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仮投下スレ2

1もふもふーな名無しさん:2009/05/15(金) 20:32:18 ID:SF0f54Dw
SS投下時に本スレが使えないときや
規制を食らったときなど
ここを使ってください

136 ◆MADuPlCzP6:2009/05/19(火) 21:10:51 ID:7QWhozu2
投下は以上です。

ご意見ご指摘よろしくお願いします。

タイトルは

レフェリー不在のファイヤー・デスマッチ

です

137スープになっちゃいました:スープになっちゃいました
スープになっちゃいました

138蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:39:24 ID:BWzY8uBA


リヒャルト・ギュオーの出生や履歴は謎に包まれている。
我々は主催者の知る情報の欠片程も彼を知らない。それでも降臨者の遺産を探求してきた彼に科学者としての一面と異世界を受け入れる下地が有った事は認められる。

白亜の建物に近付くにつれ彼の表情は遺跡を前にした様に引き締まりつつあった、この先に未知の世界が待っているのだ。
主催者は何の目的で博物館など用意したのか? 殺し合いをさせる人員に何を見せたいのいうのか?

他に用意されている施設とは明らかに違う、参加者に”教える”事を目的とした場所はここと市街地の図書館のみ。
入り口の扉はあっけなく開いた、当然かもしれないが殖装者しか入れぬ遺跡宇宙船の厳重さとは対照的だ。

ひんやりとした感覚が肌を包む、内部は冷房がよく効いていた。
戦闘の痕跡は何処にも無い、その事にギュオーは安堵して奥を目指す。

博物館そのものは地球のごく一般的なそれと変わらなかった。
立体映像の案内人が登場する訳でも異空間が広がっている訳でもない、順路を辿って展示品を見回るお決まりの内容だ。
案内図を見る限り陳列室は大きく10に分けられているらしい。

そして最初の陳列室、ギュオーはあまりにも予想外の内容に面食らってしまった。
スペースの中央で展示のメインとなっているのは学校らしき部屋の一室。
ホワイトボート、『団長席』と書かれた置物のある机、パソコン、本棚にハンガーに掛けられた数々の女物の衣装がスポットライトを浴びている。

『再現! SOS団部室』

説明プレートにはそんな事が書かれていた、何でも”世界を大いに盛り上げるための部屋”だとか。
だがそれ以上の詳しい解説は無い、ぐるりと見渡せば陳列ケースに収まっているのは殆どがこのSOS団関連のものらしかった。

”SOS団の訪問地”が解説された日本地図、”SOS団メンバーの自宅”とある一般家庭の模型、”SOS団メンバーが映画撮影で着用した衣装”とあるファンタジー風の服。
不思議な事にそれだけ詳細でありながらそのメンバーの個人情報は名前すら発見できなかった。
ふと思い出して参加者詳細名簿を取り出しページをめくる、心当たりがあったのだ。

「涼宮ハルヒ、SOS団の団長にして『どんな非常識なことでも思ったことを実現させる』いわば『神』……」

この名簿に嘘は書いてない事は確認済みだ、現役女子高生の神が居て何でも有りの活動をしていた―――馬鹿馬鹿しいが信じる他に無い。
だがその『神』は殺し合いの中であっけなく死んだ。
カチューシャをつけた女子高生の顔写真と陳列ケースを交互に見る、果たしてどの様に受け止めればいいのか。

「フン、神といっても日本には八百万もの神が居るのだ。このハルヒとやらが貧乏神かタタリ神だったのかは知らんが大した力を持っていなかったのだろう」

神は死んだ、などと嘆く程ギュオーは信心深い人間でも無い。
要するに彼女を始めとするメンバーは主催者に負けた、確かなのはそれだけだ。
高校生の活動をわざわざ博物館で見せる意味については他の部屋を見終わってから考えても遅くは無いと考える。

139蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:39:55 ID:BWzY8uBA

膨らんだ疑問を胸に順路に従って次の部屋へ入る。
今度彼を出迎えたのは巨大な金属塊に地軸や海岸線が異常としか思えない地球儀。
展示内容は大きく三つに分けられいた、惑星規模の災害となった”セカンドインパクト”の記録、襲来する使徒の模型、特務機関ネルフと第3新東京市の解説である。

テーマは『残酷な天使の災厄』

それはギュオーが知らない地球の歴史でもあった。
国は同じだが時代が違う、ギュオーが連れてこられたのは90年代、なのにここで解説されているのは2000年代から2010年代にかけてである。
登場するいくつかのキーワードは詳細名簿でも見た記憶がある、ここはそれらの人物に縁の世界という事か。

「神の次は天使とはな。使徒……知恵の実を得た人類と対極に位置する存在、しかも『人類は第二使徒リリスより生まれし存在、それ故にリリンとも呼ばれる』だと?」

異世界の存在は既に受け入れている、そこで時間の進み具合が異なっているとしても驚きはしない。
だがヒトの根源さえ異なる事実はギュオーの驚きと興味を誘った。

ギュオーやクロノスのごく一部のみが知る真実がある。
かって地球に降り立った『降臨者』、彼等の遺伝子操作で戦闘生物として創造された存在が―――ヒト。

ギュオーの生きてきた世界でそれは確かな事だ。
外見も言語も、文明も同じ。だが表面が同じでも遥かな隔絶がある。

そして思う、自らを縛る枷の事を。
宇宙人と明らかなケロン人も含め、似て非なるヒトに全て同じ効果をもたらすこの首輪はどのような仕組みなのか?
個々の身体に合わせてカスタムされているのか、それとも次元を超えた全ての生命に共通する生物的特長が有りそれに干渉するのか?

疑問は尽きない、しかし今首輪を調べている時間は無い。
熱心にメモをとりながら災厄の世界を後にして奥へと進む、そこにはまた新たな世界が陳列されていた。
白骨都市と呼ばれる暗黒時代の遺跡が埋もれる砂漠だらけの世界、魔族や神族と人間が共存する中世を思わせる世界、魔法と機械文明が共に発達している世界等々……

当然ギュオーの世界もその中に在った。
『解剖! アリゾナ総本部』、メサに偽装された総本部を縦割りした模型はクロノスの機密も何もかも全てが主催の知るところだとギュオーに事実を突きつけていた。
陳列ケースに並んでいるのは多数の獣化兵のぬいぐるみ、ここだけが特撮関係の博物館と思わせられる程バリエーションに富んでいた。

かって幹部であったギュオーには展示に一つの嘘も混じっていない事がそれで知れた。
クロノスこそが世界を支配すると信じ、アルカンフェルとの権力闘争に挑んでいた己は如何に井の中の蛙であったのか。

「フフ、だが私はポジティブだ。新たな世界で再び頂点を狙える可能性が出来た事を喜ぶとしよう」

優勝したいという想いを再確認するギュオー、そして部屋の中にはもう一つ目を引くものがあった。
『貴方も一日でムキムキマンに! クロノス調整槽のひみつ』、人間を獣化兵に遺伝子操作する時に使用する円筒形の水槽である。
始めは唯の展示品かと思ったが操作パネルが点灯しているので調べたところ驚いた。

140蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:40:27 ID:BWzY8uBA

「体験コーナーだと? この調整槽は実際に使えるというのか!」

だがギュオーの知識では調整は短くても一日がかりの時間が必要、使えそうに無いと一度思うがすぐ覆された。
『三時間で終わります』、主催者の力からすれば嘘では無いだろうとギュオーは唸った。
もし本当に獣化兵を作れるのなら忠実な手駒が手に入るのだ。

「普通に考えてそれでは私に有利すぎる……何か裏があるのか? 思念波を受け付けない、実際に其処までの調整は出来ない……」

説明を読んでもそこまで触れられてはいなかった。
操作パネルも非常に簡略化されておりONOFF程度の操作しか出来そうない。
実際に試して見ない限り答えは出ないだろう、当然ながらギュオー自身が試す気はない。

「加持のような奴を連れてこられれば試せるのだがな、次の機会があれば考えてみるか」

そこで忘れかけていた犯人の事を思い出す、もし近くに居れば実験台には最適だ。
いずれにせよ後の話、今はモルモットも時間も無い。
クククと笑いながらギュオーはその部屋を立ち去った。



               ※       



改めて場面が変わりこちらはタママ二等兵。
犯人を発見できないまま海岸沿いに北上した結果、辿り着いたのは終着点とも言えるショッピングモールだった。
ここまで手掛かり無し、約束の時間まで採掘場に向かわなければならない事を考えるとモールが最後の捜索場所になる。

奴はあそこに居ますかぁと意気込んだのも束の間、ただならぬ気配を感じて咄嗟に茂みに身を潜めた。
タママには解る、これは腹黒などとは次元の違う純粋な漆黒のオーラ。

(な、なんですかぁ!? このボクに冷や汗を流させるなんてぇ!)

生物的本能がモールへ近付く危険を告げていた、そのまま気配を消していると人影が見えた。
距離は離れていたが判別に不自由しない程姿を現した人物は特徴的だった。

最初に出てきたのは銀色の巨人、彼にヘッドロック状態で拘束されたホッケーマスクの男。
禍々しいオーラはその巨人が放っていた、先程より弱まっているがタママの掌がじっとりと汗ばむ。

遅れて別の人影が現れる。
今度は気絶した男を背負ったまっくろくろすけ、クロエの知り合いですかねぇと何となく思った。
背負われている男は体格の良いマッチョだったが戦闘の結果か酷く傷だらけだった。

141蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:41:10 ID:BWzY8uBA

そして最後、ボディースーツを着た赤毛の少女がその後をついていく。
瓦礫が踏まれたのか何かが捻じ曲がるような音が時折聴こえる。

(犯人を知ってるかもしれませんけどぉ、あまり係わり合いになりたくない人たちですねぇ……)

銀色の巨人以外は戦えない事もない、しかしいくらタママといえ話しかけられそうな雰囲気ではない。
遠目にも解るモールの惨状といい相当な争いがあったのは確実だろう。

関係ない厄介ごとに関わるのはご免ですぅとそのまま背中を見送った。
気になったのは背負われていた男がクロエの探し人に似ていた事、再開した時伝えますぅとだけ決める。
やがて百鬼夜行は完全に去り、タママもまたモールに犯人無しとして採掘場の方角に消えた。




               ※       



全ての陳列室を巡り終えたギュオーは新たな疑問に直面していた。
10の部屋は10の異世界を示している、これは間違いないと思っていい。

第一の疑問は展示内容のちぐはぐさだった。
異なる世界を知らしめるのが目的ならそれぞれの文明の産業機械や代表的な美術品、歴史の解説を展示するのが一般的な博物館だ。
確かにそのような説明がなされている部屋も有るには有ったが、高校生の一活動をメインに紹介する意味はどう受け止めれば良いのか。
自らの世界の部屋を基準にギュオーは考える、あの部屋の主な展示はクロノスという組織についてだった。

「その気になれば全てを網羅する展示も連中には可能だった筈、同一といっていい文明が多いので最も異なる点を取り上げたという事か?」

主催者はギュオーが想像も出来ない程多くの世界からの収集を行っているのかもしれない。
この展示は彼等の為では無い、参加者の為にごく一部を貸し出したに過ぎないだろう。
籠の鳥である事を知らしめるのが目的か、異文化コミュニケーションを円滑にさせる為なのかは推し量るのも不可能だ。

「次を考えるとしよう。この島については結局何も触れられていなかったな、その意味は何だ?」

多くの博物館は地元に関する展示がある、ギュオーとしても手掛かりが掴めるのではと僅かながら期待していた。
考えられる可能性は二つ。
この島は『11番目の異世界』に存在する、もう一つは10の異世界の何処かだという事だ。

「神社があるのなら日本だが島全体が舞台ならセットと考えるのが自然、植物も日本で普通に自生しているものだがそれだけでは手掛かりにならんか……」

異世界を渡り歩く主催者がその気になれば何も無い場所に島を再現する事も不可能では無いだろう。
星を見ていれば何か解ったかもしれないが戦ったり気絶したりでまともに見た記憶が無い。
日が暮れたら今度は観察しなければと決めた所で時計を見た。

142蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:41:48 ID:BWzY8uBA

「いかんなもうこんな時間か。つい夢中になりすぎた」

ギュオーが気付いた時には既にかなりの時間が進んでいた。
タママはとっくに採掘場で待っているかもしれない、こちらも早く出なければ約束に間に合いそうない。
見落としたものは無いかと案内図を見ると『ロッカールーム』という文字に目が留まった。

今来ているのは女物の服が一着だけ、しかも目立つ。
ギュオーも人並みに羞恥心は有る、躊躇い無く部屋を目指した。

「我がクロノス戦闘員の服に加持が着ていたものと似た制服や知らない制服、それに一般的な学生服か……十分な成果だ」

10分後、そこには元気に上機嫌なリヒャルト・ギュオーの姿が!

ロッカールームには何十着もの衣服が入っていた。
サイズの合うものは限られていたがそれでも服の心配が無くなったのは大きい。

「フフ……これで緊急時に躊躇い無く獣化できる」

変身の度に服を脱ぐのではいつかは隙を付かれる、その心配が無くなってギュオーは満足げに出口に向かった。
まだプラグスーツ姿だが落ち着いた時に着替えよう、そんな事を考えていたが―――突然足を止める。

視界の端に写った何気ない掲示、博物館なら有って当たり前のもの。
『今年度展示情報』、ギュオーが気にしたのはそんな張り紙だった。

カレンダーが示す現在は初夏、対応する日付には今日から『第○回BR参加世界展』が始まった事が書かれている。
終了予定日は―――空白、その先も空白が続いている。
だが過去は違う、間隔を開けて春の頃に三日間だけの特別展示が行われた事が記されていた。

その意味は明らか、ギュオーは軽く唇を噛んだ。
だがそれ以上に解る事は無い、見れば時間はギリギリまで進んでいる。

(フン、この島で何があったにせよ今は関係無い。そして私は上手く生き延びてみせる)

軽い胸のむかつきを感じたままギュオーは博物館を後にした。
連中は強大だ、だからどうした? ならばその力、都合のいいように利用すれば良い。
必ず優勝して異世界に行く、男は決意を新たにして森へと消えた。



「大丈夫だスエゾー、きっと何処かに食べ物が置いてある」
「ホンマならええんやけどな、あ〜早く食いモンが欲しいわ〜」

ギュオーが立ち去って数分後、階段を降りてくるガイバーとモンスターの姿があった。
彼らは今の今まで部屋に篭りきりでパソコンに集中していたので下の階への訪問者には気付く事が無かった。

そしてギュオーも陳列室への強い興味の為に彼らの存在を見逃した。
こうして第二のニアミスは誰一人気付かぬまま過ぎ去ったのである。

143蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:42:30 ID:BWzY8uBA

               ※       



「こんなに探して居ないなんてぇ……ギュギュッチは本当に真面目に捜してくれたんですかぁ?」

G−7採掘場、互いに成果が無かった事を確認した二人は今後の相談に移っていた。
いきなりタママが疑いの目でギュオーを見る、本性モードで凝視されるとさすがの獣神将も思わず顎を引く。

「も、もちろんだタママ君、私は熱意を持って博物館を捜索したが奴の姿は影も形も見当たらなかったのだよ!
「そうですかぁ? じゃあ奴は何処に隠れてるですかねぇ?」

熱意を持って博物館を回ったのは本当だ、探し物は違うが嘘は何一つ言っていない。
タママとしても確かめる術は無い、それでも不機嫌さは治まらないまま愚痴を吐いている。

「タママ君、そもそも犯人は本当に東に向かったのか? ここは最初から考えてみる事から始めようではないか」

このままでは不審がられる、それはマズいとギュオーは矛先を逸らす事を試みる。
そうしなければこの腹黒蛙、いつ態度を翻すかわかったものではない。

地面に地図を広げるとタママが話を聞く構えを見せた。
成功だとほくそえみながら間髪を入れずに話を続ける。

「メイが拉致されたのは明け方の神社だ、遺体発見現場がこの辺り……そして昼間にレストランを訪れている」

指で地図をなぞりながらギュオーは一つ一つ判明している事を確認する。
不明なのはレストランからの行動だ、一度は東と信じたがタママも今は首を傾げていた。

「クロエから奴が東に向かった理由を聞いておけば良かったですねぇ、ひょっとしなくてもハズレだったんですかねぇ?」

二人がウォーズマンから聞いたのは海岸に残された痕跡のみ、肝心の根拠は伝えられていなかった。
聞くにはもう一度会わねばならない、それでは遅いとばかりギュオーは独自の推理を展開する。

「では考えてみよう、まずウォーズマンが見つけた食事の跡が確かに犯人のものであるのか? 答えはYESだ」

その理由は何ですかぁ?と聞きたげなタママの視線を受けながらギュオーは理由を説明した。
奴を探す別の理由も出来たのだ、本気で考えてみる。

「朝の食事か昼の食事かは煮炊きの跡を調べれば解る。機械超人であるウォーズマンの分析は十分信ずるに足る、放送の前か後かは不明だが昼間に奴が海岸に居たのは間違いない」

ギュオーはトントンと地図の海岸線を叩く。
殆ど端といっていい辺鄙な場所だ。

144蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:43:02 ID:BWzY8uBA

「わざわざそんな場所を選んだのは食事中に隙が出来るからだろうが……自炊したのは食料を節約する為か他の理由か。奴がメイの荷物を手に入れてる事から食料を失ったとは考え難い」

そこまでは解らないがさして重要とは思えない部分、タママも気にせず話は先に続く。

「成る程ですぅ〜、それで東に向かった理由はどう考えるです?」

ここからが肝心な部分だ。一度咳払いしてからギュオーは口を開いた。

「私が彼の考えを知らない以上、その結論も一度忘れるとしよう。ここは奴の気持ちになってみる事だ」

犯人の気持ち、と言った途端タママの目元が歪むが他に言いようが無い。
その程度で爆発してくれるなよと思いながら話を続ける。

「奴の行き先に放送が影響したのか不明な以上、まずは聞いてないという前提で考えてみよう。ボートに乗る目的は何だねタママ君?」
「それは移動する為ですぅ!」

即答が来た、当然の答えだ。
それに満足そうな表情を浮かべギュオーは地図に置いた指を海上に伸ばした。

「奴が海に出た時点ではJ−3の禁止エリアは無かった、となれば西回りと東回りのどちらで移動を始めた……」

ギュオーの指が東に動く、海岸沿いを進んでぐるりと曲がり真っ直ぐ北へ。
そしてF−10で止まる、これ以上は禁止エリアで先に進めない。

「東回りなら誰だってモールを目指しますよねぇ、でもそこに居た連中が犯人とは思えなかったですぅ。そして東の海岸には足跡一つ無かったですう」

納得の行かないという表情のタママ、余程熱心に捜索した事が窺える。
だがモールで他者を見たというのは初めて聞いた、その連中について尋ねたかったが今話の腰を折るのは得策ではないと思い直す。
タママもその事に気付いたのだろう、後で話しますぅとだけ目で合図してきた。

「なら理由はわからんが南部の何処かに上陸したとしか考えられん、しかし途中出会わず施設にも姿が見えんという事はどういう事だ?」

まさか船酔いというファクターがポイントだとは気付かなくとも責められない。
追跡を避ける事を優先して近場の施設に立ち寄らなかった可能性をギュオーは考えた。
南部海岸から森の中をそのまま北上すれば現在地の採掘場、近いのは山頂の神社か北上した先に有る山小屋だ。

「犯人は犯行現場に戻る、軍曹さんのマンガだとよく有るパターンですねぇ」

タママは神社が気になったらしい、ギュオーもありえなくは無いと思う。
その場合海に出たのはカムフラージュ目的となる、まんまと自分達は欺かれたという訳だ。

「……とはいっても決め手は無い、今度は西回りの可能性を考えるとしようタママ君」

結論を急ぐことは無いとギュオーは再び指を南部の海岸に戻す。
全ての可能性を探るのが科学者のあり方だ、先程の考察は忘れて最初から考える。

145蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:43:37 ID:BWzY8uBA
「西に有るのはコテージだがこの距離ならわざわざボートで移動する必要は無い、次は岬を回った温泉だが―――」

”温泉”

その単語を何気なく口にした途端ギュオーの脳裏を突如仮説が駆け抜けた。
温泉を指し示していた指はそのままに、瞬きもせず島全体を注視する。

「ギュギュッチー? 何でいきなり固まっているですかぁ?」

タママが不思議そうな目で訊ねてくるがギュオーの耳には入らない。
もはや犯人の事など頭からは消えうせていた。

「すまんタママ君。気になったんだがあの坑内を調べても構わんかね? ……もしかしたら犯人が潜んでいるやもしれん」
「あっ! そうですねぇ、実はボクも気になっていたんですぅ!」

考察からいきなり話が変わった事がタママは不思議そうだった。
しかしまだ捜索していなかった場所なので確かめるのが先だろうととりあえず納得した様子である。

ギュオーが気付いた事、それはこの島の奇妙さであった。



               ※       



「証明設備は撤去済みか、これは廃坑と考えるのが自然だな」

基本支給品のランタンを頼りに一人と一匹は地下世界に入り込んだ。
奇襲の心配があったが重力使いのギュオーにとって銃弾など無意味、それより内部の観察が重要だ。

広い坑内は落盤も無く起伏も乏しい、分岐も少なくあったとしてもすぐ行き止まりでほぼ一本道といって良かった。
ここは潜伏場所としては不適当過ぎる、追跡をやり過ごすには複雑さが不足している。
唯一の出口を塞がれれば窒息死か餓死か、或いは自ら死を選ぶか。

タママもすぐに気付いたのだろう、見れば犯人はそんなお馬鹿さんなのですかぁと言いたげな表情だった。
それでも可能性がある以上彼は引き返せない、隠し通路が無いか調べつつ奥に進む。

「やっぱり無駄足だったですぅ! ギュギュッチも慎重なのは構いませんけどもっと早く見切りをつけるぺきだったですぅー」

終わりはあっけなく訪れた。
何も無い行き止まり、それが終点だった。
不満を口にするタママをなだめながらギュオーは元の道を引き返す、タママと違って彼の顔は満足げだった。

146蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:44:11 ID:BWzY8uBA

「ギュギュッチー、出るまでにさっきの続きを話すですぅ!」
「いいだろう、ボートで移動した奴が関心を持ちそうなのは二つの禁止エリアに囲まれた遊園地だ、如何にも興味をそそられる場所と思わんかね?」

考察の続きを求めるタママにギュオーは語る。
だがその口とは裏腹に脳内では全く別の考察が成されていた。

最初に立ち返って考えてみよう、何故ギュオーは温泉に閃くものを感じたのか?
温泉のある島など珍しくは無い、彼も博物館に行く迄は気にしなかっただろう。
島の素性を疑えばこそ導きだせたのだ。

温泉がある―――即ち地下に大規模な熱源が存在する。

更に島の不自然さを探した結果気付いた事があった。
この島は―――水が豊富過ぎるのだ。

殆どの離島は水を天水に頼っている、滝が出来る程川が流れるのは多くの雨を集められるだけの面積を持つ島だけだ。
二つもの川、滝と湖さえを持つにしてはこの島はあまりにも小さすぎる、自然の摂理に反している。

”それだけの雨量があるのではないか””山がスポンジのように豊富な水を蓄えているのではないか”

その可能性は当然ギュオーも考えた。
まずこの島が多雨である可能性、これは地盤剥き出しの採掘場に土砂崩れどころか流水の跡一つ無い事から否定される。
次に元々この山が水を蓄えやすい性質を持っている可能性、それなら坑道は出水に悩まされ水没していてもおかしくない。
入り口から奥まで壁面に触れてみたが湿気を感じる程度で地下水は何処にも湧き出ていなかった。

絶海の孤島に見えるこの島に膨大な淡水を供給するメカニズムと熱源の存在。
キーワードは地下だ、ギュオーの世界では不自然極まりない地下構造をこの島は持つ。

「でも、奴が放送を聞いてから海に出た可能性もあるんですよねぇ。そしたら西は危ないと避けませんかぁ?」
「逆だ、むしろそちらに何か有ると気付いた可能性がある。遊園地の禁止エリアが意図的ならその前に立ちふさがるJ−3も意図的……そう思わんかね?」

口でメイ殺しの犯人を語りつつ地下を調べるには何処に行けばいいのか考える。
重力波で奥を掘削するのも可能だ、しかし行き止まり地点にて軽い重力波を送ったところ近くに空間は存在しない事を探査済みだ。

「とにかく一度神社に戻ってウォーズマンと改めて相談だ、奴の推理の根拠も聞く必要があるからな」

犯人探しと歩調を合わせつつ調べなければならないのが辛いところだが身の安全の為には仕方ない。
スバルやリインという新顔が不安要素だが扱いやすいウォーズマンとタママを誘導できれば問題ないだろう。
先程の推理の効果かタママの機嫌も落ち着いていた。

147蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:44:58 ID:BWzY8uBA

「そうです、忘れるところだったけどモールで見た連中について話しておくですぅ」

タママもギュオーも忘れかけていた事、モールで穏やかならぬ雰囲気だった五人についてタママは見たままを語った。
他人の事だけあってそれほど熱心さは無かったが危険人物らしいとあってギュオーも耳を傾ける。

「赤毛の女と黒い着ぐるみだと……!?」

話を聞くに従って調査一色だったギュオーの頭がまたもや急ハンドルを切らされた。
タママが語る赤毛の女とはノーヴェで間違いない、黒い着ぐるみとはガイバーⅢに間違いない。

(どういう事だ、ガイバーⅢはノーヴェのものになっていた筈……まさかリムーバーも支給されていたというのか!?)

