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大河×竜児ラブラブ妄想スレ 避難所2

1まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY:2009/10/29(木) 01:36:02 ID:???
ここは とらドラ! の主人公、逢坂大河と高須竜児のカップリングについて様々な妄想をするスレの避難所です。
アクセス規制で本スレに書けない、とかスレに書けないような18禁のエロエロ話を投下したい時とかに
お使いください。
    / _         ヽ、
   /二 - ニ=-     ヽ`
  ′           、   ',
  ',     /`l  / , \_/ |
  ∧    〈 ∨ ∨ ヽ冫l∨
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    ', /          /
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 /__ `ヽ、_  /  、〈 、           /.:冫 ̄`'⌒ヽ `ヽ、 / 〉ヘ
/ ==',∧     ̄ ∧ 、\〉∨|         /.: : :′. : : : : : : : . 「∨ / / ヘ
     ',∧       | >  /│        /: :∧! : : : :∧ : : : : | ヽ ' ∠
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本スレ
【とらドラ!】大河×竜児【アマアマ妄想】Vol17
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara2/1255435399/

254優しさの足音 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:10:11 ID:P4vHwVSM
「じゃぁ、早起きがいやになっちゃったかな。ごめんねぇ。いつもご飯作ってもらって。明日からやっちゃんがつくってあげるからね」
「ちがうよ、そんなんじゃないって」

本当にそんなんじゃない。むしろ朝起きて、早親に朝ご飯を用意することは、小学5年生の竜児自身にとって必要なことになっていた。だって、ご飯を作っている間は、自分はこの家にいてもいいのだと信じることができる。

物心ついて一度も、竜児は父親の顔を見たことがない。母親からは一枚写真を見せてもらっただけで、その写真には母親と、テレビなら出た瞬間に犯人とわかる顔をした男の人が笑って写っていた。
父親についてその他に知っていることは、ぜんぶ母親の泰子から聞いたことだった。今では、ひょっとすると生まれたときには父親はいなかったんじゃないかと思っている。

ずっと泰子と二人っきりだった竜児は、大きくなるにつれて、託児所の大人たちの会話から、学校の友達の会話から、テレビから、すこしずつ外のことを知るようになった。この世には田舎というところがあって、そこには、おじいちゃん、おばあちゃんとよばれる大人がいること、
彼らは子供にやさしいこと、お年玉をもらえること、おもちゃを買ってくれること。泰子の仕事は水商売と言われていて、テレビではあまりかっこよくない役であること、友達のお母さんはみんな水商売が嫌いであること。
友達のお母さんは、みんな泰子より10歳も年上であること。

知ってしまったこの世界のことは、小学生である竜児にはあまりにも重かった。たぶん、同じような境遇の子供はたくさんいるのだろう。母親が一人で育てている子供なんてたくさんいるに違いない。自分だけがつらい目にあっているわけじゃない。
そう思った。だからといって、そのことを忘れてしまうには、あまりにも竜児は気まじめな子供だった。

泰子はたった16歳で自分を産み、一人で育てきたらしい。それは竜児にとって恐るべきことだった。なにしろ、この気が遠くなるような広い世界でたった一人、頼れるのは泰子だけなのだ。泰子以外に、お父さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、誰も、
竜児を育ててくれそうな大人なんか知らなかった。そしてもし、泰子が「もう、やめた。こんな子はいらない」と一度でも思っていたら、きっとそこで竜児の人生は終わっていたのだった。

泰子のことは大好きだ。だが、大好きである以上に、必要だった。泰子が今日竜児の前から消えたら、竜児も明日にはこの世界から消えるのかもしれなかった。ずっと前から『お母さんが死んじゃったらどうしよう』という漠然とした恐怖に震えていた竜児にとって、
『もし、泰子に嫌われたら』という想像は、二つ目の生死に関わる恐怖になった。

だから、竜児は家でもよい子であろうとした。小学生なりの真剣さで泰子を助け、『竜ちゃんなんかいらない』と言われないように頑張った。そんなことは考えすぎで、ひょっとすると学校の友達と同じように毎日遊んでいても大丈夫かもしれないとも思ったが、
そう考えても時たま沸き起こる不安は消えなかった。

だから、料理をすることなんて全然苦じゃない。料理をしていれば、竜児はいらない子にならずに済む。『竜ちゃんなんかいらない』と言われずにすむ。

それに本当のところ、ちょっとおもしろいなとも思っていたのだ。初めは見よう見まねだった料理も、やがて献立を自分で考え、食材を買うようになると、こんどは泰子の収入と突き合わせて値段のことまで考えるようになった。工夫すると、
少ないお金でもそこそこのご飯を作ることができた。楽しいと思った。そのうち晩ご飯も作ろうと思っている。

そういうわけで、竜児は一所懸命泰子を助け、いい子であり続けている。しかし、それでも不安はなくならなかった。漠然とした不安が時折思い出したように竜児を悩ませた。やがて大きくなったら、こんな不安にも勝てる強い大人になれるのだろうか、とそんなことを考える。

とはいえ、今日はそんな不安は一度も感じていない。不安といっても、時折心の隅に浮かぶだけなのだ。だから泰子が感じ取った何かは純粋にカンチガイなのだが、それでも正確に竜児の気持ちの真ん中を貫いていた。

泰子の問いかけに「全然なんともないよ」と振り払えなかったのは、それが理由だ。

「じゃぁ、竜ちゃんはどうしちゃったのかな。テストの成績わるかった?」
「昨日見せたじゃない。100点だったでしょ」

竜児はいい子でなければならないから、勉強だってしている。

「そっかぁ、竜ちゃん偉いっ!じゃぁ、いたずらして先生におこられちゃったか?」
「いたずらなんかしないよ」

いたずらなんかしたこともない。先生や泰子の言いつけを守らない子はいけない子だ。

255優しさの足音 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:10:54 ID:P4vHwVSM
「うーん、なんだろう。ああ、わかったぁ」

そういうと、優しい顔に泰子は満面の笑みを浮かべる。

「竜ちゃん、ガールフレンドほしいんでしょう」
「ええ?」

なんじゃそりゃ、と母親の斜め上具合に箸と茶碗を持ったまま脱力する。そんなものは別にほしくない。学校でも、男子と女子は別々のグループだ。男子と女子が並んで歩くのはかっこ悪いことだとみんな思っている。

「ガールフレンドなんかほしくないよ」
「ええぇ?どうしてぇ?ガールフレンドいいのにぃ」
「いいのにぃって、母さんガールフレンド持ったことないくせに」
「だってやっちゃんは女の子だったんだもん」

何が嬉しいのか偉そうに笑うと、泰子はにこにこしながら味噌汁を啜る。一口すすって、勝手に話を進める

「竜ちゃんは優しいからきっとかわいらしいガールフレンドができるよ」
「優しいのと可愛いのは関係ないよ」
「関係あるの!優しくておとなしい竜ちゃんには、元気でかわいいガールフレンドができるんだよ。でねぇ、竜ちゃんがぁ、その子を守ってあげるんだよ」
「元気なのに守ってあげるの?」

母親のばかばかしい妄想話を話半分に聞きながら食べていた竜児が箸を止める。

「そうだよぉ。男の子はぁ、女の子を守ってあげるの。女の子はみぃんなそんな男の子を待ってるんだよぉ」

父親に守ってもらえなかった母親は、にっこりと笑って竜児に噛んで含むように言う。

唐突に頭に浮かんだのは、真っ白なもやを背景に、大きくなった自分が小さな女の子を抱きしめている姿だった。ぼんやりとしたその想像の姿は、少しだけ竜児の気持ちを軽くした。自分が守ってあげるのを待っている女の子。自分を必要とする女の子。
そんな子があらわれたら、自分はここに居てもいいのか、などと悩まなくてもいいかもしれない。少なくとも一人、『あなたが必要』と言ってくれれば、竜児はこの世にいてもいい人間になれるはずだ。

「そんな女の子、いるのかなぁ」

ぽつり、とつぶやいた言葉を、泰子が拾う。

「いるんだよぉ。もうその子はこの世に生れていて、竜ちゃんと出会う日を待っていてるんだよぉ」

本当にそんなの女の子がいるのかどうか、まだ11歳の竜児にはよくわからない。

それでも、もしそんな子が現れたら、自分は強い大人になれるような気がした。
その子のために優しい気持ちになれるような気がした。
そんな女の子がいると考えるだけで、優しい日々が近づいてくる気がした。

二人が静かに暮らす部屋の南の窓から光が奪われ、そしてひどく騒々しいけれどまばゆい別の光が与えられるのは、ずっと先のこと。

まだ竜児も泰子も知らない先のこと。

(おしまい)

256 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:11:30 ID:P4vHwVSM
連作はこれでおしまい。コメントをくれた人、代理投稿してくれた人、本当にありがとう!

257高須家の名無しさん:2010/07/16(金) 22:31:35 ID:???
ありがとうございました!!
とても感動しました
お疲れ様です

258まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY:2010/07/31(土) 19:40:38 ID:???
まとめサイトを更新しました。
本スレが繋がらなかったのでこっちでご報告いたします。
抜けがあるようでしたら、ご指摘をよろしくお願いしますー



にゃんにゃん大河……ふぅ

259高須家の名無しさん:2010/07/31(土) 22:24:26 ID:???
いつも乙です

260高須家の名無しさん:2010/08/01(日) 05:21:29 ID:???
>>258
いつも乙&ありがとうございます。


本スレ(というかアニキャラ個別板)鯖移転しました。

【とらドラ!】大河×竜児【キラキラ妄想】Vol21
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/anichara2/1278256303/

261高須家の名無しさん:2010/08/02(月) 01:26:11 ID:???
更新乙です。
にゃんにゃん大河 か わ い す ぎ る ! ! これで夏を乗り切れるなw

自分が書いたやつが載ってるのは、なんとなく嬉しい

262高須家の名無しさん:2010/08/04(水) 01:00:01 ID:???
>>258
いつもありがとうございます。
自分の駄文に素敵なタイトル、感動しました。


ギシアン置いときますね。


「竜児、すごいことを思いついたわ!」
「なんだ?」
「私たちが気温より20℃くらい暑くなれば相対的に涼しくなるんじゃない?」
「……そりゃそうだろうが、20℃も体温を上げると死ぬぞ」
「やってみなけりゃわからないわよ! もしかしたらノーベル賞も……」
「間違いなく失敗だろ! 暑さでやられ放題じゃねぇかお前!」
「うるっさい! あんたも男なら黙ってコレに入りな!」
「……山岳用のエマージェンシーシートじゃねぇか!」
「そうよ。これならお互いの体温が逃げる事も無いし、保温性バッチリ」
「ま、待て! それはホントにシャレにならないならねぇ! っていうか、どこから持ってきた!?」
「問答無用! いくよ! 60℃の世界へ!」
「うわー!」

ギシギシアンアン

「大河……もう、無理……だ……」
「りゅうじー……私も……」
そのままぶっ倒れた二人は30分後、帰宅した泰子により発見された。
生まれたままの姿で……

263高須家の名無しさん:2010/08/10(火) 17:24:40 ID:???
また規制だ、dionは解除されない。鬱だ

264高須家の名無しさん:2010/08/12(木) 02:32:15 ID:oinaCpNI
エロいの読みたいな
ソフトエロじゃなくてしっかりエロ
性欲ぶつけながら愛情吐き出し合ってるような

265高須家の名無しさん:2010/08/12(木) 14:00:47 ID:???
エロパロ版のきすして読んだら?

266高須家の名無しさん:2010/08/12(木) 15:04:22 ID:???
>>264
書けばいいんだ。期待してるぜ!

267高須家の名無しさん:2010/08/23(月) 18:40:58 ID:???
書き込みtest

書き込めたら近日中に投下させて頂きます。。。
エロくはないですがご容赦下さい

268高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 01:56:57 ID:???
>>267
お待ちしております。

269高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 17:31:37 ID:CZ7LwMdA
>>267
楽しみにしてます
エロくなくても甘くなくても大歓迎

270高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:41:55 ID:???
先日図々しくも投下予告なんぞしてしまった者です。
予告したからにはと何とか書き上げました。
何レスかお借りします。
本スレのほうへの代理転載神様、大歓迎です。

では、よろしくおねがいします。

271高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:42:20 ID:???
だめよ大河・・・あなたが竜児を疑ってどうするの?

10月某日。
暮れゆく空に一番星が輝き、街に明かりが灯りだす黄昏。
とある学生アパートの一室で、1人の少女が大いなる苦悩の嵐に晒されていた。

それにこんなこと・・・竜児を騙すことになるのよ?

心の中の善の部分が自分を諭す。
分かっている。そんなこと、言われなくても分かっているのだ。

だが。しかし。

「確かめなきゃ・・・」

―そう、フィアンセとして。

少女の悲壮な決意が伝わったのか。
遠く、犬の遠吠えが聞こえる。


逢坂大河と高須竜児。
2人が母校・大橋高校を卒業してから、1年半が経った秋の夜のことだった。

272高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:42:52 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

事の始まりは、およそ5時間前に遡る。

「お、あーみん。しばらく見ないうちに一段と綺麗になったねぇ」
「・・・トイレ行ってきただけのうちに、あんたの中では何年経ったのよ・・・。
つーかやっと来たのかチビ虎。遅刻は罰金だよ」
「久しぶりねばかちー。しばらく見ないうちにちょっと太った?」
「太ってねえよ!ばっちり理想体型だよ!つーか一昨日も逢ったろ!?」

今大河と一緒に居る2人、櫛枝実乃梨と川島亜美は、高校時代からの親友だ。
2日前、偶然街で出会った大河と亜美が、
折角だからと3人で集まる機会を設けたのだった。

「ったくアンタらは・・・ホンット成長しないわね」
「おいばかちー。そのセリフ、わたしの体のどこを見て言った?」
「そうだぜあーみん。私のこのマッシヴ・ボディを見て、
成長してないとは言わせねぇ」

今や麗しの女子大生となった3人。
(約1名、入学直後に女子ソフト部に入部し、
麗しさから遠く離れたガタイを手に入れた者もいる)
親友とはいえ、各自のスケジュールの都合もあって、
3人で集まったのは半年ぶりになる。
話は自然、ここには居ない4人目の親友にして、
ここに居るある1名の恋人の話に及ぶ。

「しかし、なんだね。高須君、今日来れなくて残念だったねぇ」
「うん・・・。どうしても外せない補講が入っちゃってるんだって」
「へー。結構真面目に大学生やってんだ。あのナリで」

高須竜児。大河の恋人、いや婚約者。
かつては金銭的な問題もあって大学への進学を考えていなかった彼も、
母親や祖父母の熱心な説得と資金的援助もあって進学を決意、
元から地道な努力が出来る人格と地頭の良さも相まって、
名門と呼ばれる大学に合格した。
大学2年生になった今も、高校生のときから続く2人の仲は順調だ。

「ま、違う大学に通ってんだから、予定が合わなくても仕方ないべな」

ただ、2人は違う大学に通っている。
母親の意向もあって、大河は女子大に通っているのだ。

273高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:43:26 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

―今更結婚に反対はしません。ただし条件を1つ、聞いてもらうわ―
そう言って大河の母親が出してきた条件というのが、
自分の母校でもある女子大への進学だった。
当然大河は反抗した。4年間のキャンパスライフを恋人と過ごす、
ストロベリーな未来が崩れてしまうからだ。

一方で、母親の言うことに反対しきれない面もあった。
もともと理系の竜児と文系の大河が同じ大学に通おうとするなら、
どちらかがある程度ランクを落とす必要がある。
それでもお互いにお互いの邪魔にはなりたくない、と、
苦手な英語・数学に果敢にも挑んだ竜児と大河だったが、
竜児は長文読解相手に、大河は微分積分相手に連日敗戦を重ねていた。

2人の間でも、もしかしたら別々の大学に通うことになるかも、という未来は、
現実味を帯びつつあったのだ。

その日もインテグラル率いる微分積分軍の攻撃を受け、
壊滅状態に陥っていた大河にとって、
母親の出した条件は彼女を更に追い詰めるものだった。

しかし希望もあった。
母親の母校と竜児のもともとの進学希望の大学は、
かなり近くに位置していたのだ。
もし別々の大学になったとしても、かつて離れ離れになった距離よりも、
遥かに近くに居られる。なら―

悩みに悩んだ末、2人は、違う大学に進む決断をしたのだった。


だが、この2人においては、これでめでたしとなるわけが無かった。

274高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:44:20 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

「どの道一緒に住んでんだし、アンタんとこ遊びに行けばいつでも逢えるしね」


そう、2人は今、同じアパートの同じ部屋で生活しているのだ。


母親の母校に入学する、という条件を飲んだ大河は、
今度は逆に母親に条件を突きつけた。

―わかった。遺憾だけど、お母さんの通ってた大学を受ける。
その代わり、わたし、竜児と一緒に暮らすから―

一度は駆け落ちまでした身、反対するなら再び家出も辞さない覚悟であったが、
母親は反対しなかった。
これには大河の方がズッこけた。

大河の母とて、なにも嫌がらせで"女子大に行け"などという
条件を出したわけではない。
むしろ、娘と娘の恋人のことを考えての条件だった。

自分の出身大学は、それなりに名のある女子大だ。
贔屓目にみても振る舞いに女の子らしさの欠ける大河にとっては、
いい花嫁修業場となるだろう。
また、もし将来大河が就職しようとしたときには、
その名はきっと武器になるに違いない。
それに女子大であれば、婚約者の居る娘に変なムシがつく心配も無い。

(きっと竜児君だって安心だわ)

大河の母は、娘の婚約者のことをしっかりと認めていた。
高2の駆け落ち騒動を経てしばらく後、大河に改めて紹介されたときには、
初めて正面から見るその眼光の鋭さに、思わず110番に手が伸びたものだが、
何度か会って話をする内、彼女は竜児という男のことをきっちり理解していた。
品行方正、貞操観念もしっかりしている。
話すほどに、大河のことを一番に考えてくれているのが分かった。
経済観念に至っては、しっかりしすぎて逆に心配になるほどだ。
何があなたをそこまでさせたの、と。
ぶっちゃけうちの娘にはもったいないくらいかも知れない。

当然、そんな思いを娘に話したことなど無い。今更照れくさくって話せない。
このときも、様々な思いを胸に押し隠し、ただ一言、娘に告げた、

―コッソリ同棲されるより、いっそ初めから分かってた方が、
もしものときにも動揺しないで済むもの―

少し遅れて母親の言う「もしものとき」の意味を理解した大河は、
真っ赤になって久々に暴れた。
同時に、自分たちの仲を本当に認めてくれている母親に感謝した。


漢らしさを発揮した母親とは対照的に、父親の方はすこぶる女々しかった。

「だめですッ!同棲なんて、お父さんは認めません!」

いや、最初はある意味男らしかったと言える。
世の父親が娘の口から「同棲」という単語を聞いたときに示すであろう反応を、
彼はそっくりそのまま再現した。
ようやく自分にも心を開いてくれるようになった愛娘。
血の繋がりは無くとも可愛い可愛い娘なのだ。

「嫁入り前の娘が!いくら婚約者とは言え男と同棲なんて!
絶・対・に認めませんからねッ!」

しかしこの娘には既に婚約者が居る。
"お前もいつか、嫁に行く日が来るんだろうなぁ・・・"などと、
感傷に浸る余地すらなかった。
ならば、自分の元から旅立つまでの残り少ない日々を、
共に過ごしたいと思わない父親が何処に居る?

「お父さんはなァ・・・お前が成人したら、
一緒にお酒を飲みたいと思っ・・てっ・・!」

この辺りから涙声が混じり始めた。
大河が成人式を迎えた暁には娘と一緒にお酒を飲む。
それが彼の近い将来の楽しみだった。
そのためのワイン(大河が生まれた年のものをわざわざ探してきた)が、
すでに彼の私室に秘蔵されていた。

「なのにっ・・・なんでっ、ウチを出てくなんてっ・・・言うんだよぉお〜〜〜!」

本格的に泣き出した義父。今更だが彼はシラフだ。
娘と母親はそれを醒めた眼で見ていた。
基本的にこの逢坂家では、父親の意見は無視される傾向が強かった。

275高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:44:49 ID:???
通常なら大きな障害となるであろう相手方の母親は、
もはや説得さえ必要ないほど協力的だった。

―大河ちゃん、竜ちゃんと一緒に暮らせるんだ〜。
やっちゃん、大河ちゃんのごりょーしんが反対するかもって思ってたけど、
良かったね☆―

竜児の母、泰子に至っては、同棲に反対することはおろか、
認めた上で既に大河の心配をしていたのだった。
聞く人が聞けば、苦悩の上で子どもたちの幸せを祈っての決断、
なんと立派な母親か、と思うところかも知れないが、
この人の場合、恐らく特には悩まなかったに違いなかった。

薄々、いや多分にこうなることを予想していた大河は、
一応竜児の祖父母にもお伺いを立てた。
泰子には申し訳ない話だが、この2人に認めてもらえた方が、
安心感というか達成感がある。

彼らは言った。
―自分たちは一度娘に駆け落ちされた身、今更同棲に驚きも反対もしない。
ただ、ご両親に心配をかけるようなことだけはないように―

この2人が、自分の周りでは一番ちゃんとしている大人だ。
いつかはこんな夫婦になれたら、と思わずにはいられない大河であった。


かくして大河は無事、愛しい恋人との同棲生活を手に入れた―と思いきや、
思わぬところに、いや、ある意味では想像通りに、
最大最後の障壁が彼女の前に立ちはだかった。

通常なら大きな喜びを分かち合うはずの、同棲の相手だった。

「おっ、おまっ、同棲って!」
「なによ竜児!嬉しくないの!」
「いや嬉しくねえってことはないけど・・・
ただお前、同棲ってあの同棲だろ!?」
「一緒に暮らすってこと以外に、どんな同棲があるってのよ」
「そうだよ竜ちゃん!こういうときは、男の子がビシっとしないと!」
「泰子!お前は反対すべき立場だろ!」
「え〜なんで〜???」
「いや何でって・・・」

竜児は反対した。大河と一緒に暮らせるのは嬉しい。嬉しくないわけがない。
しかし婚約者同士とはいえ、お互い結婚前の身だ。
今までも同棲みたいなものだったが、泰子もインコちゃんもいたし、
大河も夜には自分の家に帰っていた。
しかし、いくらなんでも2人っきりでの生活は、マズイ。特に夜がマズイ。
そこまで自分が信用できない。

だが、すでに竜児を取り巻く状況は四面楚歌といえるものだった。
恋人はノリノリだ。
自分の母親もノリノリだ。
ここまではいい。この母親の頭のデキからしても、予想できない事態ではない。

しかし、なぜ大河の母親までノリノリなのだ?

