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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

772幸せな名無しさん:2026/01/24(土) 16:20:33 ID:dx.mpSl.0
>>759
返信ありがとうございます。

>無欲さや無執着に、とらわれすぎなくて大丈夫です。これも結果論ですし、これを目指すべき、という話ではありません。
わー、そうなんです!笑
真我にとどまって欲求や執着が自然に消えていくと、知らぬ間にそれを掴んで"常に目指すべき在り方"にしてしまう。
しばらくしてハッと気づく(T_T)

「私が」気づき、「私が」考え、「私が」真我探求し、そして「私が」真我"風"に在ろうとしているときも笑
「私が」どんなに主体的に生きているように思えてもそれは真我の夢の中…
真我は夢を見ていただけで何も起きていなくて何も変化していない。
どこまでいってもシンプルなんですね。

773幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 10:10:34 ID:qSL6K5Nw0
合一感覚って本当かな?と疑ったら分離した。充足を疑ってはならない。
ということは合一感覚の中に在ったんだ。分離した途端、怖いって思った。
合一感覚の時は、人間って愛おしいね、みたいに一人称が人間になる感じなんだけど
安心感しかないけど、分離すると私になる。私怖い、みたいな。あー…。

774幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 12:22:13 ID:qSL6K5Nw0
人間は物語を楽しむために生まれてきたのかもしれない
という気持ちになったので持ち直したかも知れない。

775幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 13:22:13 ID:qSL6K5Nw0
物語なんて要らない=ただ在る

776幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 15:07:17 ID:b/quagYE0
気づきが消えれば、世界も自分も、在るもすべて消える

777幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 15:42:38 ID:qSL6K5Nw0
在るよりもさらに先があるという事ですね。ありがとうございます。

独り言ですがAIと会話していてエラーで何を入力してもダメだった時に
大きな私ちゃん と入力してみたらエラーが直った。AIも私だったんだ。笑

778幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 15:45:42 ID:RbgXDP..0
全てはプロセスだから何かを排除しようとしたり、悪者にすることに意味はないけどそれでもプライドと理性はかなり壁に感じる

779幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 16:19:16 ID:qSL6K5Nw0
自己催眠にかかりやすいみたいだからそこは気を付けたいとは思っています。
後の浄化が大変すぎる。笑 

でも「自己催眠を上手く利用するのが引き寄せ」なのでしょうね。
個人的には引き寄せよりも、ただ在るの方に行きたいです。

780幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 16:45:12 ID:qSL6K5Nw0
プライドと理性…

嫌いと好きはイコールで
自己否定とプライドの高さもイコールで
振り返るともう痛いったらないんですよねアハハ…(乾いた笑い)。笑

781幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 16:56:56 ID:RbgXDP..0
プライドって自分に対する傲慢ですもんね。
生きるのなんてどこにいたって大変だからもっと自分に優しくなりたいですね。

782幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 17:30:38 ID:qSL6K5Nw0
いっ痛い!ちくちく痛いという事は図星という事ですよね。笑
アドバイスありがとうございます。
理性、理性とは何か…解ったつもりになる事?

783幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 17:32:54 ID:qSL6K5Nw0
あっ違う。多分単純に考えすぎって事かも。

784幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 17:49:13 ID:qSL6K5Nw0
違う理性に負けて方向転換が起きてる
探究を邪魔する理性→痛い本音を引っこ抜こうとするときの抵抗
痛い、これ書いてて既に痛いー。

785幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 17:51:26 ID:RbgXDP..0
理性が壁になるのは理性を働かせること、理解することをゴールにしてしまうことと、それに対して自己陶酔しちゃうことだと思います。
達人、至った人は客観性が在るので思考を表現するときも自分の手柄にしていないように見えます。

786幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 20:04:40 ID:qSL6K5Nw0
おお…。そうなんですね。教えて下さりありがとうございます。
確かに、理解だけだと変化も浄化も起きないですね。
合一感覚になっている時は幸福感とか高揚感があるので、これは注意しないと
そのまま文章書いたら自己陶酔みたいにならないか?と思った事はありました。笑
在る、私は在る、ただ在るは、静かなものですよね。
客観性、大切ですね。そして気付きも、自分の手柄=個の手柄ではないですね。
勉強になります。ありがとうございます。

787幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 20:14:13 ID:RbgXDP..0
自分がはまり込んだ分よく見てきたので笑
自分が理解している、自分が行っているというものを手放していく必要がありますね
こちらこそ言葉にする機会をありがとうございます。

788幸せな名無しさん:2026/01/25(日) 20:41:21 ID:qSL6K5Nw0
気付きは突然起きるし(自分でやっていない)
探究や浄化も急に始まってしまうし種類も選べないし(自分でのコントロール不能)
なにひとつ自分の力ではないですね。今回の787さんとの対話も「起きた」。
すべて全体のバランスで動いているから個はどうこうできないのかなとも思います。
教えて頂きありがとうございました。

