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鬼和尚の経典解説まとめ
67
:
避難民のマジレスさん
:2024/08/08(木) 11:03:21 ID:JO7qbP6c0
517:避難民のマジレスさん:2021/12/06(月) 03:47:46 ID:5uRnxYQQ0
>>516
問答11
問:「私は誰か?」という想念を絶えず心に保つにはどうすればよいでしょうか?
答:他の想念が起こっても、それを追いかけることをやめ、「この想念は誰に起こったのか?」と尋ねるべきである。
どんなに多くの想念が起ころうとかまわない。
想念が起こるたびに「この想念は誰に起こってきたのか?」と入念に探究すべきである。
それに対して現れる答えは「私に」だろう。
そこで、すぐに「私は誰か?」と探究すれば、心は源に引き戻され、起こった想念は静まるだろう。
このように修練を繰り返せば、心は源にとどまることに熟達するだろう。
微細な心が脳や感覚器官を通って外に出ると、粗大な名前や形が現れる。
心がハートのなかにとどまっていれば、名前と形は消え去る。
心を外に出さずにハートのなかにとどめておくことは、「内にあること」(アンタール・ムカ)と呼ばれる。
心をハートから外へ出させることは、「外へ向かうこと」(バヒール・ムカ)として知られる。
このように、心がハートのなかにとどまっているとき、すべての想念の源である「私」は消え去り、永遠に存在する真我が輝きだす。
人は何をするときにも、「私」という自我性なしにそれをすべきである。
もしそのように行動すれば、すべてはシヴァ神の本性として現れるだろう。
519:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2021/12/06(月) 23:47:52 ID:1d4drIFg0
私は誰かという問いも日々続けなければいかんというのじゃ。
日々続けることで心の奥深くまで進むことが出来るのじゃ。
感覚器官から外に向かう心から、心の内側を見る心になるのじゃ。
そしてその源である主体にまで辿りつくこともできるようになるのじゃ。
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