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『スウィート・メモリーズ』ロールスレッド

1J ◆4J0Z/LKX/o:2016/09/10(土) 22:14:51 ID:???
遠い昔の話だ。劣等と優越は互いに惹かれあい、
しかし相容れぬ性質は互いにそれを狂わせた。

狂った優越は劣等を捨て、
狂った劣等は優越を求めて心を病んだ。

優越を追えば世界という壁が二人を阻み、
そして劣等は世界を敵に回す事を心に決めたのだ。

境界が形を失い世界が解放されるその時、
”世界の境界線”を巡る決戦が幕を開ける。

甘い記憶を呼び起こし、
心を重ね、解けよ。

亡きものたちを想え。
彼等を偲べ。

589イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/11(水) 21:08:06 ID:???
>>588


「いや、そのような力はみだりに振るうべきではないよ。腕の一本、後でどうとでもなる」

イムカはニュクスの提案をやんわりとではあるが断った。代替手段など幾らでもある。
僅かであろうと自分が居ぬ間に多くの苦痛と罪業を押し付けられた少女の負担になどなりたくない。

(そして、やはりプランBはロクでもなかったな。犠牲と残されるリスクが釣り合わん)

ここはあくまで論理的に考えながら、イムカは焼いたマシュマロを齧っていた。
顛末を鑑みてみれば、この計画が始動する際、オメガが真っ先に抹殺したかったのはイムカだったかもしれない、と。

ニュクスという少女に対する支配権の確立。どうしたところで母親役は邪魔にしかならなかったろう事は明らか。
そして、結局はその通りの結果となった。遠大な計画におけるとんだ瑕疵だったことだろう。

半ば事故のようなニュクスの暴走が無かったならば――

【つまるところ既にニュクスに十二分に助けられているのだ。イムカは】

「………」

さて、どうやら残された手段はさらに不愉快な方向に流れつつあった。
ニュクスが犠牲になる。かと思えばジョシュアがまた勝手をやった。というか――

「上官に黙って勝手するな、この馬鹿がッ!行け、ベティ!!」

頭に思いっきりバッテンを付けたイムカは、片腕で巨大ベティを持ち上げるとジョシュアに向かってぶん投げたッッ!!
格好つけのお調子者のド阿呆にはこれくらいでちょうどいい!!

【天罰ッ!!今は隔絶せし神なりし皇帝陛下もご照覧あれッッ!!】

//続きまする

590イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/11(水) 21:46:59 ID:???


「ニュクス、君もだ。色々と教育はしたが、悲壮なアレコレなど教えた覚えは無い」

 ジョシュアに対するより、かなーり優しめにニュクスの両ほっぺをムニュっと両端から思いっきり挟み込んでやった。

「ワールド・タイム・ゲートの本質は世界間の相互情報補完だ。でなければ近似値の世界がこうも生まれたりはしない。
 ゆえに間口が広く、そこを通る世界修正力の影響がかなり薄くなる。が、影響を無視できるわけじゃあない」

 ジョシュアとニュクスへの仕置きを終えるや、何の変哲もない木の枝にマシュマロを縫って、それを闘神の篝火に近づける。
 ニアの延炎が良かったのだろうか。今は安定して燃え続けている。

「君は頑張り過ぎた。このままじゃあ遅かれ早かれだ。だから…行ってこい。命令だ」

 これも“自明”によるモノだろうか。火は枝に燃え移ると、頼りない火となって燃え続けている。
 不思議なことに枝そのものは燃え尽きる様子はなかった。

「あー…君の選択次第なのだが(>>574)ニア。出来ればこの子は君が以前の世界に届けてくれ。
 存在が大きくなりすぎているから、α-12と完全に統合されるとまではいかない。欠片くらいしか残らないかもしれない」
 
 元のα-12とは差異が余りにも大きい。その分、世界修正力は大きく働いてしまう。
 記憶どころじゃあない。魂のレベルで微粒子程度しかα-12の裡に残らないやもしれない。

「だが、このままじゃあ何もかも消えて、『力』という現象になるのを待つだけだ。
 努力が報われるのは極稀だが…この子は、救ってやらないとな」

 動かねばならない。イムカ・ラヴィニス・ヴァール・ウル・グリムナーとしての“最後の仕事”だ。
 滞りなく全うして、拾えるものは可能な限り悪あがきだろうと拾いきってやる。己は政治将校であり、何より上官なのだから。

「第一、世界の調停者だと?私の『家族』をそんなワケの解らないモノにさせてたまるか。私は中途半端なトゥルーエンドとやらは好かん。
 タグラス、ドグ、オメガがしこたま貯めたデータとアーティファクトとやらはあるのだろう?そこまで揃ってどうして妙な結論にしか至れん」

 時を戻す?OK、確かにこれはもう“どうしようもない”。それは認める。だが、それで終わらせてたまるものか。
 ここまでの苦痛、ここまでの破壊。それを乗り越えた結果。霧散した幻想で終わらせるのを拒絶できる範囲で拒絶してやる。

「私達は寿命を全うして、挙句にくたばるんだ。それ以上になるつもりもさせるつもりも毛頭ない」

 無茶だろうが、荒唐無稽だろうが、やれる範囲はやる。諦めるのはそれでも力拙く、どうにもならなかった時だけだ。

「ドグ!オメガの背信行為のあらゆるデータとこちらに流せ。サーボスカルに積めるだけ積む。
 あとは向こうの『私』や皆がどうにかするだろうさ。更迭し、権力の全てを剥ぎ取る」

 無かったことになぞさせてたまるか。調停者の影響云々ではなく、そこで生きる人間の手で裁いてやる。
 世界修正力の影響で何処まで残るか知れたものではないが、やるだけやってやる。

『さて、そこでだ(>>584)ソーマタージ。私からひとつ依頼があるな。いや、残ると決めているなら仕方ないが一応は聞け』

 ここで突然、ソーマタージに対する秘匿通信だ。そして、イムカがソーマタージに何かを依頼する時は、
 概ね、のんきでステキな連中には話せないような内容であることが多い。

『君の記憶にも、サーボスカルに何処までデータが残るかもわからん。過去逆行なのか統合なのかすら解らんケースだからな。
 が、もし、多少なりとも残滓らしきものが残っていたらだが――更迭されたならオメガは確実に始末しろ。
 他の感傷的な連中には悪いが、生かしておいても百害あって一利なしだ』

 同時にイムカが把握するありったけの秘密口座をソーマタージに送信した。
 これもどこまで残るものやら、だったが。こればかりは世界修正力とゲートの機嫌に聞いてくれ。

『万一、奴の境遇が全く変わってて、ただの専業主婦なんぞになっていた場合は除く…というくらいだな』

591イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/11(水) 22:09:20 ID:???

「出来れば、ベガスで派手に散財してくれ。新聞紙に包まれて賭場を蹴りだされることを望む」

 何とも地味にヒドイ事を、通信ではなく言葉でソーマタージ告げてから、

「そして、(>>585)アキレス。私は…まあ、私がやる以上は確実に勝利するつもりだが、万一君に妙なアレコレになられたら困る。
 君にはらくがき…もといアートをあらゆる世界に刻むという仕事があるのだろう。こんな所で油を売っているヒマはない」

 言いながら、気絶している老成した鈴虫を溜め息混じりに見る。
 無軌道に暴れてくれた男で何なら始末したほうがいいくらいかもしれないが、

「ついでにコレ(鈴虫)も頼む。一緒に連れて行ってやってくれ。こちらもいい感じに修正なり統合なりされて、
 いや、記憶があろうが無かろうがあまり代わり無さそうだ」

 何より、アキレスにはロイやジョージと再会させてやらねば。
 戦士でもない彼には出来過ぎた戦果だ。戦果には報いてやるのが上官の勤めだ。

「そして、ベティ。アキレスとコイツを頼む。頼りない連中だ。君がしっかりと手綱を握るんだぞ」

 ベティの頭部にサーボスカルが名残惜しそうにヌタっと着地した。
 そこには先程イムカから摘出した遺伝種子の胚細胞と聖遺物たるクレイトスの憤怒がある。

「スカル、『私』に渡してやってくれ。聖遺物はひとつだ。同一存在などどのような影響が出るかわからん。持って行け。
 そして、その遺伝種子があらゆる証明になるだろう。上手くすれば適合率も多少は回復するかもな」

【イムカ→イムカ/クレイトスの憤怒、サーボスカル、遺伝種子の胚細胞の譲渡】
 【少なくともゲートに飛び込めば、聖遺物は何らかの形で修正力が働き統合されるはずだ】

 そして、先程からのイムカの言で凡そ、皆が察していると思うが――

「さて、ジョシュアもニュクスも悪い意味で思い切りが良すぎる。これでは『私』は気が気ではない。
 妙なヘマをされても敵わん。特にジョシュアは筋金入りのダメ男だ。監督役は必須ということだ」

 言いながらイムカは――今や、聖遺物の譲渡も完了し『イムカ』の名の意味を失くしたラヴィニスは、

「私は残る。ニュクスも、ジョシュアも、勿論、私自身もワケのわからん存在のまま終わらせん。
 ここは酷い世界だが、何、私がやるんだ。ハッピーエンドくらい、保証してやるさ」

 この後、ラヴィニスがどうやってどうする、のか、までは解らない。それはもう別の物語りだ。ワールド・タイム・ゲートを用いるのだ。
 絶対的な時間軸など無いし、仲間達がゲートを通った時はその結果が齎されるのだろう。

「だから、まあ、月並みな台詞だが、後は任せろ」

 ラヴィニスは、無理矢理な笑顔で言う。いつ何時も無表情だったイムカはここには居ないのだから。・

【選択:ジョシュアと残る→→→残った上で可能な限りビターエンドに抗い拾えるものを拾い切るという選択】

592ニア・シューペリオリティ:2023/01/11(水) 23:25:12 ID:???
>>586-591
どうぞ、と微笑みおいもさんを手渡すニア。父と娘の合間
銀の月、金の太陽、混沌の空に寂しげに漂う無数の魂の煌めき
理壊電磁乱流は波濤を起こし、彼方…虹彩に鮮やかなオーロラの薄膜が輝いた

「ふむむっ…」
「…じゃあっ、やっぱり…」

立ち上がり、ダグラスへと。オムニへと、父親へと手を伸ばすニア
彼我の純なる眼差しに浮び浮かぶ顔には至福が満ちていた
そよぎ吹き過ぎる宇宙の季節風のうち、岸辺からかなたの未知へと響き合う木霊のうちに
世界をやわらかな天上の光で照らす天体の中にも。紡ぐはほのかな香りのフリイジア

「私たち(かぞく)の問題ってんですねぇっ」
「…て言うか、折角…、折角逢えたのにっ…」

二言目には唇を尖らせ、ナナメに視線を落としながら彼の服裾を摘みながら

「……また、…二度もお別れするのはっ…」

…。けれども。せめてしばしの間をと…願っても虚しく
時間はのがれ、逃げ去って行く。世界は崩れ、千切れて灼ける
この虹彩の藍に向かって『もっと緩やかに』と命じたとしても
暁が、やがて夜を吹き払ってしまうのだから
だからこそ、逃げ去る刻一刻を愛する事を
その場所が、時が、次元だって構わない。それらの要素など些細な問題に過ぎやしない
ややあって…抑圧の堰が決壊を迎え、雄大なる父の体躯に身を寄せて額を押し当てクリスタルの雫を無数に生み出し続けるのだ
ニアは祝福を賜った。それが事実なのだ。手を伸ばせば触れられる薫風…彼女のすべてが安らいでいた
底知れぬ涯の暗い藍には宝石のように星々が散りばめられ、ムーンライトはカオスに満ちた闇にも雄大に
この漆黒に作り出される世界へと溶けているように、心を解き放して、覗き込んで、真実であって欲しい、願望で終わらないで欲しい、掴み取れるもの、煌くもの、西の空に輝くそれを…
希望へと辿り着いた。ひとがゆめをみるということを

-----------

「…そんなわけでぇ、イムカっ」
「その役目はぁ、…もっと、適任にやって貰う事にするってんですっ」

ダグラスのハンカチで無遠慮に鼻をかんで(シツレイ!)、イムカへと向き直り小悪魔めいて微笑んだ
適任。先程ニア・クラウドへとアクセスを行った存在。今消失と現存の狭間にうつろうもの。黒曜の使徒。…ある意味、トゥエルブの存在の原因のひとつ
ギャラエ・マウスィム。脊髄と脳と眼球のみで生かされ続ける彼女を、狩人の火で焼き弔う
ある種の『特異的存在』たるソレは復元されるであろうが、元来平行世界間にしか存在を赦されぬ咎人だ。相違なくこの世界からは放逐される。
概念として火を持ち出し、トゥエルブ本人へと届けさせる
輪廻を踏台にしたメッセンジャー。魂の同位体(ソウルアイソトープ)の死と存在の消滅が≠となるソレのこの場面において最も有意義なる活用法

「トゥエルブもほら、多分やる気満々(欺瞞)みたいってんですしっ」
「…それにっ、…まぁっ…ニアとしてはぁっ…」

にししと笑みを浮かべてジョシュアとイムカ…否、ラヴィニス。そしてニュクスを見遣る
いぢわるそうに赤眼を細めてからしかし、肩を竦めて親指を立てた

「そのハッピーエンドって言うのもっ、やっぱり見ておきたいってんですからねぇっ」

【選択:ジョシュアと残る→ダグラス。オムニ・シューペリオリティ…父と共に】

593かぶり ◆qg2zP.O3iQ:2023/01/12(木) 21:05:07 ID:???
>>586-592
さぁ 全ては終わったことだ 後はみんなで帰るだけ・・・なんて都合のいいことはなかったらしい

アキレス「え?いやいやいやねぇ? 皆で帰ろうよねぇ!?」

ニュクスがその身を犠牲にして返してくれるというではないか
しかもジョシュアが(いつものように)犠牲になろうとするではないか

アキレス「ねぇ待ってよ・・・みんなで買えればいいじゃんねぇ・・・頼むからさぁ・・・寂しい思いすることないってぇ・・・ぇ・・・」

気付けば涙がこぼれていた 怖い思いして 寂しい思いして ようやくまた一緒になれたんだから
・・・と 感情があふれ出したのは自分だけではなかったらしい

―――ギィィィィィィィィ!!?
アキレス「え ちょ・・・わぁぁぁぁぁ!?」

ベティの巨体がヒョイと持ち上げられて・・・投擲
暴走ジョシュアにフライングボディプレス!! きっと今頃ベティの下でペランペランになっていることでしょう

アキレス「・・・・・・・・・・」

そして皆の覚悟を知る

イムカが残ることを決意した ジョシュアとニュクスの代わりに自分が特異点となりて時間軸の調停者となる決意を固めた
そしてニアはイムカだけが残ることを良しとせず 自らもまたこの世界に残る決意を固めた

アキレス「・・・・・・・・・・・・・」
イムカの言葉を聞く・・・彼女は自分に戻ることを提案してくれた
自分の芸術のことなんか微塵も理解できないくせに こんなところで自分の夢を後押しするようなことを言ってまで

アキレス「あの・・・さ・・・」
だからこそ 自分の言葉を述べよう 涙も鼻水もそのままに 子供の様にしゃくりあげながら

アキレス「俺・・・俺さ・・・みんなと別れたくないよ・・・ジョッシュとも・・・イムカタンともさ・・・でも・・・でも・・・ッ!
     ジョッシュやニュクスが戻って・・・イムカタンがここに残って・・・ッ!ニアタンまで残ったらさ・・・!」

破れたシャツで涙をぬぐい 鼻をかむ だけどもそれらはとめどなく溢れ

アキレス「そしたらさ・・・ッ・・・ジョッシュが暴走したとき・・・止められる人間・・・いなくなっちゃうからさ・・・
     だから・・・ぁ・・・俺・・・俺頼りないかもだけどさ・・・ッ・・・俺・・・俺が頑張って止めるからさ・・・!
     だから・・・俺・・・俺・・・・・・・・・・・・・・・戻るよ・・・!!!!」

やっとの思いでそう告げて ボロボロに泣き崩れる この感情はどう表現していいか分らなかった ただとめどなく流れる体液を止める術を 今はしることはできなかった

ベティはジョシュアの上からどいて 巨大なハサミで鈴虫をつまんで拾ってきた

アキレス「俺・・・俺頑張るから・・・頼りないけど・・・頑張るから俺・・・だから・・・だから・・・俺・・・俺・・・・・・・・・頑張るから・・・」

堰を切ったように押し寄せる感情にうまく言葉が出ないけど ただ伝えたい言葉をこぼす

【アキレス・ベティ:過去へと戻る】

594又ジ ◆P2bEA4mHeU:2023/01/12(木) 21:38:56 ID:???
>>586-593
「そりゃ揉めてトーゼン」

出撃前の剣呑な雰囲気の正体を知れば、肩を竦めて茶化す。そもそも、無駄な計画であったらしい。
アリーから受け取った電解質パックを慣れた調子で接続し、懐を探す。コンバットドラッグは激戦で失われていたようだ、仕方なしに残った僅かな煙草を見つけると、実存の火を点けた。

「オイオイオイ、俺達はお前を取り戻すって事でここまでシャカリキになって、当のお前はゲートになって解決か?
 アホに取り憑かれてたのに誰に似たんだ、その俺のいっちばん好きくないタイプの。思い出せよ、雑草とか食べてた頃のお前を」

