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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:44:33 ID:cwrc78lw0
いつまでたっても規制が解除されないのでこちらで


纏めてくださっているサイト様

文丸新聞さん
ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

ローテクなブーン系小説まとめサイトさん
ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

326名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:22:32 ID:1gkL/Ud60
ジョン・ドゥ、そしてソルダット。
どちらも傑作機の名に相応しい性能を有するもので、使用者を限定しないよう、音声認識システムがオフにされている。
つまり、キーコードさえ知っていれば誰でも使用が可能なのだ。
しかし。

これだけでは、足りない。
シージャックに対して抵抗するためには、もう一か所、武装しなければならない部分があるのだ。

¥・∀・¥「これより、第一ブロックから順に皆様からお預かりした武器、棺桶を返却いたします。
      オアシズは絶対安全とは言えぬ状況下になった為、皆様の命は皆様の手で守っていただきたく思います。
      残念ですが、武器のレンタルは行っておりません。
      また、同じタイミングで皆様に三食分の食事をお渡しさせていただきます」

武器の返却。
本来、武器を回収していたのはシージャックを避けるためだったが、起こってしまった以上、それは無効となる。
シージャック犯にしてみれば、預かった武器類は宝の山になる。
宝の山が犯人の手で汚れる前に、持ち主の手に返し、本来の目的を果たしてもらう方が遥かにマシだし、警備員のいない場所での迎撃も可能となる。

力が世界を変える時代。
ならば、武器が世界を変えるのも当然。

¥・∀・¥「……最後に。
      これは市長として、また、一人の男としての言葉として聞いて下さい。
      全ての責任は、この私、リッチー・マニーにあります。
      恨み、怒り、悲しみ、その矛先は全てこの私に向けてください」

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reasoning!!編
                                           _ -ァ
                                        __ -‐ ´ ノ
                               ,.-‐ ニ   _,. -‐'´
                               /   '' 、`丶、
                                    /     ヽ` 、ノ
                          _ュ-ォ‐ァ ア'´        , ヽノ
              __,. -―  ´ / / /       /` _ノ第六章【resolution-決断-】

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327名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:23:26 ID:1gkL/Ud60
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    ./::::::::::::::::::/`ヽ:::::::::::::::::::::::::::',
    ハ:::::::::::::::i   o ',::::::::::::::::::::::::::i
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ー、/:::::::::::::::::::::::::::::::`ヽィ′:::/
                ‥…━━ August 5th PM13:50 ━━…‥
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リッチー・マニーと云う人物を過小評価していた。
もう少し用心深く、もう少し繊細な人間だと思っていた。
だが違った。
考えていたよりも大胆な人間だったのだ。

探偵を使ってちまちま探す作戦を潔く諦め、最終手段とも言えるレベル5の発令に踏み切った。
これでは余計な警戒心を与えるだけでなく、デレシア達と接触する機会を失ってしまう。
ブーンを始末したところまでは良かったが、ここに来て予想外の展開だ。
次の計画までの時間がそうないことを知っている身としては、どうにかしなければならない。

マスターキーが使用できないことは大きい。
どうにかして、デレシアとヒートを始末するのだ。
と、なると。
最早こちらの美意識やらは置いておき、猛毒と云う原始的な方法で攻めるしかない。

懐に隠し持つ毒のアンプルセットを使い、二人を毒殺する方法を考える。
一つは全ての食事に直接混入させる方法。
もう一つは、食器の一部に毒を塗る方法。
最後は、傷口から毒を体内に侵入させる方法だ。

どれを選んでもいいが、兎に角、近づかないことには殺しようがない。
苛立ちばかりが蓄積される。
計画をスムーズに進行させるのに必要な行動を考えつくために、一度、深呼吸をした。
探偵、警察、警備員を欺いてデレシア達の部屋に接近するには、どうすればいいか。

必要なのは権限だと一瞬で辿り着いた。
権限さえあれば、二人の部屋に近づける。
そこに運ばれる料理に毒を盛れば、直接会わずに殺害が可能だ。
これで行動計画に目処がついた。

二人がいるのは第三ブロック十八階。
対してこちらがいるのは第二ブロック七階。
第二ブロックで有効な権限は、向こうでは使えない。
ならば、人目につかずに第三ブロックに侵入し、目的を果たす方法を考えればいいのだ。

――いや、違う。

328名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:24:17 ID:1gkL/Ud60
前例のない事態なのだから、その方法が失敗する可能性もある。
調べる必要があるのは、食事の提供方法からだ。
武器の返却に立ち会えないのはいいとしても、食事がどのようにして提供されるかがまだ分かっていない。
マニュアルには船側から食事が振る舞われるとあるが、それが手作りなのか、それとも既製品なのかが定かではない。

三食まとめて渡すということは、手作りの可能性は限りなく低い。
既成品だとしたら缶詰かもしれないし、パック詰めされた弁当形式かもしれない。
マニーは必要な場面で用心深さを発揮するに違いない。
犯人が船にいる以上、安全が保証されている食事を出すはずだ。

となると、加工のしにくい缶詰が理想的。
船の中にあるスーパーマーケットや食料品を取り扱っている店から持ってくるかもしれないし、非常食として常備している物が出されるかもしれない。
腹立たしいが、マニーの判断は英断と評価するに値する。
ジュスティアの海軍が介入する前に舞台を整える必要が有るため、残された時間は十二時間ほどだろうか。

チャンスは一度だけ。
何も毒にこだわらなくても別の方法もあるが、確実性が欲しいのだ。
探偵達よりも聡明な二人を確実に殺す、確かな方法が。
焦らずに方法を考え、答えを出せばいい。

二人を屠れる方法を模索しながら、その人物は職務にあたっていた。

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  ___
  l |l l
  l |l l
  l |l レ'""`、
 └t'´   l l
   l    l l_..._
   r'"二ニつL /
   ', V'" ̄二つ
   ヽ/ /  ノ〉
    L / / /
                ‥…━━ August 5th PM15:20 ━━…‥
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第三ブロック長ノリハ・サークルコンマは一階にあるブロック長室の書斎で、オイルライターの蓋を開いては閉じて、考え事に耽っていた。
犯人と目される第一ブロック長、ノレベルト・シューの目的をひたすらに考えていたのだ。
何故ハワード・ブリュッケンを惨殺し、警備員詰め所を襲い、その様子を流したのか。
よくある復讐が理由ではないだろうと、ノリハは考える。

復讐なら、事態が大きくなる前に片付けているだろう。
わざわざ映像を流す必要はどこにもないはずだ。
目的は映像を流し、その先にあるものだろう。
混沌を愛する迷惑極まりない思想犯か、それとも別の目的を持った人間なのか。

ノリハはノレベルトとは仲がよく、彼女がこんな下らないことに時間を割く人物だとはとても考えられなかった。
最後に会った時、彼女はいつもと変わらない様子だったが、少しだけ浮ついていたような気もする。
慣れない化粧までしていたから、当時の様子をよく覚えていた。
異性に会うような、そんな感じだ。

329名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:25:50 ID:1gkL/Ud60
だが探偵としての生活が長すぎて、混乱と恐怖を愛する人間と化した可能性はゼロではない。
そう考え始めると、可能性は次から次へと溢れ出た。
可能性に思考を制限されることほど愚かなことはない。
頭を振って、湧き上がる可能性を一度消した。

ブロック長として、ノリハはこの事件解決の補助をする義務があった。
リーダーとは、率先して困難に挑むもの。
困難とは、考えて挑むもの。

ノリパ .゚)「……むむ」

とは言っても、ヒントは無いに等しい。
限りなくゼロに近い数字から、一を出さなければならないと思うと、それは最早彼女の技量を超えていた。
犯人の思惑よりもまず考えなければならないのは、犯人の居場所だ。
これ以上の被害者を増やさないためにも、今も船の何処かにいる犯人を捕らえなければと云う思いが彼女を苛んだ。

折角、マニーが整えてくれた舞台なのだから、それを活用しない手はない。
第三ブロックとしての方針は決まっている。
極力危険から遠ざかった位置で静観し、機会を伺って介入する。
では、他のブロックはどうだろうか。

犯人の特定と捕獲を急ぐブロックがあるとしたら、間違いなく第一ブロックだ。
最重要人物として今も負われているノレベルト・シューが統治していたブロックだけに、彼女の部下たちはプレッシャーに感じているはずだ。
襲われた“三銃士”は、犯人の顔を見て生きている数少ない人間だが、その顔が変装したものだと考えると、証言の力は弱い。
確かにノレベルトは変装が得意だが、戦闘技術に関しては中の中、といったぐらいのはずだ。

射撃と肉弾戦を駆使した戦い方は探偵試験では必要とされていないし、ノレベルトは体を使うのは苦手だとよく言っていた。
それを考えると、らしくない襲い方だった。
彼女が犯人ではない可能性も確かにあるが、彼女でなければ、一体、誰が犯人なのだろうか。
そうして時間が経つのを待っていると、机上に設置された無線機から、第二ブロック長オットー・リロースミスの声が聞こえた。

£°ゞ°)『お待たせしました、第二ブロック配給・返却完了しました』

ノリパ .゚)「ご苦労さまです。 これより第三ブロックも作業を開始します」

ジャケットを正して、席を立つ。
今は可能な限り乗客に顔を見せて、安心させることに努めることが彼女の義務だと考えを改めたのだった。

330名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:26:30 ID:1gkL/Ud60
だが探偵としての生活が長すぎて、混乱と恐怖を愛する人間と化した可能性はゼロではない。
そう考え始めると、可能性は次から次へと溢れ出た。
可能性に思考を制限されることほど愚かなことはない。
頭を振って、湧き上がる可能性を一度消した。

ブロック長として、ノリハはこの事件解決の補助をする義務があった。
リーダーとは、率先して困難に挑むもの。
困難とは、考えて挑むもの。

ノリパ .゚)「……むむ」

とは言っても、ヒントは無いに等しい。
限りなくゼロに近い数字から、一を出さなければならないと思うと、それは最早彼女の技量を超えていた。
犯人の思惑よりもまず考えなければならないのは、犯人の居場所だ。
これ以上の被害者を増やさないためにも、今も船の何処かにいる犯人を捕らえなければと云う思いが彼女を苛んだ。

折角、マニーが整えてくれた舞台なのだから、それを活用しない手はない。
第三ブロックとしての方針は決まっている。
極力危険から遠ざかった位置で静観し、機会を伺って介入する。
では、他のブロックはどうだろうか。

犯人の特定と捕獲を急ぐブロックがあるとしたら、間違いなく第一ブロックだ。
最重要人物として今も負われているノレベルト・シューが統治していたブロックだけに、彼女の部下たちはプレッシャーに感じているはずだ。
襲われた“三銃士”は、犯人の顔を見て生きている数少ない人間だが、その顔が変装したものだと考えると、証言の力は弱い。
確かにノレベルトは変装が得意だが、戦闘技術に関しては中の中、といったぐらいのはずだ。

射撃と肉弾戦を駆使した戦い方は探偵試験では必要とされていないし、ノレベルトは体を使うのは苦手だとよく言っていた。
それを考えると、らしくない襲い方だった。
彼女が犯人ではない可能性も確かにあるが、彼女でなければ、一体、誰が犯人なのだろうか。
そうして時間が経つのを待っていると、机上に設置された無線機から、第二ブロック長オットー・リロースミスの声が聞こえた。

£°ゞ°)『お待たせしました、第二ブロック配給・返却完了しました』

ノリパ .゚)「ご苦労さまです。 これより第三ブロックも作業を開始します」

ジャケットを正して、席を立つ。
今は可能な限り乗客に顔を見せて、安心させることに努めることが彼女の義務だと考えを改めたのだった。

331名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:27:49 ID:1gkL/Ud60
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一人の女性が、ベッドで苦しそうに寝返りを打った。
丹念に鍛え上げられ、贅肉を削いで引き絞られた健康的な肉付きの四肢。
古傷の上に真新しい傷を重ねた色白の肌には汗が滲み、毛並みのいい赤茶色の髪は湿って乱れていた。
整った顔は苦痛に歪み、泣き喚くように嗚咽を上げながらうなされていた。

ヒート・オロラ・レッドウィングは悪夢で目を覚ました。
全身が汗で濡れ、顔は涙でべたついていた。
最低の目覚めだった。
最悪の気分だった。

汗で額に張り付いた髪を後ろに流し、そのまま頭を押さえる。
腫れぼったい目をこすり、まだ残っている涙を拭い取る。
いつの間にか着せられていた寝間着は汗で濡れ、肌に張り付いていた。
膝にはタオルケットが一枚だけかけられていた。

ノハ;゚⊿゚)「……くそっ」

救えなかった過去。
変えられなかった現実。
それを思い知らされる夢だった。
ここ最近は見ることはなかったが、どうしてまた見たのか、ヒートには心当たりがあった。

また救えなかったからだ。
実行犯には逃げられ、一矢報いることも出来なかった憤り。
しかも、今回は手が出せた状況で救えなかった。
守ると決めたのに、それを果たせなかった。

ブーンが海に投げ捨てられた直後、ヒートは海に飛び込もうとした。
だが、デレシアがそれを止めた。
肩に痣が残るほど強い力で。
嵐の中でもはっきりと聞き取れる声で。

ζ(゚−゚ ζ『自殺したいなら、別の機会に一人でしなさい』

332名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:28:39 ID:1gkL/Ud60
そしてヒートの視界はブラックアウトし、今に至るというわけだ。
おそらく、デレシアがヒートを気絶させてここまで運んだのだろう。
そうでなければ、ヒートは確実に海に飛び込んでいた。
そして溺れ死んでいただろう。

どのようにして気絶させられたかは分からないが、痛みは残っていなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「起きた?」

傍でリンゴの皮を剥いていたデレシアが、そう声をかけてきた。
うなされる様子を見られていたのが、少しだけ恥ずかしく感じた。

ノハ;゚⊿゚)「……あぁ」

ζ(゚ー゚*ζ「リンゴ、食べる?」

蜜のたっぷりと入ったリンゴが皿に綺麗に盛られている。
ブーンの好きな種類のリンゴだ。
彼は硬く、噛み応えのある食べ物が好きだった。

ノパ⊿゚)「もらうよ」

一口で食べられる大きさに切られたそれを食べ、思考を冷やす。
リンゴは甘く、よく冷えていた。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、ブーンちゃんのことだけど」

ノパ⊿゚)「……おう」

覚悟を決め、二人はブーンの話を始めた。
復讐の話を。

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                ‥…━━ August 5th PM16:57 ━━…‥
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話が終わり、ヒートは改めてデレシアの恐ろしさを知った。
用意周到さ、聡明さ、そして容赦のなさ。
何が今の彼女を形作り、彼女を育て上げたのか。
彼女がどのような人生を送ってきたのか、ヒートには想像も出来ない。

333名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:29:29 ID:1gkL/Ud60
時折見せる仕草は十代の少女のそれだし、碧眼の奥でちらつく深遠な雰囲気は老いた獣のそれに近い。
戦闘能力は人間離れしていて、警察の執行部や凄腕の殺し屋が束になっても勝てないことを如実に語っている。
銃の使い方はもちろんだが、肉弾戦も達人の域にある。
二十代半ばにしか見えない彼女の容姿の中に詰まった謎は、深海よりも深淵に近い。

デレシアによって犯人が明らかにされた時、ヒートはその推理力に感服した。
そして犯人が判明したからこそ、悟られずに進める復讐の計画が必要だった。

ζ(゚ー゚*ζ「今後の方針としては、さっき話した通りよ」

ノパ⊿゚)「りょーかい。 で、あたしが寝てる間に何があったんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「はい、これ」

そう言って渡されたのは薄いマニュアルだった。
きちんと付箋が張られていて、ヒートはそのページを見た。
ハザードレベル5の項目に蛍光ペンで線が引かれている。

ノパ⊿゚)「……へぇ、市長もやるねぇ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 先代の市長よりも優秀よ」

その時、訪問者を告げるベルが鳴った。
ヒートは咄嗟に自分の銃を探した。
布団の中を探すが、銃がない。

ζ(゚ー゚*ζ「枕の下」

ノパ⊿゚)「ありがとよ」

枕の下に手をやると、触り慣れた柔らかい皮の感触。
タオルケットを胸元まで引き寄せ、ホルスターに入った二挺の銃をその下に隠す。
カーキ色のローブを着たデレシアが玄関に向かい、インターホンに出た。

ζ(゚ー゚*ζ「オアシズの職員の方?」

返ってきたのは、女性の声だった。

「はい、お食事とお預かりした棺桶を返却に」

デレシアは扉を開き、職員を出迎えた。
食事の乗った網棚と青色のコンテナを牽引する電気自動車の前に、ベッドから窓に反射した姿を見る限りで三人。
スーツとアサルトライフルの男。
同じ装備と服装をして、仮面を被った人物。

そして、第三ブロック長ノリハ・サークルコンマだった。

ノリパ .゚)「このたびは本当にご迷惑をお掛けして……」

334名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:30:16 ID:1gkL/Ud60
多忙だろうに、客の前に出てきて謝罪をするとは何とも殊勝な心がけだ。
流石に、ブロック長として任命されただけあって、責任感と覚悟がある人物の様だ。

ζ(゚ー゚*ζ「ご苦労さまです。 お気になさらないでください、やった人間が悪いだけのことですから」

ノリパ .゚)「こちら、本日の昼食、夕食、明日の朝食の合計三食分となります。
     飲み物については、冷蔵庫の中に入っている物を無料でお飲みいただけます。
     どうしても足りない場合は、大変申し訳ありませんが水道水で我慢して下さい」

三人分の食事が入った大きなクーラーボックスを受取り、それを足元に置く。
仮面の男がコンテナから、黒塗りの運搬用コンテナを運び出し、コンテナの下部に内蔵された車輪を使って部屋の前に持ってきた。
ヒートの使用するAクラスの棺桶“レオン”だ。

ノリパ .゚)「確かにお返しいたします」

ζ(゚ー゚*ζ「確かに受け取ったわ」

ノリパ .゚)「それと、こちら。
     第一ブロックのお客様からお預かりしてきました。
     黒髪の、若い女性の方からです。
     もし心当たりがないのでしたら、こちらで保管いたしますが」

ペーパーバックサイズの封筒だ。
中身は手紙だろうか。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、わざわざありがとう。
      受け取らせていただくわ。
      あぁ、そうだ。
      マニーさんにこう伝えておいてもらえるかしら?

