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習志野原の掲示板2022-2
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エリア内の話だと「データイムグリーン料金回数券」でしたね。4券片で2000円、区間指定なしで3ヶ月有効。のちに1ヶ月有効と大改悪されましたが、土休日終日と平日日中というかラッシュ方向の朝夕以外と使い勝手が良かったです。ただし総武快速線と横須賀線は直通先が適用除外になる列車は始発から適用不可でした。
もともと区間指定で半額だった(料金700円区間は350円)のが、区間指定なし500円均一という「神」きっぷに変身しています。確か国鉄末期に登場して、JR化後に「神」になったはずです。
こうした「神」への進化はJR初期にはよく見られたわけで、今のシブチンを見るにつけ嘆息しますね。
久里浜から浜金谷で東京湾岸を一回りし、東京湾フェリーと久里浜駅連絡の京急バスに乗り放題。2日間有効が発売当日限りと大改悪されていますが、そもそもの商品だった「東京湾周遊券」からは値上げを気にしないくらいの大進化でした。1周のみ利用だったものが、全区間フリーになって山手線内(除く赤羽線関係)と根岸線もフリーとなりましたから。急行自由席もOKでした。(1982年11月改正で房総急行は消えましたが)
余談ですが、普通列車のグリーン券は100㎞まで700円、それ以上は1500円でした。物品税の一種である通行税1割を含む金額でした。ですから50㎞までの料金新設の際に事実上据え置かれ、その後の消費税転嫁を経て足元の50㎞まで750円というのは、「5割値上げ」の時の料金大幅値上げ以降半世紀ほとんど上がっていません。まあその大幅値上げまでは等級制の名残で最大2日間で乗り継いでも1枚のグリーン券で通算できましたから、名実とものグリーン券制度移行後は全く上がっていないに等しいです。
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千葉線直通はゴミ捨て場と組合建物の問題がネックですね。どちらも「自社施設」というのが微妙で、自分で自分の手を縛ってどうする、という状態です。安直な対応としては大昔のように新津田沼から京成線に合流するところでそのまま京成下り線(4番)に入れる渡り線を作り、京成津田沼で「交換」が可能にすることでしょう。
機器の問題は逆にいずれ京成方式に統一しないと非合理を永遠に引きずることになりますから早晩統一するでしょう。新京成生え抜きの8800系と8900系以外は共通化しないと逆に無駄が発生します。
そうそう、京成と新京成の「鉄道むすめ」のコラボをするようですが、まさか「五香たかね」の引退の第一歩じゃないですよね。ドアステッカーからの消滅からして、「しんちゃん、けいちゃん」は引退が既定路線のようですが。
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千葉線の新京成ホーム発着は「本線を支障しないため」という大義名分も確かあったかと思います。それを踏まえると今更4番に捩じ込む線はどうなんでしょう。もっとも、新京成ホームからシームレスに繋がると千葉方面からの本線直が壊滅レベルに減るもありえますが。
鉄道むすめについてはプレス上では「現行の制服」とあるので無難に編入でしょうね。元からいる京成のとは一応肩書きも別ですし。
そういえば、米ヶ崎の焼肉店とパチンコ屋の間で残っていた最後のガソリンスタンド(コスモ)が今年に入って半年以上の一時休業と出ていましたが、理由が区画整理とのことです。
道路から線路側は東葉の新駅とか医療センター移転でやるので分かりますが、道の現医療センター側もやる、というのは旧医療センター線沿線含めて何か大きな動きでもあるんでしょうかね。
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往復割引等の廃止まで1年あまりですが、最後に使いましょうかね。
まあ往復割引は明石以西からの往復としての内方乗車、あるいは津田沼までの往復にすればいいので、e特急券併用で使えます。神戸側で市内駅制度も使えますしね。(新神戸経由で舞子〜甲南山手から三ノ宮、元町、神戸、新長田までのJR神戸線に乗れる)
連続乗車券は実は未利用だったのですが、これも一回は使いましょうか。前回は9の字にした北陸新幹線を片道使うきっぷを、山科から先も同時購入すれば連続乗車券になります。前回は山科-京都、京都-大阪とICで乗ることで特定区間運賃を享受しましたが、連続乗車券を買う、というミッションであれば少々割高でも連続乗車券にしましょう。
前回は名古屋から中央西線、東線経由だったので芦屋→山科の片道券でも110ミリ券でしたが(東海道、東海道幹、東海道、中央西、中央東、山手、赤羽、東北、上越幹、北陸幹、北陸、湖西)、単純な東海道、北陸経由(東海道、東海道幹、東北幹、上越幹、北陸幹、北陸、湖西と東海道)なら85ミリ券で出るでしょうから途中下車の際に改札機も通れそうですし。
(70条区間は改札機通過不可。そのせいか有人改札で下車印押印が徹底されている)
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周遊券には北海道ワイド(含む道南ワイド)の十和田経由C券のような定額定区間のオプション券と、いわゆる周遊船車券と言われていた関連発売としてのオプション券がありました。一般周遊券のルールと区間が一緒で発売されますが、一般周遊券のような連続性は問われなかったはずですし、準指定地関係でも発見できました。北海道と九州で使いましたが、周遊券を駅で買うと船車券の発行ができないため(旅行センターは可能)、JTBに行って船車券の発売をしてもらっています。
概ね観光地へのアクセス区間ですが、「ちりつも」じゃないですが1割引(10円未満切り上げ)は積もり積もれば大きく、知床遊覧船や摩周、阿寒の定観といった「高額区間」での適用は助かりました。九州でも佐多岬への定観を買いました。
一般周遊券は伊豆方面で周遊指定地2ヶ所と国鉄201㎞以上を充足できる行程が組めたので購入しましたが、諸般の事情で旅行が流れてしまい払い戻して使わずじまいで終わりました。あとは知る人ぞ知るのルート周遊券。上諏訪から国鉄バスで小諸に抜ける中部高原ルートを使ったことがあります。急行「アルプス」「信州」を有効に使えました。
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駅弁も高くなりましたね。「シウマイ弁当」が1000円オーバーになるというのがニュースになりましたが、先日乗り歩いているなかで駅弁購入が可能な駅で唯一時間があった米子の駅弁コーナーをみると、みんな税込1700円オーバーとさすがに手が出ません。駅弁には駅弁の良さがありますが、さすがにこの価格だとデパ地下とかでおなじみの有名店のお弁当が2000円台で出しているのと比較してしまうわけで、ちょっと手を出すのに躊躇します。
ワンコインで食べたいとは言いませんが、1000円なら1000円の、2000円なら2000円の価格に期待する内容があるわけで、バランスが悪かったです。駅弁が「デパ弁」となって久しいですが、旅行中に食べる、というシチュエーションを大前提にすれば、イベントで飛ぶように売れるからと高値の値札をつけることがどうかという話になります。鉄道会社自体が駅弁大会を実施したり、常設の駅弁大会のような売店を作るとかやってますが、食中毒事件を起こした輸送駅弁とか、実はデパートの近所で委託製造とか、「駅弁」というには難があるケースが大半になっています。おりしも米原の駅弁屋が撤退しますが、寂しい話です。
その昔の時刻表だと、欄外に各駅の名物駅弁を記載しているのは一緒ですが、お土産品のマークがあり名物を列挙してたり、どんぶりの絵に「そば」と書かれた立ち食いそばのある駅の案内もありました。
さすがにそうした多彩な表記は復刻版でよみがえる昭和中期の世界ですが、赤帽がいて電報が打てて、救護所があり、SL時代らしくホームに洗面台があるとか、そうした情報も時刻表に記載されていました。まあこうしたインフォメーションは高速道路のSA、PAガイドに引き継がれた格好でしたが、紙ベースの案内自体が消えるご時世になってしまいました。
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しょいか〜ご〜実籾3丁目間ですが立ち退いた家部分が一部舗装されてました。
千葉土木事務所の事業概要見ると進捗率40%で、まだ数年かかりそうです。
正直、京成アンダーパス4車線化はこっちの4車線化完了してから着手してほしいです。
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しょいか〜ご以北の拡幅ですが、東側に偏っている感じですね。
ここからは、完全に本線をr262側にするということが見て取れます。位置的に見てr57はY字分岐からT字分岐になりそうですね。まあ将来の幕張千葉ニュータウン線の整備を考えると、京成アンダーから東習志野方面本線への「直進」が本線ですから。
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昨日船橋方面へ電車で行ったのですが、ちょうどシティライナー上りが来るタイミングでした。
ざっと2割程度乗ってました。八千代台、津田沼、八幡とか止めてもいいのではと思いますが、それだと快特成田と変わらないですね。
休日日中も平日夜間でも成田空港行き乗ると、本線系統でもインバウンド客、スーツケースが目立ちます。
本線快速だと結構時間かかると思うんですが、最終日に成田泊とかもあるんですかね。でも大概のホテル、空港駅から送迎ありそうですしどうなんでしょうね
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成田周辺とか、R29沿いだと空港駅まで行かなくても十分なのでは。
TDR関係が新浦安にも協定ホテルを置いているように。
シティライナーは成田山初詣用といいながら、微妙にダイヤがあってないんですよね。
前も指摘しましたが、護摩法要を軸に、お札の申し込み、受け取り、お土産の購入とか、駅から新勝寺までの往復もありますし、標準的な時間が確保できているのか。
かつての「開運号」が車内で護摩札の申し込みを受けていたという話がありますが、それくらいの「サービス」があってこそ「成田山開運号」でしょうに。
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総武快速線のE217系が3月改正で撤退します。公式発表前ですが、組合提案資料に掲載があったようで、それがネットニュースになっています。ヲタの執念という内容の記事でしたが、会社側からの提案資料は最低でも「社外秘」ではないのでしょうかね。JREは上場企業ですから、経営の数値に関係する場合、適時開示前に社外に流出する体制となれば、取引所規則類の違反となるわけで、ヲタが勝手に公表できる配布は再考すべきです。
確かにこの年末年始はE217系を見る機会が少なかったわけで、実際に乗車したのはE235系のみでした。あの鬱陶しいサイネージもさらに「悪化」しており、寒いバラエティと、不動産担保ローンの繰り返しが光の暴力となって目に突き刺さるわけで、これがG車にない時点で「迷惑設備」と理解していることは必至なだけに腹が立ちます。
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なんか中途半端というか、はっきり言えば間抜けな記事ですね。昨年3月改正で各停化された京葉線から東金線直通の利用記がネットの記事になっていますが、まんべんなく乗り降りがあるから通過できない、という結論にはあきれるばかりです。
快速がないから近距離から長距離までこの電車に乗らざるを得ない。遠近分離になっていないうえに所要時間は絶望的に伸びる、と最悪の結果になっています。武蔵野線も含めて本数が確保されている新浦安あたりまでは完全に分離し、改正前の段階で蘇我まで立客多数だったのですが、詰め込み合理化にも配慮するとしても、新木場から海浜幕張まで通過して以遠各駅でしょう。幕張新都心の通勤需要を踏まえると、旧通快が停車して内房線、外房線(東金線)への直通というのは妥協点としてある対応です。(海浜幕張だけ停車としたら、おそらく海浜幕張か新浦安で「通快」が追い越しとなるので、検見川浜、稲毛海岸、千葉みなとの3駅の需要も結局「通快」に乗る)
新木場-新浦安間の輸送力逼迫(実際には増発余力は十二分にある)を踏まえたら、西船橋止まりの区間運転を先行させ、海浜幕張まで通過する「通快」が追い上げることでの「遠近分離」が正解なんですけどね。あるいは「通快」の直後に西船橋行きを入れるという方法も。間隔が空いたところに空いた電車を入れるほうが効果的でしょうね。
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船橋新京成が船橋GH線と海老ケ作線のダイヤ改正をします。海老ケ作線は微妙な時刻修正ですが、船橋GH線は経路の変更です。まあどちらも大勢に影響はないのですが、船橋GH線は西警察署経由を米が崎経由に振り替えて、船51の系統廃止となります。東50は存続するので吹上から芝山団地入口の交差点間の路線が消えることはないですが、船橋駅から駿河台経由で船取線というルートは大成運輸時代からの伝統あるルートであり、既に夜間片道1本になっていたとはいえ、それがついに消滅します。(当初は船橋グリーンハイツ入口-(桜ヶ丘)ー(金杉町)-(駿河台)-(天沼)-船橋駅入口でした)
ちなみに東50も中途半端で、上下とも朝から夕方前までの運行と、往復での利用を想定していないダイヤなんですよね。朝の東船橋行きがあるのなら、夜の東船橋発が対になるはずですが。対という意味では豊富線の土休日ダイヤもおかしく、北習志野駅行きは船橋駅発がまんべんなくあるのに、船橋駅行きは朝方のみで残りは東船橋駅止め。午後は夕方の1本だけという偏在ぶりです。
こういうおかしなダイヤを見ると、使ってほしくないようにも見えますね。分断で松が丘から高根木戸へのアクセスを消したうえに、芝山方面の使い勝手もダメにしてますから。聖人塚、大慶山や高根木戸駅の利用は結構あったはずですが、強引に消し去るんでしょうか。
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いつも思うのですが、新東名、東名、東北道などの片側3車線の高速道路で交通量多い時は仕方ないけど、
適度に空いてる場合でも何故真ん中車線を延々と走行する車ばかりなのでしょう?
