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大河×竜児ラブラブ妄想スレ 避難所2

1まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY:2009/10/29(木) 01:36:02 ID:???
ここは とらドラ! の主人公、逢坂大河と高須竜児のカップリングについて様々な妄想をするスレの避難所です。
アクセス規制で本スレに書けない、とかスレに書けないような18禁のエロエロ話を投下したい時とかに
お使いください。
    / _         ヽ、
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本スレ
【とらドラ!】大河×竜児【アマアマ妄想】Vol17
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara2/1255435399/

354 ◆fDszcniTtk:2010/09/01(水) 06:35:13 ID:???
男である竜児の視点で言えば、コーヒーカップというのは決して楽しそうな乗り物ではない。これに乗ってクルクルと回る事に何の愉快があるのか、冷静に考えれば考えるほど不安になる。とはいえ、もちろんそれは相手相手次第だ。たとえば、能登と二人で乗ったとしよう。
いやいや待てと竜児は思う。想像するだけで面白くなさそうだ。もちろん相手が男だからというのが大きい。しかしそれだけではない。たとえば春田。なんだかあいつはコーヒーカップの上でアハハハハと意味もなく楽しげに笑っていられそうに思える。
それはそれで楽しそうなのだ。

とはいえ、やはり一緒に乗って楽しそうなのは、なんと言っても櫛枝実乃梨だろう。普段からニコニコと微笑みを絶やさない天使のような実乃梨の事だ。
こんなたわいもない乗り物にだってさえ、「高須君、これって何が楽しいんだい!」と、満面の笑みで笑いながら一緒の時間を過ごしてくれることだろう。やっぱりコーヒーカップは相手が重要なように思える。

じゃあ、相手として大河はどうなのだ?

と、思い至ったのは丁度二人の順番が回ってきた頃で、即座にその答えはもたらされた。

「なぁ、大河。何か不満でもあるのか?」

楽しげなアコーディオン音楽がスピーカーから流れる晴れた空の下、大河はにこりともせずに仏頂面でコーヒーカップに座っていた。正面に座った竜児としては居心地の悪いことこの上ない。おまけに動いているコーヒーカップからでは言い訳をして逃げるわけにも行かない。

「なによ。あんたまた私の気持ちを勘ぐって怒らせようってわけ?どんだけマゾなのよ」
「いや、そうじゃなくてよ」

わずかに目を眇めて殺気を放つ大河に、冷や汗を流しながら話を継ぐ。遊園地って楽しいところだよな、と思わず自問する。なんだか夏の終わりなのにこのカップの上だけ寒々しいのだが。

「お前、遊園地にデートの下見に来てるんだぞ。その仏頂面ぶら下げて北村とこれに乗るつもりか?」

想像して、思わず笑いそうになるのを必死でこらえた。笑ったら確実に殺されるだろう。それにしても、大河の暴虐に日頃から耐えている竜児ならともかく、北村にこの重苦しくも寒々しいコーヒーカップが耐えられるかどうか。

355 ◆fDszcniTtk:2010/09/01(水) 06:35:48 ID:???
「別に北村君と乗るときに不機嫌になる気はないわよ。ないけど…」

と、大河はそこで言葉を探すような表情。ふと、その顔を見て竜児は思い当たった。そうか。そういうことか。相手が自分じゃ気分が乗らないわけだ。そういうことなら、仕方が無いと思う。
日頃散々優しくしてやっているはずの自分と居て楽しくないなど、少々腹が立たないわけでもない。とはいえ、ついさっきまでその竜児本人が「乗るなら櫛枝と」と考えていたのだ。
大河が「乗るなら北村君と」と考えていたとしても、竜児にそれを責める筋合いはない。そもそも、これは大河と北村のデートの下調べなのだし。

しかしながら、大河は

「ねえ竜児、これって何が面白いのかしら」

と、予想も付かないことを言ってのけた。いや、それはまさに竜児が抱いた疑問ではあったが、よもや大河の口から発せられるとは思いもしなかったのだ。

「何が面白いって……ええ?」

聞かれても竜児は困る。こういう乗り物は女の子向けのはずだ。それに大河が乗りたいと言ったのだ。大河は雑で乱暴だが、決して男っぽいわけじゃない。その証拠にファッション雑誌ばかり読んでいるし、おしゃれにも関心がある。
関心どころかこだわりと言っていい。選ぶのはまるでお人形のような服ばかりで、それはつまり自分の容姿に一番似合うのが何か考えているしわかっていると言うことだ。そう、パンチ力、キック力、言葉の暴力いずれも竜児の数倍という大橋高校の女王虎は、紛れもない少女なのだ。

その女の子に「コーヒーカップって何が楽しいの?」と聞かれても、こちらが困る。
想像の中で実乃梨も同じ事を聞いていたが、そもそも実乃梨は少々変な子だし、そこが実乃梨のかわいらしいところだ。向き合う他人を常に真っ正面から食い殺そうとしている手乗りタイガーにそんなことを聞かれても、何のかわいげもない。

「いや、その……」

険しい目を一層険しくして考えているうちに、コーヒーカップは止まってしまった。竜児の思考も止まったままである。

◇ ◇ ◇ ◇

356 ◆fDszcniTtk:2010/09/01(水) 23:58:43 ID:???
本スレ >>411 修正ありがとう。面倒かけて申し訳ない。

>>412 感想ありがとう。延々と長い枕が続いて退屈させちまったかも。

357遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/09/02(木) 00:01:07 ID:???
◇ ◇ ◇ ◇

続く女の子向けのファンシーなアトラクションでも大河の浮かない顔は変わらなかった。空飛ぶゾウに乗って宙をふわふわ漂うアトラクションも、カバに乗ってぷかぷかと水路を進んでいくアトラクションでも、大河の表情は緩まなかった。

表情が変わってしまったのは竜児のほうである。一体何なんだよと般若の表情で愚痴の一つも言いたくなる。当たり前である。
デートの下見に行くからついて来いと言われてついてきたのは良いとしても、残暑の強い日差しにあぶられながら何を好き好んで、仏頂面の手乗りタイガーと歩かなければならないのか。
あまり気の利かない設計のこの遊園地は植え込みが少なく、強い日差しに気温は上がるばかり。周りの人も汗だくで、気温に引きずられるように竜児の脱力指数も青天井だ。

いや、脱力だけではない。実のところ、結構フラストレーションがたまっている。どうしてお前はそんな顔してるんだと言ってやりたくて仕方ないのだ。

手乗りタイガーである大河に表情の話をするなど自殺行為だ。水泳の授業のころ、いらいら状態の大河の気持ちを読もうとしたために竜児はとてつもない精神的苦痛を何日も負うことになった。放っときゃいいのだ。
こんな勝手な奴の気持ちなど読めるはずもないし、推し量ってやる必要もない。
そりゃ、竜児はいつも大河と一緒にいるうちに同じ釜の飯を食った仲間のような気持ちを抱くに至っているが、じゃぁ大河がそれに応えてくれるかというと、その答えは幾分、いや随分微妙だ。

大河はどうやら竜児のことを仲間としてちゃんと認めてくれている。竜児は確かにそう思っている。しかしながら、じゃぁそれがいつも表に出てくるかというと、その確率は非常に低いのだ。
ひねくれているのか、どうなのか、大河の竜児に対する態度は常に横柄だ。だからこの女との間に重要なのは距離感であり、その距離感を正しく保つ努力を竜児は常に心がけている。下手に手を突っ込めば手を食いちぎられる。

竜児は1日24時間、大河という歩く地雷が装備している見えないスイッチを踏みぬかないよう、気をつけて生きていかなければならない。

358遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/09/02(木) 00:01:43 ID:???
「ねぇ竜児、つぎはあれに乗りましょう」

そういって大河が指さした先には古びたメリーゴーラウンドがあった。だがしかし、竜児はすでにそんな気分ではない。このまま不機嫌タイガーと歩くなんて冗談じゃない。殴られるのは嫌だが我慢も限界になってきた。

「乗るのは構わねえけど、お前一体どういうつもりなんだ?さっきからニコリともしないじゃねぇか」
「はぁ、あんた何言ってるの?私に愛想笑い振り巻けとでもいうの?」
「言ってろ。そもそも遊園地に行くと言い出したのはお前だぞ」

重苦しい雰囲気に負けてとうとう竜児が核心を突く。

大河に「お前不機嫌そうだな」などと言うべきではないのだが、それでも竜児は状況に負けてしまった。もう我慢できない。

「私がどんな顔して生きていこうと勝手でしょう。それともなに?あんたは私が一番嫌いなことがまだ覚えられないの?あれだけ私の心を勝手に解釈するのは止めろって言ったでしょ。それとも…ちょっと、何してんのよ」

唸り声をあげ始めた大河に腰が引けつつも、竜児は黙って携帯を取り出すと問答無用でパシャリと一枚写真をとる。とっさにどう反応していいのか戸惑っている大河に、写った顔を見せてやる。

目を眇め、唇の端を醜くゆがめている肉食獣の写真がそこにあった。

「な、何よ。勝手に写真なんかとったりして」
「これがお前の顔だ。お前は北村とのデートの下見に来て、こんな顔をしている。大河。悪いことはいわねぇ。面白くないなら帰ろう」
「面白くないなんていってないじゃない」
「いや、言ったね。はっきり言った。お前が遊園地を楽しんでいるなら俺も付き合ってやる。でも全然楽しんでないじゃないか。こんな調子じゃ勇気をだして北村を誘ってきても、お前があいつに見せられるのはこのツラだ」

日陰にいるものの、風は結構熱い。湿度が低いからいいようなものの、重苦しい雰囲気で向き合ったまま立っているのは苦痛以外の何物でもなかった。
大河のほうは竜児に噛みつきたくてたまらない風情だが、突き付けられた自分の顔に文句も言えず、せっかくのバラの蕾のような唇を真一文字に引き結んで何か言葉を探している。そしてようやく言葉を見つけたようだったのだが、

「でも私は…」

切りだしたところで、どぎゅるるるるる、と盛大に腹を鳴らす。出物腫れ物ところ構わずと言うが、こいつは腹の音だな。そう思いつつ竜児は天を仰ぐ。大きくため息をついて再びつば広帽子の大河を見降ろす。
大河はというと、不機嫌そうな表情のまま、顔を赤らめて背けている。まぁ、いいか。

「なによ」
「飯食おうぜ。考えるのはそれからでいいだろう」

そう言ってくるりと向きを変えるとレストランに向かって歩き出す。勝手に仕切らないでよ、と言いつつも、大河も駆け寄って黙って横を歩く。

◇ ◇ ◇ ◇

359遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/09/02(木) 00:02:18 ID:???
「つまらないってわけじゃないのよ」

カツカレーのカツをスプーンの先で本当につまらなさそうにぶつ切りにしながら、大河がぼそりとつぶやく。
飯の食い方に関して一家言ある竜児としては、「そんなまずそうな面してご飯を食べるんじゃない」、と小言の一つも言うべきシーンだが、残念ながら本当においしくないのだから竜児としても怒る気があまりしない。

カレーとトンカツの魅惑のコンビネーションを前に、大河はサンプル・ケースの前で散々悩みぬいた。辛口だったらどうしようと考えていたのだ。
「ここは遊園地だから子供客が多い。カレーが辛口なんてことはあり得ねぇ」と竜児に太鼓判を押してもらってようやく注文するまで実に10分。
別段こだわりのない竜児も付き合って同じカツカレーを頼んだが、出されたモノのを口にして、二人とも、もともと浮かない顔が一層暗くなってしまった。
まぁ、日ごろから竜児手製のスペシャルスパイス・カレーだの、柔らかジューシー・トンカツなんぞを食べて舌が肥えてしまったこともあるのだが、それにしても(これで1180円は詐欺だろう)と竜児も思わざるを得ない。
肉は薄いくせに妙に固くて衣もべちゃべちゃ。カレーだって全然煮込みが足りない。

そういうわけで二人ともぼそぼそと消化の悪そうな食事を続けていたのだった。先の大河の発言は、食べ始めて10分ほどたってからのことである。
竜児はまだ半分ほど残っているが、大河はあらかたカレーライスをかたづけ、残ったカツも1/3ほどだ。

「じゃぁ、どうしてあんな浮かない顔するんだよ」

と、竜児。最初は北村ではなく竜児が相手だからだろうと思っていたが、大河の言葉を信じるならば、どうやらそうではないらしい。
聞かれた大河はしばらくスプーンの先でカツをつついていたが、どうつついても走り出さないと納得したのか、仕方なさそうに、質問に質問で返す。

「竜児はさ、あれ、面白いって思う?」
「あれって、コーヒーカップとか、空飛ぶ象か?」
「うん」

結局その質問が来たか。と、思う。別に隠すことじゃない、ため息交じりに竜児はさっき考えたことをそのまま口にする。

「正直言って、すげえ楽しいとはおもわねぇ。まぁ、俺だけじゃねぇだろう。男はみんなそう感じると思うぜ。北村も」
「そっか」

と、大河は妙にしおらしい。ほんとに気落ちしているのかもしれない。

「北村君、誘ってもつまんないって思うかな」

360遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/09/02(木) 00:02:53 ID:???
意気消沈する大河に、竜児は言おうか言うまいかと逡巡する。お前次第なのだ、と。遊園地なんぞ、所詮は女子供のための場所なのだ。絶叫マシンを除けば、男が喜んでくるような場所ではない。
では、なぜ世の男連中が来るかというと、結局のところ、一緒に来る女の子の笑顔を見るのが楽しいからだ。そのくらい、竜児にだってわかる。
想像の中の櫛枝実乃梨は実に楽しそうに笑っていた。その笑顔さえあれば、女子供のための遊園地だろうがなんだろうが、竜児にとっては楽園に等しい。