同棲騒動の最中、竜児は援軍を呼ぶ通信兵の心持ちで、
大河の実家に連絡をとった。
冷静になってみれば、明らかにおかしい状況だ。
反対されて然るべき恋人の実家に、その反対を求めて連絡をとるなどとは。

返ってきたのは、本来ならば最も喜ばしいもので、
しかし今の竜児にとっては敗戦を決定付ける答えであった。

―大河のこと、よろしくね♪―
―大河のごどっ、よろじぐおねがいじまず・・・―

号泣していた大河の父親のことが気がかりだが、
恋人の両親にここまで言われて決心しないのは男ではない。
2人とも自分を信用して、愛娘を任せると言ってくれている。
この信頼、決して裏切るわけにはいかぬ。
婚約者でありながら同棲に最後まで反対するのが男の姿か?
というのは言わない約束だ。

2人で暮らせば家賃も半分、という超現実的な理由も手伝い
(というか結構大きなウェイトを占めていた)、
ついに竜児は大河との同棲に同意した。

大河にとっては結局、同棲相手、恋人の攻略に最も時間が掛かるという、
なんともアホらしく、そしてこの2人らしい波乱万丈であった。

276高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:45:19 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

「大河と高須君、今年で・・・3年目?ん?4年目だっけ?」
「もうじき3年目だよ」
「ほっほう。ということは、何だね。
あの輝ける17歳から、もうじき3年が経つということだね・・・」
「ちょっと櫛枝。年齢の話やめてくんない」

そして、冒頭大河を悩ませていた問題の話題に差し掛かる。

「でもさ、アンタ心配になったりしない?」
「年のこと?」
「ちげーよバカ虎、流れ読めよ。高須君の話だよ」
「竜児?」
「そうだよ。いくら一緒に住んでるって言っても、別々の大学でしょ?
しかも相手は共学。それってどうなんよって話」
「どういう・・・意味?」
「イチから説明しないとダメか?
よーするに、高須君に変なムシがくっついてたりしないかなーってこと」
「!」
「さすがあーみん、いい着眼点。高須君、誰にでも優しいもんねぇ」
「見た目はアサシンだけどね。それに理系女子って地味に可愛い子多いし。
ま、当然亜美ちゃんには敵わないけど?」
「つか私、この"何とか系"っていうのが微妙に許せないんだけど。
じゃあ何?私は?マッチョ系女子?ゴリマッチョならぬ女子マッチョ?」

無論、亜美も実乃梨も本心では有り得ないことだと思っている。
竜児の大河一筋っぷりは2人とも認めているところだ。
だから、竜児への恋心をそっと隠し、2人の仲を応援してきたのだ。
ただ、まだ春が遠い身として、ちょっとからかってみたくなっただけだった。

だが、2人は忘れていた。
逢坂大河という娘は、基本唯我独尊を地でいくが、こと竜児のこととなると、
一瞬にしてか弱い乙女に変わってしまうということを。

「竜児に・・・変な、ムシ・・・別の女・・・?」
「大河?」
「竜児が・・・浮気・・・?」
「お、おいタイガー」

震える声、血の気の引く顔。徐々に潤みだす瞳に気付いたとき、
2人は同時にやっちまったことに気付いた。

「うわ、き・・・?」
「あーバカ泣くな!冗談だっつーの!」
「そ、そうだよ大河!高須君は大河一筋だって!」

慌てて全力でフォローに回る亜美と実乃梨。
何せ大河はただでさえ、黙っていれば人形のような可愛らしさ。
故にその泣き顔は破壊力抜群、世の男性方の目を引くことは受けあいだ。
さすがにこんな街中で注目の的になるのは、2人とも避けたい事態であった。

「だいたい高須君、理系なんだからさ、そもそも女っ気なんか無いって」
「そうそう、私んとこの大学でもさ、
理学部棟はいい感じにムサムサしたオーラが出てるし」
2人は全国の理系男子を敵に回す発言で、先ほどの失言を取り消そうとする。
大河も、目元を少し拭って、落ち着きを取り戻した。

「ったくアンタは。高須君のことになるとすーぐ泣くんだから」
「うっうるっさいばかちー、もともとあんたがあんなこと言うから!」
「そうだよあーみん。今のはあーみんが悪い!」
「おい櫛枝、なんでアンタも被害者顔だよ!」

言い合いながら3人連れ立って、街中へと歩き出す。

277高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:45:44 ID:???
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時は進み。
今、竜児とともに暮らすアパートの部屋で、鏡を前に大河は悩んでいる。
あのあとは3人でショッピングに行った。
久しぶりに遊んだ親友たちとのひと時は、とても楽しいものだった。
だが、1人になった今、どうしても亜美のあの言葉が大河の脳裏に蘇る。

朝、今日は補講の後そのままゼミの飲み会があるから、と竜児は言った。
そのことが不安に拍車をかける。
ゼミの飲み会、ゼミの仲間。そこには女の子も居るのだろうか。

【もしかしてぇ、ほんとに浮気しちゃってるかもよぉ?】
頭の中で、悪魔が大河に囁きかける。
黒いセクシー衣装に身を包んだ川島亜美の姿だった。

{だめよ大河。あなたはフィアンセでしょう?信じるのよ}
同じく天使が大河に囁きかける。
こちらは白いドレスに身を包んだ自分の姿だった。

『さぁ両者一歩も譲らず、リング中央で睨みあっております!』
何故か実況が大河に叫ぶ。
スーツと蝶ネクタイを装備した、櫛枝実乃梨の姿だった。

【フィアンセだからこそ、確かめなきゃいけないんじゃないのぉ?】

悪魔の先制ブローに天使がよろける。
おのれ、いきなりいいパンチを。

{でも、理系は男ばっかりだって・・・}

天使が何とか反撃する。
ただ、その威力は若干心許ない。

【そりゃ男は多いだろうけど、女が1人も居ないわけないでしょぉ?】
【それに理系の女って、地味に可愛い率高いわよぉ?】

見事なワン・ツー。思わずたたらを踏む天使。
体勢を立て直す前に、更なる追撃が放たれる。

【みのりんも言ってたでしょぉ?竜児は誰にでも優しいって】

"女の子の理想は「優しい男」"
本屋で立ち読みした雑誌の文句が、タライのように天使の頭の上に落ちた。
くそ、審判。今のは反則じゃないのか。

{でも・・・でも、あなたがやろうとしている事は、竜児を騙す事になるのよ!}

ロープに腕を引っ掛けて、なんとか倒れずにいる天使。
最後の切り札、婚約者を騙せるのかと叫ぶ。

だが。

【そこまでするって、愛情の裏返しよぉ?】

とどめの一撃はクロスカウンターだった。
遂にマットに倒れ伏す天使。セクシーポーズを決める悪魔。
カウントは無用。両手を大きく交差させたのは、
いつの間に着替えたのか審判スタイルの実乃梨だった。

長い逡巡を経て、大河の決意は固まった。

決着のゴングの代わりか、遠く、犬の遠吠えが聞こえる。

278高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:48:31 ID:???
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翌週。

竜児は正門から学部棟へと延びる道を歩いていた。
道の脇に立つ大きなイチョウの木から、黄色い葉が風に舞いつつ降ってくる。

すっかり秋も深まったな・・・。

その木を見上げ、秋の日差しに眼を細め変わりゆく季節に思いを馳せる竜児。
はたから見れば、枯れ葉を散らして邪魔くせぇ木だ、
いっそ燃やしてくれようか、という表情に見える。
人通りが少ないのが幸いだった。

でも、イチョウの葉っぱって雨が降ると滑るんだよな・・・
ホウキがあれば掃いておくのに。
ああ・・・落ち葉を集めて焼き芋もいいな。

そこまで考えて思うのは、同棲している恋人・大河のことだ。
イチョウの葉が風に舞う切ない秋の景色からではなく、
あくまで食べ物、焼き芋からの連想だった。
この休みは、ゼミの講師がやけに張り切って補講を開き、
そのまま飲み会が開催されてしまったせいで、
余り大河に構ってやることができなかった。
普段なら不機嫌そうな顔を見せるところだろうが、
どういうわけか竜児をねぎらう余裕すら見せた。

成長したのかな・・・。

それが大河の償いの気持ちからくる行動とは露知らず、
竜児は1人喜びを噛み締めていた。

「こんにちは」
言って、ゼミの教室の戸を開ける。
「よう高須。今日も怖いな」
仲間が声を掛けてくる。
「うるせぇよ」
答えながら、竜児はカバンを机に置いた。
このゼミの仲間たちも、最初の頃こそ竜児の凶眼に明白にビビッていたが、
同じ教室で学ぶようになって半年、今ではすっかり打ち解けて、
冗談交じりの挨拶を交わせるようになった。
やはり大学生ともなると、人を見た目だけで判断する者も減ってくる。
仲間に恵まれたことに、感謝している竜児だった。

「教授はまだ来てないんですか」
「うん。またメスシリンダーと愛を語り合ってるんじゃない?」
竜児の問いに答えたのは、3年生の女子だった。

このゼミの教授は大学でも指折りの変わり者だったが、
難しいテーマでも分かりやすく説明してくれると人気だった。
竜児も、初対面から自分を怖がる素振りも見せなかった
この教授のことを信頼していた。

講義開始時間から10分ほど遅れて、ようやく教授が姿を見せた。
「いやぁ、遅れてすまない。ちょっと来客があってね」
ちょっとくたびれた白衣、天然パーマ気味の髪、メガネに無精ひげ。
人が研究者という言葉から連想する研究者そのものの格好だ。

を受けたりしている。

279高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:50:30 ID:???
すいません、調子こいて投下ミスりました。
最後の「を受けたりしている」は無視してください・・・恥ずい・・・

280高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:51:18 ID:???
「さて・・と。今日のゼミを始める前に、ちょっと君らに紹介したい人が居る。
ウチの1年生でね、来年このゼミに入りたいって、見学に来てるんだ」

学生たちからそれぞれ反応が返る。ゼミの下見など珍しいものではない。
そうは言っても、特に現2年生にとっては、
ゼミで"初めての後輩"になる可能性が高いのだから、気にはなる。

教授が続ける。
「女の子だ」

反応が大きくなる。ゼミに女子が居ないわけではない。
だがやはり、理系にとっては貴重な女子成分だ。
女子は同性が増えることに喜び、男子は純粋に女の子が増えることに喜ぶ。

更に続ける。ちょっと小声で。
「かわいいぞ」

男子学生のターボチャージャーに火が入る。
この教授は中々どうしてセンスが有る、というのは、
ゼミの男子学生共通の認識だった。
ゼミの女子に可愛い子が多いのも、
密かに教授がピックアップしたのだという秘密の噂がある。
実際は人望なのだろうが、彼の奥さんが美人なのが噂の信憑性を増していた。

「入ってくれ」
教授が廊下に向かって声を掛けた。

「失礼します」
可愛らしい声と共に、注目の女子学生が教室に入ってくる。
前列の女子が口元を手で多い、
斜め前の男子が机の下でガッツポーズをかました。

それほどに可愛らしい女の子だった。
文句がつけように無いほど可憐な容貌、華奢な体。
栗色の長い髪は三つ編みにして肩から前に流し、先っぽには小さなリボン。
頭に白黒チェックのカチューシャをつけ、
潤んだ大きな瞳には、赤い太めのフレームのメガネをかけている。
クリーム色のカーディガンと茶色のチェックのスカート、黒のタイツ。
ご丁寧にカーディガンは大きめで、おなかの前で組んだ手は、
半分くらい隠れていた。

良い・・・と、溜息混じりに聞こえてきたのは、
隣の男子の心の底からの感想だった。

竜児とて例外ではなく、素直に可愛いと思った。
だが同時に、頭の中だけで呟く。
でも大河の勝ちだな、と。
まったくもって、親バカならぬ彼氏バカの思考だった。

「伊形 サキといいます。よろしくお願いします。」

彼女はペコリと頭を下げた。


客人を一番後ろの席に案内して、教授は講義を開始した。
だが竜児の見立てでは、まともに聞いているのは半分ぐらいといったところ。
残りの学生は彼女―伊形サキさんを意識して、ちょっと髪型をいじってみたり、
何とか後ろを振り向かずに彼女を見ようと限界まで眼球を動かしたり、
逆に普段より3倍くらい真面目な態度で講義を受けたりしている。

281高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:53:05 ID:???
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どうにもいつもと違う講義風景の中、
最後列に座りながらもなお注目の的であるサキは。
にやけそうになる口元を、必死で押さえ込んでいた。

完璧・・・完璧だわ・・・

伊形サキは心の中で自画自賛していた。
この様子では、間違いなく誰一人として気付くまい。

自分が、この大学の学生ではないということに。

そして、第一目標であるあの男子学生―高須竜児も気付いてはいまい。

自分が、逢坂大河だということに。


これこそが、悩んだ末に大河が立案した作戦だった。
即ち、竜児の浮気疑惑を直接確認するために、変装して竜児の大学に乗り込む。
竜児は部活やサークルには入っていない。
となれば、最も浮気の可能性が高いのはゼミだ。
そこに、見学に来た後輩という仮面を被って潜り込む。

大学というのは、えてして非常に警備が甘い。
そもそも学生が多すぎて、誰が本当にこの大学の学生か、
見ただけで分かる者など存在しない。
学生っぽい格好をして平然としていれば、
例え正門の警備員の前を通っても疑われることはまず無い。
ましてや、もともとこの大学に知り合いの居ない大河にとって、
ひとたび大学内に潜入してしまえば、バレる可能性はほぼゼロに等しかった。
万一誰かに学生証の確認を求められても、忘れたの一言でどうとでもなる。

格好にも注意した。
普段は梳かしただけの髪の毛を、丁寧に編んで一本の三つ編みに。
服もいつものフワフワフリルのものではなく、理系女子っぽくシンプルに。
カーディガンは母親のお下がりだが、大河には少し大きい。
母は、中学のときに使ってたんだけどね、とか苦笑っていたので、
なんかムカついてタンスに叩き込んであった一品だ。
ついでに伊達メガネまでかけた。
鏡で自分を見たときは、化ければ化けるもんだと我ながら感心した。

そして名前。
さすがに逢坂大河と名乗るほどバカではなかった。
逢坂大河。AISAKA TAIGA。
このローマ字を入れ替えて、余ったAA
―それは忌々しくも、自分の胸のサイズを表す文字列だ―を投げ捨てる。
IGATA SAKI。伊形サキ。
ここから自分の本名を導くことは不可能だろう。

282高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:55:14 ID:???
つくづく完璧な計画だと大河は思った。
事実、このゼミの教授も、「来年から始まるゼミの下見に来た」という大河
―いや、伊形サキの言葉をやすやすと信じた。
竜児の大学のシステムは、竜児本人から聞いて知っていた。
これで気が済むまで竜児の疑惑を調査できる。

ただその完璧さゆえに、大河は重要な事実に気付いていなかった。
「竜児の浮気」という大前提が、そもそも存在していないという事実に。

そうとは知らない大河は早速、教室を見渡した。
このゼミには、男子学生が12人、女子学生が4人いる。

―おのれ、ばかちー。何が男ばっかりだ。4分の1は女じゃないか。

男ばかりで浮気の心配なし、というのが理想の結果であった大河にとって、
これはしょっぱなからよろしくない。
男同士の浮気の可能性は?という声が脳の奥底に生まれたが、
意識として認識される前に彼女の守護霊が握りつぶした。

―そのくせ可愛い子が多いとかいう無駄な情報ばっかり正確とは。

心底役に立たない奴め。
本人が居ないことをいいことに、ボロクソに文句を言う大河。
実に遺憾な事態だが、確かに女の自分から見ても可愛いのが何人か居る。

教授にもらったゼミ生の顔写真付き名簿を見る。
女子4人のうち2人が3年、2人が2年。
本来4年生もこのゼミには居るのだが、卒業研究の追い込みもあって、
2,3年生とは時間割が別らしい。

とりあえず女子全員の後姿を確認する。
名簿を見る限り、大河の警戒リストに載るほどの顔立ちの女子は、
3年に1人、2年に1人。他の2人もクオリティは高い。
3年のリスト入り女子は指輪をしているのが見えた。
あいつはセーフか?いや、お互い浮気という可能性も。

いずれにせよ、講義中に調査するのは無理だろう。
小さく息を吐いて、大河は黒板に眼を送る。
バリバリ理系のゼミの講義は、文系の大河にはさっぱりだ。
これならまだ「ふっかつのじゅもん」の方が憶えられる。
早々に諦めると、自然と眼が行くのはやはり竜児の方だった。

なぜかそわそわしている男子の横で、姿勢正しく教授の話を聞く竜児。
正面から見れば相変わらず妖刀村雨といった目つきだろうが、
まっすぐに教授と向き合うその姿はカッコイイと思えた。

普段、あんなふうに講義を受けてるんだ・・・。
もしわたしも一緒の大学に通ってたら、もっと近くに座れたのに。
学食で一緒にごはんを食べたり、図書館で一緒に勉強したり。
でもそしたら、同棲は無理だったかしら?
そういえば、ここの学食って美味しいのかしら。
理系は男の子が多いから、結構量重視かも。
学食で思い出したけど、今日の晩ご飯なんだろ。

結局、残りの講義の時間中、大河は竜児を眺めて過ごした。

283高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:57:25 ID:???
講義の終わりを告げるチャイムが鳴った。
早速大河の周りに学生が集まる。
「伊形さん、って呼んでいい?俺の名前は―」
「伊形さん、1年生なんだよな?理学部の何科?」
「サキちゃんって、どの辺りに住んでるの〜?」

思わずどけぃ!と怒鳴りそうになって、
椅子に座ったままこちらを見る竜児に気付き、危ういところでそれをこらえた。
ダメだダメだ、今の自分は後輩の伊形サキ。
間違っても竜児に正体がバレてはいけないことを忘れるな。
もしバレて問い詰められたとき、理由を誤魔化し通せる自信は無い。

こういうとき、後輩ならどうするか。なりきるのだ。伊形サキに。
少し考えて、大河―いや、伊形サキは少し高めの声を出した。
「あ、あの。改めて自己紹介させてください。先輩方」

一生懸命なその様子に、一同の心が和む。

「初めまして。理学部物理学科1年の伊形サキといいます。
今日はゼミにお邪魔してしまってすみません」

物理学科は竜児の所属する学科だった。というか、そこ以外知らない。

先ほどからこちらを見つめる竜児が気になる。
声でバレたか?もっと高い声を出すべきだったか。

見つめ合う2人に気付いたのか、男子が声を掛けてくる。
「あー高須、お前睨んじゃダメだよ。俺たちはもう慣れてるからいいけど」
女子が重ねて声を掛ける。
「伊形さん驚いちゃった?ごめんねぇ。あの人見た目は怖いけど良い人だから」

「い、いや別に睨んでねえから!」
竜児は動揺しつつ返事をした。
嘘は言っていない。ただ見つめていただけだ。
何となく大河に似てるなぁと思って。
だがそれを口に出すことはできない。
ただでさえ、ことあるごとに彼女持ちの自分をからかう連中だ。
恋人に似てるから見てた。なんて言えば、
こいつらときたら、高須君たらハレンチ〜♪などと合唱しかねん。

そしてハタと気が付いた。伊形さんが不安そうな眼でこちらを見ている。
そうだ、最近めっきり忘れがちだったが、自分の目つきは凶器だった。
いかん、と思った。何とかこちらから声を掛けなければ。
そして誤解を解かなければなるまい。
これで彼女が怯えてゼミを変えるなどという事態になっては、
冗談抜きで男子たちに土下座させられる。

「え・・っと、物理学科2年の高須・・です。
っと、同じ学科なんだよな。何か・・おう、何か分からないこととかあったら、
遠慮なく聞いてくれていいから」
そこまで言って、ちょっと言い方がぶっきらぼうか?と考える。
何せ他人に気を配ることにかけては、1000人規模のこの大学でも、
彼の右に出るものはそうそう居ないだろう。

「いやホント、目つきはこんなんだけどさ、マジで睨んでたわけじゃねえから。
だから、その、なんだ。このゼミにようこそっていう気持ちをこめてだな・・・」
やばい、混乱してきた。元々女性と話すのが得意な方ではない。
ましてや後輩の女子と話すことなんて、高校のときでもほとんどなかった。

危険な眼をくるくるさせながら言葉を考える竜児を見て、サキが小さく笑った。

「ふふ、先輩。そんなに慌てないで下さい。ちょっと驚いちゃいましたけど、
先輩がいいひとっていうのは分かりますから」
「お、おう。そうか。ありがとう・・ん?ありがとう?」
「ふふ、ふふふ」

・・・まったく、いいかっこしようとしちゃって・・・。
どうやら竜児は、伊形サキの正体にまったく気付いていないらしい。
その安心も手伝って、大河はつい笑い出してしまっていた。

ゼミの学生たちは、この魔王と美少女の交流を生暖かい目で見ていた。
この娘はええ子やで・・・と、何故か関西弁の感想が聞こえる。

「ねえ、サキちゃん。時間があれば、みんなでカフェテリア行こうよ」

こうして伊形サキは、早くも竜児たちのゼミの人気者となったのだった。

284高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:58:21 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