      “マカロニ四本食いの癖はもう直ったのか?”って」

ノリパ .゚)「はぁ、かしこまりました」

棺桶とクーラーボックスを室内に入れたデレシアは、改めてノリハ達に一礼して、扉を閉めた。
オートロックが作動し、デレシアがチェーンを掛ける音が聞こえた。

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートちゃん、棺桶返ってきたわよ」

ノパ⊿゚)「おう。 ところで、四本食いって何の話だ?」

ζ(゚ー゚*ζ「マニーは昔、マカロニが料理に出るとフォークの先っちょに、四本突き刺して食べていたの。
      だから四本食い」

ノハ;゚⊿゚)「……やっぱ、あれか、知り合いなのか?」

ここまで来たらもう驚かない。
デレシアの交友関係は老若男女を問わず幅広い。
となれば、オアシズの現市長と知り合いでもなんら疑問はないのである。

335名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:32:01 ID:1gkL/Ud60
ζ(゚ー゚*ζ「まぁね。 ただ、あの言葉がマニーの耳に入れば私達の計画が動かせるわ。
      いつまでもやられっぱなしじゃ、性に合わないもの」

ヒートは改めて、デレシアの恐ろしさを認識したのであった。

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           .ヘ  /       ヘ /   \
   r─--、    '!_,!    r─┐ l,:,!  r‐┐ .'!
   L..........j      |::|   └= ┘ l||  二、 . |
              |::|   _,,,...-┐ . ||  | :||,.-┘
   _,,,...--‐‐r   .|::|   |  | l||  .||,..-‐''" 
   | fl |ヾ、 ||    |::|   | ,」.-‐''"
                ‥…━━ August 5th PM21:01 ━━…‥
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正義の都、ジュスティアは依然として嵐の中にあったが、その勢力は弱まっていた。
嵐が最も勢力を増した時でさえ、海軍の持つ格納庫中に収められた船を動かすことは出来なかった。
P26と書かれた格納庫にある、最新鋭の高速戦闘艇“マリンシェパード”五隻の船の前に整列する海上用戦闘服に身を包んだ男四十二名は皆、沈黙を守っている。
そしてそんな男達の前に立つ男、カーリー・ホプキンス少佐が彼らの指揮官だ。

肩から袖に走る赤と白のラインは、指揮官用の戦闘服の証拠。
それは敵の注意を上官に集中させるための工夫だ。
ジュスティア軍人は死を恐れない代わりに、仲間の死を恐れる。
戦場で最初に死ぬのは最も優しい人間である、と云う言葉を掲げる軍ならではの工夫と言える。

「諸君、これより状況を開始する」

上官の声に男達は敬礼で返し、無言の内に船に乗り込む。
電気で駆動する船のエンジン音は静かで、五隻集まっても外の音よりも静かだった。
しかし、それよりも静かに動く男達よりも、更に静かな男が一人いた。
ホプキンスは最前の船に乗り、操舵室の下にある船室にいる先客に一言声をかけた。

「刑事さん、もう引けませんよ?」

船室で腕を組んで毛布に包まっていた男は顔を向け、上機嫌そうに返答する。
この男こそ、格納庫内で最も静かな男。
トラギコ・マウンテンライトである。

(=゚д゚)「誰が気遣ってくれって言ったラギ?
    あぁそれと、キッチン借りてるラギよ」

この戦闘艇の船室は思いのほか広めに作られている。
壁と天井は防弾に優れた軽量合金製。
床は柔らかな素材で作られ、簡易キッチンにトイレ、作り付けの二段ベッドが四つある。
十人の使用を前提に作られただけあり、広さは申し分ない。

トラギコの乗る船には彼とホプキンスを含めて九人の海兵がいた。

「お好きにどうぞ。 ただ、しばらくの間は揺れますよ」

336名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:33:34 ID:1gkL/Ud60
(=゚д゚)「お湯がありゃあ十分ラギ」

船が発進する前に、トラギコはヤカンに水を注いで電子コンロに乗せてスイッチを入れていた。
荒波にもまれる中で沸騰させれば、船内はシュールな地獄絵図と化す。
トラギコが船内に持ち込んだのは、五百ミリリットルの液体を入れることの出来る魔法瓶が一つ。
銀色のアタッシュケース――携帯に特化した強化外骨格――の二つだった。

後の物は身に付けており、船に置くことはしなかった。
嵐でどこかに行っては事だからだ。
湯を沸かすトラギコに、黒い目出し帽を被った兵士が問う。

(::0::0::)「何を作るんですか?」

(=゚д゚)「あ? 興味あるのか?」

(::0::0::)「えぇ」

(=゚д゚)「味噌汁って知ってるか?」

彼の言葉に首を傾げた男は、近くにいた仲間を見る。
しかし首を横に振るだけだ。
同じようにして男達で奇妙なリレーが行われるも、結局、誰も首を縦に振らなかった。
驚くべきことに、ホプキンスも知らなかった。

ここにはジュスティア料理が美味いと信じている舌の狂った奴しかいないのだと考えると、頭痛がしてきた。

(;=゚д゚)「……じゃあ、少しだけ分けてやるよ。
    お湯が沸くまで待つラギ」

情けない話だ。
だからジュスティアは嫌いなのだ。
外部の事件に関わる中で一番の恩恵は、やはり食事なのだと実感させられる。
週に一度は酢と塩味以外の料理を味わう機会を義務化すべきだと、本気で思う。

船が静かに動き出した。
前方の様子は船室からでは分からない。
音と揺れ。
この二つを頼りに現状を推測するしかない。

先頭を行く船が大きく持ち上がり、そして下がった。
波だ。
となると、格納庫の扉が開いたのだろう。
徐々に船が進む感覚を得て、トラギコは嵐の中に船が飛び出したのだと理解した。

心配事は沈没よりも湯が飛び散らないか、という点にあった。
幸い、湯気はすぐに上がってくれたので、それは杞憂に終わった。
コンロのスイッチを切り、湯を魔法瓶に注ぐ。
必要な分の湯しか沸かさなかったから、余って二次災害を呼ぶこともない。

337名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:34:51 ID:1gkL/Ud60
ヤカンを元あった場所に戻し、トラギコは魔法瓶に蓋をする。
そして、何度が上下に振って中をよく混ぜる。

(::0::0::)「何をしているんで?」

(=゚д゚)「ジュスティア人には一生分からんことラギ」

後は小腹が空くのを待つだけだ。
船の揺れがひどくなる前に、トラギコは魔法瓶を抱えて毛布に包まり、ベッドの一段目に寝転んで背を向けた。
起きていても得られる情報はたかが知れている。
瞼を降ろし、トラギコは誰とは特定せずに質問をした。

(=-д-)「おー、到着予定は?」

(::0::0::)「三時間後を予定しています」

(=-д-)「あいよ」

(::::0::0::)「……寝るのか?」

先ほどまで会話していたのとは別の人間だ。
随分と若い声だ。
どことなく中性的な声をしている。
ジュスティアの人手不足もここまで深刻化したと考えるべきか、それとも、ジュスティアの若い人間もかなり優秀になったと考えるべきなのか。

判断に困る。

(=-д-)「なんだ? 一緒に寝るラギか?」

(::::0::0::)「そうしよう。 誰も邪魔するなよ」

有無を言わせず、その若者はトラギコと同じベッドに入ってきた。
トラギコの包まっていた毛布に無理矢理手足を侵入させ、手足を密着させて来る。

(;= д ) ゚ ゚「フォッ?!」

驚いて変な声が出る。
偶然乗り合わせた同性愛者が周囲に構わず襲ってくるなど、人生の可能性に入れていなかった。
が、背中に感じた感触を認識して状況認識を改める。
こいつは、女だ。

ホプキンスの嫌がらせだろう。
こんな手を使って意趣返しをしてくるとは、ジュスティア軍人もつまらない物になり下がったものだ。
ここでトラギコが動揺してはじき返そうものなら、それを見て笑いの種にするつもりだろう。
そうはいかない。

こちらは伊達に幾つもの修羅場を潜ってはいない。
追いすがる美女はいなかったし、結婚を迫る女もいなかったが、女性経験はゼロではない。
この程度で動揺を見せては、後で恥になる。
黙殺を決め込み、トラギコは一時間の仮眠を取ることにした。

338名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:35:36 ID:1gkL/Ud60
だが、決して油断だけはしないように努めた。
例えばその手が懐の拳銃に伸びたり。
例えばその手が魔法瓶に伸びたり。
例えば、その手が“あの鍵”に伸びたりしない様。

トラギコは瞼を降ろしてはいたが、眠りには落ちなかった。

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       / //.:ノ: :.}.///_゚___///,.⊥   / .l
      ./ / `゙ー‐' // |__ノ_ノ.」// {::::::...)/ ./
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     /: i_.,. - 、___./l ,. - 、 __./l ,. - 、__/ ./
    ./ /./ `゚´ | // トi―イ! // {ミリソ} / ./
   / / `ー一'// `ー‐' //. `ー '/ ./
                ‥…━━ August 5th PM21:57 ━━…‥
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突然差し入れられた箱には、銀紙に包まれた楕円形のチョコレートと共に小さな手紙が入っていた。
手紙には、この状況下でも落ち着いて行動していこう、と云う旨が書かれている。
チョコレートを摂取して気を休めろ、と云うことなのだろう。
どこの誰だか知らないが、ありがたくそれを食べることにした。

ただ食べるだけでは味気がないので、紅茶を淹れる準備を始めた。
ポットに茶葉を三杯入れ、沸騰したミネラルウォーターを注ぐ。
直ぐに赤茶色が染み出るが、まだまだだ。
蓋をしたポットを放置し、カップに湯を入れ、しばし待つ。

後は風呂に入っている相方を待つばかり。
何の気なしに窓の外に目をやると、穏やかな水面に浮かぶ半月が目に入った。
船は無事に嵐を抜け出たのだ。
これで、状況は前よりも遥かに良くなった。

嵐の中では、逃げようにも逃げられない。
事態の好転は望ましいことだった。
風呂の扉が開いた音がした。
どうやら、風呂から出てきたようだ。

湯冷めをしない内に夜の茶会と洒落込もう。
カップの湯を捨てて、そこに紅茶を注ぐ。
二人分の紅茶をテーブルに乗せて、その中央にもらったチョコレートを置いた。
見てくれは悪いが、まぁ、いいだろう。

寝巻き姿の相方が向かい側に座り、船旅の安全を願って乾杯をした。
紅茶を一口啜ると、腹の底から安堵の息が漏れる。
続いて、銀紙を剥いてチョコレートを一口で口の中に入れる。
ほろ苦い風味が気分を――

339名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:36:51 ID:1gkL/Ud60
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               {三三三三三三三カ
           Y⌒,ー=======孑ヘ、
          八_/          _j_}
          /¨/三三三三三三三爿
            / ,仁三三三三三三三カ
.           / /|三三三三三三三三{|
                ‥…━━ August 5th PM22:15 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

乗り合わせた海兵たちの会話から有益な情報は何一つ、手に入らなかった。
少しは話すのかと思えば、会話一つない有様だ。
背中に張り付いた海兵を引き剥がし、トラギコ・マウンテンライトはベッドから出る。
この一時間弱で波に揺られることに体が慣れたおかげで、船酔いにはならなそうだ。

壁に背を付けて、トラギコは魔法瓶の蓋を開けた。
温かい蒸気と共に、味噌のいい香りが立ち上る。
その香りに気付いたのか、隣にいた男が興味深そうに中を覗き込む。

(=゚д゚)「美味そうだろ?」

(::0::0::)「本当に美味しそうな匂いですね。
     これは何の匂いなんですか?」

(=゚д゚)「へっへー、これが味噌って調味料の匂いラギ」

船室で休んでいた男達が、ぞろぞろとトラギコの周りに集まってくる。
皆口々にこの香りを絶賛している。
いい傾向だ。
塩と酢以外の味が世界にあることを教えてやらなければ。

(=゚д゚)「ま、飲んでみろラギ」

この魔法瓶の蓋は、カップにもなる。
そこに揺れで零れ落ちない量を注ぎ、隣の男に手渡した。
男はマスクを鼻までめくり上げ、息で冷ましながら一口飲む。

(::0::0::)「……すずっあぁぁ……ぁふぅっ……」

感想を口にせずとも、何と感じたのかはその声だけで分かった。
二口目を飲み、三口目を飲もうとする男の手から、別の男が奪って飲む。
後ろからのそりと起き上った例の少女も同じようにして味噌汁の列に加わった。
そして次々に味噌汁が飲まれ、トラギコが注いだ分は船室にいた人間だけで無くなった。

操舵室にいるホプキンスともう一人の海兵には後で持っていくだけの余裕がなさそうだったので、トラギコはキッチンの戸棚から紙コップを拝借し、そこに注いだ。
今回の味噌汁はインスタントの味噌汁を使ったため、非常に質素だ。
薄く小さな豆腐が少々と平べったい万能ネギ、それとワカメ。
しかしトラギコの一工夫によって、乾燥ワカメが増量され、厚く切った歯応えのあるネギがたっぷりと入っていた。

340名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:37:56 ID:1gkL/Ud60
数ある味噌汁の具の中で、トラギコはネギが好きだ。
最も簡単で、そして最も歯応えがあって健康にいいからである。
後は油揚げが入っていれば文句はないのだが、生憎、ジュスティアのスーパーマーケットでは品切れだった。
インスタント味噌汁が置いてある店舗は一店だけという恐るべき状況を、トラギコは知っていた。

夜の九時に嵐の中オアシズを追って出発したとして、追いつくにはどれだけ早くとも四時間は必要だ。
そうすると、船内で小腹が空くのは予想できる。
ジュスティア軍人がよもや夜食を用意してくれるなど期待しておらず、トラギコは自主的に用意することにしたのだった。
水筒に袋二つ分のインスタント味噌汁を入れておき、そこに刻んだネギを入れておくだけ完成だ。

(=゚д゚)っ凵「これ、上に持って行ってほしいラギ」

(::0::0::)「了解」

少しだけ乗車賃のつもりで具を多めに注いでやり、それを操舵室に持って行かせた。
トラギコの元に戻ってきた蓋に味噌汁を注ぎ、早速一口飲む。
寝起きの口、喉、胃袋にじわりと広がりながら下って行く熟成された塩味と独特の風味。
舌の上に感じる小さなネギの存在と、鼻から抜けていく汁に染み出た具材と味噌の芳醇な香り。

もう一口啜る。
大きなネギが幾つか口の中に入った。
甘口の味噌がネギによく合う。
シャキシャキとした噛み応えのそれを堪能しながら汁を啜り、汁を吸ったネギの風味と辛みと若干の甘みを楽しむ。

具の袋を豆腐にしたのも正解だった。
小さいがこれも汁をよく吸い込んで良い食感になる。
勿論、増量したワカメも忘れてはならない。
絶妙な塩味を付け加えるだけでなく汁全体に豊かな香りを付け足す存在だ。

一息つき、トラギコは水筒を回した。
水筒の壁面に張り付いていたワカメが剥がれ、具が汁の中心に寄る。
そこをすかさず啜る。
大量の具が一度に口に収まり、贅沢な食べ応えに舌鼓を打つ。

味噌汁のいいところは夏場で失われがちな塩分を取れる点と、疲れた体を癒す点にある。
働く男には何ともありがたい料理なのだ。
残った汁を飲み干そうとした時、物欲しげな目で見る海兵がいた。
先ほどの少女だ。

(::::0::0::)「なぁ」

(=゚д゚)「あん?」

(::::0::0::)「それ、もっとくれないか?
      実は晩飯を食べ損ねてさ」

(=゚д゚)「……海兵なのに、か?」

341名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:39:13 ID:1gkL/Ud60
妙だ。
海兵と云うよりも軍には食堂がある。
オートミールなど食欲を減退させるラインナップで兵士からは不評だが、基地内で訓練後や出動前に食事が出来る場所はそこしかない。
こいつは出動前にもかかわらず、食堂に行かなかったと言っているのだ。

いつまた食べられるか分からない職をしている自覚がないのか。
それを認識させてやるために、トラギコはわざと聞こえるように鼻で笑って味噌汁を飲むことにした。

(=゚д゚)「あああ!! うめぇ」

(::::0::0::)「……くっ」

マスクの下から悔しそうな声が聞こえた。
いい気味だ。
からかい甲斐のある反応だった。

(=゚д゚)「いいか若造、覚えとけ。
    俺らみたいな職業はな、いつ食えなくなるか分からねぇラギ。
    だから、食える時に食わなかった手前がいけねぇラギ」

(::::0::0::)「知ってる」

(=゚д゚)「なら、今がその時だってのも分かるラギか?」

(::::0::0::)「分かってる。 分かった上での頼みだ。
      正直言うと、空腹なわけじゃないんだ。
      世辞抜きに、あんたの味噌汁は美味い。
      だからもっと飲みたいんだ」

ジュスティア人にしては珍しく正直だ。
総じて矜持の高い彼らは、自分達の料理以外をあまり受け入れないし認めない。
正直は良いことだ。
裏を読んだりする面倒を省いてくれる。

(=゚д゚)「そらどうも。 だけど俺はシェフじゃないラギ。
    ……次からは手前で作れ。
    そんなに難しい料理じゃねぇラギ」

ずい、と水筒を差し出す。

(=゚д゚)「フォークを使って食うといいラギ。
    そうすりゃ、ネギもワカメも残さないで済む」

342名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:40:49 ID:1gkL/Ud60
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     ノ               i   .i, ,  ヽ
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                ‥…━━ August 6th AM00:37 ━━…‥
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リッチー・マニーは提出された報告書を見て、サインをするために手にした十五年間使用してきた万年筆を折ってしまった。
愛着ある一本だったが、今はその感傷に浸るどころではない。
新たに若い女性二人が犠牲となった。
それも、毒殺だ。

¥;・∀・¥「どういう事だ、これは?」

声は怒りに震えている。
探偵は、警備員は、そこまで無能なのか。
自分が過大評価しているだけで、その実、張子の虎以下なのだろうか。

¥;・∀・¥「説明してくれ、第三ブロック長ノリハ・サークルコンマ。
       君の考えが私によく伝わるようにだ」

ノリハ;゚ .゚)「はっ、そこの部屋の食事には異常ありませんでした。
     ですが、検出された毒物は我々の提供外の食事、チョコレートに含まれていました」

¥;・∀・¥「チョコ?」

確かに、報告書にはそのように記されている。
チョコレートの表面に塗られたヒ素が死に直結していると書かれているが、こちらではチョコレートの提供などしていない。
提供した食事は安全性第一に考えて選ばれ、毒が混入されればすぐにでも分かる仕組みだ。
それを逸脱した食品が提供された理由とは。

ノリハ;゚ .゚)「はい、そちらの部屋に届けてほしいと頼まれまして」

¥#・∀・¥「この緊急事態に、よくもそんな願いを聞けたもんだ!!」

流石のマニーも、その緊張感の無さに呆れかえり、そして激怒した。
ノリハ・サークルコンマはこんな無能だったのか。
食品以外ならまだしも、食品を渡すとは危機感がなさすぎる。

ノリハ;゚ .゚)「それが……」

¥・∀・¥「……なんだ」

ノリパ .゚)「警備員に頼まれたのです、警備中の」

343名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:42:28 ID:1gkL/Ud60
¥;・∀・¥「警備員……だと……?」

客同士なら愚か極まりない判断だが、警備員が頼むとなると、話がこじれる。
その警備員が特定の客に対して毒を持ったと云う事になる。
ならば、計画性のある殺人だ。
この状況で殺人をする人間となると、どう考えても、一連の事件を起こした犯人に結び付く。

こちらの懐の奥深くに潜りこまれている。
背筋に寒気が走った。

ノリハ;゚ .゚)「はい。 第二ブロック七階にいたソルフェージュ・ランブランという男が、第二ブロック長の依頼で受け取った、と言って……
     カードも所持していて、スキャンしたら実在の人物であることも分かりましたので……」

