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オショーのSadhana Pathを読んで実践する

729避難民のマジレスさん:2022/11/23(水) 07:26:09 ID:67Dnd.II0
4.7.2.解脱は浄化されて生ずるものではない p404-405 204左/229

  [反対主張]解脱は浄化されて生ずるものなので、[人問の]努力に基づくのではないか。
  [答論]そうではない。実に浄化とは、浄化されるべき対象にすぐれた特性を付け加えることによって[実現される]か、あるいは、浄化されるべき対象から欠点を取り除くことによって[実現される]かのいずれかであろう。[だが解脱は]、まず第一に、すぐれた特性を付け加えることによって生ずるということはない。何故なら、解脱の本質は、それ以上にすぐれた特性の付け加えようのないブラフマンだからである。さらに欠点を取り除くことによって [解脱が生ずる]ということもない。何故なら、解脱の本質は、常に清浄なブ ラフマンにほがならないさらである。
   [反対主張]解脱とは、自己のアートマンの隠れた特性なのであって、アートマンが行為によって浄化されたときに現れてくるのではないのか。それはちょうど、磨くという行為によって鏡が清められたときに、輝きという特性が現われてくるようなものなのであろう。
  [答論]そうではない。何故なら、アートマンが行為の基体であることはあ りえないからである。すなわち行為は、その基体に変化を及ぼすことなしには成立しない。そしてもし、アートマンが行為によって変化を被るとすると、アートマンは無常であるということになってしまう。[そしてその場合には]、「これ(アートマン)は変化しないと言われている」658等の聖典の文章が否定 されることになる。そしてそれは、望ましいことではない。従って、自らに基づく行為がアートマンに生ずることはないのである。一方、[アートマン]以 外のものに基づく行為の場合には、[アートマンはその行為の]対象ではない わけだがら、そ[の行為]によってアートマンが浄化されることはない。

脚注
658
(´・(ェ)・`)
(つづく)


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