その日の夜。

「ただいま〜」
「おう大河。おかえり。今日は遅かったんだな」
「ちょっと友達とお喋りしてて」

伊形サキから逢坂大河に戻って、大河は部屋に帰ってきた。

「ごはんなぁに?」
「サンマと肉じゃが。もうすぐできる」
「じゃ、待ってる」

にこ、と笑って大河は奥に引っ込んだ。
竜児から見えないところまで行って、ガッツポーズを1つ打つ。
返す返すも今日の作戦行動は完璧だった。
どの道浮気調査は一度では終わらない。
ゼミに頻繁に顔を出せるようになるため、いかにして溶け込むかが
最大の問題であったが、今日1日でその問題は解決した。

あのあと、竜児のゼミのメンバーと大学内のカフェでしばらく話をして、
伊形サキは見事に彼らと仲良くなった。
竜児のゼミは週2回開講らしい。
これで次回以降また顔を出しても、全く問題はないだろう。
今日の伊形サキは完璧に近い良い後輩だった。
まったく自分にこれほどの演技力があったとは。

更に嬉しい誤算は、伊形サキが竜児と仲良くなれたことにあった。
カフェでいつものようにドジをやらかしかけた大河
―サキを、竜児が助けてくれたのだ。
竜児は内心、こんなとこまで大河に似てるんだなと思ったものだが、
そうこうあって帰る頃には竜児をちょっとからかえるぐらいになれていた。
これなら、浮気調査もより円滑に進められるだろう。

既に大河から罪悪感は無くなりつつあった。
ゼミの後輩・伊形サキに対して、竜児は大河の知らなかった顔を見せる。
(竜児的には他人なのだから当然だが)
そしてなにより、叶わぬ夢と諦めていた竜児とのキャンパスライフが
実現したことの喜びが大きかった。

浮かれる心を、しかし大河は戒めた。
いけないいけない、これはあくまで浮気調査なんだから。
今日のカフェでも、竜児は結構女子に人気があることが窺えた。
やはり次回もゼミに顔を出すべきだろう。
1人決意を固めたところで、竜児の声が掛かる。

「大河、できたぞ。手ェ洗ってからこいよ」
「分かってる!まったくあんたは母親かっての」

小さなちゃぶ台につく2人。
以前竜児の家で使っていたちゃぶ台より一回り小さいそれは、
大河がごはんはどうしてもちゃぶ台で食べたいと言って買ったものだ。
食べてすぐ寝っ転がれるのがいいの!と言うのが表向きの理由。
本音は、大河の食事の思い出には、いつも高須家のちゃぶ台があったから。
そして、テーブルと椅子よりも、ちゃぶ台の方がお互いの距離が近いから。

姿勢よくサンマをほぐしていた竜児が、そういえば、と話し出す。
ちなみにほぐしているサンマは大河の分だ。
「今日、ウチのゼミに見学の後輩が来たんだ」
「・・・ヘエ。ドンナ人?」
「?なんでそんなカタコトなんだお前。
いや、それが珍しく女の子でな。男連中が盛り上がってたよ」
「ふうん。その子・・・その子、可愛かった?」
テレビを見ながら問う大河。少し考えて竜児は、
「けっこう、な」
そして心で呟く。お前には負けるけど、と。

「ふうん」
答えた大河は実際心臓バクバクだった。可愛い。この男、可愛いと言ったか。
それは私だ。あんたが可愛いと言ったのはこの私。普段滅多に言わないくせに。

そこまで考えて、はた、と大河は気が付いた。
竜児が可愛いと言ったのは伊形サキ。だが竜児はサキは私だと気付いてない。
つまり、今の「可愛い」は・・・。

「あ、あんた・・・」
「?」
「その子と私、どっちが可愛いってのよ!!」
「ぶお!?米を口に入れたまま怒鳴るな!」
「うっさい!!答えなさい!!答えによっては・・・!!」
「待て、分かった!まずは落ち着け!」

虎と竜の夜は、こうして更けていく。

285高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:59:33 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

「こんにちは」
言って、ゼミの教室の戸を開ける。
「あ、サキちゃん!今日も来てくれたんだね!」
3年の先輩が声を掛けてくる。
「すみません、またお邪魔します」
答えて、指定席の一番後ろへと歩いていくサキ。
彼女の死角で、ハイタッチを交わす男子が居た。
このゼミの女子は比較的クオリティが高いとは言え、伊形サキはまた別格だ。
早速、話に混ざろうと腰を浮かせる男子―
「うっす」
―のすぐ後ろに、鬼が立っていた。
「ぎょえ」
「おう、何変な声出してんだ」
普通に教室に入り、サキを見つけてちょっと目を大きくした竜児。
その表情は、凶気を宿した戦場の鬼と呼ぶにふさわしいものだった。

「こんにちは、高須先輩。また来ちゃいました」
「おう、いや、大歓迎だ」
サキと竜児が言葉を交わす。
ゼミ生には不可解極まりないことに、この鬼神と美少女は何故か仲が良かった。
正体を暴いてみれば同棲中の婚約者同士、仲が良いのは当然のことだったが、
そんな理由を知る由もないゼミ生たちは首を捻るばかりだ。

その脇に立つ女子が、お?と声を発した。
「あれ?なんか良いニオイする?」
「おう、昨日新作のクッキーを焼いてみたんだ。
また感想を聞きたいと思って持ってきた」
「ほんとに?やったあ!」
竜児は時折、自作のお菓子をゼミに持ってきては、
皆に配って感想を募っていた。

きっかけは、まだゼミの仲間にビビられていたころ、
皆と何とか仲良くなろうと持ってきたクッキーだった。
竜児的には悩みに悩んだ苦肉の策であったが、これが猛烈にウケた。
1人暮らしの大学生は、何故か料理の腕を自慢したがる傾向がある。
だが竜児が持ってきたものは、その辺の自称"料理上手"など裸足で逃げ出し、
下手すればお菓子屋も逃げ出すかも知れないレベルのクッキーだったのだ。
それを自作だという竜児。最初は皆半信半疑だったが、
原材料から作り方まで実際にやったとしか思えない竜児の説明と、
試しに、とリクエストされて翌日には持ってきた激旨のアップルパイで、
ゼミ生たちはこれは間違いなく自作なのだと理解した。
かくして竜児は、「料理が凄まじく上手い、凄まじい顔の優しい男子」として、
ゼミに馴染むことが出来たのだった。
後に、この称号には「凄まじく掃除にうるさい」の一文が加わって今に至る。

以降、恐怖心も消えたゼミ生にせがまれるままお菓子を作る竜児であったが、
これを試作として、よりレベルアップさせたものを大河に振舞うことが出来る、
というメリットに気が付いた。
基本的に大河は食事の感想を言わない。
「マズイ」と思ってはいないだろうと竜児も予想していたが、
それでも自分の料理を客観的に評価してくれる人間が欲しかったし、
より美味しいものを愛する人に食べさせてあげれるのは喜びでもあった。
ただ、その思考は通常女性のものであるということに、
竜児は気付いていなかった。

かくして、ゼミ生にとっては美味しいお菓子が食べれる、
竜児にとっては大河に食べさせる前の練習と感想が聞ける、とお互いの
利点が一致し、このゼミではお菓子の品評会が開かれるようになったのだ。

286高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:59:50 ID:???
竜児がバッグから取り出したクッキーに群がるゼミ生たち。
ところが、この教室にそれを快く思わなかった人間が1人いた。
(な、な、何やってんのよ竜児・・・!
そういうのはわたしにいちばんに食べさせるもんでしょ・・・!)
伊形サキ―つまり大河である。

正直言って嫉妬であった。竜児の料理は、高校のころから自分専用だったから。
竜児が新しいレシピを憶えたときも、
大河にせがまれて初挑戦のお菓子を作ったときも、
いつも一番にそれを食べるのは大河だったし、
竜児もそれを嬉しそうに見てたのに。

実際に言ったことはなかったが、
竜児が自分好みの甘い卵焼きを初めて作ってくれたときも、
辛さ控えめに調整したカレーを初めて作ってくれたときも、
そもそも初めてチャーハンを作ってくれたときだって、
密かに大河は絶賛していた。
竜児から料理を教わり、簡単なものなら作れるようになってきた最近では、
竜児が作ってくれたご飯やお菓子から
技術や味付けを盗もうと頑張っていたのに。

それをこの男は・・・!

だが、続いてその怒りは危機感に変わった。
今回のクッキーの感想を、皆が竜児に告げている。
皆。女子もだ。
1人の女子が竜児に近づく。警戒リストに載るあの2年女子だ。
まずい、と大河は思った。
この高須竜児という男、普段料理の感想を言ってくれる人が傍に居ないため、
(大河は基本「あー、お腹一杯」が感想だし、
泰子は「さすが竜ちゃん、おいし〜い☆」しか言わない)
真剣に褒められると真剣に照れるという傾向がある。
そして例のリスト入り2年女子は、結構竜児を気に入っている節があった。
ここで自由にさせては、竜児の中で彼女の好感度が上がってしまう・・・!

大河は素早く行動した。
ゼミ生たちの後ろを風のように移動し、竜児の隣のポジションを確保。
すかさずクッキーを一枚食べ、例の女より先に竜児に感想を言う―
という計画であったが、クッキーを食べたところでフリーズした。

美味しい。
人間、あまりに美味しいものを口にすると、一瞬行動が停止するということを、
大河は身を以って知ることとなった。
しかも、竜児は新作と言うこのクッキー。これは自分の好きな味だ。
もしかして、わたしに食べさせるために練習を・・・?

大河は元来思い込みの激しいタイプであったが、
今回はその思い込みが珍しく現実とマッチしていた。
クッキーの美味しさと「わたしのために」という思い込みの一文が、
彼女から怒りも危機感も拭い去っていく。

「おう、伊形さん。どうだった?」

竜児が尋ねる。
未だ思い込みの中に居た大河は、喜びと感謝を混めて返事した。

「おいしいです・・・すごく。なんだかしあわせになっちゃいます・・・」

日向のように微笑むサキに、ゼミ生たちは皆心を射抜かれた。
男子も女子も漏れなくズギューン!という音を聞いていた。

数分後、幸せそうにもぐもぐするサキを囲んで
異常なほど穏やかな時間が流れる教室に、
教授が大変に申し訳なさそうな顔をして入ってきた。

287高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:00:20 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

翌日。

大学から帰ってきた大河に、竜児がおやつを作ってくれた。
大河の想像通り、あのクッキーを焼いてくれたのだ。
ゼミ生からの感想を活かし、より美味しくなって振舞われたクッキー。
大河は珍しく、心からの感想を述べた。

「ありがと、竜児。すっごくおいしい」

おう、そうか、と嬉しそうに、サキには見せなかった笑顔を浮かべる竜児。
大河は久しく忘れていた罪悪感を思い出した。

288高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:00:51 ID:???
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もう浮気調査も終わりにしよう。竜児はきっと、浮気なんかしていない。
そう思いつつも、それからも大河は伊形サキとして何回かゼミに顔を出した。
その度みんなで喫茶店でお喋りしたり、食事に行ったり。

はっきり言って今の大河にとっては、
竜児と過ごすキャンパスライフの方が重要なものになりつつあった。
ゼミに行く度、これで最後、これで最後と思うのだが、
この夢のような生活を中々終わることができなくて。

いっそバレてくれれば終わりにできるのに・・・。

大河がそんなことを考え始めた折、事件は起きた。


「告白された!?」
「声がでけえよ!」

いつものようにゼミの教室の戸を開けた大河の耳に届いたのは、
竜児とその友人のそんなやり取りだった。

「ちくしょう、なんで俺じゃなく高須に・・・」
「いや、それを俺に言われても・・・」

竜児が、告白された?
誰に?

「で、相手は?」
「同じ学科らしいけど、知らない人だ」

あんた・・・あんた、それで、どうするの?

「それで?どうするんだ?」
「いや、断るよ。俺にはもう」

詰めていた息をどっと吐く大河。
良かった。本当に良かった。やばい、ちょっと涙出てきた。

だが、彼らの話はそこで終わらない。

「そうか、高須にはもう彼女が居るんだったな。
つーかさ、俺、高須の彼女の話ってほとんど聞いたことないんだけど、
どんな人なわけ?」
「あ、私もそれ、聞きたいなー」

後ろから突然聞こえた声に、思わず体が浮き上がる。

「ひゃあ!?」
「わ!ごめんサキちゃん、驚かせちゃった?」
「い、いえ・・すみません、入り口ふさいじゃって」
「べっつにぃ〜。それより、サキちゃんも高須君の彼女の話、気になるよねえ?」
「え・・・」
「勘弁してくださいよ、先輩・・・」

困り果てた竜児の顔。だが、これはこの上ないチャンスだ。

普段竜児は滅多に好き、とか、可愛い、とか、愛してる、とか言ってくれない。
この男は、見た目とは裏腹に非常に純情かつ照れ屋なのだ。
浮気調査などとやってはきたが、
実際大河も心底竜児の愛を疑っているわけではなかった。
だが、それでも軽い疑いを抱いてしまうのは、言葉が少ないからだ。
いかに気持ちが自分に向いているとしても、時には言葉が欲しいのだ。
明確な、好意を表す言葉が。

289高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:01:38 ID:???
「わたしも、高須先輩のコイビトさんのこと・・・聞いてみたいです」

だが、今なら聞ける。今の自分は逢坂大河ではない。ゼミの後輩、伊形サキだ。
全くの他人という立場から、竜児に聞いてみたいことがあった。

「ほら、サキちゃんもこう言ってるし。これも後輩の勉強のためだと思って」
「何の勉強ですか、何の」
ここぞとばかりに竜児は先輩に凶眼を向ける。
完全に凶悪犯の顔だが、すでに彼の本質を知っている先輩には通じない。

いっそ逃げるか。
チラ、と入り口の方を見た竜児の目に、教室の戸を閉めるサキの姿が映った。

だめだ、これは逃げ切れん。

せめてもの抵抗に、竜児は自分から語るのは嫌だ、と意思表示する。
「聞いてくれれば答えれますけど、自分から話すのは・・・」
「あー分かってる分かってる。高須君ってそういうタイプだもんね。
じゃあ・・・聞きたい人!挙手!」
バッと皆の手が挙がる。
「料理が凄まじく上手く、凄まじく掃除にうるさい、凄まじい顔の優しい男子」
高須竜児の恋人には、皆興味があるのだった。
「とりあえずさ、どんな人?」
先輩から指名された男子が聞く。
「どんなって・・・」
「やさしい、とか、かわいい、とか、料理がうまい、とかあるだろ」
「そうか、そうだな・・・うん、そりゃ・・・かわいい・・・かな。わがままだけど。
料理は・・・最近練習してて、まだまだだけど一生懸命だから」
教室内がヘンな空気になった。擬音で表すと、ニヨニヨ、といった感じだ。
「な、なんだよ!お前が聞いたんだろ!」
「いやぁ、そんな真面目に答えてくれるとは・・・ねぇ?」
質問した男子が楽しそうに言う。
竜児は普段結構落ち着いているから、慌てているのが面白い。

「ハイ次!」
「写真とか持ってないの〜?」
女子が聞く。
「おう、いや、あるけど・・・待て、見る気か?」
「まぁまぁ減るもんじゃないし。ほら、先輩命令」
「うぐっ・・・」
先輩が詰め寄る。
竜児は上下関係にしっかりしている。そこを逆手に取った強行手段だった。
心から渋々、といった感じで、竜児が携帯を渡す。
待ち受けにするのは恥かしすぎてできないが、
2人で撮った写真がフォルダに入っていた。
「どれどれ・・・うおっ!?何コレ!超かわいいじゃん!」
先輩が叫び、携帯を質問した女子に回す。
何コレって・・・と呟く竜児を尻目に、ゼミ生が携帯を覗き込む。
反応ははっきり分かれた。
女子。キャー!かわいいー!と興奮状態に陥っている。
女子はすぐに可愛いというが、これは最上級の可愛い、だ。
男子。特に声は上がらない。
だが各自、目が竜児と携帯を往復している。
皆の心は1つだった。高須、あとで泣かす。

あぁ・・・やっちまった。
竜児は赤くなる顔を隠して窓の外を見た。
大河がここに居なくてよかった。この空気には耐えられまい。
恐らく机をなぎ倒すか、自分をなぎ倒すかするだろう。
そして空の彼方に1人謝る。
大河・・・すまん。お前を晒し者にするようなマネを・・・。
今日はすき焼きにするから。許してくれ。

290高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:01:56 ID:???

明るい興奮と静かな殺意に満ちる教室の中、
大河は気絶寸前のところで何とか意識を保っていた。
可愛い。この男、可愛いと言ったか。今回は間違いなく大河のことだ。
あの竜児が。滅多に可愛いなんて言ってくれない竜児が。可愛い、って。
しかも携帯に自分の写真を入れていたなんて。
わたしは携帯に入れるどころか待ち受けにしてあるけど、
竜児は絶対そんなことしてくれないと思ってた。

頭の中で喜びの宴が始まる。心臓は秒間3000回転だ。
だがまだ倒れるわけには行かない。
逢坂大河として、今は伊形サキとして、
何としても聞いておきたいことがあった。

そろり、と小さな手が挙がる。
「ハイ!お、サキちゃん!」
指名されたサキは、うつむいてもなお隠し切れない真っ赤な顔で、
小さく、しかし何故か決意が感じられる声で聞いた。
「たかす先輩は・・・その人のこと・・好き、ですか・・・?」
妙に静かになる教室。

な、なんてことを聞きやがる、この1年。
そんな目でサキを見つめる竜児。実際、全くその通りのことを思っていた。
だが、答えずに居ることは難しそうだった。
まず、先輩女子の目が痛い。生暖か〜い笑みでこちらを見ている。
同級女子の目も痛い。
楽しいネタ見つけた!という声が、目から聞こえてきそうなほどだ。
男子たちの目など、もはや直視できない。
おい・・・答えろよ・・・。てめえ、サキちゃんの質問に答えねえ気か・・・?
静かだが明らかな殺意。
バーゲンセールのとき、同じ品物を掴んだ主婦の目にそっくりだ。
普段は人の顔を犯罪者でも見るような目で見るくせに、
バーゲンのときだけは、敵兵に銃を向けた軍人のような目をする。

熱くなる顔、震える唇。
強く目を閉じ、もはやヤケのように答えた。
「ああ!好きだよ!」

竜児にとってはトラウマになりそうな歓声が沸き起こる教室から、
小さな影がそっと出て行った。

291高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:02:25 ID:???
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中庭。
洋風の小さな木製ベンチと外灯、1本の小ぶりのイチョウの木が立つ、
それほど広くは無い空間。
休み時間になれば人が集まるこの場所も、
夕方に近い今の時間では人影も見えない。
そのイチョウの木の下に、1人の少女が立っていた。
三つ編みにした栗色の髪、秋を連想させる色合いの服。
柔らかなオレンジ色の陽光が、棟の間を通って注いでいる。
ざあ、と吹く風に、イチョウの木の葉が舞い上がる。
そのまま一枚の絵か写真に出来そうな、切なく美しい秋の風景―

「ッッしゃあッ!!」

―が、一瞬にして崩れた。
絵の主役とも言える少女が、
無死満塁のピンチを3連続三振で切り抜けた高校球児の如く、
雄たけびと共に熱いガッツポーズをキメたからだ。
「ッしゃあッ!うっしゃあッ!!」
そのまま2度、3度とガッツポーズをかます少女。
夏の甲子園のマウンドに変わる秋の中庭。
偶然か否か、部室棟の方から吹奏楽部の演奏する「タッチ」が聞こえていた。
もうお分かりかと思うが、件の少女は大河扮する伊形サキだ。

(「たかす先輩は・・・その人のこと・・好き、ですか・・・?」)
(「ああ!好きだよ!」)

「〜〜〜〜〜ッ!!」
思い出し、感極まって映画「プラトーン」のあのポーズをとる大河。
これこそが、大河がどうしても聞きたかった質問であり、
どうしても聞きたかった答えだった。
ひとしきり喜びを体現したあと、
近くのベンチに座って改めて記憶を呼び起こす。
かわいい。すき。
今日1日で、滅多に聞けない竜児の言葉を2つも聞いてしまった。
ICレコーダーを持っていなかったのが心の底から悔やまれるが、
頭の中の最重要フォルダに確実に保存する。

心地よい達成感と幸せに浸る大河。
「!」
思わず、目から涙がこぼれる。だがこれは、幸せの涙だ。

もう十分だった。なぜ自分は、竜児が浮気してるなんて思ったんだろう。
赤い顔で。ヤケみたいな声だったけど。心から好きだと言ってくれた人を。
もはや疑いの余地は無かった。
そもそも、あんな脂肪ばい〜ん女の言うことを真に受けたのが間違いだった。

もう十分。思い残すことはないわ。
涙を拭って、未練も何もなく大河はすっきりとそう思った。

伊形サキ、ありがと。あんたのおかげで竜児と一緒に大学で過ごせた。
あんたのおかげで竜児の気持ちが聞けた。
ありがと。そして、お疲れ。

この日、伊形サキは、その使命を全うしたのだった。

292高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:02:45 ID:???
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「えっ!?伊形さん、転学!?」

3日後。今週2回目のゼミで、大河―サキはそう告げた。
竜児の浮気調査も終わり、完全無実の判決が大河の中で下された今、
名残惜しいが伊形サキとしてゼミに来るのも、終わりにしなくてはならない。
竜児を騙していたこともさることながら、
このゼミの人たちに見学だという嘘を吐き続けるのも辛かった。
皆、本当にいい人ばかりだから。

「はい。親の転勤で・・・。
両親は1人暮らしして大学に残ってもいいって言ってくれてますけど、
やっぱり心配だと思うので。わたし、1人娘だし」

男子たちが泣いている。冗談ではない漢の涙だ。

先輩が、眉尻を下げて悲しそうな声を出す。
「そうかー・・・残念だよホント。来年楽しみだったのに」
「本当にごめんなさい・・・なかなか言い出せなくて・・・」
「あーいや、サキちゃんを責めてるわけじゃないよ!」

皆が本当に残念がってくれているのを見て、大河は嬉しくなった。
存在からして嘘の自分を、こんなに惜しんでくれるなんて。
だからこそ、もうこれ以上、自分の勝手で嘘は吐けない。

「本当に、今までお世話になりました!ありがとうございました!」

サキはペコリと頭を下げた。

「よし!じゃあ今日は、ゼミが終わったら皆で飲みに行こ!
サキちゃんの送別会だ!」

おう!と皆から返事が帰る。
1人、この後学会に参加せねばならない教授が、廊下でハンカチを噛んでいた。

293高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:03:27 ID:???
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「うぷ」
「お、おう、大丈夫か?」

夜11時。
サキは竜児に背負われて、夜の道を駅に向かっていた。

「み、皆さん、お酒強いんですね・・・」
「伊形さんの弱さも、よっぽどだと思うけどな」

あはは・・・と力なく笑うサキ。
ゼミ生総出で行われた送別会では、先輩たちが無双の酒豪振りを発揮し、
理系らしく酒の混合実験などが行われた。
最後まで笑顔が絶えない会ではあったが、
ウィスキーと日本酒の混合実験で出た被害者は、笑ってられない状態だった。
大河―サキはというと、お酒に強くないことを自覚し飲まずにいたのだが、
どうしても断れない最初の一杯と、後は立ち込める酒臭さで酔っ払ってしまい、
今は竜児に背負われているという状態だ。

「確認するけど、駅でいいんだな」
「はい・・・そこからタクシーで帰れますので・・・」

奇跡的に、大河はボロを出していなかった。
なんとか最後までサキを演じきろうという女優魂が、
彼女にギリギリの理性を残していた。

ふと竜児が時計を見る。
「たかすせんぱい・・・おいそぎですか?ほんとうすいません・・・」
「ああいや、そういうわけじゃないんだけどさ」

そこで大河は気が付いた。もしかして、わたしのことを気にしてるの?