ガイバーを殖装者から引き剥がせるのはそれ以外に無い、ユニットが支給されている以上リムーバーの存在も有り得ると衝撃を受ける。
今すぐ飛び出したい気分だった、自分がガイバーになるチャンスが再び巡ってきたのだ。

(落ち着け、落ち着くのだギュオーよ……いくら私でも五人を相手にするのは無謀極まりない)

スーハースーハーと深呼吸して興奮を鎮める。
そしてタママから聞いた特徴を記憶にある詳細名簿と比較する。

(いかにも危険な銀色の男……悪魔将軍だな。名簿でも”サタン”などと書かれていた飛び切りの危険人物だ)

背中に腕を背負っていたのはオメガマンとすぐ解った、とさか頭のツルッパゲはスグルか万太郎のどちらかだろうと見当を付ける。
後一人、ガイバーⅢとなっている者の正体が解らないがいずれにせよ油断は出来ない。

(強者ばかりではないか! これではリムーバーどころか私の命まで危ない!)

タママの話によれば争っていたそうだが下手にギュオーが介入すれば一致団結しないとも限らない。
悔しいが今はそちらは諦めるしかなかった、出向くとすれば仲間が増えてからか。

(そういえばゼクトールはどうした? 話を聞く限り見なかったそうだが別行動でもしているのか?)

あの特徴的な姿を見逃すとは思えない。
ならばあの場には居なかったという事だろう。
最初に出会った相手と行動し続けているとは限らないといえあの力は厄介だなとますますギュオーの表情が曇った。

(くそっ! こんな苦労をせねばならんのも全ては深町晶のせいだ)

奴が居なければ今頃はガイバーを殖装してクロノスの頂点に立っていた筈、拉致されたとしても今より上手く動けたかもしれない。
だからといって現状では何の解決にもならない。
やれやれと思いつつ出坑したギュオーを出迎えたのは―――立ち上る煙だった。

148蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:45:43 ID:BWzY8uBA

               ※       



その煙は太く、黒く、山向こうにも関わらず噴火の様に激しかった。
明らかに市街地で何かが起きていた、そしてそれはタママの仲間が居る場所でもあった。

「大変ですぅ! 軍曹さんとサッキーが危ない、ボクが助けに行かないとですぅ!」

煙の方角を確かめてタママは浮き足立った。
後でもどうにかなる犯人よりは生きているケロロとサツキ、それに冬月を心配するのは当然の反応だ。

「待て! タママ君、一度神社でウォーズマンと合流してからでも遅くないではないのかね?」

飛び出そうとするタママを引き止める。
別にタママの身を気遣っている訳でもなんでもない、純粋に戦力の分散は愚かだと思っただけだ。
それにギュオーは危険を冒してまで市街地に行く理由が無い。

「解っているですぅ! でも今は少しの時間も無駄にしたくないので行ってくるですぅ、ボクの事は心配しないで欲しいですぅ!」

タママが止まったのは数秒に過ぎなかった。
ウォーズマンへの伝言を頼むと黒い弾丸となって木々の間に消える。

ギュオーは舌打ちした、これでリムーバーを取り戻す戦力が一人欠けた事になるのだ。
誰の仕業か知らないが計画が大幅に狂ったと煙を睨む。
そうしてばかりもいられないので今後の事も考える。

あの煙はウォーズマンもやがて知るところだろう、お人好しな奴の性格からして火元に向かうのは間違いない。
地下の探索とリムーバー奪還はその分遅れる、果たしてこのまま神社に向かうべきだろうか?

(いや……駄目だ、単独ではリムーバーを取り戻すのは難しく一度失った信頼を取り戻すのは難しい。回り道も止むを得ないな)

首を振って一度浮かんだ考えを否定する。
有力な仲間は得がたい存在だ、今失うのはあまりにも惜しい。

とにかくウォーズマンにタママの先行を伝え一緒に合流を目指す。
スバルやリインも恐らく同行するだろう、危険はそれだけ分散される。
結果新たな仲間と更なる信頼が得られれば万々歳、晴れてリムーバー奪還に挑める。

「私は諦めんぞっ! 何としてもユニットを手にし、タママもウォーズマンも始末して頂点に立ってやるっ!」

神社への道を走りつつギュオーは吼えた。

その先に―――何が待ち受けているとも知らずに。

149蜘蛛は何処に消えた?(修正) ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:47:29 ID:BWzY8uBA




【G-7/採掘場/一日目・夕方】



【リヒャルト・ギュオー@強殖装甲ガイバー】
【状態】 全身打撲、中ダメージ、回復中
【持ち物】参加者詳細名簿&基本セット×2(片方水損失)、首輪(草壁メイ) 首輪(加持リョウジ)、E:アスカのプラグスーツ@新世紀エヴァンゲリオン、ガイバーの指3本
     空のビール缶(大量・全て水入り)@新世紀エヴァンゲリオン、ネルフの制服@新世紀エヴァンゲリオン、時空管理局の制服@魔法少女リリカルなのはStrikerS
     北高の男子制服@涼宮ハルヒの憂鬱、クロノス戦闘員の制服@強殖装甲ガイバー、毒入りカプセル×4@現実
【思考】
1:優勝し、別の世界に行く。そのさい、主催者も殺す。
2:神社に向かい、仲間を待つ。
3:自分で戦闘する際は油断なしで全力で全て殺す。
4:首輪を解除できる参加者を探す。
5:ある程度大人数のチームに紛れ込み、食事時に毒を使って皆殺しにする。
6:タママを気に入っているが、時が来れば殺す。


※詳細名簿の「リヒャルト・ギュオー」「深町晶」「アプトム」「ネオ・ゼクトール」「ノーヴェ」「リナ・インバース」「ドロロ兵長」に関する記述部分が破棄されました。
※首輪の内側に彫られた『Mei』『Ryouji』の文字には気付いていません。
※擬似ブラックホールは、力の制限下では制御する自信がないので撃つつもりはないようです。
※ガイバーユニットが多数支給されている可能性に思い至りました
※名簿の裏側に博物館で調べた事がメモされています。




【タママ二等兵@ケロロ軍曹】
【状態】 疲労(中)、全身裂傷(処置済み)、肩に引っ掻き傷、頬に擦り傷
【持ち物】ディパック、基本セット、グロック26(残弾0/11)と予備マガジン2つ@現実
【思考】
0.市街地へ向かう
1.草壁メイの仇を探し出し、殺す。
2.軍曹さん、サッキーを守り、ゲームを止める。妨害者は排除。
3.次にアスカに会ったら絶対に逃がさない。
4.サツキ、ケロロ、冬月が心配。
5.ウォーズマン、ギュオーに一目置く。
6.ギュオーを気に入っているが、警戒は怠らない



※色々あってドロロの存在をすっかり忘れています(色々なくても忘れたかもしれません)。
※加持がサツキから盗んだものをグロック26だと思っています。

150 ◆5xPP7aGpCE:2009/05/24(日) 16:48:23 ID:BWzY8uBA
wiki収録分の修正となります。
差し替えてよいかどうか意見お願いいたします。

151 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:50:56 ID:L7g3hoig


夢は叶います。
私はほんの小さなころ、お父さんとお母さんにそう教わりました。
私がいい子でいて頑張りさえすれば、私の願いはなんだって叶えられるんだって。

でも、今の私はちゃんと知ってます。
本当は、叶わないこともあるんだってことくらい。
もう、それも分からないほど、子供じゃあないんです。

だって。
人の夢って書いて、儚いって読むのですから。
お兄ちゃんに教わりました。

それでも。
私の夢なんて、儚いものだったとしても。
それでも信じたい。
信じてみたい。

夢は叶うって。
奇跡は、きっと起こるって―――



『……くそっ』
『ま、まずいでありますよ、もっとスピードは出ないでありますか!?』
B−6地区。
かつては住宅地が広がっていたそこは今―――赤に包まれている。
赤色の正体は、炎。
膨大な量の炎が―――街を呑みこんでいた。
住宅地は炎により火柱を上げて燃え上がり、緑はところどころしか残されていない。
この中で気絶している人間がいたならば―――間違いなく命は助からないだろう。

しかし、『彼女』はまだ生きていた。
自らの武器であるナビ達の力によって。
『……これが限界だ!我慢しろ!……くそ、まずいな……』
思った以上に、事態は悪化していた。
炎は市街地全域を覆い尽くし、炎を縫って進むだけでも時間がかかる。
更に言うならば―――このシールド機能は、あと数十分しか持たないのである。
殺し合い下の制限で使用時間を6時間にまで抑えられた防衛型強化服は、じきに限界が来てしまうのだ。
それまでにここを抜け出せるか―――可能性は、五分五分―――いや、それ以下だろう。
地図上の一ブロックは縦横約1キロメートル。この移動方法で、この速度で、いったいその距離を進むのにどのくらいかかるというのか。
何せ、移動速度があまりにも遅い。
土をざりざりとこすりながら、少しずつ妹の体を動かすことしかできないのだから。
妹が意識さえ取り戻せば助かる確率は段違いに上がるのだが―――そんなことに期待はできない。
彼女が精神的に落ち、そして不安定だというのは彼らが一番良く知っていた。

『……中尉、あっちも通れないですぅ!』
タママの人格を持ったナビが声を上げたその先には、ごうごうと燃え上がる大木。
炎が高く宙まで伸びており、そのまま進めば妹の体は炎に焼かれてしまうことは明白だった。
『……くそ、避けるぞ!北に舵を取れ!』
『くーくっくく、しかし、北は行き止まりだぜ?どうするんだ?』
『北に向かえば海があるはずだ!さすがに海までくれば炎は途絶えているはず。……やるぞ!』
『イエッサー!』
妹の体は、ところどころ火傷を負っている。
シールドは確かに存在している。しかし、制限故か、それとも所有者である妹の意識がないからか、防御が完璧ではないのだ。
体に傷を負っても尚、妹は目を覚ますことはない―――このまま死んでしまってもおかしくない状態だといえた。
それでも、まだあきらめない。
少しずつでも進み続けること、それがナビ達にできる唯一のことだった。
『妹殿……負けてはいかんでありますよ……どうか……』

152 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:51:41 ID:L7g3hoig


そして、その願いは通じたのだろうか。

一時間ほど経った頃。
まだ制限時間こそ来ていないものの、妹の体力は限界に近く、このままでは火傷以前に脱水症状で死んでしまうのではないか、と思えた、その瀬戸際。
『……中尉!海、海が見えたでありますよ!』
緑のナビが、喜びの声を上げた。
彼に体があればその先の景色を指差し、飛び跳ねていただろうが、ナビの姿ではそれもかなわない。
悔やんでもどうにかなることではないのだが。
『よし、ここまで来たぞ、あと少しだ!』
これで、妹は助かるはずだ。
惣希望を持ち、進む。
そして、森を抜け、視界が開けたその先に待っていたのは―――
『……なっ!?』
『炎が……!?』
………………赤い、世界だった。
海が見えたことに気を取られた故の失態。

あと、もう少しだというのに。
数十メートル先には、砂浜が広がっているのが確認できるのに。
目の前に広がるのは、燃え盛る炎。
―――行き場がない。
緑が次々と枯れ、燃え尽きていく。
四方八方を囲まれてしまっていたのだ。
そして、それは次第に―――無抵抗な少女とナビへと触手を伸ばす。
逃げるためには、炎の中を正面突破する必要がある。
しかし、そんなことができるだろうか?
この妹の体調では―――先に喉がやられてしまう。
『そ、そんな、そんなことってないですう……』
それは、絶望を告げる合図だった。
背後に襲いかかる、炎。
その速度は、もはやカウントするまでもなく明らかだ。
……じきに、ここは炎に呑まれてしまう。
右も左も、赤一色。
妹の口から洩れるのは、弱弱しく乾いた息遣いのみ。
逃げ場は、もはやなかった。
せっかく、助かったと思ったのに。
もう少し、あと少しで水辺までたどり着くというのに―――
ナビの人格たちは、終わりを悟った。
『……そ、そんな……吾輩達は……もう終わりでありますか……?』
『せ、せっかくこの子を助けたのにあんまりですぅ!』
ここであきらめたくはないのに、浮かぶ選択肢にはろくなものがありはしない。
このまま、ここで終わるなんて―――
『……信じろ』
しかし、赤のナビだけは―――違っていた。
『な、何を信じろと言うのでありますか!だってこんな―――』
『このままじゃ、ただボクたちごと焼け死ぬだけですぅ!』
『まだ助かる方法はある!妹が意識を取り戻しさえすればここから脱出できる!だからまだあきらめるな!』
『そ、そんな……そんなに上手くいくはず……』
『ああそうだ、そう上手くことが運ぶはずはない……しかし、そんなことを言うなら彼女が今まで生きていたことが奇跡なんだ。……もう一度くらい奇跡が起きることを祈って何の問題がある?』
『くーっくっくっく、まあ、賭けてみてもいいかもしれないなあ』
赤が、そう叫ぶ。
黄色が、笑う。
そして、残された二人は。
しばしの沈黙ののち―――ゆっくりと。
『……そう、であります。……こんなところで……こんなところで妹殿を失う訳にはいかないでありますよ!』
『で、でも……仮に意識を取り戻したとして……この子は生きたいと思うかどうかわからないですぅ……あの状態じゃ、もしかしたら自殺したいって思うかも……』
『何を弱気なことを言っているでありますか二等兵!お前らしくもないでありますよ!』
緑のナビが、叱責する。
『で、でも―――ぐ、軍曹さあん……』
『ああそうだ、そう思うかもしれない。だがそれがどうした!
俺達は何のための人格だ!……あいつを説得することくらいはできるだろう!』
『……う、うう……』
この場にいる全ての人間は―――否、ナビは思っていた。
妹を救いたい、と。
自分たちは支給品であり、例え焼け焦げようとも本体が死ぬことはない。
しかし、妹は生身の人間―――防衛服の制限を迎えた時点で、おそらく命はないだろう。それ以前に、水分が枯渇して死ぬ方が先かもしれない。
救われる方法などほとんどない。それでも。
『……やるでありますよ。全員に告ぐ!妹殿の無事を祈り少しでも前へ進むであります!』
そんなことをしても、妹に届かないかもしれない。
そもそも彼らは、ただのナビにすぎない。
それでも。
無意味だとしても。
ほんのわずか、妹の体を動かす。
少しでも、炎から逃れようと―――抵抗し続ける。
それでも―――救いたかった。
この、あまりにも悲しい少女のことを。

彼らは知っていた。
壊れてしまう前の妹の様子を。
笑ってほしい。
ゲンキと一緒にいた頃のように、和やかに、穏やかに、華やかに、無邪気に、ただ。
赤が、迫る。
それでも尚―――彼らはシールドを展開し、まっすぐに進み続ける。
民家さえも薙ぎ倒す灼熱が彼らのところにたどりつくまで、あと―――

153 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:52:21 ID:L7g3hoig


気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち、悪いよ。ゲンキ君。

私―――何でこんなところにいるんだろう。
何で、こんなふわふわしたところにいるんだろう。
もしかして、死んじゃったのかな?
あはは―――別に、いっか。
それでもいいよ。
だって、ゲンキ君のところに行けるなら。
それだけで、嬉しいよ。
アスカだって殺したんだ。もう死のう。
死んでも、いいよね。

もう、いいよ。
もう、――-疲れたよ。
だからもう、ゴールして……いいよね。

『だめよ!』
……あれ、誰?
どこかで、聞いたことがある声だ。
ゲンキ君?……ううん、違う、女の人だ。
これは……
『だめよ妹ちゃん……こんなところで、そんな悲しそうな顔で死ぬなんて、私は認めないわ!』

ハル……にゃん?
私の目の前にいたのは―――ハルにゃんだった。
あれ、おかしいな。ハルにゃんは死んだはずなのに。
あ、そっか。そうだよね。私も死んだんだった。だから関係ないんだよね。あはは。

『……』
ハルにゃんの顔は、哀しそうだった。
私のことを、じっと見つめている。

何で?何でそんな顔するの?
私、ハルにゃんがそんな顔してると悲しいよ。

もう、いいの。
もういいんだよ、ハルにゃん。
私、頑張ったよね?
アスカを殺したんだ。これで幸せなんだ。
ゲンキ君の仇をとったんだから、それでいいはずなんだよ。

『……妹ちゃん、一つ聞いてもいい?』
ハルにゃんが、私にそう言ってきた。
私はただ、何も考えずに頷く。
何を聞かれてもどうでもよかった。
だって、私はもう死んでるんだもん。

『……ゲンキ君に……会いたい?』
何で?
何で、そんなこと言うんだろう。
すぐにでも、会えるよ?
だって、私もすぐに死ぬもん。
その時に話すから。
だから、ハルにゃんはそんなこと考えなくていいんだ。
もう―――いいんだよ。

私は言った。
もういいよ、って。
どうせもう私も死ぬんだから、すぐに会えるんだよ、って。
でも言ってたから気づいた。
あ、そっか。
もしかしたら私―――死んでもゲンキ君に会えないかも。
あ、そうだ、きっと会えないや。
悲しいなあ。
だって私は、人殺しだもん。地獄に落ちるに決まってる。
アスカみたいな最低な奴さえ助けたゲンキ君なら、絶対に天国へ行くよね。
……あ、そうか……会えないんだ。

仕方ないのかな。
だって、私はいけない子だもん。
ゲンキ君の復讐のために人を殺したんだから―――
このまま、ゲンキ君に会えずに一人で死んでいくんだ。

『そういうことじゃなくて……』
なのに。
ハルにゃんは、まだ私の目の前にいて。

……なんで?
なんで、そんなこと言うの?ハルにゃん。
……ううん、理由は分かってる。
私が悪い子だからだよね。
やっぱり、私が地獄に落ちちゃうから。
ハルにゃんは、私がアスカを殺したこと、知ってるんだね。
そうだよ、ちゃんと分かってる。
もう、私は―――ゲンキ君に会うことなんてできないんだ。

『違うわ。妹ちゃんは悪い子なんかじゃない。だからアスカのことは気にしなくていいのよ。私が聞きたいのは、』
ありがとう。
私をかばってくれるんだね。
でももういいんだ。
すごく、哀しいけど。
本当はすごく、すごく会いたいけど。
でも、しかたないよね。
だって私は、犯罪者なんだもん。
だから―――

154 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:53:03 ID:L7g3hoig

『………………あああああああもう!妹ちゃんも人の話を聞きなさいっ!どうしてあんたたち兄妹は二人とも人の話を聞かないのよ!』
突然、ハルにゃんは大きな声を上げて髪を掻き毟った。
兄弟って……キョン君のことかな?
ハルにゃんは、キョン君ともここでお話したのかな。

『いい、妹ちゃん、よおく聞くのよ。いいわね?』
なんだかハルにゃんはちょっと怖い顔だった。
ごめんなさい、私が悪いんだよね。
でも、ゲンキ君の仇を討つためには仕方なく―――

『私は、聞いたのよ。……ゲンキ君に会いたい?って』
ゲンキ、君に。
今度は、ハルにゃんの質問をちゃんと聞いていた。
ゲンキ君に、会いたいか?
そんなの、当たり前だ。

―――会いたい。
―――会いたいよ。
でも、そんなの―――無理だよ。
私は人を殺しちゃった。
アスカを殺したら幸せになれると思ったのに―――私は今、全然幸せじゃない。
ただの、人殺しだよ。
そんな私が、ゲンキ君に会う資格なんて―――

『資格?そんなものいるわけないじゃない!だって、妹ちゃんは何も―――何も間違ってないわ』
ハルにゃん、そんなこと言ってくれなくてもいいよ。
だって、私は人殺しなんだ。
分かってる。
どうにも、ならないよ―――
私はこのまま、ただ死んじゃうだけなんだよ―――

『……そう、確かにアスカを殺したかもしれないわ。それは、いけないことよ。でも、それでも、誰も妹ちゃんを責めたり、しないから。だからどうでもいいなんて言わないで』
どうして。
どうして、ハルにゃんにそんなことが分かるの?
ハルにゃんは、私じゃないのに。
ただの―――キョン君の『お友達』……じゃない。

『……分かるのよ、私は』
なんで、どうして?
そんなの変だよ。
……それに、そうだ。さっきから、どうしてハルにゃんは私の気持ちを勝手に読み取ってるの?
私、何も口にしてなんかいない!
ハルにゃんは私じゃないんだから、勝手に人の心を覗かないでよ。
もう、私はどうでもいいんだから―――
もう私なんか、一人ぼっちで死んじゃったほうがいいんだ―――

『……いい加減にしなさい!』
ハルにゃんは―――今度こそ、大きな声で怒鳴った。
思わず、びくりとする。

『……どうでもいいなんて、言わないでって言ったでしょ!?……私が聞いてるのはただ一つよ、ゲンキ君に会いたいの?資格なんてどうでもいい!ただ、会いたいかどうか、それを聞いてるのよ』
……そんな、めちゃくちゃだよ。
会いたいからって、そんな簡単に会えないよ。
私は、悪い子なんだから。
もう誰も、私を許してくれないよ。

『私がいいって言っているんだからいいのよ!他の人たちが何を言おうと、私は妹ちゃんの味方だからね!だから―――ちゃんと本当のこと言いなさい!貴方の口からね!』
むちゃくちゃだよ、ハルにゃん。
ハルにゃんが許してくれても、皆は許してくれないよ。
ハルにゃんが味方になってくれても、私はもう笑えないよ―――

155 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:53:38 ID:L7g3hoig

でも。
でも―――
でも――――――

会いたいよ。
本当は、会いたいよ。
会いたいよ―――

「……あい、たいよ……」
それだけは、本当だ。
ハルにゃんの質問に私は―――それだけ答えた。

今度は、言葉になった。
声が、震えた。
「……会いたい、会いたい、会いたい……会いたいよっ!」
止まらない。
どうでもよかったはずなのに。
もう―――会えないだろうなあって思っていたはずなのに。
もう、死んじゃうって思っていたのに。
それなのに―――一度言葉にすると、何でだろう、止まらないよ……