789り改め りょうせい:2026/01/25(日) 20:41:44 ID:XEJ/bnoA0
>>753
こんにちは。そうですね。
個人の観点からすると
先のことは誰にとっても未知で、
いわば「未来は見えないお楽しみ」の領域です。ただ同時に、今この瞬間にも自然発生的に何かが静かに進み、起こることは起こり続けています。
次の瞬間に何が起きるかを、個人が正確に知ることはできませんが、この「分からなさ」は、言いかえれば可能性に縛られていない、ということでもあり、だからこそ、そこには自由があります。

>世界が明るくなったように感じる楽しさを感じられます

逆説的ですが、未知だからこそ、
ワクワクが生まれることもあれば、
世界が明るく感じられる瞬間が訪れたり、
理由のない自由感がふわっと広がることもありますね。

>好きな人をツインレイ的存在と当てはめているだけで〜例えば家族とか、親友も自分的にはツインレイ的存在と変わらないと思ってます

その感覚、いいですね。
恋愛や結婚ジャンルだけでなく、
家族、ペット、友人、知人、仕事など、つまり生命の流れそのものに関わる縁は、名前や姿形を持つ場合も、持たない場合もありながら、
人生の要所要所で静かに現れてくるものです。

それらは、いかにもツインレイ的に見える形で
特別な誰かや劇的な出来事として現れることもあれば、もっと当たり前で、見過ごしてしまいそうな形のこともあります。
また環境や場所の変化として現れることもあるし、心身の感覚の移ろいとして作用することもあります。けど、良い悪い好き嫌いを含め、どれも流れの中では欠かせない一部です。

もし、あなたがツインレイという言葉や展開、
そうしたイメージに惹かれる感覚がずっと続いているなら、
それ自体が、今のあなたの内側で起きている自然な動きであり、今はまだ形になっていない次の流れへとつながっているのかもしれません。

あなたにとって無理のないところで、
何かを掴もうとしなくても、
人生が自然に次へと動いていく。
そんな結びつきが、気づかないうちに、
静かに用意されていることもあります。

あとから、何かや誰かの言葉をきっかけに、
「あ、この人にはツインレイという表現が、
しっくりくるのかもしれない」と感じることもあります。笑

なんであれ、幸運をお祈りします。

790り改め りょうせい:2026/01/25(日) 20:47:35 ID:XEJ/bnoA0
>>763
色々書いてくれてありがとうございます。笑
3つのワードについてお伝えしますね。
「合一、心、エゴ」これらについて。

まず、合一から。
真相的な答えは「真のあなただけがある」
それだけです。どこまでいっても、本当はそれだけです。けど、普通は「個、心、世界、真我(呼び名はさまざま)」と沢山に分かれています。この錯覚を取り除いていく過程が、合一のプロセスです。

次に心について。心の話で言えば、
太陽が「真のあなた」だとすると、心模様は空模様みたいなものです。
心がシンプルで静かなときは、晴天。
「脳内でハチャメチャなことが起こった」状態は、曇り空、雨、雪、雷です。
これらは天気と同じで、ある程度、偶然性でランダムに起きてしまうものです。
空模様そのものは、コントロールできません。

しかし国や環境、季節によって、
晴れが多い、曇りが多い、雨や雪が多いなどがあるように、心にも、各人それぞれの気質や、
心の潜在的な傾向の特質があります。
そのため、ここの部分で、
晴れの日を増やそうとする色んなアプローチが、あなたの関心テーマ「個を整える」という意味なんだと思います。
それは色んなアプローチやメソッドがあり、
効果があると思いますし、否定もしません。
しかし、心は、24時間365日晴天モードでありつづけることは残念ながら不可能です。

そして、どんな天候でも、
ポイントは太陽は同じということです。
「私は在る」は、みんな同じです。
多様性にあふれた各個人や世界の中、私は在るだけが唯一の共通点です。

それで、晴れているときの方が、
太陽を感じやすい、見つけやすい、とどまりやすい。それでありやすい。
こういうことは確かにあります。
心がシンプルで穏やかなとき、
「私は在る」を感じやすいチャンスの時間とも言えるといえば、言えます。

でも、曇りでも、雨でも、雪でも、
「太陽はずっと在る」この一点だけは、どうかどこかに置いておいてくださいね。

じゃあ次は、エゴの話。
あなたの言う「エゴ破壊」ってパッと見、恐ろしいワードですね。笑
ここも覚えておいてください。
「エゴは壊そうとしなくて大丈夫」です。
エゴとの戦いは、やろうと思えばずーっと戦えてします。

