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怖い話Part2
1
:
名無しさん
:2013/04/11(木) 20:47:22 ID:kJlroZZA0
霊的な怖い話を集めてみましょう
前スレ
http://jbbs.livedoor.jp/study/9405/storage/1209619007.html
743
:
名無しさん
:2014/01/17(金) 08:56:17 ID:boVUxS3U0
祟られ屋さんの方!!
おかえりなさいませ!
生存とご結婚おめでとうございます。
投稿はいつまでも、且つ楽しみに待っております。
744
:
名無しさん
:2014/01/17(金) 14:41:05 ID:gmbgD8kIC
マサさんの人!
絶対帰ってくると信じてお待ちしてました!
またあなたの文が読めるなんて本当に嬉しいです。
ご自分のペースでよいので無理のないようにお書きくだされ。
あー、大事なこと忘れてた!
入籍おめでとうございます!!
これ最初に言うべきでしたw
745
:
名無しの♂
:2014/01/17(金) 16:17:39 ID:Twe5/Gi60
祟られ屋さん
はじめまして!! 過去のシリーズは何回読ませて頂いたかわかりません。
投稿期待しています!!
746
:
藍
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:17:59 ID:tG/ByxVg0
テスト中。
747
:
藍
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:32:23 ID:tG/ByxVg0
皆様今晩は、藍です。先程帰りました。
14日早朝、出発の準備をしておりましたら知人から連絡があり、
指示通り『玉の緒』の原稿と使い慣れたノートPCを持参しました。
(上)の投稿で少しやらかしてしまったので恐る恐るでしたが、
知人の生家に着くとすぐに追加の原稿を手渡されました。
「今回はこれが仕事だから。」 「どういうこと?」
「この話だけは、『投稿を急げ』って指示が出てる。」 「は?」
その後静かな場所で丸2日間作業を続け、昨日投稿の許可を貰いました。
凄く場違いな気がしましたが、食事の時間など、知人の生家の方々も
「大変だね。」とか「頑張って。」とか声を掛けて下さって、何とも不思議な感じでした。
それでは以下『玉の緒(中)〜(結)』、お楽しみ頂ければ良いのですが。
748
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:33:58 ID:tG/ByxVg0
『玉の緒(中)』
範士の屋敷に着いたのは6時過ぎ。玄関の灯りが点いているのが見える。
門の前に立つとひとりでに門扉が開いた。門をくぐると門扉が閉じる。あの男の仕業だ。
玄関まで歩き、ドアの前に立つ。 深呼吸。本当に俺はこの屋敷に入るべきだろうか。
相手の意図が分からない。既にあの男が業に呑まれている可能性もある。そんな状態で。
だが、さっきの口調には悪意を感じなかった。それにSさんと『上』に連絡するということは、
この件に対して『上』に対策を取らせるということだ。もちろんSさんも必ず此処に来る。
そっと上着に触れた。布越しの硬い感触、あの短剣。お社に参内する時は常に帯剣している。
最悪の場合、Sさんたちが到着するまで時間を稼ぐ。この短剣があれば何とかなる筈だ。
その時、ドアが開いた。少女が立っている。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞ、中へ。」
所作は洗練され、服装や髪型も見違えるようだが、間違いない。これは、あの少女。
今、この少女を抱き上げて車に走れば。
いや、駄目だ。あの門扉を忘れたのか。当然結界が張られているだろう。
それに、少女以外にも屋敷の中には人がいる筈だ。その人達はどうする。
自問自答しながら少女の後を追う。案内されたのは広いリビングルーム。
テーブルの上には料理の皿とワインの瓶、それにワイングラスが2つ。
しかし肝腎の、あの男の姿がない。
749
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:35:37 ID:tG/ByxVg0
「来て、くれたんですね。」 少女が体の向きを変え、正面から俺の眼を見つめた。
「嬉しい。来てくれないんじゃないかと、私、心配で。それに、とても怖かった。」
少女が歩み寄り、俺を抱きしめた。左肩に顔を埋めている。
温かい吐息を感じるが、逆に俺の心は冷えていった。
「趣味の悪い術ですね。少し、見損ないました。」
ふっ、と、少女の体から力が抜けた。しっかり抱き止める。
いつの間にか奥のソファにあの男が座っていた。テーブルからワインの瓶を取る。
「完全に気配を消したと思ったが、会話だけで術だと見抜いたか。
Sに師事しているとはいえ、大したものだ。それでこそお前を呼んだ甲斐がある。」
俺は少女の体をソファに横たえ、脱いだ上着を着せ掛けた。
少女の隣りに座る。あの男の斜め向かいの席。
あの男は2つのグラスにワインを注ぎ、1つを俺の前に置いた。
「良く来てくれた。まずは一杯。さっき此処のセラーで見つけた、85年のラフィット。
かなり良いワインだ。前に飲んだのは、3年前だったか。
それと、待ってる間に料理も準備した。その子はなかなか料理が上手い。助かったよ。」
あの男はワインを一気に半分程飲んだ。
「パーティーをしに来た訳ではありません。僕を呼んだ理由を教えて下さい。
それに、当然瑞紀さんは返してくれるんでしょうね?」
「その子も他の者たちも寝てるだけだ。お前が来てくれたから、もう用はない。
あとはお前と話をすれば済む。」 言い終わってワインを飲み干し、もう一度ワインを注ぐ。
750
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:37:11 ID:tG/ByxVg0
緊張して喉がカラカラだ。俺も一口だけワインを飲んだ。当然、味などまるで分からない。
深呼吸、腹に力を込める。何とか少女を無事に。
「何故こんな事をしたんです。まず人質を解放して、話はそれからでも良いじゃないですか。
そうすれば『上』だって、荒っぽいことはしないでしょう。」
あの男の左頬がピクリと動いた。微かな笑みが浮かぶ。
「これが、言霊、か。俺がどうしても会得できなかった術を大した修行もせずに。
本当に、いちいち気に障る。だが、それでなければお前を呼ぶ意味がない。
お前の言葉は確かに俺に届いている。俺の言葉は紫に届かなかったが。」
違和感。 何故、今、妹の話を? もしかしてこれは何か別の...慎重に言葉を選ぶ。
「『言の葉』の適性。それが、他の人でなく、僕を呼んだ理由ですか?」
「それもある。そしてもう1つ、その剣。お前の適性と、その神器が必要だ。」
「あなたがその気になれば、僕はこの剣に護ってもらうのが精一杯。
これを使って彼女を助け出すことなど出来ませんよ。」
男はまた一口、ワインを飲んだ。穏やかな笑みを浮かべている。
「あたりまえだ。たとえ俺の意識がなくても、お前はその剣で俺に触れることさえ出来ない。」
『俺の意識がなくても』...やはり何かある。恐らくこれは謎かけだ。
しかしこの男は心に幾重にも鍵を掛けている。伝達の手段はただ会話のみ。
それも、直接には口に出せない『何か』を俺の適性で感じ取れという、この男からのメッセージ。
751
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:38:36 ID:tG/ByxVg0
「さっき、妹さんにあなたの言葉が届かなかったと、そう言いましたね?」
「ああ、俺が行った時、紫はもう俺の事も分からなくなっていた。
会うなり俺を本気で殺そうとしたよ。以前はあんなに慕ってくれていたのに。」
男の表情は変わらない。しかし、その言葉から深い悲しみが伝わってくる。
「Sが俺との縁談を断ったのを知った時、紫は『自分を妻に』と言った。
計画のためでなく、俺を男として愛してくれていたと知って驚いたが、やはり嬉しかった。」
現代の倫理や法律には反するが、一族の中で兄妹・姉弟の結婚それ自体は禁忌ではない。
実際そういう組み合わせの夫婦を俺も知っている。しかし今、何故、俺にその話を?
「だが、俺は憶えていない。気が付いたら紫は床に倒れていて、既に死んでいた。
どうやって俺は紫を殺したのか?あんなに慕ってくレた妹を殺したのに、憶エていナイんだ。」
時折男の声の調子が外れる。それはまるで、錆びたドアがきしむ音のように聞こえた。
そして、錆びたドアの向こうの微かな、それでいてとてつもなくおぞましい気配。
それは、いつか呪物のトランプを手にした時の感覚に似ていた。
ドアの向こうで目覚めた『何か』が、僅かに開いたドアの隙間から俺の様子を探っている。
まずい。これは、俺の手に負える事態ではない。しかし、もう、止められない。
それに、この男は俺の適性に期待して俺を呼んだのだ。
もし他の、例えばSさんを呼べば、更に悪い事態になると分かっていたから。
だとすれば、この男が俺に伝えたい事、それは。
そう、念のためにもう一言、あと1つヒントがあれば確信出来る。
752
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:40:26 ID:tG/ByxVg0
「妹さんの術で記憶が飛んだのではありませんか?
『不幸の輪廻』から流れ込む力で妹さんの術が力を増していたとしたら。」
「もしそうなラ、死んでいタのは俺ノ方ダ。そレに紫は、紫ハ業に呑マレてなド、イなカッタ。」
間違いない。この男が俺に伝えたかった事、それを感知出来た。
「先程の失言を許して下さい。やはりあなたは偉大な術者だ。そしておそらくは妹さんも。
必ず、僕が皆に伝えます。あなたと妹さんは業に呑まれたのではなかった。
それは、今あなたの中に潜んでいる『何か』に関わっていたのだと。
そしてもし、この怖ろしい災厄を祓うことが出来たなら、その功績と栄光は、
命を賭けて『何か』の存在を知らせた、あなた方2人の魂と共にある、と。」
「アりがトう。こレデ、アトハ、オマえシだイ。マカセ、た...」
突然、リビングルームに冷気が満ちた。そして、心が挫けそうになる程の、圧倒的な気配。
笑い声や言葉こそ聞こえないが、『何か』は確かに俺と炎さんを嘲笑っていた。
『気付いたとしても、人間には為す術がない。せいぜい足掻いてみせろ。』 そんな風に。
『何か』は俺の反応を楽しむようにゆっくりと、その姿を現そうとしている。
炎さんの体がぐったりと背もたれに沈み、のけぞった顔が天井を向いた。
体が大きく震え、口から赤黒い液体が溢れる。赤ワイン、そして血の臭い。
始まった。どうすれば良い?
753
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:44:50 ID:tG/ByxVg0
炎さんの中に容易く入り込む程の力、俺の術など効く筈が無い。恐らくSさんや姫の術も。
だが今ならこの剣で。いや、『意識が無くても』と、炎さんは言った。あれは警告だ。
不用意に斬りかかれば『何か』は躊躇無く俺を殺すだろう。剣の刃が届く前に。
それに、どうにか時間を稼ごうにも、あの少女が狙われたら俺に為す術は無い。
考えろ。今、姿を現そうとしている『何か』、その目的は一体何だ。
もしやこの剣、しかしこの剣を俺以外が持てば...そうか。
あの夢は逆夢ではなく、予知夢だったのだ。俺がSさんに斬りつける場面が目に浮かぶ。
しかし、この予知夢を完成させてはならない。絶対に、あんな場面を現実にはしない。
それなら、俺に出来ること、するべきことはただ1つ。短剣をゆっくりと抜く。
『何か』の気配が大きく揺らぎ、リビングの中に冷たい風が吹いた。
そう何者も、この短剣を目の前にして、ちっぽけな俺の意図や術を感知するのは無理だろう。
昼間の空、太陽の光のもとでは、星の光を見ることができないように。
抜き身の短剣をゆっくりとテーブルに置きながら、言葉を練る。簡潔に、そう、単純に。
炎さんの口と鼻から、白く濃い煙のようなものが立ち上った。エクトプラズム、もう時間がない。
言葉に『力』を込め、血液に乗せて左手に送り込む。
目を閉じ、薬指で、しっかりと額に触れた。
754
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:46:39 ID:tG/ByxVg0
重い音がした。我に返る。男の体が向かいのソファから床にずり落ちていた。
あれは...あれは、業に呑まれた敗者、だ。まだ、生きている。息の根を止めなければ。
俺はゆっくりと立ち上がった。全身の感覚が妙にボンヤリとして体がふらつく。
テーブルの上の短剣。そう、この短剣であの男を。
そうすれば俺は一族でも有数の術者を倒した勝者。皆が俺を讃えるだろう。
それにこの剣なら、あの女どもを殺せる。S、そしてL。ついでに子供も始末すれば良い。
これまで何度と無く、『不幸の輪廻』の邪魔をしてきた厄介者たち。
そして俺が望めば当主との面会も叶う。そうすればこの一族も...そう、契約は成就する
その後は仲間たちの、思わず笑みが浮かぶ。 右手で短剣を取る、早く、あの男を。
? 足が動かない。 そして、左手がひとりでに動いて短剣の刃を握った。
ゆらりと右手が離れて短剣を持ち変える。さらに左手を添え、両手が逆手で短剣を握り締めた。
何故だ、何故俺の両手がひとりでに?
次の瞬間、両手は短剣を俺自身の腹に突き刺した。激痛、足から力が抜け、床に膝を着く。
凄まじい悲鳴。薄れていく意識の中、男の、呟くような声を聞いた気がした。
755
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:48:14 ID:tG/ByxVg0
夢を見ていた。 俺の体は暗闇の中をゆっくりと沈んでいく。
腹の真ん中あたりに鈍い痛みがある。いや、かなり強い痛みだ。 腹に、傷?