マニーはすぐに視線を隣のオットー・リロースミスに向ける。
作業中に誤って負傷したという右手には、真新しい包帯が巻かれている。
彼は微塵の動揺も見せず、首を横に振った。

£°ゞ°)「全く存じません。
      ……そもそも、そのような男、警備員の中に本当にいるのですか?
      データを改ざんしたとか」

¥・∀・¥「“ホビット”、報告しろ」

仮面をつけたままの探偵長“ホビット”は、小さな体をより一層小さく萎縮させた。
哀れだとは思わない。
マニーはこの男にそれなりの報酬を払っているのだ。
オアシズで起こった事件を何一つとして解決していないこの男の処遇を、今ここで決めても何ら問題ではない。

(<・>L<・>)「はっ、そのソルフェージュ・ランブランという男、確かにおります。
       ですが事件後、トイレに行くと言って姿を消しており――」

¥・∀・¥「捜索中、と」

(<・>L<・>)「情けない話ですが。
       しかし、これで犯人が第三ブロックにいることが分かりました」

¥・∀・¥「……情けないを通り越して糞くらえだ」

マニーはこれ以上、ホビットの顔を見たくなかった。
秘匿性を保つための仮面が、道化のそれにしか見えないのだ。
この男にかかれば左耳に付けたインカムでさえ、ただのアクセサリー以下の価値しかもたない。
書類に目を落としはするが、それを読むだけの気力が今はない。

(<・>L<・>)「……いくつか、ご報告があります」

¥・∀・¥「あ?」

(<・>L<・>)「まずはたった今入った情報です。
       消えた銃弾が発見され、線条痕の検査もできました」

344名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:43:11 ID:1gkL/Ud60
¥・∀・¥「誰の銃だったんだ?」

(<・>L<・>)「第一ブロック長、ノレベルト・シューの銃から発射された物であると断定しました」

やはり、としか言えない。
それだけに、その答えが出たところでマニーは感動も関心もしなかった。
そんなちっぽけな事を追う暇があるのだと、思わず表情に出して呆れたぐらいだ。

(<・>L<・>)「続いて、水中作業用強化外骨格が一機盗まれていることが分かりました。
       種類はBクラスの“ディープ・ブルー”。
       タイミングから考えると、犯人が逃亡用に奪取したと思われます」

¥・∀・¥「保管場所は?」

(<・>L<・>)「襲撃された詰所です。
       ロッカー室と武器庫の鍵が開錠されていました。
       残されていた入室履歴を見ると、部屋への侵入と武器庫の開錠にはサイタマ兄弟のカードが使用されています。
       ただ、奇妙な点が」

苛立ちを表に出さないように努め、マニーは続きを待った。

(<・>L<・>)「一度、武器庫とロッカー室は施錠されています。 もちろん、サイタマ兄弟のカードで。
       ですがその後、もう一度開けられた履歴がありました。
       その際の開錠にはカードが使われておらず、開いた、と云う履歴だけが残されていたのです」

¥・∀・¥「つまり、要約すると?」

(<・>L<・>)「襲撃犯とは別の人間が、事件後にあの場にいた可能性が非常に高いのです。
       単独犯ではないと――」

そこで、マニーの堪忍袋の緒が切れた。
今、目の前で述べたことは推理ですらない。
この男は報告しただけだ。
進展も望めない情報を口にしただけ。

手の中で砕けた万年筆をホビットの仮面に投げつけた。

¥#・∀・¥「それがどうした!? だからどうした!?
       貴様は探偵だろう!!
       少しは頭を使って、この事件をどうにかしようとは思わないのか!?
       盗まれた物云々よりも、犯人の居場所と目的を考えられないのか!?

       警備員の中に紛れている犯人を捜そうとはしないのか!?」

(<・>L<・>)「現在、優秀な探偵が全力で捜査に当たっています。
       今しばらくお待ちください」

¥#・∀・¥「お前が言うんだ、さぞかし優秀なんだろうな。
       期待しすぎて心臓発作を起こしそうだよまったく!!
       全員さっさと持ち場に戻れ!!」

345名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:43:41 ID:DFRLEcIUC
おお、来てる!

支援

346名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:43:55 ID:1gkL/Ud60
手を振って報告に集まった人間とブロック長を持ち場に帰す。
このまま彼らといたら、冗談でなくストレスで心臓がどうにかなりそうだ。
激昂するマニーの前に、残った者が一人いた。
第二ブロック長のノリハだ。

¥#・∀・¥「なんだ?」

ノリパ .゚)「……お客様からご伝言です。
     “マカロニ四本食いの癖は直ったのか”、と」

その言葉に、マニーは一瞬怒りを忘れた。
ラヘッジですら知らない、マニーの過去。
幼少期によく叱られた四本食いの癖の事を知っているのは、父と母、そしてある人物だけだ。

¥;・∀・¥「いいか、よく思い出して答えてくれ。
       その客は、どんな人だった?」

ノリパ .゚)「とても綺麗な金髪の女性でしたが」

間違いない。
マニーの知る人物の特徴と一致している。

¥;・∀・¥「その人はどこにいる?」

ただならぬ雰囲気に、ノリハは少し気圧されながらも答えた。

ノリパ .゚)「事件のあった第三ブロック801号室の隣、802号室です」

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  {::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/ ハ,'iヽ
`ヽ ゝ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/   y::,'::/
::::::/:ヽ::::::::::::::::::::::::::; _______::::::::::::::::ヽ___/:::レ′
:::::',:::::::\:::::::::::::::< __    _>‐´::::::::::::::、::::::::::/
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                ‥…━━ August 6th AM00:58 ━━…‥
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その人物は痛む右手を押さえ、部屋に向かって歩いていた。
負傷したのが右手で幸いだった。
周囲には事故でと説明したが、誤魔化せなくなるのも時間の問題だろう。
現場に居合わせた者の口をいつまでも塞げるとは思えない。

全ては自分の油断が招いた結果だった。
大丈夫だろうと思い上がり、警戒をおろそかにした結果がこれだ。
彼はどうにかして、この問題を解決しなければならなかった。
これは自分の責任だ。

(,,゚,_ア゚)「お疲れ様です、具合はいかがですか?」

347名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:45:00 ID:1gkL/Ud60
道中、知り合いが声をかけてきた。
考え事が顔に出ないように努め、返事をする。

「少し痛むが、大丈夫だ。
利き手じゃなくてよかったよ」

(,,゚,_ア゚)「何かお手伝いできることがあれば、何でも――」

「じゃあ、今君が受けている指示を全力で果たしてくれ。
それが、一番の手伝いだよ」

それは本音だ。
彼らが全力で職務に当たってくれれば、それだけこちらの負担が減る。
負担が減った分、密かに動くだけの時間が得られる。
その後、道々で警戒している部下達に軽く労いの言葉をかけつつ、部屋に戻った。

部屋の扉を閉め、チェーンを掛け、飲料用冷蔵庫に足を向けた。
飲み物が詰まった冷蔵庫からよく冷えたコーラの瓶を取出し、歯で蓋を開ける。
刺激の強い液体を一気に飲み干し、気分をリフレッシュさせる。
夜は明け、嵐を抜けはしたがまだ状況は悪いままだ。

ここから状況を一変させるには、相手の出方と思惑を理解しておく必要がある。
眠気を抑えきれずに、瞼を降ろす。
人差し指と親指で鼻の付け根を押さえ、疲労が目に来ていることを自覚した。
それを誤魔化すために、新たなコーラを取り出して一口飲む。

キッチンに瓶を置き、冷凍庫から袋に入ったミートソーススパゲッティを電子レンジに入れ、温める。
食事をする時間があれば、もっとまともな物を食べたかった。
冷凍食品は総じて不味くもなければ美味くもないのだ。
電子レンジが低い唸りをあげる中、スーツを脱いでハンガーにかけ、ホルスターを机の上に置く。

服装には気を遣わなければならない。
どれだけ忙しくても、スーツの皺は心の皺だと云う考えが彼の中にある以上、それを蔑ろには出来ないのだ。
下着一枚になり、凝り固まった体を伸ばす。
右手の傷が痛む。

この傷を負わせた者に相応の報いを与えることを誓う。


£#°ゞ°)「……許さんぞ、絶対に!!」


第三ブロック長オットー・リロースミスはそう口にして、左拳で壁を殴りつけたのだった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reasoning!!編 第六章 了
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

348名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 20:46:45 ID:1gkL/Ud60
これにて第六章は終了となります。
支援ありがとうございました。

質問、指摘、感想などあれば幸いです。











































※現在作成中のゲームのイメージとなります。
もしよろしければご覧ください。
ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1480.jpg

349名も無きAAのようです:2014/02/11(火) 21:37:30 ID:hYH9FeTkC
昨日のVIPのやつの再投下だと思ってたら、VIPで19:00からやってたのね

350名も無きAAのようです:2014/02/12(水) 00:46:03 ID:EHL1CFagO
デレシアさん無双、期待してます

351名も無きAAのようです:2014/02/12(水) 09:26:39 ID:KDMuJ5WkC
乙!

ブーンどうなった?

352名も無きAAのようです:2014/02/13(木) 03:43:37 ID:1rYal672O
第二章一話目の女教師とノリハのAAが被ってる

353名も無きAAのようです:2014/02/15(土) 19:11:12 ID:gXHG1F2I0


ブーンの耳は垂れてるのか 何故か猫みたいなのを想像していた

354名も無きAAのようです:2014/03/01(土) 23:47:35 ID:0W69t5vI0
明日3/2日曜日にVIPでお会いしましょう!

355名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:36:26 ID:Dz5RW/cY0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
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Words to words. Voice to voice.
言葉と言葉。 声と声。

Eye to eye. Hand to hand. Skin to skin.
目と目。 手と手。 肌と肌。

Heart to heart.
心と心。

How can I convey my passionate feeling to my darling?
私の熱い想いを如何にして、最愛の貴方に伝えられるのだろうか?

                                     Cynthia・Penisus・Claudia
                                     シンシア・P・クラウディア

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         /    フっιつ人´ / /つυ^っへ  っっ
       /   /つつ。o/ / / /  ^つっへυっつ
      _/     〉o°o。   。 / /  /°>つっっっつっっ
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  つつっιつ) ⌒つっ)   っつっつ。 °|  °           o 。
  っつっo °。 υつ っ つっυ。o。°| ° °           °。
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荒れ狂う海。
嵐にかき回され、海底深くに沈殿していた泥が舞い上がり、晴天時には黒に近い群青色をしていた海は、今や墨汁の色になっていた。
一度落ちれば決して助からないことが、一目で理解できる色合い。
その海に浮き沈みする一人の少年がいた。

彼には犬の耳があり、尻尾があった。
彼の名は、ブーンと言う。
ファーストネームでも、ファミリーネームでもない、ただのブーン。
恩人に貰った名前を、彼はとても大切に思っていた。

(;∪´ω`)「げっ、げほ……」

356名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:37:09 ID:Dz5RW/cY0
鼻から入った海水を吐き出し、一度息を吸っては、直ぐに海中に姿を消してしまう。
彼の視線の遥か先には巨大な船があった。
世界最大の豪華客船にして船上都市であるオアシズ。
そこから放り出された彼は、波に頭を掴んで海に引きずり込まれても尚諦めず、ひたすらに同じ行動を繰り返していた。

即ち、生きるための行動だ。
大粒の雨で霞む視界の先に見える小さくか細くなりつつある明かりを頼りに、彼は船を目指していた。
海面がどれだけ荒れていても、海中ではそれほど大きな揺れはない。
海岸近くや浅瀬でもない限り、海面よりも海中の方が安全だ。

そのことにブーンが気付いたのは、感動するほどの高波に飲まれた時だ。
暗い海中では体が左右に揺さぶられる程度の影響しかなく、波に殴られるよりも遥かに楽だったのである。
ヒート・オロラ・レッドウィングに泳ぎを教わり、デレシアに水を習ったおかげでこの状況でも苦も無く泳ぐことが出来た。
濁った海中で目を開けることは流石に難しく、天候の影響もあり海中から目標を目視することは不可能だった。

そこで酸素を取り入れることと目標の方角を確認するために、海面に顔を出していたのだ。
しかし、船はみるみる遠ざかるばかりで、到達は絶望的だった。
だが。
だがそれでも彼は泳いだ。

無理を承知でブーンは泳ぎ、抗っていた。
心が折れそうになる度に、これまでに出会った人の声が聞こえてきた。
女性も、男性も、本人の口から聞いたことのない言葉を喋るのだ。
代わる代わる、ブーンの耳元で、脳の奥で、何度も同じような言葉が木霊する。

――諦めるな、と。

その言葉が幻聴であることは分かっている。
そんなことは、知っている。
諦めたらそこで何もかもが終わることも承知している。
だからブーンは抗っているのだ。

水は怖くなかった。
溺れて死ぬことは嫌ではなかった。
怖いのは諦める事だった。
嫌なのは諦めて死ぬことだった。

(;∪´ω`)「ぷはっ……!!」

不意に、何かの気配を感じた。
何か、静かな気配が近づいてきている。
それは、前方の海中から感じ取れた。
一定の距離を保ち、こちらの動向を観察しているような、その気配。

海中から、何かがこちらを見ている。
恐ろしいという思いもあったが、それで怖気づくわけにもいかなかった。
息を吸い込んで海中に潜り、腕を動かし、足を動かして泳ぐ。
が、突如として体が一気に力を失った。

357名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:38:18 ID:Dz5RW/cY0
四肢の付け根から力が染み出したかのように抜け落ち、言うことを聞かない。
全力で泳ぎ続けたことによる影響と体が冷えていることが原因だと、その時になって気が付いた。
浮上するだけの体力もなく、成す術もない。
軽いパニックに陥り、ブーンは残り少ない酸素を全て吐き出してしまう。

最後の力を振り絞って吐き出した言葉は泡となって、海に溶けて消えた。

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厳戒態勢のオアシズ内は寝静まり、極めて小さな音量で流されるクラシック音楽が優雅さを演出している。
普段なら夜通し営業している居酒屋も、この時ばかりはシャッターを下ろさざるを得ない。
特に警備が厳重になっているのは、第三ブロックだった。
他のブロックの警備を行っていた人間を密かに移動させ、そこにいるとされている犯人の捜索を行っているためだ。

トイレ、排気口、人が隠れられる空間を虱潰しに探し、警備員同士の検査も同時に行われていた。
犯人の最有力候補であるノレベルト・シューは変装の達人にして、元探偵。
一連の犯行と逃亡手段が全て誰かに化けて行われていることから、まずは身内を疑うことになった。
変装を見抜くためにカードと顔の確認が行われ、第三ブロックで捜査に当たる全員が間違いなく本人であることが証明されている。

五分前、第三ブロックにオアシズ市長リッチー・マニーが足を踏み入れていた。
だが、彼は決して人目に付かないように気を付けていた。
第三ブロック長、ノリハ・サークルコンマに協力してもらい、返却予定の衣装ダンスの中に隠れて移動していた。
無事に目的の部屋まで運ばせ、そこでノリハと別れた。

部屋の主が荷物の封を切り、マニーに声をかけてきた。
それを合図に荷物から出て、その人物の顔を見るや否や、マニーは頭を垂れ、敬意を表した。
三十年以上の時を経ても、増すのは老いではなく美ばかり。
豪奢な金髪を持つ旅人、デレシアはそんな彼を静かに見つめている。

¥・∀・¥「お久しぶりです、デレシアさん」

ζ(゚ー゚*ζ「久しぶりね、マニー」

彼女が放つ慈母の様な雰囲気に、思わず屈してしまいそうになる。
だが今の彼には立場がある。
今の彼には目的がある。
マニーは再会の感動に浸るのを堪え、訪問の意図を明らかにした。

¥・∀・¥「現在、犯人はこのブロックに閉じ込めているそうです。
      ですが、一体誰が犯人なのか、皆目見当も付かなくて……」

358名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:39:38 ID:Dz5RW/cY0
ζ(゚、゚*ζ「私の方で見当は付いているけど、確たる証拠がまだないのよ。
      それに、目的が分かっていない以上、迂闊な手出しは身を亡ぼすわ。
      先手を打たなければこの相手、潰せないわよ」

流石はデレシアだ。
限られた情報をこの短時間で分析し、もう犯人の目星をつけている。
彼女の助けになるようにと持ってきた資料を、マニーは衣装ダンスから取り出す。
厚さにして一インチ。

彼女の存在を聞いてから急いで纏めたものだ。
全ての細かな情報も洩れなく書き記し、事件解決の手がかりになればと思って作ったのである。
クリップで挟んであるのは、現場や証拠品、全関係者の写真だ。

¥・∀・¥「こちら側で手に入れている情報を書類に纏めてきました。
      何かの役に立ててください」

ζ(゚ー゚*ζ「……私に、事件をどうにかしてほしいの?」

マニーは頷いた。
その通りだった。
正直、探偵達は信用できない。
警備員も、警察も、だ。

糞の山の中から銃弾一発を見つけただけで喜ぶ輩が、この事件の全体像を見ることなど出来るはずがない。
そして、信頼できるのは船長のラヘッジ・ストームブリンガーだけだ。
しかし彼には事件を解決に導く技量はない。
だがデレシアなら。

デレシアなら、その両方をどうにか出来るだけの力がある。

¥・∀・¥「この船の探偵も警備員も、このままでは事件を解決出来るとは思えません。
      ジュスティアの警察も呼びましたが、彼らにもどうにもできないでしょう……
      この船の乗客を守るためなら、私は土下座でもなんでもします。
      デレシアさん、どうかご協力をお願いいたします」

マニーは深々と頭を下げた。
正直に言うと、万策尽きたのだ。
犯人が投じた事件で生じた波紋はあまりにも大きく、それは船と云う小さな街を滅茶苦茶にした。
最早、誰かに頼るしかなかった。

デレシアは沈黙したが、彼女の息遣いに続いて紙を捲る音が静かに聞こえる。
一分もしない内に、その音が止んだ。

ζ(゚、゚*ζ「……なら、まずやることがあるわ」

デレシアの声が、頭上から響いた。
顔を上げて、彼女の表情を窺う。

¥・∀・¥「とは?」

359名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:40:29 ID:Dz5RW/cY0
ζ(゚ー゚*ζ「警察が到着してから、ハザードレベル5を限定的に解除する準備よ」

耳を疑った。
折角全乗客の安全を確保したと思ったら、それを解除しろと言う。
デレシアの真意を聞こうと身を乗り出したところで、デレシアが人差し指を立ててそれを彼女の唇に当てた。
慌てて、開きかけた口を閉じる。

黙れ、と云う意味だ。

ζ(゚ー゚*ζ「限定的、と言ったでしょう?
      解除するのはこのブロックだけの話」

¥;・∀・¥「ですが、どうしてこのブロックだけを解除するのですか?
      それと教えていただきたいのですが、探偵長“ホビット”は、犯人は第三ブロックにいる、と言っていました。
      しかし、犯人は第二ブロックにいたことが確認されているのですから……」