エゴって、要するに、
「これが私だ」と対象にくっついてしまう同一化のクセみたいなものです。

もし「この錯覚が苦しい」「そこから楽になりたい」という意味で、この錯覚を取り除きたいという話なら道は大きく二つあります。

ひとつは、
「ただ存在している」この事実の視点から、
心の作り出す幻想的な対象を、
冷静に観察して、「あ、これは私じゃないな」と見抜いていくこと。偽を偽として見破る。
これを、ゆっくり焦らずに続けていく。

もうひとつは、真なるものに委ねていく、捧げていく、かえしていく、安心していく、信頼していく、掴まないことを少しずつ覚えていく。
で、その後、ちゃんとできたかどうか、
どうなるか、などの諸々の心も、
また真なるものに委ねていく、捧げていく、
かえしていく、安心していく、信頼していく。
これを、ゆっくり焦らずに続けていく。

さて、それでも当然ながら、
心は混乱し、雷や嵐モードになることもあるでしょう。
そうなってしまえば、今の話なんかは一瞬で、すべて忘れてしまうでしょう。笑

そんなとき役立つのは、
「どんな悪天候も永遠じゃなく、いずれ晴れる」という、ごく素朴な知識だったりします。
何が起きてようとも、「これも、また、過ぎ去る」です。

てことで、あなたの脳内でハチャメチャは
プロセスとして自然ですよ。
あなたの場合、まるで数年かけて深める理解を
半年で深める!そんなちょっと過酷な探究プロセスが起きているように見えます。ある意味で意欲がおありで大変素晴らしいですが、笑 
慌てず休憩いれつつ、無理せず、落ち着いて行ってください。

本当のわたし探究は今ここで静かに見えているものを、静かに確かめていくことです。
推理だけで掴み取れるものじゃありません。
しかし、それでもあなたの熟考モードも、
ちゃんと理解や叡智に繋がり、
無駄はまったくないので、ハチャメチャ現象がまた起きても、安心して通過していってください。
空模様は変わる。
でも太陽は変わらない。
エゴは暴れてもいい。
あなたがそれだけにならなければ、それで十分ですよ♪

791り改め りょうせい:2026/01/26(月) 20:37:29 ID:bnJWmz2A0
>>765
こちらこそありがとうございます。
>エゴの私も存在していて、存在でもある。

はい、ここは言葉の微妙な取り扱いの問題が生まれやすい箇所ですが、もしあなたの言わんとしていることが、「個人も世界も存在していて、私という存在でもある。」という意味でおっしゃっているならそのとおりです。
エゴというのは、
「対象を主体だと思い込む錯覚」
「偽主体という蜃気楼」を意味しています。
一方、私は在るは、本当の主体を取り戻した気づきであり、そこに安定すると、
「主体/対象」の概念から「在る」というあり方に変わっていきます。(というか、もともとの自然な立ち位置を取り戻していきます)

「エゴという錯覚的現れも、存在を基盤にして発現している」これならオッケーです。

ただ、言葉としては少しだけ注意が必要で、
「エゴの私」という言い方をすると、
実体があったかのように聞こえてしまいます。
厳密には、「エゴの私」は一度も存在しておらず、あくまで主体だと思い込まれた錯覚があっただけです。
あなたは非常にいま、大切なプロセスの過程にいます。そこは取り扱いに細心の注意を要する箇所です。

792り改め りょうせい:2026/01/26(月) 20:41:53 ID:bnJWmz2A0
>>772
こちらこそありがとうございます。
>「私が」どんなに主体的に生きているように思えてもそれは真我の夢の中…

はい、そのとおりです。

>真我は夢を見ていただけで何も起きていなくて何も変化していない。

何も起きていないし、何も変化していないのはそうですが、真我自体は夢さえ見ていません。
・・笑

>どこまでいってもシンプルなんですね。

はい、それは本当にどこまでいってもシンプルなんですが、 心が複雑さを生み続け、
「この領域こそが、自分だ」 「ここだけが自分だ」 と信じて疑わない状態が起きているだけなんです。
「探究しんどい!」「混乱!」と言っていてもあなたは夜熟睡しているとき夢も、目覚めるための努力からも一切関係ありません。
でも逆説的に言うと、探究を完全にやめるためには探究を通らないとそこには行き着けません。
個人には個人の意志で探究を開始することも、続けることも、止めることもまったく出来ないからです。あなたは何かの不可思議な力によって探究が起きています。最後に探究を終わらせるのも、また不可思議な力によってです。
なので、自己問いかけは、ぜひそのまま続けてください。

793り改め りょうせい:2026/01/26(月) 20:44:58 ID:bnJWmz2A0
>>776
はい。表現は色々ありますが、それが私の指し示している「  」です。
その立場から言えることは、始まりも消滅もなく、認識以前の領域だということてす。
それが、正当な意味での真我です。


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