「本当は!もっとお話したかった!もっと遊びたかった!こんな場所じゃないところで、ゲンキ君の仲間やハルにゃんたちと一緒に!楽しいことしたかったよ!!!
助けてくれてありがとう、ってまだ言い足りてないよ!私―――いつだってゲンキ君に助けられてばっかりだったのに、なのに、なのに―――何も、何もできなかったよお!」
本当は―――
本当は、分かってたんだ。
ゲンキ君が、私がアスカを殺すことなんて望んでいなかったことくらい。
だって、ゲンキ君はあのアスカを助けるような人なんだよ?
私が人殺しになるのを喜んだりするはずない。
だから―――私がアスカを殺しても、それはゲンキ君の仇を討ったことにはならないんだって。
アスカを殺して―――喜ぶのは私だけなんだ。
結局、私も全然嬉しくなかったんだけど。

だって―――
私は、今でもアスカのことを許せないけれど。
アスカなんて、死んじゃえって思っていたけど。
それでも。
殺したくは、なかったんだよ。
本当は―――アスカのことも殺したくなんかなかった!
当たり前だ。
だって、私は普通の女の子だったんだから。
人を殺したいだなんて思えるはずないよ。

それなのに、私は―――
もう、取り返しのつかないことをしてしまったんだ―――
ゲンキ君、私―――
悪い子だけど―――貴方に会いたいよ。

「……会いたい……会いたいよおおおおお!」
私―――どうして気付かなかったんだろう。
アスカを殺しても―――私も、ゲンキ君も、もちろんアスカも、誰も嬉しくないんだってことに。

……あれ、何で私、泣いてるんだろう?
喉はからからなのに、目から水は出るんだね。
「……う、うあ……ああ……ああああああああああああああ!」
どうしてかな。
もう―――何も思いつきもしないのに。
ただ、ゲンキ君に会いたいってことだけは―――はっきり分かるんだ。

私、ね。
ちょっとだけ、キョン君の気持ちが分かった気がするんだ。
キョン君は、私を殺そうとしてきたよね?
私、それがすごく怖かったんだ。
普段は素直じゃないけど優しいキョン君が、私を殺そうとしてくるなんて、理解できなかった。
でも、ね。
今ならちょっとだけ、ううん―――すごく、よく分かる。
キョン君が、私を殺そうとした理由。
間違いない、って思えるよ。

キョン君はきっと―――ハルにゃんを救えなかったんだ。
私と、同じように。

156 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:54:24 ID:L7g3hoig

何があったのかはよく分からないよ?
キョン君の目の前で、ハルにゃんが誰かに殺されてしまったのかもしれない。
ハルにゃんがゲンキ君みたいに、誰かからキョン君をかばったのかもしれない。
それとももしかしたら、もしかすれば―――キョン君がハルにゃんを殺しちゃったのかもしれない。
どれが正しいかは、私には分からない。
それでも、きっとそれだけは間違ってないはずだ。

だって、私とキョン君は―――兄弟なんだもん。
それくらい、分かるよ。
もう、子供じゃないもん。

妹舐めたら―――おしおきなんだからね。

『……そう言うと、思ってたわ』
ハルにゃんは、今度は笑っていた。
私の大好きな、明るくて自信満々の笑顔だった。
『ごめんね、強く言っちゃって。でも、今の妹ちゃんが見てられなくってね』
そう言って、私の頭を撫でる。
少しだけ、気持ちが落ち着いた。

『……そうよね、ゲンキ君に会いたいわよね。……でも、まだ早いわ』
ハルにゃんは、私の顔を真剣に見つめた。
こんな顔のハルにゃんは―――初めて見た。
「……早い……?」
だって、私はもう少しで死んじゃうのに―――

『……ううん、まだ死なない。今なら、まだ間に合うから。……だから、お願い。生きるのよ。絶対に。何があっても―――貴方はまだ生きなきゃ』
でも、生きててもゲンキ君に会えないよ。

『会えるわよ。これから妹ちゃんが頑張れば―――いつか会えるわ。……だってゲンキ君は―――』
ハルにゃんは、すっと私の左胸を指差し―――

『妹ちゃんの心の中にずっといるじゃない』

あ―――-
何かが、すっと溶けた。
そっと、左胸に手を伸ばす。
友達に比べて全然発育はしていないけれど―――それでも、聞こえる。
とくん、とくんという、規則的な音が。

ああ、そうか。
―――これが、ゲンキ君なんだね。
私の左胸にいる―――この音がゲンキ君の命の音なんだ。

『……そうよ、いつだってゲンキ君は、貴方の傍にいるの。だから、がんばって目を覚まして』
そうか。
そうなんだ。
ゲンキ君は―――私の中にいるんだ。
ゲンキ君は、私と一つになったんだ。
ゲンキ君は―――私なんだ。
そうなんだね?

私がここで死んだら―――ゲンキ君は、また死んじゃうんだ。

『……』
ハルにゃんは、また何か言っていた。
でも、その言葉は聞こえない。
何を言っているのかは気になったけど……でも、いいや。
私は、――-決めた。

私―――
私、生きたい。
そして、ゲンキ君を今度こそ守りたい。

悪いこと、しちゃった。
分かってる。分かってるよ。
それでも、私は―――
死にたくない。死にたくないんだ。
ゲンキ君を死なせないために。

ゲンキ君、ごめんね。
私、もうこんなことしない。
これからは、がんばって生きる。
ゲンキ君は許してくれないかもしれないけど―――
それでも―――
今からでも、貴方を守りたい。

157 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:54:59 ID:L7g3hoig

涙がこぼれた。
気づけば、私は泣いていた。
『ああ、そうだ、がんばるんだ、『   』』
ゲンキ君の声。
こんな状態じゃ、たぶん喋ることもできないと思うから、聞き間違いかもしれない。
もしかしたら、妄想かも。
それでも、いい。
だって、私は……

―――あはは。
私ったら、そっか。
そうだったんだ。
今更、気付いちゃったのか。
遅いなあ。
もう少し、早くから気付けばよかったのに。
―――ううん、それは違うかな。
気づいてたんだ。
気づいていたのに、気付いてなかったんだ。
だって、恥ずかしかったんだもん。

会って、ほんの少しの時間だったけど。
今なら、はっきりと言おう。
私は―――


―――私はゲンキ君が―――大好きだよ。

あ、……笑えた。
変だな、こんな場面なのに―――
なんだか体が熱いのに―――
私今、――-笑えている。

本当にありがとう、ハルにゃん―――とっても、嬉しい。
ハルにゃんのおかげで、私、分かったよ。
私が―――今から何をするべきなのか。
こんなところで死んでる場合じゃないって。
私が今度は、ゲンキ君を『生きて』助ける番だって。
本当にありがとう、ハルにゃん。
まるで、神様みたいだね。
ううん、もしかしたらキョン君たちにとっては本当に女神様だったのかな?
神様なハルにゃん―――うん、なんだか、すごくしっくりくるや。

「ねえ―――」
ハルにゃんは、まだそこにいるかな。
問いかけてみると、返事が返ってきた。
さっきより、声が少し小さくなった気もするけど。
『何、妹ちゃん?』
「……お願いが、あるの」
私は、もう大丈夫だよ。
もう、笑えるから。
もう、ちゃんとまっすぐに歩けるよ。
何があっても、もう道を間違えたりしないから。
ゲンキ君のために―――進むから。
だから、お願い。
「……キョン君が―――キョン君が、もし、もしね、」
人を殺そうとしているのなら。
「……止めてあげてほしいんだ」
怒られちゃうかな。
キョン君はお前が心配することじゃない、って言うかもしれない。
でも。
でもね。
それでも―――私には今のキョン君の気持ちが分かる気がするから。
大切な人が死んだ後の、どうしようもない気持ちっていうのが。

158 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:55:52 ID:L7g3hoig

『……』
ハルにゃんは、何も言わなくなった。
「……どうしたの?」
『……ま、……任せて』
あれ、なんかハルにゃんの様子が変だな。
もしかして、いけないこと頼んじゃった?
「……我儘かな」
『……そんなことないわ!分かった、私に任せて!
キョンは―――貴方のお兄ちゃんは私が何とかするから!』
ありがとう。
ありがとうね、ハルにゃん。
これで―――私も起きられるね?

私、生きるよ。
生きなくちゃ。
ゲンキ君のために。
こんなところで、死ぬわけにはいかない。

……喉が、熱いなあ。
体中がからからする。
このままじゃ、死んじゃう。
水か何かを呑まないと、まずいかも。
嫌、死にたくない。死んじゃダメだ。
生きたい。生きたい。生きたい。
ゲンキ君、私、
生きたいよ―――!



そして―――少女は、……『生きたいと願った』。


熱い。
熱い、熱い、熱い。
早く、何か、冷たいものが欲しい。
このままじゃ。
私は―――ゲンキ君を殺してしまう―――

159 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:56:35 ID:L7g3hoig


意識を取り戻した少女は、――-誰もが予想だにしたなかった行動に出た。
突然立ち上がり、――-真っ直ぐに費消したのだ。
向かう先は、…………ただ一直線。

否、その表現は少しばかり間違っていた。
彼女は、意識を取り戻してなどいない。
ただ、その生存本能が―――彼女の身体をひたすらに動かしていた。
全身を焼かれた体を癒す、水を。
―――生きなきゃ。
―――ゲンキ君のために生きなきゃ。
本能が告げる。
生きなければ、と。
閉じたままの瞳の裏の表情は、分からない。
しかし、その口元は―――笑っていた。
希望を見つけたことに対する喜びに。
そう―――彼女は、すでに壊れていたのかもしれない。
『佐倉ゲンキ』を失ったその瞬間から、彼女はすでに取り返しなどつかないところに来ていたのかもしれない。
そして、そのような状況下、夢で『生きる』ことを選択した彼女がとる行動は―――

『飛び込む』。

襲う、冷たさ。
爽やかな冷気が―――妹の肌を刺す。
『警告、キョンの妹の指定範囲外地域への侵入を確認。一分以内に指定地域への退避が確認されない場合、規則違反の罰則が下る 』
何かが、聞こえる。
しかし届かない、聞こえない。
ナビはすでに―――言葉を発しはしない。
いや、何か言っているのかもしれないが、妹には聞こえない。
もはや彼女の頭にあるのは―――『ゲンキのために生きること』だけ。

ゲンキ君。
待ってて。
私―――生きて見せるよ。
今はまだ体が熱いけど―――もう少ししたらすっきりするから。
だから、ね。
ちょっと、待ってて。

―――ああ、気持ちいいなあ。
すっごく気持ちいいよ、ゲンキ君。
ゲンキ君も気持ちいいかな?
……えへへ、なんだかこういうの、照れちゃうね。
私とゲンキ君は、今、一つなんだよね。
この『気持ちいい』って感覚も―――ゲンキ君と同じかな?
こんな気持ち―――初めてだよ。

あのね。
朝倉さんとヴィヴィオちゃんの言いたかったこと―――よく分かったよ。
朝倉さんが、私を怒った理由も分かった。
朝倉さんは―――私に生きてほしかったんだね。
今からでもゲンキ君を守れ、って言いたかったんだね。
何で、気付かなかったんだろう。
でも、今は分かったよ。
ハルにゃんが教えてくれた。

もう、ハルヒの声は聞こえない。
実にすがすがしい気分だった。

『10、9、8、7……』

ああもう、五月蠅いなあ。
私が今から頑張ろうとしているのに、邪魔しないでよ。
ねえ、ゲンキ君。
私、がんばるから。
だから―――これからも一緒にいてね。
私、今度こそゲンキ君を守るから。
だから、一緒に『いこう』?
一緒に、生きようね。

『ああ、当たり前だろ』

そうだね。
ありがとう、ゲンキ君―――

―――絶対、だからね。約束♪

『       』


『0』

海の一辺に、小さな水飛沫が上がった。

160 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:58:07 ID:L7g3hoig



B−8、そこに広がるのは紅い炎。
そこには、誰もいない。
だから、そこで何が起こったのか、誰にも分からない。
知っていた少女と動かない体に正義の意思を持ったヒーローは、既にオレンジ色の液体と化してしまったから。
しかし、それでも確かに一つ言えることは。


少女の命が消えるその瞬間―――幸せそうに笑っていたということだ。
憎しみに染まった笑顔でもなく。
不安を打ち消すための作り笑いでもなく。
心の底から『誰か』に向けた―――子供らしい純粋な笑顔を。
たとえ、それが心が壊れた後であったとしても。
彼女が死ぬその瞬間幸せだったということは―――誰にも否定できるものではないだろう。



【キョンの妹@涼宮ハルヒの憂鬱 死亡】

※キョンの妹の支給品は全て火災で燃えつきました。

161 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 01:58:48 ID:L7g3hoig







しかし、ここでこの物語は終わらない。
視点を、この殺し合いの観察者たる二人に移してみよう。



「……ふう、いやあ、キョン君は実に面白い参加者だねえ」
『その空間』に帰ってくるなり、草壁タツオは楽しそうにそう言った。
「彼のような人間には、もっと頑張って人を殺してもらいたいところだね。そう思うだろう、長門君?」
そして、いつの間にかそこにいた長門は、しかし何も答えない。
帰ってくるなりパソコンに向きなおり、何かの作業をしているようだった。
「……長門君、少しくらい休んだらどうだい?」
「……心配は要らない」
相も変わらず愛想もなくそう返す長門。
草壁タツオは、そんな長門の背中に視線を向け―――一言呟いた。
「……そうかい?それならいいんだけどねえ。
……それより、長門君。……一つ気になることがあってね」
長門はその言葉に、表情は変えずに振り向いた。
タツオは満足そうに、言葉をつなげる。
「実はね、さっきまでこのモニターの様子を見ていたんだよ。そしたらね……ところどころノイズのような……うん、どういえばいいのかな、僕は専門ではないからよく分からないけど……
……『何かが干渉したかのような痕跡』がね、残っていたんだ。」
長門が、何か呟いた気がした。
しかし、それは何も聞こえない。
「偶然だといいんだけど、とてもそうは思えなくてね―――」
タツオは天井まで埋め尽くされるように並んだモニターの前に立ち、そして指差した。
途端画面は切り替わり、誰も映っていなかったモニターに二つの人影が映し出される。
一人は、学生らしき茶髪の青年。
一人は、異形の姿をした『ガイバーⅢ』。
超能力者・古泉一樹と、戦闘機人・ノーヴェである。
「……一度目は、第一回放送の後。これが、はじまりだね。
地点は、F−8。時刻は朝。ネオ・ゼクトールが、ノーヴェの脳髄を叩きつぶした少し後だね。
……て、長門君にわざわざ説明するまでもなく分かるか。まあいいや、一応口に出しておくよ。
ノーヴェは殺されかけたことで過剰防衛反応に出、その際に襲いかかったのが古泉一樹だった。
そこでジ・エンドかとも思ったんだけど、結局ノーヴェは意識を覚醒させ、二人は協力してネオ・ゼクトールを撃退することに成功する。いやあ、少年漫画みたいだね!
……そう、そしてここからだよ。……わずかな異常があるのは」
タツオはそう言いながら、モニターのボタンを押した。
ピ、という音とともに画面が再生される。高性能なビデオのようなものらしい。
「……長門君、見てるかい?……まあ君のことだから既に知っているかもしれないけどね」
古泉が仮面を取り、ノーヴェが殖装を解除する。
そして二人が何度か言葉を交わした後―――『それ』は、起きた。

ザッ---―――

それは、ほんの短い時間だった。
鈍感な人間なら、見逃してもおかしくないくらいの、小さな違和感。
一瞬、ほんの一瞬間だけ―――画面が暗転したのだ。
そして、そのわずかな刹那のあとは、何事もなかったかのように画面は動き続けていた。
声が聞き取れない以上、何が起こっているのか分からないが―――ノーヴェの慌てた様子から判断するに、古泉が意識を失ったのだろう。

「…………分かるね?」
草壁タツオは、微笑を浮かべる。
「……これ、だよ。この、謎のブラックアウト。
ここだけなら、僕もそう気にしはしないさ。機械の調子が悪いなんてよくあることだからね。
でも、これと同じ事態が―――他に三か所も見られたんだ。
一度は二回放送後、高校で。
一度は、今から数十分前―――僕たちがいたリングから。
そしてもう一度は―――今、ついさっき。B−7の火災現場からだ」

162 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 02:00:08 ID:L7g3hoig
草壁タツオは、滑らかに言葉を紡いでいく。
無言の長門を、置き去りにするようにして。
「一度ならともかく―――四度も。さすがにこれは何かあるって思わないかい?」
長門は、やはり何も言わない。
何も、言おうとはしない。
確かに長門は、常から無口で、多くを語る人物―――否、宇宙人ではない。
しかし、今の彼女は、普段すらしのぐほどに寡黙だった。
「……不思議でね、僕は今までのデータを全部洗ってみた。そうすると、この現象が起こっている時にはある共通点が存在しているんだ。
それは―――その中の特定の『誰か』が、意識を失っているときだということだ。キョン君の例は、僕たち自身がこの目で直接見たよね?」
ウォーズマンに技をかけられ気絶し、過剰防衛反応により戦い続けていたキョン。
先ほど確認したところ、キョンのその気絶時間中―――すなわち、自分の無意識で戦い続けていたその最中に、件の現象が見られたのである。
「……そしてあと二人、ヴィヴィオちゃんと彼の妹の時も同じ。ヴィヴィオちゃんは転送装置で仲間と離れ離れになった際意識を失っていて、妹は支給品によって身体を動かさせられていた状態だった。……二人が目を覚ます前に、暗転は起こっているんだよ」
草壁タツオの表情は、変わらない。
「さすがに、変だよねえ。気絶した人間が画面にいる時だけ、こんなことが起こるなんて―――まるで、『何かが気絶した人間に干渉している』みたいだ」
タツオは長門の顔を見る。
もう一度、今度は何かを促すように。
しかしそれでも、長門の口は一向に開く気配を見せない。
「……まあ、やや極論だけどね、僕はあり得ると思ってる―――それどころか、ほぼ間違いないんじゃないかって思ってるんだ。特に証拠があるわけじゃないけどね」
「……全く、面倒だよ」
疑問形のような問いかけでいて―――その表情には、確信が浮かんでいた。
タツオは、理解していたのだ。
この殺し合いに、働きかけている何か、がいると。
そして、その正体についても、それができる人間についても、あらかたの目星をつけていた。
だからこそ、タツオは―――少女に言葉を紡ぐ。
「……もっとも、今回は余計な首を突っ込んだせいで逆に彼女を殺すことになってしまったみたいだけどね?困るなあ、そういうのは。
僕がしてほしいのは殺し合いじゃなくて、自殺じゃないんだけどなあ」
妹の命が潰える瞬間を繰り返し見て、タツオは溜息を吐く。
「ま、誰がどんな意図で何をしているのか―――そもそも死人に意思があるのかすら分からないけど、これでさすがに懲りてくれるでしょ。次のことはまた同じ現象が起こるようなら考えればいい。……それにしても、」
タツオは画面を元通り、リアルタイムの会場へと戻す。
そして視線を向けるのは―――目の前にいる、一人の少女。
長門有希という名の―――自分の『協力者』に。

「不思議だよねえ」
草壁タツオは―――笑う。
なんの曇りもない、澄み切った笑顔だった。
疑わしげな表情が一切浮かんでいないことが、逆に不気味なくらいに。
「この場所にいる参加者は48人―――まあ今は30人くらいだけどね。彼らのうち、意識を失う人間が4人くらいいたとしても、それはそんなに妙なことじゃない」
タツオの眼鏡の奥の表情は、分からない。
「むしろ、4人どころじゃない。君のような強者ならともかく、僕や娘たちのような普通の人間がこんなところにいたら、そりゃ意識を飛ばしたくもなる。現に、モニターで見た限りでも疲労のあまり気絶した人間なんてざらにいる」
こつん、とモニターの一つを人差し指で叩く。
何か、言いたげに―――しかし、それは口にせず。
「さっき僕が言ったように、『何か』が、気絶した人間に干渉している、ということが実際に起こったとしよう。それ自体は不思議なことじゃない。中にはそういう能力を持った人物だっている。それは事実なんだからさ。でも―――」

163 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 02:01:15 ID:L7g3hoig

長門は、無反応。
指一本すら、動かそうとしない。

「―――キョン」
タツオの呼んだ名前に、長門がわずかに反応した。
しかしそれは微々たるもので、一瞬で元に戻る。
「―――そして古泉一樹、ヴィヴィオ、キョンの妹―――この異常の原因と思われる参加者の名前だ」

「そう、あれだけの人数がいるにもかかわらず、―――夢を見たのは全員が君の、……正確に言えば『涼宮ハルヒ』の知り合いだ。
キョン君と彼の妹、古泉君は君たちの友人、そしてヴィヴィオちゃんは彼女と行動し、彼女に守られた存在だ。
……これは無関係なのかな、本当に。……彼女が『思ったことを現実に変える』という力の持ち主だというのは知っているけど、……そういう能力には君に制限をかけるように頼んだはずだけど?」

―――まさか、君は彼女の『干渉』を予想していたのではないか?
そう、暗に問いかけるタツオ。
どう応えてほしかったのかは分からない。
頷いてほしかったのか、首を横に振ってほしかったのか。
そもそも、タツオに人の心が残っているのかすら―――分からないのだ。

「……涼宮ハルヒの願望が、制限を上回ったという可能性はある」
長門は呟く。
淡々と、事実だけを。
「……しかし今の段階で証明はできない。少なくとも、私は何もしていない」
「……」

落ちる、沈黙。
神妙な顔つきで長門を見つめていた草壁タツオは無言で立ち上がり、―――長門に歩み寄る。
爽やかな笑顔で。
「うん、うん、そうだよねえ。いや、疑うようなことを言って済まなかったねえ!」

そう言いながら、――-
タツオは、長門を殴りつけた。
長門は抵抗しなかった。
草壁タツオに殴られたまま―――微動だにしなかった。
本来なら、躱せないはずなどないにもかかわらず。
タツオは長門のセーラー服の襟をつかみ、相変わらずの笑顔で淡々と問い詰める。

「本当に……そうかな?
君はあの涼宮ハルヒの監視者だろう?君ほどの人間が『分からない』だなんて……にわかに信じがたいんだけどねえ。
それに……あのカナブンも、君の世界の存在らしいじゃないか。僕はあんなイレギュラーを投入した覚えはないし……
異変はいつも君の知る人間から起こっているね。悪いけど―――はいそうですか、なんて納得はできないよ。……もう一度聴こう、本当に君には関係ないんだね?」

「……無関係」
長門は、答える。
ただ、機械的に。
自分の今の状況が理解できていないようにも思えるくらいに微動だにせずに。
草壁タツオが常に笑顔なのと同様に―――常なる無表情で。

164 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 02:02:38 ID:L7g3hoig

「私の任務は―――この殺し合いを加速させ、円滑に運営する―――それだけ。それ以外のことは何もしていない」
「だから―――信じて」

かたかたと、窓が鳴る。
風が吹いている訳でもないのに―――そもそもここがどこなのかも判然としないのに―――何かが、外壁を叩きつけていた。
それはもしかしたら、長門の無言の圧力だったのかもしれない。

「……そうか、分かったよ」
草壁タツオは長門のその答えを聞き―――
「……疑って本当に悪かったね。君を信じることにするよ……よし、じゃあもうすぐ時間だ。僕は放送の準備に取り掛かってくるから、そちらはよろしく頼むね」
するりと、長門の横を素通りした。
何もなかったかのように。
先ほどまで長門に向けていた疑惑など、全くなかったかのような、態度で。

長門は、何も言わない。
無言で―――キーボードを高速で叩き始める。
タツオが部屋を離れるのに、振り向きもせず。

「……満足?」
その呟く声は、おそらく長門の者だっただろう。
しかし、誰もそれを証明するものはいない。

聞こえない。
長門の言葉は―――誰にも聞こえないのだから。



そして、第三回目の放送は始まる。

165 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 02:06:40 ID:L7g3hoig
以上です。
タイトルは>>160までが「笑って、笑って、笑って。」
>>161からは「長門有希は草壁タツオを前に沈黙する」でお願いします。

妹のあれとか、主催関連とか、夢に関して触れてしまったのでかなりグレーだと思います。
遠慮ない意見お願いします。

166 ◆h6KpN01cDg:2009/05/26(火) 02:14:47 ID:L7g3hoig
うわミス〜
>>160の冒頭はBー8ではなくAー6です。

167 ◆igHRJuEN0s:2009/05/26(火) 23:57:32 ID:YrRABrO.
それでは、これよりSSを投下いたします。

168痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:00:42 ID:YrRABrO.