みんなが時々遅い車や合流者が連なってる時だけ真ん中車線に移動して
落ち着いたら左へ戻るの繰り返しで走行すればかなり円滑になって後続が詰まって連なる危険も減少していいと思うのです。
交通需要を想定して片側3車線で建設したのであって、真ん中ズボラ運転させるためではないんだけどねえ。
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3車線の真ん中というと第2走行車線かな?
そこだったらまだマシで、追越車線(内側)に滞留だけは絶対にやめてほしいです。追越でない場合は違法ですし。
ICやPA、SAの出入りを考えると、第1走行車線(外側)も適度に空けてほしいし。
とにかく、追越車線を漫然と走るのは最悪。速く走るから追越車線なのに、追越車線にいれば早く着くと勘違いして漫然と塞栓状態になってる惨ドラがあまりにも多いです。年初も外環外回りで漫然と追越車線を走り、草加の出口ギリギリで車線変更して降りて行ったド迷惑な惨ドラがいました。
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サグで漫然と走って速度低下となり渋滞の原因という高速あるあるに対して、「ここは上り坂」「速度回復願います」とかようやく看板が立つようになったけど、もっとストレートに「スピードアップ」と書いてほしいですね。
あと、ちょっとでも速度差があると追越車線に出てくる大型も撲滅してほしいです。速度差がほとんどないのに出てくるから、ややもすると抜き返されたりして延々と並走して塞栓になるから。
一般道だけど、かつて深夜の豊橋市内のR1でこれを食らい、片側1車線になる前にようやく抜けたら前方は誰もおらず、追いついたのは当時は潮見坂経由で下って浜名BPに入るあたりと、どれだけ時間を無駄にしたんだという感じでした。
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船51にしろ東50にしろ短絡路シフトした分、船橋GHから駿河台方面の救済のイメージがありましたが、見込んだほどの区間利用がなかったんでしょうかね。
いずれにしろ東船橋は行き先としては半端な印象しかありませんでしたが(いっそ津田沼とか北習志野の方が需要自体はありそうです)。
東50もいずれは整理される気はします。
職場の二和在住の大先輩(おそらくボンネット沢庵の現役時代をご存知です)から聞いたのですが、マックの跡地にケンタッキーが来るらしいです。
完全居抜きで建物流用なのか、建て直しするのかまでは知らないそうですが、r57の容量にとっては一難去ってまた一難とはいえ、何もないならないで空洞化を危惧するところなので難しいところですが。
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年末に関越乗って高崎まで行きました混んではいましたが渋滞はないくらいの混雑でした。
第一走行車線はガラガラで第二走行車線と追い越し車線に集中していました。追い越し車線で100キロ以下で流す車もいました。
特に急いでいなかったので、第一走行車線クルーズコントロール90くらいで走っていると詰まっている第二走行車線を
抜きそうになってしまいます。
あと外環の地下区間も80キロくらいで追い越し車線走る車に遭遇します。
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R51の絶望的な状況への対応が局所的な改善しかないという批判記事が出てましたが、それでもやらぬよりはましでしょう。記事に出ていた吉岡交差点は大昔から難所で改良が始まってからもかなりの時間が経ちますが、用地買収の段階で折り合いがつかないままというのも。
王道はバイパスなどの抜本的改良というのは誰もがわかる話であり、じゃあ現実を踏まえてどうするかという話です。
そういう時に局所的改良は案外と効き目があるわけで、よほど抜本的改良が迫っていない限り、局所的対応をとっとと済ませるべきでしょう。
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局所的改良で思い出しましたが、三咲三叉路のr57二和方面からの突き当たり部分は結局建物解体後も歩道並みの道が拡幅されそうな気配はないですね。
まあ抜けたところで、という場所ではあるのと、どうせ抜くなら反対側(ディーラーとガソリンスタンド側)の方がいいと思うのでアレですが。
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今回茨城空港へのアクセスで感じたんですが、スーツケースの場合、クロスシートの通路側だと通路を塞いでしまいますが、ロングシートのように左右の着席者に迷惑をかけることはありません。たまたまですがボックスの通路側に私ともう一人スーツケース持ちが着席して、窓側が空いていたのですが、あまり見ないパターンに立客が「空いてますか」と聞いてきましたね。なおスーツケース持ちは結構いましたが、茨城空港へのアクセスというよりも、千葉東葛や茨城県南に帰ってくる流動でしたね。石岡で降りたスーツケース持ちはわずかでしたから。なお荒川沖までは特急は使えませんし、土浦、石岡も普通先着なんですよね(松戸で水戸までノンストップの「ひたち」、羽鳥で「ときわ」退避)。使わざるを得ない流動の存在が少なくないのです。
JRWの新快速だとスーツケースやベビーカーの客は正座席が空いていても補助席を志向するケースが少なくなく、利用者側もなんとか折り合いをつけようとしています。その意味では長期滞在の旅行者が乗ってくるという想定が新幹線を含めてない事業者の問題でしょうね。一般列車でもあと少し網棚の奥行きを深くすればスーツケースが載るんですが。載せたはいいが、1/3近い微妙なはみだしに大丈夫か思案気なインバウンドをよく見ますが、海外では鉄道持ち込みの限界とされるサイズですらそれなんですよね。新幹線はなんとかおさまりますが、二次アクセスとしての利用を全く考えていないわけです。
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ありゃ、二和のマックは閉店したんですか。居抜きでケンタだったら笑いますよね。まあマックとケンタでは客数も違うから渋滞の減少には寄与するでしょう。マックとカスミ、ウェルシアにビッグエーとここの出入りが渋滞の原因でもありました。その昔は西側のマルエツとミヤマがメインでしたけど、流れが一変しています。
この突き当りに例の住宅街ができるわけですが、変にクルマが入ると生活道路のはずが抜け道になるからわざと不便にするのでしょう。古和釜方面のr57としんわ会、さつき台バス停あるいはランドローム方面を結ぶルートへの抜け道になりますからね。そして西向き直進が増えたら二和から三咲駅方面に右折するクルマが流れなくなって破局ですし。
あと、東船橋関係は1981年の開業当初からバス路線のシフトをしては減少していく、という悪循環を繰り返していますね。
都内などへの総武線乗り換えにはいいんですが、日常的な船橋駅への流動にとっては乗り換えで高くなってと踏んだり蹴ったりでした。
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紺屋の白袴を地で行く話をやらかしてしまいました。
先日北陸3県の並行在来線3社フリーを使った際、チケットレス専用商品だったので会員になったんですが、Westerに登録してTabiwaで買うというややこしい手続と、その後間断なく来る商品メールに辟易していました。
全くノーケアだったんですが、Westerに登録したらe5489も使えるのは理解していましたが、さらに年齢のおかげで「おとなび」会員にまでなっていました。登録後けっこう山陽新幹線を使っており、EX-IC一択だっただけに、7日前縛りはありますがおとなび割引のチケットレスはアウトオブ眼中で、けっこうな損をしていました。相生岡山のワープと同水準で姫路福山の「こだま」に乗れていましたから。あとe5489が使えるので、Aシートや「らくラク」を安く使えるのですが、それでも高いですからね。
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r57の話題が出ていますが、朝7時台のr57西向きの渋滞ポイントは鎌ヶ谷大仏交差点、新たに北初富交差点が
ダントツですね。各々500m程で計1km渋滞することもあります。
三咲三差路の渋滞はそれほどでもありませんね。
今後の直線化は宅地化が進んでしまったので難しいでしょうね。
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今年度中に海老川新駅が着工され、2029年3月付近の開業となるようです。
東葉公式にも1月31日に近隣住民向けの説明会を行う旨告示が出ています。
市公式にも出てないかと探しましたが出てませんでしたが、ついでにと地域公共交通活性化協議会の資料を見たら、3月でトランジットの海神線、原木線が廃止になるんですね。原木線は妙典橋経由の支線が設定されていますが、敢え無く廃止です。
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気になって探してみましたが、
ttps://www.city.funabashi.lg.jp/machi/kaihatsu/005/p118214.html
ttps://www.city.funabashi.lg.jp/machi/kaihatsu/005/p126941.html
市の資料はこの辺でしょうかね。
地味に初めて見るのですが、新医療センターが思ったより北にあったのと、新駅が思ったより西にあった、っていうのが正直思ったところです(医療センターが駅の位置、駅がローソンがあった交差点とパチ屋の間のブロックぐらいと思ってました)。
新たに道もできるようなのでなるほどこれだとあの近辺で最後に残ったガソスタであるコスモ(うる覚えですがセルフの日本初か黎明期のだからと取材が来てて、テレビに思いっきり短絡路経由の船橋バスが映っていたのと、黎明期ゆえに当時はフルの計量器みたくロックできるタイプのトリガーだったのを覚えています)も区画整理に巻き込まれるのも頷けるわけですが、両隣の整備店と焼肉屋はそうでもないのか今の所休業の表記の類はないようです。
そういえば、新駅の仮称は「船橋中央」とかだった気がしましたが、今回の発表ではさらに仮称ぽさが増した「海老川新駅」としか出ていませんね。
北総末端部の牧の原と日医大も正直草深と松虫でいいじゃんと思うタイプなのでここも米ヶ崎でも構わないですが。
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廃止ついでですが、バスシステムの東船橋ららぽーと線も廃止されていました。が、路線図はそのままなのでおそらく再編までこのままなんでしょう。
セントラルというよりウエストにして鎌ヶ谷の車庫にした方がすっきりしそうなレインボー白井同様、セントラルになるとされているバスシステムも最低でも船橋発着路線では市内線はウエストの方がしっくりきます(あるいは東船橋線だけセントラル)が、船橋を境目にするとするなら切れ目をどうすべきかは悩ましそうです。
臨港線はウエスト、南船橋線はセントラル、とすっぱり分けるには末端部が難しそうですし。
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昨日家族が葛西臨海公園へ用があるとのことで、京成沿線から京葉線は船橋、西船橋と乗り換えが距離の割に多いという
謎の理屈で、朝方海浜幕張まで送ってきました。
r262空いてることもあり17分弱で着いてしまいました。
特にしょいかーごから先は快適です。長作町から4車線化となれば日中でも20分〜25分程度で行けそうですね。
今でもお台場方面へ用がある場合、海浜幕張まで車もありだなと思いました。
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遠近分離も良し悪しであり近年はこうした形態のダイヤを採る路線は減少傾向です。
問題点としては有効な列車が減ってしまい、乗れば速くても待ち時間が増大すること
中間部に利用者の多い駅がある場合その駅を志向した流動に対応しにくいことにあります。
京葉線の場合は海浜幕張の発展が大きいこと、さらに後述するリモートへの代替がされにくい
商業やサービス業、倉庫といった業種への通勤流動が相対的に増加しこれらの業種であれば中間駅への通勤需要は一定程度ある(TDR
TDRは周辺施設を含めリモート化されない膨大な雇用を生じさせていますね)といった点が大きいといえます。
京葉線をはじめJRーEは平成初期にラッシュ時の長距離通勤用として盛大に駅を飛ばし遠郊区間から速達性を確保する種別を
新設しました。常磐線に土浦以遠で通過運転をする種別があったことなど信じがたいですし、東海道線の通勤快速が在来線特急の全盛期から
