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鬼和尚の仏教講読会 別館2

1 避難民のマジレスさん :2020/09/21(月) 19:36:15 ID:WJISoscI0
前々スレ:https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/
前スレ:https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/l50

現在:狂雲集(一休宗純)講読会・開催中であります。

2 避難民のマジレスさん :2020/09/22(火) 19:09:26 ID:gzlQJyKs0
182
示耽名僧 2/3  名に耽る僧に示す
南北東西不可量     量るべからず
扶桑栗散國封疆 扶桑ぞくさん國のほうきょう
耽名愚鈍畜生道 名に耽る愚鈍畜生道
望帝一聲聴断膓 望帝一声聴いて断腸

くま訳
東西南北、領地の広さを測ってもしょうがない。
日本国は国境にある小国である
名誉を追い求める輩は、愚鈍な畜生である。
古代の高徳の皇帝望帝は、死後も民を思い、ホトトギスとなって、春、種まきの時期を知らせているという
のに、ホトトギスの一声を聞く度に、日本国の現状を残念に思う次第である。

*不可量(ふかりょう): 程度が、はかり得る範囲を越えていること。また、そのさま。
*粟散辺地(そくさんへんじ):辺地にある、あわ粒を散らしたような小国。粟散辺土。
*封境・封疆(ほうきょう):領土のさかい。国境。
*望帝杜宇(ぼうていとう)は、古代の蜀にあった古蜀の第4代君主とされる人物。
(´・(ェ)・`)つ

3 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/22(火) 21:44:56 ID:1d4drIFg0
>>1 ご苦労さんなのじゃ。

4 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/22(火) 21:47:17 ID:1d4drIFg0
また売名に耽る僧に忠言するのじゃ。
東西南北の地平は計り知れないというのじゃ。
その全てに名を届かすのは不可能なのじゃ。
それは名に執着する畜生道なのじゃ。
ただひたすらに善事に励む者が自然に名も高くなるというのじゃ。

5 避難民のマジレスさん :2020/09/23(水) 20:57:59 ID:ohh/vbbw0
>>4鬼和尚、ありがとうであります。
くま訳改
第4句:望帝のように高徳な者の名は自ずと残るのだ。

183
示耽名僧 3/3
金鳥玉兎照籠中    籠中を照らす
百億須彌逼碧空   のしゅみ碧空にせまる
香水無邊四大海   無辺し大海
畜生無始又無終

くま訳
太陽と月(の神)が、籠の中を照らしているのだ。
無限の大宇宙は紺碧の空だ
仏に捧げる水が、大宇宙をつつむ海なのに。
良からぬ事をするやつらは、永遠に畜生に生れ変るのだ。

*金烏玉兎(金うぎょくと):「金烏」太陽。また、日月のたとえ。「金烏」、中国古代の伝説で、太陽に 
 すむ三本足のカラス。転じて、太陽のたとえ。「玉兎」は、中国古代の伝説で、月にすむウサギ。転 
 じて、 月のたとえ。
 八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話に登場するカラス。3本足は、天・地・人を表し、神 
 と自然と人が、同じ太陽から生まれた兄弟であることを示すとしている。
*籠中(こちゅう):籠(かご)の中。
*逼(ヒツ)せまる、事態が差しせまる。身動きできない。
*香水(こうずい):寺院や仏壇において、仏に捧げられるものの一つ。樒という照葉樹の一枝を刺すこと
 によって水が香水となることを、鑑真によって伝えられた。
*四大海(しだいかい):須弥山 (しゅみせん) の四方にあるという大海。
*無始無終:始めも終わりもなく、限りなく続いていること。生ある者があの世からこの世へと生まれ、苦 
 しみを味わい、再び死んであの世へ戻っていくという輪廻りんねが無限であること。
*畜生:生前に悪徳の行為をしたものは,死後にこれに生れ変るという。
(´・(ェ)・`)つ

6 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/23(水) 21:59:39 ID:1d4drIFg0
日月も己の心の中に在るのじゃ。
百億のチョモランマも紺碧の空もまたあるのじゃ。
香水が無辺の海となってあるのじゃ。
畜生もまた無始無終の本来仏なのじゃ。

7 避難民のマジレスさん :2020/09/24(木) 21:02:19 ID:ur8PhUy20
くま訳改
日月は心の中にあるのだ。
無限の宇宙は紺碧の空だ
仏に捧げる水が、大宇宙をつつむ海なのだ。
畜生も、本来無始終の仏なのだ。

184
除夜
金吾除夜死山名 金吾除夜に山名を殺す
従此黄泉幾路程 此れよりこうせん幾路程
太平天子東西穩 太平の天子東西おん
九五青雲無客星 九五青雲客星無し

やまんなか先生訳
年末に、金吾山名宗全が死んだ。
黄泉の国への道程はかなりといことであろう。
東西の戦も止み、天子の世は穏やかになったが、
人物はいなくなった。

くま訳
西軍総大将・天子の護衛職として、戦乱末期に山名宗全が殺された。
黄泉(よみ)へ行く道は遠いことであろう。
天子の世は太平になり、東西戦乱はやんだ。
天子の世は晴れ渡ったが、新星の如く現れた人物はもはや無い。

*金吾(きんご):官職名《漢代に宮門の警備や天子の護衛に当たった武官「執金吾」の略》衛門府の唐名
。 山名宗全(そうぜん)(応仁の乱の西軍総大将全)の官職名
*黄泉・黄泉路(よみじ):黄泉よみへ行く道。冥途めいどへの道。また、黄泉。
*九五:易で、九を陽とし、五を君主の位に配するところから天子の位
*客星:ふだんの定まった星座の中に突然に現れた星をいう。多くは彗星(すいせい)で、尾があって星座
 の間を動き回るので分かるが、時として急に明るさを増す新星という場合もある▲歌人・藤(ふじ)原
 (わらの)定家(さだいえ)の「明月記」には「後冷泉院(ごれいぜいいん)の天喜二年」に「天関(て
 んかん)星」――おうし座方向に客星が現れたとある。これは中国やアラビアでも目撃された1054年 
 のかに星雲の超新星爆発とみられる。(毎日新聞2020年2月11日)

西軍の山名宗全と対した東軍大将の細川勝元の後継者は、聖徳太子の化身と言われた細川政元。一休さんの
友達である蓮如とその外護者である政元との親密であった。僧でありながら蓮如は政元を魚食で接待したと
いう程。蓮如・教団と政元の接近がその後の戦国時代での悲劇を生む一因であったのかも知れない。(やま
んなか先生解説より抜粋)

うむ。蓮如は、一休さんより世渡り上手っぽいが、やってることは、榮玄の徒のようである。
(´・(ェ)・`)つ

8 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/24(木) 21:26:10 ID:1d4drIFg0
応仁の乱の頭首が死んで一応乱は収まったと書いたのじゃ。
しかし、それは戦国時代の始まりに過ぎなかったのじゃ。
むしろ長く生きたほうが少しは増しだったかもしれん。
まとめる人が居なくなれば大衆はそれぞれ徒党を組むからのう。

9 避難民のマジレスさん :2020/09/25(金) 21:28:32 ID:nTGHwvYg0
やばい人みたいな一休さん
185
嘆日旗落地   にっ旗地に落つるをたんす
錦旗日照動龍蛇 錦旗日照らして龍蛇を動かす
聖運春長救國家 聖運春長うして國家を救ふ
化雷踢殺五逆輩 雷と化して五逆のともがらをてき殺し
誓爲朝廷作悪魔 誓って朝廷の為に悪魔とならん

くま訳
日旗が地に落ちることを嘆く
錦の御旗の翻るところ、聖人も凡夫も皆随うのだ
皇運の勢いが長くつづくように、国家を救うのだ
雷となって、反逆者どもを蹴り殺すのだ
誓って、朝廷の為に悪魔となるのだ。

*龍蛇:西村惠信先生解説抜粋
 凡聖同居し、龍蛇混雑す(『碧巌録』三十五) 凡夫と聖人が同居している
 「悟りの世界は清も濁も併せ呑む素晴らしい世界である。そういう世界には、天にも登る龍がいるかと思 
 えば、地面を這い続ける蛇もいる」ということ。「南方にはどのような仏法があるか」という文殊菩薩の 
 問いに対して、答えた無著禅師のことばである。優れた人と困った人が仲良く同居する世界
(´・(ェ)・`)つ