その点は、マニーが不思議に思っていたところだ。
探偵長の“ホビット”は、犯人が第三ブロックにいる、と言っていた。
第二ブロックにいた犯人がどうして第三ブロックで、と疑問に感じていたのだ。
今は彼の指示で第三ブロックには探偵と警備員が集まっているが、マニーは未だにその意味が分からないでいる。

彼からは何の説明もなかったが、デレシアはマニーの顔を見て理解してくれたのか、手短に説明してくれた。

ζ(゚ー゚*ζ「殺しをしくじったからよ。
      今回のような犯人は、一度しくじったら絶対に同じ手は使わないわ。
      遠隔地から殺人を画策するよりも、確実に対象を殺すために、このブロックに潜りこむはずよ。
      本来殺そうとした対象は私達だったから、もうここに潜りこんでいると考えるべきでしょう?」

デレシアが注目しているのは犯人の性質だった。
確かに、ここに至るまで犯人は何一つ決定的な証拠を残すことなく来ている。
その犯人がしくじったとなれば、事は重大だ。
犯人が初めて犯した失態なのだ。

緻密に計算されたであろう計画の唯一の綻び。
その修復のために犯人が動くのは、想像するに難くない。
そうなると、あるものが必須となる。
犯人が殺す予定だったのはデレシア達だった、と言い切れる材料だ。

それがなければ、デレシアの言葉はただの都合のいい解釈でしかない。

¥;・∀・¥「デレシアさん達が標的だった、と断言できる理由と云うのは?」

ζ(゚ー゚*ζ「毒殺の前に、私達、犯人に会っているのよ。
      犯人がわざわざ、自分の犯行を見た人間を野放しにすると思う?
      ましてや怪我まで負わされたんじゃ、ねぇ?」

マニーは背筋に氷を突っ込まれた気分がした。
これまでに手にした初めての情報だった。
犯人と遭遇した初めての人物。
それは、目撃情報と言っていい物だ。

360名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:41:28 ID:Dz5RW/cY0
¥;・∀・¥「い、一体、何時に?」

ζ(゚ー゚*ζ「警備員詰所の襲撃の際よ。
      次はあそこに来るだろうと予想して向かったら、ビンゴだったってわけ。
      まぁ、ジョン・ドゥとボイスチェンジャーを使っていたから性別は分からないけどね」

それで合点がいった。
ホビットの報告にあった武器庫の件は、デレシアが関係していたのだ。

¥;・∀・¥「デレシアさんでも仕留めそこなったんですか」

ζ(゚、゚*ζ「ま、そうね。 私だって無敵なわけじゃないわよ」

マニーの中で、デレシアの武力は絶対だ。
棺桶持ちの一個師団だろうが大隊だろうが、彼女の前には赤子に等しい。
その彼女の力を前に生き延びる人間がいる事は、驚きとしか言えない。
どのような手を使ったにせよ、後で彼女に殺されることだけは確実だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「それに加えて、殺しの手段が今までと違ったことね。
      今までは直接手を下して来たのに、それをしなかった。
      それはね、私が面と向かっての戦闘では確実に殺せない可能性があると判断したからよ。
      ある意味で完璧主義者の犯人だからこそ、連続して同じ方法を取らなかったの。

      私との戦闘で負傷させられたことを考えて、安全な手を選んだのでしょうね。
      それでも失敗したとなると、今まで通り、直接殺しに来ると考えたの。
      でも実際のところは、私の勘が九割五分よ」

¥;・∀・¥「いえ、デレシアさんの勘ならばまず間違いはないはず。
      ですが、どうしてそのことを探偵長が知り得たのでしょうか?
      今の話では、犯人とデレシアさん達が対峙した、という情報を知っていない限りはそこに到達できないはずです」

ζ(゚、゚*ζ「多分だけど、探偵長は犯人が逃げ込む先としてここを推理したのかもしれないわね。
      第二ブロックで姿が見られている以上は、そこにいつまでもいるはずがない。
      だとすれば、これまでの行動を鑑みて、最も混乱が生じている第三ブロックに逃げ込んでいる、って具合にね。
      だから、念押しの意味を込めて警備員を第三ブロックに集めたのね」

デレシアとは違う方法で、あの男は犯人の居場所を突き止めたということだ。
思わず感情的になって罵倒したが、やはり、探偵長をしているだけある。
推理を断言の域にまで持って行った彼の力を、再評価せざるを得ない。
だが、だからこそデレシアの提案で理解できない点がある。

犯人がこのブロックにいるのなら、それこそ、ここを厳重に封鎖すればいい。
それを解除するということは、犯人にとって格好の狩場を作ることになる。
好きに移動して、好きに人と接触できるのだ。
それだけでなく、どこかに逃げるかもしれない。

報告書にある通り、水中作業用の棺桶が一機奪われているのだ。
海に逃げられたら、追い様がない。
然るべき報いを与える事が、市長としての義務だ。

361名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:44:32 ID:Dz5RW/cY0
¥・∀・¥「ですが、やはり犯人がいるのであれば、それこそ解除は――」

ζ(゚ー゚*ζ「人の動きが制限されるほど、犯人にとっては有利な状況になるのよ。
       このブロックで人が動くことが、逆に犯人にとって行動を制限することになるの。
       自由ゆえの不自由ってやつよ」

¥・∀・¥「他の乗客への影響を考えると危険では?」

ζ(゚ー゚*ζ「一度失敗した人間はね、臆病になるか大胆になるかなの。
      この事件の犯人は、前者でしょうね。
      これから先、無駄な動きはしないで機会を待つはずよ」

そして、デレシアはにこやかな表情を浮かべてマニーの返事を待った。
この指示に従うか否かで、乗客達の命が大きく左右される。
偽りに満ちた、この忌々しい事件。
その解決に向けた対抗策の指揮を、いや、全権をデレシアに任せるべきなのだろうか。

答えは決まっている。
だからこそ、ここに来たのだ。
彼女の判断を疑ってはいけない。
真実に辿り着きたいのであれば、デレシアに従うべきなのだ。

それは幼少期に実感した事。
自然の摂理の様に当たり前で、当然の事なのだと、幼少期の自分にさえ理解できたことなのである。
嵐を消し去ることが不可能なように。
大地震を止めることが出来ないように。

¥・∀・¥「デレシアさん、どうか、この事件を終わらせていただけませんか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、いいわ。
       それと、マニー」

¥・∀・¥「はい」

ζ(゚ー゚*ζ「探偵長も気付いているはずだけど、犯人は上層部の情報を知り得る人間よ」

それはつまり、犯人は外部ではなく身内の人間。
マニーに近しい人間が犯人だと云うことを意味していた。

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   ̄)ヽ__ノ( ̄ ̄ ̄ Ammo→Re!!のようです
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362名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:45:18 ID:Dz5RW/cY0
ブロック長全員が会議室に呼び出され、その場に揃うまでには二十三分の時間を要した。
これはデレシアが予想した範囲内の時間だった。
円卓を囲んで座る五人のブロック長達を前に、マニーはデレシアからの言葉を反芻していた。
彼女からは話し方一つ、仕草一つに至るまで、事細かな指示を受けていた。

その通りにすればどうなるのかも、デレシアは言っていた。
ただ、彼女は計画の詳細を話さなかった。
マニーはただ彼女の指示に従って動くだけで、後は彼女自身の裁量で動くとの事。
それでいい。

仮に犯人がマニーを捕まえて拷問したとしても、情報が漏れることはない。
情報の秘匿性を高めるための手段だ。
だからこちらは、彼女の意志通りに立ち振る舞えばいい。
この船に平穏が戻るのであれば、それでもいい。

¥・∀・¥「よく集まってくれた」

五人は表情一つ変えない。
ここでデレシアに言われたのは、彼らの表情、態度の変化の観察だった。
それによって今の精神状態が分かるそうだ。
ひょっとしたら、この中に犯人がいるかもしれない。

¥・∀・¥「今から四時間後、第三ブロックに全ブロック長は集合してくれ。
      そして、それから五分後の七時五分、第三ブロックのハザードレベル5を解除する」

£;°ゞ°)「し、正気ですか?!」

¥・∀・¥「あぁ、正気だとも。
      では訊くがね、第二ブロック長オットー・リロースミス。
      正気とはなんだ?
      正気なら、この事件は解決できているのではないかね?

      ならば、我々は正気と言えるのか?」

£;°ゞ°)「ですが……」

¥・∀・¥「第三ブロック長ノリハ・サークルコンマ、答えろ。
      君は正気か?」

高圧的。
そして自信に満ち、一片の揺らぎも見せない喋り口調。
それがデレシアに要求された芝居だった。
一歩違えば気の触れた市長だが、上手くいけばカリスマ色を出せるとのことだ。

ノリパ .゚)「はい」

¥・∀・¥「質問よりも先に、話を聞いてもらおうか。
      これより我々オアシズ上層部は、反撃に転じる。
      全警備員、探偵を重装備で再配置。
      棺桶による完全武装を徹底しろ」

363名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:46:07 ID:Dz5RW/cY0
W,,゚Д゚W「ですが、どうやって反撃を? 犯人の位置はまだ把握できていないのでしょう?」

¥・∀・¥「方法は機密事項だ。 例え君らであっても、教えられない。
      だが、警備員が完全装備で待ち構えている場において、無謀をやらかす相手ではないことは分かるだろう?」

これ以上の会話はデレシアには指示されていない。
なのでこれ以上、マニーは言葉を発しなかった。
ブロック長達は、この沈黙の裏を読んで行動しないほど無能ではない。
無言で席を立ち、それぞれのブロックに戻る。

予定されている時間に怒る事態に備えて、各々の準備を行うためだ。
彼らが従順で助かった。
誰もいなくなった会議室で、力尽きたように椅子に腰を下ろす。
これで、反撃の手は回り始めた。

後はデレシアに任せるしかない。
無能な市長は、こんな時にも無力だ。
しかし、手は打った。
手を打つための手配はした。

それだけで、十分だ。
これ以上、自分にできることはそうない。
デレシアの思惑を邪魔しないようにするだけだ。

¥・∀・¥「……無力だな、私は」

分かっていたつもりだった。
無能で、無力な市長だと。
しかし無責任で無謀な市長ではない。
それを実感する機会は度々あったが、ここまで強く実感したのは初めてだった。

自信を持つのだ。
根拠のない自信でも。
自分の力でない自信でも。
行動に移し、状況を変えたことに対して自信を持つのだ。

¥つ∀;¥「本当に……私は……」

途方もない脱力感に押し潰されそうだ。
本当に、無力だ。
何をやっても成し遂げられない。
何をするにしても、他者の助けなしでは何もできない。

虚しい。
それがとても虚しい。
それがあまりにも虚しい。
ただ、虚しい。

364名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:47:12 ID:Dz5RW/cY0
こうして座っているだけで、何もできない自分が情けない。
金でどうにも出来ないことの一つに、他人の強い思惑がある。
いくら金を積んでも、こればかりはどうにもならない。
どうにかなるのなら、全財産を差し出してもいい。

¥つ∀-¥「だが……」

だが。

¥-∀-¥「だが」

だが!

¥#・∀・¥「だが!!」

だが、デレシアの協力が得られた以上、こちらの戦力は犯人を遥かに上回った。
彼女がいれば、少なくとも武力と知力で敗北はない。
これで迎え撃てる。
これで立ち向かえる。

¥#・∀・¥「次は、こちらの番だ!!」

いざとなれば、高額で購入した“キングシリーズ”の棺桶を使って自ら戦線に立つ覚悟もある。
一方的にやられる時間は終わりを告げた。
無力な市長には牙も爪もないが、反撃が出来ないわけではない。
彼以外の誰かの牙と爪を使えば、返り討ちにも出来るのだ。

今は、力が世界を動かす時代なのだから―――

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                    Ammo→Re!!のようです
                    Ammo for Reasoning!!編
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                 ‥…━━ August 6th AM04:33 ━━…‥

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痛み、苦しみの混濁の中、夢のような物を見ていた気がする。
だがその記憶はもうない。
波に揺られる中、見ていたのはきっと、悲しい夢だったに違いない。
そうでなければ、胸に残るこの痛みは何なのだろうか。

365名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:48:10 ID:Dz5RW/cY0
寒気がする。
ひどい寒気だ。
体の芯から冷えて、手足が震えている。
嫌な記憶が蘇る感覚が、ぞわりと足元から這い上がってきた。

見世物小屋での記憶だ。
首輪を嵌められて、鎖でつながれて、外に置き去りにされている自分だ。
ぼろきれ一枚と、ひび割れた皿に乗る腐った食べ物。
あれは、パンだったのかもしれない。

そうして、時間になると鎖を引っ張られてテントの中に連れて行かれた。
好奇の視線と軽蔑の声。
それを全身に受けて感じたのは、言いようのない嫌悪感だった。
それに慣れたのは一週間、だっただろうか。

ある日、大きな図体の男に別の小さなテントに連れて行かれた時のことを覚えている。
見世物小屋の記憶の中で、それが一番の苦痛だった。
鉄の塊が飛んできたり、汚い言葉や蔑む眼差しを向けられたりするなら、まだ耐えられた。
しかし、それにはどうしても耐えられなかったのだ。

初めてその痛みを味わった時のことはよく覚えている。
首輪に繋がった鎖を引かれ、汗臭く、毛むくじゃらの大男にその部屋に連れて行かれた。
ベッドの上に投げ出され、いつもとは違う気配に、身を震わせた。
抵抗は考えなかった。

『大人しくしてな』

頭を黴臭い枕に押し付けられ、視界を奪われた。
そのまま服を脱がされ、空いた手で太腿を触られた。
気色が悪かった。
全身に鳥肌が立った。

その手が尻に伸び、尻尾を掴んだ。
毛が何本か抜けた。
何をされるのか、全く分からなかった。
尻尾を引っ張って尻が持ち上げられ、肛門に少しだけ濡れた指が突っ込まれた。

(∪;ω;)『ひっ?!』

指が上下に動き、奥へ奥へと突き進んできた。
強制的に排泄させられ続けているような、不快な感覚だった。

(∪;ω;)『あっ、あぅぁ?!』

『へへへ、いい声で泣いてくれよ』

指が引き抜かれ、別の何かが押し当てられた。
男の手が頭から退かされた時、ブーンは意図せずして見てしまう。
毛むくじゃらの男の股間に生えた、自分の手首ほどの太さもある陰茎が肛門に突き付けられているのを。

366名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:49:26 ID:Dz5RW/cY0
(∪;ω;)『ら、らに……?』

『いいねぇ、その顔!!』

反射的と云うか、本能的にブーンは逃げようとした。
自由な両手で前に這って進むが、鎖を引かれてずるずると戻される。

(∪;ω;)『や、やぁ……』

『よーく味わいな!!』

そして、激痛が走った。

(∪;ω;)『ひぎっ!!』

肛門に陰茎を突っ込まれ、何度も出し入れされた。
腸が裏返るかと思うほど乱暴で、気遣いなど当然なかった。
あまりの痛さに、声を上げて泣いた。
そんな姿を見て一層興奮した男は直腸に体液を出し、汚れた陰茎を無理やり咥えさせられ、舐めさせられた。

その際、喉の奥がどうのとか言っていたような気がする。
それから月に二回は、男に乱暴され、どうすれば早く終わらせられるのかだけを学習し、何も考えないようにした。
兎に角痛く、気持ち悪かったが、その後にはシャワーを浴びることが許された。
時間が過ぎ、心が灰色になるのが感じられたが、次第にそれもなくなった。

心が壊れるのを防ぐために脳が感覚を麻痺させたのだと、今にして思う。
寒さに体を震わせて、雨晒しになって、体調を壊して、そして一年が経って。
どうして自分がここに来たのかの理由も忘れて、日々を過ごした。
やがて、船に乗せられ、オセアンに着いて――

――それから、体が徐々に暖かくなってきた。
何故だろうか。
嗚呼。
そうだ。

オセアンで、デレシアと会ったからだ。
枯れ果てたはずの涙を、知らなかったはずの人の優しさを与えてくれた人。
そして彼女と会った最初の夜、教えてくれた人の温もり。
今感じているのは、それに非常によく似た温もりだった。

冷え切った体が最初にその温もりを感知した時、火傷をするかと錯覚した。
柔らかい感覚が体を包み、温めてくれている。
それは実体のある温かみだった。
流動的な熱を肌と肉の内側に閉じ込めた温かさ。

人の体。
これは、人の素肌から伝わる体温だ。
自分以外の誰かが、自らの体温でブーンの体を温めているのだ。
それに、匂いがする。

367名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:50:31 ID:Dz5RW/cY0
甘い匂い。
優しい匂い。
肺に取り込んだ途端に眠気を誘う、安心できる匂い。
知らない誰かの匂いだ。

命の恩人であり、ブーンに全てを与えてくれた人、デレシア。
湾岸都市オセアンで共に旅をすることになった、ヒート・オロラ・レッドウィング。
海上都市ニクラメンで出会った初めての友達、ミセリ・エクスプローラー。
彼女のボディガード、トソン・エディ・バウアー。

初めての先生、ペニサス・ノースフェイス。
彼女の教え子、ギコ・カスケードレンジ。
刑事、トラギコ・マウンテンライト。
船上都市オアシズで友人となった、ロマネスク・オールデン・スモークジャンパー。

美味い餃子を作るシナー・クラークス。
探偵、ショボン・パドローネ。
第二ブロック長、オットー・リロースミス。
その誰でもない。

初めて会う人の匂いだ。
初めてなのに、とても気持ちのいい匂いがする。
優しい匂いだ。
優しくて強い人の匂いだ。

心地いい。
細い指が背中に回され、力強い足がブーンの脚に絡みつく。
躊躇いながらも、その腕の中に納まり、冷えた体が温まるのをただ感じ続ける。
足の指先から、手の指先まで、じわじわと温もりが広がっていく。

体が溶けて、その温もりと一体になる感覚。
穏やかな感覚の海の中を漂う。
それは、ヒートと泳いだ湖を思い出させた。
あの時、湖は冷たかった。

周りは穏やかで、静かで、木々のざわめきが僅かにあるだけ。
その中で湖に漂っていた時、自分と云うものを忘れかけた。
見上げた先には木々に縁取りされた空があって、力を入れなくてもそこにいる事ができた。
さざ波の音に混じって聞こえたヒートの息遣いは、安心感を与えてくれた。

今聞こえるのは、血潮と鼓動、そして知らない人の呼吸音。
嫌な思いも、嫌な過去も、一時とは言えそれを忘れさせてくれる不思議な音。
皮の一部が硬くなった指が背中を擦り、後頭部を撫でる。
この指の感触も、感じる気持ちも、デレシア達にそっくりだ。

抱き寄せられた先に、弾力のある柔らかい肌。
瑞々しく艶やかで滑らかな肌は、触れているだけで気持ちいい。
唇に触れる少し硬い突起物から感じる、若干の甘さと塩気。
それは女性の胸だった。

368名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:51:15 ID:Dz5RW/cY0
知らない女性の胸は柔らかく、上質な枕の様だ。
何度か目を覚まそうと思ったが、体は、瞼を開かせようとはしなかった。