全種別絶対停車駅であった横浜通過としたことに横浜市長が不快感を現したという例さえありました。
当時は不動産価格が高騰する一方で、自己所有志向、戸建志向が強く、戸建を自己所有することが社会的成功の証という
考え方が今よりはるかに根強かったこと、人口自体が首都圏では大幅な増加傾向という旺盛な実需に支えられていたこともあって
通勤圏が郊外へ伸び続け100㎞までは通勤圏と言われた時代です。
そこから一世代が回転しもはや50㎞以上の郊外から毎日の通勤はあり得ない、
ただしリモートという働き方の普及で完全ではないにしても週に1日、2日ならという考え方が広がったこと
子世代は通勤に便利な都心に近い所、特に都心部のオフィスに毎日出勤し時間がカネになるという生き方であれば
少々高い住居費でも山手線の駅から徒歩圏がマスト(特権階級ダーと言い出す手合いがいますが単身者向けの物件なら大企業勤務なら
強ち非現実的な家賃ではありません)という流れがある一方で、親世代と異なり実家からの通勤時間が短い働き方を選択する例も多くみられます。
例えば親が大企業のサラリーマンで毎日長時間通勤をしてプライベートを犠牲にするという働き方を見ていた子は、
有名大学進学までは親の生き方をトレースしても、社会人としてのステージでは都心の大企業より地元市役所を選ぶといったケースです。
あるいは以前書いたように高根台団地のサラリーマン家庭出身の学生がアパレル業界への就職が決まり津田沼の商業施設にある店舗に勤務するという
例もあり、郊外都市と都心のオフィスの関係は30年前に比べて薄らいできています。
このような社会情勢の変化を背景に一昔前に比べると長距離通勤者は確実に減った面があり
ラッシュ時の着席前線駅からもその傾向が明確ですから結果として見直される傾向にあるといえます。
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今年は14位にランクダウンです。
ttps://diamond.jp/articles/-/348290
習志野原の住民としては喜ばしいことです。
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ブログにも書きましたが、鉄道ジャーナルが休刊(廃刊)します
A松堂(爆)での早出しを競って購入して掲示板で紹介した紙と電子が共存していた時代は遠い昔ですが、電子化という道すら取れずに退場するしかないところまで追い込まれた格好です。前号の2025年2月号は通刊700号の節目でしたが編集後記での言及だけで特段の特集コーナーもなかったのも余裕がなかったんでしょうね。あるいは「着地」時期を図っている段階でそれどころじゃないと。そうそう、背表紙の「月」のところは年ごとに色を変えていましたが、2025年は2024年と同じ銀鼠で、しかも特集表示の部分は2024年から月表示と同じ色と、コストダウンが露骨でしたが。
創刊が1967年ですから58年目の退場です。我が国における鉄道趣味誌の歴史は昭和初期を源流としますから、戦時中の物資統制による廃刊期を含めたその過半を歩んできたことになります。「第三の鉄道雑誌」として新参者の扱いでしたが、大学鉄研や鉄道友の会といったバックグラウンドを持たないだけに、閉鎖性を感じない雑誌でした。
編集長交代から18年、身売りから15年、創設者で初代編集長の竹島氏の死去から10年。オーナー編集長と雇われ編集長の違いもあるでしょうが、結局方向性を確立することも貫くこともできずに朽ち果てた格好です。2代目編集長の宮原氏も有能な実務者なんでしょうが、「編集長」としての個性は打ち出すことなく終わった格好です。「編集長」というと、どのジャンルでも実務者というだけでなく、そのジャンルにおける個性が光っていますから。
(続く)
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(承前)
まあライターが全く育ってませんからね、この業界は。銭が取れるレベルは片手で数えられる程度でしょう。ネットメディアでは固定メンバーがいますが、こたつ記事に毛が生えた程度ですし、媒体がパブリシティまがいですし。ジャーナルでもお馴染みのライターが寄稿していた時期もありましたが、最近は見ませんね。ジャンルが被る「運輸と経済」も必ずしも書き手の層が厚いとは言えないわけですが、まあアカデミズムとコンサルと業界各社と所管官庁系、というのはジャンルを問わず専門雑誌の定番(仕事で目を通すその手の雑誌はたいていこのパターン)ですからそれはそれで確立しています。
往年の鉄道ジャーナルがそれこそ戦前の鉄道雑誌黎明期を築いた伊藤東作氏や、稀覯本出版の佐々木桔梗氏の寄稿など誌面の奥行きが深かったのですが、そういう「厚み」を担保する書き手がいなくなったのも終刊の一因でしょう。それでもコラム的記事とか文化的な取り組みに積極的だったのに、確立できる前に力尽きました。強いて言えば別会社で「復刊」したがどう見ても苦戦している「旅と鉄道」がジョインしたら往年のような厚みを出せたんでしょうが。
(続く)
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(承前)
投稿のみならず目次に名前を並べさせていただいたこともありましたが、ここで力尽きるとは思いませんでしたね。
投稿にしてもネット界隈の「ぼくのかんがえた最強の・・・」系の書き込みと違い、エディターが目を通し判断しているという最低限の品質管理はなされていたわけです。それでも救えなくなって投稿欄を廃止していますが、一時はそれに須田氏が目を通して直々に回答、というキャッチボールもあったんですけどね。一回、論旨は良いが文章が拙いので全面改稿しました、と赤面ものの返信を頂いたこともありましたが、そういう作り手の「熱」や「意気」もなくなったんでしょうね。
須田氏の訃報から約1ヶ月、それを聞いて気持ちが折れたのでは、というような休刊宣言ですね。暦年での上半期末を区切りにする格好ですが、そこまで持つなら金銭面での問題でもないでしょうし、年末でも年度末でもないタイミングでの休刊というキリの悪さをみるに。
主筆格だった種村氏の死去から11年、また編集部員でカメラマンの沖氏の死去から19年ですが、ライターだけでなく、編集長以下カメラマンだった沖氏も含めて編集部員の記事が読ませる品質だったというのも特徴でした。最近過去の鉄道風景をテーマにした南正時氏の記事をネットでよく目にしますが、南氏も御年80近いというのに「読ませる」文章です。このジャンルでそういう記事が書ける人が正直いないわけで、危機感を抱く時期もとうに過ぎてしまい、出版史の中に消えていくのを待つのみなんでしょう。
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RJの休刊、昨年あたりから10年代のリバイバル記事が目立つようになり
もう10年以上の歳月が流れたのかと思う一方で、費用をかけた取材記事が減り
東京近郊か、遠隔地も凋落のメインラインのようにさほど交通費がかからない内容が中心でしたから。
一方で非取材記事は経済や工学の専門的な知識に踏み込む内容も多く、小学生の頃は理解し難かったかのは当然でしたが
学生時代以降は非常に勉強になる内容も多かっただけに無駄なところが余りない、カネを出して買いたい雑誌
ぶっちゃけてしまうと大学教員になってからは経済財務系の記事がありCiNiiの対象誌なので個人研究費で買ってもセーフな雑誌でした。
故青木氏も趣味誌だからといって侮ってはいけない、学術書以上の内容がある記事も少なくないと述べたこともあり
鉄道ファン向けでありながら必ずしも鉄道至上主義ではない(最近では佐藤氏の鉄道による貨物モーダルシフトの困難を訴える記事など)という点でも
論争を巻き起こすことが多かったのですがやはり時代の趨勢か。
管理人様が書かれている通り取材対応に事業者が厳しくなってきており、大昔は一ファンがふらっと車両基地に行っても
立ち入らせてもらえたという信じ難い時代から、取材なら所定の申請をせよ、それを明らかにせず一利用者として運賃を払っての
ルポルタージュをするのもケシカラン(特に撮影関係)という姿勢になってきており結果として事業者無謬の記事ばかりが蔓延りやすく
出版元も実質的には宣伝であるアゴアシ記事なら取材コストもかからないという出版社と事業者の間ではwin-winの関係が成立するという
図式になってしまいます。
とはいえこれは趣味誌全般に言える問題であり、実際のところアニメ誌や声優誌などは読者が欲するのは、キャストやスタッフが発言した内容であり
声優の写真であってそれらに対価を払っているのであって辛口の批評などというのは今更オールドメディアがやらなくてもweb上でいくらでも可能
権利者も個人の批評であれば著作権云々で騒がない(実際には「批」にもまずは視てもらうという宣伝効果がありますから)ということになりますが。
鉄道誌の場合はただの宣伝なら今や4桁の金額を払って読む価値はなくRPのようにより専門的な分析(その代わりRJに比べ昔から足で稼いだ情報の記事は多くない)という
立ち位置で生き残っていくのでしょう。あるいは旅鉄で見かけるようなその方面のタレント(木村裕子、伊藤桃など)を前面に出した記事であれば
声優誌やアイドル誌に近い性質の需要を取り込んでいくことも可能ですが。
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趣味誌として趣味に徹する雑誌が生き残った格好ですね。ピクも結局は学究的な面はありますが趣味の延長線ですから、硬派のピク、軟派のファンという感じです。ジャーナルは社会人として鉄道(交通)だけでなく経済活動その他の「日常生活」を経ることで味わいが出てきますし、いい意味での物足りなさ、要は記事の出来の良しあしがわかるようになります。
あるいは経営的には百も承知だけど、という立ち位置で論じることもできますし、公共インフラという素材を趣味の対象とする面白さを切り開いてくれた存在でした。
1980年代のローカル線の記事のように、区間別の輸送密度の図示と、並行する、あるいは関連する交通機関(バス路線)を必ず地図に落とし込むことの徹底は、議論の基礎となる資料ですし、その時代を示した史料となります。基本データに取材時のルポという仕立ては非常に貴重ですから。おそらく故青木栄一氏のこだわりというか、資料性を担保するためのルールを定めたんでしょうが、侮りがたしというよりも、どこに出しても大丈夫なように作ってあるわけです。
それと並行して連載されていた「シリーズ 日本の鉄道」もグラビアや特集としての華々しさがなくなっても、地域の路線の歴史をきちんと示しており、これも貴重な史料です。その意味では青木栄一氏という「参謀長」の存在が大きかったわけで、それを十分に引き継ぎ、発展させられる人がいなかったというのが最後まで祟ったんでしょう。
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文字通りの「悪貨は良貨を駆逐する」でしょうね。
ネット時代になって誰もが情報を発信できるようになった反面、それがノーチェックで世界中に流れます。
手軽になったことと質の低下がセットになってしまい、エディターの手と目を介する出版物は一定の水準を担保しているが敷居が高いことで敬遠されています。しかも紙ベースの出版物でも「薄い本」のように比較的手軽に発表できる時代です。
結局、交通や趣味の世界に限らず、この手軽さと質の悪化の問題が深刻化しているのをみると、あまり言いたくはないですが、過去の書き手は経歴や社会的地位を見ると、表現における一定の水準の担保はそれと連動するという評価に行きつくわけで、表現にしろ分析にしろ一定のトレーニングを受けてクリアしている人が情報を発信し得る、という暗黙の了解が崩壊したこともまた出版に悪影響をもたらしています。
そして騙しに簡単に引っ掛かり、煽られれば脊髄反射で騒ぎ立てる。知の衰退が行き着く先は無残なものです。
このあたりは、本来間口が非常に広いネットの世界では、虚偽が紛れ込んでもどこからか必ず真実が告げられて駆逐されていたんですが、掲示板からSNSに移行すると狭い集団の集合体となってしまい、集団の中で裏書がされたように見えてしまうようになってしまったことが大きいのでしょうね。真実の指摘が「正常化」ではなく「集団の否定」のような相対化にされてしまいますから。
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あとは「ふてほど」じゃないですが、コンプラもあってお上品になりすぎたか。個人情報を盾に取材を制約する中で、ルポでありながら無味乾燥というか人畜無害というか、面白みも特徴もないものになっています。
それこそ創刊期のルポで竹島氏が寝台特急で乗り合わせた家族連れのマナーに怒り、誌面でゴキブリ呼ばわりしたとか、有名な「東西論争」の発端となった「東男は東電車に乗っときなはれ」という煽りに「近鉄電車でお伊勢参りでもするのがお似合いです」と叩き返したタブレット欄とか、特にタブレット欄のこれは紙ベースでも「炎上」したくらいのエネルギーがありましたが、いまは内容よりも形式で排除してしまいますからね。だから無味乾燥です。
