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雑談2

426相馬:2019/02/03(日) 00:27:32
>けいさん
お疲れ様です。
お返事、ありがとうございます。

大島は1972年1月に逮捕されてますから、初公判から判決まで、2年少々ですか。
それなりに長いですが、争った事件にしては、控訴審があまりに短いですね。なぜ、こんなに短い時間で判決が出たのか。
上告審は、当時としては長く、3年近い時間がかかっていますが・・・。
当時は、一審はむしろ短く、控訴審が長くなりがちな傾向だったように思えます。
同時期に逮捕された近藤清吉、立川修二郎、小島忠夫は80年代に確定し、93年まで生き残りました。
大島の死刑執行は、80何年だったでしょうか?彼らとの運命を分けたのは控訴審の長さだったのか・・・。
そういえば、小島は上告棄却だけは、ほぼ3年7ヶ月と、当時としては(今でもか)異例の長さになっていますが
これは何なんでしょうね・・・。立川は1年半、近藤は割と長かったですが、それでも2年10か月で上告棄却されています。
彼らの棄却時は、永山第一次高裁判決の少し前なので、その影響ということは考えられないですしね。

加藤は、一審はそこそこ長く、二審は長期化裁判でしたね。そういえば、なんかの雑誌に、加藤の精神鑑定が掲載されていました。
岩川隆氏の「殺人研究会」も、ややページを割いていましたね。
確定は、78年か、79年ぐらいでしょうか?かなり長くやったのに、執行はあっさりされたイメージです。
江藤幸子もそうでしたが、精神鑑定関係で長引いた死刑囚は、狡猾な謀殺犯のようなバイタリティーがないのか。
あるいは、性犯罪の子供誘拐だということで、印象も悪かったんですかね。
黒岩は、長期化裁判で少年事件でしたが、77年に確定し、1980年より前に執行されたのでしたか?

中山は、一審は2年ぐらいでしたっけ?しかし、上告審には、加藤や黒岩よりも長い、2年8か月がかかっている・・・
70年代後半〜80年代前半の上告審期間は、今よりも気まぐれなように思えます。

垣内は、事件直後に逮捕されたのならば、9年裁判ぐらいにはなっている筈ですが、無罪主張だったのでしょうか?
大きく報道された大事件、というわけではないですよね・・・。

大金の再審がいつまで続いていたかは、お判りになりますか?
ちなみに彼は、成智英雄の「犯罪捜査記録・猟奇編」によれば、1958年4月30日に起訴とのことです。
一審に1年数か月かかっており、当時としてはかなり異例な長さですね。


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