「まだ寝ていなさい」

と、聞こえた声。
それは女性の声だった。
ヒートに似た力強い口調だが、力強さが違う。
デレシアの声に秘められた強さを思わせる、静かな強さ。

それが放つ雰囲気はトソン、ペニサス、ギコ、そしてロマネスクに限りなく近い。
言葉の通りに体が従い、瞼は張り付いたかのように動かない。
不思議と警戒心は働いていなかった。

(*∪-ω-)「お……」

「そうだ。 今はそれでいい」

そうしてまた、夢を見る。
黒い空間の夢。
そこには色はなかった。
だから、黒い空間だと思った。

他には何もなかったが、春の陽だまりの様な温もりがあった。
それだけだった。
それだけの夢だった。
それだけで幸せな夢だった。

声が聞こえた。
それは聞き慣れた声だった。

『ブーンちゃん、今すぐに選びなさい』

オセアンで聞いた声だった。
オセアンの地下で聞いた声だった。
生きることを選ぶきっかけとなった声だった。
何もなかった空間に、その声を聞いた時の映像が浮かぶ。

アメリア・ブルックリン・C・マートに羽交い絞めにされ、交渉の材料にされた時。
地下に造られた巨大な空洞。
そこに聳え立つ巨大な棺桶。
確か、ハート・ロッカーの名で呼ばれていた棺桶だ。

巨大なキャタピラに、両椀と両腕の強力な火器。
その武骨な兵器に悠然と立ち向かう、ヒートが駆る禍々しい爪と杭打機を持つ黒い棺桶。
打倒されるヒート。
爆風に巻き込まれてからの記憶がない。

されるがまま、足手纏いになろうとしていた時。
その声が聞こえたことは覚えている。

369名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:52:18 ID:Dz5RW/cY0
『何もしないで死ぬか、抗って生きるか』

そして選んだ。
戦って生き延びた。
それを決断させた言葉は、デレシアがくれたものだった。
今があるのはそのおかげだ。

何度も足手纏いになりながらも、デレシア達は見捨てなかった。
失敗を笑顔で許してくれて、だけど、それを正してくれた。
今回もまた、自分のせいで二人に迷惑をかけてしまったことが悔しかった。
確かに抗うことは出来た。

しかし、それだけだった。
自分は海に投げ出され――

(;∪´ω`)そ「お?!」

――自分の状況が異質なものであることをようやく理解した。
デレシアでもヒートでもない誰か。
その誰かの胸に抱かれて温まっているのは、何故か。
依然としてその女性の両手両足はブーンを抱き寄せたまま。

瞼を開くと、そこには女性の白い肌があった。
キメの細かな肌は若い女性特有の物で、小振りな胸に顔が埋まっている状態だった。
今まで気付かなかったが、女性の体温だけでなく、一枚だけかけられたタオルケットもブーンの体を温めていた。
頭を動かして、ほっそりとした体で自分を抱いている人物の顔を見る。

初めて見る女性だった。
鋭い眼光を放つ深紅色の瞳は氷の様に冷ややかで、半月から少しだけ膨らんだような形をした大きな眼。
その目尻は弓なりに弧を描いて垂れ下がり、慈しみの眼差しでブーンを見つめている。
少しだけ波打つ、限りなく黒に近い灰色の髪は短く、艶やかだ。

笑みの形を浮かべる唇は薄らとしたピンク色で、瑞々しく輝いていた。

!ヽ, __ ,/{
リi、゚ー ゚イ`!「寝てていいと言ったのだが……」

そして、女性の頭部には獣の耳がついていた。
先端部が尖った耳は鋼鉄を思わせる濃厚な黒に、僅かな群青色が混ざった短い毛に覆われ、髪の毛とは色合いが若干違う。
犬の耳ではない。
それは写真でしか見たことがないが、狼の耳に間違いなかった。

リi、゚ー ゚イ`!「まぁ、いいだろう。 おはよう、ブーン」

名前を知られている。
何故。

(;∪´ω`)「お、おはようございます」

リi、゚ー ゚イ`!「怖がらなくていい。 私は君に危害を加えるつもりはない」

370名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:53:18 ID:Dz5RW/cY0
女性はそう言って、両手足を使ってブーンを再び胸に抱き寄せた。
抵抗すると云う選択肢は頭に浮かばない。

リi、゚ー ゚イ`!「私はロウガ・ウォルフスキン。
       ロウガと呼んでくれればいい」

胸の間からロウガを見上げながら、ブーンはその名を呼んだ。

(∪´ω`)「ロウガさん?」

リi、゚ー ゚イ`!「そうだ」

(∪´ω`)「ロウガさん、きいてもいいですか?」

リi、゚ー ゚イ`!「答えられる範囲でなら」

(∪´ω`)「あの、どうしてぼくはたすかったんですか?」

まずは、その疑問だった。
荒れ狂う海に落ちて、力尽きて、沈んだはずだ。
その状況から偶然助かるなど、有り得るはずがない。
ブーンとて、現実と非現実の区別はつく。

リi、゚ー ゚イ`!「私が、海に落ちた君を助けた。
      主に頼まれたのでね」

(∪´ω`)「あるじ?」

主君。
支配者。
飼い主。
マスター。

ロウガの言う主とは、彼女にとっての何なのだろうか。

リi、゚ー ゚イ`!「そうだ。 我々の王にして恩師、師匠にして父、恩人にして家族。
      それこそが、我らの主だ。
      その主が君を必ず助けろと命じたので、助けさせてもらった。
      悪いが、君が気を失うまで観察していた。

      そうしなければ、私まで巻き込まれかねない状況だったからね」

どうやら難しい関係の様だ。
詳しく話を聞いてもよく分からないだろうと考え、ブーンはとにかく礼を言うことにした。

(∪´ω`)「お……ありがとう、ございました……」

リi、゚ー ゚イ`!「礼には及ばない。 いい運動になった」

371名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:54:04 ID:Dz5RW/cY0
海中で感じ取った視線は、ロウガの物だったらしい。
しかし、ブーンに追いつくならまだしも、あの距離から船まで、どうやって追いついたのかが理解できない。
何かしらの方法があったのだろうが、それがどうしても気になった。

(∪´ω`)「どうやって、ふねにおいついたんですか?」

リi、゚ー ゚イ`!「ふふ、気になるか?」

その時、ロウガが浮かべた表情はデレシア達に質問をした時に返ってくるそれに、とてもよく似ていた。

リi、゚ー ゚イ`!「強化外骨格を知っているだろう?
      用途に合わせて様々な種類が開発され、そして現代に復元されている。
      その中には、水中用の棺桶も数多くあり、深海潜水用、水陸両用、水中作業用などが存在する。
      いずれも水中で長時間の作業と優れた機動性を発揮できる。

      私が使ったのは、ディープ・ブルーと云う棺桶だ」

棺桶の種類については少しだけ、デレシアとペニサスから教えてもらったことがある。
一日もいられなかったが、フォレスタで受けた特別授業の一つだ。
特に、デレシアからはペニサス以上の知識を教わった。
棺桶とは、軍用第七世代強化外骨格、開発コード名“カスケット”の事を指し示す俗称。

俗称の由来は運搬用コンテナが棺桶に似ている事などから来ており、それは音声コードの入力によって起動する。
使用者をコンテナ内に収容し、内包された外骨格の装着を速やかに行う。
単一の目的のために設計された唯一無二の棺桶を、“コンセプト・シリーズ”。
宗教団体が開発した物を“レリジョン・シリーズ”、政府と呼ばれる組織が開発した物を“ガバメント・シリーズ”と呼ぶ。

優れた性能を有し、少数だけ製造された棺桶は総じて“名持ち”の棺桶と呼ばれる。
ロウガの言葉で新たに覚えたのは、水中での行動に特化した棺桶が存在するという情報だ。

(∪´ω`)「お……」

助けてくれた人物の名前と、その手段を知った。
他に、自分が知るべき情報を考える。

リi、゚ー ゚イ`!「さて、今君が知るべき情報を教えてあげよう。
      今、このオアシズ内は最高レベルの厳戒態勢、ハザードレベル5となった。
      君が海に落ちた直後にだ。
      最低でも後二時間は、この部屋からできることはできない。

      ブロック間の移動は厳禁、運よくこのブロック内を出歩けたとしても、二時間だけ」

(;∪´ω`)「お」

自力で思いついたこと以上の情報を、全て言われた。
その情報を元に次の思考へと繋げるが、直ぐにロウガに先を言われてしまう。

372名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:54:51 ID:Dz5RW/cY0
リi、゚ー ゚イ`!「そしてここは第一ブロックの一階。
      断っておくが、君の部屋まで誰にも見つからずに移動することは無理だ。
      焦ることはない。
      今は出来る範囲で出来ることをすればいい」

(∪´ω`)「できること?」

リi、゚ー ゚イ`!「君は強くなりたいのだろう?
      ならこの時間を使って学べばいい。
      どうする?」

(;∪´ω`)「つよくなるべんきょうしたいですお……
       でも、ぼくあたまよくないから……だれかにおしえてもらわないと……」

リi、゚ー ゚イ`!「大丈夫。
      私が、君に、教えてあげよう」

そして、ブーンの体がふわりと持ち上がった。
タオルケットがベッドの上に落ちる。
ロウガの腰には、耳と同じ毛色をした毛並みのいい狼の尻尾が生えていた。
一糸纏わぬ姿のロウガに抱きかかえられ、ブーンは自然と彼女を見上げる形となる。

リi、゚ー ゚イ`!「まずは、風呂だ。
      その次に食事。
      戦い方はそれからだ」

(;∪´ω`)「じ、じぶんであるけますお」

リi、゚ー ゚イ`!「子供は遠慮をするものではない。
      甘えるのは子供の特権。
      そして、保護者は子供に甘えられる特権があるのだよ」

そう言い切られ、ブーンは風呂場に連れて行かれた。
風呂場からは新しい湯の匂いがする。
脱衣所を通って、二人は浴室へ。
白い浴槽には湯がなみなみと張られている。

風呂椅子と風呂桶が一つずつ、浴槽に立てかけられている。
ロウガは足の指で器用に椅子と桶を摘まんで、それを置き直した。
ブーンを椅子に座らせた後、シャワーからお湯を出してその温度を手で確認している。

(∪´ω`)「あの、じぶんで……」

リi、゚ー ゚イ`!「自分でやるか? なら、力でそうしてみるといい」

勝てる気がしなかった。
実力を見ることなく、それを体験するまでもなく、理解できるからだ。
匂いが違うのだ。
この女性の立ち振る舞いは、デレシアやヒートのそれに近い。

373名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:55:40 ID:Dz5RW/cY0
(;∪´ω`)「……おねがいしますお」

リi、^ー ^イ`!「それでいい」

頭の先からシャワーで湯を浴びせられ、体全体を濡らされる。
お湯はちょうどいい温度だった。
頭の先から足の指先までロウガに洗ってもらい、代わりに、ブーンはロウガの頭と背中を洗った。
この行為が互いの距離を縮める一種の儀式だと分かったのは、つい最近の事。

湯船に入ろうとした時、それをロウガが制止した。

リi、゚ー ゚イ`!「一緒に入ろう。 いい音が聴けるから」

そう言われ、再びブーンはロウガに抱き上げられる。
二人揃って湯船に浸かると、湯が勢いよく浴槽から溢れだした。
その音は確かに、いい音だった。
湯の中で解放され、ブーンはロウガの背中にもたれかかる様に姿勢を直された。

(*∪´ω`)「ほー」

リi、゚ー ゚イ`!「ふぅ……
      な? いい音だとは思わないか?」

(*∪´ω`)゛「いいおとですお……」

ロウガの鼓動を背中で、息遣いを首で、優しさを体全体から感じ取った。
疲れた体を癒す様に、湯船に浸かること十五分弱。
すっかり温まったブーンは、ロウガを見た。

リi、゚ー ゚イ`!「それじゃ、そろそろ出ようか」

風呂から上がる際、ロウガはその尻尾だけを左右に勢いよく振り、水を飛ばした。
ブーンもそれを真似したが、ロウガほど勢いよくは水を飛ばせなかった。
壁と床に付着した毛をシャワーで洗い流してから、二人は脱衣所に進んだ。
洗面台の前に積まれていた柔らかく、ふわりとした白いバスタオルで髪を拭かれ、体を拭かれる。

尻尾も念入りに拭かれた。
用意されていた新しい下着と服に着替え、風呂場を出る。

(*∪´ω`)「おー、さっぱりしましたお」

リi、゚ー ゚イ`!「なら、次は食事だ。
      昨夜君達が食べたピザには劣るが、口に合えば幸いだ」

374名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:56:25 ID:Dz5RW/cY0
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                                  { {   ツ爪笊ミ从从气ミ, /}
            -‐ ´ ̄ ̄ ̄ ̄`  - 、         ヾ 、 笊从圦从从彡イ//
          ,  ´               `ヽ、     ヽ\,彡'ミ三ニ彡'//
.        /  , -‐===ァ=-、    __      \     \ ̄ ̄ ̄ ̄./
     /    i! : : : : ,'' '; ,,'   ,ィ'´ヾ:ヽ     ヽ      ` ̄ ̄ ̄´
                    Ammo→Re!!のようです
    /     i!: : : : ,' ; ; ;   : : : :   vヘ       ',
.  /     / : : : :,'   ,.': : : : : : : :   ヾヘ       i        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
.  ,'     / : : : :,', ;  ,' : : : :  : :   vヘ.      }       /  ,....:.:.:.:.:.:.:.:.:.:...、 ヽ
  i       / : : : :,' , , ,' : : : : : : : : : :  ヾヘ    i        ! /.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.ヽ ',
  {    /, -==-.<   ,'  : :  : :   : : : :   _,}:.i!   ,'    Ammo for Reasoning!!編
  {     ヽ、: : : : , >t'  : : : : : :     , -‐: :´: :ノ  /    第七章【drifter -漂流者-】

                 ‥…━━ August 6th AM05:02 ━━…‥

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鰯の刺身とガーリックトースト、砂糖がたっぷりと入った紅茶の朝食は、大満足だった。
刺身の鮮度は良く、紅茶は甘くて美味かった。
食後には歯応えのある甘いリンゴが丸ごと一つ出てきて、ブーンは思わず喜んだ。
その食事に毒が混入されている可能性など、微塵も考えなかった。

その後、戦い方を学ぶ前に改めて服を着替えることとなり、ブーンは上下黒のジャージ。
ロウガは髪を後ろで一つに結い、黒のスパッツにタンクトップ姿となった。
着替えを済ませたブーンとロウガは、その部屋に備え付けられた特別な部屋にいた。
天井から釣り下がる二つのサンドバッグに、ロープに囲まれた小さなリングが一つ。

大きな一枚の鏡に、鉄アレイやダンベルが置かれた部屋。
ここはトレーニングルームだと、ロウガから説明を受けた。

リi、゚ー ゚イ`!「さて、これから私が言うことを全て体に覚えさせるんだ」

(∪´ω`)゛

ロウガの後ろに付いて、ブーンは部屋を眺めながらゆっくりと進む。
サンドバッグの前で立ち止まると、ロウガが振り向き右手の指を三本立てた。

リi、゚ー ゚イ`!「戦闘には三種類ある。
      近・中・遠距離だ。
      全ての距離において使用可能な武器は、現代では銃火器に限られる。
      現実的な話をすれば、銃は剣よりも遥かに強い」

その口調はとても早く、難しく聞こえたが、不思議とすんなりと心に染み込んできた。

リi、゚ー ゚イ`!「だが、日常生活において発生する戦闘の割合のほとんどを占めるのは、近距離だ。
      誰よりも早い攻撃こそが、戦闘で優位に立つ秘訣だ。
      先手必勝、と言う。
      近距離に限定して言えば、銃や刃物よりも早い攻撃方法がある」

375名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:57:43 ID:Dz5RW/cY0
瞬きする間もなく、ロウガの拳がブーンの左の頬に当てられた。
いや、気付いた時には既に当てられていた後だ。
油断していたと言えばその通りだが、攻撃の気配、予備動作すら気が付かなかった。

リi、゚ー ゚イ`!「それが、これだ」

(∪´ω`)「てあし、ですか?」

リi、゚ー ゚イ`!「そうだ。 拳足、徒手とも言う。
      これを鍛え上げ、練り上げ、洗練すれば、立派な武器になる。
      特に、私達の様な人間が本気で使えば、相手を一撃で殺すことが出来る力を持つ。
      現実問題、常時、武器を手の中に収めている人間――例えば安全装置を外して初弾を薬室に装填し、撃鉄が起こされ銃爪に指がかけられた状態の銃を持つ奴――はそういない。

      それを考えれば、近距離でこれほど理に適った武器はないんだ」

頬から拳が離され、ロウガはサンドバッグに向き合った。
先ほどまでブーンの頬に当てていた拳をサンドバッグに押し当てる。

リi、゚ー ゚イ`!「使い方は様々だ。 例えば、超近距離。
       この距離になると、銃は使えない。
       ナイフも抜くには近すぎる」

ロウガが拳に力を入れたかと思うと、サンドバッグが天井まで跳ね上がった。
踏み込みもなしに見せた芸当。
理屈は、感覚的にだが分かる。
力の入れ方が、ブーンの知るそれとは異なるのだ。

リi、゚ー ゚イ`!「これを腹にお見舞いすれば、内臓を潰すことが出来る。
      いきなり君にこのパンチを繰り出せとは言わないが、将来的にはこれ以上を期待するよ」

(∪´ω`)゛

リi、゚ー ゚イ`!「続いて、蹴り。
      基礎を固めれば、こんな風にできる」

綺麗な半円を描いて放たれた回し蹴り。
その直撃を受けたサンドバッグは、文字通り吹き飛んで壁にぶつかり、床に落ちた。

(;∪´ω`)「えぇぇ……」

その威力が人間離れしている事が一目で分かる蹴りだった。
直撃を受けた人間が即死することは、容易に想像できる蹴りだった。

リi、゚ー ゚イ`!「全ては一歩から始まる。
      踏み出さなければ到達できないのは当然。
      やり始めもしないで無理と口にするのは簡単。
      だが、やり抜くことはそれよりも遥かに難しい。

      君なら、後者を選ぶと私は分かっている」

376名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:58:55 ID:Dz5RW/cY0
その通りだった。
頷く代わりに、ブーンは質問をした。

(∪´ω`)「なにをすれば、いいんですか?」

リi、゚ー ゚イ`!「まずは基本だ。 君の様な人間の我武者羅な姿は嫌いではないが、今は時間がない。
      私が見せる通りにやってみなさい」

ロウガは先ほどまでと違い、僅かに左足を動かして重心を移動させた。
重心の移動に伴い、体が沈む。
両腕はまだ拳を作っていない。
どちらの腕が動くのか、まだ分からない。

そして――

(∪´ω`)そ「お?!」

――拳が、一瞬でその場所を変えた。
かのように見えた。
ブーンの動体視力を上回る速度で放たれた拳。

リi、゚ー ゚イ`!「基本はこれだ。
      攻撃を悟らせるようなテレフォンパンチは論外。
      また、型に拘るのも論外だ。
      どのような状況下でも出来る攻撃が、打撃戦では最も好まれる。