だから、お前も笑え。竜児はそう思う。思うのだが、それを言ったところで解決するかどうか。解決しなければ単にこの猛獣の機嫌を損ねるだけかもしれない。しばらく迷った挙句、結局竜児は

「お前次第だろ」

口にしてしまった。こんな意気消沈した大河を前に言うべきことを言わないでおくなど、所詮竜児には無理なのだ。竜児は根っからのお人好しであり、落ち込んでいる大河を前に手を差し伸べないなんてことは、できるはずもなかった。

「私次第って?」

弱々しく見上げる大河に、なるべくゆっくりと噛んで含むように言ってやる。

「お前が仏頂面していれば、北村だってつまらないし、お前が笑えばあいつだって楽しいさ」
「そんな……」

とってつけたようなセリフ、とでも言おうとしたのだろうか。しかし、竜児はさえぎる。

「聞けよ。俺も男だからわかるけどさ、目の前で女の子が楽しそうに笑っていて、それで楽しくならない男なんていないって。好きかどうかなんて関係ない。特に北村は明るい奴だ。
周りが楽しそうにしていればあいつだってハッピーな気分になるにきまってる」
「そうかな」
「絶対そうだ。あいつはそういう奴だ」

俺もそうだ、とは言わないが、竜児だって目の前の大河が楽しそうにしていれば、自分も楽しくなるのだ。いつもそうなのだ。櫛枝実乃梨という歴とした想い人がいても、目の前の大河が笑えば竜児もうれしかった。他の奴も同じに決まっている。
大河を恐れている能登や春田だって、大河が目の前で楽しそうに笑えば、きっと楽しくなるに違いない。

黙っているところをみると、どうやら大河は不承不承竜児の言葉を信じることにしたようだった。だが、それでも表情は晴れない。当たり前だ。結局「どうしてお前は楽しめないんだ」という、最初の問いに戻ってしまったのだから。

◇ ◇ ◇ ◇

361遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/09/02(木) 00:03:29 ID:???
平らげた皿をテーブルに残して、二人はレストランの外で食休みをすることにした。幸い木陰に手ごろなベンチがあいており、大河を留守番にして竜児は自動販売機で飲み物を買う。竜児はブラックの缶コーヒー、大河にはヨーグルトドリンク。

「ほら」

差し出してやると、大河は素直に受け取って上目遣い。ちいさく「ありがと」とつぶやく。

「あのさ」
「おう」

しばらく黙って各々の飲み物を飲んだ後、大河がようやく口を開く。

「なんだか、自分でも変だと思うんだけどさ」
「……」
「こんな子供だましに乗せられてたまるかって、思っちゃってるみたい」

えええええぇぇぇぇぇぇ?!そりゃお門違いだろう逢坂大河!!とんでもない告白に竜児は盛大にため息をつく。

「なんだよそりゃ」
「やっぱり変かな。変だよね」
「変だ。つーか、ほんっっっと、なんなんだよ。お前が遊園地に行きたいって言ったんだぞ」

木陰だというのに竜児は頭がくらくらしてくる。熱中症ではない。途方に暮れているのだ。

「そうなんだけど……」

その憎たらしいつむじに地獄の底まで食い込むくらい突っ込んでやろうかという気分だし実際そういう顔なのだが、うつむいてつぶやく大河に竜児も突っ込んでいる場合ではないと言葉を呑む。全く面倒な奴だ。
どこの世界に「こんな子供だまし」なんて思う子供がいるのだ。確かに大河は17歳だが、体のサイズも精神年齢も正真正銘子供だ。疑う奴がいるなら連れてこい、俺が保証する。そんな気分だ。

362遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/09/02(木) 00:04:05 ID:???
「あのな、遊園地って、子供だましなんだよ。そういう風に作ってあるんだよ。それにまんまとのっかってだまされるためにみんな大金払って入場してるんじゃないのかよ」
「でも竜児だってつまんないんでしょ」
「だから男は別だって。ここは女の子とか子供が楽しめるように作られてるんだよ。いいか、お前が主役なんだ。お前が楽しむようにって何もかもあつらえてあるんだよ」
「そう……だよね。たぶん。でもさ、なんだか作った人の思惑にまんまと載せられるって、癪じゃない?」

知るかっ、このあほ!と叫んで後ろ頭を思いっきりどつけたらどれほどすっきりするだろうか。このひねくれ小僧のねじれ曲がった根性を何とかしない限り、どう考えてもこの遊園地作戦は失敗だ。大河にしては名案などと喜んだ自分の愚かしさが恨めしい。

どうやら意識的にか無意識にか、「喜んだら負け」だと構えてしまっている大河を前に竜児は目をすがめる。こうなったらぐるぐる巻きにして観覧車のてっぺんから放り出してやろうという顔だが、そうではない。最後の手段を考えているのだ。

「まぁ、何となくわかったぜ。つまり、お前は決して遊園地が嫌いなわけじゃねぇけど、楽しんだら負けだと思ってるんだ」
「別に負けだとは思ってないけど……うん、そうかもね」

相変わらずローテンションの大河を前に、遊園地に似つかわしくない三白眼をぎらりと光らせて竜児が決意を固くする。

「よし。わかった。もうこうなったらあれしかない」
「あれって…」

立ち上がった竜児がビームでも発しそうな目をすがめて見る方向を大河も見、そして口をつぐむ。その方向には最初に竜児が提案してあっさりと却下された絶叫マシンが青空を背景に巨大な体をくねらさせている。

「…ジェットコースター?」
「ショック療法だ」
「どうするのよ」
「ようするに、おまえは自分でも認めているように生半可なアトラクションで楽しんじゃいけないんじゃないかって思ってる。だから、ジェットコースターでがつんとやろうってわけさ」
「そんなのでうまくいくの?」
「ああ、心配するな」

半信半疑の大河に竜児は自信満々に答える。

だが、面の皮一枚内側では竜児だってこんなとってつけたようなショック療法が絶対うまくいくだなんて思っていない。だって、へそを曲げているのは大河なのだ。こいつのへそ曲がりは骨身にしみている。
ジェットコースターに乗ったくらいで「わーい!」と機嫌を直して遊園地を楽しんでくれるなら、これから毎週だって連れてきてもいい。

◇ ◇ ◇ ◇

363高須家の名無しさん:2010/09/11(土) 00:20:23 ID:???
カウンターがwww
なにがあったんだ?

364高須家の名無しさん:2010/09/11(土) 22:03:42 ID:???
今日もすごいなw
壊れてるんでないなら新作の影響とか…?

365◇fDszcniTtk:2010/09/13(月) 12:10:01 ID:7/WxfeR2
その新作を買いそびれている俺が通りますよ。

どこ行っても置いていない。ダチョウ犬呼ばわりされても仕方ないな。

366高須家の名無しさん:2010/09/13(月) 23:18:23 ID:???
え、何のカウンターのこと?w
新作は尼でポチった。
楽しみでもあり、怖くもあり、だな。

367高須家の名無しさん:2010/09/14(火) 19:03:24 ID:4IvF2Gt6
俺、出張から帰ったら新作読むんだ

368高須家の名無しさん:2010/09/16(木) 01:09:59 ID:???
おいいいいいいい!!!!!
新刊はどこ行ったら買えるんだよクッソオオオオオオ!!!!!!

売れてるのは喜ばしいけども

369高須家の名無しさん:2010/09/16(木) 18:40:27 ID:???
あるところにはあるぞ、新刊。昨日ゲットした。
駅前大型書店とかは全滅だけどな、街外れの道路沿いの書店なんか穴場だ。
DVDやCDレンタルがメインの本屋も狙い目かも。

ちなみにそこは5冊残ってたww

370 ◆fDszcniTtk:2010/09/17(金) 01:36:51 ID:???
俺はあきらめてamazonで買った。

371高須家の名無しさん:2010/09/20(月) 21:38:47 ID:???
よし、BD化まで一歩前進
ttp://ameblo.jp/bdmeister/entry-10649692186.html
サイトでの投票、週刊トロステーションでの投票、アニメージュでの投票と、これまで全部とらドラ!が
一位だ。次の媒体はアニメが低調らしいけど、総合で1位はとれるだろう。前回やたら冷たかった
キングレコードに目にもの見せてやる。

372高須家の名無しさん:2010/09/22(水) 00:09:33 ID:???
寝る前に"Startup"とか「優しさの足音」を聞くと安らかな気分で眠れる。

373高須家の名無しさん:2010/10/14(木) 00:44:41 ID:???
初の規制でショックだ・・・ってことで

本スレ>>270
いやいや普通にGJ!超GJ!
これからも書いて欲しいものだw

374高須家の名無しさん:2010/10/31(日) 08:39:41 ID:???
クリスピークリーミーは偽物のほうだぞ!

375ms07b3:2010/11/01(月) 22:46:16 ID:???
規制の為、本スレへの転載を希望します。
「クリスマスは誰にでもやってくる⑤」
俺がグレもせずに生きて来られたのは、早く大人になって独立する事を夢見ていた
からだろう。一刻も早く母親から逃れたかった。
母親が俺の事が邪魔であると同様に、俺にとっても母親は邪魔な存在だった。
昼夜逆転の生活を送る母親と、学生である俺の生活は滅多にクロスしなかった。
毎日、キッチンのテーブルに1,500円が置かれていた。朝・昼・夜の3食を賄うには
充分な金額。学費や、急に金が必要になった場合には、夜、キッチンのテーブルに
メモを書いて残しておく。そうすれば翌朝には必要な金額が置かれていた。
中学を卒業して、地元の高校に進学すると、俺はバイトに明け暮れた。
そうすると、母親と接する機会は全くなくなった。
月に一度、偶然顔を合わせる。そんな関係だった。
幸い、俺はバイトに明け暮れる生活を送っていても、学業の成績は良かった。
高校卒業後、大学に進み、中堅どころのイベント運営会社に就職すると、寝食を忘れ
たように仕事に打ち込み、30歳を過ぎる頃には、大きなイベントを取り仕切る立場
になった。


ティーン向けの雑誌のイベントは、随分と華やかな雰囲気だ。
雑誌の看板モデルが勢揃いして、バレンタインデーのチョコを手にしてフラッシュの
放列に向かい笑顔を振りまく。
観客の多くは小学校の高学年から高校生までの女の子。カメラ小僧も紛れ込んではい
るが、制服・私服の警備員が一定の距離以上には近づけないよう見張っている。
「亜美ちゃーん!」「こっち向いて〜!」と言った黄色い声に混じって
「亜美さま〜。」「こっち向いてくださ〜い。」という野太い声も混じる。
ケミカルウォシュのデニムは色褪せ太い。何年巻いているんだ?と聞きたくなるほど
草臥れたようなチェックのバンダナにカメラマンベスト。川嶋亜美の事務所の人間か
ら、要注意人物だと伝えられた男は、カメラ小僧達の真ん中に陣取り、高そうなカメ
ラでモデルの女の子を狙う。
手元のトランシーバーで舞台袖に配置された警備責任者に注意を促した。

イベントが終わり、出演者達は帰って行く。ただ1人、川嶋亜美を除いて。
「おつかれさま。まだ帰らないのかい?」
俺が聞くと、川嶋亜美は営業用の笑顔を見せた。
「ええ、マネージャーが迎えに来てくれる筈なんですけど、来ないんです。」
困っちゃいますよね〜。川嶋亜美は明るい声で言う。
「次の仕事は?」
「今日はこれで終わりなんです。」
いくら人気モデルとは言え、ティーンズ雑誌のモデル程度に専属のマネージャーなど
いるはずもない、例えそれが、有名女優の川嶋杏奈の娘でもだ。
時計を見るとすでに5時半過ぎ。辺りは暗くなっている。
「俺も帰りだ。途中の駅まで乗っていくかい?」
「でもマネージャーも来るし。」
「そうか、じゃあ気をつけてな。さっき警備の無線聞いていたら、バンダナ巻いた男
が楽屋口の歩道をウロついてるそうだ。」
俺がそう言うと、川嶋亜美は表情を曇らせた。
ポケットから車の鍵を取り出して、歩き始めると、黙って川嶋亜美もついてきた。

車が大橋駅のロータリーに着くと、川嶋亜美はお礼を言って降りていった。
さて、これからどうしようかと考える。
家に帰っても、今日は妻はいないはずだった。
去年のクリスマス以来、妻は毎週のように徳生学院に出かけている。

徳生学院の生徒達の半分には、土曜・日曜を過ごす週末里親がいる。
年明けから、みらいと姉妹のように仲の良いきょうこちゃんが、毎土日、週末里親の
元に預けられるようになると、必然的にみらいはひとりぼっちになってしまった。
時折、訪れる里親候補者に対して、激しい人見知りを示すみらいは、難しい子供とし
て扱われてしまい、早々に里親達の興味の対象から外れてしまう。
しかし、妻だけには、思慕の態度を示すのだった。

376高須家の名無しさん:2010/11/02(火) 00:51:05 ID:???
「せっかくの亜美ちゃんの出番なのに規制とか信じらんない!」
「おちつけ川嶋、転載しておいたぞ。まったく大河といい>>375といい世話が焼けるったらありゃしねぇ」

377高須家の名無しさん:2010/11/02(火) 19:00:24 ID:???
本スレ規制食らってた。

---

>>357
最後の大河の台詞ににやり。やっぱこの作者は才能あるわ。

>>359
押さえた一人称の文体がすばらしい。最初は時期がわからなかったが、だんだんわかってきたな。
そのへんもうまいわ。早く次が読みたい。

378高須家の名無しさん:2010/11/03(水) 15:42:49 ID:???
クリスマス・イブに2-Cの面々が竜児の家にやってきて大騒ぎするって
同人誌があったはずなんだけど、なんだっけな。エロくない話のはず。

379高須家の名無しさん:2010/11/03(水) 19:45:06 ID:???
「腕の中のタイガー」かな?
いやあれは忘年会だったような…

380高須家の名無しさん:2010/11/05(金) 17:29:55 ID:???
それだ!ありがううううう!

