んでいたのだが、当時の人間はそれが都市の名前だとは知らなかった。
そこで推測されたのが、ニューソークとニュークが同じ意味で、ニュークとはニューソークの短縮した形だというものだ。
結果、間を取って付けられたのがニューソクという名前だった。

つまり、ニューソクとは原子力発電設備のことなのだ。
その本質を理解している現代人はほとんどいないが、取り扱いの危険性について理解はしている。
復元の際に都市が四つほど滅びたのは、歴史の授業で子供たちも学んでいる事実である。
失敗の果てに得た神にも等しいエネルギーは、その街に発展を約束し、偽りの安寧を与えた。

ここ、ニクラメンはそう云った都市と大きく異なるのは、ニューソクの重要性だ。
他の街々にとっては便利な発電装置だが、ここでは、街の命である。
ニューソクがあったからこそニクラメンがあるのであり、これが復元されなければニクラメンは生まれなかった。
幸か不幸か、街を作った人間は、ニクラメンの本質に気付いていなかった。

巨大な構造物は明らかに人工の物で、だが、その巨大さ故に目的は理解し難かった。
だからこそ、街の真の姿を探求することを早々に放棄し、増改築による発展を図ったのだ。
その結果が、海上都市と海底都市の二分化だ。
これによって得た自然災害への抵抗力は凄まじい物で、だからこそ、ニクラメンはここまで発展することが出来たのである。

被服の町であるクロジングが近くにあったこともあり、町からはクロジングの戒律に嫌気がさした腕利きの職人の卵が毎年多くニクラメンに流入した。
クロジングからやってきた未来ある若者たちを、当時のニクラメンの市長は快く迎え入れた。
若者たちの才能と努力の甲斐あって、ニクラメンは海上都市として名を馳せ、大規模なファッションショーを開催するに至った。
いつしかそれが、ニクラメンによるクロジングの影の支配であると噂され、小さな嘘は真実へと昇華したのである。

61名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:10:38 ID:ndF7vt0k0
この目標が達成されることによって、ニクラメンは更なる発展を遂げるはずだった。
今日までは。
今日、この日までは。
“黄金の大樹”、ティンバーランドがニューソクに目をつけるまでは。

マリアナ・トンネルに通じる兵舎の影で作業を行っている二人は、作業中に幾つかの打ち合わせを済ませてあった。
一つは、この先の脱出について。
トンネルに通じる厚さ五インチの鋼鉄製の扉は音声認識システムで封鎖されており、爆薬で吹き飛ばす以外に方法はなかった。
突入後は、デレシアが運転、ヒートが十座に付いて障害物を除去するという分担で合意し、各種点検と整備を行った。

二つ目は、ブーンとの合流だ。
デレシアが安全な場所に投げ飛ばした後、再び崩落が起きたことを確認している。
それ以前に、デレシア達と別れた時からブーンの生死に関しては完全に彼自身に一任されている。
オセアンで選んだ生きるという選択に、どれだけの覚悟があったのかは分からないが、心配はしていない。

彼は自分のことを自分で選択できるだけの経験を積み重ね、それだけの素質を持っている。
どこかで死ねばそれまでの人間だし、生きていればまだまだ伸びしろのある人間だということがよく分かる。
デレシアの意見では、ブーンは間違いなく後者だ。
出来れば彼の果てを見届けたいと云うのが、デレシアとヒートの意見が合致した点だった。

兎に角、全てはブーン次第だという結論に至り、時間ギリギリまでは彼を待つということで合意した。
爆薬を持って兵舎に入ったヒートを見送り、デレシアは銃声が聞こえていた方角に視線を向ける。
侵入者の数は一人。
海兵隊の人数の方が明らかに勝っている状況で、棺桶を使用した彼らを全滅させたと云うのは、かなり気になる展開だ。

ティンバーランドがこれまでとは違い、計画的で用意周到な、深く太い根を張り巡らせていることが窺える。
使用された棺桶は多数のジョン・ドゥとジェーン・ドゥを壊滅させるだけの能力を持つ、コンセプト・シリーズ。
記憶が正しければ、障害物除去に特化した“エクスペンダブルズ”。
確か、イルトリアに保管されていたはずの棺桶だが、どうしてそれがティンバーランドの人間の手にあるのだろう。

イルトリアの警備を突破して奪取されたとは考えにくく、内部の人間が協力して手に入れたと考えられる。
いや、内部の人間その物だろう。
まさかイルトリアからそのような愚か者が出るとは意外だったが、それ以外の可能性が浮かばない。
此度のティンバーランドがどのような喜劇を演じるのか、非常に興味深い。

大がかりの劇でなければ、潰し甲斐がない。
これまでティンバーランドが仕掛けてきた劇は、途中で台無しにしてやったために、それが成る瞬間を見ていない。
まぁ、事が成る前に潰してきたのだから、それも当然だ。
今回はどの段階で潰れるか、それもまた楽しみである。

視線を手元に戻して、改めてレンチを使い、無反動砲を台座に固定させる。
この装輪装甲車のタイヤは八つあり、その安定性を生かせば、確実に障害物にこの砲弾を撃ち込める。
手負いの身であるヒートでも、これなら扱える。
ヒート・オロラ・レッドウィングは、デレシアのお気に入りの人間だった。

直情的でありながら、それを押し隠す精神の強さ。
愚直とも言える行動力を支える実力。
猪突猛進な言動が多いが、それでも、それは彼女の愛おしい部分でもある。
時折見かける、ブーンに向けられる愁いを帯びた視線が気になるところだ。

62名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:13:27 ID:ndF7vt0k0
退屈しない人間は好感が持てる。
静動ではなく変動している、何よりの証拠だからだ。
彼女は必ず、ブーンの将来にいい影響を与える。
慈悲や偽善の心でブーンに接していないのだから、それは確信できた。

思案する内に、車両点検、装備の点検、その他一切合財全ての点検を済ませた。
後はヒートとブーンを待つだけだ。

ノパ⊿゚)「設置、終わったぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「ご苦労様。
      実はさっきそこでコーヒーセットを見つけたんだけれど、一緒にお茶しない?」

その誘いに対してヒートは、肯定の笑顔を浮かべた。
この素直さもまた、彼女が愛おしい存在の理由の一つなのであった。

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‥…━━ August 3rd PM15:03 ━━…‥
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車両が近づいてくる音が耳に届き、デレシアとヒートはその方向に目を向けた。
兵舎が邪魔をしていて詳細が分からないため、見える位置まで移動する。
無言で同じ行動を起こしていたのは、二人が同じことを考えていたからだ。
つまり、新たな敵かそれとも避難民――ブーンを含む――が到着したか、という可能性を考えたからである。

それぞれの得物を取出し、建物伝いに姿と跫音を消しながら音源に近づく。
距離は約百五十ヤード、風下だ。
到着した車両は、何と軽トラックだった。
荷台には大きく“八百屋”の文字が書かれ、商店街からやってきたことが分かる。

商店街から来たのなら、避難民の説が濃厚だった。
しかし、予想に反して降りてきたのは、あらゆる意味で期待を裏切る存在だった。
最初に運転席から降りてきた若い鳶色茶髪の女は、白いドレスに赤い返り血を浴びており、一般人や堅気の人間ではないことが一目で分かった。
次に荷台から降りてきたのは、ブーンだった。

从'ー'从

(∪´ω`)

ミセ*'ー`)リ

63名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:15:11 ID:ndF7vt0k0
( ゚∋゚)「人間の真似をするな、駄犬が!!」

――彼は、その身を楯にミセリを守っていた。
ミセリと自分との間に空間を作り、衝撃の一切を自分の体で吸収していたのだ。
横合いからの蹴りに対しても、上からの蹴りに対しても。
掬い上げるような蹴りに対しても、全て耐えていた。

涙が出るほど嬉しいことだが、今すぐこの街諸共海の藻屑にしてやりたいほどの憤りを感じた。

ノハ#゚⊿゚)「……殺す、殺す、絶対に殺す」

ζ(゚−゚*ζ「今は駄目よ。
      あの子の行動が、無意味になりかねないわ」

男の標的が今のところブーンだけで済んでいるからいいが、彼がそこまでして守っているミセリにその矛先が向いたら、彼の努力の全てが無意味になる。
それだけは、駄目だ。
彼が自ら選び、進んだ道なのだ。
例え死んだとしても、それは、果たされなければならず、果たさせてやらねばならぬ道なのである。

彼の涙と血反吐は、決して、無駄にしてはいけない。
何より、デレシアは見届けなくてはならない。
彼の選択と覚悟。
そして、その果てを。

ノハ#゚⊿゚)「じゃあよ、この怒りをどうしろってんだよ、おい」

ζ(゚−゚*ζ「溜めておきなさい」

ヒートの握り拳からは、血が滴り落ちていた。
ここで動いてはいけないことを、彼女は分かっているのだろう。
分かっているからこそ、憤っているのだ。
それはデレシアも同じだ。

(∪;ω;)「ひぎっ、あぎっ……!!」

ミセ;'−`)リ「ねぇ、ブーン、どうしたの?!」

(∪;ω;)「えぅ……」

涙を零し、息を切らせ、四肢を震わせるブーンは、もう、ぼろぼろだった。
だが、それでも。
それでも、彼の瞳は死んではいなかった。
ブーンは事態を見ることの出来ないミセリに向かって、大声で言った。

(∪;ω;)「ミセリ、こんなの……こんなの……
      こんなの……ぜんぜんいたくないから!!」

64名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:16:30 ID:ndF7vt0k0
――この状況で、本当に、本当によくぞ言い放った。
今すぐ抱きしめてやりたい。
頬ずりをして、彼の行動を褒めてやりたい。
傷が癒えるまでの間、好きな物を食べさせて、甘やかしてやりたい。

何が彼をここまで変えたのか、デレシアには分からない。
それでも、彼が起こした行動は年齢や性別、世代、時代や人種を越えて尊敬するに値する。
ただ、問題がある。
抱きしめるには、百五十ヤードの距離はあまりにも、あまりにも現実的で遠すぎる点だった。

( ゚∋゚)「調子に乗るな!!」

大量の血を吐きながらも悲鳴を上げなかったブーンに対して、男は勢いをつけた蹴りを放とうとして――

从'−'从「……ったく、何熱くなっちゃってるのぉ?」

――それまで静観していた女性に、それを止められた。

( ゚∋゚)「何故邪魔をする」

从'−'从「邪魔するつもりはないけど、別に蹴り殺す必要はないでしょ?
     銃でいいじゃない。
     時間、ないんじゃないのぉ」

ある意味で、それは女性の慈悲だったのかもしれない。
蹴り殺されるよりも一発で殺す方が、同じ死でも大分楽だ。
取り出した拳銃にサプレッサーを装着し、女性はそれを手渡した。

( ゚∋゚)「……それもそうだな」

男も、自分の行動を振り返り、大人気なかったのだと反省したようだ。
大人気ないどころではない。
万死に値する行動だ。
ただの死では生ぬるい。

男は拳銃を受け取り、構えた。
銃口はブーンの頭部に向けられ、いよいよ、手出しが出来なくなった。

( ゚∋゚)「今、その痛みと苦しみから解放してやる」

(∪;ω;)

その声に反応して、ブーンは振り返るようにそちらを向いた。
目の前に現れた銃口に、彼は何を思ったのだろうか。

(∪ ω )

ブーンは、マズルフラッシュと同時にミセリの上に倒れた。
その背中に三発の銃弾が浴びせられ、最後に唾が吐きつけられた。

65名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:19:40 ID:ndF7vt0k0
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            ィ:7 イ壬ソィ=-ミ、_          ヾ:.、: : .、:}、
            /i ! ゙弋辷彡ニ=ミ、`ヽ         `ヽ:、 :i:l:、
            /ο{ 、..:::ヾ.煙乂大ヾ.ヾ:.゙.          ヾ:、. ゙:.、.
       /゚    、:::、::ー-:::7´  ヾ:.ハ:.i:}          j } .}:i:!
‥…━━ August 3rd PM15:09 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ノハ#゚⊿゚)「ぶっ殺す」

ζ(゚ー゚*ζ「……それはまた別の機会ね」

デレシアは、あの糞の塊以下の愚か者を許すつもりは毛頭ないが、それでも、笑顔を浮かべた。
それは憤怒の表れでもあったが、別の意味もあった。
嬉しかったのだ。
単純に、悦ばしい事態に笑顔を浮かべたのだ。

これ程嬉しいのは、久方ぶりだ。
今度の事態は、デレシアが一切介入しない中で起こった事なのだ。
つまり、起こるべくして起こり、成るべくして成った事態。
眼前で起こったのは、自然の摂理の象徴だった。

ノハ#゚⊿゚)「……んでだよ?」

まだ気づいていないヒートに対し、デレシアは落ち着かせるために穏やかな口調で説明する。

ζ(゚ー゚*ζ「いくつか理由があるけど、まずは、そうねぇ……
      ほら、あれ」

突如として出現したのは、Cクラスの棺桶。
要塞攻略用棺桶、“マン・オン・ファイヤ”だ。
あの棺桶は、ギコ・ブローガン――いや、ギコ・カスケードレンジと言った方がいいだろうか――が使用していたコンセプト・シリーズ。
彼も、この場に来ていたのだと、それで分かった。

激情的な機動で接近し、電撃的な速度で強襲を仕掛ける。
機動力こそジョン・ドゥ並だが、あの棺桶が持つ破壊力と戦闘能力はずば抜けて高い。

( ゚∋゚)『光よりは遅いが、ナイフよりは断然疾い』

慌てることなく、男は即応した。
コード入力と共に棺桶を起動させ、装着。
ほぼ同時にギコの背後にある物陰から始まった銃撃は、傍観していた女に向けられていた。
女はそれを察知していたのか、軽くステップを踏んで回避し、その場から迷わず逃走した。

賢明な判断だ。
近くにいて巻き込まれることを考えれば、身を引くのが最もいい手だ。
武骨な大型棺桶二機が激突し、肉弾戦を開始する。
重金属がぶつかる音は、鈍い鐘の音に似ている。

66名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:22:48 ID:ndF7vt0k0
この状況下で打撃戦を行ったギコの意図を察し、デレシアは内心で彼を称賛した。
流石は“魔女”ペニサス・ノースフェイスの教え子だ。
彼は、ブーンとミセリに被害が及ばないように、両腕の兵器を使用しない戦い方を選んだのだ。
一度距離を置いた二人が、大声で会話をする。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ならば何故だ!!
     耳付き風情に加担する理由は!!』

ム..<::_|.>ゝ『惚れたのさ!!
      人生初の一目惚れだ!!』

ペニサスの言った通りだ。
感情を表に出さないタイプだが、優しく、そして激情的な一面を持っている。
そして慧眼の持ち主だった。

ム..<::_|.>ゝ『そいつを見たら、誰だって惚れもするさ!!』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『笑止!!
     耳付きの行いなど、万事笑止!!
     所詮は人の真似にすぎんのだ!!』

その言葉を聞いた瞬間、周囲一帯に電気が走るように殺気が走った。
憤怒の化身になりかけていたヒートも、一瞬で冷静さを取り戻すほどの殺気。

ノハ;゚⊿゚)「……な」

この感覚、随分と久しいが間違いない。
絶対零度の大地を髣髴とさせる独特の殺気を放つ人物を、デレシアは覚えていた。

「――笑止?
その少年の行いが、笑止?」

ギコの背後。
灰色の髪、冬の空の色をした瞳。
兵舎の影から姿を現したのは、黒鋼の女。

(゚、゚トソン「……貴方、叩き潰します」

彼女の名は、トソン・エディ・バウアー。
軍事都市イルトリアが誇る“イルトリア二将軍”の一人、“左の大槌”である。

67名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:22:55 ID:3xx7Z7ME0
支援

68名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:23:52 ID:ndF7vt0k0
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Ammo→Re!!のようです
     /イ ::::::::::::::::::::::::::::|∨ハヘ   ∨∨__,,,Ⅵ∨::::::::/::!::::: : /:::::.:/ ⌒
 ー="´ /::::::;:イ:::::::::::::::::::::|、∨ハヘ, /,.イハ/ハ ∨:::/::/!:::::::/:::::.:/∠⌒
      |:::::/ |::::/i:::::::::|ヽ! { ∨xィイゞ゚≠‐′  |:::/ //::::::/:: /:l Ammo for Relieve!!編
      |:::;::  |::::| |:::!|:::{\, ヾ∨:::ム´       i:/ //:::::://::::.:lヾj:.ノ
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      ∨  |::::| |:::!N:}ヽイ                 //  l::::.:.:.:.:l:.ゞ.イ
              ‥…━━ August 3rd PM15:11 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

宣言した直後、トソン・エディ・バウアーはネクタイを緩め、瞬き一つせずに疾駆した。
エクスペンダブルズに対して生身で接近戦を挑むのは、どう考えても無謀だ。
軍にいたころ、彼女の輝かしい戦歴や武勲は聞いていたが、それでも不利極まりない。
ギコ・カスケードレンジは援護を考えたが、彼女がスーツの下から取り出した得物を見て、考えを変えた。

彼女が持っているのは、二本の高周波ナイフ。
ジョン・ドゥ用に用意されているタイプのもので、ここに来る途中で鹵獲したと思われる。
彼女が普段の戦闘で使用するのはあの類の得物なので、勝算は十分にあり得た。
Cクラスの棺桶全体が持つ欠点が、長すぎるリーチにある。

そこを狙うのなら、トソンが一方的にやられるということはない。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『なんだ、貴様は!!』

トソンはその問いに答えることなく、戦闘を開始した。
殴り掛かろうと振り上げた右腕の付け根に、ナイフを一本投擲。
刺さり具合は浅いが、腕は力なく垂れ下がった。
エクスペンダブルズの装甲強度に対してナイフがどこまで有効かを試すことなく、ただの一投で回路を絶った。

性能を熟知している人間にしか出来ない戦い方だ。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『生身で勝てると思うか、この女!!』

動かない右腕は重りでしかない。
クックル・タンカーブーツは左腕の鉤爪を展開し、光学兵器を構えた。
その行動自体は正しい物だが、相手を理解していない時点でクックルの失敗だ。
ニクラメンの二将軍の素顔は、そう滅多なことでは見られない。

謁見の機会が得られるとしたら、戦場か、それとも殺される直前だけだ。
クックルは、これまでに一度も彼女と面識がないのだろう。
ギコは床を踏み砕く勢いで跳躍し、襲い掛かる。
トソンの行動と戦闘方法を知っているギコが彼女に合わせて動くのは、至極当然のことだった。

彼女はギコを信頼し、計算した上で行動しているのだ。
それに、この至近距離にいながら動かぬ道理はない。

ム..<::_|.>ゝ『させるか!!』

69名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:25:08 ID:ndF7vt0k0
エクスペンダブルズの左肘にバンカーバスターの先端を叩きつけ、光学兵器を地面に向けて発射させた。
青白い光が勢いよく迸り、地面が黒く焦げて溶解し、小さな穴が開いた。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ぐっ!!』

薬莢型の使用済みバッテリーが、腕の廃莢口から飛び出す。
その僅かな隙。
一瞬の内にトソンはエクスペンダブルズの傍に現れ、ナイフを開いた廃莢口に突き刺した。
火花と電流が飛び散り、左腕から黒煙が上る。

堅牢な装甲にある、僅かな弱点。
エクスペンダブルズの設計と性能を熟知しているトソンは、その弱点を容赦なく叩き、そして潰した。
彼女はその場から飛び退き、新たな高周波ナイフを右手で取出し、逆手に構える。
すかさず、ギコはエクスペンダブルズの足関節を上から踏みつけた。

バランスを崩し、エクスペンダブルズは膝を突く。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『姑息な真似を……!!』

(゚、゚トソン「棺桶の性能を過信しすぎです」

それだけ言って、トソンは背面のバッテリーボックスをナイフの一突きで破壊し、戦闘を終了させた。
彼女はそれ以上攻撃を加えることはせず、ただ、興味なさ気に擱座したエクスペンダブルズの横を通り過ぎた。
性能に頼り切り、慢心した棺桶持ちなど殺す価値もないとばかりに。
この間、僅か三十四秒。

(゚、゚トソン「ギコ、行きますよ」

これが、イルトリア二将軍の実力。
これが、“左の大槌”の実力。
これこそが、トソン・エディ・バウアーという女性の戦い方であった。

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         l./    ヽ    l ヽ .l  .ヽ ..l     \ .l   人 .l\ヽ
     l  k_      ヽ   l  ヽ l  ヽ .l     \.l ,r'i´¨iヾゝ`ヽ
     l l/ `ー- 、  ヽ   l  ヽ.l   ヽ.l      ,rイ丿ノ ノ 丶ヽ
      l lー---t----≡=\l_  ヽl  ヽ `   ,r'"ー'イ_, イ    l
   ,i  l l `ヽ、 ヾーイ=',ノ`'ーヾ_ー--- ゝ   ー--―'"        l
   / l  li,i   `ー-==--―='"´                  
‥…━━ August 3rd PM15:11 ━━…‥
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(=゚д゚)「……待てよ、ワタナベ・ビルケンシュトック」

兵舎の間を走り抜けていた白いドレスの女の背に、トラギコは銃口を向けながらその言葉を送った。
逃走していたワタナベ・ビルケンシュトックは大人しく立ち止まり、優雅な仕草で振り返る。
その顔は、何かを期待しているかのように楽しそうだった。

从'ー'从「なぁに? 何か忘れてたのかしらぁ?」

70名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:27:06 ID:ndF7vt0k0
(=゚д゚)「いくつか訊きたいことがあるラギ」

撃鉄は既に起きている。
後は銃爪を引くだけで、ワタナベの頭の半分を吹き飛ばすことが出来る。
情況を理解しているのか、彼女は抵抗する様子も仕草も見せず、だが、残念そうな口調で返事をした。

从'ー'从「私について?」

(=゚д゚)「……じゃあ、まずはそっちから訊くラギ。
    なんで、あのガキを助けたんだ?」

ワタナベは、明らかに意図的に耳付きの少年を助けようとしていた。
ただ、助け方がかなり特殊で、そこに至った理由が知りたかった。
彼女は何故、あの少年を助けようとしたのだろうか。

从'ー'从「……助けた? 勘違いじゃないのぉ」

(=゚д゚)「いいや、それはねぇラギ。
    ここに来る途中、手前は散々人を殺した上に壁まで丁寧に作ってくれやがったラギ。
    だけど、あのガキどもはお前がここに連れてきただけで、殺そうとはしていなかったラギ。
    お前らしくねぇラギ」