異を唱えるのは、フラットな立場ながらもここまで付き合った者としての言葉だ。真に難しいのは手に入れる事ではなく手に入れた物を手放す事、ましてやそれ自身が離れる事を望んでいるのなら。
それでも、ニュクスの言いたい事は理解してしまう。納得も出来てしまう。彼はニュクスの親でもなければ、特別親しい間柄でもない。新たなる地獄を生まないためだけに在り続ける、その地獄を理解しても尚。
───だからこそ、他の者の反応に何かを示すなど、烏滸がましいのだろうか。

「………ハァ?」
「バッカお前……俺は知能指数が高いし、頭の中に似たようなの飼ってるから分かるぞ。その先は何もいい事はない。いや、ひょっとしたらあるかもだけど、限りなく可能性は低い。
 いいぞ、お前らも何か投げてやれ、血を流せば頭も冷えるだろ。石投げちゃおっと」

その力の一部を引き受け、ここに残ると言い出したジョシュアに投げて返すのは、心底からの呆れとその場にあった物だ。空弾倉、空瓶、石…。
一時のヒロイックで務まる役目ではあるまい。幾つもの世界の運命を見続け、時として存続させるために動く。終わりのない過重労働というだけではない、永劫に近い時を人の精神は耐えられるのか。
冗談めかして茶化し、からかい、嗤うその目は、しかし悪辣な喜色も朗らかな空気も、大凡笑顔に乗るべき要素は何一つとして無かった。

「…………アァ?」

───そして、それは選択を選ぶ他の者に対しても同じであった。

595又ジ ◆P2bEA4mHeU:2023/01/12(木) 21:42:26 ID:???
「オイ………オイオイオイオイ。大丈夫か?お前ら。
 やっぱりさっきので脳ミソまでカビたか?もしも〜し、お留守ですかァ?」

「オイ鉄の女。武器や防具、信仰対象がいないからって、それでいいのか?一つ確かな事を言っておくと、向こうに放射性物質中毒者用の定食は無いと思うぞ」
「ニア、お前もだ。そもそもお前の、なんか……遠縁の親戚……?がああなってんだぞ。お前以上の適任がいてたまるか。少なくとも俺はヤだからな。そもそも火にあんまいい思い出はないんだ」

順繰りに指を差し、罵り、揶揄し、煽る。厭世だからこその皮肉屋な気のある彼の口振りは、越境者ならば聞き慣れたものだろう。
もっとも、そこに宿る真意を推し量れるかはまた別の話だ。被り続けた仮面(ペルソナ)、果たし続けた表層(テクスチャ)は、その中身だって覆ってしまう。

「なんだよお前ら……。もう“中年の危機”を乗り越えたつもりか?頼むぞ、実年齢はともかくまだまだ走れるだろ。
 これからもっと楽しくなる、だろ?ドブの底から空を見上げて、蛆虫を千切っては投げる素晴らしき日々だ。たまにちょっといい思いをする事だって出来る」

「そっちは?ホンの数人で10の500乗、いやそれ以上の数を見て回る日々だ。それもたまにちょっかいをかけて?
 バカげてる!このソーマタージが言う事じゃないのは分かるけど、正気の沙汰じゃあるまい」

その迷いの根底、執着の正体が何なのかは、ソーマタージにだって分からない。身振りを交えてよく回す口が考えているのは、どうやって彼らを引き戻すかだ。
至高の領域に至った者達が特異点となり“無かった事になる”単純な戦力の変化を惜しんでいるのか。理屈も何も無く子供じみて駄々を捏ねる身侭な願望と恐れなのか。世界を幾度も越えた者への失望と怒りなのか。
───同じような事があったのかすら定かではない。過去も未来も無くなったソーマタージの自我は、未練(それ)すらもいつの間にやら棄ててしまっている。

「どうして…………?」

───ただ、朧げでも理解しているのだ。彼らの物語は、適切なる位置に収まり適切なる役割を遂げようとしている。見慣れた形とは違えど終わりを迎えようとしていると。
親は子の下に、子は親の下に、上官には部下を。因果と宿業が混ぜて歪めて狂わせた運命は、今こうして一つに紡がれる。
例えその先が眩いばかりの闇であったとしても、収まるべき位置、加わるべき輪に加わり前を向き続けるのなら、そこが地獄であるはずもない。

「とうして……………!?」

───同時に、無駄でも嘆くのだ。何故自分はああなれなかったのかと。何故自分には何も残っていないのかと。ワンセンテンスごとに変化する人格、雪崩れ込む情報の渦と記憶の濁流。無間の虚に問うのだ。
諦め、それでも倦んだ生を続けるべきだという事は分かる。それだけの使命感が、それだけの願望があった事は覚えている。
では、何を望んでいたのだ?いくら記憶のページを捲っても、抜け落ちた記述に混ざる痕跡は自分が罪深い存在である事を思い出させるのみ。
世界を越え時空を飛んでも尚繋がり続け、そして今再び身許に至った者。それに値する誰かがいたはずなのに。でなければ、こうまで彷徨い続ける事などなかったはずなのに。
いたずらに刺激されたニューロンがうずめき叫ぶ。強張る手で顔を押さえて漏らす様子は、深く暗く重い失望にも似ていた。根源たる澱みを共通するかのように。

596又ジ ◆P2bEA4mHeU:2023/01/12(木) 21:47:20 ID:???
「──────盛り上がってるところ悪いが、俺っち達は帰らせてもらうぜ。元々、そのガキとそこまで深い繋がりは無いんだしな。 どーしても、っつーんなら話は別だけど。
 地獄はもう頭の中にある。これ以上は流石に食傷気味だ。 もし関わる事があったなら、次はもっといい感じにしといてくれヨ」

「そういうわけだ、オラ行くぞ。お前鈴虫(そっち)持てよ」

───もう、頭の中の声は聴こえない。
天を仰ぐ顔面を隠すように覆っていた指が一本ずつ離れ、するりと滑り落ちていく手。皮肉めいて鼻を鳴らしてニュクスを指す形に変わると、残ると決めた者達を───補陀落渡海へ漕ぎ出す者達を順に指していく。
感情を爆発させる事は無かった。あくまで静かに、フラットに。 永い永い夜の夢では、望もうと望むまいと別れは付きものなのだから。
伝えたい言葉を言い終えたアキレスの首根っこを掴もうと、狂人の手は伸びる。無骨で無慈悲で死と罪に塗れた、冷たい機械の手。

「───俺なんかよりもずっと楽しそうな業を背負うじゃないか。 調停者(アービターズ)か、少なくとも、“こっち”よりは楽しそうだ」

「完全に隔絶された以上、お前らは死人も同然。見られないのも当然。だが、そこまで豪語するなら精々何かしてみせな」

《足りなかったら、その時は『別のお前』から取り立てといてやるよ》

キャバァーン!キャバァーン!ナノマシンを介した秘匿通信を通じて脳内電子空間に響くのは、秘密口座の中身が移されたファンファーレだ。手切れ金としては過剰であれど、修正力とこの世界の終幕にどう作用するのかは分からない。
ビジネスライクな関係とするには互いに色々と知りすぎたものだが、結局はこういった物の方が“やりやすい”。吸い殻を指先で弾いて捨てると、一歩下がり餞別をくれてやるのだ。
未だ立ち続ける者、舞台上で最も哀れな役者から、一足先に退場───あるいは、新たなる舞台(せかい)を拓きながら向かう者達へ。

「もし“そっち”にも白髪でイケメンで気が違った傭兵がいたら、その時は代わりに殺しといてくれ」

「別れってのは切ないモンだよな。けどそれなりには楽しかったろ? 元気でな。“そっち”のどっか……だだっ広い精神病院でもよ。アバヨ、ダチ公」

シニカルで乾いた微笑と共に、終着点を手に入れた者達へのせめてもの祝福と別れの言葉を。

【選択:過去へと戻る。何度でも繰り返し】

597家路 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/14(土) 02:02:55 ID:???
「……みんなの決断は……わかった」
「ごめんなさい、私が我慢すれば……みんなが幸せになれると思ってたけど……それは私の傲慢だった」

越境者それぞれの結末の迎え方を聞き入れて、ニュクスは噛み締めるように頷いた。
過去へ戻り歴史を変えるトリガーとなる者、そして未来に残り多元宇宙の渡り人となる者。
そのどちらもの意志を、ニュクスは尊重する。元々自分の暴走のせいで時を跨がせてしまったのだから。
これ以上彼らの運命に介入する気は、ニュクスにはどうしてもなれなかった。

>>589
「コミ……うおおぁぁあッッ!?」

この場では最良の決断を下したつもりだったジョシュアだが、降り掛かるイムカの制裁!
彼は誰かの為に自らを投げ打つことを平気でする男だ。だからこそ生粋の兵士である。
兵士としてはよく出来ているが、一人の人間としては……ダメダメだ。平気で他人を傷付けてしまう。

「あぅあぅ……まあ、ごえんあひゃい……!」
「あのね、アーティファクトは…全部食べちゃったの」

ベティの下敷きになったジョシュアを見てガタガタと震えていたニュクスだったが、
そのもちもちほっぺをうにうにと押しつぶされると、気の抜けたノイズを出すだろう。
ヒリヒリと痛む頬をさすりながら、越境者が集めたアーティファクトはほとんどニュクスが取り込んだことを伝える。

「遺物(アーティファクト)はその尽くがニュクスの、いやALICEの力となるべく吸収されている」
「現存する物はなく、彼女の感覚でやり繰りしなければならないだろう……一応、データは送っておく」

メモリーボルトの一撃により余分な記憶はトコロテン式に押し出され、今や残るのは微かな残滓のみ。
だがサーボスカルの演算結果次第では、結末に多少影響を与えられるかもしれない。
無論、最も重要視されるべきはニュクス本人のパフォーマンスなのだが。そこは心配いらないだろう。

「コミッサー……イムカ、いや…………ラヴィニス」
「…………俺は諦めた訳じゃありません。絶対に……今度こそ、誰も取りこぼさない」

ややあって、ようやくベティの下から這いずり出てきたジョシュア。
可哀想なベティを裏返しの状態から起こしてやると、ズズンと地響きを立てて砂塵が舞い上がる。
それからイムカの隣に戻ると、迷うそぶりを見せつつも、今の彼女が誰であるかを汲み取った名で呼んだ。

>>592
「……すまない、私は……結局、誰かを苦しませる事でしか生きることができない愚かな存在だ」
「それでも私を父と呼んでくれるのなら……今度こそ、君を守り抜くと誓おう」

自らの胸に顔を埋め、音も立てずに涙を流すニアの小さな身体をダグラスの両腕が優しく包む。
こうしたことはこれまで数える程も無かったけれど、それでもずっと抱き続けていた愛情は。
ようやく罪の意識を乗り越えて、娘を守り続けるという選択肢を優越に選ばせる。

「だからもう、これ以上悲しまないで欲しい」
「ニア……私が名付けた、私の自慢の娘よ」

両手で優しくニアの頭を、柔らかな髪の流れに従って撫で、そのまま頬を伝う涙を親指が拭い去る。
名前のない兵器であった彼女を、かつてこの手で下したダグラスは。
人間のように怯える姿を見て剣を振り下ろすことを躊躇してしまった。
それが全ての始まり。気付けば自らを父と慕う一人の少女が生まれていた。だからこそ人に寄り添う者になってほしいと、ダグラスは彼女をNearと名付けた。

「君は私の怒り、濁っていた心を……洗い流してくれたのだから」

ニアはダグラスの願う通りの人間になった。今度は父が娘の願う姿になる番だ。
胸を張って誇れる、立派な父親に。

>>593
みんなで元の世界に帰る。これまで当たり前であり、そうでない事など考えたこともなかった結末。
戸惑いを見せていたアキレスだったが、やがて自らの役割を受け入れ、嗚咽と共に決意する。
彼は戦士でもないのに最後まで心折れずに戦った。誰よりも多くのものを失ったというのに。
だからこそアキレスには最後の役目が残されているのだが、それは今語るべきではない。

「……寂しくなるな」

柔らかな表情は親友へと向けるもの。ジョシュアの笑みは優しく、それでいて恋しさに満ちていた。
二人の出会いは穏やかなものではなかった。落書きに精を出すアキレスをジョシュアが追いかけて。
治安維持部隊と悪童。相反する立場の二人が、いつしか意気投合して悪友となり親友となった。

「時間が巻き戻った時、もしこの旅の事を忘れたとしても、俺は……必ずお前に会いに行くよ」

アキレスへと近づくと、ジョシュアはその両腕に痛いほど力を込めて彼を抱きしめた。
交錯し全てが朧げとなった世界で、互いの存在を暫し確かめ合って。背中を何度か叩いてから離す。

「他の世界のどんなアキレスでもない、"お前"に」

戻った世界にジョシュアは居ない。けれど一生の別れにはしないと、この最果ての世界から再会を約束する。
どれだけの時間が、世界が二人を隔てても。アキレスは彼の親友なのだから。

598家路 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/14(土) 02:04:26 ID:???
>>594
「ハ、そん時はまた誘ってみるよ……殺す前にな」

ソーマタージは変わらない。何度だってやり直し、繰り返し……何度も何度も、己の原罪に浸り続ける。
救われない道化師。失われた為人の核。狂気に侵されながらも日々悦楽を飲み干し、皮肉で中和する。
だからこそ殺せと言ったのは、多元宇宙に存在する無数の狂人達に与えるせめてもの慈悲なのか。

「お前の軽口が聴けなくなるなんてな。こんな日が来るまで生きていられるなんて……思わなかった」

けれど、実際のところ彼がどう思っているのかに関わらず……ジョシュアにとって彼はかけがえの無い仲間である。
本音を言えば別れは辛い。けれどそれ以上に今はニュクスの側に。どんな形であっても隣に居たいと思う気持ちが強く。
両手で顔を覆って嘆くソーマタージの胸にジョシュアは拳を突き出した。俺たちにはこう言うのが似合う、とでも言いたげに。

「……じゃあな、相棒」
「偶には会いに行くよ、第四の壁をぶち破ってさ」

今生の別に近いそれだが、マルチバースが修復され、越境現象が復元すれば二度と会えない訳では無い。
きっといつか、呆気ないほどに再会できるかもしれないと言い残し、ついに修復の下準備は始まる。

>>ALL
「ジョシュア、俺も元の世界に戻る」
「記憶が残るかは分からんが、俺にはエリュシオンでやり残した事がある」

アキレスとソーマタージに続き、エルミスもまた過去に戻るという選択肢を選ぶ。
彼はHEXAのエージェントである以前に、エリュシオンの聖人の付き人。そして女王ガブリエラの弟子である。
マルチバースの脅威からエリュシオンを守る為にも、ここで油を売っている暇はない。

準備を終えた彼ら三人(と昏倒中の一人、あと火)の顔を交互に見た後に、ジョシュアはニュクスに合図を送った。
残るはこの世界に残るジョシュア以外の三人である、ここを過ぎれば後戻りはできない。

「ニア、ダグラス……それとラヴィニス」
「準備はいいな?」

今更それを聞くのは野暮というものだと、ジョシュアはただ準備の可否だけを聞く。
ニュクスは目を瞑って意識を手先に集めている。再びその身体が黄金色に輝き、蝶の羽根が大きく広げられる!
真っ赤に染まっていた空が群青へと戻り、砕けた宇宙は塞がれ、破壊された自然や大地は徐々にその姿を取り戻してゆく。

「みんな、ありがとう……私の為に戦ってくれて」
「きっと……いや、絶対無駄にしない。やってみせる……全部取りこぼさず、全部拾えるように……みんなが幸せになれるように!」

祈るような姿勢のままその身体が宙に浮く。統合された世界は少しずつ紐解かれ、元あった場所に、元々の形へと戻ってゆく。
越境端末では再び世界の境界線が構築され、世界同士の距離が離れてゆくのがデータとして読み取れるだろう。
ニュクスはサーボスカルからの演算結果を受け取り、それを情報として自らの肉体へと流し込む。

「あれ、見てみろよ……凄いな、夜明けだ」
「俺たちはこれから、あの夜明けを守る為に…これまでよりもっと滅茶苦茶な世界を旅するんだ」

群青色に戻った空の東側を登った太陽が照らしていた。夜明け前からの電撃戦。まだ太陽は登りきっていない。
そこにあるのはなんて事のない普通の夜明け。けれどジョシュアの眼にはこの世のどんな宝石よりも輝いて見えて。
これから待つ未知の出会いに未知の世界に、らしくもなく期待に胸を膨らませながらそう溢した。

599家路 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/14(土) 02:05:03 ID:???
「完成した!みんな今だよ……飛び込んで!」

突如空間を切り裂き、放電現象と共にテッセラクトが展開され、ワールド・タイム・ゲートが完成する。
ニュクスはアキレスとソーマタージに合図をし、彼らが飛び込むのを見送ってから能力を解放するだろう。
臨界状態へと至った瞬間に眩い光が辺りに溢れ、世界の境界線が徐々に再構成を開始する。
残ったのは彼らだけだ。この修復が計画通りに進むのか、それは分からないが。