381高須家の名無しさん:2010/11/10(水) 10:17:05 ID:???
規制続行中

本スレ >>387
最近のeroさんは神がかってるな。みのりんへのプレゼントは思いつかないくせに
大河へのプレゼント即答の竜児に笑った。大河もこっそり確認しているし(w

382高須家の名無しさん:2010/11/10(水) 22:35:29 ID:???
本スレ 369

乙&GJ 楽しく読ませて貰ったが、あくまで竜虎スレだと言う事をお忘れなく。
こういう変化球は、小説投稿スレでやってくれ。

383高須家の名無しさん:2010/11/12(金) 07:48:53 ID:???
ワロタ
ttp://yunakiti.blog79.fc2.com/blog-entry-7235.html

竜児は彼女持ちじゃないよな。

384高須家の名無しさん:2010/11/12(金) 19:18:31 ID:???
婚約者持ちだな

385高須家の名無しさん:2010/11/12(金) 19:25:07 ID:???
妻帯者だろ

386高須家の名無しさん:2010/11/12(金) 23:44:48 ID:???
ちなみにこの中で大声張り上げて堂々と「好きだ!」と言ったのは竜児だけ。さすが。

387高須家の名無しさん:2010/11/13(土) 07:53:08 ID:???
本スレまだ規制中だ。

>>395

eroさんのSSのうまさの一つに、凝縮されたオチがある。この形式のSSの代表作は「三題噺『顎』『見せる』『花びら』」だろう。ttp://tigerxdragon.web.fc2.com/index/SS19/888a.html 暖かい落ち着いた話が淡々と進められ、最後の一行で、
二人の体温が上がるのが感じられるようなオチがもたらされる。

今スレだと

>>233
>>299
>>357

などがこの型。ほのぼのとした会話主体のストーリーのが紡がれて、最後の2,3行、たまに1行くらいでガツンと破壊力のあるオチが来るパターン。ぷっと笑うこともあればニヤリとしてしまうこともある。
こういうのは文章の組み方だけ覚えていてもできない技でオチを考える発想力に加えてそれを凝縮するテクニックも必要になる。

>>299 なんかは、この人のもう一つの得意パターン「お前らもう無意識に惚れ合ってるだろう!」型のストーリーと凝縮型のオチが組み合わさっている珍しい例になっている。

ネタの取得方法として原作からランダムにキーワードを選んでいるらしいが、もはやストーリー構築能力は三題噺の範疇を大きく超えている。
しっかりと守られた形式美もいいんだけど、たまには掌編小説や短編小説も読みたいなと勝手に期待する次第。

長くなったけど、いつも惚れ惚れしながら読んでいるぜ!

388高須家の名無しさん:2010/11/13(土) 14:57:02 ID:???
同じく規制中。
eroの人はほんとどう表現したらいいかわからないけど否応無しにニヤニヤさせられるね。
1スレ内の短い文章であれだけ表現できる技術がすごい。
以前のシリーズの昔話パロも面白かったし気が向いたら書いて欲しいな。



あと全然関係ない話だけど久しぶりにメジャー読んだらそういやこいつも大河だったなと。
しかも典型的なツンデレだなと。

389高須家の名無しさん:2010/11/17(水) 01:05:27 ID:???
まだ規制中だ。

本スレの流れ見て、竜児が大河に口移しで食べさせるSS思い出した。

390高須家の名無しさん:2010/11/19(金) 08:09:33 ID:???
俺のお隣さんがこんなに可愛いわけがない

391高須家の名無しさん:2010/11/20(土) 01:01:56 ID:???
と思っていたら

392高須家の名無しさん:2010/11/20(土) 09:22:27 ID:???
恋愛相談を受けることになってしまった。

393高須家の名無しさん:2010/11/20(土) 16:28:13 ID:???
なんだかんだやってるうちに

394高須家の名無しさん:2010/11/21(日) 06:46:51 ID:???
そいつの親友と急接近。

395高須家の名無しさん:2010/11/21(日) 18:13:40 ID:???
問題あるか?無いよな。だってあいつは俺のことなんて何とも思ってないし。

396高須家の名無しさん:2010/11/22(月) 16:40:48 ID:???
だが何かが引っ掛かる……

397高須家の名無しさん:2010/11/23(火) 00:40:04 ID:???
なぜお前はそんな顔をするんだ?

398 ◆fDszcniTtk:2010/11/23(火) 00:58:59 ID:???
永久規制かもしれん。代理投下よろしくたのむ。

新作:「夢の中」

399夢の中 ◆fDszcniTtk:2010/11/23(火) 00:59:39 ID:???
高須竜児が目を覚ましたのは、まだ部屋が暗い時間だった。耳を澄ませてみるが、町は夜の底にあるようだ。ほんの少し首を回して時計を見る。午前4時。

軽く深呼吸する。部屋の空気に触れている顔は少しひんやりしているが、布団の中は暖かい。左隣に妻の体温を感じる。いつものように自分より少し高めの体温に安心して、もう一度深呼吸。まだ十分な睡眠をとっていない体は再びの眠りへとゆっくり沈んでいく。

だが、

『…北村君…』

妻が呟いた言葉に、いきなり頬を張り飛ばされたように目が覚めた。

◇ ◇ ◇ ◇

400夢の中 ◆fDszcniTtk:2010/11/23(火) 01:00:14 ID:???
高校時代に知り合った妻の大河とは、大学卒業後仕事についてようやく結婚することができた。プロポーズから長い月日を経て迎えた結婚生活は、つきあいが長かったにもかかわらずいくつもの驚きに彩られていた。

二人は知り合って最初の一年間、事情があって半同棲生活を営んでおり、竜児は大河の生活に関して相当知っているつもりだった。なにしろ生活能力皆無の大河を半ば引き取ってしまった竜児は、掃除、洗濯、ご飯の用意、後片付け、栄養状態の管理まで行っていたのだ。
手出ししなかったのは睡眠、入浴とトイレ、あと下着の洗濯くらいで、もしそれに手を出していたら完全に同棲だった。

しかし当時二人にはそれぞれ片思いの相手がいたし、何しろその頃の大河は学校で「手乗りタイガー」などというニックネームをもらうほど凶暴だったから、竜児は大河に手を出すなど想像したこともなかった。

それが急転直下、たった一年で二人は婚約に至るのだが、それでも実直きわまりない竜児は高校時代キスまでしか手を出さず、大学に進学してそれなりに深い仲になったものの、とうとう二人で朝を迎えることがなかった。
そんな竜児に大河は幾分あきれ気味だったが、そういった堅さまで含めて竜児のことが好きだったのだから、大河がぐずるということもなかった。

だから、本当に朝まで同じベッドで過ごしたのは新婚初夜がはじめてだったのだ。そして、結婚して竜児をおそった驚きの一つは、人々が深い眠りについた後にやってきた。

最初に気づいたのは新婚旅行から帰ってきて二週間ほど経ってからのことだ。夜中眼をさました竜児は布団の中で首をかしげた。普段体調管理を万全に行っている彼には、夜中目を覚ますなど滅多にないことだった。

部屋の気配を探ってみるが特に不審なこともなく、もう一度寝ようとした竜児は、隣で妻の大河が呟いた言葉に思わず笑い出しそうになった。

『私ハンバーグ』

◇ ◇ ◇ ◇

401夢の中 ◆fDszcniTtk:2010/11/23(火) 01:00:50 ID:???
それから何度も、竜児は夜中に起きて妻の寝言を聞くことになった。大河は恐ろしく寝言が多い女だったのだ。たまに、布団を派手に引っぺがされて寒さに驚いて起きることもあったが、ほとんどの場合、目が覚めてしばらくすると寝言を聞かされた。
おそらく直前に寝言を聞いて目が覚めていたのだろう。

たった一言聞いて終わることもあれば、延々と断片的な話を聞かされることもあった。そして、それは竜児にとって苦々しい事態となった。睡眠不足になるほど長い寝言は滅多になかったが、かなりの確率でどんな夢を見ているのかはっきりわかったのだ。
言い換えれば、高須大河は夢の中でプライバシーをだだ漏れにしていた。

竜児は堅い男である。結婚しているからプライバシーはいらないなどとは考えない。親しき仲にも礼儀あり。慎ましく、きちんとした生活にこそ、魂の安らぎがあると考えている。その竜児の上に、大河はバケツをひっくり返すように自分の小さな脳みその中身をぶちまけてきた。

夢の内容はその時々によって違っていた。

全くとりとめのない冒険話を聞かされることもあれば、食べ物の話のこともあった。一番好きな食べ物はとんかつで、二番目はカレーライスだと言うこともわかった。大河は何を食べたいか聞くと、いつも頭の中が肉でパンクしてはっきりしない答えになるのだが、
寝言の数から統計的にとんかつが一番好きだと言うことがはっきりした。これはまあ予想通り。そして意外にもカレーライスが二位だったわけだが、きっと竜児特製のスパイスのおかげだろう。
普段食べたいと聞かなかったから、やや後ろめたさがあるとは言え、自分のスパイスが認められたのはうれしいかった。

大河の夢は、最近の自分たちの話題はあまりなくて、それよりも少し先の話や親戚、友達の話が多かった。夏休みがとれたらどこそこに行こうとか、おじいちゃん元気かなとか、子供何人ほしい?などという話も何度も聞かされた。それから、昔の話をなぞる寝言も良く聞いた。
一番多いのは、二人が知り合った高校二年生の時の話。それ以降の話は、竜児と一緒の時の話だったり、あるいは竜児が知らない友達の話であることもあった。
どの話も、夢らしくとりとめのない情景が断片的につながっていて、しかも多くの場合突拍子のない方向へと物語は進むようだった。

竜児が一番聞きたくなくて、だけど聞かずにはいられない、二人が知り合う前の話もあった。切れ切れの寝言はだんだんと悲しそうな声色に染められていき、終いには夢の中で泣き出した大河をたまらずに起こしたこともある。
闇の中で「何?」と涙声で問う妻に、「お前、泣いてたぞ。嫌な夢見たのか?」と聞き返した。夢の内容を聞いたなどとは口が裂けても言えなかった。

寝言を聞いているとは、とても言えなかった。そんなことを言ったら、夫婦とは言え気まずくなるだろうし、何より大河が竜児と寝ることに不安を覚えるかもしれない、そう考えただけで竜児は暗い気持ちになった。
つらい少女時代を送った大河を幸せにしてやるというのが竜児の目標であり、大河に自分と寝ることを不安に思わせるなど論外だった。夢のことは竜児が口をつぐんで墓場に持って行けば済むことだ。

◇ ◇ ◇ ◇

402夢の中 ◆fDszcniTtk:2010/11/23(火) 01:01:26 ID:???
『北村君…どうして?』

夢の中で妻は高校二年生の頃をなぞっているようだった。竜児の友達である北村祐作、大河の友達である櫛枝実乃梨。互いの想い人との仲を共同で取り持とうとしていたあの頃。やがて竜児は大河のことを誰よりも大切に思うようになり、
大河も同じように竜児を大切に思うようになった。

ベッドに入るときにはいつも竜児の腕にしがみついて寝る大河だが、今は猫のように丸くなって、つらい夢の中、誰の助けも得られずに孤独に耐えているようだった。学校で手乗りタイガーと恐れられながら、誰も寄せ付けず、
好きな男に声もかけられずに独りで泣いていたあのころの夢をさまよっているのだろうか。

大河は今でも北村のことが好きなのだろうか。それは友達としてだろうか、それとも昔抱いたような恋心を今でも思い起こすことがあるのだろうか。あるいは、夢とは知らずあの頃のつらい片思いにもう一度胸を痛めているのだろうか。

横で竜児は目を見開いたまま、見えない天井を凝視している。優しく起こしてやり、どうした、怖い夢でも見たのかと抱きしめてやればいいのか。何も言わずにそっとしてやればいいのか。今胸が痛むのは、妻を助けてやれないからか、それとも嫉妬なのか。

◇ ◇ ◇ ◇

403夢の中 ◆fDszcniTtk:2010/11/23(火) 01:02:02 ID:???
結論のでない逡巡は、妻が漏らす弱々しい寝言とともに続く。心の中に手を差し入れることはできない。昔のことを思い出すなと言うこともできない。思い出していい。ただ、楽しかった思い出として思い出してほしい。
そして願わくば、「竜児を一番愛している」と夢の中でも言ってほしい。