その時、微かに俺の名を呼ぶ声がした。女性の声。
ああ、俺は知っている。 これは、誰の声だったろう。
『いた。見つけたぞ。』 やはり、若い女性の声だ。
続いて背中に何か温かいものが触れ、俺の体が沈むのは止まった。
『そうか、間に合ったか。』 こちらは男性の声。落ち着いた、渋い声だ。
『○瀬の主、祭主殿を見つけたぞ。全く、■◆が絡んでいるのだから
さっさと助ければ良いものを。お主が硬いことを言うから我らの仲人殿が死にかけた。
もし、手遅れになったらどうするつもりだったのだ?』
『人が、人同士が自分たちの力で難局を乗り切ろうとしている時に、安易に助ければ
魂の堕落を招く。我が祭主であれば尚更、この試練は大いなる成長の機会となる。』
『それにしても仲人殿は無茶をしたな。神器で自らの腹を貫くなど、前代未聞だ。』
『神器を持ってはいても、祭主殿が■◆を滅ぼすには、あれしか策はない。
あの術を使わねば、その意図は■◆に読まれたろう。
そうでなくとも、家族への未練や痛みへの怖れで躊躇し、機を逸したかも知れぬ。
力と術への敬意が無意識のうちに正解を探り当てる。あの港で私を助けた時もそうだった。』
ボンヤリとした頭で俺は不思議な会話を聞いていた。これは川の神様と、そして。
756
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:55:02 ID:tG/ByxVg0
『お主、怪我をしたのか。右手。そうか、あ奴の顎門、2人の魂を救い出した時に。
しかしどうして2人の魂を? 妹の体は既に無く、兄の体も長くは保つまいに。』
『気高く戦った魂、あ奴には絶対渡したくなかった。
それに、どのみち『血』が必要なのだから、この傷、丁度良い。』
『急いだ方が良さそうだ。祭主殿の力が弱くなっている。』
『うむ、では我が祭主を此処へ。』
数秒の後、俺の腹を温かいものが濡らした。
次第に腹の痛みが強くなる。思わず唸り声を。
757
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:56:12 ID:tG/ByxVg0
痛みのあまり目が覚めた。見慣れない天井、そして。
「おねえちゃん、おとうさんがめをあけたよ。」 駆け寄る気配。
「Rさん...」 姫が俺の顔を覗き込んだ。 体を起こそうとした途端、腹の激痛。
「動かないで下さい。お腹の傷が酷いんです。でも、本当に、良かった。」
俺の肩をそっと押さえた姫の左手、指先が小さく震えていた。
翠の前だからだろう、懸命に感情を抑えているのが分かる。
「おとうさん、やっとめがさめたね。みんな、しんぱい、したんだから。」
ようやく声を絞り出す。「ありがとう。御免よ。」
「Sさんは藍ちゃんとお屋敷にいます。夕方には来てくれますけど、
Rさんの意識が戻ったことはすぐに知らせておきますね。」
「今日は、何曜日なんですか?」 「あれから3日目、水曜日です。」
記憶が混濁している。俺が範士の屋敷に行ったのは日曜日だったか。
だとすれば、俺は丸々2日は意識が無かった事になる。
それにしても、あの出来事。
夢を見ていたような気もするが、腹の傷とその痛みはそれが現実だと教えてくれる。
人質になった少女は無事だったのか。あの男、炎さんは...。
炎さんの中に潜んでいた『何か』は、一体どうなったのだろう。
炎さんが命を賭してその存在を俺に伝え、
それに対処する一縷の望みを俺の適性と短剣に託した、あのおぞましい存在。
意識がまだ朦朧としているのは、痛み止めの麻酔のせいだと姫は教えてくれた。
腹をほとんど貫通する程の深い傷で、俺の苦しみ方が酷かったらしい。
なら、この痛みはまだマシなのか。そんな事を考えている内に、俺は再び眠りに落ちた。
758
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:57:09 ID:tG/ByxVg0
また、痛みで目が覚めた。もう窓の外は薄暗い、既に夕方。
姫が用意してくれた飲み物を飲んでいると、暫くして姫が立ち上がり翠の手を取った。
「翠ちゃん、そろそろ時間だから一緒にお母さんと藍ちゃん迎えに行こうね。」 「うん。」
姫と翠が病室を出て行って10分程すると廊下から足音が聞こえ、
磨りガラスの向こうに人影が見えた。控えめなノックの音。間違いない、Sさんだ。
「どうぞ、起きてますから。」 ノブが回り、ゆっくりとドアが開く。
Sさんは無言で歩み寄り、ベッドの脇に膝をついた。
俺が差し出した右手を両手で握り、頬ずりをしながら、声を殺してSさんは泣いた。
何と声を掛けて良いのか分からない。Sさんの嗚咽、俺も必死で涙を堪える。
Sさんが一人で病室に来たのは姫の配慮。Sさんの泣き声が藍と翠を不安にさせないように。
どれくらいそうしていたのか。ようやくSさんは顔を上げた。涙でぐしょぐしょの笑顔。
「泣いたりして御免なさい。私、きっと、大丈夫だと思っていたのよ。なのに涙が、変なの。」
「心配掛けて済みません。言い訳したいんですが、まだ頭がボンヤリしてて、どうにも。」
「言い訳なんかしなくて良い。あなたは精一杯頑張ったんだから。」
Sさんは俺の唇にキスをした。長く、熱いキス。
「顔が涙でぐしょぐしょ。御免ね。」 ハンカチで俺の顔をそっと拭い、そして自分の頬を拭う。
それから姫に電話をかけた。家族が全員揃う。何故かとても、懐かしい気分だ。
759
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:57:57 ID:tG/ByxVg0
俺が薄いお粥のような夕食を食べ終えると、Sさんは翠と藍を連れてお屋敷へ戻った。
俺が入院した日から、姫がずっと泊まり込みで付き添いをしてくれていたらしい。
「大学、休んだんですね。この時期に、大丈夫なんですか?」
「ほとんどの科目はテストが終わってるし、平気です。」
「済みません。もう少し元気になるまで、宜しくお願いします。」
「お願いされなくても、ずっと付き添いますよ。だって私、Rさんのお嫁さんですから。」
姫の言葉に込められた深い想い、Sさんの涙に秘められていた激しい感情。
そしてさっきこの手に抱いた翠と藍の温もり。
ボンヤリしていた意識も次第に澄み、俺は自分が死地をくぐり抜けたことを実感していた。
760
:
『玉の緒(中)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 17:59:35 ID:tG/ByxVg0
翌日、昼食を食べ終えて暫くするとノックの音がした。
Sさんだ。翠の手を引いている。あれ、藍は?
そう言いかけた時、Sさんが押さえたドアをもう一人の女性がくぐった。藍を抱いている。
人質になったあの少女。良かった、無事だったのか。本当に、良かった。
「また助けて頂いて、ありがとう御座いました。」 少女は深く頭を下げた。
「いや、俺を呼び出すために人質にされたんだから、謝るのは俺の方だよ。」
「それを言ったら、瑞紀ちゃんをあの家に紹介した私にも責任が有る訳だから。
もう、その話は無し。それよりどう?瑞紀ちゃん、見違えたでしょ?」
「はい、服がすごく似合ってて。初めは別人かと思いました。」
服のせいか、あの日範士の屋敷で会った時より、少女は大人っぽく見えた。
「服を褒めるなんて、全く気が利かないわね。でも、確かによく似合ってる。
この服、私のお下がりよ。サイズ、ほとんどそのままでOKなの。」
「あの、お下がりって?」 そう言えば、何故少女は藍を?
「ふふ、あの晩から瑞紀ちゃんにはお屋敷に来てもらってるの。
Lがあなたの付き添いしてるから、家事とか手伝って貰って大助かりだわ。」
Sさんが努めて楽しそうに振る舞っているのが分かる。
それなら、炎さんは。 姫かSさんが話してくれるまで、その質問はしない。そう、決めた。
記憶が未だ曖昧な所も、今無理して思い出す必要はない。とにかく俺は生きている。
今はもう暫く、この賑やかな病室の中で、暖かな幸せに包まれていたい。
少女が俺の横に寝かせてくれた藍の頭をそっと撫でた。
『玉の緒(中)』 了
761
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:01:58 ID:tG/ByxVg0
『玉の緒(下)』
その日は朝から、俺の病室の中だけで無く、病院全体の空気がピリピリと緊張していた。
彼方此方から伝わってくる気配。そのどれもが間違いなく、かなりの力を秘めている。
おそらく病院の出入り口などの要所に、式や術者が配置されているのだろう。
今日、当主様と桃花の方様がこの病院に、俺の病室に御出になるからだ。
『見舞い』と言えば聞こえは良いが、『上』のメンバーも一緒。つまりこれは調査。
紫さんの件に続いて炎さんと俺。あの禍々しい存在と接触して生き延びたのが
俺一人だとすれば、俺の状態を『上』が調査するのは当然の事だろう。
昨夜、姫は今日に備えて幾つか重要な事を教えてくれた。
「分かってると思いますけど、炎さんは助かりませんでした。
Sさんと他の術者たちが範士の屋敷に到着した時、既に全てが終わっていたそうです。
瑞紀ちゃんや他の人質は全員無事だったけれど、
リビングの床には大怪我をして意識の無いRさん、それと炎さんの遺体。
そして、屋敷に残っていた痕跡から、怖ろしい事が起きたと分かったんです。」
姫はSさんから預かったという一枚の写真を俺に手渡した。
リビングの絨毯が黒く、大きく焦げている。ある動物を思わせるその形。
写真を見ているだけなのに、全身の毛が逆立つような寒気を感じる。
762
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:03:08 ID:tG/ByxVg0
「これは、一体何ですか?何かが焼けて、絨毯が焦げた跡みたいですが。」
「Rさんの傷から吹き出した血が、多分あの短剣の力で焼き尽くされた跡です。
いいえ、Rさんの中に入り込んでいたモノが、焼き尽くされた跡といった方が良いですね。」
炎さんの中に入り込んでいたモノは俺の中に、そしてあの短剣の力で焼き尽くされたのか。
「ただ、それがあまりにも強力な存在なので、『上』は疑っています。
既にRさんの魂が『それ』に穢されているとしたら、後々災いの種になるから。それに。」
姫は一度言葉を切り、温かいお茶を一口飲んだ。
「炎さんが死に、Rさんの記憶もかなり欠落していて、あの晩何が起きたのか分かりません。
実際、Rさんのお腹の傷も、未だ原因が特定出来ていないんです。」
俺はあの夢を思い出した。川の神様と、それからあの声は。
「この傷は僕が自分で刺したものだと、あの、夢の中でそういう風に。」
「Rさんの手にも、炎さんの手にも、血痕はなかったそうです。
それに、あの短剣は鞘に収まった状態でテーブルの上に置かれていて、
短剣の鞘にも柄にも血痕は残っていなかったと聞きました。」
俺で無いなら、しかし、あの剣を俺以外の人間が持てば...訳が分からない。
763
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:04:01 ID:tG/ByxVg0
「Rさんの状態、事の経緯を知るための調査ということですね。
魂が穢れているかどうかを確実に判別出来るのは当主様と桃花の方様だけですから、
調査に伴って御二人もこの部屋へ御出になります。
御二人がこの部屋へ。あのおぞましい存在との接触で、俺の魂は穢れてしまったのか。
ふと、あの怖ろしい夢の場面が目に浮かんだ。俺はあの短剣でSさんを。
...そういえば、俺は炎さんを殺そうとしたのではなかったか、あの短剣で。
曖昧な記憶を辿る。そうだ、確かに俺は。ではその後何を?
