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【場】『 大通り ―星見街道― 』
1
:
『星見町案内板』
:2016/01/25(月) 00:00:31
星見駅を南北に貫く大街道。
北部街道沿いにはデパートやショッピングセンターが立ち並び、
横道に伸びる『商店街』には昔ながらの温かみを感じられる。
---------------------------------------------------------------------------
ミ三ミz、
┌──┐ ミ三ミz、 【鵺鳴川】
│ │ ┌─┐ ミ三ミz、 ││
│ │ ┌──┘┌┘ ミ三三三三三三三三三【T名高速】三三
└┐┌┘┌─┘ ┌┘ 《 ││
┌───┘└┐│ ┌┘ 》 ☆ ││
└──┐ └┘ ┌─┘┌┐ 十 《 ││
│ ┌┘┌─┘│ 》 ┌┘│
┌┘ 【H湖】 │★│┌─┘ 【H城】 .///《//// │┌┘
└─┐ │┌┘│ △ 【商店街】 |│
━━━━┓└┐ └┘┌┘ ////《///.┏━━┿┿━━┓
┗┓└┐┌──┘ ┏━━━━━━━【星見駅】┛ ││ ┗
┗━┿┿━━━━━┛ .: : : :.》.: : :. ┌┘│
[_ _] 【歓楽街】 │┌┘
───────┘└─────┐ .: : : :.》.: :.: ││
└───┐◇ .《. ││
【遠州灘】 └───┐ .》 ││ ┌
└────┐││┌──┘
└┘└┘
★:『天文台』
☆:『星見スカイモール』
◇:『アリーナ(倉庫街)』
△:『清月館』
十:『アポロン・クリニックモール』
---------------------------------------------------------------------------
183
:
のり夫『ザ・トラッシュメン』
:2016/08/02(火) 23:44:08
諸君。僕だ。
新しい朝が来た。希望の朝だ。
早起きは三文の徳というものの、実際の三文は非常にわずかである。
寝ていた方が幸せなこともある、ということだろう。
しかし、この僕の才覚が目覚めれば三文もあれよあれよという間に六文どころか三両に変えてしまうだろう。
早朝の散歩というのは心地がいい。
なによりも人が少ない。そして、この商店街の商店のほとんどがシャッターを下ろしている。
実に素晴らしい。この道をいま僕一人だけが歩いている。
人通りはない。何をしようとバレはしない。
ぴたりと不意に立ち止まってみる。
後ろを振り返れば暗い空。前を見れば上る太陽が見える。
我が身を包む甚平や草履は否応なく僕という存在をここに溶け込ませ
同時に僕という存在を浮き彫りにしていく。
寂しき街にただ一人、僕だけが生きている。
ふふ、まるでよき時代の文士のような知性を感じさせる僕だ。
一味違う。
184
:
小石川文子『スーサイド・ライフ』
:2016/08/03(水) 20:56:43
>>183
同じ時間、同じ場所――それは全くの偶然だった。
古き良き時代の文士を思わせるいでたちの少年。
彼の正面から、喪服姿の女が静かに歩いてくる。
彼と同じく、この清々しい空気を吸うために、朝の散歩に出てきたのだ。
辺りには、他に人がいる気配はない。
「――おはようございます……」
すれ違いざまに挨拶し、軽く会釈する。
その表情は人当たりが良く、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
しかし、決して陰のない明るさではなく、どこか物悲しさを含んだ顔でもあった。
その姿を見てどう感じるかは見る人次第だろう。
ともかく、黒衣の女は少年の横を通り過ぎていく――。
フワリ……
白い薄布が宙を舞う。
それはハンカチのようだった。
どうやら女性が落としたものらしい。
そして、彼女は立ち止まる気配がない。
それを落としたことに気付いていないらしかった。
185
:
のり夫『ザ・トラッシュメン』
:2016/08/03(水) 23:37:12
>>184
おや、と僕は眉を上げる。
このような時間に人と出会うとは。
しかも美しい女性である。
「あ、ああ……お、はよう……ございます」
僕は一瞬、心臓がびくりとするのを感じた。
どこかほの暗さを感じさせるあの表情。
薄幸の令嬢、といった風情だ。
ほんの一瞬、その顔に見惚れていたのだと気付くのに時間はかからなかった。
しかし、恋に落ちたわけでは断じてない。
僕には心に決めた相手がいたはずである。
「あ」
ハンカチだ。
恐らくあの女性の落としたものだろう。
「すいません」
僕はそれを拾い上げる。
そして、彼女に声をかける。
「落とされましたよ」
186
:
小石川文子『スーサイド・ライフ』
:2016/08/04(木) 00:18:21
>>185
「あ……。ご親切に、どうもありがとうございます」
柔らかい笑みと共に、おもむろに手を伸ばしてハンカチを受け取る。
その左手の薬指には指輪がはまっているのが見えたかもしれない。
恋に落ちた――という訳ではないものの、目の前に立つ少年の礼儀正しさには、素直に好感を覚えた。
そして、少年と同じく、自分にも心に決めた相手がいた。
お互いにそれを知ることはないが、奇妙な一致だった。
「――気持ちのいい朝ね……。散歩しているの?」
なんとなく、少し話してみたい気持ちがあった。
同じ時間に同じ場所に二人きり。
それは、ただの偶然かもしれない。
でも、何かある種の繋がりようなものを感じていた。
だから、何気ない調子で話しかけた。
「違っていたらごめんなさい。私も散歩するのが好きだから……」
ヒュオオオオオ……
その時、一陣の風が通りを吹き抜けていく。
帽子が飛ばないように右手で押さえながら尋ねる。
その右手には、左手と同じ場所に同じ指輪がはまっていた。
それに気付くかもしれないし気付かないかもしれない。
気付いたとして、何かが分かるかもしれないし分からないかもしれない。
全ては、のり夫少年次第だろう。
187
:
のり夫『ザ・トラッシュメン』
:2016/08/04(木) 00:39:12
>>186
「……いえ、別に。当然のことです」
てらいなく僕は答えた。
この自然な対応、紳士性があふれてきている。
ただの知性派というだけではないのだ。
ちらりと見える指輪。
僕は心の中で何かがしぼんでいくのを感じる。
いや、これはなにかの気の迷いだ。
それに僕と彼女は今日この時初めて会った仲。
なにも気にすることはない。
「えぇ、散歩ですよ。私は」
「いえ、私もかな。ふふふ」
気持ちのいい風が吹く。
右手にも、指輪?