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幕張へのアクセスは船取線から海浜大通りがもっぱらですが、北行きは若松がネックなので武石経由にすることが多いですね。r57とr262の分岐まで4車線化されたら往復とも武石経由一択でしょうが。
ネックなのは武石周辺で、r57と交差する京葉出口が結局4現示なので1回あたりの通過時間が短いこと。r57側は4車線とはいえ、北行きは左車線に絞られるからと武石手前から左車線に集中し、それにロードサイドの飲食店への出入りが重なって停滞します。北行きは住宅地の中を抜ける新道区間で車線を絞るようにして、そこまでは片側2車線で流せるようにしてほしいです。現状はあの短い時間で何台捌けるかがカギになっていますから。
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ネットのポータルに鉄道コムの京成3200系の記事が出てましたね。プレス向けのお披露目で記者が質問して補完しています。2両単位のユニットで増解結が可能、というのは発表されていましたが、Mc-Mの組み合わせで4〜8連を組むだけでなく、分割併合を念頭に置いているという回答を引き出しています。これが記事にあるような支線系との分割として、京成でどういう列車を念頭に置くかというと実際には難しく、芝山鉄道などの末端区間を踏まえた2連をつくれば展開も見えてきますが。
あるいはかつての阪神のように2+2の4連で日中走っていた普通(ジェットカー)を夜半過ぎになると2連にする、というような運用か。しかし8連を4+4ならわかりますが、6連を4連だと2連がない限り、簡易運転台でも持たないと2両組をどう動かすか、という話になります。
あとは自重制限でハイバックシートを断念とか、運転台直後のヲタ席が消えたとか小ネタもありましたね。
そうそう、車両が入れ替わることを考えて編成番号+号車のハイフン方式の車番をあきらめて連番方式にしたそうです。
これだと新京成の8900系も「消えゆく付番法」じゃなくなります。
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京成系のバス路線を船橋市近辺で東西に分けるとしたら、本来なら船橋-西船橋間でしょうね。現実には東船橋-津田沼間で切ろうとしていますが。船橋-西船橋間で切れば、レインボーの白井車庫を西側にして、馬込沢から大仏までが重複という感じ。新京成の西白井系統が食い込み、逆にKBSの西船橋が乗り込む格好です。
その意味では船橋新京成をどっちに付けるかで悩んだんでしょうね。そして船橋新京成(大仏)抜きでは収支が心配ということなんでしょうか。松戸市川の京成バスがそこまで稼いでいないとは思えませんが。
レインボーと船橋新京成(習志野)を西にすればすっきり分かれるとも言えますが、西が大きすぎるということなんでしょうね。
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3200の記事は読みましたが、現新京成車の代替も(現80000ではなく)3200で行う、という記述もありましたが、分割の必要性のなさを考えれば直接入れるわけではなく本線からの玉突き代替は普通にありそうに思われます。
連番方式は京成では3500以来、新京成では8連時代の8800以来です。800と8000は電動車が基本番台でそれ以外は百位か十位に5が足されていたので純粋な連番ではなかったですね。
逆に編成別番号は京成は通勤形では3600以降、新京成は8900以降ですが、3600は組み替えで中間車は崩壊、8900も6連化で末尾4・5(89*4・89*5)が脱車の憂き目となっています。
ちなみにどういうわけか新京成は8900以降の編成別番号世代は1本目が0ではなく1からスタートしてたりするので直感的に何本目というのがわかりやすい反面、0で始まる先入観があるとミスリードしやすかったりします。
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RJの休刊理由をあれこれ邪推するのはどうなのかと思いますが、不自然なタイミングの背景は
取次との契約期間が6月いっぱい(暦年主義であれば上期)までで、年々返本率が上昇していたため
取次から契約更新の拒否、もしくは大幅な手数料率の引き上げといった通告があったことが引き金であったと考えれます。
契約期間が6月末ですと、雑誌は発売日から45日が新刊扱い流通をさせられる期間ですので4月21日発売の6月号が
期間内流通をさせられるリミットの号になります。
周知のとおり出版物の流通は取次の立場が非常に強く新興の出版社はまず契約を結べるまでのハードルが高いと言われますし
一誌だけで運営しているのでは、他に人気品目があるからということいならず、これまでの安定した刊行実績から
これまでは売上不振を大目にみてもらえたところ、紙の出版物の衰微で取次もこれ以上は余裕がないということかもしれません。
RFやRPも出版業界では中小企業が発行元では先行きはあまり明るくないと言わざるを得ないのが気がかりですが。
もう一つ考えられるのは雑誌コード自体が高額で取引されるものである故、コード売却の商談がまとまり
既に累積赤字が増加している財務状況で、今撤退すればコードの売却収益で、スタッフへの十分な退職金や買掛金の約束通りの支払いを行ない
迷惑をかけないクロージングが可能という判断であったか、そうであればこれはこれで英断と評価できます。
もともと管理人様のような長年の固定ファンが多い雑誌ゆえそこまで急激に売上減が生じるかという意見もありますが、
この頃ラーメンで話題になる1,000円の壁は月刊誌にも当てはまり、これを超えると目立って売上が落ちます。
表記される外税価格が2年半前まで3桁を維持していましたふぁ、壁を突破してから惰性で買い続けてきた層が
昔に比べて記事も面白くないしここいらが潮時と相当数離れていった。それに加えて年代別で最多勢力である団塊世代は
もう小さい字の雑誌を読むのが辛い、福祉施設に入り買いに行けない、あるいはお迎えが来たという方も多くなってきたという事情もあったと思われます。
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8900系は編成単位の付番でしたね。勘違いしていました。
となると新京成の完全連番制は8800系(6連化前)だけですね。8000系までは京成伝統のM車とT車の連番が異なるパターンでしたから。
ただ京成も赤電から3500系は全MなのでT車があったらどうだったかは不明ですし、新3200系もT台車はあるとはいえ全Mですから。
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暇つぶしにディーラーで車やカタログ見物していて思ったのですが、ヘッドライトのハロゲンがなくなりつつあるのは残念。
特に田舎の夜間ドライブではLEDは明るいがカットオフの明暗さで照射範囲外が見えずらくて運転しにくい。
ハロゲンのように適度に薄暗いほうが、暗順応した眼にはかえって広い範囲が見えるので運転しやすいし、
純正補修パーツも安くて入手性も良くて好きですね
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なるほど、雑誌コードですか。もともと鉄道ジャーナルが成美堂に身売りされた直後にもともとの雑誌コードが外れ、成人雑誌だった雑誌コードに移行しており、こうした売買には「長けている」親会社のようです。現行コードも成人雑誌由来とはいえ、十分ロンダリングされているでしょうし。
取次の問題となると、他誌も五十歩百歩でしかも後ろ盾も無いですから。神戸市内のスーパーにある書店でも扱いがあるし、平積みされている店もあるので、そこまでひどくはないでしょう。以前でもファンとジャーナルは平積みや表紙を見せて棚に置いてましたが、ピクはややもすると背表紙だけ見せる格好でしたし、そこまで売れていない感はなかっただけに。
1000円の壁はどうでしょう。ご指摘の通り高齢化が進んでいるであろう読者層とはいえ、月100円200円に困るような層であればとうの昔に買うのを止めている気が。
逆に「お迎え」とかはあるでしょうね。
リッチな50代をターゲットにしていた旅行系の雑誌も見る影がないのも、出歩く体力もない、鬼籍に入った、という読者の次の世代はそんな余裕がない、ということで代替わりできない焼き畑農業になってしまったからでしょう。鉄道雑誌はこたつ記事じゃないですが、家で読んで楽しむ、という分だけリタイアの時期が遅そうですし。
余裕があるうちに撤退、というのであれば英断ですが、キネマ旬報社から出ていた「蒸気機関車」誌(隔月刊)が1981年にその最後を「終刊号」として「大団円」としたのを当時ジャーナルでも有終の美として取り上げていましたが、3ヶ月前に終刊の予告をしたジャーナルはどう有終の美を飾るんでしょうね。
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80000系の「shin-kei-sei」の写真を撮れなかった、と思っていたら、初期に撮影していました。前面のみならず側面のロゴの両方ともで、当時の自分はよくわかっていたようです(苦笑)
電車の車番、バスの車番、また電車の運用とか、京成と新京成で流儀が違うことは少なくなく、電車は4月からいきなり「京成松戸線」だけにどうするのか。敢えてそのままという選択肢もありますが、長い目で見たらどこかで統一しないと逆に面倒になるでしょうから。
80000系の増備はないということと、京成本体の増備は3200系となると、3100系0番台車が不在という話はともかく、「松戸線」に3200系は不要なスペックですから、3000系を玉突きで配備するんでしょうね。千葉線、千原線は旧新京成の車両で賄うというような逆パターンも無いとは言えませんけどね。3100系0番台がないとなると、80000系を3100系に改番で本線転用として、松戸線は3700系あたりの「最古参」を入れるかもしれません。
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北千葉道路の外環接続部の都市計画が承認、認可されました。
専用部は北千葉JCTから市松道路とR464現道が近接するところに設置される松戸市川西IC(仮称)まで、一般部は同時施行と思われるr9バイパスとの交点までとなっています。
気になるのは一般部と専用部の間に80mの差があり、外環道の支線扱いになっていること。一般部の整備はこの80mを除外していますが、そうなるとR298との接続はどうなるのか。現行の中国分小学校前交差点を拡大する格好での単純な平面交差にしても、距離が足りないようにも見えますし、本来はジャンクション構造にしたいところですが、ケチったか。そうだとすれば後々祟りますね。
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レインボー白井やバスシステムの西側は後で持ち替え(再移管)が発生するパターンと推定はしています。第二次再編(京成バス本体の分割)の前後どっちかまではわかりませんが。
しかしこの再編、縄張りの関係で今まで設定されることのなかった路線ができる可能性も秘めているとも思ってはいますが、それでもウエストとセントラルとかだと難しそうなままなんでしょうね。
流儀の違い、といえば、新京成の駅の乗り場案内も京成化が始まったようですが、「色変え」の時点では下り方向の方が番号が若いのはそのままのようですね。
北総・京成の上り→都交の南行→京急の下りで番号の若い方で統一されていますが、現新京成はその逆になっていて、おそらく松戸に合わせたものと思われますが、結果京成津田沼以外京成とは逆になっています。
東武が船橋と柏でJRからの連番をやめ、かつ柏に至ってはJRとは付け方を逆にしたりしているので、京成にやる気があればできなくはなさそうに思われますが。
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確かに新経路(大昔の復活?)はあるかもしれませんね。ただ考えられるいくつかは社会実験などで試行してポシャっているので難しいかもしれません。市川営業所や中沢あたりで止まっている路線を鎌ヶ谷駅から新鎌ヶ谷駅につなげるくらいですかね。ウェストだと東武、セントラルだと東洋・シーサイドのエリアと乗り入れるのが一番流動に合ってそうなので京成グループでの再編が必ずしもブレイクスルーにはならないようです。
番線の付番ですが、松戸は7番と8番を変えるのは難しいでしょう。東武柏と違い、ホームの並びもコンコースも一体化しており(かつてはノーラッチでしたし)、1番と2番が2組というのは案内上も不親切です。コンコースに「遅れておりました快速取手行きが1番線に入ります」と流れたときに、中間改札はあるとはいえ1番線が同じコンコースから2ヶ所というわけですから。他駅も含め松戸行き側1番線あるいは若い番号にひっくり返すというのはありかもしれませんが。松戸も7番と8番が入れ替わったくらいでは弊害もないですし。