从'ー'从「……覗き見が趣味なのかしらぁ?」

ワタナベは、今度は否定しなかった。
つまりそれは、肯定を意味している。
彼女の言葉を真実として、トラギコは話を続ける。

(=゚д゚)「加えて奇妙だったのが、殺人狂の手前が、どうしてあのガキを殺すのに手を貸さなかったのか、ってことラギ」

从'ー'从「……」

(=゚д゚)「やろうと思えば、お前も殺しに加われたはずラギ。
    それに、もっといたぶって殺す事も出来たはずラギ。
    だけどそれをせずに、拳銃を渡した」

無言。
この無言は肯定か、それとも否定か。
彼女の返答を待たず、トラギコは続けた。

(=゚д゚)「そして、どうして拳銃を渡す時にサプレッサーを付けたラギ?
    これが一番不可解だったラギ。
    周囲に発砲音を聞かれても、今更何もデメリットはないのに、どうして付けたのか」

先ほど得た、少年を殺すつもりがなかったという意志。
にも関わらず手渡した拳銃。
そしてサプレッサー。
これらのつながりが導き出すのは、一つの推論。

71名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:28:26 ID:ndF7vt0k0
(=゚д゚)「……ワタナベ、お前、ガキが怖がらないように、わざわざサプレッサーを付けたんじゃないラギか?
    そして、ガキがこれ以上苦しまないために拳銃を渡して、一発で死なせようとした。
    違うラギか?」

从'ー'从「だとしたら何?
     それがどうかしたのぉ?」

それは肯定の答えだった。

(=゚д゚)「理由を知りたいだけラギ」

そう。
この殺人狂が何故、あの少年にそこまでの慈悲と手間をかけたのか。
それがどうしても気にかかっていた。
道中に見た夥しい死体と、どうしてもつながらない。

ルールがあるにしても、やはり気になるのだ。

从'ー'从「私の主義と、あの子が気に入ったからよぉ」

主義、と言われたらそれまでだ。
何故なら、主義を掲げる人間は総じてその主義に明確な理由を持たず、他人に共感してもらうことをしない。
彼らの中にある彼らのルールなど、誰に分かる物か。
ましてや、相手は殺人によって快楽を得る狂人だ。

分かるはずがない。

(=゚д゚)「……シンプルラギね」

从'ー'从「その方が分かりやすくていいでしょぅ?」

一つ、気がかりなことが解消できた。
しかし、もう一つある。
こちらが本命だ。

(=゚д゚)「それじゃあ、本題ラギ。
    ……何のために、こんなバカげた騒動を起こしたラギ?」

从'ー'从「それを、教えると思う?」

(=゚д゚)「あぁ、教えてくれるラギね」

トラギコは拳銃を強調するように構え直す。
何故か、ワタナベは笑みを浮かべた。

从'ー'从「なんでも、ここにあるニューソクって物が目当てみたいよぉ。
     後は搬出するだけになってるしぃ。
     まぁ、私はただ雇われただけだから、どうでもいいんだけどねぇ。
     ほら、私のプレイグロードって汚染物質やらなんやらに強いからさぁ」

72名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:29:33 ID:ndF7vt0k0
(=゚д゚)「……え?」

从'ー'从「え、って、何?
     知りたかったんでしょ、この騒動の目的と私がいる意味を」

(=゚д゚)「あ、あぁ……そりゃあそうラギ。
    でも……」

从'ー'从「……私の主義。
     じゃあ、またねぇ」

そのまま立ち去るワタナベを、トラギコは撃つことが出来なかった。
彼女が浮かべた笑顔は、どうしてか、子供のように無邪気で。
そして。
そして、とても儚げなものだったから。

気持ちを切り替え、トラギコはギコの元へと向かった。

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            ,゙    ー=´イ 〃 .:l :l.::/ l |.;;|:⊥|_l_リ  }:|!:::}::::|::| j:|
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          ,..ィイム:::::::::::::::::{〈_ ((\:::l::l:|::|   ヾ        \
‥…━━ August 3rd PM15:12 ━━…‥
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ノハ;゚⊿゚)「……」

トソンが見せた手際の良さに、デレシアの隣で観戦していたヒートは絶句している。
彼女は殺すための戦闘ではなく、動きを止めるための戦闘を行ったのだ。
理由は分かり切っている。
手持ちの武器では殺せないからだ。

一度目は相手が油断しきっていたから有効だったが、二度目はないだろう。
殺し合いとは常に起こり得る事態であり、常に己の力が試される。
しかし、戦闘とはそういうものだ。
その結果がこれだ。

イルトリアの軍人でありながらこの失態劇を演じたのは、彼の実力不足のせいである。
会話を聞く限りでは元大尉だが、実力は元中尉のギコ以下だ。
階級に関してはかなり厳しい規則を設けているイルトリアで大尉にまで上り詰めた経緯は不明だが、所詮は肩書。
昇格するために、ハイエナのような手段で手柄を立て続けたのだろう。

しかし、鎮座している豚への興味はもうほとんど失っている。
どうでもいいことだ。

ζ(゚ー゚*ζ「手出しをしなくていい理由の二つ目」

73名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:31:57 ID:ndF7vt0k0
もう、抑えきれなかった。
抑える必要もなかった。
衝動に身を任せ、デレシアはヒートの手を引き、ブーンの元に駆け出した。

ノハ;゚⊿゚)「な、なんだよ!」

全て偶然の産物に見えるが、その実は違った。
全てはブーンの実力。
彼の持つ力が、全てを変えたのだ。
最悪に思われた事態を、彼自身がここまで変えて見せたのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「あの子は、死んでなんかいないわ!」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Ammo→Re!!のようです

              ‥…━━ 第十章【answer-解答-】 ━━…‥

                                         Ammo for Relieve!!編
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

――ブーン生存は、いくつかの要因が関わって初めて成立するものだった。

まず前提として、ブーンの体力と身体能力の高さを留意しておく必要がある。
人生の大半を暴力と共に過ごし、痛みが日常と化していたその生活の背景。
殴る、蹴るという攻撃に対しては並外れた耐久力が備わったのは、必然だった。
クックルの体躯から繰り出されたあれだけの暴力にも関わらず絶命を免れたのは、奇跡ではなかったのである。

続いて、彼の衣類――カーキ色のローブ――が、優れた防弾繊維であることも欠かせない。
“魔女”ペニサス・ノースフェイスが彼に手渡した少し大きめのローブは、デレシアも愛用している高性能な繊維で、徹甲弾でもない限り貫通しない強度と柔軟さを持つ。
それを身に纏ったブーンの背中に撃ち込まれた銃弾は、確かに凄まじい威力を有していただろう。
だが、強靭な骨を持つブーンには強烈な打撲傷と軽度の骨折だけが残った。

更に、若い女性が使用した拳銃にも要因があった。
サプレッサーを付けることで静音効果を得た反面、その威力が減退していたのである。
明らかに威力減退を意図したその行動は、ブーンの背中に与える衝撃を僅かだが軽減したのだ。
これが、彼を襲った打撃と銃撃の結果である。

外的要因に含めるとしたら、ギコとトソンのイルトリア人二人の参戦も欠かせない。
ブーンの意志に呼応した二人がいたからこそ、クックルはブーンの生存を確認する間もなく、戦闘行動を強いられた。
このさほど重要でもなさそうに思える時間こそが、重要だった。
結果としてブーンは、あれ以上の攻撃を受けることなく済んだのだ。

最後に残る疑問は、顔に撃ち込まれた銃弾。
防御力のない顔は絶対的な急所。
一撃で事を終わらせるなら、そこに限る。
それが普通だし、クックルはセオリー通りにそうした。

74名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:33:08 ID:ndF7vt0k0
だが。
ブーンは普通ではなかった。
彼は耳付き。
優れた身体能力と、並外れた身体機能を持つ人類なのだ。

そして。
状況は普通ではなかった。
積み重ねられた幾つもの偶然。
それらが生み出した答えは、必然だった。

銃弾が撃ち込まれたことによって、大量のアドレナリンが分泌された状態のブーンが見た世界は速度を落としたものだっただろう。
亜音速で飛来する弾丸を視認することぐらい、彼には造作もないことだった。
ましてやそれを。
それを――

――文字通り“弾丸を食らう”ことなど、不可能ではない話なのだ。

歯で弾丸を噛み取ることは、普通の人間には不可能だ。
だが、ブーンは違う。
並外れた顎の力。
そして、歯の硬さ。

これらの要因が全て揃って初めて、ブーンの生存に繋がったのだ。

ミセ;'−`)リ「ブーン、ねぇ、ブーン!!」

今にも泣き出しそうなミセリの傍に、デレシアとヒート。
そしてトソン、ギコとブーンの行動を見守り、そしてそれに感化された人間達が集まった。
ブーンを抱き上げて容体を確認したのはデレシア。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫、この子は怪我をしているだけよ」

その言葉を裏付けるように、ブーンの口から銅色の金属片が転がり落ちる。
歯型が残るそれは、紛れもなく銃弾だった。
人間では不可能な芸当を成し得た何よりの証拠。

(゚、゚トソン「ミセリ、彼は気絶しているだけです」

倒れたミセリを抱き上げたのは、トソンだった。

ミセ;'−`)リ「トソン、それに……デレシアさん?!」

ζ(゚ー゚*ζ「久しぶりね、ミセリちゃん。
       それにトソンちゃんも」

(゚、゚トソン「……お久しぶりです、デレシア様」

75名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:37:59 ID:ndF7vt0k0
三人のやり取りを不思議そうな顔で見るギコ。
棺桶をコンテナに収納し、彼もまた、ブーンの状態を知るために駆けつけたのだ。
あれだけの大声で想いを叫べば、彼の性格がよく分かる。
無口だが、その分目が雄弁だ。

(,,゚Д゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「……ブーンちゃんは大丈夫。
      ただ、出来るだけ早く治療してあげないと」

(,,゚Д゚)「そうか」

安心したようにそう呟いたギコの後ろから、トラギコ・マウンテンライトが姿を現す。
どこか釈然としていない、不完全燃焼といった様子だ。
それぞれの事情はさておいて、今はこの場所から脱出することが優先であることを知っているからこそ、何も言ってこないのだろう。
利害の一致によって、無駄なやり取りは避けられる。

(゚、゚トソン「プランは?」

ζ(゚ー゚*ζ「マリアナ・トンネルを使うわ」

(゚、゚トソン「ご一緒しても?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、もちろんよ。
       そこのダブル・ギコも乗るのなら、どうぞ」

――斯くして、擱座したクックルを除く全員が一台の車に乗り込むこととなったのであった。

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     ,.ィニニニニニニニニィ============ヽ__
   / | i‐―il|iー‐‐i |||         ||;[j
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‥…━━ August 3rd PM15:20 ━━…‥
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ノパ⊿゚)「なぁ、ギコの名字って、確かブローガンじゃなかったか?」

銃座の無反動砲の具合を確認しながら、ヒート・オロラ・レッドウィングは運転席のデレシアに単刀直入にそう尋ねた。
だが、答えようとしたデレシアより先に、正答を口にする者がいた。
刑事、トラギコ・マウンテンライトだ。

(=゚д゚)「昔の名だと、こいつのことを毛嫌いする人間が多いラギ。
    だから退役した後の仕事が難しくなる。
    イルトリアじゃあ、退役後に名前を変えるなんてのは珍しくないことラギ」

トラギコの言う通り、それは、イルトリア人特有の慣わしのようなものだった。
イルトリア軍人の力は世界共通の認識で、その軍隊の中尉ともなると恨みを買うことが多い。
直接的な恨みは少ないが、その分、名が知れ渡ることで風評が立つ事がある。
引退したイルトリア人が外地に出向かないのは、報復など面倒なことに巻き込まれる確率が高いためだ。

76名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:39:22 ID:ndF7vt0k0
その為、イルトリア人が外地で隠居生活を送る際には、必ずと言っていいほど偽名を使う。
ペニサス・ノースフェイスからギコの本名については訊いており、彼が名を変えていることは既に確認してあった。
優秀な教師の優秀な教え子なら、必ずそうしていると思ったからだ。
だが、気付きはそれ以前からあった。

トラギコに連れて行かれた取調室で、彼が電話でギコの名を口にして確認したのを盗み聞いた時から、デレシアはペニサスとの関連に気付いていた。
だからこそ、ペニサスの教え子がギコであることに確信をもって質問をすることが出来たのだ。
長い隠居生活を送っていたペニサス自身、イルトリア人である以上、偽名を持っていた。
それは――

――ペニサス・ブローガンという、偽名。

狙撃手ほど戦場で忌み嫌われる存在はいないが、ペニサスほど恐れられた狙撃手はそういない。
全ての狙撃の記録が非公式で、彼女は常に単独で行動する狙撃手だった。
そうして残ったのは、敵が死んだという結果と“魔女”という渾名だけ。
彼女の名を知るのは、イルトリアの人間ぐらいだ。

その証拠に、クロジングの人間はペニサスの事を“魔女”と呼び、名を呼ぶことをしなかった。
彼女がヒート達の前で本名を名乗ったのは、親友であるデレシアの前で偽名を使う必要がないと考えたからだ。
何故ギコがペニサスと同じ偽名を使っていたのかは定かではないが、故意に同じ偽名を使用したのだと、デレシアは想像している。
そう考えれば、恩師と同じ地域に暮らしていた理由にも説明がつく。

町に下りない恩師の元に食料品を届け、いつでも窮地に駆けつけられるように。
ギコは、ペニサスの事を心から慕っていたのだ。

(=゚д゚)「大方、ホステージ・リベレイターで名を挙げて、自分の正体を隠そうって考えていたんだろ?
    その甲斐あって、その筋じゃ有名人だ」

(,,゚Д゚)「……あぁ」

二人のやり取りを見る限り、ギコ自身が己の本名を喋ったわけではなさそうだった。
トラギコが短期間で調べ上げたに違いない。
警察の持つ情報網を工夫すれば、あるいは可能かもしれない。
そういった機転を利かせることが出来るのを考慮すると、トラギコは思っていたよりも優秀な刑事だ。

(=゚д゚)「俺はトラギコだ。
    ……折角だ、あんたの名前も教えてくれラギ」

ノパ⊿゚)「……スナオだ」

(=゚д゚)「スナオ、ね。
    そっちのあんたは?」

(゚、゚トソン「名乗る理由がありません」

(=゚д゚)「ちっ、社交性に欠ける女ラギね。
    それで、金髪のあんたの名前は?」

77名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:43:54 ID:ndF7vt0k0
このトラギコの優秀さを考えるのであれば、下手に名前を名乗りたくはない。
一度警察のリストに載ってしまえば、靴底に付いたガムのように世界中の警察官が捕獲しようと目を光らせる。
捕獲した警察官には、特別手当――約一万ドル――が支払われることになるからだ。
前時代と形態は変わったが、効率の面で言えば圧倒的にこちらの方がいい。

偽名を使うのは簡単だが、彼の耳はそれを容易く聞き分けることだろう。
トラギコが金目当てで聞いていないのは分かる。
それに、ここで本名を名乗っておいてもいいかもしれない。
その方が、後が楽しくなるからだ。

ζ(゚ー゚*ζ「デレシアよ」

(=゚д゚)「……なるほどな」

自己紹介――名乗るだけの簡単な物――が終わった後の車内は、声一つ聞こえないほど静かだった。
殆ど面識の無い物同士の相乗りなら、こうなるのが自然だった。
全員に共通している話題は、助手席で気を失っているブーンだけ。
そして今は交流会ではないので、ブーンの話題で盛り上がる必要はなかった。

ヒートはギコが棺桶を天井に固定したのを確認してから、銃座に付いた。
役割として、トラギコが砲弾をヒートに手渡し、トソン・エディ・バウアーが遠隔起爆装置を扱う。
残ったギコはその棺桶をいつでも使えるように、トラギコの隣に腰掛ける。
全員の配置が済むのと同時に、運転席でハンドルを握るデレシアはエンジンを吹かし、装甲車を発進させた。

人工の空がひび割れ、空間全体が地鳴りによって震える。
終わりが近い。
海上都市ニクラメンの歴史の終わりが、もうそこに迫っている。
崩壊を始める都市の風景は、幻想的だった。

建物の窓ガラスが砕け散り、雨音のように鳴り響く。
振動に耐えかねて崩壊する建造物。
生存者の口から発せられる悲鳴。
全てが一つとなって、終焉を告げる。

タイヤを軋ませ、装甲車は予定していた道を走り、十分に加速する。
速度を増した装甲車が遠隔起爆装置の有効範囲内に入った瞬間、トソンが起爆スイッチを押した。
百フィートほど離れた場所にある、マリアナ・トンネルへの入り口を封鎖していた兵舎が爆発し、辺り一帯に爆音が轟いた。
折れ曲がった鉄骨や粉々になった壁が舞い上がり、薄らと炎の残る兵舎だった場所に落ちる。

荒れ果てた地面に、巨大な長方形の穴が開いていた。
先ほどまで五インチの厚みを持つ扉が閉じていたのだが、高性能爆薬五キロには勝てなかった。
あれこそが、マリアナ・トンネルに通じる道だ。
ヒートはトンネルに通じる穴の大半が瓦礫で塞がれてしまっているのを見て、無反動砲の狙いを定めた。

発射された砲弾が瓦礫を細かく吹き飛ばす。
トラギコから砲弾を受け取り、ヒートが再装填。
もう一発撃ち込み、車が通れるだけの幅を確保した。

(=゚д゚)「よし、戻れ!!」

78名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:47:21 ID:kJUeEPCoO
既読感があるなと思ってたら再投下か、まだ一昨日のところだな

79名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:47:28 ID:ndF7vt0k0
言われるまでもなく、ヒートは車内に戻って銃座に続く天井部を閉めてから、シートベルトをした。
一行を乗せた装甲車はトンネルに向かって、瓦礫を踏み越え進む。
穴の先は暗闇で、何が待っているのかまるで見えない。
しかし、車内の誰も恐れてはいなかった。

恐れたところで、状況が何一つ変わらないことを理解しているからだ。
生温い生き方をしてきた人間は、この車には乗り合わせていない。
ある意味で、心強いメンバーが揃ったものだ。
これも、旅の醍醐味の一つだ。

トンネルに侵入した瞬間、一瞬の暗転があった。
直ぐに、ハイビームが照らし出す景色が目に入る。
壁と天井には大小さまざまなパイプが張り巡らされ、それらが血管のように絡み合っていた。
まるで生き物の体内だ。

聞こえる音は風の通り抜ける、轟音だけ。
先ほどと比べての変化と言えば、環境が変わったことによる音の違いと、振動がより大きくなっている点だ。

ζ(゚ー゚*ζ「……始まったわ」

ノパ⊿゚)「え?」

デレシアの言葉に反応したのは、ブーンとミセリ以外の全員だった。
何の話をしているのか理解できなかったが、それがどちらに向けられた言葉なのかは理解した。
全員が一斉に振り返り、デレシアの言葉の意味を理解した。
入り口だった場所 が、瓦礫に埋もれて消えていた。

ひょっとしたら、巨人の跫音とは、このような音なのかもしれない。
ゆっくりと微震が走り、そして、固い物体が砕ける音と共に大きな振動が訪れる。
崩壊が一歩、また一歩と迫っているのがよく分かった。
振動がある意味で規則正しく、まるで時間を刻むように訪れていたことに、その時に全員が初めて認識した。

ここから先は、デレシアの運転に全てが掛かっている。
そう思うと、デレシアは胸の高鳴りを抑えきれなかった。

(=゚д゚)「……ちょっと軽くしてやるラギ」

アタッシュケースを膝に乗せ、トラギコはそんなことを言った。

(=゚д゚)『これが俺の天職だ』

その言葉と共にアタッシュケースが開き、機械籠手と山刀のような剣が現れる。
携帯可能な対強化外骨格装備、“ブリッツ”だ。
手際よく装着したトラギコは、銃座に続く天井部を開いた。
金切声のような音の後、金属が転がり落ちる音が後ろから一瞬だけ聞こえた。

バックミラーで確認すると、円筒が転がり落ちていた。
重量を減らして、少しでも速度を上げるために迫撃砲を切り落としたのだ。

(=゚д゚)「砲弾もいらねぇ、まとめて寄越せ」

80名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:49:14 ID:ndF7vt0k0
なかなかに大胆な思考と行動力を持っていると、デレシアは感心した。
ヒートが砲弾の入った麻袋を手渡し、それをどうするのかと見ていると。

(=゚д゚)「せぇい!!」

全力で投擲した。
なるほど、機械籠手の補助があれば、人間離れした遠投が可能だ。
無尽蔵の食欲を持つ化け物に餌を投げ与えるが如く、砲弾を瓦礫に与える。
瓦礫が麻袋を飲み込んだ瞬間、連続して爆発が起きたが、直ぐに別の瓦礫がそれを覆い隠した。

車内に戻ったトラギコは、ブリッツをアタッシュケース型のコンテナにしまった。

(=゚д゚)「ただ乗りはしねぇ主義でね。
    これでチャララギ」

(,,゚Д゚)「そりゃ驚きだ。
    俺の時はただ乗りしたくせに」

ギコの言葉を受けて、トラギコは鼻で笑う。

(=゚д゚)「さっき援護してやっただろ、それでチャララギ」

似た名前だから仲がいいのか、それとも気が合うのか。
クロジングで初めて出会ってからこの二人に何があったのかは分からないが、大分進展しているのは確かだ。
トラギコの軽量化のおかげか、心なしか速度が上がった気がした。
しかし、依然として崩壊の跫音は近づきつつある。

緩やかな上り坂に差し掛かった時、沈黙を守っていたトソンが口を開いた。

(゚、゚トソン「……後、一分いえ、四十秒でしょうか」

ζ(゚ー゚*ζ「そう? 私は二十秒だと思うけど」

ノパ⊿゚)「何の話してんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「トンネルの安全装置が作動するまでの時間よ。
      ほら、トンネルから浸水したらシャレにならないじゃない?
      ある一定以上の衝撃を感知したら自動的に隔壁が上がるのよ、ここ。
      それに、ブロック形式でトンネルを作っているから、隔壁が上がれば崩落も自然と止まるわ」

車内に再び沈黙が訪れた時、それは起こった。
ライトが照らしていた道の先に、巨大な板がせり上がってきたのだ。
目の前で隔壁が完全に閉まり、一行を乗せた車両はその前で停車した。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、二十秒だったでしょ?」

(;=゚д゚)「ほら、じゃねぇラギ……」

安全装置が作動したおかげで、崩壊に巻き込まれる心配はなくなったが、退路が文字通り絶たれた。

81名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:51:27 ID:ndF7vt0k0
ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、そう焦らなくてもいいわよ。
      後五百ヤードぐらいで、地上よ」

そこに至るまでにある隔壁の数は三枚。
一枚が約十フィートの厚みを持っており、対戦車砲では貫通させることも難しい。
対戦車砲の弾頭は装填されている分と合わせても六発。
この量では、隔壁一枚に小さな穴を空けるので精いっぱいだ。

