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オショーのSadhana Pathを読んで実践する

73避難民のマジレスさん:2020/12/23(水) 21:11:35 ID:Dp/qMVVc0
この時こそ、勇気と落ち着きが試される時だ。これは、私が言うところの贖罪の瞬間だ。勇気と平静でこの瞬間を通り抜ける人は、知のマスターになり、素晴らしい神秘が解き明かされる。その人は情熱の根源の直視を得て、無意識のまさに中心に入る。そして、この入り口は一種の超自然的な自由をもたらす。

瞑想から観察へ、観察から知へ、知から自由へ、これが道だ。これが宗教の道であり、ヨーガの道だ。私はあなたにこの道を理解し、この道を歩いて欲しい。そうすればあなたは、内なる革命による行動の変容の錬金術を知ることになるだろう。そうすれば、道徳ではなく宗教が根本的なものであり、道徳は宗教から流れ出るものであることに気づくだろう。道徳は、牛車の車輪が牛車に従うように、軌道のように宗教の後に続く。もしこれが明らかになれば、あなたは非常に偉大な真理を見ることになり、大きな幻想は消散するだろう。

私は、この内なる革命、意識による無意識の浸透という観点から、人類の変容を見ている。この知に基づいて、新しい人間が生まれ、新しい文化と新しい人間性の基礎を築くことができる。このような人は、自己認識によって目覚めた人であり、自然に道徳的だ。その人は道徳を培う必要はない。道徳は、行動や努力の結果ではなく、ランプから光が放射されるように、その人から放射される。善行は、無意識の心の反対に基づいているのではなく、内なる存在の完全性から出てくるものだ。すべてのことを、その人は全存在で行う。その中には二重性も多重性もなく、統一性がある。そのような人は統合されており、二元性から解放されている。

そして、すべての葛藤や束縛を超えたときに聞く神聖な音楽は、この世界のものでも、この空間のものでもない。そこには時を超えた交響曲、至福の音があり、それは平和、無心、そしてすべての不和からの解放のその瞬間に、私たちの中に響く。この音楽のリズムは、無限との同調をもたらす。

私にとって、この実現こそが神なのだ。

第4章は以上です。
>>72 観察と、観察の終わりについて、ありがとうございました。お釈迦様が、「つとめ励む人々は死ぬことがない。怠りなまける人々は死者のごとくである。」と述べていますが、それと同じことでしょうか? 私も悟りを得るまで自己観察に励むことを誓います。


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