      そこのサンドバッグに、今のパンチをしてみなさい」

とりあえずは実践あるのみ。
言われた通り、サンドバッグの前に立つ。
肩から力を抜いて、拳を突き出すイメージをする。
そして、右の拳を撃ち抜くように突き出した。

サンドバッグにめり込んだ初めての拳。
ロウガの様に動きはしなかったが、サンドバッグは確かに揺らいだ。
不格好で貧弱なパンチだった。
腕を組んでそれを見ていたロウガは少し考え、口を開いた。

リi、゚ー ゚イ`!「ふむ…… 打撃に必要な筋力を鍛えながら、基本を体に染みつけようか」

(∪´ω`)゛「わかりました、ロウガさん」

リi、゚ー ゚イ`!「いい返事だ。 だが、そうだな……」

頷いたブーンの眼を真っ直ぐに見つめながら、ロウガは微笑を浮かべて言った。

リi、゚ー ゚イ`!「私のことは、師匠と呼ぶがいい」

377名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:59:37 ID:Dz5RW/cY0
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               ',ヘ::l:::::::::_ノ彡jt从 'ヘソリ=ムミヘ\:::::ソ://
             )) !::::l::从 r┬ミ、`   ィ==t i::::ゝ/:::川、
              ,彳ノ::::::川人゙乂::ノ′  `ゞ=イ´//:リ::::::ソヾヽ、
               ノ/::::::::巛::::li , , ,   !  , , , ノリ:i::l::::::::::ミ\i、
             /::::::/(:l:::::/:::::::へ   __  __,   (:::::::'l、`‐":::::,:::`i'ゞ
           !, (::'., 人:::::::::_-‐心 、     ∠!ー一',>li::::::l:::::l ))
                 ‥…━━ August 6th AM06:08 ━━…‥
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378名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 20:36:48 ID:7xi15QlEO
主はだれなんだろう、気になるな

379名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 20:59:37 ID:Dz5RW/cY0
オアシズの船長、ラヘッジ・ストームブリンガーは操舵室から見える外の景色に胸をなでおろした。
引き千切られた綿のような形をしている紫色の雲。
雲に覆われた水平線の果てを染める、濃厚なオレンジ色の光。
世界最大の豪華客船オアシズは、無事に嵐を抜け出たのだ。

朝日を見た瞬間、操舵室は安堵のため息で溢れかえった。
流石の船長も、それに参加せざるを得なかった。
船は沈没も難破もせず、ここまで来ることが出来た。
それだけでも上出来だ。

「全エンジン停止、蓄電モードに移行。
ヨセフ、航行設定を波力推進に切り替えろ。
操舵はグスタフ、お前に任せる。
キース、エル、レーダーと無線機に注意しろ。

ジュスティア軍の船影を確認したら、すぐに交信するんだ」

ヨセフ・ガガーリンが無線機を使って、エンジン室に指示を出す。
操舵輪から離れたラヘッジに変わり、グスタフ・スタンフィールドがその場所に着く。
ヘッドセットを装着してレーダーを凝視するキース・バレル、そしてエル・マリンが親指を立てた片腕を上げた。
細かな指示は彼ら自身が考えて下す。

このメンバーだからこそ、あの嵐を切り抜けられた。
経験を積んだ者達でなければ、殺人鬼の策略にはまってまともな判断が出来なくなっていただろう。

「……皆、ご苦労だった。
ディアナ、ここにいる全員に今すぐ、ホットコーヒーを……」

「船長、何年一緒だと思っているんですか?」

380名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:00:23 ID:Dz5RW/cY0
白いカップとポットを積んだカートを押しながら、ディアナ・カンジンスキーが操舵室に入ってきた。
流石だ。
きっと、あのポットの中のコーヒーには砂糖がたっぷりと入っているに違いない。
一人一人の席を回って、コーヒーを注いで回る彼女の姿は給仕ではない。

立派な、一人の船員の姿だ。

「さて、後は軍隊の到着を待つだけ、か」

自力で事件解決に協力できれば、どれだけよかったことか。
船長として、船の安全と平和を願うのは当然だ。
そしてそれを他力本願にしたくなかった。
しかし現実問題、彼には優れた推理力も洞察力もなく、事件解決に助力できることは何一つない。

悔しいが、事実だ。
精々彼に出来るのは、こうして船を安全に航行させ、軍を招き入れることぐらいだ。
それを果たしさえすれば、彼は義務を全うした事になる。

「なんだか、スッキリしないな……」

自分の前に置かれたコーヒーの水面を見つめる。
それを掴もうと手を伸ばした時、キースとエルの声が前方から聞こえてきた。
少し油断していたため、カップを倒して中身を全て床に零してしまう。
幸いなことにカップは割れず、誰にも気付かれていない。

「いかんっ……」

381名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:03:53 ID:Dz5RW/cY0
嫌な予感がする。
予感とは、微細な情報の蓄積による推理だと、ラヘッジは考えている。
これまでに起こった事件の数々。
船内で感じ取れる微妙な空気の変化。

それらを統合して、ラヘッジはこの後何かが起こるのではないか、と考えた。
予想した。
予期した。
覚悟した。

船長になって以来、一度も使ったことのない腰のベレッタが、急に頼もしく感じられた。
傷の少ない黒いベレッタM92F。
装弾数十七発。
護身用にも戦闘用にも適した自動拳銃。

これを使う機会が、訪れるかもしれない。
ラヘッジは外れてほしい予感を胸に抱きつつ、床に零したコーヒーにハンカチを多い被せた。

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382名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:07:16 ID:Dz5RW/cY0
潮風は冷たかった。
まだ嵐の余韻が残った海上を漂う香りを肺に取り込み、レインコートの裾を風に棚引かせ、片手で帽子を押さえる男は口の端を吊り上げた。
なるほど、いい匂いだと男は唸った。
足元のスーツケースに染みついた匂いと同じ匂いがする。

これは事件の匂いだ。
トラギコ・マウンテンライトは視線の先に捉えた巨大船舶を前に、胸を高鳴らせた。
同時に、残虐な笑みを浮かべた。
嵐の中の船と云う逃げ場の限定された空間での犯行は、絶対に自分だけは大丈夫だと云う犯人の自信の表れ。

それが気に入らない。
どれだけ念入りな計画だろうと、必ず噛みつける箇所がある。
偽りに満ちた事件だとしても、絶対に糸口はあるのだ。
トラギコはそれを知っている。

少なくとも、今の警察の中では誰よりもそれを知っていると言っても過言ではない。
だからこそ断言できる。
この事件、デレシアの手に手錠をかけるまでのいい暇潰しになるだろう、と。

(::0::0::)「トラギコ・マウンテンライト刑事、乗船準備整いました」

(=゚д゚)「おう。 おいホプキンス、まだ誰も乗船させるな」

同じ船に乗り合わせているカーリー・ホプキンスは、不機嫌そうな顔でトラギコを見た。
それはそうだ。
この隊は、彼の部下達で構成されている。
その指揮を執るのは彼であり、トラギコではない。

383名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:11:35 ID:Dz5RW/cY0
それに、彼らから見ればトラギコは余所者だ。
例え同じ街の組織の人間であっても、軍と警察は慣れ合っている訳ではない。
根本的な部分はほとんど同じだが、上司が違えば中身も考え方も違うのだ。
無理を言って乗せてもらったトラギコに指示をされるのは、ホプキンスとしては不愉快の極みだろう。

まして、相手は誇りに対する意識の高い軍人。
この発言をした段階で殴り掛かられてもおかしくはなかった。

「刑事さん、この隊の指揮権は……」

だが、それが何なのであろうか。
トラギコには関係ない。
これは事件であり、事件を解決するのは警察。
そして、今この船にいる警察官は自分だけだ。

揉め事、争いごとの解決には慣れているだろうが、軍人は事件の解決には慣れていない。
事件が起こるとしたら、戦地で起こる程度の糞つまらない略奪だとか、強姦程度だ。
そんなもの、事件の内に入らない。
犯人は決まり切っており、捕まえるのも見つけるのも、判決を下すのもあっという間だ。

それは、事件に関しては素人と同じであることを意味しているのだ。

(=゚д゚)「素人は黙ってな。 事件現場ってのは、ベッドの上の女と同じラギ。
    繊細で、直ぐに機嫌を損ねて最悪の場合は何もかもを滅茶苦茶にして帰るラギ。
    いいか、ここの市長が作った密閉状態を無駄にするもしないも、俺ら次第ラギ。
    まずは状況の詳細な把握を全体で共有してから、船に乗るラギ。

    おいそこの」

384名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:15:20 ID:Dz5RW/cY0
(::0::0::)「はっ。 既に全船に無線で通達してあります。
     通達内容は、犯人は銃器を所持し、棺桶を使用。
     また、犯人は変装を得意とし、戦闘経験は豊富。
     現在入っている情報によれば、第三ブロック内にいる可能性が最も濃厚であると伝えてあります」

(=゚д゚)「上出来ラギ。
    俺達が入る場所を一か所に限定するラギ。
    見取り図はあるラギか?」

(::0::0::)「こちらに」

紙に印刷された見取り図を広げ、直ぐに決断を下す。

(=゚д゚)「……第三ブロック一階にある右舷の非常口を使うラギ」

第三ブロック以外から入った場合、船側の作り上げた閉鎖的な空間を台無しにすることになる。
ならば第三ブロックからの乗船が理想的だ。
また、一階から入ることによって船の全体像を思い描ける。

「……そうしましょう」

ホプキンスは苦虫を潰したような顔をしていた。
だが、それはトラギコの言葉が正しいことを理解している何よりの証拠。
彼は馬鹿な指揮官ではない。
感情に流され、無謀な指示をする類の人間ではなかった。

捜査開始前に仲間から死人を出さずに済んだ。
これで彼が矜持に拘る屑の類だったら、迷わずに懐のベレッタM8000が火を噴いて彼の脳味噌を海に撒き散らしていただろう。

385名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:19:09 ID:Dz5RW/cY0
(=゚д゚)「お前らの指揮権は、当然、そこのホプキンスが持っているラギ。
    だけどな、事件の指揮権はこの俺の物ラギ。
    そこだけはっきりさせておくラギよ」

念押ししてから、船尾に仁王立ちになったトラギコは操舵室に声をかけた。

(=゚д゚)「行け、右舷ラギ」

ジュスティアから出発した船団を引き連れ、巨大な船に右側からゆっくりと近づいていく。
徐々に巨大な船舶はその大きさを現実的な物へと変え、トラギコは威圧感に興奮を覚える。
何と、何と大きいのだろうか。
糞を閉じ込めるために作られたジュスティアの誇る三重防壁“スリーピース”など、比較にならないほどの威圧感だ。

真横に来ると、視線を真上に向けても視界に収めきれない。
巨大な建築物を見ると、トラギコはどうしても胸が高鳴ってしまう。
それは一種の趣味や趣向に近いものだ。
感動とは違う。

純粋な興奮だ。

(=゚д゚)「……よし、乗船準備が整い次第、無線で連絡を入れるラギ」

操舵室の男に指で指示を出すと、男は頷いて無線機を手にした。
訓練されているだけあって、行動が早くて好感が持てる。

(::0::0::)「刑事殿、一ついいですか?」

隣にいた男が、尋ねてきた。

(::0::0::)「そのアタッシュケースの中身は?」

386名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:23:03 ID:Dz5RW/cY0
(=゚д゚)「手前は、デートの度に女のカバンの中身を聞くラギか?」

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その人物は、コーヒーの香りの混じった深い溜息を吐いた。
部屋に戻ることが許され、計画の修正案を考える時間が得られた。
流石に、厳戒態勢で他人の目がある中では、集中力を十分に発揮することは難しい。
簡単に朝食を済ませ、ベッドの上に倒れて考え込んでいた。

あまりいい気分はしなかった。
僅かな油断が、全てを台無しにしてしまったのだ。
定められている時間がある中で、予定通りに舞台を揃えられなかったことは恥だ。
そしてこれは、計画が失敗に至る可能性が生じたことを意味する。

387名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:26:57 ID:Dz5RW/cY0
第一に、リッチー・マニーを過小評価していたことが、それに繋がった。
彼に対する評価を改め、残された数少ない時間で場を仕切り直すことが必要だ。
第二に、デレシア一行の力を甘く見ていた。
彼女達は、自分の手に負いきれないかもしれない。

しかし、まだ修正は可能だ。
自分の一声が持つ力が健在な内は、それは夢ではない。
不用意な行動を避けて、必要な行動を――

『乗客の皆様、私はオアシズ船長、リッチー・マニーです』

――マニーの声が、頭上のスピーカーから聞こえてきた。

『お客様に幾つかお知らせがあります。
現在、本船は嵐を抜け、蓄電のために風力のみで航行しております。
ティンカーベルへの到着は、予定よりも大幅に遅れる見込みです。
これにより生じる料金は、当方で全額負担いたします。

船内でのお買い物にかかる料金もまた、同様となります。
詳しくは、お部屋に備え付けられているマニュアルの百六十五ページをご参照ください。
そして、先ほど発令いたしましたハザードレベル5ですが、一部ブロックにて限定的に解除いたします。
それに合わせて、待機していたジュスティア海軍の応援がもう間もなく乗船を開始いたします』

遂に、来た。
世界に散る警察の大元。
正義の執行者を語る、正義の模倣者。
ジュスティア軍の介入は、予定通りの動きだ。

388名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:30:13 ID:Dz5RW/cY0
だが、聞き間違いか何かだろうか。
“鉄壁”に匹敵するハザードレベル5の限定解除。
それは、この警備態勢にわざと穴を空ける行為だ。
船に穴が開けばその箇所から浸水するように、その穴は攻め手側にとって恰好の突破口となる。

罠だ。
間違いなく。
マニーと云う男は、ここまで大胆な男だったのか。
この事件を引き起こした犯人に対して挑戦するだけの自信があるのか。

誰かに入れ知恵された可能性が濃厚だ。
彼一人の決断ではない。
デレシアが手を貸したのだろうか。
いや、まさか。

見ず知らずの人間に対して最も警戒心を抱いている時であろうに、デレシアと接触するなど、不可能だ。
何はともあれ、これは好奇だ。
愚か也リッチー・マニー。
大方、第三ブロック以外を解放するのだろうが――

『重ねてご連絡いたします。
今回警戒を解除するのは、第三ブロックだけにいたします』

「馬鹿なっ?!」

思わず、口に出して驚きを露わにする。
探偵たちも、犯人は第三ブロックに追い込んだと信じているのに、よりによって、真逆。
犯人がいるとされている第三ブロックだけを解放する。
それは、考え方としては虎の入った檻を開けるのに等しい。

389名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:33:12 ID:Dz5RW/cY0
何を考えているのか。
こちらがその誘いに乗るのを躊躇うとでも思っているのだろうか。
だとしたら、愚かの極みだ。
この船を救うための唯一の手段、この自分に対抗できるただ一人の存在を屠る機会を、見逃す手はない。

デレシア達さえ消せば、この船は完全にこちらの意のままに動く。
その為なら、デレシアを殺すために生じるリスクなど、軽い物だ。
今度は焦らずに、デレシア達を殺す。
時間が限られているのが残念極まりないが、今日は手を出さないでおこう。

まだ時間はある。
状況が落ち着き、水底が見えるぐらいに事態が収縮してから動いても、まだ間に合う。
枕元に置いていた電話が、低い電子音を立てて鳴り出した。

「……何か?」

次に電話口から聞こえてきた言葉は、またしてもその人物を興奮させた。
欠けていたパズルのピースを見つけた気分だった。

「そうか、分かった。
すぐに行く」

ようやく、この第三ブロックだけを解放した理由が理解できた。
要するに相手が求めたのは、犯行現場の限定だ。
殺人をコントロール下に置き、そこで犯人の動きを捉え、封じる。
統制された殺人事件、と云う訳だ。

390名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:37:18 ID:Dz5RW/cY0
実に理に適った方法だ。
全員を檻に入れたままでは犯人は見つからない。
誰が人の皮を被った虎かを見破るには、虎にとって都合のいい状況を用意し、観察することが有効だ。
虎からすれば餌場に放たれたわけだが、この餌場には罠が多すぎて逆に手出しを躊躇わざるを得ない。

どうやら、オアシズ内にも切れ者がいるようだ。
だが、こちらの想像の域を越えるほどではない。
これを逆手に取ればデレシアを殺すのは難しくない。
全ては。

そう、全てはこちらの思うまま。

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      rfニ、ヽ
      l。 。 f9i
      t≦_ノゝ、            ,,....,,,,__        ,rrテ≡==-、
      `ブ´,,:: -- ::、       ,r''"''''''ヽ:::`ヽ.     (〃彡三ミミ::`ヽ
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     /,,, Y.. -‐ ヾ::::::::l      ノ゙ f・=  7:::::::::::l.    f:、 ‐-:、 (ミミ:::::::l
      ム゚゙゙' く、'゚`  ゙'"):::l    ヽ''    ゙'⌒リ:ノ    ノ゚ヲ ''・=  リ::r-、リ
     l=,,;;:. l=、  ..::" ,)ヽ、   j⌒    ト'"fノ     l (-、ヽ'"   ゙'´ノ),)
    /`ゝ-''^ヽ''"  ,/: : : :\  ヽ、: : : '" ノ^i,     lィー-、    ノ-イ
    /rf´ i′  ,f^ヽノ:,. - - 、 ヽ,,. -テ) ,/  `ヽ、   t_゙゙   _,,.. :: "  l、
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そこに揃った面々の肩書、素性を知る者がいれば、間違いなくその場から何かしらの理由をつけて立ち去った事だろう。
オアシズ側からの出席者は、五つのブロックを統治する五人のブロック長。
船に常駐している警察、探偵の代表合わせて十四名。
船長、そして市長の合計二十一名。

391名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:40:12 ID:Dz5RW/cY0
それに合わせて、つい先ほど乗船したジュスティアからの応援部隊代表者二名。
錚々たる代表者達が集められたのは、第三ブロック一階にある大会議室だった。
赤い絨毯が敷き詰められ、部屋全体を照らすのは天井一面の薄型照明器具。
全員が椅子に座ることなく、壁にかけられたスクリーンを注視していた。

やがて、光がゆっくりと消されて部屋が暗闇に染まり始めた。
スクリーンだけが光を浴びる中、一枚の写真が映し出される。
それは、この事件の最初の被害者ハワード・ブリュッケンの死体の写真だった。
軍人としてその席にいたカーリー・ホプキンスは、思わず口元を押さえた。

その隣で紅茶の注がれたマグカップを手にする男、刑事トラギコ・マウンテンライトは左眉を持ち上げた。
一目で事件現場の矛盾点に気が付いたのである。
風呂場での殺人では、基本的に証拠を洗い流すことを目的としている。
しかし、これは安いカモフラージュを目的としていた。

狙いは、銃弾の隠ぺいだ。
頭部に穴があり、壁には汚れがない。
貫通したはずの銃弾による傷も汚れもないのは、明らかに異常だ。
その異常が意味するものは、銃弾が持つ重要性。