トソンとブーン、ミセリを除いた全員が車外に出る。
改めて見ると、その隔壁の大きさを実感する。
これが見かけ倒しでないことは、一目で分かる。

(=゚д゚)「ブリッツじゃ、切れねぇラギね」

ノパ⊿゚)「どうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「ギコ、マン・オン・ファイヤでそこに穴を開けて頂戴」

要塞攻略用強化外骨格の地下壕潰しの兵器なら、この扉を貫通できる。
マン・オン・ファイヤの右腕ある発射装置には、六発のバンカーバスターが収納されている。

(,,゚Д゚)「生憎と、残り一発なんだが。
    特殊焼夷弾ならまだまだあるんだがな」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、それで十分よ」

そう言って、デレシアは簡単に作業の手順を説明し始めた。

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             弋       -‐       __,ィt‐テアミ}  | | |ミ/(:::廴____
              ヘ   /      __,-‐ニニヘミ彡'´、 _j_j_j込、:ヽ、___二ニ
               >x、     ,イ⊆ミj ,      ̄   Yミ/ュュュ圭込>'´
‥…━━ August 3rd PM15:30 ━━…‥
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強化外骨格に身を包んだギコ・カスケードレンジは、扉の前にいた。
扉の前には、彼一人しかいなかった。
聞こえるのは、血流の音に似た機械の駆動音。
武骨な右腕に備わった六角錐の六連装発射装置を振り被り、使用コードを入力する。

ム..<::_|.>ゝ『バンカーバスター!!』

その先端を扉に叩きつけた瞬間、六角錐の先端部から、内部に装填されていたバンカーバスターが射出された。
塹壕潰し、地下壕潰しを目的に開発されたバンカーバスターは、その設計上地上でも使用が可能である。
小型故に威力は落ちるが、それでも、十フィートの壁ならば貫通できる。
大爆発の後、隔壁には装甲車が通れるだけの大きな穴が開いていた。

82名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:54:45 ID:ndF7vt0k0
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しかし、ここで終わりではない。
ここから先にはまだ二枚の隔壁が残っている。
その隔壁を破壊しないことには脱出は出来ない。
流石に、バンカーバスター一発では扉二枚を破壊するなど、そんなことは出来ない。

この先も、ギコが一人で進んで道を開拓しなければならない。
それまでの間、デレシア達は車内で待機することになっている。
そうでなければ、彼等を巻き込んでしまうからだ。
特に、後輩にあたる人間を巻き込みたくはなかった。

彼は尊敬するに値する、立派な人間だ。

ム..<::_|.>ゝ

軍用第三世代強化外骨格、通称“棺桶”。
開発者が意図した事でないにしろ、このフルフェイスのヘルメットをギコは気に入っていた。
覆面は多くの事を隠し、心を押し殺して行動すること出来る。
押し殺し、隠した心の中では、常に多くの事を考えていた。

銃弾の飛び交う線上で。
緊張感の漂う現場で。
棺桶に包まれている間は、ギコにとって物事を落ち着いて考えられる時間であった。
戦闘の組み立て方から、全く別の事まで。

――ギコは進む。

今もまた、ギコは考えていた。
何故、自分はあの耳付きの少年に心惹かれてしまったのだろうか、と。
弱さ、儚さ、そして惹かれて止まない不思議な魅力。
腕力はないが、あの少年には他者よりも秀でた魅力を持っている。

彼の魅力は、きっと、二つの作用があるのだとギコは思う。
一つはギコのような人間を魅了する作用。
そしてもう一つは、人間の嗜虐心をくすぐる作用だ。
その魅力のせいで、あの少年は虐げられ、そしてあそこまで人を惹きつけているのである。

それはもう、十分な力だ。
力が世界を動かす時代において、彼の魅了もまた、十分な力。
イルトリアの軍人を三人も魅了したのだから、間違いない。
彼は将来、間違いなく大物になる。

――ギコは進む。

83名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:56:39 ID:ndF7vt0k0
今もまた、ギコは考えていた。
恩師、ペニサス・ノースフェイスを失った八月二日の夜。
あの日以来、ギコはブローガンの偽名を捨てた。
彼女に憧れて付けたその偽名が、あまりにも恥ずかしかったからだ。

自分には、彼女と同じ偽名を使う資格がない。
あまりにも弱く、あまりにも脆い自分が使っていい名前ではないのだ。
思い上がっていた自分を、ギコは責めた。
そして、ブローガンの名を捨て、嘗てペニサスの元で教えを受けていた当時の名前、カスケードレンジの名で生きることを誓ったのだ。

正にそれは誓いだった。
恩師の復讐を遂げ、そして、彼女が最後に残した物を守るまで、決して消えない誓い。
この二本の足は、それまで決して崩れることはない。
そんなこと、許されないのだ。

突如として現れた飛行能力を有する棺桶。
平穏な生活を送っていたペニサスを殺した理由。
ニクラメンを沈め、ニューソクを手に入れるために現れたクックル・タンカーブーツ。
全ては、線でつながっているような気がしてならなかった。

詳しくは分からない。
クロジングの田舎者たちを巻き込む手腕。
厳重な警備が自慢だったニクラメンを内部から崩し、全体の崩壊に導いた手際。
個人の動きでは到底ありえない。

巨大な組織が背後にあることは間違いない。
問題は、それがどこの組織か、である。
これだけの規模、計画、資金、兵力を有する組織となると、これまでにギコが見たことのないほど大きな組織に違いない。
ギコが手に入れた情報では、その正体を推測するには不十分だ。

ピースが無くては、パズルは形にならない。
パズルを始めるには、まずは十分なピースを揃える必要がある。
なら、まだ準備は万端ではない。
情報を手に入れ、相手の事を知らなければならない。

――ギコは、扉の前で立ち止まった。

巨大な窪みの出来た二枚目の隔壁の前に着いたギコは、左腕――特殊焼夷弾、テルミットバリックの発射装置――を振り被って叩きつける。
衝撃と同時に起こったのは、発光、としか表現できない。
一瞬の内に周囲が炎に包まれ、堅牢さの象徴とも言えた扉は無残にも溶け落ち、直撃を受けた場所は蒸発していた。
全てを焼き尽くす六千度の炎は、壁や天井だけでは飽き足らず、周囲の酸素を貪欲に食い散らかす。

百ヤード圏内の物で焼けていないのは、マン・オン・ファイヤだけ。
炎を踏み散らかし、ギコは蒸発して出来た穴を通って疾走した。
扉を潜った先も、大分炎の影響を受けており、所々が燃えていた。
二発目の発射用意を済ませ、ギコは視線の先に最後の隔壁を捉えた。

84名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:57:20 ID:ndF7vt0k0
レーザー照射によって狙いを定め、小型の焼夷弾を狙った場所に連続で三発発射する。
世界がテルミットの炎で漂白されるまで、数秒の間があった。
閃光と炎、そして強風が生まれる。
地上から吹き込む風に炎が揺れ、新鮮な空気がトンネル内を満たす。

炎が身の回りを焼き尽くす中、膝を突いて急速冷却を行う棺桶の中でギコは考えていた。
自分がこの先取るべき行動は理解していた。
何をして、何をするのか、その結果何が待っているのかも分かっている。
考えていたのは、その時期。

動く時期はいつでもいいが、出来るだけ速い方がいい。
ならば、今。
この瞬間に動き出そう。

ム..<::_|.>ゝ『……じゃあな、後輩』

視線の先に見える外の光に向けて、冷却を終えたギコは走り出した。
後輩への義理は果たした。
もう、彼らに関わることはないかもしれない。
これから始まるのは、ブローガンの名を捨てたギコ・カスケードレンジの旅。

或いは、それは――

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‥…━━ August 3rd PM16:00 ━━…‥
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溶けた扉が固まり、装甲車が走行可能になるまでに二十分必要だった。
冷えた外気がトンネルに強風を生み出し、割れたガラスから車内に風が入り込んだ。
デレシアはその風を感じ取り、ギコが作戦を成功させたのだと理解し、ローブを剥がした。
被っていたローブの下から五人の同乗者が顔を出し、まだ熱い酸素を吸った。

(;=゚д゚)「あっちぃ……!!」

勢いよく飛び起きたのは、トラギコ。

(゚、゚トソン「……ふぅ」

ミセ;'−`)リ「あ、暑い……」

続いて起きたのは、トソンとミセリのイルトリア人二人組。
トソンは、苦しげな表情を浮かべるミセリの額の汗を服の袖で拭い取る。
最後に、ブーンを胸の中で守っていたヒートがゆっくりと体を起こした。

ノハ;゚⊿゚)「サウナ並だな、こりゃ……」

(∪-ω-)Zzz……

85名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 21:59:44 ID:ndF7vt0k0
ヒートの腕の中でブーンは寝息を立てており、命に別条がないことを示している。
人並み外れた回復力と生命力に、デレシアは安堵した。
この少年の成長を、まだ見続けることが出来る。
まだ、見届けることが出来るのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「全員無事みたいね」

ペニサスが作った特殊な繊維のローブを被って、デレシア達は後部座席で身を寄せ合って熱風から身を守ったのである。
ブーンとヒート、そしてデレシアのローブの三人分がなければ、全員が助からなかった。
この作戦の危険な部分は、特殊焼夷弾の生み出す熱だけでなかった。
酸素の急激な燃焼による低酸素状態が、最も恐ろしい問題だった。

一時はトンネル内の酸素が失われたが、詰んでおいた潜水用の酸素ボンベを使い、それぞれが交互に酸素を補給した。
極限とも呼べる状態で意外な行動を示したのは、トラギコだった。
彼はミセリとブーンに優先的に酸素を与えるように指示をして、二人が酸欠にならないように配慮したのである。
結果として、体力面で劣る子供二人はこの状況を無事に潜り抜けることが出来たのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「トラギコ、ありがとう。
      おかげでこの子たちが助かったわ」

(;=゚д゚)「けっ、礼を言われるようなことはやってねぇラギ。
    本当に感謝してるんなら、さっさとここから出るラギ。
    減量中のボクサーじゃあるまいし、蒸し焼き料理になるなんてのはごめんラギ」

一人の例外もなく大量の汗を流し、誰の汗か分からない汗で全身を濡らしていた。
早くキンキンに冷やした水を飲んで、失われた水分を取り戻さなければ。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、行きましょう」

そして、タイヤの溶けた装甲車はギコが作った道を走り始めた。
悪路に揺られる車中では、会話はなかった。
兎に角熱く、そして苦しかったのだ。
苦しみは肉体的な物だけでなかった。

結局のところ、デレシア一行は生きて脱出することに成功した。
しかしそれだけだ。
ティンバーランドの目論見の破綻も、ペニサスの仇討も出来ていない。
デレシア達の脱出を除いて、相手の計画通りに事が進んだ。

それだけではない。
ブーンは傷つけられ、危うく命が奪われるところだった。
どこまでも腹の立つ連中だ。
時代が変わろうとも、彼らはいつだってデレシアを苛立たせる。

強いて。
強いて、よかったこと探しをするならば。
極限の状態で起こった、ブーンの選択による驚異的な成長。
自分の意志でミセリを助け、彼女を庇った。

86名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:01:18 ID:ndF7vt0k0
デレシアが仕向けたことではない。
誰かに強いられて行った行動でもない。
彼が自分で考えて起こしたことだ。
それだけが、唯一今回彼女達が得たもの。

得た物は確かに大きかった。
大きかったが、奪われた物も大きい。
全くもって、不愉快な決着だ。
このまま終わらせるわけには、当然いかない。

力によって、彼らの夢を踏み躙ろう。
徹底的に叩き潰し、捻り潰そう。
木っ端すら残さず、名残すら消し飛ばそう。
そうでなければ、この気持ちが収まる気がしない。

丹念に、丁寧に。
ウィスキーのように時間を掛けて注意深く熟成させたその計画。
その計画が実る直前に、それを刈り取ろう。
開花直前の花を握り潰し、凌辱するようにいたぶりながら台無しにしてやろう。

――見えてきた出口の先には、四角く縁取りされた黄昏の空に浮かぶ巨大な月が彼らを待っていた。

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‥…━━ August 3rd PM16:10 ━━…‥
To be continued...
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87名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:01:58 ID:ndF7vt0k0
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Ammo for Relieve!!編 Epilogue【Relieve!!-解放-】
               . ・  .        .         .    . .
       .+     .      .          .     °.   .             。
   .                .   。       .      .     .   .
         '    ‘  .       .      .      .        . 
          .        .       。       .     .   .
                         +     . . ゜ ゜        .
‥…━━ August 3rd PM19:00 ━━…‥

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

弓のように細い月が夜空に浮かび、足りない分の明かりは星が補った。
町外れの酒場に続く道に街灯はなかったが、天然の明かりが影を濃く照らしだす環境の中で、それは不要だった。
その酒場は看板が朽ちていて名前が読めず、客からは“廃屋”と呼ばれていた。
客層はこの近隣の人間ではなく、別の地域から流れてきた者がほとんどだ。

クロジングに立ち寄ろうとする旅人は少なく、床下のある宿を借りるぐらいなら、銃を枕に野宿をする方がマシだと言われている。
クロジングから最も近い距離にあるこの“廃屋”に客が押し寄せるのは、必然だった。
店主もこの地の利を活かして、店に隣接する宿――娼館も兼ねている――の経営も行っている。
だからこそ、ここの店には訳ありの人間がよく訪れ、店側もそれを知っているので配慮した店作りになっている。

基本的に客は個室を宛がわれるので、他者に顔を見られないようになっている。
勿論、会話の面でも秘匿性は比較的高い。
酒場特有の喧騒と店内で流れるラジオが内密な話を上塗りするために、他者に聞かれる心配も少ない。
情報交換には、もってこいの店だった。

その日、酒場で一番人気の肴は、もちろん海底に沈んだニクラメンの話だ。
店でその話に触れない人間はいない。
それは事件とも事故とも、災害とも言われているが、誰も事実に辿り着いていない。
生存者はおらず、街が沈んだ時間と事実以外、正確な情報は何一つない。

謎が謎を呼ぶこの話は、店で流されているラジオからもそのことについてパーソナリティーが面白おかしく話している。
ひょっとしたら発電機の暴走による大規模な爆発か、それとも海底生物による襲撃か、などだ。
リスナーから寄せられたハガキを交えて、その話は更に真実からかけ離れた方向に盛り上がりを見せていた。
木の板で区切られた個室で、五人の男女は大量の酒と食べ物、そしてジュースを前に話をしていた。

ヒート・オロラ・レッドウィングは、ストローを使ってジョッキから水を美味しそうに飲む、四肢のない少女に尋ねた。

ノハ^ー^)「うめぇか、ミセリ?」

ミセ*'ー`)リ「はい、このお水美味しいです」

ミセリ・エクスプローラーは、トソン・エディ・バウアーの膝の上でそう感想を述べた。
流石に七ドルもする水だから、ただの水ではないだろうと興味を示して注文したのは、トソンだった。
トソンはジョッキから直接一口飲むと、その味の違いに気付いたようだった。

(゚、゚トソン「これはドルイド山の水ですかね」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、このあたりの井戸から汲んだのかもしれないわね」

88名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:03:36 ID:ndF7vt0k0
(*∪´ω`)「あの……ぼくも……」

デレシアの膝の上で、遠慮気味に声を上げたブーンの垂れ下がった目がデレシアを見上げる。
全身に傷を負ったブーンは、自力で食事をすることは困難で、しばらくの間は流動食しか食べられない。
むしろ、あれだけの傷で、すでにここまで回復していることが驚きだった。
ローブの下の尻尾がわさわさと揺れ、気持ちを素直に表現する姿は本当に可愛らしかった。

ニクラメンから脱出後、ブーンはすぐにクロジングの街病院に連れて行かれた。
当然、医者は嫌な顔をもろにしたが、デザートイーグルと視線を合わせた途端に従順になり、ブーンの治療を的確に行った。
破裂した内臓もすでに回復が始まっており、命に別状はないとの診断だった。
撃鉄を目の前で起こして尋ねたのだから、真実だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、どうぞ」

トソンから回ってきたジョッキをブーンの前に持ってくる。

(∪´ω`)「あ、あの……じぶんでもてます……から」

ζ(゚ー゚*ζ「いいから、ね?」

そう言って、強引にデレシアの手で水を飲ませる。
今日一日は、ブーンを徹底的に甘やかすと決めていた。
それだけのことを、この小さな少年はやったのだから。
ちなみに明日は、ヒートがブーンを甘やかす番になっている。

(*∪´ω`)「すきとーった、あじ?」

喉を鳴らして水を飲んだブーンは、感想を漏らしたというよりかは、それが正解かどうかを確認するような口調だった。
人よりも遥かに優れた嗅覚と味覚を持っているブーンには、水の味の違いが分かるのは当然だった。

ζ(゚ー゚*ζ「良い表現ね、ブーンちゃん」

食事を始める前に、トソンが早速話題を切り出した。

(゚、゚トソン「では、本題に入りましょう。
    デレシア様、この後はどのような予定を?」

ζ(゚ー゚*ζ「一先ずは、船を使ってティンカーベルに向かうわ」

通称“鐘の音街”、ティンカーベルは沖合にある三つの島と無数の小さな島からなる街だ。
山々に囲まれたその地には、ティンバーランドが求めているニューソクがある。
しかしティンカーベルの人間はそれを使おうとはせず、安全な状態でどこかの島に保管している。
そのことは公にはなっていない情報だ。

他にも、強化外骨格が大量に眠る谷や、上質なウィスキーの蒸留所などがある。
観光名所ではないが、いい街だ。
仮に遭遇しなくても、先んじてニューソクに手を加えることが出来れば御の字だ。
原子力発電施設は非常に繊細な機械の集合体で、どれか一つでも異常が検知されれば安全装置が作動して機能が停止する。

89名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:05:43 ID:ndF7vt0k0
ティンカーベルに向かうには、ここから北にある正義の街、ジュスティアを通って行く陸路。
もしくは、海路を使って迂回する二つの道がある。
速く到着するのであれば当然陸路だが、ジュスティアを通過するのは正直面倒だった。
三重の検問所――スリーピース――を越えて、高さ百フィートの城壁に囲まれた騎士道精神が現在進行形で横行する街だ。

常に軍事都市イルトリアと比較されてきたその街では、棺桶の持ち込みは一切禁じられている。
更には人種差別思想が強く、肌の色は勿論、髪や瞳の色で街に入ることを拒絶されることもある。
ブーンが街に入ることを拒まれるのは明らかで、そのような所にデレシア達が居合わせれば、検問の段階で戦闘になることは目に見えていた。
街一つを潰せないこともないが、不要な戦闘は避けたい。

(゚、゚トソン「なるほど」

ζ(゚ー゚*ζ「トソンちゃんはどうするの?」

(゚、゚トソン「ミセリ様をお連れして、一度イルトリアに戻ります。
    “戦争王”に、この一件をお伝えしておいた方がいいので」

イルトリアの現市長、“戦争王”フサ・エクスプローラーがこの一件を知れば、直ぐに動いてくれるだろう。
彼の動きは速く、そして静かで正確だ。

ζ(゚ー゚*ζ「なら、黄金の大樹についての情報を集めるように言っておいて」

(゚、゚トソン「かしこまりました。
    ティンカーベルに向かう船なら、この先のポートエレンに明日まで停泊しているはずです。
    ただ……」

ζ(゚ー゚*ζ「オアシズ、でしょ?」

世界最大の客船でありながら、世界最大の船上都市、それがオアシズだ。
七千人が船上で生活可能な客船には、二千人の住民がおり、五千人の旅行客が常に乗っている。
海上を移動する都市には、コンサート会場からスケート場、更には常駐の警察官から探偵まで揃っている。
その原動力は驚くべきことに波力・風力・太陽光の自然のエネルギーから補っており、航海に燃料費はかからない。

オアシズは旅行客と安全確実な輸送を収入源として、多くのビジネスを船上で行う。
トソンが懸念しているのは、ブーンの事を快く思わない人間が多く乗っている船ならば、彼に逃げ場がなくなるということ。
勿論、そのことを考えていないわけではない。
しかし、この先も旅を続ける中で差別は避けて通れない災害のようなものだ。

ブーンが自分の力でそれを打破できるまでは、デレシア達が手本を見せてやればいい。
何事も経験だ。
耳を晒さなければ、ブーンが疎まれたり蔑まれたりはしない。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、これ」

傍に置いてあった紙袋から取り出したのは、ベージュ色の毛糸で編んだ通気性のいい帽子だ。
北国のティンカーベルの気候は、夏でも肌寒い。
それに、船旅も何かと冷えるので、毛糸の帽子は別に不自然な服装ではない。
試しにブーンに被せてみると、予想よりに可愛らしい姿になった。

90名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:07:00 ID:3xx7Z7ME0
読んでる支援

91名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:08:11 ID:ndF7vt0k0
  (~)
γ´⌒`ヽ
{i:i:i:i:i:i:i:i:}
(∪´ω`)おー

目的は彼を愛でる事ではなく、その耳を自然なものとすることにある。
毛糸の帽子の端から覗くこの垂れ下がった耳は、あたかもファッションの一部であるかのように振舞える。
これならば、オアシズ内ではもちろんのこと、北国でブーンが不快な視線を浴びることは減るはずだ。
それにしても、本当に可愛い。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、この帽子には魔法がかかっているの。
       この帽子を被っていれば、ブーンちゃんが虐められることはないわ」

(∪´ω`)「まほー?」

ζ(゚ー゚*ζ「不思議な力の事よ。
      だけど、この帽子を取ったら、ブーンちゃんは自分の力でいろんなことと立ち向かわなければならないの。
      それだけは覚えておいてね」

小さな頭を胸に抱きしめながら、デレシアはそう囁いた。
無論、この世界に魔法など存在しない。
ただの気休めだ。
気休めなのだが、効果は絶大である。

自信に満ちた行動は疑念を薄れさせ、信じ込ませる力がある。
子供のブーンにそれを意識して行わせるのは難しいと判断し、デレシアはこの方法を取った。
盲信しなければ、言葉は絶大な力を持つ。

(∪´ω`)「……お」

首を動かし、ブーンはつぶらな瞳でデレシアを見上げる。

ζ(゚ー゚*ζ「ん?」

(∪´ω`)「ぼく……あの……」

やがて、意を決したようにブーンは口にする。

(∪´ω`)「もっと、つよく……なりたい……です。
      ずっと、だれかに、たすけられるのは……あの、その……えっと……
      よくなくて……だから……ぼく、つよく、なりたいです。
      それで、それから……それ、から……」