涙声混じりの寝言に心を揺さぶられながら、何年たっても無力な自分に苦い思いをかみしめる。

『…竜児、助けてよ…』
「おう」

寝言に、思わず応える。いつもそうだった。唐突に助けを求めてくる大河に何度手をさしのべたことか。

未だ夢をさまよっているのか、それとも竜児が漏らした声に起きたか、大河が身じろぎしてしがみついてくる。寝たふりをする竜児の横で、再び規則的な寝息を立て始める。

腕に絡みついてきた体温に、われ知らず安堵のため息を漏らす。つかの間迷路をさまよった竜児の意識も、もう一度眠りへと落ちていく。

(おしまい)

404高須家の名無しさん:2010/11/23(火) 02:18:57 ID:???
>>398-403
GJ!
これもまた少し切なくて、でも暖かいのがいいね。
思わず「おう」って応えちゃう竜児がすごく好きだw

405高須家の名無しさん:2010/11/25(木) 07:30:43 ID:???
>>404
本スレ >>443-447
感想サンキュー。竜児と大河にはホントしあわせになってほしいわ。

406高須家の名無しさん:2010/12/02(木) 21:38:44 ID:???
竜児があの時点で言っていた「いわないこと」は、九巻で語られている自立への渇望だと思う。
あまりにも個人的で、そして竜児の潔癖性に照らしあわせて、とてもその理由を他人に話すわけには
行かないことだ。

407高須家の名無しさん:2010/12/18(土) 18:16:35 ID:???
クリスマスが近づいてきたが、大河は今でも施設の子供達にプレゼントを贈っているのでしょうか?。

408高須家の名無しさん:2010/12/21(火) 00:52:33 ID:???
もちろん。そして今頃竜児の夢を見ている。




竜児はもちろん、明日の献立の夢を見ている。

409高須家の名無しさん:2010/12/21(火) 00:54:04 ID:???
ttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/moeplus/1292145177/
だそうな。

410高須家の名無しさん:2010/12/22(水) 07:26:26 ID:???
竜児も立体化してくれー 大河と並べたい

411高須家の名無しさん:2010/12/26(日) 01:49:45 ID:???
昨日はお楽しみでしたね

もげろ!とは言わないよこの二人に限っては
むしろ反り返れと

412高須家の名無しさん:2010/12/27(月) 23:20:39 ID:???
クリスマスSSのリスト作ろうとして挫折。改めてまとめ人さんの大変さがわかった。

413高須家の名無しさん:2011/01/11(火) 03:37:28 ID:???
なにやらサーバーエラーが出るのでこっちに。
本スレ>>157
このスレには守護神(まとめ人様)や書き手や描き手の他にも新しいジャンルの神も降臨するようになったのか。

>>164
GJです。描写が細かくて情景を思い浮かべながら読めるのがさすが。
アフターの話もいいけどこの時期の話の微妙な心境の話もいいもんだ。


しかし例のアニメの破壊力が想像以上だった。
甘え目のくぎゅボイスでしゃべるセリフがほぼ「りゅうじ」のみって…
バカップルモードの竜虎妄想してたら内容がほとんど頭に入らなかったよw

414高須家の名無しさん:2011/01/11(火) 21:34:55 ID:???
例のアニメって何だ?w

415高須家の名無しさん:2011/01/11(火) 22:23:34 ID:???
本スレでもちょいちょい話題出てたドラゴンクライシスだよ。昨日1話目やってた。
メインヒロイン役が釘宮さんで主人公の名前が竜司
そんでやたらと「りゅーじ、りゅーじ」と連呼してた、というかそれ以外しゃべってない。
ついでに次回予告も釘宮さんだったんだが、これがまたとらドラMADに使ってくださいと言わんばかりのシロモノw

416 ◆Eby4Hm2ero:2011/01/16(日) 10:37:08 ID:NvvAIVgg
業務連絡
回線不調につき2ch(というかネット全般)にアクセスできません……

AA早くきちんと見たいよう。

417414:2011/01/16(日) 11:25:53 ID:???
㌧クス

三題噺の人頑張って><

418とらドラ!で三題噺 ◆Eby4Hm2ero:2011/01/16(日) 12:02:53 ID:NvvAIVgg
お題 「広まって」「掴んで」「だるい」



「うう?……眠い、だるい……」
「大河、ここんとこお疲れ気味だねえ……高須くん、気持ちはわかるけどあんまり頑張り過ぎちゃいかんよ」
「何でだ!? ひょっとして最近妙な噂が広まってる原因櫛枝じゃねえだろうな!?」
「ほほう……妙な噂とは、どんな?」
「ぐ……そ、それは……」
「冗談は置いといて?、また夜泣き?」
「うん……それにでっかくなってきたもんだから抱っこしてると重くて」
「いや、重いったって……赤ん坊だろ?」
「竜児……あんた今度うちに来なさい。寝つくまでずっと抱っこしてるのがどんだけ大変か思い知らせてあげるから」
「お、おう……」
「起きてる時は起きてる時でやたらと動きまわるし。なんでもすぐに口に入れようとするから気が抜けないし」
「あー、そりゃ一番大変な時期だねえ……」
「おんぶしてたら、いきなり髪の毛掴んで引っ張ったりするのよ。あやうく首の筋傷めるところだったわ……」
「……本当に土曜にでも大河の家に行くか。飯のリクエストあったら言ってくれよ、材料用意してくから」
「おー、さすが高須くん。こりゃ将来はイクメン間違いなしだね!」
「? みのりん、『いくめん』って何?」
「育児に積極的に参加する旦那さんのことだよ。いい予行演習になるんじゃない?」
「予行演習ってことは……そ、そうだよな、いずれは……」
「りゅ、竜児と私の……赤ちゃん……」
「ひゅーひゅー、あっついぜお二人さ?ん。でもそこで揃って赤くならないようにね?」

419 ◆Eby4Hm2ero:2011/01/16(日) 12:10:51 ID:NvvAIVgg
携帯から手打ちコピーでもなんとかなるもんだw

ただ、波線での長音が?で表示されてて、きちんと投稿できてるのかどうか……

420高須家の名無しさん:2011/01/16(日) 13:03:37 ID:???
大丈夫です。GJ! 流石のタイガ―も、かなわねーw

421高須家の名無しさん:2011/01/16(日) 13:11:17 ID:???
いや、ところどころ?に化けてるよ

>>418
妙な噂を詳しくだな

422高須家の名無しさん:2011/01/21(金) 21:05:30 ID:???
何か、BD化の噂が流れているが本当な のか?

423高須家の名無しさん:2011/01/21(金) 22:05:34 ID:???
http://ameblo.jp/bdmeister/entry-10774783236.html

424高須家の名無しさん:2011/01/22(土) 18:41:22 ID:???
なんかしょっちゅう規制食らうな。
それにしてもBDついに来たのか!奮発してテレビとレコーダー買ったのはこのためだった・・・!
交渉頑張ってくれた方々ほんとにありがとう!

ここ見てるかわからんけど本スレ>>209

アニメ見たら原作はむしろ読むべき。相互補完できるから。
映像や声を思い浮かべながらより細かい心理描写を堪能するといい。特に7巻とか8巻が個人的にはお勧め。
あと10巻はアニメ版がかなりすっ飛ばしたから新鮮な気分で読めると思う。

425まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY:2011/01/23(日) 16:39:00 ID:???
まとめサイト更新しました。
規制中なのでこちらでお知らせー

それはともかく、とらドラ!BD化おめでとうううううう!!

426高須家の名無しさん:2011/01/24(月) 00:11:13 ID:???
まとめ乙です!イヤッホオオオオウ!!!!

427 ◆fDszcniTtk:2011/01/24(月) 00:18:20 ID:???
まとめ人さん、いつもありがとうございます。どうやら、こっちは永久規制らしいです。

BD化に関してはとらドラ!そのものがSD画質なんで云々と言われていますが、地デジでも十分綺麗なので、
やっぱりBD BOX化はうれしいです。買います。

おまけがつくんじゃないかと言われていますが、どうでしょう。スピン・オフから一作つくなら万歳ものですが、
難しいかな。もし、スピン・オフからなら「とらドラ!の雨宿り」か「ラーメン食いたい透明人間」希望です。
後者は原作エンドでもアニメ・エンドでもOKなストーリーなのがみそ。

428高須家の名無しさん:2011/01/24(月) 21:44:33 ID:???
>>425
いつもお疲れ様です、ありがとうございます!

AA崩れてるの私だけかな

429高須家の名無しさん:2011/01/31(月) 01:24:40 ID:???
原作3巻のクライマックスの「竜児は私のだぁぁ!誰も触るんじゃなああああい!」だけど、
実は28ページで亜美に同じことを言い放っている。もちろん、肩すかしありで。

クライマックスのセリフばかりが取り上げられる3巻だけど、こういう伏線の埋め込み方が
ゆゆこのうまいところだと思う。

430高須家の名無しさん:2011/02/11(金) 07:19:18 ID:???
規制に巻き込まれたんでこちらで。

>本スレ301
GJ!
やはり竜虎はハッピーエンドでなければ!

431 ◆Eby4Hm2ero:2011/02/13(日) 12:23:20 ID:???
本スレ規制中……転載よろしくです。

432とらドラ!で三題噺 ◆Eby4Hm2ero:2011/02/13(日) 12:24:22 ID:???
お題 「ちょっと」「妙な」「あった」


 ぴと。
「おうほぉうっ!?」
「……ちょっと竜児、いきなり妙な声出してるんじゃないわよ」
「お……おまえが不意打ちで首筋に冷たい缶なんか当てるからじゃねえか!」
「ふーんだ、恋人の接近に気付かないあんたが悪いのよ。罰ゲームとして冷たいコーヒー一気飲みの刑」
「まさか、そのためにわざわざ買ったのか?」
「ううん、あったかいのと間違えたの」
「……おう、そうかそうか」
「だけどほんと、何をボーっとしてたわけ?」
「大した事じゃねえよ。クリスマスの料理とプレゼントを何にしようかなって考えてたんだ」
「……今から?まだ11月なんだし、早過ぎない?」
「受験の本番も近いし、忙しくなってから慌てるより余裕があるうちに決めておいた方がいいだろ」
「んー、それもそうね……それじゃ、今日は予定変更してプレゼント買いに行く?」
「駄目だ。今日は図書館で勉強」
「ぶー、竜児の糞真面目犬ー」
「大河はまだ何も考えてねえんだろ。だったら来週にでも、ある程度候補絞ってから行くほうがいいじゃねえか」
「むー……仕方ないわね、お楽しみはそれまでとっておくとしますか」
「おう」
「じゃ、今日はお勉強デートってことで、行きましょうか」
「いや、それデートって言うのか?」
「場所や内容が問題じゃないのよ。こうやって竜児と二人っきりでお出かけするのはみんなデートなの」
「……お、おう」

433とらドラ!で三題噺 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/05(土) 10:51:34 ID:???
お題 「お喋り」「大河」「手」



「ねえ竜児、手見せて」
 大河がそんなことを言ってきたのは、日曜の夕食の片付けが済んだ後。
「おう」
「……むー、やっぱりちょっとカサついてるわね……」
「なんだ、どうした?」
「今日昼にみのりんとお喋りしてた時にね……」


「しかし、大河の手は綺麗だねー」
「え、そう?」
「手タレでもできるんじゃないかってぐらいだよ。どんなケアしてるのさ?」
「……ケアって?」
「……え? 何もしてないの?」
「……手に何かするの?」
「……うわ、あーみんの気持ちが少しわかった気がする……」
「え? ええ?」
「普通はさ、洗い物とかしてると嫌でも手の皮膚が荒れてくるもんなんだよ。洗剤で皮脂が落ちて乾燥しちゃうから。それを防ぐために保湿クリーム塗ったりするわけ」
「へー……」
「ファミレスでバイトしてた頃は、冬場のあかぎれにずいぶん泣かされたもんさ……」
「そ、そうなんだ……」


「……って」
「おう」
「でね、竜児はいつもご飯の片付け手伝ってくれるし、どうかすると洗い物全部一人でやっちゃうじゃない。だから手が荒れてるんじゃないかって思って」
「そりゃまあ多少はな。でも飲食業みたいに大量に扱うわけじゃないし、大した事はねえよ」
「でもきちんとケアしとくにこしたことはないでしょ。クリームっての買ってきたから塗ってあげる」
「おう、そうだな、頼む」
 大河はチューブを取り出して蓋を開け、竜児の掌ににゅるるるんと。
「あ」
「……大河」
「ちょっと、出しすぎちゃったわね」
「ちょっとってレベルじゃねーぞ。どうすんだこれ」
「余計な分はちゃんと拭き取るわよ」
「それもMOTTAINAIな……そうだ、大河もクリーム塗ればいいか」
「え?」
「大河が俺の手に塗るのと一緒に、俺が大河の手に塗ればクリームも無駄にならねえだろ」
「あー、そうね。えと、擦り込むようにすればいいのね?」
「おう」
「…………ねえ竜児」
「……おう」
「これ……ヌルヌルした指絡ませあってるのって……なんか……」
「お、おう……」

434 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/05(土) 10:58:56 ID:???
回線不調につき、携帯から手打ちコピペでこちらに投下です。
本スレへの転載をお願いします。

435とらドラ!で三題噺 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/09(水) 08:34:54 ID:???
お題 「逃げて」「激しく」「食べよう」
 
 
 
「あちゃー、並んでるねえ」
 実乃梨の言葉通り、竜児と大河の目の前には洋菓子店のテナント前からずらりと伸びた人の列。
「テレビで紹介されるってすげえな……こんなに人が集まってるとは」