「アービターズ、か……うん、何をするにもまずは名前が必要だしな…結束の為にも」
「俺たちは……今日から調停者(ジ・アービターズ)だ」

ジョシュアは多元宇宙が修復されてゆくのを見届けながら、ふとソーマタージの呟きを思い出していた。
アービターズ、確かに良い名だ。新しい仲間達をまとめる為にも、少しアイデアを借りるとしよう。
隣り合った仲間と手を繋いで、東海岸の海を眺めながら……ジョシュア達は光の奔流に飲み込まれていった────

ワールド・タイム・ゲートを抜けるとニュクスの能力によって時が巻き戻され、越境者はあの病室のあの瞬間に辿り着いていた。
イムカの采配によってあの世界での出来事の記憶はしっかりと残っている。開花した能力はすっかり元通りになってしまっていたが……それは修正力がしっかりと修復している証。

ただゲートをくぐった三人を除き、そこに居るのはニア、イムカ、アグラーヤ、ヒトの姿を取り戻したa-12。そして見覚えのある越境者が数人だけだ。
空になったベッドを囲んで越境者は不思議そうな表情を浮かべる。何故自分達はここに居るのだろうかと。
どれだけ辺りを探しても、ジョシュアとニュクスの姿は……どこにもなかった。

600家路 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/14(土) 02:05:36 ID:???
────10年後────

601家路 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/14(土) 02:07:32 ID:???
【2058年 断絶された世界 キャンプ・トリニティ】

崩壊から10年の時が流れた。

越境者の帰還を切っ掛けに新たな未来が構築され、オメガによる虐殺が発生しない未来が正史となった。
すなわち枝分かれする道のように、この世界は全ての歴史から切り離され、離れ小島のように時間を漂流する次元と化しており。


正史の道筋から外れ、断絶された世界となった此処は今────


《────さてお昼のクラシックチャートは、今や懐かしいヒップホップの名盤達だ》
《今朝倉庫を漁ってたら懐かしい物が出てきてさぁ》

賑やかなバックグラウンド・ミュージックと共に陽気なMCの声がスピーカーから流れ出る。
あれだけの大破壊に襲われても、文明は根絶されなかった。生き残りはトリニティに集い、新たなコミュニティが生まれたのだ。
少なくとも現在、この世界に争いの気配はなく、ラジオパーソナリティのMCからも平和な空気が伺える。

《みんなCDって知ってるか?俺達が子供の頃はプラスチックの円盤をステレオに入れて音楽を聞いてたんだぜ?》
《それじゃあ行ってみよう、お昼一番の曲はPunpeeで『Operation Multiverse of Love』》

時刻は丁度昼時だ。仕事に勤しむ人々が身体を休め英気を養う時。音楽は人々にとって唯一の楽しみなのだろう。
明るい曲調、しかしどこか悲しさを匂わせる歌詞のヒップホップが、トリニティの各所のスピーカーから流れ出す。

《もしアイツが凡人(Punpee)だとしたら もし私がそうじゃないとしたら────♪》

収容所に囚われていた者や、北米以外の各地で大破壊や世界の統合を生き残っていた人々は、今や300人程がトリニティに集っている。
越境者や何も能力のない人間など、その出自は様々だ。しかしそれぞれに平等に役割が分担され、協力し合って生活している。
高いビルが何一つない瓦礫まみれのボストンでは、廃材やレンガなどを用いた建物が多く立ち並んでいた。
生活水準もようやく人並みの生活を安定して迎えられるようになり、少しずつだが人口も増え始めている。

《ジャンルはマルチバース こっちの次元(せかい)では歯食いしばる こと多いが異次元の私(ワタクシ)は モテすぎ数えきれん○ぐり返す数》
《親ガチャ・国ガチャ・宇宙ガチャ 音楽ありゃウガチャカ俺ちゃんは踊る》

数多の次元がこの世界に重ねられ、無理やり生じた越境により数え切れない程の人間が命を落とした。
しかし同時にそれはこの世界だけでなく、他の世界の生き残りも迷い込むという事が稀に生じる訳であり。
今やトリニティには人間・獣人・亜人など……分け隔てなく数多くの種族が肩を並べて暮らしていた。

《死んじゃったアイツをコピペして こっちでまた遊びたいね》
《悲しみは二人で分けて 嬉しみは二人で二倍だ》

街の外れに立ち並ぶ墓標は数えきれず、失われた生命全てを弔おうとすれば地表が墓標で埋め尽くされるだろう。
アルフレッド・ノーマン・ヨハイムと記された墓の前に花を捧げる一人の少女は、機械の身体を造ってくれた父親のために涙を流す。
けれどこうして老人がベッドの上で逝くことができる未来が来ると、どれだけの人間が想像していただろうか。
この世界は10年前に、明確な終わりを迎えようとしていたのだから。

《あのセーブポイントに戻ろう あのセーブポイントに戻ろう》

街の外縁部では今も復興作業が続いている。指揮を取るのは越境者によって運営される組織『調停者(アービターズ)』である。
越境の素質を持つ人間を集め、鍛え、教育し。多元宇宙への越境という、これまでより危険な暴力的次元への越境現象に備えて力を養うのだ。
そして活動の一環として街の運営や防衛、復興作業などを担っているという事になるらしい。

少々年季の入ったかつての聖王は今、復興現場の最前線にいた。
作業員たちの声援を受けながら、巨大なガレキを持ち上げ道の端に避けて、額の汗を拭うダグラス。
若干の衰えを感じつつ倒れた柱に腰掛けて息を整えていると、小脇から小麦色の手が労うように水筒を差し出した。

《いつまででも居たいよ その次元でもそばに》

そしてニュクスといえば、今やすっかりアービターズの首領……そしてマスコットキャラとして指揮権を握っている。
主な業務は並行世界の監視、複数世界を破壊や消滅の危機に至らしめる危険因子への介入、そしてそれらの行く末を見守ること。
ラヴィニスに小言を言われる事はあるが、自分という存在の意味を見出した今の彼女は……とても幸せそうに見えた。

そして────

602家路 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/14(土) 02:08:22 ID:???
「だけど君はもうそこに、居ないかも」
「…………居ないかも」

トリニティ外縁部にほど近い見張り小屋、小さなラジオから流れる音楽に合わせて透き通った声が微かに響く。
床に腰を下ろしたままの成長途上の若い体躯。グレーのショートヘアに赤色の瞳。全身をピッチリと覆う独特のインナー。
何かに、誰かに思いを馳せるように、水平線を見つめるその瞳から一粒の涙が溢れた。

「アザレア、こんな所に居たのか…………訓練の時間忘れてただろ」
「……何かあったのか?」

そのまま膝を抱えていると小さく響くハシゴが軋む音。
アザレアと呼ばれた少女が振り返れば、丁度見張り小屋に一人の男が登ってきた所であった。

ジョシュア・アーリントン。彼は今アービターズの教官として、後進の越境者を育てるために精を尽くしている。
戦うことしか考えて来なかった彼としては、誰かに教えると言う事は新しい試みであったようで。今やすっかり穏やかな日常の、数少ない生きがいとなっているようだった。

今日は少女に銃の扱いを教える日であり、しかし少女が時間通りに現れない為に探し回っていたようだ。
少しばかり絞ってやろうと思っていた所だが、頬を伝う雫を見て一転、心配そうに問い掛ける。

「いえ、少し…………なんとなく切なくなって」
「それより、今日もよろしくお願いします……教官(チーフ)」

対してアザレアは終始ドライに、インナーに包まれた腕で無造作に涙を拭って立ち上がる。
軽い身のこなしで小屋から飛び降りると、何の危なげもなく猫のような身のこなしで着地する。
それを追いかける為、ジョシュアは溜め息の後に梯子を降りる。
アザレアは収容所でとある越境者から生まれ、幼い頃から実験を繰り返されてきた。素質はあるが感情面がまだ不安定だ。

「ところで、いつになったら私も越境させて貰えるんですか?」

「……お前まだ14だろ、現場に出るのは成人してからって何回も言ってるだろ?」

ようやく追い付いたジョシュアに、アザレアは少し不機嫌そうに物申す。なぜ自分を現場に連れて行かないのかと。
それを聞いてジョシュアは実力の伴わない人間を、特に子供を危険な世界に連れていくことはしないと咎める。

「もう一人前です、将軍仕込みのカラテも覚えましたし、もう教官より強いかもしれませんよ?」

「俺が本気出すといつも半ベソかいてンのは誰だったかな、大体お前は────」

二人の他愛の無い言い合い、並んで歩く背中が小さくなると共に、その話し声は遠く聞こえなくなってゆく。
強がるアザレアに言い返すジョシュア。師弟の日常の1ページ。徐々に背中は遠く、声はさらに遠く。
坂道の向こうへ消える頃には、声はもう聞こえない。

脈々と続くいのちの火を絶やさぬようにする為、少女は世界と共に断絶された。
しかしそこから続く道は永遠の監視者としての孤独の絶望でなく、未知の灯火。無限の歴史が広がる未来へと続く道だ。

たとえ一人になっても、別れても。
押しつぶされそうになった時には。胸に触れて甘い記憶を呼び起こせばいい。
いつだって仲間は、思い出と共にそこにあるのだから。

【『スウィート・メモリーズ』────終幕】

603 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/18(水) 00:09:40 ID:???
【Additional Memories - LAST CHAPTER】

6041/4『二面性』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/18(水) 00:10:33 ID:???
【2033年 マサチューセッツ州ボストン】

「ニュクスが……グリードが、消えた」

HEXAが所有する近未来的な造形のビルディング、そのエグゼクティブ・オフィスにオメガ・インフェリオリティは居た。
ある日、ある時を境にニュクスに埋め込んでいた発信機の反応が途絶えたのだ、跡形もなく。
何も信号を発しなくなったモニターの前で爪を噛みながら、乱れた髪と皺のよったスーツ姿の女は椅子から立ち上がる。

「どうしてだ……間違い無く私の管理下に置いていたはず」

グリードの支配は完璧だった筈だ。暴力や戦争などのセンシティブな情報を遮断し、無垢なままで居させた。
洗脳は滞りなく進めていた。監督者役の越境者による妙な入れ知恵という抵抗は知っていたが……それは些細なものだった。
そして万が一裏切りが起きた場合の為に……珪素コーティングが施された発信機をアーティファクトに混ぜて接種させていた。越境したのであればその世界ごと特定できる筈だ。

「……反カノッサ……『眼』がハイプリエステスを殺した報復に出てきたかな?」
「それとも…………」

自らの想定を超えた出来事に、敵対する組織を連想するのは自然なことだ。ニュクス単体での裏切りは考えにくい。
まずはカノッサ期間と数百年単位で因縁のある組織である『眼(ジ・アイ)』。神の代行者を自称しカノッサへ戦いを挑み続けるカルト集団────

オメガ本人はカノッサ機関に対する帰属意識はない、しかし邪魔となる存在であるハイプリエステスを数日前に越境者のタスクフォースを用いて暗殺している。
恨みを買う理由は十分にある、けれどそれ以上に第二の可能性としてチラつく一人の越境者の存在を無視することは出来なかった。

「いずれにせよ手を打つ必要があるな………ん?」

爪を噛んでいた口元を止める。モニターからの通知音に意識を奪われたからだ。
プロキシミティ・センサーが侵入者を検知していた。本社ビル前に降下する数台の輸送艇、そしてそこから小走りで降りてくる数人の兵士。
監視カメラに映る輸送艇のエンブレムを見てオメガは舌打ちする。あれはISACのものだ。

「チッ……OSAT……つまり後者の方だって事だ」
「やってくれるな……イムカ・グリムナー…………」

「エルミス、キミはエージェントを収集しろ……場合によっては荒事になるよ」

無線機を手に取って全ヘキサエージェントに連絡。OSATがどうやら家宅捜索を目論んでいるらしい。
無論阻止する為に本社ビル一階のエントランスにエージェントを呼び寄せる。

「……だそうだ、貴様ら……無論腹は括っているのだろう?」

それを聞いたエルミスはエントランスに集まったエージェントたちに視線を送る。

エツィオ・ヴェンギェンス。
アントン・ソロー。
オリーヴ・ドゥ・ラブ。
ラディカル・ドクトール。
エルミス・コンツァイアエッティ。
そしてハッシュ・メイヤー。

6人のエージェントは待機の姿勢を崩すことなくエントランスに立ち続けていた。
それぞれが己の得意とする装備と武器を手に、エントランスを、己の家を守る為に。

605イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/18(水) 01:15:17 ID:???

 時間は少し遡る――

「これが私の調査した限りのHEXA…オメガの反社会的行為の全貌だ」

 イムカにとっての幸運は幾つかあった。まず、OSATの臨時訓練教官だったツテが存在した事。
 そして、サーボスカルが…未来のダグラスが保有し、“ラヴィニス”が自分に託してくれた情報が、
 証明保証AAAランクのパピルス(電子ペーパー)によるものだったことだ。

(これは執念によるものだろうな。全てが終わりかけた世界でも奴の痕跡を多数保存してくれていた。
 情念の力…私には些か理解出来ない代物だが――)

 妻の生き写し――言葉通りの存在が、大いなる災禍を引き起こした。その根源たる咎。
 目を背けたくなる程のそれらを、改竄せず、破却せず、ただただ見つめてきた男の心情とは如何ばかりか。

 イムカには理解出来ない。おそらく誰にも理解することは出来ないだろう。
 だからイムカは“利用”する。世界と時を越えて散逸してなお、己の手元にやってきた手札(カード)なのだから。
 

 ――多くを失敗してしまった男に寄り添うのはおそらく『ニア』の役目だ。イムカはイムカにしか出来ない役割(ロール)を果たそう。


「OSATを動かせるのは賭けになるな。…何より時間が無い。『眼』が動くまでがタイミリミットだ」

 それでも、イムカにとって2033年世界におけるタイムスケジュールは賭けの連続となった。
 ISACへのコネクションがあるとはいえ外様に過ぎない。さらにニュクスの消失が何時、オメガの耳に入るか。そして――

(…考えるな。今は私の感情など無意味だ。至極、問題はない)

 ニュクスとジョシュアはもういない。――そしてそれはさしたる問題ではない。
 今、未来と過去を繋いだ多くの義務と責任が『イムカ』に課せられているのだから。
 結合された世界に残った『自分』とニュクス、ジョシュア。奮戦した仲間達。死した仲間達。

「何一つ無駄になどしてたまるか…そうだろう?」

 ――――――
 ――――
 ――

 数多くの幸運とイムカの視界の外にもあったろう助力。そしてオメガが認識し、あるいは認識できなかった因果。
 その全てが現在の状況に収束した。ISACを説得し、OSATを動かすに至った。

 ISAC…いや、U.S.S.ワールシュタットのデータベースと学習AIがイムカの情報を元にこの案件について試算。
 そこで開示された結論は余りにも破滅的、かつ緊急を要するものであった。
 あまりにも速やかにU.S.S.ワールシュタットまで持ち込んだ案件が到った事。それはイムカにとっての僥倖。あるいは――

「お節介な誰かが手を貸してくれているのかもな」

 そして、速度は武器であった。何せオメガにしてみればクリティカルな諜報の痕跡も無く、ここまで状況がここまで運んだ。
 未来の――いや、現代のオメガ・インフェリオリティが踏み躙ったモノ。正に踏み躙ろうとしているモノからの逆襲だ。

 電光石火――イムカの来訪からOSATの出動に到るまでの即断即決。多くの悲願が、憎悪が、あるいは信頼が背を押してくれた。

「ノーブルチーム、速やかにデータルームに急行しろ。情報の確保こそが第一要件だ。学習AIとの接続を必ず果たせ。
 デルタチーム策定通り――」

 OSAT…昨今アーマー性能の向上に反比例して、練度の低下が懸念される面はある。
 ジョシュア・アーリントンの世代と比べて洗練こそされたが、兵士としての強度の弱体は否定できぬところだ。
 が、今回の突入部隊は上澄みも上澄み。出し惜しみなしの最高練度のチームが招集されている。

「テロルではない――アメリカ政府筋にも通達済みの正規ミッションだ。これが何を意味するか解るだろう、オメガ」
『GOGOGOGO!!』

 アーマーに身を包んだOSATの兵士達が瞬く間に集結する兵員輸送車より降車。速やかなる突入を開始した。

6061/4『二面性』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/18(水) 09:57:11 ID:???
【ボストン港湾部……HEXA本社ビル エントランス】

「…………来たな」

自動ドアをくぐり抜けて侵入するOSATの一個部隊を、エルミス率いるヘキサエージェントは見守っていた。
武装こそしているが即座に交戦といった行動を取ることはせず、その周囲を徐々にOSATの兵士たちが取り囲んでゆく。
逮捕の為に迂闊に距離をつめるのでは無く、異能による攻撃も考慮した適切な射程管理……なるほど、最精鋭だろう。
完全に包囲された状態で、エージェントの中でただ一人無手であったエルミスは静かにその口を開いた。

「イムカ・グリムナー…………俺は"あの未来"を知っている」
「ここへ来たのはそれを止める為なのか、それとも…………『眼』と同じ過ちは犯すまいな」

静かに語られるのは、彼がイムカの受け取ったデータ通りの未来を"直に見てきた"というものだ。
エルミスもまたあの未来を止めるために、過去では起こり得なかった行動を起こしていた。
エージェント達もそれを了承し、イムカの意志を見極めるためにエントランスへと集結していたのだ。
ただの武力行使であるのならそれはラウル・グッドマンによる襲撃と何ら変わらぬ未来を引き起こす事となる。

