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金剛般若経を読んで実践する

4避難民のマジレスさん:2023/12/09(土) 10:53:47 ID:Dp/qMVVc0
ご回答ありがとうございます。続きです。
諸菩薩摩訶薩應如是降伏其心。所有一切衆生之類。
若卵生若胎生若濕生若化生。若有色若無色。若有想若無想。
若非有想非無想。
我皆令入無餘涅槃而滅度之。如是滅度無量無數無邊衆生。
實無衆生得滅度者。何以故。須菩提。
若菩薩有我相人相衆生相壽者相。即非菩薩
(三)
師は、このように話しだされました。

「スブーティよ、菩薩の道に向かう者は、このような心を、起こさなければならない。

『すべての生きとし生けるもの、卵から生まれるもの、胎内で育つもの、湿り気のある場所から生まれるもの、自然に生じるもの、色を持つもの、色を持たないもの、思考があるもの、思考がないもの、思考があるともないとも言えないもの、これらすべてを私は救済し、不生不滅の涅槃(ニルヴァーナ)に、導かなければならない。
しかし、こうして、永遠の平安に導こうとも、
実は、誰一人、永遠の平安には導かれていない。』

それはなぜかと言えば、スブーティよ。
もし認識主体という観念、個体という観念、
生きているものという観念、輪廻の主体という観念が生ずるなら、
もはや菩薩とは言えないからだ。

経を意味を確かめながら読むのが良いとのことですが、「全ての生きものを涅槃に導かなければならないが、実は誰一人涅槃に導かれてはいない」の部分が矛盾に感じられ、イメージしようとしてもイメージできなくて気持ち悪いです。これは、例えば無理やり「菩薩は衆生を導く心を持つべきだが、衆生は自分自身で涅槃に導くので、実際は菩薩によっては導かれていない(ので増長してはいけない)」などと解釈するのではなく、イメージしようとして気持ちが悪い心身の様子をただ観ていれば良いのでしょうか。それとも、意味を理解しようとして思い巡らすこと自体に効果がありますか?

またここで、鬼和尚の金剛経解説を参考に、サットヴァ、ジーヴァ、アートマン、プトガラをそれぞれ、生きているもの、個体、認識主体、輪廻の主体と訳しました。http://onioshyou.blog122.fc2.com/blog-entry-78.html
他に現代人が個我と言うものに抱きがちなイメージがありましたら、お教えください。
また文章全体の訳に問題や、補足などがありましたら、お願いします。


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