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没ネタ投下スレッド

1名無しさん:2005/04/10(日) 20:57:02 ID:EGTFaGMo
書いてたキャラを先に投下された
書いては見たが矛盾ができて自分で没にした
考えては見たが状況からその展開が不可能になってしまった

そんな行き場のなくなったエピソードを投下するスレッドです。
没にした理由、どこに挿入する筈だったのかを添えて投下してください。

109 ◆l8jfhXC/BA:2006/02/05(日) 07:14:28 ID:nD6UKOhw
終了。おそまつ。

110名も無き黒幕さん:2006/02/05(日) 08:50:11 ID:R.30INZg
うわ、出雲のバカさ加減がスゲエ(誉め言葉)。楽しそうだー。
イルダーナフって、アリュセ以外の生き残りにとっては「会ったことない人」か
「その他大勢の中の一人」かのどっちかでしかないのか、そういえば。
あー、リリアも似たようなもんか。いずれは追悼シーンが読みたいなぁ。
で、バニースーツ見ても長門の性格ならスルーしそうなんだよなぁ。
みくるのこと思い出しても、あからさまに動揺したりはしなさそうというか。
出夢が出夢っぽい言動してて良さげな感じ。

111名も無き黒幕さん:2006/06/09(金) 23:53:56 ID:WEwyCsfE
お目汚しすみません。
実現させられるチャンスがあればと、台詞回しだけ考えておいた話があったので、その供養に。

アシュラム復活話(仮題「黒衣の将軍」)

1.「アシュラム様!!」
  美姫一行に遭遇したピロテース。アシュラムに駆け寄ろうとするが、
  「ダークエルフ? ……オレを知っているのか?」
  「アシュラム様?」
  「それ以上近づくな。近づけば、わが主の敵とみなし、斬る」
  アシュラムはピロテースに刃を向ける。ピロテースは美姫が記憶を操作したのではないかと疑う。
  一方の美姫といえば、大体の状況を察するがピロテースに睨まれても思わせぶりに微笑むだけ。
  「主? いったい誰のことです? この島のどこにあなたが仕えるべき者がいるというのです?」
  「先帝を超えられるのではなかったのですか? あなたを信じ、付き従ってきた民を
   お見捨てになるおつもりですか? 目を覚ましてください」
  そんな美姫を無視して言い募るピロテース。
  「アシュラム!!」
  叫ぶ。だが、
  「オレは……」
  「オレは、すでに死した人間。敗者にすぎん」
  その言葉はアシュラムには届かない。肩を震わせうつむくピロテース。
  「わが、兄は……」
  「アスタールは、貴様のような人形のごとき男のために死んだのではない!!」

2.アシュラムの懐に飛び込み、その左目を狙って突きを放つピロテース。
  混乱していたアシュラムはその一撃をかわしきれずに頬を傷つけられる。
  ピロテースの振るうのは木の枝(せいぜいワニの杖)。
  一方、アシュラムの得物は青竜刀だが、すでに密着されているためにそれを振るうことができない。 
  「余計な手出し、するでないぞ」
  傍らの二人に釘を刺し、その様子を黙って見つめる美姫。

3.そのうちにアシュラムは冷静さを取り戻していくが、ピロテースを突き動かす思いの正体が分からず、
  戸惑い、攻撃に転じることができない。
  だが、徐々に鋭さを増していく攻撃に、アシュラム本来の闘争本能が目覚める。
  一撃をかわし青竜刀の柄で木の枝を跳ね上げるアシュラム。木の枝は手から離れて飛んでいく。
  ピロテースはバランスを崩ながらも転がってアシュラムの次撃をかわすが、その頭に青竜刀が振り下ろされる。

4.青竜刀はピロテースの目の前で動きを止めていた。見上げるピロテースにアシュラムは問う。
  「お前たち、ダークエルフは毒を好んで用いる。最初の一撃……」
  「あれが毒塗りの短剣なら、オレは死んでいたか?」
  「知るものか。私が持っていたのはただの木の枝、その問いに答えられる者などいるはずもない」
  アシュラムは再び問う。
  「今の一撃、オレが刀をそのまま振り下ろしていれば、お前は死んでいたか?」
  「知るものか。それより、早く止めを刺さなくていいのか?
   私はまだ生きている。まだ、できることはいくらでもあるのだぞ」
  その答えに笑みを浮かべるアシュラム。
  「そのとおりだな。……なるほど、オレもまだ死んだわけではないということか」
  そう言って、青竜刀をどける。
  「アスタールの妹と言ったな。名は何と言う?」
  やはり、自分のことを思い出してはくれないのかと、目を伏せるピロテース。
  しかし、その感情をおさえてアシュラムの顔を見つめ返す。
  「ピロテース……」
  「ピロテース、オレは生き残るぞ。ここから戻って、やらねばならんことがあるからな」
  「だが、その前に……」
  言って、ピロテースから視線をはずして美姫へと向き直るアシュラム。
  ピロテースはその背に、お供します、と声をかけ、アシュラムは、好きにしろ、と答える。
  「さて、どうされるおつもりかな? 我が“主”殿」
  美姫は答えず、ただ笑むのみ。

  了


この後は、他の方任せで、美姫VS二人をやるなり、手を組ませるなり好きにしておくんなさいというところ。
もちろん、ピロテースが他の連中に先んじてアシュラムに会える可能性は非常に低かったので、没になったのは予想通り。
それに、宮野の件をまったく生かせていないなど良くない点が多々あることも言うまでもない。

112タイトル無し(1/4)  ◆l8jfhXC/BA:2006/12/03(日) 19:21:35 ID:zoduIZi2
※舞台組+α没話。


「…………」
「…………」
 訪問者を受け入れたマンションの一室は、先程とは異なった静けさに満ちていた。
 その沈黙の中心には、椅子に座って向かい合う一組の男女の姿があった。
 双方共に長い黒髪を持つ長身で、白い外套を羽織っている。
 非常に整った顔立ちに、淡々とした無表情を浮かべているのもまったく同じだ。
 お互い黙り込んでいるだけで何もしていないのだが、それだけでも十分絵になる光景と言えた。
(いえ、この場合それだけ“ならば”と言うべきかしらね)
 重いというより奇妙な空気の中、ダナティアは二人を見つめていた。
 隣には終とベルガー、そして女性の同行者である古泉一樹の姿がある。
 彼らも何をするでもなく、二人を眺めている。別に見惚れているわけではなかった。
 むしろ、呆れていた。
「やっぱり嫌」
 その女性の方、パイフウと名乗っていた黒髪の美女が沈黙を破る。
「嫌、と言われましても。治療を最優先にすると言ったのはあなたでしたよね?」
 苦笑する同行者にもかまわず、彼女は首を振る。
 変わらぬ無表情を真正面の男性──メフィストに向け、
「こんな男に治療されるのは、絶対に嫌よ」
「この部屋に入る前に治療を申し入れたときは、医師が男性でも我慢すると言っていたじゃないですか」
「その医者がホモだなんて聞いてないわ」
 ぴしゃりと言い切った。
 言われた当人は、やはり涼しげな無表情を貫いていたが。
 ──さかのぼること数分前。
 二人に戦う意志がないことと、その片方が大怪我を負っていることを知り、ダナティア達はメフィストの治療を勧めた。
 武器とデイパックの一時没収にはあっさり承諾したのだが、肝心の“医師”の話になると、部屋に着くまでごねていた。
 男は嫌。それだけらしい。

113タイトル無し(2/4)  ◆l8jfhXC/BA:2006/12/03(日) 19:22:21 ID:zoduIZi2
 それでも一度は同行者の宥めに折れたのだが、部屋に入りその医師と向かい合うなり、突然顔色を変えた。
 この医師の美貌なら、陶酔するのはしかたない。しかし彼女の表情は、そんな好意的な感情を表していなかった。
 一種の勘で例えようもない違和感と嫌悪感を覚えた彼女に、さらにそれを察したメフィストがこう言った。
「安心したまえ。君がどんな悪癖を持っていようと、私にはまったく興味がない」
 その一言で何かを確信してしまったらしい。
 以後あの睨み合いが続き、現在の状況に至る。
「男に、それも男を好きな男なんかに触れられるなんて耐えられないわ」
「そこは患者と医者という関係上許容してくれたまえ。
私とて常に不快な柔らかい肉に埋もれる生物など、治療の時以外触れたくないのだよ」
「その気持ちとてもよくわかってよドクター。ええ、本当にこの脂肪は邪魔よね……」
「女の君が同意するなダナティア・アリール・アンクルージュ」
 一方は真顔、もう一方は仏頂面のまま、異性への暴論の投げ合いが続く。
「本当に、男なんてみんなくだらない」
「物事はもっと具体的に考えて発言したまえ。感情論だけで中身のない議論は女のする愚かな行為の一つだ」
「具体的に言うまでもなく全部くだらないって言ったの。
男の嫌なところを一つ一つ挙げるなんて途方もないことに体力を使いたくないわ」
「その程度のことに体力を惜しむなど、君の肉体はよっぽど腐敗していると見える。
その最たるものはやはりその胸郭にこびりつく乳房体か。希望があれば切除するが?」
「ええ、ぜひお願いするわドクター!
ああ、ようやくこの重いわ嵩張るわ蒸れるわ肩が凝るわ注目されるわいいこと無しの物体から解放されるのね……!」
「だから君が口を挟むなダナティア・アリール・アンクルージュ」

114タイトル無し(3/4)  ◆l8jfhXC/BA:2006/12/03(日) 19:23:10 ID:zoduIZi2
「……なぁ、おれ達は今まで集まってくる殺人者共を待ち受けるっていう割とシリアスな状況だったはずだよな?」
「そのはずだったさ竜堂終。どうやら俺達は何かの拍子で別時空に迷い込んだらしい。
今俺は世界で二番目に途方に暮れている人間だと思うんだがどうか」
「心中お察しします。僕もまさかこんなことになるとは」
「察してくれるなら早くあの女連れて帰ってくれ」
 溜め息をつく残りの男性陣。
(……確かに、いい加減に何とかしないと情報交換も出来ないわね)
 それを見て、ダナティアは少し冷静さを取り戻す。
 胸部にぶら下がる不愉快な脂肪分について、初めて同意見を得られ浮かれてしまったが、この場は何とかして収めなければいけない。
 意を決して、手を叩いて不毛な口論に割り込む。
「互いに感性の違いと言うことで矛を収めてくれないかしら。
パイフウ、あなたもそろそろ諦めてちょうだい。そんな大怪我、あたくしが代わりに治療するわけにもいかなくてよ」
 軽く諫めると、なぜかパイフウの方が無表情のままこちらをじっと覗き込み、
「そうね、あなたの診察なら受けてもいいわ」
 微妙に雰囲気が変わった黒髪の麗人を見て、なぜか某黒髪お下げがVサインを出す図が思い浮かんだが全力でスルーする。
「私としても、君よりも君の相棒の方に興味があるのだが」
 古泉少年の笑顔が固まったが、やはりスルー。
「と、とにかく素直に治療を受けなさい! 個人の嗜好を主張し続けるのなら同盟には入れられなくてよ!
ドクターもお願いだから煽らないでちょうだい!」
「嗜好じゃなくて体質の問題なんだけど」
「煽りではなく事実を述べたまでなのだが」
 ほぼ同時に反論が返って来るところを見ると、ある意味息が合っているのかもしれない。
 いっそ患者の意識を奪って押し付けるべきかと思い始めると、

115タイトル無し(4/4)  ◆l8jfhXC/BA:2006/12/03(日) 19:24:07 ID:zoduIZi2
「……まぁ、元からこの島の参加者すべてが私の患者だ。
個人的な主張を譲る気はないが、それを理由に病んだものを見捨てはしない。
誰であろうと、私の手の及ぶ限り治療しよう」
 メフィストが医者の鑑の様な言葉を告げた。
 当然視線を集めた患者側は、苦渋に満ちた表情でしばし黙り込んだ後、不承不承と言った口調で、
「……そこまで言うなら仕方な」
「もちろん本人が“心から”望めば、の話だが」
「…………」
 付け加えられた言葉にパイフウが正式な救いを申し出るのに、追加五分の時間を要した。


終了。
これ書いた時点では未読だったので突っ込みにしか出来なかったんですが、
ベルガーも実は結構アレだったんですね。

116名も無き黒幕さん:2006/12/23(土) 01:31:17 ID:lu55ftd.
シャナを暴走させて散々暴れさせた後に、それを抑え込んで殺さず確保する為に、
ダナティアでアラストールを簒奪契約して、
フレイムヘイズである事も、連鎖的にトーチ坂井悠二の想い出も後に失うという
シャナいぢめ極め展開は没ったようだ。

