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企画もの【バトル・ロワイアル】新・総合検討会議2

1 ◆VnfocaQoW2:2010/04/04(日) 00:20:17

雑談、キャラクターの情報交換、
今後の展開などについての総合検討を主目的とします。
今後、物語の筋に関係のない質問等はこちらでお願いします。

278話以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。

規約はこちら
>>2

683名無しさん@初回限定:2011/06/21(火) 20:22:38
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1724084.zip.html

684名無しさん@初回限定:2011/06/22(水) 23:42:22
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1728799.zip.html

685名無しさん@初回限定:2011/06/24(金) 07:47:59
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1733302.zip.html

686 ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:03:49
ご無沙汰しております。
以下26レス、「ひとであり/ひとでなし」を仮投下致します。

次回予定は「Yin & Yang」。
ザドゥ単独です。

687あり/なし(1/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:04:47
 
【タイトル:ひとであり/ひとでなし】


(ルートC・三日目 PM2:30 C−6 小屋1跡)

高町恭也の眠る小屋の正確な場所を、知佳は知らぬ。
西の森、浅く。
ランスからそう聞いたのみである。
その、西の森の浅いところに、煙が立ち昇っていた。
低空を飛行する知佳が向かうのは致し方なき事であろう。

「…………っ!?」

知佳は息を呑んだ。
小屋が破壊され尽くしていた故に。
そこに佇むのは一人の童女のみであった故に。
童女が胸に燃える骸骨を抱いていた故に。

凶-マガキ-しおりである。

知佳が着地した、その振動が最後の引き金となったのか、
しおりの腕の中の頭蓋骨が、灰と崩れた。
しおりは、泣きはらした腫れぼったい瞼で茫と立ち尽くし、
空を仰ぎ見るのみであった。

さおり。愛。シャロン。
しおりは恩人達の弔いを終えて、放心していた。
知佳がみとめた煙とは、この火葬の煙であった。

「……何をしていたの?」

688あり/なし(2/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:06:08
 
言葉をかけられたことで訪問者の存在に気付いたしおりは、
緩慢な動作で知佳に向き直り、静かに告げた。

「おそうしき」

透明感溢れる、虚脱した眼差しを知佳に向け、
しおりは無防備に、言葉を重ねる。

「さおりちゃんと、愛お姉ちゃん、シャロンお姉ちゃん。
 みんなしおりを守って死んじゃったから……」

その言葉に、知佳の警戒心が一段階引き下げられた。
挙げられた名に知り合いの名が無き故に。
落ち着いて周囲を見渡せば、崩れている小屋には埃も煙も立っておらず、
周囲は落ち着いた泥水と、その乾いた跡が散見され。
小屋の破壊は過去に行われたものであるのだと、伺い知れた。

(良かった…… 恭也さんの眠る小屋とは別の場所なんだ)

そうして、落ち着いた心持ちで、再度しおりに目をやって。
知佳はようやく気がついた。
眼前の童女に、見覚えがあることに。
ゲームの開始前に、肩を寄せ合って震えていた双子の童女であったことに。
こんな幼い子まで……
その思いがあったからこそ、目に留まっていた。
しかし、知佳の記憶にある童女とは、幾分様相が異なっていた。

鼠の耳が生えている。
鼠の髭が生えている。
鼠の尾が生えている。

689あり/なし(3/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:07:08
 
肉体改造か、魔術か。
いかな手管によってこの悲痛な変化が起こされたのか知佳は知らぬが、
それは心優しき少女の哀れ心を誘うに十分な変化であった。
故に、知佳は零した。
己の素直な心情を、極めて自然に。

「大丈夫。
 どんな姿になっても、しおりちゃんはしおりちゃんだよ」

幼き頃。
知佳は己の異能故に、疎外感を強く感じていた。
鬼子として、座敷牢の如き離れに隔離されていた。
実の両親に。親族に。
恐れられ、疎まれて。
しかもそれらを全て読心して、知佳は生きてきたのである。

―――ひとでなし―――

それは知佳にとっての癒え切らぬ心の傷。
心をじくじくと蝕む悪意の溶剤。
故に、反射的に、しおりの変化を否定した。
それが相手にどんな効果を与えるのか、考慮せぬままに。

「しおりちゃんは、人間だよ!」

しおりの髭が、ピン、と立った。
しおりの耳が、ピク、と動いた。

「しおりは…… にんげん?」

690あり/なし(4/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:09:39
 
抱きしめようと広げられた知佳の腕に、しおりは駆け寄らなかった。
それどころか知佳の意図とは真逆の、不機嫌で危険な気配を漂わせた。

しおりは、血の主人・アズライトを慕っている。
命を救ってもらったことを感謝している。
人ならざる存在と化したことを誇っている。

―――ひとであり―――

つまりは、禁句であった。
知佳は巧まずしてしおりの逆鱗に触れてしまったのである。

「そう、しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの」

優しい微笑で。理解者面をして。
知佳はしおりに慈雨を降り注ぐ。
しおりにとって、それら少女の挙動の全てが不快であった。
許せるものではなかった。

「ちがうもん!」

怒りの反論と共にしおりは大地を蹴った。
低い弾道で跳躍、知佳に突進。
対する知佳は、反応が一歩遅れた。
回避は間に合わなかった。
サイコバリアも間に合わなかった。

しおりの頭頂部が、知佳の鳩尾に着弾する。
知佳は数メートル吹き飛び、背を瓦礫にぶつけ。
転倒し、悶絶した。

691あり/なし(5/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:10:39
 
「しおりは【まがき】だもん! にんげんじゃないもん!」

芋虫の如く転がる知佳を見下ろして、人差し指を突きつけて。
しおりは決意を表明する。
知佳へと宣戦を布告する。

「しおりは、ゆうしょうするんだから!
 ゆうしょうして、マスターを生き返らせるんだから!」

漸く膝立ちとなった知佳が、えづきをこらえて向き直る。
向き直って、興奮に身を振るわせる童女の瞳を見やる。
しおりは知佳の視線を円らな瞳でまっすぐ睨み付けている。
その目線から、強い思いが伝わってくる。

【ぜったいぜったい、マスターを生き返らせるんだから!】

しおりの胸に燃えているのは、その一念のみであった。
優勝とはその願望成就の手段に過ぎぬのであると、知佳は解釈した。
ならば他の願望成就の方策を提示した上で、
その可能性の方が優勝よりも可能性が高いのであると納得させたならば、
説得し、味方に引き入れることも可能であると、知佳は判断した。

……してしまったのである。

「優勝なんてしなくてもいいの!
 主催者をみんなでやっつけても、願いは叶うの!」

踏んだ。
知佳はまたしても、しおりの心の侵入しては成らぬ場所を、
そこに埋設してある地雷を、力強く踏み抜いてしまった。

692あり/なし(6/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:12:33
 
「主催者を…… やっつける?」
「今、ザドゥたちは弱っている。力を合わせれば倒せるの!
 優勝するなんて言わないで、お姉ちゃんと一緒に戦おう?」

ザドゥとは、今のしおりが知る唯一の生存者。
ほんの少しのふれあい。それでも。
ぶっきらぼうながらも、確かにしおりの孤独を癒してくれた、恩人。
行き詰まった彼女に優勝への思いを認識させてくれた男。
 
「ザドゥさんを倒す!?」

しおりは、口に出して知佳の提案を反芻する。
反芻しながら理解する。
この少女とは決して相容れないのであると。
この少女を生かしておくわけには行かないのであると。

「そう。だからお姉ちゃんと一緒に行こ?」

ああ、この慈悲深く、愛を一義に置く少女こそ、
幼きしおりにとって最良の守護者足り得るというのに。
心身の両面で、しおりを庇護できるというのに。
 
逆に、しおりという弱者の存在こそ。
目的を果たさんと修羅道に堕ちつつある知佳が、
本性である慈愛の精神を取り戻す契機になるというのに。


―――出会いが、遅すぎた。
.

693あり/なし(7/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:13:20

「そんなのダメぇ!!」

再びのしおりの突撃に、今度は知佳のサイコバリアが間に合った。
しかし、重い。
相当の圧力として、バリアを歪ませている。
昨日の透子の体当たりの比ではない。
プロボクサーのストレート程度の威力は、十分に出ていた。

知佳はバリアの角度を変え、正面突破のしおりをいなす。
しおりは勢いのままつんのめり、知佳の後方にごろごろと転がった。

(ここは一旦引く!?)

知佳は逡巡する。
人で無いことを誇り、優勝を口にし、主催寄りの立場を匂わせる
危険な存在を放置して、果たして逃げ出しても良いものか?
この森のどこかに、身動きの取れぬ恭也が眠っているというのに。

「お姉ちゃんひどいよぅ……」

立ち上がり振り返った、泥まみれのしおりの顔を見て。
知佳の良心が、どうしようもなく、疼く。
こんな小さな子に、なんと酷いことをしているのであろうと、
後悔の念が湧き上がる。
 
「なんで避けるのぉ!?」

幼く庇護欲をそそられる外見に言動。
これには、惑わされる。
頭では危険な相手であると理解していても、
戦おうという意欲がごりごりと削られる。

694あり/なし(8/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:15:41
 
(それが、怖い……)

知佳は知己の顔を思い浮かべる。
人の良い野武彦やまひるであれば。
心優しい恭也であれば。
必ずや説得し、保護下に加えようとするであろう。
自分以上の逡巡や躊躇を見せてしまうであろう。

「こんどこそぉっ!!」

しおりが、再び突進してくる。
知佳はサイコバリアを前面に広げつつ、
しおりに処する結論を結んでゆく。

(もう、この手は穢れてる。だったら……)

人殺しの、それも子供殺しの十字架を、
心優しい彼らに背負わせる必要は無く。

(罪を重ねるのは私だけで十分なの!)

知佳もまた、覚悟を決めた。
決めたと同時に、行動していた。
 
「ぎっ!?」

テレキネシス。
ランスに叩き込むのを見送った引き絞ったそれを、
透子には決して放たなかった本気のそれを、
知佳はノーリアクションで、しおりのレバーにぶち込んだ。
この上なく明確な、反撃の狼煙であった。

695あり/なし(9/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:16:58
 
なんということであろうか!