「15年前のエリュシオンで、『眼』はカノッサ機関を止められなかった……」
「今度はしくじるな、未来は……お前の手の中だ」

そしてイムカにその気はないと確信を得たエルミスは、短く言い残して道を開けるだろう。
それは他のエージェントも同じだ。敵意を以たの破壊より本社を守るため。ひいてはオメガの強行を防ぐ為に。
その武器は襲撃者たる『眼』の到来に備えて、再び構えられることになる。

「は?エルミス、お前……」

「ハッシュ……もう終わったんだ、それとも一人で全員を相手にするのか?」

その中でただ一人殺気立ち、引き金に指を掛けていた狙撃手。ハッシュ・メイヤーだけが困惑したようにエルミスへ吠えた。
彼女はリベルタスにてジョシュアと同じ部隊にいた。オムニ・シューペリオリティ、そして今はニアとなづけられたタェンティース・マウトヘッドタイプと。

失った相棒を絶対時間軸(セイクリッド・タイムライン)にて取り戻し……二度とその手から離さない為に。
しかし破滅の未来においても、彼女の望みは叶うことなく潰える……それを知っているから、エルミスは彼女の復讐を止めたのだ。

ハッシュは狼狽え、直ぐにそれは嗚咽へと変わり……銃を取り落としてその場に崩れ落ちるのである。

6071/4『二面性』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/18(水) 09:58:02 ID:???
【同時刻、ボストン地下水道にて】

「────そうだ、OSATごと叩き潰せ……その為に最高の越境者を雇ったのだから」

ボストンの地中深く、街全体に張り巡らされた水路にある管理室。
ここは水門など都市インフラを管理しつつ、災害への対処などを行うオペレーティングセンターだった。
システムが自動化されて人間による管理が不要となった今、手動の制御室は機能を剥奪され放棄されている。

「作戦は必ず完遂しろ。神の眼は我等を見ている」

ISACやカノッサ機関の監視網を躱すには好都合だ。時代が進むと共に『眼』は神のそれを自称した頃と比べ劣勢となっていた。
今やビッグブラザーの眼を躱しながら生きなければならないという屈辱的状況に耐えかねた今代党首ラウル・グッドマンは、複数の越境者を雇ってHEXA本社の壊滅を画策していた。

「……これでよい、精々争えカノッサ共…………身内で喰らい合い、疲弊したところを叩き潰してやる」

そしてその矛先は、運営資金のうちの一部にカノッサ機関関連の資本が存在するISACにも向けられている。よってグッドマンにとっては好都合。
ハイプリエステスが倒れた事で純粋な武力は低減しているが、逆にその一件が越境者を複数雇えば強大な個よりも有効であるということを証明していた。
無線機を机に置いてコーヒーをすする。HEXAが不利とみるやカノッサはオメガを切り捨てるだろう。全てはこれでいいと。

「いえ、その必要はありませんよ……グッドマン議長」

しかしその背後から掛かる聞き慣れた声に、グッドマンは血相を変えてマグを倒しながら椅子から立ち上がる。
アルミのデスクの上に広がる琥珀色の液体が、書類に浸りインクを滲ませる。
その視線の先にゆらりと亡霊めいて立つ、橙色の髪の女……身体は生傷絶えず、松葉杖をついて。
黒檀で出来た義手が、蛍光灯の光を鈍く淡く反射していた。

「これはこれは……生きておいででしたか、てっきりカノッサの凶刃に倒れたと」

「HEXAに私の情報を流した何者かは……詰めが甘かったようでして」

直ぐに表情を取り繕うグッドマンであったが、無意識のうちに恐怖が勝り後ずさってしまう。
女は杖をついたまま彼に歩み寄り、狩人装束のフードの中から場違いに明るい笑みを覗かせていた。

「申し訳ないのですが、私はもはや『眼』の一員ではない……穏健派を始末してカノッサと戦争を始めたかったのでしょうが」
「あの歴史を防ぐために……貴方には消えてもらう」

暗く影を落とした部屋の中で、夜猫めいたエメラルドの瞳が爛々と輝く。
グッドマンはやがてデスクに腰が触れるまで後退り……落とした視線の先、天板の上の拳銃の存在に気が付いた。
それを取り上げ引き金を引くのに迷いはない。閃光と共に銃声が一発響き、しばしの静寂の後。
額に深々と短剣が突き立ったグッドマンは、呻き声ひとつ上げずにコンクリートの床へと崩れ落ちる。
弾丸を掠めた頬に鮮血の滴を一筋滴らせ、橙色の髪の女はグッドマンの持っていた無線機に手を掛ける。
そして自らの名と共に攻撃中止の指示を送れば、グッドマンの遺体と無線機を窓から投げ捨てた。
下水門から浄化槽へ流れるウォーターフォールの中へと落ちてゆくそれは、二度と陸へは上がらないだろう。

「ん、こっちは終わったよ。これで『眼』の実行部隊は、当分本社に辿り着かないと思うけど」
「ここから先は私も分からないから…………あとは、任せるよ……イムカに」

越境者のみが持つ、複数世界間での通信が可能な端末を取り出し、通話を始める。
先程までとは打って変わった、安心したような明るい声色は聞き覚えのあるものだ。
無線の先の人物からの返事を待たず、ここから先はかつての仲間に任せると言い……彼女は端末を棄てた

608イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/18(水) 11:11:27 ID:???
>>606-607

「君と違い、私は“知った”だけだよ。エルミス・コンツァイアエッティ。
 統合と同時に記憶は全て無くなるという話だったが?」

世界修正力にも『あの時点』までは猶予があるのか?それとも越境者とは異なる原理なのか。
考えてしょうがない。今はこの状況を紐解くことより活用することを優先すべきだろう。

今度はしくじるな――エルミスもまた、多くの失敗を経てきた者なのだろうか。

「当然だ。視野の狭かった連中と同じ轍など踏むつもりは無い。私は彼等と違って“手段を選ばん”からな。
 非正規戦ばかりやっている連中はよく解釈を誤る。君もせいぜい気を付けろ」

前回の『眼』が正にそれに当て嵌まるのだろう。イムカに言わせれば彼等は手段を選ばなかったのではない。非合法な手段しか選ばなかったのだ。
自ずから破壊的で、破滅的で、そして後に続かない武力行使に打って出る。短絡的――彼女に言わせればそう評するしかない。

手段を選ばないならば、効率こそをもっとも尊ぶべきだ。散逸したデータを拾い集め、体系化したレポートの作成。繋いだコネクションの活用。
政府関係者との繋がりを有するISACを通じた正規戦の立案と承認。今回は表の権力の強さをイムカは手段として選んだ。

各メディアは同じタイミングでオメガ・インフェリオリティの反社会的行為について報道を開始。
当然、それは口当たり良く加工されたニュースとして、テロ教唆など解りやすい内容となっている。
虚偽ではないが真実を全て語るつもりもない。世論に対する権力者の常套手段であり欺瞞。が、あえてそれに乗る。

この世界にも暗然とした影響力を残し、幾つものパテントを保有したままなどという“襲撃の被害者”にはさせない。
“悪辣な犯罪者”として、社会的な威勢を削れるだけ削りきった上でHEXA本社のデータストレージを確保する。

オメガは…これで終わるタマでは無い事はイムカも重々承知。イムカでは越境世界に根を張ったその力の全てを剥ぎ取ることは出来ない。
だが、より危険性が具体化され、影響力を衰微させたとなれば…ついにカノッサ機関を動かせる。
各カノッサ支部は利に聡いハイエナのような連中だ。弱体を目の当たりにした上え、己の利が侵される危険性(リスク)も勘案すれば――勝算は十二分だ。

「OSAT各チーム、タイムスケジュールに従い作戦を続行しろ」

その気が無いと解ればイムカとてエージェントと無闇に敵対する必要などない。
すれ違いざまに泣き崩れるハッシュへ僅かに目線を映し、すぐに前方に戻すイムカ――重ねるな。共感するな。今は失ったモノの事など無関係だ。

イムカは彼女の物語を知らない。その先に待つのが成功だったか破滅だったかなど興味はない。
誰かの願いを踏み躙り、己の願いを圧し通す。闘争の本質だ。この一点においてはイムカもオメガも変わることはない。


「だからこそ、しくじるつもりなど毛頭ない」

6091/4『二面性』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/18(水) 20:30:58 ID:???
>>608
「ふゥん、成程……エージェントは裏切ったか……」
「奴が踏み込んできたということは、ジョシュアも期待できないな……」

エグゼクティブ・オフィスで顛末を見届けていたオメガは深いため息と共にデスクから立ち上がった。
エージェントの中でも古株のエルミスが裏切った。腹心であるハッシュはどうやら絆された様子。
連絡の通じないジョシュアに至っては、初めからイムカの手の内であろうことを予測。

誰もいないオフィスに静かな笑い声が響き渡る。
そしてモニターに映るイムカの顔に、青白い拳が叩きつけられた。

「存外やるじゃないか、たかが越境者とキミを嘗めていたかもしれないね」

血の滴る拳をモニターから引き抜いて笑うオメガ。その表情とは裏腹に胸の中に抱くのは純然たる怒りの感情だった。
ネットやメディアによって拡散された情報が、オメガ・インフェリオリティの顔と表向きの名前を世間に吹聴してゆく。
自由の象徴たるアメリカという国家と、デモクラシーに対する反逆者として。

「こぼれ落ちてゆく……この手から、私の築いた全てが」

この世界はもうダメだ。権力を奪われ、財を奪われ、駒を奪われた。
カノッサ機関に取り入って長い時間をかけて準備してきたが、もはやこれまでといった所か。
これまで培ってきたすべてが指の隙間を通り抜けて地面へと落ちてゆくような感覚。
しかし劣等とは理不尽に曝されてこそ、より暗く輝きを宿すものだ。追い詰められたオメガには完全に火が着いた。

「だけど……だけどまだ終わりじゃない」
「私の手の中にはSCRAMLBERがある、ファシリティを起動できれば……」

デスクに置いたタブレットを手繰り寄せてアプリを開く。
港湾部に密かに建設された対越境者兵器、スクランブラーの生産プラントであるオメガ・ファシリティ。
アンティードットのデータを用いた最新鋭の人型SCRAMBLERを、ついにロールアウトする時が来たのだ。

最初に生産される予定の機体はその1体ずつがダグラスやハイプリエステスに匹敵する戦力を誇る。
それが9機、並の越境者では束になったって敵わないだろう。これは戦争のバランスを根底からひっくり返すゲーム・チェンジャーだ。
ALICEの素体が手元にないのは誤算だったが、この世界の全てを焼き尽くし更地にすれば、何れ向こうから見つかりに来るだろうと。

「ああ、なんだ……もう来たのかい?」
「折角の企業見学だ、もう少しゆっくりして行ったら良いものを」

最後のコマンドを入力する画面に辿り着いたところで、ついにイムカが乗ったエレベーターがオフィスに到着する。
オメガはタブレットをデスクの上に置いて拳銃を手に取った。そしてエレベーターから降りたイムカにそれを突きつけるだろう。
彼女のリフラクターフィールドについてオメガは知っている筈だが、たかだか拳銃で優位が取れるものだろうか。

610イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/18(水) 22:38:21 ID:???
>>609

「何かと忙しいものでね。さて…」

 直後、随伴のOSATがオメガに向かって室内戦用のサブマシンガンを向ける。
 が、イムカはそれを手で制して、銃を降ろさせた。

「シックス、君達は君達の仕事を。私は少しばかり彼女に用がある」

 イムカの言葉に疑問を呈することなく頷き、OSAT達は散開する。
 訓練教官殿の実力は十二分に承知。ここで間違えるような人物では無いと確信しているのだ。

「では、お言葉に甘えて少しばかりゆっくりさせてもらおうか」

 イムカは銃口を突きつけられたまま、別段気にすることも無くソファに身を預ける。
 粒子短銃はホルスターの中に収められたままだ。もっとも、それはオメガの安全に何ら寄与するものではないが。

「ああ、彼等なら気にすることは無い。ここでの君の身柄確保や殺害の優先度が低い。どうせ無理だろうしな」

 そう、このHEXA本社ビルでオメガ自身を確保する事は極めて至難…不可能に近いと考えている。
 身の危険を感じれば、即座に携帯越境装置(反則的な機構だ。どういう原理だ?)を使用するだろう。
 敵の牙城、備えは十二分。ならば無駄な事にリソースを費やすつもりなどない。

「だから“それ”は止めておけ。この局面での切り札(ジョーカー)など苦し紛れもいいところだ。意味はないぞ」
≪0001111010101≫

 サーボスカルのステイシス圧縮フィールドから水筒を取り出すと、中に入った温かな紅茶を口にする。
 勝者の余裕を見せつけているのか?それとも嘲っているのか?否、断じて否だ。明瞭な殺意は些かも減じる事なし。
 僅かでも携帯越境装置などの脱出手段から気を逸らしてみろ。即座に噛み殺してやる。

「ニュクスはもう居ないぞ。だから君の手には届かない。破壊を振りまいたところで無為だ。
 どうにも君は感情的になりすぎるきらいがあるな。それは自分の身を守るためにでも取っておけ」

 淡々と告げるイムカ。そこの露わになる感情は無く、ただ事実をそのままに口にしているだけだ。
 オメガ・インフェリオリティならばそれが真実か虚偽かを察するくらいは容易だろう。

「君の計画は既に崩れている。ニュクスを失った以上は、君の目的に向けての歩みは大きく後退だ」

 ここであえて“後退”という単語をイムカは使った。“終わり”ではなく“後退”と。
 致命的なまでに崩れた計画。ニュクスという根幹が失われたというのに。

 致命的――それだけのことで歩みを止める程度の者だったなら、世界はあそこまで追い詰められはしない。

 オメガ・インフェリオリティは間違いなく英雄だ。だからこそ必ず殺さねばならない。

「どうにも腑におちない疑問もあった。ニュクスに多数のアーティファクトを喰わせて至高の少女の創造する。
 それは解る。が、自分を吸収させて乗っ取る…というのがどうしても解せない」

 オメガの壮大なる計画。その根幹を既に知悉しているイムカの物言い。オメガにしてみればふざけた話にも程があるだろう。

「グリードを用いている以上、憑依とは言わん。厳密にはニュクスに君を喰わせて『オメガ』をエミュレートさせているようなものだ。
 もっとも、エミュレートが完璧に過ぎて本人と遜色がないレベルだ。人格の規定までいくと哲学となってしまうが」

 そして、無垢であるニュクスはあまりにも黒く輝く『オメガ』の人格に呑み込まれた。それがあのALICEだったのだろう。
 オメガ・インフェリオリティの思惑は、あの瞬間に到るまでは完全に成就していた。

「厳密には自分自身ですら無くなるというのにな。なのに君は歩みを止めなかった。そして今も止めることが出来ない。
 何もかも掌握したいようで捨て鉢でもある。私からすれば矛盾の塊だよ」

 おそらく、この会話自体はオメガの無為な破壊を止める以上にはさして意味はない。
 イムカの疑問もついで以上ではない。理解したいわけでもない。むしろ殺さねばならぬ類だ。

 が、殺さねばならぬ英雄だからこそ、イムカから多くを奪った敵であるからこそ、イムカはある種の礼節を以って接していた。

6111/4『二面性』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/18(水) 23:27:09 ID:???
>>610
「ふーん……」
「計画の事まで知っている……となると、誰かが口外した訳ではなさそうだ」

イムカの口から放たれた言葉にオメガは我が耳を疑った。しかしさして取り乱すような様子も見せず。
それは手元からニュクスが消えた事と、OSATが今になってHEXAを排除しにかかってきた事からも予測していたことだ。
しかし腹心にすら全貌を伝えていない計画の詳細をこうもベラベラと暴露されては立つ瀬がないというものだ。

「くく……そういう事か…………あははははっ!!」

そして同時にそれはある確信へとオメガを導いていた。故にオメガは銃を下ろし、前髪をかき上げて噴き出す。
イムカが何故こうも必死になって自分を追い詰めようとするのか、そして計画の全てを熟知しているのか。

「どうやら私の計画は思い通りに進んだようだ……"成った"んだね、私は……至高の存在に」

オメガは自らの計画の成功を、彼女の言外から確信した。してしまったのだ。
つまり世界の境界線に致命的な一撃を与え、至高の少女に成り代わることを成功させたのだと。

彼女自身が生き永らえるかはさして重要ではない、オメガの望みは自らを劣等から救済することである。
汚れた肉体を捨てて天上の存在へと昇華する。そしてその歴史を絶対とし、あらゆる可能性を排除することで書き換えられないものとする。
そして物語にピリオドを打つことで、自らを除くすべての著者による歴史の追記を締め切ろうというのだ。

「だが、物語の終わりを見届けることは出来なかった……そうだろう?」
「だからキミらが止めにきた」

その口許が不敵に歪む、ほぼ詰みとなる状況へ至っても、まだ。
何故ならば他でもないイムカ自身が教えてくれたから。ここが運命の分かれ道なのだ。
ここさえ凌げば、オメガの勝利は揺るがないのだと。