新鎌ヶ谷は1番と2番が2組ですが、高架線の間に壁があるし中間改札はあるがコンコースは別位置だし、紛れはない格好です。西船橋も中間改札があるがコンコースが一体なので、1番から8番までは通しですよね。横浜なんかは並びの京急は連番で(1、2番は京急)、別位置の相鉄、東横(MM)、地下鉄は1番からそれぞれ別に振ってます。
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JREが「駅そばの達人」キャンペーンをするのですが、各地オリジナルの立ち食いそばがJREの手で「天下統一」されてしまった段階で何をするのか、という企画です。
対象店舗の一覧表があるのですが、「一覧性」とはよくぞ言ったもので、こうやって並べたら「いろり庵」「大江戸そば」「そばいち」だけじゃん、というしかない状態ですね。千葉駅など「菜の花」ブランドも「天下統一」されたあとですし。国鉄末期は船橋などいわゆる「余剰人員」対策で展開した店舗のブランドという悲しい歴史がありますが。
しかも数少ない「独立系」のしかも大どころが対象外という時点でため息も出ないわけで、我孫子の弥生軒、品川の常盤軒、北千住(「天下統一」後ですが昔は常盤軒)と入っていません。改札内とかホーム上とかという条件も厳密ではないのですが、であれば駅舎内の小淵沢丸政も入ってませんね。立ち食いやその発展形ではないですが、新白河の蕎麦屋もないです。まああそこは蕎麦よりも白河ラーメンがメインですが。
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松戸はともかく西船橋は前後の駅を考えるとホームの番号の振り方が逆だと収まりが良さそうですが、JRは不文律なのか駅長室がある側を若い番号にしているとかでそのせいで同じ路線でも一定ではないことが多々ありますね。
松戸も大改装のついでで駅長室が動くなどして若い番号を譲ってもらえれば(=常磐線が3から8になれば)万々歳ですが、まあないならないで松戸だけ現状維持でも問題はないでしょう。
逆に西船橋はメトロや東葉的には現状の方が向きが合っていたりはしますが、総武快速にホームを作るかどうか問題を考えると増減し得ない若い番号がメトロ側にあった方が都合はいいはずです。
北習志野は東葉が新京成の続番だったりしますが、新鎌ヶ谷は将来的に北総領も京成にするのであれば現新京成の番号の向きを変えた上でその続番でもいいように思います。
にしても、今まで京成の色違い(3700→7300・9100、3000→7500・9200)を新造で最低1本は入れてきた北総と千葉NTですが、3100を見送ったとしても3200は現新京成には4+2がオーバースペックなのと同様、4+4でないと使いづらいうえにひと昔以上前みたく区間運転が短編成というのもないのでやはり「不要な機能」でしょう。
となると3100のリピートオーダー扱いで北総または千葉NT向けを作らないのであれば次は北総の京成化というのはあり得るわけですが、ただ北総は現状三セクなので京成化したところで日医大以遠同様の上下分離の片割れで残るのが妥当でしょうか。
自治体やURに対して株式交換をさせてまで北総を合併するのはあまり得策ではないでしょうし。ただ車両は北総籍・NT籍は維持する必要はなくなりそうなので配置が印旛のままだとしても京成に一本化でいい気はします。
3700の色違いである7300や9100は3000の色違いの方と違い3700とは差異が大きい虎の子と言える代物でもあるので中間車を抜く必要と現80000に追加の中間車を入れる必要はありますが、松戸線化後に北総も京成化すればトレードでくぬぎ山送りになってもおかしくはない気はしますね。
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現船橋新京成には三咲分断などでは乗り継ぎ制度は設定されてはいませんが、これが例えばレインボーだと緑が丘分断には確かあったはずですが、大再編で今までなかった乗り継ぎ制度が設定されれば改善といえるところですが、逆に今まであった方が廃止となれば改悪と言えるところです。
緑が丘は船橋新京成習志野が撤退してもレインボー船尾と同じセントラルになることで事実上の解決をみそうではありますが、白井関係はどうなることやら。
理想としては大仏分断しても船橋から来ても西船橋から来ても白井方面も西白井方面も乗り継げるのがベストですが。
レインボーは船尾も白井もあくまで車庫扱いで実態はともかく名目上は営業所ではないから一律セントラルのように書かれているだけならまだいいのですが、白井はほとんどがウエストの方がよさそうですし、もっと言うならかつては京成の松戸の隷下でも再編後なら鎌ヶ谷(大仏)の隷下が向いているでしょうし。まあ当初全域セントラルでも後から変えればいいだけですが。
バスの再編も近づいてきたからか、社名表記が暫定化された車両を散見するようになったようで、松戸新京成はウエストの上に現社名を貼った個体があるというつぶやきを見ました。
私が実際に見たのはタウンバスですが、車体に大きく書かれた「TOWN BUS」を消してそれをやっていたので、遠目からはただ真っ白なだけのバスに見えました。
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バスの塗装ですが、ジェントルピンク組は側面にはロゴが元から入ってなかったのですが、前後にはありました。ただこれは鉄道の80000系同様早期に消えています。
あとはどんな「シール修正」か。第二会社方式で再建の常磐交通は取って付けたような(フォントサイズも微妙に違う)「新」を貼っていましたが、新京成もバス分社、分割の時に、バランスよく「新京成バス」と書かれていたのを、「新」に前にやっつけ仕事のように「船橋」「習志野」「松戸」と貼っていました。
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バスの乗り継ぎというと新潟の萬代橋BRTのように寄ってたかって否定する傾向がありますよね。結局運賃の通算や接続の徹底に尽きるのですが。磁気SFの段階で確立していましたが、ICカードで乗り換えたら通算とか割引を仕込むことは可能でしょう。大阪市営(→大阪シティバス)のように2乗車目は無料となるケースとか、多彩なケースに対応していましたから。
乗継前提への変更というか、こうした2乗車目の割引もしくは通算でしょうね。区間制運賃で自動通算を仕込めるかですが、同一バス会社で一定の時間以内の乗り継ぎの場合は1乗車目の乗車停留所から2乗車目の降車停留所までの通算運賃から、1乗車目の徴収額の差額を徴収、というロジックは組めるでしょう。通し運転がない区間、ある区間がややこしいというかもしれませんが、乗り継ぎ用に各停留所相互間の運賃を設定すれば対応できます。
あとは乗り継がなくても行けるケースでの乗り継ぎを排除するかどうか。まあこれはロジックの複雑化を厭うほうが正しいんでしょうね。同一系統の「途中下車」でも適用しましょう。
と、持ち上げたとたん、大トロ、シティバスが3月いっぱいで乗り継ぎ割引を廃止します。
ポイント制への変更とありますが、Pitapaか記名ICOCAで会員登録しないと対象外ですから話になりません。数年前まで公営だったという公共性の高い事業者が、利用形態によっては倍の値上げですからね。特に他所者にとっては有無を言わせぬ値上げです。そのためにPitapa作りますか?ICOCA買いますか?という話ですし、ポイントだから次いつ来るかわからないときまで使えません。話になりません。やっぱり維新ですね。美辞麗句で釣って、他人の身を切る改革です。
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Osaka Metro・大阪シティバスの乗継割引廃止は、乗り継ぎの時間によって付与するポイントに差を付けていることからわかるように、
疑似往復割引、もっと言えば「行きは地下鉄、帰りはバス」という使い方をしていた人が少なからずいたので、メスを入れたのでしょう。
かつては地下鉄でも「梅田3駅の乗継」で同じような裏技があったので、30分以内の制限を課せられるようになりました。
確かにそうではない使い方をしていた人にとっては値上げでしょうが、
京都みたいにバスでないと痒い所に手が届かない都市でなく稠密に地下鉄の路線網が張り巡らされた大阪で、
バスをしかも乗り継いで行くような場所に余所者が用があるのかと考えると、そのパターンはかなり少ないと思われます。
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大トロ、シティバスの乗継割引廃止、9月11日にしれっと発表していましたね。気が付きませんでした
乗継割引はバス同士(いまざとライナー含む)だと2回目の全額、地下鉄といまざとライナーは160円、地下鉄とバスは100円ですからこれは大きいです。
大阪市の乗継割引は当初乗り継ぎ場所や系統指定だったものを撤廃してバスの時間制限(降車から降車まで90分)だけにしていますが、往復利用を排除しての当初の制度設計を緩和したのは、ICやSFがなかった時代で煩雑な手続きを避けたとはいえ、利用誘発効果があったんでしょう。
バスは一時の幹線支線の再編の名残がありますし、系統の整理も乗り継ぎを前提に実施されているはずですから、「2倍値上げ」はさすがに阿漕に過ぎます。地下鉄乗り継ぎも100円は大きいですし、いまざとライナーに至ってはそれだけで完結する流動がどれだけかという話です。今里筋線の延伸の先行実験的路線ですし。
JRの乗継割引廃止もそうですが、上げ幅が半端ないわけで、毎度お馴染みの「あるべき姿」とか寝言で済ませていいものではありません。今ここにある価格からの値上げ幅の話ですから。
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OSAKA POINTの仔細を見ればわかるように、市内在住でPitapa持ちかICOCA持ちでないと利用できないですからね。
3ヶ月以内にポイントをチャージに振り替えないといけない、ポイントは翌年度末に失効です。そしてアプリインストール必須とどこまでも敷居が高いです。Pitapaは手元でできますが、ショッピングポイントに振り替えないといけないとか、これも訳が分からない仕立てです。ICOCAは大トロの券売機でしか振替できません。
他所者というか、関西圏在住者でも「ムリゲー」ですね。
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EX予約の往復割引商品も消えますね。「EX予約に往復割引があるから」と往復割引乗車券の廃止を肯定してた人の見通しの甘さというか、常識的なレベルでの推測もできないことが露見しています。
まあ回数券の廃止なども含めて、1〜2割程度の割引の廃止であればギリギリ許容範囲と言えなくもないですが、乗継割引は半端ないレベルの値上げだけに、事業者の胸先三寸という現状を許容することは利用者の自殺行為でしょう。
しきりに忖度メディアが流す「ネット割引で○○円」というような割引がいつ消えるかわからないわけで、「本則」のような改正(改悪)への抑止力もありません。本来はここは消費者庁の出番なわけですが、5割増とか倍増という、特急やバスなどの乗継割引廃止の影響をスルーするなら、それを「軽い」と見てるというしかないですね。
ちなみに「あるべき姿」もとっくの昔に否定されているわけで、「冷凍食品●割引」の宣伝を景表法違反として措置命令が出ているのと論理は一緒ですよね。乗継時に「定価」同士で支払うケースがない「定価」は基準になりません。
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新しい路線の可能性となると、新鎌ヶ谷の使い方がまず出てきますね。
大昔の新京成神納線のように、豊富から睦を結んで、緑が丘からアンデルセンとか。
緑が丘からはぐみの杜、坪井経由で北習志野のコミュニティ路線も。
ただ既存路線の縮小すら進む中で、つなげれば道が開けるという単純な話ではありませんが。
あとは団地内とか需要地をきめ細かく回る路線がないですよね。高根台や習志野台はそれが未開拓ですし、上記の坪井もそう。アンデルセンとかはセコメディック、豊富北経由に振ればいいのにアンデルセンすら寄らない船07とか。
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緑が丘は新京成がかつて設定していた高津団地方面の区間運転とか未成線の北習志野方面を船尾方面からの直通で設定し直すというのは想定できますね。もっとも北習志野であれば緑が丘を飛ばして日大前を回らせる方が時間面では得策そうですが。
船07は船08があった末期の前ぐらいまでは豊富農協前まで行って折り返していた記憶がありますが、いまセコメディック病院経由を設定するのであれば枝番化して船07Aになるとかでしょうね。