主催者たちがゲームの最終決戦と想定していた戦いが、
条件を満たさぬままに、開始されてしまったのである。
 


「ふ………………」
 
凶と化したとは言え、臓器は臓器である。
肝臓とは急所である。
故に、しおりは悶絶した。
視界の外、意識の外から襲い掛かった未知の衝撃に、
しおりはお嬢様座りで、へたり込んだ。

「ふぇ……………」

そして、泣いた。あっけなく。
泣いて攻撃の手を止めた。

「……ぇえっ……」

恐ろしいほどの身体能力はあれど、やはり子供。
知佳は、そう安堵した。
その安堵が間違いであったと知佳が気づくのに、
時間はさほどかからなかった。
 
「ふえええええん! いたいよーーー!!」

696あり/なし(10/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:19:13
 
散った涙が赤く染まっていた。
周囲の気温がにわかに高まった。
しおり涙は炎となり。
その身を包む盾と化し。
脅威として牙を剥く。

泣いたら負け。
その法則はしおりには通用しない。
泣いてからが、本番なのである。

「!!」

警戒し身構える知佳の眼前で、
無警戒に泣きじゃくるしおりの炎密度は増してゆく。
そうして、しおりの全身が炎に包まれて。

前哨戦は終わり、本戦が幕を上げた。

「おねえちゃんなんかああ!! しんじゃえぇぇ!! しんじゃえぇぇ!!」

金切り声を上げて、しおりが知佳へと突撃する。
イジメられっ子が泣いて、キれて、踊りかかる。
ぐるぐると腕を回して、ウェイトの乗らぬ拳を打ち付けんとする。
そこかしこの公園で見られる普遍的な光景だ。

今のしおりも、ただ、それだけだ。

違うのは、しおりの全身が炎に包まれていること。
パンチは並の格闘家程度の威力があること。
拳は瞬時に皮膚を焼く温度を伴なっていること。

697あり/なし(11/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:20:34
 
その三点が加点されれば、微笑ましい行為はがらりとその態を変える。
明らかな威力となり、命の危機にまで及ぶことになる。

しかし知佳は冷静だった。
昨晩の連戦に、鍛え上げられた彼女の精神に動揺は現れず、
炎の異能に怯えることなく、冷静に対処できていた。

「またぁっ!?」

炎の脅威が有れども、無けれども。
結局、知佳にとってことは同じであった。
サイコバリアでしおりの突撃を防ぎ、
バリアに角度をつけることでいなす。
いなした背中に念動波をぶつける。
やるべきことは、それだけである。

「あぐうっ!!」

なぜならば。
しおりには、工夫がない。
しおりには、戦術がない。

それを責めるのも酷な話ではある。
凶としての卓越した異能と身体能力を得たところで、
その元になっているのは、平和な現代日本に住まう、
はにかみやで内気でおしとやかな童女でしかなき故に。

「ああっ、もうっ!!」

698あり/なし(12/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:21:34
 
それでも、宣戦を布告してしまった以上。
優勝を目指してゆく以上。
闘争相手に手加減や目こぼしなどがある筈も無く。
一定以上の能力を持つ相手にとっては、
しおりなどは体のいいカモでしかない。

「なんでっ! あたらないのっ!!」

廃屋という名のコロシアムに、観客は存在せずとも。
知佳とは、マタドールであった。
しおりは、闘牛であった。
華麗に捌くサイコバリアこそ真っ赤なムレタで、
無駄なく投じるテレキネシスこそジャベリンで、
優雅なステップはダンスマカブルであった。

「痛ぁぁい!!」
「酷いよー!!」
「やめてぇ!!」
 
それもはや、闘争などではない。
儀式である。
祭典である。
勝負の形を模した、生贄のショーでしかない。

誰の目にも勝敗の趨勢が明らかであるにも関わらず。
愚鈍な牛の幼い思考能力では、そんな当たり前の現状認識すら不可能であり。
唯ひたすらに、滑稽なほど、突撃を繰り返すのみであった。

699あり/なし(13/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:22:39
 
(なんで…… なんでまだ立ち上がるの?)

何度、何十度とテレキネシスを叩き込んでも、
しおりの闘志は衰えず、突撃の手も緩まらぬ。
全身を纏う炎は度ごとに充実していく。

それでも、戦局自体に変わりない。
決して千日手に陥ったわけではない。
しおりの体力は徐々に磨り減っては来ている。
凶とて決して、不死ではないのである。

十分後か、一時間後かは判らねど。
ただ、反復するだけで。
機械的に処理するだけで。
いつかはしおりは倒れ伏し。
勝利の女神は知佳に微笑む。


その、知佳の反復の手が、はたと止まった。

 
(あれは……!?)

風に流された紅涙によるものなのか、
吹き飛ばされたしおりが接触したものなのか。
煙が、昇っていた。
小屋に程近い枯れ木が、燃え始めていた。

700あり/なし(14/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:23:24
 
知佳はその炎から連想する。

(昨晩の、あの森林火災は……!)

連想は瞬時に解答に辿り着き、推論まで飛躍した。

(ここはどこ? ……森の中。また火災になる?
 この森に、どこかの小屋に、恭也さんがいるのに?
 恭也さんは動けないのに?)

「いけない!」

咄嗟の行動であった。
知佳は上半身を捻り、湾曲する念動波を燃える枯れ木の背からぶつけ、
破裂した井戸ポンプが生じさせた小屋跡の水溜りへと、吹き飛ばした。

死の舞踏が、ステップを逸した。

しおりに策は無い。
相も変わらずバカの一つ覚えの突進を繰り返しているのみである。
しかしその突進が、知佳が消火に念動を集中させた間隙を突いて。
否。隙を突こうとする意識すら無かったにも関わらず。
バリアを介さぬ知佳の柔い脇腹に衝突したのである。
血まみれの闘牛の角が、マタドールに突き刺さったのである。
 
「あああっ!!?」

灼熱を脇の下で感じた瞬間、サイコバリアが再発動し、
しおりは大きく側方へ弾かれた。
一秒にも満たぬ接触。
その接触が、呼び水となった。

701あり/なし(15/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:24:24
 
先刻、知佳が民家から調達した上半身の着衣。
ブラウス。サマーセーター。
共に化学繊維によって織られたものであり。
化学繊維とは、燃えるより先に、溶けるのである。

「うぐっ!!」

沸騰したコーヒーの色と温度を持ったタールが、
スライムの如く知佳の体にべとりと張り付く。
肌の焦げる音。皮膚の溶ける臭い。
体の左側面から発生した熱源は、着衣を伝染し、溶かし、
溶岩流の如くその範囲を広げてゆく。

「えいえいーーっ!!」

しおりの再突撃を、知佳は転がってかわした。
さらに、二転、三転。
ごろごろと転がりながら、崩落建材に皮膚を切り裂かれながら、
知佳は、ぬた場の如き泥まみれの水溜りに、身を投じる。

煙はさほど上がらなかったが、知佳の着衣の融解伝染は収まった。
収まったがしかし、タールと泥が、知佳の脂肪や筋肉と溶け合っていた。
漸く追いついた痛みに知佳は顔をゆがめつつも、
しかし、冷静さは失っていなかった。

エンジェルブレス展開。
垂直飛翔。
高度五メートルで停止。
警戒待機。

702あり/なし(16/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:25:39
 
しおりは上空の知佳に掴み掛からんと、幾度も跳躍する。
しかし、三メートル弱の高さが身体能力の限界であった。
それでも、何度も、諦めることなく。
真下の泥土から、愚直に垂直跳びを繰り返している。

知佳は待っていた。痛みと悪臭に耐えて待っていた。
しおりが泣き止み、紅涙が霧消する時を。
周囲の木々に燃え移る可能性がゼロになる時を。
その時をこうして、安全地帯で待った後に―――

(―――この子を、森から引っ張り出す)

恭也が目覚めることなく横たわるこの西の森にての、
火災の再来だけは避けねばならない。
知佳がなにより優先しているのは、それであった。
眼下の童女を屠るのは、その後でよい。
別の、もっと安全な場所で行うのがよい。
知佳は適度にしおりに意識を向けつつ、その誘導先と殺害方法を検討する。

「ずるいずるいぃ〜〜っ!!」

さすがに届かぬことを悟ったのか、
しおりが地団駄を踏んで、悔しさを露わにしていた。
その目にはもう、光るものはなかった。
纏う炎の揺らめきも、陽炎と消えていた。

状況を確認して、知佳はすかさず声をかける。
それを断られることを見越しての、偽りの講和を。

「しおりちゃん、戦うの止めにしない? このままばいばいしよ、ね?」
「そんなのダメだよ。しおりは優勝しなくちゃいけないんだから」

703あり/なし(17/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:28:40
 
更に知佳は餌を撒く。
しおりに有利を感じさせ、追跡させる為の弱気なセリフを。

「じゃあ…… お姉ちゃん、逃げるね。もう疲れちゃったから」
「なんで逃げるのぉ!? しおりにやっつけられてよぅ!!」

知佳は身を翻し、偽装逃亡を開始する。
届きそうで届かない、ギリギリの高度と速度を維持しながら。
しおりは着いてくる。凶の機動力で。
獣相が表すが如く、鼠のすばしこさで。

読心などを使わずとも、幼くちょっぴりトロい童女の思考を
誘導することは、知佳にとって容易いことであった。

(これでいい……)

知佳は痛みに身を震わせつつも、高度を維持。
しおりが追跡可能な速度を保ちつつ、舵を南へと取った。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(ルートC・三日目 PM3:00 A−6 海岸線)
 
しおりの耳朶を撫で摩るのは、潮騒。
しおりの鼻腔をくすぐるのは、磯の香。
島の果てが、大海原が、近づいていた。

704あり/なし(18/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:29:35
 
森を脱し、道路上を西にひた走り十分余り。
しおりは未だ、知佳に追いつけないでいる。
走っても走っても、目の前を飛んでいる知佳の背中に届かない。
それでも、しおりは追い続けた。
小さな胸いっぱいに、確信を持って。

(勝てる! あのお姉ちゃんに!)

それは知佳が、ふらふらと飛行しているから。
それは知佳が、はあはあと肩で息をしているから。
左上半身を灼熱のタールに蹂躙されたダメージが、明らかであるから。
故に、しおりは確信するのである。
今すぐには捕まえられなくても、追い続けさえすれば、
いずれ知佳は力尽き、地に落ちるのだと。

「っっ…… 頭がくらくらする……」

確かに与えたダメージは大きい。
しかし知佳が見せている醜態は、聞かせている弱音は、罠である。
他の生存者であれば、すぐに感づくであろう猿芝居である。
しかししおりは、そんなあからさまな誘いに気付けない。
年相応な人を疑うを知らぬ純真さが、未だに残っている故に。

「もう限界、近いかも……」
「まてまて〜〜!」

知佳は緩やかに高度を下げながら不安定に飛び続け。
しおりはペースを落とすことなく安定して追い続け。
整然と並んだ松の防砂林を抜け。
緩やかに傾斜する砂浜に達すると。
その向こうには、一面の水平線が眩しく煌いていた。

705あり/なし(19/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:30:31
 
一瞬、潮風が強く吹く。
その風圧に負けたのか、知佳の背中の羽根が、消滅した。
と同時に膝から波打ち際に落下して。
そのまま、前のめりに転倒した。

力尽きた―――
少なくともしおりの目にはそう映った。
凶の尻尾が、ピンと立つ。

「どっかーーーん!!」

これまでの突撃で、最も勢いのある、最も威力の高い突撃であった。
まともに食らえば内臓は破裂され、背骨すら粉砕されるやも知れぬ、
恐ろしき野獣のヘッドバッドであった。
しかし、飛び掛った知佳の背面には、
既にサイコバリアが張り巡らされていた。

知佳の背で、しおりが弾む。
地面に対し斜め35度程に張られたそれは、
しおりの進行ベクトルを斜め上方に変化させ。
人、ひとり分ほど空中に浮いた時点で。

「ばいばい、しおりちゃん」

バリアを展開したまま、知佳の体も宙に浮いた。
知佳の背にはどす汚れた羽根が力強く鳴動している。
その羽根を見て、漸くしおりは気付いた。
疲労の余り羽根を維持する力が失われたのではなく。
知佳の意志によって羽根を引っ込めていただけなのだと。
つまりは、ハメられたのだと。

706あり/なし(20/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:31:07
 
その気付きも後悔も、次の瞬間に受けた衝撃で全て吹き飛んだ。
サイコバリアを前方に展開したままでの、知佳の下方からの突撃。
その一撃でしおりの軽い体は更に浮き上がり、半回転。
それだけでしおりは、天地左右の認識がシェイクされてしまった。
そこからは、もう。
それまでの鬱憤を晴らすが如き、知佳の空中コンボであった。

知佳はがつがつと、制御を失うしおりを弾き。
弾き。
弾き。
弾き飛ばした先は、浜辺から100メートル以上は離れた
沖合いであった。

「わぷっ!!」

空中乱舞で目を回していたしおりは海に落下し、沈み込んだ。
塩水をしこたま飲み込んだ。
目を回す。
足が付かない。
その事実が、しおりの恐慌を産んだ。
水面へ。海上へ。しおりは酸素を求め、もがく。

(いきを…… いきをしないと!)