「気が変わったよ……今は大人しく捕まっていようと思ったけど」
「ファシリティの事も知っているのなら、従順なフリをする必要は無いね」

携帯越境装置のトリガーに指は掛けている、ファシリティの起動も退避さえ叶うのであればすぐにでも可能だ。
更に緊急事は越境と同時に、このエグゼクティブ・オフィスに仕掛けられた爆薬を起爆することが出来るのだ。
人間一人など、シールドシステム毎木っ端微塵にできる量のプラスチック爆薬が、イムカの踏み締める床下に眠っている。

道筋が見えた今、もう迷うことはないとオメガは机の上のタブレットに手を伸ばす。そしてそのまま越境装置のトリガーを引き絞り────
力を込めていた右手が、装置ごと爆ぜて床に落ちた。

「な…………」

何が起こった?そうだ、何か大きな音がして─────思考が追いつくよりも前にその胸に大きな風穴がふたつ空いた。
糸が切れた人形のように倒れたオメガの向こう側には……大型拳銃を構えたジョシュアが銃口から煙を立ち上がらせている。

「……今度こそ……お前は終わりだ、オメガ」
「…………」

太腿のホルスターに拳銃を仕舞う男の憎たらしい顔は、もはや見間違えようもない。
ジョシュア……ジョシュア・アーリントン。他の次元の誰かとか、別の歴史を辿った誰かではなく。
たった一人の、イムカのジョシュアだった。

612イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/19(木) 00:01:49 ID:???
>>611

「ああ、成ったよ。そして、それ以上には成れなかった」

 イムカはそれを否定しなかった。実際、オメガは勝利していた。それを認めねば何が何やらわからない。
 何よりもオメガが報われない。彼女はカノッサにも越境者にも勝利し、そして、ニュクスに敗北したのだ。

 越境者達は彼女の野望を止めること叶わなかった。そしてそうなっても、彼女は彼女の悲願を何一つ果たすことが出来なかったのだ。
 だというのに…オメガはそれでもオメガであることを止めることが出来ない。

 憐れむつもりは無い。抹殺すべき対象だ。だが、このどうしようもなさは――救われないものがある。
 至高の少女はもうここにはいないのに。妄執、妄念、だからこそあれだけの事を成せたのだろうが。

「少し違うな。私達の手に届かぬところで勝敗は決した。だから今の私達を評するなら後日談(エピローグ)というのが妥当だ」

 タブレットに手を伸ばすオメガ。サーボスカルが読み取ったのは爆薬の残留分子。お定まりとも言える。
 悪役にとっては自爆装置めいた仕掛けなどそれこそ定番中の定番だ。そして――別段、慌てるような事でもない。

「………」

 再び、紅茶に口を付けるイムカ。耳を劈く銃声。その動作の間に決着がついていた。
 オメガ・インフェリオリティの胸部に大きな穴が穿たれ、華奢な身体はあっけないまでに崩れ落ちた。

「遅い。タイミングを計っていたならあからさまに過ぎる。慌てて駆け付けたなら時間管理に落第点だ」

 突如現れたジョシュアにイムカが告げたのは、淡々としたダメ出しだ。
 感謝の言葉も無ければ、感動的なシーンですらない。実にいつも通りのイムカだった。

「オメガの始末は私がソーマタージに頼んでいたのだがな。これで秘密口座の支払いも無駄になったんじゃあないか?」

 解っていた。解らないわけが無かった。何故、U.S.S.ワールシュタットまでイムカの情報レポートが速やかに到ったのか。
 誰かが助力しているのが見え隠れしていた。そして、そのようなお節介が出来る者を絞れば、答えは自明というものだ。

「いや、自我より自己の救済を優先しているような奴だ。まだ仕掛けの一つや二つはあるやもしれない…か」

 さて、少なくともこのオメガが完全に死亡したのかどうか、サーボスカルに精査させる。
 いつも通りのイムカ。いつも通りの政治将校。しかし――ジョシュアに顔を、紫水晶の瞳を向けようとはしない。

「用向きは終わったか。なら、さっさと帰れ。貴様はここに長居してはいいわけがない」

6131/4『二面性』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/19(木) 00:33:43 ID:???
>>612
「ソーマタージには、別の仕事を頼むつもりですよ」

眼を逸らしたままのイムカ・グリムナーをジョシュアはただ見つめていた。
努めて冷静に、感情を押し殺した彼女を見ていると、まるで心臓が抉られるように痛む。
もしジョシュアが本当に人間のイミテーションであるのなら、なぜこの痛みを感じるのだろうか?

「…………本当は、姿を見せずに帰るつもりだったんです」
「会えば、俺は……戻れなくなるかもしれないから」

OSATへの根回し、エルミスとミスカへの連絡。この襲撃を確固たるものとする為にジョシュアは暗躍を続けていた。
本来ならば後はイムカに任せて跡を濁さず立ち去るのが正しい選択肢なのだろう。けれどジョシュアにはそれを選ぶことは出来なかったのだ。

姿を表せばまたイムカの傷を抉ってしまうことになる。彼にとってはそれが何より大きな罰として降り掛かるから。
だが、もはや彼の気持ちに歯止めをかける全ての理由や制約は、すでに崩れ去っている。

「それでも……俺は……!!」
「あなたに会いたかった、ずっとこうしたかった……」

足早にイムカへと歩み寄れば、ジョシュアは間髪入れずに彼女を両腕で強く、強く抱き締めたのだ。
ソファに腰掛けていようと、紅茶の注がれたティーカップに口を付けていようが関係ない。
今はジョシュアがそうしたいからそうするのだ。イムカの都合など関係なく、彼のみのエゴによって。
殴られようが刺されようが、ジョシュアは決してその手を離そうとはしないだろう。

「許してほしいとは言いません、俺は貴女の大切なものを……奪ってしまったから」

ニュクスは彼女にとっての存在意義と幸せを手に入れた。
けれどそれは、この時代のイムカにとってはいきなり引き離されたに等しい仕打ちと言えるだろう。
自らの手の届かない所で、自らの知り得ぬ『ラヴィニス』がニュクスの母親となっているのだから。
『イムカ・グリムナー』にとっては、たまったものではない。

「これは俺の自己満足かもしれない……だけど」
「俺は全ての世界、全ての時間軸のイムカ・グリムナーを……ラヴィニスを……愛してるんです」

「だから……」

故に、ジョシュアはようやくイムカの背から手を離して……全てを受け入れると言った。
憎まれても、敵と見做されても構わない。イムカが心の痛みを忘れられるのであれば、どのような形でもジョシュアは贖うつもりだ。
たとえ命を差し出せと言われたとしても……、それがジョシュアの、究極の愛のカタチなのだから。

614イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/19(木) 00:56:04 ID:???
>>613

「放せ。私はオメガの死を確認せねばならない」

 やはり淡々と告げるばかりのイムカだ。その肩が――常に無く小さく見えたならそれは気のせいに違いない。
 そうであらねばならない。託された義務、多くの責務、それを果たさねばイムカ・グリムナーではない。

≪00011111010101≫

 サーボスカルはややワザとらしく縦回転。この狂気に陥ったドローンの電子音声をもし訳したならばこうなるだろう。
 やせ我慢も過ぎれば見ている方も辛いものだ、と。

「はぁ…つくづくダメな男だ。後で精々、あちらの私に制裁されることだな」

 よりにもよってイムカ・グリムナーにそのような言葉を吐くのだからある意味では剛毅とも言えるのか?
 いや、これはやはりダメ人間の類だろう。と、イムカは嘆息をついたものだ。
 先ずは――彼の思い違いを正してやるのが上官としての務めだろう。

「勘違いをするな。貴様――君とニュクスを失ったのは私の怠慢ゆえだ。それ以上でもそれ以下でもないよ。
 もし責任を感じているとするなら、それは自己過信というものさ。気にするな」

 少しだけイムカの口調が変わる。それは政治将校としてのイムカではなく――責務も何もない時間を共有したイムカだ。
 ジョシュアに膝枕を強制したり、ニュクスに普通の弁当を作っていた時のイムカ。

「それに私は帝国貴族であるが重婚には否定的だ。君が愛するのは君のラヴィニスだけにしろ。浮気は処刑モノだ」

 それでも決してイムカは顔を向けようとしない。本当につくづくダメな男だ。
 今、自分が、どれだけ残酷な事をしているのか。解っているのだろうか。

「だから、もう帰れ。帰って君は君の家族に尽くせ。『私』はニュクスとジョシュアを護り通した。
 私は私の好きな連中の未来を護り通せそうだ。十分だ。十分に報われている」

 イムカ・ラヴィニス・ヴァール・ウル・グリムナーはニュクスとジョシュアを失った。それは己の咎ゆえに、だ。
 そして、それでもなお、大切な二人の未来を繋ぐことができたのだから。

6151/4『二面性』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/19(木) 20:27:22 ID:???
>>614
「……分かりました……」

今だに眼を合わせようとしないイムカ。約束された離別はきっともう、避けようも無い。
愛を伝えれば伝えるだけ彼女を傷付けてしまう事を、ジョシュアもまた気付いていたからこそ、その肩から手を離すだろう。
離れた手はイムカの腕を伝い、やがて手首のリ・エグザイルに触れる……霊銀で出来た、己の分身へと。

「約束です……俺は必ず、あなたとニュクスを守ります……」

もう帰れと二度言われて、ジョシュアは俯き気味に後ずさる。
ぬち、と床に広がった血に足音が立つ。オメガの瞳は虚空を見据えており、完全に死んでいるであろうことが伺えた。

本来彼女が死ねば、事前に取られていた意識のバックアップデータがニュクスの体内の遺物に送信されることになっていた。
完璧なエミュレートを可能とするための遺物、だがそれを飲み込んだ少女は、この世界の何処にもいない。
オメガ・インフェリオリティの野望は……各世界やファシリティに隠された不穏因子を残し、完全に停滞したのだ。

「今度は絶対にこんな終わり方にはしない」
「例え世界が終わっても、そばに居ます……二人の隣に……!」

例えオメガを排除したとしても、無限のマルチバースにて同じ様な事が起これば、今度こそ防げる保証はない。
だからこそジョシュアは統合された世界に残り、調停者(アービターズ)の一員となる未来を選んだのだ。

それは余りにも身勝手だが、ニュクスとイムカの隣にあり続けるため。二度とあのような未来を生み出さない為だった。
だからこそこの時代のイムカや仲間たちが置き去りになる事を考えると、ジョシュアは顔を見せたくなかったのだ。
会えば帰れなくなる、互いの別れの痛みをより深めるだけだから。

「だから……俺は、帰ります」
「二人のもとへ……俺のあるべき場所へ」

だからイムカは、自らの感情に歯止めが効いている内にジョシュアを送り出そうとしている。
ジョシュアがそう思うのは彼女の真意を汲み取れているのか、はたまた彼の空回った願望か、それは分からないが。
イムカの言葉はジョシュアの決意を揺るぎないものとしたのは、代わりようのない事実だった。

「さようなら……貴女をコミッサーと呼べた時間は、俺の幸せでした」

イムカが発した『報われた』という言葉を聞いて。ジョシュアは静かに涙を流していた。
その表情はとても穏やかで、別れを惜しみながらもこれからの未来に、切り離されてしまった歴史に希望を託す、そんな表情。

迷いが吹っ切れたようにジョシュアは深々とイムカに頭を下げ、そのまま腕に巻いていた時計型の装置に触れると。
小型のワールド・タイム・ゲートが生成され……最後までイムカの姿を見届けながら、ジョシュアはゲートの向こうへと消えた。

ビルの外からサイレンが聞こえる。どうやら騒ぎに通報を受けた州警察が駆けつけてきたらしい。
ふもとではOSATの指揮官が警官隊に事情を説明している。ここも直ぐに警察の捜査が入るだろう。
工作を終えたOSATの隊員が戻ってきた時には、すでにオフィスはイムカ一人と、物言わぬオメガだけだった。

────────
────
──

【2048年、統合された世界……】

616イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/19(木) 23:19:48 ID:???
>>615


「――私も幸せだったよ。ジョシュア」

 イムカがその言葉を口にしたのはジョシュアが去ってからしばらくの後であった。
 まだやる事は多い。多い方がいい。感傷になど浸っている暇などないくらいに。

≪000111101010101≫
「これで良かったに決まってるだろう?私はイムカ・グリムナーだぞ?」

 サーボスカルが横観点グルングルンしながらイムカに食い下がっている。珍しいことだ。
 やはり狂気に陥ったプログラムらしい挙動だ。余計な事ばかりしてくる。

≪000111010100011≫
「報われた…か。いいセリフだっただろう?――未熟者め。そんなワケが無いのにな」

 道は別たれた。もう交わることは無い。ならば彼の上官として送り出すのが筋というものだ。
 自分の事を引き摺られていては、互いにとっていい事など何一つ無い。後はラヴィニスがどうにかするだろう。

 だから、これは良い別離なのだ――

「………」

 イムカは膝を降ろすと物言わぬオメガの両の瞼を閉じてやる。許しがたい敵だ。イムカから多くを奪った仇だ。それでも――

 妄執に駆られ、己が劣等を覆す事に文字通り全てを賭し、最期の瞬間には勝利を確信していただろう。
 フィーンの現身でも、劣等に苛まれるクローンでもない。オメガ・インフェリオリティとして歓喜の祝福の中で絶命したのだ。

「随分といい死に方じゃないか。別の貴様よりも遥かに、な」

 夢の残照――もはや意味を為さなくなった彼女の切り札(カード)だったタブレットを持たせる。
 錯覚かもしれないが、その顔は穏やかで、どこか微笑んでいるようにも見えた。

「OSAT各チーム、データを回収。オメガ・インフェリオリティは死亡した。が、まだ終わったと思うな」

 この後、イムカは回収したデータを元に今後のスケジュールを策定。
 カノッサ機関を動かすに十分な資料を入手すると共に、越境者に対してもリーク。

 敵対者としての流儀として、オメガ・インフェリオリティの遺した全てを駆逐すべく奔走するのだ。

 ────────
 ────
 ──

■2048年:統合された世界にて――

「アリー。先程、君にインプットしたオシオキ108選を完璧に遂行しろ。
 このダメ男は、歯の浮く台詞をほざきながら後先考えない行動をまたやったのだからな!」

 白衣に身を包み、シンプルだが高級な設えの丸眼鏡の位置をクイっと直しながら、
 イムカ――否、ラヴィニスは非情なるオーダーをアリーに下していた。実際ヒドい。

 ナムサン!100tと決断的ショドーで書かれた木製ハンマーもスタンバっている!!!

(しかし、聞けば聞く程…なんて面倒くさい女なのだろうか。私と同一存在とはとても思えない…!)

 ラヴィニスは大きなため息をついたものだ。『ラヴィニス』に憤り、罵る権利が『イムカ』にはあったろうに終ぞ恨み言のひとつも無かったという。
何も感じていない訳がないだろうに、多くを奪い去られた上に責務と課されたというのに。

「いや、解っててやったのだったな。私は。それしか思いつかなかったにせよ、な」

 白衣――そう、ラヴィニスは今はもっぱら研究者であると自負している。
 あの日以来、軍服に袖を通したことは一度もない。既に政治将校ではないのだから。

 なお、ときおりウズウズして、少しだけジョシュアに代わって部下の“面倒”を見ることもある。 
 それもあってか何なのか、恐怖の記憶と共に『将軍』呼ばわりされる。個人的にはドクターと呼んで欲しいのだが。

6171/4『二面性』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/20(金) 00:25:56 ID:???
>>616
「アイアイサー、将軍」
「このAllie、完璧にオーダーを実行してみせマス!」

キャンプ・トリニティの一角、復興を始めた街の本拠地として建てられた、しっかりとした作りの集合邸宅。
約数十名の生存者達がそれぞれの寝床を手に入れた今、そこはすっかりラヴィニスとニュクスの家として役割を変えていた。
かつてボストン・ヒルにあったジョシュアのセーフハウスを思い出す造りは、ダグラスが親子で完成させたものだった。

ラヴィニスの下した命令に敬礼で答えるのは最後のSTであるA-07 Allie。武装の類は取り外され、随分と家庭的な格好をしている。
少女の姿形をしていながらも、一目で人間でないと分かるその肉体にエプロンは激烈似合わないのであるが。

「ただい……ああぁああああぁあああ!!!!」

帰宅したジョシュアの頭にゴチンと巨大木槌を振り下ろし、一撃で失神させてその襟首を掴み引きずってゆくのだ。
気を失った彼は目元を赤く晴らして、しかしようやく過去への迷いが振り切れたような清々しい顔で地下室へと連れ込まれていった。

「最近ファーザーは足腰が悪いデス、15年で結構老けマシたからネ、人間って不便デス」
「ファーザーの代わりに今日もバリバリ働くデスよ!」

人類が存続という道筋を手に入れてから、すっかりヨハイムは外骨格がなければ立てない程に弱ってしまったようだ。
高齢の身体を引きずってたった一人でトリニティを切り盛りしていたのだから当然といえば当然なのだが。
今では指導者の立場から身を引いて、たまにラヴィニスの研究を手伝う程度の事をして余生を過ごしているようだ。

そんな訳で、今ではアリーがラヴィニスの家政婦としてヨハイムを養っているということになる。
そして、寝室から眠い眼を擦りながら現れた少女……ニュクスのボディーガードという仕事も担っているのだ。