「どこだ、アプトム・・・・・・!!」

ボロボロの羽で空を駆ける異形の復讐者・ゼクトールは、復讐すべき対象・アプトムの名前を、ありったけの憎しみをこめて呟く。
彼は先程まで、仲間の仇であるアプトムを見つけ、己の手で殺す事ができるハズだった。
だがそれは叶わず、黄色いガイバー(消失したハズのガイバーⅡ?)により阻まれ、右腕を失い、アプトムを取り逃がすハメになった。

黄色いガイバーの戦闘力は並外れていた。
下手をすればガイバーⅠやガイバーⅢと同じかそれ以上に・・・・・・おそらく今の自分では勝つ事は難しい。
それをわかっていたゼクトールは、少なくとも今は死ぬ気はなかった。
自身が死ぬより先にアプトムを殺すために、死を伴うリスクを背負う事は、今はまだしたくないのである。
それ故にガイバーとの戦闘は、可能な限り回避したかった。
・・・・・・だが例のガイバー、ついでに言うなら他の参加者も、いつの間にやらどこかへといってしまったらしい。
ガイバーについては、本当に遠くへ行ってくれたのなら僥倖である。

しかし、当のアプトムも燃える市街地の煙に紛れて、どこかへ消えた。
せっかくのチャンスを、ガイバーのせいで失ったことにより、ゼクトールはかなり苛立っていた。
それはゼクトールにとって、目に入った物を全て壊したいほどの苛立ちである。
仇が取れる事の喜びを、仲間である四人の魂が報われる機会を、一人のガイバーに踏みにじられたからである。

「クソ・・・・・・ッ!
・・・・・・落ち着けゼクトール」

ゼクトールはかなりの怒りと憎悪を胸に抱きながらも、冷静さは失ってなかった。
復讐の機会はアプトムが生きている限りはまだある。
また、羽はボロボロで早くも高くも飛べないが、飛べること事態のアドバンテージは失っていない。
無理をしなければまだ飛び続けられるし、時間が経てば再生もできる。
憎きアプトムを捜すための機動力は残っている。
それらを思いだしたゼクトールは、苛立ちを胸の中にしまっておくことにした−−少なくともアプトムを見つけだすまでは。

その思いを胸に、飛ぶゼクトールはB-6を越え、B-7へと入る。
そこで彼の目に、ある物が目につく。

169痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:01:22 ID:YrRABrO.

「人影・・・・・・?」

それを見つけられたのは彼の集中力の賜物か。
とある喫茶店の中でうごめく影を発見したのである。
その建物の中に確実に誰かがいることをゼクトールは確信する。
もしかしたらアプトムがこの喫茶店に逃げこんでいるのかもしれない・・・・・・そうでなくとも人影の人物との接触、または殺害できれば件の褒美のための点稼ぎにより、アプトム捜索に数歩前進することができる。
そう思考したゼクトールは、喫茶店の近くへと降り立つことにした。


−−−−−−−−−−−

170痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:04:03 ID:YrRABrO.

ガチャ カランカラン


「クッ!」
「ムハ?」

ゼクトールが喫茶店の扉を開けて入ると同時に、扉に立て付けられたチャイムが鳴り響き、内部にいた一人の人間と一匹の獣が反応する。
軍人−−夏子は即座に来訪者・ゼクトールに向けて銃を構え、獣−−ハムもまた身構える。
来訪者であるゼクトールといえば、人間に銃を向けられても、野兎のようなゾアノイド(彼はそう思っている)が居ようとも、動じる事はなかった。
いくら身体がボロボロのボコボコとはいえ、銃で撃たれても、並のゾアノイドに襲われても倒されない自信があるからだ。
そんなゼクトールは、まずはアプトムの行方について尋ねようとする。

「貴様らはアプトムという奴の居場所を−−」
「ここから出ていきなさい!
さもないと発砲するわよ!」
「そ、そうです!
怪我をしたくなかったらとっとと出ていくのが懸命ですよ?」

「−−知らないか?」と言う前に質問は遮られ、目の前の一人と一匹は、ゼクトールにこの喫茶店から出ていくようにと要求する。

「・・・・・・言っておくが、俺はこのゲームの優勝に興味はないぞ」

それは先程、彼が殺した(と思っている)少年と会話の時に使った言葉と同じであった。
実際、嘘は言っていない。
だが、優勝に興味がないからとはいえ、それが二人の命を保証するという意味でもない。
彼が先程、小僧と呼んだ少年に襲いかかったのと同じ手口で、仇であるアプトムや筋肉スグルのような強者たちの情報を知らないようなら・・・・・・
いや、仮に喋ったとしても襲いかかる気である。
悪魔将軍が戦いたがっている強者たちについてはともかく、アプトムの行方は嘘でごまかされては痛い。
だったら、ここで目の前の二人を殺して、いっきに殺戮数を3にし、確実な情報になるであろうご褒美を得た方が都合が良い。
ゼクトールはそのつもりであった、が・・・・・・

「その言葉は信用に値しませんぞ」
「私たちはここから、あなたのような化け物同士の戦いを見せてもらったわ」
「・・・・・・」

171痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:05:16 ID:YrRABrO.

夏子とハムは先程から、ゼクトールを含めた者たちの乱戦をリアルタイムで目撃していた。
当然、ゼクトールの立ち回りや実力も、それなりに見ていたのである。
彼女と野兎には、ゼクトールがさぞかし危険な存在に見えていることだろう。

(どうやら、警戒されているらしい)と思いつつ。
(まあいい)ともゼクトールは思っていた。
最初から殺すつもりではあったのだ。
(恨みはないが、死んでもらおう)

「そうか、ならば仕方があるまい・・・・・・」

冷たくそう言い放つと、ゼクトールから急激に殺気が放たれる。
それを肌で感じた夏子とハム。

「何かするつもりなら容赦なく射殺する!」

夏子はあくまで平静を保とうとし、後退りながらも銃を下ろさずに強気そうな態度を見せる。
しかし、ゼクトールは抗戦の意を見せる彼女に対して余裕を見せ付ける。

「俺の戦いを見ていたならわかるだろう?
そんな銃が俺に効くと思うか?」
「くっ・・」
「あわわわわ」

化け物相手に拳銃で太刀打ちできるとは思えない。
夏子もハムも、それは理解している。
しかし、ゼクトールの強力なレーザーから推測するに、喫茶店の裏口から逃げようものなら、避ける暇も無く一瞬で灰と化すだろう。

退こうにも退けず、背中も見せられない。
実力が違いすぎる怪物相手に真正面から戦うなど問題外だ。
しかし、状況をひっくり返せるような道具や武器も持ち合わせておらず、一人と一匹にできるのは相手が手を出してくる前に、逃げる手段や隙を探すのが関の山である。

一方で、ゼクトールも何も考えずに二人を殺そうとしているわけではない。
接触してから今まで、相手を値踏みしていたのだ。
店の外からミサイルやレーザーを撃ち込めば、事は済むとも思っていた。
だが、少年の後に殺そうとした母子に向けてレーザーを放った時の事を思いだす。
結果的に、仲間による援護・魔法か支給品と思わしきものの力によって、殺し損ねてしまった。
よって、ゼクトールなりに学習をした。

172痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:06:00 ID:YrRABrO.
弱者と見える者でも、支給品や隠された力によって攻撃を凌がれる場合がある。
あえて余裕を見せたりしていたのは、そういった支給品や力を持っているかを測るため。
しかし、目の前の女性とゾアノイドの余裕の無い雰囲気からして、状況を打破できる物はもっていない事を看破できていた。
額から流れる汗や慌てようからして、実力を隠すための芝居にも到底見えない。
実力の意味でも、装備面の意味でも、弱者を発見できたことにゼクトールは、内心で微笑む。
また、より確実に相手を殺すために、近距離からレーザーを撃ち込むべく、自ら喫茶店の中に入った。
扉の前にいる自分には、即座に脱出できる退路があり、一人と一匹には裏口まで逃げるにも距離がありすぎて脱出は困難。
将棋で例えるなら、ゼクトールは王手・夏子とハムは詰み、である。

(よし、もう良いだろう。
時間が惜しい、さっさと殺そう)

痺れを切らしたゼクトールが、レーザー発射口にエネルギーをチャージすせる。
あと数秒も立てば、夏子とハムは灰燼と化すだろう。

173痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:08:17 ID:YrRABrO.





−−だが、そうはならなかった。

突然、夏子とハムの視線がゼクトール・・・・・・の頭上に移動する。
その表情は、まるで信じられない物でも見ているように、驚愕していた。
これもまた、芝居には見えない。


(なんだ、何事か!?)

視線の先に何かがあるのかと思ったゼクトールは、上を見上げる。

そこにいたのは、天地逆転状態でゼクトールを見ている上半身だけのネコミミつけた男。
正確には、下半身をスライム状にして天上に張り付かせ、上半身だけを具現化させたネコミミを頭につけた男が、ゼクトールを見下ろし(見上げ)ている。
そして、ゼクトールと男との頭の差は僅か10センチ。

奇妙にして異常に不可解な姿の男だが、それができる者はゼクトールは一人しか知らない。
それは、復讐心と仲間への想い以外は全てかなぐり捨てまで殺そうとしていた相手。
仲間の仇。
組織の造反者。
殺すことこそが、己の唯一の救いである者。

抑えきれない憎悪が溢れ、ゼクトールは力強く叫ぶ。

「アプトォォォーーーーーム!!」
「やれ! ネブラ!!」
『了解した』

夏子やハムが押されてしまうくらいの気迫にアプトムは負けず、即座にネブラに指示を出す。
そして、アプトムの頭の上で変形したネブラから何本もの触手が放たれ、その全てがゼクトールに向かう。
お互いの距離は1mもなく、いくら損種実験体のゼクトールでも逃れられはしない!

まず、触手のうち、数本がゼクトールの首や腕に絡みつき、彼の逃亡を防がせた。

「許せ!」

アプトムがそれを言った直後に、ゼクトールを縛りつけた触手以外の複数の触手が、鞭のようにゼクトールにたたきつけられる。

「ぐああああああああ!!」

ネブラから伸びる触手の鞭の威力はゼクトールにダメージを与えるには十分であった。
その鞭が複数本あり、縦横から嵐のように絶え間無く叩きつけられている。

バシバシバシバシバシバシ・・・・・・ッ
はたして一秒間に何本で何回叩きつけられていることか。
並の人間ならばとっくに失神しているほどの威力だ。

「ふ、ふざけ−−」

そんな反撃を許さないような鞭のマシンガンラッシュの中でも、ゼクトールは意地で至近距離からのレーザーを発射しようとする。

174痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:09:30 ID:YrRABrO.

『そうはさせん』

だが、それに気づいたネブラが攻撃を阻止すべく、触手を一本だけ先をナイフ状にし、レーザーを撃たれる前に横一閃する。

「なにぃ!?」

レーザー発射口が切り裂かれ、チャージされていたエネルギーが霧散する。
ゼクトールの反撃は失敗に終わったのだった。
そして、トドメと言わんばかりに、一際太い触手がゼクトールの頭に叩きつけられる!!

「ぐわあぁぁ・・・・・・!!」

脳みそがシェイクされ巨大なハンマーで砕かれたような衝撃が襲う。
元からボロボロであり、ダメージを耐えてきた彼だが、ここでとうとう限界を超えてしまったらしい。
すーーーっとゼクトールの意識がブラックアウトしていく。

「おのれぇ・・・・・・アプト・・・・・・ム・・・・・・」

その言葉を最後に、ゼクトールは意識を手放し、その巨体が床に沈むことになる。

−−−−−−−−−−−

175痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:11:52 ID:YrRABrO.

数分前。
ゼクトールから逃れるべく、市街地で起きた火災による煙に紛れつつ、喫茶店へ逃げ込んだアプトム。
(ちなみに、逃げることに夢中でお目当てでもあったガイバーに気づけなかったようだ)
文字通りゼクトールを煙に撒き、見失なわせることができた。
しかし、それも一時的なもので、すぐにでも追ってくるだろうとアプトムは予感していた。
そこで、喫茶店の先客であった人間の女と、雰囲気からしてゾアノイドには見えない二足歩行の巨大野兎に自身を匿うように要求した。
もちろん唯ではなく、金貨の詰まった箱を代金として取引とした。
しかし、返ってきた反応は・・・・・・

「悪いけど、できないわ。
あなたを匿う気も、この箱を受け取る事も」

人間の女−夏子はアプトムに箱を返還し(余談だが、箱が返された時に野兎−ハムは、勿体ない、と惜しそうな顔をしていた)、銃口を向ける。

「あなたを信用するわけにはいかないわ。
即刻、でていかなかったら撃たせてもらうわよ」

厳しい顔をして、夏子は非常に濃い警戒の色を見せる。
交渉は決裂だった。

「そうか・・・・・・」


アプトムは諦めを思わせるような態度を取ると、突如・その直後に片腕を伸ばして夏子の首を強引に掴み、圧迫する。

「がっ!? な、なにを・・・・・・!!」

突然の思わぬ攻撃に、夏子は焦燥する。
しかし、それでも軍人である夏子は反撃することは忘れず、手に持っていた拳銃の銃口をアプトムの額に向け引き金を引こうとする。
撃たれるよりも早く察知できたアプトムは、もう片方の腕を延ばして拳銃を奪い取る。
一瞬で攻撃手段を奪われてしまった夏子は唖然とする。

「馬鹿が!
こんな所で発砲すれば、奴を呼び込む事になるぞ!?」

アプトムは、火力の低い銃撃では簡単に死なないとは自覚しているが、問題なのは銃声でゼクトールが招きよせられてしまう事。
それを防ぐために夏子の拳銃を奪ったのだった。

「ハ、ハム!!」

武器を奪われた夏子はハムに助けを求めようとした。
しかし、返ってきたのは情けなく謝る彼の言葉と、喋るネコミミの報告。

176痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:12:41 ID:YrRABrO.

「す、すいません夏子さん。
助けたくとも助けられなくなってしまいました・・・・・・」
『飛び掛かろうとしたのか、逃げようとしたのかわからないが、何やら動きがありそうだったので無力化させてもらったまでだ』

夏子がハムを見ると、ハムはいつの間にやら彼女同様に捕縛されていた。
もっとも、ハムを縛りつけていたのはアプトムが頭に装着しているネブラであり、自身を変形させて大鎌の形状を作り、それをハムの首に当てていた。
その鎌の存在感は、何かすれば首と胴体をお別れさせると語っている。
そういう意味でハムは動けなくなっていた。
相変わらずの掴み所の無い飄々とした態度を取ってはいるが、心中は外見ほどの余裕は持っていない。

「め、面目ないです」
「くぅ・・・・・・」

こうして、一人と一匹はあっさりと無力化されてしまった。
夏子の絞殺刑準備とハムの斬首刑準備は、アプトムとネブラによって整った。
ハムは打つ手無しと諦めたのか、両手を上げて降参のポーズをする。
夏子は力の無さを余計に痛感し、悔しさで泣きたくなる気分を持っていた。
二つ分の生殺与奪を握ったアプトムは冷徹に言葉をかける。

「わかるか?
これが力の差というものだ。
首をへし折られるか、切り落とされるのが嫌なら俺に逆らわない方が懸命だぞ」

取引できないなら、強行手段により強引に従わせる。
それがアプトムのとって方法だった。
いくらダメージを負っていたとしても、銃に頼るようなヤワな人間なら捩伏せられる。
また、ダークレイス(おそらく人間以外)ならネブラも快く戦ってくれる。
そして、制圧は簡単に成功したのである。

「どうだ?
従う気になったか?」
「だ、だからといってあなたのような危険のある人物を近くに置くわけには−−がふっ」
「まだわからないのか?
この店に匿うだけで良いのに、なぜ嫌がる?」
「夏子さん!」

いまだに反抗の意思を持つ夏子の首を伸ばした身体でギリギリと締め付ける。
夏子は首を締め付ける腕を外そうともがくが、まったく外れる様子がない。

ある程度苦しめた所で、アプトムは腕の力を一時的に抜き、夏子は窒息から解放される。
首を締められたことにより、顔は充血で真っ赤だ。

177痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:14:04 ID:YrRABrO.
「ゴホゴホ」とむせ返っているのは酸欠によるものである。

今度は穏やかな口調でアプトムは夏子とハムに語りかける。

「おまえたちだって死にたくはないだろう? それは俺も一緒だ。
だが、徒党を組むなりしなければ、殺し合いを生き延びることは難しいだろう?
それはおまえたちとて同じハズだ」

アプトムの言う通り、夏子とハムの最低限度の目的は生き残ること。
そのためには優勝だろうと、脱出だろうと−−
少なくとも夏子は、シンジやみくるたちと徒党を組んだのも、優勝や脱出を目指すというより、生き延びる確率を上げるために徒党を組んでいたにすぎない・・・・・・最初の内は間違いなくそうだった。
つまり、アプトムは夏子たちと同じ考えを持っていたとも言える。
だが、どうしても、感情やら得体の知れなさによりアプトムを拒絶したくなるのだ。
夏子をその拒絶反応を睨みつける事で顕にする。
しかし、アプトムは至って涼しい顔をしていた。

「安心しろ。
今すぐとって喰おうとは思わん。
安易に殺して、情報などが手に入らなくなるのは痛いからな」
「よく言うわね。
こんなことをしておきながら・・・・・・」
「危機的に状況に陥れば誰だってこうするだろう。
立場と実力が逆だったら、きっとおまえたちもそうする」
「なるほど・・・・・・この仕打ちはあなたなりの手荒い交渉といった所ですか」
「そういうことだ」

何やら納得したハムに、ハムの解答を肯定するアプトム。

「あの・・・・・・そろそろ、この鎌を退けて欲しいのですが」
「返答は?」
「わ、我輩はあなたを匿うしかない・・いや、匿っても良いと思いますよ」

先に折れたのはハムだった。
どこか調子が良く、飄々とした言葉には抵抗の意思が見られない。
そんなハムを一度怒鳴る夏子。

「ハム!!」
「だって夏子さん!
この状況はどう見たって我輩たちに勝ち目はありませんぞ!!
彼の方が何枚か上手だったんですよ」

ハムもまた、弁解をする。
言っている事は正しい事であり、このまま逆らうものなら犬死に確実。
犬死にを避けるには、今だけでもアプトムに従うしかないのである。

178痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:16:28 ID:YrRABrO.
夏子もそれは頭ではそれを理解している。
ただ、折れるということは負けるということ。
自身の力不足を感じている彼女には、辛酸を舐めさせられるという事だ。
それでも例え辛かろうと、プライドに命は変えられない。
生き延びるためにはプライドを捨てることも、時には必要なのである。

「・・・・・・クソッ
仕方がないのね・・・・・・」
「よろしい」

結果、苦味を潰したような顔をしながらも、彼女も折れる事を宣言した。
それを聞いたアプトムは、これでゼクトールから逃れる事ができると、口を三日月にしてニヤリと笑う。
だが、その笑顔も、ネブラの報告により一瞬で掻き消える。

『奴が近づいてくるぞ、アプトム君』
「何ッ!?」

今まで二人に恐怖を与えていたアプトムが、今度は戦慄させられる。
ネブラはいち早くゼクトールの気配を察知し、その事をアプトムに伝えた。
すぐに夏子の首を締めていた腕と、ハムの首にかけていた大鎌からネブラの形状を元に戻し、割れた窓から外の様子を見る。
解放された夏子とハムも、アプトムに続いて窓を見た。
そこには、まだ距離としては遠いものの、ゼクトールが空を飛んでいた。

「来るにしても予想より早過ぎる・・・・・・!」
『どうする?
目的はここかどうかは知らんが、確実に近づいてきているぞ』

迫るゼクトール。
人間程度なら軍人相手でも、問題なく押すことはできたが、流石に自分を痛め付けた当人である超獣化兵に勝てる自信はない。
アプトムに焦りがつのっていく・・・・・・
そんな彼に、ネブラはあくまで冷静に質問する。
アプトムもまた、ただ焦ってばかりではなく、頭を働かせて考える。
そして−−

「よし、俺に考えがある」

そう言った途端、アプトムは身体をスライム状に変えて、床に沈むように薄く広がる。
そして自分の体色を周りの景色に合わせる、つまりはカメレオンのように保護色を帯びたのだ。
唯一身体からはみ出ている首輪とネブラとディパックだけその場にポツンと残ったが、すぐにそれらにスライム状の肉体を覆い被せることで、完全に姿を消すに至った。

179痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:17:16 ID:YrRABrO.
夏子はその様子に絶句する。
ハムのような人外の生物は見慣れたつもりでいたが、生物的にはまずありえない、身体を自由自在に変形させてしまう者までいたことは、遥かに予想外だった。
故にアプトムを更に脅威に思えてしまう。
一方でハムも驚いてはいたものの、夏子ほどではない。
ハムのいた世界にも、身体がスライム状の種族は存在しているのである。
・・・・・・流石に、アプトムほど万能の力は持ち合わせていなかっただろうが。

なにはともあれ、ものの数秒でアプトムは、夏子とハムの視界から姿を消した。
視覚的な意味では周囲に溶け込んだのである。

アプトムがいるであろう床から声がする。

「これは返す」
「!」

それだけ言うと、アプトムは夏子に先程奪った拳銃を投げて返した。
それはまるで床が銃を吐き出したみたいな、奇妙な光景だ。
夏子が拳銃をキャッチしたのを確認すると、二人に命令を下す。

「奴がきたら、俺がここにいることは隠し通せ」
「ちょっと待ってください!
我輩たちはどうなるんですか!?」
「策はある・・・・・・俺を信じろ。
いちおう、殺されないように動いてやる」

−−−−−−−−−−−

180痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:17:55 ID:YrRABrO.

一方その頃、ゼクトールも喫茶店の中の人影を発見する。
アプトムがいる可能性は考慮していても、アプトムの存在に気づいている様子は無い。


−−−−−−−−−−−

181痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:19:08 ID:YrRABrO.


『奴がこちらに気づいたようだ、明らかにこちらに近づいてくる』
「そうか、では行動開始と行こう」

アプトムは素早く床から壁を伝って天井に移動する。
床及び自分を踏まれた時の感触で、所在を気づかれるのはマズイと思ったからだ。
ゼクトールが来るまでの短い間に、アプトムとネブラは小声での会話をする。

『(策とは何かね?)』
「(単純な奇襲だ、奴があの二人に気を取られている隙に後ろを取って反撃を許さないように攻撃を浴びせる。
それにはおまえの力が必要だろう)」
『(心得た)』
「(あと、もう一つ。
絶対に殺さず無力化させてくれ)」
『(なぜだ?)』

アプトムは自分の障害になる者には情け容赦をするつもりはなかったハズだ。
それが急に、「殺すな」と注文してきたことに、ネブラは無い首を傾げる。

「(理由は後で話す。
今は俺の指示に従う事だけ考えていろ。
さぁ、来たぞ!)」

そうこうしている内にゼクトールが喫茶店に入ってきた。

−−−−−−−−−−−

182痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:20:51 ID:YrRABrO.

