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オショーのSadhana Pathを読んで実践する
240
:
避難民のマジレスさん
:2021/03/09(火) 21:05:28 ID:Dp/qMVVc0
心とは何だろうか? 心とは、感覚によって知覚されたものの収集者であり、また収集物でもある。心を自己と見なす人は誰でも、使用人を主人と勘違いしている。そして、もし本当の自己を実現したいならば、あなたが知っているものをあきらめなければならないし、知る者に従わなければならないだろう。心はあなたが知っているものに過ぎず、自己はあなたがすべてを知っていることを意味する。
見者、知る者とは自己のことだ。この自己は、生と死とは異なり、マーヤーとモクシャとも異なり、幻想と解放とも異なる。それはただ見者であり、光の、闇の、世界の、涅槃の、すべてのものの見者だ。自己はすべての二元性を超えている。
人はこの見者を知るとすぐに、蓮のようになる - それが生まれた泥から離れ、生きている水から切り離される。そのような人は、喜びの中にも痛みの中にも、名誉の中にも屈辱の中にも - ただの目者であるため - 生のすべての状況で穏やかであり、落ち着いている。どんなことでも、起こることは、起こる。しかし、それはその人に起こるのではなく、その目の前で起こる。その人は目撃する。その人はちょうど鏡のようになる。鏡は何千ものイメージを映し出すが、痕跡は残らない。
―
以前は縁起を観察するように意識していたのですが、いつの間にか最近はただ観察するようになっていました。縁起に注意するようにした方が良いでしょうか? それとも、新たな発見があるうちは、今のままで良いですか?
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