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金剛般若経を読んで実践する
71
:
避難民のマジレスさん
:2024/01/13(土) 21:09:36 ID:Dp/qMVVc0
>>70
ありがとうございます。
まだ少しでも文脈が変わると、般若の完成は実践できてないですね。思わず自分を笑ってしまいました。
さらに精進します。
また、金剛般若経の(1)から(5)まで、まとめてみました。もし間違いや改善点などがありましたら、お願いします。
(1) わたしはこのように聞きました。
あるとき師は、千二百五十人もの修行者たちと、シュラーヴァスティ市のジェータ林にある、祇園精舎に滞在していました。
ある日、師は朝早くに起き、簡素な衣を身につけて、食べ物を求めて街に出かけました。街の中を歩き回り、人々からの施しを受けた後、元の場所に戻り、食事を済ませてから、衣と食器をきちんと片付け、足を洗い、身体をまっすぐにして坐禅されました。すると修行者たちは、師の周囲を敬って右回りに回った後、傍らに座りました。
(2) ちょうどその時、長老のスブーティもその同じ集まりに来合わせていました。スブーティは座から立ち上がり、右肩を出し、右膝を地面につけ、手を合わせて敬意を表しながら質問しました。
「師よ、素晴らしいことです。如来は常に慈悲深く私たちを導き、教えを伝えてくださいます。
師よ、求道者、男女問わず、最高の悟りを目指すことを決意した菩薩たちは、どのように心を保ち、どのように修行すればよいのでしょうか?」
師は答えました、「スブーティよ、あなたの言う通りだ。如来は常に慈悲深く皆を導き、教えを伝えている。よく聞きなさい、菩薩の道に向かう者は、どのように心を保ち、どのように修行すべきかを話して聞かせよう。」
スブーティは答えました。「そうしてくださいますように、師よ。」
(3) 師は、このように話しだされました。
「スブーティよ、菩薩の道に向かう者は、このような心を、起こさなければならない。
『すべての生きとし生けるもの、卵から生まれるもの、胎内で育つもの、湿り気のある場所から生まれるもの、自然に生じるもの、色を持つもの、色を持たないもの、思考があるもの、思考がないもの、思考があるともないとも言えないもの、これらすべてを私は救済し、不生不滅の涅槃(ニルヴァーナ)に、導かなければならない。しかし、こうして、永遠の平安に導こうとも、実は、誰一人、永遠の平安には導かれていない。』
それはなぜかというと、スブーティよ。もし自我として、認識主体という観念、個体という観念、生きているものという観念、輪廻の主体という観念が生ずるなら、もはや菩薩とは言えないからだ。」
(4) 「また、スブーティよ、菩薩は何かに執着しながら施しをすべきでない。形に執着しながら、施しをすべきでない。音、香り、味、触れられるもの、心の対象についても、執着しながら施しをすべきでない。
スブーティよ、果報を求めるという思いに囚われないように、菩薩は施しをしなければならない。」
「それはなぜかというと、スブーティよ。もし菩薩が、執着することなく施しをすれば、その功徳が重なり、計り知れない程になるからだ。スブーティよ、東の方の虚空の量を、計り知られるだろうか。」
「いいえ、師よ、計り知れません。」
「スブーティよ、これと同じように、南や、東や、北や、下や、上の方角の、あまねく十方の虚空の量を、計り知られるだろうか。」
「いいえ、師よ、計り知れません。」
「スブーティよ、これらと同じことである。もし菩薩が、執着することなく施しをすれば、その功徳が重なって、計り知れないほどになる。
スブーティよ、このように、菩薩の道に向う者は、果報を求めるという思いに執着せずに、施しをしなければならない。」
(5) 「スブーティよ、どう思うか。如来を身体の特徴をもって見るべきだろうか。」
「師よ、そう見るべきではありません。それはなぜかというと、『身体の特徴は、実際には身体の特徴ではない』と如来が説いたからです。」
そこで師はスブーティに告げました。「すべての特徴は虚妄である。もし、全ての特徴を特徴ではないと見るならば、そのときにこそ如来を見ることになる。」
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