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雑談2

201けい:2015/07/02(木) 16:07:17
>>200 insectさん
 石下慶祐は鑑定留置中です。3月23日頃から約3か月の予定でしたが、さらに7月上旬まで延長されました。間もなく結果が出ると思います。

>>199 相馬さん
 順番が前後しましたが、沖縄の死刑求刑事例、終戦直後から時系列に沿ってお伝えします。

 まず、最古のもので1948年3月、「泡瀬の強盗殺人事件」で死刑判決が出たとの報道が、後の壷屋強盗殺人事件の際にありました。この被告は最終的には無期になったようですが、事件そのものが確認できず、本当にあったのか疑問に思っています。

 最終的に恩赦になった5名は、黒人米兵殺害事件(1948年10月16日に軍裁で死刑)、「壷屋強盗殺人事件」の2名、「泊母子殺人事件」、「浦添反物商毒殺事件」です。(カギカッコ付きはWikiの各項目参照)
 なお、泊母子殺人事件では、上告審(当時は二審制)で一度差戻されているため、同じ被告が二度死刑判決を受けています。強盗殺人罪での起訴に対し、尊属殺人罪を適用したのは誤りとの判断です。
 ほかに有名なのが「嘉手納幼女強姦殺人事件」で、米兵に軍裁で死刑判決が出ています(最終的に懲役45年)。

 復帰前の死刑求刑・無期判決事例は以下3件確認しています。いずれも最終判決は不明。他にもあるかもしれません。
・1954年11月26日 無期判決 「浦添家畜商殺人事件」(Wiki)
・1967年7月24日 無期判決(宮古巡裁) 宮古島内妻母娘殺傷事件
・1969年7月17日 無期判決 浦添1万ドル毒殺強盗事件

 復帰前に起訴され、復帰後に判決があったのは、
・1971年11月1日 無期判決(コザ支部) 女子小学生殺人事件。復帰後の73年に無期確定。佐木隆三氏の『偉大なる祖国アメリカ』のモデルです。
・1972年10月31日 死刑判決 N.H。「恩納村女性行員殺人事件」。高裁で無期。

 復帰後は以下のとおり。大城以外は無期が確定しています。
・1973年9月19日 無期判決 海兵隊員の連続強盗殺傷。
・1974年3月12日 死刑判決 大城秀男。最高裁で確定。
・1974年9月4日 死刑判決 米軍属の密告者焼殺事件。高裁で無期
・1977年3月23日 無期判決 「第4次沖縄抗争」(組員3人射殺)。
・1979年3月30日 無期判決 同上。
・1988年3月23日 死刑判決(石垣支部) 石垣島の少女誘拐殺人事件。高裁で無期。裁判長は姉川博之氏、陪席に山室惠氏がいました。
・1997年10月30日 無期判決 「第6次沖縄抗争」(警察官射殺事件)。又吉建男の共犯。
・1998年3月17日 無期判決 「沖縄女子中学生強姦殺人事件」の2被告。


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