海面は見えている。
すぐそこに見えている。
あと一かきで、届く位置である。
しかし、どれほど手でかいても、
足で蹴っても、首を伸ばしても。
その数十センチが、縮まらぬ。

707あり/なし(21/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:32:43
 
(何で? 何ですすめないの!?)

そんなしおりの足掻きを、彼女が沈む海の上空低くから、
感情の篭らぬ目で見つめるのは仁村知佳。
眉間に寄せられた縦皺は、水面に向かって伸ばす両腕は、
特に集中して念動力を発揮している証である。

しかし、念動の特徴たるシャボンの泡の如き空気のうねりは、
知佳の周囲数十メートルの宙空のどこにも、見当たらぬ。
なぜならば。
知佳渾身の念動力は、海中に発動している故にである。

サイコバリア。
それを、知佳は発動させている。
四方、三メートルの正方形。
彼女の身を守るべく展開される場合に比して、凡そ倍のサイズであった。
呼吸をせんとがむしゃらにもがくしおりの浮上を阻止する為に。
防壁としてではなく、落し蓋として応用している。

海に沈め続けて、溺死させる―――

これこそが。
仁村知佳が計じた、しおりの殺害方法であった。

知佳も、非情な作戦であることは理解している。
水死とは、数ある死の中でも有数の苦しみを誇るのだと、
何かの本で目にした覚えもある。
それを、年端も行かぬ子供に用いている。
非道どころか、外道の所業である。
手を下している知佳自身が、誰よりもそう思っている。

708あり/なし(22/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:33:25
 
「それでも私は、確実性を取る」

知佳は罪の意識に飲み込まれそうになる己に言い聞かせる。
してはならぬこと。油断と逡巡。
その為には。心に隙を産まぬ為には。

「心を閉ざせばいい。感受性を殺せばいい。
 目的を達する為の、機械になればいい」

じゅうじゅうと音を立て、海水が蒸気を立て始めた。
おそらくは、しおりが再び紅涙を撒き散らしている。
円らな瞳から、涙をぽろぽろと零している。

それほど、苦しいのであろう。
それほど、恐ろしいのであろう。

「……」

知佳は、涙を流さない。
知佳は、耳を塞がない。

研究員が試験管を見つめる眼差しで。
サイコバリアの手を緩めず、意識を切らさず。
しおりが決して浮上せぬように、意識を凝らして。
凶の命を、削り続ける。

709あり/なし(23/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:34:28
 
 

五分――― 水蒸気は止まるところを知らない。



十分――― しおりはもがき、苦しみ続けている。



十五分―― 知佳は、無表情のまま、じっと水面を見つめている。



二十分―― やがて、水蒸気は少しずつ勢いを減じ。



二十五分― ついに、水面は静かに凪いで。



三十分―― 知佳がサイコバリアを取り除いても。



三十五分― しおりは、浮かび上がって来なかった。
 
.

710あり/なし(24/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:37:04
 
知佳は無表情のまま、それでも蒼白な顔色で、ノロノロと島へと戻って行く。
疲労感の凝縮されたしわがれた声色で、戦闘の終了を確認しつつ。

「おわ…… った……」

純白であった背中の羽根は、どす黒く穢れていた。
烏の塗れ羽の如き光沢などない。
凝固した血液の如き乾ききった黒であった。

―――しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの―――

知佳は思い出していた。
自分が今しがた殺害を終えた童女に対して吐いた台詞を。

「ふふ……」

表情を失っていた知佳の口角に、笑みが宿った。
それは自嘲なのか、心の均衡を失いつつある前駆症状なのか。

「『人間だよ』、か。 私なんかが、よくそんなこと言えたよね」

不確かな羽ばたきで、砂浜を横切ったところで、
知佳は一度だけしおりの沈む海を振り返り。

「しおりちゃん。やっぱりしおりちゃんは、人間だよ。
 ひとでなしなのは、お姉ちゃんの方だもの……」

ぽそりと、呟いて。
防砂林の向こうへと、姿を消した。

.

711あり/なし(25/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:37:48
   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)

凶の性能とは、血の主の位と作成の方法、および
ベースとなった生物の能力との乗算によって決定される。
 
血の主の位とは、二種類。
最上位の五人、ロード・デアボリカ。その下位の貴族階級、24デアボリカ。
作成の方法もまた、二種類。
血を吸って作られたものが、上級。爪を刺して作られたものが、下級。

凶しおりは、確かに知能身体供に未発達な童女から成っている。
その点においての力不足は否めない。
しかし、血の主は最上位のロードたる闇のアズライトであり。
しかも必要以上に血を啜られた固体である。
こと、生命力に関しては。
人間の感覚からすれば、殆ど不老不死であると言っても差し支えない。

例え、自発呼吸が止まっていたとしても。
肺胞に海水が充満していたとしても。
命が失われるには、至っていない。
しかし、回復力を発揮できるほどの余裕も無い。

明け方まで灰かぶりのシンデレラとして眠っていた童女は。
夕闇迫る今、海底に潜む人魚姫として、静かに眠っている。

均衡した仮死状態のまま、ただ、沈んでいる。


          ↓

712ひとであり/ひとでなし(情報 1/1) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:38:22
 
【現在位置:A−6 砂浜 → D−6 西の森外れ・小屋3】

【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①小屋組に合流し、恭也に世色癌を飲ませる
      ②手持ちの情報を小屋組に伝える
      ③手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める】
【所持品:世色癌×2、テレポストーン×2、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(大)、脇腹銃創(小)、右胸部裂傷(中)、左上半身火傷(大)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】



【現在位置:A−6 海底】

【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
      ①ザドゥに会う】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(大)、仮死状態
    ※このまま海底に沈んでいては回復できません
    ※自力脱出できる体力はありません】

.

713名無しさん@初回限定:2011/06/27(月) 05:23:50
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1739506.zip.html

714名無しさん@初回限定:2011/06/29(水) 07:38:11
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1745292.zip.html

715名無しさん@初回限定:2011/07/01(金) 07:08:03
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1751006.zip.html

716名無しさん@初回限定:2011/07/02(土) 21:10:51
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1755966.zip.html

717名無しさん@初回限定:2011/07/05(火) 19:05:40
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1761142.zip.html

718名無しさん@初回限定:2011/07/08(金) 23:30:30
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1770701.zip.html

719名無しさん@初回限定:2011/07/10(日) 18:16:21
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1776341.zip.html

720名無しさん@初回限定:2011/07/12(火) 07:04:35
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1781352.zip.html

721名無しさん@初回限定:2011/07/14(木) 07:29:01
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1787276.zip.html

722名無しさん@初回限定:2011/08/08(月) 21:55:58
お久しぶりです。
317話までのまとめをアップしました。
作者さん仮投下時からの修正お疲れ様でした。
まとめサイトの管理人様更新ありがとうございました。

パスはnegiです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1880006.zip.html

723名無しさん@初回限定:2011/08/08(月) 21:57:45
以下10レス、「Yin & Yang」改め「■ & □」を仮投下致します。

次回予定は「宙船-ソラフネ-」。
透子としおりです。

724■ & □(1/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 21:58:52
 
(ルートC・3日目 PM2:00 J−5地点 灯台跡)

細胞が死んでいる箇所があるとする。
この死亡範囲が狭ければ、この表皮の下に健康な血流が確保されていれば、
新陳代謝は、正常に行われる。
しかし、この死亡範囲が広ければ、この表皮の下の血流が阻害されていれば、
手を加えてやらぬ限り、新陳代謝は行われぬ。
肉体機能は再生せぬし、下手をすれば腐食が周囲に広がってしまう。
これ即ち【死点】である。

その死点に、練った生の気をぶつける。
死をより強い生で駆逐する。
新陳代謝の強制促進。
これが生の気による治療の、おおまかな原理である。
いかにもザドゥらしい、乱暴で直裁な手法であると言えよう。

きっかけは、気による治療中に起こった小さな事故であった。

気を練るのは、基本的に神闕にて生じ、丹田にて増幅させる。
中心点に呼吸による攪拌を加え、血流で以って生命力を煥発させる。
生じた気を、経絡を通じて腰から胸、胸から腕、腕から掌へと流す。
その、腕から掌への経絡移動のプロセスの何処かで、
流れていたはずのザドゥの【生の気】が、変質したのである。

(ぬ!?)

それは、ザドゥが経験したことの無い、どす黒い気であった。
戦闘時に、破壊の意志を込めて生み出す【死の気】ともまた違った。
【死の気】が、爆裂する熱と勢いを持つものとするならば、
ここに生じた気とは、閉塞した冷たさと停滞を伴うものであった。

725■ & □(2/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 21:59:35
 
(これは良くない。己の体に当てては成らぬ。直ちに排出せねば!)

直感に従い、ザドゥは得体の知れぬ気が駆け上る左腕を、
治療の為に押し当てていた右腿から外し、地面へと押し付けた。
親指の付け根には、地面ならぬ野草の柔らかく、瑞々しき感触。
その生命を感じさせる感触が気の放出と共に、失われた。
かさりと乾いた感触に、取って変わられた。
腕を上げたザドゥがそこに見たものは、枯れ、萎れた野草であった。

(なんだ…… この顕れは?)

知らぬ気の、知らぬ効能に、ザドゥの脳髄は揺さぶられる。
揺さぶられつつも、当代一流のグラップラーの嗅覚は反応した。
この変質の、効能が意味するところの本質を嗅ぎ分けた。

(草を枯らし、血の巡りを止める気……
 この気こそ、【死の気】の名に相応しい有り様ではないのか?)

