[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
オショーのSadhana Pathを読んで実践する
285
:
避難民のマジレスさん
:2022/03/24(木) 00:08:35 ID:qDqxAQJQ0
6.大乗起信論 : 漢和両訳(漢訳)(コマ番号7-8)国訳大藏経. 論部 第5巻(和訳)(コマ番号29-30)
*漢文、章割は漢和両訳に従い、和文、段落分けは国訳大藏経に従った。
*テキストに依って表記の異なる箇所には*印を付した
●第一 心眞如門
心眞如者。卽是一法界大總相法門體。
所謂心性不生不滅。
一切諸法唯依妄念而有差別。若離心念則無一切境界之相。
是故一切法從本已來。離言説相。離名字相。離心緣相。畢竟平等無有變異。不可破壊。唯是一心故名眞如。
以一切言説假名無實。但隋妄念不可得故。言眞如亦無有相。
謂言説之極。因言遺言。
此眞如體。無有可遺。以一切法悉皆眞故。亦無可立。一切法皆同如故。
當知一切法。不可説不可念。故名爲眞如。
心眞如とは、卽ち是一法界大總相法門の體なり。
所謂心性は不生不滅なり。
一切の諸法は、唯妄念に依って差別(しゃべつ)有り。若し心念を離るれば、すなはち一切境界の相無し。
是の故に、一切法は本(もと)より已來(このかた)、言説(ごんせつ)の相を離れ、名字の相を離れ、心緣の相を離れ、
畢竟平等にして、變異有ること無く、破壊すべからず。唯是れ一心なり。故に眞如と名づく。
一切の言説は、假名(けみゃう)にして實無く、ただ妄念に随って、不可得なるを以ての故に、眞如と言ふも、亦相
有ること無し。
謂はく、言説の極(ごく)、言(ごん)に因って言を遣(や)る。
此の眞如の體は遺(や)るべき有ること無し。一切の法は、悉(ことごと)く皆眞なるを以ての故に。亦立つべき無し。
一切の法は皆同じく如(にょ)なるを以ての故に。
當(まさ)に知るべし、一切の法は説くべからず、念ずべからず、故に名づけて眞如と爲す。
問曰。若如是義者。諸衆生等云何隨淳而能得入
答曰。若知一切法雖説無有能説可説。雖念亦無能念可念是名隨順。若離於念。名爲得人。
問うて曰はく、若し是くの如き義ならば、諸(もろもろ)の衆生等(とう)は、云何(いかん)が隨順し、而も能く得入(とく
にゅう)せん。
答へて曰はく、若し、一切の法は、説くと雖も能説の説くべき有ること無く、念ずると雖も亦能念の念ずべき無しと
知らば、是を隨順と名づく。若し念を離るれば、名づけて得人と爲す。
脚注;主に 国訳大藏経より抜粋。
眞如門:初に、その本體を擧示す。眞如は、もと、吾人の言語思慮を絶したるものにて、唯自ら證悟して始めて知る
べき所なるを、假に消極的言説を洩って其の一斑をあらはさんとするが、此の一段なり。故に慈(ここ)に説く所を稱して離言眞如といふ。
一法界大總相法門:平等無二にして、出世見間の聖法も、之を基として起こるが故に、法界(聖法の源)といひ、此の中一切の諸法を含有するが故に大と呼び、生滅門を別相門といふに對して眞如門を總相門とす。
心性:衆生一心の本性。之は迷ふと悟るとに於て、生ずる事も滅する事もなし。
妄念:通常吾人の有する思慮をいふ。佛陀の心識の澄浄(ちょうじょう)なるに對していふなり。妄心
心念:心とは吾人の有する心。念とは、この心の差別的にはたらきをいふ。妄念・相對的の思慮
無一切境界之相 :我他 彼此(がたひし)等と差別する如き執着なく、随って、一切の境界を差別することなし。
心緣:思慮といはんが如し。
〜不可得:總ての言語は吾人の相對的の心によって與へたるものなる故、絶對の説明に契當すべからざるをいふ。
謂言説之極。因言遺言。此眞如體。無有可遺。:眞如てふ(と言う)名は、あらゆる相対的名字を拝して最後に穢たる(言説の極)なれば、この眞如という名(言)に因って、總ての他の差別的言説を否定し(遣る)たるなり。
遣る:否定するなり。
立つ:相対的言説を以て説くをいふ。
随順:眞如の妙理に随順するなり。
得入:悟入と云はんが如し
能説:所説に對す。卽ち説かるる方(所説)に對して、説く方をいふ。法を説く側のこと。仏・菩薩等をさす
(´・(ェ)・`)b
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板