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鬼和尚の経典解説まとめ

49避難民のマジレスさん:2024/07/23(火) 11:24:02 ID:bbLiJ93w0
739:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2014/12/04(木) 22:09:06 ID:N4ZFFlx20
更に続くのじゃ。

真言、波羅蜜多の行
経文、訓戒の示すところ
宗門、聖典の教えも
甚深の真理の実現をもたらすことなし
欲望に満たされし心の
目標を追わざるを得ざれば
そはただ光を隠すのみなるがゆえに

 マントラや六つの完成の行 経文、戒、などの法もはなはだ深い真理の実現をもたらさないと言う。
 なぜならば、欲望に満たされた心が、欲望の目標を追う事を止めなければ、それらはただ心の光を隠す役に立つだけであるから。

 心に欲があれば人は真言や修行や経文さえも、欲を満たすために使うじゃろう。
 欲を離れる事が無ければ、それらの法や経文でさえも、却って人を深い闇に導くばかりなのじゃ。

 それらの法が間違いなのではないのじゃ。
 欲を離れようと言う意志が無ければ、全ての教えも無意味であり、逆効果なのじゃ。

 
いまだ識別を離れずしてタントラ教理を持する者
サマヤの精神にそむくなり
すべての行動を止め、すべての欲望を避けよ
あらしめよ、思考の
大海の波のごとく浮き沈むがままに
たえて無安住と
並びに無差別の原理をそこなわざる者
タントラ教理をささげ持つなり


 タントラとは悟りに導く教えの体系なのじゃ。
 そしてサマヤとは大乗の密教による菩薩の誓いなのじゃ。
 タントラの道に入り、菩薩の誓いをしたのならば、識別を離れて修行に入らなけれならないのじゃ。

 それをしようとしないのは、ニセモノであるのじゃ。
 認識作用を離れずに我はタントラを行ずる者とか、タントラ修行者と言う物が居れば、それはニセモノなのじゃ。

 全ての行いを止め、全ての欲を避け、思考をも起こっては消えるままにする。
 そして安住するものはなく、差別するものもないという教えを守る者こそ、タントラの教えを正しく理解し、修行する者と言えるのじゃ。

 今日はここまでなのじゃ。


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