[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
オショーのSadhana Pathを読んで実践する
312
:
避難民のマジレスさん
:2022/04/05(火) 00:35:00 ID:oC/z6xpc0
18.
大乗起信論 : 漢和両訳(漢訳)(コマ番号18-19)国訳大藏経. 論部 第5巻(和訳)(コマ番号41-42)
*漢文、章割は漢和両訳に従い、和文、段落分けは国訳大藏経に従った。
*テキストに依って表記の異なる箇所には*印を付した
▲第五 四種ノ法薫習
復次有四種法薫習義故。染法浄法起不斷絶。
云何爲四。
一者浄法。名爲眞如。
二者一切染因。名爲無明。
三者妄心名爲業識。
四者妄境界。所謂六塵。
復次に、四(し)種の法薫習の義有るが故に、染法と浄法と起って、斷絶せず。
云何が四と爲す。
一には浄法、名づけて眞如と爲す。
二には一切の染因、名づけて無明と爲す。
三には妄心、名づけて業識と爲す。
四には妄境界(がい)、所謂六塵なり。
薫習義者。如世間衣服實無於香。若人以香而薫習故則有香氣。此亦如是。眞如浄法實無於染。但以無明而薫習故。則有染相。無明染法實無浄業。但以眞如而薫習故。則有浄用。
薫習の義とは、世間の衣服(えぷく)、實に香(にほひ)無きも、若し人香(にほひ)を以て薫習するが故に、則ち香
氣有るが如し。此れも亦是くの如く、眞如の浄法は、實に染無し。但無明を以て薫習するが故に、則ち染相有
り。無明染法は、實に浄業無し。但眞如を以て薫習するが故に、則ち浄用有り。
云何薫習起染法不斷。
所謂以依眞如法故有於無明。以有無明染法因故即薫習眞如。以薫習故則有妄心。以有妄心即薫習無明。不了眞如法故不覺念起現妄境界以有妄境界染法緣故。即薫習妄心。令其念著造種種業。受於一切身心等苦。
云何が薫習し、染法を起こして、斷ぜざる。
所謂、眞如の法に依るを以ての故に、無明有り、無明染法の因有るを以ての故に、卽ち眞如に薫習す。薫習
を以ての故に、則ち妄心有り、妄心有るを以て、卽ち無明に薫習す。眞如の法を了せざるが故に、不覺の念
起って、妄境界を現ず。妄境界染法の緣有るを以ての故に、卽ち妄心に薫習し、其れをして念著し、種種の業
を造って、一切の身心等の苦を受けしむ。
此妄境界薫習義則有二種。云何爲二。
一者増長念薫習。二者増長取薫習
此の妄境界薫習の義に、則ち二種有り。云何が二と爲す。
一には増長念薫習、二には増長取薫習なり。
妄心薫習義有二種 云何爲二。
一者業識根本薫習。能受阿羅漢辟支佛一切菩薩生滅苦故。
二者増長分別事識薫習。能受凡夫業繋苦故。
妄心薫習の義に二種有り、云何が二と爲す。
一には業識根本薫習。能く受阿羅漢・辟支佛(びゃくしぶつ)一切の菩薩をして、生滅の苦を受けしむるが故に。
二には増長分別事識薫習。能く凡夫をして、業繋(ごふけ)の苦を受けしむるが故に。
(´・(ェ)・`)b
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板