駄目だ。どうしてもそこから先を辿れない。まるで術で記憶が、もしやこれも。
「あちこち記憶が無いのは、僕の魂が穢れているからですか?」
「Rさんは大丈夫。私は信じています。それに、私とSさんがRさんを守ります。
どんな手段を使っても。そう、たとえ『上』に背く事になるとしても。」
つまり、俺の魂が穢れているとしたら『上』は...。
『背くことになるとしても』
その言葉の重み、そして姫の胸中を思うと、もうそれ以上の言葉が出なかった。
764
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:06:07 ID:tG/ByxVg0
「顔を上げなさい。」 病室に涼しい声が響いた。桃花の方様の声。
顔を上げると、ベッドの脇の椅子に当主様が座っていた。その右斜め後方に立つ桃花の方様。
さらに後方、病室の壁際に直立不動で立つ2人の男性。
1人は知っている顔、遍さんだ。もう1人は知らない顔だが、この2人が『上』の代表。
俺の枕元で姫が跪いている。Sさんはこの階のロビーで翠と藍の相手をしているはずだ。
建前とはいえ、『上』の前で親子が揃えば要らぬ疑いを招きかねない。
ただ、『上』の二人には見えないだろうが、俺のベッドの下には管さんがいる。
Sさんは管さん経由でこの部屋で起こることをリアルタイムで知る事が出来る訳だ。
「本日はわざわざ御出頂きありがとう御座います。」
「大変だったな、R。もう少し回復してからとも思ったが、これも公務だ、許せ。」
もし、俺の魂が穢れているなら、当然、回復する前に対応すべきだ。
「もし私の魂が穢れているなら、全てを当主様にお任せ致します。」
「そうなって欲しくはないが。」 桃花の方様が跪き、細長いものを当主様に手渡した。
桃花の方様の身長よりもはるかに長い、白い布の袋。当主様が袋の口を開く。
姫から聞いていた通りだ。神器、『梓の弓』。 もの凄い存在感が病室を満たす。
そしてもう一つの神器。弓の半分程の長さの筒、その中に納められている筈の『破魔の矢』。
筒の中から伝わってくる気配、こちらの存在感も尋常ではない。
765
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:06:51 ID:tG/ByxVg0
当主様が立ち上がり、桃花の方様の肩を借りて弓の弦を張った。
続いて桃花の方様が筒の中から矢を取り出し、それを当主様が受け取る。
左手で弓と矢を交差させるように持ち、右手を弦にかけた。
鏃は未だ鞘で覆われている。しかし必要があれば恐らく左手の一振りで
「参る。」
ぴいいぃん。不思議な音が病室の空気を震わせ、俺の中に染み込んでくる。
神器の弓を半分程に引き絞り、弦を放す時に発する音。『寄絃』の儀式。
穢れた魂の持ち主は、この音を聞いて意識を保てない。姫からそう聞いていた。
2度、そして3度。弓と弦の発する音は、響きの調子を変えながら病室の空気を震わせた。
姫が息を潜めて俺を見ているのを感じる。大丈夫だ。何ともない、俺は。
「宜しい。皆、見届けたな。Rの魂、穢れてはいない。
憑依されていた時間が短くて幸いだった。」
当主様が小さく息を吐く。壁際の遍さんともう1人の男もホッとした表情を浮かべた。
続いて矢を桃花の方様に返し、弦を外して弓を白い袋に戻した。
しかし、未だ事情聴取は終わっていない。当主様はもう一度椅子に腰掛けた。
「さて、R。当主として、私は知らねばならない。あの晩何が起きたのか。
特に会話だ。お前と炎の会話、あの晩お前達が何を話したのか。それが、知りたい。」
「全てお話ししたいのですが、記憶が途切れ途切れで、ご期待に添えるかどうか。」
「それは承知している。無理をすれば体にも障るだろう。桃花の方、あとは頼む。」
「はい。」 当主様の足元に控えていた桃花の方様が立ち上がり、俺のすぐ前に立った。
766
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:10:15 ID:tG/ByxVg0
「R、右手をこちらへ。」
そっと右手を伸ばす。緊張で手が震える。桃花の方様は両手で俺の右手を包んだ。温かい。
「あの晩、お前が炎にかけた最初の言葉を憶えていますか?」
「はい、『少し見損ないました』と。その前の炎さんの術が、その、気に入らなかったので。」
桃花の方様が目を閉じた。ゆっくりと、深く息を吸う。誰も喋らない。病室の中に満ちる静寂。
『気配は完全に消したと思ったが、会話だけで術だと見抜いたか。
Sに師事しているとはいえ、大したものだ。それでこそお前を呼んだ甲斐がある。』
男の声が静寂を破った。間違いない。これは、炎さんの声だ。
桃花の方様の口から炎さんの声、あの晩の言葉がそのままに再生されている。
これは、術?確かSさんが同じような、そう、『声色』。おそらくあれと良く似た系統の術。
『パーティーをしに来た訳ではありません。僕を呼んだ理由を教えて下さい。
それに、瑞紀さんは返してくれるんでしょうね?』
少し声の質が違うが、この話し方は間違いなく俺だ。
桃花の方様の術が、俺たちの会話をありのままになぞっていく。
767
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:12:06 ID:tG/ByxVg0
『何故こんな事をしたんです。まず人質を解放して、話はそれからでも良いじゃないですか。
そうすれば上だって、荒っぽいことはしないでしょう。』
『これが、言霊、か。俺がどうしても会得できなかった術を大した修行もせずに。
本当に、いちいち気に障る。だが、それでなければ呼ぶ意味がない。
お前の言葉は確かに俺に届いている。俺の言葉は紫に届かなかったが。』
当主様は腕を組み、眼を閉じたまま、俺たちの会話に聞き入っている。
遍さんともう1人の男も、姫も、そして俺自身も、息を詰めて耳を澄ませていた。
『さっき、妹さんにあなたの言葉が届かなかったと、そう言いましたね。』
『ああ、俺が行った時、紫はもう俺の事も分からなくなっていた。
会うなり俺を本気で殺そうとしたよ。以前はあんなに慕ってくれていたのに。』
再生される会話を聞くうちに記憶の断片が繋ぎ合わされていく。
新たに思い出した断片も加わり、朧気ではあるが、あの晩の記憶が甦りつつあった。
『だが、俺は憶えていない。気が付いたら紫は床に倒れていて、既に死んでいた。
俺はどうやって紫を殺したのか?あんなに慕ってくレた妹を殺したのに、憶エていナイんだ。』
『妹さんの術で記憶が飛んだのではありませんか?
不幸の輪廻から流れ込む力で妹さんの術が強力になっていたとしたら。』
『もしそうなラ、死んでいタのは俺ノ方ダ。そレに紫は、紫ハ業に呑マレてなド、イなカッタ。』
768
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:13:25 ID:tG/ByxVg0
桃花の方様は一旦言葉を切って大きく深呼吸をした。
『先程の失言を許して下さい。やはりあなたは偉大な術者だ。そしておそらくは妹さんも。
必ず、僕が皆に伝えます。あなたと妹さんは業に呑まれたのではなかった。
それは、今あなたの中に潜んでいる『何か』に関わっていたのだと。
そしてもし、この怖ろしい災厄を祓うことが出来たなら、その功績と栄光は、
命を賭けて『何か』の存在を知らせたあなた達2人の魂と共にある、と。』
『アりがトう。コれデ、アトハ、オマえシだイ。まカセ、タ...』
そうだ、確かにこの言葉を聞いた事は憶えている。しかし、この後が全く。
『この剣を持ったら、自分の腹を突く。』
姫が息を呑んだ。
これは...俺の声。 そうか、思い出した。俺の術。
口に出してはいないが、心の中で必死に練った言葉。あの術を俺自身に掛けるために。
俺の術など効く相手ではない。剣で斬りかかれば、刃の届く前に俺は殺される。
だが、俺の体に潜み、一族に害をなすのが相手の目的なら、あの術が使えるのではないか。
術を掛けたこと自体を忘れるのだから、俺の意図を相手に感付かれることもない。そう思った。
細かな操作は難しいだろうが、狙いを外す訳にはいかない。自分で見える大きな的、腹。
相手が俺の中に入り込み、誰かに害をなそうとしてあの剣を持てば、多分この術が発動する。
自信など全くない、しかし、それしか策がなかった。
今回は何とか術が発動し、相手は剣の力で焼き尽くされた。 本当に、信じ難い程の幸運。
769
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:15:20 ID:tG/ByxVg0
桃花の方様の唇が小さく動いている。この後にもまだ言葉が?
『紫、見たか、やったぞ。これで...いや、Sは、上は何をしてる。遅い、このままでは...』
桃花の方様が目を開けた。俺の手をベッドに戻し、労るようにさすった。
静かな病室の中に当主様の声が響く。
「R、誠にお前は言祝ぐ者。お前の言葉通り、炎も紫も偉大な術者だ。
紫は炎に、炎はRに■◆の存在を伝え、そしてRは自らの体を代として■◆を誘い込み、
神器の力で焼き滅ぼした。3人の献身に対し、一族の祭主として心から礼を言う。
残念ながら炎と紫は犠牲となったが、お陰で一族を危うくする大難は祓われた。」
その重さを良く理解出来ないまま、俺は当主様の言葉を聞いていた。
「炎と紫を先達の偉大な術者の列に序し、その魂を祀って功績を讃えよう。社へ戻る。」
当主様が立ち上がる。遍さんが慌てたように病室のドアを開けた。
「当然特別な監視の件は撤回させる。そして紫が受けた依頼が持ち込まれた経緯と
それに関与した者達の徹底的な調査。恐らく、『不幸の輪廻』の活動が活発になっている事と
関連が有る筈だ。今後のために、全てを明らかにしておかねばならない。」
当主様はドアの前で立ち止まり、ゆっくりと振り返った。悪戯っぽい笑顔。
「R、傷が癒えたらまた会おう。今度はゆっくり、話がしたい。」
言い終わると当主様は踵を返してドアをくぐった。足音が軽やかに遠ざかっていく。
遍さんともう1人の男も慌てて当主様の後を追った。
770
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:16:08 ID:tG/ByxVg0
病室の中には俺と姫、そして桃花の方様。昨夜姫から聞いた段取りの通りだ。
「L、では、あれを。使わずに済んで、本当に良かった。」
姫は一礼して立ち上がり、壁の棚の中から白い布の包みを取りだした。
桃花の方様の前で跪き、白い包みを両手で捧げる。
「お陰様で心安らかにこの日を迎えることが出来ました。心より感謝申し上げます。」
桃花の方様が頷いてそれを受け取り、そっと着物の袂に納めた。
包みの中身は黒檀の小箱。その小箱の中に純白の宝玉、号は『深雪』。姫からそう聞いた。
黒檀の小箱には封印をしてあるらしく、白い布包みを見ただけでは
その中身が一族に伝わる宝玉であるとはとても思えない。
もしもの時のためにSさんがお願いをして、その宝玉を当主様から借り受けたと聞いていた。
俺の魂が穢れていたら、その宝玉を使うということだ。しかし、どんな風に使うのかは知らない。
『Rさんがそれを知る必要はありません』と姫は言った。
『もし、これを使う必要があるなら、その時Rさんの意識が無いということですから。』と。
もちろん包みが解かれることはなく、黒檀の小箱すら見ることは出来なかった。
魂の操作を伴う術は『禁呪』。Sさんや姫の命を削る術は絶対に使って欲しくない。
そう思ったが、昨夜はどうしても適当な言葉が見つからなかった。
逆に、姫は俺の心を見通したように微笑んだ。
「翠ちゃんと藍ちゃんには『父親』が必要です。忘れないで下さいね。」
771
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:16:53 ID:tG/ByxVg0
「L、Sとともに、Rの世話にはよくよく心を尽くしなさい。
Rの傷が癒え、体が本復するのには未だ時間がかかります。」
涼やかな、心地良い声で我に返った。桃花の方様の声。姫は深く一礼し、病室のドアを開けた。
神器の弓と矢、そして白の宝玉を携えた桃花の方様が、ゆっくりとドアをくぐる。
「良かった、これで。」
ドアを閉じて振り返った姫の笑顔に、ようやくいつもの温もりが戻っていた。
数日後、自宅療養の許可が出て、俺と姫はお屋敷に戻った。
その晩、翠と藍を寝かしつけた後、俺たちはリビングでお茶を飲んだ。
いつも通り、穏やかなお屋敷の夜。それがとても懐かしく、そして愛おしい。
いつもと違うのは俺の傷を心配してハイボールがお茶に変わったこと。
そして此所には3人ではなく4人、あの少女も一緒にいること。
「本当はお酒で乾杯したいけど、それはもう少しお預けね。」
「瑞紀ちゃんの卒業式まであと3週間。その夜は乾杯出来るかも知れませんよ。」
Sさんも姫も、すっかり落ち着きを取り戻していた。もう、不意に涙を零したりはしない。
確かに、とても大きな災難だった。俺は深い傷を負い、Sさんと姫は酷く心を痛めた。
しかし、それを乗り越えつつある今、3人の魂を結ぶ絆は以前にも増して強くなっている。
その絆を頼りに、きっと俺は『日常』に戻ることが出来る。そう思った。
772
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:17:56 ID:tG/ByxVg0
「そう言えば、もうすぐ川の神様のお社に参内する日ですね。」
少なくとも今回は、姫かSさんに代理を頼まなければならないと、そう思っていた。
すると、Sさんが少女を見つめて微笑んだ。はにかんだような少女の笑顔。
「R君、それがね、暫くあなたは立ち入り禁止みたいよ。川の神様のお社。
瑞紀ちゃん、一昨日のこと、R君とLに話してあげて。」
「はい。ええと、一昨日の3時少し前でした。翠ちゃんと藍ちゃんは昼寝をしていて、
私とSさんはおやつの準備をしていたんです。そしたら急に翠ちゃんが立ち上がって。」
Sさんは堪えきれない様子でくすくすと笑った。
「眼も開けずに『傷が癒えるまで参内は禁止する。Rに、そう、伝えよ。』って言ったんです。」
「じゃあ、川の神様が。」
「私もそう思ったから翠の前に跪いて、『では私がRの代理で参内致します。』と、
そう申し上げたのよ。そしたら、ね。」 Sさんはもう一度少女に微笑みかけた。
「『Rは近々此処へ戻るから、そなたにはRを頼む。
大丈夫だ。社の心配は要らぬ、手は足りている。』って、そう言った後、
またパタンと横になって寝ちゃったんです。本当に、びっくりしました。」
「寝惚けた顔だし、声は翠のままなのに、殊更に芝居がかった調子でそんなこと仰るのよ。
有り難いけど、もう、私、可笑しくて可笑しくて。」
でも、何で翠に?それは俺の夢でも充分なのに。
「私たちを笑わせて、元気づけようとして下さったのでしょうね。」
話を聞いていた姫が真面目な顔でそう言うと、Sさんは小さく頷いた。
773
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:18:29 ID:tG/ByxVg0
三月一日、少女の卒業式。朝から曇り空。
今にも泣き出しそうな天気だが、少女は輝くような笑顔で玄関を出た。
化粧はせず素顔のまま、長く伸びた髪を首の後ろで軽く束ねている。もちろん、セーラー服。
スカートの丈はやや長め、膝にかかる位。初めて会ったあの日とはまるで別人。
正直これは、ストライクど真ん中...まずい、クラクラする。
「もう、邪道だなんて言えないわね。というより、王道一直線かな?」
Sさんはイタズラっぽく笑い、ガレージに向かって歩き出した。
成る程、Sさんの。道理であまりにも俺の嗜好に、いや待て、そんな事考えてる場合じゃない。
気を取り直して、Sさんの運転する車に乗り込む少女を見送る。おめかしした翠も続く。
翠は少女に良く懐いていて、一緒に卒業式をお祝いするといって聞かなかったのだ。
去っていく車を見送りながら、俺は姫が高校を卒業した日の事を思い出していた。
あの日も朝は曇り空。俺の車に乗り込んだ姫の眩しい笑顔。そして
774
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:19:08 ID:tG/ByxVg0
「Rさん。体調は、もう随分良いんですよね?」
姫の卒業式、その追憶は、他ならぬ姫の言葉で中断された。
「あ、はい、今月中には川の神様のお社に参内できると思います。」
実際、傷の具合はかなり良い。表面の傷口は完全に塞がっている。
それにその日の夕食後、少女の卒業を祝う乾杯では、お酒が解禁になる予定だった。
何かの拍子にくしゃみや咳をするとかなり痛むが、これはまあ仕方ない。
「明日、私とSさんは朝早くから出掛けます。翠ちゃんと藍ちゃんも一緒に。」
ということは。
「あの、じゃあ明日、お屋敷には。」
「はい、Rさんと瑞紀ちゃんが二人きり。私たちは当主様と桃花の方様にお目通りする、
瑞紀ちゃんにはそう話してありますけど、方便です。分かりますよね?」
「あの子に何か良い思い出を、そういうことですか?」
何故か小声になってしまう自分が少し情けない。
「何か特別な事をする必要はないです。夕方までRさんの世話を瑞紀ちゃんに任せるだけ。
一日中二人きりで過ごす、きっとそれだけで十分です。瑞紀ちゃんはRさんのお嫁さんに」
「ちょっと待って下さい。あ痛たたたた。」
「何を慌ててるんですか。瑞紀ちゃんがRさんのこと好きなのは皆が知ってるのに。」
「だ・か・ら、僕はあの子のこと」 「何とも思ってないって言いたいんですね?」
「そうです。」 姫は小さく溜息をついた。
775
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:21:38 ID:tG/ByxVg0
「今度のことがあっても、考えは変わらないんですか?」 「ええと、どういうことですか?」
「長生き出来ないかも知れないのは、術者でも術者でなくても、同じだってことです。」
不意に、胸の奥が痛んだ。何故、急にこんな。
「瑞紀ちゃんが本当にノロになって、Rさんのお嫁さんになるかどうかなんて、
そんな未来のこと、誰にも分かりません。でも、大事なのは『今』瑞紀ちゃんがRさんを
好きだということ。そのためにノロになる決心をして、実際に歩き始めたということ。
すごく遠くて辛い道ですが、少しでも目的地に近づいて欲しい、そう、思いませんか?」
「もちろん思いますよ。でも、それと彼女をお嫁さんにすることは。」
「もう、瑞紀ちゃんのことになると、不思議な位鈍いんですから。
例えば沖縄に帰った後、瑞紀ちゃんが事故や病気で亡くなったらどうなると思いますか?