死光掌、狂昇拳を始めとする、【死の気】を込めた攻撃。
それらの顕れは、単純に表現するならば、爆発である。
放出を強烈な衝撃と変ずるのである。
相手に破壊を、突き詰めれば死を与えるエネルギー。
故にザドゥは、その師匠は、数多の拳法家は、それを【死の気】と断じた。

仮に、この気を雑草に放出したならば。
葉が千切れ飛び、吹き飛ぶという顕れとなる。
決して、草を枯らすことは無い。
 
気を用いた格闘術で闇世界の頂点に立った程の男である。
それほどの男ですら、知らぬ事象であった。
彼の知る【気】の常識ではありえぬ状況であった。

726■ & □(3/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:00:22
 
(知るべきだ。突き詰めるべきだ。この気を。新たな可能性を)

ザドゥはトレースする。
今の異様な気の流れ、そのプロセスを。

深呼吸。肺。酸素。心臓。血流。廻りて、神闕。
リンパ。気の練磨。発生。増幅。落して、丹田。
回転。螺旋。揚力。増幅。一呼吸気の完成。
経絡。上昇。再び、神闕。
神闕。経絡。檀中。胸。
檀中。経絡。天突。鎖骨。

(うむ、ここまでは常と変わらぬ。
 この先だ…… この先のどこかで、変質したのだ)

天突。経絡。大椎。肩。
大椎。経絡。臑会。二の腕。
臑会。死点。変質。天井。肘。

(!?)

変質の際を、ザドゥは捉えた。
始点は、死点と化した経絡であった。
ザドゥが治療を見送っていた、二の腕の重度の火傷。
そこに隣接する血流が滞り、死点が拡大。
経絡の一部にまで侵食を開始していた。
それに気付かずに気を流した故に変質が生じたのである。
 
(死点と化した経絡だと!?)

727■ & □(4/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:02:10
 
その驚愕に、ザドゥは流している気のコントロールを失った。
気が、死点と化した経路で膨らみ、停滞する。
渋滞となった【変質した気】―――【死の気】に、後続の【生の気】が衝突する。
そこに産まれたものは、均衡であった。
均衡であり、鮮烈な輝きを発する更なる【未知の気】の発生でもあった。
その均衡の中には、正も負も存在しなかった。
それら全てを飲み込んで余り有る混沌が、確かにあった。

(ぬ!?)

次の瞬間、刹那の混沌は弾けて消えた。
生の気も死の気も、腕の死点から消え失せた。
それは常の治療の結果である、生の死に対する勝利ではなかった。
治療の失敗を示す、死の生に対する勝利でもなかった。
生と死が、陽と陰が。
完璧に均衡した上での、対消滅であった。

(見た…… 俺は、知った! 【気】の最果てを!)

ザドゥは興奮に打ち震える。
大発見であった。
気を用いた格闘術で頂点とされていた到達点のさらに上がある事への、
その手段を偶発的ではあれ、己が独自に見出したことへの、興奮であった。

気の発祥。
易の宇宙生成論、周易繋辞上伝に曰く。

728■ & □(5/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:04:29
 
『易有太極。 ―――易に太極あり
 是生兩儀。 ―――これ両儀を生じ
 兩儀生四象。 ――両儀は四象を生じ
 四象生八卦。 ――四象は八卦を生ず
 八卦定吉凶。 ――八卦は吉凶を定め
 吉凶生大業。 ――吉凶は大業を生ず 』

分裂に分裂を重ね、あらゆる存在が生じているが。
源流を遡上すれば、全ては究極の一に辿り着く。
世界の成り立ちを簡潔に示す啓示である。

ザドゥは、死光掌こそ、太極であると思っていた。
気の極みであるのだから、唯一絶対なのであると盲信していた。
その勘違いに、今、ザドゥは気付いたのである。

(そして、はっきりと判った。
 死光掌とは【太極】に位置する奥義などではない。
 陰陽二極の一、【太陽】の極みに過ぎぬ!)

生の気――― 両儀の陽。正。□。
死の気――― 両儀の陰。負。■。
根元の太極から万物を象徴する八卦に至る中間の過程として表れる、根源の嫡子たち。

ザドゥを始めとする気功師たちの長きに渡る不明の根源は、ここにあった。
その両儀の陽を、□を、親たる太極であると誤解していた。
一段下の存在を、最上位であると妄信していた。

故に、彼らの思う陰陽二極もまた、一段下がる。
両儀ではなく、四象。
□より生ずる□□と□■。
■より生ずる■□と■■。

729■ & □(6/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:05:57
 
その、□□を【生の気】と呼び。
その、□■を【死の気】と呼んでいた。
そこが根本的に違った。

(そもそも、健勝なる【生の体】から【死の気】を生み出せる訳が無かったのだ。
 生命から生じる気は全て生。両義の陽。
 両義の陽から分け出ずる【再生】と【破壊】の顕れに過ぎぬ)

ザドゥは、壊死の始まった瀕死の経絡から生ずる真の陰の気、■。
或いは、陰から生ずる陰の陰、■■の存在を知って、
己の、先人たちの思い違いに、気付いたのである。
死にかけた体であったからこそ産まれた偶然によって、
数多の先人が到達し得なかった気功の更なる深遠に、足を踏み入れたのである。

(……つまりは死光掌など、通過点ということか)

死光掌―――
この究極奥義はその名とは裏腹に、生の極みであった。
□□と□■を交錯させる、□でしかなかった。

(で、あるならば、だ)

理論で言えば、死光掌に対を成す陰の奥義も為せるはずである。
陰の極みも、またある筈である。
しかし、ザドゥはそこに想いを寄せなかった。
さらなる向こうを見据えていた。
死光掌を超える究極の一。
ザドゥが目指すべきは、そこであった。

(両儀の更なる根―――【太極】)

730■ & □(7/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:06:40
 
ザドゥは、探る。
気の流れを丹念にトレースする。
陰の気を生む為ではない。
陰の気を生んだ上でそこに陽の気を衝突させ、極の気を生む為にである。

試行、幾十度。
錯誤、幾十度。

そしてついに。
ザドゥは再び腕の経絡にて、混沌を生じさせることに成功する。

(やはり、均衡するのだ。
 陰と陽は。
 生と死は。
 単に反目しあうのみではないのだ。
 エネルギーが等しい時、均衡して。
 そして―――)

ザドゥは確かに見た。
偶発的に起きた初回とは違い、始まりから終わりまでを内観できた。
故に直視できた。
生と死が入り混じり、食み合い、溶け合った混沌の気を。
始原の気を。
そして、その気の色とは。

(―――蒼い)

それは、蒼の光。
忌々しき鯨神と同じ光。

731■ & □(8/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:09:52
 
ルドラサウムが、何で出来た、どんな存在の神であるのか。
ザドゥは身震いと共に気付く。
しかしその震えは、恐怖から来るものでは、ない。

(この力は…… 届く)

震えとは、武者震いであった。
この力は、決して届かぬ筈の鯨神に届く力であると。
蚊の一刺しなどではなく、鼻血の一つも吹かせることの出来る力であると。
一筋の光明を見出した故の振戦であった。

(いや、これを極めれば。
 人の身にありながら、神を殴り倒すことすら……)

ザドゥの興奮が気の均衡を崩し、蒼の気は霧消した。
太極は元通りの両儀に分かたれ、さらには四象にまで分かたれた。
実勢は陽の陽、四象の□□に軍配が上がり、経穴の死点は消滅。
気の流れが正常なものとなってしまう。
エネルギー量。ベクトル。出力。
根源の気とは、その全てが完璧に陰陽一対と成らねば保てぬ、繊細な力であった。
繊細にして絶大な力であった。

(ち、なんとも気難しいじゃじゃ馬よ)

ザドゥは、内観する。
死点と化した経穴・経絡を四肢の隅々まで探す。
しかし、無かった。
表皮に近い部分に、アウターマッスルに、死点はいくらでもあるが、
気を巡らせるべき経穴・経絡周辺は元々生命活動が活発であることも手伝って、
あきれるほどに健常であった。

732■ & □(9/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:10:38
 
「ふん、無ければ作るしかなかろう」

ザドゥはそう呟くと、全く無造作に。
ストローでも折るかの如く、無頓着に。
己の左薬指を、折った。
折った上で、捏ね繰り回した。
骨折箇所を中心に死点はすぐさま広がり、
ザドゥの口許には笑みが浮かんだ。

(よし。
 これでコントロールしやすい位置に死点を確保できた。
 あとは訓練あるのみだ)

武器もなく、防具もなく、魔術もなく、神秘も無く。
ただ己の肉体にて戦う者として。
拳者として。
人の肉体の極みに。
生命の神秘の根源に。
ザドゥの手は、届かんとしている。


          ↓

.

733■ & □(情報 1/1) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:11:03
 
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      ①プレイヤーとの果たし合いに臨む】


【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      ①陰陽合一を為す訓練を行う
      ②プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      ③芹沢の願いを叶えさせる
      ④願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)、左薬指骨折】

734名無しさん@初回限定:2011/08/10(水) 20:17:39
新作疲れ様でした。
主催・反抗者どちらが勝っても面白そうな流れになってきました。
今週の月曜日に本投下した分のまとめを再アップしました。
まとめサイトの更新が確認できるまでアップします。
パスは sage です。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1886840.zip.html

735名無しさん@初回限定:2011/08/12(金) 07:29:51
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1893277.zip.html

パスはnegiです。

736名無しさん@初回限定:2011/08/12(金) 12:36:56
なにやらプロバイダ規制の網にかかってしまったようで、
解除まで本スレ投下はありません。

以下8レス、「宙船-ソラフネ-」を仮投下致します。


次回予定は「See you 〜小さな永遠〜/風に負けないハートのかたち」。
恭也、紗霧、知佳が中心です。

737宙船-ソラフネ-(1/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:37:57
 
(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)

仁村知佳去りし後も、しおりは浮かび上がらぬ。
肺と言わず、胃と言わず。
臓器に余すところ無く海水を溜め込んでしまった彼女は、
その比重により、浮かび上がることは無い。
仮に、浮かんでくる機会があるとするならば。
体内で腐敗によるガスが発生するまで待たねばならぬ。

即ち、死なねば、浮かぬ。

その、しおりが沈む海域に、突然。
爆弾でも投下したかの如き波飛沫が巻き起こった。
波濤の中心には、大きく揺れる一艘の小型船舶。
キャビンに茫と佇むは、かつてN−21と呼ばれていた椎名智機の分機。
思惟簒奪者・御陵透子。

今や透子とは船であり、船とは透子であり。
二つの機械に個の別は無く、透子の論理集積回路を元に
完全に一つの機械生命体として機能していた。
Dパーツ―――
あらゆる機構と智機ボディとを融合させる、
神の前報酬の最後の一つを、使用しているのである。

「ん、実験成功」

御陵透子が行った実験とは。
Dパーツで融合した上でのテレポートが可能か否か、であった。
自身と、自身の手で持ち運べるもの。
それが、これまでの能力の限界であった。

738宙船-ソラフネ-(2/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:40:00
 
その壁を、Dパーツにて打ち破れるのではないか。
融合したものが、【自身】と判断されるのであれば、可能であるはず。
透子は一体化している漁船ごとのテレポートを、
しおりの沈む海域の上空2メートルの位置に設定し、
見事これを成し遂げたのである。

そして、もう一つの実験もまた。
船上で年甲斐も無く無邪気にはしゃぐ仲間の存在が、成功を証していた。

「おぉ!? これがトーコちんの瞬間移動か〜、すごいねぇ〜ふしぎだねぇ〜」

両手に底引き網を握った、カモミール芹沢である。

透子のテレポート能力では、人は運べぬ。
自身の手に余る荷物も運べぬ。
しかし、Dパーツで融合した機構が自身だと認識されたのであれば、
その機構に乗り込んでいる人や物資もまた、
自身の力にて持ち運べているのだと認識される筈である。
透子はそう推論し、そしてその推論は正しかった。