それを補足する情報として、使用された銃が現在行方不明となっている第一ブロック長、ノレベルト・シューの物であることが断定されたと付け加えられた。
この死体の写真と映像が船内で流されたのは、八月五日の午前十時十三分。
それから間もなく、サイタマ兄弟と呼ばれる探偵が襲撃を受け、そこで奪われた鍵を使って警備員詰所で虐殺が起こる。
犯人が棺桶を使用し、また、水中作業用の棺桶が奪われたことも告知される。

使用された棺桶はジョン・ドゥ。
奪われたのは、ディープ・ブルー。
いずれも珍しくない棺桶だが、武器を使わずとも人を縊り殺せる代物だ。
ディープ・ブルーは陸上での戦闘に向かない。

392名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:43:30 ID:Dz5RW/cY0
逃走用のために奪取したのだと考えられる。
昨日午前十一時二十分、この船で最も危険度が高い状況でのみ発令されるハザードレベル5によって、船全体が厳戒態勢となる。
そして、厳戒態勢にもかかわらず、昨夜十時頃に女性二人が毒殺された。
犯人が警備員に扮し、変装技術が非常に高いことが確認されている。

最重要人物にして容疑者は、ノレベルト・シュー。
彼女の行方は、今なお捜索中である。
用意されていた全てのスライドを流し終えてから、探偵長“ホビット”は一同を見た。

(<・>L<・>)「……以上が現時刻までに起こった事件の概要となります。
       この時点で、何か質問は?」

このプレゼンテーションで大まかな事が分かった。
トラギコは他の人間の下らない質問で時間を失う前に、事件の核心に触れた。

(=゚д゚)「クリス・パープルトンと云う乗客はこの船にいるラギか?」

ポートエレンで発見された溺死体。
トラギコの推理が正しければ、あの死体はこの船の乗客だ。
船から落とされて溺死したのではなく、船で殺されて遺棄されたものだ。
それが丁度コクリコ・ホテルまで流れ着いたのである。

タイミングから考えて恐らくそれは、計画された動きだったはずだ。
何を目的としたのかは、まだ分からない。
しかし、トラギコはクリス殺害の犯人がこの船に乗っていること。
そしてそれがこの事件の犯人と繋がっていることを、確信した。

(<・>L<・>)「……いいえ、そのような人物は名簿にありません」

393名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:47:02 ID:Dz5RW/cY0
背の小さな男の隣でしきりにトラギコに視線を送っていたショボン・パドローネが、それに反応した。
彼も、ポートエレンの事件に関わっている人物だ。

(´・ω・`)「トラギコ君、どうして――」

(=゚д゚)「……いいや、気にしなくていいラギ。
    ただの好奇心ラギよ」

¥・∀・¥「それでは、集まってもらった理由を話そう。
      皆には、この第三ブロック内に常駐して、犯人を確保してほしい。
      生きたまま、だ」

その言葉に食いついたのは、意外にも、ショボンだった。

(´・ω・`)「市長、お言葉ですが、生け捕りは困難かと」

¥・∀・¥「それは何故だ?」

(´・ω・`)「第一に、犯人が武装している事。
     第二に、棺桶を所有する人間を生捕るなど、あまりにも理想論過ぎます。
     それにですね、第三ブロックの開放などあまりも軽率過ぎです」

ショボンの言うことは理に適っている。
生け捕りをするには、まず、相手よりも戦力で上回っている必要がある。
そして何より、その機会を手に入れられるかどうかが重要だ。
出会った瞬間に攻撃されでもしたら、反撃をするのが人である。

394名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:49:14 ID:Dz5RW/cY0
殺す気で攻撃をしなければ、絶対に勝てない。
ましてや、こちらが生け捕りを狙っていることが判明すれば、それを犯人に利用されて被害が拡大する一方だ。
躊躇せずに殺すのが望ましい。
第三ブロック解放についてはまだ情報が少ないため、何とも言えない。

¥・∀・¥「ショボン君、だったね。
      いいかい、よく聞いてくれ」

マニーは一つ咳払いをしてから言った。

¥・∀・¥「無能は黙って指示に従えばいいんだよ」

(;´・ω・`)「っ……!?」

その部屋の誰も、もう、これ以上の質問をしなかった。
彼の発言に呆れたからではない。
彼らは、自覚せざるを得なかったのだ。
ここまで人が集まらなければ、犯人に太刀打ちできない現実を。

そして、トラギコ達が来るまでの間、犯人に翻弄され続けたことを正当化できなかったのだ。
トラギコはマニーをただの無能な金持ちでは無い事を、その発言から察した。
同時に、今の言葉は本当に“彼自身の言葉”なのか、とも思った。
経験上、誰かに対して攻撃的な言葉を口にする際には、口元に特徴が現れるはずだ。

少しだけ、彼の喋り方に違和感を覚えたのだが、あまり深くは考えないことにした。
今トラギコが探すべきは、この船に乗っている彼の宿敵。
金髪碧眼の流浪の旅人。
湾岸都市オセアンを事実上の崩壊へと導いたと考えられる、素性不明の女。

395名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:51:58 ID:Dz5RW/cY0
彼女について分かっているのは、デレシアという名前だけ。
彼女がこの事件を引き起こしたとは考えられないが、カギを握っていると、勘が告げている。
最優先事項は事件の解決だが、デレシアとの合流も考えに入れておく必要がある。

(=゚д゚)「なぁ市長、俺はこう考えているラギ。
    恰好だけのくっだらねぇ会議より、現場を歩いて調べる方が時間を無駄にしないって」

¥・∀・¥「全くもって同感だよ、えーと……」

(=゚д゚)「トラギコ・マウンテンライト、トラギコと呼べばいいラギ。
    じゃあ俺は適当に散策するラギ、後は好きにしてくれや」

市長は、馬鹿ではない。
それが分かっただけで収穫だ。

(=゚д゚)「邪魔だけは、してくれるなよ」

アタッシュケースを持って、トラギコはその陰気くさい部屋を出て行った。

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396名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:54:29 ID:Dz5RW/cY0
その光景を目にした時、思わず、観光で訪れたアルカトラズ島の監獄での出来事を思い出した。
脱獄不可能と言わしめたアルカトラズ刑務所の跡地。
観光の目玉とも言える監獄体験の時に起こった、一つの事件、事故。
当時の情景の懐かしさに、デレシアは思わず頬を緩ませた。

鉄格子の代わりに開いたのは装飾された扉。
現れた人々の顔に浮かぶのは安堵と疑問の色が入り混じった、歓喜と恐怖の表情は同じ。
籠から出された鳥が外の世界を恐れるような、そんな感じもまた同じだ。
それはそうだ。

実際、彼らを待つのは殺人鬼。
飼い慣らされた鳥にとっての自然と同じなのだ。
気の毒だとは思うが、自分自身を守ることが必要とされている時代だと云うことは、生まれた時から教わっているはずだ。
幸いなことに、彼らは武器を手にしている。

昔とは違い、銃を携帯することに誰も躊躇をしない。
平和主義だとか、共存だとか抜かす阿呆はとうの昔に絶滅した。
だが不幸なことは、彼らが怯える対象にあった。
彼らに危害を加え得る存在には、偏執がある。

それも、異常な類の。
デレシアはこの狩場で、犯人の目的と偏執を探らなければならない。
判断材料が極めて少ないため、相手が動きやすい場を作り出しでもしないとパズルのピースが揃わないのだ。
パズルのピースを強引に引き出せれば重畳。

次の被害者が出たとしたら、それは残念なことだ。
犯人が早計で、浅はかだと分かってしまうからだ。
出来ればそうであってほしくない。
ブーンを海に放り、デレシアを怒らせた人間が、ただの精神異常者であっては困るのだ。

397名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:57:56 ID:Dz5RW/cY0
ζ(゚、゚*ζ「……さて、と。 ヒート、私達も動くわよ。
      用意は?」

すっかり人気のなくなった第三ブロック一階にある大会議室。
その出口から姿を現したのは、カーキ色のローブで身を固めたデレシア。
彼女の腋の下に吊るされたホルスターと、腰のホルスターには銃が収められている。
腋の下の二挺は、傷だらけの黒のデザートイーグル。

装填されているのは、マンストッピングパワーに優れたホローポイント弾。
腰のソウドオフショットガンには、対棺桶用の大口径のスラッグ弾が詰まっている。
予備の弾も弾倉もローブの下にある。
正面切っての戦闘だろうと、左右を挟まれての攻撃だろうと、切り抜けられる。

この準備は大げさとは思わない。
デレシアの推測では、この殺人劇は序章。
全体の注目をこれに集めるための茶番劇に過ぎない。
ならば、その茶番劇に全力で付き合う人間を宛がい、こちらはこちらで、準備をすればいい。

敵がそれに気付いたとしても、反応することは難しい。
反応すれば、それはデレシアの推測を肯定することになるのだ。

ノパ⊿゚)「いつでも。 で、あたしが合流する協力者ってのはどんな奴なんだ?」

ヒート・オロラ・レッドウィングは、ダークグレーのシャツに黒のジャケット、そして下はスラックスと云う姿だ。
堅気の格好とは言えないが、動きやすさとカモフラージュのアレンジはデレシアのそれよりも遥かに高い。
防弾・防刃の服装ではないが、その代わりに、彼女の背中には棺桶がある。
Aクラスのコンセプト・シリーズ、対強化外骨格用強化外骨格“レオン”が。

ζ(゚、゚*ζ「そうねぇ……」

398名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 22:00:27 ID:Dz5RW/cY0
さて、協力者の事をどう語ろうか。
湾曲表現は好まない。
特に、親しい人間に対する隠し事は好きになれなかった。
だが迂闊にその人物の情報を公開するべきでないことは、この状況では明らかだ。

デレシアの見立てでは、犯人はあの会議室にいた人間の中にいる。
それが変装をしているにしろ、していないにしろ、だ。
となれば、今こうしている間にもどこかでデレシア達を監視しているかもしれない。
一先ず、真実を一つだけ教えることにした。











     ζ(゚ー゚*ζ「ちょっとだけ不器用な、私の親友よ」











━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                           ___________|\
‥…━━ August 6th AM07:15 ━━…‥[|[||  To Be Continued....!    >
                            ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





.

399名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 22:20:16 ID:Dz5RW/cY0
これにて第七章の投下は以上となります

質問、指摘、感想などあれば幸いです。

400名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 22:57:11 ID:eNVGNUmcC
途中まで流し読みしてたよ、後編の投下がまさか今日だとは思ってなかった 
主とか犯人の影とか色々盛り上がってきた、主と犯人誰だろ

401名も無きAAのようです:2014/03/04(火) 00:15:13 ID:9tBCDAyEO
VIPのログ読んできた、こっちを先にしたんだな

402名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 00:47:12 ID:ykRLbvVU0
Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reasoning!!編 第八章

3/29 夜 VIPにて投下します!!

ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1511.jpg

403名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 00:56:16 ID:.SyG0gmY0
よしきた

404名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 01:52:00 ID:OUCATiFQC
( ^ω^)はあくしたお

405名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:09:37 ID:ykRLbvVU0
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In the flame if you hide a tree.
木を隠すなら炎の中。

In the water if you hide the flame.
炎を隠すなら水の中。

In the rain if you hide the water.
水を隠すなら雨の中。

In the storm if Hide rain.
雨を隠すなら嵐の中。

- Now, if you hide the mystery?
――では、謎を隠すなら?

                                  The last examination of detective
                                          【探偵試験最終問題】

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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

406名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:14:50 ID:ykRLbvVU0
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.     ,.- 、
     i|三li:.. ,..-- 、       ,..-- 、
     i|三liミil三三|ヽ       .;|三三|i        _____
     i|三liミi|三三|iiii|;..     ;;i|三三|i==lニニニl=i|____
_二二二二lミi|三三|iiii|iil    ;;ii|三三|i ェェェェェェi|┌┌┌┌
==========i|三三|iiii|ii|    |iii|三三|i ェェェェェェi|┌┌┌┌
==========i|三三|iiii|ii|    |iii|三三|i ェェェェェェi|┌┌┌┌
==========i|三三|iiiiレ     キ.|三三|i ェェェェェェi|┌┌┌┌
==l⌒l=====i|三三レ'     .'i|三三|i ェェ.il==li ェi| ┌──
           ‥…━━ August 6th AM08:06 In the 3rd block ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それは希望と恐怖が混在した、矛盾した空気だった。
蜂蜜とワインビネガーをあえたピクルスのような、気持ちの悪い空気だ。
すれ違う人間の顔に浮かぶ表情は、釈放された直後の犯罪者のそれに近い。
何度も間近で見た光景と感じ取った空気に、理由はすぐに分かった。

自由に対して、不安を持っている状態。
周囲を気にしながら歩き、目に入る娯楽と呼ばれる物に身を委ねたいのだろうが、その一歩が踏み出せないのだ。
彼らは今、自由に対してわずかな恐怖を感じているのだ。
あらゆる自由には少なからず危険が潜んでいることに気付いた、と言い換えてもいいだろう。

安全が約束されている不自由に限り、不自由は精神安定剤に転じる。
今回の事件は、それをより強く人々に認識させることとなった。
突如として起きた連続殺人を深刻に捉えたオアシズ上層部は最高レベルの警報、ハザードレベル5を発令。
全ブロックでは特定の時間帯のみ外出が許され、他ブロックへの移動は禁止とされた。

407名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:20:43 ID:ykRLbvVU0
それがオアシズで与えられた不自由、そして安全の正体だ。
そして、安全が確認されたことをきっかけに、第三ブロックの人間だけが自由を得た。
だが、ショウウィンドウを眺める目も、アイスクリームの屋台に向ける視線も、全てが疑念の色を帯びている。
あれだけの犯行をしておきながら、依然として捕まらない犯人を相手に翻弄される警察と探偵。

彼らの仕事ぶりを見れば、疑心暗鬼になるのも無理はない。
彼らの懐や腰で出番を待つ銃が、何よりの証拠だ。
それでいい。
安全だと言われたとしても、武器の携帯は基本的にするべきだ。

腕力を気にせずに自分の身を守るためには、銃は最高の物だ。
通りすがりの中には稀に棺桶――軍用第三世代強化外骨格――を背負った者もおり、中には大型のCクラスを運んでいる者までいた。
常識的に考えると、棺桶は基本的にサイズが大きければ大きいほど、強力な武装と装甲を持つ傾向にある。
が、サイズが大きければ強いと言う訳でもない。

サイズ差はあくまでも装甲の厚みと攻撃力の問題であって、後は棺桶持ちの技量次第だ。
中にはAクラスでCクラスの棺桶を圧倒するものもある。
要は使い方一つ。
世間に出回っている武器と何一つ変わらない。

使い方さえ分かれば、老若男女、誰でも人を殺すことの出来る武器は人類の偉大な発明だ。
しかし、この張りつめた状態とその発明品の組み合わせはあまり好ましくない。
武器を持った人間は常に緊張の糸を張り巡らせており、それが僅かな刺激で切れることもある。
乗客の誰か一人が始めれば、それはすぐに飛び火して船内で殺し合いが始まる。

そうなれば、犯人が直接手を下さなくとも大量の死人が船に溢れかえる。
人の精神は案外脆く、ちょっとした拍子ですぐに理性のブレーキが壊れる事を、トラギコ・マウンテンライトはよく知っている。
誘拐された少女が犯人に恋をすることもあるし、普段は紳士的な行動がどうのとか言っている人間が、災害現場で我先にと駆け出すこともある。
被災した街で暴動が起こり、強姦事件が多発するのはそう云う訳だ。

408名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:25:57 ID:ykRLbvVU0
恐らくそれが起きないでいられるのは、市長がこのブロックに警備員と探偵達を集中させたからだろう。
秩序を守る存在が大量に集まれば、人は自ずとそれに従う。
第三ブロック解放は早計な気がしないでもないが、やり方は間違えていない。
流石に市長として働いているだけあって、大胆な行動力と計画力がある。

一人先に乗船したトラギコは、第三ブロック一階の歩道を歩きながら周囲を観察していた。
活気と呼んでいいのか分からない微妙な空気の漂う第三ブロックの天井を見上げ、溜息を吐く。
ビル群から青空を見上げているよりもずっと狭苦しい場所だが、いい船だと思う。
不可能なのは知っているが、出来れば、平時の時にこの船に乗り合わせていたかった。

これだけの豪華客船に乗っておきながら、仕事のせいでその醍醐味を味わえないのは高級料理をガラス越しに眺めるようなもの。
今のトラギコが少しでもオアシズでの生活を楽しむには、方法は一つしかない。
早急にこの事件を解決することだ。
そうすれば、トラギコは船が次の場所に着くまでの間、ゆっくりと船旅を楽しめる。

普段から経費削減を言われ、領収書の中身にまで文句を言われる毎日の中、これぐらいの贅沢を楽しんでも罰は当たらない。
平均的な警察官の半分以下の年休しかないために、旅行などしたことがない。
給料は安いし過酷な労働環境だが、それでも、トラギコはこの仕事が天職だと心から言えるほど大好きだった。
事件、特に難事件が大好物だからだ。

女や洒落た趣味なんかよりも、よほど魅力的で有意義な時間が約束される。
人を殺して自分だけ助かろうと思い、足りない脳味噌を必死に回転させて考え付いたトリックの数々。
丁寧に積み重ねられたそれは、高級料理の調理工程によく似ている。
下ごしらえをする様に計画を組み上げ、ソースを作る様に環境に合わせて計画を調整し、食材を刻む様に人を殺し、盛り付けるように事後処理をする。

そうして最後に召し上がれ、と云う訳だ。
トラギコが楽しみなのは惨たらしい死を遂げた人間の末路を見る事ではなく、犯人の思いを踏み躙ることだ。
愚かな思惑を打ち砕き、真実と呼ばれる事件の真相を知ることはこの上ない快感だ。
希少な珍味が比喩し難い味を持っているのと同じように、難事件は希少価値の高い馳走、あるいは極上の蒸留酒だ。

409名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:30:08 ID:ykRLbvVU0
それに遭遇できれば、三年は気持ちの良いまま過ごせる。
その点で言えば、デレシアに出会ってからは感謝の気持ちが絶えない。
彼女を追えば、必ず歯応えのある獲物にありつけた。
オセアンから始まり、フォレスタ、クロジング、ニクラメンでも楽しませてもらった。

これまでに数千人の犯罪者と数万人の人間を見てきたからこそ、断言できる。
デレシアは別格の人間だ。
トラギコが生きている間に彼女の代わりは見つからないし、彼女を越える人間は現れない。
その姿を一度見失ってしまえば、彼女の足取りを掴むのは困難を極めるだろう。

今回は偶然にも彼女の足跡を辿れたが、次に見逃したらもう見つけられないかもしれない。
デレシアに対する思いを募らせながらも、トラギコはオアシズで起きた事件解決に向けて意識を集中させていた。
当然のことだが、複雑な仕掛けを施した事件を相手にするのは初めてではない。
だからこそ分かる。

今回は、タイミングを逃してはならないと。
食べ頃がある事件なのだと、概要を聞いただけで分かった。
まず、被害者に共通点が無い事が理由の一つだ。
大抵の犯人は凶器や殺し方に共通点があるものだが、この事件では全てがばらばらだ。

