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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
742
:
り改め りょうせい
:2026/01/19(月) 20:24:01 ID:3Spn6kU20
>>741
なるほど!笑
微笑ましく(すみませんw)読ませていただきました。分かりやすく経緯を書いてくれて、ありがとうございます。
これは、結構難しいテーマですが、思うところを書いてみます。
まず、結論として、
「在る」にとどまったまま、生活をすることは可能です。つまり、お金を稼ぐ(活動する)、人と交流する(友情、恋愛、結婚)、
美容、趣味、娯楽(楽しみや気分転換)など。
また、前にもどこかで書きましたが、個人には、その個人が人生でやらなくちゃいけない、義務のような活動テーマもあります。
しかし、慣れてくると、「在る」にとどまったまま、それらを両立することは可能です。
>「そのうち美容にも物質にも興味を失って仙人みたいになったらどうしよう
この話は、たしかに個人の流れや気質によっては、あり得ます。
昔から、真我探究者には2種類あります。
1.「世俗を放棄して、真我にとどまる者」
2.「世俗の活動をしながら、真我にとどまる者」です。
なので、本当に仙人みたいになっちゃう人も、いるにはいます。笑
これは、気質や運命の流れ、展開によるところが多いです。
私個人は、基本的には2タイプでしたが、ある期間は1のときもありました。笑
しかし、真我探究者は、1や2の流れにこだわる必要はなく、大切なのは活動が多く起きていても、少なめであっても、「在る」として、あり続けること。ここがポイントです。
「在る」は不動ですが、行為や活動は動的です。
「不動が、動き回る」
このパラドックスは、どのみち避けられません。
例えば、家で人と会わず、静かに「在る」にとどまり続けていても、内側では、激しく活動しているのです。
それと、あなたの言うとおり、真我からすべてが発生し、現れ出ています。
資本主義も霊性主義も、どちらも真我の表現です。
またあなたの言うとおり真我にとどまることを続けると、いわゆる低次の欲望は、どんどん落ちていく傾向はたしかにあると思います。
欲望も、必要最低限で無理のない欲望に変化したり、無欲さが増える。このようなことはあるかもしれません。
確かに、欲望追求にあまりにも勤しむと、
人というのは誘惑に弱い生き物で、笑
真我への興味が薄れがちになっていくからですね。
それでも、重要なポイントは、
「行為は、そもそもはじめから、個人が一切やっていない」ということです。
つまり、資本主義的行為も、霊性的行為も、
個人には、選べないわけです。
なので、霊性に興味が出てしまうこと自体、
あなたが培ってきた徳のおかげとも言えるし、
なぜか、ただ起きた恩寵とも言えます。
まとめると、私個人的におすすめなのは、
「在る」にとどまりながら、
個人の人生に必要な行為は、起こしていく。
これらは両立できる、ということを覚えておく、です。
そして、行為の結果は、
「在る」に任せて、平和に在り続ける。
こんな感じで、いいんじゃないでしょうか♪
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