10 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/26(土) 22:57:53 ID:1d4drIFg0
一休は皇族の血を引いているというのじゃ。
天皇からもいろいろ世話になったというのじゃ。
親族の付き合いであったもしれんのじゃ。
世が乱れようとする時期に精一杯の応援だったもしれん。

11 避難民のマジレスさん :2020/09/27(日) 17:42:53 ID:Cu43pdJw0
のたうちまわる一休さん
186
示邪淫僧       に示す
銀燭畫屏残月暁 銀燭画へい残月の暁
錦茵甲帳落花春 錦いんかふ帳  の春
生身若堕在火坑 しょうしん若し火きゃうに堕在せば
花顔玉貌他何人 かがんぎょくぼうまたなんびとぞ

くま訳
銀の燭台が美しい屏風を照らす、残月(秋)の暁
美しい布団に、宝石で出来たとばりが掛かる、花散る春
菩薩でも、もし人間界に落ちれば、煩悩の地獄の業火に焼かれ苦しむだろう。
宝石や花のように美しい容貌に惹かれるのであるが、容貌が何だというのだ。

*錦茵(きんいん):にしきのしとね。美しいふとん
*甲帳(こうちょう):宝石でできたとばり
*生身(しょうじん): 仏・菩薩が人間の姿をとって現れたもの。
*堕在:悪い世界や境遇に落ちて、そこにとどまること。
*火坑(かきょう):火の燃えている穴。特に、地獄にある火の穴。また、煩悩(ぼんのう)の恐ろしさをた
 とえていう
(´・(ェ)・`)つ

12 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/27(日) 22:01:53 ID:1d4drIFg0
次は邪淫の僧に示すというのじゃ。
娼家の豪華に飾られた部屋とか美しい女子がなんだというのじゃ。
それは生きながら地獄に落ちていると同じなのじゃ。
一休は純愛であるからよいのじゃ。
愛の無い交わりが邪淫なのじや。

13 避難民のマジレスさん :2020/09/28(月) 20:24:39 ID:X/vQDPl.0
187          1/9
文安丁卯秋 大徳精舎有一僧   文安丁ほうの秋 大徳精舎に一僧有り
無故而自殺矣 好事之徒遂讃之官 故無くして自殺す 事を好むの徒 遂に之を官にしんす
繋其餘殃而 居囚禁者七五輩   その余おうにかかりて しん禁におる者しちご輩
足爲吾門之大亂 時人喧傳焉   我が門の大乱と為すに足る 時の人喧伝す
予聞之 即日晦迹山中      予之を聞いて 即日あとを山中にくらます
其意盖出於不忍耳        その意けだし忍びざるに出づるのみ 
適学者自京城來         たまたま学者の京城より来たり
説本寺件件之故 愈弗勝慨嘆   本寺件々の事を説く いよいよ慨嘆に堪へず
作偈言懐 時値重陽 故成九篇云 偈を作り懐を言ふ 時に重陽にあふ 故に成九篇を成すと云ふ

地老天荒龍寶秋         地老い天ある龍宝の秋
夜來風雨悪難収         夜来風雨あらうして収め難し
對他若作是非話         他に対して若し是非の話をなさば
髣髴雲門關字酬         雲門の関字の酬いに彷彿たらん

山折哲雄先生訳
大徳寺のある僧が
「故なくして」自殺した。物好きがいて幕府に通報したところ、
連座して獄につながれる者がでた。
もつて我が宗門の一大事が勃発したのであるが、世間はこれをみて騒いだ。
自分はこれをきいて、即日山中(譲羽山)に入つてを身をくらましたが、
それはそのような不祥事に我慢することができなかつたからだ。
たまたま情報通の奴がやつてきて、
ことの顛末を話してくれたが、いよいよもつて慨嘆にたえなかつた。
時あたかも九月九日の重陽節にあたつていたので、想うところをのべて九偶を作つた。以下のごとし。

くま訳
天地荒れ果てた龍宝山大徳寺の秋
夜来の風雨が嵐になり、収まらない。
誰かに対して若し、是非の話をするならば、
雲門の関字の公案に対する、返事をほうふつとさせるのである
(大燈國師が年かかって透関して開悟した、雲門の関、のことである)

*重陽:9月9日菊の節句
*天荒地老:((成語)) 経過した時間が長い(中国語辞典)
*関:大徳寺開山の宗峰妙超禅師 (大灯国師)は師の南甫紹明禅師 (大応国師)より「雲門の関」の公案を与え
 られ辛苦参禅修行三年にして、雲門の「関」を透過し、悟りの境地を得たという。そのときの境地を詩偈に
 して大応に示し悟りの認可を与えられたのである。 

 是か非か、問われて、その答えの出るところの内側にいるのだ。是是非非だということでありましょう
 か?
(´・(ェ)・`)つ

14 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/28(月) 21:29:29 ID:1d4drIFg0
関を透過したのならばもはや是も非もないのじゃ。
非是非非じゃな。
しかし、世間はそうは見ないじゃろう。
煩わしいことじゃと、すべて捨てて山の中に入ったのじゃ。

15 避難民のマジレスさん :2020/09/29(火) 19:49:52 ID:yjDFQbds0
188    2/9
慚我聲名猶未韜 漸づ我れ声名なお未だつつまず
参禪学道長塵労     ぢんらうを長ず
霊山正法掃地滅      地をはらつて滅す
不意魔王十丈高 おもはざりき魔王の十丈高からんとは

山折哲雄先生解説
第一句は、今度の不祥事に関連して一休自身も世間の指弾をうけたであろうことを予想させる一節である。
そして自分の声各が、いまだ世間を離れて轄まれていないこと世俗から覆い隠されていないことを漸じ、嘆
いている。そこには、参禅学道の士というものにたいするかれの切実な感懐がこめられているはずである。

くま訳
愧ずらくは、未だに私の評判が消えないことである
参禪して、仏道を学んだ結果、俗世間の煩わしい苦労が増えてしまった。
霊山の残した正しい法は、きれいさっぱり消えうせてしまった
思いもよらなかったのは、煩悩の魔王が、こんなにも大きいいことだ。

*慚(はず・ざん):仏教が教える善のひとつ。他者の徳に対する恭敬、もしくはみずからを観察すること
によっておのれの過失を恥じること。自らを顧みて恥じること。
*声名:評判。ほまれ。名声
*韜(トウ・かくす・つつむ・ゆごて・ゆみぶくろ)1ゆみぶくろ。弓を入れておく袋。
*塵労(ジンロウ): 世の中・俗世間における煩わしい苦労。
*正法(しょうぼう):1正しい教え、すなわち仏法。釈迦(しゃか)の死後を三時期に分けた、はじめの五
 百年または千年間。正しい仏法が行われていたとされる時期。
*地を掃う(チヲハラウ)ほうきではき清めるように、すっかりなくなる。
*魔王:悪魔の王様・悪魔は、仏教では仏道を邪魔する悪神を意味し、煩悩のことであるとも捉えられる
(´・(ェ)・`)つ

16 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/29(火) 20:48:27 ID:1d4drIFg0
自分にはまだ名声に囚われる心があったとはじるのじゃ。
禅と学びに長く苦労したがまだあったのじゃ。
霊山の正法は少しもなくなったのじゃ。
魔王がまだ心に居ったのじゃ。

17 避難民のマジレスさん :2020/09/30(水) 20:58:37 ID:RP0W9tDs0
鬼和尚、いつもありがとうであります。
くま訳改
第1句:愧ずらくは、未だにわしが、自分の名声に囚われていることである

189    3/9
停因一月老虚堂 ひとやにとどまる一げつ老き堂
身上迍邅休断膓   のちゅんてん断腸するをやめよ
苦楽寒温箇時節     この時節
黄花一朶識重陽 くわうか一だちょうようをしる

くま訳
虚堂老師も一ヶ月間拘禁されたことがあるのだ。
身に降りかかったことに付いて、悩み苦しむのはやめなさい
暑い寒いの苦はない季節である、
一輪の菊が菊の節句であることをしらせてくれるだろう。

*屯邅・迍邅(ちゅんてん)〔易経〕行きつもどりつして悩むこと。悩み苦しむこと。
*黄花:菊,菊の花
*一朶(イチダ): 花のひと枝。また、一輪の花。
*重陽(ちょうよう):五節句の一つで、9月9日のこと。旧暦では菊が咲く季節であることから菊の節句
 とも呼ばれる。
(´・(ェ)・`)つ