「かのじょさんですかぁ?」
サキの質問に竜児が答えた。
「ああ、メシ、どうしてるかなと思って」
言ってから、やべえ!と竜児は思った。この言い方だと・・・。
「いっしょにすんでるんですか?」
竜児は何も答えられなかった。
これだけは、あの日の彼女追及騒動でも漏らさなかった事実だったのに。

「しんぱいいらないですよぅ。だれにもしゃべりませんから」
笑い混じりのサキの声に、ふう、と竜児は息を吐く。
これがゼミの連中にバレたら、全部話すまで家に帰してもらえないだろう。

「悪いな。頼むよ」

肩越しに聞こえる竜児の声。大きくて温かい背中が、
歩くに合わせてゆりかごのように揺れる。
それがとても心地よくて、大河は夢半分のまま話し出した。

「せんぱい・・・かのじょさんのこと、だいじにしないとだめですよ?」
「分かってるよ」
半分眠っているようなサキの声に、竜児は素直に答えた。
この調子だと、明日になったら全部忘れているだろう。
「このまえせんぱい、かのじょさんのこと、すきだーっていいましたねぇ」
「それもまとめて忘れちまえ」

「たまには、いってあげてくださいね?」
「え?」
思わずサキを振り返る。
彼女は竜児の肩に顔を埋めたまま喋り続けた。
「おんなのこは、たまにちゃんといってくれないと、
ふあんになっちゃうんですから」
「・・・」
そうなのか、と素直に竜児は思った。
何故かこの後輩の言うことは、大河本人の言葉のように感じる。
想うだけじゃ、不安なんだな。大河。

「ずっと、すきでいてくださいね・・・」
「おう」
それは自信がある。絶対の自信が。

「うわきとか、しちゃだめですよ・・・?」
「しねえよ。するわけねえ」
竜児は答えた。明日になればこの子も憶えていないだろう。
だから、心からの想いを、話してみることにした。

「俺は、ずっとあいつだけだから」

返事はない。さすがにクサすぎたか、と不安になって振り返れば、
どうやらサキは寝ているようだった。

「まったく、変わった後輩だよ・・・」

呟き、少し笑ってから、サキを背負い直して駅に向かう。

294高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:04:12 ID:???
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サキをタクシーに乗せ、発車を見送ってから、竜児も1人家路についた。
自然と早足になってしまう。大河が腹を空かしてないか心配だった。
それ以前に、今日は遅くなるとも何とも言っていない。
もしかしたら、怒ってるかも。
電話だけでも入れようか、と携帯電話を取り出したとき、
狙ったかのように着信が入る。
大河からだ。

「もしもし?大河?」
「んぁ?竜児?」
「なんだ、お前、酔ってんのか」
「んー・・ちょっと大学で飲み会があってね、
電車無くなっちゃいそうだから、今日は友達のうちに泊まる〜」
「そっか。分かった。実は俺も今まで飲んでて、まだ家帰ってねえんだ」
「なによ〜だめいぬ〜ふぃあんせを車で迎えにくるぐらいしなさいよ〜」
「飲酒運転になるっつーの。とにかく、友達に迷惑かけんなよ」
「わかってる〜っつ〜の。あんたはわたしのははおやかー」
「はいはい、わるうございましたよ」

そこまで言って、竜児はふとサキの言葉を思い出す。

―たまには、いってあげてくださいね?―

今ならお互い酔ってるし、勢いということで誤魔化せるかも―

「大河、あのさ」
「ん?何よ」
「あのさ、その・・・」
「じれったいわね、なんなのよぅ」
「あ・・・あぃ・・・愛・・して「あ?友達のうち着いたから切るね。また電話する」

プツッ・・・っと電話が切れる。
竜児はしばらく、真っ赤な顔で電話を耳に当てたまま、口をパクパクしていた。
その顔を見た酔っ払いが、千年の酔いも一瞬で醒めたという表情で逃げていく。

ようやく携帯を耳から離し、夜空を見上げて声を漏らす。
「やっぱ難しいって・・・後輩・・・」

295高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:04:42 ID:???
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タクシーの中、大河も大河で、電話を切った姿勢のまま固まっていた。

あ、あのバカ。最後に何を言おうとした?酔いも一瞬で醒めたわ。

「飲み会があったから友達の家に泊まる」というのは半分嘘で半分本当だ。
飲み会があったのは本当。友達の家に泊まるのも本当。
ただ半分の嘘は、飲み会があったから帰れない、のではなく、
とてもじゃないけど今、竜児の顔を見れないからだ。

竜児の背中に揺られながら、大河は最後まで起きていた。
だから、聞いていた。あのセリフも。

―俺は、ずっとあいつだけ―

思わず心臓が止まりかけ、返事も出来なかった自分を、
竜児は寝ていると勘違いしてくれたらしかった。
とにもかくにも、一旦落ち着かなければ竜児の顔など見られない。
今帰っては、竜児の顔を見た瞬間に押し倒してキスをして、
その後恥かしさの余り殴り飛ばすぐらいの暴走をする自信があった。
だから、今日は一旦気心知れた友達の家に避難し、
落ち着いてから明日帰ろうと思っていた。

それをあの男。まさかこんな追撃を仕掛けてくるとは。
「逃がさん・・・お前だけは・・・」で有名なボスを髣髴とさせる凄まじい追撃。
これは、今夜は眠れないかも知れない。
とりあえず、宿泊先の友人に電話し、謝っておこう、と大河は思った。
今日は一晩中付き合ってね、と。

296高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:05:44 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

翌日。本当に一晩中友人相手にノロケ続け、
約束していた8時になると同時に家から蹴り出された大河は、
何とか落ち着きを取り戻して、ようやく自分のアパートに帰ってきた。

合鍵を使って部屋の戸を開く。

「ただいま〜」
「おう。やっと帰ってきたか。不良娘め」
「あんた、つくづく母親みたいね」
「言ってろ。待ってな、今味噌汁あっためてやるから」
竜児の顔を見ていると、昨日の事が思い出されて心拍数が上がったが、
ギリギリ何とか耐えられるレベルだった。
1日経ってもまだこれだ。やはり昨日は帰って来なくて良かった。

「昨日、あんた何の飲み会だったのよ?」
「ん?ああ、いつか話したろ、ゼミの見学に来てた後輩。
そいつが転学するからって、その送別会」
「ふうん。居なくなっちゃうのね」
「ああ。結構良い奴だっただけに、残念だよ」

そういえば、竜児の浮気疑惑は完全に晴れたが、
唯一確認していないことがあったのを、大河は思い出した。

「そういえばあんた・・・いつだったかその後輩とやらのことを、
可愛いって言ってたわよね・・・?」
「おう!?」
「あのときはなんだかんだで誤魔化されたけど・・・
今日こそ聞かせてもらおうじゃないの。
・・・わたしと、その子、ど っ ち が 可 愛 い の ?答えによっては・・・」
あの日と同じ質問を、竜児に向かって投げつける。

だが竜児は、コンロの火を止めて、息を吸うと大河をまっすぐ見て言った。

「大河だ」

ぼんっ!という爆発音が聞こえるほど、大河が一瞬で赤くなった。

「ば、ばっ、ばかいぬ!あんた朝っぱらから台所で何を言って!!」
「あっ、あれ!?たまに言わないとダメなんじゃなかったのか!?」
「なにを意味の分からないことを!あんたって奴は!あんたって奴は!!」
「待て、分かった!まずは落ち着け!」

こうして、騒がしくも楽しく幸せな一日がまた始まる。
2人がいつか求めた日々。2人、普通に、いっしょにいるだけで幸せな毎日が。


Fin











p.s. 
「そういえば、あんた、今度大学のゼミの友達っての?私に紹介しなさいよ」
「は?なんで?」
「いいからする!なんか仲良くなれそうな気がすんのよ!」
「どういう理屈だよ!」


Fin

297高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:13:17 ID:???
無駄に長い投下にお付きあいいただき、ありがとうございます。
ぶっちゃけ、「勘違いタイガー、化けて竜児の大学に行く」という、
まとめちまえば20文字以下ですむプロットをよくもまあダラダラと・・・

ほんとすいません。修行してまた来ます。では。

298高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 23:36:09 ID:???
>>297
おいしくいただきました。ありがとうございます。最後迄ドジを踏まない大河と言うのも、オツなものですね。
最後の「大河だ」のあとにドジ踏んで2人とも頭を抱えてのたうち回るというのも見てみたいです。
また、次を期待しております。

299高須家の名無しさん:2010/08/25(水) 01:10:28 ID:???
>>297
素晴らしいっス!
20文字のプロットからよくぞここまで広げてくださいましたありがとうございます!
一晩中ノロケを聞かされ続けた友人って、大学でできた友人か、それともあーみんか。
どちらでもご愁傷様ですとしか言い用がないww
長文お疲れ様でした!

300高須家の名無しさん:2010/08/25(水) 12:46:11 ID:???
>>297
GJ!GJ!GJ!

素晴らしい竜虎ラブラブっぷりに2828が止まりませんw

301高須家の名無しさん:2010/08/25(水) 22:34:36 ID:???
>>297
代理完了しておきましたー
長編好きだからがっつり読めて嬉しい
改めてお疲れ様です!是非また!

しかしまた規制ラッシュなのかね
早く解除されるといいな…

302高須家の名無しさん:2010/08/26(木) 20:38:57 ID:???
皆様

代理投稿、ありがとうございます。
そしてご感想、ありがとうございます。

書いてるときは必死でしたが今改めて読み返すと
恥ずかしさの余り窓から飛び降りたくなりますが、
皆様からのご感想で何とか命をつないでおります。

そういえば、タイトルさえ付けてないのを思い出しました。
本当すいません。今考えました。
タイトルは、「虎と竜と秘密の後輩」です。

次はもっとまともな文を投下できるよう頑張ります。
ありがとうございました。

303高須家の名無しさん:2010/08/26(木) 20:50:59 ID:???
格好と状況からアンジーが連想された

304Happy Monday ◆fDszcniTtk:2010/08/27(金) 00:11:38 ID:???
>>297
おもしろかったよ。次作期待している。

>>303
熊娘の役所は誰だろう

305高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 00:12:13 ID:???
あああ、またIDつけっぱなしで投稿してしまった orz

306高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:05:42 ID:???
>>303
おっしゃるとおり、実は思いっきり「オニデレ」リスペクトです。
大河さんの変装後なんか、思いっきりイメージはアンジーさんです。

アンジーさん、久々に個人的にヒット、いやスリーベースぐらいのキャラだったので、
なんとかとらドラ!と絡めてみたい!と思って書き出したはいいんですが、
じゃあどうやったらとらドラ!っぽくなるのか、と、
だいたい大河さんってあそこまでデレデレキャラじゃないやんと、
試行錯誤していたらこんなアホみたいな長文になりました。

暇つぶしに今ワードで文字数カウントしてみたら、25000字くらいありました。
大学のときの卒論より長いやん・・・と・・・。



ついで、と言ってはなんですが、上達のためには書くことだ、と思い、
またしてもアホみたいに長いヘボ文を書いてしまいました。
バカみたいな連投で申し訳ないのですが、何レスかお借りして投稿させていただきます。
アドバイス、本スレへの代理投稿、超絶大歓迎です。
今回はタイトルも先に考えてきました。「虎と竜と自慢の恋人」です。

では、よろしくお願いいたします。

307高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:06:15 ID:???
「竜児、あんた、今度の土曜日ヒマよね」
いつものように夕飯をタカりに来た大河が、茶の間から唐突に声を掛けた。
「おう、疑問文ですらねえんだな・・・。実際ヒマだけどよ」
しょうが焼きを皿に盛り付けながら、竜児が答える。

夏休みも終わりが見えてきた8月中旬。
紆余曲折を経て恋人同士、をすっ飛ばして婚約者同士にまでなった2人も、
今や来年に大学受験を迎える受験生。
今日も今日とて朝から市の図書館で勉強会を開き、先ほどようやく帰って来たところだ。

ちなみに竜児の母・泰子は、自身が店長を勤めるお好み焼き屋で
新入りバイト君の歓迎会があるからと、今日は帰りが遅くなる予定だった。

「ヒマなんじゃない。うだうだ言うな、主夫犬め」
高2のときから2人の関係も変わったが、
この娘―逢坂大河の口の悪さは相変わらず。
それでも昔はダメ犬、バカ犬呼ばわりだったのが今では主夫犬。
少しはマシになったのか。なったのか?
「はいはい、わるうござんした・・・で?土曜に何かあんのか?」
手に持ったしょうが焼きの皿をちゃぶ台に置く。
待ちに待った肉の登場に、だらしなく寝っ転がってテレビを見ていた大河が跳ね起きた。

「きたきた!あーおなか減った!」
早速箸を手に取って、肉にぶっ刺し口に運ぶ。
「こら!いただきますはちゃんと言え。農家と豚に感謝しろ」
「いただいてまふ」
「事後確認かよ・・・。あーお前、米粒ぽろぽろじゃねえか!落ち着いて食えねえのか。
だいたい箸の持ち方が悪いんだよお前は」
ご飯をかっ込み、ハムスターのようになった大河に竜児が注意する。
彼は基本物静かな性格だが、食事と掃除とエコにはうるさかった。
「ふぉんふぉあんふぁふぁうるふぁいわね」
「食べ物を口に入れて喋るんじゃありません!」
一度、この子虎にはテーブルマナーを叩き込まねばならないのかも知れん。
行儀悪く箸で皿を引き寄せる大河を睨みながら、竜児は真剣にそう思った。
それは、もし睨まれたのが大河でなかったら、箸も皿も放り出して
土下座しながら財布を差し出してしまいそうな顔だった。

「それで、土曜日が何だって?」
2杯目の米を要求しつつ、ようやく人心地ついた様子の大河に、竜児は改めて尋ねた。
「ん?あぁ、え〜っと・・・あれ、なんだっけ?」
「俺に聞かれて分かるかバカ」
「ほっほ〜う。大層な口を聞くじゃない、しゃもじ犬風情が。
ああ、今の怒りで思い出したわ。ちょっと付き合って欲しいところがあるのよ」
一応竜児のおかげ?で思い出したにも関わらず、
大河はきっちりちゃぶ台の下でケリを入れてから言った。
「いてっ!おい蹴んな!・・・ったく。んで、どこに付き合えってんだ?
まさかまた1ヶ月メシが食えるような値段の洋服を買う気じゃねえだろうな。
だったら俺は全力で阻止するぞ」
「洋服買うならあんたとなんて行かないわよ。
買うたび横で"ああ、それ買う金があれば半月は食っていけるのに〜"とか、
"それにもうちょい足せば新しい掃除機が買えるのに〜"とか、
哀れっぽく言われちゃたまんないわ。ちょっと別のところよ」

実際そんなセリフを言った憶えのある竜児は反論できなかった。
思えば、あれ以降大河の洋服を一緒に買いに行った記憶はない。

「・・・。で、どこなんだよ、それは」
「ちょーっとまだ予定が未定なの。決定したらまた話すわ」
手渡された茶碗と再び格闘し始めた大河に、これ以上聞いても答えは返って来なさそうだ。
今の話では何があるのか全く分からないが、また話すというならそれを待つか。
大河がこぼしたキャベツの切れ端を拾いつつ、とりあえず竜児はそう判断した。

308高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:07:44 ID:???
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土曜日。
「で、結局なんだってんだよ」
不機嫌さを隠さず、竜児は大河に尋ねた。
また話す、という大河の言葉を信じて待っていたら、何も聞けないまま土曜になってしまった。
朝っぱらから高須家に乗り込んできた大河に洋服を着替えさえられ、
グイグイ引っ張られて駅まで来て、切符代まで払わされて電車に押し込まれ今に至る。
いくらこの恋人が勝手極まる性格の持ち主とはいえ、いい加減理由を聞かせてもらいたい。
でなければ、券売機に飲み込まれていった野口英世も報われない。

「そうね、もう逃げられないし、いい加減話そうかしら」
不穏な前置きをして、大河は今日の目的を告げた。
「前の高校の友達がね、あんたを紹介して欲しいって」

・・・。
「は!?」

思わず電車の中ということも忘れ、竜児は大きな声を出した。
耳を押さえて顔をしかめた大河が言う。
「うるっさいわね。電車の中では静かにって、教わらなかったの?」
お前にマナーを説かれたくないわ、と頭の片隅で思いつつ、竜児は矢継ぎ早に質問を投げる。
「ま、待て待て!前の高校の友達って何だよ!?」
「何って、わたし、一時期違う高校に行ってたじゃないの。あんた忘れたの?マルツアイマー病?」
恐らくアルツハイマーと言いたかったのだろうが、今の竜児にツッコむ余裕は無い。
「そ、それに紹介ってどういうことだよ!?」
畳み掛ける竜児に、大河は哀れみと蔑みを混めた眼を向けて言った。
「イチから説明しないとダメ?」
当たり前だ。今ので理解しきれるか。

「要するに、前に通ってた学校の友達が、夏休みだからってこっちに遊びに来るんだって。
で、わたしに・・・その・・・コイビトが、居るって知ってるから・・・会ってみたいって言ってて」
最初の方はいかにも面倒くさそうな顔で説明していたのに、
"恋人"という単語を口に出すと急に、大河は照れくさそうにもじもじし出した。
その様子はまさに恋する乙女そのものだ。
もとから容貌の整っている大河のもじもじは、破壊力が高かった。
正面の若いサラリーマンが、大河を見つめてぽかんと口を開けている。
直後、竜児の顔が視界に入るや一瞬にして青ざめ、マッハで寝たふりを決め込んだ。

309高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:08:16 ID:???
だが混乱の最中にある竜児は、そんな周囲の様子に気付かない。
「じっ・・・じゃあ何か。俺は今からお前の友達に会うのか。お・・・女の子、だよな?」
「当たり前じゃないの。ついでに、紹介して終わりじゃなくてそのまま水族館に行く予定」
こいつ、だからこんな寸前まで黙ってたのか。最初に言った"逃げられない"はそういう意味か。
「だって竜児、このこと最初から言ってたら、きっと来てくれなかった」
少しむくれる大河。だが彼女の言うことは当たっていた。

竜児には、人見知りの傾向がある。彼の持つ極めて凶悪な目つきがその原因だった。
昔から、初めて会う人には必ずこの眼がビビられていた。
それがトラウマとなって、知らない人に会うのが苦手だったのだ。
ましてや今日の相手は華も恥じらう女子高生だというではないか。
会った瞬間泣き出されても不思議ではない。
少なくとも、かつて女子小学生には泣かれた経験が彼にはあった。

「わたしもさ、最初は断ろうと思ってたもん。
でもあの子たちが、どうしてもって言うから・・・。一目会ってみたいって」
そして再びもじもじモード。
「それにさ、前に・・・あっちの高校に通ってた頃に、カレシ自慢聞かされたことがあるの。
だから、わたしもさ、してみたかったんだもん。わたしのカレシの自慢、してみたかったの・・・」
うつむき、顔を赤くして、小さな声で。
今度のもじもじは先ほどよりも更に威力を増していた。

どくん、と竜児の心臓が高鳴る。
この野郎、良いパンチ持ってるじゃねえか。
だがな、審判。今のはスリップだ、ダウンじゃねえぞ。カウントとめろ。

頭の中でファイティングポーズを取り直し、
審判に試合続行を求める竜児の心を知ってか知らずか、
大河は竜児の服のすそを、きゅ、と握って、上目遣いで小さく言った。

「だめ・・・?」

心臓が、先ほどよりも大きく鳴った。
おのれ、普段はキーキーうるさい子虎のくせに。
そんなお願いの仕方、どこで習った。川島か。
少なくともお父さんは、そんな子に育てた覚えはありませんぞ。

動揺から、竜児は心の中で思わずムック口調になった。
もはや勝敗は決していた。

はぁ、と溜息をついて頭を掻き、竜児は答えた。
「分かった、分かったよ。今更帰るのも電車代がもったいねえし、
いい息抜きになるかも知れねえ。最後まで付き合ってやらぁ」
「やった!ありがと竜児!あ、安心してね、友達には"顔は怖いけどヘタレ"って伝えてあるから!」
「安心できるか!」
きゃらきゃらと笑う大河を見て、竜児も何だかどうでも良くなってきた。

もし顔が怖くて泣かせたら、謝ろう。

310高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:08:41 ID:???
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大河が前の高校の友人との待ち合わせ場所に選んだのは、
2人の住む街から少し離れた都会の駅前だった。

