したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

第25回参議院議員選挙(2019年)

1とはずがたり:2016/07/18(月) 12:39:59
2004年
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1069407561/l50
2007年
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1089893576/l50
2010年
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1202752370/l50
2013年
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1279062373/l50
2016年
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1388412245/l50

2239とはずがたり:2021/04/28(水) 20:18:52
現実は千曲会も弱体化してたし王国復活させるには衆院選での議席奪取と県議選での躍進が必要だなぁ。長期低落に陥ってた羽田王国が復活出来るかは次の世代が自律的に支持拡大できるか,だ。
>この地域の自民党県議も前回の選挙で若い議員も含め1人から8人に増えている。

今迄も似たような内容の協定を結んできた印象だったけどそうでもなかったのか?
>連合長野の幹部は「共産党との政策協定はこれまでも結んできていたが、政策を丸飲みするような内容となっていたことには驚いた」と、ため息交じりに話した。

2021年4月28日特集記事
生き残った信州の王国
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/59172.html

…雄一郎の死去からおよそ1か月後。白羽の矢は弟の次郎に立てられた。

もう1人の訃報
「千曲会」の支援のもと、次郎は立憲民主党の公認候補となった。
共産党、国民民主党、社民党からの推薦も得て野党連携も構築し、盤石の態勢で選挙に向けて歩み出した。

しかし、その矢先、もう1人の男の訃報が陣営に衝撃をもたらした。

2月10日。
立憲民主党長野県連で選挙対策委員長代理を務め、長年、羽田家の選挙を支えてきた元県議会議員の倉田竜彦が亡くなったのだ。

倉田は、野党勢力をまとめる長野県政界の重鎮。

もともと保守層を支持基盤としてきた「羽田家」と野党勢力をつなぐパイプ役となってきた。野党連携は寄り合い所帯。政策や理念が違う部分は少なくない。

倉田は、それぞれが譲れない一線を守りつつ、一致点を見いだしてきた。今回の次郎の選挙でも、その手腕が期待されていた。政治経験が浅い次郎にとって、倉田を失ったのは痛手だった。

…野党共闘が実ったように映った選挙戦だが、告示日の直前には、思わぬ足並みの乱れが生じた。原発ゼロの実現などを目指すことを明記した政策協定を次郎と共産党の県委員会などが結んだことが明らかになったのがきっかけだった。

次郎が公認を受ける立憲民主党は、同様に原発ゼロを掲げ、問題はない。しかし、推薦を決めていた国民民主党から反発の声があがった。

国民民主党を支援する電力総連や自動車総連などにとって、原発ゼロは譲れない一線。これを丸飲みした形の政策協定を陣営が結んでいたことは、到底受け入れられないということだった。

「倉田さんがいたら…」
パイプ役の不在が響いたのか。
連合長野の幹部は「共産党との政策協定はこれまでも結んできていたが、政策を丸飲みするような内容となっていたことには驚いた」と、ため息交じりに話した。

最終的に雄一郎の弔い合戦に水を差したくないという気持ちも働いたことで野党連携はなんとか壊れない形で決着を見た。しかし、選挙期間中、立憲民主党や共産党、国民民主党、の党首がならんで支持を訴える場面は最後まで見られなかった。

2240とはずがたり:2021/04/28(水) 20:19:08
>>2239
「千曲会」の変化
ほころびは「羽田王国」の中枢でも起きていた。「千曲会」の弱体化も進んでいたのだ。

3年前には、地元の市長選挙への対応をめぐって内部対立が生じ、幹部が次々と脱会。直後の参議院選挙では、元幹部の一部が雄一郎を相手に自民党を支援する事態にまで発展した。

4月25日、投開票の結果、次郎が自民党の元衆議院議員、小松裕に10ポイントあまりの差を付けて勝利し、亡き兄の議席を守った。

NHKが行った出口調査では「世襲」に「弊害がある」と答えた人はおよそ68%にのぼった。その一方で、「弊害がある」と答えた人のうち55%が次郎に投票した。

千曲会の北澤はこう振り返った。
「『弔い』『羽田』『野党共闘』の3拍子揃ったことが大きかった。これが羽田家でもなんでもない、他人だったらダメだったかもしれない」…

今回の補欠選挙の期間中、次の衆議院選挙にむけた注目すべき動きが見られた。雄一郎や次郎のいとこが、選挙戦の間、ずっと次郎の陣営に張り付いていたのだ。

家系図で見たので覚えがある。このいとこは、孜の弟の息子だ。次郎の陣営に入って選挙運動を手伝っていたが、私の目には、選挙活動を手伝うというよりむしろ、「千曲会」を始め、陣営の関係者に顔をつないでいるような様子に見えた。

次郎の当選直後、「千曲会」は、このいとこを、次期衆議院長野3区の候補者に擁立する方針を固める。

現在、「羽田王国」のおひざ元の長野3区は、雄一郎らとともに野党として活動していたものの、去年、自民党に籍を移した井出庸生が議席を持っている。ここに羽田家の血を引く人物を擁立するのだ。

今回の補選でも、井出は、従来通りの選挙戦を行う「千曲会」を横目に、3区に小松が入るときはともに街頭演説に立ち、その様子をSNSに投稿して支持を呼びかけていた。この地域の自民党県議も前回の選挙で若い議員も含め1人から8人に増えている。次の衆議院選で、「羽田家」が今回のような戦いを展開できるかどうかは未知数だ。

どうなる羽田王国
今回、取材をしてみて、最も印象に残ったのは、「千曲会」の将来への不安だ。現在、「千曲会」を仕切っている人たちは70代。若手もいるにはいるが、組織を仕切れる人はいない。今の幹部がいなくなったときに、若手にその役が担えるかと考えると疑問が残る。「千曲会」の高齢化と並行して、「羽田王国」に投票する人たちの年代も高齢化している。いつまでも「羽田」の名にあぐらをかいてばかりはいられない。

また選挙の終盤、雄一郎や次郎の母・綏子が次郎の応援に顔を見せたことも印象に残った。綏子は長男・雄一郎を亡くして間もない中、誰よりも支援者に気を遣い、注目を集め、気丈に対応していた。まさに「羽田王国」の戦いは一族あげてのもの。そう痛感した。
「勝って当たり前」の選挙は、もしかしたら、今回までなのかもしれない。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板