18 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/01(木) 22:00:52 ID:1d4drIFg0
苦楽に悩むのは無意味というのじゃ。
休めばよいのじゃ。
ただ時間が過ぎれば苦悩も無くなるというのじゃ。
冬が春になるようにのう。

19 避難民のマジレスさん :2020/10/02(金) 20:21:51 ID:82F.1L.20
190    4/9
清淨本然現大千 清淨本然大千をげんず
現前境界是黄泉 現前境界これくわう泉
慣戦作家赤心露 戦いに慣うさくけ赤心あらはる
眉間掛剣血澆天 眉間に剣を掛けてち天にそそぐ

くま訳
人は生まれながらにして仏心を持っているのである。
今この現状が死後の国と同じなのなのである。
論争に慣れてしまい、師家が本心をさらけ出しているのである。
眉間に剣を打ち掛けて、天に血が噴出しているのである。

*本然清:人は生まれながらにして仏心(清らかな心)を持っているという意味
*赤心:嘘いつわりのない、ありのままの心。丹心。まごころ。
(´・(ェ)・`)つ

20 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/02(金) 21:38:43 ID:1d4drIFg0
一休の悟りの境地なのじゃ。
悟りを得れば大千世界も己になるというのじゃ。
そこではもはやこの世とあの世の区別も無いのじゃ。
赤心を以って弟子を教え、知恵を尽くして天に還るのじゃ。

21 避難民のマジレスさん :2020/10/03(土) 20:12:56 ID:HgpRjtdk0
191    5/9
正傳傍出妄相争 正傳傍出して妄りに相争ふ
曠劫無明人我情 くわう劫の無明にん我の情
人我擔來擔子重 人我になひ來つてたんす重し
空看蛺蝶一身軽 空しく看るけふてふ一身のかろきを

くま訳
正当な後継紗か、傍出か、勝手気ままに争っているのでる。
永遠に智慧の光照らされることのない、執着心
その執着心を担いで来て、責任が重い
我が身虚しく、軽やかな蝶々をうらやましく見やる

*擔子(たんす): 担子 天秤棒で担かつぐ荷物 、責任
*蛺蝶(きょうちょう・たてはちょう):止まる時は、はねを閉じて直立させる。日本ではキタテハ・ルリ 
 タテハ・オオムラサキなど約50種が知られる。
(´・(ェ)・`)つ

22 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/03(土) 21:47:09 ID:1d4drIFg0
昔もわしが正統な後継者じゃとか、いやわしが伝統を継いだとか争いがあったのじゃろう。
それこそ無明の我による苦なのじゃ。
一休の下にも多くの弟子が来たが、責任が重いのじゃ。
むしろ蝶のように身軽になりたいというのじゃ。

23 避難民のマジレスさん :2020/10/04(日) 21:17:02 ID:BDVNOiQA0
193    7/9
棒喝徳山臨済禪 棒喝徳山臨済の禪
商量三要與三玄 商量す三要と三玄と
漢王鑄印却消印 漢王印を鋳てかへって印をせうす
胡亂更参三千年 うろん更に参ぜよ三千年

くま訳
徳山の棒,臨済の喝が我らの禪である
状況に応じてはかり、考える、三要三玄も伝えられたと言うのである。
漢王が作り日本に送ったといわれる金印は、消えてしまったのである。
本当に伝えられたのか、胡散臭い話である。もう一度、一から三千年かけて修行するしかないのである。

*棒喝:徳山の棒,臨済の喝。大喝一声,一喝を与えるなど,必ずしも叱るのではなくて,いきなり相手の
 仏性を喚起する場合もある。
*商量;種々の条件・状況などをはかり考えること。
*三玄:臨済録・何をさすか明示されていない。一説に、玄中玄(真理そのもの)、句中玄(言語における 
 真理)、体中玄(修行で現れる真理)の三つをあげる。
*漢王鑄印却消印:『後漢書』東夷傳」にある金員のことかなと愚考してみた。
*更參三十年(更に参ぜよ三十年)「もう一度はじめから修行をやりなおせ。学人の修行未熟な点をついて、
 叱咤激励する言葉」
*胡乱:(うろん〕①疑わしく怪しい・こと(さま)。胡散うさん。②不確実であること。あやふやなこと。
また、そのさま。胡散。 ③みだりがわしいこと。勝手気ままなさま。乱雑
(´・(ェ)・`)つ

24 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/05(月) 21:59:17 ID:1d4drIFg0
徳山臨済の棒喝が正しい禅というのじゃ。
それにはただ厳しいばかりではなく三要三玄も慮られていたというのじゃ。
漢王は将軍の印を作って与えて後で取り上げたりしたのじゃ。
更に後で将軍を粛清したりしたのじゃ。
にせものの伝統もそのようなものじゃ。

25 避難民のマジレスさん :2020/10/06(火) 20:13:55 ID:xqChlqfQ0
>>23 くま訳改
第三句:漢王により与えられた地位は、漢王により召上げられるのである。
第四句:権威は消失すれば、同等の権威づけを得るのに三千年かかるのだ。

192    6/9
上古道光今日明 上古の道光今日明らかなり
議論臨済正傳名 議論す臨済正傳の名
屋前屋後樵歌路 屋前屋後せう歌の路
憶昔山陽笛一聲 おもふ昔山陽のてき一声

くま訳
浄土宗の場合は、(法然-弁長-良忠-道光と)相伝することの正当性は、今日明らかである。
臨済宗に於いては、正伝するものが誰かが議論されているのである。
庵の前も後ろも、樵の歌が聞える奥深い山中である。
昔を懐かしくに思いださせるのである。山陽賦の詩の笛音である。

*上古:遠い昔。昔。歴史時代の最も古い時代をさす。普通大化の改新頃までをいう。
*賦(ふ)山陽笛:古代中国の韻文における文体の一つ。唐の詩や宋の詞などと並び、漢帝国を代表する文 
 芸である。あらゆる場所・物・感情を網羅的に表現する手段として用いられた。

昨日の詩と今日の詩、順番が逆でありました。
(´・(ェ)・`)つ

26 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/06(火) 21:29:03 ID:1d4drIFg0
昔の仏道は今明らかになっているのじゃ。
今臨済宗の正伝を議論するのは無意味なのじゃ。
家の前後で歌う樵の歌の様にさわがしいだけなのじゃ。
山陽の笛のように思い出させる声が真の正伝なのじゃ。

27 避難民のマジレスさん :2020/10/07(水) 20:23:57 ID:ptHTMwQ20
>>25
くま訳改
昔からの仏道は明らかである。
今臨済宗の正伝を議論あいているのである。
庵の前後で歌われる樵の歌のように騒がしいだけである、
真の正伝はは山陽の笛のように心をふるわせるのである。

194    8/9
近代久参学得僧 近代久参学得の僧
語言三昧喚爲能 語ごん三昧喚んで能と為す
無能有味狂雲屋 無能味わひ有り狂雲のおく
折脚鐺中飯一升 せっきゃく鐺中飯一升

くま訳
最近のベテラン修行僧たちは、
口ばかり達者で、それを能力と称しているのだ 
そのような能無く、味わいがある狂雲一門なのだ。
なんで、なべの中に飯が一升も入ってるようなことがあるというのだ。

*大徳寺の開祖 宗峰妙超 (大燈国師)遺戒:
老僧行脚の後、或いは寺門繁興、仏閣経卷、金銀を散りばめ、多衆閙熱(にょうねつ)、
或いは誦経、長坐不臥、一食卯斎(ぼうさい)、六時行道、たとひ恁麼(いんも)にし去ると雖も、
仏祖不伝の妙道を以って、胸間に掛在(くざい)せずんば、
忽ち因果を撥無(はつむ)し真風地に墜つ。皆是邪魔の種族なり。
老僧世を去ること久しくとも児孫と称することを許さじ。
或いは一人あり、野外に綿絶し、一把茅底(いっぱぼうてい)、
折脚鐺内(せっきゃくしょうたい)に野菜根を煮て喫して日を過ごすとも、
専一に己事を究明する底は、老僧と日日相見報恩底の人なり。
誰か敢えて軽忽(きょうこつ)せんや。勉旃(べんせん)、勉旃(べんせん)

