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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
398
:
り改め りょうせい
:2025/11/24(月) 20:08:33 ID:fhFt3uFE0
>>395
>真理に向かう流れに乗ると〜
意味に囚われるなという教え。笑
→繋がりますよね。笑 なんていうか、私の場合も、その時その時の深まり具合によって、ふさわしいガイド(グル含む)が必ず現れていました。あとから振り返るとですが。
「意味なかったじゃん」というパターンも、実はかなり大事で、最後にはすべての二元を超えていかねばならないので、そういう無意味に見える出来事にもちゃんと役割があります。
夢の中の現れにも大きく2方向あります。
1.夢の囚われを強める方向
2.夢の囚われから目覚めさせる方向
結局夢だけど、「夢の中の目覚め」を促す現れは素直に活用すべきですね。
>焦る気持ちは邪魔だと思った次第です。
→なるほど、焦る感じはよく分かります。
ただね、
「エゴが暴れた期間が無駄に思える」
「安定までに時間が足りなさそう」
こう感じること自体が、実はかなり重要なんですよ。
これは純粋意識で在る、を理解している段階の人にだけ言う話ですが、本当に必要なのは、
・純粋意識を得ること
・そこに到達すること
・そこに居続けようとすること
ではなく、「私はまだそれではない」「私はエゴだ」という疑い(妄想エネルギー)が自然と抜けていくことだけなんです。その疑いが癖として上がって来てるだけなんですよ。
だから大事なのは、純粋意識にとどまる努力を続けること。これは言い換えると、
「すでにあなたは純粋意識であり、それではなかったことは一度もない」だから、他の選択肢が本当は存在しない。
だからこそ、エゴと戦うことの不毛さ、ナンセンスさを徹底的に腑に落とす必要がある。
それだけなんです。シンプルでしょ?
>十牛図は悟りの段階なんですね。
→そう。けど、最後に「牛も自己も消失する」という部分は、アドヴァイタ含め他の伝統とも結構共通しています。表現は違えど、指し示している究極地点は同じです。
>インドは語れない領域を言葉にしてきた〜
→まさにその通り。インドは文化的にも「超越」を表現しやすい土地柄がありました。
今はどうか知らないけど。また、日本もそこまで悪い国じゃないですよ。静けさに敏感な人が多い土地なので。
>超越を超越した何かを妄想して足掻いてるのかもしれない。
→それでもいいんですよ。「それ」に惹かれた者だけが探求スイッチ入りますから。語られないはずのものに惹かれたという時点で縁があります。
>悟った人の坐禅会に行ってもしっくりこなかった。
→私も同じです。「悟ったとされる人」のところにいろいろ行きましたけど、
「なんか違う」「うーん・・」これは普通にありました。その中で、だんだんと霊性的な見抜く目が育ってきた感覚はあります。
>私のグルは良い意味で超越的。どこに導こうとしてるのか分からない。
→その種類の縁は明確にあります。
そのレベルのグルは、もはや 「人であって人じゃない」んですよ。段階的な教えより、ただ″直接性″で伝えてきます。実際起きていることの本質は、言語的なやり取りじゃなくて、
・ただ伝わる
・ただ理解が落ちる
・一緒にいるだけで浸透する
そんな領域です。エゴの隙を出し抜くには″直接性″しかないんです。これは、ただ焚き火のそばに座っているだけで、火の温度がそのまま身体に移るようなものです。
超越そのもののグルは、言葉より先に 「存在そのもの」がまた、「超越のそれ」が伝わってしまうんです。なぜなら、形になる前のこの世界は、固定したものではなく「流れ」「響き」として立ち上がっているからです。だから超越そのもののグルは、言葉より先に響きそのものを伝えてしまうんです。
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