(これで、果し合いに於ける私の戦法の幅が広がった。
 そして、私たちの勝利の確率も大幅に上昇するはず)

二つの実験の成功に、魂を振るわせることはなく。
十数度にまで傾く甲板にも次々と押し寄せる高波にも顔色一つ変えず。
透子は実験の先にある戦術に、思いをシフトさせてゆく。
その黙考は、数秒で遮られた。
手に持つ投網をぐるんぐるんと振り回す芹沢の言葉によって。

「トーコちーん、ぼーっとしてないでしおりちゃんの居場所を特定してよー。
 早くしないと死んじゃうかもなんでしょ?」

739宙船-ソラフネ-(3/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:41:01
 
そう。テレポートに関する実験とは透子個人の目的でしかなく。
主催者としての彼女たちの目的とは、瀕死のしおりの救助と確保なのである。

「んー……」

透子は芹沢の要請に従い、漁船との融合を解除。
変わりに無線室にある魚群探知機と融合し、周辺海域にソナーを放った。
反応は、漁船の直下であった。

「網スロー」
「はいはーい♪」
「うえいと10秒」
「おぅけぇー♪」

軽いノリで投網を楽しむ芹沢を尻目に、透子は再び漁船と融合。
ディーゼルエンジンを起動し、ぽんぽんと数メートル前進した。

「お、手応えあった。揚げるね、トーコちん」
《あー、そもそも、水揚げとは芸妓遊女が初めて客と寝所を共にすることを……》
「いやらしいのは、のー」

暇を持て余して付いて来たカオスの懲りない猥談を尻目に、
芹沢はえっさーほいさーと掛け声高らかに投網を地蔵背負いに引き上げる。
はたして彼女の手応え通り、網の底には身を丸めたしおりが掛かっていた。
引き上げた網を開き、しおりは甲板に鮪の如く水揚げされる。

「息してないねぇ…… ひょっとして、間に合わなかった?」
「のー、弱いけど心拍はある。仮死状態」
「じゃあ人工呼吸かな?」
《行けいカモちゃん! 波間に百合の花を咲かせてみせい!》

740宙船-ソラフネ-(4/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:41:22
 
なにやら考え事をしつつ呆けている透子を尻目に、
芹沢はしおりを仰向かせ、蘇生行動を開始した。
幕末動乱の時代に血で血を洗う抗争に明け暮れていた芹沢にとって、
心臓マッサージも人工呼吸も、手馴れたものであった。
しかし。
心圧迫の一押し目で、しおりは、口から海水を吹き出した。
十度押して、十度吹き出した。
人工呼吸の為に口をつけても、同じであった。

しおりが飲み込んでしまった海水とは、比喩的表現などではなく、
字義通りの意味で、五臓六腑に染み渡っていた。
常人であれば紛れもない土左衛門状態。
もはや心肺蘇生法でどうこうできる段階では無かったのである。

「……どーしよートーコちん?」

そのことを悟った芹沢が、不安を隠さぬ揺れる眼差しで透子に次なる手を問うた。
それを受けて、透子は。
まるで変わらぬ飄々とした口調で、選手交替を宣言した。

「任せる」

短くも力強い断言に、芹沢が安堵を憶えたのは束の間に過ぎなかった。
言葉と共に透子が懐から取り出したのが、銃器であった故に。
その筒先が、動かぬしおりに定められた故に。

「ちょ、何するのとーこちん!」

ぱん、
ぱん、
ぱん。

741宙船-ソラフネ-(5/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:42:05
 
グロック17の軽快な銃声、三連発。
穿たれのは、しおりの両の肺腑と胃袋であった。
吹き出した鮮血がカモミールの頬を赤く染めた。
透子の表情は、変わらずのむ表情であった。

「助けにきたんでしょお!?」

芹沢は、びくんびくんと小刻みに痙攣するしおりと、
波に揺られるに任せゆらゆらと体を揺らしている透子の間に飛び込んで、
しおりをその身で庇うかのごとく、仁王立った。
威嚇の表情で透子を睨み付ける。
透子は少し困ったように眉根を寄せると、短く二言だけ語った。
同時に、カチューシャから伸びる触覚の先が一度だけ点滅した。

「解説員」
「かもん」

自らが装着していたインカムを取り外し、うーうー唸る芹沢に手渡す。
警戒しつつも芹沢はこれを受け取る。
それから数秒。
通信は、遠方の夢見られぬ機械・椎名智機からのものであった。

『Wait、Wait、Wait。
 そう短絡的に物事を捉えてはいけないな、カモミール芹沢。
 透子様はなにもしおりを害する意図で撃ったのではないのだよ。
 むしろこれは救急救命行為であるのだから』
「えぇ〜〜〜〜?」

胡乱げな表情で芹沢は痙攣するしおりを見やる。
三箇所の銃創からは血液が噴き出していた。
しかし、その色は通常の血液と比して随分と薄かった。

742宙船-ソラフネ-(6/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:43:00
 
『つまりは、だ。
 溺れ、沈んでいたしおりの体内には海水がたっぷりと溜まっており、
 これが生命機能を停止させていたのだよ。
 ならば、元凶である海水を排水してやるしか方策はなく、
 手っ取り早い手段が銃撃だったと言うことだね』
「そうかもだけどぉ〜、ぶ〜ぶ〜!」

智機の解説を、芹沢は理解した。
理解はすれども得心は行かなかった。
故にブーイングとなって表れた。

かわいそう、なのである。
痛そう、なのである。

芹沢とは誠に情緒的な感性を有した、母性溢れる女性なのであり。
効率と確率を理詰めで選択する透子や智機の知性とは、
折り合いがつかないこともままあるのであった。
しかし。

「ううん……」

今回の処方に関しては、透子の判断は正しかった。
芹沢の人工呼吸や心臓マッサージではピクリとも動かなかったしおりが、
呻き声を上げたのである。
顔にもうっすらと赤みが差し、自発呼吸も開始されたのである。

「えふっ…… けふっ……」
「……ね?」
「ね、って、ね、ってさぁ…… 息を吹き返したんだし、いいけどさぁ……」

743宙船-ソラフネ-(7/7)(情報 1/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:56:24
 
芹沢はやはり気持ちのどこかが納得行かぬことを態度にて表しているが。
情に惑わず、適切な処置を施せる。
その機械ならではの強みに、軍配は上がっており。
そのことを、己たちの正しさを主張せずにおられぬのが、
椎名智機なるオートマンの浅はかさである。
 
『カモミール芹沢、君の不満は実に理不尽だね。知性の不足を露呈している。
 いいかね良く聞き給え。しおりとはヒトではない。凶という別種の生物なのだよ?
 我々オートマンの論理思考回路は、その点を考慮して銃撃を選択したのさ。
 そもそも貴女という人間は……』

なおもねちねと芹沢を見下す発言を連ねる智機に対し、
透子が取った行動は、インカムの電源オフであった。

「くどい」

透子の短い感想と同時に。
現れた時と同じく、何の前触れも無く、漁船は掻き消えた。
揺れる波紋のみを置き去りに、しおりをその背に乗せて。


          ↓


(Cルート)
【現在位置:A−6 海上 → J−5 地下シェルター付近 海上】

【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      ①プレイヤーとの果たし合いに臨む
      ②しおりの保護】

744宙船-ソラフネ-(情報 2/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:57:25

【監察官:御陵透子(N−21) with 小型船舶】
【スタンス:願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
      ①しおりの治療
      ②果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、カスタムジンシャー、
     グロック17(残弾14)、Dパーツ】
【能力:記録/記憶を読む、
    世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】

【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:①ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)
      ②しおりの治療】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
     魔剣カオス】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折(固定済み)、全身火傷(中)】


【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、カスタムジンシャー、グロック17(残弾17)×2】
【スタンス:①【自己保存】】

【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、意識不明、両拳骨折(中)、水溺(大)、両肺及び胃に銃創(中)
    ※戦闘可能まで24時間ほどの休息を必要とします(素敵薬品込み)】

745 ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:41:45
本スレにてのご支援、ありがとうございました。

以下22レス「See you 〜小さな永遠〜/風に負けないハートのかたち」
を仮投下致します。

次回予定は「椎名智機、脱落。」もしくは「きせきなんかいらない」。
智機vsしおりです。

746See you 〜小さな永遠〜(1/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:44:10
 
【タイトル:See you 〜小さな永遠〜/風に負けないハートのかたち】
 



  ♪ きっと さよならから始まる日は

   
  ♪ そっと 優しさに包まれて訪れる

   
  ♪ 君は 振り向かずに歩きはじめる―――



.

747See you 〜小さな永遠〜(2/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:45:00
 
(ルートC:3日目 PM6:30 D−6 西の森外れ・小屋3))

「誰か俺を、呼びませんでしたか?」

カッと、恭也の目が見開かれた。
時間にして八時間ぶりの覚醒であった。

「ええ、呼びましたよ呼びましたとも。
 皆が何度も何度も何度も、何度も!」

すぐ脇に控えていた月夜御名紗霧が、乱暴な口調で、
しかし心底嬉しげに、問いに応えた。

「な? 紗霧ちゃん。世色癌ってのはこういう薬なんだ」
「今回だけはなんでも有りなファンタジーに感謝ですね」

そんなやり取りを小耳に挟みつつ、恭也は肘をつき、腰を起こす。
挙動は緩慢にして不確か。
常に気を張った鋼入りの男にしては無様な様相であった。
しかし如何に無様であろうと、死人の如き意識不明の八時間のことを思えば、
それは奇跡の生還であり、常識では有り得ぬ回復であった。

「俺が命を繋げたのは、きっと貴方たちの尽力によるのだろう」

恭也は床を抜け、正座にて畳に腰を下ろす。
三つ指をつき、頭を下げた。

748See you 〜小さな永遠〜(3/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:48:17
 
「有難う、みんな。心から、感謝する」
「おう、俺様が命の恩人様だ。死ぬほど恩に着ろ!」

得意気にふんぞりかえってたのはランス。
恭也の覚醒は彼が持ち帰った世色癌二粒の恩恵に拠った。
仁村知佳が託された世色癌では無いのである。

「早速だが、俺が眠っている間に起きたことを知りたい」
「いいでしょう。浦島太郎気分を存分に味わうと良いです」

森林火災の鎮火。素敵医師の死。レプリカの全滅。果し合い。秘密の道具。
情報を欲する恭也に、紗霧が朝から晩までに起きた出来事を伝える。
ただ一つ。
ランスと知佳の邂逅については、伏せられていた。

仁村知佳がここに向かってから、既に四時間。
彼女の飛行速度を鑑みれば、多少道に迷っても三十分とかからぬ道程の筈。
であるにも関わらず、未だ知佳が到着しておらぬということは、
その途上で移動を中断せざるを得ぬ何かがあったのだと考えられる。
最悪の可能性が高い。
その心労を、病床にある恭也に味わわせたくない。
まひるが提案し、皆が優しい嘘をつくことを受け入れていた。