どういうことであろうか? 左手のそれの意味は知っている。
それぞれの指でなんらかの意味があったはずだが、そういう類ではないだろう。
洒落っ気を出すにしても、同じものをはめるのだろうか。
……僕は、考えるのをやめた。
「申し遅れました、私は卜部のり夫」
「よくこの時間に散歩を?」
188
:
小石川文子『スーサイド・ライフ』
:2016/08/04(木) 01:15:44
>>187
「ご丁寧にどうも……。私は小石川文子といいます。はじめまして、卜部さん」
深々とお辞儀をしながら、お返しに自身の名前を答える。
とても爽やかな気分だった。
この少年に、どこか自分と近い陰の部分を感じたせいもあるかもしれない。
もちろん明確な根拠がある訳ではない。
あくまで、そう感じたというだけの話――単なる直感だ。
「ええ。朝夕の静かな時間に散歩するのが好きなの。
この辺りには、あまり来たことがなかったけれど……」
ゆっくりと周囲を見渡す。
大勢の人々がいるはずだが、今この場には誰もいない。
不思議な感覚だった。
ややあって、その視線がのり夫少年に戻ってくる。
彼の顔を正面から見据え、さらに言葉を続ける。
「これからは、こちらの方にも来るようにしようかしら。
できれば、また会いたいから……」
そう言って再び微笑む。
少なくとも今は、ただ散歩の途中に偶然出会っただけの関係だ。
再会したとしても、挨拶を交わすだけになるかもしれない。
けれど、それでもいい。
この礼儀正しい少年には、いつかまた会いたい。
心の中でそう思い、そのまま素直に口にした。
189
:
のり夫『ザ・トラッシュメン』
:2016/08/04(木) 14:49:31
>>188
「小石川さん、ですか」
深々と頭を下げる小石川さんに恐縮してしまう。
これほどの女性はそういないだろう。
年下のそれも初めてあったものに頭を下げ、丁寧に僕の名前を呼ぶ。
礼儀礼節、そういったものを身につけているということか。
やはり、教室で見かけるあれらとは大違いである。
僕は敬意を胸に頭を下げた。
「そうですか……私はたまたま早く目が覚めたので」
「しかし、こういう時間に散歩するのも、なかなか味がある」
このような出会いがまたあるのなら、早起きも悪くは無いだろう。
三文として扱っていいのかは僕には分からないが
価値があるものということは確かだ。
「うっ……」
「そうですね。しかし、また会いたいなどと軽々しく言わぬ方が良いでしょう」
「いらぬ誤解を招きかねない」
小石川さんを少なくとも今までみた感じなら、おかしな意味は無い言葉だろう。
しかし、受け手側が分別のないものならば
誤解を招くこともあるだろう。
僕はそんなことはないが。
断じてないが。
少し、どきりとしたが。
190
:
小石川文子『スーサイド・ライフ』
:2016/08/04(木) 18:11:43
>>189
「――そうね……。気を付けるわ。ありがとう」
指摘されて、少し正直すぎたことに気付いた。
こうして人と関わっていると、訳もなく嬉しくなって、不必要なことまで口走ってしまう。
それは自分の悪い癖だ。
もっとも、傍から見れば、自傷行為の方がよほど悪癖に思えるかもしれない。
しかし、それは自分にとっては不可欠なことであり、むしろ薬となるものなのだ。
「一人暮らしだと、時々寂しくなることがあって、つい……」
「この町に来てから、まだ日が浅くて、知り合いも少ないものだから……」
右手にしている形見の指輪――左手の指先で触れて、その感触を確かめる。
亡き夫との思い出が脳裏をよぎった。
そのせいか、顔の上に落ちている影が、ほんの少しだけ濃くなったようだ。
知らず知らず暗い表情になってしまうのを隠すために、軽く俯く。
再び顔を上げた時には、表情は最初の状態を取り戻していた。
「もし、気を悪くしたのなら、ごめんなさいね」
この町に来たのは、新たな人生を歩むと決めたからだった。
死に別れた彼の遺言に報いるために生き続ける。
そのためにも、悲痛な顔をして生きるよりは、できるだけ笑っていたいと思う。
けれど、その微笑には消せない陰が纏わりついていて、本当に明るい笑顔にはならない。
きっと――今もそんな顔をしているのだろう。
それでも構わない。
暗い影に覆い尽くされなければいい。
胸の中にある光を忘れなければいいのだから。
だからこそ、今この時は、自分にできる精一杯の笑顔を、眼前の少年に向けているのだ。
191
:
のり夫『ザ・トラッシュメン』
:2016/08/04(木) 21:27:15
>>190
「あなたが謝ることではありません」
あなたほどの人が謝ることではないのだ。
あなたは優しいのだろうから、それにあなたは綺麗な人だから
いらぬことが起きそうだと、僕は思っているのです。
「これは受け手側の問題。あなたに対して、よからぬ事を企むものがいないとも限らない」
「だから……いえ、む……」
なんというべきか。
僕にはわからなかった。
あなたを安心させる言葉が見当たらない。
あなたは僕の周りに蔓延したウイルスのようなよからぬ者とは違う。
違うはずなのです。
「私はおじやいとこと暮らしていますが、独り身の寂しさを知っています」
「その感情に理解はありますから、気を悪くなど」
「天地がひっくり返ってもしませんよ」
嘘だ。一人の寂しさなど、とうの昔に忘れてしまった。
父が死に母が死ぬまでの間、僕は一人だった。
友を持たず、恋を持たず、ただ帰りを待っていたのだ。
哀しいことを教えられ、覚えるまでの猶予が伸びただけだったが。
悲しいなあ。
笑う。鏡に映したように。
あなたにそういう顔をさせてしまうのは。
おねーさんがいたらなんというだろうか。
「私がその寂しさを埋めてあげられればいいのだけれど、どうしたものか」
192
:
小石川文子『スーサイド・ライフ』
:2016/08/04(木) 23:17:54
>>191
「気遣ってくれて、ありがとう」
何となく――彼の言葉には、どこかしら嘘が交じっているような気がした。
でも、嬉しい気持ちに変わりはなかった。
そうしてまで自分を慰めようとしてくれたのだから。
きっと、彼はとても優しい人なのだろう。
この短い時間の中で、そんな思いを感じていた。
「いえ、いいのよ……。そう思ってくれただけで、私には十分だから」
そう言って、小さく首を横に振る。
同じ時間を共有し、こうして言葉を交し合えた。
それだけで、自分はささやかな幸せを感じている。
現に、少なくとも今の自分は寂しさに苛まれてはいない。
だから――それで十分なのだ。
「でも、もし……。これから町で私を見かけることがあったら――」
「その時は、また声をかけてくれると嬉しいわ」
ただ、ほんの少しだけ我侭を言うのならば、もう一度会いたい。
それはいつになるか分からないし、もう会うことはないかもしれない。
けれど、もし会えたとしたら、それは自分にとって、とても嬉しいことだから。
人との出会いは素敵なことで、それが続いていくことは、さらに素晴らしい。
そう思ったからこそ、その気持ちを言葉にした。
ガララララッ
少し離れた所から、シャッターの一つが開く音が聞こえた。
いつの間にか、思っていた以上に時間が経っていたようだ。
差し込む陽光によって、町を包む影は徐々に取り払われ、少しずつ明るさを増しつつある。
やがて、この通りも人々で賑わい始めるだろう。
また今日も、新しい一日が始まろうとしている――。
193
:
のり夫『ザ・トラッシュメン』
:2016/08/05(金) 00:17:36
>>192
「私は気遣いなど」
していない。そうであるはずだ。
きっと、きっと。
「ええ、もしまたお会い出来たら、その時はまた」
「よきことが起こることを願います」
開き始めるシャッター。
そろそろ街が動き出す。
僕の嫌いな時間が始まる。
さぁ、帰ろう。元いた場所に。
「それでは、また」
僕は歩き出す。
彼女のいない方向へ。僕が向かわなければならない場所へ。
僕はなんて惚れっぽいのだろう。
194
:
小石川文子『スーサイド・ライフ』
:2016/08/05(金) 00:50:23
>>193
「――ふふ……」
否定する少年を見て、ただ黙って微笑む。
彼の温かい心遣いは伝わっている。
だから、あえて何かを言う必要はない。
「卜部さん、あなたにも――」
「いいことがありますように」
差し込む朝日を受けて、眩しそうに目を細める。
日が高くなってきた。
今日も天気が良さそうだ。
「ええ。また……」
彼と同じように、自分の場所へ歩き出す。
けれど、どちらも同じ町に生きている。
だから、いつか再会することもできるだろう。
ふと立ち止まり、空を仰いだ。
澄んだ青空を入道雲が彩っている。
きっと、いい一日になる。
何となく、そんな予感が胸の中にあった。
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