あまりに現実離れしたものを見せられて半ば呆けていた夏子とハムは、ゼクトールの出現にいやがおうにも現実に引き戻される。

「クッ!」
「ムハ?」

ネブラの忠告から、ここへ何者かがやってくるのはわかっていたが、甲虫の怪人・ゼクトールがやって来たのがその忠告から間もなくだったため、対応が遅れてしまった。
また夏子は、反応と仕草からして、甲虫の怪人はアプトムと何かしら関連性があり、アプトムとの公約を破って売りつけてしまおうか、とも考えた。
しかし、それをやれば姿を消したアプトムが何をしてくるかわからない。
結局、生殺与奪は握られたままなのだ。
第一、アプトムの事をゼクトールに話したからといって、そのゼクトールが自分たちを助けてくれるとは限らない。
戦闘力の差は日を見るより明らかであり、結局の所、アプトムがやろうとしている事を信じるしかないのだ。
もちろん、アプトムが土壇場で裏切ったり、失敗すれば全てはおじゃん。
彼女たちにやれることは、詰み将棋状態の状況下で、アプトムを信じるか、見つけるのが非常に困難な逃亡手段を自力で考えるしかなかったのだ。


ゼクトールが最初にとったのは対話だった。
最初に「俺は優勝に興味がない」と踏み出したが、夏子はゼクトールを拒絶する。
ゼクトールの様子を窓から伺っていたからでもあるが、何より先程までアプトムから虫けらのような扱いを受けていたことの要因が大きい。
要は、怖くて恐ろしいものだから拒絶しているのだ。

だが、夏子たちの警戒は間違ってなかったのかもしれない。
何せ、ゼクトールは夏子たちを殺す気でいたのは確かなのだから・・・・・・


打って変わって、ゼクトールの頭上−−天井に張り付いているアプトムは様子を伺う。
目論み通り、囮に気を取られているゼクトールは、アプトムに気づいている様子もなかった。
そして、ゼクトールの真上から上半身を天地逆転状態でゆっくりと形づくり、奇襲をかける準備をする。
天井から男の上半身が現れる奇妙な光景に、夏子とハムは眼を丸くして見ていたが、こんなものを見た経験の無い彼女らには無理もないだろう。
二人の視線の先を察知したのか、ゼクトールが天井を見上げるが、もう遅い。

183痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:22:03 ID:YrRABrO.
ゼクトールが攻撃してくる前に、アプトム及びネブラは一気に畳みかけた。
アプトムの指示により、殺すなと命じられたネブラが考えた攻撃手段は『殺傷力の低い打撃』だった。
その解答が触手による鞭撃である。
鞭は与える痛みが大きいが殺傷力が低く、相手を無力化するにはうってつけだった。
殺傷力が低いとはいえ、ダメージ超過によるショック死もあるが、アプトムより実力が上の怪物であるゼクトールに限ってそんなに簡単には死にはしないだろう。
むしろ、鉄骨すら雨細工のように曲げる甲殻の持ち主だ。
人間なら殺せるぐらい打撃を与え続けなければ、まず倒れなかっただろう。
元から耐久力があるのか執念のためか、なかなか倒れないゼクトールに、ネブラは一際太い触手による鞭撃を頭目掛けて喰らわせた。
異常な硬度を持つ甲殻は割れなかったが、そこから内側には強い振動によるダメージを与えたのだ。
振動により、ゼクトールに脳震盪を引き起こさせ、制圧に成功する。
気を失う瞬間に、ゼクトールはアプトムへの恨み言葉を口にしながら、床に倒れ伏した。
ネブラは触手を引っ込めて、アプトムに言った。

『勝ったな』
「ああ・・・・・・」



−−単純な戦闘力で劣るアプトムが、ネオ・ゼクトールに勝つには奇襲しかなかった。
アプトムは勝つために自分の能力と、囮や装備など、使える者は全て利用した。
ゼクトールも決して驕っていたわけではないが、彼は二手三手先を読み切れず、チェスの達人が不慣れな将棋をやらされるように、相手の土俵に立ってしまった。
これがアプトムの勝因であり、ゼクトールの敗因である。

仇を討つつもりが、逆に返り討ちにあったことは、ゼクトールにとっては、さぞ苦痛だろうに。
ただ、不幸中の幸いとして、勝者であるアプトムが、敗者であるゼクトールの命を取ろうとは考えていなかったのである。
少なくとも、今はまだ・・・・・・

−−−−−−−−−−−

184痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:24:07 ID:YrRABrO.

アプトムは身体をまたスライム状にしてそのまま床へと降りる、身体をスライム状にしたため落下の衝撃は分散、そして通常の身体を形作って人間の男性の形を取る。
そこでふと、違和感に気づく。

「あの二人はどこへ行った?」
『我々が戦っている最中に逃げ出したようだ』

いつの間にやら、夏子とハムは喫茶店からいなくなっていた。
戦闘中の隙をついて、裏口から逃げ出したのだ。
奇襲に集中していたアプトムたちは、一人と一匹まで気が回らなかったのである。
だが、アプトムはそれを気にする様子も無かった。

「まあいい、囮にぐらいは約に立った。
あいつらは後回しで構わん。
それよりも・・・・・・」

アプトムは床に倒れたゼクトールに眼を向ける。

(コイツはなぜ、俺に襲いかかってきた?
しかも、面識のない俺へなぜ、あそこまで感情を剥き出しにして襲いかかってきたんだ?)


再調整を受けたアプトムが組織から離反し、ゼクトールの仲間たちを目の前で補食した事により、ゼクトールの復讐が始まった。
・・・・・・それは、アプトムにとってはまだ先の未来の話であり、知るよしもない。
『今この場にいる』アプトムには無関係なのだ。
アプトムから見れば、身に覚えのない恨みで追われているようにしか思えないのである。

『ところで、君が言っていたことは結局なんなんだ?』
「ああ、その事か」

ネブラはアプトムが先程言っていた「考えがある」についての話を尋ね、アプトムは答える。

「コイツを味方につけることだ」
『・・・・・・それは本気か?
起き上がってきたら再び襲いかかってくるかもしれんぞ』
「おまえもコイツの戦闘力を見ていただろう」

強力なレーザー光線、その発射口が破壊されても、格闘だけでも十分な攻撃力を持ち、ケタ外れの頑丈さを誇っている。
それを見ていたアプトムは、味方に引き込めばこれほど力強い者はないと確信していた。
補食すれば能力をまるまる吸収−−の能力は、この時点のアプトムには持ち合わせていない。
せいぜい劣化コピーが限界である。
だから、力を手に入れるには、味方に引き込むしかないのだ。

185痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:26:08 ID:YrRABrO.

「可能な限り、説得または取引をして徒党を組み、生存率を上げる。
生き残るにはどうしても力がいる。
そのためにコイツを生かしたのだ」

それがアプトムの真の目論みであった。
だが、その目論みにネブラは疑問を投げかける。

『だが、もしも従わなかった場合はどうするつもりなのだ?』
「・・・・・・俺も、そう易々とコイツを味方にできるとは思っていない。
仲間にならないなら、容赦なく殺すつもりでもある」

既に徒党を組めない場合の処理も、アプトムは考えていた。
そんなアプトムは、床のゼクトールを冷たく見下しながら、ネブラに指示をする。

「ネブラ、コイツを拘束しておけ。
ついでに念のため、いつでも殺せる状態にしろ」
『了解した』

指示を受けたネブラは、触手を伸ばしてゼクトールの四肢と武器が飛び出しそうな部位を拘束し、その首には、ハムに施したような大鎌状に触手を変形させ、いつでも首を跳ねられる状態にした。

「まぁ、無理はしない。
ただ、この殺し合いに関する情報だけでも手に入れたい。
・・・・・・なぜ、俺を狙っているかの理由もな」

独り言のように呟き、次に喫茶店の中に立てかけてあった時計を見る。

「放送の時刻が迫っているな・・・・・・」

頭からネコミミ改め複数の触手を伸ばした、珍妙な姿をした男が、そう呟いた。

186痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:27:36 ID:YrRABrO.
【B-7 喫茶店/一日目・夕方(放送直前)】


【ネオ・ゼクトール@強殖装甲ガイバー】
【状態】脳震盪による気絶、疲労(大)、ダメージ(中)、ミサイル消費(中)、羽にダメージ(飛行に影響有り)、右腕の先を欠損(再生中)
ネブラによる拘束
【持ち物】デイパック(支給品一式)、黄金のマスク型ブロジェクター@キン肉マン、
不明支給品0〜1、ストラーダ(修復中)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【思考】
0、(気絶中)
1、ズーマ(名前は知らない)に対処する(可能な限り回避を優先)
2、正義超人、高町なのはと出会ったら悪魔将軍が湖のリングで待っているとの伝言を伝える。ただし無理はしない。
3、機会があれば服を手に入れる(可能なら検討する程度)。
4、ヴィヴィオに会っても手出ししない?
5、アプトムを倒した後は悪魔将軍ともう一度会ってみる?

【備考】
※キン肉スグル、ウォーズマン、高町なのはの特徴を聞きました。(強者と認識)
※ストラーダの修復がいつ終わるかは次以降の書き手さんに任せます。
※死体は確認していないものの、最低一人(冬月)は殺したと認識しています。
※羽にはダメージがあり、飛行はできても早くは飛べないようです。無理をすれば飛べなくなるかもしれません。

187痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:29:22 ID:YrRABrO.
【アプトム@強殖装甲ガイバー】
【状態】全身を負傷(ダメージ大)、疲労(大)、サングラス+ネコミミネブラスーツ装着
【持ち物】碇指令のサングラス@新世紀エヴァンゲリオン、光の剣(レプリカ)@スレイヤーズREVORUSION
ヴィヴィオのデイパック、ウィンチェスターM1897(1/5)@砂ぼうず、デイパック×2(支給品一式入り、水・食糧が増量)、金貨一万枚@スレイヤーズREVO、ネブラ=サザンクロス@ケロロ軍曹、
ナイフ×12、包丁×3、大型テレビ液晶の破片が多数入ったビニール袋、ピアノの弦、スーツ(下着同梱)×3、高校で集めた消化器、砲丸投げの砲丸
【思考】
0、なんとしても生き残る。
1、ゼクトールと仲間になるように交渉及び情報を聞き出す。
反抗的だったり、徒党を組めないようなら容赦なく殺害。
2、遭遇した人間は慎重に生殺を判断する。
3、冬月コウゾウ他、機会や生体化学に詳しい者と接触、首輪を外す為に利用する。
4、情報を集め、24時に警察署に戻ってきて小砂と情報を交換する。
5、強敵には遭遇したくない。
6、深町晶を殺してガイバーになる。
7、水野灌太を見つけても手出しはしない。たぶん。
8、女と野兎(夏子・ハム)はどうでもいい。

【備考】
※光の剣(レプリカ)は刀身が折れています。
※首輪が有機的に参加者と融合しているのではないか?と推測しています。
※ネブラは相手が“闇の者“ならば力を貸してくれます。
※ゼクトールは自分を殺そうとしていると理解しました。
※ガイバーⅡの存在には気付いていませんでした。

−−−−−−−−−−−

188痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:31:46 ID:YrRABrO.

一方、その頃。
二体の怪物が戦っている隙に、喫茶店から逃げ出した夏子とハムは、市街地を駆け足で北上していた。
南は悪魔将軍、西は火事と危険人物と思わしきものたちが多数。
逃げられるのは北方面ぐらいなものだった。

突拍子もない出来事の連続で、夏子の頭はろくに働かなかった。
彼らの予測を越えた力を目の当たりにして、ただ夏子は愕然とし、無力なまま何もできなかった・・・・・・
逃走を提案したのも冷静な判断を下せたハムであり、自分は結局、なし崩し的に動いていたに過ぎない。
それが夏子には何より悔しくたまらなかった・・・・・・

「・・・・・・夏子さん。
泣いているのですか?」

夏子の前方を走るハムが振り返り話しかける。
夏子が泣いているとハムが思ったのは耳に二人の足音の他に、鼻をすするような音がしたからだ。
しかし夏子はそれを一言で否定する。

「・・・・・・泣いてない」
「そうですか」

ハムはそれ以上、追求せずに前に向き直った。
とにかく、あの二体の怪物から逃げる事に専念する。


夏子は泣いていないと言ったが、本当は半ベソをかいていた。
涙はなんとか眼の中に押し止めているが、鼻水を抑えている鼻は真っ赤である。

(悪魔将軍の時と同じようにまったく歯が立たなかった・・・・・・
私は何がしたかったのよ!?)

心の中で、自分を罵る夏子。
責任感とプライドが高い夏子は、無力で何もできなかったという事に、強い自己嫌悪を抱いていた。
さらに、集まる予定だった公民館は既に火に包まれ、思い通りに集まる事はできなくなってしまった。
そのことからの焦りが、自己嫌悪を加速させる。

(深町晶を甘いヤツだと言っておきながら、このザマよ。
私だって大概甘いじゃない・・・・・・)

急に自分が、いつもよりちっぽけな人間に思えてきた。
故により一層、力への渇望が強くなる。

(本当に・・・・・・力が欲しい。
どんな怪物にも負けない力が欲しい!)

今日ほど、彼女が力を求めた日はないだろう。
それぐらいに、自分の無力が許せなかった。

(力さえあったら、朝比奈さんもシンジ君を守ることだって!
この殺しあいから生きて帰ることだって・・・・・・!!)

その時の彼女は、ただただ力を求めていた。
力を持つことこそが、仲間や自分を守るための最良の手段にも思えた。
もっとも、心の中でたらればを吐いているだけとも言えるのだが・・・・・・

189痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:32:41 ID:YrRABrO.

夏子は気づいけなかっただろう。
自分が半ベソをかきながら走っている前方で、賢い野兎が厳しい顔をしていたのを。

彼女には走る野兎の後ろ姿しか見えない。
野兎は後ろを見なくとも、彼女のだいたいの心境を把握できていた。

ハムはとにかく、厳しい顔をしていたが、それだけでは彼が何を考えているのかを読み取れない。



一人と一匹が疾走するさなかに、放送が始まる。
そして、彼女らに限ったわけではないが、残酷な知らせと未来も待っている・・・・・・

190痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:35:31 ID:YrRABrO.
【B-7 市街地(北方面)/一日目・夕方(放送直前)】


【川口夏子@砂ぼうず】
【状態】ダメージ(微少)、無力感
【持ち物】ディパック、基本セット(水、食料を2食分消費)、ビニール紐@現実(少し消費)、
 コルトSAA(5/6)@現実、45ACL弾(18/18)、夏子とみくるのメモ、チャットに関する夏子のメモ
【思考】
0、何をしてでも生き残る。終盤までは徒党を組みたい。
1、怪物(アプトム、ゼクトール)から逃げる。
2、シンジとみくるに対して申し訳ない気持ち。みくるのことが心配。
3、万太郎と合流したいが、公民館が燃えてしまった・・
4、ハムを少し警戒。
5、シンジの知り合い(特にアスカ)に会ったらシンジのことを頼みたい。
6、力への渇望。
7、水野灌太と会ったら−−−−
8、シンジに会ったら、ケジメをつける

【備考】
※主催者が監視している事に気がつきました。
※みくるの持っている情報を教えられましたが、全て理解できてはいません。
※万太郎に渡したメモには「18時にB-06の公民館」と合流場所が書かれています。
※ゼロス、オメガマン、ギュオー、0号ガイバー、ナーガ、アプトム(名称未確認)、ゼクトール(名称未確認)を危険人物と認識しました。
※悪魔将軍・古泉を警戒しています。
※深町晶を味方になりうる人物と認識しました。

191痛快娯楽復讐劇 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:37:22 ID:YrRABrO.

【ハム@モンスターファーム〜円盤石の秘密〜】
【状態】健康
【持ち物】基本セット(ペットボトル一本、食料半分消費)、
 ジェットエッジ@魔法少女リリカルなのはStrikerS、チャットに関するハムのメモ
【思考】
0、頼りになる仲間をスカウトしたい。
1、???
2、夏子に同行する。
3、万太郎と合流するつもりが、公民館が燃えてしまっている・・
4、シンジの知り合い(特にアスカ)を探し彼の説得と保護を依頼する。
5、殺し合いについては・・・・・・。

【備考】
※ゲンキたちと会う前の時代から来たようです。
※アシュラマンをキン肉万太郎と同じ時代から来ていたと勘違いしています。
※ゼロス、オメガマン、ギュオー、0号ガイバー、ナーガ、アプトム(名称未確認)、ゼクトール(名称未確認)を危険人物と認識しました。
※悪魔将軍・古泉を警戒しています。
※深町晶を味方になりうる人物と認識しました。
※スタンスは次のかたにお任せします。仲間集めはあくまで生存率アップのためです。

192 ◆igHRJuEN0s:2009/05/27(水) 00:40:15 ID:YrRABrO.
以上で仮投下を終了いたします。
矛盾や指摘があれば受け付けます。

タイトル「痛快娯楽復讐劇」の元ネタは、
TVアニメ「ガン×ソード」のキャッチコピーから。

193 ◆MADuPlCzP6:2009/05/28(木) 22:56:51 ID:7QWhozu2
さるさんです・・・
続きはこちらに落としますのでどなたか転載おねがいします

194 ◆MADuPlCzP6:2009/05/28(木) 22:57:48 ID:7QWhozu2

「だから、この首輪をそのまま埋めてしまうわけにはいかないんですよ」

「む、むぅ。だったら……だったら仕方ないのう……。たくさんの人の命が懸かっとるかもしれんのじゃから。
……なら、はやくしてやってくれ。」

1秒だってこの酷い地上にいさせてやりたくない。そう思いながらシンジの遺体を地面に横たえ、その前をゼロスに譲ろうとする。

「いえ、これはスグルさん、あなたにしてもらいましょう。」
「何ィーーーッ!?」

背を向けようとしていた体を思いっきり反転させる。

「わ、私はその子に本当に謝っても謝りきれんようなことをしてしまったんじゃ!これ以上、これ以上その子に酷いことをするなんて……」
「だから、あなたがするんです。この子はあなたが近づいていっただけで心が耐えきれなくなるほどひどい目にあってきたんですよ。
さっきの人の話からもたぶんひどい目に遭わされたのはひとりやふたりじゃないでしょうねぇ。怖いですねぇ、恐ろしいですねぇ。
今はもう死体とはいえこの子にひどいことをする人間が増えるのは申し訳ないと思いませんか?」
「グ、グムー……っ!!し、しかし!」

苦渋の表情でうなるキン肉マンに畳み掛けるようにことばを続ける。

195 ◆MADuPlCzP6:2009/05/28(木) 22:58:46 ID:7QWhozu2

「それにね、あなたはこの子のことをしっかりと覚えててやるべきじゃないかなーなんて思うんです」
「覚えてて、やる?」
「言ってませんでしたが、僕はこの子の前に一人、すでに目の前で死ぬのを見てるんです。
一緒にいる間ずいぶんとツライ思いをさせましたし、最後は熱い火に焼かれて死んでしました」
「なんと……ゼロス君」
「けど僕は、あの人が負った背中の傷も苦悶の表情も感情も全部覚えています。忘れられるものじゃありませんね。」

そう、あんな甘美な感情は。

キン肉マンは立ち尽くしたまま悲痛な表情をゼロスに向ける。
ゼロスは一転、口調をもとの軽い調子に戻す。

「個人的意見からいうと、本当はどちらでもいいんですよ」
(首輪が手に入れば多分誰かが解析できますしねぇ。誰のものでもかまいませんし。)
「あなたの意思を尊重します。」


スグルはゆっくりと噛み締めるように目をとじた。










西からの風がかさかさと葉をくすぐって逃げていく。
闇が空の中程まで支配を進めた頃、キン肉スグルは首輪を持って即席の墓の前に立っていた。

196 ◆MADuPlCzP6:2009/05/28(木) 22:59:58 ID:7QWhozu2

血と土にまみれた手で持つ首輪の裏側に刻んであるのは少年の名前。
その名をゆっくりとなぞりながら、こんなものからではなく本人からその声で名前を聞きたかったと、強くそう思った。

「Shinji Ikari……シンジ君、君がその命をなげ出したことで、私はこのバトルロワイアルの戦いでやるべきことを教えられたよ」

先ほど己が手でかぶせた土の山に目線をうつしてさらに独白は続く。

「私の目の前で起こる悲劇は君を最後にしたい。そして愛と平和、笑顔の溢れる世界を守りたい」

スグルは首輪を握りしめたまま墓の前にひざまずいた。

「だからこの悪趣味な戦いを終わらせられたらもういちど……もういちど君にあやまらせてほしい」

そう言った後、スグルは頭を垂れて少しだけ、すこしだけ泣いた。





墓の前で死者に語りかけるスグルを見ながらゼロスは思考を巡らせていた。


いやー、今回の説得はすこし骨が折れましたね。

あの手のひとを立ち直らせるのには怒らせるのが手っ取り早いとはいえ、そのあと首輪を手に入れるまでにだいぶ無駄話をしてしまいました。
ちょっとしゃべりすぎましたかね。
でもまぁ僕は嘘をついてませんよ。言ってないことがたくさんあるだけです。

けどスグルさんに首輪の回収をさせたのは正解でしたね。
この罪悪感があるかぎり、いろいろとうまく仕向けられるでしょう。
スグルさんが、ここでは敵を倒すことが殺すことに直結してるのを理解してるのかは疑問なんですけど、まぁそれはいいでしょう。







西からの風がかさかさと葉をくすぐって逃げていく。
闇が空の中程まで支配を進めた頃、キン肉スグルは首輪を持って即席の墓の前に立っていた。

197 ◆MADuPlCzP6:2009/05/28(木) 23:00:29 ID:7QWhozu2


そういえばそろそろ放送の時間ですね。
スグルさんは森の中にいるせいで気づいてないようですけど北の方で大乱闘があったみたいですし、だいぶ人が減ったかもしれませんね。
知識ある者とセイギノミカタが生き残っていてくれればいいんですが、どうでしょうかねぇ。

この後の方針も考えたいところですし、とりあえずは放送を待ちましょうか。

しかしゲンキさんといい、スグルさんといい、僕はいったい何人のセイギノミカタを励まさなくちゃいけないんでしょうか。

そんなことを思いながらゼロスは空を見上げた。
向きの変わった風が死のにおいを運んでくる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーもうすぐ闇がやってくる。

198 ◆MADuPlCzP6:2009/05/28(木) 23:01:30 ID:7QWhozu2






【E-4 森林地帯/一日目・夕方放送直前】
【ゼロス@スレイヤーズREVOLUTION】
【状態】絶好調
【持ち物】デイパック(支給品一式(地図一枚紛失))×2、草壁タツオの原稿@となりのトトロ
【思考】
0:首輪を手に入れ解析するとともに、解除に役立つ人材を探す
1:放送を聞く
2:A.T.フィールドやLCLなどの言葉に詳しい人を見つけたい。
3:悪魔将軍の元へ行くか朝倉と合流するかをスグルと話し合う。
4:ゲンキとヴィヴィオとスグルの力に興味。
5:ヴィヴィオの力の詳細を知りたい。
6:セイギノミカタを増やす。 

 
【キン肉スグル@キン肉マン】
【状態】脇腹に小程度の傷(処置済み) 、強い罪悪感と精神的ショック
【持ち物】ディパック(支給品一式)×4、タリスマン@スレイヤーズREVOLUTION、
     ホリィの短剣@モンスターファーム〜円盤石の秘密〜、金属バット@現実、100円玉@現実、不明支給品0〜1
【思考】
0:悪を倒して一般人を守る
1:ゼロスと協力する。
2:学校へ行って朝倉とヴィヴィオと合流する。
3:ウォーズマンと再会したい
4:キン肉万太郎を探し出してとっちめる
5:一般人を守り、悪魔将軍を倒す。
6:シンジのことは忘れない

※砂ぼうずの名前をまだ知りません。

199 ◆MADuPlCzP6:2009/05/28(木) 23:03:37 ID:7QWhozu2
以上です。申し訳ありませんが代理投下をお願いしますです。

あと今更うっかりに気づきました
>>196

西からの風がかさかさと葉をくすぐって逃げていく。
闇が空の中程まで支配を進めた頃、キン肉スグルは首輪を持って即席の墓の前に立っていた。

は抜いてください

200 ◆MADuPlCzP6:2009/05/28(木) 23:11:59 ID:7QWhozu2
タイトルは

魔族は嘘をつきません

です

201もふもふーな名無しさん:2009/05/28(木) 23:16:34 ID:eK9xEQBk
>>◆MADuPlCzP6氏
本スレへ転載させていただいた者ですが、>>199までは投稿できましたが>>200は規制されました…
すいませんが>>200はまた別のどなたかお願いしますー