目印の時計台の下で、友人の到着を待つ大河。
旧友との再会の喜びもあるし、加えて竜児と遊びに出掛けるのも久しぶり。
にこにこと笑顔を浮かべている。

その横で、緊張の余り真顔になっている竜児。
"恋人の友人に紹介される"などという事態、生まれて初めてのイベントだ。
最初は何て言えば良いんだ・・・まずは名前か?名前だよな?
できれば笑いを取れればベストだが、自分にそんな話術は無い。
あれこれ悩むその顔は、敵の組長のタマ獲って来い、と命じられたヤクザのそれだった。

彼らは気付いていなかったが、微笑む美少女に声を掛けようと近づいてきては、
隣のヒットマンに気付いて逃げ出していくナンパグループが何組か居た。

「あ!あれ、大河ちゃんじゃない?」
「ほんとだ!おーい、たいがぁ〜〜!」

突然響いた明るい声。大河はパッと明るい笑顔を声の方に向け、竜児はビクリと体を固めた。
哀れにも竜児の視線が直撃した散歩中の犬が、尻尾を丸めて飼い主の足元に逃げ込んだ。

「こっちこっち!わぁ、2人とも、久しぶり!」
大河が手をぶんぶか振って友人たちを迎えている。
竜児もギギギ、とそちら側を向いた。

キャッキャと喜ぶ2人の少女。彼女らが大河の前の高校の友人たちか。
大河の名前を大きく呼んだ方は、髪を少し茶色に染めた、活発そうな少女だった。
大橋高校の親友・櫛枝実乃梨から、変人成分を抜いたらこんな感じだろうか(本人には失礼だが)。
もう片方は、セミロングの黒髪をした、お嬢様っぽい女の子だ。
去年同じクラスだった、香椎奈々子に少し似ている。ただ香椎の方が大人っぽかったかも。

「へえ!じゃあこの人が大河の彼氏君なんだね!初めまして!」

いきなり自分に話を振られ、竜児はハッとなった。
いかん、挨拶もせずに分析なんぞしてしまった。女性相手になんと失礼なことを。
そうだ、まずは挨拶。人間、初対面の相手には、一にも二にも挨拶だ。

「こっ、こんにちは、初めまして。大河さんとお付き合いさせて頂いてる、高須竜児と言います」

バッと45°まで頭を下げる竜児。
言ってから、色々変なところに気付いた。
まず、なんで"さん"付けだ。いくらなんでもテンパりすぎた。

沈黙が怖い。やばい、やはりビビらせてしまったか。
そろり、と顔を上げたところで、2人の少女が弾けたように笑い出した。

「あっははは!高須君、何でさん付けなんですか!
お父さんに挨拶するみたいでしたよ!あはははは!」
「ちょ、ちょっと笑いすぎだよ。でも、ふふ、ごめんなさい、ふふふ、私も少し可笑しかった」

一気に顔が熱くなる。何故か大河も赤面している。
「いっいや違うんだ!いや、何も違わないけど、とにかく、ちょっと緊張してて!」
「ちょっとじゃないわよこのバカ!どんだけ緊張してたらあんなんなるのよ!」
ドカ、と大河がケツに膝蹴りを叩き込む。
「おうっ!?いや、スマン。スマンがスカートでニーキックはやめろ!」

いつものやり取りを始める竜児と大河に、友人2人の笑いも大きくなる。
「あー、面白かった。でも大河が言ってたとーりだわ」
「本当ね。見た目は怖いけど凄く良い人だ、って」
「い、良い人だなんて言ってない!」
「はいはい大河、照れない照れない」
「あ、ごめんなさい、高須さん。私、怖いだなんて」
「おう、いいんだ。よく言われる」

大河が懐くだけあって、この2人の少女はかなり親しみやすい性格なようだ。
実際大河が自分のことをどう説明してくれたのかは分からないが、
彼女たちは竜児が不安に思っていたほど、自分を怖がってはいない。

「でも先に謝っとくけど、アタシも最初、うわ〜怖ぇ〜って思ったよ。
あれって大河絡まれてるんじゃないのって」
「ちょ、ちょっと」
「あんただって、最初、ヒッ、って言ったの、アタシ聞いてたよ」
「あ、あれは!ああ、高須さん、ホントごめんなさい」

いや、訂正。やはり若干の恐怖心は与えてしまったみたいだ。

「そうよ、あんたの顔が凶悪なのが悪い」
「お前は少し気遣いを覚えろ」

竜児もようやく緊張が解けてきた。

「さ!それじゃあ早速、水族館に行ってみよー!アタシ、楽しみにしてたんだー」

おーっ、と続いて声を上げる大河。本当に仲が良かったんだな、と竜児は思った。

311高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:09:08 ID:???
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水族館に向かうバスの中、竜児は2人から向こうの高校に居た頃の大河の話を聞いていた。

「・・・それでねー、普段はそんなにケータイなんか見ないくせに、
たまにチョー嬉しそうな顔でケータイ見てて」
「ちょっ!」
「そうそう、なんだか凄く一生懸命メール打ってたよね、大河ちゃん」
「ばっ!」
「ああ、こりゃあ・・・と思ったよアタシは。大河、結構男子に人気あったくせに、
男なんかに用は無ぇーって顔してたから、なんかあるなとは思ってたけど」
「まっ・・・」
「お弁当食べながら空見上げたりしてたよね」
「完全に乙女の顔でね。あとさ、この子たまに視線が上に飛ぶんだよ。
さっき気付いたんだけど、それがちょうど高須君の顔の辺りの―」
「待てぇーーい!!」

ばたばた手を振って大河が話を遮る。

竜児は口元を押さえて、真っ赤になった顔をそらしていた。
他人の口からは初めて聞く、離れ離れになっていた間の大河の話。
一部は自分にも覚えのある話だ。
大河からのメールに思わず笑顔が浮かんだり、
ふとしたときに、大河の頭がある辺りに視線を向けてみたり。そこには誰も居ないのに。
だが、大河も自分と同じように過ごしていてくれたとは。

「たまに"りゅ・・・"って言いかけて止めたりしてたけど、
そっかー。あれは"りゅうじ"って言おうとしてたん「もうやめれーーー!!」

大河が叫ぶ。
もう止めて、というのは竜児も同じ気持ちだった。
こういう話を聞けたのは嬉しい。だがそれよりも、恥ずかしすぎる。
できればバスに停まってもらって、そのまま逃げ出し行方をくらましたい気分だった。

散々大河をからかって(間接的に竜児もからかって)、
2人がゆでだこみたいに赤くなった頃、ようやくバスは水族館に到着した。

312高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:09:23 ID:???
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バスから降りた彼らを出迎えたのは、大きなヨットのレプリカだ。
この水族館は、全国的に見てもかなり大きい方だった。

腹が減っては何とやら、まずは昼食を取ろうじゃないかという2人(大河とその友)の意見に従って、
4人はシーフードレストランに入った。

ここでも話の中心は大河だった。今度は竜児が、大橋高校での大河の話をする番だった。

「・・・んで、こいつは3年の教室に殴り込みかけてな。しばらく停学食らってた」

大橋での大河の伝説の数々は、2人の友人にとってにわかに信じられないものでもあった。
彼女らの学校に通っていた頃も大河は、確かに口が悪かったりしょっちゅうドジをやったりしていたが、
竜児が話すほどの暴走をやらかしたことは無かったからだ。

だが大河にしてみれば、竜児の話は封印したい黒歴史の暴露でしかない。
「竜児・・・あんた、よくも人の過去をベラベラと・・・よっぽど命が要らないみたいね・・・」
「まっ、待て、大河。ただの思い出話だろ?」
「あんたにとってはそうかも知れないわね・・・でもわたしにとっては、それじゃ済まないのよ・・・」

パキキ、と指を鳴らして、怒りの炎をくゆらせる大河を、しかし友人たちは止めなかった。
これが自然な大河の姿なんだろうなぁ、などと、微笑ましく見守っている。
竜児としては、とてもじゃないが笑っていられないのだが。

必殺の目潰しが放たれようとした刹那、注文していた料理が運ばれてきて、竜児は危ういところで生き延びた。
「チッ・・・命拾いしたわね」
食事を前に戦闘を続行するほど、大河の腹は満たされていなかった。
まずはメシだ。

313高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:09:35 ID:???
「ん」
大河は魚料理の乗った皿を竜児に突き出した。
なんだ?と見守る友人たちの前で、竜児は「はいはい」といつものように魚の身をほぐしてやる。

「ほれ。骨もカルシウムだから食えよ。ノドに刺さらないように気を付けろ」
注意とともに大河に魚を返して、竜児も姿勢正しく食事を始める。
食事のマナーにかけてはそこらの大人よりよっぽど正しい竜児の前で、
友人たちもやや緊張気味に、各々料理にフォークを伸ばし始めた。

「あーお前、ほっぺたに葉っぱついてる」
ふと大河を見やった竜児が、呆れたように笑いながら言った。
「え、どこ?」
「待てよ、取ってやるから」
大河の頬に手を伸ばす竜児。
「ん」
目をつぶってほっぺたを向ける大河。
「・・・ほい、取れた」
小さく礼を言う大河を目の端に入れつつ、竜児は大河の頬から取ったハーブをぱくりと口に入れた。

「!」
「!」
「ん?」

大河の友人たちの様子がおかしい。
フォークにエビを刺したまま、真っ赤になってこちらを見ている。
大河もそれに気付いたようだ。

「どしたの?2人とも」

「どうしたもこうしたも・・・ねえ?」
「う、うん」
「?」
「た、大河たちさ、普段一緒にご飯食べてるときも、そうやってしてるの?」
「そうやって、って?」
「いや、だから、高須君に魚ほぐしてもらったり、さ・・・」
「ほ、ほっぺの食べかす、高須さんに取ってもらったりとか・・・」
「へ?」

大河と竜児は全くもって不思議そうな顔で2人を見ていた。

(ああ・・・これは・・・)
(本当に気付いていないのね・・・)

お皿を渡しただけで、大河が何をして欲しいのか一瞬で理解した竜児。
丁寧に魚の身と骨を分けて、小さく微笑んでそれを返して。
ん、と受け取った大河は、なんだか少し嬉しそうで。

頬についたハーブにも気付かずはぐはぐと食べる大河は、まるで子猫みたいに可愛くて。
それに気付いた竜児の声は、まるで優しいお兄さんのようで。
子どもみたいにぺたぺた顔を触っていた大河は、
取ってやるよ、という竜児に、ちょっと桃色に染まった頬を向けて。
しょうがねえなあ、と笑いながらそれを取ってあげる竜児に、ありがと、と照れくさそうに言う大河。
とどめに竜児は普通にそれを口に入れてしまった。全くもって自然に。

何なんだ、このカップル。

友人たちは同時に思った。
からかえばすぐ真っ赤になってウブだなぁ、などと微笑ましく思っていたら、
新婚夫婦も裸足で逃げ出す甘い空気で一瞬にしてテーブルを覆い、
しかし当の本人たちは、何ら意識した様子もなく食事を続けている。
事実、自分たち以外にも、隣のテーブルのカップルも真っ赤になってチラチラこっちを見ているし、
奥のテーブルからも老夫婦が、さも若いわねえと言いたげな顔をこちらに向けているというのに、
この2人はどこまでも自然体だ。

つくづく、この2人と同じ学校でなくて良かった、と思った。
昼休みに毎日、こんな2人だけの世界丸見えの光景を見せ付けられては、教室に居づらくて仕方ない。

同時に、彼らの今の同級生たちに心から同情した。
特に独り身には、この2人は劇毒以外の何者でもないだろう。

ただ、友人たちは知らなかった。実際毎日この毒を浴びている独神が居ることを。

自分たちの存在自体が無慈悲な兵器と化していることに気付きもせず、
竜児と大河は不思議そうに顔を見合わせていた。

314高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:10:16 ID:???
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友人2人に中々のダメージを与えつつ食事を終えた竜児たちは、
いよいよ本番の水族館に向かって歩く。

なんだかんだ言って竜児と水族館に来るのは初めてなので浮かれている大河と、
さり気なく、そんな大河がいつ転びかけても助けられるポジションに居る竜児。

そんな2人の後で、友人たちはこのカップルの危険性についてとつとつと語っていた。

(やばいよ、大河チョー嬉しそうだよ。メッチャ笑顔で高須君に話しかけてるよ)
(ほんと、そばで見てても丸分かりだね。あ!転ぶ!)
(うわ、高須君即助けた!?何あの動き!)

竜児の方を振り返り、後ろ向きに歩いていたせいで転びかけた大河と、
まるで予測していたかのようにその手を取って助ける竜児。
呆れ顔の竜児の注意に反抗しつつも、大河は嬉しそうだった。

あの桃色タイフーンの中に入っては無事では済まないだろうが、
傍で見ているだけなら空気が痒い程度の被害だ。
幸せそうな大河を見ているのは楽しかったので、とりあえず2人は傍観者で居ようと決めた。

315高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:10:30 ID:???
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水族館の中に入るや否や、早速水槽に駆け寄っていく大河。
「おい!中は暗いんだから走るとコケ・・・!」と言ってるそばから、
とととっ、とつまづく大河。何とか踏ん張ったようだが、あのドジ。せめて最後まで言わせろ。

後ろを振り向き、大河の友人たちにも一声かける。
「2人も、足元見え辛いから転ばないように気をつけてな。
特にハイヒールだと危ないから」
「あ、はい」

答えながら、2人はちょっと感心していた。
この男、自分の彼女だけじゃなく、私たちのこともちゃんと見ていてくれたのか。

竜児が高校で「気遣いの鬼」と呼ばれていることは、もちろん2人とも知らない。


「見て竜児、カレイ!これ食べれるよね」
「ああ。煮付けにすると美味いな」

「これ・・・も、カレイ?」
「いや、これはヒラメ。シタビラメ」
「食べれる?」
「食べれる。塩コショウとバターでムニエルにすると美味いぞ」

「竜児、ハコフグだって!これは?」
「食えるぞ」
「でもフグだし、毒は?」
「皮膚に毒があるだけだ。中身くりぬいて味噌なんかと混ぜてから詰め直して焼くと、かなり美味いぞ」


(水族館の魚見て食べれるか聞く人って、ホントに居るんだ・・・)
(高須さん、答えが具体的・・・本当に料理得意なんだね)

そうして2人の後ろからついて歩いていた友人たちだったが、どん、と誰かとぶつかった。
「いてーなおい、どこ見て歩いてんだ?」
居丈高な声を出したのは、ケバい女性を連れた茶髪の若い男だった。
「あ、ご、ごめんなさい!」
謝って去ろうとする少女たち。しかし、この男は中々に性質が悪いようだ。
「おいおいおい、ぶつかっといて逃げる気かよ」

「あの、すいません。俺の友達が、何か?」

そのとき、男に後ろから声が掛かる。
あ?と振り向いた男の眼に映ったのは、館内の暗がりの中でなお瞳に紫電を宿す戦鬼だった。
ヒィッ!と、引きつった悲鳴が上がる。


「俺の友達が何か・・・?」

妙な声を上げたまま反応のない男に、竜児はもう一度尋ねた。
はっきり言って心臓はバクバクしている。相手はどう見てもヤンキーだ。
普段なら絶対関わりたくないが、何だか大河の友人たちと揉めている。
大河をけしかければ3秒で撃滅するだろうが、こういうときは男の自分が行かなければ。

一方でヤンキー男の頭には、ヤバイ、の一言だけが浮かんでいた。
こいつはヤバイ、マジでヤバイ。この眼、間違いなく何人か手に掛けてる。
脳内でアラートが鳴り響く。絶対なる恐怖が、彼にただ1つの行動を取らせた。
即ち、謝って、逃げる。

「すっ、すんませんでした!!」

90°に頭を下げて、猛烈な早歩きで立ち去っていく男を見送り、竜児は、ふぅ、と息を吐いた。
なんとか穏便に収まった。こういうときだけは、自分の顔を形作る遺伝子に感謝だ。

「大丈夫か?」

とりあえず2人に声を掛ける。

「ぁ・・・は、はい。大丈夫です。ちょっと、怖かったっ・・・けどっ・・・」

と、1人が涙をぽろっとこぼした。

「あーあー、ちょっとほら、こんなところで泣かないの」
もう1人がなんとか慰めるも、彼女は少し落ち着けそうにない。

後ろから大河もやってきた。
「ちょっと竜児、急に居なくならないでよ・・・って、2人ともどうしたの!?」
うわやべ、と竜児は思った。
すでに問題の男も去った今、何も知らずにこの状況を見たら、
"鬼が2人の少女をいじめているの図"にしか見えない。

多分に漏れず、大河もそう思ったらしかった。

「竜児・・・あんた、私をほっぽって一体何を・・・!!」
「待て待て、誤解なんだ!とりあえず一旦外に出よう!」

今にもノド笛に噛み付いてきそうな虎と、泣きじゃくる少女。
とにかく明るいところに出て、状況を落ち着かせなければ。

316高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:10:51 ID:???
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「・・・ってことがあったんだよ」
竜児の必死の説明と友人2人のフォローを受けて、虎はようやく牙を収めた。

「ふん・・・ま、そんなとこじゃないかと思ってたけどね、わたしは」
「嘘こけ」

なんだかんだで大河をなだめているうちに、泣いていた友人もすっかり落ち着いたようだった。

「ごめんなさい、高須さん。ちょっと混乱しちゃって」
「いや、気にすんなって」

あんたのせいじゃないんだから、という竜児の笑みに、なんだかホッとしてしまう。
助けてもらっておいて失礼な話だが、さっきの竜児は怖かった。主に顔が。

「しかしナメたマネしてくれるわね私の友達に。なんで水族館ってお土産屋で木刀売ってないのかしら」
「待てお前、売ってたとしてそれで何する気だ」
「何って決まってんじゃない。人誅よ人誅」
危険な会話を繰り広げる大河と竜児を見て、ようやく友人たちにも笑顔が戻った。

「ふふ、もう大丈夫です。ね、イルカショー行きましょ、イルカショー!」

折角の水族館。少しケチはついてしまったが、まだまだ楽しまなければ。

317高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:11:33 ID:???
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屋外に設けられたイルカショー用のプールには、続々と人が集まりつつあった。
開演時間より早めに来たおかげか、4人は前の方の席に座ることが出来た。
最前列に竜児と大河。そのすぐ後ろに大河の友人たち。

と、突然大きな音楽が流れ、水中からザバッ!とイルカがジャンプした。
『みなさーん!こんにちはー!今日はイルカショーに来てくださって、ありがとうございまーす!』
飼育員のお姉さんの声がスピーカーから響く。
その間にも、イルカたちはバッシャバッシャと跳ねている。

観客たちから歓声が上がる。
竜児がチラ、と横を見れば、大河もまたキラキラした目でイルカを見ている。
竜児は一瞬、こいつイルカも食べる気か、と思ったが、この目の輝きからして純粋に楽しんでいるらしい。
イルカも結構美味いらしい、とは言わずにおいた。こう見えて彼はムードを大切にするタイプだった。

飼育員の笛に合わせて、イルカがざぶん、とプールから観客席に向かって身を乗り出す。
きゅいきゅい鳴きながら観客たちに愛嬌を振りまいていたイルカだが、
竜児と目が合った瞬間鳴き声が止まった。電光石火でプールに戻り、一目散に逃げていく。

「・・・」
大河が何か言いたそうに竜児を見る。
「・・・・・・な、なんだよ」
その視線に負けて、弱々しい声を出す竜児。
「・・・あんた、海のおともだちにも容赦ないのね」
「うるっせえ!」
その後ろで、友人たちが笑いを押し殺していた。

演目はまだまだ続く。
体を半分以上水面に出して尾びれでバック泳ぎ。
飼育員の投げたフリスビーを水中から飛び上がってキャッチ。
同じく、飼育員が水面に掲げた輪をジャンプしてくぐる。

様々な演技が決まるたび、観客から大きな拍手が送られる。
竜児も、年甲斐もなく興奮していた。すげえ。イルカすげえ。

拍手しながら大河が呟く。
「あのロン毛虫より、きっとイルカの方が賢いわね」
「思っても言うなよ・・・」
大河がロン毛虫と呼び、イルカ以下と判断された男・春田その人を友に持つ竜児は、
しかし特に反論はしなかった。
さもありなん、というのが正直な感想だった。

いよいよショーも終盤。水面よりかなり高い位置に、赤いボールがセットされる。
どうやらイルカの特大ジャンプを見せてくれるようだ。

『それじゃあいきますよ〜!・・・はいっ、ジャ〜ンプ!!』

プールから勢いをつけてイルカが飛び上がる。
これまでで一番大きな歓声の中、イルカは空中で一回転。尾びれでボールをキックして―

ドパーン!と特大の水しぶきをあげてプールに着水した。

318高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:11:44 ID:???

『前の席の方ー、大丈夫でしたかぁ〜?』
「おう、大河、濡れてねえか?」

そう聞く竜児の前髪から、水がポタリと滴り落ちた。
彼は今、プールに背を向けて大河の真正面に立っていた。
イルカの跳ね上げた水がこちらにぶっかかってきた瞬間、反射的に大河をかばうように立ち上がったのだ。

「竜児・・・あんた・・・」
「後ろの2人も、大丈夫か?」
「えっ、あっ、はい、大丈夫です」
友人たちも、ほとんど濡れてはいなかった。ちょうど竜児の影に入っていたのだ。

「ニイチャン、やるねえ!」
友人たちの隣の席、子供連れのおっさんがニヤニヤしながら声を掛ける。
そこで竜児も初めて気付いた。自分に視線が集まっていることに。
(やべえ、何か注目されてる)
そそくさと竜児は席についた。衆目にさらされるのは苦手なのだ。
思わず立ち上がってしまったが、今の自分は相当恥ずかしいのではないか?