瑞紀ちゃんはもちろん、Rさんにも悔いが残りますよ。『こんなことならあの時』って。
だから明日1日、瑞紀ちゃんをお嫁さんだと思って接してあげて下さい。恋人でも良いです。
とにかく、できるだけ悔いの残らないように。お願いしますね。」
少女に悔いが残ると言うのは分かる。しかし、俺にも悔いが残るというのは?
しかし、藍を抱いた姫はさっさと自分の部屋に戻ってしまい、
昼食の前にはSさんと少女も帰ってきたので、それ以上この話は出来なかった。
776
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:22:27 ID:tG/ByxVg0
翌朝、朝食も食べずに4人は出掛けていった。
少女と2人の朝食。『悔いの残らないように』と姫は言ったが、やはり気まずい。
俺の事を好いてくれる少女に、気のあるような素振りをするのは正直気が引ける。
少女を嫌いな訳ではない。家事を手伝っている姿や翠と遊んでくれる姿を見てきて、
むしろ今は素直な良い娘だと思っている。でも、それはSさんや姫に対する感情とは違う。
それなのに、お嫁さんや恋人だと思って接するなんて...心の隅に蟠る罪悪感。
朝食を済ませ、ぐだぐだ考えながらリビングで本を読んでいると、
窓から明るい日差しが差し込んできた。何だか久し振りに見る太陽の光。
その時、ふと俺の心も晴れたような気がした。
俺の適性が『言の葉』なら、まずは話をしてみるべきだろう。
後の対応をどうするか、会話の中で答えが見つかるかも知れない。
「瑞紀ちゃん。」 思い切って、キッチンで昼食の準備をする少女に声をかける。
「はい、何ですか?」 少女はタオルで手を拭きながら駆け寄ってくる。嬉しそうな笑顔。
「空が、急に明るくなってね。だから、一緒に庭の梅を見に行こうと思って。どう?」
「行きます、一緒に。火を消して、すぐに戻りますから。」
777
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:25:23 ID:tG/ByxVg0
ガレージの裏側には梅の木がある。白い花の木と紅い花の木が一本ずつ。
盛りは過ぎていたが、まだかなりの花が咲き残っていて、良い香りが漂っていた。
俺たちは暫く黙ったまま、並んで梅の花を眺めた。赤と白のコントラスト、飛び交う小鳥たち。
「奇麗だね。」 「はい、とっても奇麗です。」
「この時期だと沖縄は桜も終わってるよね。梅の花はいつ頃咲くの?」
「お正月が終わった頃に咲いているのを見たことがあります。
でも、沖縄では梅の花をあまり見かけません。もともと数が少ないんでしょうね。
それと、私が見た梅は全部白い花でした。紅い花の梅は見たことが無いです。
その代わり、沖縄の桜はこの梅みたいにピンク色ですよ。私、本土の桜を初めて見た時
あんまり違うので驚きました。ソメイヨシノっていう品種なんですね。」
「そう、沖縄の桜は山桜に近い緋寒桜だって聞いたから、全然違うだろうね。」
それから、また暫く黙ったまま花を見つめた。
「Rさん、体が冷えると傷に悪いと思います。もう、戻りましょう。」
「瑞紀ちゃん、御免。本当は車でドライブとか出来たら良いんだけど。」
「いいえ、私、今日はとても楽しくて嬉しいです。まるでRさんのお嫁さんに...
御免なさい、私、勝手にお嫁さんとか。」
「まあ、それは構わないけど。ノロになる理由を話したらお祖母さんに怒られないかな?」
「私も、怒られるかもって思ってました。でも、笑われました。」 「え、笑われたって?」
「去年の夏休みに、一週間お休みを頂いて沖縄に帰ったんです。その時、祖母に話しました。
そしたら『瑞紀はあの人に似たんだね。』って。その後で色々な事を話してくれたんです。」
「『あの人』って誰のこと?」 その人はこの少女とどう関わっているのだろう。
話の続きはリビングのソファで、少女が淹れてくれた温かいお茶を飲みながら。
778
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:26:05 ID:tG/ByxVg0
「その人は、祖母の夫です。祖母はノロだから籍は入れなかったそうですけど。」
「じゃあ、瑞紀ちゃんのお祖父さんでしょ?『祖母の夫』って、何だか他人行儀だね。」
「早くに亡くなったから私はその人の顔も知らないんです。
でも、祖母の話を聞いて。その人のことが好きになりました。
その人は祖母に『自分は必ず村で一番の漁師になるから、そしたら自分と結婚して下さい。
絶対にあなたに恥ずかしい思いはさせません。』って言ったそうです。
『貧乏だから勉強では身を立てられない。でも必ず村一番の漁師になって、
あなたがノロを辞めてからも良い暮らしが出来るようにしますから。』って。」
勉強と漁師、そのうち漁師を選んだと言うことは。
「もしかして、その人は年下、だったのかな。」
「はい、3つ年下だって言ってました。父親から習ったり、自分で必死に工夫したり、
19歳の時には、もう村で一番の漁師と言われるようになったそうです。」
「それでお祖母さんに結婚を申し込んだ?」
「はい、村中大騒ぎだったって言っていました。それで5人の子供に恵まれて。
その人は早くに亡くなったし、結局籍は入れられなかったけれど、とても幸せだったって。」
「後継者がいたら、ノロを辞めて籍を入れられたかも知れないね。」
「はい。でも、その人が亡くなった後、自分がノロを続けていて良かったと、
後継者が現れなくても自分は死ぬまでノロを続けようと、そう思ったと言ってました。」
「お祖母さんはどうしてそんな風に?」
少女は俺の眼を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
「その人は病気になったあと、ずっとあの集落の海岸を恋しがっていたそうです。
入院してからも『元気になって集落に戻り、せめてもう一度海岸を歩きたい。』と。」
779
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:26:38 ID:tG/ByxVg0
「もしかして、お祖母さんは自分の手で?」
「はい、その人が生まれて育ったあの集落と、その人が大好きだったあの海岸を
死ぬまで守ると決めた、そう言って笑っていました。」
「じゃあ、瑞紀ちゃんはお祖母さんにも似たんだね。」
少女はにっこり笑って頷いた。
「ノロになるための修行を始める前に、祖母とそんな話が出来て本当に良かったです。
好きな人のために、好きな人の暮らす土地を護るために、私はノロになりたい。
それは決して間違っていないと、自信が持てましたから。」
何と爽やかで、そして鮮やかな覚悟だろう。その言葉を聞いているだけで胸が震える。
俺は、間違っていたのかも知れない。
最初の頃の悪い印象をいつまでも引きずって、今の少女の姿を見ようともしなかった。
少女は真摯な態度で範士に師事し、新たな覚悟で『今』を生きてきたというのに。
これが、姫とSさんが俺に伝えたかった事。少女の気持ちを受け入れるにしろ拒むにしろ、
少女の『今の姿』を見てからにするべきだ。そうでなければ悔いが残る。
後で気が付いたとしても、取り返しがつくかどうかは分からないのだから。
「すごいな。瑞紀ちゃんは本当に変わったね。初めて会った頃とはまるで別人。
今の瑞紀ちゃんはキラキラ光って見える。何て言うか、すごく素敵だよ。」
「ありがとう御座います。とても嬉しいです。
でも、私はSさんやLさんのように奇麗じゃないし強くもないですから、未だ全然。
あ、もうこんな時間。すぐにお昼ご飯準備しますね。」
780
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:29:43 ID:tG/ByxVg0
キッチンに向かう少女の後ろ姿に、何故か桃花の方様の後ろ姿が重なった。
Sさんよりもむしろ姫に似た細い体に、あのお方は一体どれ程の力を秘めているのだろう。
以前Sさんから聞いた事がある。『桃花の方様は一族最強の術者であることが珍しくない。』
鬼門を封じ、当主様を御護りする最高位の術者。
確かに、当主様に匹敵する力を持っていなければ務まる筈がない。
御二人は大恋愛の末に結ばれたと、遍さんは話してくれた。
もちろん大変な資質を持っておられただろう。しかし、その資質も磨かなければ光らない。
それどころか、相応の修行をしなければ、強すぎる力はむしろ災厄のもとになる。
桃花の方様になると決めた時、そのために厳しい修行をなさった時、
やはり当主様への愛情が一番の力になった筈だ。
好きな人への想い、こうなりたいという夢が力になる、それは決して悪いことではない。
ならば今、少女の気持ちを拒むと決めて、その夢を断つのは正しいことだろうか。
以前、Sさんが『お勉強』の時間に教えてくれたことがある。修行を続ける上での注意点。
例え叶わずとも、強い夢は力になる。しかし、夢を見ている自分に酔ってはならない。
ふと、姫との初めてのデート、あの海岸へドライブした時の情景が浮かんだ。
『Rさんに好きと言ってもらえるなら、私、騙されていても構いません。』
この一年余りで少女は精神的に大きく成長し、それでも真剣な気持ちで俺を好いてくれている。
なら俺も、心に芽生えた彼女への『好き』を認めれば良い。
『妹』か、『恋人』か、それは全く別の話だ。
『やっと、分かってくれたんですね。瑞紀ちゃんのことになると、ホントに鈍いんですから。』
耳許で囁く、姫の声が聞こえた気がした。
781
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:33:08 ID:tG/ByxVg0
昼食の後、一緒に食器を洗ったり、テレビを見ながら他愛のない話をしたり。
時間は穏やかに過ぎて、4人が帰ってくる時間が近づいていた。
「もうすぐ、皆が帰ってくる時間ですね。」
「外で帰りを待とう。もう一度、梅の花を見ながら。」
「それは良いですけど、暖かい服を着て下さいね。」 「分かった。」
俺たちは並んで梅の花を眺めた。傾いた日差しの中で、梅の花は輝くように美しかった。
「さっきの話だけど。」 「はい?」
「『私はSさんやLさんのように奇麗じゃないし強くもない。』そう言ったよね?」 「はい。」
「それは違うと思う。瑞紀ちゃんはとても奇麗だし、強い。
そしてこれからもっと奇麗になるし、もっと強くなれる。」
「でも、Rさんは...」 「瑞紀ちゃんが、君が、好きだよ。」 「え?」
「今日、俺は君が好きになった。でも、好きになったばっかりで、
それがどういう『好き』なのかまだ分からない。
友達として好き、う〜ん、これは違う。妹として好き、近いかも。でも、正直分からない。
だから、そうだな。瑞紀ちゃんが沖縄に戻っても、時々は一緒に暮らそう。
俺が沖縄に旅行しても良いし、夏休みに瑞紀ちゃんが此処に来てくれても良い。
これから過ごす時間の中で、お互いの『好き』を確かめて、それをゆっくり育てていきたいから。」
「ありがとう、御座います。とっても、嬉しいです。私。」
782
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:34:42 ID:tG/ByxVg0
「25歳じゃなくても良い。ノロになれたら、直ぐに相談においで。
もちろん良い返事が出来るとは限らないよ。どんな返事になるのか、
そもそも僕がその時まで生きていて返事が出来るのか、それは誰にも分からないから。」
「はい、私、必ずノロになります。ノロになって...」
何の躊躇いもなく、不思議な程スムーズに俺の体と両腕が動いた。
少女の正面にまわり、その体をそっと抱きしめる。微かに、薔薇の花の香りがした。
少女の髪も上着も、ひんやりと冷たい。しかし、抱きしめていると、胸の奥が温かくなる。
あの晩、炎さんの術で操られたこの娘が俺を抱き締めた時の感覚とは対極の、温もり。
「修行、頑張って。いつも、応援してる。」 「はい。」
783
:
『玉の緒(下)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:35:55 ID:tG/ByxVg0
少女の涙が乾ききらないうちに、聞き慣れたエンジン音が聞こえた。近づいて来る。
俺は少女の手を取って玄関先に戻った。白いマセラティがガレージに滑り込む。
ガレージの中からドアの閉まる音と翠の声が聞こえた。
どのみち姫とSさんは俺と少女の『成り行き』を知りたがるだろう。
だが、それを口に出して説明するのは照れくさい。それならいっそ。
ガレージの入り口に4人の姿が見えた。
左腕を少女の肩にまわし、しっかりと抱き寄せる。それから4人に大きく右手を振った。
「Rさん、みんなが。」 「疚しいことじゃないし、これなら後で説明する必要がないからね。」
姫とSさんの驚いたような笑顔。 翠が駆け寄ってくる。
「おとうさん、おとうさんもみずきちゃんとなかよくなったの?」
「そう、瑞紀ちゃんは素敵な女の子だから、お父さんも瑞紀ちゃんが好き。
翠も瑞紀ちゃんのこと、好きでしょ?」
「うん、みどりも、みずきちゃんだいすき。だ〜いすき。」
『玉の緒(下)』 了
784
:
藍
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:37:18 ID:tG/ByxVg0
藍です。(結)の投稿まで少々お時間を頂きます。
785
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:55:17 ID:tG/ByxVg0
『玉の緒(結)』
少女が沖縄に帰ってから暫くの間、お屋敷の中は少し寂しくなった。
しかし日が経つにつれ、少女を恋しがってぐずりがちだった翠も少しずつ元気になり、
俺の傷も順調に回復して、お屋敷は元の賑やかさを取り戻しつつあった。
そして、庭の桜が咲き始めた頃。久し振りに川の神様のお社へ参内すると決めた。
立ち入り禁止期間に参内を休んだのは3回。皆で相談して参内するのを決めたのは一昨日。
その後も翠が神託を受けなかったのだから、既に立ち入り禁止は解けているのだろう。
俺が軽の4駆を運転し、Sさんと二人で出発した。車の運転は本当に久し振りだ。
Sさんは助手席の窓を全開にして、山道の景色を眺めている。 少し寂しそうな横顔。
「炎さんと紫さんのことを考えてる。そうですよね?」
Sさんは俺の顔を見て少し笑った。「正解。じゃ、どんな風に考えているかは?」
「もう少し炎さんに、優しくすれば良かった。あの縁談も、もう少しちゃんと聞けば良かった。
こんな感じ、で、どうですか?」
Sさんは眼を丸くして俺を見た。「驚いた。術も使ってないのに、どうして?」
「炎さんはあの晩、僕に紫さんの事を話してくれました。
どんな内容だったか、桃花の方様の術をSさんも聞いていたんですよね?」
Sさんは小さく頷いた。
786
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:56:00 ID:tG/ByxVg0
「『Sが俺との縁談を断ったのを知った時、紫は『自分を妻に』と言った。』
紫さんはずっと炎さんを愛していたのに、何故縁談を持ちかける前でなく、
Sさんが縁談を断ったのを知った後で『自分を妻に』と言ったんでしょうね?