息を一つ呑む時間。
これまで聞いたどの言葉よりも強く、深く、静かで、実直な言葉。
今日までの成果とも言える言葉が、ブーンの口から紡がれた。

(∪´ω`)「あいのいみを、しりたいです」

92名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:09:51 ID:ndF7vt0k0
ペニサスが死の間際、ブーンに与えた宿題であり命題。
愛の意味を知る、ということ。
愛されたことも、愛を感じたこともないブーンが知らなければならないその感情の正体は、ペニサスでも到達することが出来なかった。
それを知るのに必要なのは時間でも知識でもなく、もっと、根本的な部分にある。

果たして彼がそれを持っているのか否かは分からないが、この先の成長次第では到達できることだ。

ζ(゚ー゚*ζ「……そう」

嗚呼、とデレシアは思う。
僅かな時間の中、出会いの連鎖が、彼をここまで成長させたのだと。
そして彼は、依存の中でも確かな成長を見せ、少しずつ自立への道を歩き始めようと決意したのだ。
何と愛しく、何と素晴らしい存在だろうか。

長い旅の中で、ブーンと同じかそれよりも最悪な環境で育った人間を多く見てきた。
しかしながら、ここまでデレシアの想像を裏切る成長を果たした人間は初めてだった。
やっと、見つけた。
成長を見届けたいと思わせるだけの存在ではなく、それ以上の存在。

彼女の旅の同伴者として、最も相応しいと思える相手が。
だから、まだブーンには学んでもらわなければならない。
自分自身の事。
そして、世界について。

(゚、゚トソン「……ブーン、と呼んでも?」

(;∪´ω`)「……お」

(゚、゚トソン「遅れましたが、私はトソン・エディ・バウアーといいます。
     ブーン、貴方がいなければ、ミセリ様は今頃瓦礫の下。
     本当にありがとうございました」

差し出された手と言葉に、ブーンは初め、戸惑いを見せた。

(;∪´ω`)「お……お……おっ……」

恐る恐るその手を握り、握手を交わす。
どうやら、トソンもブーンの才能に気が付いたようだ。
ある種の人間を惹きつける魅力。

(゚、゚トソン「この恩は、必ずお返しいたします」

ミセ*'ー`)リ「もー、トソン。
      そんな固っ苦しい言葉だと、ブーンが緊張しちゃうでしょ」

(゚、゚トソン「敬意を表するに値する人物に敬語を使うのは、当然のことです。
    ミセリ様も知っての通り、あの状況下であの言葉を口にできるなど、イルトリア人でも稀なこと。
    ブーンは必ず、将来は大物になります」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論。 ね、ヒート?」

93名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:11:16 ID:ndF7vt0k0
ノパー゚)「あぁ、ブーンは間違いなくいい男になる」

デレシアとヒートの思想は、大分似ているところがある。
ブーンに対する見方も評価も、その大部分は同じだ。
違いがあるとすれば、やはりブーンに向ける視線の種類だ。
時間があればブーンの傍で話をしようとするヒートの心情はデレシアも理解できるが、その理由が分からない。

旅の中でそれが分かれば、きっと、ヒートの事がもっと好きになることだろう。
彼女が語るまでは、そのことに触れるのは止めておく。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、料理が冷める前に食べちゃいましょう」

(゚、゚トソン「それもそうですね。
    ミセリ様、最初は何を?」

ミセ*'ー`)リ「サラダをお願いします、トソン」

ボウルに盛られたサラダを小皿に取り分け、トソンはフォークを新鮮なアスパラに突き刺した。
それをミセリの口元に持っていくと、ミセリは一口でそれを食べた。
七年前に視力と四肢を失った代わりに、彼女は優れた聴覚と嗅覚を手に入れた。
だからこそ、卓上に並ぶ料理の中にサラダがあることが分かるのだ。

ミセ*'ー`)リ

(;∪´ω`)「おー」

それを羨ましげな眼で見るブーン。
意識が戻ってから、傷が癒えるまでの間、固形物が食べられないことを告げると、悲壮な表情を浮かべていた。
噛み応えの無い物は、彼にとってはあまり好ましくないものなのだろう。
しかしそれは、これまでに彼が食べたことのある流動食に問題がある。

ノパー゚)「ちょっと待ってな、ブーン。
    今リンゴをすってやるからよ」

(*∪´ω`)「りんご!」

ぱっと顔を輝かせ、ブーンの尻尾がローブの下で激しく動く。
店に頼んでおいたリンゴとすりおろし器を手にしたヒートは、それをすり始めた。
果肉が細かくすりおろされ、溢れだした果汁を果肉が吸い上げる。
ヒートはスプーンで果汁を吸った果肉を掬い、ブーンの口にそれを近づける。

ノパー゚)「いいか、必ずよく噛んで食べるんだぞ」

(*∪´ω`)「はい!」

スプーンについた果汁を全て舐め取る勢いで、ブーンはリンゴを食べた。
言いつけ通りに果肉を何度も噛んでから、喉を鳴らして飲み込む。

(*∪´ω`)「おー! おいしいです!」

94名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:12:09 ID:ndF7vt0k0
この一場面を切り取ってみても分かる通り、ミセリと出会ってから、感情表現が少しずつではあるが出来るようになってきている。
前は感情を表に出すことを恐れている様子だったが、大分慣れてきたのだろう。
これも成長の証。
ブーンは出会ったもの、経験したものを糧として進歩することが出来る。

何とも嬉しいことだ。
きっと、母親や姉と云うのはこういった時に感動を覚えるのだろう。

ノハ*^ー^)

ζ(^ー^*ζ

自然と笑みがこぼれる。
言葉ではとても言い表せないこの胸の高鳴り。
抱き寄せ、想いを伝えずにはいられない。

(*∪´ω`)「……お」

ノハ^ー^)「どうした、ブーン?」

(*∪´ω`)「りんご、ミセリにも……あげて……いいですか?」

ノパー゚)「あぁ、もちろんだ。
    ミセリ、リンゴは食えるか?」

ミセ*'ー`)リ「はい!」

先ほどと同じ要領でミセリにすりおろしリンゴを食べさせると、ブーンと似た反応が返ってくる。

ミセ*'ー`)リ「美味しい!」

(*∪´ω`)「お! ミセリ、りんご、好き?」

ミセ*'ー`)リ「うん!」

食事はやはり、大勢で話をしながらした方が断然美味い。
デレシア達成人組は、注文した酒を掲げ、静かにグラスをぶつけ合った。
一口飲み、ゆっくりと息を吐き出す。
酒に感覚が鈍る彼女達ではない。

気分を落ち着かせ、気持ちを和らげるための酒だ。
そうでなければこの気持ち、いつ爆発するかは分からない。
微笑ましく、可愛らしく、愛しいこの光景。
争いと殺戮の中で過ごした時間の長い彼女達には、何よりの薬だ。

トソンも、ヒートも、そしてデレシアも例外ではない。
長く争いの中に身を沈めていると、人はいつしか狂う。
精神を病み、やがては死に至る。
それに気付かず、殺戮こそが自分の全てだと誤解し、そして死ぬのだ。

95名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:12:49 ID:ndF7vt0k0
殺されるか、それとも自殺するか。
死に方は様々だが、長生きをしたところでその人生に彩りはない。
そうならないためにも、ミセリやブーンのような存在は必要だった。
一時の安寧を与える無垢な存在。

ただ笑顔を浮かべて、ただそこにいるだけでいいのだ。
それだけで、彼女達は救われる。
どんな薬物よりも強力で即効性の高い効果を約束してくれる。
だから、彼女達はブーンやミセリに惹かれるのだ。

今夜は、いい酒が飲めそうだった。

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   _ノー‐_.八_
 γ´  <__ノ`ヽ
  |l ______ l|
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‥…━━ August 3rd PM19:40 ━━…‥
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トラギコ・マウンテンライトは“廃屋”に来店するなり、椅子に座る間もなくシングルモルトウィスキーをダブルで注文した。
カウンターに備え付けられた丸椅子に腰かけ、出されたナッツを一つ摘まんだ。
気に入らないことだらけで非常に虫の居所が悪く、何か機会があればそれを発散したいところだった。
続けて出されたウィスキーを一口だけ口に含み、その香りと味を堪能した。

磯の香りを思わせる熟成香が鼻から抜け、一時の安らぎを与える。
一杯十ドルの割には、いい味をしていた。

(#=゚д゚)「……」

苛立ちは収まらない。
フォレスタで回収したあの男は少し目を離した隙に病院から連れ出された後で、分かっているのは連れ出した人間が“ジェーン・ドゥ”と名乗る女性であること。
監視カメラも何故かその時に限って機能しておらず、人相は曖昧だった。
貴重な情報源を失っただけでなく、その足掛かりさえ失ったのだ。

こうしてまた、微妙な進展しかできていない。
デレシアを追う中で、どうやら、トラギコは想像以上に巨大な思惑に片足を突っ込んでしまったようだ。
それはいい。
それは許容範囲どころか歓迎すべきことだ。

だが、彼を嘲笑うように捜査が難航するのだけは気に入らない。
何故ニクラメンを襲い、何故沈める必要があったのか。
歴史に名が残るほどの大量虐殺が事件として報じられないのは何故か。
事故後、一日足らずの内に真相究明に乗り出した内藤財団の不自然な動き。

次から次へと、事態が複雑化していく。
始まりはオセアンの大事件だったのが、今ではその範疇を明らかに超えている。
恐らくは世界規模でこの事件は連鎖を起こし、飛び火していくだろう。
結果としてトラギコが危惧しているのは、デレシアの謎を解くという重要な目的が妨害されないかと云うことだ。

96名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:14:15 ID:ndF7vt0k0
トラギコが目を離した一瞬の内に彼女は病院から姿を消し、消息を眩ませた。
ギコ・カスケードレンジもまた、彼等をトンネルから脱出させてから姿を消した。
本当に腹立たしい。
どこまでも馬鹿にしている。

どうしてもっと早く、彼女達と出会わなかったのか。
もっと早く出会っていれば、もっと愉快な人生を過ごせたはずなのに。
幾ら悔やんでもこればかりは改変のしようがないことぐらいは理解している。
が、やはり悔しい。

二口目は、先ほどよりも多めにウィスキーを口に含んだ。

あらゆる手がかりを失った以上、手元の情報と経験を使って捜査を進めるしかない。
デレシアが向かった方角は、恐らくは北だ。
南のオセアンから北上してきている以上、彼女はそのまま進むだろう。
トラギコを歯牙にもかけずに旅を続けることは、一目で分かった。

だからこそ言える。
彼女は針路を北に取り、旅を続行しているはずだ。
となると、次の目的地は山を越えるか正義の街を越えるか、だ。
耳付きの少年ブーンが怪我を負っていることを考慮すると、山越えは考え辛い。

残された選択肢はジュスティアの突破だけ。
では、トラギコが次に向かうべきはジュスティアだ。
正直、トラギコはジュスティアに寄りたくはなかった。
警察の本社があり、苦手な人間――トラギコを目の上の瘤として扱う人間――が大勢いるからだ。

こうして出張費を使っていることも気に入らないだろうが、本部はトラギコに大きな借りがある。
幾つもの難事件を解決し、警察への信頼獲得と利益への貢献だ。
常客達の中にはトラギコの存在があるから依頼をする人間もいるほどで、それが、トラギコがここまで好き放題に動いていながらも解雇されない理由である。
今も好き勝手に事件を追っている中でジュスティアに行けば、間違いなく壮絶な嫌がらせを受けるに違いない。

取り分け、事務屋あたりから経費に関する文句で一週間は足止めを食らうだろう。
デレシア達がジュスティアを通過するのであれば、トラギコは容易に彼女達と合流できる。
さて、ここは思案のしどころだ。
三口目は唇を湿らせる程度にしておき、ナッツに手を伸ばす。

カシューナッツの甘い風味がウィスキーとよく合う。
シングルモルトはトラギコが最も愛する酒だ。
思考がよく回るようになり、意識が適度に調和された感覚になる。
結果、トラギコは一つの答えを導き出した。

陸路を使う。

ただし、目的地はジュスティアではない。
一先ずの目的地は貿易の中継点、ワインと潮風の街、ポートエレンだ。
道は何も陸だけではない。
空もあれば、海もある。

97名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:15:01 ID:ndF7vt0k0
ジュスティアを回避できる道は海路か空路だけだ。
この周辺から飛行便は出ていない。
となると、選択肢から除外され、残るのは陸路と海路の二つだったのだ。
出ているのは、ポートエレンからの定期便。

そして、船上都市のオアシズだけだ。

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     l l、「l \\                                   \
     l l、l l ||.\\ E!                                  
     l l、l l || |\\(___)       E! (___)      E! (___)      E! (
     l l、l l || |   l\\         | ̄ ̄ ̄ ̄|      | ̄ ̄ ̄ ̄|      |
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     |\l三三三三l  l」 ||  | |\|        |   |\|        |   |\.|
‥…━━ August 4th 00:32 ━━…‥
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厚い金属の壁と床に囲まれたその空間は、狭く息苦しかった。
床は金属の網で作られ、その下には配管が通っている。
空間全体からは唸るような低い音が鳴り続け、生き物の体内を思わせる。
湿度も高く、世辞でも快適とは言い難い。

ここは、海底三千フィートを進む原子力潜水艦“オクトパシー”の艦内。
艦内食は毎週金曜日がカレーで、それ以外はレトルト食品が並ぶ。
娯楽と言えば酒かカードゲームかの二択で、若い船員には不評だった。
ワタナベ・ビルケンシュトックにとっては監獄と大差ない場所であり、正直、強化外骨格装着の際にコンテナ内に引き込まれるよりも苦痛に感じている。

ストレスは面白いほど溜まる一方で、ワタナベは常に何かしらのストレス解消方法を探すことに艦内で過ごす時間を割り当てていた。
今日のストレス解消に選んだのは、役立たずをなじることだった。
机を挟んだ目の前で腕を組む偉丈夫に、挑発的な言葉をかけた。

从'ー'从「で、お礼の言葉もないわけぇ?」

( ゚∋゚)「礼だと? 貴様が援護すれば、私が負けることもなければエクスペンダブルズを破壊せずに済んだことだろう」

クックル・タンカーブーツは今にも怒鳴りそうな声色で、そう返す。
ワタナベは意に介さず、手元のコーヒーカップを手に取る。
湯気はとうになくなり、コーヒーはすっかり冷めきっていた。

从'ー'从「へぇ、イルトリア人が負けた言い訳するんだぁ。
     みっともないなぁ」

(#゚∋゚)「……なんだと?」

身を乗り出して掴みかかろうとしたクックルの顔に、ワタナベはカップを投げつけた。
視界を一瞬奪われたクックルの手は空を切り、代わりに、ワタナベは砕けたカップの破片をクックルの喉に押し当てた。
先端が喉元に食い込み、ジワリと血が滲む。

从'−'从「うるせぇんだよ、鳥頭。
     手前、助けてもらっただけでもありがたいと思えよ」

98名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:16:12 ID:ndF7vt0k0
(;゚∋゚)「ぐっ……」

从'−'从「……ふん」

薄く切り傷を残し、ワタナベはクックルを突き飛ばした。
つまらない人間だ。
殺す楽しみも見いだせない。
席を立ち、自室に戻ろうとする背中にクックルが憎しみを込めた声をかける。

(;゚∋゚)「ワタナベ、貴様……!!」

从'−'从「何?」

振り向きもせず、ワタナベはその場にクックルを残してその場を去った。
道中、彼が背中から襲うことは考えていなかった。
それが出来ないから、あの程度の男なのだ。
部屋の前に来た時、別の種類の視線を背後に感じた。

o川*゚ー゚)o「なかなかいい見世物だったよ、ワタナベ」

ボサボサの金髪を持つ、小柄な女性。
胸ぐらを大きくはだけさせたワイシャツと白い下着だけを身に着けた彼女は、濁った碧眼を輝かせ、ワタナベに声をかけた。
女性の名は、キュート・ウルヴァリン。
当初の予定通り、海底街から潜水艇で脱出したワタナベとクックルの回収を行った張本人だ。

この作戦は元々クックルが請け負っていたもので、ワタナベはその支援に回っただけに過ぎない。
結果的には成功でも、経過的には失敗に近い。
クックルとキュートはこの後に別の作戦を控えており、これはあくまでも途中経過でなければならなかったのだ。
無能さを前面に出したクックルのせいで、大分手古摺ってしまった。

このままで本当にジュスティアでの作戦が成功させられるのか、ワタナベは疑問だった。
まぁ、クックル程度を欠いたところで作戦に支障が出るような脆弱なものなら、最初から実行には移さないだろう。
艦内の人間によれば、クックルは監視役的な意味で作戦に加わったのだという。
監視役が足を引っ張るようでは、この先が心配だ。

从'ー'从「あらぁ、やだなぁ、キュートさん見ていたんですかぁ」

o川*゚ー゚)o「あぁ、堪能させてもらったよ。
       ニクラメンで何かいいことでもあったのかな?」

流石だ。
飄々としているが、鋭い観察眼と勘を持っている。
隠し事は通用しなさそうだったが、素直に話そうとは思わない。

从'ー'从「いい出会いがあったんですよぉ」

それだけ言って、ワタナベは部屋に戻った。
これ以上、キュートに話したくはない。
胸の高鳴りはまだ収まっていない。
嗚呼、早く。

99名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:16:54 ID:ndF7vt0k0
早く、彼に再会したいものだ。
一体いつ、次は会えるのだろうか。
そしてその時、彼はどう変わっているのか。
それが気になって、体の芯が疼く。

ワタナベに宛がわれた部屋は、剥き出しの金属の上に薄い布が乗せられただけの簡易ベッドがあるだけで、それ以外には本が一冊あるだけ。
厚みのあるその本は綺麗な装丁がされていたが、手垢で汚れ、端は破れていた。
ベッドに腰を下ろし、ワタナベはその本を手に取る。
栞のはさまれたページを開き、そこに並んだ文字に目を走らせ、意識の世界をそこに投じさせる。

十五年間の中で、もう何万回と読み返した本だ。
内容は一字一句違えずに覚えている。
それでも、この本を読むと気持ちが落ち着く。
本の内容が気に入って読んでいる訳ではない。

この本の存在が気に入っているだけなのだ。
中身に関しても、決して傑作と呼べるものではないし、好きでもない。
精々凡作止まりの、無名な作家の本だ。
大切なのは、この本の存在だった。

擦り切れた表紙には、“世界の童話集”と書かれていた。
紛う事なき、子供向けの本だ。
本には百近くの童話が載せられており、栞を挟んでいたページは特に念入りに読み返していた。
この話だけは、ワタナベのお気に入りだった。

一日に最低でも十回は読み直さないと気が済まないほどのお気に入りだ。
随分と昔から伝わる物語らしく、その発端は親が子に読み聞かせようと考えた話らしい。
何度読んでも愉快な話で、睡魔を誘う仕上がりだ。
この話をいつか彼にも伝えたいと、ワタナベは切に思う。

从'ー'从「……お休み」

彼との再会に胸を躍らせながら、ワタナベはゆっくりと瞼を降ろした。

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‥…━━ August 4th AM04:01 ━━…‥
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100名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:20:00 ID:ndF7vt0k0
涼しげな風が浜辺に吹き付け、細かな砂とサンゴが混じったそれを巻き上げている。
数千、数億年の歴史の中で作られてきたそれらは、いとも容易く舞い上がった。
水面は穏やかに揺れ、太陽と空の色を反射して煌めいている。
風と波の音以外に聞こえるのは、どこからか聞こえてくる木々のざわめき。

人の息遣いは、どうにか五人分――その内二人は寝息――が聞こえる。
女性四人と少年一人が、クロジングから離れた砂浜にいた。
砂埃とも何とも云い難い物が足元を白ませ、水平線の向こうを紅蓮に染め上げる太陽に照らされる、風変わりな二組。
向かい合う二人の女性は、それぞれの背中に小さな子供を背負っている。

(゚、゚トソン「では、イルトリアでお待ちしております」

再会の約束を最初に取り付けたのは、トソンだった。
背中の少女は、まだ、眠っている。

ζ(゚ー゚*ζ「分かったわ。
      遅かれ早かれ、イルトリアには必ず寄るつもりだったし。
      ミセリちゃんをよろしくね」

(゚、゚トソン「勿論です」

ノパ⊿゚)「トソン・エディ・バウアー……だったな。
    また会おう」

夜明けを迎える直前、ヒートの背中には耳付きの少年、ブーンの姿があった。
ブーンは昨日の疲れもあってか、起きる気配がない。
すやすやと寝息を立てる二人に配慮して、彼女達は声を潜めながら会話を続けた。

(゚、゚トソン「えぇ、ヒート・オロラ・レッドウィング様。
    では、またお会いしましょう」

その言葉と共に、それぞれ別の道を歩き出す。
ヒートとデレシアはポートエレンを目指し、北上する。
トソンは南へと向かう。
東に見えていたはずのニクラメンは海底に沈み、太陽が世界を明るく染め上げる。

追い風が、南から北に向かって勢いよく吹き付ける。
空に浮かぶ夏の雲が、風に流されてゆっくりと北に向かう。
足取りは軽い。
デレシアも、そしてヒートも、この先に平穏が待ち受けていないことを知っていた。

それでも、この旅は終わらない。
旅に終わりが来るとしたら、この命が止まる時だけ。
生きている間に是非ともブーンの成長を見届けたいというのが、デレシアとヒートの共通の望みだ。
そしてデレシアは、彼なら必ず、彼女が目指すものに到達できると確信している。

これまでの間、ブーンは本当の意味で枷から解き放たれてはいなかった。
それは誰かに習い、誰かに従って成長する、依存と云う枷に守られたか弱い存在。
しかし、自分自身の意志で行動し、それを己の強さとした。
それは彼の自立の一歩を意味していた。

101名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:20:41 ID:ndF7vt0k0
彼は、枷から解き放たれたのだ。
誰でもない、自分自身の力でそれを果たしたのだ。
後は彼の両足で好きな場所に歩き、思うままに行動し、成長する。
デレシア達の元を旅立つ日も、そう遠くないかもしれない。







太陽に横顔を照らされる旅人達の行く先には黒雲が浮かび、視界の果ての空は灰色に滲んでいた。
空は鈍色で、雲は墨色だ。
海の果てに見えるのは墨汁のような濃厚な夜の残滓。
一瞬、その雲の隙間、空の向こうに何かが煌めいたように浮かぶが、意識するよりも速く消える。







――だが、その遥か彼方に浮かぶ最果ての都の姿に気付いた人間が、一人だけいた。







果てしない旅を続けるデレシアだけなのであった。






Ammo for Relieve!! 編 The End

102名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:21:28 ID:ndF7vt0k0
支援ありがとうございました!