船30(かつての医療センター経由の豊富農協前)を医療センター・セコメディック病院経由で小室駅として復活させて船07からシフトするって手もありますね。そして鎌01なんかは白井駅延伸なんてあってもよさそうですね。
もっとも道路事情からくる定時性の低さやそれに伴う拘束時間の間延びもあって実際は大運転の減少と細切れ化が増えるのが関の山ではないかという気もしますから、増えるとしても短いものになる予感がします。七次台から白井駅方面とか。
セコメディック病院が自前運行(ドライバーは委託)している送迎バスの中には編入して一般路線化すれば利用が見込めそうなのもあるにはありますが、“無料だから乗っている”層が離れるリスクもなくはないだけに難しさもありそうですが、病院も病院で運行コストから切りたがっている節もありそうなので、ウエストやセントラルで受け入れるなら喜んで手放す可能性もありそうです。
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番線の付け方で最悪は名古屋の「金山総合駅」で、JRと名鉄が並びながら(並べるという趣旨での「総合駅」として開業)、番線が北側中央線側から「1、2、4、3、2、1、3、4」とドリフのコントのような状態だと案内もさることながら見栄えも悪いです。西船橋は、というか総武快速線の番線は緩行線側からと快速線側からに分かれており、駅長室基準という古い基準に拘泥するとわかりづらい典型です。メトロ・東葉を1番線から4番線としても、総武緩行線下りが8番線となった後、武蔵野線、京葉線が9番線から12番線を使っており、この変更が必須です。あるいは総武快速線は2番線分だけとしたら、9番線、10番線なり、武蔵野線、京葉線は11番線から14番線と、10番台は3階、という識別になりますね。
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送迎バスもコストはかかっているわけですが、一方で受託事業者にとっては空気輸送でも収入が確約されるというメリットがありますから、下手に路線化するよりもおいしい商売です。
ただ日医大のように鉄道開通を機に無料送迎は印旛日本医大駅までとし、直通サービスは路線バスに移行したケースもあり、路線バスとの共存、地域の公共交通の維持として自治体が差配、調整してほしい部分です。
船橋市北部や印西白井はR16で柏や八千代へのアクセスが見えているわけで、高校のスクール受託ではそうした設定もあります。(東洋バス) 路線化となると東武と東洋が絡むわけで、京成の再編だけではどうしようもないのが悩ましいところです。
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豊富北がイマイチなのはやはり華為の研究所が事実上見直しになったのが大きいですね。
中国と言えば吹き上がる向きにとってはさも当然というのでしょうが、5Gで完全に後れを取った米国が力技で中国をねじ伏せるのに口実を作ったわけで、ネット黎明期から米国が情報を収集しているという話があるのを踏まえると、俺らもやっているのだからあいつらもやっているに違いない、という言いがかりにも見えます。生成AIにしてもさっそく「二匹目のどじょう」のように因縁をつけ始めていますから。
それはさておき、あの周回コースを上手に活用した路線設定が必要ですね。1周してセコメディックの待機場で待機、というパターンが一番現実的です。船07はアンデルセン、セコメディック経由にすると。
あとはアンデルセンの正門前にバス停が作れないものか。ここで折り返しができるようになれば、古和釜からアンデルセン折り返しでセコメディック経由小室とか見えてきます。
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以前どこかで教習所の送迎バスに特定の条件を満たした高齢者を乗せて地域の足にする試みがあったと記憶していますが、教習所のバスの場合は繁忙期以外の余剰輸送力の利活用の側面が大きいことや、それ抜きでも「自分の足」があれば来校できる層はそれで来るので余りがあるという事情があったからと思われます。
かつ手空きの教官がドライバーとして乗ればよいのでドライバーに関するコストは余分にはかかっておらず(手当の形はあるでしょうが、本職バスのようなハンドル時間とかではないでしょう)、途中で乗降する高齢者の分間延びしても(多少の迂回があっても)空気を運ぶよりはマシという認識はありそうです。
対して病院の送迎バスとなると、車両自体の運用形態はともかく、ドライバーについては自前でないことが多いでしょうから、受託する側にとってはおいしくても委託する病院側にとってはそうでない契約になっている可能性も考えられ、来院者以外の利用に消極的にならざるを得ない可能性もありそうです。
また病院という場所の性格上、「例のあの病」以降は特にでしょうが、来院者とそれ以外の間で移る移されるの問題が起こるのを嫌うというのもあるでしょうから、単純に「空気を運ぶよりはマシ」とはいかないんでしょうね。
京成系の再編で県内の北西部から北東部にかけての大半は事実上京成の直轄地同然と化しますが、常磐線沿いにしゃしゃり出ている東武系、八千代から幕張界隈に居座る東洋系やビートラ系、北総台地どころか半島部にもいた気がするものの正直場違い感の否めないJRバスなど、完璧な再編をと考えるとそれを阻む他社が地味に多いのが痛し痒しですね。
九十九里はともかく小湊の大半や日東のエリアだとあまり関係なさそうですが。
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船橋市がコミバスではなく教習所送迎バス(ワゴン)を活用とした当初は、これも選択肢であり卓見だと思ったんですが、導入後ほどなく教習所の一つが送迎をデマンド方式にしたため高齢者対応としては「廃止」になっています。
船橋市は海老川新駅と新医療センターがカギになるはずですが、なんで駅を取り込むような形にできなかったんですかね。
バリアフリー対応を考えたら、両方に立ち寄る格好となり船橋駅方面との行き来には時間がかかりすぎます。さらに船橋整形には寄らない可能性もあるわけで(船取線経由で迂回するのは渋滞を考えると信頼性を大いに損なう)、あるいは飯山満入口、吹上経由というルートも考えられますが、迷走気味です。
それなりに需要があった船22を取りやめて高根木戸駅以遠では乗る人もまれだった船23に統一したように系統設定もおかしいわけで(松が丘の需要を考えると船23より船22のはず)、行政と事業者に疑問符が付くようなペアですから、期待できません。
余談ですが、現医療センターはどうするんでしょうね。神戸市が市民病院をポーアイ1期から2期に移転しましたが、今にも使えなくなるようなことを言っておきながら、事実上居抜きで別の医療法人が総合病院と老人施設を開業していますが、そういうような結果になるのであれば、新たに開設する意義が問われますね。
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企業などの受託料金は中の人に教えてもらったことがありますが、結構なお値段となります。
一方でクルマ通勤で支給する通勤交通費としてのガソリン代とか、駐車場の取得、維持管理費とか、なによりも事故リスク(もらい事故も含む)があるわけで、さらに本社や他事業所からの出張者がタクシーを使う際の交通費とか、コスト比較をするとそこまで目くじらを立てるような差額にならないようです。エコ通勤というアピールもできますし。まあ着席前提であれば肉体的、精神的な疲労もなくいいことづくめですが、宇都宮ライトラインのように立客多数だと逆に始業時間の段階で疲労しているという安全衛生上の問題があります。
病院送迎バスと感染症の関係ですが、今はそこまで気にしてないのが現実でしょう。日医大もそうですが、大病院として初診でかかるには選定料が数千円かかるわけで、それなりに自分の病気がわかっている人が大半です。ただし路線バス兼用だと感染症患者との接触リスクが高まりますが、送迎バスだけで行程が完結する人は少ないです。
地方の公共交通では病院がバスターミナルになっているケースは少なくなく、乗り換え拠点ではないが全系統が寄り道して乗り入れるというケースは多いですね。金沢から能登半島への特急バスも中央病院と大学病院の2ヶ所に立ち寄り、さらに駅西合同庁舎前は路上停留所ですが県庁前は構内に入ると、ある程度の速達性が必要とされるはずの幹線バスも「寄り道」抜きでは集客が覚束ないようです。
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最近ピーク後の8時40分過ぎの特急で通勤するのですが、車内のスーツケースの多さにビビります。
よくよく調べると、空港からはアクセス特急に抜かれないダイヤもあり浅草くらいまでインバウンド客が座っています。
彼らは当然船橋逸走なんてしないので、船橋過ぎても車内混んでるんです。総武快速に乗り換えした方が楽なのかもしれない。
ラッシュ時もありスカイライナーの増発は難しいんでしょうね。スカイライナー増発のため4本目のモーニングライナーが召し上げられそうです。
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京成の株優の制度変更が発表されましたが、電車バス全線の廃止に代わり電車全線とバスが事業者別(京成バス、東京、千葉W、千葉C、千葉Eの5社)それぞれの全線で選択式となるようです。
また新京成区間については松戸線になる来年度から今年度すでに発行された分(自動改札非対応)を含め利用可能になるとのことです。
現新京成区間が優待から除外される心配がなくなった一方、電車とバスが別になったのはあからさまな劣化なのは否めないです。
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スーツケース問題ですが、鉄道中心の公共交通、という制度設計をするのであれば、スーツケースの持ち込みは当然想定の範囲内です。いやならクルマを使うことを妨げるなという話ですし、諸費用をもっと安くして使いやすくするのが政策です。クルマ依存はもちろん、タクシーや宅配も自動車交通であり、特にタクシーは流動の集約がほぼ不可能ですから、クルマはもちろん、タクシーや宅配シフトも環境負荷が高いですが、SDGsだなんだと言っている割に無頓着です。
ちなみにスーツケースはほかのソフトバッグとは違い、航空会社などの預け荷物や持ち込みの制限における統一基準をベースに定型化されていますから、それに対応する設計も比較的簡単です。だのにサイズがあっていない。荷棚はその典型で、スーツケースを上げないのではなく上げられないという事業者側の問題です。
その意味では京成の3050系はともかくとして、3150系は座席の跳ね上げ機構だけで荷棚をいじってないのは残念過ぎますね。なお跳ね上げ機構をドア間中央にしたのは良いやり方で、盗難リスクを軽減し、また利用者にも安心感を与えます。中ほどに入るインセンティブにもなりますし。上海のリニア(磁浮)もそうでしたね。
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ピーク時の空港需要対応として3200系の2連を作り、「定員制」としてスーツケース大歓迎とするとか・・・
芝山鉄道方面と共通運用とするので、LCとか特殊な装備は無しとして、ただ乗るだけの追加料金というのもありかな。
3200系を令和の赤電という説もあるようですが、そもそも元祖赤電(3000系は青電塗装で登場)はMc-Mcの2連の組み合わせなんですよね。4連が出てきたのは3150系から。3200系、3300系は当初4連で更新後6連が登場。2両単位で抜き差しできるので4連や8連を組んだ実績もあります。赤電は4両固定、6両固定と4+4の8連ですから、今回の新3200系は現時点で分かっている情報だと3500系のほうが親和性がありますね。4連にMc-Mの2連を足すという発想は。
そう考えると、旧型100系で8連固定を組んだ新京成はなかなか攻めていましたね。
特別修繕で片運転台になった車両を両端に置き、中間電動車になった車両を4両挿入し、あとは中間サハ(1110番台)か中間車化されたサハ(2000番台)と、中間に運転台のない8連がありました。この電動車6両は例の左右非対称車です。まあ25両全車が京成から転入し、半鋼車4両と特別修繕を行わず半室運転台の見た目両運で残った1両以外の20両が特別修繕を受けて輸送力列車として走っていましたから。
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旧印旛村へのアクセスに独立系がいますが、都市交通がなの花交通に小林-日医大-京成佐倉を譲渡しています。(都市交通のままで残っている路線もある)
なの花交通はみちのりグループということで、京成、東武、JRに並ぶバス大手が地盤を得たという見方もできますね。