「ママ、またジョシュアのこと苛めてるの?」

伸びと共に大きなあくびを一つ。寝巻き姿でやってきたニュクスは連日世界線の修復に勤しんでいる。
ALICEとしての能力はゲートの解放時に蘇った世界の修正力によって消えてしまったのだが、
世界を隔てる境界線に触れる力だけは彼女に残り、その力を用いて複雑に絡まった糸を解くように……少しずつ世界を元通りにしているのだ。

「……街もだいぶ出来上がってきたね?」
「私……本当はこんなに沢山の人たちと暮らせるなんて、思ってなかったんだ」

ニュクスはリビングにある大きなカウチに腰掛けて、肘掛けにもたれかかりながら窓の外の景色を眺める。
空は青く、宇宙に出来た裂け目も閉じている。文明こそ崩壊したが、境界は閉じられ……天まで突き立った水晶の塔を除き、全てが元通りとなっていた。
ニュクスはこの場所でただ一人、世界を修復しずっと見守る。ただそれだけの為に残るつもりであったが、ラヴィニスをはじめ越境者達の意地がこの結果をもたらしたのだ。
キャンプ・トリニティは復興し、他の世界からの生き残りも見つかった。上手くいけば人口も増えてくれるかもしれないと。

「だから……こんな希望のある未来を作ってくれてありがとう、ママ」

大破壊という災禍の果てに、しかし復興という希望の光が見えるこの未来をニュクスは愛している。
それを導いてくれたラヴィニス達には、ニュクスは感謝以外をもって応える術を知らない。
白衣の似合わない彼女に、淡い色の視線が向けられる。ポンポンとカウチを叩き母を呼ぶニュクス。

618イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/20(金) 01:04:07 ID:???
>>617

「全く、相も変わらぬ未熟者め」

 アリーに仕置きを任せつつもヨハイムについての言を聞く。
 実際、生命を絞りつくすような闘争を経たのだ。老け込むのも無理は無い。

 とは言っても、ラヴィニスがヌカ・コーラの再現や味覚をアレにする完全栄養食なエネルギーグリスに傾倒した時は、
 思いっきり舌戦を繰り広げる事になったりと、彼女の天然かつゴーイングマイウェイのいい抑止力になってもいるようだ。

【かつては想像も出来ていなかったような愉快で少しお馬鹿な日々。長い戦いを経てヨハイムが勝ち取った確かな戦果だ】

 そうしているとニュクスが起床したようだ。相も変らぬ寝ぼすけさんめ。

「ニュクス、だらしない姿で徘徊するのは考え物だぞ。身なりはきちっと心がけるように言っているだろう」

 ジョシュアを苛めているなどと言う、相も変らぬ誤解(?)を別段訂正する事無く、
 立派な士官の対応というものを説くラヴィニス。なお、実は私生活がかなりだらしないのはとっくにバレている。
 サーボスカルを手放して以降、あっという間に汚部屋になりがちなイムカの身の回りの掃除はアリーやジョシュアの義務となった。

 トーストと、ハムエッグ、サラダにサニーサイドアップと紅茶を用意していただきます、だ。
 完璧な栄養価の食事。文句のつけどころの無い朝と言えるだろう。

「沢山の人達、か。当たり前だろう?食糧プラントに水浄化プラント。そしてヌカコーラ。そして希望を持って生きるに足る労役だ。
 私がやると言ったんだ。ならば、この程度はしてみせるさ」

 自分自身に自信満々な傲慢発言。惑星総督でもあったのだから慣れたものだと言う。なんか余計なモノが混じっていた?気のせいだろう。
 そうだ、枯れ果てた未来ではない。ニュクスに希望のある世界を。そして人間として生きられるよう。最大限の努力を重ねている。

 荒廃し、何も無くなった世界で他の者は早晩に死にただひとり、あるいはジョシュアと二人きり。
 そんなクソの如き環境では、どのような高次元的存在、あるいは無機質なシステムと成り果ててしまうことか。

「ソーマタージにも啖呵を切った手前もあるしな。ざまあみろ、さ」

 別れ際に彼が見せた虚を(うろ)を忘れる事はない。だからこそ愉快に、騒騒しく暮らさねばならない。
 奴のアレコレが完全な杞憂であったことを証明するように。それゆえの、ざまあみろ、だ。

 ニュクスのため、そしてここに居る仲間と帰還した仲間のため。ついでにジョシュアのため。
 責務と義務。政治将校では無くなったとてそれを怠るラヴィニスではないのだ。

(私がもし、この子達を見捨てていたら、私は私を赦しはしなかっただろうな。だから、『イムカ』に対しての罪悪感は私一人が負うべきなのだろう)

 ラヴィニスは、ニュクスとジョシュアのためにそれ以外の多くを犠牲にした。
 越境者としては本来有り得ない同一存在が確立されることも、もう一人の自分にどれだけ暗い影を落としてしまうかも承知で。
 それでも、エピローグの大筋を託せるほどに能力と信頼に置けるのは自分自身であったし、そうするしか選択肢が思いつかなかった。

「ジョシュアに対しても…私のことだ。あの顔を見るに上手くやったのだろうさ」

 ニュクスが自分を呼んでいる。幸福と希望に満ちた娘の姿。彼女が罪を犯してでも護りたかったモノ。
 ラヴィニスが生涯抱えるべき心臓に突き立つ冷たく濡れた針は、ラヴィニスだけのモノだ。他の誰にも渡すつもりも捨てるつもりもない。

「まったく、感傷などしている場合ではないか。…ニュクス、私の娘としてはもう少し典雅さをだな――」

 何故か何時まで経っても着こなせない白衣を正して、ニュクスの側に向かうラヴィニスだった。

6191/4『二面性』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/20(金) 22:25:09 ID:???
>>618
「んふふ……いいのいいの、外ではキチっとしてるんだし」
「あ、天国天国」

カウチに寝転がったまま、他所行きの格好では息苦しいと反論するニュクス。
誰かさんみたいに、と付け加えると流石に制裁が飛んできそうなのでしなかった。

家庭内での家事のアレコレはアリーが主にこなし、不在時にはジョシュアとニュクスで行っている。
今日はアリーが居る日ということは、ニュクスの出番は余りない日のようだ。なので今日は甘えさせて貰おうと。
隣に招いたラヴィニスの膝に、ころんと仰向けになって眼を瞑る。昔に比べれば感情も素直に出すようになった。

「将軍、このリスト12番にある『垂直落下コブラツイスト』ってマジでやるデスか?」
「流石にAllieのパワーだと、この死ぬ死ぬ詐欺男=サンもガチで死んじゃいそうなんデスけど……あ」

そこへ地下室から戻ってきたアリーが、手順の確認をしようとブツブツ言いながら戻ってきたのであるが。

「親子水入らずデス、邪魔しない方がいいデスね」
「その代わりダメ男=サンはAllieといっぱい遊びまショウね」

空気を読んでそそくさと退散、地下室に監禁されたジョシュアのもとへスキップ混じりに帰ってゆくだろう。
暫くして、地下から再び悲痛な声が響くのであった。

「ねぇママ?」
「いつジョシュアの事、お父さんって呼べるようになるのかな?」

もしもアリーの方を向いていたのであれば、ニュクスはツイツイとラヴィニスの服を引っ張りその気を引いて。
イムカの膝の上で柔らかな微笑みを浮かべながら、三人での穏やかな暮らしを夢見るのであった。

統合された世界は今日も廻る。故郷を、根幹を、意義を失った者達、歴史から切り離された者達を乗せて。
どの世界にも、どの歴史にも属さないからこそ見出せる希望もあるのだから。

620イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/20(金) 23:13:12 ID:???
>>619

「うーむ…」

 腕を組んで唸るラヴィニス。膝枕されてもムスっとした無表情となるばかりで特に抵抗もしない。
 何だかんだ言って、ニュクスには相も変わらず甘いのだ。実際、ニュクスの髪の感触は心地よい。
 するとアリーがとてもとても些細な事で質問をしてきたので、

「………」

 口元に一本指を立てて制止するのだ。察したアリーは地下に引っ込む。
 空気の読める使用人だ。今月のお給金は弾んでやろう。そうしていると白衣の裾を引っ張られて、

「ジョシュアがお父さんか―――――――――???」

 反射的にニュクスの台詞を繰り返したが、数秒経過するとあからさまに首を傾げた。
 どうも質問の意味がちゃんと脳に伝わっていなかったようだ。その間にも地下室から響く悲痛なる叫び!!

「…奴はまだまだ要修行だな。私の採点は厳しいんだ」

 肩を竦めながら、ラヴィニスは呆れたような仕草で言ったものだった。
 誓いは果たした。ニュクスとジョシュアに陽だまりの世界を。機構などではなく人間として生きられるように。

 ニアに約束したハッピーエンドを。ソーマタージが懸念したような事態になどさせない。
 アキレスとの別れも意義と意味のあるものだったことにするために。

(どうにも、いけないな――)

 穏やかで希望のある世界。イムカ・ラヴィニス・ヴァール・ウル・グリムナーが夢見た事すら無かった日常。
 膝の上には大切なニュクス。ついでに頼りなく情けないが愛しくもあるジョシュア。

(すまない)

 だからこそ、ありえないくらいに幸せだからこそ心臓がじくじくと痛みを覚える。
 ラヴィニスは膝に乗せたそっとニュクスを撫でる。愛しく心地よい髪に、自分に似ているようで表情豊かなその顔に。

 そして彼女の目を塞ぐように。きっと、今の自分の顔は見られたものではない。

(すまない)

 後悔は無い。再度、同じ選択が迫られたなら躊躇うことなく同じ選択をするだろう。出来得る限りの最善を選んだ。間違いなく。
 それでも…同じ過ちを犯したというのに『ラヴィニス』はこうして暖かな希望を甘受している。

 なのに『イムカ』は恨み言一つ零すことなく、ジョシュアにも後腐れの無い決着を与えてくれた。

(至らなくて、本当にすまない)

 謝罪すらも傲慢でしかない事は理解している。全て解っていた。イムカとオメガの真なる決着も計算済みだった。
 それゆえに、この罪は癒せない。ラヴィニスは咎人として何よりも大切な二人を護る。
 そのためにはラヴィニス自身も罪に溺れたままではいけない。困難なミッションだが、やってみせる。


 ――ニュクスとジョシュア、二人と共にあるならばやれるはずだ。


 愛娘の髪に優しく指を絡めながら、ラヴィニスは一筋の涙を零すのだった。

621イムカ・グリムナー【最善への希求:2023/01/21(土) 00:07:13 ID:???



 ────────
 ────
 ──

■2033年:マサチューセッツ州ボストン/深夜

「………」

 慌ただしく激しい一日が終わろうとしている。オメガとの暗闘も遂には決着し、既にカノッサ機関も動いている。
 オメガ・インフェリオリティの悪しき遺産も、カノッサ機関と幾人かの越境者がしかるべき決着をつけるだろう。
 ゆえにそのロードマップを敷いたイムカ自身の役割は、もうさほど残ってはいない。

「………」

 おそらく、今のイムカを仲間達が見たならば本人だと解るかすら疑問だ。
 表情は無機質でなく無気力そのもの、意識も全く思考という行為を行っていない。
 ただフラフラと、サーボスカルを侍らすこともなく、無目的に歩いているだけだった。

「………」

 だが、足取りは慣れている。何度、気恥ずかしさに浮かれてこの道を通っただろうか。
 バーボンのロックを飲ませた時も、無重力ルームに三人で行った時も、車両を爆走させた時も、


「本当は解っていた。何時までも続けられない事は…」


 小さな、誰も聞き取れない程の小さな声量。誰にも向けていない。自分にすら向けていない懺悔にも似た独白。


「決断すれば壊れることも解っていた。だから、ずっと続けたかった。幸せだったから」


 だから、保留してしまった。致命的な破綻の予感に気付かぬフリをして、布石を打つばかりで、決断を怠った。
 その怠慢の咎は、罪は、当然の如くイムカに代償を求め、しかるべき報いを与えた。
 ニュクスとジョシュアを護り切ったのは『ラヴィニス』だ。自分には何ひとつの功も無い。失うのも当然だ。

「あっ…」

 信じられないほど腑抜けた声が口から洩れた。ボストンのセーフハウス。通い慣れた家。自然と向かっていたのだろうか――




『うひゃ、ひっでえ!水、冷てッ!』『ママ、虹が出てるよ!』

 無遠慮に降り注ぐ太陽の光。スプリングラーは勢いよく回ってジョシュアはあっという間に水浸しだ。
 さらにニュクスまでが、自分から水の方に飛び込んで、濡れながら朗らかに笑っている。

「………」

 手で覆いをつくりながら、立ち尽くしてジョシュアとニュクスの様子を見ているイムカ。
 たかが水が出ている程度で大はしゃぎする二人。まったく何がそんなに楽しいのやら、だ。

「―――」

 二人が笑いながらこちらを振り向く姿にイムカも思わず笑みを洩らし手を伸ばそうと――
  ――――映像ファイルを停止するように、突然に消える二人。太陽など昇っていない。空には蒼月だけだ。


「ああ…」




 目を見開いて息を洩らす。幻視も去った。誰も居ない。すれ違う人影すらも。


「―――」


 腕を降ろし、視線を落として芝生を見つめていたイムカは、やがて泣きそうな笑みで瞳を閉じて顔を上げる。
 瞼の裏に僅かに見えるのは冷たくも優しい月光。淡い光を浴びながら、イムカはそれでも過ぎ去った沢山の思い出に感謝した。


「私に暖かな日々をありがとう」


 Additional Memories - LAST CHAPTER Imca/Ravness fin

6222/4『あなたの声』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/24(火) 21:32:45 ID:???
【LAST CHAPTER 2/4 「あなたの声」】

6232/4『あなたの声』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/24(火) 21:33:18 ID:???
統合された世界、破滅の未来からの帰還を果たしたアキレス達。
"あの日"を切っ掛けに起こった破滅は、まるで現実とも思えぬ程に影も形もなく。
何もかもが巻き戻ったように平時へと戻った世界は、今日もまたシステマティックに廻っていた。

そして戸惑いを混じえながらも日常へと戻りつつあったアキレスのもとへ、ある日一通のメッセージが届く。
差出人は共に過去と未来の世界を渡り歩いた越境者、エルミス・コンツァイアエッティであった────

【魔法世界エリュシオン:王都エリシウム郊外】

「来たな、アキレス……どこまで記憶が残っているか知らんが、俺の事は覚えているな?」
「お前にはある作戦に参加して貰いたい」

剣と魔法が跋扈するファンタジー世界に似合わない無骨な兵員輸送車が、ブレーキを鳴らし待ち合わせ場所に停まる。
後部のハッチを開けたのはストライプスーツの男、エルミス。彼はアキレスへ短い挨拶を交わすと、手を差し出して乗る様に促す。
本来であれば兵士たちが詰め込まれる輸送スペースは、10人は座れるほどに広い。駄賃がわりに飲料の缶とタブレット端末を投げ渡すエルミス。

「この作戦は本来、俺が指揮を執る筈だったが……結末は知っての通り悲惨なものだった」
「ハイプリエステス暗殺作戦……お前が居合わせなかった運命の分かれ道だ」

失われた歴史において今日は何があった日かと言えば、エルミス率いる越境者部隊がハイプリエステスを抹殺したその日だった。
オメガからの指示だったとは言え、仲間殺しという咎を越境者に負わせてしまった罪を、エルミスが忘れる訳もない。

「イムカ嬢とソーマタージはこの事を知らない様子だった。つまり……俺達二人だけが、更に前の時間へと飛ばされたらしい」
「ニュクスは……やり残したことをやってこいと言いたいのだろう」

本来過去へと飛ばされた時間軸よりも数週間ほど前に、エルミスとアキレスの二人は飛ばされていた。
エルミスは未来に関する記憶は割と鮮明に残っているようだが、アキレスはどうだろうか?
少なくとも未来において覚醒した究極の能力は、復活した世界の修正力によって消えてしまっているようだが。

「今回の作戦にはゲストも呼んである……噂をすれば来たようだ」

アキレスの言葉を聞くよりも先に、エルミスは第二の待ち人の到来に気付きアキレスの肩越しに軽く挨拶を交わす。
開きっぱなしのハッチから、おずおずと顔を出した少女……橙色の髪とエメラルドの瞳。

「失礼します……わ、アキレス……久しぶりだねっ!」
「ベティも元気だった?」

ミスカ・リーゼロッテ・エリッタ。年のわりに小さな身体に、生身の左腕。
時が巻き戻った世界では彼女は一つの傷も負うことなく生きている。
アキレスの顔を見て嬉しそうに表情を明るく変えて、たっと駆け寄るだろう。
ベティの甲羅を柔らかな掌が撫でる。連れていた小鳥……もとい不死鳥のジョナもまた、嬉しそうにベティの甲羅を突いた。

「…………どうかしたの?」

こちらを向いて首を傾げるミスカは、いつもと何ら変わらない……穏やかな微笑みを浮かべている。
この少女がハイプリエステスと成り果てる程に殺伐とした歴史を……アキレスは生き延びたのだ。

624かぶり ◆qg2zP.O3iQ:2023/01/25(水) 00:56:14 ID:???
戸惑いの中で巻き戻った平穏の中 アキレスはあの世界で処分されてしまった皆と再会を果たす
その時の取り乱し様は見る者が頭の病院を進めるほどであったという

それも落ち着いたころ アキレスは芸術活動を再開する
あの世界に残ることを選択した仲間たち 閉ざされた世界でもなお自分の名が轟くほどに 自分の絵を広げんが為

スプレー缶をひっさげ 治安維持部隊に追いかけられ それに愉悦とほんの少しの寂しさを覚えながら逃げ 描き続けた

・・・そんなアキレスの元にメッセージが届く・・・

【場面転換】
アキレス「・・・あぁ 久しぶり」
―――ギィ!!