昨日、一昨日でVIPに投下した物をこちらに改めて投下させていただきました。

質問、指摘、感想等あれば幸いです。

103名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:22:50 ID:kJUeEPCoO
既読のところだから流し読み 
もう少しだな、支援

104名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:25:04 ID:kJUeEPCoO
と書きこんだら、終わってた

105名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:36:25 ID:kJUeEPCoO
このあたりの描写が後々どう使われてくるんだろうか

106名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:50:35 ID:3xx7Z7ME0

おもしろい。
棺桶はそれぞれどのくらいの大きさですか?

107名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 22:57:55 ID:ndF7vt0k0
>>106
クラスによってバラバラですが、大まかな指標は

Aクラス 〜165cmぐらいまでの高さ
Bクラス 165cm〜220cmぐらいまでの高さ
Cクラス 220㎝〜

となっています。
Cクラスを運べるのはマッチョだけです。

108名も無きAAのようです:2013/07/23(火) 23:34:18 ID:3xx7Z7ME0
>>107
背負える大きさだとは予想してたけど、Cクラスの大きさは予想以上だった。続き待ってますよ

109名も無きAAのようです:2013/07/24(水) 18:26:59 ID:QQMq7RMEC
乙!

あんなに強かったクックルがなんたる噛ませ・・・

110名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:26:18 ID:8zgNUgUU0
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Remember, kid.
覚えておけ、若造。

The truth is not always single.
真実はいつも一つではない。

The truth which you have been believing is just one side of the truth.
お前が信じている真実は、真実の一面でしかないのだ。

The solving the mystery of a crime is just puzzle.
事件解決など、ただのパズルに過ぎない。

Therefor, you do not forget that thing.
だから、このことを忘れるな。

There is no mystery which cannot be solved in this world.
解けない謎など、この世界には存在しないのだと。


                      Mr. Sherlock Gray - [Letter to the fake]
                      シャーロック・グレイ著【-偽りへの手紙-より抜粋】


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                            配給
【Low Tech Boon】→ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

【Boon Bunmaru】→ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm
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                     序章【fragrance-香り-】
              ‥…━━ August 4th AM03:25 ━━…‥
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アルマニャックとジャズミュージックを愛するその人物は、二時間前に殺された。

銅色の光沢を放つ物体を指先でつまみ、弄ぶ。
真鍮製の薬莢に包まれたそれは、銃弾だった。
ただの銃弾ではない。
殺傷力を高めるために先端に十字の切れ込みを入れた銃弾だ。

111名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:27:38 ID:8zgNUgUU0
着弾の衝撃で弾頭が広がり、周囲の肉を吹き飛ばす。
頭に撃ち込めば頭蓋骨を貫通し、脳漿を四方に撒き散らす事だろう。
ガンオイルに輝くそれを、一発ずつ、じっくりとダブルカラムの弾倉に押し込む。
一発毎に、想いを込めて。

秒針が時を刻むような音が、ただ、一人分の息遣いと絡まって部屋に漂う。
オイルと鉄の匂いに混じって、シャンプーと石鹸の濃い香り、そして情事の残り香が時折鼻につく。
悪い匂いではない。
まだ漂う仄かな汗の匂いもたまらなく好きだ。

準備を始めてから、静かな時間が過ぎていた。
時計の秒針はまだ四周半しかしていない。
弾込めを終えた弾倉を、拳銃に装填する。
遊底はまだ引かず、それをそのまま枕の下に忍ばせる。

腰掛けているベッドの上には、眼を見開き、口を大きく開けた死体があった。
太い手足は血の気を失い、顔は青白く変色している。
これが先ほどまで獣のように体を求めてきた人間の末路だ。
まぁ、最後にいい思いが出来たし、二回も派手に絶頂できたのだから、本望だろう。

白い指先に触れてみると、冷たくなっていた。
絡めていた指先の感触が一瞬でこうも変わると、生命とは機械に近い物だと感じる。
顔の傍に手をついて、動かなくなった顔を見つめる。
口の中に躊躇うことなく腕を突っ込み、その奥に詰まっていたハンカチを取り出した。

そのハンカチをビニール袋に入れて、床に置く。
腕に付着した独特の匂いを放つ唾液を見つめ、舌を出して舐める。
汗と唾液、様々な液体の混ざった味。
悪くない味だ。

二時間前に味わったものと比べて新鮮さに欠けるが、美味だ。
だが物足りない。
一度味わってしまうと、次から次へと別の味を求めるのが人間の性。
さて、まずは指から味わってみよう。

硬くなった腕を持ち上げ、口に含む。
舌で舐めまわし、皮膚の下にある味を吸い出す様に堪能する。
石鹸の風味と汗の風味が混じった、何とも言えぬ味だ。
舌先に若干感じる毛の感触も味わい深い。

堪能しながら、ふと、これまでの道のりを振り返る。

計画には長い時間が必要だった。
材料の調達、計画の調節。
雌伏の時は終わりだ。
今夜、周囲の全てが変わる。

112名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:29:02 ID:8zgNUgUU0
全てはこの日のためにあったのだ。
自分の人生も、何もかもが大義成就のためのパーツに過ぎなかったのだ。
傍の机に置いてあったバーボンの瓶を手に取り、一口飲む。
肢体を肴に飲む酒は、格別だ。

ましてや、死体の肢体となると、多少手をかけなければ味わえない珍味。
最後にしゃぶっていた爪先から口を離し、そのまま舌先を腿の裏に滑らせる。
やはり生きていた時と味が違う。
死んでからだと風味も落ちるし、反応が無いので面白みに欠けるが、その分味に深みが増す。

堪能しきった死体には、もう、自分の唾液が付いてない部分はなかった。
耳の中からうなじ、背中、とにかくあらゆる部位を舐めて味わった。
もういいだろう。
この死体が発見されても、オーバードーズで意識が朦朧とした人間が偶然海に転落したとして処理される。

これは、そういうシナリオなのだ。
時間も、場所も、タイミングに至るまで、計画に関わる全てが計算されているのだ。
海沿いに位置する物置のようなこの部屋を手に入れたのも、全ては計画のため。
この計画に、一切の不備も隙も無い。

完全にして完璧な計画。
即ち、完全犯罪である。

海に面する窓を押し開くと、潮の香りと力強い打楽器の音が入り込んでくる。
死体に服を着せて窓から海に投げ捨てる。
海面に落下するその音は、誰の耳にも届かない。
聞こえるのは潮騒と戯れるように奏でられるヴァイオリンの旋律だけ。

黒い海面に揺られる死体を見届けてから、シャワーを浴びるために部屋の中に戻った。
水平線が朱に染まる頃には、死体はどこかへと流されて消えていたのであった。

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‥…━━ August 4th AM06:25 ━━…‥
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ゆらり、ゆらりと規則正しく体が揺れる。
遠くから届く、磯の香り。
耳に届くのは潮騒と、力強く脈打つ鼓動の音。
心が芯から解され、体全体が液体のようにリラックスしている。

甘く、心地いい香り。
とても、気持ちのいい微睡の中。
夢見心地の中、何かを考えることは、出来なかった。
思考が蕩けきった中、出来るのは身を任せることだけ。

大きなそれに身を委ね、いつまでも、そうしていたかった。
安定した動きの中に安心を見出し、そこに安寧を求めた。
節々が痛む体のことなど、今は気にならない。
体を支える誰かの大きな背中と一つになる感覚が、痛覚と思考を麻痺させる。

113名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:31:42 ID:8zgNUgUU0
そう、これは誰かの背中だった。
とても親しく、そして素敵な人の背中。
誰の背中か、考える前に感じ取れるほどにその背中には覚えがあった。
出会ったその日から、自分の事を大切にしてくれている、一人の女性。

ヒート・オロラ・レッドウィングの背中だ。
力強い鼓動と、華やかな香り。
それは、自分の体が一番よく覚えている。
この背中は多くの事を語り、そして教えてくれた。

何かを守るために全てを懸け、強大な物に立ち向かうことの難しさと大切さ。
そうしたいと自分が思ったから動くということは、彼女に教わった。
彼女の背中が、そう教えてくれたのだ。
その教えを守り、自分は実際にそれを行動に移せた。

言葉だけなら、行動には移せなかった。
無言で実行に移した彼女の背中があったからこそ、自分はミセリ・エクスプローラーを守ることが出来た。
かなり痛い思いもしたが、後悔はなかった。
彼女が笑顔を浮かべて、再会を約束してくれただけで満足だった。

ヒートの跫音に重なるように、砂を踏みしめる別の跫音を聞き取る。
匂いを嗅がずとも、呼吸音を、この足運びの音を聞かずとも分かる。
存在感だけで伝わる、この圧倒的な安心感。
命の恩人であり、よき理解者。

デレシアだ。
今でも思い出せる。
四日前、七月三十一日の出会いの瞬間を。
あの日、デレシアとあの店で出会わなければ、今こうしていることはあり得なかった。

自分は奴隷で、自由はなく、思考は禁じられ、ただ道具として徹することが人生だと思っていた。
売られ、蹴られ、罵られ。
それが日常だった。
不変だと思っていた、当たり前の光景だった。

だが、それは大きな間違いだと知ることが出来た。
たった一人の意志と力で、世界は大きく変わるのだ。
デレシアはその二つだけで、ブーンの人生を変えたのだ。
未だに理由は分からないが、とにかく、結果は変わらない。

ようやく、自分の置かれている状況が分かった。
今、自分はヒートに背負われながら、海辺を歩いているのだ。
そしてその傍にデレシアがいるのだ。
どこに向かっているのか、まだ分からない。

だけど、これだけは分かる。
この先に何が待ち受けていても、きっと、大丈夫だ。
意識が再び微睡み始め、思考がぼんやりとしてくる。
そうして呼吸をする内に、また、眠りの中に落ちていく。

114名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:33:14 ID:8zgNUgUU0
どこか遠くから、ウミネコの声が聞こえてきたのを最後に、ブーンは眠りに落ちた。

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                                    原作【Ammo→Re!!のようです】

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沿岸に走るシーサイドシュトラーセ鉄道は、ポートエレンを通る唯一の鉄道だ。
鋼鉄の線路は潮風による酸化を防ぐための加工がされており、津波や暴風から車両を守るための線路壁が設置されている。
線路壁とは、緊急時に電動で作動する防波・防風の役割を果たす壁の事だ。
普段は細かく蛇腹状に分断されて線路脇に広がっているが、いざ電気信号を受け取ると、花の蕾が閉じるような動きで線路と車両を守る壁になる。

寂れた無人駅の券売機で、三人分のチケットを購入し、改札を通ってホームに立つ。
時刻表では、後七分でポートエレン行の列車が来ることになっている。

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートはどこまで旅をしたことがあるの?」

三人だけのホームで最初に口を開いたのは、カーキ色のローブ、豪奢な金髪、宝石のような碧眼、そして履き慣らしたデザートブーツで足元を飾るデレシアだった。
風に靡くローブと髪の毛が、どこか涼しさを感じさせる。
普段は何も背負っていない背中には、彼女の背丈よりも僅かに小さな黒い長方形の物体があった。
軍用第七世代強化外骨格――通称“棺桶”――の中でも、特化した目的で設計されたコンセプトシリーズのそれだ。

強化外骨格を破壊することだけに重点を置いて設計された、対強化外骨格用強化外骨格。
その名は、“レオン”。
左腕には放電装置、右腕には巨大な杭打機を備え、あらゆる装甲を一撃で撃ち抜く力を持っている。
だがそれは、デレシアの使用する棺桶ではなかった。

デレシアの隣に並び立つ、黒いスラックスとグレーのワイシャツの上にデレシアと同じローブを羽織る女性こそが、その棺桶の持ち主。
赤髪と瑠璃色の瞳、そしてまだ新しい傷を全身に負った元殺し屋、ヒート・オロラ・レッドウィングだ。

ノパ⊿゚)「あたしは、北は水の都、南はシュタットブールまでだな」

ヒートは、棺桶の代わりに犬の耳と尻尾を持つ少年を背負っていた。
一般的には耳付きと呼ばれ忌避される人種だが、その運動能力、身体能力は一般的な人間を凌駕しており、その生態は謎が多い。
奴隷として売られたり、生まれた途端に処分されたりとしているためだ。
彼女達と共に旅をする少年の名は、ブーン。

湾岸都市オセアンで奴隷として扱われていた彼は、偶然出会ったデレシアの手によって自由の身となった。
同じくオセアンで出会ったヒートにも彼は受け入れられ、それ以来、三人で旅をしている。

115名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 20:35:18 ID:8zgNUgUU0
ノパ⊿゚)「ポートエレンは初めてだから、あそこに何があるのかあたしは分からねぇ」

ζ(゚ー゚*ζ「市場と、あとはワインぐらいかしらね。
      人柄的にはオセアンよりも温厚よ」

オセアンもポートエレンも海沿いに作られた街だが、オセアンは世界屈指の大都市だ。
大量の埠頭を持つオセアンであるが、最大でも大型のタンカーが停泊できるぐらいの大きさしか――普通はそれで十分なのだが――ない。
それに比べればポートエレンは小さな街だが、しかし、ポートエレンには可変式埠頭がある。
埠頭を可変させることでどのクラスの船でも寄港することが可能となり、世界最大の船上都市であるオアシズが停泊できる数少ない港の一つとなっている。

可変式埠頭の欠点は、それを使用している間、停泊できる船の数が減るという点にある。
それでも、オアシズ停泊中に得る利益の方が魅力的だ。

ζ(゚ー゚*ζ「実はね、あそこはワインよりもグレープジュースの方が美味しいのよ」

ノパ⊿゚)「ほぉ、美味いグレープジュース、ねぇ。
    あれに美味い不味いがあるのかは知らねぇが、美味いのを飲んだことはねぇな」

ポートエレンで採れるブドウはワインにすると甘口となり、ジュースにするとこの上なく濃厚な物となる。
段々畑のような街並みの中にあるレストランでは、しばしばそのジュースを飲むことが出来る。
しかし、ブドウをジュースに加工するよりもワインに加工する方が、はるかに利益がいいため、あまり数は出回っていない。

ζ(゚ー゚*ζ「一度飲んだら忘れられない味よ」

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                 脚本・監督・総指揮【ID:KrI9Lnn70】

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(∪-ω-)「おー……」

ヒートの背中で、ブーンがゆっくりと瞼を開く。
最初に目があったのは、デレシアだった。

(∪´ω`)「お」

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう、ブーンちゃん」

(∪´ω`)゛「おはよう……ございます、デレシアさん。
       ヒートさんも、おはよう、ございます」

ノパー゚)「おう、おはよう。
    どうだ、体の方は?」

116名も無きAAのようです:2013/08/18(日) 22:48:18 ID:fQdY.ViA0
支援

117名も無きAAのようです:2013/08/19(月) 13:50:04 ID:IXC.FyFoO
来てる来てる!

118名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:47:14 ID:S.muFcjM0
(∪´ω`)「ちょっとだけ、おなかが……いたい、だけです」

昨日負った傷が癒え始めている証拠だ。
回復の具合によっては、流動食から固形物に切り替えてもよさそうだ。

ノパ⊿゚)「そうか、なら今日はしばらくおぶっててやるからな」

(∪´ω`)゛「ありがとう、ございます……お?」

最初の頃は気まずそうに甘えていたが、今では、大分素直に甘えられるようになっていた。
これもまた、成長だ。

(∪´ω`)「なにか、きます」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、そろそろ時間だからね。
      ブーンちゃん、列車を見聞きするのは初めて?」

(∪´ω`)゛「れっしゃ?」

ζ(゚ー゚*ζ「大きな乗り物なの。
      敷かれたレールの上をしっかりと走る、大きな乗り物の事を列車、っていうのよ」

そして、地平線の向こうに現れた小さな点だったものが近づき、徐々にその赤黒い姿が大きさを増す。
シーサイドシュトラーセ鉄道が誇る大型六両編成の鋼鉄の車両――テ・ジヴェ――が目の前を悠然と通り過ぎた時、ブーンの尻尾はわさわさとローブの下で動いていた。
テ・ジヴェは発掘復元された太古の車両で、振動の少なさと速度の面において非常に優れたものだ。
ポートエレンからジュスティアに入り、そしてその先の都市に行く前には別方面から合流した車両と連結を行い、合計で十二両編成となる。

六両編成とは言っても、車内販売は勿論の事、食堂と個室を備え持つ。

(*∪´ω`)「おー! おおきい! おおきいお!」

珍しく声を上げて興奮を表すブーンに、デレシアもヒートも破顔を抑えられなかった。
やはり、ブーンは子供なのだ。
子供にはあまりにも悲惨な環境下で育った彼の中から、子供らしさは消えていない。
この無垢な笑顔が、二人の心が腐り落ちるのを防いで暮れる。

ある意味で、相互扶助の関係にある。
ブーンを守り、無事に成長するまで手を貸し続ける代わりに、彼女達の精神安定剤の役割を果たしてもらう。
無意識の内に生じたこの関係は非常に強力だ。
何より、心地がいい。

デレシアとしてはブーンだけでなく、ヒートの様子も観察できることが役得だと思っている。
彼女にはまだ謎がいくつもあるが、特に気になるのが彼女の過去だ。
これまでに多くの人間の過去を知ってきたデレシアの楽しみが、他人の過去を知り、現代に至るまでの歴史を知ることである。
果てしない旅を続ける中で、これが彼女の趣味のようなものになっていた。

人にはそれぞれの歴史がある。
ブーン然り、ヒート然り。
当然、デレシアにも過去はある。
誰かに語り継ぐような過去ではないし、話すような過去でもない。

119名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:48:08 ID:S.muFcjM0
空気の抜けるような音と共に、列車の扉が開く。
まとまって降りてきた二十名弱の男女は、皆、似たような恰好をしていた。
日焼けした肌、海水で色が抜けた茶色の髪。
金属がぶつかり合う音のするボストンバックに、マリンシューズ。

海底に沈んだニクラメンに向かい、金品や貴重品を引き上げるトレジャーハンターだ。
身に付けた装飾品、もしくは服には彼らがトレジャーハンターギルド(※注釈:企業よりも規模の小さな集団)に所属することを示す、独自のロゴが描かれていた。
錨とサメをあしらったロゴは、彼らがトレジャーハンターの中でも世界第三位の規模を持つギルド、“マリナーズ”に所属していることを意味している。
それに続いて、マリナーズと同じ格好をした十人ほどの男達が降りてきた。

案の定、服にはギルドのロゴがあった。
それまで寝ていたのか、続々と人が列車から降りてくる。
フリーランスのトレジャーハンターやギルド、彼らを狙った売春婦の一団までいた。
先に乗車していたヒートとブーンが、デレシアの方を不思議そうに見る。

ニクラメンに向かった人間達に対する興味を失い、デレシアも乗車した。

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            撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】

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ひんやりとした列車内は、驚くほど空いていた。
三人が乗り込んだのは三号車だったが、誰も座っていない。
一駅先のポートエレンまでは、十分弱の列車旅となる。
短い間だが、楽しませてもらうとしよう。

テ・ジヴェの座席は全て、机を挟んだ対面型の四人席。
一車両に十四セットあり、合計で五十六人が乗ることが出来る。
それが今は、三人の貸切状態だ。
これで、周囲を気にすることなく電車旅が出来る。

入り口に最も近い席を選び、ブーンを窓際に座らせ、ヒートが通路側に座った。
ブーンと向かい合う形で座り、デレシアは途中まで降ろされていた窓を全開にした。
若干くぐもった車内の匂いと空気は、ブーンの鼻には厳しい物がある。
直ぐに涼風が車内の空気と入れ替わり始めた。

一瞬だけ車両が揺れると、テ・ジヴェはゆっくりと発車した。

(*∪´ω`)「すずしい……です」

120名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:49:12 ID:S.muFcjM0
静かに移り変わる景色を見ながら、ブーンはそう呟いた。
冷房よりも自然の涼の方がブーンは気に入っているようだ。
徐々に加速する景色から目を離さず、食い入るように見ている。
青空と真っ白な入道雲を背景に、まだ雪化粧の残るクラフト山脈と、鮮やかな新緑に囲まれたフォレスタが作り出す幻想的な風景は、まさに夏の景色と言える。

蝉の声とウミネコの鳴き声が合わさって、そこに風と潮騒、そして枕木がリズミカルに踏まれる音とが重なり、音楽を作り上げる。
遠ざかるフォレスタの森に、ブーンは何を思うのだろう。
自分を愛してくれた人間との別れを経験した地、それがブーンにとってのフォレスタだ。
目の前で笑い、目の前で死んだペニサス・ノースフェイスは、ブーンに何を残せたのだろうか。

列車が曲がり道に差し掛かり、車両が内側に傾く。
視界からフォレスタが消え、景色に夢中になっていたブーンの表情が一瞬だけ陰り、小さく呟いた。

(∪´ω`)「……またね、ペニおばーちゃん」

その小さな声は風がそっと運び去り、夏の空へと吸い込まれていったのであった。

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             制作協力【全てのブーン系読者・作者の皆さん】

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波止場に打ち寄せる波の音に耳を澄ませ、弱々しい太陽光を乱反射する水面に目を細めた。
強く吹き付ける潮風に流れる紫煙に目を細めつつ、水平線の向こうに浮かぶ黒雲を眺める。
今夜には嵐になりそうだ。
嵐は好きだ。

音を、姿を、匂いを、そして人の記憶を曖昧にしてくれる。
晴天よりも曇天、曇天よりも雨天、雨天よりも嵐だ。
計画実行にはこの上ない天候である。
この天候も予定の内。

必要とされる状況、展開、そして結末。
そこに至るまでに必要とされる環境。
あらゆる不測の事態を想定し、それに対応するだけの策は巡らせてある。
そして、つい先ほど、想定していた負の展開が発生したことを確認した。

しかし問題はない。
それの解決の仕方を知っている。
解決に至るシナリオは用意してある。
その事件は描いたシナリオの通り、事故へと転じ、無害な物へと変わる。

121名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:50:44 ID:S.muFcjM0
.





斯くして、全ては整った。
あらゆる物事がレールの上を走り、完全犯罪成就という終着点まで進むだけ。
誰にも止められない。







何故ならこれは――







━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

               これは、力が世界を動かす時代の物語
      This is the story about the world where the force can change everything...

                 そして、新たな旅の始まりである
              And it is the beginning of new Ammo→Re!!