禅と悟りHP訳
私の死後、この大徳寺は金銀を散りばめ、伽藍は繁栄し、多数の僧侶が集まるかも知れない。
また、盛んに読経し、長時間横にならないで坐禅したり、午前中1食で、1日中勤行したり、
型の如く整然と修行したりするかも知れない。
しかし、そのように型の如くいくら修行しても、仏祖直伝の言葉に表わすことのできない
禅の妙道が、無ければ、因果の理法が否定され、禅の真風が地に落ちてしまうだろう。
このような人達は悪魔の種族と言うほかない。
私が死んでずっと時が経っても私の児孫だと言うことを許さないだろう。
しかし、たとい一人であっても野外で人家から離れた所で小さなあばら屋に住んで、
破れ鍋に野菜根を煮て食べて毎日過ごすような貧乏生活をしていても、
「己事究明」の禅に専念する者は、私と毎日顔を会わせているのだ。
そのような人は仏道に報いる真の仏弟子である。
そのような人を誰が敢えてなおざりにするようなことがあるだろうか? 
「己事究明」に努力せよ! 努力せよ!
(´・(ェ)・`)つ

28 避難民のマジレスさん :2020/10/07(水) 20:37:43 ID:ptHTMwQ20
>>27 訂正
今臨済宗の正伝を議論あいているのである→今更臨済の正伝を議論しても、
(´・(ェ)・`)b

29 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/07(水) 21:24:39 ID:1d4drIFg0
今の久参の学僧などは言葉だけで三昧を能く得たとかのたまうだけなのじゃ。
それは三昧ではないのじゃ。
忘我にして能無きを三昧と呼ぶのじゃ。 
それは茶のための湯を沸かす小鍋に飯を一升も入れているようなものじや。
三昧が何であるのかも知らず、言葉で頭を一杯にしているだけなのじゃ。

30 避難民のマジレスさん :2020/10/08(木) 20:28:58 ID:tWqamcf60
>>29 鬼和尚、いつもありがとうであります。
くま訳改
最近の、長く修行している僧は、
言葉だけで三昧を知った気になっているのである。
三昧とは何事かを成し遂げる力ではないのである。
頭を言葉・観念で満たしても、三昧を知ることはできないのである。

195    9/9
風外松杉亂入雲 風外のしょうさん乱れて雲入る
諸方動衆又驚群 諸方は衆を動かし又群を驚かす
人境機関吾不會 じん境機関われゑせず
濁醪一盞醉醺々  濁ちゅう一さん酔ってくんくん

富士正晴先生訳
風もないのに外の松杉乱れ 官に近づくこれ何じゃ
諸方の寺々大衆動員 坊主さわがしこれ何か
人事のからくり わしゃわからん
どぶろくの一盃 酔うてごきげん 

くま訳
風外(事件と無関係)の松杉まで、掻き乱されて雲の中に入ってしまった。
諸方の人々が、出家、在家の仏教徒をけしかけ、又人々を驚かせる。
俗世間の習慣など、わしは分からんのだ。
ドブロク飲んで酔っ払ってしまったのである。けへぇぇ〜

*風外:吹く風の外の方。喧噪や教化の及ばない所などにたとえる。
*濁醪(読み)ドブロク だくろう "
(´・(ェ)・`)つ

31 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/08(木) 21:37:43 ID:1d4drIFg0
>>30 どういたしまして、またおいでなさい。


風で松とか杉の木が乱れてうるさいというのじゃ。
諸方の衆が騒いでいるというのじゃ。
境界がどうのと騒いでいるようじゃ。
悪い酒を飲んで皆酔っ払ってでも居るようじゃ。

32 避難民のマジレスさん :2020/10/09(金) 21:10:25 ID:8JZg..ko0
>>30
くま訳改
第四句:ドブロクを飲んで皆酔っ払ってでも居るようだる

196
閑工夫辱榮衒徒    栄衒が徒をはずかしむ
金襴長老一生望 金襴の長老一生の望
集衆参禪又上堂 衆を集めて参禪また上堂
樓子慈明何作略 楼し慈明何の策略ぞ
風流可愛美人粧 風流愛すべし美人のよそほひ


くま訳
禅の奥義を見極めようと、万事に工夫を凝らすことをしない、虚栄心だけの輩は禅を汚す
金ぴか長老(たぶん養叟)の一生の望は
修行僧達を集めて参禪して、説法をすること
楼子和尚や慈明和尚の話を引き合いに出すのは何の策略かな
楼子、慈明も愛した風流を愛すべし、美しい人をよそおうのだ。

*栄衒徒:(えいげん)自分をひけらかして売り込み栄華を求めること。虚栄心、支配欲のかたまり。名聞 
 利養に邁進する輩
*楼子和尚:楼上の吟を聞いて悟った楼子和尚の故事あり
*慈明和尚が苦寒の中で股に錐を刺して眠気を退散させた)の故事あり
(´・(ェ)・`)つ

33 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/09(金) 21:44:08 ID:1d4drIFg0
実践を疎かにする者は栄衒の徒として辱しめられるのじゃ。
金襴の僧衣で大衆を寺に集めるのが望みとはおかしなことじゃ。
先達の僧が必死に工夫してきたのは何のためだったのか。
化粧をしてかわいいのは美人だけなのじゃ。
禿げ親父が金襴の僧衣を着ても無意味なのじゃ。

34 避難民のマジレスさん :2020/10/10(土) 20:14:16 ID:F0qyauXY0
くま訳改
実践を疎かにする者は栄衒の徒として辱しめられるのだ
金襴の僧衣の長老の一生の望みは、
大衆を集めて説法をすることなのだ。
楼子や慈明の工夫をを理解できないのだ。
化粧をしてかわいいのは美人だけなのだ

おまけ:80歳を越えた一休の作である。
一休像の賛。
大円相裏現全身
画出虚堂面目真
盲女艶歌笑楼子
花前一曲万年春

大円相裏に全身を現す、
虚堂の面目真を、画き出している。
盲女の艶歌を、楼子和尚は笑っているだろう、
花前の一曲を聞く、万年の春。

一休は花のような美人と向かい合い一曲を聞く。
盲女の艶歌を笑っている楼子和尚とは違い、
一休はまさに万年の春だ。
(´・(ェ)・`)つ

35 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/10(土) 21:06:32 ID:1d4drIFg0
だいたいそのような感じなのじや。
花の前で歌う一時が永遠なのじゃ。

36 避難民のマジレスさん :2020/10/11(日) 20:25:08 ID:bfHYesdw0
197    1/2
船子釣臺圖二首 せんしちょう台の図
金鱗難得急流前 金鱗得難し急流の前
坐断釣臺三十年 坐断す釣台三十年
絲線一通名利路 し線一たび通ふ名利の路
子陵可唉來山禪 し陵はわらふべしかつ山の禅

小船の船縁に座り釣りをする絵を見て二首
美しい魚は釣れ難い急流。(悟りを伝えることが出来る弟子に出会うことは困難である、短い人生で)
どっかりと釣台に坐ること30年(待ちに待った30年)
運命の糸が、名利の路につながってしまった。
子陵厳光なら、わらうことだろう、來山の禪を(名利を嫌った厳光なら、禪により名を残すことを嫌ったで
あろう。)

*船子:夾山禅師を悟りに導いた船子徳誠禅師、樂山惟儼禅師の法嗣「汝今、已に得たり。向後、 城隍・
聚落(城中や人里)に住することなかれ。」と言い残したらしい。
*夹山:善会(804-881),唐高僧の世称、船子の法嗣
*金鱗:金色のうろこ。また、美しい魚。
*坐断・座段(ざだん):仏語。誤った考えや執着など、一切の差別の相を断ち切ること。俗念を断つこと。
 殺破ともいう。② どっかりとすわること。腰をすえること。
*名利:名聞利養、名聞とは名誉が世間に広がる事、利養とは財を追い求める事、
*子陵;厳 光(げん こう、紀元前39年 – 41年)後漢時代初期の隠者・逸民。
 光武帝となる劉秀と同門に学ぶ。劉秀が皇帝となると、厳光は姓名を変えて身を隠した。光武帝はその才
 能を惜しみ行方を捜させたところ、後斉国で羊毛の皮衣を着て沢の中で釣りをしているところを見いださ
 れて、長安に召し出された。宮中の作法に詳しい司徒の侯覇が厳光と親しかったが、厳光は細かい礼に従
 わず、光武帝はそれでも「狂奴故態を改めず」と笑っただけだった。それどころか自ら宿舎に足を運んで
 道を論じたという。ある夜、帝と光がともに就寝し、光が帝の腹の上に足を乗せて熟睡し、翌日大夫がそ
 の不敬を奏上して罰しようとしたが、帝は「故旧とともに臥したのみ」とこの件を取りあげなかった。諫
 議大夫に挙げられたがこれを断って富春山(浙江省富陽県)で農耕をして暮らし、その地で没する。
(´・(ェ)・`)つ