「じっちゃん、山小屋でお泊りだってさ」
「神語りの書は?」
「見つけてないっぽい」

野武彦との通信を終えたまひるが、カラカラと引き戸を開けて、
食卓の間から居間へと顔を出した。

749See you 〜小さな永遠〜(4/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:49:02
 
「うぅっ!」

角度を変え、足元のまひるに向き直ろうと腰をひねった恭也が、
呻きと供に顔を顰めた。
ぎりりと軋むは、かみ締められた奥歯。

「だ、だいじょぶ?」

めったな事では痛み、苦しみを表情に出さぬ恭也のこの不覚。
紗霧とまひるは思わずにじり寄る。
恭也は呼吸を整え、感嘆のため息を一つ。

「これほど、俺の体幹は痛んでいたのか……」

しかし、この痛みは、忌避すべきものではない。
漸くにして、濃厚なモルヒネの薬効を脱し、
痛みを感じられるほどの身体能力を取り戻した証であるのだから。

そして、回復したものは、もう一つあった。
体温である。
恭也の額には、ふつりふつりと玉の汗が滲み出していたのである。

「体温も戻ったようですね」

事実、危ないところであった。
それが今や、一般的に言う【重傷】程度の傷病状態まで戻っていたのである。
すでに、命の危機は過ぎ去ったと言えよう。
己の体を苛烈な修行により知り尽くした彼であれば、我慢の達人である彼であれば。
万全ではなくも、明晩の果し合いにて、戦力として立ち回る事が可能であろう。

「外の風が吸いたいので……」

750See you 〜小さな永遠〜(5/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:50:10
 
恭也は左腕で額の汗を拭いつ、腰を浮かした。
やかんの水蒸気で湿度は保たれているとはいえ、
半日もの間、締め切られ暖められ続けた居間である。
新鮮な空気を求めるのは、生物としての基本的な欲求といえた。

「私が付き添いましょう」
「かたじけない」

紗霧が肩を貸し、二人は立ち上がる。
しずしずと、音もなく。
ゆったりとしたペースで、進む。
玄関を抜け、井戸を回る。
宵闇の中、月だまりを求め、歩く。

「良い、月ですね」
「ほんとうに」

紗霧の思考は、止んでいた。
紗霧の心は、凪いでいた。
柔らかな月光。
恭也の重み。
体温。
呼吸。
何一つ考えず、それらを感じ。
何一つ考えず、受入れていた。

高揚感はない。浮揚感がある。
緊張感はない。安堵感がある。
優しく静謐な時間が、紗霧を包んで、
しずしずと流れてゆく。

751See you 〜小さな永遠〜(6/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:51:14
 
その柔らかな時間を止めたのは、恭也であった。

「ああ……」

恭也が漏らした溜息に、紗霧の意識が現実へと引き戻された。
紗霧はまず恭也の顔を見上げ、次いで恭也が見上げる先へと、視線を移した。

糸杉であった。

今、彼らが立っている位置とは。
恭也が紗霧に対して、己の意図を赤裸々に語り。
二人の視線の行き着く先の一致を確認し。
技能と知能を拠り所とした、心の伴わぬ契約を交わした。
その、場所であった。

「ふふ……」

紗霧が笑う。
くすぐったそうに。
今まで誰にも見せたことの無い、はにかんだ笑みで。
糸杉に目をやる恭也に、気付かれること無く。

「『俺は月夜御名さんを信用していない』」

ぼそりと、紗霧が呟く。

「『でも、月夜御名さんという才能を信じることはできます』」

恭也が、受け答える。

752See you 〜小さな永遠〜(7/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:51:44
 
紗霧が、息を呑む。
大きく目を見開いて、恭也の横顔を見つめる。

そのやり取りを恭也が憶えていたこと。
今、同じ場所で同じ時を思い出していたこと。
紗霧には、心が重なったように感じられた。
紗霧の胸を、陶酔感を伴う疼きが満たした。

その疼きの高まるままに。
月光に酔った心地のままに。
ふわりと心に浮かんだ言葉が、韜晦のフィルターを解さぬままに、
紗霧の口を衝いて、零れ出た。

「ねえ、恭也さん。今のあなたは……」

風が吹いた。

一瞬、強く、西風が。
紗霧の続く言葉は、かき消された。
その風の止む間際に。

「――――!」

恭也の体に緊張が走った。
貸している肩越しに、紗霧にもそれが伝わった。

「どうしました?」
「何者かが、います」

753See you 〜小さな永遠〜(8/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:53:51
 
とはいえ、紗霧は何も感じなかった。
弱冠にして達人の域に達しつつある御神流師範代ゆえに
察することの出来た、隠蔽された気配なのであろうか。
それとも……

「……向こうです」

恭也は顎で気配の方向を指し示しつつ、腕を紗霧の肩から抜いた。
紗霧は触れた外気の冷たさに身を震わせた。
現実感が彼女を飲み込んで、夢心地は吹き飛んだ。
胸中のしびれる感覚は失せ、紗霧は神鬼軍師たる己を取り戻す。

(なんでしょう、この感覚。 ……胸騒ぎ? 虫の知らせ?)

紗霧の不安感と躊躇をよそに、恭也の歩みは迷い無い。
一直線に月だまりを脱し、茂みを掻き分ける。
紗霧はその挙動の力強さにたじろぎつつも、言うべきことは言った。

「恭也さん、病み上がりの体では危険です。
 一旦小屋まで戻り、まひるにでも様子を伺わせましょう」

紗霧の言葉に、恭也は答えない。
まるで何者かに導かれるかの如く藪を漕いでゆく。
紗霧の正体定かならぬ焦燥感はますます強くなる。

「ランス、まひるさん! こちらに来てください、急いで!」

紗霧は援軍を要請しつつも、援軍など要らないのだと直感していた。
胸中で渦を巻く不安感は確かにある。
しかし、その不安感は生命の危機を伴う類のそれではないと、確信していた。
恭也もそれを理解しているが故に、こうして愚直に進んでいるのであろう。

754See you 〜小さな永遠〜(9/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:55:08
 
ぴしりぱしりと、静電気が走るかの如き音がしていた。

思考することに特化し。
それゆえに機転や直感が退化している紗霧である。
その紗霧に、痛いほどの直感が降りている。
それは偏に、紗霧が思考よりも感性を尖らせていたからに他ならない。

(たぶん―――)

さくりがさりと、砂を蹴散らすかの如き音がしていた。

紗霧は恭也を追いかける。
届かぬ背に手を伸ばして追いかける。
決して見失わぬよう追いかける。

(きっと―――)

藪を抜けた先で、恭也が不意に立ち止まった。
藪を抜ける手前で、紗霧が恭也に追いついた。
永遠に届かぬと思われた恭也の背に、紗霧の手は届いた。物理的には。
しかし触れた指先から伝わる感触は、冷たく、硬かった。感覚的には。

(ああ……)

紗霧は知る。滅多に働かぬ筈の己の直感が、完璧に正しかったことを。
紗霧は悟る。やはりこの手は、恭也に届く筈が無かったのだと。
 
藪を抜けた先にある、太い楢の木。
見知った少女が、その背を預け、座り込んでいた故に。

「仁村さん!」

755風に負けないハートのかたち(10/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:55:48
 
「恭也…… さん」

恭也からの呼びかけに一旦は顔を上げて、返答したものの。
知佳はすぐさま俯いた。
恭也の真っ直ぐな眼差しを感じつつも、知佳は目線を逸らしていた。

「その体は……」

恭也は絶句した。
仁村知佳が半裸であった故に。
しかし、そこにエロチシズムは存在しない。
焼け爛れているからである。

「なんて酷い」

右の鎖骨が露出していた。
月明かりが照らしているにも関わらず、その骨は黒かった。
その周辺は、斑に爛れていた。
溶けたサマーセーターが化石燃料と化し、付着しているのである。
臭気も、また強い。
焦げた肉の臭いとゴムが溶けたかの如き臭いが、漂っている。
惨々たる様相であった。

「ごめんね、恭也さん…… お薬、焼けちゃった」

知佳は俯かせた顎を上げることなく恭也の心配を聞き流し。
空疎でか細い自嘲の笑みを零しながら、右腕を力なく前方に伸ばした。
握られていたのは、融解したピルケースであった。

756風に負けないハートのかたち(11/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:56:13
 
「いいんです、仁村さん。そんなことは。それよりもその傷の手当を……」
「近づかないで!」

知佳の鋭い静止を気にも留めず、恭也は知佳を目指して歩み始める。
と同時に、恭也の左頬から一筋の血が流れた。
風に煽られたと思しき枯れ落ちた小ぶりな枝が、掠めたのである。

「これは、一体……」

月明かりに慣れた目で、恭也は知佳の周囲を見渡した。
彼女を取り囲むようにして、木の葉が宙を舞っていた。
舞う葉は空中で何かに切り裂かれ、粉々に砕けていた。
無風であるにも関わらず、渦が知佳を取り巻いていた。

さらによく目を凝らせば―――
念動力の視覚的特長である、薄い油膜の如きうねる虹色があった。
知佳を中心にアメーバの如き伸縮を見せていた。
その伸びる先で、次々と、落ち葉や枯れ枝の破砕が発生していた。

念動力の暴走である。

「ごめん、ね。ちからが暴走しちゃってて……
 自分では止められないの」

仁村知佳が小屋へと向かう途上で、ここに腰を落ち着けたのは、
精魂が尽き果てようとしているが故の移動不能によるものでは無い。
己の本性である優しき心を意志の力で無理矢理抑え込んだが故の、
アンバランスな精神状態が呼び水となった念動力の暴走が、
恭也たちを傷つけてしまうことを、何より恐れた為である。

757風に負けないハートのかたち(12/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:56:53
 
故に知佳は、ここで息を殺し気配を消して。
一人静かに、苦痛に耐えていたのである。

とは言え、今、暴走している念動力は。
昨晩遅くの灯台跡での攻防の折が如き、兇悪な破壊力を有してはいない。
振り回されているのは軽い葉枝や指先大までの小石のみであり、
念動範囲内に疎らに転がっている拳大の石すら動かすことができない程度の
何とも弱々しい暴走でしかなかった。

それは、恭也にとっては幸いなことであった。
しかし、知佳にとっては不幸なことであった。

暴走とは能力のリミットブレイクであり。
であるにも関わらず、通常の発動よりも微弱な力しか出ていないということは。
念動力が精神の磨耗に伴なって、尽きようとしている証左である。
それでも。

「うっ……」

宙を跳ねる小石は恭也の額に衝突し、一筋の血を流させた。
次いでぶつかった枝は恭也の脛を打ち、膝を崩させた。
微弱な念動力なれど、恭也を傷つけることくらいは、できるのである。
知佳はこの状態こそを、恐れていたのである。

「ほら、ね。痛いでしょ」

誰も傷つけたくないから、誰も近寄らせない。
その知佳の思いとは裏腹に。
否、その思いあればこその作用として。
知佳に近づく存在は、老若男女善人悪人敵味方の区別無く、
力弱き散弾の集中砲火を浴びせかけられることとなる。