県内のJRバス関東は2手に分かれていますが、今更他事業者が引き取るということもないんでしょうね。多古方面は、高速バスを共同運行から単独運行している千葉交通でもよさそうですが、手を上げるだけの体力はなさそうです。館山方面は高速バスとの連携や直通もあり、手放す気はなさそうです。
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京成の優待改定は「拡充」という評価ですね。
電車は松戸線を含むことになる反面、バスは各分社から選ぶということでエリアが狭まりますが、大きいのは1月末で1:3の株式分割をしていながら優待適用の株数は3倍としていないので優待のハードルが下がっていますが、刻み目が変わったため、株数によっては損得両方が発生します。なおバスも使える全線定期は従来25000株なので分割後は75000株相当。新基準では30000株で電車とバス各分社から選択と、従来電車全線定期は17500株だったので分割後は52500株相当。刻みの関係もありますが、保有数が少ないほうがお得になったという感じにも見えます。
継続保有特典が3年継続から2年継続となりますが、回数券式の鉄道全線乗車券からクオカードになってしかも渋くなっており、ここは改悪です。
あとは新基準で75000株以上が大きく見劣りするんですよね。他とのバランスを考えたら60000株くらいで電車バス全線か、50000株で電車「と」バス1社全線とか、もう少しインセンティブがあってもいいのかなと。
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印旛(・成田)の都市交通はタクシーが本業で、今は二和にあるエムティもみゆきタクシーを都市交通が買収した名残(みゆきのMと都市交通のT)と聞いたことがあります。今は手放されてイースタン系(今はイースタンも関西の梅田交通系)ですが。
都市交通というと都内では系列の東京タクシーが独立系では珍しく大手のように認可台数枠をちまちま買い漁っているイメージ(「あの病」の時に偽装解雇騒動を起こした同じく独立系のロイヤルリムジンは傾いた同業から一気に買うイメージ)ですが、まさか地元の路線を手放した分を元手に買ってるのではと勘ぐりたくなります。
株優は今回の改定は第二次再編(京成バス分割)までの繋ぎの性格もありそうですから、来年か再来年には少なくとも京成バスがなくなる分の再改定があるはずですが、そこでどう変わるか。
さらに上位でバス全社全線の設定や電車バス全線の復活とかやってもいい気がしますが。
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今度海外に出かけると言ってる知人が、朝の羽田発のANAにしたらどうも2タミだと落胆していました。
3タミもたいがいなんですが、2タミだと制限区域外も中も商業施設が満足にあるのかどうか。ラウンジを使えるそうなんですが、ラウンジも大丈夫かな、と言ってましたね。出発便が朝方だけですからサービスも端折られていそうとのこと。Y席なのでラウンジの飲食で満たしてから耐えよう、というセコい考えですから、そういう客を篩に掛けたいんじゃない?とは言いましたが(爆)
まあ場所が2タミ南の外れなわけで、リムジンで着くのは真ん中ですからかなり歩くはずと言ってましたね。
関空は国際線を真ん中にして国内線を弾き飛ばしましたが、羽田は2タミに分散してしかも使い勝手は、となると散々です。
帰りも2タミのようですが、これはもともと羽田にはなかったアライバルラウンジが利用できるので、3タミ到着にはならないでくれと言ってましたね。私も成田のアライバルラウンジは使いましたが、羽田はまだなので様子を知りたいです。近年は羽田着のケースが多く、2タミ国際化までは羽田自体にアライバルラウンジがなかっただけに。
なお成田のアライバルラウンジは国内線出発用も兼ねているため、成田発国内線で何回か使ってます。国際線では「おはよう日本」で帰国した時は助かりますね。シャワーを浴びてそのまま出社ということもありました。バスタブのないホテルのバスルームという感じでリフレッシュできましたし。
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そうそう、全然使う機会がないのですが関空の制限区域内の免税店などが変わったと聞きますがどうなんでしょうね。
Covid19前でも店は少ないし数少ない店(コンビニ)は長蛇の列と散々でしたから。羽田3タミもCovid19明け(まだ検疫があったころ)は閉店のままの店舗が多く、制限区域内で目星をつけていた店が閉店中で総合免税店でありきたりの手土産にならざるを得なかったという体験もあります。なお羽田は3タミでもしょぼいわけで、あさましく国際線を集めながら制限区域内、外とも成田とは雲泥の差の内容でした。制限区域外であれば2タミならなんとか、と転進が効くとはいえ離れているわけですし。
「首都の代表空港」というのであれば、他国を見習わないといけませんね。まず成田並みは最低条件。シンガポールのチャンギまではいかずとも、タイ・バンコクのスワンナプームのレベルは必須でしょう。できないなら成田に集約したほうがマシです。
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さすがにタクシー沼には入っていないので・・・
印旛の都市交通の分からないところは、バス事業を残しながら基幹?路線をなの花に譲渡したこと。生活バスを全廃した鎌ヶ谷観光がコミバスだけは残しているように、自治体の関与度合いなのかもしれませんが、佐倉-印旛-小林はどうだったのか。
今よりももっとタクシーの「質」にばらつきがあった昭和中期、祖父は高根公団に常駐していた新京成タクシーご指名で乗ってましたね。それこそ駕籠かきの時代から言われていた「雲助」じゃないですが、運転が荒い「神風」とか散々な言われようだった時代ですから、電鉄系ということで信用していたんでしょうが。時代が下がって親世代はmyタクシー系列を愛用していましたが。
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EX予約の往復割引はやはり正規個札の廃止とともに消えます。この分も含めたらここ数年のEX予約の値上げはシャレにならないわけで、有料会員なんかやってると元を取れるのかどうか。割引はないけどスマートEXにするほうが良いかもしれませんね。ハウスカードも要りませんから、カードのポイント等の集約で無割引のデメリットくらいすぐに取り返せそうですし。グリーンプログラムもなくなり、CとWで別々にポイントがたまるという渋さでは「ポイ活」にもなりません。
頑なに東京駅連絡改札を使わせないようにしていますが、それを除けば交通系IC紐づけで新在どちらも行けるというのも便利ですよね。確かに安いですが、自由席利用だとそのメリットはなく、有料会員制度が何のためにあるのか、と言わざるを得ません。
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金曜のスタンプラリーの台紙とそれ用のデジタル一日券が即日完売という盛況だったようです。
かくいう私は辛うじて金曜が休みだったので参戦したのですが、地元駅では台紙が昼前の段階ですでに完売しており、一日券を活かして八柱で購入しそこからスタート、今まで通過こそすれど降りたことのない駅をも片っ端から降りてその日のうちに完走はしたのですが、発行部数ほどの参加人数がいるようには見えなかったのでやはり転売ヤーの餌食になったと見るべきなんでしょうかね。わざわざは確認してはいませんが。
他の参加者も販売された台紙だけでなく自前のノートなどに別途押す、いわばスタンプラリーのガチ勢が目立ったように思います。
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平和交通の深夜急行が正式に廃止になりました。高根木戸、北習志野などのバス停に貼られていた「運休中」の紙がはがされ、廃止のお知らせが貼られています。公式の告示と同じ体裁で、アウトプットして貼りましたという感じです。
廃止は1月31日付けで、復活したはずの羽田-数寄屋橋-津田沼-千葉方面も呆気なく消えました。
一方外房方面の平和交通、。ちはら台、五井への西岬観光、幕張・千葉から外房方面のあすか交通は運休中を継続して廃止にはしていません。
新京成の深夜急行は一足先に消えましたが、平和交通もあれほど多彩にあった路線が5系統一気に消えました。
高根木戸や北習志野に都心から2系統というまさかの事態も、結局はうたかたの夢に終わりました。
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新京成の「京成化」ですが、新津田沼が京成仕様になりましたね。駅名標は残していますが、階段の上り口、下り口やホームの番線表示がピンクから青になりました。
回ってみると高根木戸も変わってましたが、番線表示に入っていた「五香たかね」のイラストが消えています。コンコースの表示もなくなったとも聞いており、京成化でお役御免のようです。
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普通に考えるとビートラ陣営は「勝ち残った」のに「あっさり撤退した」という考え方もできますが、残すほどの需要が残らなかったのか、それとも廃止しないと差し支えるほど他に回すドライバーが確保できなかったのか、ってところでしょうかね。いずれにせよビートラと思うとかなりの大鉈と思います。
一方、昼行で往復2便ですがウィラーが芝山町から新木場の路線を開設します。
ウィラーにとっては新木場は営業所の最寄りというのもあり、良くも悪くも効率はいい運行ができるのでしょうが、宣伝するほどの定時性があってもバスから鉄道に乗り換えてまで利用する層がいるのかは未知数な気がします。
有楽町線はまだしも、りんかい線は高いし京葉線は東京駅が色々とアレですし。せめてりんかい線がJRになれば多少はマシそうですが。
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今回全駅巡ったついでに確認したところ高根木戸は確かに駅名標以外全滅の様相だった一方で五香は今のところ残っていましたが、京成化するとなればキャラ自体は存続でも当然ながら制服も京成のものになるため装飾としては現行のものは見納めになるのは必然でしょうね。京成になってから再度装飾するかは分かりませんが。
島式駅の自立式の駅名標や時刻表入れの柱やコンコースの壁掛け型の時刻表入れは京成の色違いでピンクだったものが京成の青に変わりつつありますが、あの角ばった筆記体の「Keisei」が上貼りで隠されており、統合当日かその数日以内に剥がすものと推定されます。
駅名標は比較的最後の方に回されると思われますが、先に変えても社名や駅番号はやはり上貼りで処置して当日剥がすとかでしょうけど、新津田沼以北はまだしも二つあった番号が一つになる京成津田沼の特に5番線のはどう処置するのか。逆に京成津田沼は入口にあるものは現行のにした時点で京成の番号しかありませんでしたが。
巡ったついででもう一つ気づいたのが、先代デザイン(駅名標が茶帯の世代)の構内サインは意外と細かいところで残っているのも散見されました。
まあこの世代も京成の当時のそれとほぼ同じものなので、京成化されても放置もありえそうですが(流石に先々代の、番線表示の数字が縦長だった世代のは習志野の封鎖されたエリアの駅名標ぐらいでしたが‥‥縦長数字のって京成にはありましたっけ?)。
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11年前まで村上に住んでおり、平和交通の深夜バスにお世話になりました。
初乗車に管理人さんも乗っており、高根木戸から先の降車情報をこの掲示板に共有した記憶があります笑
運転開始当時のダイヤ、津田沼から先いくつか時間に無理がある部分があった記憶があります。また12月や三連休前は
2台体制と手厚かった思い出があります。
ちばグリーンも復活は厳しそうですね。
近所の都内通勤者と会話したのですが、やはり船橋24時10分過ぎ終電は早いと。
東葉駅や津田沼からタクシー帰宅したことあると盛り上がりました。やはり東葉最終なみ、いまは亡き通特佐倉が復活してほしいとなりました
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ウィラーの新木場線は忖度メディアが大きく取り上げていますが、まあ宣伝はお上手、という感じです。
それよりも鳴り物入りで登場した大崎線は運休中で、品川区も整備を負担した大崎駅西口BTは羽田行きが1.5往復、成田行きが全便運休と惨憺たる状況ですが、公共を動かしているということを考えたら、新木場とか手を出すくらいなら形だけでも大崎を復活させるべきでしょうね。「出雲」の運休問題をダシに余部鉄橋の改修費用を出させて「出雲」を廃止した某社みたいです。