202スープになっちゃいました:スープになっちゃいました
スープになっちゃいました

203もふもふーな名無しさん:2009/05/30(土) 00:07:31 ID:L7g3hoig
夢は叶います。
私はほんの小さなころ、お父さんとお母さんにそう教わりました。
私がいい子でいて頑張りさえすれば、私の願いはなんだって叶えられるんだって。

でも、今の私はちゃんと知ってます。
本当は、叶わないこともあるんだってことくらい。
もう、それも分からないほど、子供じゃあないんです。

だって。
人の夢って書いて、儚いって読むのですから。
お兄ちゃんに教わりました。

それでも。
私の夢なんて、儚いものだったとしても。
それでも信じたい。
信じてみたい。

夢は叶うって。
奇跡は、きっと起こるって―――

信じていいかな?
本当に―――そうかな。

うん、そうだね、『    』
私、信じるよ。

まだ―――私は『しあわせ』になれるんだって。



『……くそっ』
『ま、まずいでありますよ、もっとスピードは出ないでありますか!?』
B−6地区。
かつては住宅地が広がっていたそこは今―――赤に包まれている。
赤色の正体は、炎。
膨大な量の炎が―――街を呑みこんでいた。
住宅地は炎により火柱を上げて燃え上がり、緑はところどころしか残されていない。
この中で気絶している人間がいたならば―――間違いなく命は助からないだろう。

しかし、『彼女』はまだ生きていた。
自らの武器であるナビ達の力によって。
『……これが限界だ!我慢しろ!……くそ、まずいな……』
思った以上に、事態は悪化していた。
炎は市街地全域を覆い尽くし、炎を縫って進むだけでも時間がかかる。
更に言うならば―――このシールド機能は、あと数十分しか持たないのである。
殺し合い下の制限で使用時間を6時間にまで抑えられた防衛型強化服は、じきに限界が来てしまうのだ。
それまでにここを抜け出せるか―――可能性は、五分五分―――いや、それ以下だろう。
地図上の一ブロックは縦横約1キロメートル。この移動方法で、この速度で、いったいその距離を進むのにどのくらいかかるというのか。
何せ、移動速度があまりにも遅い。
土をざりざりとこすりながら、少しずつ妹の体を動かすことしかできないのだから。
妹が意識さえ取り戻せば助かる確率は段違いに上がるのだが―――そんなことに期待はできない。
彼女が精神的に落ち、そして不安定だというのは彼らが一番良く知っていた。

『……中尉、あっちも通れないですぅ!』
タママの人格を持ったナビが声を上げたその先には、ごうごうと燃え上がる大木。
炎が高く宙まで伸びており、そのまま進めば妹の体は炎に焼かれてしまうことは明白だった。
『……くそ、避けるぞ!北に舵を取れ!』
『くーくっくく、しかし、北は行き止まりだぜ?どうするんだ?』
『北に向かえば海があるはずだ!さすがに海までくれば炎は途絶えているはず。……やるぞ!』
『イエッサー!』
妹の体は、ところどころ火傷を負っている。
シールドは確かに存在している。しかし、制限故か、それとも所有者である妹の意識がないからか、防御が完璧ではないのだ。
体に傷を負っても尚、妹は目を覚ますことはない―――このまま死んでしまってもおかしくない状態だといえた。
それでも、まだあきらめない。
少しずつでも進み続けること、それがナビ達にできる唯一のことだった。
『妹殿……負けてはいかんでありますよ……どうか……』

204笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:09:51 ID:L7g3hoig
すみません、↑もです。



そして、その願いは通じたのだろうか。

一時間ほど経った頃。
まだ制限時間こそ来ていないものの、妹の体力は限界に近く、このままでは火傷以前に脱水症状で死んでしまうのではないか、と思えた、その瀬戸際。
『……中尉!海、海が見えたでありますよ!』
緑のナビが、喜びの声を上げた。
彼に体があればその先の景色を指差し、飛び跳ねていただろうが、ナビの姿ではそれもかなわない。
悔やんでもどうにかなることではないのだが。
『よし、ここまで来たぞ、あと少しだ!』
これで、妹は助かるはずだ。
惣希望を持ち、進む。
そして、森を抜け、視界が開けたその先に待っていたのは―――
『……なっ!?』
『炎が……!?』
………………赤い、世界だった。
海が見えたことに気を取られた故の失態。

あと、もう少しだというのに。
数十メートル先には、砂浜が広がっているのが確認できるのに。
目の前に広がるのは、燃え盛る炎。
―――行き場がない。
緑が次々と枯れ、燃え尽きていく。
四方八方を囲まれてしまっていたのだ。
そして、それは次第に―――無抵抗な少女とナビへと触手を伸ばす。
逃げるためには、炎の中を正面突破する必要がある。
しかし、そんなことができるだろうか?
この妹の体調では―――先に喉がやられてしまう。
『そ、そんな、そんなことってないですう……』
それは、絶望を告げる合図だった。
背後に襲いかかる、炎。
その速度は、もはやカウントするまでもなく明らかだ。
……じきに、ここは炎に呑まれてしまう。
右も左も、赤一色。
妹の口から洩れるのは、弱弱しく乾いた息遣いのみ。
逃げ場は、もはやなかった。
せっかく、助かったと思ったのに。
もう少し、あと少しで水辺までたどり着くというのに―――
ナビの人格たちは、終わりを悟った。
『……そ、そんな……吾輩達は……もう終わりでありますか……?』
『せ、せっかくこの子を助けたのにあんまりですぅ!』
ここであきらめたくはないのに、浮かぶ選択肢にはろくなものがありはしない。
このまま、ここで終わるなんて―――
『……信じろ』
しかし、赤のナビだけは―――違っていた。
『な、何を信じろと言うのでありますか!だってこんな―――』
『このままじゃ、ただボクたちごと焼け死ぬだけですぅ!』
『まだ助かる方法はある!妹が意識を取り戻しさえすればここから脱出できる!だからまだあきらめるな!』
『そ、そんな……そんなに上手くいくはず……』
『ああそうだ、そう上手くことが運ぶはずはない……しかし、そんなことを言うなら彼女が今まで生きていたことが奇跡なんだ。……もう一度くらい奇跡が起きることを祈って何の問題がある?』
『くーっくっくっく、まあ、賭けてみてもいいかもしれないなあ』
赤が、そう叫ぶ。
黄色が、笑う。
そして、残された二人は。
しばしの沈黙ののち―――ゆっくりと。

205笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:10:23 ID:L7g3hoig
『……そう、であります。……こんなところで……こんなところで妹殿を失う訳にはいかないでありますよ!』
『で、でも……仮に意識を取り戻したとして……この子は生きたいと思うかどうかわからないですぅ……あの状態じゃ、もしかしたら自殺したいって思うかも……』
『何を弱気なことを言っているでありますか二等兵!お前らしくもないでありますよ!』
緑のナビが、叱責する。
『で、でも―――ぐ、軍曹さあん……』
『ああそうだ、そう思うかもしれない。だがそれがどうした!
俺達は何のための人格だ!……あいつを説得することくらいはできるだろう!』
『……う、うう……』
この場にいる全ての人間は―――否、ナビは思っていた。
妹を救いたい、と。
自分たちは支給品であり、例え焼け焦げようとも本体が死ぬことはない。
しかし、妹は生身の人間―――防衛服の制限を迎えた時点で、おそらく命はないだろう。それ以前に、水分が枯渇して死ぬ方が先かもしれない。
救われる方法などほとんどない。それでも。
『……やるでありますよ。全員に告ぐ!妹殿の無事を祈り少しでも前へ進むであります!』
そんなことをしても、妹に届かないかもしれない。
そもそも彼らは、ただのナビにすぎない。
それでも。
無意味だとしても。
ほんのわずか、妹の体を動かす。
少しでも、炎から逃れようと―――抵抗し続ける。
それでも―――救いたかった。
この、あまりにも悲しい少女のことを。

彼らは知っていた。
壊れてしまう前の妹の様子を。
笑ってほしい。
ゲンキと一緒にいた頃のように、和やかに、穏やかに、華やかに、無邪気に、ただ。
赤が、迫る。
それでも尚―――彼らはシールドを展開し、まっすぐに進み続ける。
民家さえも薙ぎ倒す灼熱が彼らのところにたどりつくまで、あと―――



気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち、悪いよ。ゲンキ君。

私―――何でこんなところにいるんだろう。
何で、こんなふわふわしたところにいるんだろう。
もしかして、死んじゃったのかな?
あはは―――別に、いっか。
それでもいいよ。
だって、ゲンキ君のところに行けるなら。
それだけで、嬉しいよ。
アスカだって殺したんだ。もう死のう。
死んでも、いいよね。

もう、いいよ。
もう、――-疲れたよ。
だからもう、ゴールして……いいよね。

『だめよ!』
……あれ、誰?
どこかで、聞いたことがある声だ。
ゲンキ君?……ううん、違う、女の人だ。
これは……
『だめよ妹ちゃん……こんなところで、そんな悲しそうな顔で死ぬなんて、私は認めないわ!』

ハル……にゃん?
私の目の前にいたのは―――ハルにゃんだった。
あれ、おかしいな。ハルにゃんは死んだはずなのに。
あ、そっか。そうだよね。私も死んだんだった。だから関係ないんだよね。あはは。

『……』
ハルにゃんの顔は、哀しそうだった。
私のことを、じっと見つめている。

何で?何でそんな顔するの?
私、ハルにゃんがそんな顔してると悲しいよ。

もう、いいの。
もういいんだよ、ハルにゃん。
私、頑張ったよね?
アスカを殺したんだ。これで幸せなんだ。
ゲンキ君の仇をとったんだから、それでいいはずなんだよ。

『……妹ちゃん、一つ聞いてもいい?』
ハルにゃんが、私にそう言ってきた。
私はただ、何も考えずに頷く。
何を聞かれてもどうでもよかった。
だって、私はもう死んでるんだもん。

『……ゲンキ君に……会いたい?』
何で?
何で、そんなこと言うんだろう。
すぐにでも、会えるよ?
だって、私もすぐに死ぬもん。
その時に話すから。
だから、ハルにゃんはそんなこと考えなくていいんだ。
もう―――いいんだよ。

私は言った。
もういいよ、って。
どうせもう私も死ぬんだから、すぐに会えるんだよ、って。
でも言ってたから気づいた。
あ、そっか。
もしかしたら私―――死んでもゲンキ君に会えないかも。
あ、そうだ、きっと会えないや。
悲しいなあ。
だって私は、人殺しだもん。地獄に落ちるに決まってる。
アスカみたいな最低な奴さえ助けたゲンキ君なら、絶対に天国へ行くよね。
……あ、そうか……会えないんだ。

206笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:10:55 ID:L7g3hoig
仕方ないのかな。
だって、私はいけない子だもん。
ゲンキ君の復讐のために人を殺したんだから―――
このまま、ゲンキ君に会えずに一人で死んでいくんだ。

『そういうことじゃなくて……』
なのに。
ハルにゃんは、まだ私の目の前にいて。

……なんで?
なんで、そんなこと言うの?ハルにゃん。
……ううん、理由は分かってる。
私が悪い子だからだよね。
やっぱり、私が地獄に落ちちゃうから。
ハルにゃんは、私がアスカを殺したこと、知ってるんだね。
そうだよ、ちゃんと分かってる。
もう、私は―――ゲンキ君に会うことなんてできないんだ。

『違うわ。妹ちゃんは悪い子なんかじゃない。だからアスカのことは気にしなくていいのよ。私が聞きたいのは、』
ありがとう。
私をかばってくれるんだね。
でももういいんだ。
すごく、哀しいけど。
本当はすごく、すごく会いたいけど。
でも、しかたないよね。
だって私は、犯罪者なんだもん。
だから―――

『………………あああああああもう!妹ちゃんも人の話を聞きなさいっ!どうしてあんたたち兄妹は二人とも人の話を聞かないのよ!』
突然、ハルにゃんは大きな声を上げて髪を掻き毟った。
兄弟って……キョン君のことかな?
ハルにゃんは、キョン君ともここでお話したのかな。

『いい、妹ちゃん、よおく聞くのよ。いいわね?』
なんだかハルにゃんはちょっと怖い顔だった。
ごめんなさい、私が悪いんだよね。
でも、ゲンキ君の仇を討つためには仕方なく―――

『私は、聞いたのよ。……ゲンキ君に会いたい?って』
ゲンキ、君に。
今度は、ハルにゃんの質問をちゃんと聞いていた。
ゲンキ君に、会いたいか?
そんなの、当たり前だ。

―――会いたい。
―――会いたいよ。
でも、そんなの―――無理だよ。
私は人を殺しちゃった。
アスカを殺したら幸せになれると思ったのに―――私は今、全然幸せじゃない。
ただの、人殺しだよ。
そんな私が、ゲンキ君に会う資格なんて―――

『資格?そんなものいるわけないじゃない!だって、妹ちゃんは何も―――何も間違ってないわ』
ハルにゃん、そんなこと言ってくれなくてもいいよ。
だって、私は人殺しなんだ。
分かってる。
どうにも、ならないよ―――
私はこのまま、ただ死んじゃうだけなんだよ―――

『……そう、確かにアスカを殺したかもしれないわ。それは、いけないことよ。でも、それでも、誰も妹ちゃんを責めたり、しないから。だからどうでもいいなんて言わないで』
どうして。
どうして、ハルにゃんにそんなことが分かるの?
ハルにゃんは、私じゃないのに。
ただの―――キョン君の『お友達』……じゃない。

『……分かるのよ、私は』
なんで、どうして?
そんなの変だよ。
……それに、そうだ。さっきから、どうしてハルにゃんは私の気持ちを勝手に読み取ってるの?
私、何も口にしてなんかいない!
ハルにゃんは私じゃないんだから、勝手に人の心を覗かないでよ。
もう、私はどうでもいいんだから―――
もう私なんか、一人ぼっちで死んじゃったほうがいいんだ―――

『……いい加減にしなさい!』
ハルにゃんは―――今度こそ、大きな声で怒鳴った。
思わず、びくりとする。

207笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:11:34 ID:L7g3hoig
『……どうでもいいなんて、言わないでって言ったでしょ!?……私が聞いてるのはただ一つよ、ゲンキ君に会いたいの?資格なんてどうでもいい!ただ、会いたいかどうか、それを聞いてるのよ』
……そんな、めちゃくちゃだよ。
会いたいからって、そんな簡単に会えないよ。
私は、悪い子なんだから。
もう誰も、私を許してくれないよ。

『私がいいって言っているんだからいいのよ!他の人たちが何を言おうと、私は妹ちゃんの味方だからね!だから―――ちゃんと本当のこと言いなさい!貴方の口からね!』
むちゃくちゃだよ、ハルにゃん。
ハルにゃんが許してくれても、皆は許してくれないよ。
ハルにゃんが味方になってくれても、私はもう笑えないよ―――

でも。
でも―――
でも――――――

会いたいよ。
本当は、会いたいよ。
会いたいよ―――

「……あい、たいよ……」
それだけは、本当だ。
ハルにゃんの質問に私は―――それだけ答えた。

今度は、言葉になった。
声が、震えた。
「……会いたい、会いたい、会いたい……会いたいよっ!」
止まらない。
どうでもよかったはずなのに。
もう―――会えないだろうなあって思っていたはずなのに。
もう、死んじゃうって思っていたのに。
それなのに―――一度言葉にすると、何でだろう、止まらないよ……

「本当は!もっとお話したかった!もっと遊びたかった!こんな場所じゃないところで、ゲンキ君の仲間やハルにゃんたちと一緒に!楽しいことしたかったよ!!!
助けてくれてありがとう、ってまだ言い足りてないよ!私―――いつだってゲンキ君に助けられてばっかりだったのに、なのに、なのに―――何も、何もできなかったよお!」
本当は―――
本当は、分かってたんだ。
ゲンキ君が、私がアスカを殺すことなんて望んでいなかったことくらい。
だって、ゲンキ君はあのアスカを助けるような人なんだよ?
私が人殺しになるのを喜んだりするはずない。
だから―――私がアスカを殺しても、それはゲンキ君の仇を討ったことにはならないんだって。
アスカを殺して―――喜ぶのは私だけなんだ。
結局、私も全然嬉しくなかったんだけど。

だって―――
私は、今でもアスカのことを許せないけれど。
アスカなんて、死んじゃえって思っていたけど。
それでも。
殺したくは、なかったんだよ。
本当は―――アスカのことも殺したくなんかなかった!
当たり前だ。
だって、私は普通の女の子だったんだから。
人を殺したいだなんて思えるはずないよ。

それなのに、私は―――
もう、取り返しのつかないことをしてしまったんだ―――
ゲンキ君、私―――
悪い子だけど―――貴方に会いたいよ。

「……会いたい……会いたいよおおおおお!」
私―――どうして気付かなかったんだろう。
アスカを殺しても―――私も、ゲンキ君も、もちろんアスカも、誰も嬉しくないんだってことに。

……あれ、何で私、泣いてるんだろう?
喉はからからなのに、目から水は出るんだね。
「……う、うあ……ああ……ああああああああああああああ!」
どうしてかな。
もう―――何も思いつきもしないのに。
ただ、ゲンキ君に会いたいってことだけは―――はっきり分かるんだ。

208笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:12:16 ID:L7g3hoig

私、ね。
ちょっとだけ、キョン君の気持ちが分かった気がするんだ。
キョン君は、私を殺そうとしてきたよね?
私、それがすごく怖かったんだ。
普段は素直じゃないけど優しいキョン君が、私を殺そうとしてくるなんて、理解できなかった。
でも、ね。
今ならちょっとだけ、ううん―――すごく、よく分かる。
キョン君が、私を殺そうとした理由。
間違いない、って思えるよ。

キョン君はきっと―――ハルにゃんを救えなかったんだ。
私と、同じように。

何があったのかはよく分からないよ?
キョン君の目の前で、ハルにゃんが誰かに殺されてしまったのかもしれない。
ハルにゃんがゲンキ君みたいに、誰かからキョン君をかばったのかもしれない。
それとももしかしたら、もしかすれば―――キョン君がハルにゃんを殺しちゃったのかもしれない。
どれが正しいかは、私には分からない。
それでも、きっとそれだけは間違ってないはずだ。

だって、私とキョン君は―――兄弟なんだもん。
それくらい、分かるよ。
もう、子供じゃないもん。

妹舐めたら―――おしおきなんだからね。

『……そう言うと、思ってたわ』
ハルにゃんは、今度は笑っていた。
私の大好きな、明るくて自信満々の笑顔だった。
『ごめんね、強く言っちゃって。でも、今の妹ちゃんが見てられなくってね』
そう言って、私の頭を撫でる。
少しだけ、気持ちが落ち着いた。

『……そうよね、ゲンキ君に会いたいわよね。……でも、まだ早いわ』
ハルにゃんは、私の顔を真剣に見つめた。
こんな顔のハルにゃんは―――初めて見た。
「……早い……?」
だって、私はもう少しで死んじゃうのに―――

『……ううん、まだ死なない。今なら、まだ間に合うから。……だから、お願い。生きるのよ。絶対に。何があっても―――貴方はまだ生きなきゃ』
でも、生きててもゲンキ君に会えないよ。

『だからそんなことないってば。全然大丈夫よ。第一、ゲンキ君はそんな簡単に人を嫌いになるような子?』
違う。そうなら、アスカを助けたりしないよ。
ゲンキ君は優しくて、強くて、かっこいい男の子だもん。
そう、分かってるよ。
分かってるからこそ、私みたいな悪い子とは―――

『会えるわよ。これから妹ちゃんが頑張れば―――いつか会えるわ。……だってゲンキ君は―――』
ハルにゃんは、すっと私の左胸を指差し―――

『妹ちゃんの心の中にずっといるじゃない』

あ―――-
何かが、すっと溶けた。
そっと、左胸に手を伸ばす。
友達に比べて全然発育はしていないけれど―――それでも、聞こえる。
とくん、とくんという、規則的な音が。

ああ、そうか。
―――これが、ゲンキ君なんだね。
私の左胸にいる―――この音がゲンキ君の命の音なんだ。

『……そうよ、いつだってゲンキ君は、貴方の傍にいるの。だから、がんばって目を覚まして』
そうか。
そうなんだ。
ゲンキ君は―――私の中にいるんだ。
ゲンキ君は、私と一つになったんだ。
ゲンキ君は―――私なんだ。
そうなんだね?

私がここで死んだら―――ゲンキ君は、また死んじゃうんだ。

209笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:12:54 ID:L7g3hoig
『……』
ハルにゃんは、また何か言っていた。
でも、その言葉は聞こえない。
何を言っているのかは気になったけど……でも、いいや。
私は、――-決めた。

私―――
私、生きたい。
そして、ゲンキ君を今度こそ守りたい。

悪いこと、しちゃった。
分かってる。分かってるよ。
それでも、私は―――
死にたくない。死にたくないんだ。
ゲンキ君を死なせないために。

ゲンキ君、ごめんね。
私、もうこんなことしない。
これからは、がんばって生きる。
ゲンキ君は許してくれないかもしれないけど―――
それでも―――
今からでも、貴方を守りたい。

涙がこぼれた。
気づけば、私は泣いていた。
『ああ、そうだ、がんばるんだ、『   』』
ゲンキ君の声。
こんな状態じゃ、たぶん喋ることもできないと思うから、聞き間違いかもしれない。
もしかしたら、妄想かも。
それでも、いい。
だって、私は……

―――あはは。
私ったら、そっか。
そうだったんだ。
今更、気付いちゃったのか。
遅いなあ。
もう少し、早くから気付けばよかったのに。
―――ううん、それは違うかな。
気づいてたんだ。
気づいていたのに、気付いてなかったんだ。
だって、恥ずかしかったんだもん。

会って、ほんの少しの時間だったけど。
今なら、はっきりと言おう。
私は―――


―――私はゲンキ君が―――大好きだよ。

あ、……笑えた。
変だな、こんな場面なのに―――
なんだか体が熱いのに―――
私今、――-笑えている。

本当にありがとう、ハルにゃん―――とっても、嬉しい。
ハルにゃんのおかげで、私、分かったよ。
私が―――今から何をするべきなのか。
こんなところで死んでる場合じゃないって。
私が今度は、ゲンキ君を『生きて』助ける番だって。
本当にありがとう、ハルにゃん。
まるで、神様みたいだね。
ううん、もしかしたらキョン君たちにとっては本当に女神様だったのかな?
神様なハルにゃん―――うん、なんだか、すごくしっくりくるや。

「ねえ―――」
ハルにゃんは、まだそこにいるかな。
問いかけてみると、返事が返ってきた。
さっきより、声が少し小さくなった気もするけど。
『何、妹ちゃん?』
「……お願いが、あるの」
私は、もう大丈夫だよ。
もう、笑えるから。
もう、ちゃんとまっすぐに歩けるよ。
何があっても、もう道を間違えたりしないから。
ゲンキ君のために―――進むから。
だから、お願い。
「……キョン君が―――キョン君が、もし、もしね、」
人を殺そうとしているのなら。
「……止めてあげてほしいんだ」
怒られちゃうかな。
キョン君はお前が心配することじゃない、って言うかもしれない。
でも。
でもね。
それでも―――私には今のキョン君の気持ちが分かる気がするから。
大切な人が死んだ後の、どうしようもない気持ちっていうのが。

210笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:13:28 ID:L7g3hoig

『……』
ハルにゃんは、何も言わなくなった。
「……どうしたの?」
『……ま、……任せて』
あれ、なんかハルにゃんの様子が変だな。
もしかして、いけないこと頼んじゃった?
「……我儘かな」
『……そんなことないわ!分かった、私に任せて!
キョンは―――貴方のお兄ちゃんは私が何とかするから!』
ありがとう。
ありがとうね、ハルにゃん。
これで―――私も起きられるね?