赤くなって視線をさまよわせる竜児の視界に、白い何かか映りこんだ。
「大河。これ・・・?」
「・・・いくら夏でも、あんたがバカでも。濡れたまんまじゃ風邪ひくでしょ・・・」
それは、大河が差し出したハンカチだった。
竜児と目を合わせないようにうつむいてはいるが、頬が赤いのが横からでも見える。
「・・・おう、ありがとな」
今日の天気なら、洋服だってすぐ乾くだろう。
ちょっと恥ずかしかったけど、大河が濡れなくて良かった、と竜児は思った。


「お礼言うのはこっちでしょ・・・」
小さく言った大河の声は、BGMにかき消されて竜児には届かなかったようだ。
こういうとき、はっきり大きくありがとうが言えない自分がちょっと嫌いだった。
後からでもいい、ちゃんとお礼を言っておこうと大河は思った。

それにしても。竜児はやっぱり竜児だ。身を投げ出して、自分を守ってくれた。
こいつは基本こうなのだ。憎まれ口も叩くけど、いざというときには必ず自分を守ってくれる。
でも、それに甘えてばかりじゃダメ、と大河は思う。
今回は水だったから濡れるだけで済んだけど、例えばこれが自動車だったら?
それでもきっと、竜児は迷わず身を投げ出すだろう。
もっともっと、しっかりしなきゃ。私は虎でこいつは竜。
後ろで守ってもらいっぱなしじゃなくて、ちゃんと横に並ばなきゃ。
そうは思っても赤くなるのを止められない頬を髪の毛で隠しつつ、大河は密かに決心を改めた。


その後ろで、友人2人もまたちょっと赤くなっていた。

大河め、一体どうやってこんな男を捕まえた。

自分たちにも彼氏は居るが、こういうとき彼のように、とっさにかばってくれるかは分からない。
事実、竜児と大河の隣では、同じように水に襲われたカップルが、為す術もなく2人揃ってびしょ濡れになっている。
ムスっとした女の子の視線が、大河と竜児に向けられているのが頭の向きで分かった。

実は大橋には一杯居るのか?こんな行動を取れる男子が。

7割冗談、3割本気で、彼女らは転校を検討していた。

319高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:12:43 ID:???
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やや夕暮れの気配が混じる潮風が、3人の少女の頬を撫でていく。
大河と友人たちは今、港を臨む公園のベンチに座っていた。
竜児は、飲み物でも買ってくる、と言って席を外している。

うーん、と伸びをしながら、3人の真ん中に座る大河が言った。
「久しぶりに一杯遊んだわねー、今日は」
友人たちがそれに答える。
「そーだねー。なんだかんだ言ってアタシらも受験生だしさ、こうやって遊んだのホント久しぶりかも」
「だいたい、大河ちゃんと遊んだのが久しぶりだもんね、今日」

半年近く会っていなかったとは言え、気の置けない友人たち。
流れる無言の時間に、心苦しさなどもない。
3人はしばらく、黙って海を眺めていた。

「それにしても、竜児、どこまで買いに行ったのかしら。ノド乾いたのに」
ぽつりと文句を言う大河。友人たちは大河の頭越しに顔を見合わせ、両側からズイっと彼女に迫った。
「な、なに?」
「大河さぁ、ほんと、勝ち組だと思わなきゃダメだよ?」
「へ?」
「高須君みたいなのが、当たり前だと思っちゃダメってこと」
諭すように言う友人と、それにウンウン、と頷く友人の顔を、大河はえ?え?と交互に見た。
「あのね、大河。あれは相っっ当の優良物件だよ。そこんとこ分かってる?」
「大河ちゃん言ってたよね、料理もすっごく上手なんでしょ?高須さん」
「そりゃー確かに顔はちょっと怖いけど、作りが悪いわけじゃないじゃん。どっちか言うとイケメンじゃん」
「しかもすごく優しいし。私のことも助けてくれたし」
「そうそう、ちゃんと周りが見えてるって言うかさ、まさに気が利くって奴?今も飲み物買いに行ってくれてるし」
「多分、私たちを3人にしてあげようって思って行ってくれたんだと思うの。
中々戻ってこないのも、気を遣ってくれてるんじゃないかな」

両側からの砲火にさらされ、目を白黒させる大河に、更に友人たちは続けて言った。
「そうかと思えば何?今日1日で随分仲のいいとこ見せつけてくれちゃって」
「レストランとか?」
「そうそう、何なのよアレ。いっつもあんなことしてたら、あんたらいつか独り身の人に刺されるよ?」
「水族館に移動してるときも」
「そうだよ。大河ってばコケそうになったとき、高須君にバッ!って助けてもらっちゃったりしちゃってさぁ」
「イルカショーでも」
「そうそれ!アタシが一番驚いたのはアレだね。なんなの、あの行動。惚れてまうやろー!って言いたくなったね」
「ちゃんと私たちのことも気にかけてくれたよね」
「ホントなんなの。あんたの高校、実はああいう人いっぱい居たりすんの?」
それは今日1日、桃色の毒気に当てられ続けた友人たちの、心からのグチだった。

320高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:12:53 ID:???
「そっ、それは!でも、だってっ・・・!」
「あによ」
言い返そうと口を開くもギヌロ、と睨まれ、さすがの大河も少しひるんだ。
「だって、あんたたちだって、前にわたしに彼氏自慢、したじゃなぃ・・・」
言いながら、だんだん声が小さくなる。
「ッハン。言葉で自慢すんのと実際見せられるのじゃ、モヤモヤ度が違うのよモヤモヤ度が」
「それに、私は、したことないけど・・・」
搾り出した反撃も簡単に切って捨てられ、大河は返す言葉もなくなってうつむいた。

「あーあー、いいなぁ、高須君。大河さぁ、アタシにくれない?」
「そっ、それはダメッ!!!」

顔を跳ね上げ、大きな声で大河は叫んだ。
ダメだ、竜児だけはダメなのだ。お願い、他のものなら何でもあげる。だから私から取らないで―

必死の大河とは裏腹に、言った友人本人は、ニヨリ、と変な笑顔を浮かべた。
「じょ・う・だ・ん・だ・よ」
「へ・・・?」
叫んだときの体勢のまま、ぽかんと大河は固まった。
「だから、冗談。あんたたちの間なんて、入る隙さえ全然無いじゃん」
「もう、意地悪言いすぎだよ」
反対側から、たしなめるような声が聞こえる。

「へ・・・」
ゆるゆると、2人の友人の顔を交互に見やる大河。
「・・・あっははは!もー大河ったら本気にしちゃって!泣きそうな顔するんじゃないの!」
ぐりぐり頭を撫で回され、大河もようやく我に返った。
「あ・・・あ、あんた!!」
「ハイハイ怒らない怒らない。、あんたはすーぐ本気にしちゃうんだから」
「ふふ、でも、今のはちょっとやりすぎたんじゃない?」
「ちょっとした復讐だよフクシュー。今日1日分のね」

ぎゃいぎゃい喚く大河たちのところに、ペットボトルを抱えた竜児が戻ってきた。
「おう、わりい。ちょっと中々自販機が見つからなくて・・・って、おう、大河、お前なんでそんな真っ赤なんだ?」
「うっ、うるさい!バカ!うるさい!元はと言えばあんたが遅いから!」
「うわ痛っ!なんだよ、なんで蹴るんだよ!」
「黙って蹴られろバカー!」

憤る大河と虐げられる竜児、それを見て爆笑する友人の横で、一人だけが気付いていた。
(ペットボトルに水滴がいっぱい・・・。高須さん、買ってから、どれぐらい時間を潰しててくれたのかしらね)

321高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:13:55 ID:???
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今日はこっちに住んでいる親戚の家に泊まるから、と、
駅で別れることになった友人たちに、大河は無言で抱きついた。
あんな風に大河が抱きつく相手、竜児は実乃梨ぐらいしか知らない。
別の学校でもちゃんと、良い友人に恵まれたんだな・・・と1人、胸を熱くする竜児であった。

「そんじゃ、大河、高須君。今日は楽しかったよ!ありがと!」
「また冬休みにでも遊びに来るからね、大河ちゃん」
「うん、待ってる」
「俺も楽しかった。また会えるのを楽しみにしてる」

友人たちが大河の耳に口を寄せる。
何を言われたのか、大河が赤くなって友人を突き飛ばす。

笑いながら、今度は竜児に寄ってきた。
「高須君、大河のことよろしくね。あの子、ああ見えて寂しがり屋だから」
「良く知ってる」
「おっと、そりゃそっか。そうそう、今度来たときは高須君の友達紹介してよ。大橋男子にちょっと目つけてんの今」
「は?」
「あはは、こっちの話」

彼女らは、竜児たちが帰る方向とは反対に向かう電車に乗る。
手を振り、ホームに消えて行く友人たちを見送って、竜児と大河も歩き出した。

「さて・・・と、晩飯どうする?ここまで来たんだ、折角だし何か食ってくか?」
「あんたがそんなこと言うなんて珍しい。ケチケチ主夫のくせに。明日は雨かしら」
「倹約家と言え。たまにはいいだろ」
「ま、仕方ないから付き合ってあげる。わたし、魚が食べたいかな」
「お前、水族館でかわいいお魚さんたちを見た後で、よくそれを食べようって気になるな・・・」
「何言ってんの。見たからこそじゃない」

言い合い、並んで歩いていた2人だが、ふと、竜児がその足を止めた。
何かと振り返る大河に、今日1日気になっていたことを聞く。

「なぁ、大河」
「なによ」
「お前さ・・・お前、今日・・・俺は・・・」
「その顔でもじもじすんな。かわいくないのよあんたのもじもじは」
「う、うるせえ。じゃあ聞くけどな」

「今日の俺は、自慢できる彼氏だったか?」

「・・・・・・」
「な、何か言えよ」
クルリと前に向き直り、大河はいつもと同じような声で言った。
「そう・・・ね、まぁ・・・ギリギリ合格ってとこ?
あ、勘違いしないでね。同情点を加えてのギリギリ合格なんだから」

言葉だけ聞けばひどいものだ。
だが、竜児は気付いていた。
言いながら、大河が決してこっちを向こうとしないことに。
髪の間から見え隠れする耳が、今日で一番真っ赤に染まっていることに。

「・・・はいはい、そいつはわるうござんした」
「そうよ。もっと努力しなさい。わたしが自慢できるようにね」

すたすたと歩いていく大河を、竜児は小さく笑ってから早足で追いかける。

ところでお前耳赤いな 何言ってんのあんたバカ? 顔見せてみろ顔 ぎゃあ前に来るな変態!

楽しそうに騒ぐ竜と虎の声が、8月の夕暮れ空に響いていた。



Fin

322高須家の名無しさん:2010/08/27(金) 18:16:02 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

ということで、最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
今回は「タイガー彼氏自慢がしたい」というプロットの元で書き始めたのですが、
自分にはどうもオリジナルキャラに頼る傾向と、無駄に長くなる傾向があるようです。
ついでにこれも数えてみたら、15000字ぐらいありやがりました。アホだ。俺は。

この2点を克服して次回、もっと良いものが投稿できればと思います。
その折にはまたよろしくお願いいたします。

では。

323高須家の名無しさん:2010/08/28(土) 01:42:49 ID:???
>>322
作者にもタイガーにもごちそうさまでした。お腹いっぱいGJって感じです。決して長く感じませんでしたよ。

324 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:17:32 ID:???
また規制かよ orz

新作投下 :「はすドラ!」

325 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:18:23 ID:???
「タイガー、どうしたのタイガー?」

夏休み明けの週の木曜日の昼休み。進学クラスとは言え、いまいちエンジンのかかりの悪い3−Bの教室の一角で、眼鏡の小男がクラスメイトに声をかける。

「へ?んーん。なんでもない」

と、頬を桜色に染めて携帯をあからさまに隠したのは、輪をかけて小柄な少女。小学生サイズの体をふわりと包むように伸びた髪は淡色。肌の色は透けるように白く、長いまつげの下の瞳は夢見るように光をたたえている。
逢坂大河、という名前のこの少女が、前の年まで暴力沙汰をはじめとする数々の恐怖の伝説を振りまき、「手乗りタイガー」の名で恐れられていたとはとても信じられない話である。

「そう?なんか嬉しそうにしてたけど。メール?」

と、深追いするのは能登久光。去年同じクラスになった時こそ、恐怖の「手乗りタイガー」伝説に彩られた大河を恐れていたのだが、2年生も後半になるころから少しずつ話をするようになり、いまではこんな不躾なことまでするようになっている。
もっとも、それは能登の勇気によるものではなく、もっぱら大河が丸くなったことに起因しているのだが。

「あら、なーに?高須君からラブレター?」

と、ひょいっと横から首を伸ばしてきたのは生徒会の書記の子で、何々?と興味深げに瞳を輝かせる。他にも何人かにやにやしながら大河のほうを眺めている。

高須君、というのは何を隠そう大河の彼氏である高須竜児のことである。2−Cの1年間、逢坂大河と高須竜児はドタバタとしか表現のしようのない毎日を過ごし、最後にはとうとう付き合うことになったのだった。
誰かれ構わず噛みつく手乗りタイガーがすっかり丸くなったのは、この高須竜児によるところが大である。

竜児と大河は今年の二月に駆け落ちまがいのエスケープをやらかしており、二人が付き合っていることを知らないものはほとんどいない。もっとも、二人が婚約までしていることとなると、逆に知るものもほとんどいない。
教師と親を除くと、極めて親しい友人が数人知るだけである。この教室にそれを知っているものはいない。

「そんなんじゃないって、待ち受け画面を見てただけだよ」

顔を赤くする大河に周囲は却って興味津津である。へらへらと嬉しそうに眺める待ち受け画面とはどんなものなのか。

「見せてよタイガー見せてよ」

能登がしつこくせまる。昨年なら三発くらいびんたをくらったあとに足払いでその辺に転がされても不思議ではない馴れ馴れしさである。

「もう。なんてことない写真だって。やっっちゃんに…えーと、竜児のお母さんに撮ってもらったのよ」

と、大河が能登に見せたのは、本当になんてことない構図の写真だった。ピクニックにでも行った時の写真か、緑を背景に竜児が写っており、後ろから覗き込むように大河が笑って顔をくっつけている。身長差を考えると竜児は座っているのかもしれない。
構図としては平凡だ。構図としては。

「何々私も見せて?」

と覗き込んだ書記女史の笑顔が凍りつく。不用意に覗き込んだ他の女子も黙り込む。文系クラスで女子の多い3−Bはいつもきゃっきゃうふふと華やかな雰囲気だが、大河を中心とした一角だけがふっと微妙な空気に変化する。

「なによ」

と、不愉快そうな顔で大河がみんなを見上げる。怒っているのではない、なぜこの幸せな写真をほめてくれないのかと思っているのだ。

326 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:18:58 ID:???
だがしかし、その写真は若干刺激が強すぎた。大河はいい。どこに出しても恥ずかしくない美少女なのだ。シャープなあごのラインやとてつもなく柔らかそうな頬、形のいい鼻、きれいなブラウンの瞳がありえないほど完成されたバランスで配置され、
まるでフランス人形のようとあちこちで囁かれる。事実、昨年はミス大橋高校の栄冠に輝いている。その大河は写真の中でも現実離れした美しさで笑っている。

問題はその横で笑っている(と思われる)高須竜児である。大きく、わずかに青みを帯びる白目がつりあがった形の瞼の中におさまっており、それだけで結構な迫力がある。
それに加えて白身の中の瞳はギュッと小さく収縮しており、見事な三白眼を形成している。その竜児が満面の笑みでにやぁっと笑っているのだ。

きっと幸せに浸っている表情なのだろう。しかし、息苦しいほどの威圧感に、覗き込んだ少女たちは一様に黙り込んで、どろりと濃い汗を顔に浮かべる。こっそりとその場を逃げ出した子もいる。

「ちょっと、何よこの空気」

ぷっと、頬をふくれさせる大河の横で、能登が苦笑い。

「いやー、タイガー仕方ないよ。俺は1−Aのときから高須と一緒だったからこのくらいじゃ平気だけど、はじめて見る子はやっぱり怖がるよ。特に女の子は」
「あら、私最初から怖くも何ともなかったわよ」

そりゃ、あんたの方が怖かったから!とテレパシーで突っ込みながら能登は苦笑いでごまかす。竜児のおかげで丸くなったとはいえ、いつ角が生えてくるかわからない女である。

「いったい何が怖いってのよ」

目が怖ぇんだよ!とクラスメイトからテレパシーの集中砲火を浴びつつ、大河は待ち受け画面を見つめる。周囲の無理解に多少不機嫌になったようだが、待ち受け画面を見るうちに何となくふにゃふにゃしてきた。
どうやら、3−Aにとってあの壁紙は爆発防止のお札として機能しているようだ。

これに乗じて勇気を振り絞ってその場を和らげようと書記女子が話題を振るが、

「ね、逢坂さんは高須君のどんなところが好きなの?」
「え?全部。えへへ」

ボールは真芯でとらえられ、痛烈な打球となって書記女子を強襲。あまりのおのろけぶりに膝の力が抜けそうになる。すかさずマウントにあがった押さえの能登が

「そこをあえて言うと、どこ?」

と追求。写真を見ながら頬をゆるめてぐねぐねしていた大河だったが、

「目かな?前は口の形がいいなって思ってたんだけど。やっぱり竜児は目がチャームポイントよね」

と、言って周囲をあきれさせる。

チャームって何だよ!と、辞書の書き直しをテレパシーで要求するクラスメイトたちにの真ん中で、大河は一人ふにゃふにゃになっている。

◇ ◇ ◇ ◇

327 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:19:34 ID:???
それから2週間ほどあとのこと。

誰かが机の上に置き忘れた携帯電話をとある少女が取り上げたのが騒動のきっかけだった。

「ねえ、誰かケータイ置き忘れてるよ?!」

声を上げて聞くが誰も答えない。誰のかな、と何の気なしに開いた瞬間、がちゃん!と派手な音を立てて彼女は携帯電話を取り落とした。

「どうしたの」

心配そうに駆け寄るクラスメイトに答えることもできず、彼女は口を手で覆って後ずさりするばかり。

「大丈夫?」

そう声をかけて携帯を拾おうとした別の少女が、今度は短い悲鳴をあげて手を引っ込め、その場から逃げ去る。

「何どうしたの?」

女子がキャアキャア言っている中心に男子がやってくる。女子の多い文系コースで少々肩身の狭い思いをしていた男子としては、女子が怖がっているときこそかっこいい姿の見せ所。しかし、

「うわわわわ!」

携帯を拾おうとして飛び上がると、体中にできた鳥肌をなだめるように我が身をかき抱いてその場から脱出をはかった。いいとこなしである。

なんだか見たらまずいものが写っているらしいと気づいた彼らは、ブツに目を向けないようにしつつ、その場で立ちすくんでいる少女をなだめ、ゆっくりと現場から離脱をはかった。そんな騒ぎの最中に、ようやく持ち主が牛乳パックを手に戻る。

「ん?何の騒ぎ?」
「逢坂さん、その携帯逢坂さんのじゃない?あ、だめ!見る前に確かめて!」
「あーっ!」

戻ってきた大河は一声あげると携帯に駆け寄る。女の子向けの愛らしい携帯を拾い上げると、「何よ、拾ってくれてもいいのに」とぶつくさ言いながら、ふーふー吹いて埃をぬぐう。

えー、また高須画像か?と周囲で脂汗が流れ始める。しかし、いくらなんでもキャーとか、うわーっってのはひどすぎるように思える。まぁ、去年の生徒会長選では視線で数人昏倒させたらしいが。

「逢坂さん、待ち受け何を表示してるの?」

全員を代表して恐る恐る尋ねたクラスメイトに

「何って、ほら」

ぱっと突き出して見せたのが今年度最大の蛮行。逃げる間も与えられなかった彼女はばっちり至近距離でモロ画像を見てしまい、「いやーっ!」と絹を裂くような声を一声あげて駆け出す。周りにいた連中もあおりを食らってついチラ見。
ぎゃっ!とかひぃっ!とか短い声を上げる。尻もちをついた者までいる。

「何よ。変なの」

騒がしいクラスの中心で、一人、大河だけは憮然とした表情で待ち受け画面を見ている。

◇ ◇ ◇ ◇

328 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:20:15 ID:???
「大河、着替えたらここに来て座りなさい」
「何?」
「いいから、早く着替えなさい」

学校から帰ったばかりの大河に母親が久しぶりに見せる緊張した表情で話しかける。

「わかった」

素直に返事をして自分の部屋で着替えをする。怒られるようなことをしたろうか、と考えてみるが分からない。新しい家族と暮らし始めた時にはいくら歯を食いしばって頑張ってもすれ違ったりわがままが出たりして何度も衝突があった。
でも、あれから何カ月もたった。家では怒られるようなことはしていないし、まして学校でも比較的いい子を通しているつもりだ。

それとも、前のテストで名前を書き忘れでもしたか、と背中を冷やすが、いやいやそれなら最初に自分に連絡が来るはず、と思い返す。

「何?」

キッチンのテーブルに座って母親を見上げる。母親も椅子にすわって、「座って話そうか」状態。

「今日、学校から電話があったの」
「電話?」

まだ思い当たる節が無くて大河がいぶかしげに顔を傾ける。その様子をみて、母親がため息をつく。

「今日、あなたのクラスの子が二人保健室に運ばれたそうよ。知らない?」

知らない、と首を横に振る。

「そう。じゃぁ、はっきり言わないとわからないわね。あなたの携帯の写真を見て、ショックで泣き出したんですって」
「え……ちょっと、どういうことよ」

身を乗り出して食いつくように問う大河に、母親は深呼吸してタイミングをとる。

「それをこれから話し合うの。ねぇ、大河。あなた、携帯に何の写真を入れてるの?」
「それは……」

口ごもる大河に

「人にいえないような写真?」

と聞く母親は、やはり一枚も二枚も上手である。

「そんなんじゃないわ。竜児の写真よ」

きっ、と表情を硬くして大河がそういうのは計算のうち。「そう」と、短く返事をして少し視線を落とした後、これもはかったようなタイミングで話を切り出す。

「大河。これから話し合うことは、高須君がどうのって話はひとまず横に置いておくことにするわ。それをわかってちょうだい。私が高須君をどう思っているかとか、高須君がどんな子かってことは、今からする話とは無関係。わかった?」
「わかった」