117名も無き黒幕さん:2006/12/26(火) 16:28:11 ID:ug.kuJgg
正直、セルティの死を知るだけでも結構な精神ダメージだと思う >シャナ
これで暴走して、ついでに大集団の二、三人も殺しちゃったら更に…

118イラストに騙された名無しさん:2007/01/25(木) 09:09:34 ID:Q7fgRENs
>>117
それを上回る事態が発生した件について

119Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 00:53:23 ID:G30VWF.2
   たぶん壮絶な最期て奴なんだろう。
   彼の言葉が、まだ耳に残ってる。――“決して絶望してはならない”
   最期まで、彼はその言葉通りに生きたんだろう。最期まで戦ったんだ。
  「どうしてかな?」
   森を走りながらも、心はここにない。
  「なんであたし達は逃げてるのかなあ」
   わが身を振り返り、
  「あの子達は、何がしたいんだろ」
   悲しみさえも空っぽになって、死と破壊が残ったような一撃を思い出す。
   でも今ならわかる、ちょっとしたズレ。
  「あたしは何がしたいんだろ……」
   そんな疑問が、ホノカの心の中で渦巻いていた。
   逃げてたら、絶対にわからない。
  「……戦うよ?」
   決意の言葉があまりも自然にこぼれ出た。

「……戦うよ?」
 聞いて、正直、あほかと思った。
 見上げれば白亜の巨像は森を睥睨していた。おもむろに一打。森がまた、クレーターに侵食される。
 わざわざ回りこんで北西からこちらを虱潰しに来たのだ。敵はどうあってもこっちを始末したいらしい。
 足元がまた揺れる。定期的な衝撃がリミットを刻んでいる。
 戦う、その言葉はどこまでもヘイズの想定外だった。
 敵は確実に近づいている。
 少なくとも正気ではありえない。
 ヘイズは火乃香の顔を見て、巨像を見上げ、もう一度彼女の顔を見た。
「……マジか?」

120Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 00:54:17 ID:G30VWF.2
「大丈夫、別に諦めてるわけじゃないよ」
 彼女はただ淡々とヘイズを見てそう告げる。
 一瞬、I-ブレインさえ止まった。
「ここで斃してしまおうって、いってるの。わかんないかなぁ」
 その一言でヘイズは言葉に詰まる。
 自分には策がない、ただそこにある道として逃げる、といってるだけなのだ。
 目の前で、火乃香はじれったそうにその短い髪をかきあげる。
 彼女は遠くを見て、そう言った。火乃香の目はどこかを見据えていた。
「倒す、というがどうするのだ、あのデカブツは数十年に一人の天才的魔術師の俺で……」
「それはあたしが何とかする、時間がないからあんたはしゃべるな」
 いわれて、コミクロンは押し黙った。
「敵は2人、こっちは4人。どこにも逃げる必要なんてない」
 唐突に目の前で、火乃香の騎士剣が跳ね上がった。へイズの首横の空間を凪ぐ。
 漂ってきた銀糸が、斬撃を受けて溶ように虚空に消える。
 見つかったな、と誰ともなくつぶやいた。ヘイズ自身が言ったような気もするし、他の誰かのような気もする。
 ただ白亜の巨像が、こちら見ていた。
「戦うよ。戦ってあの子に、あの赤い髪の女の子に聞きたいことがあるんだ」
 もう一度同じ台詞。言葉には力があって、瞳には意思があった。
 ヘイズにはない。
「任せていいんだな?」
 まだ状況が見えていないのは自分だというのはわかってた。走っていれば。もっといい打開策があるんじゃないかという思いがあった。
 たった一つの勝利の道を、粘って粘って手繰り寄せるのが自分の戦い方だということを、ちょっとしたピンチで忘れていた。
「あぁ、クソッタレが! 命預けたぜ」
 結句、ヘイズ自身の腹が決まっていなかったというだけの話。
 告げると、火乃香は笑った。
 わずかに八重歯の覗く、お世辞にも上品といえない、けれどヘイズにはこの上なく眩しかった。
「あーもう、なさけねぇな、俺」
「ぼやかないぼやかない。あたしはあの赤い髪の女の子を止める。ヘイズはあのデカブツの相手」
「へーい」
 ヘイズは頷く、元からそうなるだろうとは思ってた。当たってはいけない攻撃を避けきるのがヘイズの戦い方だ。
「コミクロンはあの銀色の子、さっき見た感じあの糸はヘイズかコミクロンの魔法で消せてた。
 先生はコミクロンとその子の注意をひきつけておいて」
 コミクロンも異議をさしはさまない。任された、というようなことをディスク半分ぐらいの言葉で表現する。
 まぁ、奴はこれぐらいでちょうどいい。最近殊勝で少し困る。
 女も、その無表情を一瞬しかめたが、素直にうなずいた。
 ヘイズには、女の事情がわからない。それでも、火乃香が何も言わない以上聞くのは憚られる。
 ただ、火乃香は彼女を信頼しているのはよくわかる。
 疑いの心がないわけじゃない。
 急ごしらえのチームだからこそ、呑み込むことも必要だ。ちょうど世界樹の時のように。
 ただ、その役をこの少女に託すのが、背負わせるのがヘイズには心苦しかった。
「まず赤い髪の女の子、次にあのデカブツを始末する」
 どうやってとは聞かない。細かな作戦は各自の頭で組み立てる。こと戦闘時に死線を読み間違える馬鹿は、ヘイズたちの中には居ない確信がある。
 火乃香は指針だ。そして、急ごしらえのチームだからこそ全員が、彼女の決意を信じるのだ。
「いくよ!」
 一斉に散開。
 直後、地響きとともに象牙の塔がその中心点に突き立った。

121Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 00:55:14 ID:G30VWF.2
   ************

 赤い髪の少女めがけて、バンダナの少女は、火乃香は一直線に駆けた。
「っち」
 判断は瞬間の連続だ。赤い髪の少女は舌打ちひとつ、詠唱を放棄、自身の刀を構えた。
 踏み込み、一閃。刀身と刀身がぶつかり合う。
 一瞬の競り合い、受け流そうとした刃が、
「ぐ、」
 少女によってねじ込まれた。
 少年を真っ二つにしたときから予想はしていたが、それでもとんでもない膂力である。
「破!」
 思い切って後ろに飛ぶ、ねじ込む力も巻き込んでバックステップ。
「敵は!」
 刃が迫る。狙いは着地際。とっさに騎士剣を構える。
「コンビネーション4−4−2!」
 振り下ろされた剣が盾に止る。コミクロンに心の中で感謝。
「全部!」
 瞬間、少女の裂帛の気合が吹き荒れた。
 火の粉を顔に受け、背筋が凍る。
 紅蓮の炎に盾が一秒持たずに焼け落ちる。
「!」
「殺す!」
 驚愕する火乃香に向かって、刃が一気に振りぬかれた。
 滑るようにして一歩前へ。紅蓮色の風圧が半身を嬲る。
「くっ」
「まだだ!」
 少女はそのまま逆袈裟に切り上げてくる。
――速度が乗り切る前にはじく!
 打ち合う金属音が響いた。
「くあっ!」
 完全に受け流してもまだ腕に痺れが走った。
「そんな腕で」
 透明で、機械的で、温度のない声とともに、さらなる追撃が、あまりにも禍々しい白刃が迫る。
 受けることは出来ない、痺れが芯に残ってる。
「わたしを殺せると思ってるの?!」
 ぎりぎりで踏み込で、そのまますり抜けるように距離をとった。というか、とれた。

122Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 00:56:03 ID:G30VWF.2
 話にならない。捌くだけで精一杯だった。
 技術はかなりのものだし判断速度も尋常じゃない。
 何よりそれらを支える力がとても人間のものとは思えない!
 不意に、少女の視線が流れる。
「!」
 鍛え抜いた足を踏み出す。しけった土が二人分弾ける。
 少女の一刀が、振り下ろされる。その先にあるのは銀髪の少女を狙うパイフウ。
 黒い外套の背中が見える。瞬発力でも、勝てない。
「ふうっ!」
 間一髪、銀の軌跡が虚空を凪いだ。
「下がって! 先生!」
――間に合え!
 ぎりぎりで、というか気合で二撃目に割り込んだ。
 一撃目は警告を発する暇もなかった。
 立ち居地が変わって再び、激突。
 よけて、捌いて、距離をとる。
 そして、パイフウに向かう攻撃をインターセプト。
 一撃目はまず追いつけない。
 ヘイズと、コミクロンのフォローに救われる。
 必死の、防戦が続く。
 防御、回避、防御、回避、回避、防御、防御、防御。
 回避の数が削れていくのがわかる。腕の痺れが激しくなる。
 それでも、火乃香は少女に張り付いて離れない。聞きたいことがあった。
 少女の顔にイラつきが走る。
「邪魔!」
 剣筋のかすかな乱れ。
――もう少しだ。
「いい加減に」
 攻撃のタイムラグが大きくなる。
――いける
「死ね!」
 大振りな攻撃が多くなる。
――もう少しで彼女の心が引き出せる!
「そんな腕で」
 さっきも聞いた台詞だ。
「わたしを殺せると思ってるのかぁぁ!」
 もう何合前のことだかわからない。
 でもその声はぎらついていて、彼女の焦りが見て取れた。
「何でさ」
 火乃香はつぶやいた。たとえ、数秒後には切り伏せられるかもしれなくても。
「じゃぁさ、何であんたは殺そうとするのさ?」
 それだけがどうしても聞かなければ納得できなかった。どんなに危険を冒しても、少女の声を聞きたかった。
「あんたも、放送を聞いたんじゃないの?」
 グレイブストーンのときと変わらない。助けを求めて縋る声を、火乃香は放って置く事が出来なかった。
「あんたははまだ諦めきれてないんじゃないの?」

123Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 00:57:15 ID:G30VWF.2
 少女の顔が怒に歪む。紅く赤い瞳が燃え上がる。
 少女の心が、動いた。
「あたしが戦わなかったから、ダナティアは死んだ」
 幽鬼の瞳ではない、決意を持った人間の目が、
「あたしが殺さなかったから、死んだ」
 足掻きもがく火乃香を捕らえる。
「おまえが死ねば」
 それはひどく暗い、底冷えするような声だった。
「誰かが生き残る」
 それでも、そこには、
「わたしは、あんたを殺して道を作る」
 彼女の意思があふれていた。
「わたしは殺す。あの人達が生き残るように。そうすればきっとあの人達が元凶を殺してくれるから」
 ぎちり、と少女のこぶしが音を立てた。
「ダナティアを、セルティを、みんなを傷つけたおまえたちを一人残らず殺す為に」
「彼女の言う通りよ、ほのちゃん」
 唐突に、パイフウが割って入る。
「私はあのダナティアの仲間を奪おうとしたわ、そこのお嬢ちゃんの仲間を奪ったのよ」
 私が、貴方を巻き込んだ。
 そう、聞こえた。
「奪う事は憎しみを繋ぎ、喪う事は悲しみを繋ぎ、そして過ちは過ちを繋ぐ」
「!!」
「過ちを犯した者として告げる。悔い改めて進め」
「おまえ達が」
 声はあまりにもか細く震えていた。
「それを」
 彼女の激昂が火乃香には手に取るようにわかる。
「おまえ達が、それを口にするなぁぁぁぁぁ!」
 ここで、彼女の言葉を借りる自分はとんでもない卑怯者だと思う。
「わたしは、おまえ達を殺す! 全部! 全部だっ!」
 けどそれでも、
 どうあってもほのかは彼女を止めたかった。

124Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 00:57:55 ID:G30VWF.2
「あんまりだよ、そんなの悲しすぎるよ!」
 彼女の間違いに気付いてしまったから。
「さっきの人達は、ダナティアって人の仲間だよ」
 彼女達は見えてなかった。
「さっき、あんたが切り飛ばした子も、あんたたちがまとめて吹き飛ばした綺麗な人も」
 彼女達には聞こえてなかったんだ。
「……!!」
 少女が一瞬言葉に詰まる。振り下された手が緩む。
 なぜ、あの綺麗な人があたし達を生かしたのか。
 彼は目の前の少女を仲間と思っていたから。
 過ちを犯させたくなかったから。
 だから、叫ぶ。
「みんなあんたを止めに来たんだよ!」
 逡巡に少女が固まる。
 刀は、振り下ろされるところで止まっている。
 地響きだけが、2人の間で時間を刻む。
「その人たちの言ってることは本当」
 証明は意外なところから示された。
「え?」
 呆然とする少女。
「わたしには聞こえていた、あの人たちがあなたを止めに来ていたの」
「な!」
「自分達はダナティアの仲間だと叫んでいたわ」
 あくまで淡々と、
「私が最初にウルトラプライドで潰した人は、黒尽くめの男の人は、ダナティアって人たちの仲間だった」
 窓のところから、見えてたよ。彼女は無表情にそう付け足した。
「でもそんなことはもういいの」
 そこに壊れた笑みが張り付いた。
 巨像が地面を叩き潰す。ヘイズが土煙の中から転がり出る。
「だって、全部壊すんでしょ」
 ただ、唄うように。
 念糸がパイフウの太腿を捕らえた。コミクロンの魔術がそれ焼き払う。
「私と貴方は同じだから」
 悲しみの残りかすを、狂気でつなぎとめた心が詠う。
「さぁ、壊すよ」
 赤い髪の少女は、動かない
「どうしたの?」
 少女の問いに答えない。
 ただみ水溜りを凝視していた
「っ! だめだ!」
 水面は、絶えず衝撃にさらされているのに、くっきりと彼女の姿を映していて……
「鏡に写るものを見ちゃだめだ!」
 ホノカの天宙眼が鈍く蒼い光を放つ。

    ************

125Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 00:58:55 ID:G30VWF.2
 目の前に一人の女が落ちてきた。女は落下の勢いを殺しきれずに芝生に転がる。
「皇女!」
 懐かしい声が、女を呼ぶ。
 女は歯を食いしばって這い上がろうとする。
 落下の衝撃に喘ぎながら、それでも強靭な意志を以って。
「ダナティア、  アラストール……」
 シャナは呆然と立ち尽くす。
「ねぇ」
 少し離れたところからかけられる声があった。
「あなた、さっきの放送をかけた人?」
 これから何が起こるか、シャナには理解できた。
「よかった。あたし、伝えたいことがあってここに来たの」
 それでも目をそらせない。
「ルールなんてないの。
 もしかしたらあったかもしれないし、さっきあなたが言った瞬間に生まれたのかもしれないけど、ないのと同じなの。
 どんなに頑張っても、全部無駄になっちゃう」
 ただそれだけのことが出来ない。
「だって、あたしが全部壊すから」
 ただ、凄惨で、陰湿で、それなのに、あまりにも空っぽな声だったから。
「あなたは、何?」
「え?」
 戸惑うような少女の声、でも結末はもう知ってる。
「教えてあげない」
 女の首がねじれてとんだ。
 ショックはない、わかりきったことだった。
 ただ、疑問だけが首をもたげた。
 本当に、わたしはもあんなことが出来るのか?
 目の前にはまだ少女が立っていた。シャナが圧倒したときと、まったく変わらぬ表情で。
 あんな顔が出来るのか。
 彼女の姿は私の姿だった。さっきまでは自分と彼女の姿が重ねて見れていた。
 今はもうフリウには、何の使命も、希望も、感じられなかった。 
「わたしは、こんなふうにはなりたくないよ」
 シャナには希望があった。みんなを生かす。そのためならどんな非道にも手を染める覚悟ができた。
 でも、こんな戦い方に、シャナは意味を見出せない。
 ねじれた首が、紐のように伸びる。
「う」
 シャナの目の前に、落ちる。
「あ」
 死肉で作られた人形がダナティアの顔で、こちらを見ている。
「あぁあああああああああああああああ!」
 唐突に、世界が割れた。

126Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 00:59:36 ID:G30VWF.2
「ッ!!」
 反射の域にまで達した感覚が、世界を切り裂いた何者かを受ける。
 一本の細身の短剣だった。バンダナを巻いた、眼前の敵。タンクトップの少女。
「くぅ」
 吸血鬼の膂力で押し返し、返す刀で切りつける。
「たしかにあんたの言うとおりだよ」
 ただの我武者羅な攻撃は、少女にはかすりもしない。
「戦わなかったら死ぬんだ。誰かが死んで、別の誰かが生き残る」
 返ってきたのは言葉だった。
「けど、それはこの島も、砂漠も、同じなんだ」
 裂帛の突きが、踏み込んでよけられる。
「あたしだって死にたくはないよ、でもさ、あたしは死にたくないから戦ってるんじゃないんだ」
 返す刀も避けられた。冷や汗が、流れる。
「黙れ! 五月蝿いうるさいうるさいうるさい!」
 敵は、火乃香は一切の防御行動をとってない。
「まだしたいことがあるんだ。終わってない仕事がある、まだやってない仕事もある」
 ひどく穏やかな声だった。見切られている、見透かされてる。剣を使わせることすら出来ない、反撃の一言も返せない。
 その言葉が胸を抉る。その下げられた手がシャナの決意についた瑕をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
「ミリィに、義母さん、先生、みんなと過ごしていたい時間があるんだ。イクスと、もっといろんなことを話したい。
 ヘイズの世界を、ヘイズのことをもっと知りたい。コミクロンは……まぁいいや」
 きん、とすんだ金属音が響く、唐突に、としか思えないタイミングで受けられた。
「ひ、」
 不意を撃たれたような緊張感、殺しを読まれたような危機感。
「あたしは生きていたいんだ。おやじさんも、シャーネも死んじゃったけど。みんな生きていたんだよ。一生懸命生きたんだ」
 それはあながち間違いでもなくて、鈍い衝撃が腕を伝って脳に響いた。
「!」
 彼女の腕がしなやかに伸びて、シャナの分身をつかんだ。奪われる。贄殿遮那が奪われてしまう。
「なんで! わたしから、何もかも奪うの! いやだ! 絶対に、この希望は奪わせない!」
 叫んで、引き寄せようとした腕も、
「あんたの大切な人たちはどうだった?」

127Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 01:00:18 ID:G30VWF.2
 その一言で凍りついてしまった。
 思い出す。
 ダナティアは何をしようとしていたのか?
 何を願っていたのだろうか?
――決して絶望してはならない
 彼女の声が聞こえた気がした。自分のあの死地から救い出したあの力強い声。
 それは誰も死なないことじゃなくて。
 誰も死なせないという夢を叶えようとしていたのではなかったか。
「っつ」
 嗚咽が漏れた。
「ぅううううぅう」
 わたしがここに来る前、自分の使命を望んだように、悠二との日々を夢見たように。
 結局、ダナティアに全てを背負わせていただけだったことに気がついた。
「あたしは、戦うよ。今日の続きを見るために!!」
 つかんだ贄殿遮那をくぐるようにして少女が踏み込んだ。こちらの引き込む力さえ利用して飛び込んでくる。
 ぐ、と鳩尾に肘がめり込んだ感覚。存在の力も吸血鬼の力も無視して、衝撃が体中に浸透した。
「が、あ」
 前のめりに、倒れる。
 こぶしを握り締める。まだ立ち上がれる、フレイムへイズの体はまだ戦うことが出来る。
 それでも起き上がる気には、なれなかった。
 火乃香の言葉がが何よりも心に響いていた。涙が流れた。ずいぶんと長い間自分を見失っていた気がする。
 あの誇りと使命に満ちた日々から、ずいぶん離れたところに来てしまった。
 それでも結局、シャナはまだ希望に縋っていたのだった。夢見ることを諦められなかった。
「悠二、わたしはまだ、明日が見たいよ。そこにおまえはいないのにね」

   ************

 発射の衝撃は、近代理論銃に慣れた身には少し響く。
 髪には苔むした土がべったりとついている。気持ちが悪いな、と思う。最低だ。とも思う。
 ウルトラプライドの射程内で、ひたすらにその一撃をよけ続けた。
 シャナを撃ったのはヘイズだった。ウルトラプライドの足元に滑り込み、未来予測という名の必中の一撃を見舞った。
 この一撃に、このタイミングに全霊を注ぎ込んだ。

128Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 01:01:10 ID:G30VWF.2
「は」
 ここが限界だった。
 地面をえぐる衝撃に体制を崩し、無様に転がる。
 土を吐いて見上げれば、眼前に真っ白な精霊が聳えていた。
「ははは」
 ここが終着だった。
 どんなに未来を読みきっても、ヘイズが避けに徹する限り、そこには肉片をなる以上の未来は存在しなかった。
「本当に最悪だ」
 ウルトラプライドの右腕が鎌首をもたげる。
 あれはどうしようもない。あれを向けられて今まで生きていた自分は本当にどうかしている。
「あんたの大切な人たちはどうだった?」
 こんな状況でも、火乃香の啖呵はやたらと鮮やかに響いた。
「はは」
 笑みがこぼれる。声は透明で、どこまでも澄んでいる。確かに彼女には刀が一番似合う。
 しかし、まったくもってたいした度胸だ。後数年もすれば、さぞかしいい女になるだろう。
 彼女ならどんな道も渡り切る。俺はルートを示すだけでいい。
 ヘイズは覚えている。火乃香は初めて出会ったとき、空気分子を乱すのではなく、確かに発動した理論回路そのものを切り裂いた。
 頼むぜ、そんな言葉が漏れた。I-ブレインが告げる。
 着弾まであと2.0×10マイナス1乗秒。回避不能、防御不能。
「あたしは、戦うよ」
 少女に贄殿遮那が構えられる。
「今日の続きを見るために!!」
 額には青く輝く天宙眼。輝きが、ヘイズにはすさまじい情報の奔流として見える。
 あそこからあふれ出ているものが、たぶん未来というものだと、ヘイズは思う。
「破――!!」
 白刃。
 その一閃を捕らえることは、I-ブレイン以っててしてもまだ不可能だった。
 人知を超える破壊の因果すらも突破して。青い輝きが巨人の背後から虚空に駆け抜けた。
 アレは実体があっても幻像に過ぎない、ヘイズにはわかる。『情報』としての知覚がそう告げている。
 それが、その『情報』の塊が、まるで象牙か大理石の像のように、鋭利な切断面を覗かせた。
「ウルトラプライド!!」
 銀色の少女の悲鳴。
 まったく持って化け物ぞろいだと思う。
 ただの塑像のように、崩れていく。
「そんな」
 『存在しないもの』としての理に従い、虚空に消える。
「あ、」
 少女の腹にパイフウの踵がめり込んだ。
 最後に、銀髪の少女が崩れ落ちた。
「とりあえずは、命拾いか」
 それでも戦いは終わらない、死ぬまでだ。
 脳内時計が時間を告げる。現在時刻午前零時ジャスト。
 バトルロワイヤル、二日目、開始。

129Their Will  ◇MXjjRBLcoQ:2007/01/28(日) 01:01:52 ID:G30VWF.2
【D-5/クレーター郡/2日目・00:00】
【戦慄舞闘団】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:全身擦り傷打撲(命に別状はない) 疲労困憊
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
    船長室で見つけた積み荷の目録
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。
    火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。

【火乃香】
[状態]:軽傷(多数) 疲労困憊
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[備考]:『物語』を発症しました。

【コミクロン】
[状態]:かすり傷、腕は動くようになった 疲労困憊
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。
    火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。

【パイフウ】
[状態]:両腕骨折(動いたり打撃の反動で痛む)
[装備]:ライフル(残弾29)
    外套(数カ所に小さな血痕が付着。脇腹辺りに穴が空いている。
    偏光迷彩に支障があるかは不明)
[道具]:なし
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

【D-5/クレーター郡/2日目・00:00】
【地獄姉妹】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼/放心
[装備]:神鉄如意
[道具]:支給品一式(パン6食分・ダナティアの血500ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食1食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)/タリスマン
[備考]:体内の散弾片はそこを抉られた事により吹き飛びました。
     18時に放送された禁止エリアを覚えていない。
     C-8は、禁止エリアではないと思っている。

【フリウ・ハリスコー】
[状態]:全身血塗れ。右腕にヒビ。正常な判断が出来ていない。気絶
[装備]:水晶眼(眼帯なし、ウルトプライド)、右腕と胸部に包帯
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500mm)、缶詰などの食糧