                                                 序章 了

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122名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:51:33 ID:S.muFcjM0
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                                        Ammo for Reasoning!!編
                                                   第一章
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潮風は市場の活気と海の香りを乗せて、街全体に凉を運んでいた。
所々が敗れた白い――今では薄汚れている――テントが港に設営され始め、次々と漁船から陸に魚が上げられる。
水揚げ場では、早速威勢のいい声で競りが始められ、ベルの音と歓声が上がる。
砕いた大量の氷の上に魚が積まれ、テントの方へと運ばれる。

商品が届いたその場で、赤いマジックペンで段ボールの札に値が書かれ、売り子が手と口で客を呼び寄せる。
漁船の船着き場の反対側にある荷降ろし場には、中型の輸送船が錨を降ろして停泊し、重機を使って荷を降ろしている。
積み荷を仕分ける水夫たちの肌は皆黒々としており、額には大粒の汗を流していた。
木箱の隙間からは木屑が顔を覗かせている。

中身は別の土地から輸入された酒だ。
これから輸出する特産品のポートワインは、降ろした荷と引き換えに積み込まれることとなる。
この土地のポートワインの原料は、西部に広がる畑で採られたブドウだ。
気候の影響も強いが、発酵の際に使用する樽の独特な香りがワインに移り、それがポートエレン産のワインの特徴となっている。

数は少ないがウィスキーも生産しており、こちらも磯の香りと樽の香りで人気を博している。
色とりどりの野菜と鮮魚が並ぶ漁港で開催されているポートエレンの朝市は、普段以上の賑わいを見せていた。
その原因は、港に停泊している巨大なビル群かと見紛う船。
その名はオアシズ。

世界最大の船上都市にして、世界最大の客船でもあるオアシズが補給のためにポートエレンに寄港しているのだ。
出航時間は夜なので、船の上で長い時間を過ごしていた人間達は久しぶりの地上を味わおうと、ポートエレンの朝市を訪れていた。
オアシズの客だけでなく、住民から船員まで、出航時間までの間で地上の空気と店を満喫している。
混雑する朝市の中、カーキ色のローブ――ペニサス・ノースフェイスからの贈り物――を身に纏うデレシア、ヒートに肩車をされたブーンがゆっくりと通り抜ける。

濃い灰色の空の向こうから、涼しげな風が吹いてくる。
どうやら、海の向こうでは大雨が降っているようだ。
風向きと強さを考えると、昼には雨雲がポートエレン上空に到達するだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、朝ご飯はどんなものが食べたい?」

(*∪´ω`)「おー、シャキシャキしたものが、いいです」

耳付きと呼ばれるブーンのような人種は、獣と人間のあいのこのような物で、歯応えのあるものを好む。
逆を言えば、歯ごたえの無い物はあまり好まない。

123名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:52:44 ID:S.muFcjM0
ノパー゚)「リンゴサラダでも食うか?」

(*∪´ω`)「リンゴサラダ?!」

ヒートの頭上で、ブーンが顔を輝かせる。

ノパー゚)「あぁ、シャッキシャキのレタスとトマト、それとスライスしたリンゴのサラダだ。
    あたしはシーザーサラダドレッシングをかけて食うのが好きだが、そのままでも十分美味いんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「なら、私がいいお店を知っているから、そこに行きましょう。
      少し歩くけど、いいかしら?」

ノパー゚)「どんとこい」

(*∪´ω`)゛「おー!」

デレシアの案内に従い、三人は市場を北西へと進んでいく。
ブーンの尻尾は絶え間なく揺れ続け、露店に並ぶ様々な食品に目を輝かせていた。
取り分け興味を示していたのが、マグロと新玉ねぎのカルパッチョだ。
露店ではそれを、ガーリックバターを塗った一口大の固めのパンに乗せて販売しており、食欲をそそる香りが大勢の鼻と心を虜にしていた。

確かに、この香ばしさは朝食を食べていない人間には拷問的な威力を発揮する。

(*∪´ω`)「おー……」

ノパー゚)「あれを食いたいのか?」

(*∪´ω`)゛「えっと……はい……」

デレシアとほぼ同時に気付いていたヒートが、デレシアが言おうとしていた言葉を口にした。
甘やかすと決めたのだから、これぐらいはいいだろう。
傷を癒すためにも食事は重要だ。
価格も十五セントと安く、サイズも一口大だ。

ノパー゚)「よし、一つ買ってやるよ」

(*∪´ω`)「え?!」

ノパー゚)「ただし、一つだけだぞ」

(*∪´ω`)゛「お!」

ヒートが人混みを掻き分け、露店の前に並ぶ。

「いらっしゃい! おう、坊主、何にする?」

(;∪´ω`)「……」

124名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:53:35 ID:S.muFcjM0
いつもと違う対応に、ブーンは解答を躊躇った。
普段なら、彼の耳を見られた瞬間に罵声が浴びせられてきたのだが、どういうわけか、それがない。
この反応に驚いていることにデレシアもヒートも気付いており、微笑みながら見守っている。
自分が被っている帽子の力が本物だと理解したのか、ブーンはおどおどしながらも答えた。

(;∪´ω`)「その……ちいさな、パンの……えと……」

ノパー゚)「それはマグロのカルパッチョ、って読むんだ」

(;∪´ω`)「マ……グロの、カル、カルカルカルパッチョのせ? を……ください……」

「あいよ! ねーさんたちの分もおまけしとくよ!」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、ありがとう」

両手でブーンの足を押さえているヒートに代わって、デレシアが料金を支払う。
人混みから一旦離れて、露店の脇にあるパラソルと椅子とテーブルが置かれた飲食スペースに立ち寄る。
席は全て埋まっていたため、三人は立ったまま食べることにした。
紙ナプキンで包んで渡されたパンをブーンに渡す前に、一言付け足した。

ζ(゚ー゚*ζ「少しずつ口に入れて、ちゃんとよく噛んで食べるのよ」

(∪´ω`)「はい」

ノパ⊿゚)「ゆっくりと噛まないと駄目だからな」

(∪´ω`)「わかりました」

受け取ったパンは、ブーンのちょうど一口ほどの大きさがある。
言いつけ通りほんの少しだけ口に含み、パンの欠片がヒートの頭に落ちないようにと、唾液でパンを柔らかくしてから噛み千切った。
ゆっくりと咀嚼を繰り返し、固形から液体になる頃に飲み込む。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、ヒートの分も」

ノパ⊿゚)つ「おう」

口で受け取ったパンを、ヒートは唇と舌を器用に使って口内に運ぶ。
ブーンの半分以下の咀嚼で飲み下したヒートは、一言で感想を述べた。

ノパー゚)「六十三点。
    だけど、海の上なら八十点越えだな。
    白ワイン片手に、釣りなんかしながらだといいな」

その中途半端な点数の理由を知るため、デレシアは半口食べた。
そして理解した。
塩味がかなり強く、味に深みが足りない。
フレッシュバジルを一枚足すだけでもかなり変わるだろうに。

が、海上で釣りをしながら片手で食べるとなると、この塩味の強さとガーリックの風味は逆にプラスポイントになる。
ニクラメン生まれならではの意見だ。

125名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:55:42 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「そうね、そのぐらいが妥当かしら」

ようやく一口目を飲み込んだブーンは笑顔で感想を口にした。

(*∪´ω`)「おいしいです!」

点数など関係なく、純粋な味の観点で評価を下すブーンの方が、彼女達よりもよっぽど料理を楽しんでいる。
旅が長くなると、どうもよくない癖がついてしまうことに気付かされ、デレシアとヒートは同時に困った風な笑顔を浮かべた。
子供は大人の教師とはよく言ったもので、彼らから教わることは山のようにある。
それはかつて自分達が知っていた事なのだが、いつしか成長する過程で忘れ去り、あるいは捨て去ってしまった感情だ。

普通の子供よりも過酷な生活を強いられてきたにも関わらず、ブーンはそういった点が全く削れておらず、年相応のまま残っている。
ある意味で奇跡に近い存在で、それが彼の持つ魅力の一つだ。
だからこそデレシアだけでなく、ヒートやペニサス、ギコと云った人間が彼に惹かれるのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃ、行きましょう」

デレシアの案内に従って、三人は石畳の坂道を上るにつれ、次第に景色が変わってくる。
建物の前に並ぶ黒板には、色鮮やかなチョークでモーニングセットの内容が書かれている。
観光客向けのレストランやホテルが軒を連ねる通りを抜け、市場全体を見下ろすことの出来るところまでやってきた。
人通りはほとんどなく、崖に打ち寄せる波の音と木々のざわめきが合わさった音に、二人分の跫音が合わさるだけの静かな通り。

その先に、デレシアの目指す店がある。
店の名前は“トラットリア・ペイネシェン”。
美味くて安い窯焼きピザと、新鮮で濃厚なグレープジュースが楽しめる店だ。

ζ(゚、゚*ζ「あら、残念」

しかし、店の前には一枚の張り紙があるだけで、客の姿はなかった。
借家、と汚い字が色あせた紙に書かれている。
以前来た時、店主は三十七歳。
まだ死ぬような時間は経過していないはずだ。

店内の酷い荒れ具合と埃の積り方を見ると、最近借家になったばかりと云う訳ではなさそうだった。
早死にでもして、家族が店を売ったのか。
紙に理由は書かれておらず、ただ、借家としか書かれていない。
あまりにも唐突に、まるで、草を根ごと引っこ抜いたような印象があった。

ノパ⊿゚)「地上げ屋、ってわけでもなさそうだな。
    ただ、あんまり愉快な理由でもなさそうだけど」

何かに追われるようにして店を後にした、といった様子だろうか。
しかしそれなら、借家にする理由は何だ。
売地にするならまだ分かるが、借家と云うことは、戻ってくる予定があるということだ。
不自然な閉店の理由を考えても状況は変わらないと判断し、デレシアはヒートとブーンを見て肩をすくめた。

ここが駄目となると、彼女が知り得る中で二番目に美味いグレープジュースを出す店に行くしかない。
今日は、何が何でもブーンとヒートにグレープジュースを飲ませるのだと決めていた。

126名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:58:08 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「仕方ないわ、別のお店に行きましょう。
      この坂の上にあるホテルのレストランなの」

ノパ⊿゚)「……この坂の上だな?
    名前は?」

ζ(゚ー゚*ζ「コクリコ、ってホテルよ。
      後二百ヤードぐらいかしらね」

ノパー゚)「よーし、コクリコ、だな。
    負けた方の……おごりだ!!」

そう言うや否や、ヒートは肉食獣を思わせる勢いで坂を駆け上った。
石畳と云う足場でさえ、彼女の健脚ぶりは大いに発揮され、瞬く間にその姿が離れていく。
背中のブーンが喜んでいるのは、ローブの下の尻尾の動きを見ればよく分かる。

ζ(゚ー゚*ζ「それなら!」

ヒートが肉食獣なら、デレシアの速度は弾丸だった。
五十ヤードはあった距離が、ほんの三秒でゼロになり、秒針が一つ動くまでにはヒートはデレシアの背中を見ることとなる。

ノハ;゚⊿゚)「はぁっ?!」

振り返りざま、デレシアは驚きの表情を浮かべるヒートに対して余裕の声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「お先に失礼、御嬢さん」

上り坂において重要なのは、如何にして一歩を稼ぎ、どのようにしてピッチを上げるかにかかっている。
ヒートの走り方はそれを心得ていたが、デレシアの速度には遠く及ばない。
背中のブーンの有無を抜きにしても、彼女は勝つ自信があった。
結果、二十ヤード近くの差をつけてデレシアがホテルに到着し、遅れてヒートが到着した。

息一つ乱さずに到着したヒートは悔しそうに、だが、すっきりとした様子で敗北を認めた。

ノパー゚)「……疾ぇな、やっぱ。
    秘訣は何だ?」

ζ(゚ー゚*ζ「疾く走ることよ」

(∪´ω`)「どうやってはやく、はしるんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「刺激に対する反応を速めて、一瞬に力を込めて地面を蹴り飛ばして、可能な限り先に着地すると同時に、逆の足で同じく地面を蹴り飛ばす。
       これの繰り返しよ」

指をぐるぐると回しながら行った説明に、ブーンは何度も頷いた。
この理屈は、短距離走における速度向上の全てと言っても過言ではない。
ストライドとピッチの絶妙な関係を説明するには彼はまだ幼いし、そんなややこしい説明をするよりも単純な方がいい。
物事は単純が一番なのだ。

(∪´ω`)゛

127名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 21:59:21 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「さ、適度な運動もしたし、ご飯にしましょう」

コクリコ・ホテル。
ポートエレンでも五指に入る長い歴史を持つホテルで、建物は木と鉄筋コンクリートで作られている。
切り立った崖の上に位置しており、そこから眺める水平線に浮き沈みする太陽と、眼下の険しい岩場に生じる渦巻きの迫力が人気を呼んでいる。
岩場では小型の漁船が釣りに訪れ、観光客がやった餌で肥えた魚を釣り上げる姿がよく見られる。

エンジンを積んでいなければ船は渦巻きから脱出することが出来ないため、観光客の立ち入りは禁じられている。
人間が禁止と云う言葉に魅了されるおかげで、コクリコ・ホテルは客に困ることはない。
何も景色だけが、コクリコ・ホテルの売りではない。
ホテルのレストランで出される魚料理はここの白ワインとよく合い、食が進む。

安めの金額設定だが、それ以上の価値を持つ料理が出される。
また、金額が安く設定されている理由だが、デレシアはその秘密を知っていた。
調理される魚は昔からつながりのある漁師から安く仕入れ、酒はホテルの料理に魅了された地主の持つ畑で作られた物をこれまた安く仕入れることで、コストを削減しているのだ。
これはコスト削減が目的だったのではなく、開業当初、ホテルのオーナーが地元の物にこだわった食事を提供したいという信念が大元だ。

この信念は先ほどのトラットリア・ペイネシェンも感化され、小さい店ながらも切り盛りしていたのであった。
ホテルの前にはちゃんと看板が出ており、昔と変わらず、十ドルでワイン、サラダ、魚料理、焼き立てのパンが付いてくるコクリコ・セットが書かれていた。
字体を見るに、デレシアの知っていたシェフから代替わりしたようで、しかしながら価格を守っているのを考えると、その意志は継がれているようだ。
ガラス張りの回転ドアを開けて中に入ると、そこには風変わりな客が一人、フロントの女性と話していた。

一瞬、デレシア達に目を向けたその客は、黄色いポロシャツの上に皮製のホルスターを下げ、真新しいジーンズを履いていた。
ホルスターの中に納まっているのはグロックで間違いない。
ホックは外してあり、いつでも発砲が可能な状態にあった。
デレシア達を見てすぐにしまったのは、机上に置かれていた警察バッジだ。

警察が権力を振りかざしてただ飯を食らおうという魂胆ではなさそうだ。
ジュスティアの膝元の街でここまで腐敗が進んでいるとは思えず、となれば、彼が調査のためにここに来ていることは明白。
必然的に事件、もしくは事故が起こったことを意味している。
が、今は朝食が優先である。

ζ(゚ー゚*ζ「三人、コクリコ・セットで。
      飲み物はグレープジュースね。
      サラダにはスライスしたリンゴを乗せてくれる?」

警察を完全に無視して、デレシアは近くで固まっていたウェイターの男性にそう言いつけ、席に案内させた。
警官はカウンターに腕を乗せ、デレシア達を品定めするような目で観察を始めた。
対象にそれを悟られていることから、警官としての経験はそこまで豊富ではなさそうだ。
無能な警官が相手ならその追及をかわすことは造作もない。

トラギコ程の人間が出てくるとなると話は別だが、この警官は犯人追求にそこまで執着できそうもない。
つまらない男だ。
三人は四人席について、ウェイターがガラスのコップに氷の浮かぶ水を注ぐのを見ていた。
男の手は震えていなかったが、表情は硬い。

気の毒だが、このホテルで良からぬことが起こったのだろう。
客人同士のトラブルならばここまで緊張することはないはずだ。
ホテルでは日常茶飯事、無い方がおかしいイベントなのだ。
となると、死人が出た可能性が高い。

128名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:00:30 ID:S.muFcjM0
――デレシアは、自分の悪い癖がまた出てしまっていることに気付き、誰にも気づかれないように笑った。

旅が長くなると、一つ一つの現象の背景を考えてしまう。
砂丘の湖や、火口に咲く一輪の花。
それらと人間の歴史は、デレシアにとっては同じものだ。
向かい合って座っているヒートは、隣のブーンにナイフとフォークの使い方を確認しているため、デレシアの自嘲に気付いていなかった。

「お待たせしました」

気配を殺して移動していた眉雪のウェイターが三つのグラスとサラダを盆に載せ、デレシア達の席に戻ってきた。
その足取り、跫音の殺し方といい、長い経歴がありそうだ。
盆を脇に抱え、最後に一礼して去ろうとした男性の姿に、デレシアはその人物の名を思い出した。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、パーカー・スティムウッド。
       随分と大人になったのね。
       盆を回す癖は相変わらずね」

「……え?
お客様、どうし――」

驚いた風に顔を上げてデレシアの顔を直視した瞬間、パーカーと呼ばれたウェイターは目を大きく見開いた。

「で、デレシア様?!
お久しぶりでございます、私の事を覚えておいで下さったのですか!
いや、それにしても……」

ζ(゚ー゚*ζ「いいじゃない、細かいことは」

ノパ⊿゚)「知り合いなのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「随分前のね。
       前来た時はいなかったけど、ひょっとして修行にでも行っていたのかしら?」

気恥ずかしげに、パーカーは口元に皺を作った。
まるで、旅行の感想を親に報告する子供のようだ。

「お恥ずかしながら、他の地で技術と知識の吸収にと思いまして……
最後にデレシア様とお会いしてから二週間後のことでございます。
それからつい三年前に戻ってまいりまして」

ζ(゚ー゚*ζ「いいことね、パーカー。
      じゃあ、冷めない内に焼きたてのパンと新鮮なバターと、とっておきのジャムを持ってきてくれるかしら?」

パーカーは返事をしなかったが、心得ているとばかりに恭しく一礼してその場を去った。
相変わらず跫音を立てず、無駄のない動きだった。
他にも客はいたが、パーカーが軽く頷くと、別の従業員が対応した。

ノパー゚)「さっすが、顔が広いんだな」

129名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:01:13 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「知り合いが多いだけよ。
       それじゃあ、この先の旅に向けて」

デレシアとヒートがグラスを掲げ、ブーンもそれに倣った。
それから軽くグラスをぶつけ合い、濃厚な深淵にも似た紫影の液体を一口飲む。
途端に、ヒートとブーンの表情が変わった。

ノハ^ー^)「……こいつは美味い」

(*∪´ω`)゛「おいしいです!」

濃厚な味わいながらも、飲み終えた後口に残るのはその芳醇な香りだけ。
喉に残るようなこともなく、見た目と味に反して爽やかな飲み心地と後味は、この地方のブドウならではのものだ。
二人に好評なようで、デレシアは安心した。
だが、この味は前回とは全く違う。

この味は、トラットリア・ペイネシェンのものだ。

ノパー゚)「ブーン、これがリンゴサラダだ」

(*∪´ω`)「リンゴ!」

目を輝かせ、ブーンは早速サラダを食べ始めた。
新鮮な野菜とリンゴを噛む音だけで、彼が満足していることがよく伝わる。
薄らと湯気の立ち上るパンを籠に入れて戻ってきたパーカーを見て、デレシアはにこりと笑んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「このジュース、どうしたの?」

「流石、お気づきになりましたか。
来る途中に見かけられたとは思いますが、ペイネシェンがあのようなことになってしまったので、そのブドウ畑を当ホテルで買収したのです。
ご存じの通り、あの畑のブドウはジュースにするとこの地域で一番の味になりますからな。
幸いにして製法は同じなので、ある程度あの店の味を再現できております」

ペイネシェンに何があったのか、デレシアはあえて訊かなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「なるほどね」

「さ、どうぞこちら焼き立てなので、冷めない内にご堪能ください」

そう言って置かれた籠から漂う甘い香りに、ブーンは垂れた瞼をより一層垂れさせた。
ヒートかデレシアが手を出さないと自分が手を出してはいけないと思っているのだろうか、グラスを両手で持ったまま、パンと二人を交互に見やっている。
そわそわして落ち着いていない様子に、ヒートが動いた。

ノパー゚)「ブーンはまだ傷が治ってないから、少しずつ、ちゃんとよく噛んで食べる事。
    いいな?」

(*∪´ω`)゛「はい」

ノパー゚)「じゃあ、まずはあたしと半分こだ」

130名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:02:57 ID:S.muFcjM0
拳大のパンを手に取り、ヒートがそれを半分に千切る。
より濃厚な香りと湯気に、ブーンは目を輝かせ、喉を鳴らした。
ブーンの取り皿にパンを乗せ、自分の皿にも乗せてから、ヒートはジャムの瓶を手に取った。

ノパー゚)「ジャムの使い方は分かるか?」

蓋を開けながら投げかけられたヒートの問いに、ブーンは小さく首を横に振った。

ノパー゚)「よし、じゃあ覚えような。
    まず、こうしてパンを小さく千切って……」

親指ほどの大きさに千切ったパンに、ナイフで掬い取ったブドウのジャムを乗せ、パンの淵でナイフの刃に付いたジャムを拭うように取る。
それをブーンの口元まで運ぶと、彼は自然と口を開けた。

ノパー゚)「はい、あーん」

(*∪´ω`)「おー」

ヒートの手からパンを食べたブーンの表情が、蕩けるように緩んだ。
何度も何度も言いつけどおりに噛み、そして飲み込む。

(*∪´ω`)「あまくて、ふわふわしてて……あまくておいしいです」

ノパー゚)「本当か? じゃあ、あたしも食べよう。
    さっきあたしがやったように、パンを千切ってジャムを塗ってみな」

ぎこちない動きだったが、ブーンはヒートと同じようにパンを千切ってジャムを塗ることが出来た。

ノパー゚)「あーん」

(*∪´ω`)「おー」

先ほどヒートがそうしたように、ブーンが彼女にパンを食べさせた。
ブーンが周囲の目を気にせずそういう事が出来るようになっているのを確認してから、デレシアは彼の成長を喜んだ。
雰囲気を察してその場を消えるように立ち去ったパーカーに目で礼を述べ、デレシアもパンを食べ始めた。
食事にはたっぷりと二時間かけ、三人はサービスで出されたブドウのシャーベットで朝食を締めくくった。

ζ(゚ー゚*ζ「美味しかったわ、シェフにお礼を言っておいてくれる?」

「かしこまりました、シェフも喜びますよ。
何せ、他ならぬデレシア様からの御言葉ですからね」

ζ(゚、゚*ζ「あら? シェフは誰なの?」

「ジェフですよ、しょっちゅう皿を割ってはトーマスさんに怒られていた、あの彼が当ホテルの料理長なのです」

ζ(゚ー゚*ζ「すごいじゃない! そう、あのジェフが……
      貴方も鼻が高いんじゃないの?」

「えぇ、それはもう」

131名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:03:38 ID:S.muFcjM0
「お楽しみのところ申し訳ないが」