メッセージの内容から 彼もまた あの時の記憶があると思っていたが やはりだ
投げ渡された缶とタブレットを受け取り タブレットはベティに持ってもらう

―――ギィ!!
ベティちゃんは何かゲームが入ってないかと タブレットを弄り始めた

アキレス「………」
そう 自分が居合わせなかった事件 手傷を負ったハイプリエステスの殺害
あの時のことはロイから聞いた α-12のブレードに貫かれ 谷底に落とされたんだった

アキレス「あぁ だからオッサンには今回 この依頼を辞退してもらった」

〜場面変わって 狭間のスクラップヤード〜
ジョージ「随分と大量ですね これ全部注文分で?」
ロイ「あぁ 全く千客万来たぁこのことだ 忙しすぎて荒事はご無沙汰よ」

なぜか最近スプロールで自分の密造酒の需要が急増したのだ 現地世界の醸造所だけでは足りず
狭間のスクラップヤードの施設もフル稼働しての酒造り おかげで割りのよさそうな仕事・・・あの時のハイプリエステス関連に関しては眼を通す以前に認知すらできていなかった

〜場面転換終わり〜

アキレス「大丈夫 おっさんから聞いた言葉は覚えているし あの時のことも忘れてない・・・忘れられないよ・・・」

そう 覚えているのは死に物狂いの越境の時 足を取られたミスカ 伸ばした手は届かなくて ジョシュアがやっとのことでつかんだ手
手が・・・手だけがそこにあって・・・彼女はハイプリエステスを名乗って・・・

たくさんのハイプリエステスに会ってきた気がする 満身創痍だったハイプリエステスは あの時自分の手を握っていてくれと言っていたのを思い出す

・・・・・・
・・・・
・・


いけない 思考が巡り 気分が落ち込む 考えを振り切るかのようにかぶりを振った・・・その時飛び込んできた声 懐かしき声に顔を向けた

アキレス「・・・・・・・・・ミス・・・か・・・・・・・・・・っあ・・・・・あ゛ぁ・・・ぁ・・・あ あああ・・・!」

久しぶりとほほ笑むその少女の言葉 涙が堰を切ったかのようにあふれ出し 思考が追い付かぬままに駆け寄る
制止が無ければその勢いのまま抱き着いてしまうだろう

―――ギィ!! ギィ!!
ベティもまた 嘗ての親友 不死鳥のジョナとの再会を喜ぶかのようにハサミを振り上げる

6252/4『あなたの声』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/28(土) 21:12:51 ID:???
>>624
「わっ……!」
「なになに、どうしたの…………!?」

少し慌てるそぶりを見せたものの、抱き着いたアキレスを止めることも咎める事も無く。
ミスカはただ受けいれ、泣きじゃくる彼の背中にゆっくりと腕を回すだけだった。
車内には彼の嗚咽だけが響き、ジョナはベティの甲羅の上で不思議そうにその光景を眺めているだろう。

「……何かあった?」

「…………」

彼が落ち着くまでその背中を撫でながら、ミスカは優しく問いかけるだろう。
まるで慈母のようなその声色は、しかし彼の辛い過去を詮索するような意図は微塵も含まれていない。
気を遣ってかしばらく黙っていたエルミスだったが、やがて運転席に続くドアを拳で叩いて発車を促す。
低いディーゼルエンジンの音色が響き、輸送車はゆったりと発進するだろう。

「今回は俺たちの記憶よりもカノッサ陣営の支援が色濃い。C.T.S.Sだけでなく多方面から戦力が投入されているようだ」

エルミスはタブレットに表示された情報をアキレスとミスカに見せながらそう呟いた。
彼は作戦を降りたが、この時代のオメガにはまだ内通者であると気付かれていない。
その為作戦情報や展開されている戦力などをある程度知ることは出来る。
数名の越境者が辞退した為、その穴埋めとして用意された戦力は、よりカノッサに近い。

「記憶?記憶って何の話ですか?」
「ひょっとして……ガブリエラ教皇と話していた内容って……この事でしょうか」

エルミスの発した言葉に違和感を覚えたミスカがすかさず追求する。
そういえばエルミスがミスカを借りる為にガブリエラにこの作戦の阻止を進言した際にも、同じような言葉を聞いていたと。

初めは気が弱くおっとりしていた少女が、今ではいっぱしの越境者らしい気概が身に付いているものだ。
仮にもエリシウムの騎士団長の一人を任される立場である以上、当然といえば当然であるのだが。

しかしミスカが答えを聞く事はなく、すぐに響く轟音と地鳴りに輸送車の窓に張り付いて外を眺めた。
森が燃えている。空には数機のSCRAMBLER/HORNETが飛行し、何者かに向けて機銃掃射を行なっていた。
エルミスはこの先の出来事を知っている。掃射で深手を負ったハイプリエステスは、越境者の手により敗北する────

「口で説明するより会った方が早いだろう…………チッ、思ったよりも戦局の展開が早い」
「行くぞ……時間はもう残されていない」

装甲車を止めてハッチから降りれば、カノッサチームが山狩りを開始する前に森の中へと駆けてゆく。
あの時ハイプリエステスは渓谷の方へと向かった。真っ直ぐ渓谷へ向かえば先に彼女を見つけられる筈だ。

626かぶり ◆qg2zP.O3iQ:2023/01/28(土) 21:44:22 ID:???
>>625
「ミスカ・・・が・・・・・ぁ・・・・・・ハァ・・・ッぁ‥‥ッ・・・ミスカが・・・!」

優しく問いかけるミスカであったが 言葉は嗚咽と混じりつっかえて出てこない

――—ギィ!!
ベティは今は許してやってほしいと 彼女のボディーガードであるジョナにハサミを振り上げていた

〜それからどうした〜
―――ギィ!!
アキレス「ありがと・・・ちょっと・・・色々ありすぎて・・・」

ベティがポケットティッシュを差し出す アキレスは色々とみるに堪えない顔を拭い それだけを告げた
エルミスの話では ロイやこの場にいない皆を補完するように戦力のお代わりを頂いたらしい
それゆえだろう 過去と今とで乖離が起き始め ハイプリエステスは早速ピンチかもしれないというのだ

アキレス「大丈夫・・・絶対に大丈夫・・・! ベティ 一発頼む!!」
―――ギィ!!

ベティはアキレスの背中に登り 闘魂注入ドタマ目掛けてクラブハンマー!!

アキレス「ッシャア!! 矢でも鉄砲でもどんとこいや!! ・・・んであの機銃をどうにかすりゃええのん?」
―――ギィ・・・

気合が入った直後に間の抜けた質問 これにはベティちゃんも苦笑いであった

6272/4『あなたの声』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/29(日) 22:10:55 ID:???
>>626
「ふふ…………すっかり元気になったね、アキレス?」
「────私の知らない間に、なんだか少し大人になっちゃったなぁ……」

ベティの一喝にすっかり調子を取り戻した様子のアキレス。やや空回り気味のやる気にミスカは苦笑を漏らす。
今日のアキレスは何処かミスカの知らない一面を覗かせていたが、ようやく元の彼に戻ったようだと。

しかし元気よく輸送車から飛び出していくその背中を眺めながら、ミスカは確かに彼の変化を感じ取っていた。
少し寂しそうな笑顔を両手でぱしぱしと叩き、気を取り直して彼等の後に着いてゆく。

「いや、スクランブラーに直接攻撃する必要は無い、奴は────」

気合十分なアキレスであったが、エルミスはスクランブラーへの攻撃は必要ないと告げた。
大型のスクランブラーは異能妨害装置を搭載しており、しかも相手は空中のガンシップである。
デモンレッグで空中に飛び出したとしても、返り討ちを喰らうリスクが大きい。アキレスをそんな相手と戦わせる訳にはいかない。
それにエルミスの記憶が正しければ、スクランブラーはそう長く戦場に居座ることはないだろう。
と、そこへエルミスの握っていた無線機から通信が流れる。

『制圧射撃完了、グッドエフェクト。ハイプリエステスによる攻撃を受けたが損傷は軽微』
『…………フューエル・ビンゴだ、1-1は帰投する』

それはスクランブラーのパイロットによる状況報告だった。
ハイプリエステスが身を隠す森林への機銃及び無誘導ロケットによる掃射はすでに完了している。
今のスクランブラーは搭載する火器の殆どを使い切り、燃料も基地への帰還分を残して消費しきっている状態。
兵器というのは正しく運用してこそ最大の効力を発揮するものだ。近接航空支援が不可能となった今、役目は果たされていた。
ヴヴヴヴ、とまるで雀蜂が羽ばたくようなプラズマエンジンの音を轟かせ、スクランブラー・ホーネットは戦場より離脱するだろう。

「空からの支援は暫く無い筈だ、今のうちに彼女を助けるぞ」

当面の脅威は去ったが、しかし手放しで喜べる状態ではないとエルミスは言った。
グッドエフェクトという言葉は、すなわち制圧射撃の効果はあったという事だ。
ハイプリエステスはあの時と同じように酷く負傷していると見ていいだろう。
そして追撃部隊と鉢合わせれば、無事でいる可能性は限り無く低い事は間違いない。

エルミスは記憶を頼りに先を目指す。ミスカは杖を両手で握りしめてその後を着いてゆき。
木々をかき分けて進んでいると、やがて森の奥から咳き込む声が聞こえる。
ミスカの眉がぴくりと動く。この声は……どこか自分に似ていると。

628かぶり ◆qg2zP.O3iQ:2023/01/30(月) 21:30:06 ID:???
>>627
アキレス「あれをどうにかすればいいのかと言っておいてなんだが 何とかしてくれと言われたらどうしようと思ってた」
―――ギィ!!

ダメだこりゃとハサミを振り上げるベティであった

なにはともあれ事前の情報通り ガンシップはどこぞに飛び去っていく
ならば下手な行動に出て制裁を食らう可能性は低いと見た

なにはともあれ好機だ 今のうちにハイプリエステスと接触する

走っていくうちに聞こえてくるせき込む声 確かに負傷しているらしい

急く気持ちを何とか抑えながら声のする方に向かう
――—ギィ!!

ベティちゃんの焦るな落ち着けといわんばかりにハサミを振り上げるのを横目に木々をかき分ける・・・
自分が姿を現したら 一体どんな反応をするのだろうか? そう思いながら 最後の茂みをかき分ける

6292/4『あなたの声』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/01/30(月) 23:27:07 ID:???
>>628
「あっ……アキレス、待って……!」

ベティの静止を横目に木々をかき分けて我先とばかりに飛び出すアキレスを、ミスカは静止しようと手を伸ばす。
当然と言えば当然だが、はやるアキレスの気持ちをミスカは理解できなかった。虚しく空を切る手、静止を振り切ったアキレスは一番に森を抜けて開けた場所へと辿り着いていた。

「はぁッ…………はぁ…………早いじゃないの……」

彼の目は捉えるだろう。痛々しく銃弾に脇腹を抉られてシャツを血に染めているハイプリエステスの姿を。
若い頃の彼女の姿を見るのは本当に久しぶりの事かもしれない。敵対するよりも前にエリュシオンで一度会っただけなのだから。

もう一度しっかりと見たその姿は、やはり大きくなったとはいえ……ミスカ・リーゼロッテ・エリッタの面影がある。
ハイプリエステスは出血が酷く、ぼやけた視界の中でアキレスに剣を向ける。追跡は完璧に振り切った筈だけど、と首をかしげながら。

「おかげで目が覚めたよ……泣きっ面に蜂?あはは……」
「それじゃあ、やろっか…………って、あれ……?」

続いて出てきたエルミスとミスカ。アキレスが剣を向けられているという状況にその表情は険しくなる。
エルミスはともかくミスカは完全に臨戦体制であったが、しかし先に剣を下げたのはハイプリエステスであった。

「なんで"君"が居るのかな…………ここに来ないように根回しをした筈だったんだけど」
「ああ……なるほど、彼が居れば私が戦えなくなると?」

明らかな戸惑いの表情。先ほどまでの戦線に参加していなかったアキレスが何故この場に居るのだろうかと。
エルミスの顔を見つけると、舌打ち混じりに肩をすくめ再び剣を構える。今度はアキレスではなくエルミスへと。
アキレスをダシに何かしようとするのは考え直した方がいいと言外に告げて。

630かぶり ◆qg2zP.O3iQ:2023/02/01(水) 22:22:29 ID:???
臨戦態勢のミスカに対し 視線と共に手をかざして攻撃しないよう合図を送る
そして歩き出した ハイプリエステスへと

その道中リボルバーを取り出す・・・捨てる
ショットガンを取り出す・・・ガンベルトごと捨てる
特殊警棒を取りだす・・・捨てる

ありとあらゆる武器を捨て

アキレス「ベティ 救急箱」
―――ギィ!!

ベティに合図 リュックからファーストエイドキットを取り出す なおも近づいていく
攻撃されることを厭わない・・・否 攻撃されてもいいやぐらいの勢いで近づき 傍にたどり着くならば

アキレス「大丈夫? 痛み止め飲む?」

まるで状況が分かってないかのように さも当然と言わんばかりに治療を開始するのであった

アキレス「痛かったらゴメンね おっさんみたいに上手じゃないからさ」

6312/4『あなたの声』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/02/02(木) 22:44:25 ID:???
>>630
「え……何、してるのかな……?」
「状況分かってる?ここ……一応戦場だよ」

銃を棄て、武器を棄てて。歩み寄るアキレスにハイプリエステスは呆気に取られた表情。
エルミスへ剣を向けて動かぬまま、彼が自らの元へと到達するまで動けないでいるだろう。
取り出したファーストエイドキット、特に出血の激しい腹部に止血用のガーゼと包帯が巻かれてゆく。

「俺達は戦う為にここに来た訳じゃない……」
「お前をここで殺し、グッドマンは『眼』の実権を握るつもりだ……そして、取り返しのつかない大破壊が始まる」

困惑するハイプリエステス、エルミスは剣を向けられたまま彼女へと近付いてゆく。
エルミスが知っている歴史では、ここでハイプリエステスは越境者に敗北する。
そして彼女の報復を大義名分とした総攻撃が、HEXA本社にて行われる。それが破滅へのトリガーとなっていた。
たとえ攻撃が止められなかったとしても、ここで彼女を失うわけにはいかないのだ。

「ははっ……だからって、何故HEXAに降伏しなけりゃならない?」
「断れば私の可愛いアキレスを人質にでも使うつもりかい?」

しかし派閥は違えど『眼』の指揮官である彼女もまた、その理想に恭順しカノッサ機関を憎んでいたのだ。
越境者とは敵同士でなくとも、その雇い主であるHEXAとなれば話は別である。エルミスはHEXAの最も古株だ。
近付いたエルミスの喉元に剣を突きつけ、アキレスを片腕で守るように抱き抱える動作は一瞬の事である。

「あっ……あああぁぁーー!」
「んなっ……なっ、何してるんですかぁーーーっ!!」

その言動や行動にミスカが顔を赤くしながら叫ぶのは次の瞬間である。
涙目になりながらも迸る巨大な魔力。彼女の周りの植物がザワザワと呼応し攻撃体制に入るが。
エルミスはまたもミスカに手を翳して静止し、苦々しそうにその口を開く。

「ハイプリエステス……いや、ミスカ……頼む、俺達は敵じゃない」

「えっ……エルミスさん、それってどういうこと……?」

ミスカと呼び掛けられ、ハイプリエステスの顔色が一瞬変わった。
橙の髪も、エメラルドの瞳も、その言葉にエルミスを覗き込む『ミスカ』となんら変わりはないが。
齢にして29、完全に大人として成熟したその姿を。少女は自分であると直ぐに受け入れることはできないだろう。

エルミスは剣を突きつけられながらもアキレスに視線を送る。共に時間を旅した彼にしか言えない言葉もある筈だ。
ミスカもまた戸惑うような視線をアキレスへと向けていた。答えを求めるように。
ただハイプリエステスのみが、歯を食いしばって項垂れているだけだ。

632かぶり ◆qg2zP.O3iQ:2023/02/03(金) 19:12:30 ID:???
あっけにとられ 治療を受けるハイプリエステスの言葉に耳を貸さず 黙々と治療をしていく
その間エルミスが状況説明をしてくれたよう

だがハイプリエステスはエルミスのことを信じられず 自分を担ぎ上げて臨戦態勢

―――ギィ!?
アキレス「あらやだ力持ち」

ベティは驚いたようにハサミを振り上げる アキレスは暢気なものだ ハイプリエステスの首に腕を回すのは落ちないようにするためである・・・顔が近い

アキレス「あぁ・・・えと・・・わ・・・私のために争わないd『ギィ!!』ンベッ!!」

なんとか場を和ませようと冗談を言いかけて ベティちゃんのお叱りクラブハンマーを受けるアキレスの図

アキレス「イテテテ・・・さて冗談は兎も角 聞いてハイプ・・・あぁ面倒だな・・・よし 聞いて大ミスカ」

大ミスカ→ハイプリエステス
小ミスカ→ミスカ

アキレス「耳よりな情報なんだけどさ グッドマンはもうすぐ死ぬ それだけじゃない 今回のことを裏で操ってる連中は全員死ぬか似たような状況になる
     エルミスがなんで大破壊なんて大それたことを言ったと思う? 見てきたからだ 俺たちはその大破壊後から戻ってきたんだ」