130名も無き黒幕さん:2007/02/13(火) 15:34:51 ID:9yaTnsNo
あ、こっちも面白いなぁ
没とはいえ乙でした

131ブラック・アウト(決断)(1/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:18:01 ID:VkBVSF.Y
 島の西南、神を祀る社の東端に、一本の樹があった。
 どことなく威風堂々といった風情を感じさせる広葉樹だ。
 その樹には、太い縄と白い紙を組み合わせた物が巻きつけられている。
 巻いてあるのは注連縄で、巻かれている樹は神木だ。
 地面に根を張って枝葉を高く広げる姿は、大昔からそこにあったように見える。
 夜明け前の神社に人の気配はない。
 争う声も、戦う音も、今ここにはない。
 東の空は徐々に明るくなり始めている。闇の色は淡く薄い。
 放送が始まる頃には、光源が水平線から顔を出すのだろう。
 澄んだ空気の中、神木のそばには少女が無言で立っていた。
 体は傷つき、装束は血と泥に汚れ、あたかも幽鬼のようだ。
 禍々しくも儚げで、脆さと鋭さを等しく含んだ眼をしていた。
 夜明け前の神社に人の気配はない。
 人に似た存在ではあったが、それでも彼女は人ではなかった。
 少女の瞳の色は銀。凍てつくような双眸には、満月を思わせる美しさがあった。
 風が吹き、束ねられた長い髪が揺れる。黒髪の一部は銀色に染められていた。
 澱んで濁って凝って冷えた、濃密な想念の塊が、彼女の中には沈んでいる。
 心の奥底に沈めることはできても、決して静まることのない強い思いだ。
 泣こうが笑おうが憤ろうが、その思いを忘れることは絶対にできない。
 悲嘆も歓喜も憤怒もすべて、その思いの付属物に成り下がっている。
 独りになってからの彼女を支えていたのは、その思いだけだった。
 それは、おぞましいほどの失望と減り続ける希望でできていた。
 絶望ではなかった。悪化していくものを、絶望とは呼べない。
 最後に残った希望は、どんなに減ってもなくならなかった。
 希望が減り、失望が増し、それでも彼女は絶望できない。

132ブラック・アウト(決断)(2/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:20:24 ID:VkBVSF.Y
 少女は荷物を地面に降ろし、中から厚い紙の束を取り出した。
 この『ゲーム』に反逆する者へと宛てた手紙だ。
 表には様々な情報が記され、裏には呪文が書いてある。
 呪文を唱えて手紙を宙に撒くと、その一枚一枚が鳥に変化して飛び去っていく。
 手紙の置き場所を禁止エリアで塞がれないようにするための、苦肉の策だった。
 手紙の鳥は、非攻撃的な参加者を追い、攻撃的な行動をする参加者からは逃げる。
 監視の道具だと勘違いされ、炎や雷で撃たれたなら、手紙の鳥は灰になるだろう。
 術が解けるまで飛べたなら、手紙の鳥は手紙に戻り、生存者へ情報を託すだろう。
 できることなら、他の参加者を発見した直後に情報を託せるよう設定すべきだった。
 けれど、そのような機能は術に組み込めなかった。できない以上は諦めるしかない。
 誰が受取人になるのか、あるいは誰も受け取れないのか、もはや術者にも判らない。

 東の空から、光が射してきた。
 放送が始まり、そして終わる。
 また、多くの死が告げられた。
 だが、今もまだ生き残っている者がいる。
 氷のごとき銀の眼光が、その力を増した。

 右手の指先が口元に添えられ、犬歯が薄皮を噛み切る。
 少女の薬指から、赤い雫が滲み出た。
 右手が下ろされ、袖口から純白の紙片が一枚だけ落ちる。
 次の瞬間には、人差し指と中指が、紙片をつまんで眼前に運んでいた。
 紙片が手から離れ、ほんのわずかに滞空し、その表面を指先が素早くなぞる。
 ただの紙片が呪符になり、人差し指の付け根と親指の間に挟まれた。
 血文字で呪文を書かれた呪符が、少女の神通力を吸い取っていく。
 改良を重ねて完成された呪符は、異世界の技を取り入れた新型だ。
 書き間違いがないか確認し、彼女は額に呪符を貼る。
 すらすらと指先に印を結び、常人には聞き取れない旋律を、少女は口の中に紡ぐ。
 そのまま彼女は歩を進め、神木の幹に背を預けて、目を閉じた。

133ブラック・アウト(決断)(3/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:21:24 ID:VkBVSF.Y

 『神の叡智』はかく語る。
 とある世界には、死霊の魂魄と植物の精とを結びつけて人の姿を与える術がある。

 少女は今、己の魂魄と神木の精とを結びつけようとしていた。
 失敗に終わる可能性は低くない。
 この島に植物の精が存在しているかどうかさえ、試してみるまで判らない。
 だが、成功する可能性もまた低くはない。

 『神の叡智』はかく語る。
 とある世界には、知性を有した植物たちが数多く存在する。
 とある世界には、森の精霊に力を借りて魔法を使う者がいる。
 とある世界には、自身を樹と化すことで力を得た魔道士がいた。

 土中から細い根が伸び、少女の脚に絡みついて肌を破り、浅く食い込んだ。
 それでも眉一つ動かすことなく、術者は文言を繰り続ける。
 やがて、わずかに繋がった部分から、言葉にならぬ気配が伝わった。神木の意思だ。
 少女は呪文を中断し、神木の精に応答する。
「……いいえ。確かに本来この術は、あなたとわたしを対等に結びつけるものでした。
 けれど、既知の情報からは不完全にしか術を構築できませんでしたの。わたしの魂は
 すぐに壊れ、あなたに吸収されますわ」
 淡々とした、当然のことをありのままに伝えている者の口調だった。
「本当なのは判りますわよね? 繋がった部分から、わたしの心を読めるでしょう?
 そうです、わたしの意思は消滅します。怖くないと言ったら嘘になりますけれど、
 神が命を捨ててまで紡ぐ術ならば、覿面に効くような気がしませんかしら?」
 様々な感情が複雑に入り混じった声音だった。
「そういえば、名乗っていませんでしたわね。わたしは銀仙華児の李淑芳と申します。
 この社が祀る神とは毛色が違いますけれど、正真正銘の神仙ですのよ」
 少女の言葉が真剣味を帯びる。
「あなたを神木の精と見込んで頼みます……どうか力を貸してください」
 しばしの静寂を経て、淑芳がまぶたを開き、枝葉を見上げる。
「ありがとうございます。短い付き合いになりますけれど、よろしくお願いしますわ」

134ブラック・アウト(決断)(4/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:22:04 ID:VkBVSF.Y

 今の淑芳は、昨日の淑芳よりも、ほんのわずかに強い。

 それは、淑芳がカイルロッドと出会った頃のこと。
 焚き火に使う薪にするため、木片を拾っていたとき、カイルロッドが指先を切った。
 怪我というほどでもない、とても小さな傷だった。
 これは仲良くなる好機、と瞬時に淑芳は計算した。
 彼女は彼の手を取り、傷を殺菌するという名目で、彼の指先を口に含もうとした。
 カイルロッドが大慌てでそれを拒否し、異常なほどの嫌がり方に淑芳は驚愕した。
 嘘泣きしながら拗ねてみせる彼女に、困った顔で彼は事情を説明した。
 曰く、彼の血肉には親から受け継いだ超常の力が宿っている。
 曰く、彼を食らえば強くなれると言って魔物が襲ってきたことがあった。
 曰く、彼の力を迂闊に吸収したならどんな悪影響があっても不思議ではない。
 事情を聞いた淑芳は、仲直りするという名目で、カイルロッドに抱きついた。

 それは、淑芳が夢の中で御遣いと対峙した後のこと。
 まだ乾いていないカイルロッドの血を、淑芳は少しだけ飲んだ。
 優しい彼はそんなことを望んでいなかった、と承知の上だった。
 凶暴化などの兆候が現れたら、すぐに自殺する覚悟はしていた。
 仲間を守るために、仇を討つために、彼女は力を得ようとした。

 カイルロッドの血は、十数時間を経た後に、淑芳の力をほんのわずかに強化した。
 大幅に力が増すような効果はなく、その代わりに、どのような悪影響もなかった。
 カイルロッドに対する弱体化の細工が、彼の血に宿る力を弱めていたらしかった。

 今の淑芳は、昨日の淑芳よりも、ほんのわずかに強い。
 ほんのわずかにしか、彼女は強くなれなかった。
 彼女には、仇を滅ぼせるだけの力がない。

135ブラック・アウト(決断)(5/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:22:48 ID:VkBVSF.Y

 呪文が再開された。
 細い根は蔦のように伸び、淑芳の体を覆い、食い込んでいく。
 樹の中から発せられる木気が、彼女の魂魄に染み渡っていく。
 神木とは、神の依り代となる樹のことだ。
 神仙が同化するには相応しい植物だろう。
 これから淑芳が使おうとしている技は、雷の術だった。
 雷は神鳴り、すなわち“神の声”を象徴する。
 木の精は木霊、つまり“声を返すもの”とされている。
 神仙の放つ“神の声”に神木の精が“声を返して”唱和する、という趣向だ。
 また、雷とは八卦において震であり、属性は木だ。
 さらに、朝は木気が最も活性化する時間帯である。
 淑芳と神木は、一つのものになっていく。
 とある世界の流儀に従って表現するなら、術者自身と合一した神木を強臓式神形具の
代用品として使うことで遺伝詞を増幅する、ということになる。
 これらの見立てに超常的な力がほとんどなかったとしても、無意味ではない。
 自己暗示によって精神集中をしやすくするだけでも、充分に効果的ではある。

 神を祀る社に、新たな来訪者は現れない。
 呪いの刻印が発動し、彼女の魂を消し去る様子もない。
 『ゲーム』の支配者は、淑芳の行為を阻もうとしない。
 この程度ならば何の問題もないと判断されたのだろう。
 実際、今から彼女が使う術は、必ずしも『ゲーム』を妨害するとは限らなかった。
 そもそも、その術は『神の叡智』がなければ絶対に構築できなかったものだ。
 こうなることを最初から望まれていたとしか、彼女には思えない。
 けれど、これが最善手だと淑芳は信じた。

136ブラック・アウト(決断)(6/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:23:46 ID:VkBVSF.Y
 残っていた呪符が、すべて撒き散らされる。
 既に淑芳は神木の一部であり、もはや神木は淑芳の一部だった。
 結びついた両者は、一個の存在として呪符に神通力を供給する。
「臨兵闘者以下略! 電光来々、急々如律令!」
 そして、神社は閃光と轟音に包まれた。
 淑芳が右手を掲げ、神木の枝から、一枚の葉がそこに落ちる。
 光と音は天に向かって伸び、雷と化す。
 指先が木の葉の表面をなぞり、血文字がそれを呪符に変える。
 雷の軌跡が、空間に円陣を刻みつける。
 淑芳が呪文を唱え、木の葉の呪符は、一瞬で極小の竜となる。
 雷光と雷鳴が紋章を宙に描く。
 極小の竜が空へと昇っていく。

 『神の叡智』はかく語る。
 とある世界には、力ある紋章によって物理法則に反逆する術がある。
 とある世界には、“生きるために使われていた力の残滓”を再利用する魔法がある。
 とある世界には、対象を組み変えてから元に戻すことによって整調化する技がある。

 淑芳は呼びかける。意思を声に乗せ、解き放つ。
「戦場に漂う百二十八万の遺伝詞たち! 残響する断末魔の叫びと呪詛の囁きたちよ!
 届いていますか!? わたしの遺伝詞の声が!」
 雷で作られた小さな円陣の、その中央に、ちっぽけな木の葉の竜が激突する。
 声が、響く。
 最後の仕上げを打ち込まれ、紋章が起動した。
 完成した術が、周囲の空間に干渉を開始する。
 原因不明の不具合によって紋章の力が減衰し、それでも術は形を成す。
 死者の遺した“普通の人間には感知できない何か”が、虚空に集められていく。
 凝縮された“何か”は、紋章の記述に従い、木気を帯びた小竜として顕現した。

137ブラック・アウト(決断)(6/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:24:39 ID:VkBVSF.Y
 掛詞は竜、詞色は青葉の色、拍詞は力強い鼓動の速度――とある世界の風水師なら、
そんな言葉で理解するだろう。
 木は土から養分を吸い、朽ちた木は土に還る――とある世界の陰陽道を嗜む者なら、
そんな摂理を想起するだろう。