「ま、私達もそのテレビに釣られた人間の一部なわけだけどね」
「釣られたのは主に大河じゃねえか。食べたい食べたいって大騒ぎしやがって」
「なによ、竜児だって乗り気だったじゃないの」
「まーまーお二人さん。で、どうする? ずいぶん時間かかっちゃいそうだけど」
「そうだな……とりあえず俺が並んでるから、大河と櫛枝は先に昼飯食べてこいよ」
 
 
「!」
 突然スプーンの動きを止め、目を白黒させながら喉元を激しく叩く大河。
「大河、ほら水!」
 実乃梨に手渡されたコップを一気に飲み干し、大河は大きく息をつく。
「あ、ありがとみのりん」
「慌てて食べようとするからだよ。何をそんなに急いでるのさ?」
「んー、早く食べて竜児と並ぶの交代しようかと思っ、ひっく!」
「大河?」
「あらやだ、ひっく」
「ありゃあ、しゃっくりかね。ほら、この水をコップの向こう側からだね」
「ごめんなさいみのりん、ひっく、私それできないのよ」
「そうなの?」
「うん、昔竜児に、ひっく、教えてもらったんだけど失敗しちゃって、ひっく」
「それじゃ、ご飯を噛まずに丸呑みにするとか」
「それやったら、ひっく、また喉に詰まっちゃって」
「えーと、砂糖をスプーン一杯食べる」
「それも、ひっく、効かなかったの」
「……大河、ひょっとしてしょっちゅうこんな風にしゃっくりしてる?」
「そんないつもじゃないわよ、ひっく……まあ、たまに、ひっく」
「豆腐の原料は?」
「大豆でしょ、ひっく、それがどうかした?」
「むう、これも駄目か……いつもはどうやって止めてるわけ?」
「自然に止まることも、ひっく、あるけど、だいたいは竜児が驚かせて、ひっく、くれるのよね。ばかちーが結婚、ひっく、したとか」
「でもそれってすぐにネタ切れにならない?」
「うん。紙鉄砲、ひっく、鳴らしたりとかもあったん、ひっく、だけど、それも慣れちゃって、最近はもっぱら不意打ち、ひっく、かしら」
「不意打ち?」
「後からこっそり忍び寄って、背筋撫でたり、ひっく、とか耳に息吹きかけたりとか。この間なんていきなりキ、ひっく」
 
 
「おう、いたいた。大河ー、櫛枝ー」
「りゅ、竜児っ!?」
「いやー、あの後列が一気に動いてな。思ってたより早く買えたぜ」
「竜児、逃げて!」
「え?」
 大河の言葉を理解するより早く、竜児の腕をがっしと掴むのは実乃梨の掌。
「高須くん、ちょーっと聞きたいことがあるんだけど」
「おう? な、何だ?」
「高須くん流のしゃっくりの止め方について詳しく」

436 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/09(水) 08:41:52 ID:???
前回転載ありがとうございました。

まだ回線不通……というか、アパートの回線切り替えの都合で、最悪三月終わり頃までネット繋げないという状況ですorz

437とらドラ!で三題噺 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/13(日) 10:11:39 ID:???
お題 「丁寧」「しばらく」「食って」
 
 
 
「竜児、どう?」
「まあまあ美味いな。初めてでこれなら十分じゃねえか?」
「よかった。それ、明日の朝竜河に直接言ってあげてね」
「おう。盛り付けもずいぶん綺麗だったけど、大河が手伝ったのか?」
「ううん、全部竜河よ。丁寧にやりすぎて時間がかかったもんだから、泰児が痺れ切らしちゃってねー」
「おう、それは……竜河らしいな……」
「だけど、人に料理を教えるのがこんなに大変だとは思わなかったわ……」
「竜河はまだ小学生だしな」
「今更だけど、やっと竜児の苦労がわかった気がするわー」
「いや、それはどうだろう」
「……何よそれは」
「何しろそれまで食ってばっかでまともに洗い物もしようとしなかった上に、いつドジをするかわからねえ奴に教えるほど大変なことってのはちょっとなあ……」
「な、なによ、昔の話じゃない」
「その話題を振ったのは大河じゃねえか」
「そうだけど……」
「ま、俺はまだしばらく仕事が忙しいし、よろしく頼むぜ、大河」
「ん」
「土日とか、できるかぎりの手伝いはするからさ」
「あ、それじゃ早速一つ頼んでいい?」
「おう、何だ?」
「昔の話も出たことだし、私の復習も兼ねて、あのチャーハン作ってみせて欲しいの」
「おう、わかった」

438 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/13(日) 10:20:19 ID:k2Q1O1ks
転載と素敵イラストありがとうございます。

回線繋がるの早くて28日なのが確定……o...rz
原因が管理会社と大家さんの手違いとか、もうね、アホかと(ry
しかたないんで手打ちコピペ頑張ります。

439とらドラ!で三題噺 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/17(木) 07:30:53 ID:???
お題 「あんなの」「今更」「橋」
 
 
 
「そうだ、お父さんお母さん知ってた? 今度大橋で工事があるんだって」
「あー、そういや予告の看板立ってたよな。橋の改修とかなんとかって」
 竜河と泰児の言葉に、竜児と大河は顔を見合わせて。
「なに、大橋無くなっちゃうわけ?」
「んなわけねえだろ。改修ってことは車線増やすとか歩道が綺麗になるとかじゃねえかな」
「何にせよ、今とは変わっちゃうわけよね……ねえ竜児、その前に写真撮ってこない?」
「おう? 何でだ?」
「あんたねえ……本気で言ってる? 二人の記念の場所だからに決まってるじゃないの」
「そりゃそうだけど……今更じゃねえか。あれから何年経ったと思ってやがる」
「時間の問題じゃないの。竜児がプロポーズしてくれた場所を残しておきたいのよ」
「おう……だけど、後から見たらただの古い橋の写真でしかねえんじゃねえか?」
「それもそうね……じゃ、プロポーズの時の状況を再現した写真にするとか」
「誰がそれを撮るんだよ。それに、あんなのは二度とごめんだぞ」
「何よ、まさか私にプロポーズしたのを後悔してるってわけ!?」
「んなわけねえだろ! 問題はその前だ!」
「その前って……ファーストキスなんてそれこそ記念じゃないの!」
「それでもねえ! 大河の勘違いで冬の川に突き落とされたことを言ってるんだ、俺は!」
 
「ねえ、お兄ちゃん……お父さんのプロポーズってどういう状況だったわけ?」
「知らね。だけど普通じゃなかったのは確かだよな……」

440 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/17(木) 07:39:16 ID:???
前回も転載ありがとうございます。

回線繋がるまであと十日ちょい……
手打ちコピペにもちょっと慣れてきましたw

ゴールデンタイム2買ったけど、読む暇が無いよう……
挟んであるチラシにとらドラ!BD化が載ってたのは嬉しいね。

441高須家の名無しさん:2011/03/17(木) 20:58:25 ID:???
転載しました。
俺も読みたいんだが、落ち着くまで注文を控えてる。
BD発売日決まってたらイイなぁw

442高須家の名無しさん:2011/03/19(土) 06:14:39 ID:???
こんにちは。今年になってとらドラ!にハマった新参です。
まとめサイトでたくさんSSを読ませていただきました。
自分でも書いたのでこちらにうpさせてもらいます。全部で55KBです。
ガチガチの性描写はありませんが、竜虎が最後まで済ましてるのを前提としているので
本スレではいけないかなと思いました。

□□【タイトル】 虎、帰る
□□□□【内容】本SSに過剰な性描写は含まれませんが、竜虎の関係が既に
□□□□□□□□最後まで済んでいる事を前提に書いており、また若干生々しさ
□□□□□□□□を想起させるであろう内容を含んでおります。

では↓から宜しくお願いします。

443虎、帰る:2011/03/19(土) 06:15:42 ID:???
あれから1年が過ぎている。

賃貸契約を済ませたばかりのワンルームマンションに、逢坂大河はいた。
部屋はがらんとして、まだ家具のひとつもない。引越しの予定は数日先で、後から届く事になっている。
産まれたばかりの乳児がいては、一家そろっての転居などとてもできる相談ではなく、
母も義父も渋々ながら独り暮らしを認めてくれた。

帰って来たのだ。この街を旅立った夜と同じように手荷物だけで。
もちろん竜児にも、友達にも引越しの予定は既に知らせてある。けれども今日来てしまった事は内緒だった。
それがサプライズってもの。
地元で一年通った女子高の卒業式を終えてすぐ、バイトで貯めた旅費をはたいて飛んできた。
なぜなら、今日は大橋高校の卒業式だから。
もちろん式に出席する事はかなわない。けれどもその日、その場所に居たかった。
だから式次第をやっちゃんに教えてもらったら、すぐに上京しようと決心した。きっと内緒にしてくれてるはず。
終わった後に竜児と逢いたい。みんなと再会したい。
ぜったいまたね!と約束したんだもの。ぎりぎりにはなったけど、ようやく果たせる。

大河は自前の制服に着替えて、ちょっと悩んで素足にニーソックスを履いてみた。
地元ではストッキングでないと校則違反だったけれど。
――おかしくないかな?
セーラー服だから、ひょっとしたら毘沙門天国業界の人に見えてしまうかも知れない。
その点が心配と言えば心配ではあった。
けれども、まあいいかと思う。ちょっとでもここにいたときの装いを再現したい。
腰まである長い髪もそのままで、1年分だけ伸びた。

扉を開ける。
オートロックでもなくそれなりに年季の入ったマンションだけれど、これから何年か過ごすあろう自分のうちだ。
しっかりと戸締り確認を済ませて歩き出した。
春の訪れを感じさせるうららかな日。
大河は目をつぶっても行き着ける通学路を歩いて、だんだん早足に、
ついには白いタイをなびかせて小走りになる。坂を駈け上がれば、懐かしい校舎が見える。
校庭には誰もおらず、体育館で式進行中のよう。
通用門から入って、事務の受付に声を掛ける。事情を話し、式終了まで校内で待たせてほしいと願い出た。
事務の人は大河の顔を覚えていた。が、名前は忘れていたようだ。
あーえーと、〜さんだっけ?と誤魔化していたから、“手乗りタイガー”と呼ばれた元生徒よと
薄い胸を反らして傲岸に構えてみた。
ああそうそう、そうだったねと来客バッジを渡してくれた。

しんと静まった校内。
スリッパをぱたぱた鳴らして、懐かしい場所をたずね歩いてみる。
朝に夕に通った昇降口。北村くんを見つめていたネット裏。
非常階段の脇は特別……告白の場所。そして竜児に初めて名前で呼ばれたところ。
思いが湧きあがってしばしの間佇む。
まだ案外とトラウマなプールはちらりと横目で。
砂糖と塩を間違えた家庭科調理室。未来が見えなくて気分がささくれていた進路指導室。
階段を登った踊り場には、変わらずに自販機が並んでいる。
ちょっとずつ足を止めて、それぞれの場所で過ごした日の思い出を記憶から紡いでは歩く。
廊下を進めば、2−C。後扉を開けて、無人の教室に入った。
歩み寄って、窓を開け放つと微風が流れ込んでくる。
大河は振り返って、ゆっくりと机の間を歩く。
ここが私の席。みのりんの席。
腰を下ろして頬杖をついて、ちょうど目線がいく所に竜児と北村くんの席。
つと立ち上がって再び窓際に移動する。ここがばかちーの席。へへ、座ってやれ。ぽすんと机の上に。
目の前には掃除用具を収めたロッカー。あれからもう二年近く経ったのか。

――式が終わるのはまだ先ね
足をぶらぶらさせて、旅立った日を思い出していく。

444虎、帰る:2011/03/19(土) 06:16:46 ID:???