37 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/11(日) 21:51:39 ID:1d4drIFg0
来山は三十年修行して悟りを得ようとしたのじゃ。
しかし、名利に走ってしまったというのじゃ。
仏道も伝わらず出家もしていない厳光でさえ名利を捨てたというのに来山はいかんというのじゃ。

38 避難民のマジレスさん :2020/10/13(火) 23:19:57 ID:GfXvZ/NU0
>>37
来山は悟っていたが、それを伝授する弟子を30年間待ち続けた。
伝授したいという、思いが、悟っていない証だみたいな理解でよいのでありましょうか?
来山が、自分は悟ったと思ったのは、勘違いだったのでありますね。
(´・(ェ)・`)b

39 鬼和尚 ◆01mzPGVdXo :2020/10/15(木) 00:06:02 ID:1d4drIFg0
↑そうじゃろう。
 小悟だったのじゃろう。
 人を待たなくてよいのじゃ。
 弟子をすべて悟らせればよかったのであるからのう。

40 避難民のマジレスさん :2020/10/15(木) 23:11:31 ID:TR9.sBGI0
198    2/2
千尺絲綸豈得収 千尺のしりんあに収るを得ん
一天風月一江舟 一天の風月一江の舟
舟飜人去名猶在 舟飜り人去って名猶ほ在り
洙水何因不逆流 しゅ水何に因ってか逆流せざる

くま訳 (伊井暇幻先生の解説を参考にした)
千尺(約300m)の釣り糸をどうして簡単に巻き上げられるか。(30年間待ち続けた弟子の決着をつけるのは容易ではない)
永遠の時の流れの中の、束の間の人生
(來山を悟りに導いた)船子は海に飛び込んで死に、(船子に海に突落され死にかけた)來山は開悟して名利を得た。
孔子の学問を考え続けても、時の流れを逆流させることはできない。

*綸(リン):1 絹糸をより合わせたひも。「綸綬(りじゅ)」2 釣り糸。「垂綸」3 おさめ整える。「経綸」4 天子の言葉
*洙水(しゅすい):泗水(しすい)の支流。流域で孔子が弟子たちに道を講じた。洙泗:孔子の学問

一休さんの悟った人比較1位・子陵厳 光、2位・船子徳誠、3位・ 夹山善会。生没年が分かったのは、3位の
來山のみ。名僧は、何処からともなく来て、歴史の彼方へ消えてゆくのでありましょう。一休さんはきっと
例外でありましょう。
(´・(ェ)・`)つ

41 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/16(金) 22:25:51 ID:1d4drIFg0
そのようなかんじなのじゃ。
時は巡って戻らないというような意味じゃな。
名とか教えを残すことができるだけなのじゃ。
儒教などではできないことなのじや。

42 避難民のマジレスさん :2020/10/17(土) 21:40:24 ID:U9XfzBUM0
199

脳亂春風何所成 春風を脳乱して何の成る所ぞ
遊絲百尺惹多情 遊糸百尺多情を惹く
不知問取桃花去 知らずんばとう花に問取して去れ
換却霊雲雙眼睛 霊雲の双眼睛を換却す

伊井暇幻 先生解説
春風に心乱された一休は、寄り添う肉体を欲し
「遊絲百尺惹多情」との境地に陥る。いや、なに、千尺もはない、ただの百尺である。単位は、執着の深さ
を示すか。
折しも桃の花が咲き誇っている。一休はウキウキと萌す人恋しさに浸りつつ、花を愛で香りを愉しみ、通り
過ぎる。生命を讃えているのだ。
振り返って、霊雲が桃の花を見て悟りを得たことを思い出す。しかし、桃花を視れども悟りは見えず。霊雲
と眼を取り替えたいものだ

……とか口先では云っているが、一休の詩から深刻な苦悩は読み取れない。「あっはっはっ、こんな可憐な
花を見てウキウキしないどころか、悟りを得るなんて、霊雲って奴ぁとんでもないトーヘンボク……あ、い
や、大した漢だったんだなぁ。目玉を取り替えてほしいものだ」と笑って済ませているようだ。
勿論、筆者の思い込みに過ぎぬのだが、道元らの銅睛鉄眼さえ嗤う一休、夾山・船子が命懸けで示した悟り
を厳子陵や孔子より下等と決め付ける一休が、果たして霊雲の悟りを本当に評価しているか、甚だ怪しくな
ってくる。此処で取り上げた一連の詩で一休は、何やら自分の属する禅宗に対し、批判の矛を向けているよ
う感ぜられる。

くま訳
狂おしく頭を悩ます春風、どうしたら良いのだ。
遊里からお誘いがあり、30mくらいの煩悩が引き起こされた。(船子の悟りを伝える弟子に出会いたい欲
は300m)
この風流の喜びが分からないというなら、咲き誇る桃花に聞いて、立ち去れ。
霊雲は桃の花を見て覚醒したと言うのだ。
(´・(ェ)・`)つ

43 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/17(土) 21:57:46 ID:1d4drIFg0
なにやら勇壮な感じもする詩じゃな。
多情もまた仏道のもとになるというのじゃ。
桃の花を見て悟った僧も居るというからのう。
理趣経でいうところの慾箭淸淨句是菩薩位というところじゃな。

44 避難民のマジレスさん :2020/10/18(日) 21:15:11 ID:S8EEZCdM0
200
雪圑
乾坤埋却没門関 乾坤埋却し門関を没す
収取即今為雪山 収取し即ち今や雪山たり
狂客時来百雑砕 狂客、時に来りて、百雑砕
大千起滅刹那間 百雑砕。大千{世界}の滅を起こすや、刹那の間

伊井暇幻 先生訳
雪が降り、一面銀世界に変じた。純白無垢の世界である。
掻き取って無邪気に雪山を作った。霊山か沙弥山か。雪山を眺め瞑想に耽る。此が、眼前する全世界である。
突然、寺内に乱入した狂客が、雪山を踏み砕いてしまった。
思いを巡らせた世界が、刹那の間に崩壊してしまった。

くま訳
一面雪に埋没して、門も玄関も埋もれた
雪かきをして、雪山を作った。
狂客がとつぜん乱入して、雪山を踏み砕いた
世界が崩壊するのは、一瞬の出来事だ。

伊井暇幻先生解説
一般に、「狂客」とは否定的な含意がありそうなのだが、一休の「狂雲集」に限って云えば、親愛のニュア
ンスを込めている疑いもあろう。元より「狂客」は、一休の瞑想になんざ無頓着である。雪山を踏み砕いた
理由を尋ねても、せいぜい「Because It Is There」ぐらいの返答しか得られまい。
 己の思い込みを注入した世界を踏み砕かれた者は当然、怒り狂うに違いない。一休とても、一瞬は眉を顰
めたかもしれぬ。しかし、だとしたら、次の瞬間、己の執着を恥じはしなかったか。瞑想に没入し、己が世
界に凝り固まる自分に気付かされたのではなかったか。或いは、一休も哄笑を上げながら庭に駆け下り、狂
客と一緒になって雪山を踏み砕いたかもしれぬ。いや、「狂客」は、一休自身かもしれない。
 で、まぁ、こんなだから、一休は、兄弟子たる養叟が指揮する営利企業大徳寺から逃げ出すことになる。
(´・(ェ)・`)つ

45 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/18(日) 21:37:41 ID:1d4drIFg0
だいたいそんな感じじゃな。
門も埋もれた雪山を客が崩したのじゃ。
世界が壊れるのも刹那の間であると観じたのじゃ。
積もった雪山に世界を観たのじゃな。

46 避難民のマジレスさん :2020/10/19(月) 20:43:23 ID:7jrpjuM20
201
破邪禪     邪禪を破す
瞿曇四十九年説 ぐどん しじゅうく年の説
看看毘耶與摩謁 看よ看よびやとまかつと
邪師臆説拈話頭 邪師臆説に話頭をねんず
閻王前豈免抜舌  閻王の前あに抜ぜつを免れん