なんだか不愉快な話になりそうな雲行きに大河は低い声で答える。

「さっきもいったけど、あなたのクラスの子は、携帯の写真を見て泣くほどショックを受けてるの。先生だって放っておけないわよね。どんな写真を入れているのか、母さんに見せなさい」

向かい合って母親を黙って見つめた大河は、ふた呼吸ほどして「わかった」と言うと椅子をたち、携帯をとりに部屋に向かった。

リビングに残された母親が大きくため息をつく。

表で子供の話す声が聞こえる。

329 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:20:51 ID:???
程なく戻ってきた大河は、椅子に座ると、手に持っていた携帯をテーブルの上に置いた。あとは、表情を殺して母親を見つめる。やましさのかけらも感じさせない。何が悪いのか!と心の中で思っている様子がありありと読み取れる。

「どんな写真なのか、見ていいわね」
「うん」

大河の返事を受けて女の子向けの愛らしい色合いの携帯を手に取る。クラムシェル・ボディをぱかりとあけて、そこに現れた画像に思わず息をのんだ。構えていたとはいえ、首のあたりに広がる鳥肌に声一つあげなかったのはさすが女王虎の生みの親である。

「これ、高須君の写真?」
「うん」

ちらりと目をやって娘の表情を見やる。相変わらず、感情を殺した顔をしている。一緒に住み始めた頃には反抗心むき出しでぶつかってくることもまれにあったが、こうやって気持ちを押し殺した顔でじっとこちらを見ている様子は、かえって手強そうに思える。

「どうしてこんな写真作ったの?」

と、問いかける母親の手の中には、大河の携帯がまだ握られている。待ち受け画像は竜児の目、目、目。いろんな表情の写真から切り貼りしたのだろう。全部で20ほどの目がこちらをじっと見ている。写真が気持ち悪いとか言う前に、この写真を作った我が子の心が心配になる。

「みんなが、竜児の目のことを怖いって言うから」
「大河は怖いって思わないの?」
「私は思わない。竜児は優しいし。何でみんなが怖いって言うかはわかるけど……言われたくない」
「そう」

と、言葉をきって、しかし大河の母親は続ける。

「あなたのクラスの子がなぜ泣いたのか、あなたはわかってるの?」
「……」
「わからない?」
「たぶん、気持ち悪いって思われた」

どうやら気持ち悪いという自覚はあるらしいことに、母親は胸をなで下ろす。

「大河、聞きなさい。あなたが携帯に高須君の写真を使うことには、私は何も言わないわ。あなたたち二人は恋人同士なんだし、そのくらいのことはいちいち私が口を挟むことじゃない。でもね、気持ち悪い写真を使うのはやめなさい」
「竜児は」
「大河!」

きっと表情を硬くして大きな声を出す大河を、もっと大きな声で制する。

「大河。私は最初になんて言った?」
「……」
「大河」
「…竜児のことは…関係ない…」
「わかるわね。私は高須君がどうのって話はしていない。この写真が気持ち悪いって言っているの。なぜ気持ち悪いかはわかるわね」
「わかる」
「じゃあ話は簡単よ。高須君の写真は使ってもいいわ。でも、気持ち悪い写真はだめ。あなたは女の子だからそんなことはしちゃだめ。いいわね」
「わかった」

母親はほっとため息。これでこの話は終わりだ。大河にとって譲れないようなことは言いつけていないし、本人も素直に『わかった』と答えている。心の底が素直かどうかは別として、頭のいい子だ。
この件で言うことを聞かないときに何が起きるか、それは言うことを聞く場合について損か得か、そのくらいはわかるはずだ。

部屋に戻る娘の背中を見送りながら、これでもう少し男の趣味がよければいいんだけど。と、もう一つため息をつく。

◇ ◇ ◇ ◇

330 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:21:27 ID:???
『タイガーさんの話聞いたか?』
『聞いた聞いた、携帯の写真だろ』
『なにそれ』
『携帯の写真見せただけで相手を保健室送りにしたらしいぞ』
『まじかよ』
『さすがタイガーさん、精神攻撃も最強かよ。かっけー!』

◇ ◇ ◇ ◇

「たぁーいがぁー!蓮コラ作ったんだって?見せて、見せて!」

◇ ◇ ◇ ◇

331 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:21:51 ID:???
「ねぇ、竜児。聞いていい?」
「なんだ?」

二人並んで帰り道。昨年は半同棲状態だった二人だが、今年は大河が親と生活しているので帰り道は途中までである。
おまけに大河の弟が今年生まれたばかりで面倒を見なければならないので、寄り道もせず、わずかな二人でいられる時間に買い物や会話を楽しんでいる。

「あのさ、熱帯雨林が小さくなっているのは、私たちがゴミをたくさん捨てるせいって本当?」

ぶん!と音の出る勢いで竜児が首を回して大河を見る。まなじりはつり上がり、白目はぎらぎらと輝き黒目はぐっと収縮してドス黒い狂気を可視範囲に振りまく。このまま縛り上げて香港に売ってやろうと思っているのではない。うれしいのだ。

「お前もとうとう地球環境の大切さに気づいてくれたか。俺はうれしいぜ」
「竜児、泣かなくてもいいから教えてよ」
「おう、つい目頭が熱くなったぜ。そうだな、たくさん捨てればほかの資源を余計に使うからな。無駄使いと同じだ。熱帯雨林の減少の一因と言っていいだろう」
「あまりゴミを出さなければいいの?」
「いや、それだけじゃ駄目だ。分別しねぇと。紙ゴミ、燃えるゴミ、金属類、生ゴミ、ペットボトルは基本だろう」
「どうして分別するといいのかしら」
「たとえば高性能焼却炉ってのは生ごみだろうがペットボトルだろうが無害になるまで焼くことはできる。けど、燃料がいるんだよ。ただでさえモノを燃やすと二酸化炭素が出るのに、油まで燃やさなきゃならねぇ。おまけになんだかんだ言ってたくさん燃やすと炉が痛むだろう。
建て替えには金がかかるよな。その点、分別して燃えるごみだけ燃やすようにしたら、油はほとんどいらないし、建て替えも先延ばしになるからエコだ。それに再利用を勧めれば森林伐採の必要が少なくなる」
「ふーん」

妙なハイテンションで気分よさそうに話す竜児を大河がちらりと見上げる。

「でもさ、分別しても意味がないって言ってる子がいたよ」
「何だと!」

竜児の目がギラリと日本刀のように光る。連れてこい!ばらばらに切断して生ゴミと燃えないゴミに分別してやる!と思っているわけではない。そんな悲しい言葉を聞きたくないのだ。

「ゴミの業者がインチキしてちゃんと処理してないからペットボトルも何もかも結局燃やしてるんですって。だから分別なんかしなくていいって」
「違うだろう!」

竜児が目を眇める。

「業者がインチキしているから、俺たちも手を抜いていいなんてことはないんだよ。業者がインチキしてるなら業者を正せ!」

今や黒目はいつもよりさらに縮み、地球環境への愛と市民への怒りでぱちぱちとスパークを放ちそうになっている。

「ねえ、竜児。やっぱり分別しても意味がないような気がしてきた。あしたからまとめて捨てちゃだめ?」
「だめだ!」

ぐいっと首をひねり、業者の不正を裁く閻魔大王の目で竜児が大河を睨みつける。がしかし、

「なんだよ、大河」

睨みつけた先にあったのは大河の携帯。邪眼によく耐えて壊れなかった日本製携帯電話は、竜児の怒りの顔をアップでパシャリと写真に収める。

「うふふ。一枚ゲット」
「大河、お前からかってるのか?」

戸惑いながらもこめかみに半分マジの筋を立てながらせまる竜児に、大河は目を線にして笑う。

「ごめんごめん。この写真大事にする。エコを忘れそうになったらこの写真をみて思い出すから。ちゃんと分別もする。本当よ。約束する」

わけのわからないことを言う大河の笑顔に竜児は気勢をそがれて

「お、おう。そうか」

と、尻切れトンボ。

◇ ◇ ◇ ◇

332 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:22:26 ID:???
両親も弟もとっくに寝静まった深夜。自分の部屋で一人、今日撮った恋人の写真を見る。ギロリ、と目をむいてこちらを睨み付けている竜児。大河のバラのつぼみのような唇に笑みが浮かぶ。

竜児が好きだ。

出会ったころは、恐ろしく懐の深い優しさを持つ、だけどちょっと芯の弱そうな男の子だと思った。でも、それは大間違いだった。長い時間一緒にいて、最後に分かってきたのは竜児がとても強い意志を持つ男の子だということだった。

顔が怖いからと、避ける友達に受け入れてもらえるよう、竜児は優しい子になった。

独りで竜児を育てる泰子のために、竜児は掃除や洗濯をするようになった。

泰子に心配をかけないよう、親や先生の言うことを聞く子になった。

なんて意志の強い男の子なんだろうと思う。自分は親に見放されてふてくされて毎日泣くだけの女だった。せいぜい外に向かって強がって見せただけ。でも、竜児は違った。強い気持ちで正しくあろうとし続けていた。
そして自分の心がばらばらになりそうになったその時に、竜児だって膝をつきそうなほどつらい目に会っていたのに、お前が好きだと強く強く抱きしめてくれたのだ。

こんな男の子とめぐり会えたなんて奇跡だと思う。竜児のおかげで何もかも変わった。こうやって当たり前のように普通に暮らしている新しい家族とも、竜児と出会わなければギスギスしていたかもしれない。

竜児の目が怖いなんて当たり前。あの奥には、本当は誰にも見せない強い意志が隠されているのだ。親の遺伝なんて大したことはない。

こんな話を竜児にしたら、「かいかぶるな」と笑うかもしれない。それでもいい、逢坂大河だけが知っている高須竜児がいる。あの眼の奥には自分を守ってくれる強い意志が潜んでいる。

◇ ◇ ◇ ◇

333 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:23:02 ID:???
「先生おはようございます」

職員室で声をかけられた教師は、自分のクラスの生徒におや、と心の中でつぶやく。逢坂大河がこんな朝早くに来るとは。それも職員室にわざわざ来るとはめずらしい。3年にあがって素行が良くなっているとはいえ、こういうことには無縁だと思っていたが。

当の本人は職員室だというのに堂々としたもの、脚を綺麗にそろえ、手をきゃしゃな体の後ろに回し、フランス人形のように整った顔に軽いほほえみを乗せてちょっとだけあごを出して立っている。

「先生、先日はすみませんでした」
「えーと、何だったかな」
「携帯の写真のことです」
「ああ、あれか」

騒動が起きたときにはどう対応するか苦慮したが、結局親に電話をしたのは正解だったらしい。

「もう、気持ち悪い写真は使いません。みんなを怖がらせたくないから」
「そうか。わかってくれればいいんだ」

そういってほほえむが、逢坂大河はまだ自分の改心を説明仕切れていないと思ったらしい。教師に反応する時間を与えずに後ろ手に持っていた携帯を突き出す。

「ちゃんと、普通の写真にしました。ほらっ!」

それが今年度二番目の蛮行。

のけぞっていすから落ちそうになる担任を、恋ヶ窪ゆり(独身31)が遠くから苦笑しながら見ている。

待ち受けに表示されているのは、高須竜児その人。

地球環境への蛮行に対して怒りを燃やす竜児の顔を半分ほどをトリミングした拡大写真には、かえって尋常ならざる迫力がある。逆光気味の光に暗く沈んだ顔面に、そこだけ青白い光を放っているような白目が写っている。
そしてその中心でぎゅっと小さく収縮している黒目が、「俺は尋常じゃないぞ」と、全力で叫んでいる。地球の大切さを理解できないような連中には、拳でわからせるしかない。1000人のモヒカン頭どもを眼力で金縛りにかけ、拳の風圧だけで大気を血しぶきでいっぱいにしてやる。
高須竜児の世紀末環境覇王伝説の始まりであった。ひゃっはー!

と、いうわけではない。

愛しているのだ。逢坂大河と、すべての人と、地球環境を。

(お・し・ま・い)

334 ◆fDszcniTtk:2010/08/28(土) 08:24:29 ID:???
本スレの >>333にインスパイアされて作った。

335高須家の名無しさん:2010/08/28(土) 22:32:16 ID:???
さるさんに引っ掛かった。
誰か>>334の転載お願いしますー。

336高須家の名無しさん:2010/08/28(土) 23:19:41 ID:V3jQ/ic6
代理投稿ありがとう!本当に助かります。

337高須家の名無しさん:2010/08/28(土) 23:35:14 ID:???
>>335
がってんでい!

338 ◆fDszcniTtk:2010/08/29(日) 23:22:31 ID:???
>>337 代理投稿ありがとうございます。

さて、連チャンになるけど新作投下。今度は長編。誰か代理投稿おねがいしまんするす。

タイトル:「遊園地作戦」

339遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/08/29(日) 23:23:19 ID:???
夏休みも大詰め。

気がつけば、蝉の鳴き声はひと月前と変わっている。つい最近まで熱くて仕方がなかった風も、ようやく人間いびりの手をゆるめたように思える。それでも夏は夏。やはり暑い。
南側に高級マンションが建っているため直射日光にあぶられる事はないとはいえ、エコ思想への積極的な協力のため昼間はエアコンを切っているこのぼろ借家の二階の家では、なかなかにつらい日々が続いている。

その2DK。昼食後のけだるいひととき。

「竜児、やっちゃんの休みって、夏休み中はもう無いんだよね」

畳の上に転がったワンピースが声を出す。薄い赤のチェックの愛らしいワンピースは、スカートから生やした細い足をさっきからぱたぱたと振っている。袖から出た腕は目にまぶしい白、その腕の先についた小さな両の手のひらは、まるで人形のように整った顔を支えている。

逢坂大河、というのがそのワンピースの中身の名前だ。夏だというのに淡色の長い髪をまとめもせず自分の体の上にふわりと広げているのは、そういうコーディネーションがいたくお気に入りだからだろう。気に入るはずである。似合うのである。
身長145センチ(自称)という、高校2年生とは思えない小柄な体と、歩く人皆振り返る儚げな美貌、白い肌、長い髪。まるで精緻な作りの人形に命を吹き込んだような少女。それが大河なのだ。

8月のいまでこそ涼しげなワンピースを来ているが、春先には布地を重ねてふっくらと形作られたワンピースにオーバースカートを重ね着し、その前を開けてボリューム感を強調していた。その姿はまさにお人形さん。
夏になって、もこもこファッションを着なくなったとはいえ、美貌が消えて無くなるわけでもない。むしろ薄着に浮かび上がる華奢な体の線が一層作り物めいた印象を引き立て、彼女の周りだけひんやりとした清らかな空気が漂っているような雰囲気すら感じさせる。
それこそ、これが大河でなければそのままガラスケースに飾りたいくらいだ。

そう、これだけの美貌と、モデルがたじろぐような清楚感あふれる体型を持っているにもかかわらず、大河を知るものならガラスケースに飾るなんて発想は逆立ちしたって出て来やしない。だって逢坂大河である。
ケースに入れて3秒もたたずにぶち破って出て来るに決まっている。そしてケースに入れた奴を血祭りに上げる。そういう光景は実にくっきりと想像出来る。

乱暴なのである、逢坂大河は。いや、乱暴というと、少し表現が正確でないかもしれない。傲岸不遜、傍若無人、わがまま大王、口より先に手が出る、手を出さないなら相手が膝を折るような罵詈雑言を浴びせる、そんなこんなを全部足して5で割らない、それが逢坂大河である。
そしてその5で割らない苛烈さと小柄な体を端的にいい表す言葉として、彼女が学ぶ大橋高校では「手乗りタイガー」なる称号が非公式に贈られている。

そんな手乗りタイガーに声をかけられて

「おう、あるぞ。バーベキュー・パーティーお前も行くんだろ?」

こたえたのは高須竜児。

親思いでやさしく、学校の成績もいい。スナックで働いている母親を支えるために鍛えた家事の腕はカリスマ主婦クラス。
現在行方不明の父親(みかけはチンピラ。たぶん中身もチンピラ)から受け継いだ、狂気をはらんだ三白眼とつり上がったまなじりが誤解を呼ぶものの、色眼鏡抜きに見れば、竜児はいわゆるよい子である。

母ひとり子ひとりで慎ましく2DKで暮らしていたこの男の下に、何の因果かこの春転がり込んできたのが逢坂大河だった。
目つき以外はどこに出しても恥ずかしくない(しかし学校ではヤンキーと思われている)竜児が、なぜ暴虐の女王である(しかし見た目だけは美少女の)手乗りタイガーと仲良くしているのか。
そもそも、あらゆる交際申し込みを紙くずのようにぞんざいに扱い、あまたの男子生徒の心に消えぬ疵を残した手乗りタイガーは、なぜ竜児と仲良くしているのか。二人は恋人同士なのか、あるいは共闘して学校をしめようともくろんでいるのか。
それは、大橋高校七不思議の一つと生徒の間でささやかれている。

340遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/08/29(日) 23:23:57 ID:???
「そっか。そうだったね。休みあと一回あるけど予定は埋まってるか。しょうがない。あんたと二人で行くしかないね」
「行くってどこに」

何とはなしに聞いただけなのに、ぎろりと横目で大河に睨まれて竜児がひるむ。

一部ではヤンキー高須などと言われているものの、竜児は至極まっとうな高校2年生である。手乗りタイガーと共闘して学校をしめる気も、手乗りタイガーとつきあっているつもりもない。ただ、何というか大河は高須家にとってデイタイムの居候なのである。
親と折り合いが悪く、豪華な高級マンションでひとり暮らしをしていた大河と、母子二人で貧乏アパートに住んでいた竜児が出会ったのは偶然だった。
偶然だったが、極端に生活能力に欠ける大河と、極端に家事が好きで困っている奴を放っておけない竜児のペアには、これ以上ないほどに「腐れ縁」という言葉がぴったりだった。

いつの間にか大河は高須家で朝晩を食べ、学校では竜児が作ったお弁当を食べ、休みの日にはお昼まで高須家で食べるようになっていたのだ。元々細かいことを気にせず、というか、気にすることが出来ない竜児の母、泰子は大河を初めから笑顔で迎え入れた。
そしておそらくは家庭の暖かさに飢えていたせいだろう、大河も泰子の好意を無駄にすることなく、というか無神経にずかずかと高須家のプライベートに進入して、家族のような顔で食卓につくようになったのだ。

絵に描いたような美談。しかし、ただひとり、この疑似家族関係で割を食っている人間がいる。竜児である。

「まったく、竜児の駄犬ぶりはどこまで突き進むのかしら。本当に勘の悪い犬だこと」

ほとほと嫌気がさした、と言わんばかりの表情の大河は、相変わらず畳の上に寝そべって頬杖をついたまま。そんなだらしない姿で嫌みを言ってすら、ワンピース姿の大河は美しいのだから、この世には神も仏もあったものではない。

「勘もへったくれもあるか!初めから筋道たてて話せよ」

皿をふきながら毒つく竜児に大河がこれ見よがしのため息をつく。

「ほんとにもう。いいわ、説明してあげるからちゃんと聞いてなさい。『やっちゃんが行けないなら、二人で行く』ってことは、元々私が3人で行くって考えてたって事。やっちゃんが休みの日に行きたいってことは、それなりに時間がかかるって事。
3人で休みの日に時間のかかる所に行くなら、あんたの大好きな生活臭漂うスーパーマーケットじゃなくて、どこか楽しげな所だってわかりそうなものでしょ?」
「お、おう」
「だったら『遊園地にでも行くのか』くらい言えそうなものじゃない。それを『行くってどこに』ですって。ああ、もう、なんてことかしら。
どうしたら、その何でも人に頼るだらしない性格は直るの?せっかく二本足で歩いていても頭を使わないんじゃ、ダチョウと同じね。あんたに犬なんてもったいないわ。ダチョウよ。ダチョウ犬」
「犬かダチョウかはっきりしろよ!」
「大きな声出さないで。近所迷惑でしょ」

ふん、と鼻をならしてパタンと仰向けにひっくり返ると、大河はお気に入りの座布団を引き寄せて枕にした。

悔しいっ!

偉そうに寝っ転がっている大河をよそに、竜児は悔しさに身をよじる。目の前の古いキッチン・シンクを穴を開けんばかりににらみつけ、すれ違うもの皆目をそらす凶眼を眇める。なにが頭を使えだ。何が人に頼るだ。
日頃自分がどれだけ大河のために頭を使っていると思っているのだ。どれだけ大河が自分に頼っていると思っているのだ。

家事能力のない大河の部屋を片付けているのは誰だ。俺だ。掃除してやっているのは誰だ。俺だ。バランスよく栄養豊かな食事を作ってやっているのも、弁当を作ってやっているのも全部俺だ。おまけに朝起こすのも俺だ!ああ、なのにダチョウ犬扱い。

く・や・し・い・!

