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鬼和尚の仏教講読会 別館2
975
:
避難民のマジレスさん
:2021/11/29(月) 04:18:56 ID:Ky9gXzIs0
26.
「真理のみ」 (原題 「THE TRUTH IS」)〜SRI H.W.L.POONJA
第6章 真我探求:私は誰か? ☆Part5-a③
神の対象化の中止
心を使わねばならないとき、心は眠りに陥る。
これを避けなさい、眠りは罠だ。
あなたが深く海にもぐって探している真珠に、努力せず意識を集中し続けなさい。
理解することは、対象化することだ。
理解を捨て去ることによって真我を顕にしなさい。
すべての質問や答えはエゴからやって来るのだから
努力することや理解することによってその源泉を見つけることはできない。
エゴがどこからやって来るのか見つけなさい。
そうするとそれは消え去るだろう。
エゴは破壊されねばならない。
考えることをスットプしなければならない。
今、それをやりなさい、
説明できない「それ」を、理解、視覚、触覚を超えた「それ」を切望しなさい、
「私は存在しない」という観念を投げ捨ててそれをやりなさい。
観念という観念も取り除きなさい。
知識の最終目的地は言葉も含めてすべての知識を忘れることだ。
書物を持ち歩くのは、ロバがスートラを持ち運ぶようなものだ。
多くの聖者は文盲だ。
絵の中の炎が茶を湧かすことができないように知的な理解は十分ではない。
知的な理解はメニューを読んでいるようなもので
本当に体験することは、食べ物を食べることだ。
理解のすべては「それ」の美味に比べたら、ひからびた残り物だ。
存在-意識-至福。
エゴ-マインド-知性がこの言葉を聞く。
それらに邪魔をさせないことだ、あなたが聞いたことを分析しないことだ。
無について考えることは、無から抜け出すことだ。
自由について話すのは牢獄者だけ、
いつも自由でいる人は自由については語らない。
話される自由はそれから自由になる為の束縛が必要だ。
あなたの自身の真我を探求して自由になりなさい。
この自由は言葉では言い表すことができない。
最良の表現は 真我の至福に酔っぱらった
その人の目の中に、歩き方の中に現われている。
(´・(ェ)・`)
(つづく)
同門老宿誡余淫犯肉食。 同門の老宿、余が淫ぱんにくじきを戒む。
曾裡僧嗔之因作此偈示衆僧云 会裡の僧、これをいかる。因ってこの偈を作り衆僧に示すという
爲人説法是虚名 ゐ人説法是れ虚名
俗漢僧形何似生 俗漢僧ぎょうかじせい
老宿忠言若逆耳 老宿の忠言若し耳に逆らはば
昨非今是我凡情 昨ひこん是我凡情
くま訳
同門の老僧に淫犯肉食を諌められた。
これに、弟子たちが怒ったので、其の返事の偈を作り示した。
法を説く人などと言っても、その内実を伴っていない。
チンピラが僧衣をまとってる様なものではないかい。
老僧の忠告が耳障りに思うのは、
昨日悪いと思われたことが今日はよいと思われるからであり、
全ては、わが凡情のなせる業なのである。
*今是昨非-昨非今是 こんぜ-さくひ 今、昨日までの過ちに気づくこと。今までの過ちを悟って悔いる語
(´・(ェ)・`)b
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