第一被害者ハワード・ブリュッケンの丹念な殺しに比べて、第二の現場となった警備員詰所では虐殺に近く、第三被害者に至っては毒殺だ。
この違いにこそ意味があると、トラギコは考える。
犯人の狙いは、誰かを殺すことだ。
殺す過程に快楽を感じるためではなく、人が混乱している様子を楽しむことでもない。

殺すことで得られる利益が目的の可能性が非常に高い。
無論、それを装っている可能性もある。
疑えば疑うほど事件を必要以上に複雑に感じる時があるが、そんな時、トラギコは常に自分の直観に従ってきた。

(=゚д゚)「……ん?」

410名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:36:12 ID:ykRLbvVU0
不意に、トラギコの鼻が香ばしい香りを嗅ぎつけた。
どこからか漂ってくる、料理の匂い。
肉、小麦粉を油できつね色になるまで焼いたような香りだ。
ここまで濃厚に漂うということは、換気扇を備えている店舗型ではありえない。

屋台だ。
どこかの屋台が、この犯罪的に美味そうな匂いを漂わせているのだ。
途端に、猛烈な空腹に襲われた。
一度意識してしまうと、もう我慢できない。

切なそうに腹が音を立て、自己主張をする有様だ。
味噌汁と紅茶だけしか胃袋に入っていないことを思い出し、懐から古びた財布を取り出して中身を確認する。
細かい硬貨を合わせて、七十五ドル。

(=゚д゚)「……いけるか?」

ハザードレベル5の発令に伴い、乗客はオアシズでの飲食は無料と言われている。
だから金の心配はしていないが、万が一の場合がある。
そもそも招かれてもいない客として乗っている身分に、それが適応されるかどうかも分かっていないのだ。
訊きそびれた自分が悪いのだが、あの場の空気では流石にそんな事を口に出せない。

匂いを辿って歩を進め、第三ブロックの中央に位置する公園にある噴水の前に、それらしい屋台の一団を見つけた。
一団は別々の料理をその場で調理し、陳列し、販売している。
アイスクリーム、焼きそば、クレープなどだ。
客はそこそこ来ているが、一か所だけ奇妙な隙間があった。

これだけの芳香を漂わせている店にだけ、客が一人も寄りついていないのだ。

( `ハ´)

411名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:40:21 ID:ykRLbvVU0
店主は特徴的な細目で、黒い髪を前髪ごと後ろに流して一つに束ねた髪型をしていた。
顔だけを見ればやせ形に思われそうだが、黒い半袖のシャツから覗く筋肉が只者では無い事を物語る。
首の太さも、格闘技を経験している者に共通しているそれだった。
放つ雰囲気は鋭く、堅気の世界で生きている人間で無い事は明らかだ。

(=゚д゚)「おい兄ちゃん」

( `ハ´)「……何か用アルか」

見た通りの無愛想だ。
見た目の通り、声にも若さが聞き取れる。
三十代前半か二十代後半。

(=゚д゚)「それ、何ラギ?」

( `ハ´)「餃子」

一言で会話が終了した。
素晴らしい。
店主とはこれでいいのだ。
飯屋は寡黙が一番。

不要な会話をする店主は嫌いだった。

(=゚д゚)「焼き立てを二つ、それとビールを大ジョッキで」

( `ハ´)「七百ドル」

(;=゚д゚)「あぁん?! 手前、ここに一つ三ドル、ビールは一ドルって書いてあるラギ!!」

412名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:46:38 ID:ykRLbvVU0
思わず冷静さを欠いた反応をしてしまったトラギコに対し、店主は冷笑を浮かべて答えた。

( `ハ´)「じゃあ七ドル」

(#=゚д゚)「俺を馬鹿にしてるラギか?」

( `ハ´)「冗談アル」

この店主、無愛想ではない。
人間性に問題があるのだ。
冗談にしてもセンスの欠片すらない。
本心から冗談で済ませようと思うなら、それなりの反応があるはず。

なのに、冷笑とは何事だろうか。

(#=゚д゚)「七ドルだな?」

( `ハ´)「……」

財布から七ドルを出そうとしたが、細かい金がなかった。
そしてそこで気が付いた。
船内での買い物は、全て乗船券を兼ねたカードで済ませる事になっている。
当たり前の話だが、トラギコは乗船券を所持していない。

まさか。
この店主。
こちらが非正規の客であることを察して、試したのだろうか。
オアシズに乗るには乗船券が必須。

413名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:50:07 ID:ykRLbvVU0
その乗船券を持っていない人間となると、この船にとっては歓迎しない存在だ。
つまり、サービスを提供してもしなくてもいいだけでなく、怪しまれて然る存在でもある。
非常時の際に部外者を疑うな、と言う方が無理だ。
そしてこの店主は、トラギコが非正規の乗客であることを見抜いているに違いなかった。

トラギコが乗船券を持っていない人間であることに気付いたからこそ、いきなり金を請求したのがその証拠だ。
店員としてあるべき姿としては、カードの提示もしくは無料である旨を伝えるのが道理。
自分の推理に絶対の自信を持っていなければできない会話だったのだ。
恐ろしいほどの観察眼だ。

警察にぜひ欲しい人材である。
それに、この船での食事が七ドルで済むのであれば、安いぐらいだ。

(;=゚д゚)「……っ、ぐぬ」

( `ハ´)「……」

財布から十ドル硬貨を取出し、店主に差し出す。
釣りを出されない可能性を考え、トラギコは最後に一つ付け加える。

(;=゚д゚)「ビールを特大ジョッキにしてくれ」

これで丁度十ドルだ。

( `ハ´)「……」

店主は無言のまま顎でカウンターを指した。
そこに硬貨を置けという意味だ。
トラギコは渋々それに従い、金を置いた。
男は鉄板の上で焼いていた餃子をパックに詰め、カウンターの上に積み重ねていたパックの上に乗せた。

414名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:54:58 ID:ykRLbvVU0
それを取ろうとした時、男が鉄製のヘラでその手を制した。
疾い。
これがナイフだったら、トラギコの手首から先は地面とハイタッチしていたはずだ。
油断していたと云うのは言い訳にしかならない。

戦闘の技量で言えば、トラギコを上回っている。
この男、一体何者なのだ。

(;=゚д゚)「何のつもりラギ?」

( `ハ´)「焼き立て注文したアル」

そう言うと、男は新たな餃子を鉄板の上に並べて焼き始めた。

(=゚д゚)「……そうかい」

意外と律儀な性格をしているようだ。
仕方なしに待つ事になったトラギコは、噴水の傍にある木製のベンチに腰掛けた。
背中から聞こえる噴水の音を無視し、トラギコは意識を男に集中させる。
男の動作を改めて観察してみると、屋台経験は短いという印象を受けた。

接客態度もそうだが、全体的に、慣れている様子がないのだ。
まだどこか不慣れな動き。
餃子を焼くことには慣れていても、売ることには慣れていない。
怪しい。

容疑者の一人として、トラギコは頭の中に男の人相を記憶した。

(=゚д゚)「んや?」

415名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:56:11 ID:0Q/bTnb.0
Ammo→Re!!のようです
http://hayabusa5.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1396091199/
支援するならこっちもな
まあ自分は規制中の身なんだが

416名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:59:34 ID:ykRLbvVU0
項の毛が、ピリリと反応を示した。
何かよくない物が近くにある、もしくは起ころうとしている。
視線を周囲の物陰に向け、索敵を行う。
約五十ヤード先、トラギコの正面に、それはいた。

その体躯はずっしりとした岩石を思わせ、手と顔に刻まれた皺と傷はその人生の壮絶さを雄弁に物語る。
楽な人生。
ぬるま湯の生活。
平和な暮らし。

明らかに、そう云ったものとは無縁の人間の体だ。
上瞼から下瞼にかけて走る大きな傷は、鋭利な刃物とは真逆の物でつけられたに違いない。
開かれた黄金瞳は純金よりも鈍く、月よりも優しく、宝石よりも輝く獣のそれに酷似している。
皺のない白いボタンダウンのシャツの上に羽織る黒のジャケット。

首の太さ、そして耳の形は格闘技を経験した人間独特のもの。
後ろに撫でつけたオールバックの黒髪。
歳は六十代後半。
一目で、人を殺したことのある人間だと断言できる姿をしていた。

( ФωФ)「……」

(;=゚д゚)

男のした行動は、ただ、トラギコの前を歩いただけ。
それも、五十ヤードは離れた場所を悠然と歩いているだけだ。
それだけで、トラギコは呼吸を止めてしまっていた。
あの男の前では迂闊な言動が命取りとなると、断言できる。

417名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:01:55 ID:mFxhbgFI0
主要な人物が揃ってきたな。
支援

418名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:02:30 ID:ykRLbvVU0
一瞬の事だったが、トラギコはすぐさまその男を容疑者の二人目として、人相を記憶。
すぐさま男を尾行することにした。
ベンチから立ち上がり、屋台の前を小走りに横切る。
極力近寄りたくないが、この際仕方がなかった。

悟られないギリギリの距離を保ち、そこから監視するしかない。
いきなり尋問などしようものなら、縊り殺されるかもしれないからだ。
あれは猛獣の類だ。

( `ハ´)「どこ行くアル?」

屋台を通り過ぎた辺りで、トラギコの背中に無愛想な声がかけられた。

(=゚д゚)「手前にゃ関係ねぇラギ」

( `ハ´)「それ駄目アル。
     お金貰ったら、私は商品渡す義務有ル。
     行かせないアルよ」

どうしてこう、変な所でこの男は義理堅いのだろうか。
普通の屋台の人間なら、ただで金を手に入れたと喜ぶところだ。
横目で先ほどの男を探すが、もう、視界の中にはいない。

(=゚д゚)「……後どれぐらいかかるラギ?」

( `ハ´)「三分」

(=゚д゚)、「ちっ、分かったラギ」

419名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:05:45 ID:ykRLbvVU0
今更追ったところで、男を見つけられる確証はない。
どうせ、男の移動できる範囲は第三ブロックに限られているのだ。
トラギコは観念してベンチに戻り、餃子を待つことにした。
丁度近くを通りがかった新聞販売員のカートから、世界規模の情報を載せている“モーニングスター新聞”を一部引き抜いた。

一昨日、つまり八月四日の日付だった。
新聞の一面を飾っているのは、やはり、まだニクラメンが地図上から消えてなくなったことについてだ。
世界中からトレジャーハンターギルドが集まり、海底に沈んだ街から金品を引き上げ、時折死体も引き上げているとのことだ。
死体を引き上げているのは善意だと主張しているらしいが、遺族からの感謝料を目的にしているのだろう。

ニクラメンの名を聞くと、ワタナベ・ビルケンシュトックや、ギコ・カスケードレンジと出会った時の記憶が蘇る。
不完全燃焼の謎だけを残した事件は、結局、海の底だ。
あの時に会った彼らとは、また会うような気がする。
出来ればワタナベとはもう出会いたくないが。

紙面を捲り、二面に掲載されている世界情勢を見る。
西の土地にある三つの街が合併し、一つの大きな街となった事が二面全てを使って書かれていた。
カルデとコルフィ、そしてファーム。
それぞれの位置関係が書かれた地図を見ると、新たな街の大きさはオセアンの二倍ほどになる。

かなり大きな街だ。
元々、三つの街はコーヒーの産地として有名だったが、これを機に世界屈指のコーヒーの街になるのは間違いない。
誕生した街の名は、“カルディコルフィファーム”。
そして、市長は内藤財団とあった。

それは異例の事ではなかった。
企業が街を支配し、市長として機能した前例は幾つかある。
ただし、一つとして成功した例はない。
企業内での権力争いと不景気の影響をもろに受けるため、長持ちしないのだ。

420名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:09:40 ID:ykRLbvVU0
だが、内藤財団の経営力と経済力は世界随一だ。
オセアン復興に着手した事も含めて考えると、世界各地の街を統治し、更なる事業拡大を狙っているのだろう。
記者の意見ではオセアンでの実権を手に入れたことに伴い、コーヒーの安価な輸出入を可能にし、利益を上げるのではないだろうか、とのことだった。
確かに、カルディコルフィファームは海から遠くはないが、どちらかと云えば山に囲まれた盆地にある。

三つの街を一つにしたことで、港に最も近い街にコーヒー豆を集めて一度に送り出せる。
陸運にかかるコストが安上がりで済むため、それもまた利益につながる。
陸路を通じて港に運び、そこから船で東のオセアンに向かう。
港も船も全てが自社の物であるため、格安で高価なコーヒー豆の取引が出来るのだ。

西側で盛んな貴金属市場に手を付け始めているとの噂が本当だとすれば、近い内に貴金属の取引にも手を出すだろう。
経営者は慎ましく貪欲であれ、とは企業の依頼でトラギコが逮捕した会計管理者の言葉だ。
新聞を畳み、それを膝の上に乗せる。
トラギコは振り返り、噴水の真ん中に立つ巨大な時計を見上げる。

店主の言葉から、三分が過ぎようとしていた。

(=゚д゚)「……」

屋台の男と、先ほどの人相の悪い男を除くと、現在手元にある疑わしい人間は五人いる。
第一ブロック長、ノレベルト・シュー。
第二ブロック長、オットー・リロースミス。
第三ブロック長、ノリハ・サークルコンマ。

探偵長“ホビット”。
市長、リッチー・マニー。
彼らの内、誰かがこの事件の鍵を握っているはずだ。

( `ハ´)「お待ちど」

421名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:17:54 ID:ykRLbvVU0
(;=゚д゚)「のっ! お、おう」

視線を戻した先にいた店主の手には、餃子の入ったスチロール製トレイが二つと、ビールの特大ジョッキがあった。
それを受け取ると、店主は屋台に戻った。
気を取り直してから、トラギコはまず餃子を食すことにした。
手元から立ち上る湯気と香りが食欲を刺激してやまない。

ベンチの傍らにジョッキとトレイを一つ置き、もう一つのトレイを膝の上に置く。
トレイに添えられていた割り箸を口で咥えて、二つに分ける。
一つのトレイに五つの餃子が乗っており、調味料は一切見当たらない。
そのままの味で勝負をしているらしい。

半月型の餃子を箸で一つ摘まんで口に運び、一口で食べる。
火傷しそうなほど熱い汁が、中から溢れた。
野菜と肉から出た汁の味は熱すぎてよく分からないが、美味いのは確かだ。
空気を口の中に取り入れて冷ましながら、餃子を咀嚼する。

肉汁の甘い香りと濃厚なニラの香りが鼻から抜け出る。
口の中が火傷しないように、すかさずビールを口に含む。

(*=>д<)。゚「くぅあっ!!」

そして、トラギコは腹から湧き上がる食欲に身を任せ、次の餃子に箸を伸ばしたのであった。
トラギコは予期することが出来なかった。
この後に起こる事態を。
この時は、まだ。

422名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:25:50 ID:ykRLbvVU0
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全身が心地よい疲労感に満たされていた。
打撃に必要な筋肉を意識的に鍛えるためにサンドバッグを相手に繰り出した拳は、五千以上。
その後に行った腕立て伏せ数百回などによって、腕に力が入らない。
また、蹴り技の取得に伴う脚力の向上とトレーニングで、足腰は別物のように動かなかった。

甘い毒を注入されたように痺れて動かない四肢。
リングの上に汗だくで大の字に倒れ、荒い呼吸をしながらも、達成感に笑顔が浮かぶ。
垂れた犬の耳と丸まった犬の尻尾を持つ少年は、自分を見下ろす女性の肌に汗一つ浮かんでいないことに気付いた。
自分と全く同じトレーニングを横でこなしていたのに、と驚く。

微笑を浮かべる女性には狼の耳と尻尾があり、慈母の様な柔らかな感情を湛えた深紅色の瞳は、少年の深海色の瞳の奥を見つめていた。
気恥ずかしそうに笑顔を浮かべた少年はブーン。
それを無言で見つめる二十代半ばと思われる女性は、ロウガ・ウォルフスキン。

!ヽ, __ ,/{
リi、゚ー ゚イ`!「どうだ? 流石に、もう動けないだろう?」

(∪´ω`)「はい、ししょー」

423名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:35:51 ID:ykRLbvVU0
リi、^ー ^イ`!「ならば風呂にしよう。 筋肉をほぐし、次の鍛錬に備えようか」

(∪´ω`)「ししょー、でも、ぼくうごけなさそうです」

この状態では、風呂場まで這っていくのも難しい。
指の力だけで這うにも、手は拳を形作ったまま開かない。

リi、゚ー ゚イ`!「ん? 私が君を運べば何も問題はないだろう。
      さ、行くぞ」

有無を言う間もなく抱きかかえられ、風呂場に連れて行かれた。
早朝の時と同じように汗を洗い流した後、湯船の中でロウガにマッサージを教わった。
ロウガに背中を預け、肩越しに彼女の手がブーンの太腿や脹脛をもみほぐした。

リi、゚ー ゚イ`!「次からは自分でやるんだ、いいな?」

(*∪´ω`)「わかりました、ししょー」

体を後ろから押さえつけるロウガの手は力強かった。
腕から足まで愛撫するように撫でさすり、指圧するロウガの指は優しい。
筋肉が緩和し、力が徐々に回復する感覚が湧き上がる。
緊張から解き放たれ、瞼がゆっくりと落ちる。

トレーニングの最中、幾つかもらったアドバイスを思い出す。
踏み込みは静かに、だが力を込めるタイミングを誤らない。
拳は常に固く握る必要はなく、最もリラックスした状態で維持。
衝撃の際にのみ拳を形成し、速度を意識して抉りこむようにして打ち込む。

424名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:42:06 ID:mdABcWrY0
支援
初リアルタイム!
ブーンかわいい!

425名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:44:12 ID:ykRLbvVU0
そうすれば、素早い攻撃が可能となる。
殴り合いの喧嘩に発展する前の先制攻撃としては、十分な威力があるとのことだ。
鼻先を狙うか顎の先端を狙うのが効果的で、先手を打つのであれば腹部。
大の男が敵となれば、金的を狙うのもありだそうだ。

これまでのパンチと、今のパンチは明らかに形、そして威力が違っている。
それが自覚できるレベルにまで変わった。
向上した、と言った方がいいだろう。
更に、護身に必要な技まで教えてもらえたことで、それを実際に使ってみたいという初めての欲求が生まれていた。

リi、゚ー ゚イ`!「筋は悪くない。 後は、実戦での経験だ。
      人を殴ったり、殺したりした経験は?」

(∪´ω`)「……ありませんお、ししょー」

まともに殴ったことも蹴ったこともない。
強いて言うなら、腕を噛み千切ったぐらいだ。

リi、゚ー ゚イ`!「だろうね。 そんな雰囲気をしている。
       覚えておきなさい。 誰かを傷つけて自分を守る時は、遅かれ早かれ必ず来る。
       この世界を生きていくのなら、これは避けて通れない道だ。
       その時が来たら、何があっても躊躇ってはいけない。

       しかし君は怖いほどに優しすぎるから、躊躇ってしまうかもしれないな。
       それがいいんだがね」

(∪´ω`)゛「お?」

リi、゚ー ゚イ`!「さ、汗を流したら次は戦い方を身に付けよう」


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