758風に負けないハートのかたち(13/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:59:16

「だから、恭也さん。今は戻って。
 きっと明日の朝には暴走は収まっているはずだから。
 それまで私を、一人にして欲しいな」
 
暴走が収まる――― 力弱い微笑みと共に発せられたその言葉に、嘘は無い。
このままでは知佳の命が、朝まで保たぬ故に。
必然、暴走どころか、念動力そのものが消え失せる。
知佳はその確定されつつある未来を、既に覚悟していた。

広範囲の火傷からくる合併症。発熱。倦怠感。
それが知佳の五体を蝕んでいるのである。

それでも、今が日中であれば、命の危機までには至らなかった。
エンジェルブレスによる光合成にての回復ができたであろうから。
暴走状態のそれは、貪欲に生命力を供給し、
常よりも短時間にての癒しを、知佳に与えたであろうから。
しかし、今や宵闇。
日輪は遠く水平線に没し、銀月が支配する時間である。
それが、十二時間近くも続く。
加速度的に蝕まれてゆく知佳の体が保つ筈も無い。

「ね、恭也さん。私は大丈夫だよ♪」

ここに来て、知佳はようやく、顔を上げた。
月明かりに浮かび上がったその顔には、笑みが浮かんでいた。
乾いた泥と、溶けた己の肉と、タールと、海水に塗れ、殆ど地肌は見えていない。
それでも、知佳は健気に笑っていた。
心配をかけまいと、騙しを悟られまいと、必死に笑顔を作っていた。

「大丈夫ではない」

759風に負けないハートのかたち(14/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:00:28
 
その知佳の命をかけた演技を、恭也は一蹴した。
声には怒気が篭っていた。
その怒気とは、己に向かって発せられたものであった。

大儀は、主催者の打倒にある。
御神は、大儀を成すための手段である。

知佳去りし後の恭也とは、その一念に純化されていた。
私情を捨てるを是とし、この達成に苦心していた。
あるべき論の金型に嵌まり込んでいた。
しかし。
不意に邂逅を果たした知佳の姿。
その陰惨さに、痛々しさに、衝撃に。
恭也の心は、丸裸にされた。
理性の頑丈な檻をぶち破って、感情が飛び出した。

「あなたを一人置いていくなど、俺にはできない」

感極まったのか、恭也の頬に涙が一滴、流れた。
そこにいるのは、御神ではなかった。
そこにいるのは、高町でしかなかった。
大儀からも、立場からも、重責からも、信念からも解き放たれた、
一介の人を恋うる純朴な青年が、そこにいた。

「今、行きます」

恭也は立ち上がり、再び知佳の許へと歩き出す。
途端に念動の渦が反応し、飛礫の散弾を彼に浴びせる。
恭也は、歩みを緩めない。
端々に打ち身や切り傷を増やしながらも、歩き続ける。

760風に負けないハートのかたち(15/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:01:03
 
「来ない…… で」
「痛い。でも。痛いだけだ!」

知佳は拒絶する。
恭也は否定する。

「来ない…… で」
「これは胸を苦しくさせたり、頭を悩ませたりしない」

知佳は拒絶する。
恭也は否定する。

「来ないでって言ってるのに」
「これは心配させたり、物思いに耽らせたりしない」

知佳は拒絶する。
恭也は否定する。

「私は恭也さんを傷つけたくないの」
「俺が痛みなどを恐れると思うのか?」

知佳は拒絶する。
恭也は否定する。

怯える知佳に、怖じぬ恭也。
その立ち位置に、知佳は幼き日の記憶を喚起される。

(おねえちゃん……)

実姉、仁村真雪。

761風に負けないハートのかたち(16/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:05:11
 
誰もが恐れた、幼き日の荒れた知佳を恐れなかった、唯一の人。
誰もが遠ざけた、幼き日の荒れた知佳を力強く抱きしめた、唯一の人。
知佳に光を与えてくれた初めての存在。
その姉と、恭也とが、知佳の心の中で重なった。

(大事な、ひと……)

一瞬の白昼夢が生んだ、刹那の暴走停滞。
その間隙を突き、恭也は知佳の眼前まで詰め寄っていた。
知佳の揺れる瞳と恭也の揺れぬ瞳が、重なり合う。

「見くびるな、仁村知佳!」

唐突に張り上げられた恭也の怒声に、知佳は思わず身を竦めた。
その、丸まった知佳の体を。
恭也は語気の荒さとは裏腹に、優しく抱きしめる。

「痛みも苦しみも、全部纏めて引き受ける!
 俺は朴念仁だが、その程度の甲斐性は持ち合わせている!」

抱きしめられて、知佳は―――


「俺にあなたを、守らせろ!」


―――安心した。

自分の気持ちを押さえ込むとか、暴発に気を配るとか、
そういう処々の心配事など一瞬で全て掻き消えていた。

762風に負けないハートのかたち(17/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:07:02
 
恭也の肌の暖かさ。
鼓動の激しさ。
吐息のくすぐったさ。

そうした皮膚感覚が張り詰めていた心を解き放ち。
解き放たれた心が、硬直していた思考を打ち砕き。
あとに残った物は嘘偽りなき裸の心であり。
その真心にて自分は恭也を求めているのだと。
それが一番大切な気持ちなのだと。
知佳は、素直に受け止められたのであった。

「はい、守ってください」

知佳は目を閉じ、恭也の逞しい胸板に顔を埋めた。
そのシャツが、熱く濡れた。
涙である。
非情に戦い抜くことを決意して以来。
流すことを自ら禁じていた涙が、自然に溢れているのであった。


どす黒く汚れていたエンジェルブレスが、
純白の天使の輝きを、取り戻していた。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

763風に負けないハートのかたち(18/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:07:52
 
その一部始終を、四人は見つめていた。

「ゔあ゙〜〜っ! 怒涛の愛だぁ〜〜っ!」

まひるは感動していた。
まひるが憧れて止まない、ドラマチックな純愛の成就。
自らのそれを半ば無意識に諦めているだけに、
彼にとって2人の抱擁はどこまでも眩しく、崇高であった。

「ふん、つまらん」

ランスはそっぽを向いた。
他人の色恋などは、胸糞悪いだけであった。
祝福する気などさらさら無かったが、邪魔をする程でもないとも思った。
暫くは知佳ちゃんとの和姦はムリだなと、がっかりきていた。

「良かったですね。万々歳じゃないですか」

紗霧はくるりと背を向ける。
瞳を潤ませること無く、声を震わせることなく。
まるで興味のないそぶりで、長い黒髪を翻し、優雅にその場を後にした。
その後姿は、誰もが知っている神鬼軍師そのものであった。

「…………」

ユリーシャは黙って見つめていた。
抱き合う二人をではない。背を向けた紗霧をである。
彼女は嘲笑とも憐憫ともつかぬ眼差しを暫く注いでいたが。
紗霧の姿が闇に消える前に、ごく僅かに。
薄く、微笑んだ。

764風に負けないハートのかたち(19/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:08:16
 

   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


念動の嵐は、嘘のように凪いでいた。
簡単な話であった。

能力の暴発とは、不安定な心によって発生する。
その、不安定な心が、安定したならば。
生物の根源部分からの安心感を抱いたのであれば。
薬品や技術に頼らずとも。
意思の力で制御を図らずとも。
暴発が収まることは、自明であった。


「おかえりなさい」
「……ただいま」

.

765風に負けないハートのかたち(20/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:08:39
 



  ♪ ハートはいつも 全開無敵

   
  ♪ 長すぎた 嵐の夜

   
  ♪ すぐにほら 青空に変わる―――




           ↓

.

766小さな永遠/ハートのかたち(情報 1/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:09:10
 
(Cルート)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦・知佳】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:世色癌×1(隠し持っている)、ケイブリスの爪×2(New)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】

【高町恭也(元№08)】
【所持品:小太刀、鋼糸】
【備考:失血(中)、右わき腹から中央まで裂傷】

【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】

【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 10/45)】

767小さな永遠/ハートのかたち(情報 2/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:09:50
 
【仁村知佳(元№40)】
【スタンス:①手持ちの情報を小屋組に伝える
      ②果し合いのサポートをする】
【所持品:なし】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(大)、右胸部裂傷(小)、左上半身火傷(中)】

 ※知佳の持ち物は全て焼失しました
 ※世色癌×1を飲み、命の危機は回避されました
 ※首輪は解除されました


【西の小屋内・グループ所持品】
  [日用品]
    スコップ・小、スコップ・大、工具、竹篭、救急セット、薬品・簡易医療器具
    白チョーク1箱、文房具、生活用品、指輪型爆弾
  [武器]
    アイスピック、斧×2、鉈×1、レーザーガン、メス
  [機器]
    モバイルPC、USBメモリ、プリンタ、分機解放スイッチ、解除装置、
    簡易通信機・大、簡易通信機素材(インカム等)一式×5、
    カスタムジンジャー
  [食料]
    小麦粉、香辛料、干し肉、保存食
  [その他]
    手錠×2、メイド服、謎のペン×15、世色癌×4

768284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/08/14(日) 01:56:56
新作&本投下お疲れ様でした。
両方の作品とも不穏な空気が漂っていて不安がかき立てられる内容でした。
同時に恭也の存在が救いになって安心できる面もありましたが。
318話までのまとめをアップしました。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1900225.zip.html

パスはsageです。

769名無しさん@初回限定:2011/08/15(月) 19:52:52
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1906769.zip.html

770名無しさん@初回限定:2011/08/15(月) 21:14:09
タイミングが珍しくあったので更新しておきました

771名無しさん@初回限定:2011/08/18(木) 23:03:27
いい話でした。
それとこれは自分の願望ですが…。

もう誰も死ぬな!特に恭也と知佳。そして対主催組。
必ず全員で主催者を倒してくれ!