会話に割って入ってきたのは、それまで様子を窺っていたあの警官だった。
机の上に厭味ったらしくバッジを投げて置いてきたので、デレシアはそれを丁寧に払い落とした。

「この……!!」

ζ(゚、゚*ζ「申し訳ないのなら、後にしなさい」

バッジを拾い上げ、警官はそれをデレシア達に向けながら言った。

「今朝、このホテルのすぐ近くで水死体が発見された。
それについて何か情報を知っていたら、教えていただきたい」

デレシアが警官の顔も見ずに出したのは、テ・ジヴェの乗車券だった。
打刻された時間は、彼女達がこの街に来てまだ半日となってないことを示している。

「そんなものはどうでもいい。
知っているのか、知らないのか、それを教えてもらいたい」

ζ(゚、゚*ζ「知らないわ」

「やれやれ」

その時、新たな人物がデレシア達の席に近づいてきていた。
ショートカットにした白髪、鳶色の瞳をした、ゆったりとしたベージュ色の服を着る身長六フィートほどの初老の女性――の変装をした男性だ。
声や仕草、果ては雰囲気までもかなり巧みに誤魔化しているが、体重のかけかたと匂いで分かる。

「まったく、見てられないね、君の捜査は」

「なんだ、お前は……って、男?!」

変装した男性はまずかつらを取り、次いで顎の下に手を入れ、マスクを取った。
禿頭の男の顔には深い皺と傷が幾つも刻まれ、垂れ下がった眉の下にある老犬のように静かな目が、一瞬だけデレシア達に向けられた。

(´・ω・`)「情報収集はもっと丁寧に、そして誠意をもってやらんといけないな、坊主」

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132名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:05:49 ID:S.muFcjM0
歳は五十代後半、もしくは六十代前半。
首の太さが常人離れしていることから、彼が格闘術に長けていることが分かる。
しわがれた声の奥に潜む獰猛な雰囲気は、年老いた獅子にも似ている。

「誰だ、お前は」

(´・ω・`)「ショボン・パドローネ、って言えば伝わるかな?」

「ショボン……?
……し、失礼しました、ショボン警視!」

(´・ω・`)「元警視、だけどね。
     今は探偵だよ」

なんだかややこしいことになってきたと、デレシアとヒートは目で会話をした。
彼女達の席を囲むようにして二人の男が現れてから、ブーンはヒートの方に身を寄せ、動きを窺っている。

(´・ω・`)「君、発見者への聞き込みは?」

「ぶ、部下が行っております」

(´・ω・`)「君も行きたまえ。
     このホテルは私が調べておく、もちろん、後で調書を送るから心配しないように」

「はっ!!」

警官は敬礼をして、ホテルから出て行った。

(´・ω・`)「すまないね、御嬢さん方。
      だが彼には悪気はなかったんだ、許してやってくれないか?」

ζ(゚ー゚*ζ「別に、怒っていないわよ。
      で、探偵さん。
      変装をしてここに張り込んでまで、何を知ろうとしていたのかしら?」

(´・ω・`)「はははっ、いや、単純にホテル内の捜査だよ。
     ……ここ、いいかな?」

デレシアの隣に座ったショボンは、向かいの席にいるブーンに軽く会釈した。
ブーンは体を小さく震わせ、恐る恐ると云った様子で目礼した。

(´・ω・`)「残念、嫌われてしまったのかな。
     さて、この件の詳細を――私が調べた限り――話させてもらおうか」

事が起こったのは、今朝の六時半。
ホテルの近くで漁をしていた男性が、崖の下に浮かぶ白い布を発見、引き上げてみたところ女性の水死体であることが分かった。
死因は窒息死、解剖の結果、死亡推定時刻は午前一時ごろ。
多量の薬物反応がでたことから、自殺の可能性が高い。

133名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:07:03 ID:S.muFcjM0
女性の身元が分かる物は身についていなかったが、ホテルの宿泊客の女性が一人消息不明になっていることから、その人物である可能性が濃厚だった。
ホテルの名簿には昨日の夜十一時三十八分にレイトチェックインしたとの記録が残されていた。
このホテルでは、夜の十時を過ぎると予約客は自分でチェックインの記録を付けて部屋に行くことになっており、女性の顔を見た人物はいない。
が、自殺を計画していた女性の心境を考えると、自然なことだった。

遺体発見後、ショボンは彼女の泊まっていた部屋にオーナーと共に立ち入った。
部屋には鍵がかけられており、カードキーはベッドの下から発見された。
テラスに続く窓は開け放たれており、そこから飛び降りたものと推測された。
遺書は鏡台の上に置かれているのが見つかり、字体はチェックインした際に記されていた物と一致している。

そこまで話すと、ショボンは懐から黒皮の手帳を取出し、部屋の図面と現場写真を並べて見せた。
部屋に入ってすぐ右手側に、洗面台・トイレ・シャワーが備わった三点ユニット。
右の壁沿いに大きなベッドが置かれていて、シーツが乱れていたが、使った形跡はなく、風の影響と判断された。
遺書の置かれていた鏡台は左の壁、窓の近くにあり、これまた使用の形跡はなく、備え付けの鏡以外何も置かれていない。

窓は内側に向けて開くタイプで、部屋に入った時には開いていた。
荷物は一切なく、抜け殻のような部屋になっていた。
写真と図面での説明を終えたショボンは、やっと本題に入った。

(´・ω・`)「彼女を自殺に追い込んだ人間を探し出したい」

続いて、ショボンは手帳に挟んでいたもう一枚の写真を机に置いた。
それは、遺書を写真に収めたものだった。

(´・ω・`)「彼女が部屋から飛び降りて以降、チェックアウトをした人間はいない。
      私がそうさせた。
      遺書には、とある人物に向けての恨み言が書いてあるが、名前が書いてないんだ。
      警察はその人物の特定に躍起になっている。

      ちなみに、私がここにいるのはオアシズの乗客が無実だと証明するためだ。
      これで、ある程度納得がいったかな?」

つまり、このショボンと云う探偵はオアシズが雇っている探偵だということだ。

ζ(゚、゚*ζ「納得はしたけど、私たちは何も知らないわ。
      残念だったわね」

(´・ω・`)「まぁ、そうだろうね。
     だけど、探偵っていうのは疑い深く慎重でね。
     済まない、時間を取らせてしまったね。
     せめてものお詫びとして、ここの勘定は私が払っておこう。

     それと、警察には君たちは事件に一切関係ないと伝えておく」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、それならお言葉に甘えさせてもらうわ。
       ごちそうさま」

デレシア一行はホテルを後にして、市場の方へと向かった。
風が冷たい空気を運んできた方には、嵐の前兆である黒雲が浮かんでいたのであった。

134名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:08:00 ID:S.muFcjM0
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                     全ては、予定通り。
                    事件は事故になった。

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(´・ω・`)「おい、ホテルの客全員から情報を聞きたい。
      全員、この食堂に集めてくれ。
      全員だ、いいな?」

受付カウンターにいた女性従業員が強張った表情を浮かべたが、ショボンの一瞥に頷いた。
館内放送を入れ、睡眠中の客も全員集まるようにアナウンスをかけた。


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                   誰も真実にはたどり着けない。
                          誰も。

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席についた七十一名の前で、ショボンは宣言した。

(´・ω・`)「いかなる偽りも、このショボンには通用しない。
     必ず見抜き、突き止め、そして――」


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                    凄腕の探偵だろうと。
                     凄腕の刑事だろと。

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(´・ω・`)「――真実を、私の前に引きずり出してやる」

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                      陳腐で滑稽な台詞だ。
             この偽り、引きずり出せるものなら、してみるがいい。
                  目の前にいる偽りを暴いてみるがいい。

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(´・ω・`)「さぁ、始めようか。
     真実探しを、ね」

135名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:09:44 ID:S.muFcjM0
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                       さぁ。
                         舞台の幕は上がった。
                                   演者は十分。
                               下地は完璧。

           真実とやらが見つかることを夢想するといい。
      偽りに満ちた真実を見つけ、歓喜するがいい。
  計算され尽くした計画を前に目を逸らし、偽りの道を進むがいい。
           そして偽りの答えを掲げ、声高らかに勝利を宣言するがいい。

                精々見抜いてみるがいい。
                         偽りのとやらを。
                             精々突き止めてみるがいい。
                                         真実とやらを。


                         では、始めよう。
                     真実探しとかいう、茶番劇を。

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136名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:11:37 ID:S.muFcjM0
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Ammo→Re!!のようです
               ‥…━━ August 4th AM10:33 ━━…‥
                                        Ammo for Reasoning!!編
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                          第一章
                       【breeze-潮風-】
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市場に到着したデレシアは、まず、オアシズの乗船券を購入することにした。
自殺だか他殺だか知らないが、デレシア達に関係のない事件に関わる必要はない。
ポートエレンには一日と滞在しないのだから、面倒事に巻き込まれるだけ時間の無駄だ。

(*∪´ω`)「おー……」

ノハ;゚⊿゚)「おー……」

目の前に停泊している世界最大の船上都市オアシズを前に、ヒートとその肩の上のブーンは言葉を失っていた。
一枚壁、あるいは山としか思えないその巨体は、圧巻の一言に尽きる。
原子力空母よりも遥かに巨大で力強く、そして生活の拠点となり得るこの船は世界で最も巨大なだけでなく、世界で最も時間を掛けて修復された船でもある。
直上を見上げてもその先端は見えず、その全貌も分からない。

海に浮く都市。
それがオアシズなのである。

ζ(゚ー゚*ζ「チケットを買ってくるから、ちょっとだけ待っててね」

ノハ;゚⊿゚)「おう……」

(∪´ω`)゛「お」

船に圧巻される二人をその場に残して、デレシアは船から港に降りている五本の橋の内の一つを上った。
エスカレーターがデレシアの体重を感知し、自動で動き始める。
かけられた体重の位置でエスカレーターの進行方向が変わるタイプの物だ。
船上に到着すると、黒服の男四人がデレシアを迎えた。

(■_>■)「失礼、チケットは?」

ζ(゚ー゚*ζ「持っていないわ。
       ティンカーベルまで、三人分欲しいのだけど」

デレシアの格好を見て、男は若干眉を顰めて言った。

(■_>■)「三人分ですと、一万七千ドルになりますが」

137名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:12:57 ID:S.muFcjM0
ζ(゚ー゚*ζ「はい」

男の手に、デレシアは要求された金額分の金貨を乗せた。
それを見て男は己の無礼を感じたのか、仰々しく受け取り、枚数を数え始めた。

(;■_>■)「た、確かに。
       こちらがチケットになります。
       チケットは――」

懐から銀色のケースを取出し、指紋認証を済ませて取り出したのは、三枚のプラスチックのカードだ。

ζ(゚ー゚*ζ「部屋の鍵、各種サービスを受ける際に使用する、でしょう?」

カードに内蔵されたチップがオアシズ内の様々な施設を利用する際に活躍する。
部屋の鍵、身分証明であることは当然だが、売店やレストランでの代金はこのカードに記録され、下船時に一括で支払うという仕組みだ。

(;■_>■)「は、はい。 その通りです。
       ではこちらを」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう」

三分で手続きと購入を済ませたデレシアは踵を返し、何気なく街を見下ろした。
ブーンとヒートがデレシアの姿を見つけて手を振っていたので笑顔で振り返し、市場を歩く見知った人物の姿を見咎めた。
あれは――

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    { 。  ・  。゚  ・ }
  .  { ・  ∴  ・  ノ
    ζ〜μwJ〜νι
     /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:ヽ
    /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:ヽ
‥…━━ August 4th AM10:40 ━━…‥
  .  {;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:.ノ
    ε〜〜J〜νιζ
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二十分前にようやく仮設遺体安置所から解放されたトラギコ・マウンテンライトは、この上なく不機嫌だった。
仮設遺体安置所は蒸し暑く、おまけに酷い腐臭がしていたからだ。
死体が腐敗を始めている証拠だった。
関わりたくはなかったが、流石に腹立ったトラギコは若い検視官の頭を掴んで振り回し、トラギコは早急に氷を持ってきて遺体を冷やすように命令した。

全く興味のない一件に関わってしまったのは、自らの悪名が彼の想像以上に広まっていたことにあった。
市場に入った途端、坂から降りてきた彼の後輩である警官と鉢合わせし、捜査に協力するように要請された。
この要請を拒絶しようものなら、トラギコが今後警察本部から援助を受けられなくなるだろうと、遠巻きに脅されたのだから仕方がない。

(#=゚口゚)「で、仏さんは?」

手袋、マスク、手術着を着たトラギコが遺体袋を前に検死官に尋ねると、彼は手元のクリップボードを見ながら答えた。

138名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:14:27 ID:S.muFcjM0
「クリス・パープルトン、三十一歳。
職業、住所、その他もろもろ不明です。
死因は窒息死、もしくは溺死で、血液検査で極めて強い薬物反応が出ています。
恐らくは薬物の過剰摂取による――」

(=゚口゚)「待てよ、もしくはって何だ、もしくはって」

「じゃあ溺死で……」

(=゚口゚)「ふざけんな!
    そこんとこちゃんと調べるのが手前の仕事だろうが!
    調べたら俺に資料を寄越せ!」

トラギコが不機嫌になった第二の原因が、この検死官にあった。
兎に角全てがいい加減で、責任感の欠片もなかった。
それに付き合わされて貴重な時間を浪費し、デレシア達を追い詰めるチャンスを失うことを考えると、この上なく腹が立った。
遺体袋のジッパーを開くと、青ざめた女性の顔がそこあった。

まだ新しい水死体だ。
遺体袋を全開にし、死体を隅々まで凝視する。
全身に細かな擦り傷や切り傷、小さな打撲の跡があるが、これは海面を漂っていた際に岩場で付いたものだと推測できる。
肩と太ももに古傷を見つけ、それが銃創であることに気が付いた。

この女性は撃たれた経験がある。

(=゚口゚)「撃たれた時期はわかんねぇ……というか、調べて無いラギね?」

塗られたマニキュアとは正反対に蒼白になった手の指を見ながら、トラギコは一応尋ねた。
返答は予想通りだった。

「は、はぁ……」

検死官に期待することを止めたトラギコは、引き続いて死体を調べる。
女性の顔をよく見ると、口紅が薄らと塗られていた。
死に化粧と云う訳か。
足の指にマニキュアが塗られていないのを見るに、この女性がそこまで気が回らないぐらいに焦っていたと推測される。

(=゚口゚)「暴行は……」

傍に置かれていたクスコ式膣鏡を使い、確認する。
新しい傷はなく、体液も確認できないため、性的暴行を受けた可能性が極めて低いことを確認した。

(=゚口゚)「……ないラギね。
    おい」

「はい?」

(=゚口゚)「ひっくり返せ」

139名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:16:02 ID:S.muFcjM0
理由を尋ねようとしたので、トラギコは殺意を込めた睨みでそれを封じ、死体の背中を見た。
古い刺し傷が一つ、わき腹付近にあった。

(=゚口゚)「服には?」

「岩礁でできた傷だけでした。
傷口の位置と一致しています」

(=゚口゚)「そこは調べたんだな」

死体を元通り仰向けにさせ、袋を閉める。

(=゚口゚)「俺は街に行ってくるから、お前は死因を明らかにしろ。
    いいな、どんな小さなことでも必ず報告するラギ」

「は、はい!」

というわけで安置所を後にしたトラギコは街の屋台で好物のチョコミントアイスを買い食いしても、機嫌は一向に良くならなかったわけである。
飛び降りたと思われるホテルに出向いて、その後で死因を明らかにし、調書をまとめ、契約者であるホテルに報告すれば万事解決。
今日中に片が付くだろう。
不意に視線を感じ、そちらに目を向けると、オアシズがあった。

(=゚д゚)「……経費で乗れるのか?」

目的地がどこであれ、オアシズへの乗車券は五千ドルを下ることはない。
経費として申請するにしても、稟議書ものの金額だ。
書類は嫌いなので、普段は貸のある部下にやらせているが、こればかりはそうはいかない。
アイスを齧りつつ、トラギコはホテルに続く坂道を渋々上ることにした。

ホテルの看板を前にする頃には、トラギコのアイスは胃袋に収まり、汗がだらだらと流れていた。
クロジングで買ったジャケットは汗で濡れ、ワイシャツも汗で肌に張り付いていた。

(;=゚д゚)「くそっ、もう少し平らな所に建てやがれってんだ……」

涼を求めるようにしてホテルに入ると、そこに、懐かしい顔があった。

(;=゚д゚)「あ? ショボン警視?」

(´・ω・`)「ん? トラギコ君?
     水泳でもしたのかい?」

(;=゚д゚)「ちげぇラギ!
    何であんたがここにいるラギ?」

ショボン・パドローネ。
トラギコが三カ月だけコンビを組んだ先輩である。
とうに引退して、外地で家族と共に隠居生活を送っていると聞いていたのだ。

(´・ω・`)「そりゃあ捜査のために決まってるだろう?
     今は探偵をやっているんだ」

140名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:16:57 ID:S.muFcjM0
(;=゚д゚)「捜査? 自殺した女の捜査ラギか?」

(´・ω・`)「あぁ、そうだよ。
      その様子だと、君も捜査に加わっているみたいだね」

(;=゚д゚)「不本意極まりないけど、そうなってるラギ」

汗で濡れたハンカチで、トラギコは汗を拭う。
気を利かせたウェイターが氷の浮かんだ水を持ってきたので、それをありがたく一気に飲み干した。

(=゚д゚)「……ふぅ。
    ってことで、俺は俺の仕事をさせてもらうラギ」

(´・ω・`)「まぁ待ちなよ。
     情報が幾つか手に入ったんだ、それを君にも共有してもらいたい」

(=゚д゚)「……教えてもらうラギ」

(´・ω・`)「手帳とペンは?」

(=゚д゚)「捨てたラギ」

ショボンは溜息を吐いて、自らの手帳を開いてトラギコに見せた。
ページには部屋の見取り図と入った際の状況などが子細に記されており、写真も挟まっていた。
窓は開いていたがドアは閉まっていて、そのことは同伴したオーナーが確認している。
鍵はベッドの下にあり、遺書は鏡台の上に置かれていた、とのことだ。

遺書の内容を撮影した写真を見て、トラギコはショボンに尋ねた。

(=゚д゚)「恨んで自殺、ってことは男か女かは分からないラギね」

(´・ω・`)「ホテルの人間は全員調べたが、彼女の事を知っている人はいなかった」

クリアファイルに入った二種類の用紙を見る。
一つは、日ごとに分けられたチェックインの確認票だった。
昨日、仏よりも遅くにチェックインした人物はいない。
もう一つは、それらをまとめた書類だった。

(´・ω・`)「全員集めて個別に話を聞いたが、やはり駄目だった。
     そんな人間、聞いたこともないってさ」

(=゚д゚)「オアシズからも泊まりに来てる奴がいるラギね」

(´・ω・`)「休憩のためだよ。
      まぁ、その人たちがいるから僕が出張ることになったんだけどね。
      オアシズ付けの探偵だからね」

(=゚д゚)「ふーん」

141名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:19:23 ID:S.muFcjM0
興味がない話だったので適当に聞き流しながら、リストの名前を頭に入れた。
恨みがあろうがなかろうが、どうでもよかった。

(=゚д゚)「調べる意味、あるラギか?」

(´・ω・`)「自殺した原因を作った人間を許せないからね」

(=゚д゚)「ま、好きにしてくれラギ」

書類と手帳を返そうとすると、ショボンは軽く首を横に振った。

(´・ω・`)「それは警察に渡すことにするよ。
      その手帳のカバーだけ返してくれるかな? 中は新品だから気にしなくていい」

(=゚д゚)「ありがたくもらっておくラギ」

黒皮のカバーを返し、トラギコは女性が泊まっていた部屋に向かった。
手袋をしてドアを開けると、ひんやりとした潮風が勢いよく吹き付けてきた。
風通しは良好、見通しも抜群だ。
鏡台に置かれていたという遺書はすでに片付けられており、遺留品は何も残されていない。

開かれたままの扉からテラスに出て、眼下の様子を窺う。
切り立った崖の上にあるだけあって、その光景は迫力満点だった。
侵食を受けて針山のように尖った岩場が真下に広がり、その先には激しくうねる海がある。
海面に突き出した岩の付近には渦巻きも確認でき、意識があったとしても間違いなく溺死するだけの潮流があった。







部屋に戻り、改めて遺留品を探したが、結局、ホテルで得た収穫はショボンの手帳ぐらいだった。







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Ammo→Re!!のようです
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                                       Ammo for Reasoning!!編
                                      第一章【breeze-潮風-】 了
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142名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:20:19 ID:S.muFcjM0
                           【用語集】



【土地・都市】
・オセアン……湾岸都市。貿易の拠点として栄えている。
・フィリカ……南寄りの街。強い日差しと亜熱帯の気候、果物が名物。
・シャルラ……極寒の地にある“氷結の街”。面積で言うなら世界最大。
 ┗ヴォルコスグラード区→分割統治がされたシャルラの区画の名前。
・イルトリア……世界最強の軍事都市。
・サマリー……南にある紛争が頻繁に起こる街。
・フォレスタ……森、森、森。“魔女の住む森”として地元近隣の人間に恐れられている。
・クロジング……フォレスタに隣接する田舎町。被服の町として有名。
・ニクラメン……海上都市。海上と海底に街を持つ。
・ポートエレン……ワインと貿易の街。
・ティンカーベル……通称“鐘の音街”。ポートエレンから北に進んだ場所にある島々で構成された街。
・ジュスティア……正義の街。スリーピースと呼ばれる三重の壁に囲まれている。警察の本部がある。
・オアシズ……船上都市。豪華客船でありながらも街として機能している。



【用語】
・棺桶……軍用の強化外骨格の呼称。大きさによってランクがA〜Cと分けられている。中には規格外の大きさのものもある。
       起動するには、音声によるコード入力が基本となっている。開発は各国の軍で行われ、企業も参入していた。
       ほぼ全ての棺桶は、第三次世界大戦で使用されたものを発掘し、現代の技術で復元して使用している。
       未使用品も稀に見つかる。戦闘補助以外を目的に設計された物も存在する。
・コンセプト・シリーズ……単一の目的に特化して設計された非量産型の棺桶。
・レリジョン・シリーズ……宗教団体が設計、開発した棺桶の事。えらく金が掛かっており、秘匿性に優れている。
・ガバメント・シリーズ……政府が開発した棺桶。高性能であり、量産はされなかった。
・名持ち……少数だけ生産された高性能な棺桶の事。
・ダット……高性能化したパソコンの呼び名。
・耳付き……獣の耳と尻尾をもつ人間の事。並の人間以上に発達した運動能力と身体能力を持つ。
世間からは疎まれて差別されており、奴隷として売られるのが基本である。
・ニューソク……核発電設備のこと。
・ティンバーランド……黄金の大樹をシンボルマークとする組織。規模、目的、構成にいたるまですべてが謎。過去にデレシアが二回潰したことのある組織。