もし、Sさんが縁談を承知したら、自分の想いは永遠に報われないと分かっているのに。」
Sさんは黙ったまま、俺の横顔をじっと見つめている。
「答えは簡単です。Sさんに縁談を断られて、炎さんはとても落ち込んだんですよ。
他の人には弱みを見せなかったでしょうけれど、
紫さんはとても炎さんの様子を見ていられなかった。
だから、秘めてきた自分の思いを思わず口にしたんです。
Sさんもそこに気付いて、炎さんが自分に恋愛感情を持っていたことを知った。
それなら、もう少し炎さんに。あの縁談も。そう思うのは当然だろうな、と。」
そう、炎さんの気持ちを知ったのならそれは当然。もちろん俺自身を卑下しているのではない。
あの縁談には術者を生み出す計画だけでなく、炎さんのSさんに対する恋慕の情が
含まれていた。今回の事でそれがSさんに伝わった。むしろそれが嬉しいと思う。
自分たちの出自が特殊であること、それ故に大き過ぎる期待を背負って生きること。
炎さんたちは常にそれらと向き合って来たのだろう。
せめてその気持ちだけは、Sさんに知って欲しいと思う気持ちになっていた。
787
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:57:19 ID:tG/ByxVg0
Sさんは右手をそっと俺の左手に重ねた。
「半分正解。私、もう少し炎に優しくすれば良かったって、縁談もちゃんと聞けば良かったって、
確かにそう思った。でも、そう思っただけ。今と違う自分を望んではいない。
炎と紫の魂が『不幸の輪廻』に取り込まれたとしたらとても悲しいし、
何か自分に出来ることはないかと考えるわ。きっとあなたも、Lも同じ気持ちだと思う。
ただ、炎にもう少し優しくしていても、ちゃんと縁談を聞いていても、何も変わらない。
私の答えは1つ。何があっても、私には、あなただけ。」
「有り難う御座います。Sさんはそう言ってくれると思ったから、嫉妬はしませんでしたよ。」
「ふふ、やっと、自分に自信を持ってくれたのね、嬉しい。
でも、答えは未だ半分残ってる。残りの答えを聞かせて頂戴。」
Sさんも俺と同じ疑問を持った筈だ。Sさんなら疑問の答えが分かるかも知れない。
「どうやって紫さんは炎さんに『あれ』の存在を伝えたのか。それを考えていた。どうですか?」
「お見事、正解。」 「Sさんならその方法に心当たりが?」
「いいえ。紫の適性もあわせて考えて見ても、思い当たる術は無い。
炎と紫の絆が鍵だと思うけれど、その場の経緯が分からないとそれ以上は。」
「紫さんの件についての調査は進んでいるんでしょうか。」
「まだ調査は継続中だけど、おそらく『あれ』は依頼人の中に潜んでいたのね。
一族に害をなすには、力のある術者の中に潜み、機会を待つのが早道だから。
紫の中に入り込んだ『あれ』は依頼人を殺し、その魂を『不幸の輪廻』に送り込んだ。
当然、紫が業に呑まれたと誰もが思うし、紫より力のある術者が派遣される。」
788
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:58:07 ID:tG/ByxVg0
「じゃあ、最初からそれが。」
「そう、『あれ』は宿主の力を自分の力の触媒として使う。
だから、どれだけの力が使えるかは宿主の力の強さに依存する。
炎クラスの術者が宿主なら、どんな術者にも力で劣ることはない。
それに、休眠を続けていれば、何時かは当主様に接触する機会も巡ってくる。
炎の中で休眠し、チャンスになれば目覚めるようにトリガーをセットしてあった。完璧な計画。
でも、どうしてか、紫は『あれ』の存在に気付いてそれを炎に伝えようとした。
そして、炎も気付いた。自分の中に『何か』が入り込んでいる。
しかも、自分が全く気付かないうちに。それなら入り込んだのは間違いなく『あれ』。
そうでなければ、そんなに容易く入り込まれる筈がない。
ただ、気付いたとしても、どう対処すべきか。炎は焦ったでしょうね。」
「たとえば炎さんがその存在を『上』に伝えようとすれば、『あれ』が目覚める訳ですね?」
「そう、その名やその存在を口にすれば、『あれ』が目覚めて自分は完全に乗っ取られる。
炎の力を触媒にすれば、『あれ』は一族を壊滅させるほどの力を使えたでしょうね。
だから、炎は必死で考えた。その答えがあなた。人質を取ってでもあなたを呼ぶ、と。」
心に幾重にも鍵を掛けたまま、それでも会話を通して『あれ』の存在を感知出来る適性。
さらに『あれ』を滅ぼすことの出来る神器の持ち主。 だから、俺。
そう思ったから、炎さんは俺の適性とあの剣に全てを賭けた。
もちろん俺がそれに気付いた瞬間、自分の命は無いという覚悟の上で。
789
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:58:41 ID:tG/ByxVg0
しかしその存在に俺が気付いた時、『あれ』は俺と炎さんを嘲笑っていた。
「どうして『あれ』は、さっさと僕を殺さなかったんでしょうか?」
「まずは様子見。炎とあなた、どっちの中に潜んでいるのが有利なのか。
次に油断、『たかが人間に何が出来る』。そう、見くびっていたのね。」
此所まで話してくれたのだから、もう1つ、質問しても良いだろう。
「ずっと、疑問に思っていたんですが。」 「何?」
「炎さんは、僕があの術で『あれ』に対処すると予想していたんでしょうか?
もしそうなら、僕があの術を使える事を、あらかじめ知っていた事になりますね。
Sさんは暫く窓の外を見つめた後、小さく溜息をついた。
「今考えれば、あなたが対処する方法はあれしかなかった。
でも、それはあくまでも後知恵。私があなたの立場だったとして、
あの術をあんな風に使って対処する方法を思いついたかどうか分からない。
炎がそれを期待していたとしたら、あなたと炎には共通点が有ったということ。
術に対する感覚、極限状態での行動や考え方、そしてその覚悟も。」
言われてみれば、炎さんも俺も、Sさんを好きになった。確かに似ている部分がある。
あの晩、炎さんは俺を『いちいち気に触る』と言った。
あれは、一種の近親憎悪から出た言葉だったのだろうか。
790
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 18:59:11 ID:tG/ByxVg0
「私の得意な術。だからとうにあなたには教えてある、炎がそう予想してもおかしくない。
でも実際には、私があなたにあの術を教えたのは事件の前日、ギリギリのタイミング。
私、ずっと考えてたの。どうしてあの日、あなたにあの術を教えようと思ったのか。
でも、分からない。不思議、としか言いようが無い。それにもっと不思議なのは。」
「その前の晩、僕がどうしてあの夢、予知夢を見たのか、ですね?」
「そう、その夢を見たからあなたはあの術を試す気になった。まるで予行演習。
一度も試した事がない術が、精神的に追い込まれた状況で成功する確率はほとんど無い。」
確かに、偶然で片づけるにはあまりにも。その直後、ある名前が脳裏に浮かんだ。
『憶えておいて欲しい』と言われ、一生忘れないと誓った名前。
何故その名前が浮かんだのか、全く分からない。
だが、その名前を思い出したのだから、俺は大丈夫。そう思った。
俺の魂が穢れているなら、その名前を思い出せる筈がない。
『本当は俺の魂は穢れている。しかしSさんと姫の気持ちを汲んで、
当主さまと桃花の方様はそれを『上』には隠したのではないか。』
心の隅にずっと蟠っていた不安が跡形もなく消えてゆく。そう、俺は大丈夫。
だが、一連の信じがたい幸運を『御加護』とし、単純に喜ぶことはできない。
もう1つ、最大の疑問が残っている。
791
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 19:00:34 ID:tG/ByxVg0
「今回の幸運は偶然が重なった結果だったのか、あるいは御加護があったのか、
それは確かめようがありません。でも、絶対に確かめておかなければならないことが有ります。」
「何故『あれ』が現れたのか、どんな経緯で、誰が関わっているのか。そうでしょ?」
「はい、ただでさえ数少ない『あれ』の記録は、どれも200年以上前のもので、
しかも遠い昔に、神さまの御加護を受けた術者達によって、全て封じられている筈ですよね。」
あれから何度も、俺なりに図書室の記録を調べてみた。
『あれ』は悪霊というより、邪神に近い存在。高位の精霊が人間に害をなすように変化したもの。
だが、それらは既に封じられ、200年以上もその活動は確認されていなかった。それなのに。
「血眼になって『上』が調査してるのも、まさにそれよ。
『あれ』が封じられている場所を全てあたって、封印の状況を調べている途中。
その封印を破り、邪な契約を結んで一族を壊滅させようとした者がいる。
そう考えるのが一番単純な解釈だから。 それに『あれ』が焼き尽くされたということは、
契約は完成していない。契約の対価となる命を受け取るべき『あれ』が滅びたのだから。
つまり『あれ』の封印を破った者は、未だ生きている可能性がある。」
そこまで話すと、Sさんは微かな笑みを浮かべた。
「ただ、どんな力を持っていても、そう何度も封印を破ることは出来ない。
生きているとしても、今回の失敗でかなりのダメージを負っている筈。
あの後『不幸の輪廻』の活動は通常のレベルに戻ったみたいだし、取り敢えず一段落。
それは間違いないと思う。ただ、念には念を入れて、そういうこと。」
792
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 19:01:14 ID:tG/ByxVg0
封印の場所を知り、それを破る力を持った者。
一族に害をなす計画を立て、術を使って『あれ』と契約した者。
依頼を装い、疑われることなく紫さんを呼び出した者。
Sさんは敢えて口にしなかったのだろうが、それらの条件を満たすのは術者だけだ。
しかも依頼の経緯を考えれば、1人で実行出来る計画だとは思えない。
一族に縁の術者たちか、あるいは別の系統の術者たちか。
どちらにしても、『上』の調査の結果によっては、今後更なる対応が必要になる。
大がかりで、しかも、かなり気の重い。いや、今それを考えるのは止そう。
全ては『上』の調査次第。その結果が出ない限り、俺たちに出来ることはない。
ただ、細心の注意を払って日々を過ごし、自分自身と家族を守るだけだ。
793
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 19:02:02 ID:tG/ByxVg0
車を停め、久し振りに参道の入り口に立つ。 俺は息を呑んだ。
2月の2回。3月の1回。計3回の祭祀と掃除の日は『立ち入り禁止』で参内していない。
あちこち、たくさんの落ち葉が積もっているだろうと思っていたのだが...
参道にも、手水舎とその周辺にも、全くと言っていい程落ち葉は落ちていない。
そして、いつも俺が落ち葉を掃き集める場所に、落ち葉の山。
「これ、どういうこと...一体誰が?」 Sさんも落ち葉の山を見つめている。
強い風が吹けば、直ぐに落ち葉の山は崩れる。ということは。
「Sさん、ちょっと拝殿と本殿の様子を見てきます。」
俺は小走りで拝殿に向かった。もしかしたらまだ。
拝殿、瑞垣の外から様子を見る。やはり落ち葉は落ちていない。本殿は?
