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オショーのSadhana Pathを読んで実践する

591避難民のマジレスさん:2022/09/22(木) 23:47:24 ID:PXQ/B2vU0
7.1.2.ブラフマンの存在はすでに良く知られているという答論  p321-322

  [答論][以上のような反対主張を、師シャンカラは次のように]退けているのであ る。まずブラフマンは、本性上、永遠で、清浄で、悟っており、解脱したものとして云々と。その趣旨は以下の通りである。すなわち、たとえブラフマンの考察以前でも、人は、ヴェーダを学習し、ヴェーダの補助学である語源学・文法学等378を学ぶことによって、語とその意味との関係を理解していれば、とりたてて論考しなくても、「愛児 よ、太初にはこの[世界]は有のみであった」379で始まり、「汝はそれなり」380で終わる[聖典句の]繋がりから、即座に、ブラフマンー[それは]永遠である等の性質をそなえている一の本性を理解するのである。ところで、ここ(『註解』本文中)で、ブラフマンは云々[という個所]は、[一義的には]理解の対象(すなわちブラフマン)を示すものではあるが、[ここでは]それ(ブラフマン)を対象とする理解のほうを暗に意味しているのである。というのは、それ(ブラフマン)が存在するということは、 疑問の余地があるので、論考以前には決まらないからである381。また、永遠でというのは、滅してゆくものだというところからくる苦しみを排除しているのである。また、 清浄でというのは、身体等の添性からくる苦しみを排除しているのである。また、悟っておりというのは、[ブラフマンが自己]以外のものに基づくことなく輝いていること、 および、歓喜を本質としていることを示しているのである。何故なら、歓喜と輝きは 異ならないからである382。
  [反対主張]解脱がすでに存在していれば、これ(ブラフマン)の清浄さ等は輝いて いる(認識されている)ことであろう。だがそれ(解脱)以前には、[ブラフマン=アー トマンは]身体等と区別されていないので、その(身体等の)属性である生・老・死等の苦しみと結びついているから、清浄さ等が輝いているということはないであろう]。
  [答論]このような反対主張に対して、[師シャンカラは次のように]答えている。解脱したものとしてと。すなわち、[ブラフマンは]常に解脱しており、常に純粋であ るが、無始の無明の力による附託のせいで、そのように(身体等と異ならないかのよう に)現れるのである、という意味である。
  このようにブラフマンの添性に限定されていない姿を示したのち、[師シャンカラは 次のように、その]添性に限定された姿について述べている。また、全知で全能をそな えたものとしてと。これで、これ(ブラフマン)が世界の原因であることが示されてい るのである。というのは、原因であるとか原因でないというのは、能力と知識の存在’ 非存在に基づくからである。

脚注
378 語源学、文法学、祭事学、音韻学、韻律学、天文学というウェーダ聖典研究のための六種の補助学のこと
379 380
381『註解』本文では、ブラフマンの存在証明は、さらに[ブラフマン]すべての入のアートマンなの で以下で展開されており、このブラフマンは云々の箇所ではまだ、ブラフマンの存在は証明されていない。 従ってこの段階では、ブラフマンの存在にはまだ疑間の余地があるので、ここのrブラフマン」という語 は、ブラフマンという対象を指しているのではなく、ブラフマンという語で理解されているものを指しているというのである。
382 不二一元論学派では一般に、ブラフマンは実在であり、知であり、歓喜であり、実在等はブラフマンの属性ではなくブラフマンそのものであるとされている。ここでもおそらく同じように、歓喜と輝きはブラフマンそのものであるから、歓喜と輝きは異なるものではないということを言っているのであろう。
(´・(ェ)・`)
(つづく)


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