私、生きるよ。
生きなくちゃ。
ゲンキ君のために。
こんなところで、死ぬわけにはいかない。

……喉が、熱いなあ。
体中がからからする。
このままじゃ、死んじゃう。
水か何かを呑まないと、まずいかも。
嫌、死にたくない。死んじゃダメだ。
生きたい。生きたい。生きたい。
ゲンキ君、私、
生きたいよ―――!



そして―――少女は、……『生きたいと願った』。


熱い。
熱い、熱い、熱い。
早く、何か、冷たいものが欲しい。
このままじゃ。
私は―――ゲンキ君を殺してしまう―――



意識を取り戻した少女は、――-誰もが予想だにしたなかった行動に出た。
突然立ち上がり、――-真っ直ぐに費消したのだ。
向かう先は、…………ただ一直線。

否、その表現は少しばかり間違っていた。
彼女は、意識を取り戻してなどいない。
ただ、その生存本能が―――彼女の身体をひたすらに動かしていた。
全身を焼かれた体を癒す、水を。
―――生きなきゃ。
―――ゲンキ君のために生きなきゃ。
本能が告げる。
生きなければ、と。
瞳の裏の表情は、分からない。
しかし、その口元は―――笑っていた。
希望を見つけたことに対する喜びに。
そう―――彼女は、すでに壊れていたのかもしれない。
『佐倉ゲンキ』を失ったその瞬間から、彼女はすでに取り返しなどつかないところに来ていたのかもしれない。
そして、そのような状況下、夢で『生きる』ことを選択した彼女がとる行動は―――

211笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:14:04 ID:L7g3hoig

『飛び込む』。

襲う、冷たさ。
爽やかな冷気が―――妹の肌を刺す。

もし、強化服が制限時間に達していたとしたら。
妹はそもそも泳ぐことすらかなわず、こんなことにはならなかったかもしれない。
もしかしたら、そのまま溺れ死んでいたかもしれない。
もし、彼女が夢を見なかったなら。
彼女は絶望のまま、炎に呑まれていたかもしれない。
そんなことは―――ただの『if』にしかすぎない。
ここで語られるのは、妹が不安定な中自ら『選び取った』、『幸せ』なのだから。

『妹殿……で……あ……』
『こ……禁……死……』
『こ……だ、……すぅ……』
がやがやとした音が、妹の耳に飛び込んできた。
普段なら、それがナビの言葉だと、彼女は判断できるだろう。
しかし、今の妹には、そんなことを考えられる余裕がない。
早く、早く、早く。
ゲンキ君を、守るんだ。
今度こそ、私が、何とかして、ゲンキ君を―――

泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。
水を浴びるために、それほど長い距離を往く必要などどこにもない。
それでも、妹は、ひたすらに進み続ける。
更にその妹を励ますように―――波は妹の体を沖へ沖へと押し流していく。
(ああ、ゲンキ君が、頑張ってって言っている)
(ゲンキ君も、私に助けてほしいんだよね)
それを妹は―――危険視するどころか、幸せそうにほほ笑み。
(分かった、ゲンキ君―――もっと頑張って前に行こうか)
更に、その泳ぎを加速させる。

ある程度のところまで来たときだっただろうか。
『警告、キョンの妹の指定範囲外地域への侵入を確認。一分以内に指定地域への退避が確認されない場合、規則違反の罰則が下る 』
何かが、聞こえる。
しかし届かない、聞こえない。
ナビはすでに―――言葉を発しはしない。
いや、何か言っているのかもしれないが、妹には聞こえない。
もはや彼女の頭にあるのは―――『ゲンキのために生きること』だけ。

ゲンキ君。
待ってて。
私―――生きて見せるよ。
今はまだ体が熱いけど―――もう少ししたらすっきりするから。
だから、ね。
ちょっと、待ってて。
もうちょっと、がんばるから。

―――ああ、気持ちいいなあ。
すっごく気持ちいいよ、ゲンキ君。
ゲンキ君も気持ちいいかな?
……えへへ、なんだかこういうの、照れちゃうね。
私とゲンキ君は、今、一つなんだよね。
この『気持ちいい』って感覚も―――ゲンキ君と同じかな?
こんな気持ち―――初めてだよ。

あのね。
朝倉さんとヴィヴィオちゃんの言いたかったこと―――よく分かったよ。
朝倉さんが、私を怒った理由も分かった。
朝倉さんは―――私に生きてほしかったんだね。
今からでもゲンキ君を守れ、って言いたかったんだね。
何で、気付かなかったんだろう。
でも、今は分かったよ。
ハルにゃんが教えてくれた。

もう、ハルヒの声は聞こえない。
実にすがすがしい気分だった。

『10、9、8、7……』

ああもう、五月蠅いなあ。
私が今から頑張ろうとしているのに、邪魔しないでよ。
ねえ、ゲンキ君。
私、がんばるから。
だから―――これからも一緒にいてね。
私、今度こそゲンキ君を守るから。
だから、一緒に『いこう』?
一緒に、生きようね。

『ああ、当たり前だろ』

そうだね。
ありがとう、ゲンキ君―――

―――絶対、だからね。約束♪

『       』


『0』

海の一辺に、小さな水飛沫が上がった。

212笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:17:05 ID:L7g3hoig




A−6、そこに広がるのは紅い炎。
そこには、誰もいない。
だから、そこで何が起こったのか、誰にも分からない。
知っていた少女と動かない体に正義の意思を持ったヒーローは、既に文字通り海の藻屑、オレンジ色の液体と化してしまったから。

果たして、少女はこの殺し合いで何をなしたのか?
何を思い、何を考え、どのような苦しみを抱えていたのか。
どうして、火災がこれほどまでに市街地に広がったのか。
この状況だけを見たところで、一向に答えは出ない事ばかりだ。

しかし、それでも確かに一つ言えることは。

少女の命が消えるその瞬間―――幸せそうに笑っていたということだ。

憎しみに染まった笑顔でもなく。
不安を打ち消すための作り笑いでもなく。
心の底から『誰か』に向けた―――子供らしい純粋な笑顔を。
たとえ、それが心が壊れた後であったとしても。
彼女が死ぬその瞬間幸せだったということは―――誰にも否定できるものではないだろう。

そう、少女は、『幸せ』に、なったのだ。
自分の罪も、思いも全て乗り越えて―――誰よりも、幸福な存在に。

【キョンの妹@涼宮ハルヒの憂鬱 死亡】

※キョンの妹の支給品はA−6に放置されています。
焼けてしまったかどうかはわかりません。

213笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:17:52 ID:L7g3hoig











しかし、ここでこの物語は終わらない。
視点を、この殺し合いの観察者たる二人に移してみよう。



「……ふう、いやあ、キョン君は実に面白い参加者だねえ」
『その空間』に帰ってくるなり、草壁タツオは楽しそうにそう言った。
「彼のような人間には、もっと頑張って人を殺してもらいたいところだね。そう思うだろう、長門君?」
そして、いつの間にかそこにいた長門は、しかし何も答えない。
帰ってくるなりパソコンに向きなおり、何かの作業をしているようだった。
「……長門君、少しくらい休んだらどうだい?」
「……心配は要らない」
相も変わらず愛想もなくそう返す長門。
草壁タツオは、そんな長門の背中に視線を向け―――一言呟いた。
「……そうかい?それならいいんだけどねえ。
……それより、長門君。……一つ気になることがあってね」
長門はその言葉に、表情は変えずに振り向いた。
タツオは満足そうに、言葉をつなげる。
「実はね、さっきまでこのモニターの様子を見ていたんだよ。そしたらね……ところどころノイズのような……うん、どういえばいいのかな、僕は専門ではないからよく分からないけど……
……『何かが干渉したかのような痕跡』がね、残っていたんだ。」
長門が、何か呟いた気がした。
しかし、それは何も聞こえない。
「偶然だといいんだけど、とてもそうは思えなくてね―――」
タツオは天井まで埋め尽くされるように並んだモニターの前に立ち、そして指差した。
途端画面は切り替わり、誰も映っていなかったモニターに二つの人影が映し出される。
一人は、学生らしき茶髪の青年。
一人は、異形の姿をした『ガイバーⅢ』。
超能力者・古泉一樹と、戦闘機人・ノーヴェである。
「……一度目は、第一回放送の後。これが、はじまりだね。
地点は、F−8。時刻は朝。ネオ・ゼクトールが、ノーヴェの脳髄を叩きつぶした少し後だね。
……て、長門君にわざわざ説明するまでもなく分かるか。まあいいや、一応口に出しておくよ。
ノーヴェは殺されかけたことで過剰防衛反応に出、その際に襲いかかったのが古泉一樹だった。
そこでジ・エンドかとも思ったんだけど、結局ノーヴェは意識を覚醒させ、二人は協力してネオ・ゼクトールを撃退することに成功する。いやあ、少年漫画みたいだね!
……そう、そしてここからだよ。……わずかな異常があるのは」
タツオはそう言いながら、モニターのボタンを押した。
ピ、という音とともに画面が再生される。高性能なビデオのようなものらしい。
「……長門君、見てるかい?……まあ君のことだから既に知っているかもしれないけどね」
古泉が仮面を取り、ノーヴェが殖装を解除する。
そして二人が何度か言葉を交わした後―――『それ』は、起きた。

ザッ---―――

それは、ほんの短い時間だった。
鈍感な人間なら、見逃してもおかしくないくらいの、小さな違和感。
一瞬、ほんの一瞬間だけ―――画面が暗転したのだ。
そして、そのわずかな刹那のあとは、何事もなかったかのように画面は動き続けていた。
声が聞き取れない以上、何が起こっているのか分からないが―――ノーヴェの慌てた様子から判断するに、古泉が意識を失ったのだろう。

「…………分かるね?」
草壁タツオは、微笑を浮かべる。
「……これ、だよ。この、謎のブラックアウト。
ここだけなら、僕もそう気にしはしないさ。機械の調子が悪いなんてよくあることだからね。
でも、これと同じ事態が―――他に三か所も見られたんだ。
一度は二回放送後、高校で。
一度は、今から数十分前―――僕たちがいたリングから。
そしてもう一度は―――今、ついさっき。B−7の火災現場からだ」
草壁タツオは、滑らかに言葉を紡いでいく。
無言の長門を、置き去りにするようにして。
「一度ならともかく―――何回も。この場で気絶した人間のほとんど、と言っていいかもね。さすがにこれは何かあるって思わないかい?」
長門は、やはり何も言わない。
何も、言おうとはしない。
確かに長門は、常から無口で、多くを語る人物―――否、宇宙人ではない。
しかし、今の彼女は、普段すらしのぐほどに寡黙だった。

214長門有希は」 ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:19:07 ID:L7g3hoig
「……不思議でね、僕は今までのデータを全部洗ってみた。そうすると、この現象が起こっている時にはある共通点が存在しているんだ。
それは―――その中の特定の『誰か』が、意識を失っているときだということだ。キョン君の例は、僕たち自身がこの目で直接見たよね?」
ウォーズマンに技をかけられ気絶し、過剰防衛反応により戦い続けていたキョン。
先ほど確認したところ、キョンのその気絶時間中―――すなわち、自分の無意識で戦い続けていたその最中に、件の現象が見られたのである。
「他にも、若返った冬月コウゾウとか、佐倉ゲンキ―――ああ、もう彼は死んでしまったけどね、ヴィヴィオなどの参加者が気絶していたと思われる場面でも同じことが起こっている」
草壁タツオの表情は、変わらない。
「さすがに、変だよねえ。気絶した人間が画面にいる時だけ、こんなことが起こるなんて―――まるで、『何かが気絶した人間に干渉している』みたいだ」
タツオは長門の顔を見る。
もう一度、今度は何かを促すように。
しかしそれでも、長門の口は一向に開く気配を見せない。
「……まあ、やや極論だけどね、僕はあり得ると思ってる―――それどころか、ほぼ間違いないんじゃないかって思ってるんだ。特に証拠があるわけじゃないけどね」
「……全く、面倒だよ」
疑問形のような問いかけでいて―――その表情には、確信が浮かんでいた。
タツオは、理解していたのだ。
この殺し合いに、働きかけている何か、がいると。
そして、その正体についても、それができる人間についても、あらかたの目星をつけていた。
だからこそ、タツオは―――少女に言葉を紡ぐ。
「……もっとも、今回は余計な首を突っ込んだせいで逆に彼女を殺すことになってしまったみたいだけどね?困るなあ、そういうのは。
僕がしてほしいのは殺し合いじゃなくて、自殺じゃないんだけどなあ」
妹の命が潰える瞬間を繰り返し見て、タツオは溜息を吐く。
「ま、誰がどんな意図で何をしているのか―――そもそも死人に意思があるのかすら分からないけど、これでさすがに懲りてくれるでしょ。次のことはまた同じ現象が起こるようなら考えればいいよね、もうこんなことあってほしくないけど」
タツオはため息をつきながら画面を元通り、リアルタイムの会場へと戻す。
そして視線を向けるのは―――目の前にいる、一人の少女。
長門有希という名の―――自分の『協力者』に。

「不思議だよねえ」
草壁タツオは―――笑う。
なんの曇りもない、澄み切った笑顔だった。
疑わしげな表情が一切浮かんでいないことが、逆に不気味なくらいに。
「この場所にいる参加者は48人―――まあ今は30人くらいだけどね。彼らのうち、意識を失う人間が4人くらいいたとしても、それはそんなに妙なことじゃない」
タツオの眼鏡の奥の表情は、分からない。
「むしろ、4人どころじゃない。君のような強者ならともかく、僕や娘たちのような普通の人間がこんなところにいたら、そりゃ意識を飛ばしたくもなる。」
こつん、とモニターの一つを人差し指で叩く。
何か、言いたげに―――しかし、それは口にせず。
「さっき僕が言ったように、『何か』が、気絶した人間に干渉している、ということが実際に起こったとしよう。それ自体は不思議なことじゃない。中にはそういう能力を持った人物だっている。――-そうだろう?」
探るように。
問いただすように。

215長門有希は草壁タツオを前に沈黙する ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:19:49 ID:L7g3hoig
「……不思議でね、僕は今までのデータを全部洗ってみた。そうすると、この現象が起こっている時にはある共通点が存在しているんだ。
それは―――その中の特定の『誰か』が、意識を失っているときだということだ。キョン君の例は、僕たち自身がこの目で直接見たよね?」
ウォーズマンに技をかけられ気絶し、過剰防衛反応により戦い続けていたキョン。
先ほど確認したところ、キョンのその気絶時間中―――すなわち、自分の無意識で戦い続けていたその最中に、件の現象が見られたのである。
「他にも、若返った冬月コウゾウとか、佐倉ゲンキ―――ああ、もう彼は死んでしまったけどね、ヴィヴィオなどの参加者が気絶していたと思われる場面でも同じことが起こっている」
草壁タツオの表情は、変わらない。
「さすがに、変だよねえ。気絶した人間が画面にいる時だけ、こんなことが起こるなんて―――まるで、『何かが気絶した人間に干渉している』みたいだ」
タツオは長門の顔を見る。
もう一度、今度は何かを促すように。
しかしそれでも、長門の口は一向に開く気配を見せない。
「……まあ、やや極論だけどね、僕はあり得ると思ってる―――それどころか、ほぼ間違いないんじゃないかって思ってるんだ。特に証拠があるわけじゃないけどね」
「……全く、面倒だよ」
疑問形のような問いかけでいて―――その表情には、確信が浮かんでいた。
タツオは、理解していたのだ。
この殺し合いに、働きかけている何か、がいると。
そして、その正体についても、それができる人間についても、あらかたの目星をつけていた。
だからこそ、タツオは―――少女に言葉を紡ぐ。
「……もっとも、今回は余計な首を突っ込んだせいで逆に彼女を殺すことになってしまったみたいだけどね?困るなあ、そういうのは。
僕がしてほしいのは殺し合いじゃなくて、自殺じゃないんだけどなあ」
妹の命が潰える瞬間を繰り返し見て、タツオは溜息を吐く。
「ま、誰がどんな意図で何をしているのか―――そもそも死人に意思があるのかすら分からないけど、これでさすがに懲りてくれるでしょ。次のことはまた同じ現象が起こるようなら考えればいいよね、もうこんなことあってほしくないけど」
タツオはため息をつきながら画面を元通り、リアルタイムの会場へと戻す。
そして視線を向けるのは―――目の前にいる、一人の少女。
長門有希という名の―――自分の『協力者』に。

「不思議だよねえ」
草壁タツオは―――笑う。
なんの曇りもない、澄み切った笑顔だった。
疑わしげな表情が一切浮かんでいないことが、逆に不気味なくらいに。
「この場所にいる参加者は48人―――まあ今は30人くらいだけどね。彼らのうち、意識を失う人間が4人くらいいたとしても、それはそんなに妙なことじゃない」
タツオの眼鏡の奥の表情は、分からない。
「むしろ、4人どころじゃない。君のような強者ならともかく、僕や娘たちのような普通の人間がこんなところにいたら、そりゃ意識を飛ばしたくもなる。」
こつん、とモニターの一つを人差し指で叩く。
何か、言いたげに―――しかし、それは口にせず。
「さっき僕が言ったように、『何か』が、気絶した人間に干渉している、ということが実際に起こったとしよう。それ自体は不思議なことじゃない。中にはそういう能力を持った人物だっている。――-そうだろう?」
探るように。
問いただすように。

216長門有希は草壁タツオを前に沈黙する ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:20:34 ID:L7g3hoig
タツオは、笑顔のまま、長門に話題を振る。

長門は、無反応。
指一本すら、動かそうとしない。
タツオの言わんとしていることが、「分からない」訳でもないだろうに。

「たとえば―――『思ったことを現実に変える力の持ち主』、とかね」

―――まさか、君は涼宮ハルヒの『干渉』を予想していたのではないか?
そう、暗に問いかけるタツオ。
どう応えてほしかったのかは分からない。
頷いてほしかったのか、首を横に振ってほしかったのか。
そもそも、タツオに人の心が残っているのかすら―――分からないのだ。

「……証拠はない。……今のところ断定はできない」
長門は、ぽつりとそれだけ答えた。
ただ、機械的に。
自分の今の状況が理解できていないようにも思えるくらいに微動だにせずに。
草壁タツオが常に笑顔なのと同様に―――常なる無表情で。
「……今から調査は行っておく」

落ちる、沈黙。

かたかたと、窓が鳴る。
風が吹いている訳でもないのに―――そもそもここがどこなのかも判然としないのに―――何かが、外壁を叩きつけていた。
それはもしかしたら、長門の無言の圧力だったのかもしれない。

神妙な顔つきで長門を見つめていた草壁タツオは無言で立ち上がり、―――長門に歩み寄る。
爽やかな笑顔で。
「……うん、そうか、助かるよ。じゃあ後のことは長門君、君に任せようかな」
その答えに対して―――何も触れようとはしなかった。
「もうすぐ放送だからね。僕はそっちをやってくるから、後のことは君に頼むよ。くれぐれも、無理はしないように」
タツオはそう言いながら、するりと、長門の横を素通りした。
何もなかったかのように。
先ほどまで長門に向けていた疑惑など、全くなかったかのような、態度で。
部屋を出掛けたところでぴたりと立ち止まり、そしてドアノブに手をかけたまま、言う。
長門にしか届かないくらいの、小さな声で。
「僕たちは―――『共犯者』なんだからさ」

長門は、何も言わない。
無言で―――キーボードを高速で叩き始める。
タツオがその部屋を離れるのに、振り向きもせず。
その顔に浮かぶ本当の表情は、何色か。

バックアップが、反逆を誓った。
超能力者が、宣戦布告を行った。
『一般人』の少年が、救いを求めすがった。
『神』が、――-最期の瞬間まで信じ続けた。
それが、……この長門有希という少女なのだ。

「……」
何か、呟いたのかもしれない。
でも、それは聞こえない。
仲間たちも、タツオも、誰にも―――今の長門の声を聞ける者はいなかった。

217 ◆h6KpN01cDg:2009/05/30(土) 00:23:21 ID:L7g3hoig
以上です。
すみません、ミスしていました。
>>213からが「長門有希は草壁タツオを前に沈黙する」です。
そして>>214はミスなので>>213の次は>>215でお願いします。

……そしてこんなにややこしい状態なのに規制なのでどなたか問題なさそうでしたら代理投下お願いします。

どうして地元は田舎なんだ、新ハルヒが見れねeeeeeee!

218もふもふーな名無しさん:2009/05/30(土) 17:18:31 ID:zG04jV6w
さるさんになりました
誰か代わりにお願いします

219もふもふーな名無しさん:2009/05/30(土) 17:54:32 ID:qCfgI2s.
私もさるさんを喰らいました。どなたかお願いします。

220 ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:02:29 ID:YrRABrO.
それではこれより修正版を投下いたします。
修正をするのは>>174から先の部分です。
>>173までは同じでお願いします。

221痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:04:32 ID:YrRABrO.
『そうはさせん』

だが、それに気づいたネブラが攻撃を阻止すべく、触手を一本だけ先をナイフ状にし、レーザーを撃たれる前に横一閃する。

「なにぃ!?」

レーザー発射口が切り裂かれ、チャージされていたエネルギーが霧散する。
反撃は失敗に終わったのだ。

(ま、まだだぁ!!)

それでもゼクトールは諦めない。
執拗に攻めてくる触手を電撃で吹き飛ばそうと、体内でエネルギーをすぐにチャージする。
しかし、それも未遂に終わる。
電撃が体内から放たれるより先に、トドメと言わんばかりに、一際太い触手がゼクトールの頭に叩きつけられた!!

「ぐわあぁぁ・・・・・・!!」

ゼクトールの脳みそがシェイクされ巨大なハンマーで砕かれたような衝撃が襲う。
元からボロボロであり、ダメージを耐えてきた彼だが、ここでとうとう限界を超えてしまったらしい。
すーーーっとゼクトールの意識がブラックアウトしていく。

「おのれぇ・・・・・・アプト・・・・・・ム・・・・・・」

その言葉を最後に、ゼクトールは意識を手放し、その巨体が床に沈むことになる。

−−−−−−−−−−−

222痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:06:58 ID:YrRABrO.

数分前。
ゼクトールから逃れるべく、市街地で起きた火災による煙に紛れつつ、喫茶店へ逃げ込んだアプトム。
(ちなみに、逃げることに夢中でお目当てでもあったガイバーに気づけなかったようだ)
文字通りゼクトールを煙に撒き、見失なわせることができた。
しかし、それも一時的なもので、すぐにでも追ってくるだろうとアプトムは予感していた。
そこで、喫茶店の先客であった人間の女と、雰囲気からしてゾアノイドには見えない二足歩行の巨大野兎に自身を匿うように要求した。
もちろん唯ではなく、金貨の詰まった箱を代金として取引とした。
しかし、返ってきた反応は・・・・・・

「悪いけど、できないわ。
あなたを匿う気も、この箱を受け取る事も」

人間の女−夏子はアプトムに箱を返還し(余談だが、箱が返された時に野兎−ハムは、勿体ない、と惜しそうな顔をしていた)、銃口を向ける。

「あなたを信用するわけにはいかないわ。
即刻、でていかなかったら撃たせてもらうわよ」

厳しい顔をして、夏子は非常に濃い警戒の色を見せる。
交渉は決裂だった。

「そうか・・・・・・」


アプトムは諦めを思わせるような態度を取ると、その直後に片腕を伸ばして夏子の首を強引に掴み、圧迫する。

「がっ!? な、なにを・・・・・・!!」

突然の思わぬ攻撃に、夏子は焦燥する。
しかし、それでも軍人である夏子は反撃することは忘れず、手に持っていた拳銃の銃口をアプトムの額に向け引き金を引こうとする。
撃たれるよりも早く察知できたアプトムは、もう片方の腕を延ばして拳銃を奪い取る。
一瞬で攻撃手段を奪われてしまった夏子は唖然とする。

「馬鹿が!
こんな所で発砲すれば、奴を呼び込む事になるぞ!?」

アプトムは、火力の低い銃撃では簡単に死なないとは自覚しているが、問題なのは銃声でゼクトールが招きよせられてしまう事。
それを防ぐために夏子の拳銃を奪ったのだった。

「ハ、ハム!!」

武器を奪われた夏子はハムに助けを求めようとした。
しかし、返ってきたのは情けなく謝る彼の言葉と、喋るネコミミの報告。

223痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:07:50 ID:YrRABrO.