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ピンクの駅名標を見てまだ大丈夫と思ったら色違いだったか・・・
青色の京成タイプで気になるのは、方面の記載で、「(隣駅)、新津田沼、京成津田沼、千葉」方面だったものが、最後の「千葉」が「京成千葉」になっています。乗り換えサイトなどの表示を踏まえて正式名称を前面に出した結果ですが、「他社」として「千葉」なのに、「自社」として「京成千葉」はなんか違和感も感じます。
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方面の記載で隣駅が載っていたのはピンクになる前でしたね。
今は松戸方面、津田沼方面で、下段にその先の乗り換え駅と「千葉」が出ています。新津田沼のみ津田沼方面が「京成津田沼」だったかと。
駅名標(ホーム上のやつ)は高根木戸も現行ピンク版のままで、時刻表と上下になっているのに「五香たかね」のイラストが入っていますが、EV側面に掲出分は入っていません。
習志野のホーム端部には昔のシンプルなやつ(茶色い線のものですから大昔からのものではない)が確かに残っていますが、これのピンク版を見たかったですね。阪神住吉は甲子園の降車ホームとともに昔のデザインの駅名標が残っていましたが、甲子園は改修で消えましたが、住吉は現行バージョン(青地)になって残っており、きちんとアップデートされています。
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松戸新京成カラーで船橋に転属した車両を大仏の構内にいるのを見かけましたが、豊富線の運用に入っているのを見ました。何とも違和感ですが、ボディーに松戸新京成時代には入っていた「船橋新京成バス」の文字がなく、リアウインドウに入っているのみ。バスの第一次再編を控えて最小限にしたんでしょうね。しかし豊富線はこの日松戸カラー、旧習志野カラーと百花繚乱でした。
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そもそも新京成のサインシステムは少なくとも先代から京成の色違いでした。
まあ実際に色が違ったのは駅名標(帯が青ではなく茶色)ぐらいでしたし(かつ文字配置に細かい違いあり)、番線表記の方は「○○線連絡」のような表記が残っていたので内容的には先々代の使い回しが実態でしたが。
現行のピンクになった当時は京成がまだ駅名の社名を抜いている時期で、京成津田沼5番は千葉線側の隣が「幕張本郷」のままだったり、駅掲出の路線図も京成津田沼以外は京成がないままだったりと良くも悪くも当時のままといったところです。
京成側が省略をやめても新京成側は追従せずに放置した結果が「京成化」で起きたまさかの逆転現象だったりします。
一方で路線図は新京成の現行以前から京成の派生だった北総はサインシステムは今に至るまで独自のものを継続しており、旧公団区間も北総のデザインに変えたと思えば新京成が京成に追従した後に黒地の新デザインが登場しています。
もっとも北総の路線図は先代デザインの頃は京成の書式のまま野田線と半蔵門線がフルに収録されていました。一方新京成は書式が京成化する前から東葉と野田線の新鎌ヶ谷以南が入っていて、京成の書式になってもそれが継続されています。
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ちょうどマイメモリー編成が来たので反対方向でしたが乗ってしまいました。
2両セットで松戸から新津田沼までと藤崎台の24駅が中吊りになり、窓上部は各系統、ドア横は8項目のトピックスという仕立て。京成津田沼はなく、藤崎台があるというパターンです。なお藤崎台ですが、「崎」の字は山偏に大と可(奇)ではなく、立に可だったんですね。
結構編成狙いの家族連れが多く、また乗客も話題にしており、78年の歴史を閉じる企画としては成功でしょう。
沿線の表示を見ましたが、京成バージョンは現行下り向きは「京成津田沼方面」でした。「津田沼方面」はピンクの新京成バージョンでした。
確かに五香は五香たかねの表記が残っていましたね。高根木戸同様EVの側面に表示の駅名標には入っていません。
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そういえば見落としかもしれませんが、車両の写真、8900系のピンク帯時代(ジェントルピンク塗装ではない補色としての帯色)、700系、600系はありましたでしょうか。250系もセミ新車のほうで、1500系改造のTc-M-M-Tc編成のほうが出てまかったような。
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新京成が間もなく78年の歴史に幕を閉じますが、京成グループの標準塗装ともいうべきクリーム(ベージュ)とオレンジ系のツートンカラーですが、小湊を除けばなくなりました。
これによく似たというか、松戸署のチラシ(ポスター)に阪神然とした車両が出てきたように、イメージがよく似ていたのが阪神の旧塗装です。腰部を赤系にしたら赤胴車、青系にしたら青胴車といわれていましたが、赤胴車はまさかのオレンジ系、ようはジャイアンツカラーになってしまい阪急阪神の株主総会で突っ込みが入るのが定番になっていますが、一足先に消えました。
そして青胴車も2月10日の運用を最後に消えました。こちらはジャイアンツカラーの色違いだった5500系もさらに塗装変更があり、オリジナルは5550系のみと変化が激しくなっています。
残りわずかといいながら、先週まではなぜかしっかり見かけていただけに、この飛び石連休で終わりとは思いませんでした。
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京成の株主優待券は900株までは年1枚支給と株価がほぼ同水準の京急に比べて渋いですね。
成田空港があるため比較的長距離利用が見込まれる故とは思われますが。
新京成で4月から通用可は改善ですが、新鎌ヶ谷乗り換えが不可というのが致命的でメリットはさほどないのが残念です。
アク特停車駅に限って通用、せめて境界駅(厳密にはそうではないという突っ込みは置いておいて)といえる
印旛日本医大の利用が可なら通院利用等でも価値がありそうですが、現状の扱いはCNT住民への面当てのように思え
SL待避など住民の不満を増幅させているようにも思え、新京成通用を機に京成駅といえるアク特停車駅の乗降を開放し
CNT住民向けにPRすればよいのではと思えるのですが。
不覚にもつい最近知ったのですが京成の優待券は高速バスのチケット等に交換できる決まりがあり
東京〜鉾田線や水戸〜TDR線が2枚、つくば〜成田空港線が3枚、TDR〜京阪神線が6枚で交換可で
ブラックアウト期間もなしですね。オクで700円台で出回ることも少なくなく、これらへの交換
ことに繁忙期に関西へ行く、関西からTDRに行くと言うのであれば3列フルサービスのバスが4,000円台で乗れることになり
これは特に関西人にはまず知られていない裏技といえそうです。
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京成のバス(第一次)とタクシーの再編について官報に出ていましたが、ウエスト、セントラル、イーストはバスはそれぞれトランジット、レインボー、千葉交通が、タクシーは松戸東、市川、成田がそれぞれ存続法人になるようです。
いずれも選定基準がいまいちわからない組み合わせですが、もしかすると現状京成タクシー成田でやっているちばこうバスが再編ついでに出戻るのに都合がいい、とかがあるかもしれませんが。
ちばこうバスはそれこそ中古車センターの様相で、中には習志野色の車両が在籍していたりもあったりするのですけども。
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京成バスの第1次再編の存続会社がトランジット、レインボー、千葉交通ですか。
資本金や資産負債、税務処理の優劣で存続会社を選ぶので、存続会社がメインとは言えないのですけどね。
新京成のサイトにはウェストとセントラルのガラガラポンが図解されていましたが、松戸営業所(紙敷車庫)は松戸東営業所、鎌ヶ谷営業所は鎌ヶ谷営業所、習志野営業所は習志野西営業所と、京成バスの合流をにらんだ感じになっています。
レインボーは1営業所制となり船尾が印西営業所となり、白井は白井車庫のままです。
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スタンプラリーが好調のようで、3月1日にキットの追加発売となります。キットが無くてもノートに押して回る人が多く、家族連れも多いことから、最後の商機と読んだのでしょう。ちょうど帰宅している時期を外してくれており指をくわえてみるしかないですが。なおデジタルチケットの1日券も発売されるようです。
「最後の新京成」の商戦が盛んな中、早くも統合を見据えた動きもあるわけで、新京成の新しいフルーツ戦略だったいちご狩りが、「京成グループで行く」と銘打っています。全施設が新京成沿線ですが、いちごのシーズンが5月までということで、途中でチラシやポスターを貼りかえるわけにもいかないとして「新京成」ではなく「京成グループ」としたのでしょう。あと、健康ハイキングも実施中ですが、くぬぎ山起点で車両基地脇はともかく、「新京成電鉄本社」が沿道の見どころになっています。今回が新京成として最後と謳っているだけに、会社も名所になるようです。
ちなみに松戸新京成と船橋新京成が合同就職説明会に参加していますが、もちろん雇用は新会社に引き継がれるでしょうが、2ヶ月で消える法人への就職というのもどうなんでしょうね。新会社の雇用条件がどこまで明らかにされているのかという根本的な問題もありますし。まあ各社の条件を当面は引き継ぐのでしょうが、新京成と京成の条件に格差があれば、4月まで待ったほうが良いケースもあるでしょうね。
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船橋新京成が割れることについては重複区間の利用に対して紙の定期を用意するという救済措置が発表されていますし、習志野エリアでは重複区間に限るものの現レインボー便が使えるようになるなど重複問題に一応の解決が見えています。
ところが(まあ元から区間利用は多い印象はありませんが)鎌ヶ谷と白井の重複区間については別会社というのもあり何も発表はない状態です。
エリア的にも白井はセントラルよりウエストの方が座りがいいはずなので次の再編ないしはその前後で付け替えがあって然るべきですが、元鞘にあたる現京成の松戸よりは鎌ヶ谷の隷下のが向いていそうに見えます。
現時点ではプレスにも官報にも出ていないのですが、セブンのFCである新京成リテーリングネットは合併される等の動きが出ていないため、まさかのまさかで新京成自体の合併以後も残る新京成系由来の法人にはなりそうです。
京成側にもファミマFCのコミュニティ京成がありますが、両社でコンビニのフランチャイザーが異なるほか、コンビニ以外は重複が少ないようですし、京成自体がイオンと組んだ影響が波及する可能性(ミニプFCに転換?)もあり先が見えません。
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昨年11月末で東洋バスの勝田台駅⇔宮ノ台線が廃止されましたが、山万がこれに代わるルートの「こあらバス」の新系統、
「山万勝田台循環線」なる新路線を3/1から運行開始とのことです。
平日19本・土休日14本の運行ですが、同社HPの「お知らせ」PDF記載の路線図を見ると、勝田台駅北口のロータリーには乗降場を設けられなかったようで、
R296交差点よりも少し北に「勝田台駅入口」「山万ビル前」のバス停を設置、ロータリーは方向転換のために回るのみのようです。
運転手不足でバス各社も減便・路線縮小が相次ぐ中、山万のまさかの新規路線開設には驚きです。
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バスの定期券ははっきり言って改悪ですね。
それでもウェストは大仏、紙敷、トランジットが共通化されます。習志野が乗れなくなって松戸とトランジットが乗れて喜ぶ人がどれだけいるかですし、発売価格次第ですが・・・
一方のセントラルはレインボーの神崎線並行区間だけ。大仏と習志野の並行区間は並行区間限定の紙式定期で、しかも細分化されているから非常に使い勝手が悪いです。
「市場通り」「ふなとり」「習志野台」と設定されますが、例えば松が丘方面の人が北習志野駅入口で降りて用事を済ませて次のバスで駅まで、という利用には対応できません。中央通り方面からのバスが来たら見送るか歩くしかないです。
セントラルの神崎は並行区間のみ共通利用可能ですが、せめて北習志野駅入口-北習志野駅だけでも相互に共通化すべきです。
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