 集められた多くの“何か”は、生気の源として整調化され、あるべき場所に還る。
 小竜が高らかに咆哮し、島の上空を旋回しながら砕け散っていく。
 島全体に、優しく温かい力が降り注いだ。
 命の残滓が、生者の体内へと還っていく。
 すべての命に、等しく生気が与えられる。
 変換と返還。
 転化と添加。
 それこそが、彼女の望んだことだった。
 無論、他の参加者一人一人に対しては、ささやかな影響しか及ぼせていない。
 カイルロッドに救われた命を自ら捨てる行為は、裏切りであるかもしれない。
 故郷の皆も鳳月も星秀も緑麗も麗芳も、淑芳に生きていてほしかっただろう。

 けれど、これが最善手だと淑芳は信じた。

 仇を討てるだけの力が己にない以上、他者に力を与えて悲願を託すしかなかった。
 こうなることが仇の思惑通りだったとしても、やらないわけにはいかなかった。
 分の悪い賭けであると判っていても、賭けずに諦めることなどできなかった。
 淑芳の与えた力で誰かがアマワを討てるというなら、それで彼女は満足だ。
 淑芳の身にも生気は宿ったが、それらはすべて神木の精へと流れていく。
 不可逆的な変質が始まっており、後はただ死の瞬間を待つだけだった。
 死者の遺物も生者の意思も、彼女は復讐のための駒として利用した。
 見知らぬ誰かのためにではなく、私怨を理由にやったことだった。
 自分の命を惜しむ理由も資格も、もはや彼女には残っていない。

138ブラック・アウト(決断)(8/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:25:31 ID:VkBVSF.Y

 周囲を再び静寂が包む。
 夜が明けた今も、神社に人の気配はない。
 しかし、いつの間にか音もなく現れた者ならば、そこにいた。
 まるで女子高生のような姿をしてはいるが、彼女もまた尋常な存在ではなかった。
「なかなか興味深いものを見せてもらったわ。できることなら、あなたとはもう少し
 早く会ってみたかった」
 お世辞でも皮肉でもない、といった口調で来訪者は言う。
「わたしはもうすぐ死ぬはずですわ。それでも、わたしに用がありますの?」
 淑芳の声は呼吸音と大差ないほど弱々しかったが、意思の伝達に支障はなかった。
空気が振動したかどうかなど、人ではない来訪者にとっては何の関係もない。
「会ってもほとんど影響がないからこそ、こうして会えたんでしょうね」
 暗くなり始めた淑芳の視界の中で、彼女の輪郭だけが鮮明だった。
 空を見上げ、島に降る淡い力を、彼女は静かに眺める。
「まるで、四月に降る雪のようね」
 それだけ言って、来訪者は再び淑芳に顔を向けた。
「もしも『遺言を聞いてあげる』とでも言う気なら、余計なお世話ですわよ」
 淑芳の言葉に対し、彼女は左右に首を振る。
「悲しみは世界に付随する真実。だから、悲しいことはどうしようもない。あなたは
 思いを遂げられないまま世界から消える。どこへも辿り着けずに、ここで力尽きる。
 でも、これで最後というわけではない。あなたと同じ何かを求め、あなたよりも先へ
 進む者が、いつか現れるかもしれない。その可能性は誰にも否定できない」
 ただひたすらに純粋な笑みを浮かべて、彼女は告げる。
「それを、伝えたかっただけ」
 風が吹き、木々がざわめく。
 現れたときと同様に、いつの間にか来訪者はいなくなっていた。

139ブラック・アウト(決断)(9/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:26:15 ID:VkBVSF.Y
 口元を歪め、地面に膝をつき、淑芳は前のめりに倒れ伏した。
 体に張られた細い根は、切れることなく樹と繋がったままだ。
 額に貼ってあった呪符が神通力を失い、剥がれて風に舞った。
 不完全な融合の術が、彼女の魂に無数の亀裂を走らせていた。
(『世界』に挑む者たちは、奇跡を起こしてくれますかしら……)
 肉体から乖離した幽体の破片が、細い根を通じて神木に吸い込まれていく。
 徐々に薄れつつある意識の中では、昔の記憶が走馬燈のように見えている。

 鳳月と星秀がくだらないことで口喧嘩を始めて、それを緑麗が両成敗している姿を、
麗芳と淑芳は並んで見ていた。鳳月が身の潔白を主張し、星秀が屁理屈をこね、緑麗が
溜息をつき、麗芳が呆れて苦笑していた。

 神仙とは、全知全能の存在ではない。
 彼女にできることは、もう何もない。
(誰でもいい……わたしたちの、仇を……)
 天界最強の武宝具・雷霆鞭と、最高機密である秘術の知識を、アマワは得ていた。
 淑芳の故郷を滅ぼすことさえ、おそらくアマワにとっては容易いことなのだろう。
 天界からの救援がないのは、既に滅ぼされてしまっているせいなのかもしれない。
 アマワを討つためには、奇跡が要る。
(まったく……こういうときに神頼みできないのが、神仙の辛いところですわね……)
 彼女にできることは、もう何もない。
 自我が軋みをあげ、思考が暴走し、精神が崩壊していく。
 記憶が断片化し、無秩序に再構成され、鮮烈な幻が意識を埋め尽くしていく。

 ある日、淑芳が天界を歩いていると、いつもの散歩道に見慣れない青年と犬がいる。
青年の優しげな微笑を見て、淑芳は彼に一目で惚れる。青年は照れたり困ったりするが
どこか嬉しそうな様子だ。淑芳と青年の恋物語を、犬が生温かい目で見守っている。
 淑芳が皆に青年(と犬)を紹介すると、皆は揃って驚き、からかったり悔しがったり
しつつも祝福してくれる。皆の笑顔に囲まれて、淑芳たちも笑みを浮かべる。

 涙が一粒、大地に染みて、少女は呼吸と鼓動を止めた。

140ブラック・アウト(決断)(10/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:27:05 ID:VkBVSF.Y
【033 李淑芳 死亡】
【残り ??名】
【H-1/神社の東端/2日目・06:15頃】

※神木のそばに淑芳の死体と荷物があります。呪符はすべて消費されました。
※淑芳の手紙が鳥に変化して移動しています。非攻撃的な参加者を追跡し、攻撃的な
 行動をする参加者からは遠ざかるように設定されています。術が解けると、鳥から
 手紙に戻ります。手紙の内容は、『神の叡智』から得た知識、玻璃壇を元に描かれた
 島の詳細な地図、淑芳の経験談や推論などであると思われます。
※カイルロッドの死体から血肉を吸収することによって、摂取してから十数時間後に
 ほんのわずかな力が得られます。誰がどれだけの量を摂取した場合も、得られる力は
 ほんのわずかです。凶暴化などの悪影響はありません。
※死者の遺した“普通の人間には感知できない何か”が消費され、島の生物すべてに
 生気が与えられました。
※雷の紋章や砕け散る小竜は、普通の人間にも感知できるものでした。一連の現象は
 06:10頃から数十秒ほど発生していました。
※神木の精は、他の木の精とほぼ同じ程度の能力しか備えていませんし、普通の人間に
 意思を伝える能力がありません。神木の精に淑芳の意思が宿っていたりはしません。

141ブラック・アウト(決断)(11/11) ◆5KqBC89beU:2008/05/09(金) 18:27:54 ID:VkBVSF.Y

[補足]
・手紙を鳥に変化させる――少し改変してあるが基本的にはチキチキの符術
・樹の精が存在している――ピロテース関連の描写などから問題はないと判断
・植物の精と同化する――陰陽ノ京の“死霊と植物の精とを結びつける術”を応用
・見立てによる術の構築――陰陽ノ京やMissingなどに登場する方法論
・カイルロッドの血による強化――原作よりも無難な効果に改変
・雷を撃って意のままに操る――少し改変してあるが基本的にはチキチキの符術
・整調化作用のある紋章――伯林(というか都市シリーズ)に登場する風水紋章
・木の葉を呪符にして極小の竜を作る――チキチキの符術と風水紋章の応用
・死者の遺した“普通の人間には感知できない何か” ――事件シリーズの“呪詛”等

142嘘予告:2008/11/26(水) 23:03:28 ID:Fc72kk0o
 ――残り人数35名。
 その舞台は、確実に閉幕に近づいていた。

◇◇◇

「つまり我らと同盟を結びたい、と?」
「その通り。目的は先ほど放送を行った集団とほぼ同じ。まあ最終的にはあちらとも協力できたらいいとは思っているのだが」
「なるほど、の」
 そう呟き、美姫はしばらく値踏みをするように佐山の顔を覗き込んでいたが、
「ところで――お前が佐山なのだな?」
「その通り。何かね、先ほどの自己紹介では不足だったかね? ならばあと七通りの自己紹介方を――」
「要らぬ。それよりも、わたしはお前宛の言伝を頼まれていた」
 その発言で、場の空気が変わる。
 佐山がその言葉を気にするのは当然だ。
 彼宛ての伝言を残すのは、今まで殆ど情報が無かった自分の仲間達の可能性が高いのだから。
 だが、美姫の後ろに佇む三人の表情に緊張や疑惑が浮かんだのは――
「……ほう? 誰からかね?」
「名前は、知らぬ」
 ――その吸血鬼の顔が邪悪に歪んでいて。
「聞く前に、殺してしまったからの」


 悪役と、吸血鬼と。
 策謀を這わせ、相手を絡めとろうとするのが彼らの手管。
 ならば、此度絡め捕られるのは――



 ――銀光が、美姫と佐山の間を断つように突き刺さる。
 その場にいる誰もが気付かぬ内に、屋根の上に筒のような陰が隆立していた。
「君は世界の敵だ――」
 月光を背にしているため、そいつの表情を窺い知ることはできない。
 だけど、それでも不気味な泡はどこか寂しげに浮き上がり――
「――佐山・御言」
 敵の抹殺を宣言した。





 無名の庵。
 全ての世界から僅かにずれた位相にあるその場所で、彼らは対峙していた。
 この物語を終わらすために。

「……なるほど。正直、これは予測していなかった。さすがに魔神の心までは読めないか。
 贄はおろか、喚び手もなしに顕現するとはね。
 そうか、砕かれた石の名はデモンズ・ブラッド――君にも匹敵する魔王達を表すモノ。
 この場で、その全てを捧げた上での芸当というわけだ」

 その熱量は膨大。その威容は無限。
 審判と断罪の権能を持つ天罰神。故に、その名を、
「天破壌砕――王の中の王。紅世真正の魔神たる“天壌の劫火アラストール”」

 文字通り魂を燃やし、世界を灰とする。
 魔神にとってそんなことは容易いこと。世界を壊すことなど朝飯前。
 神野による呪圏・影。だが輝く炎を前に、それは触れることすら出来ずに消え去っていく。
 もとより勝敗は決まっていた。三千世界の闇と、その闇を打ち消す篝火。ならばどちらが勝つのか。
『――捕らえたぞ、神野陰之』
 そう。勝敗は、決まっていた。






 対主催。このゲームを終わらせようとする者。
 だが彼らもまた、盤上の駒に過ぎない。
 駒はルールに則って取り除かれる。例外なく。

143嘘予告:2008/11/26(水) 23:06:29 ID:Fc72kk0o
 殺戮の緞帳はゆっくりと閉じていく。
 だが、その舞台の上で未だに役割を演じ続ける者もいた。
 彼らは名優か、果てまた観客の慰みモノとなるただの道化か。


 彼らが転移し、そこに生きている者は居なくなった。
 ――もっとも、真っ当な生を諦めたものを生者と呼ぶならば話は別だが。

「……あはっ」
 千絵は緩みきった笑みを浮かべた。まるで決壊したダムのような、ある種の清々しさがそこにはあった。
 ――支払うべき対価はここに。あの女怪の記憶は留めている。
「『だが、おまえが私を見つけだして望んだならば、再び吸血鬼にしてやろう』」
 約束された言葉を吐き、自ら陵辱した男の残影を背負って。
 彼女はゆらりと立ち上がった。

 彼女が辿る未来は分かり切っている。
 きっと彼女は再び暗黒に堕ちるまで歪み続けるだろう。




「そうだな――」
 銃を突きつけられているという、傍目から見れば致命的な状況の中で、この男の態度は飄々としていた。
(そう。傍目から見れば……ね)
 体制と表情を崩さぬまま、風見は背筋を落ちていく冷や汗を感じていた。
 一般的に言って、指一本の動きで済む拳銃と最低でも手首以上の稼動が必要なナイフ。
 有利なのは拳銃に決まっている。撃つべき弾が込められていて、しかも相手が化け物でなければ、だが。
 最悪なことに、その条件は両方ともクリアできなかった。つまり、これは本当に張子の虎でしかない。
 この男はそれに気づいているのか。気づいていて、こちらを嬲っているのか。
 その弱気な思考を見て取ったかのように、怪物が口元を歪めた。




