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オショーのSadhana Pathを読んで実践する
432
:
鬼和尚
◆Yj52hBkdLM
:2022/07/10(日) 23:28:20 ID:1d4drIFg0
今までのまとめなのじゃ。
認識の対象であることが実在性を決定する根拠ではないというのじゃ。
身体、器官も実在ではないというのじゃ。
縄が蛇と認識されるとか、水晶に赤い色が反映されるとか蜃気楼のように付託があるからなのじゃ。
反対なのじゃ。
水は光線では非実在であるが、それ自体は実在はするのじゃ。
身体、器官は自体も非実在であるというのじゃ。
経験とか認識されるものではないから、非実在であり、附託されることもないのじゃ。
答えたのじゃ。
非実在が経験の対象とならないならば、光線が水として経験の対象となることはないから正しくないというのじゃ。
反対なのじゃ。
非実在が実在と異なるといことはないというじゃ。
実在が別の実在を本質とすることで非実在になるというのじゃ。
そうであるから非実在も経験の対象となるというのじゃ。
答えたのじゃ。
対象は能力などが欠けていても、識によって顕現するというのじゃ。
非実在を顕現させる力が無明というのじや。
反対なのじゃ。
識の非実在を顕現させる力は何なのかというのじゃ。
さらに識を認識させる識が必要になり、無限遡及に陥るとのじゃ。
答えたのじゃ。
識は本来、非実在を顕現させるものというのじゃ。
聞いたのじゃ。
実在と非実在の関係はどのようなものなのかというのじや。
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