ちょっと着替えてくる、とだけ竜児に告げた。
昨日の雪化粧がいまだ消えぬまま日が傾いてまもなく夜になろうとする頃。
私はママが待つはずのマンションに帰る。だけど、もういなかった。
留守電を聞いて、子供じゃないとうそぶいてみる。
赤いマフラーを巻いたまま、部屋を片づけ荷造りをし直し始めた。
もそもそと手を動かしているうちに、持って行くものが駆け落ちと違う冬物
だと気づいて、まなじりに雫がたまってくる。

ふと開け放した寝室へと通じる扉ごしに、北向きの窓を振り返った。
あのカーテンを開ければ、長いときを過ごした家がある。ずっといて良いん
だよと許されたうちがそこにある。
いま走り出せば数十秒であそこに行ける。
いや。窓を開け、名を呼び、差しのべられた両手に向かって、気合いを入れ
て跳ぶだけでいい。
少し驚いて、無茶するなと怒り、全力で抱きとめてもらえるはずだ。
そうしたい。今すぐに。

でも、と思う。
そこはやっちゃんが作って竜児が守ってきた家なのだ。
守る手伝いくらいはできるようになるだろう。けれど自分が捨て子のままと
いう現実は変わらない。10年後、20年後でもまったく変わらない。
あいつの前で、みすぼらしい自分を見ないようにして生きて行けるのか。見
ないようにしてきたものが見えてしまったのに?
だからこそ、私はもう逃げない。私は変わる。総てを受け入れて。

ぐすっと、にじみかけた涙を拭って立ち上がる。
2年間を過ごした部屋や調度品のひとつひとつを眺めて、少なからぬ愛着が
湧く事にも驚いて、自ら隠れていた迷宮の扉を開ける。

マンションを出て、路地の角。見やれば慣れ親しんだ家。そういえば黒豚だ
と言ってた。お腹がぐぅと情けない音を立てる。
いつしか暮れた街路を踏みしめるように、大河はゆっくりと歩き出した。
自分に誇りを持って、竜児を愛したい。分かってよ、りゅうじ。

地元の駅から電車に乗ろう。その前に連絡をしよう。
「行くよ。これから。うん、最終便に乗れるから」
「いい。住所知ってる。行き方も分かる」
「遅くなるけどちゃんと今日のうちに着ける。大事な時期だし、行ったり来
 たりしないでよ」
「……うん、うん。いっぺんには無理だと思うけど着いたらちゃんと話す」

空港に着き、チェックインを済ませ、搭乗案内に従って機内へと歩み入る。
アップグレード席でなくてもシートが余裕っていうのは、ちびの得なとこよ
ね。出張か、帰りか、隣のメタボサラリーマンが苦しそうに腰を収めている
のを見てちょっと思う。

定刻を10分ほど過ぎて機は駐機場を離れた。
ベルトを締めて、目を閉じて、上を向いて。
タクシーウェイから滑走路へ、いったん止まって、フルパワー。
加速のGでシートに押しつけられる。たまった雫が小さな耳に向けてひとつ
線を描く。飛行機の中は乾燥しているから、すぐに乾くだろう。
――あのマフラー、カシミアの。貰ってきちゃえば良かったかな。
もうほとんど自分の匂いしかついていない。
それに、あれは竜児のだ。

1時間が過ぎた。
シートベルトサインが灯って徐々に高度が下がるにつれ耳にツンと痛みが走
ってくる。やがて足下に着陸のショック、逆噴射の轟音。
空港の地下からJRに乗換え、駅に降り立つと、頬に触れる空気がピリピリ
と痛くて茫然とした。
瞼や鼻まで少々痛みを感じる。
近くのビルに大きく掲げられた電光の文字が氷点下だと教えてくれている。
客待ちのタクシーに乗り込み携帯を取り出して住所を告げる。
15分ほどで着くそうだ。

445虎、帰る:2011/03/19(土) 06:17:42 ID:???
時刻は半日ほど遡る。

「う……うぅうく……うえっ……」
旅支度を解く間もなく、リビングのテーブルに突っ伏して低く嗚咽を上げて
いる。明日からは出勤せねばならない。ただでさえ近いうちに産休を取る事
になっている。
自分はしくじって、連れ帰る事がかなわなかった。
「もういいわよ!あなたが何しようがどこに行こうがもうっ知らないっ!
 お母さん帰るからっ!好きにすればいいじゃないっ!!」
駄々っ子のような留守電を残してしまった。
臨月を間近に控えたお腹をそっと両手で抱え込んでみる。
「たいが……」
かつて、どうしようもなく壊れてしまった夫との関係。巡り会ってしまった
最愛のひと。三十路などとうに過ぎ去ろうとしているのに惹かれあった。
14歳の娘の事は、2番目の事だった。
ただ目の前にある幸せが何より大事で、それを見ないようにした。だから見
えなかった。
穏やかな愛を得て暮らしも落ち着き、その結晶たる二番目の子を授かって、
そうして初めて、大河を思う事ができた。
ようやく向き合えるようになったのに、今は分かってしまった。自分があの
子とどんなに遠く離れたのかを。

親権を持たない自分に、怪我をして入院したと連絡があったのは異常な事だ
ったろう。迎えに行くまでの僅かな時間で心当たりに問い合わせ、大体の事
情を把握した。
別れた元夫には憤りを覚えもしたけれど、反面チャンスと思ってしまった。
なし崩しに、迷う暇も与えぬまま、できるだけ短期間で今の自分の家庭に引
きずり込む。そして新しい生活を始めさせる。
普通の家庭で普通に暮らす方が良いに決まっている。そのぐらいすぐに受け
入れる子だとも思っていた。
なのに。
あの子は、東京のホテルで粘った。頑強に、必死に、今は行けないと言い張
った。触れたら噛み殺すと言わんばかりの目をしていた。
一週間、途切れながらの対話の中で、ともかくも付き合ってる相手がいるら
しいと分かる。
3年も独りでほったらかしにされていたのだ。
大河が何をしていても、今さら自分がどうこう言える立場ではない。そんな
資格を既に失ったと分かっていても、なお譲るわけには行かなかった。
転居や編入の都合もあるのだからと強引に2月一週目までと切った期限を平
然と無視して、大河は独り暮らしを続けていた。
迎えに行って、力ずくで手を取ろうとした。
母親なのだから。

あの子は……つかもうとする私の手を払った。すがるような瞳で傍らの男の
子の手を取り、そして行ってしまった。
そう、詰まるところまたやらかしてしまったのだ。あんたの彼氏や友達なん
て2番目のこと、と。
捨てたから、捨てられるということ。これが……報い。

テーブルに涙がぽたぽたと落ちる。悲しくてやりきれずに、肘をついても止
まらない震えにただただ耐え続けるしかない。
リビングの窓から見える空は鉛色に染まり、風はほとんどなく、大量の新雪
を落としている。
やがて帰宅した夫が妻の様子を慮り、暖房を入れ、なにも言わずに夕食の支
度を半ば済ますまで、気づかずに彼女は泣き続けた。
凍りついたような足許に吹き付けた暖気にはっとして顔を上げ、自らのつと
めを思い出した彼女がキッチンの夫と代わる頃には雪はやんで雲が切れ初め
ていた。
夜空が晴れ渡るようだ。今夜は痛いほどに冷え込むだろう。

そして、電話が鳴った。
「お金は足りるの?じゃあキャッシングであんたの口座に振り込むから」
「即時反映だから空港でおろして」
「こっちはバス終わってる頃だから。タクシーをひろいなさい」
「そう。すごく冷える。探しながら歩いてくるなんて無理。いいわね」
つい先刻までの泣きっ面と、この毅然とした仕切りの落差はどうだ?夫は安
堵を覚える。この感情と理性の瞬発力にいつも恐れ入って憧れをいだいてき
た。傍らでずっと見ていたい気にさせるのだ。
聞けば、彼女の娘もそうした性質をより鮮明に受け継いでいるとか。会える
のが楽しみだ。
3時間ほどで着くみたい。前々から言ってあるようにあの子はものすごくわ
がままで気難しい。だから悪いけど今夜は顔を見せないで。刺激しないで。
指図する妻に、夫は分かってるよと頷く。

夜も更けた。
家の前にクルマが止まったような気配がした。
ぼんやりと待っていた母は、灯をつけっぱなしにしておいた玄関へと急ぐ。
インターフォンを押されるより早く扉を開けて迎える。
と。
「おわぁっっ?!」
うちの娘は、降りたタクシーから僅か数メートル先の玄関にたどり着く前に、
盛大にすっ転んでいた。
「大丈夫?相変わらず迂闊ね」
「遺憾だわよ……」

446虎、帰る:2011/03/19(土) 06:18:26 ID:???
はーーーーっあったかい。
ぶちまけた荷物を拾い集めて、芯まで冷え切る前にうちの中へ退避できた。
全室に灯油暖房システム完備が普通で人が居る時間は常時運転。窓や出入り
口は二重。外は氷点下ふたけたでも屋内はどこも20℃以上。それがここで
の冬の過ごし方らしい。
「ごはん……食べてないわね。いま温めるから」
「うん」
コートを脱がせて、切れ切れにぐぅとかきゅぅとか聞こえてくる小さな身体
をテーブルに着かせて、母は表情も変えずに仕切る。
「お茶が欲しければ自分で淹れなさい。あんたの湯のみはそれ。紅茶やコー
 ヒーが良ければそこの戸棚」
「ありがと」
リビングとひとつながりのキッチンで支度を始める。
娘は慣れた手つきで急須を扱い、熱いお茶をすすっている。
「なーに?とんかつ?」
水滴で曇ったラップがかかる皿を電子レンジに入れようとしている手元を見
つめて、はしたなくもおかずを訊いてくる。
「あんた、ブタ肉好きでしょ。十勝豚の脂身がサシではいっているところ。
 美味しいわよ」
「あ……えーと、あの。とんかつはちょっと。ダメ……なの」
涎がタラーっと垂れてるように見えるけど?

こんなに食べる子だったかしら。
成長期?それはいくらなんでも過ぎてたはず?
小さく痩せっぽちで大きな瞳だけが印象的だった、という娘の容姿に関する
記憶を、この短時間で改める。
頬も腕もずいぶんふっくらとし、肩から脇腹から腰にかけて柔らかなライン
を描いて、化粧っ気もないのにそこはかとない女っぽさを漂わせている。
17歳にもなればそういうものか。と思う事にする。
とんかつを食べられないというこの子に、ベーコンの欠片で炒め物を作って
やり、後は常備菜を並べたら、まあ食べること食べること。
炊いておいたご飯では足りなくて、冷凍庫のひやめしまで在庫一掃した。
食後のお茶をすすりながら、大河は押し黙っている。
今日はもう遅いし、眠そうだし。明日からゆっくり話をしようと思った。
じゃ、あんたの部屋へ……、と立ち上がりかけた。
「ん、まだ大丈夫。最初にね、ママには言っておかなくちゃならない」
尋問みたいにならないよう、向かい側でなくななめ向かいに座り直す。
「私はここに交渉に来たわけじゃないの。ここんちの……ママと、ママの旦
 那の子供になりにきた」
眠気を払いながらだけれど、嫌々でもなく、気負うでなく、耽々と言った。
耳を疑った。
「そ、それは願ってもないことだけど。でもあんた彼氏とか、友達とか言っ
 てたのは……」
「それはちゃんとあるよ。これからもある」
捨てるとかそういうんじゃないんだよ。
ちゃんと分かってもらいたいのだと言う。
「私ね。普通のうちの普通のいいこになりたいの。そうすれば、竜児にも他
 の大切な友達にもまっすぐ目を見て会える」
「ううん、今でも竜児はまっすぐ見てくれる。でも私がそれじゃだめなの。
 苦しいからちゃんとなりたいの。……だから、手を貸してほしい」
ママには責任感があるから私のこと良かれと思ってくれてるのは分かる。そ
れだけじゃ足りないなんて言わない……足りないけど。じゃなくて、その範
囲内でいい。具体的な事は――いまはまだ分かんないけど。これから考えて
いくから。
一息に喋って、伝えられたかどうか自信を持てずに俯きかけている。

それは、ふざけているんでも嘘をついているんでもなく、もちろん甘えてい
るのでもなく。
自分の欲しいものが分かって、その距離を見て困難さに惑い、援けを求めて
いる顔だった。
いろいろな不安がすっと消えて行くのを感じ取っていた。
母親としてなすべき事をしなかった罪は残っても、被害が残ることはないの
だ。抑圧と強制をもって躾ける必要はなく、ただ倍生きた人生をこの子に伝
えられば多分それでいい。
そんなふうに分かった。

同時に、ひとりの女としての理解を求められている事に理解が至る。
つい先日自分に向けられた、怯えと怒りと恨みを映していたあの瞳の面影は
今はもうない。それは、間違いなく小さな駆け落ちを間にはさんでこの子に
起きた変化。
そういう事なのか。
この子は、あの男の子から力を授かったのだろうか。
もちろんこの身にも覚えのある、そうした決意のみなもとに考えがめぐる。
が、今はよそう。

「だいたいのところは分かったわ。今日は遅いし、あんたはもう寝なさい」
舟を漕ぎ始めた娘を急かし、用意した部屋に連れて行く。
問題が表に出てくるような事がもしあっても、それが分かるのは当面は先の
話だ。今はこの子に、不安に耐える小さな女にでき得る限り手を貸してやろ
うと。そう思えた。

447虎、帰る:2011/03/19(土) 06:21:15 ID:???


