[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
| |
涅槃
9
:
時
:2013/10/10(木) 02:28:34 ID:x0SqdRKg
>涅槃の定義の中で、最も重要な定義は「渇愛の滅尽」です。
>これをベースにして「貪・愼・痴の滅尽」とも言い表わすことができるのです。
今回、涅槃の定義としては「相応部経典 43 34 涅槃」を基準にしましたが、実践では「渇愛の滅尽」でしょうね。
>「受(三受)」に付随する「貪・愼・痴」が滅することによって、「渇愛」が滅することが確定するからです。
「受」を滅尽することで(付随する)無明が滅尽されますので、「受」の滅尽が「渇愛」の滅尽につながります。
> 「受の滅尽」とは、どのようなこと(状態)を指しているのでしょうか?
受の滅尽とは、渇愛を生起させ、新たな妄執相を生起させる原因である「苦・楽・不苦不楽」の三受の滅尽と言う理解です。
同時に一切の苦の滅尽に繋がり、これは四禅定のマスターであり、八正道の完成形であり、渇愛の滅尽であり、慧の解脱、出離、出世間、涅槃の境地に繋がると言う理解です。なぜなら、三受は三毒に対応していますので、四禅定で三受を滅尽すれば三毒(無明)が滅尽できると言う理解ですので、受が滅尽できれば、それに付随する無明は滅尽できています。・・・感覚的には、生を歓喜せず、死を恐怖せず、何も望まないことも望まず、と言う感覚です。しかしそれでも日常において、六処が対象と接触して何がしかを感受してしまうのですが、最初の感受をした瞬間にその感官を防護した状態にします。これは名色を破壊しますので、これが出来れば六処が滅しますので、それ以降の「触→受→愛→取→有→生→老死」は滅尽します。結果として六処が対象と接触しても苦は生起しない状態です。
四聖諦では、苦の原因は渇愛(集)であり、苦からの出離・解脱(烕)の方法は八正道(道)ですね。そして、八正道の完成形が正定(四禅定)のマスターで、慧の解脱だと言う理解です。
十二縁起では、識と名色の相互関係の破壊により妄執相を滅尽し、受を四禅定で滅尽すれば渇愛も消滅すると言う理解です。
>── おそらく、この点についての理解が、さらに問われるのではないでしょうか。
はい。現在、このような理解ですが、理解不足等ありましたら教えていただければ幸いです。
>これは、特に〈 無明 → 行 〉を考えなくても大丈夫です。
>つまりこれは、〈 識 ⇔ 名色 〉を起点とする「十支縁起」の捉え方をしているのです。
はい。理解しました。
>「十結」は、四向四果と関連して語られる「繋縛」ですので、
>この場合は、特に「「十結」と限定する必要は無いように思えます。
>〈 悪魔の繋縛 = 渇愛 〉で良いと思います。
理解しました。実は、これを書いた時に瞬間ですが、四向四果が頭をよぎりました。
> 釈尊が、「筏の喩え」を使って、
> 最後には「正し教え」さえも全て捨て去りなさい、と教えているのは、
> 釈尊の教えの根本が「渇愛の滅」にあるからなのです。
> つまり、執着の対象となるものは、間違っているものも、正しいものも関係ありません。
> 間違っているから執着する、正しいから執着しないわけではないのですね。
> ですから、〈 全て を 捨てる 〉のです。
釈尊の教えを知り、それに没頭し、少しずつ理解が深まり、少しずつマスターできて行き、そしてこれが完璧な教えだと言う誤った見解を持ち、釈尊に執着し・・・それに気付かないまま悪魔の領域で一生を送ると言う愚行にはならないようにしたいと考えています。
> ── 最後にはね。
はい。最後にはです。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板