悔しさに唇を噛み、肩を振るわせる。だが、さらにさらに悔しいことがある。口げんかで竜児が大河に勝ったことなど一度もないのだ。だから言い返すことも出来ない。そもそも竜児は口げんかに向いていない。
口げんかとはどれだけ理不尽な言葉を短時間でぶつけられるかで勝敗が決まる、暴力の一形態である。理路整然とした話しなど必要ない。むしろ邪魔だ。
生活環境どころか頭の中まできちんと整理された竜児と、生活環境どころか頭の中までごみごみしている大河では、初めからランクが違いすぎる。いきなりゴミを投げつけてくるような反則女に、歩く「キチントさん」である竜児が対抗できるはずがない。

341遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/08/29(日) 23:25:17 ID:???
不条理な大河の言動にあらがえぬ自分にため息をついて、竜児は会話を続ける。

「で、遊園地がどうしたんだ?」
「偵察よ」
「偵察?」
「そ。駄犬が役に立たないおかげで、遺憾にも私と北村君の仲は夏休みの旅行の間も全然進展してないわ。だけど、これからは猛チャージをかけるつもり。はっきり言えば、なんとか、デ、デートに誘うつもり。
そのためにも、あらかじめデートにぴったりな遊園地を偵察しておくのよ。ついでと言っちゃいけないんだけど、日頃よくしてくれてるやっちゃんにも一緒に来てもらえば、お礼代わりに一緒に楽しめて一石二鳥と考えてたのよ。
どう?感心した?私はあんたと違って台所の隅の埃ばかり追っかけている訳じゃないの。大局的、長期的視点でものを考えているの。少しは見習いなさい。駄目犬」

駄目犬…

駄目犬だと?勝手わがまま暴虐きわまりないメス虎の気持ちが読めない位で駄目犬呼ばわりとは。なんてこと、知らない間に世間はそこまで厳しくなっていたのか。竜児は悔しさを通り越して、そのまま自分の体から肉が腐り落ちていくような絶望感に身を震わせる。
きっと自分など絶望にまみれて白骨化し、カタカタとアゴの骨を鳴らすだけの標本になる運命なのだろうと、唇を噛む。
そうなっても、大河は白骨化した自分に言うに違いない。「駄目犬」と。やるせなさに絶命しそうな気持ちでキッチンを離れる。大河の横にあぐらをかいてすわり、見下ろしながら

「だったらお前ひとりで行けばいいじゃないか。駄目犬とは違う大河さんは、さぞかし自分ひとりで何でも出来るんだろうからな」

皮肉たっぷりに言ってやったのだが、それも結局、こてんぱんにのして貰うための準備体操くらいにしかならない。

「あらあら、自分の無能さを棚に上げて皮肉?そんなことに回す知恵があるのなら、少しは私の溢れるような優しい心が何を考えているか考えてみればいいのに。あんたは本当に物わかりが悪いから説明してあげるけど、北村君との、デ、デートにはみのりんも呼ぶのよ」

その一言にそれまで憮然としていた竜児が狂おしく目を眇めて、仰向けに寝っ転がっている大河をにらみつけた。このまま眠らせて香港に売り飛ばしてしまおう、と思っているのではない。驚いているのだ。

「櫛枝?北村とのデートなんだろ?」
「まだわからないの?北村君と…その…デートするったって、私と北村君はつきあってる訳じゃないのよ。恥ずかしくてデートに行きましょうなんて言えないじゃない。だから、みのりんとあんたも呼んで4人で遊ぼうって言うのよ。そして私は北村君とくっついて歩く。
あんたはみのりんとくっついて歩く。そうしたら、自然じゃない。ほんとにもう。少しは考えてよね」

まぶたを重そうに話す大河の言葉に、竜児は雷に打たれでもしたようにショックを受ける。何だって?遊園地で櫛枝実乃梨と一緒に過ごす?

「それって、ダブルデートじゃねぇか」
「…だから、そう言ってるでしょう…」

半分目が閉じかかっている大河は本当に面倒くさそうだ。

342遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/08/29(日) 23:25:53 ID:???
だが、竜児はそれどころではない。えらいことになったとそわそわしている。4人で遊園地。ダブルデート。なんということだ。ドジっ子タイガーと思えない計画性。しかも、この計画はほとんど完璧に聞こえるじゃないか。

一年生の時からの片想いの相手である櫛枝実乃梨は、竜児にとって直視するのもはばかられる程まぶしい女神だ。ひまわりのような笑顔、鼻にかかったような甘い声、ぴょんぴょんと跳ねるように動く元気な姿、小麦色に焼けた肌。

ほとんどの人が最初は竜児の親譲りの凶悪な目つきを敬遠するのに、実乃梨は初対面の時から屈託のない笑顔で接してくれた。ろくすっぽ話もしていないときから、竜児の名前を覚えていてくれた。今年からは同じクラスになれた。
初めの頃は二言三言言葉を交わすだけで、どうき、息切れ、眩暈、赤面、挙動不審、日本語でオK、ありとあらゆるパニックを経験させて貰ったが、最近では何とか普通の会話を交わせるようになっている。
それどころか、なんとこの夏休みには一緒のグループで海に旅行にまで行ったのだ。

それもこれも、大河と重ねていった地道な共同作業の成果だ。実乃梨は大河の親友なのだ。そもそも、竜児が大河の親友である櫛枝実乃梨を、大河が竜児の親友である北村祐作を好きだということが、竜児と大河の奇妙な関係の基盤となっているのだ。

「だったら…」

ちゃんと遊園地のこと調べなきゃな、と言おうとして、竜児は口をつぐんだ。いつの間にか大河は座布団を枕に寝てしまっている。いつもはわがまま放題のくせに、こうやって寝てしまうと、大河は本当にあどけない顔をする。
ふと、憎らしくなって、うっすらと汗をかいている柔らかそうなほっぺたをつねってやろうかと思うが、そんなことは絶対しないだろう自分がおかしくて苦笑。結局、どれだけぼろかすに言われようとも、竜児は大河を憎めない。
それは多分、竜児の心の作りが人に意地悪できないようになっているからだろう。

まだ暑いとは言え、夏休みも大詰め。半月前のうだるような暑さとは違い、風にほんの少し秋の気配が混ざっている。腹を冷やさぬよう大河にタオルケットを掛けてやると、竜児も畳の上にごろんと横たわり、天井を見つめる。
櫛枝実乃梨と行く遊園地。思い浮かべる楽しげな光景を、午後の眠気が柔らかく包んでいく。

◇ ◇ ◇ ◇

343 ◆fDszcniTtk:2010/08/29(日) 23:26:37 ID:???
とりあえず今日はここまで。

344高須家の名無しさん:2010/08/30(月) 01:48:12 ID:???
>>343
今回もおいしくいただきました。ありがとうございます。この時期のSSは最近なかったので、続きが楽しみです。GJでした。

345 ◆fDszcniTtk:2010/08/31(火) 00:53:30 ID:???
代理投稿ありがとうございます。

以下本スレコメント御礼
>>388
あはは。自分で書いていて気味が悪くなったよ。

>>391
ありがとうございます。私の書く大河はちょっとおとなしすぎるかも。
母親と大河の会話の下りは、もう少し大河を反抗的に書いても良かったかな。

>>394
蓮コラ気持ち悪いよねぇ(w。竜児は知らぬが仏だと思う。顔は不動明王だけど。

では「遊園地作戦」続き

346遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/08/31(火) 00:54:26 ID:???
夏休み明けの最初の日曜日。

朝食を終えた大河が「じゃ、あとで」と席を立ったところで、珍しく午前中に起きてきた泰子が声をかけた。

「あれぇ?大河ちゃん、もう帰っちゃうの?」

もう帰っちゃうのではない。そんなことより、帰ってきてそのまま布団に倒れ込んだらしい泰子は髪が爆発して、ドリフの爆発コントのようになっている。こっちのほうが重大事。

「うん、今日はお出かけするから今から準備なの」

デイタイムの居候である大河は、休みの日には特に用がない限り高須家でゴロゴロしているのが普通である。朝飯が終わってもゴロゴロ。昼飯前もゴロゴロ。昼飯後もゴロゴロ。畳の上で昼寝して夕飯前もゴロゴロ。夕食後もゴロゴロ。
デイタイム居候のくせに深夜までゴロゴロしている事もある。

年頃の女子が同じ年頃の男子の家に深夜まで二人っきりで過ごすなど、ふしだらにも程がある。が、ふしだら以前に大河は壊滅的にだらしないので一人で居れば水が上から下に流れていくように部屋を散らかしてしまうし、おなかをすかして貧血で倒れてしまう。
だったら、いっそ高須家に留め置いていた方がいいのかもしれない。なにしろ散らかった大河の部屋を片付けるのも、貧血で倒れた大河の面倒をみるのも竜児の仕事になるに決まっている。そう思ったのは事実だが、実行に移してみてここまでひどくなるとは竜児も思わなかった。

泰子も泰子で、二人っきりで年頃の男女が深夜まで居ることに何の疑いも感じていない。保護者にあるまじき事である。

とにかく、夜寝るときとお風呂以外は高須家でゴロゴロしている居候が、食事も済んだし帰る等と言っているので泰子としては驚いているのだが、

「はへぇ〜?どこ行くの?」
「どこ行くのって、昨日言ったろう。遊園地だよ」

しまりのない母親の言葉に業を煮やしたように長男が厳しい視線を送る。

泰子は言ったことをすぐに忘れるのか、覚えたことを思い出す気がないのか知らないが、ポロポロとご飯粒を落とすようにものを忘れる。そのたびにイライラしてしかるのも竜児の仕事だ。だが街の不良共が目をそらす三白眼も母親には効果ナッシング。
日頃の言動から鑑みるに、一人息子からきつい目で睨まれるほど、喜んでいる節がある。

「あ、そっかぁ!二人はデートするんだよね☆やっちゃん忘れてた。てへっ」
「てへっじゃねぇ。それからデートでもねぇ。みんなで遊びにいく下見だって言っただろ!」

347遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/08/31(火) 00:55:02 ID:???
母子漫才は終わる様子がないと見たか、大河は困った顔で笑うと話を切り上げて泰子に手を振り、高須家を後にした。二人っきりになった茶の間で、ちゃぶ台の前に座りながら泰子がおおらかな微笑を浮かべる。

「竜ちゃんはぁ、幸せだね。大河ちゃんみたいな彼女が出来てぇ」
「だからあいつは彼女じゃないってんだろ」

プラスチックのポットから麦茶を注ぎながら竜児がいらついた声を出す。ぶっきらぼうなしゃべり口はいつものこと。大黒柱とはいえ、家ではかなり頼りない泰子を支えるため、竜児は幼いときから早く泰子を支えなければと思って育った。
そのせいか、母親に対する口調には、幾分保護者めいた音色が混じる事が多い。だが、そんな竜児の声もどこ吹く風、泰子はにこにこと笑いながらいつも通りとんでもないことをさらりと言ってくれる。

「早く彼女にしちゃえばいいのにぃ」

大河を彼女に…想像して竜児は鳥肌を立てる。

確かに、大河はとんでもない美少女だ。ゴールデンウィーク開けに転校してきた川嶋亜美が何しろプロのモデルなので、学校一の美少女の栄冠が大河の上に輝くかどうかは際どいところだ。だが、ひいき目無しに見ても大河の美しさは際立っている。
目、鼻、口、輪郭といったパーツの作り、それぞれの配置、まったく持って文句のつけようがない。見せびらかすのが目的なら、さぞすばらしい彼女だろう。

だが、なにしろ奴は『手乗りタイガー』だ。傲岸不遜のわがまま大王。気に入らなければ殴る、蹴る。おまけに北村祐作と櫛枝実乃梨と高須家の茶の間以外の世の中のありとあらゆる事が気にいらないらしい偏狭さ。あんな奴を恋人にするだなんて想像できない。
きっと早死にするだろう。死因がストレス性胃潰瘍になるか内臓破裂になるかは神のみぞ知る、だ。それに泰子には言っていないが竜児の意中の人は櫛枝実乃梨だ。
いつも明るく、誰にも分け隔て無くひまわりのような笑顔を振りまく実乃梨と、人皆道を譲る手乗りタイガーを比べるなど、竜児には思いも寄らないことだ。

そりゃ、大河を意識したことがないといったら嘘になる。ただ、それは恋愛感情とは違う。なんというか、大河は放っておけない奴なのだ。乱暴なくせに、傲岸なくせに、わがままなくせに、大河は誰よりも優しくて繊細な心を持っていた。人知れず一人で泣いていた。
毎日のようにドジをかまし、いつもこけては柔らかい膝小僧をすりむいていた。

すりむいたと知ってしまえば、竜児は手当をせずにはいられない。服を汚したと知ってしまえば、竜児はしみぬきせずにはいられない。お腹をすかせていると知ってしまえば、竜児は料理を作ってやらずにはいられない。

一人で泣いていると知ってしまえば、竜児は横に居てやらずにはいられない。

それだけのことだ。竜児は大河と馴れ合っている。駄犬などと言われても取り合わずにかいがいしく世話を焼いている。だが、それは恋愛感情ではない。その証拠に、夜中、勉強の最中に前触れも無く竜児の脳裏に浮かんで苦しめるのは、大河の顔ではなく実乃梨の顔なのだ。

「いいから飲め。ぬるくなるぞ」
「竜ちゃん照れてる。かわいい!」
「もういいから。昨日も言ったけど、なるべく夕飯前には帰る。ただ、遅くなるかもしれないから夕飯は作って冷蔵庫の中に入れてある。もし遅れるようなら電話するからレンジで温めて食えよ」
「はーい。やっちゃん一人でご飯食べられるからぁ、二人でゆっくりしてきてね」

あくまで竜児と大河をくっつけたいらしい。もう一度寝るねぇ、と部屋に引っ込む泰子を見ながら、竜児はため息をつく。

◇ ◇ ◇ ◇

348遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/08/31(火) 00:55:39 ID:???
「お前、何なんだよその格好」

時間通りにマンションのエントランスに現れた大河を見て、竜児がため息をつく。まだ朝だというのに、ため息は本日2回目である。ペースが早すぎる。

「何って、何よ」

なんか文句があるの?聞いてやろうじゃない、拳で。と、言った表情で大河がにらみつける。現れた大河はミントグリーンのさわやかなワンピース。色つきのリップが、薔薇の花びらのような唇を美しく強調する。まるで絵画から切り出したよう。
要するに、夏の旅行とおなじ格好だった。

気持ちはわかる。北村とのデートの予行演習なのだ。本番を思って胸ときめくものがあったのだろう。しかし。

「おい、今から行くのは遊園地だぞ。映画館じゃないんだ。雨ざらしの椅子に座ったりするんだよ。そんなきれいな格好で行ってどうする。汚れるかもしれないぞ。だいたいそんなひらひらスカートでジェットコースターとかに乗るつもりなのか?」

たたみかけるように話す竜児の前で、大河の口がピーナツのような形にみるみる開く。何て器用な表情。なんて情けない表情。

「どうしよう」
「どうしようじゃねぇ、着替えろ。まぁ、本番と同じ格好にしてきた点だけは誉めてやる。問題を洗い出すための下見だからな。ぶっつけ本番だったら遅刻だったろう。ほら、そんな情けない顔するな。あらかじめわかって良かったじゃないか」

半泣きになった大河に泣く暇を与えないよう、エレベーターに追い立てて押し込む。やっぱりこいつはだめだ。ドジすぎて、とても一人にしておけない。だいたい泣くような事じゃないだろうに。

パニック状態で新しい服を考えられない大河を説得して、デニムのパンツと濃い緑のTシャツで手を打たせる。

「こんな格好で北村君とデートなんかやだ」

と、だだをこねるがそもそも今日は北村は居ない。それ以前に「こんな格好」でそれなりに格好がつく大河がつくづくねたましい。竜児と来たら、いくら工夫してもさわやか少年にはなれないのに。

「デートの時の格好は帰ってきてから考えてれば間に合うだろう。ほら、すわれ。髪を編んでやるから」
「どうして編むのよ」
「風で乱れるだろう。遊園地の機械に巻き込まれたらどうすんんだよ。大惨事だぞ」
「なによ、わかってるなら先に言いなさいよ」
「さっき思いついたんだよ。行ってみるまでわかんねぇけど、手は打っとくもんだ」
「昨日の晩言ってくれたらちゃんと準備出来たのに。使えない駄犬なんだから」

駄犬なしでは遊園地にたどり着くことすらできそうもないご主人様の髪を編みながら、聞こえないようにこの朝3回目のため息をつく。本当にこのドジを北村に押しつけたまま、実乃梨と遊園地を楽しむなんて事が可能なのだろうか。

◇ ◇ ◇ ◇

349遊園地作戦 ◆fDszcniTtk:2010/08/31(火) 00:56:14 ID:???
行楽日和の良い天気。電車を乗り継いでようやく到着した遊園地の入り口で足を開いて踏ん張ると、つんと顎を上げて、むやみにえらそうに大河が薄い胸を反り返らせた。

「ふん、これが遊園地ね」

いったいどういうつもりで来ているのだろう。と、竜児は首をかしげる。北村とのデートの下見のはずだが、どう考えてもこれから遊園地と一戦交えるような鼻息の荒さを感じる。というか、いまのセリフには少々引っかかるものがある。

「お前、ひょっとして遊園地初めてなのか?」

こっちのほうに驚く。大河は竜児を睨みあげて、一言。

「悪かったわね。あんたはどうなのよ」

別に悪くはない。

いい悪いの話をすれば、大河と親の折り合いが悪いことは知っているし、折り合いが悪い程度の事で大金押しつけて娘ひとりを放り出す悪い親のことも、少しだけだが知っている。
それにしても、あれだけの高級マンション、それもワンフロア貸し切りタイプをあてがえるほど金があるのだ。子どもの頃に遊園地くらい連れて行って貰っていると竜児は勝手に思っていた。

「俺は、あるな。子どもの頃に泰子が無理して連れてってくれたことがある」
「……そう」

大河は気勢を削がれたような相づちを打つ。

疲れた顔の泰子が無理して微笑みながら小さな竜児の手を引いて遊園地の乗り物をまわっている姿でも想像したのだろうか。だとしたら、その想像はかなりあたっている。
スーパーお母さんを自称していた泰子は竜児の喜ぶことなら、どんなに自分が疲れていようと何でもしようとした。それこそ、体を壊してでも。当時わからなくて、今わかるようになったことは沢山ある。
あの疲れた微笑みの記憶一つあれば、竜児は胸を張ってマザコンを自称していいと思っている。

なんにせよ、こんなところで不幸自慢をする必要など無いし、竜児は自分より大河の人生のほうがいろいろと重そうだと薄々思っている。せっかくの遊園地だ。それも快晴。下見とはいえ、お互い縁の薄いところなのだから存分に楽しめばいい。
竜児は気分を入れ変えるように大股で歩き出す。

「よし、切符買うぞ!」
「なにそれ。入場券って言いなさいよ」
「かっこつけんな」
「あんたがダサ過ぎるのよ。ちょっと、待ちなさいよ!」
「早くしろ、置いてくぞー!」
「ちょっと!」

緑のTシャツにちょっとだけアンバランスな、白のつば広の帽子を手で押さえて大河が竜児のもとに駆け寄る。日焼けするからと無理に持ってこさせたものだ。ただでさえ海で焼けているのだ。
この上重ね焼けしてしまうと、デート本番時には腕白小僧のように真っ黒になりかねない。

中身は腕白小僧なんだから、外見くらいは繕っておくべきだろう。

◇ ◇ ◇ ◇

350 ◆fDszcniTtk:2010/08/31(火) 00:56:47 ID:???
今宵はここまでにしとうございます。

351高須家の名無しさん:2010/08/31(火) 01:12:42 ID:???
>>350
そんな殺生な!毎晩0時すぎにリロードしていそうな予感(>_<)。楽しみにお待ちしています。GJでした

352 ◆fDszcniTtk:2010/09/01(水) 06:34:01 ID:???
連日代理投稿ありがとう

353 ◆fDszcniTtk:2010/09/01(水) 06:34:37 ID:???
「ねぇ竜児、どれから乗ろう」
「ちょっと待て、あそこに地図がある」

いきなり乗り物に着手しようとする大河をなだめて、看板に描かれた園内の地図を指さす。大河と来たら、まったく何の計画性もない。目についたものを順番に片付けるつもりなのだろうか。遊園地を計画的にこなしていくのも変と言えば変だが、そもそも今日は下見だ。
無計画に当たっていくわけにはいかないではないか。それに何でもきちんとしておかないと気が済まない竜児としては、あらかじめどんなアトラクションがあるかを把握し、楽しむに当たってもっともよいアプローチは何かを事前に知っておきたいのだ。

地図によると、園内はおおよそ4つの区分からなる。ジェットコースターなどの絶叫マシン、コーヒーカップのようなおとなしいマシン、射的のようなゲームコーナー、それからショッピングコーナーやらレストランやらがごちゃごちゃと集まった区画。

「全部まわるのは無理ね」
「おう。ショッピングは無視していいだろう。北村は行けば楽しみそうだけど、遊園地に引っ張ってきてまでウィンドウショッピングにいく必要はねぇよ。レストランだけで十分だ」
「そうよね。ショッピングセンターなら地元にもあるものね」

地元のショッピングセンターはそれほど華やかでもないが、そもそも遊園地にまできてショッピング自体無理して行かなければならないものでもない。最後の最後に楽しかった一日の思い出の品を一つ買えばいいのだ。やっぱりショッピングコーナーは除外でいいだろう。
ウィンドーショッピングは、大河と北村が仲良くなったら勝手に二人で行けばいい。

そうすると残りは三つだが。

「とりあえず、あれから片付けるか」

と、竜児が指さしたのは定番のジェットコースター。青空を背景に優美な曲線を描く巨大構造物の上には、頂点まで上り詰めた列車が見える。レールに沿って緩やかに体をたわめたコースターは、ちょうど下へと向きを変えるところ。
大きなクレッシェントで盛り上がる悲鳴を轟音とともにまき散らしながらコースターは曲線をなぞって疾走していく。これぞ遊園地。おあつらえ向きというか、わざとそうしているのだろうが椅子も2列。カップルが到着そうそう遊園地気分を盛り上げるには最適だろう。

しかしそんな竜児の計画も大河には通じない。右から左に駄犬の提案を聞き流したご主人様は、まったく明後日の方を指さして

「あれにしよう」

特に感心もなげにつぶやいた。

「おう、そうするか」

提案を無視されることなど、既に慣れっこだ。痛み一つ感じずに息をするようにスルーできるようになった。これも大河によるトレーニングのおかげだ。4月以来与えられた言われなき罵倒、侮辱、名誉毀損の数は、数えなくとも数百を超える。
今では軽い侮辱くらいなら何の傷も残さずにスルーできる。竜児は将来大河以外の人間にどんな屈辱を与えられても平気の平左で乗り越えていけるだろう。

それはともかく大河の小さな手が指さす先にはコーヒーカップがあった。超特大のそれでコーヒーを飲んだら、確実に胃を壊すこと請け合い。しかし、実乃梨と竜児がアベックで乗るにはちょうどいい大きさだ。

◇ ◇ ◇ ◇


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