また、朝が来ていた。
まどろみから覚めかけて、顔を埋め抱きしめていたものが真新しい掛け布団
だった事に気づくと、言いあらわしようもない寂しさを覚える。
どうりでふかふかに柔らかかったわけだ。

既に日は高い。二重サッシの窓から雪化粧の街が光を反射させて天井を眩し
く照らし出しており、遠くに真っ白な山の影も見える。
部屋には新品の机と空の戸棚、本棚が置かれ、壁際にはベッド。一方の壁際
に暖房機。小さいながらドア裏に姿見の付いたクロゼットもある。
長い淡色の髪に寝癖をつけたまま大河はベットを降り、部屋を出た。
階段を下りてリビングに入ると朝食とメモが置いてある。
母も旦那も出勤してしまって、この家にひとりきりだ。
メモには夫婦の帰宅予定や連絡先と、調度品の置き場や取扱、近場のコンビ
ニやドラッグストアの場所も書いてある。脇に地図も合鍵も置いてあった。
とりあえずは逃げ出すと疑われていない事にも気づいて、ほっとする。
顔を洗って朝ご飯を済ました。おかずは昨日のとんかつの卵とじ。これはす
でにとんかつじゃないわけよね。と心に棚を設える。
作ってくれたのに、食べたかったのに。たぶん今は冷え切ってしまったであ
ろう800km以上離れたところに存在するはずの黒豚とんかつに思いをはせる。
小さな義理立てで大河はとんかつ断ちをしてみたのだ。

食事が済めばとりあえずする事もなくなって、家の中をうろついてみる。
一階にはキッチンとリビングと水回り、夫婦の寝室とあと一部屋。
おそらくは産まれてくる赤ちゃんのための部屋になるのだろう。
二階に大河に与えられた洋室と空き部屋の和室。
おなかいっぱいになったらここでゴロ寝をしてやると決める。
どうにもプライバシーを守りきれなさそうな小さな一戸建てではあるが、そ
れは嫌ではなかった。2DKの距離感にすっかり慣れてしまっている。
「さ、さぁて、お掃除お掃除ぃ〜♪」
竜児が聞いたら何を企んでるんだお前は、とでも言うであろう台詞を誰にと
もなく呟いて、大河は掃除機をかけ始めた。四角い部屋を丸く……。
次にバケツに給湯からぬるま湯を汲んできて雑巾がけ。
まずは二階の廊下から階段、一階の床と片付けて行く予定。


――まあ少し予定と違ったけど、問題ないね
動線の途中に置いたバケツに蹴っつまづき湯をぶちまけたのは遺憾だった。
乾いた雑巾を総動員して吸い取り、余計な手間はかかったけど午後には原状
復帰にこぎつけた。現代家屋のお掃除事情ではなんちゃらワイパーとかハン
ディモップなどの利器があり、当然ながらこの家にも常備されていて、埃を
取るのに水拭きは必須ではないのだが、もちろんそんな事は知る由もない。
差し当たって、住環境を快くする目的で床と桟が大河の手で拭われたのは事
実である。
ああそうだ。おふろ入らなくちゃだった。
キッチンを漁って見つけた冷凍チャーハンとカップスープで軽く昼食を食べ
たあと、大河は思いだした。バタバタしていてすっかり忘れていた。
埃をかぶって汗かいたんだから食事の前に入れば良かったと呟きながら浴室
の暖房を入れ、バスタブに湯を注ぐ。
あらかた湯が溜まって来たところで、部屋から着替えを持ってきて脱衣所に
入る。

パジャマを脱いで下着を外そうとしたとき、それは突然に、大河の皮膚に広
がって行く感覚があった。それは纏っていた自らの体温を脱いで、冷たい空
気に触れた刺激で呼び覚まされる。
手でそっと唇に触れてゆっくりと撫でてみる。
ここも……、ここにも触れられた。鏡に映る白い頬に朱がさしていくのが見
てとれる。やがて熱でもあるみたいに染まる。
触れられて嬉しかった。
嬉しいのだろうと、ずっと想像していた。
触れてみたかった。触れてもらいたかった。
だって纏った自分の体温ごしに触れ合えたときだって、あんなにも嬉しい。
プールのとき。
旅行のとき。
北村くんを思って星を見上げたときも。
くまサンタの腕に確りと抱かれたときも。
そんなことを望んではいけないと思っていながら。
でも、じかに触れ合うのは大違い。比べようもないほどすごい事だった。
頭が、心が嬉しがるだけじゃない。
触れられたところが勝手に嬉しがって、大騒ぎを始める。
堪らなくくすぐったくて、痺れて。
痛くて。熱い。
蝋のように、チョコレートのように、その熱で溶かされてしまうと思えた。
違う固まりが溶けて、やがて混ざり合うように思えた。
いま記憶をよみがえらせるだけで、身体じゅうその感覚が呼び覚まされる。

448虎、帰る:2011/03/19(土) 06:23:28 ID:???
あの熱さ、さ――ぅえ……っぶしょいっ!!
浴室暖房が利いているといえ、そうはまっぱで立ち尽くしてもいられない。
さぶい。
とりあえず、いまはさぶいわ。
洟を垂らしたまま、ざぶんとバスタブに飛び込んだ。
ふぇぇぇぇ、極楽、極楽ぅ。
時々おっさんくさいと自分でも思うが、誰に見られているわけでもない。
温かい湯に包まれて、皮膚の感覚がゆっくり元に戻って行くのがわかる。
充分温まって、髪を湿らせてしまってから自分用の洗髪料が無かった事に気
づいた。先に買い物に出かけておくべきだった。いろいろ順序がおかしい。
まあいいわ。別に大してこだわりがあるわけじゃなし。
母のものを使わせてもらおうと物色する。
「あ。」
見覚えのあるシャンプー。
蓋を開けて匂いを確かめて……間違いない。これがいいや。
すかすかのねこっけとは言っても腰まで伸びる大河の髪、量は男性なら何人
前になることか。当然ながらシャンプーの消費ペースがハネ上がり、本来の
所有者たる義父に不審がられるのは別の話。
その香りが、また先刻の感覚を呼び覚ましそうになる。


着替えて、髪を乾かしながらに携帯を開けてみたら何十件もメールが届いて
いて驚いた。ああそうか、もう大橋高校には退学の届けが提出されていたん
だ。これも、忘れていた。
正直、そんなには親しくないと思っていたクラスメートからも届いていて、
自分はなんてばかだったのかと、くじけそうになる。

立ちのぼる竜児の香りに包まれていると、少しずつ癒えてきたようだ。
ここへ来て最初に竜児に連絡するときには、落ち着いたから心配するような
事はなに一つないと、そう、しっかり間違えずに伝えたかった。でも今はす
がってみたい。
きゅっと唇をかみしめながらメールを打つ。
同時に告白するつもりが、あまりの急展開に一杯一杯で、すっかり後回しに
なっていた。嫁に来いと言われた時点で心はひとつだったから、正直なとこ
ろ自分は告白の言葉などどうでも良い。移ろいがちな言葉よりも確かに結ば
れた今だからこそなのだろうけど、そう思える。
でも竜児はどうなのだろう?
あんたのことを好きだと、私が言ってないと気にしていないだろうか。
何十行も言葉を費やして打ったけど、これじゃかえって心配させてしまうん
じゃないかとも思った。消す。
ああ……そうじゃないんだこれは。私が告白されてないと不安になっている
んじゃないかって、あいつは気にするのよ。
ちょっと迷って、だから簡単に書こうと思った。
――そういや、好きって言われてなかった。
ほんっとに無愛想すぎて自分でも呆れてしまう。でも竜児なら分かってくれ
るだろう。私が伝えたい事を間違えずに見つけてくれる……はず。
ぽちっと、送信。
それでも何か足りてない気がする。電話して話そうかな。
でもいま声を聞いたらきっとやばい。グダグダに甘ったれる自分が見える。
――そうだ。
この画像を送ろう。昨日撮った、夜空に浮かぶへっぽこな星。

送信を終えたらすぐに、電話がかかってきた。
あわててとる。

「大河か?今どこにいる?大丈夫か?腹へってないか?」

耳を貫く声にぞくぞくとした。やばいなんて思って、悪かったわよ……。
こんなにも顔も胸も肩も温かくなってくる。
昨日からの事を落ち着いて話せた。竜児も今日の出来事を話してくれた。
黒豚の行方を訊ねたらスタッフが美味しくいただいたらしい。
「そんでよ、大河。お前が好っ」
「ちょっと待て!……あんたぁそんな大事な話を電話で済ますのっっ?!」
「だってお前が!いやそうじゃねえ。そうじゃないんだ。お前が言えと言う
 から機嫌を取るんじゃねえよ。俺はずっとお前に言いたかったんだよ」
「ずずずっとって?!いつからっ?」

449虎、帰る:2011/03/19(土) 06:24:22 ID:???
くっと息を呑む声がしたのは、こっち?あっち?
「あ、あの、はっきり言えるのは、その……文化祭の後だ!」
「へ、へえ?」

ううう嘘でしょっ?!あの頃に?……何でよっ!
「じゃあ私の方が先っ!夏休みには私もうあんたの事好きで、好きで好きで
 やばかったんだからっ!」
「え?ええっ!なんだよっ、あんな頃まで遡るのかよ?!」
「そうだよ!毎日毎日何の邪魔もされずにあんたと居られてどんだけ嬉しか
 ったか分かるっ!?」

嘘じゃない、本当の事だけど。
「うそこけ。お前は北村、俺は櫛枝が好きだっただろうが!そこを無視すん
 なら俺だって」
「『俺だって』?!なによっ???」
「ぷ、プールで、溺れかけたとき、ぜってーこいつを離さねーって思ってた
 からな!」
「へーん!へーん!へーん!遅いね鈍いねグズだねっ、こっちゃああんたが
 ばかちーと番ってるときには既に、……あぅぅ」

たぶん竜児も向こうで真っ赤になってる。確信できる。顔が熱い!
「なに言ってんだ!じゃじゃあ俺はおまえが北村に告白したときっ」
「はぁぁ?じゃあタッチの差だけどあたしの勝ち!あんたがチャーハン作っ
 てくれたときっ」
なんだとー!じゃあ俺は廊下でぶつかったときっあたしゃ生まれた時っ!
はぁ、はぁ、はぁ。肩で息をして、お互いに無言のときが訪れる。
そのしじまで竜児は思う。
最初の出会いからすぐにいろんな大河を見た。
不機嫌に見下ろされ、涙目で襲われた。貪るように食って作り物のように眠
っていた。可愛い、綺麗だとも思った。
大河も思う。
チャーハンを貪る自分を見つめていた、元気づけてくれた。襲ったのに。
優しい目だと分かって、とっくに用は済んでいた。なのに帰れと言われてど
うしても去り難かった。
互いに、出会った時には近すぎて見えなくなっていた。戸惑いながらも、そ
こから離れたくないと思っていたのだ。

今は分かる。この胸の高鳴りがあのときにはもう始まっていたのだと。
「ね、竜児。電話でいいからまた言ってよ。私も言う。何度でも言いたいか
 らさ。竜児が……好きだよ」
「ああ、何度でも言ってやる。大河が、好きだっ」
熱があるんだろう、私たち。熱病に罹ってる。
熱で死なないように、でも熱から醒めないように。
いつまでも話していたい気持ちをやっとのことで抑え話を終えた。
大河は、遠くを見て、そしてさっきの画像を友達みんなにも送ってみた。ま
だ返せる言葉を見つけていないけど、今すぐにではなくてもきっと伝わると
信じる。
いつの間にか街の景色が夕映えに染まっていた。




何日かが過ぎ、さしたるトラブルも起きないまま大河は暮らしに馴染んでい
った。こちらの女子高への編入を手続きし、試験と面接の日も決まった。
暇なので、頼まれた買い物のついでに近場だけでなく足を延ばしたりもして
みる。地下街を中心にいろんな場所へ行けるのは便利よねと感心しつつ気に
なるお店をチェック。
根雪の上では軽く転んだりもしつつ、独りでお茶して帰宅してみると不在配
達票が。マンションに残してきた荷物が届いたようで、連絡して再配達をし
てもらう。
届いた荷物をほどいて整理するのはけっこう時間がかかった。
本や参考書を取りだして並べて、服や小物を整理はできてないけれどもまあ
収納して、パソコンをつないで、ようやく高校生の部屋らしくなった。
あ、そうだ。
携帯に着信していたメールをPCに転送。
添付ファイルを保存。ビューワで開いて拡大する。やっと大きな画面で見る
事ができた、クラスの皆の集合写真。
竜児がクリスタルの星を持って中央に。みのりんとばかちーがいて、裸族の
北村くんがいて、みんな笑顔を贈ってくれた。
ありがとう、とひとりひとりの顔を見ながら思う。
黙って消えた逢坂大河を元気づけようと撮ってくれた友達の気持ち。
彼らに何を話せば良いのかまだ思いつかぬまま、今日も携帯に手をのばす。

450虎、帰る:2011/03/19(土) 06:25:22 ID:???
竜児につながった。
簡単に事情を説明して、残ったもので気に入ったものがあるならあんたにあ
げると付け加える。家具はこの部屋にとても入りきらないからそのままにし
てきた。中古品でしかないが、父親が残した負債の、僅かな足しにはなるの
だろう。その前にと。
「ただね、引き渡し日以降は家宅侵入になるからそれは気を付けて。警備シ
 ステムってものがあるんだから」
「おう分かった。てかお前が住んでたときはどうしてたんだよ」
「あんたが出入りしそうなときは全部切ってた。つまり常時ね」
不用心な高級マンションもあったもんだな。う、うるさいな。私がそこに関
してドジ踏んだ事が一度もないからあんたが警備員に捕まる事もなかったん
でしょーが。あ、そういやそうだ、ありがとうな。
「合鍵も処分してよ。本当は勝手に作っちゃいけないものなんだ」
「……なあ」
「なに?」
「持っていちゃ、ダメか?」
「なにあんた。忍び込んで夜な夜な私の残り香を求めてうろつくの?」
くすくすくすと笑みがもれて、多少の冗談も言えるくらいには落ち着いた事
を確認する。
「おうっその手が!じゃなくてよ。記念品だよ。お前が隣に住んでいたって
 いう思い出になる」
「いいわよ。どうせ次の入居者が入れば鍵は交換されるしね」
「うちのいつもの場所にずっと下げておくよ」
「愛しい私の象徴として朝に夕にエロい視線でねぶるように眺めまわす事も
 許可するわ。一緒におふろ入ったり同衾してもいいのよ。はーーっなんて
 私ったら博愛的なのかしら?」
「座布団に置いて尻に敷いたりもしていいか?」
「うっ、それはなんか屈辱的かも……」
軽口を叩けてる。巧くいってる。けど。