本殿の正面。瑞垣の中に入ると、女の子の声が聞こえた。
「兄様、こっちよ。」
「もう、お仕事は済んだのだから、早く帰らないと。」 「嫌だ。少し遊びたい。」
パタパタパタ、軽い足音が本殿の右側から近付いてくる。
「あっ!」
小さな、5〜6歳の女の子が、俺の右側、3m程先で派手に転んだ。
白い着物。少しの間を置いて、大きな泣き声。
思わず駆け寄ろうとしたが、何とか立ち止まった。
女の子の後を追ってきたのだろう。12〜13歳の少年が女の子を抱き上げる。
「だから言ったろ。お社で走ってはいけないと。」
次の瞬間、女の子を抱いた少年と目が合った。女の子と同じ、純白の着物。
794
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 19:06:59 ID:tG/ByxVg0
少年は、俺の目を真っ直ぐに見つめた後、深く頭を下げた。
「このお社の祭主様だよ。紫、ご挨拶なさい。」
...やはり、そうだった。あの夢の中の会話が鮮やかに蘇る。
少年が女の子の涙を袱紗で拭う。女の子は一度鼻をすすってから小さく頷いた。
「祭主さま、紫と申します。今日はお仕事を仰せつかったので、兄様とこちらに参りました。」
2人に歩み寄り、ゆっくりと跪く。 少年と女の子は澄み切った笑顔を浮かべている。
「ご助力頂き、心から感謝致します。今後機会がありましたら、是非よしなに。」
一礼して顔を上げる、既に2人の姿はない。
立ち上がり、振り返ると、すぐ後ろにSさんが立っていた。
「Sさんの答えは正しかった。僕は、そう思います。」
Sさんは大きく、何度も頷いた。奇麗な眼が赤く潤んでいる。そっと、小さな肩を抱いた。
「あの晩の出来事。眼が覚める前に不思議な夢を見たんです。
川の神様が2人の魂を救って下さる夢、それはきっと正夢だと、ずっと信じていました。」
「もし、私が炎を受け入れていたら、こうはならなかった。
あの縁談を断って、あなたと出会えたから、あなたを愛したから、こんな風に。
炎と紫にとっても、これはハッピーエンド。ね、そうでしょ?」
「はい、間違いなくハッピーエンドです。」 「後でLにも話して上げなきゃね。」
「今日は久し振りに僕が夕食を作ります。腕によりを掛けて。
みんなで美味しいものを一杯食べて、元気出しましょう。」
795
:
『玉の緒(結)』
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 19:08:02 ID:tG/ByxVg0
鎮守の森、廃村の跡、彼方此方で桜の花が咲き始めていた。
厳しい冬が終わり、もうすぐ新しい春がやって来る。Sさんと、姫と出会って5度目の春。
家族5人。そして、沖縄に帰りノロになるための修行を始めたあの少女。
それぞれの胸の中に、きっと、暖かい春の風が吹いている。
『玉の緒』 完
796
:
藍
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/17(金) 19:15:28 ID:tG/ByxVg0
皆様、今晩は。再び藍です。
頂いているコメントに返信もしたいのですが、体力が持ちません。
少し(?)眠って、その後返信が出来るかどうか確かめます。
取り敢えず741様の投稿の流れを切る事が無かったので安堵しました。
済みません、それではこれで。
797
:
名無しさん
:2014/01/17(金) 22:08:11 ID:c8u1.WMc0
良かった・・・祟られ屋さん生きてたんですね。
落ち着いたら是非お話聞かせてください
798
:
名無しさん
:2014/01/17(金) 23:32:00 ID:c8u1.WMc0
藍さん「お仕事」お疲れ様でした。今回のお話は何故か身を切られるような印象でした。
お手配になったら逃げれない、でも自分は生かされているなかで最大限の自分の意思を体現する。
人間の魂の段階が上がる事を神様は望んでいるという話を聞いたことがありますが、やっぱりそうなのかな・・
「あれ」はLさんの中に入る予定だった物ですかね。だとしたら因果は既に解き放たれていてKさんが亡くなった後も詰め切れなかったと見るべきですかね。
代に憑依させる存在のレベルは、御影さんレベルのもので、それを使って党首さんに戦いを挑み、勝利の後に、分家が一族の本流として勝鬨をあげる。黄龍さえ手に入れば掌握は可能。分家さんの反乱はそんな計画かと思ってました
炎さんが紫さんの魂を何らかの形で託すのだと思っていましたが見事に予想が外れました。もっと壮絶で悲壮で気高かったです。
有難うございました。
799
:
名無しさん
:2014/01/18(土) 02:22:05 ID:kh.FBvIU0
小さい紫の登場に、思わず涙が。
縁というものの不思議と巡り合わせに、何か考えさせられました。
藍さん、作者さま、ありがとうございました。
どうぞゆっくり休んでくださいね。
800
:
名無しさん
:2014/01/18(土) 13:36:00 ID:fjt5POvg0
どうして炎さんは言霊の力を欲したのか。それを考えていたのですが
全身全霊で想いを届けたかったんですかね。そう思います。
801
:
名無しさん
:2014/01/18(土) 16:09:44 ID:vgTS9ka20
藍さん知人さんありがとうございました。
今回もさらに面白くて怖くて深く心にしみる素晴らしい物語だと思います。
これからもう一回読み返します。
802
:
藍
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/18(土) 23:16:32 ID:5YeLffqk0
皆様今晩は、藍です。
仮眠をするつもりが、気がついたら日付が変わって午後1時過ぎ。
小一時間、弟に小言を言われて本当に参りました(心配掛けて御免)。
まあ、気にせず頑張ります。それより、『玉の緒』の投稿が終わり、
次の作品がどうなるのか全く分からないのが気がかりです。
>>719
コメント感謝致します。
七面山、いつか機会があればと思いますが、
立ち入りを許可して頂けるかどうか自信がありません。
>>735
>>736
>>798
>>800
「徳島さん」でしょうか?(間違っていたら御免なさい)
いつも丁寧な、深いご考察、感謝致します。
楽しいコメント。子の名前で「中性」、深夜に大笑いして弟に怒られました。
かと思えば、このお話でRさんが炎さんの優しさに触れること、
炎さんの想いがSさんに届いたこと、見事な予想で、いつもながらご慧眼に感服です。
この事件の首謀者は「分家」と関わりがあるという点、私も同意見なので、
今後の展開を期待したいと存じます。
803
:
藍
◆iF1EyBLnoU
:2014/01/18(土) 23:17:45 ID:5YeLffqk0
>>737
コメントありがとうございます。
(中)以降の展開がご期待を裏切っていなければ良いのですが。
>>738
いつも温かいコメント感謝します。
詳しい事情は分かりませんが、残りを早く投稿出来て良かったです。
(中)以降はお楽しみ頂けたでしょうか。
>>799
縁と巡り合わせの不思議さ、同感です。
それから、紫ちゃんのご挨拶の台詞も印象的でした。
>>801
読み返して頂くというのは本当に嬉しいコメントです。
この作品の投稿が終了して、次の作品がどうなるのか全く分からなくなりました。
一緒に次の作品を期待出来ればと存じます。
804
:
と、徳島です
:2014/01/19(日) 00:25:14 ID:VVmb9qIY0
藍さんこんばんわです。私句読点とかが独特なのですぐに解ってしまうらしいです(><)開き直ってコテハンをば。
七面山は現在では禁則地ではありませんし、女人禁制でもありません。普通にカップルが頂上でコーヒー沸かして飲んでます。生臭ものだけは持ち込まなければOKじゃないですかね。
本当は前修行は13番を読めばよかっただけなのに、何故かスイッチが入ってしまい、メールをよく読まずに飛び出して登ってしまったのが実情です。
身延山(本山)、七面山(修行の御山)はセットなので七面山下山後に超特急でロープーウェイに乗り込み、両方とも1日で登ってきました
正直に言いますと、予想は本当は大外れでして(汗)業に飲まれる事=悪い存在に乗っ取られる、と思ってたので、厳密には両者は違うのですね
監視がつく前に炎さんが外法を使って妹さんをサルベージし、Rさんに託す。そんな展開を「第一希望として」考えてただけです。だからお子さんの名前を考えてました
別の予想で、業的に考えたら、外法を既に使ったSさんも、それによって生まれた緑さんもまずいんじゃないの?と。Sさん生きててほしい派の私としては困った訳です。
まさかの炎さんが亡くなるとはショックです(TT)
しかし、「深淵を覗くものは」と書いてた自分が怖い(汗)これはびっくりさせてしまったのではないかと気を揉んでました。
白龍さんがさりげなく出てきましたね。あとは青竜さんだ。また大きな課題がありそうですね。
PS:お話の投下が「お仕事」になられたようですが・・わ、私の書き込みが原因になってなければいいのですが
805
:
名無しさん
:2014/01/19(日) 00:35:52 ID:EKDX4HS60
途中で既にウルってしまってたけど、最後の最後でこんなことが。
ハーレム状態は苦笑だけど、参りました。
806
:
枯れ木も山の賑わい
:2014/01/19(日) 09:33:57 ID:v9goFvnw0
16時間以上、ピクリともせずに寝ているのを見たら心配するのは当たり前。
しかも昨夜は居間のPCの前で変な声で笑ってるし、もう心臓が止まるかと。
でも最近は、前の仕事してた時より生き生きしてるからOK、で良いのかな。
まだ居間で毛布にくるまってるこの寝坊助が、今日は何時に起きるのか分かりませんが。
>>800
「どうして炎さんは言霊の力を欲したのか。」
「言の葉」の適性、「言霊」の力を持つ術者は久しくいなかったという事なので、
もしもの時のために、炎さんはそれを会得しておこうと思ったと解釈してました。
でも、Sさんへのプロポーズのためだと考えた方が、良い感じですね。
>>805
「ハーレム状態は苦笑だけど」
初めからSさんLさん、どちらか一人に絞った設定なら一般受けしそうなんですが、三人目となると。
兄妹婚の話もありましたし、共感してくれる方々はほとんどいないでしょうね。
807
:
と、徳島です
:2014/01/19(日) 20:04:49 ID:VVmb9qIY0
おお、枯葉さん
小一時間(爆笑)お疲れ様でした。藍さんって、楽しい気分になると、静かな雰囲気の処でも話し声が大きくなる方の様な気がしますWW
ブレーキ役が必要なんですよね、そういう方は。
私?ハハハハハ(汗)
お話の中で、ノロの漁師の旦那さんの話が出ましたが、やっぱり技術を習得し、立派な術者になって成し遂げたい事の中にSさんの事が
あったような気がします。
物調面の中に鋼の意思を持ち、Rさんに似た方と言う事ならそうなるでしょうね。
はっ?なん・・・だと?炎さんもセーラー服が好きかも・・・だとWWW
808
:
と、徳島です
:2014/01/20(月) 12:31:31 ID:TPfEelj.0
>>806
>「初めからSさんLさん、どちらか一人に絞った設定なら一般受けしそうなんですが」
はっ・・・・。すっかり慣らされちゃって違和感感じなかったとは言いにくい。
(まあ、昔の術者集団は力の維持の為に一般的にこの手法をとってたらしいですね)
はっ・・・・。本音と建前が逆にWWW
「中性」って男でも女でも通用する名前って事で考えてたのですが・・・そのあとの「炎さんの想いが通じますように」
と結構いい事書いたつもりなのですが、その前で吹き出したとなると、そこにお姉さんに突っ込んでほしかった気がしますWW
809
:
枯れ木も山の賑わい
:2014/01/21(火) 20:55:17 ID:tqUwSbrY0
>>807
>>808
ブレーキ役と言われればそんな気もしますね。
端から見てる分には面白い人ですよ。良くも悪くも「極端」。
夢中になると3日位寝ないで何かやってるのは普通だし
逆に一週間位ボケーッとして反応が薄い時もあります。
小さい時からオカルト系への興味も強かったです。
何が見えるのか時々変なこと言って周りを驚かせて
それがまた妙に当たるので母が困ってたのを覚えてます。
事情があって二人で暮らすようになってからは益々そんな感じ。
こんなんで良くこの仕事やってられるなと思ってたので
ちょっともったいない気もしますが、今の状態は正直納得です。
自分としてはこれらの物語の設定に違和感はありません。
何時か書いたような気もしますが「誓詞」を読むと
少子化の影響を受けているという辺り、妙にリアルに感じますから。
でも、まあ現代の感覚とは盛大にずれてますから
これが原因で入り込めない人がいるだろうし、それが残念かなと。
810
:
と、徳島です
:2014/01/21(火) 23:48:19 ID:fvB3gyhM0
>>809
こんばんわです。明日は5時起きして後輩と一緒に冬山登山の私です。山頂まで行ければ小さなお社にお参りできるのでルンルンです。
>「 自分としてはこれらの物語の設定に違和感はありません。」
わはは、何か見透かされた感じで(恥)なんだかホッとしました。大分私もこの物語に感情移入があるようです
うーむ、藍さんなのですが、ちょっとうっかりお稲荷さんとかにお参りしちゃうとダメな方ですか?知人にもそういう人が居るものですから何となく。
だから七面山登山に許可が居るのかと。
今回の物語は何度も何度も、出会いと同じくらい読み返しています。何かが浮かびそうで掴めません
うーん、誰かが幸せになるお手配かも。物事の考え方、受け止め方として、今の自分に当てはめてとても厳しいものを感じますが、気付いたら感情を乗り越えてほしいとだけ。
えっ?私? もう泣きそが入りそうでWWWW
811
:
名無しさん
:2014/01/23(木) 11:38:30 ID:1a4RU8w60
何のために雑談スレがあるのか
812
:
名無しさん
:2014/01/23(木) 18:16:07 ID:rVGAa.3w0
ここは雑談禁止だったの?