邪禅を打ち破る
ゴータマは49年間教化の説法を続けた
見よ、びや、まかつ の街での説法を
邪師の根拠のない説を論破した
邪師は閻魔様の前に出たら、舌を抜かれることは免れまい。

*歴代三宝紀 巻1・「釈迦一身教化衆生四十九年。」
*毘耶1びや:古代インドの跋耆(ヴァッジ)連合国の首都。釈迦は民衆教化のために、たびたびこの地を訪
 れ、在家の仏弟子である維摩詰もこの地に住んだ。また釈迦の滅後に、この地で第二回の仏典結集が行わ 
 れた。
*摩謁(まかつ):マガダ国・周囲の大小の国を征服、ビンビサーラ(頻婆娑羅〈びんばしゃら〉釈迦に帰 
 依した。釈迦没後アショーカ王の時代にはインド亜大陸のほぼ全域を支配
(´・(ェ)・`)つ

47 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/19(月) 22:21:20 ID:1d4drIFg0
お釈迦様が四十九年説法わしたことを詠うのじゃ。
邪説の外道を軽く捻ったというのじゃ。
それらの外道の如く邪説の外道は地獄に落ちるというのじゃ。
今の邪師にも警告しているのじゃ。

48 避難民のマジレスさん :2020/10/20(火) 21:49:24 ID:pCc6rk3k0
202
警策   1/2
苦哉色愛太深時 苦なる哉色愛はなはだ深き時
忽忘却文章與詩 忽ち忘却す文章と詩と
不前知是自然福 前知せずこれじねんの福
猶喜風音慰所思 猶ほ喜ぶ風いんの所思をゐするを

くま訳
恋愛の情がぐっと深まる時は、苦しいものである
たちまち、文章も詩も忘れてしまうのである。
そのことを前もって分からないのが自然であり、幸福である。突然恋におちるのだ。
そんな時にも喜ばしいのは、自然の風音が恋心を慰めてくれることである。

*警策:禅堂内で警策は文殊菩薩の手の代わりであると考えられている。つまり警策で打つという行為は、
 坐禅修行が円滑に進むようにという「文殊菩薩による励まし」という意味を持つ。

うむ。恋におちてしまうと、恋そのものになってしまい、思いを言葉に転写できなくなってしまうのであ
りますかね。一休さんの禅における心の観察は、そのものになり切るとは表現できないのでありましょう。
(´・(ェ)・`)つ

49 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/21(水) 21:39:27 ID:1d4drIFg0
恋愛に執着すれば苦も又深くなるというのじゃ。
詩文も忘れるほどなのじゃ。
前にはそれが自然のもたらす福音とはしらなかったのじゃ。
昔の恋愛を思えば風音に触れた如く慰められることを喜ぶのじゃ。

50 避難民のマジレスさん :2020/10/22(木) 21:27:59 ID:frfZOL6g0
203    2/2
夢熟巫山夜夜心 夢は熟すふざん夜々の心
蘇黄李杜好詩吟 そくわうりと好詩の吟
若将淫欲換風雅 若し淫欲をもって風雅にかへば
價是無量萬両金 あたひは是れ無量萬両の金

くま訳
妄想が熟してしまい、エッチがしたいと毎晩思うのである。
そんな時は、蘇黄李杜の好きな詩を吟じるのだ。
若しこの淫欲を風雅にかえることが出きるのなら、
その価値たるや、お金に換算できないほどである。

*巫山之夢 (ふざん):男女の交わり、情交のたとえ。「巫山」は中国の四川省と湖北省の間にある山の
 名前で、女性の神が住んでいるとされている。戦国時代の楚の壊王が昼寝をしていると、夢の中で巫山の
 女性の神と情交して別れ際に、「朝には雲となって、夕方には雨になってここに参ります」と言ったとい
 う故事から。
*蘇 軾(そしょく1037-1101)北宋の政治家、宋代きっての文豪、書家、画家、音楽にも通じていた
*黄 庭堅(こう ていけん1045-1105)北宋時代の書家・詩人・文学者
*李 白(り はく701- 762)盛唐の詩人、「詩仙」奔放で変幻自在な詩風
*杜 甫(と ほ、712- 770)盛唐の詩人、「詩聖」律詩の表現を大成させた。李白と並ぶ中国文学史上最高
 の詩人
(´・(ェ)・`)つ

51 避難民のマジレスさん :2020/10/22(木) 21:36:40 ID:frfZOL6g0
202くま訳改
第三句:前にはそれが自然のもたらす福音とはしらなかったのである。
第四句:昔の恋愛を思えば風音に触れた如く慰められることを喜ぶのである。
(´・(ェ)・`)b

52 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/23(金) 21:32:33 ID:1d4drIFg0
大体正しいのじゃ。
性欲を芸術的な感動に昇華するべきというのじゃ。
そうすれば名作も次々に生まれるのじゃ。
難しいことではあるがのう。

53 避難民のマジレスさん :2020/10/24(土) 20:56:00 ID:NpTi/yjM0
204
亂裡二首 1/2
國危家必有餘殃 國あやふうして家必ず余おう有り
佛界退身魔界塲 佛界身を退く魔界の場
臨時殺活衲僧令 時に臨む殺活衲僧の令
君看忠臣松栢霜 きみ看よ忠臣しょうはくの霜

くま訳
争乱の中で
国家が危機を迎えると、家にも必ず報いが及ぶ
仏界が退き、魔界の場となる
機に臨み、殺活自在であるのが禅僧の役割である。
君、見てください、松や柏が冬になっても緑のままであるように、忠臣は、国難にあっても屈しないことを。

*餘殃(ヨオウ):先祖の行った悪事の報いが、災いとなってその子孫に残ること。
「易経」
 積善之家必有餘慶   積善の家には必ず余慶あり
 積不善之家必有餘殃  積不善の家には必ず余殃有り
*松柏の霜の後に顕れ忠臣は世の危きに知らる(ことわざ)
 常緑樹の松や柏が冬になっても緑の色を変えることがないことから、逆境にあっても、いかな 
 る困苦にも屈しない、堅固な節操をいう。
 また艱難にあってはじめて、節操のある人か否か、人の真価がわかること。
 また、平和な世には君子も常人と違わないが、事変にあうと真価があらわれることのたとえ。
(´・(ェ)・`)つ

54 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/24(土) 22:10:09 ID:1d4drIFg0
もはや戦国時代が始まろうとしていたからのう。
国家が危機に成れば家にも災いが来るというのじゃ。 
そのような戦乱でも禅僧は臨機応変に対処するとよいのじゃ。
松や柏の葉が冬の霜に耐えて青いようにのう。
それが忠臣なのじゃ。

55 避難民のマジレスさん :2020/10/25(日) 11:38:14 ID:y3Ntem1Q0
おまけ
公益社団法人関西吟詩文化協会HPより
別妻子良友 <謝 枋得>。 妻子良友に別る<謝 枋得>。
雪中松柏愈靑靑 雪中の松柏いよいよせいせい
扶植綱常在此行 綱常を扶植するは 此の行に在り
天下久無龔勝潔 天下久しく無し きょうしょうの潔
人間何獨伯夷清 人間何ぞ獨り 伯夷のみ清からんや
義高便覺生堪捨 義は高くして便ち覺ゆ 生の捨つるに堪えたるを
禮重方知死甚輕 禮は重くして方に知る 死の甚だ輕きを
南八男兒終不屈 南八男兒 終に屈せず
皇天上帝眼分明 皇天上帝 がん分明

*雪中松柏:「論語」に「子曰歳寒然後知松柏之後凋也」《子曰く、歳(とし)寒くして然(しか) 
 る後に松柏の凋むに後るるを知るなり》とある
*綱常:人の守るべき道徳《三綱五常の略語》(三綱=君臣、父子、夫婦)(五常=仁、義、礼、智、 
信)
*扶植:しっかりとうえつける
*龔勝・伯夷:人名 龔勝は前漢末の人 伯夷は殷代末の人 いずれも清廉潔白な人
*南八:人名 南霽雲(なんせいうん)のこと 安禄山の乱のとき正義をつらぬいた人 
*上帝:天子のこと