 これは賭けだ。臨也はポーカーフェイスのまま、悟られぬ程度に深呼吸をした。
 冗談抜きでそれは最後の呼吸になるかもしれない。
 だが持ち駒の無い今、使えるのは王将のみ。ならば躊躇っていても詰められるだけだ。

「俺はあの放送を行った集団の生き残りなんだけど――力を貸して欲しい。
 こっちの装備と情報は全部提供する。だから、仲間の仇討ちを手伝って貰いたいんだ」


 


「あの怪物を殺すのなら、私の協力は不可欠のはずよ」
 灰色の魔女カーラが差し出す禁断の果実。
 一見、グロテスクなだけのそれは、この場においては如何なる金銀財宝よりも価値がある。
「大した条件ではないはずだけど? ねえ――火乃香?」
 取引を持ちかけられた少女は、唇を噛みながら魔女を睨みつける。
「そんなに睨まないで欲しいわね――貴女が犠牲になれば、みんな助かるのよ?
 まあ最終的な決定権は貴女に任せるけど……全滅か、一人の死か。よく考えてみなさい」
 古来より、魔女との取引は破滅の予兆でしかない。
 そしてその取引を跳ね除けられるものがいないこともまた、常だった。

144嘘予告:2008/11/26(水) 23:07:17 ID:Fc72kk0o




「この世界は――最強の防壁です」
 涼宮ハルヒの作り上げた箱庭から帰還した古泉一樹はそう報告した。
「涼宮さんは知っての通り、ああ見えて常識人です。ですからこの奇妙な殺し合いの場においては普通の少女でしかない。
 だからこそ、彼女は夢想したのでしょう。平凡な日常。それまで当たり前のように続いていた平穏な日々を」
 早い話が現実逃避だ。
 別に彼女の精神が特別脆かったというわけではない。正常な人間ならば、大なり小なり誰もがそれを日常的に行っている。
 だが涼宮ハルヒには力があった。現実逃避を現実にしてしまう力が。
 故に、創り上げる。
 いつものように無意識無自覚、そして出鱈目な世界。閉鎖空間を。
「ですが、僕ら"機関"が処理していた通常の閉鎖空間がストレス解消の役目を担っていたのに対し、
 この閉鎖空間はいわば保身です。涼宮さんが亡くなる直前に、彼女が死を拒絶したことによって生まれた空間。
 それも未完成のね。彼女が望んだのは過去の日常。ありがたいことに、長門さんと僕はそこに含まれていたようです。
 僕達が進入すればこの世界は完成します」
 そして完成してしまえば、それはひとつの確固たる世界として機能する。
 涼宮ハルヒによる新たな世界創造。彼女を取り巻く組織が恐れていた終末がすぐ傍にある。
「単刀直入に言いましょう」
 古泉一樹は一度唇を舐めて湿らすと、決定的な言葉をつむいだ。

「僕達が涼宮さんの世界のピースになれば、このゲームからは逃れられます。
 この刻印による死も、管理者の手も届きません。彼女がそれを認めないのだから。
 僕達は――このゲームから労せずに脱出できます」





「なあおにーさん。するってーと、僕は置いてきぼりかい?」
「ふむ――知り合いのサーカス団員だとでも紹介しましょうか? 意外と認めてくれるかもしれませんよ?」
「ぎゃはは、殺戮奇術の匂宮雑技団ってか? 戯言にも程があるぜおにーさん」




 彼らは衝突し、騙し、暴走し、そして儚く散って行く。
 果たして血まみれの脚本を破り捨てることのできる者は存在するのか。





 走る、奔る、疾る。
 幾度も幾度も剣を振るった。
 敵は目の前。絶対に、何に代えても倒さなきゃいけない奴が手を伸ばせば触れられるような距離にいる。
「無駄だ。それは心の証明にならない。隙間は、暴力で埋まらない」
 ――だが届かない。
 斬撃の数はすでに三桁に届こうとしていた。だが、掠りもしない。
「……当たれ」
 呟く。呪いをかけるように。
 皆死んでしまった。
 こいつの元に辿り着くまでに、皆死んでしまった。
 じゃあ、ここで、自分がこいつを倒せないなら――
「誰一人として私を満足させられる回答を持たなかったのだ。そうだな。ならば、無駄死にといっても差し支えはあるまい」
「当たれぇぇぇえええっ――!」
「……そして君もか」
 パリン、というとても呆気ない、まるで飴細工が壊れたような音とともに、剣は砕けた。 






「君が、来たか」
「そう。私が、来たよ」

「魔女――十叶詠子」





 ラノベ・ロワイアル完結編。
 十二月三十二日に堂々の掲載決定!無論嘘だが。

145名も無き黒幕さん:2008/12/13(土) 21:58:42 ID:/R0v7P32
つーかその嘘予告最終回で良くね?
ほかにも作品の付足しもしなくちゃならないけど…

146名も無き黒幕さん:2008/12/14(日) 15:48:22 ID:6oUJwnDI
嘘予告乙!
断片とはいえ久しぶりにラノロワが読めて興奮したよ。
誰がどうなってるかはだいたい分かったんだけど、アマワに剣振ってる奴だけ分からなかった。ベルガー?
もしできるなら、こんな感じのダイジェストでもいいから完結を迎えられるといいなあ。

147エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:37:53 ID:Fc72kk0o
一応のプロット完成記念に没ネタでも投下してみる。


 一度目は六歳の時。故郷の村で、何も知らずに大勢を殺してしまった。
 二度目はそれから八年後に起きた。やはり故郷の村で、だが今度はそうなることを承知で行った。
 三度目は帝都で。帝国の要、不死者の柩イシィカルリシア・ハイエンドを憎悪に任せて粉微塵にした。
 どれも自制が効かなかった瞬間。
一度目は無知の為、二と三度目は知識を得てもフリウ・ハリスコーという少女が賢者に成れないかったことの証明。
 制御できなければ、彼女の破壊精霊は何もかも根こそぎにしていく。
 だが制御がなんだというのか。フリウ・ハリスコーは壊すことしかできない。
 ならば、制御になんの意味がある?

(あたしはいま……制御できている?)
 
 最古の精霊ウルトプライド。卓越した念糸能力。ともに、世界で一番『弱い』力。
 だが、それでも世界は破滅する。脆い世界は指の一突きで崩れ去る。
 解放された破壊精霊は目の前の建造物を見上げ、衝動を存分に叩きつけられる大質量に歓喜しているようだった。
 咆吼が静寂を殴り飛ばし、夜気を刃のように凍らせる。
 制御に問題はない。それは自覚していた。精霊に引きずられることもなければ、閉門式を完璧に唱える自信もある。
 しかし、それでも、

(それでもあたしは壊す。壊さなきゃいけない)

 ミズー・ビアンカのように強靱だった女性。どこまでも陽気だった二人組。気弱な少年。
 破滅する光景しか映すことの出来ない左目に吸い込んだ、白くてとても美しい生き物の姿を思い出す。
 すべて自分が壊したものだ。だから、さらに壊す。全部壊す。制御した上で、臓腑に蠢く衝動をすべて物質に叩きつける――

(……それは、八つ当たりだよね。分かってる)

 熱いほどの狂気の中で、だがそれと反比例するような冷えた口調でフリウは呟いた。
 その囁きはとても小さく、すぐに狂気に埋もれて消えた。誰も聞いていないのなら、言葉に意味はない。人は独りでは生きられない。

(だけど、あたしはみんな壊しちゃうから)
 
 束の間の仲間すら、すべて失った。自分が遺体さえ残さなかった。
 ならば、きっと自分も孤独のまま死ぬに違いない。かつて単身で悪に挑んだ養父のように。
 もう戻れないだろう。独りではなにも信じることが出来ない。その事実が怖くなって、フリウ・ハリスコーは眠るように思考を停める。
 そしてそれに同調するように、破壊精霊の拳が建造物に打ち込まれた。

◇◇◇

148エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:39:02 ID:Fc72kk0o
 異変が起きたのは、爆発が収まり、そしてダナティアが窓から落ちた直後である。

「――っ!」

 足下がおぼつかなくなるほどの衝撃を受けて、ダウゲ・ベルガーは危うく転倒しそうになっていた。
 だがここで衝撃に身を任してしまえば事態に対応できなくなる。
 反射的に“運命”を床に突き立て何とかそれを回避。
 辺りを見れば、茫然自失状態だった竜堂終も反射的に転ぶのを避けたらしく四つん這いになっていた。
 メフィストはなぜだか平然としたまま立っている。
 だが衝撃は一度だけではなかった。
 まるでドラムを激しく打ち鳴らすかのように、連続してマンションが揺れる。思わず舌を噛みそうになるが、歯を食いしばって耐えた。
 そして巨大な雄叫びが響いていた。冷鋭とした、まるで氷河に亀裂が入るような絶叫。

「敵……か!?」
「そうでなかったら、だいぶ野性的な特使かもしれねえな」
「冗談言ってる場合かよっ!?」

 終が天井を指差す――まるでそれが切欠だったかのように、マンションが崩壊しはじめた。
 コンクリートの壁が陥没し、鉄筋の柱が折れ、雨露を凌いでくれた天井は凶悪な凶器となって襲ってくる。
 最初の衝撃から十秒と経っていない。
 それだけの時間で巨大な建造物を崩落させられるだけの火力を、咆吼の主は持っているということになる。

(パイフウじゃない? ――ちぃっ、考えてる暇もないか!)

 崩落は止まらず、天井が抜け落ちる。
 思考よりも先に、ベルガーは激しく振幅する床を無理矢理に蹴り飛ばしていた。
 終の傍らに着地。
 だが、三人で寄り添ったところで死の予定は書き変わらない。
 故にダウゲ・ベルガーは“運命”を振るい、死神の手帳を書き換えた。

 《運命とは切り拓くもの》

 瓦礫による圧殺という運命が切断される。
 彼らに降り注ぐはずだったはずの元天井は、まるで透明な槍に貫かれたように自ら活路を開く。
 だが、まだ足りない。頭上の安全は確保できても、二階の床が崩れ落ちることは防げない。
 新たなテクストを紡ぐ時間は、もはやない。

149エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:40:05 ID:Fc72kk0o
「――終!」
「……分かってるよ!」

 ――故に、竜堂終は怪力を振るう。
 直前までの動揺を押し込め、床が完全に抜け落ちる前に終はベルガーを抱えて跳躍していた。
 瓦礫を足場にし、再度の跳躍。風を操る竜の化身はそれこそ飛竜のように宙を舞った。
 浮遊感が終わり、着地した時には崩壊も収まっていた。
 “運命”により無理矢理機動を逸らされた瓦礫は彼らを取り囲むようしてに積み上がっている。
 まるでそこは外壁に隔離されたステージのようだった。あるいは牢獄か。
 マンションひとつ分の瓦礫だ。背伸びをしたって外の様子を窺うことは出来そうにない。

「なんなんだ……?」

 敵襲なのは間違いない。だが、刻印の制限下でここまでの大規模破壊を行えるというのなら、それはどのような敵なのか。
 ベルガーが"運命"に精燃糟を追加しながら自問するように呟いた、その瞬間を待っていたかのように。
 彼らを外界と隔離していた瓦礫の一部が吹き飛んだ。さらに細かく砕かれた礫が、彼らの全身に裂傷を作る。

「っぅ!?」

 痛みに呻く彼らの声は、やはり夜を恐慌させる叫び声が掻き消した。
 石礫が無数に飛来する中、それでもベルガーは目を開けていた。目をつぶっている内に殺されたなど、冗談にもならない。
 最初に見えたのは、瓦礫の壁から二の腕の中程まで突き出た腕だった。
 その腕がさらに前進し、壁を崩していく。腕の主が胎動するたび、物質は溶けるように崩れていった。
 瓦礫を踏みつぶしながら、巨大な影が彼らの前に立ち塞がる。
 背丈はベルガーの二倍はあるだろう。それは銀の巨人だった。
 傷一つ無い鋭い甲殻を全身に張り付け、ゆっくりと瓦礫で出来たコロシアムに入場してくる。

 交渉も、口上もなく。
 あらゆる言葉を発する前に、破壊精霊は雄叫びをあげながら走り出した。
 鈍重そうな見かけの割に、思いの外その突進は速い。一息で間合いを詰めると、大木のように巨大な拳を振り上げる。
 全員纏めて挽肉にするつもりらしい。
 反射的にベルガーは跳躍しようとしていた。他の二人も左右に散開している。
 纏めて殺しに掛かるような大雑把な打撃など、回避することは容易い。
 だがその中でベルガーの動きだけが致命的に遅れていた。
 心臓から喉まで、一直線に鉄串かなにかで貫かれたような痛みが行動を阻害する。
 意思の力でどうなるものでもない。単純に、それは呼吸が出来ないことを意味した。

(肺の傷が……!)