「す、すいません夏子さん。
助けたくとも助けられなくなってしまいました・・・・・・」
『飛び掛かろうとしたのか、逃げようとしたのかわからないが、何やら動きがありそうだったので無力化させてもらったまでだ』

夏子がハムを見ると、ハムはいつの間にやら彼女同様に捕縛されていた。
もっとも、ハムを縛りつけていたのはアプトムが頭に装着しているネブラであり、自身を変形させて大鎌の形状を作り、それをハムの首に当てていた。
その鎌の存在感は、何かすれば首と胴体をお別れさせると語っている。
そういう意味でハムは動けなくなっていた。
相変わらずの掴み所の無い飄々とした態度を取ってはいるが、心中は外見ほどの余裕は持っていない。

「め、面目ないです」
「くぅ・・・・・・」

こうして、一人と一匹はあっさりと無力化されてしまった。
夏子の絞殺刑準備とハムの斬首刑準備は、アプトムとネブラによって整った。
ハムは打つ手無しと諦めたのか、両手を上げて降参のポーズをする。
夏子は力の無さを余計に痛感し、悔しさで泣きたくなる気分を持っていた。
二つ分の生殺与奪を握ったアプトムは冷徹に言葉をかける。

「わかるか?
これが力の差というものだ。
首をへし折られるか、切り落とされるのが嫌なら俺に逆らわない方が懸命だぞ」

取引できないなら、強行手段により強引に従わせる。
それがアプトムのとった方法だった。
いくらダメージを負っていたとしても、銃に頼るようなヤワな人間なら捩伏せられる。
また、ダークレイス(おそらく人間以外)ならネブラも快く戦ってくれる。
そして、制圧は簡単に成功したのである。

「どうだ?
従う気になったか?」
「だ、だからといってあなたのような危険のある人物を近くに置くわけには−−がふっ」
「まだわからないのか?
この店に匿うだけで良いのに、なぜ嫌がる?」
「夏子さん!」

いまだに反抗の意思を持つ夏子の首を伸ばした身体でギリギリと締め付ける。
夏子は首を締め付ける腕を外そうともがくが、まったく外れる様子がない。

ある程度苦しめた所で、アプトムは腕の力を一時的に抜き、夏子は窒息から解放される。
首を締められたことにより、顔は充血で真っ赤だ。
「ゴホゴホ」とむせ返っているのは酸欠によるものである。

224痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:09:21 ID:YrRABrO.

今度は穏やかな口調でアプトムは夏子とハムに語りかける。

「おまえたちだって死にたくはないだろう? それは俺も一緒だ。
だが、徒党を組むなりしなければ、殺し合いを生き延びることは難しいだろう?
それはおまえたちとて同じハズだ」

アプトムの言う通り、夏子とハムの最低限度の目的は生き残ること。
そのためには優勝だろうと、脱出だろうと−−
少なくとも夏子は、シンジやみくるたちと徒党を組んだのも、優勝や脱出を目指すというより、生き延びる確率を上げるために徒党を組んでいたにすぎない・・・・・・最初の内は間違いなくそうだった。
つまり、アプトムは夏子たちと同じ考えを持っていたとも言える。
だが、どうしても、感情やら得体の知れなさによりアプトムを拒絶したくなるのだ。
夏子をその拒絶反応を睨みつける事で顕にする。
しかし、アプトムは至って涼しい顔をしていた。

「安心しろ。
今すぐとって喰おうとは思わん。
安易に殺して、情報などが手に入らなくなるのは痛いからな」
「よく言うわね。
こんなことをしておきながら・・・・・・」
「危機的に状況に陥れば誰だってこうするだろう。
立場と実力が逆だったら、きっとおまえたちもそうする」
「なるほど・・・・・・この仕打ちはあなたなりの手荒い交渉といった所ですか」
「そういうことだ」

何やら納得したハムに、ハムの解答を肯定するアプトム。

「あの・・・・・・そろそろ、この鎌を退けて欲しいのですが」
「返答は?」
「わ、我輩はあなたを匿うしかない・・・・・・いや、匿っても良いと思いますよ」

先に折れたのはハムだった。
どこか調子が良く、飄々とした言葉には抵抗の意思が見られない。
そんなハムを一度怒鳴る夏子。

「ハム!!」
「だって夏子さん!
この状況はどう見たって我輩たちに勝ち目はありませんぞ!!
彼の方が何枚か上手だったんですよ」

ハムもまた、弁解をする。
言っている事は正しい事であり、このまま逆らうものなら犬死に確実。
犬死にを避けるには、今だけでもアプトムに従うしかないのである。

夏子もそれは頭ではそれを理解している。
ただ、折れるということは負けるということ。
自身の力不足を感じている彼女には、辛酸を舐めさせられるという事だ。

225痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:11:49 ID:YrRABrO.
それでも例え辛かろうと、プライドに命は変えられない。
生き延びるためにはプライドを捨てることも、時には必要なのである。

「・・・・・・クソッ、仕方がないのね・・・・・・」
「よろしい」

結果、苦味を潰したような顔をしながらも、彼女も折れる事を宣言した。
それを聞いたアプトムは、これでゼクトールから逃れる事ができると、口を三日月にしてニヤリと笑う。
だが、その笑顔も、ネブラの報告により一瞬で掻き消える。

『奴が近づいてくるぞ、アプトム君』
「何ッ!?」

今まで二人に恐怖を与えていたアプトムが、今度は戦慄させられる。
ネブラはいち早くゼクトールの気配を察知し、その事をアプトムに伝えた。
すぐに夏子の首を締めていた腕と、ハムの首にかけていた大鎌からネブラの形状を元に戻し、割れた窓から外の様子を見る。
解放された夏子とハムも、アプトムに続いて窓を見た。
そこには、まだ距離としては遠いものの、ゼクトールが空を飛んでいた。

「来るにしても予想より早過ぎる・・・・・・!」
『どうする?
目的はここかどうかは知らんが、確実に近づいてきているぞ』

迫るゼクトール。
人間程度なら軍人相手でも、問題なく押すことはできたが、流石に自分を痛め付けた当人である超獣化兵に勝てる自信はない。
アプトムに焦りがつのっていく・・・・・・
そんな彼に、ネブラはあくまで冷静に質問する。
アプトムもまた、ただ焦ってばかりではなく、頭を働かせて考える。
より最善の方法を考えて店内を見回し、そして−−

「よし、俺に考えがある」

そう言った途端、アプトムは身体をスライム状に変える。
だが、このスライム状態を正確に説明すると、元の姿から別の姿へ移るための中間形態である。
これを維持するには、かなりの無理をする必要がある。
よって、そこに現れたのはグロテスクな泥人形のごとき物体。


「ひッ!」
「うわぁ・・・・・・」

夏子はその様子に絶句し、恐怖する。

226痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:12:37 ID:YrRABrO.
ハムのような人外の生物は見慣れたつもりでいたが、生物的にはまずありえない、身体を自由自在に変形させてしまう者までいたことは、遥かに予想外だった。
現状のアプトムの形態だけでも、良くも悪くも普通の感性を持つ彼女にはおぞましい姿に見えた。
故にアプトムを脅威的な化け物と思えてしまう。
一方でハムも驚いてはいたものの、夏子ほどではない。
ハムのいた世界にも、身体がスライム状の種族は存在しているのである。
・・・・・・流石に、アプトムほどの力は持ち合わせていなかっただろうが。

元・アプトムだった気味の悪い物体が声を発する。

「これは返す」
「!」

それだけ言うと、アプトムは夏子に先程奪った拳銃を投げて返した。
それはまるで泥人形が銃を吐き出したみたいな、奇妙な光景だ。
夏子が拳銃をキャッチしたのを確認すると、二人に命令を下す。

「奴がきたら、俺がここにいることは隠し通せ」
「ちょっと待ってください!
我輩たちはどうなるんですか!?」
「策はある・・・・・・俺を信じろ。
いちおう、殺されないように動いてやる」

−−−−−−−−−−−

227痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:13:07 ID:YrRABrO.

一方その頃、ゼクトールも喫茶店の中の人影を発見する。
アプトムがいる可能性は考慮していても、アプトムの存在に気づいている様子は無い。


−−−−−−−−−−−

228痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:14:52 ID:YrRABrO.



『奴がこちらに気づいたようだ、明らかにこちらに近づいてくる』
「そうか、では行動開始と行こう」

アプトムは素早く床から壁を伝って天井に移動する。
床及び自分を踏まれた時の感触で、所在を気づかれるのはマズイと思ったからだ。
ゼクトールが来るまでの短い間に、アプトムとネブラは小声での会話をする。

『(策とは何かね?)』
「(単純な奇襲だ、奴があの二人に気を取られている隙に後ろを取って反撃を許さないように攻撃を浴びせる。
それにはおまえの力が必要だろう)」
『(心得た)』
「(あと、もう一つ。
絶対に殺さず無力化させてくれ)」
『(・・・・・・なぜだ?)』

アプトムは自分の障害になる者には情け容赦をするつもりはなかったハズだ。
それが急に、「殺すな」と注文してきたことに、ネブラは無い首を傾げる。

「(理由は後で話す。
今は俺の指示に従う事だけ考えていろ)」

そして自分の体色をカメレオンのように周りの景色に合わせようと保護色を帯びさせようとする。
しかし、能力的には未熟なアプトム、彼が変身した部分は天井の色とは違うシミのようになっていた。
されど、決してそれは不自然では無く、周りの景色に溶け込んでいた。
なぜなら、先の爆風で天内は荒れていたため、ガラスの破片が散乱し、テーブルやイスが無造作に倒れている。
他にも汚れや傷だらけの店内で、天井に大きなシミが一つくらいあっても、不自然ではなかった。
これはアプトム自身が己のコピー能力の未完成さを知っているからこそできた技である。
最後に、唯一身体からはみ出ている首輪とネブラとディパックを、スライム状の肉体を覆い被せることで、隠す。

そして、全ての準備が整った所で、ゼクトールはやってきた・・・・・・

−−−−−−−−−−−

229痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:16:47 ID:YrRABrO.

あまりに現実離れしたものを見せられて半ば呆けていた夏子とハムは、ゼクトールの出現にいやがおうにも現実に引き戻される。

「クッ!」
「ムハ?」

ネブラの忠告から、ここへ何者かがやってくるのはわかっていたが、甲虫の怪人・ゼクトールがやって来たのがその忠告から間もなくだったため、対応が遅れてしまった。
また夏子は、反応と仕草からして、甲虫の怪人はアプトムと何かしら関連性があり、アプトムとの公約を破って売りつけてしまおうか、とも考えた。
しかし、それをやれば姿を消したアプトムが何をしてくるかわからない。
結局、生殺与奪は握られたままなのだ。
第一、アプトムの事をゼクトールに話したからといって、そのゼクトールが自分たちを助けてくれるとは限らない。
戦闘力の差は日を見るより明らかであり、結局の所、アプトムがやろうとしている事を信じるしかないのだ。
もちろん、アプトムが土壇場で裏切ったり、失敗すれば全てはおじゃん。
彼女たちにやれることは、詰み将棋状態の状況下で、アプトムを信じるか、見つけるのが非常に困難な逃亡手段を自力で考えるしかなかったのだ。


ゼクトールが最初にとったのは対話だった。
最初に「俺は優勝に興味がない」と踏み出したが、夏子はゼクトールを拒絶する。
ゼクトールの様子を窓から伺っていたからでもあるが、何より先程までアプトムから虫けらのような扱いを受けていたことの要因が大きい。
要は、怖くて恐ろしいものだから拒絶しているのだ。

だが、夏子たちの警戒は間違ってなかったのかもしれない。
何せ、ゼクトールは夏子たちを殺す気でいたのは確かなのだから・・・・・・


打って変わって、ゼクトールの頭上−−天井に張り付いているアプトムは様子を伺う。
目論み通り、囮に気を取られているゼクトールは、アプトムに気づいている様子もなかった。
ゼクトールの真上から上半身を天地逆転状態でゆっくりと形づくり、奇襲をかける準備をする。
天井から上半身が現れる奇妙な光景に、夏子とハムは眼を丸くして見ていたが、こんなものを見た経験の無い彼女らには無理もないだろう。
二人の視線の先を察知したのか、ゼクトールが天井を見上げるが、もう遅い。

230痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:18:00 ID:YrRABrO.
ゼクトールが攻撃してくる前に、アプトム及びネブラは一気に畳みかけた。
アプトムの指示により、殺すなと命じられたネブラが考えた攻撃手段は『殺傷力の低い打撃』だった。
その解答が触手による鞭撃である。
鞭は与える痛みが大きいが殺傷力が低く、相手を無力化するにはうってつけだった。
殺傷力が低いとはいえ、ダメージ超過によるショック死もあるが、アプトムより実力が上の怪物であるゼクトールに限ってそんなに簡単には死にはしないだろう。
むしろ、鉄骨すら雨細工のように曲げる甲殻の持ち主だ。
人間なら殺せるぐらい打撃を与え続けなければ、まず倒れなかっただろう。
元から耐久力があるのか執念のためか、なかなか倒れないゼクトールに、ネブラは一際太い触手による鞭撃を頭目掛けて喰らわせた。
異常な硬度を持つ甲殻は割れなかったが、そこから内側には強い振動によるダメージを与えたのだ。
振動により、ゼクトールに脳震盪を引き起こさせ、制圧に成功する。
気を失う瞬間に、ゼクトールはアプトムへの恨み言葉を口にしながら、床に倒れ伏した。
ネブラは触手を引っ込めて、アプトムに言った。

『勝ったな』
「ああ・・・・・・」



−−単純な戦闘力で劣るアプトムが、ネオ・ゼクトールに勝つには奇襲しかなかった。
アプトムは勝つために知恵、囮や装備、己の能力やその未熟さすらも、使える物は全て利用した。
ゼクトールも決して驕っていたわけではないが、彼は二手三手先を読み切れず、チェスの達人が不慣れな将棋をやるように、相手の土俵に立ってしまった。
これがアプトムの勝因であり、ゼクトールの敗因である。

仇を討つつもりが、逆に返り討ちにあったことは、ゼクトールにとっては、さぞ苦痛だろうに。
ただ、不幸中の幸いとして、勝者であるアプトムが、敗者であるゼクトールの命を取ろうとは考えていなかったのである。
少なくとも、今はまだ・・・・・・

−−−−−−−−−−−

231痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:21:36 ID:YrRABrO.

アプトムは身体をまたスライム状にしてそのまま床へと降りる、身体をスライム状にしたため落下の衝撃は分散、そして通常の身体を形作って人間の男性の形を取る。
そこでふと、違和感に気づく。

「あの二人はどこへ行った?」
『我々が戦っている最中に逃げ出したようだ』

いつの間にやら、夏子とハムは喫茶店からいなくなっていた。
戦闘中の隙をついて、裏口から逃げ出したのだ。
奇襲に集中していたアプトムたちは、一人と一匹まで気が回らなかったのである。
だが、アプトムはそれを気にする様子も無かった。

「まあいい、囮にぐらいは約に立った。
あいつらは後回しで構わん。
それよりも・・・・・・」

アプトムは床に倒れたゼクトールに眼を向ける。

(コイツはなぜ、俺に襲いかかってきた?
しかも、面識のない俺へなぜ、あそこまで感情を剥き出しにして襲いかかってきたんだ?)


再調整を受けたアプトムが組織から離反し、ゼクトールの仲間たちを目の前で補食した事により、ゼクトールの復讐が始まった。
・・・・・・だがそれは、アプトムにとってはまだ先の未来の話であり、知るよしもない。
『今この場にいる』アプトムには無関係なのだ。
アプトムから見れば、身に覚えのない恨みで追われているようにしか思えないのである。

『ところで、君が言っていたことは結局なんなんだ?』
「ああ、その事か」

ネブラはアプトムが先程言っていた「考えがある」についての話を尋ね、アプトムは答える。

「コイツを味方につけることだ」
『・・・・・・それは本気か?
起き上がってきたら再び襲いかかってくるかもしれんぞ』
「おまえもコイツの戦闘力を見ていただろう」

強力なレーザー光線、その発射口が破壊されても、格闘だけでも十分な攻撃力を持ち、ケタ外れの頑丈さを誇っている。
それを見ていたアプトムは、味方に引き込めばこれほど力強い者はないと確信していた。
補食すれば能力をまるまる吸収−−の能力は、この時点のアプトムには持ち合わせていない。
せいぜい劣化コピーが限界である。
だから、力を手に入れるには、味方に引き込むしかないのだ。

「可能な限り、説得または取引をして徒党を組み、生存率を上げる。
生き残るにはどうしても力がいる。
そのためにコイツを生かしたのだ」

232痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:23:56 ID:YrRABrO.
それがアプトムの真の目論みであった。
だが、その目論みにネブラは疑問を投げかける。

『だが、もしも従わなかった場合はどうするつもりなのだ?』
「・・・・・・俺も、そう易々とコイツを味方にできるとは思っていない。
仲間にならないなら、容赦なく殺すつもりでもある」

既に徒党を組めない場合の処理も、アプトムは考えていた。
そんなアプトムは、床のゼクトールを冷たく見下しながら、ネブラに指示をする。

「ネブラ、コイツを拘束しておけ。
ついでに念のため、いつでも殺せる状態にしろ」
『了解した』

指示を受けたネブラは、触手を伸ばしてゼクトールの四肢と武器が飛び出しそうな部位を拘束し、その首には、ハムに施したような大鎌状に触手を変形させ、いつでも首を跳ねられる状態にした。

「まぁ、無理はしない。
ただ、この殺し合いに関する情報だけでも手に入れたい。
・・・・・・なぜ、俺を狙っているかの理由もな」

独り言のように呟きつつ、さらにゼクトールからディパックも没収する。
その中身を確認しようとした所で、ネブラが割り込む。

『アプトム君、火の手が迫っているぞ』
「・・・・・・そのようだな」

外を見ると、隣のエリアから伸びた火の手は喫茶店の近くまで来ていた。
もうあまり長く喫茶店にはいられないようだ。

『わかったのなら、早く出よう。
この建物が燃えるのも時間の問題だ』
「・・・・・・いや、ちょっと気になる事がある」
『なんだ?』
「これだ」

喫茶店を出ることを促すネブラに、アプトムは壁一面に書かれた大きな文面に指をさす。
壁には、
『うとたまなこりふうのぞうえたまつまりあのなたまうがつあたゆきるばうにいたるぞ
ともそうはふおまきおいたこま

仲間のことは気にしないで コサッチへ』と、意味不明の言葉を大半で埋めつくされた形で書かれている。
何かの暗号だろうか?
どうやら、その文面にアプトムは興味を持ったらしい。

233痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:24:49 ID:YrRABrO.
「さっきから気になっていたんだ。
燃える前に書き写していきたい」
『悠長にそんなことをしてる暇はないだろうに』
「三分もいらん。
少しくらい待ってろ」

アプトムはすぐにメモとペンを取り出し、すぐにスラスラと書き写す。
火は迫ってるが、どうしてもこの暗号を自分の手元に置いておきたいらしい。
ここで書き写さねば、炎に包まれてこの情報は二度と手に入らなくなるからだ。
この暗号を残す価値があるならば失うわけにはいかないし、価値が無くても邪魔な荷物にはならない。
生き残るためには、親友以外は何もかも利用し、何もかも無駄しないアプトムらしいと言えば、この行動はアプトムらしかった。


「これでいい。
よし、ここを出るぞ」

約一分後、作業が終わり、ディパックにメモをしまい、アプトムはようやく喫茶店を出ることにする。
この店は火の手が上がり始めていたが、幸い、まだ出られないほど激しく燃えてはいないため、ゼクトールを引きずっても脱出は容易であった。
アプトムは、ネブラから伸びる触手でゼクトールを引っ張りながら喫茶店を後にした。
重いゼクトールを引っ張る力をネブラが補正してくれるので、引っ張っていくのに疲労は感じず、少しばかり重い程度の荷物の感覚である。
しいていうなら、頭からネコミミ改め複数の触手を伸ばし、巨大なカブトムシを引きずる姿は、とても珍妙な姿であろう。



燃えていく喫茶店を背中に離れていくアプトムは、ふと、空を仰ぎ見る。
彼のカンが正しければ、時間的には−−

「−−そろそろ放送の時刻だな・・・・・・」

234痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:27:18 ID:YrRABrO.


【B-7 市街地/一日目・夕方(放送直前)】


【ネオ・ゼクトール@強殖装甲ガイバー】
【状態】脳震盪による気絶、疲労(大)、ダメージ(中)、ミサイル消費(中)、羽にダメージ(飛行に影響有り)、右腕の先を欠損(再生中)
ネブラによる拘束
【持ち物】なし
【思考】
0、(気絶中)
1、ズーマ(名前は知らない)に対処する(可能な限り回避を優先)
2、正義超人、高町なのはと出会ったら悪魔将軍が湖のリングで待っているとの伝言を伝える。ただし無理はしない。
3、機会があれば服を手に入れる(可能なら検討する程度)。
4、ヴィヴィオに会っても手出ししない?
5、アプトムを倒した後は悪魔将軍ともう一度会ってみる?

【備考】
※キン肉スグル、ウォーズマン、高町なのはの特徴を聞きました。(強者と認識)
※死体は確認していないものの、最低一人(冬月)は殺したと認識しています。
※羽にはダメージがあり、飛行はできても早くは飛べないようです。無理をすれば飛べなくなるかもしれません。

235痛快娯楽復讐劇(修正版) ◆igHRJuEN0s:2009/05/30(土) 22:29:10 ID:YrRABrO.
【アプトム@強殖装甲ガイバー】
【状態】全身を負傷(ダメージ大)、疲労(大)、サングラス+ネコミミネブラスーツ装着
【持ち物】碇指令のサングラス@新世紀エヴァンゲリオン、光の剣(レプリカ)@スレイヤーズREVORUSION
ヴィヴィオのデイパック、ウィンチェスターM1897(1/5)@砂ぼうず、デイパック×2(支給品一式入り、水・食糧が増量)、金貨一万枚@スレイヤーズREVO、ネブラ=サザンクロス@ケロロ軍曹、
ナイフ×12、包丁×3、大型テレビ液晶の破片が多数入ったビニール袋、ピアノの弦、スーツ(下着同梱)×3、高校で集めた消化器、砲丸投げの砲丸、喫茶店に書かれていた文面のメモ
ディパック(支給品一式)黄金のマスク型ブロジェクター@キン肉マン、
不明支給品0〜1、ストラーダ(修復中)@魔法少女リリカルなのはStrikerS

【思考】
0、なんとしても生き残る。
1、ゼクトールと仲間になるように交渉及び情報を聞き出す。
反抗的だったり、徒党を組めないようなら容赦なく殺害。
2、遭遇した人間は慎重に生殺を判断する。
3、冬月コウゾウ他、機会や生体化学に詳しい者と接触、首輪を外す為に利用する。
4、情報を集め、24時に警察署に戻ってきて小砂と情報を交換する。
5、強敵には遭遇したくない。
6、深町晶を殺してガイバーになる。
7、水野灌太を見つけても手出しはしない。たぶん。
8、女と野兎(夏子・ハム)はどうでもいい。

【備考】
※光の剣(レプリカ)は刀身が折れています。
※首輪が有機的に参加者と融合しているのではないか?と推測しています。
※ネブラは相手が“闇の者“ならば力を貸してくれます。
※ゼクトールは自分を殺そうとしていると理解しました。
※逃げるのに夢中だったため、ガイバーⅡに気付いていませんでした。
※ストラーダの修復がいつ終わるかは次以降の書き手さんに任せます。


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