813
:
名無しさん
:2014/01/23(木) 18:30:44 ID:h1ZOoYSY0
雑談が続くようならそれなりのスレに移動すべきだと思うよ
814
:
名無しさん
:2014/01/23(木) 19:57:48 ID:cS3hh6mYO
感想じゃないの?
815
:
名無しさん
:2014/01/23(木) 20:29:23 ID:rVGAa.3w0
雑談スレがあるから、雑談するなら
そのスレですべきとはならないよ
816
:
名無しさん
:2014/01/23(木) 20:35:30 ID:rVGAa.3w0
なんかわかりにくくなったと思うので、書き直しますね
雑談スレがあるから、雑談はそのスレですべきってことは無いと思う
書き込みのあったスレで語り合えるなら、それでいいと思うよ
817
:
名無しさん
:2014/01/23(木) 22:24:48 ID:90NbCKUM0
内容に関する事みたいだし、雑談も問題ないと思うけど
怖い話スレで、雑談のみの人間がコテは止めて欲しい。
掲示板で不必要なコテがあふれると、そのスレッドが寂れるから。
どうしてもコテ名乗りたかったら、それこそ別スレでやって欲しい。
818
:
枯れ木も山の賑わい
:2014/01/23(木) 22:49:36 ID:IK4pJuow0
『雑談』の定義、難しいですねぇ。
『徳島さん』のコメントは雑談と言うにはあまりに深く、
物語に関する予想も不思議な位に的中していますが。
だからこそ責任を持ってコテで書き込む、問題無いと思います。
姉の書き込み通りなら、この後雑談自体減少していくと思うので、もう少しで自然消滅。
不愉快に思われる方には本当に申し訳ありませんでした。
819
:
と、徳島です
:2014/01/23(木) 23:55:04 ID:CaLg51K20
>>813
>>817
ご意見頂戴しました。
一応、関係者様が出るまで一歩引いて静かにしておこうと思ったのです。お返事遅れましてすみません。
雑談スレですが、実はあまり書き込みの雰囲気が宜しくなくて。誘導と言うかそこで参加して頂くには忍びないという印象がありました。
それで、投稿者の方との対話はここのほうが良いかな?と思ったのです。時々サービスで謎解きもして下さるし、正直甘えもございました。
コテハンに関しましては、書き込みの件、確かに責任を持たねばならないという事と、投稿者様への負担が減ればという考えでした。
ご不快な思いをさせてすみませんが、このお話もあと少し。どうかご寛恕願えませんでしょうか?
皆の掲示板なので、心苦しいですが、最後までどうか良い雰囲気で。
820
:
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 00:32:08 ID:i66qlXSQ0
テスト
書き込めるか?
いつものようにコソーリと投稿させて頂きたいと思います。
ただ、久々に文章を書いたのでエラく長いものになってしまいました。
投稿自体も久々なので、手際よく出来るか判りません。
そして、本日、プロバイダーの機器点検?か何かでAM2:00より、断続的に接続が切れるらしいです。
一応5分割しました。
時間までキリの良いところまでという事でご容赦ください。
821
:
回帰1 妹と
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 00:36:01 ID:i66qlXSQ0
バスルームで汗を流していると電話の鳴る音がした。
子機を持って来た妹の久子が強張った表情で言った。
「お兄ちゃん、電話よ。……木島さんって方から」
「そうか」
そう言って、俺は久子から子機を受け取った。
用件は判っていた。
3ヶ月近くの間、俺はこの時を待っていたのだ。
用件を聞いて電話を切り、俺は子機を久子に渡した。
俯いたまま子機を受け取った久子が、消え入りそうな声で言った。
「行くの?」
「ああ」
暫しの沈黙の後、久子が口を開いた。
「行かないで欲しい……ずっと此処にいてよ、お兄ちゃん!」
「そうは行かないだろ?……マミを迎えに行って遣らないと」
「私は嫌よ……行かせない。絶対に!
行かないで。……このまま、ずっと私の傍に居てよ。お願いだから。。。」
822
:
回帰1 妹と
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 00:38:15 ID:i66qlXSQ0
「そう言う訳には行かないだろ?マミが待っているのだから」
「本当に?……あの娘とは、もう終ってしまったんじゃないの?」
久子の言葉は、俺の中にあった怖れを抉り出した。
「あの娘と関わったら、お兄ちゃんは、また、危ない世界に戻らなければならなくなるんじゃないの?
あんなに抜けたがっていて、やっとの思いで抜け出したというのに。
……私は嫌よ。あんな思いをするのは、もう絶対に嫌!」
久子は泣いていた。
「マミは家族だから、……お前の大切な妹だから、迎えにって遣らないと」
「それでも嫌。……私、あの娘には、もう2度と戻ってきて欲しくない。
判ってる。……私、酷い事を言っているよ。でも嫌なの!」
「何故? お前は誰よりも、アイツの事を可愛がっていたじゃないか。本当の妹のように。
お前、マミのこと、嫌いだったのか?」
「ええ、嫌いよ! お兄ちゃんと関わった女の人達なんて、みんな嫌いよ。最初からね!
マミちゃんも由花さんも、……会った事は無いけれど、……命懸けでお兄ちゃんを守ってくれた人だけど、アリサさんも!」
「何故?」
「理由なんて、……理由なんて無いわよ!
でもみんな、お兄ちゃんを不幸にする。お兄ちゃんを傷つけて、危険な目に遭わせる。
……あの人たちのせいで、お兄ちゃんはいつか命を落す。そんな気がしていたのよ!」
823
:
回帰1 妹と
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 00:40:24 ID:i66qlXSQ0
「心配性だな。考えすぎだよ」
「はあ?何を言っているのよ!……実際に、2度も命を落し掛けているじゃないのよ!
……お兄ちゃんは、全然、判ってくれないんだね。。。
子供の頃から、お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも、私も、……いつも心配していたわ。
いつか、……いいえ、明日にでも、お兄ちゃんが居なくなってしまうんじゃないかって。
二度と会えなくなっちゃうんじゃないかって……いつも怖かった。今でもね!
私達、家族なのよ? 本当の……偶には振り返ってよ。
あの娘の事ばかりじゃなくて、私のことも見てよ!……お願いだから。。。」
泣き出した久子を抱き寄せて、彼女の頭を撫でながら俺は言った。
「お前、相変わらず嘘が下手だな。
そんな事を言っても、本当は、マミのことを心配しているんだろ?」
「ええ。……それでも、……マミちゃんとお兄ちゃんは、……嫌」
「何故? ヤキモチか何かか?」
「そんなんじゃないわよ。……いいえ、それが全く無いとは言わないわ。
それでも、私は別に、お兄ちゃんが恋人を作ったり、結婚すること全てに反対と言っている訳じゃないのよ。
でも、マミちゃんは駄目。 あの娘は……お兄ちゃんと一緒に居るには、脆すぎる。傷付き易すぎる。
お兄ちゃんも弱い人だから、傷つき易い上に、立ち直りが遅いわ。
あの娘に何かがある度に、あの娘の事で傷ついて、いつまでも自分を責め続ける。
由花さんやアリサさんみたいにね。
お兄ちゃんの相手は強い人じゃないと。……祐子さんみたいな。
祐子さん、……私のせいで駄目にならなければ、お兄ちゃん達、今頃。。。」
俺は、語気が荒れそうになるのを抑えながら言った。
「お前は、何も悪くない。 それに、祐子は同級生で、ただの昔の勉強仲間だよ。
それ以上でも、それ以下でもない」
824
:
回帰1 妹と
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 00:42:36 ID:i66qlXSQ0
マミは、三瀬と迫田の暴力と、醜い男の欲望に晒され続けて、今尚深いトラウマを抱えたままだ。
そして、持ち前の気丈さで人に悟られまいとしているが、久子もまた、マミと同様の男性恐怖や嫌悪を抱えている。
久子が、マミを引き取る事を俺たちの両親に強力に働きかけてくれたのは、同様の心の傷を抱えた者同士だったからでもあるのだろう。
久子もまた、学生時代に顔見知りの男に襲われ、深く傷つけられた経験があるのだ。
だが、久子のトラウマの原因は、犯人の男よりも、むしろ俺自身の『狂気』だったのかもしれない。。。
まだ、ストーカーという言葉も一般的でなかった頃の事だ。
久子は2年以上に渡って、中学時代の同級生による執拗な付き纏いを受けていた。
ストーカー規正法もまだなく、相手の保護者に再三抗議したが、その男の付き纏いが止まる事はなかった。
やがて俺は一浪、久子は現役で大学に進学し、地元を離れた。
俺たちは家賃の節約も兼ねて、同じ部屋に同居して大学に通学した。
地元を離れて油断していた俺たちは、ストーカー男の存在をほぼ忘れかけていた。
そんな時に事件が起こった。
祐子たち勉強仲間と自主ゼミを行った後、俺は祐子に誘われて彼女の部屋に寄って、予定より1時間ほど遅れて帰宅した。
点いているはずの部屋の灯りは消えていた。
医学生だった久子は、急に帰宅時刻が遅くなる事も少なくなかったので、特に不審には思わなかった。
だが、玄関のドアの鍵が開いていた。
部屋に入ると玄関先にスーパーのレジ袋と中身が散乱していた。
部屋の奥から人の気配がする。
照明のスイッチを入れて、「久子?」と声を掛けた瞬間、暗いままの奥の部屋から誰かが駆け出してきて俺にぶつかった。
男の襟首を掴んで奥の部屋を見ると、半裸状態の久子が海老のように体を丸めて横たわっていた。
俺は全身の毛が逆立つのを感じた。
そして次の瞬間、逃走しようとした男に俺はナイフで刺されていた。
825
:
回帰1 妹と
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 00:44:36 ID:i66qlXSQ0
冬物の革のライディングジャケットのお陰で、出血は派手だったが、傷自体はそれほど深いものでは無かった。
ヌルヌルとした血の感触に、俺は逆上する訳でもなく、むしろ異様に冷めた精神状態になった。
左手で男の顔面を掴み、そのまま人差し指と中指を男の目に捻じ込み、思い切り握り込んだ。
グリッとした硬い手応えと共に、男は獣のような凄まじい叫び声を上げた。
本能的な行動だったのだろう、男は顔面を抑えたまま、玄関の方へ逃げていった。
玄関を出て、廊下の壁にぶつかりながら、階段の方へと逃げて行く。
階段の前に来たところで、俺は後ろから男の襟首を捕まえた。
そして、股間部を掴んで男を持ち上げると、頭から階段に投げ落とした。
男は、階段の中ほどに頭から落下し、そのまま転がり落ちていった。
騒ぎを聞きつけて出てきた、隣の部屋の女学生が俺の姿を見て悲鳴を上げた。
後日、聞いた話では、俺は血塗れで薄ら笑いを浮かべたまま立っていたらしい。
幸い、久子の激しい抵抗にあって男は行為には及んでいなかった。
だが、久子は頬骨と肋骨を折る重傷を負わされ、数針縫う切創も負っていた。
826
:
回帰1 妹と
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 00:46:54 ID:i66qlXSQ0
相手の男は両眼をほぼ失明し、頭蓋骨の陥没骨折、頚椎の骨折と脱臼いう瀕死の重傷を負っていた。
何とか命は取り留め、意識も回復したが、首から下が完全に麻痺したらしい。
祐子の父親の尽力も有って、俺は刑事上も民事上も責任を問われる事はなかった。
しかし、事件が久子に与えた精神的衝撃は、余りにも酷かった。
そして、久子と仲の良かった祐子の精神的ショックも大きかった。
あの日、俺を誘わなければと、自分を責め続けた。
久子や祐子とは違った形で、事件は俺にも深い影響を与えていた。
男の眼を潰したとき、そして、階段に頭から投げ落とした時、俺は極めて冷静だった。
人一人を殺そうとしておきながらだ。
咄嗟の事態に狼狽してでは無く、ナイフで刺されて逆上したからでもなく、結果を予見しつつやったのだ。
極めて冷静に、眼を潰され抵抗力を失った男を投げ落とした時には、むしろ、楽しんでさえいたのだ。
後に、権さんは俺に言った。
俺の狂気を、ジュリーこと姜 種憲(カン・ジョンホン)以上の狂気を買っていると。
そして、俺の中には、確かに棲んでいるのだろう。
マサさんの息子が言っていた『鬼』とやらが。
827
:
回帰1 妹と
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 00:48:54 ID:i66qlXSQ0
体の傷が癒えると、周囲の心配を振り切って、久子は学業に復帰した。
事件を気に病む祐子を気遣っての事だったのだろう。
だが、そんな久子の俺を見る目は、怯え切っていた。
事件は、俺自身にも暗い影響を与えていた。
俺は、あの日の『暴力』の味が忘れられず、黒い『期待』を抱いて夜の街を徘徊した。
半ば挑発して、不良の餓鬼やチンピラと揉め事を起こしたりもした。
飢餓感すら感じながら暴れ回ったが、素人相手に拳を振るっても『渇き』は増すばかりで癒されることはなかった。
隠したつもりでいても、俺の異常な状態は久子にはお見通しだったのだろう。
子供の頃から、久子に俺の秘密を隠し果せた事など無いのだ。
やがて俺は、夜の町で知り合った女の部屋に転がり込んで、久子と住んでいた、あの部屋に戻ることは二度と無かった。
828
:
回帰1 妹と
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 00:50:38 ID:i66qlXSQ0
俺は、久子のマンションを出て、木島氏の指定した待ち合わせ場所へと車を走らせていた。
運転しながら、マミが残していったMP3プレーヤーの中に残されていた歌をリピートして聞いていた。
『……さよならって、言えなかったこと、いつか許してね……』
何を話せば良いのか?
マミは帰ってきてくれるのか?
俺は、マミとやり直せるのか?
俺は、マミの傍に居ても良いのか?