 雪中の松や柏は、色愈々青く、歳寒に耐えることができるが、(今自分もちょうどそれと同様に死を覚悟
で北京に送られる)。
 この行為は人の守るべき道徳をしっかりと植えつけるためである。
 天下には久しく龔勝のように清廉な人間はいないが、
 人間の中でどうしてただ伯夷のみが潔白といえようか。自分もこの人達のように清潔でありたい。
 義は元来高尚なものであって、これを貫きとおすためには命をすてる、というぐらいの覚悟がいり、 また礼の精神はま
ことに大切で、これを守るためには死など非常に軽いものであると自覚している。
 南八男児は不義には遂に屈しなかった、(自分もこの思いは同じである)天の神や天子の眼は明らかにものを見分けられ
るので、この正しい心をはっきりとお分かりになられることであろう。
(´・(ェ)・`)b

56 避難民のマジレスさん :2020/10/25(日) 11:41:44 ID:y3Ntem1Q0
205    2/2
獨坐頻忙臈晦心 獨坐しきりに忙しらふまいの心
誰人忠義此時深 たれびとか忠義此の時深き
暁天一睡枕頭恨 暁天一睡ちん頭の恨み
朝日三竿夢裡吟 朝じつさんかんむりの吟

くま訳
獨坐しきりに忙しがる、自分の年功のみを考え、国難に関心を示さない暗い心。
誰が今この時に忠義心深き者であろうか
明け方に少しだけ眠れた、枕辺に悔しく思う。
朝日が竿三本ほどの高さに上った8時頃、夢の中の吟である。

*﨟(ろう)僧が受戒後一夏(いちげ)九旬の間修行して功を積むこと。﨟の多いほど僧の位は高くなる。
*晦:(カイ・[訓]つごもり くらい くらます)1 月の末日。2 月が出ず、暗い。3 よくわからな 
 い。4 人に知られない。くらます
 﨟晦心(ろうまいの心);國訳禪学大成の脚注では、12月31日の心、即ち忽忽たる心持をいふ、とある。
*朝日三竿:國訳禪学大成の脚注では、日出でて竿三本ほどの高さに上りたる時刻に意にして、即ち午前8 
 時頃日稍々上りてよりのこと、とある。
(´・(ェ)・`)つ

57 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/25(日) 21:59:51 ID:1d4drIFg0
戦乱が激しくなってきて夜も寝られんというのじゃ。
忠義の者がおらんかと嘆くのじゃ。
少しだけ寝て気がつくと朝になっていたというのじゃ。
悟っても人々の苦難に一休は悩むのじゃ。
自他一如であるからのう。

58 避難民のマジレスさん :2020/10/26(月) 18:34:17 ID:tJzoXanI0
206  1/5
大燈國師三轉語曰 朝結眉夕交肩    大燈國師の三転語にいわく、朝眉をひそめ、夕方には肩を並べる。
我何似生 云々 何似生        我れかじせい 云々 何似生 
雖古尊罕有受用之者 唯慈明下清素首座 古尊宿と雖も受用の者有ることまれなり 唯慈明下の清素首座 
能用之 雖然晩年偶兜率悦公      よく之を用ふ 然りと雖も晩年兜率の悦公にあって
食茘支之次 遂納敗一塲        れいしを食らふの次いで 遂に敗をいるること一場 
惜乎有始而無終            惜しいかな始有りて而しておはり無きことを。
感懐之餘 作五偈記之 偈曰      感懐のあまり五偈を作り之を記す 偈に曰く

這箇誵訛受用徒 しゃこがうぐわ受用の徒
古今衲子一人無 古今のなつす一人も無し
素老慈明的傳子 素老は慈明的傳の子
茘支核子嚼何麁 れいしのがいしかむこと何ぞそなる

くま訳
大燈國師の三転語にいわく、朝眉をひそめ、夕方には肩を並べる。これはどういうことか、云々
どういうことか、古の有徳の高僧といえども、受け入れる人はまれでありましょう。ただ、慈明禅師のもと
で修行した清素首座は、よくこれを用いる。だからと言って、晩年兜率にあって、茘支をご馳走になった後
に、最後に負けてしまい、詳しく説明してったことは、残念である。惜しむらくは、始めあって、終りが無
いことである。ここで、心に感じいだく思いを5偈として作りここに記する。

これらの、ややこしいことを受け入れる修行僧は、
古今を問わず一人もいない。
わしは、慈明の正伝なのだ
ライチの種を噛むようなお粗末なことをするわけないだろう。ちゃんと自分で取り除くのだ。

*這箇(シャコ):これ。これら。この。
*誵訛(ごうか):いりくんで、むつかしきこと
*核子(かくし):果物の種子。
*的傳:伝統による伝授、正統から正統へと相伝すること
*尊宿:老いた僧、有徳の高僧
*慈明禅師:臨済下七世、慈明禅師石霜楚円(986-1039)
 一休の墓は、敬慕する慈明禅師と楊岐禅師の名を取って「慈揚塔」と名付けられた
*兜率従悦(1044〜1091)は清素首座に茘支を献じたあと、自分の修行経過や見解を述べた。すると清素は、 
只だ仏に入るべきも、魔に入るべからず。須らく知るべし、古徳の、「末後の一句始めて牢関に到る」と 
 謂いしことをとどめを刺す言葉に参ずることによって、悟りへ立ちふさがる堅固な関門に至ると延べ兜率 
 を導いた(禪宗史話)
*麁(そ):肌理きめがあらい。粗末な。おおきい。ほぼ。玄米。
(´・(ェ)・`)つ

59 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/26(月) 23:09:56 ID:1d4drIFg0
大燈国師の三転語は新しく出来た公案なのじゃ。
それを継ぐのは一休一人というのじゃ。
昔は清素が用いたが言葉が多くてどじを踏んだのじゃ。
わしはれいしのたねをかじるようなそんなどじはふまないのじゃというのじゃ。

60 避難民のマジレスさん :2020/10/27(火) 20:45:04 ID:YDRc0VdY0
207    2/5
慈明狭路得楊岐 慈明の狭路楊岐を得
覿面之機痛處錐 覿面の機痛処のすゐ
天澤愁吟風月客 天澤愁吟す風月の客
繍廉吹動軟風扉 しゅうれん吹き動かす軟風の扉

柳田聖山先生訳
慈明老漢に弟子の楊岐がいたのは
痛い処を鋭い矢尻で突かれたため
虚堂の孤独な詩情を慰める客なく
独り寝の部屋には肌に風のみ吹く

くま訳
慈明は狭い困難な路を行ったお陰で、後継者としての楊岐に出会えた。
効果覿面のきっかけは、脚を錐で刺して睡魔を払い修行に打ち込んだことである。
虚堂のお墓からは愁いの吟が聞えてくるようだ、詩作をするような風流な看話禪の後継者がいないこで。
美しいすだれを吹き動かす、扉からわずかに入る風が、詩情を駆り立てるのである。

*楊岐方會:ようぎ ほうえ、992-1049・宋代の臨済宗の僧。後世五家七宗の一つ楊岐派の祖。日本の臨済 
 禅のうち、栄西によるものを除く全てがこの楊岐派に属する。慈明の法嗣
*覿面(テキメン):1 面と向かうこと。まのあたりに見ること。また、そのさま。転じて、まのあたり。
目前。2 効果・結果・報いなどが即座に現れること。また、そのさま
*慈明禅士は汾陽禅師のもとで厳しい修行に堪えていた。
 寒厳の中、慈明は修行仲間の大愚、瑯椰たちと結制して座禅修行に励み夜も横になろうとしなかった。慈 
 明らが硬く決意したことは「古人刻苦、必ず盛大なり」といっては大勇猛心を起こし、眠気がくれば自ら 
 の腿に錐を刺して睡魔を払って修行に励むことだった。
  刻苦の甲斐あってついに汾陽禅師の法を継ぎ、さらに慈明自らの禅風はさらに振るったという。
*機:1 物事の起こるきっかけ。また、物事をするのによいおり。機会。時機。2 物事の大事なところ。 
 かなめ。3 仏語。仏の教えに触発されて活動を始める精神的能力。教えを受ける人、あるいは修行をする 
 人の能力・素質。機根。
*天澤庵:径山にある虚堂の墓塔
*風月:①清風と明月。心を慰める自然の風物を代表するものとしていう。②自然の風物に親しんで風流を 
 楽しむこと。③詩歌や文章を作ること。また、その才能。
*繡(しゅう):ぬいとり。ししゅう(刺繡) ②にしき。 ③うつくしい。美しく飾ったさま。美しい
*繡(れん):すだれ
*軟風(なんぷう): 風があることを感ずる程度の風。 軟弱な気風。
(´・(ェ)・`)つ