772 ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:42:36
 
お久しぶりです。
以下26レス「椎名智機、脱落。」を仮投下致します。

次回予定は「終末の過ごし方」。
プレイヤー、主催者全員が登場します。

773椎名智機、脱落。(1/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:44:08
 
(ルートC:3日目 PM6:00 J−5 地下シェルター)

既に日は没し、肌に心地よい涼やかな秋の夜風が、灯台跡を吹き抜けてゆく。
しかし、その風の感触を楽しむ者は、誰一人としておらぬ。
地下5m。
二重の防壁で外界からは完全に隔絶された地下シェルターの空調機が攪拌する、
澱んだ生温い空気を、元主催者たちは浴びている。

彼らは簡素なシングルベッドを囲んでいた。
横たわる者は、この戦いの島に最も相応しくない、幼き子供であった。
ザドゥであれば窮屈に感じるベッドの半分も占領していない。
参加者№28、凶しおり。
それぞれに意味合いの異なる五つの眼差しを注がれているにも関わらず、
童女は微動だにせず、瞑目したまま。
ただ、浅い呼吸を弱々しく繰り返すのみであった。

(まぶしいな……)

しおりは、瞼に感じる明るさを不快に思っていた。
彼女を囲む大人たちは誰一人知らぬことなれど。
三発の銃弾を食らい、自発呼吸を回復した時点で、
しおりは既に意識を取り戻していたのである。

意識レベルは低い。
痛みも感じない。
体も動かせない。
四肢は言うに及ばず、瞼すら開けられない。
それでも薄ぼんやりと、周囲の様子は。
鼠の耳と髭とを通して、伝わっているのである。

774椎名智機、脱落。(2/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:45:05
 
「優勝するというのなら、この程度の苦境、耐えてみせろ、しおり」
(ザドゥさん…… おーえん、してくれてる……)

ザドゥが発したのは、厳しい発破の言葉であった。
しかし、しおりは鋭敏に感じ取っていた。
厳しさの中に、どこか温かみが含まれていることを。

「頑張れ、頑張れっ!」
(うん…… がんばるよ…… 知らないおねえちゃん……)

ずっと手を握って、励ましてくれている存在を、しおりは感じていた。
そこから伝わる体温と想いが、しおりを安らげた。

《嬢ちゃん、死ぬでないぞ。もっと大きゅうなって、ばいんばいんな体を見せてくれい》
(なんかこのひと…… 鬼作おじちゃんっぽいかな……)

しわがれた声で下品な事を口走るおじさんも、不快ではなかった。
どこか懐かしさを以って、しおりを暖めた。

「峠、越えた」「もう、大丈夫」
(しおり…… 助かるんだ…… ありがとうおいしゃさん……)

不思議な感覚を憶えさせる無感情な声が、しおりの容態を告げていた。
この声の主が自分のケアをしてくれたことを、しおりは理解していた。

「Yes……」

閉ざされた瞼に、影が差した。
恐らくは誰かがしおりの顔を覗き込んだのであろう。
しおりの頭のすぐ上から、感情の篭らぬ硬質な声が聞こえてきた。

775椎名智機、脱落。(3/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:46:13
 
「さてこのプリンセスに関してだが。
 瀕死を脱したというのであれば、いつ目覚めるとも知れぬという訳だね。
 であれば暴れられぬよう、拘束しておくのが大事だと思うのだが、如何かな?」

声の主と忌々しき記憶が、結ばれた。
その瞬間、しおりの血液が沸騰した。

   ―――怖いのかい?だが良い目だ
   ―――戦う戦士の目だ、あそこにいる腑抜けより、よほど良い目をしている

(こいつが……)

   ―――79体か、意外とがんばったじゃないか、プリンセス?
   ―――けれど、もう終わりだ

(このロボットが……)

マスターを生き返らせる。
優勝する。
マスターであるアズライトの死因は自爆ではあれど。
それは、レプリカ智機たちの姦計に嵌り、追い詰められた末のカミカゼアタックであった。
しおりも、現場にいた者として、それをよく知っている。
自分を助ける為に、悪いロボットたちを道連れにした。
幼い頭でも、その程度のことは理解できていた。

   ―――こんなのない、こんなの…
   ―――私だけ生きてても、意味ない。意味ないんだよ、おにーちゃん

(マスターを殺した!)

しおりの視界が、白色に爆ぜた。

776椎名智機、脱落。(4/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:46:56
 

   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


目覚めには今しばらくの猶予がある。
椎名智機が無防備にしおりに接近したのはその読みからくる油断故であった。
何気なく覗き込んだしおりの顔。
意識無く開かれるはずのない両目が、唐突に見開かれた。

「意識を回復したのか!?」
 
壮絶な瞳であった。
轟々と燃える炎を宿らせた、力強き瞳であった。
その恐ろしい瞳で、智機は睨みつけられた。

「ひ……」

智機は、黒目がちの円らな瞳に射竦められる。
吸気排気が、寸断される。
その竦みの間に、しおりは動いた。
関節を軋ませながらゆっくりと手を伸ばし。
智機の左腕、白衣の袖を、掴んだ。

「うぅ……ぅ……う……っ!」

瞳にそぐわぬか細き声で、切れ切れに。
しおりは呻く。
奥歯を噛み締め、鼠の如く唸る。

「は、離し給えよ、プリンセス」
「うぅぅぅ……!」

777椎名智機、脱落。(5/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:47:56
 
智機の言葉が耳に入っているのか、いないのか。
しおりはまるで反応を見せず、さらには左腕まで智機の腕に絡めてゆく。

「無闇に動く物ではないよ、プリンセス。
 貴女は凶とは言え、未だ病状は重篤、予断を許さぬ状況。
 さ、この手を離してベッドで眠り給え。
 その間の安全は我々が保障す…… うわあああ!!」

智機が悲鳴を上げたのは、しおりの瞳から涙が一滴、零れたが為。
零れた涙は炎となり、しおりの頬に固着した。
智機はそれが己の白衣の袖に燃え移るを恐れ、しおりの腕を振り払おうと、あがく。
しかし、離れない。
そして、聞こえてきた。

「マス……ター……の……かた……き……」

呪詛が。
因果応報の宣誓が。
祇園精舎の鐘の音が。

「Wait、Waitだプリンセスしおり。
 そんな怖い目で見ないでくれたまえ。
 確かに我々の過去には残念な出来事もあった。
 が、しかし、我々は君にとって命の恩人なのだよ?
 思い返してくれ給え。君は今までどこにいた?
 そう、海底だ。
 君は仁村知佳との戦いに敗れ、水底の藻屑となっていた。
 それを、我々が救い上げたからこそ、今君はこうして生きていられる。
 これを以って恨みの精算とはいかないかね?」

778椎名智機、脱落。(6/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:48:44
 
智機の長口上に対するしおりの返答はシンプルな一言であった。
しかし、しおりの全ての想いが内包されている、饒舌な一言でもあった。

「……しんじゃえ」

とても童女のものとは思えぬ低き唸り声に、智機は身震いする。
しおりはそうして己の想いを吐き出すと、智機の腕に噛み付いた。
咬合力の限りを尽くし、鼠の如く尖った犬歯を突きたてた。

「あきいいいいいいいっっ!?」

智機の脳髄がスパークする。
それまで智機が感じたことの無い、鮮烈な痛みであった。

   !:警告
     
     左腕駆動系からの応答がありません。
     破損の可能性があります。
     現在作業を速やかに中止し、
     メンテナンスを受けてください。

智機はトランキライザ効果で冷静さを取り戻し、
左腕のハードウェア各位へ接続信号を送信。
三本の駆動系ケーブルの断裂を確認し、このリンクを切断。
残り二本にての駆動系制御バランスを再構築した。

しおりはその間に更なる行動を起こしていた。
二本の腕と、二本の足、無数の牙。
その全てで智機の腕を捕らえたのである。
固着できる全てで、智機の左腕にしがみついたのである。

779椎名智機、脱落。(7/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:50:16
 
「オ、オートバランサーがっっ!?」

智機の腕力とは、ユリーシャ以上、朽木双葉未満。
非力な少女程度でしかない。
黄色い帽子とスモックの似合う童女の重量すら、片腕では支えきれぬのである。
故に智機は転倒する。
ベッドの脇に、仰向けに倒れこむ。
さらには。

   !:警告
     
     左腕の肩関節が脱臼しました。
     現在作業を速やかに中止し、
     メンテナンスを受けてください。
 
しおりの重量が、突然一点に集中したことにより、
智機の肩が、外れてしまったのである。
それは智機が選択しようとしていた左腕の物理的切り離しという手段を
不可能なものにする、致命的な事故であった。

「パージ不能だと!?」

智機の不測は、尚も続く。
体力の極限消費の為に、ごくごく微量ずつでしかなけれども。
それでも、二粒、三粒と、着実に。
ぽつりぽつりと。
しおりの頬に絡みつく紅涙は、温度は、増加していたのである。

780椎名智機、脱落。(8/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:51:40
 
   !:警告
     
     循環冷媒の温度が30℃に達しました。
     適温に低下するまで省電力モードに移行するか、
     低温度の冷媒補給を受けてください。
 
そのしおりに腕を絡め取られているということは、即ち、
徐々に温まってくるストーブに手を触れているようなものであった。

(No! この腕の状況にこの転倒した体勢。しかも炎の涙……
 これを私の力でどうにかすることは不可能だね。であれば……)

自力逃走の可能性が潰えたのだと判断した智機は、次なる手段へと素早く切り替えた。
力が駄目ならば言葉。
智機の立案領域に、理と脅迫とが程よくブレンドされた文面が出力される。

「私を仇と見る構図は理解できる。そのことについての謝罪もしよう。
 しかしだ、しかし。
 冷静になって周囲をよく見回してくれ給え。
 ここにいるのは私だけではない。四人だ。
 それらを相手取って、果たして瀕死の君が戦い抜けるのか?」

そこで、智機は言葉を飲み込んだ。
出力された原稿は、ここから流れるように畳み掛ける怒涛の展開が
待っているというのに、飲み込んでしまった。
解決せずにはおれぬ疑問にぶち当たってしまったが故に。
そこが確認できねば今ある説得は単なる絵空事に終わるが故に。

(……そうだ、四人だ。 私のほかに三人もの主催者がここにいるのに。
 彼らは何故、アクションを起こさない?)

781椎名智機、脱落。(9/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:53:18
 
智機が、ようやく周囲の三人に目をやった。

ザドゥは、両腕を腰にあて、楽しげに片頬を吊り上げていた。
芹沢は、らしからぬ真剣な面持ちで二人を見つめていた。
透子は、柳に風といった態度で、なんとなくこちらに目線をくれていた。
三者三様の態。
しかし、三者揃って動きは無かった。
動こうとするそぶりも見せなかった。

「貴君らも貴君らだ! この危機的状況に、なぜ動かんのだ!?」

ヒステリックに仲間たちの不実を弾劾する智機の言葉に、
仲間たちは、やはり三者三様の解を以って返答した。

「お前が言ったのだぞ、椎名。俺は既に首魁ではないのだと。
 ならばお前も俺の部下ではない。
 そんな縁もゆかりもない機械の為に何故俺が動かねばならん?」

ザドゥは、お前は赤の他人だと、斬って棄てた。

「仇討ちは正当な権利だし、私はその件に関係して無いし。
 見届け人にはなれるけど、助っ人にはなれないなー」

芹沢は武士らしい倫理観で、中立を貫くと宣言した。

「……」

透子は、智機の呼びかけにまるきり無反応であった。

(自分、は…… 見捨てられる、のか!?)

782椎名智機、脱落。(10/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:54:00
 
くらり、と。

貧血で視界が暗転溶解するかの如き酩酊感に智機は沈んだ。
足元の土台がガラガラと音を立てて崩れて行く幻想を見た。

(No! 断固としてNo! 彼らは愚鈍にて、私の価値をよく理解し得ないのさ。
 ならば蒙を啓いてやろう。 私がいかに有能で有用なのかを!)

トランキライザによって精神の平衡を瞬時に取り戻し。
智機は、自らの価値を試算する。
ゲームにおける重要度を降順に、関数へと次々に放り込む。
算出した存在価値を以って三者を説得し、自らを助けさせる。
その予定であった。しかし。

管制としての価値――― 本拠地のシステム群の発破と共に失われた。
戦力としての価値――― レプリカの反乱により失われた。
頭脳としての価値――― レプリカの体を手に入れた透子が上位互換。

(現状に於ける、自分の重要度……ゼロ)

演算結果は無常であった。
ダイレクトであった。
機械は、演算においては。
己の心的負担を和らげる為の嘘をつけぬのである。
そして、その結果が意味するところと言えば。

(私は、破棄される?)

やがて全ての評価が終わった。
その他二十五項目についても、結果は全てゼロかマイナスであった。
ただ一点の価値を除いては。


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