 最初の崩壊から脱するための一連の動作。跳んで剣を振るうという、たったあれだけの動作で自分の心肺機能は限界に達したらしい。
 見れば、巨人の振るう拳はすぐ目前にまで迫っていた。

(……っ!)

 死を身近にしてさえ、体は動かない。
 銀の拳弾が着弾する。
 それこそまさに大砲のような威力で、巨人は地面を陥没させた。
 拳が地面に完全に埋もれるほどの威力。骨と肉の塊など問題にさえならない。残るのは死体としての尊厳すらない、ただのミンチだ。

150エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:41:29 ID:Fc72kk0o
「……済まないな」
「なに。むざむざ患者を死人になどしたくないだけだ」

 咄嗟にメフィストに引っ張られていなければそうなっていただろう事実に背筋が凍った。
 だが、破滅を回避した代価は大きい。
 紙一重とはいえメフィストの回避は完全に間に合っていた。それは確かだ。銀の豪腕は掠りすらしなかった筈である。
 だというのに、ベルガーは肋骨が折れるのを自覚していた。
 拳に衝撃波でも付随しているのか、よりにもよって怪我のある右肺の上、そのアバラのすべてが骨折している。
 一過性だったはずの痛みが、しつこく立ち去らない根深い物に変わる。
 メフィストの右脚にも罅が入っていた。ギリギリのタイミングで割って入った代償だ。
 無論能力を制限されているとはいえ、彼は死者すら蘇生させると謳われた稀代の魔界医師である。
 その程度の傷ならばどうとでも処置のしようがあるだろう。
 だが、銀の巨人がそれを許さない。動けなくなった二人に、今度こそ拳を叩き込もうと向き直る。

「させるかよっ!」

 ひとりだけ違う方向に跳んでいた終が、背後から巨人に襲いかかった。
 四メートル近くを飛び上がり、手加減無しに叩き折るつもりで首筋を蹴り付ける。
 もしも巨人が常人だったのなら、首を落としそうな延髄切り。
 感触は、ただひたすらに硬い。

「なっ……!」

 驚愕に硬直する終を銀の掌が包む。
 声が響く。慟哭するような、しかし悲しみのない、ただひとつの目的にのみ純化した声。

『我は破壊の主ウルトプライド――』

 終の体が放りあげられる。ふわりと、まるで敵意を感じさせないその動作。
 野球でノックをするために放られた球に、よく似ていた。

『全てを溶かす者!』

 空中で身動きの出来ない終を目掛けて、拳が文字通り殺到する。
 ――あの巨人からはとてつもない威圧感を感じる。
 それこそ魔王のような、何もかも根こそぎにしようという破壊意志だ。
 仮にあの化け物が制限を受けていたとしても、それは終も同じ条件。
 故に結果は同じ。終の竜鱗がそれを防げるかどうかは分の悪い賭けになる。

151エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:45:01 ID:Fc72kk0o
(動け――)

 ベルガーは無言で己の体に命じた。叫ぶわけにはいかない。空気を無駄にはできない。
 震える手で、再度“運命”を振るう。掠れたテクストが運命を捻じ曲げた。
 精燃槽が足され馬鹿げた長さとなった剣の軌跡の延長上には拳と終。それが接触する運命を断絶する。
 僅かに巨人の拳が目標を逸れる。直撃は避けられたが、終もベルガー達と同じ道を辿った。
 打撃に付随する衝撃波が終の体を殴りつけ、瓦礫の壁に叩きつける。
 先の戦闘で見せた竜鱗の防御力を考えれば生きているかも知れない。少なくとも、この瞬間は。

(残りの精燃槽は……三つ)

 制限か、それともあの怪物がもたらす破壊の運命が相応に強固だったのか。フロギストンタンクの消費が激しい。
 しかも、体は酷く傷ついている。
 思い出した途端、再び痛みが痛覚を刺した。

「――っ!」
「動かない方が良い。折れた骨が肺を痛めている可能性がある――」

 言いながら、メフィストは抱えたベルガーの右胸をまさぐっていた。その指が、溶けるように沈んでいく。

「……いや、俺はいい。それよりもそっちはどうだ。走れそうか?」
「私の傷は他愛ない。痛覚を遮断し、補強しておいた。
 だが、君の方はそうもいかないぞ。……ふむ、やはり臓器を痛めているな。放っておけば、遠からず死ぬことになる」
「ここにいたらどのみち同じだ」

 銀の巨人の目が、再びこちらを捉えていた。そこに宿す破壊衝動は収まっていない。というより、あれは破壊の権化だろう。
 うんざりとして頭を抑えながらベルガーはぼやいた。

「あれは何なんだ……参加者か?」
「あんなものが最初の会場にいたのなら、それだけでこの盤上遊戯は始まらずに終わっていただろうさ」

 その応酬を皮切りにして、巨人が再度突進の構えを見せる。
 メフィストもそれに応じて、ベルガーを抱えたまま跳躍のタイミングを計り始める。が。
 巨人の頭部を投石が直撃した。やはり巨人は無傷だったが、それでも投石の犯人を見やる。

「こっちだ、化物っ!」

 終だった。瓦礫の海から起きあがり、体中血だらけだが、それでも気丈に立ち上がっている。
 愚弄されたと感じたのか、巨人は終に目標を変更した。凄まじい咆吼を浴びせる。
 それに張り合うように、終も叫んでいた。ベルガー達に向かって。

「行け! ここは任せろ――」

 ベルガーが何か言う前に、巨人は終に向かって駆けだしていた。
 健常であれば、終はその突進から逃げることも出来ただろう。だが、三メートル以上の高さから超剛力で叩きつけられた後では――
 そんなことをベルガーが考えていると、メフィストが彼を抱えたまま走り出していた。巨人が現れた瓦礫の切れ目に向かって。

152エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:45:49 ID:Fc72kk0o
「なっ、おい!」
「彼の加勢に回れば全員が死ぬ。とりあえず君の応急処置が先決だ」
「そんな冷静な判断は――」

 反論を許さず、足が傷ついていることを感じさせない速度でメフィストは瓦礫の切れ目に到達していた。
 治療の出来る場所を探し、視線を走らせる。
 だがその前に、目に入ったものがあった。
 それはすぐ目の前にいた。血塗れの少女。ベルガー達の背後にいる巨人を呆然と眺めている。
 ベルガーは面食らったが、それでも彼女は被害者だろうと判断した。声を掛ける。

「見れば分かるだろう? ここは危険だ。とりあえず逃げろ――」
「危険なんて無いよ」

 血塗れの少女はそう呟いた。その声音は透明で、感情が一切含まれていない。
 訝しむ間もなく、少女はベルガーに焦点を合わせた。
 その顔に張り付けられた表情に、思わずゾッとする。少女はどこまでも壊れた笑みを浮かべていた。

「だって、私が壊すんだもの」

 奇妙な白一色の眼球に映し出された自分の顔を、メフィストに抱えられたベルガーははっきりと見ていた。
 変化は一瞬だった。彼らの眼前に、突如例の巨人が出現する。

「な――」

 振るわれた拳を、慌てて“運命”で防ぐが、巨人の一撃で体ごと吹き飛ばされる。
 抱えられている不安定な姿勢だったため、ベルガーとメフィストは転がるように吹き飛ばされた。
 落下の衝撃でまた肺が痛むのを自覚しながら、それでもなんとか地面に埋もれていた瓦礫を取っ掛かりにし、ベルガーは回転を止めた。

(まだ、だ。まだ死ぬわけには――!)

 向こう見ずな少女。呪いに犯され、大切な者を殺され、泣きそうだった顔が脳裏を掠めた。
 救いたい人がいる。そのためにダウゲ・ベルガーは立ち上がった。
 だが運命は彼の前にあった。強臓式武剣ではない。逃げられないほど近くに――死という運命が。
 ベルガーを追撃してきた銀の巨人が、再び拳を振り上げた。
 反射的に黒刃を構えようとするが、手の中にはない。先程の一撃で吹き飛ばされた!

(糞っ垂れ――)

 罵っても時は止まらない。救い手も顕われない。
 最後の感覚は肺の痛みと網膜に焼き付く光、そしてブツリという奇妙な音。それらを感じながら、ダウゲ・ベルガーの意識は途絶えた。

153エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:47:41 ID:Fc72kk0o
◇◇◇

 破壊精霊の拳に、まずひとりが圧死した。残りの二人ももうすぐそうなるだろう。

(あたしは、また、人を殺した)

 無感動にそう確認する。破壊精霊が物質を壊すごとに思考の域は狭まっていった。
 まるで壊した物質がその分だけ脳を占拠しているようだ。
 白衣を着た綺麗な男性は先の一撃で転がっている。
 抱えていた人物を庇ったせいで、全身を強く打ち付けていた。立ち上がることさえ容易ではないはずだ。
 とりあえずそちらは無視して、フリウはもうひとりの少年を見た。
 特殊な力を持っているのだろう。破壊精霊と対峙してまだ死んでいない。
 とはいえ無傷でもない。体中に裂傷があり、左腕は手首の所から完全に折れている。
 他の骨にも罅くらい入っているかも知れない。
 口許からは血を流しているようだったが、それは口を切っているだけなのか、それとももっと深刻な状態なのか。
 フリウには判別できなかったが。

「関係ないだろう、フリウ・ハリスコー。君はどうせすべて壊すのだから」

 唐突に鼓膜を震えさせる声。我が耳を疑い、ぎょっとする。この声をフリウは知っていた。
 だが、それでもその声は未知のものだ……

「精霊……アマワ!」

 目を見開く。瞼を弛緩させていた分に隠れていたのだとでもいうように、奇妙な姿の精霊は目の前にいた。
 瞬時に狂気が掻き消え、思考が目覚める。
 未来精霊アマワ。存在していない存在。未来において必ず果たされる約束。
 それなのに再会は予期していなかった。それもこんな奇妙な箱庭での再会は。
 ふと、脳裏で閃くものがある。フリウは堪えもせずに、それを吐き出した。

「お前が黒幕! あたしを……仲間を殺させた!」
「それは違う。フリウ・ハリスコー。彼らを殺したのはあくまで君だ。私は関与していない」

 泰然としたアマワの声。本質が定められた精霊には、それ以外の感情はない。
 だからおそらく、それは正しい。
 怒りのやりどころを失い、フリウは再び狂気に埋没した。萎むような声音で、尋ねる。

「何なの……何が目的なの……」
「私の望みは君も知っているだろう。御遣いはその為に有る」
「……疑問を、無くすこと」
「その通りだ。果たして人は疑問の隙間を埋めることが出来るか? 埋めるための心を持ち合わせているのか?」

 首らしき部分を限界以上に捻りながらアマワは疑問を投げかけてくる。疑問しか投げかけてこない。
 フリウは呟いた。淀む感情に任せ、ほとんど譫言のような口調で言葉を紡ぐ。

「あなたには答えた。完全に信じられるものなんてない。人は、独りでは生きられない。でもふたりならきっと信じられる――」
「そう確信を持って言えるかね? 今の君に……」

154エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:50:12 ID:Fc72kk0o
 瞬間、景色が入れ替わった。肌を刺す寒風が頬を撫でる。
 見慣れた風景だった。精霊の住む硝化の森。ハンター業に就いていた彼女にとって、そこは懐かしささえ覚える場所だ。いや――
 フリウは気づいた。ここはただの硝化の森ではない。その最奥。すべての疑問が発生した場所。

「水溶ける、場所?」
「さあフリウ・ハリスコー。かつてのように答えを召喚してみるがいい。君にとって信じるに足るものならば召喚に応じるはずだ」

 それが嬲るように聞こえるのは、彼女が負けを認めているからか。
 恐らくそうだ――フリウは首を振りながら認めた。自分はもう、信じることが出来ない。信じるに足るものをひとつも持っていない。

(サリオン……アイゼン、ラズ、マリオ、マデュー、マーカス、ミズー・ビアンカ……)

 もう会えない彼らの名前。そこにフリウはいくつか名を付け加えた。チャッピー、要、潤、アイザック、ミリア。
 失ったものは、取り返せない。この異界に来て、フリウ・ハリスコーはすべてを失った。
 十分だと判断したのだろう。さほど時間も掛けず、アマワは解答時間を打ち切った。

「フリウ・ハリスコー。君に解答は期待していない。君はもはや……未知を退けられない」
「なら、どうして来たの……」
「それでも君は有効な手段だ。この催しを計画したのも、少なからず君の影響がある」
「あた、し、が?」

(あたしが、原因――?)