「あのね、竜児」
このまんま絵に描いたような遠距離恋愛を重ねて行ければいいなと思ってい
る途中で、大河はここへ来た翌日にお風呂場で思いだした事を話し始めた。
「俺だって同じだよ……辛えよ。眠れなくて、なんでお前がいねえんだよっ
 て思った」
「前に、どっちが先に好きになってたかって話したよね?」
「おう」
「私はさ、あんたがばかちーを連れ込んで良い事してるのを見たとき……」
「人聞きの悪い事を言うんじゃねえ。それにあれは円満に和解に至っただろ
 うが」
「蒸し返すつもりじゃない……そうじゃなくて、あのとき初めてあんたに触
 りたいって思ったの」
エロい意味で?もちろんエロエロな意味も含めてね。
あんたに余計な心配をかけるかもしれない。けど巧く遠恋をこなしてるって
安心し始めている自分が逆に怖い。

あの頃ばかちーは軽い気持ちでちょっかい掛けてた。そんな事は私にも分か
ってた。大人の態度でガン無視してやるぅぁ!っていうのは正直なところ。
「でも毎晩イライラして、むかついてさ。その気持ちをたどるとそういう結
 論になってた。いつも」
で、そう思ってること自体は、驚いたけど嫌じゃなかったんだ。
「そうだったのか。……じゃああの頃マジ触っても良かったんだ?」
「なにそれ?あんたにもそんな欲求があったの?!」
「お……おう。まあな……」
お前が警戒してうちでゴロゴロしなくなったら嫌だと思っていたから、絶対
そういう目で見ないようにしてたけど、その……な?
「私は割とあんたを挑発してたよ。意識して」
「俺は……お前がくつろいでるんだと思い込んでた。なんて無防備な女だと
 思ってた」
そこなんだよね、と大河。

別にあんたがばかちーのエロボディに淫らな欲望を蠢かせていたとは思って
ない。ただ、それで私の何かのスイッチが入っちゃって、いろいろ試してみ
たのに思ったような反応がなくて。
「なんか酷い言い草が懐かしくも混じったが……水着のことだろ?」
「水着のことよ」
私は触りたい、触られたいと思ってる。けれど竜児にはそのつもりがない。
それはこの哀れな身体のせいなんだろうなって。
それは違う!と竜児が強い調子で遮る。
「俺がどんだけお前との間で変な空気を漂わせないよう努力したと……」
「分かってる」
そのときは分からなくてイラついてむかついていた。でも今は分かっちゃっ
た。傍らに居るっていうのはそういう意味でもあったんだよね。

451虎、帰る:2011/03/19(土) 06:27:02 ID:???
竜児にもようやくこの間からの対話の意味が呑み込めてくる。
これは大河と結ばれる前に何があったかの、ただの絵解きだ。結ばれた今は
そんなことお互いが分かってればいい事じゃねえか、というのはたぶん男だ
けの理屈なのだろう。
何と言っても、つい数日前に結ばれてそのまま離れ離れになってしまったの
だ。あれは思春期によくみる類の夢だったんだよと思えば思えてしまう。

いや、それでもお前と俺は分かりあってるだろう?俺には確信があるぞ?
うん分かっているよ、今はね。
でも以前は分からなかったし、この先はどうなのかな?
「そうか……そうだ。離れているんだもんな。ちゃんと言葉にしねえと」
「私は竜児の声を聞いていればなんとなく分かるけど……」
同じようにあんたが分かってくれるのか、そこが、ね?

目に見えるところにいるのなら、大河の様子は分かるという自信が竜児には
あった。もとより大河は感情を隠さない女だ。顔を覗き込むだけで手に取る
ように思っている事が分かる。
そして、それは大河も同じだと思っていた。
「あんたは……表情からだけじゃよく分かんないときがある。私が分かるの
 は声を聞いて、触ってもらえて、それで」
そうだったのか。
だからあんなに近くで同じように思っていたのに最後のところが分からない
でいたのか。
竜は空にいて視覚で大地を見通す。虎は地にあって聴覚で狩りをする。傍ら
で並び立っているうちはその違いを無視できた。だがそれ以上を望んだ時に
ははもはや足りなくなっていた。
黙って目を見れば分かるでしょ、分かってよ!と言えなくなった大河のこれ
が思いやりならば応えてやりたいと、竜児は思った。
「俺は……お前が停学になったときにお前が欲しいと思っていた。言えなか
 ったけど、それはもう分かっていたよ」
「……そうなんだ」
「もっと前からきっと思っていた。けれど俺たちにはまだまだ時間があると
 思っていた。告白して少しでも壊れるのが怖かったんだ。櫛枝の事を口実
 にして」
それは私も同じだよ。
明日言おう、来週言おう、今度言おうって。でもあんたの近くに居続けて、
もっと近づきたい気持ちが増えていって。
「ううん、同じじゃないね。私はそれを重くて持っていられなくなっちゃっ
 たんだ」
なら告白すればいいのに怖くてしなかった。あんたをみのりんの方へ押しや
れば全部動き出してくれる。あわよくば、それで元の関係に戻れるかもなん
て考えていたよ。
「何て卑怯なんだろうね。私ってさ……」
「それを卑怯って言うなら俺だって、いつまでもグズグズしてた」
櫛枝の事を口実にして大河に向きあわなかっただけじゃねえ。お前が背中を
押してくれるのを口実に櫛枝にも……。
殴られて当たり前だ。
「むしろ殴ったくらいで済ましてくれる櫛枝には頭が上がんねえ」
「……済んでないと思うよ。みのりんは私なんかよりずっと女の子だもん。
 手が届くところにいたら本当は私を殴りたいはずだもん」
ね。りゅうじ。お願い。みのりんには前と同じに接してあげて。なにか変で
も無視されても。
……おう、分かった。

竜児との通話を切って、大河は携帯をぼんやり見つめている。やがて意を決
し、電話する。コールが続いて……
「あ、み……みのりん?」
大切な人に分かってもらいたいなら、自分でも言葉を尽くして伝えないと。

452虎、帰る:2011/03/19(土) 06:27:53 ID:???
電話を終えてリビングに降りるとしばらくして、母が帰宅した。
大きなお腹をして荷物を置いて、手すりにつかまりながら靴をぬいで、玄関
先でふーっと息を継いでいる。
出迎えた大河がおかえりなさいと言うと、立ったままで抱きしめられた。
「???」
顔をぽふっと張りの大きくなった胸に埋めてぽかんとしていると、頭を包ん
でいた腕が背中に回され、軽く叩くように、撫でるように肩や背中やお尻を
巡回する。
頭に顔を突っ込まれてむーと匂いをかがれ、髪を撫でた指で梳かれて、頬っ
ぺたを両手で挟まれ、ぐりぐりとされたあと、ついでにむにっと掴まれ、頬
ずりされ。
仕上げにでこにちゅっちゅと口づけされた。
「な、なななななにを」
こうまで念入りにモフモフしてもらった記憶くらいは、それはとても子供な
頃ではあったけど人並みにある。だから全く嫌ではなかったが、なぜ今なの
か大河には分からず当惑してしまう。

母は身体を離すと、ふーどっこいしょと買い物袋を取り、答えず奥に向かっ
た。キッチンに荷物を置いて、買って来たものを冷蔵庫や戸棚に仕舞って。
それからリビングに移動。
立っているうちに用を全部済ましてしまおうとするかのように、座る前に紅
茶をいれる。
大河はなんとなくそのまま去り難い思いでいちいち後をくっついて歩き、最
後にはテーブルに着く。
ちらっと大河を見て紅茶をもう一杯いれてくれる。
キッチンに取って返した大河は牛乳を持ってきた。
冷えた牛乳で、香りの立たないぬるいミルクティーを二人で飲む。
「なによ。変な顔して」
母が眼鏡の奥から大河を睨みつける。
夕暮れの薄暗がりの中。
ようやくその口元に微かな笑みを浮かべている事に気づいて、大河の緊張が
解ける。
「スキンシップよ」
つ、と視線をそらして、テレビを点ける母。暗がりに少しの明かりが生まれ
たがその表情はよく見えない。
なら、なんでそんなに機嫌悪そうなのよ。




編入試験をクリアし、来月から無事に高校三年生になれる事が決まった日。
この大きな街に住んでそろそろ三週間となり、根雪の上で転ばずに歩けるス
キルも身につけつつあった。
お祝いに食事に行こうという事になって、大河は義父と待合せている。
今日は寿司を御馳走してくれると言う。
「ウニおいしー、イクラおいしー」
「定番ネタもいいけど、やっぱり地方ネタを食べなきゃ」
「そうなんですかー」
「冬場は並ぶネタが多くないけどねーメヌケにハッカク」
「脂がのってるー」
「軍艦巻きはマダチ」
「とろーって、とろーって!」
「ヤリイカどう?」
「こりこりと、あ、あとから甘みが」
「ボタンエビ行っちゃおうか」
「わ、生だ。甘ーい」
「大助があるよ、天然サーモン。出物だよ大河!珍しいんだよ!」
「それはぜひいただかないと!」
黙って会話だけ聞いていれば同伴キャバクラ嬢との会話に聞こえてしまうか
も知れないが、要するにこの辺りが距離感というやつなのだった。
二人で軽ーく30貫ほど平らげる。

453虎、帰る:2011/03/19(土) 06:29:43 ID:???
帰宅してみたら、母の機嫌が良くなかった。
外食して帰ると連絡を済ましておいたが、どこの家庭でもそうであるように
独りご飯となった者は面白くないものだ。
見ると家族三人分の夕食の卓を揃えられるように準備をしてある。怒ってる
のかな、と大河は気をきかせて食卓に着く。
空腹ではないが、元々大喰らいである。この小さな身体のどこに消えて行く
のかと竜児には呆れられていたが、自分としてはたくさん食べれば成長する
と思っているので問題はない。母の料理もそれなりに好みだった。
「食べてきたんでしょう?」
「育ち盛りだからね。まだ食べられる」
なんだ、足りなかったのならもっと注文すれば良かったのにと部屋に戻りか
ける義父を目で追いながら、いーえお義父さんごちそうさまー。
というわけで。私はいいこなので。
変な子ねえと言いながら、母は大河の分もおかずを盛り付ける。まあ、あん
たがお義父さんに遠慮してろくに食べて来ないかもしれないからね。
そんなことないよ?イクラにー、マダチにーエビもサーモンも。
食べすぎでしょ、それは。
竜児のとこではいつも二合食べてたもん。
「食費は納めてたと言っても、毎日あんたの食事を。竜…高須くんだっけ?」
「そう……」

そろそろ教えてくれるくらいには気を許しているかしら。
もくもくと食事をしながら、相変わらず不機嫌そうな顔がそう問う。知りた
い事は分かっている。誤魔化したり先延ばしにしたりしない。それはもうと
っくに大河は決めていた。
「私がね、竜児を好きで。竜児も私を好きで。いつも一緒に居たかったの」
「でもね。長い事、付き合っていたわけじゃなかったの」
大河は答えて、ゆっくりと、整理して話す。さほどお腹がへってないからだ
ろう、ご飯、おかず、汁と珍しく基本通りに、よくかんで食べながら。
「だからね……一緒に居るためにいろんな理由を探してた」
「前の話だと、ずっと付き合っているんだと思ってた」
「付き合うってよく分かんないもの」
そうだ。実際、何も考えていなかった。好きだと伝えて、その気持ちを受け
入れてもらえたらその後は?
何が望みだった?
「あんたの話の通り、毎日一緒に買い物して、夕食をはさんで同じ部屋で過
 ごして、夏休みに一緒に旅行に行くようなのを付き合ってると言うのよ」
娘は……俯いて。真っ赤に染まって漬けものをはむはむ。
誰に言うともない調子で、母が続ける。
「何でそんなに長い間一緒に過ごしていて付き合おうって言い出さなかった
 のかしらね?」
その問いは竜児に対してか。大河に対してのものか。
母の疑問は当然のものだ。でも自分にとっては、……おそらく竜児にとって
も、今は明らかなこと。
それは自分の思いには気が付いても、相手がどう思っているのかが……
「ついこないだまでね、分からなかったんだ。協力関係だって言って始めち
 ゃったから……」
「なるほどね」
箸が止まって、娘の顔を見やるその顔はあまり不機嫌そうでもないように見
えた。分かってもらえたのだろうか。
「ねえ」
「なに?」
「思いが通じ合わなかったから、ここへ来たわけじゃないんでしょ?」

大河の箸も止まり、母の顔を見上げる。
じっと見つめられている。大河はその問いの裏にある意味を分かっている。
それは小さい事かもしれないけれど、正直に答えるには覚悟が要る。
「……うん。かなった」
「そう」
やっぱり不機嫌そうだ。
「ならゆっくりと。でも真剣に。あんたがどうしたいか考えればいいわ」
思い合った男がダメな奴とはお母さんには言い切れないしね。それが初めて
でもね。
また出直そうと決め、ごちそうさまと言って大河は立つ。すると、母は慌て
たようにちょっとちょっとと留めた。
なに?と座っている母の横に立つと、前と同じように無言で抱かれた。
すでに身重で急に立ち上がるのは無理。座ったまま大河の背中に腕を回す。
大河の胸に頬を埋めて、ぎゅっと。母の淡い色の髪が懐にある事に少し驚い
て、そして大河も肩を抱いてみる。
少し触れてみて、やがて自然と腕に力が入っていく。
「ごめんね、お母さん無愛想だから」
「……」
「でもあんたの事は心配してる。ほんとよ」
「……うん」
「もう何があっても無茶はしなくて良いから」
「うん」
身を寄せ合って強く抱き合っていた。失った時を取り戻し、未来を失わない
よう込められた願いが確かに伝わってきた。


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