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鬼和尚の経典解説まとめ

55避難民のマジレスさん:2024/07/28(日) 10:58:26 ID:Mt8PhAfY0
762:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2014/12/09(火) 23:10:21 ID:q5vkUh4s0
今日で終わりなのじゃ。

至高の理解は
かれこれの一切を超越し
至高の行為は
執着なくして大いなる機知を抱く
至高の成就とは
望みなくして内在を知ることなり

はじめヨーギは
おのが心の滝のごとく転落するを感じ
中ほどにてはガンガーのごと
そはゆるやかにやさしく流れ
ついに、そは大いなる海なり
息子と母の光がひとつに溶け合うところ

 そのような境地において起こる気付きは一切を超越できる。
 執着の無い行いは智慧となる。
 己が行うという意志すらも無く、心の深奥にある意識を観ればそれが至高の成就、悟りとなるのじゃ。

 そこでは始めは己が無くなるという動揺や恐れがあるじゃろう。
 しかし実際に無くなればむしろ大河の如き安らぎがある。
 そしてついに全てに溶け合えば、永遠の意識に回帰するじゃろう。

 気付きが起こればこの世の全てが観念の遊戯であり、無意味であるとわかるのじゃ。
 そして一切の囚われから超越し、全ての苦を厭離する。

 そのような境地で行いは無為となり、智慧が生じる。
 肉体の能力として素縄っていた本来の智慧が、蘇るのじゃ。

 意志も無い観察である観照が起こり、心の働きの一切を明らかにする。
 そのようにして自我は消え、認識をも厭離するのじゃ。

 その時、未だ少しは残っていた恐れや不安が、生じるかも知れん。
 しかし直ぐに心は安らぎに満たされる。

 観念である自我を守ろうとする緊張が無くなり、自然に安らぎが起こるのじゃ。
 それは大河の如く、今まで味わった事の無い安らぎであるじゃろう。

 そしてついに心は本来の状態に戻り、識別されたものが無いただ一つであり、言葉のない無に溶け合うのじゃ。
 分かれていたものが一つになるのではない。
 始めから一つであったものが、識別により分たれていたと思っていただけなのじゃ。

 もはや自分も他人も無い。
 聖なる母子のように自他の区別も失い、全てが一つの意識と気付くのじゃ。
 そこでは時も空間も物も無く、ただ永遠の喜びだけがあるのじゃ。
 
  
 
 これでマハームドラーの解説は終るのじゃ。


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