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オショーのSadhana Pathを読んで実践する
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避難民のマジレスさん
:2021/03/05(金) 20:39:25 ID:Dp/qMVVc0
信仰とは簡単なものだ、なぜならば人は何もする必要がないからだ。その意味では、知はそう簡単ではない。知とは生の完全な変容だ。信仰は外側の衣服であり、知は内側の革命だ。単純な信仰は、あなたの魂が努力している贖罪の頂点に到達できるようにするよりもむしろ、あなたを盲目的な信仰の眠りに簡単に戻しうる。「宗教(Religion)」は信仰ではないが、残念ながら宗教(religion)は信仰だ。私にとって「宗教」とは何かというと、世界の宗教の概念とは一致しない。その点では、カール・マルクスが宗教をアヘンだと決めつけたのは正しかったが、本当の宗教についてそう言うのは大きく間違っている!
あなたは、シャスターラへの信仰、神の言葉への信仰、教師への信仰を持つように言われてきた。私は全くそうは言わない。私が言いたいのは、自分自身を信じなさいと言うことだ。自分自身を知ることによってのみ、シャスターラが何を言ったか、神が何を言ったかを知ることができる。 自分自身を信じていない者にとって、他の信仰に従うことは無駄なことだ。あなたは誰か他の人の足で立つことができるだろうか? ブッダは、「自分自身を灯明にしなさい。自分自身を避難所としなさい。自分自身の避難所以外に適切な避難所はない。」と言った。 私も同じ事を言う。
ある夜、あるサドゥーが客人だった別のサドゥーに別れを告げようとしたとき、別のサドゥーが「夜はとても暗い。どうやって行けばいいのでしょうか?」と言った。 主人はランプを灯して、それを客人に渡した。しかし、客が階段を降りようとしたとき、主人はランプを吹き消した。場所は再び暗闇に包まれた。すると主人は言った、「私のランプはあなたの道を照らすことはできません。そのためには、あなた自身のランプを持っている必要があります。」 客人はサドゥーのアドバイスを理解した。この理解はその人自身の人生の道を照らすランプとなり、二度と消されることはなかった。
―
智慧に関しても、鵜呑みにしてはいけないのですね。自分の願望から出たものと、そうでは無いものを、実践して体験する以外に見分ける方法はないのでしょうか。また、智慧に関してもうひとつ質問がございます。私の経験ですと、自分自身の変容が伴う場合と、ただ知識のみが得られる場合があります。鬼和尚が実践して確かめよと述べられたのは、後者に関してでしょうか?
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