143名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:22:44 ID:S.muFcjM0
これにて投下は終了となります

質問、指摘、感想などあれば幸いです

144名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:23:57 ID:wYnpdAyk0
支援

145名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 22:30:20 ID:wYnpdAyk0
支援打ってたら終わってた。
乙 続き待ってる。

146名も無きAAのようです:2013/08/20(火) 23:28:48 ID:psUevbKwO
既読だったけどつい読んでしまった 
 
撮影・音響・……のIDはいつのIDなの投下時のとは違うみたいだけど

147名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:47:13 ID:W2H0TbLI0
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You must keep thinking.
考え続けなければならない。

Do not believe, hope and wish.
信じることも、望むことも願うことも許されない。

Understand waiting for the miracle is the most foolish thing in this world.
奇跡を待つ事こそが世界で最も愚かな行為だと理解しろ。

The miracle is just a coincidence.
奇跡など、単なる偶然に過ぎないのだから。

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オアシズでは船内への銃火器の持ち込みは勿論だが、軍用強化外骨格――棺桶――の持ち込みも禁止されている。
当然、乗船時にはあらゆる武器を個人用コンテナに預ける必要がある。
武器の持ち込みを許可してしまえば、逃げ場のない海上で何千人規模の人質を取ったシージャックを認めることになる。
そのため、船内では厳格な審査によってその人間性を認められた警備員だけが、銃器の携帯を許可されていて、棺桶の使用もまた同様だった。

乗船の手順は、まず金属探知機のゲートを潜って体に金属が無いことを確かめてから、最後に、購入したチケットを使って船内に進む二重チェックだ。
一人が検査を終えてオアシズへの乗船を完了するまでに要する時間は、平均で一分。
厚く白い塗装がされた橋を使って乗船を待つ列の中に、その旅人の姿があった。
ローブで肢体を包み、豪奢な金髪と蒼穹色の碧眼を持つデレシアは、風に靡く金髪を押さえ、空を見上げた。

いい天気だ、とデレシアは胸を高鳴らせていた。
風に吹かれて蠢くように形を変え、流れていく黒雲と、幻想的な濃淡。
一瞬だけ夏の暑さを忘れさせる、冷たい空気を含んだ風。
デレシアの好きな天気だった。

晴天も好きだし、夏の入道雲と蒼穹の組み合わせは涙ぐむほど好きだ。
空模様に止まらず、この世界の天候、事象、とにかくあらゆるものが好きだった。
最近のお気に入りは、彼女の後ろに立つ赤髪と瑠璃色の瞳を持つ女性、ヒート・オロラ・レッドウィングと、彼女に肩車をされている耳付きの――獣の耳と尻尾を持つ――少年、ブーンだ。
二人と出会ったのは湾岸都市オセアンで、共に一つの事件に関わった仲だ。

148名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:47:57 ID:W2H0TbLI0
ヒートは現代では珍しく、耳付きと呼ばれる人種を差別しない。
差別は優位性に立ちたがる人間の弱さの裏返しであり、それをしない彼女は芯から強いのだとよく分かる。
元殺し屋で、彼女ほどの性格の持ち主が不毛な殺し屋になった理由は、想像できなかった。
ブーンを見る時の目が時々寂しげに陰る原因もまだ分からないが、旅を続けていく過程でそれらが分かるかもしれない。

この時代の旅で出会った人間の中で、ブーンは最も気に入っている。
何が、と問われて答えるのは非常に難しい。
彼の持つ魅力、としか答えようがない。
その魅力と云う一言の中には複数の意味が込められていて、丹念に一つ一つ答えるには最低でも一時間は必要だ。

デレシアは、これまで続けてきた果てしない旅は彼に逢うためのものだったとさえ感じ始めている。
これまでに類を見ない将来性と成長速度、そして、邪気の欠片もない無垢な瞳に見つめられる度、彼の可能性を確かめたくなる。
悪い癖であることは理解している。
しかし、彼にはその可能性を見せてもらわなければならないし、是非とも見せてもらいたい。

この先、旅の途中で遭遇する争い事はその激しさを増す事だろう。
ティンバーランドが動き出すということは、そういうことだ。
ならば、多少強引なことをしてでもブーンの成長を促し、変わりゆく世界に対応出来るだけの力を付けさせなければならない。
彼は自分自身の口で、強くなりたいと言った。

その言葉が本心であることは疑いようもなく、受け入れるしかなかった。
多くの人間を見て、多くの人間と関わり、誰よりも長く世界を見てきたデレシアは、ブーンに魅了されていた。
彼が望んだのは平和でも普遍でもなく、力と進歩だった。
その選択は、この時代に最もふさわしい物。

彼はこの時代を生きるに相応しい人物なのだ。

(;∪´ω`)

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、大丈夫よ」

これから迎える身体検査を前に緊張しているブーンを見上げ、デレシアは優しく、語りかけるように落ち着かせる。
列が動き、階段を二段上がったところでまた止まる。
ブーツの爪先が踏みしめるたび、滑り止め加工のされた金属製の階段からは、軽い音が鳴った。

ノパ⊿゚)「にしても、こんだけでけぇ船をどうやって動かしてるんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「太陽光と波力、後は風力発電ね。
      海水発電装置も実験的にだけど、使っているわ」

太陽光を初めとする自然の力による発電は、ある時期から著しく進歩した。
従来の発電方法の数倍の発電量が生み出せるのだが、設備費用は数十倍に跳ね上がった。
途上国での使用が期待されたが、その価格故に一部の国で少数だけ採用され、オアシズにもその設備が導入されている。
巨体を生かした発電設備だけで航行中の電力を全て補うことが出来るよう設計されているのだが、それでも、万が一と云う場合がある。

船倉に大容量のバッテリーを備蓄していたとしても、常時七千人、最大九千人が生活をしていく中で、底を突いてしまう危険性は常にあった。
そこで発案されたのが、海水発電装置の導入である。
海水の塩分濃度の違いを利用した発電装置は、巨大な球体の装置がアンカーのようにして船尾から海に伸びており、停泊中は勿論だが、航行中も発電されるという優れもの。
船体の復元よりも、この装置の復元に最も時間が費やされ、現在では世界で唯一オアシズだけがこの装置の復元に成功している。

149名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:48:53 ID:W2H0TbLI0
今はまだ実験的な使用で公にはされていないが、本格的に稼働するのは、後十年以内だと言われている。
海水発電装置について熟知しているデレシアは、実用段階に至るまでは後百年以上かかると予想している。
現代の技術は、所詮は過去の技術の復元に要する技術であり、つまるところ模倣でしかなく、進歩は望めない。
それを我が物として進歩するには、過去に頼らずに自分達の足で進む他なかった。

ノパ⊿゚)「海水から発電、ねぇ……」

(∪´ω`)「はつでん、って、なんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「電気って分かる?
      ほら、ライトとかを光らせたり、バイクを動かしたりする力の事なんだけど」

小さく頷くブーンの顔からは、緊張は消えていた。
知識に対して貪欲な年頃である彼にとって、疑問は食事と睡眠に並ぶ欲求の一つだ。

ζ(゚ー゚*ζ「電気を作るための動きを、発電、っていうの」

(*∪´ω`)゛「おー、それって、どうやるんですか?」

ここから先の説明も出来るのだが、それには時間が足りない。
部屋に入ってからゆっくりと科学の勉強と共に、発電の仕組みについて説明した方が飲み込みやすいだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「後でお部屋に入って一緒にお勉強した時に教えてあげるわ。
       いい?」

(*∪´ω`)゛「はい、です!」

そんなやり取りをしていると、荷物検査の順番が回ってきた。
白く、丸みを帯びた背の高い金属探知機のゲート前には二人の黒服が立っており、手には籠、腰にはグロック19を提げてデレシアを迎えた。
ゲートの表面は艶やかで、光沢を帯びている。

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(■_>■)「済みませんが、そちらの棺桶をお預かりさせていただきます。
      航行中の使用・鑑賞・接触は一切できませんので、あらかじめご了承ください。
      金属を身に付けていれば、そちらを出してください」

ζ(゚ー゚*ζ「はい、どうぞ」

対強化外骨格用強化外骨格“レオン”を預け、ローブの下から懐中時計を取り出し、籠に入れる。

150名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:49:43 ID:W2H0TbLI0
ζ(゚、゚*ζ「ベルトはいいかしら?」

カーキ色のローブをたくし上げてベルトの金具部分を見せると、黒服の男は僅かに動揺した。
直ぐに動揺を抑え込んだ動きは、働き始めてから十二、三年といったところか。

(■_>■)「……はい、これでしたら大丈夫です」

ベルトの形状からそこに武器を隠せないことを確認し、男はデレシアをゲートへと案内した。
ゲートの脇にはいつでもグロックを手に出来るよう、両腕を腰の傍に構える男が立っている。
オアシズ内でテロ行為を行うものがあれば、即座に射殺出来るという警告の意味も込めた、実用的な看板の役割を持った男だ。
鳥居の様に構えるゲートは三つ。

それぞれ異なった方式で金属を検知し、センサーを掻い潜って武器を持ち込もうとする輩を見つけ出すための装置だ。
こうした装備のおかげもあり、オアシズではこれまでに一度もシージャックが起こったことがない。
起こそうと試みた人間ならいたが、契約している警備会社の人間によって、被害が出る前に射殺されている。
外部の人間を雇うことで様々な責任と手間を省くだけでなく、機密情報を一定の水準で守ることが出来る。

仮に、オアシズの警備員として十年以上勤続した人間がいたとすると、その人間が明日裏切らないとは誰にも断言できない。
十年以上も働いていれば、オアシズの構造上のセキュリティホールを見つけたり、その他の機密情報を知ったりする機会がある。
そうした人間から情報を買ったり、忠誠心を買ったりしようと画策する人間はいくらでもいる。
その万が一に備えて、オアシズでは警備員を外部企業から雇い入れているのである。

探偵に関しても同じで、定期的に人員を入れ替えており、人物の特定ができないようにも工夫されている。
それだけの工夫がある中、デレシアは武器を持ち込むことに成功していた。
両脇のデザートイーグルに、後ろ腰のソウド・オフ・ショットガンだ。
どれだけ高性能なセンサーが相手でも、デレシアはそれを欺く術を持っていた。

しかしながら、デレシアはオアシズで事を起こすつもりは一切ない。
デレシアとヒートで出した結論としては、ブーンにはこの船旅を楽しんでもらいたいというものだった。
ティンカーベルまでは一週間ほどの旅になる。
その間に、彼の教育と訓練を行い、ティンカーベルで出会うであろうティンバーランドの構成員との争いに備える。

涼しい顔をしたまま金属探知のゲートを悠然と通り抜け、デレシアは検査の済んだ懐中時計を受け取って、オアシズへの乗船を許可された。

(;∪´ω`)「お……」

続いては、ブーンの順番だった。
耳を不自然に見せないための帽子は、検査の際に強い効果を発揮する。
後は、不審な動きをしなければ難なく突破出来るはずだ。
ヒートの肩から降り、デレシアと同じようにゲート前で検査を受ける。

(;∪´ω`)

(■_>■)「僕、何か金属の……鉄の物を持っていないかな?」

(;∪´ω`)「いえ……もってません」

(■_>■)「分かった。 それじゃあ、そこの道をまっすぐに進んでくれるかい」

151名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:51:13 ID:W2H0TbLI0
案内に従い、ブーンはゲートを潜る。
センサーがブーンの体から金属を検知することはなく、何事もなくデレシアの元に辿り着いた。
その顔には安堵の色が浮かんでいた。

ζ(゚ー゚*ζ「ね、大丈夫だったでしょう?」

(∪´ω`)゛

ノパー゚)「じゃ、あたしもそっちに行かせてもらうよ」

拳銃を持っているのは、ヒートも同じだった。
ヒートの持つベレッタM93Rには、折り畳み式フォアグリップの代わりに鋭利な刃が取り付けられており、一目で殺しに特化した武器だと分かる。
そんな代物がここで発見されれば、乗船拒否も有り得る。
しかし、ヒートは余裕の表情を浮かべていた。

(■_>■)「金属の物は?」

ノパ⊿゚)「生憎、チタンよりも固い心以外は持ち合わせがないんでね」

(■_>■)「ローブの下には何もありませんか?」

ノパ⊿゚)「ほらよ」

ローブを捲り上げ、脇の下や腰に武器が無いことを見せつける。
それを確認すると男は、頷き、手でゲートの方へ案内した。

(■_>■)「問題ありませんね」

この時、男がもっと注意深くヒートの身体検査をしていれば、背中に隠された二挺の拳銃に気がついただろう。
だが現実は、三重の探知機という精神的な死角によって見逃してしまった。
ゲートは沈黙を守り続け、異常を知らせることはなかった。

(■_>■)「次の方、どうぞ」

ヒートの後ろに並んでいた人物がゲートを潜ろうとした時、服に使われていた小さな金属が探知機に反応し、止められた。
その日、オアシズが誇る探知機を突破して武器を船内に持ち込んだのはデレシアとヒートの二人だけだった。

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三三三三三三三三三三三 ..|\\蒜蒜\\.三三三三三三三三三三三三三..|\\
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正午十五分前、嵐が近づいていた。
雲は海のうねりを思わせる黒雲になり、海風は冷えた空気を市場に運び、人々の足をその場から遠ざけた。
今や建物の外に出ているのは、船を波止場にしっかりと固定しようとする若い一人の船主だけ。
その船主ですら、縄を固定し終えるとすぐにバイクで走り去ってしまった。

152名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:51:57 ID:W2H0TbLI0
嵐の近づく中、全てが揺さぶられていた。
ただひとつ、巨大な船舶を除いては。
白い巨体は確かに船の形をしているが、それはあまりにも現実離れした大きさだった。
街一つが船の中に入っていることを考えれば有り得るが、船としては遠近感を失いかねないほどの大きさと存在感を放っている。

大型と言われるフェリーでさえ小舟に思え、漁船など玩具にしか見えない。
壁を纏った船舶、あるいは、海上の壁その物。
それは船舶にして船上都市。
その名は、オアシズ。

「それで刑事殿、何か進展は?」

その喫茶店はコクリコホテルから更に坂を上った場所にあり、客は二人しかいなかった。
割れんばかりに震える薄い窓ガラスの向こうに見える巨大な船影を見下ろしながら思案していた男は、その問いを無視した。
近くを通り過ぎようとしていたウェイターを手で呼び止め、二杯目になるアイリッシュコーヒーを注文した。
ウェイターはいい顔をしなかった。

男は先ほどからアイリッシュコーヒーだけを注文し、更にはその席の雨戸を閉めさせなかったからだ。
雨戸だけでなく、店も閉めたいと思っていたが、頬に二本の傷を持つ男がそれをさせなかった。
懐でちらつくベレッタM8000は、彼よりも雄弁だったのである。

(=゚д゚)「……おい、ウェイター。
   アイリッシュコーヒー大盛り」

白髪の多くなったブロンドの髪は短く刈り揃えられ、剣呑な雰囲気を漂わせる黒い瞳は窓の外に向けられたまま。
トラギコ・マウンテンライトは四十六年の人生の中で、あれほど巨大な船に乗ったことがなかった。
この船に乗ることが出来るのは金持ちか、船の上で生まれたオアシズの住人しかいない。
彼が追っているデレシア一行は高い確率でオアシズに乗り込むはずであり、何か尻尾を見せないかどうかを見るためにも、彼はそれを追いたかった。

三十分前に警察本部に電話して金を要求したが、予想通り即却下された。
勘で動くことを良しとせず、明確な証拠がなくてはオアシズの乗車券分の金を出すことは出来ない、と。
第一、デレシア達――彼女の名は伏せてあった――がオセアンで起きた事件の主犯である証拠はないのだ。
トラギコの勘を頼りに動いてくれた試しはないが、それによって彼が解決した事件の実例を前にしても彼の勘を認めた試しもない。

代わりに言い渡されたのが、ポートエレンで起こった自殺者を追い込んだ人物の特定と逮捕だった。
まさか、難事件解決に特化して設立された部署からわざわざオセアンまで出向き、その関係者を追ってここまできて、自殺の捜査をすることになるとは思いもしなかった。
能無しが多い職場だけに、トラギコの苛立ちはより一層募った。
特に、目の前でドリンクバーのメロンソーダを飲みながらフライドポテトを摘まむ若い検死官の無能ぶりには、頭痛さえ覚える。

警察が人手不足になったと聞いたことはないのに、どうしてこんな若者を雇ったのだろうか。
事件解決の経験がないのならば、それは、この土地がジュスティアに近いために治安が良すぎる為だろう。
無論、事件が起きないことが一番だが、事件が起きなければこうして役立たずの警官ばかりが増えるのだ。

(=゚д゚)「なーんも」

ショボン・パドローネから受け取った資料は、手帳も含めて全て警察に提出済みだ。
必要な情報は全て頭の中に入っている。
手帳やペンが必要なのは記者であって、警察ではない。
それが、警察で働き続けて分かったことだ。

153名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:53:09 ID:W2H0TbLI0
クリス・パープルトンについて分かる情報は何も見つからなかった。
分かったことは、彼女が薬で意識を朦朧とさせながら百フィートの高さから海に飛び込み、溺死したということぐらいだ。
遺書もある。
残っている作業は、死因の明確化だけだ。

手元に置かれたアイリッシュコーヒーを一口飲み、溜息を吐く。

(=゚д゚)「で、死因は何だったんだ?
    いいか、どんな細かなことでも報告するラギよ」

慌てて机の上に伏せておいていたホチキス止めの用紙を手に取り、検死官は報告した。

「あ、はい。
溺死でしたが、体内から検出された海水の量が通常よりも少なかった、ってだけです。
海水の成分は間違いなくあの近海のものでした」

あまり実りのある答えではなかったが、おかげでこの一件はだいぶ落ち着く。
残りは本部の人間か、この若者に任せてデレシア一行を追う算段を立てなければならない。
荷物に紛れて密航でもするか、身分を偽って侵入するか。
どちらも現実的に可能だが、今後の刑事生活に支障が出るので最後の手段として取っておくことにしてある。

(=゚д゚)「ふーん、ご苦労さん」

トラギコはそれを適当に聞き流している訳ではなかったが、検死官は不満そうな表情を浮かべていた。
今の情報で揃った断片を並べて、一つの絵を作り上げたのだが、不自然なまでに容易に完成したことに不満と不信があった。
その理由は幾つかあったが、それを裏付けるものがなかった。
決定的な証拠だけが欠如しているのだと、感覚で理解していた。

以前にも味わったことのある感覚だ。
となると、このまま捜査を続行しても収穫は得られそうもない。
別の方向に意識を向け、再度捜査を行う必要がある。
思考の迷路を探索するため、トラギコは瞼を降ろして腕を組んだ。

「刑事殿、寝るなら自分はもう持ち場に戻りますからね」

クリス・パープルトンが死んだのは明朝一時、発見されたのは六時半。
その差は五時間半。
ホテルへのチェックインは十一時三十八分。
死亡推定時刻の一時間半前である。

ただし、彼女がチェックインをした姿を誰も目撃していない。
立ち入ったのはショボンと支配人の二人で、部屋に鍵が掛かっていた事や窓が開いていたことの証言は一致している。
遺書は部屋に残されており、死に至った経緯が書かれていた。
それの筆跡とチェックイン時のサインは一致しており、同一人物の物と確定された。

ホテルに滞在していた七十一名の内、明朝一時半に寄港したオアシズからの客は三名。
彼らとクリスとの接点は見つけられず、彼女の死には関与していないと判断するしかない。
すでに彼らはオアシズに戻っていて、トラギコが手出しできない場所にいる。
ショボンの心配は杞憂に終わったと云う訳だ。

154名も無きAAのようです:2013/09/26(木) 21:55:08 ID:W2H0TbLI0
死体には暴行の跡はなく、漂う内に岩で切った細かな擦り傷から、崖の上から飛び降りたと推測される。
大量の薬物を摂取して意識を朦朧とさせ、恐怖心を和らげてから飛び降り、そして溺死した。
ここまでが、簡単な概要だ。
トラギコの頭の中では、その様子がイメージとして浮かび、何度も再現される。

情報を繋いで景色を作り、証拠を紡いで概要を整える。
あまりにも綺麗すぎる。
その光景ははっきりと思い描けるが、だからこそ不自然に思えるのだ。
自殺の現場はいつでもあらゆる影響を受け、決して綺麗にはならない。

それは数多くの現場を見てきたから分かる直感だった。
その時、窓ガラスに大粒の雨がぶつかる音が聞こえた。
雨は瞬く間に豪雨となり、ガラスは砂利でも当たっているかのような音を出し始める。
雨粒が強風にあおられ、世界が白くぼやけて見える。

一つの可能性が浮かんだのは、オアシズが出航を告げる汽笛を鳴らした時の事だった。

(;=゚д゚)「……」

可能性は次第に疑念となり、確信に近づいていく。
そして確信が疑念を氷解させ、真相を浮かび上がらせる。
これは自殺ではない。
これは――

(#=゚д゚)「おい若造……って、帰りやがった!!」

机の上に金を叩きつけるように置くと同時に、雷が世界を真っ白に照らし、巨大な雷鳴が窓を震わせた。

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ヾ丶\ 、\ヽ 、丶\ \丶丶 丶丶 \丶 ヽ \ \丶/,,;;;;/ ,,,...
 ヽ 、ヾ 、ゞ ヾ丶 ゝ丶\ ゝヽ丶ヽ ゝヽ 、ゞ ヾ丶 ゝ/,,,;;;/  册册
 ヽ \ 丶\丶ヽ\ 丶  ヽ ヾ ゞ\ヽ ゝヽ丶丶 、/___/  _,. 册册
                ‥…━━ August 4th PM 12:06 ━━…‥
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喫茶店から一歩外に出ると、雷鳴と強風、そして滝のような雨がトラギコを歓迎した。
空は黒く濁り、青空は一片も残されていない。
発光と金属を引き裂くような音に続く爆音、冷たい風。
嵐がポートエレン上空を覆い、不気味な世界に染め上げていた。

誰一人屋外に出ていない。
長く続く石畳の坂の上で、トラギコは周囲を見渡した。
駐車されていたオフロードバイクに目をつけ、それに跨る。
キーの差込口を外し、その下から出てきた配線の一本を選んで引き千切り、配線同士を何度か合わせると、エンジンが力強く震えた。

邪魔な前髪を後ろに漉き上げ、口元の水滴を払う。
払い落とした水滴の代わりに、また新たな雨水が顔を濡らす。


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