ここらでアキレスはハイプリエステスにネタ晴らしをする ミスカも理解したかもしれない 様子のオカシイ自分に

アキレス「俺だけじゃない 他にも帰ってきた仲間がいる ちょっとばかり戻る時間軸が 自分より遅いみたいだけどね
     だからこそ 全てを知ったみんなが大破壊を止めようと躍起になってくる グッドマンとやらの命も風前の灯火さ」

アキレス「だからこそ時間は俺たちの味方だ 時間がたてばたつほど俺たちの都合のいい結果となる そしてだ・・・わかるだろ?」

ニッコリと 自信に満ち溢れた笑み

アキレス「ガチ逃げした俺はちょ〜っとばっかし手ごわいんだぜ? というわけでだ・・・ちょっと俺たちと『時間稼ぎ』しちゃおうぜ
     だからさほら 剣を下げてさ 喧嘩をやめて〜二人を止めて〜♪ なんてさアハハハハハハハ・・・あれ 面白くない?」

6332/4『あなたの声』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/02/06(月) 00:13:52 ID:???
「はは…………ははは……」
「面白くない……全然面白くないよ、アキレス」

アキレスとエルミスの言葉に声を詰まらせ、崩れ落ちるハイプリエステス。
彼らは自分すら知り得ない未来のことを知っている。それにそこからの帰還者だと言い張った。

すなわち自分は本懐を果たせなかったということだ。ここで己を犠牲にメッセージを残してもHEXAの暴走を止められず。
結局世界は崩壊し、エルミスの言う大破壊が訪れる。15年前エリュシオンで経験した惨劇のように。
ハイプリエステスはアキレスを抱いていた腕を離し、力なく項垂れた。

「エルミスさん、彼女は…………」

「ああ……ハイプリエステスは、君の未来の姿だ」

そんな彼女の姿を見て、ミスカも何が起きているのか大体を察している。彼女は仲間を失い、心折れた自分の姿なのだと。
何故同じ時間に二人の自分が同時に存在しているのか、考えも及ばないが。きっとアキレスが取り乱していた理由と、何か関わりがあるのだろうから。
今はハイプリエステスの暗殺計画を止めることが先決だろう。説明はその後でエルミスからじっくりと聞けばよい。

「じゃあ、私がやってる事は……全部無駄だったんだ……」
「私もう…………戦わなくていいんだ……はは……」

絶望するハイプリエステスに、エルミスは静かに語り掛ける。

「いいや……君の戦いは無駄では無かった、確かにグッドマンの侵攻は最悪の結果を引き起こし、乱心したオメガによって世界は滅亡へと追いやられる」
「しかし、ミスカ……君が最後の切り札を我々に託してくれたおかげで、こうして我々はここに戻る事ができた」

「15年前のエリュシオンで俺達は分たれたが……それが存亡の別れ目になったんだ」
「ここが運命の分かれ道だ、一緒にこの状況を切り抜けて……グッドマンに引導を渡そう」

15年前、ミスカは越境者達と道を分つこととなった。重傷を負い、初代のハイプリエステスに助けられて。
カノッサを憎むあまり『眼』の一員として殺しの技を身に付け、そして『女教皇』の名を継いだのだ。
その足掻きは破滅を止められなかったが決して無駄ではなく、統合された世界に於いてSTに対抗する最後の手段を残すという功績を果たしている。

「……それに時間も無いようだ、女教皇狩りのお出ましという事か」

今はとにかくこの場を切り抜けることが最優先である、既にカノッサによる山狩りは終盤を迎え。
茂みをかき分けて幾人かの兵士が現れた。少女めいた外見に物々しい装備の数々。
越境者であれば見たことはあるだろう……カノッサ・テクノロジーの主戦力……C.T.S.S.である。

634かぶり ◆qg2zP.O3iQ:2023/02/07(火) 22:20:45 ID:???
>>633
アキレス「ミスカ お願い聞いてミスカ」

崩れ落ちたハイプリエステスの正面に回り その肩を掴む

アキレス「まだ無駄になってない 俺たちは無駄になった世界から戻ってきたけど 『まだ』無駄になってない
     まらやり直せる まだ間に合う だから・・・お願いミスカ 立ってくれ」

アキレス「大丈夫 何とかなるから 俺とかみんながどうにかするから」

だが時間は有限であり ここで後続に追いつかれてしまう
CTSS・・・α-12の仲間たち ここでα-12がいれば少しは話が通じたのであろうが ないものねだりである

だからこそ自分が奮い立たねばならない カノテク主力がなんぼのもの 決断的に腰のショットガンに手・・・

アキレス「・・・・・・」

ショットガンに手を・・・

アキレス「・・・・・・」

視界の先に見えたのは 先ほど捨て去った武器の数々

アキレス「・・・・・・・すぅ〜」

息を吸って〜

アキレス「デモンレッグ」

脚から青き霧を放出し ハイプリエステスをお姫様だっこして脱兎重点!!

アキレス「ウハハハハハハハハば〜かこ〜こま〜でお〜いで〜!!!!」
―――ギィ★

出来ることが逃げることであるならば 自分はただ逃げるだけである
ベティちゃんも煽るようにハサミを振り上げるのであった

6352/4『あなたの声』 ◆4J0Z/LKX/o:2023/02/15(水) 20:14:10 ID:???
>>634
「──────ドーモ、C.T.S.S.クローントルーパーα-03です」

現れた兵士達の足並みは完璧に揃い、その統率力の高さが窺える。先頭に立つ指揮官(コマンダー)が拳を振り上げると、兵士達は一斉に銃を構えて止まった。
一見して脆弱に見える少女型の素体には、これまでの戦闘データが蓄積され、高度に統合されている。
カノッサ・テクノロジー・セキュリティ・サービス。クローン技術によって半無尽蔵の兵力を有するカノッサ機関の尖兵である。

「……奴はただのクローンじゃない、厄介だぞ」

「あっ……待って!」

ゼロスリーと名乗った兵士を見てエルミスは眼を細める、その名乗りには聞き覚えがあった。
かつて只のクローン・インファントリーとC.T.S.S.を一蹴したエルミスに、その有能さを見せ付けた個体だ。
武装を無くし我先にと逃げ出したアキレスに抱かれたまま茫然自失としていた彼女は、ふと我に帰ると静止を求める。だが既にデモンレッグは宙を舞う。
木々を飛び移って森の上空に飛び出したアキレスを迎えるのは、ガンシップのプラズマエンジンの羽音……先程帰投した筈のSCRAMBLER/HORNETである。

「なんで、さっき戻ったはずなのに……!!」

「私の進言です、越境者はこのコントラクトを次々に断っていった……まるで示し合わせたかのように」
「故に、邪魔が入ることを予測するのは……当然の事」

(セフィロトを……魔力が…………間に合わない……!)

戸惑うハイプリエステスに平然と言い放つα-03。正確には、2機目のガンシップを投入したのだ。燃料満タン、銃火器の弾も有り余った状態の雀蜂を。
そして旧世代のスクランブラーにはその名の通り異能を阻害する装置が搭載されている。近付けば近付くほどにアキレスの力は弱まってゆくだろう。
二基の機銃が空中のハイプリエステスとアキレスを捉える。回転し始める銃身を見て背筋に悪寒が走る女教皇。
傷が深く、今からでは攻撃魔法は間に合わない。どうしようもない。心の中でアキレスに謝りながら両目を瞑ったその時である。

「呼ばれて飛び出て…………え、呼んでまセンでシタ?」
「ともかく、アービターズでとびっきりの美少女戦士、キューティーAllieのご登場デス」

雀蜂の背中に何かが降り立ち、その巨体が傾く。まるで鐘を鳴らすかのような金属音が重く響く。
凹んだ装甲の上、立ち上がったのは未来に残った筈の人型兵器……SCRAMBLER/TACTICであった。
それは越境者の知っている個体である。トンチキな言動、桁違いの出力……A-07 Allie(アリー)である。

「フム……旧式SCRAMBLER……やっぱり図体はデカいデスね」
「しかし我々S/Tと何方が優れているか……ほぼ全ての戦力が我々に置き換えらレタ事実を見れば明らか……デス!!」

唖然とした表情のハイプリエステスであったが、すぐにアキレスを抱き抱えて近くの木に降り立つだろう。
アキレスと共に地面へと滑り降り、クローントルーパーに囲まれたミスカとエルミスの居る戦列へと戻る。
ここで自分だけが逃げても二人が無事で済むとは限らない。とりあえずこの状況を脱するまでは……心折れてなど居られないだろう。

「こんなモンですかね……んじゃ、またいつか会いまショウ?」

一方でアリーは首の稼働部をポキポキと鳴らし、手刀を唸らせてその排熱口に手を突き刺せば、エンジンへと向けて直接ブラスターを幾度か発射した。
急所を抉られ煙を噴いて回転し、落ちていく雀蜂。まるでクジラの背に乗ってサーフィンでもするかのように悠然とその上に立つ支配機兵は。
背中から越境者達に投げキッスを放つと、そのまま雀蜂と共に崖の反対側へと墜落して爆炎の中に消える。

「命拾いしたね……アキレス、私の剣を使って」
「この子たちはここでカタを付けるしかないようだ…………クロ!!」

自らの持つ双剣の片割れをアキレスへと預け、ハイプリエステスは眷属であるシャドークローを召喚してクローン兵の方へと突っ込んでゆく。
そして残されたアキレスの背中に小さな張り手が叩きつけられる。振り向けば膨れっ面のミスカ。
アキレスの落とした武器を拾ってきてくれたようで、それを押し付けると前線へと走り出そうとし。

「……さっきの事、じっくり説明して貰いたい所だけど」
「私相手っていうのもあるから、今回は見逃してあげるね?」

「色男は辛いな……せいぜい殺されないようにしろよ」

もう一度振り返ってアキレスをジト目で睨みつけると、魔法で草木を操りながら戦場へと戻っていった。
最後にエルミスに追い越し際に軽く茶化されると、今度こそ彼は一人戦場の端に残されることになるだろう。
一人っきり。あの時と同じ……しかし今は取りこぼした命が、未来が、手の届く所に……目の前にある。

636かぶり ◆qg2zP.O3iQ:2023/02/18(土) 21:07:39 ID:???
>>635
アキレス「実力でトゥエルブ以下の輩の名前なんぞ知らんわ」

エルミスの忠告にはそう答え 制止の声を聞き逃して逃亡・・・しようとしたところに例のガンシップ
異能阻害装置により脚力が人のそれに戻っていくのを感じる

さしものアキレスも動揺は抑えられず ベティがその身を晒してどうにか2人を生かそうとアキレスの頭上に登った・・・その時である

アキレス「え? あれ・・・おま・・・えっ…? なんでいんの?」
―――ギィ!!

あっけにとられるアキレス ハイプリエステスに抱きかかえられてただいまである

アキレス「・・・・・・・・・・タダイマ」
―――ギィ!!

なんかばつの悪そうな顔のアキレス ベティちゃんはしっかりしろ!とクラブハンマー

アキレス「ありがとねー・・・って あの・・・やっぱり戦わなきゃだめ? デスヨネーっていテェ!?」

ハイプリエステスは双剣の片割れを差し出してくる そして背中を張り飛ばされて視線を向ければそこにはお怒りミスカ

アキレス「・・・・・・・いざという時には助けてねベティ」
―――ギィ!!

なんとも情けない援護要請に 絶対にノゥ!!と言わんばかりのベティであった

アキレス「なんだかんだ剣には妙な縁があるなぁ・・・」

確か魔王討伐軍遠征だったか? 魔王に最後の一撃を与えたのも自分で その時も聖剣を手にしていた
あれからロイに稽古してもらったりもしたが 結局 剣の扱いはへたっぴのままであった

アキレス「・・・えぇいアキレス男を見せろ!! ベティ行くぞ!!デモンレッグ!!」
―――ギィ!!

ここでしょげていても埒が明かない 雀蜂が落ちたことで異能も回復したことだろう
再び青き霧を纏い 鮮烈に突撃するアキレスであった

6372/4『あなたの声』:2023/09/23(土) 01:46:18 ID:???
>>636
「雀蜂が墜ちた…………?フム、とんだ邪魔が入ったものですが……我々の戦術的優位に揺るぎはありません」

突如として現れた未来からの乱入者に眉を顰めつつも、これしきのイレギュラーで作戦が崩れる事はないと自信満々に言い放つ。
元々外様のHEXAに関してはそれほど信頼を置いてはいなかった。もとよりこの『眼』討伐作戦はカノッサ主導ものだ。
戦力供与とは言いつつも、投入戦力の規模はHEXAよりもC.T.S.S.の方が上回るだろう。
両者一歩も引かず、ついに互いの間合いの中で戦闘が始まった──────!

──────────────────
────────────
──────

「──────そこで私は銃を引き抜き、複数人の越境者を相手に大立ち回りを見せつけたのです」
「残念ながら決着こそ付きませんでしたが……その実力を買われ、こうして治安維持の立役者に抜擢されたという事ですね、ウン」

戦いを終えてもなお、a-03の雄弁な語り口調は衰えることを知らない。
少々自信過剰な気もするが、それでも通常のクローン兵の常識を覆すほどに彼女は強かった。
しかしそれを語るのは瘴気の溢れる崖際の戦場ではなく、ランタンと白熱級の明かりが照らす木造の酒場の中である。

──────6か月後、狭間のスクラップヤード──────

a-03はスクラップヤードにも顔を出すようになっていた。まだバロウズに仕えているのか、それともフリーランスで行動しているのかは謎であるが。
元々がコントラクトありきの執行部隊である以上、一度敵対したとしても特別怨恨のようなものは抱かない性分であるのかもしれない。
そして酒場の老人たちに己の武勇を口伝するa-03の姿を遠巻きに見守っているのは……ミスカ達である。

「かなり私たちが勝ってた気がするけどねぇ〜……」
「ですよね、”未来の私”さん?」

彼女らもまたHEXA部隊やa-03らを撤退へと追い込み、生き残った。あり得なかったはずの未来を勝ち取ったのである。
ハチミツエードで満たされたジョッキを両手で抱えながら笑う姿は、教皇ガブリエラに仕える騎士団長や、エリシウム魔法大学の研究員としての側面があるとは思えない。
アキレスの隣に腰かけたまま、彼を挟んで反対側に座る橙の髪の女へと声をかける。

「私の事は”ハイプリエステス”でいいって言ったのを忘れたのかい、ミスカ?」

彼女は小さな自分から「私」と呼ばれるのを訂正する。彼女はミスカとしてではなく、”ハイプリエステス”として生きるという選択をした。
HEXA本社襲撃の日、彼女はやり残していた最後の仕事を、ジョシュアと共同でオムニとグッドマンの同時多発的な暗殺を成功させたのである。
今ではかつての圧倒的な強さはなく、内臓の損傷によって長時間の運動は出来なくなってしまったが。気分は晴れ晴れとして表情もとても穏やかになった。

「…………あれから半年も経つのか……だけど、まだ帰ってきた実感がないよ」
「こうして、キミの隣に」

薄布のチュニックから伸びた細い腕がアキレスの膝に触れる。
女教皇として戦場に出ていた際、闇夜に紛れるような色の革コートの下にはこんな傷だらけの体が隠されていたのだ。
一体どれだけの研鑽を重ねたのだろうか、きっと血の滲むような努力だったに違いない。
だがそうやって得た強さを失ってもなお、有り余る幸せがこの未来にはあった。

638かぶり ◆qg2zP.O3iQ:2023/09/25(月) 21:48:44 ID:???
アキレス「うわぁぁぁぁぁぁん刀の錆にしてくれるぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・!!!!!!」

ハイプリエステスの双剣の片割れを振るい 敵の軍勢へと切りかかる
そこに確かに未来があると信じて 高々足が速いぐらいしか取り柄のない青年が突撃していく

・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・

老人たちがα-03の武勇伝に笑い 杯を干していく 暖かくて優しくて平和な時間

アキレス「アハハ〜そうだね〜」

勝ってた気がする というミスカの言葉に 張り付けたような笑顔で答えるアキレス
注がれた酒は一ミリも減ってない

アキレス「ウフフ〜そうだね〜」
君の隣に帰ってきた というハイプリエステスの言葉に 張り付けたような笑顔で答えるアキレス
注がれた酒は一ミリも減ってない

アキレス「えへへへへ〜なんでアテクシ挟まれてるんでしょ?」
冷や汗がタラリ 誰がどう見ても垂涎の的 2人の美女にはさまれるなんて 一体前世でどれだけ徳を積んだのかと問われかねないシチュエーション
こちらを見る男衆の視線がとっても刺々しい 針の筵とはこのことだ

アキレス「オホホホホ・・・ベティ・・・助・・・タスケテ」
消え入りそうな声で相棒にヘルプを唱えるも

―――ギィ!!
ベティちゃんは常連客からナッツを頂いたから一緒に食べようと ジョナに向けてハサミを振り上げていた


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