 呆然と立ちつくす中、アマワが言葉を進める。

「君は正答をしなかった。だが、今までにない解答でもあった。
 故に私はそれを試すことにした。人は、どこまで人を信じられるものなのか。
 何故、君やミズー・ビアンカを用意したのかといえば、君たちの在り方や解答が正しかったのかを見届けるためだ。だが」

 そこでアマワは言葉を切った。嘲るでもなく、単に疑問を呈するような口調で続けてくる。

「ミズー・ビアンカは死んだ。私に奪えなかった筈の人間が奪えた。
 フリウ・ハリスコーは人を信じ切れなくなった。ひたすらに破壊を求めるようになった」
「……」

 アマワの姿がフィルムを回すように変わっていく。その中にはフリウが知らない人もいれば、知っている人影もあった。
 奪われてしまった人達。フリウ・ハリスコーが奪わせてしまった人達。全員が彼女を責めるでもなく不自然に微笑んでいる――

「やめて! もうやめて――」

 頭を抱えて絶叫すると、存外素直にアマワは虚像を騙るのをやめた。不定形の姿に戻ると、何事もなかったかのように宣告する。

「だから私は君の前に現れたのだ。フリウ・ハリスコー。君の答えが違っていたのなら、私はまた以前の方法に従う」
「……また、無意味なことを聞いて回るの?」

 精一杯の皮肉に、アマワは動じた様子もない。ただ静かに首を振った。

「言っただろう。もはや君に解答は期待していない」

155エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:51:15 ID:Fc72kk0o
「それならもう消えて。壊せないお前なんかに興味なんて無い――っ!?」

 慌てて口を押さえる。だが、それで発してしまった言霊が回収できるわけでもない。

(いま、あたし何て……?)

 壊すことは八つ当たりだと、僅かに残っている意識は理解していた。あくまで甘え。代行手段のない感情の発露の仕方。
 ならば、いまの発言はおかしい。

「……思ったよりも侵食が速いか。ならば端的に言おう。フリウ・ハリスコー」

 動揺するフリウに耳を塞がせる隙も与えず、アマワは致命的な言葉を彼女に突き刺した。

「君は硝化している」

 その単語の意味を、フリウが完全に理解したわけではない。
 だが、分かる。それは敗北であると。
 呆然とするフリウを置き去りにして、アマワは次々と言葉で彼女を苛ませた。

「君は破壊という目的にのみ純化し始めた。かつての殺人精霊のように。
 しかし絶対殺人武器の最後には互いに殺し合うという性質と比べて、君は単独だ。止まることはできない。
 もうひとりの絶対者――フリウ・ハリスコー」

 絶対破壊者。彼女が嫌いだった力の名前。そして現在、何の気なしに行使している名前。
 息をすることも忘れているフリウを、アマワはじっと見据えていた。まるで何かを期待するかのように。

「完全に硝化してしまえば君は無敵だ。誰も君に触れることはできなくなる。
 このまま行けば、君はそう遠くない内にこの島を破壊しきるだろう」
「……あなたの計画もお終いね」

156エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:52:37 ID:Fc72kk0o
 ようやく絞り出したフリウの呻き声に、しかしアマワは律儀にかぶりを振って反応した。

「それは違う。忘れたふりをするな、フリウ・ハリスコー。君が壊した後に残るもの。それがすなわち心だ。
 ゆえに私は君を存続させよう。君が不滅の存在になるその時まで――」

 ゆらめく不定形の影が、消えていく。言いたいことだけを喚き散らして、実在を愚弄しきりながら。
 だが、いまのフリウ・ハリスコーにそれを退ける言葉はない。
 口を突いてでたのは意味のない衝動だった。

「誰が、お前の手伝いなんかっ!」

 そして叫んだ時には、そこは硝化の森でなくなっていた。
 場所は再び瓦礫の山に戻っていた。満身創痍の少年も、地面に倒れ臥している男も、一瞬前となんら変わっていない。
 変わったのはフリウ・ハリスコーという少女の内面だった。
 心の狂気に浸食されていない部分、不毛の地に咲く一輪の花の如く僅かな面積の変化。

(アマワとの契約……)

 アマワは当人が一番触れられたくない物を奪っていく。
 フリウ・ハリスコーはかつてそれをはね除けた。
 だが、いまはどうだ。アマワの言ったとおり、フリウ・ハリスコーは何も信じることが出来ずにいる……

(ならあたしがどんなに壊したって――)

 アマワは奪っていくだろう。かつて彼女が帝都を破壊し尽した折、残ったのは全て奪われた硝化の森だけだった。
 ふと恐怖の念が鎌首を擡げる――ならば破壊は無意味だ。自分は無意味に破壊を振り撒いている!
 浮かんだのは故郷の村だった。彼女が壊した村。償いもできず、ただひたすら憎悪の視線の中で過ごしてきた――

(止まれ――!)

 必死で念じる。だが、無意味だった。
 すでにフリウ・ハリスコーの大部分が奪われている。狂気に没した彼女の体は命令を受け付けない。
 閉門式を唱えることもせず、ただ噎せ返るほどの破壊の中で楽しげに吐息を重ねていた。

(制御……できてない)

 フリウ・ハリスコーは狂っているのだから。
 その事実に凍り付く。
 精霊は常に御せる。かつてひとりの老人が彼女にそう教えてくれた。

(だけど、あたしはあたしを抑えることができなかったよ、爺ちゃん……)

 嗚咽を零そうとしても、泣けない。ただ彼女の表情は狂喜に濡れていた。

(止まって……止まって。止まってってば! 何で言うこと聞いてくれないのさ!?)

 胸中で自分自身を罵る。何度も何度も。
 勝手に動く体が瓦礫に躓いた時、ようやくその願いが届いたのだと思った。
 ガクリと体が傾く――だが、その上を何か光のようなものが過ぎ去っていくのを見て、自分がそれから逃れたのだと知った。
 都合良く、偶然に。

(もう……手遅れ、なの?)

 彼女は絶叫した。だがその声は声帯を震わせず、そして表情も相変わらず楽しげに笑っていた。

◇◇◇

157エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:54:26 ID:Fc72kk0o
「光よ」

 リナ・インバースの囁きに従い、夜闇の中で光り輝く刀身が出現する。
 魔法は使えない。武器は相棒の忘れ形見のみだ。
 おまけに刻印と疲労のためか、具現化した刀身はショート・ソード並みにちゃちなものである。
 警戒して地下を使わずに遠回りをして来たが、リナは事態のほとんど一部始終を見ていた。
 万全の筈だった舞台は完膚無きまでに壊滅した。ベルガーが潰されるところを見て飛び出しそうになったが、何とか自制は効いている。
 あるいは足下に転がるダナティアの首を見た時点で、そんなものは無かったのかも知れない。
 リナの意識は犯人の抹殺にすべて傾倒していた。
 犯人を見つけるのは簡単だった。銀の巨人の傍らに、血塗れの少女が佇んでいる。
 返り血と首をもぐという殺害方法は一致するように思えた。
 だが、今の自分とあの巨人では戦力が圧倒的に違う。
 考えついたのは奇襲だった。
 リナはガウリイほどこの剣を扱い慣れていない。そのため奇襲は万全の用意をして行われた。
 足音を忍ばせ、ギリギリ気づかれない距離まで近づく。
 さらには光が漏れないように刀身をマントで覆い、マント越しに刀身を射出した。
 厚手の布地を突き破り、光の矢が一直線に血塗れの少女を狙う。

 だが、当たらない。運良く躓いて転んだらしい。こちらにとっては不幸でしかないが。
 舌打ちをひとつして、リナはマントを投げ捨てた。奇襲が失敗したのなら、残る手段は急襲しかない。

「メフィスト、待機組に連絡を! ダナティアが殺された!」

 叫び、了承を確認する前にリナは駆けだしていた。
 瓦礫でできた天井開きのドーム。その壁の切れ目にいる少女にリナは接近した。手には再び刀身を具現化した光の剣。
 だが、少女が振り返る方が圧倒的に早い。
 リナの前に巨人が立ち塞がった。破壊精霊は目標を選ばない。戸惑うこともなくリナに拳を打ち込む。
 ベルガー達の戦いを見て、完全な回避が難しいことは分かっていた。
 横に跳んで拳自体をかわし、衝撃波で吹き飛ばされる勢いを利用してドームの中に転がり込む。
 瞬時に体が擦過傷と打撲だらけになったが、代わりに終と合流できた。
 メフィストは、どうやらリナが攻撃されている隙にドームから抜け出せたようだ。
 この場から死なずに離脱できるのは彼だけだっただろう。目論見がひとつ達成できたことに安堵する。

158エンジェル・ハウリング(弱虫の泣き声):2009/03/19(木) 00:55:45 ID:Fc72kk0o
「……魔法は?」

 満身創痍の体で、息も絶え絶えに終が尋ねてくる。
 リナは首を横に振った。理解できたのだろう。終の顔に諦観のようなものが浮かぶ。

「大丈夫。勝算はあるわよ」

 呟き、リナは光の剣――異界の魔王の一部であるゴルンノヴァを軽く掲げた。

「時間がないから詳しい説明は省くけど、たぶんあの巨人にもこの剣は通じる。的も大きいしね。
 あたしが巨人の方を抑えるから、あなたはあの巨人を使役してるっぽい女の子をお願いするわ。できる?」

 終はひとつ大きく頷くと、ひとつだけ質問してきた。

「ダナティアが殺されたっていうのは、本当か?」
「……ええ。あっちに死体があったわ」
「……そうか」

 暗い声でそう呟くと、終はこちらを見据えた巨人に向かってふらふらと歩き出した。

「ちょっと!?」

 慌てて制止する。
 だが――すぐに気づいた。歩みを進めるごとにその体が変化していく。人の形はそのままに、肌が鱗へと変じていく。
 やがて折れた腕すら修復し、終は異形の竜人と化した。
 応えるように、巨人がこちらに向かって跳躍する。だが、竜人はそれを無視して下を潜り抜けていった。次の瞬間には血塗れの少女に肉

薄している。
 それを確認して、リナ・インバースも光の剣を構えた。目の前に巨人が着地する。
 さすがに斬り合うわけにはいかないので、後退しながら連続して光の剣を射出するつもりだった。
 だが、巨人の姿が一瞬で掻き消える。

「なっ!?」

 見れば、巨人は再び少女の近くに出現していた。
 終の方が危険だと少女が判断したのだろう。突進してきた終を、不意打ち気味に巨人の拳が打ちすえる。

「終!」

 叫ぶリナの元にも、脅威は迫っていた。
 少女から銀色の糸が一直線に伸び、リナの左腕にからみつく。
 慌てて振り払おうとするが、まるで蜘蛛の糸のようにどこまでも絡みついてくる。すぐにリナはこれに実体が無いことを看破した。
 しかし、それよりも早く念糸の効果は発動していた。左腕の肘関節が一瞬で限界以上の稼働を要求される。

「つっ!」

 魔族すら両断する光の剣で糸を切断するが、千切れていないだけで左腕は使い物にならない。
 さらに糸が伸びてくる。今度の狙いは首だった。これも光の剣で切り払うが、切った部分から際限なく糸は伸びてくる――


・ここまで書いたところで次話が投下されたので凍結と相成ったのですが、この後ベルガーが禁止エリアの近くでまだうだうだやってたシャナの所に飛ばされて何かかっちょいいこと言い残して死んだり、それでちょっとだけシャナが前向きになったり、リナと終コンビが破壊精霊とダンスったり、待機組までいこうとするメフィストとそれを狙撃するパイフウとの心理戦があったりと、書ききれる自信なんざこれっぽちもなかったので凍結で良かったと思います。メフィスト書きにくいし。むしろ書けないし。しかも今見直してたら致命的な欠陥があったし。


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