判らない。
だが、全てはマミを連れ戻してからだ。
俺の両親が待つあの家へ、マミを連れ戻す。
全ては其処からだ。
やがて、俺は待ち合わせの場所に到着した。
つづく
829
:
名無しさん
:2014/01/24(金) 00:52:43 ID:QBgRdmgc0
マサさん乙〜
830
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:00:10 ID:i66qlXSQ0
木島氏の指定した待ち合わせ場所に居たのは、意外すぎる人物だった。
50代半ば程の年恰好。
暗い店内にも拘らず、濃い色のサングラスを外そうとしない男に俺は言い尽くせぬ懐かしさを感じていた。
彼には、話したい事も、聞きたいことも山ほどあった。
だが、全ては後回しだ。
何よりも重要な用件が俺には有った。
そのために俺は、この日を待ち続けていたのだ。
「俺は待ったぞ。 約束だ、マミを帰して貰おうか? 今直ぐにだ!」
「まあ、そう慌てるなよ。 まずは、席に着いたらどうだ?」
冷静な男の声が俺の神経を逆撫でた。
「……すまないな。事情が有って、彼女を帰す訳には行かなくなった」
サーっと、血の気が引いてゆくのが判った。
焦燥と共に、激しい怒りや殺意、憎悪が俺の血管の中で沸騰した。
「ふざけるなよ? 舐めた事を抜かすと、幾らアンタでも容赦はしないぞ?
話が違う! どう言う事なんだ、答えろよマサさん!」
831
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:02:28 ID:i66qlXSQ0
2月某日
白い朝の光に包まれて、俺は目覚めた。
「おはようございます、XXさん。 今日も良い天気ですよ」
若い女が、そう俺に声を掛けてきた。
状況の飲み込めない俺は、錆付いた言語中枢と舌を駆使して、たどたどしい言葉を発した。
「ここは……どこだ?」
女が驚いた表情で俺の顔を覗き込んだ。
彼女の眼から、大粒の涙が落ちてきた。
「少し待っていてくださいね!」
そう言うと、彼女は慌しく部屋を出て行った。
どうやら、俺は前年末から眠り続けていたらしい。
数週間前に意識を取り戻したが、外界に反応を示さず、ただその場に居るだけの存在と化していた……ようだ。
ただ、目覚めはしたものの、俺の中は空っぽだった。
何も思い出せない。
目に見える全て、耳に聞こえる全てに強烈な違和感があった。
いま、俺がいる此処は何処だ?
俺の目の前にいる人々は誰だ?
そして、俺は誰だ?
俺は、鏡の中に映る己の姿にさえ強烈な違和感と嫌悪感を感じずにはいられなかった。
832
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:06:18 ID:i66qlXSQ0
俺が今いる場所は、俺が育った家らしい。
目の前の老夫婦は俺の両親だということだ。
二人は俺をXXと呼んだ。
俺の名前か?
だが、強烈な違和感があって、とても自分の名前だとは思えない。
そして、甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれている若い女。
老夫婦を『お父さん』『お母さん』と呼ぶ彼女は、俺の妹ということか?
だが、『マミ』と名乗るこの女に、俺は最も強烈な違和感を感じていた。
彼女の姿、声、触れられた指の感触……全てに、耐え難い違和感があった。
他の者からは感じられない、ざわざわとした何かが俺のなかに沸き起こった。
それが、恐怖なのか嫌悪なのかは、すべてを忘れてしまっていた俺には判らなかった。
ただ、ひたすらに居心地が悪かった。
833
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:08:02 ID:i66qlXSQ0
マミは、朝、俺が目覚めてから、夜、眠りに就くまで付きっ切りといった按配で俺の身の回りの世話をし続けた。
20歳前後の年格好の彼女が、何故そこまでするのか、俺には理解不能だった。
俺の見舞いに訪れた二人の女……俺の姉と妹と名乗った女達にも違和感を感じた。
眼鏡をかけた長い黒髪の小柄な女が素子。俺の姉らしい。
背が高く、髪をベリーショートにした、見るからに勝気そうな女が久子。妹のようだ。
二人の体格や雰囲気は大分違っていたが、顔立ちは良く似ていた。
俺のきょうだいだとは信じられなかったが、二人が姉妹なの間違いなさそうだった。
そして、二人の顔立ちは俺の『母』にも良く似ていた。
だが、マミの顔立ちは二人とはかなり違っており、姉妹とは思えなかった。
違和感は消えなかったが、俺は徐々に家や両親、素子や久子の存在に『慣れて』いった。
だが、マミに感じていた違和感は強まりこそすれ、彼女の存在に慣れることは無かった。
マミが心根の優しい娘である事は直ぐに判った。
まだ幼さの残る容姿も、細過ぎる嫌いは有ったが、美しいと言えるだろう。
だが、彼女に甲斐甲斐しく世話をされるほどに俺の感じる違和感……嫌悪感は強まっていた。
理性の部分では彼女に感謝していたが、彼女の存在は俺にとって苦痛でしかなかった。
何故?
父も母も、素子や久子、そしてマミも、意識を失う以前の俺の事を何も教えてくれなかった。
錆び付いていた心身の回復に伴って、俺の中に耐え難い焦燥感が生じ、大きくなっていった。
834
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:09:25 ID:i66qlXSQ0
目覚めてから1ヶ月、日常生活に支障が無くなった頃に、一人の青年が尋ねてきた。
何か大きな事故にでも遭ったのだろうか、膝に装具を着け、松葉杖で歩く彼は『イサム』と名乗った。
彼との関係も思い出すことは出来なかったが、イサムは俺を『先輩』と呼んだ。
彼の存在は、俺にとって不快なものではなかった。
俺が眠り続けている間も、怪我を押して2度も見舞いに訪れてくれていたらしい。
俺にとっては初対面同然だったが、イサムとはウマが合った。
同時に、なんとなく判った。
俺の見舞いを口実にしては居るが、イサムはマミ逢いたくて此処に来ているのだと。
……お似合いじゃないか。
イサムの不器用さを微笑ましく思うと共に、俺は何故か一抹の寂しさを覚えていた。
理由は判らなかったが。
835
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:11:42 ID:i66qlXSQ0
俺が引き止めて、2・3日逗留していたイサムが帰って行った日の晩の事だ。
俺は、喉の渇きを覚えて目が覚めた。
何か飲もうと、部屋を出て1階のキッチンへと向かった。
階段を下りると居間に誰かがいる。
マミだ。
こちらに背中を向け、ソファーに深く身を沈めていた。
光取りの窓から街灯の光が入り込み、真っ暗ではなかったので階段の灯りは点けていなかった。
イヤホンで何かを聞いていたらしく、マミは俺に気付いていなかった。
……マミは、肩を震わせて泣いていた。
胸が締め付けられた。
比喩的な意味ではなく、本当に胸が痛んだ。
マミを泣かせている原因が、恐らく俺自身であることを考えると、いたたまれなかった。
このまま跡形もなく消滅してしまいたい……。
836
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:13:30 ID:i66qlXSQ0
立ち尽くす俺に、マミが気づいた。
慌てたように涙を拭い、明らかに無理をして作った明るい声で言った。
「XXさん、こんな時間にどうしたの?」
「ちょっと喉が渇いたのでね。マミは……こんな時間まで起きてたの?」
「はい、ちょっと眠れなくて……」
……気まずい空気が流れていた。
『何で泣いていたの?』と聞ける訳もなく……だが、泣いているところを見てしまったのはマミにもバレているだろう。
ふと思いついて俺はマミに言った。
「何を聞いていたの?」
837
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:15:26 ID:i66qlXSQ0
「これですか?何の曲かは知らないのですけど、気に入っているんです」
「聞かせてもらってもいい?」
「どうぞ」
俺は、マミからプレーヤーを受け取り、イヤホンを耳に嵌めて曲を流し始めた。
単純な旋律が続くピアノ曲だった。
曲名は判らないが、何処かで聞いたことがある曲だ……何の曲だ?
やがて、曲が流れ終わると、何故か、俺は激しい頭痛に襲われた。
「どうしました?」マミが心配そうな表情を俺に向けた。
「何でもない。音量が大き過ぎたみたいだ。いい曲だね」
「……はい」
「もう遅いから寝ないと……おやすみ、マミ」
「おやすみなさい……」
マミは、じっと俺の顔を見つめながら、淋しげな表情を見せた。
頭痛を抱えたまま、俺は床に戻った。
あの曲は何だったのだ?
疑問を感じたまま、やがて俺は眠りの中に落ちていった。
838
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:18:12 ID:i66qlXSQ0
朝
昨夜の激しい頭痛は治まっていた。
その朝は、いつも7時丁度に起こしに来るマミが姿を現さなかった。
階段を下り、1階のキッチンへ行くと、朝食が用意されていた。
だが、誰もいない。
珈琲を淹れて飲んでいると、テーブルの上に置かれたmp3プレーヤーが目に付いた。
マミの物だ。
そして、不意に、昨夜に聞いた曲と共に、俺は全てを思い出していた。
……何てことだ!
何故、忘れていたんだ!
胸の奥から溢れ出てくる熱いものがあった。
意識が戻って以来、晴れることのなかった『靄』が消え、『現実感』が戻っていた。
だが、同時に俺は深い絶望感に囚われていた。
『あの日』マミが俺に向けた、あの表情……『恐怖』に歪んだ表情を思い出したのだ。
マミに激しく拒絶された、あの絶望感と喪失感を。
839
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:21:41 ID:i66qlXSQ0
前の晩に聞いた曲は、イサムに託したUSBメモリーの中に俺が入れて置いた曲だった。
ファイルには財産目録や遺言書のコピー、そして、マミに宛てた遺書が書き込まれていた。
俺に何かあったとき、マミに渡して欲しい……そう、頼んであったのだ。
そして、俺はこの曲を使って自己暗示を掛けていた。
この曲を切っ掛けにして、全ての記憶を思い出す精神操作だ。
……深い瞑想時に、深層意識下で見たり聞いたりしたものを覚醒後に思い出す為の技術の応用だ。
この曲は、長年、俺が使い続けて来た曲でもあった。
役立つとは思っていなかったが、一縷の望みをかけて自己操作を行っていたのが功を奏したのだ。
俺は、目論見通り、『定められた日』を回避する事に成功していた。
だが、その事に何の意味がある?
俺は、足掻いた。
全力で。
しかし、俺の足掻きは彼女を決定的に傷付ける結果となってしまった。
俺には、もう、彼女に触れ、愛を囁く勇気はなかった。
記憶のない俺に、マミは献身的に尽くしてくれた。
俺の記憶が戻らなければ、あるいは、徐々にでも新たな関係を構築する事も可能だったのかもしれない。
だが、それは叶わない。
俺は、マミにとっては恐怖と嫌悪の対象。
『あの日』と同じ自分でしかないのだから。
840
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:24:34 ID:i66qlXSQ0
誰も居ない家の中で、俺はジリジリとしながらマミと両親の帰宅を待った。
そして、何となしにマミのMP3プレーヤーをもう一度聞いてみた。
中には一曲だけ、昨夜のピアノ曲とは違う、聴いたことの無い歌が入っていた。
歌を聴いて、俺は目の前が真っ暗になるのを感じた。
マミは、もう帰ってこないのではないか?
俺の悪い予感は的中した。
昼前に、両親だけが戻ってきた。
俺は両親に「マミはどうした?」と尋ねた。
嫌な予感に俺の声も体も震えていた。
父が答えた。
「マミちゃんは、木島さんと一緒に行ったよ。。。」
俺が予想していた中でも、最悪の回答だった。
体の内側から弾け出すものに訳が判らなくなって、俺は泣き叫んだ。
「何故だ! 何故行かせた!」
841
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:27:06 ID:i66qlXSQ0
連れ戻してやる、そう思って家を飛び出そうとした俺を父が制した。
「何処へ行くつもりだ?」
「決まっているだろ? マミを連れ戻しに行くんだよ。離してくれ!」
「駄目だ」
「何故?」
「これは、あの娘が決めたことだからだ。 誰でもない、お前のためにな。
お前の為に、あの娘は木島さんたちと契約したんだ。
それを、お前が無駄にしてはいけない」
意識を失ったままの俺を目覚めさせる為、組織が動員を掛けて多くの人が関わったらしい。
霊能者の天見琉華を中心に、奈津子や木島氏の次女・藍、仕事でガードした事もあるオム氏の娘・正愛(ジョンエ)。
イサムの姉の香織や、組織に全く関係の無い、ほのかや祐子も俺を目覚めさせる為に手を貸してくれたようだ。
何が行われたのか、詳細は判らない。
ただ、その交換条件が、一定期間、マミが木島氏たちの下に身を置く事だったらしい。
842
:
回帰2 目覚め
◆cmuuOjbHnQ
:2014/01/24(金) 01:29:28 ID:i66qlXSQ0
俺は、組織を恐れていた。
未だ目覚めては居ないものの、マミは組織が探索していた『新しい子供』の一人……らしいからだ。
だが、他方で、俺に何かが有った時、マミの身の安全の保証を頼めるのも、木島氏達の組織しかなかった。
だからこそ、俺は古くからの友人であるPではなく、イサムにマミのことを頼んだのだ。
可能であれば力ずくでも、組織の人間を一人づつ的に掛けてでも、マミを探し出し取り戻したかった。
だが、萎え切った今の俺の心身では不可能に近い。
俺は、父に尋ねた。
「マミは、戻ってこれるのか?」
「ああ、そう聞いている。あの娘が望めばな」
「そうか。。。」
「今は耐えて、待つしかない。
あの娘は、絶望的な状況でお前が目覚めるのを待ち続けたんだ。
あの娘は耐えた。お前が目覚めてからも、耐え続けた。
誰のためでもない、お前のためにな。
今は、お前が耐えろ。お前が出来る事はそれしかない」
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