61 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/27(火) 21:35:32 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
慈明に善い弟子が出来たのは、自分が錐で足を突いて痛い目にあっても修行を続けたからというのじゃ。
よい弟子が無いのは自分の修行のせいだというのじゃ。
善い弟子が居ないのは寂しいものじゃというのじゃ。

62 避難民のマジレスさん :2020/10/28(水) 21:53:54 ID:hqpPt0vs0
208    3/5
工夫日用閉門車 工夫日用門車を閉づ
五十年来烏有歌 五十年来ういうの歌
素老茘支真敗闕 素老の茘支真の敗闕
徳山臨済竟如何 徳山臨済つひにいかん

くま訳
禅の奥義を窮める為の工夫として、門を閉じる。
五十年来、もともと無いもの、空想の詩を詠んで来た。
わしの茘支、即ち、看話禅による導き法は、完全に壊れている。
臨済の喝、徳山の棒、の禅風は、どうなってしまうのだろうか。

*烏有に帰す:すっかりなくなってしまうこと。特に火事ですべてを無くしてしまうことをいう。「烏有」 
 は漢文で「烏(いずくん)ぞ有らんや」と読み、全くないこと。
*工夫:坐禅参学における精進の意味を含む。公案の思量でもあり、また坐禅そのものとしての意も含む。 
 本分の工夫をなす人とは本当に禅の奥義を窮めようとする人のことで、真の参禅修行するものは、日常の 
 万事が修行であり、修行とそれ以外の俗事などとは分け隔てた生活はしないものである。
*敗闕(はいけつ): きずつきこわれること。また、欠けていること。欠点があ
*素:①他のものを付け加えない、ただそれだけの、などの意を表す。②人を表す語に付けて、ただの、み 
 すぼらしい、などのさげすむ意を表す。
(´・(ェ)・`)つ

63 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/29(木) 21:08:27 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。
寺に閉じこもって日々工夫したのじゃ。
五十年修行して烏の歌で目覚めたのじゃ。
しかしもはや茘支を捧げる弟子も受ける弟子も無いというのじゃ。
徳山臨済の伝統は廃れてしまうのかと嘆くのじゃ。

64 避難民のマジレスさん :2020/10/30(金) 20:19:28 ID:eGllDJ6Q0
209    4/5
暮天細雨片雲朝 暮天はさいう片雲はあした
名属成都萬里橋 名は成都の萬里橋に属す
百年東海獨休歇 百年東海獨り休けつ
艶簡吟魂永日消 艶簡の吟魂永じつ消す

くま訳
夕方は小雨が降り、明日の朝は曇りでしょう。
狂雲(狂夫)の名は、成都萬里橋にあるのだ、
百年つづく虚堂の法統で寂滅なる悟りを得たのは一休独りである。
艶簡吟魂も一日中消えうせたのである。

*おまけ:劉禹錫 『竹枝』  劉禹錫
 日出三竿春霧消, 日は 三竿を出で春霧消え,
 江頭蜀客駐蘭橈。 江頭の蜀客 蘭橈を駐む。
 憑寄狂夫書一紙, 狂夫に憑りて 書一紙寄す,
 住在成都萬里橋。 成都 萬里橋に住みて在り。

 石川忠久先生訳
 太陽が竿三本分の高さまであがって、春の霧も消えた時分、
 川のほとりに蜀の旅人が美しい舟をとめている。
 舟のお方にお願いします。
 私のしょうがない夫に手紙を一本届けてくださいな
 成都の万里橋のあたりに住んでいるのですが。

*楚の襄王が高唐に遊び、夢で巫山の神女と契った時、神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になると言っ 
 た故事あり
*休歇(きゅうけつ):休も歇も止むこと。止めること。一切の煩悩が止まることに掛けて、寂滅なる悟り 
 をも表す。
(´・(ェ)・`)つ

65 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/30(金) 22:48:25 ID:1d4drIFg0
竹枝の写しじゃな。
今で言えば替え歌のようなものじゃ。
古歌を写して今の境地を詠んだのじゃ。
雨が晴れたような心境というのじゃ。
悟りを得て名を上げたのじゃ。
百年の伝統をついで艶事も消えたというのじや。

66 避難民のマジレスさん :2020/10/31(土) 19:36:20 ID:ZRMAMl/o0
210    5/5
工夫弄棹奯公舟 工夫棹を弄すくわつ公の舟
尊宿織鞋蒲葉秋 尊宿あいを織るほえいの秋
野老難蔵簔笠誉 野老蔵し難しさりゅうのほまれ
誰人江海一風流 誰人か江海の一風流

くま訳
工夫は、釣り竿について成されなければならないカツ公(鄂隠慧奯)の舟 (↓おまけの詩参
老いた僧もわらじをを編む、蒲葉(ほよう)の生い茂る秋である
一休爺は、引っ込んでられないのだ、箕のをまとい、稲刈りをするのが、誉れなのだ
さて、誰が俗世間から離れて一番風流と言えるかな。

*鄂隠慧奯(がくいん えかつ):1366-1425 一休さんより28歳年上。臨済宗の絶海中津にしたがって出 
 家。夢窓派。明で10年修行し,帰国後,絶海の法をつぐ。応永21年鹿苑院(ろくおんいん)塔主(たっす)に
 任じられ,のち天竜寺住持もかねた。将軍足利義持と不和になり,土佐(高知県)の吸江庵(ぎゅうこうあん) 
 に隠退。一休さん35歳の時に60歳で他界。
*鞋(あい):わらじ
*蒲葉(ほよう):ガマの葉。坐禅の時に敷く敷物の中に蒲(がま)が詰めらている。蒲の葉で編んだものも 
 あるそう。もとは「蒲団」と書いた。
*蓑笠・簑笠(さりつ:みのとかさ。雨雪をしのぐために、蓑をまとい、笠をかぶること。さりゅう
*紅海:① 川と海。入江と海。② 俗世間から離れた場所。③ 量が莫大なことをたとえていう語。" "葫蘆

*おまけ:鄂隠慧奯 の詩 
葫蘆葫蘆  ころころ    、 
縮項坦腹。 しゅくこうにしてたんふく
擬得鮎魚、  鮎魚を得んと擬(ほっ)せば  
待跳上竹。  竹に跳び上るを待て

芳澤 勝弘先生訳
(瓢箪は)コロコロ、
(鮎は)短首で太腹
鮎をつかまえるなら、
(鮎が)竹に跳び上がるのを待て。
(´・(ェ)・`)つ

67 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/31(土) 22:08:54 ID:1d4drIFg0
魚を釣るには豪華な船を持つことが大事ではなく、釣竿を工夫しなければならないというのじゃ。
善く歩くには蒲の穂で草鞋を編むべきというのじゃ。
雨をしのぐ蓑笠にも難しい工夫が秘蔵されているというのじゃ。
そのように人の目に付かない所に工夫を重ねることが大事というのじゃ。
それが出来る一風流の者は誰じゃと尋ねているのじゃ。

68 避難民のマジレスさん :2020/11/01(日) 11:14:52 ID:zvxCgIyg0
くま訳改 210
魚を釣るには工夫が必要なのである。
達磨が蒲葉を編んだ舟で禅を伝えたように禅を伝えるには工夫をするのだ。
野にある一休も箕のを編む工夫をしているのだ。
さて、誰が俗世間から離れて一番風流と言えるかな。

211
示弄業文筆僧  らう業分筆の僧に示す
苦楽愛憎影與身 苦楽愛憎影と身と
寒温喜怒境兼人 寒温喜怒境と人と
平生吟興黄泉路 平生の吟興こうせんの路
地獄門前桃李春 地獄の門前桃李の春

くま訳
遊び半分に詩文を書く僧に示す
苦楽、愛憎は、いつも表裏一体である。 
寒温、喜怒は、人の知覚の対象である。
常日ごろその心模様を観察することが、冥土へ行く路である。
地獄の門前で試験官が待っている春である

*業:1 なすべきこと。仕事。わざ。2 暮らしの手だて。生業。職業。3 学問。技芸。4 「実業界」 
 「業界人」の略。 
 〈ギョウ〉1 苦労してなしとげる事柄。2 生活のために行う仕事。3 やしき。
 〈ゴウ〉1 報いを招く前世の行い。2 怒りの心。
 〈わざ〉
 《〈梵〉karmanの訳》1 仏語。人間の身・口・意によって行われる善悪の行為。2 前世の善悪の行為 
 によって現世で受ける報い。3 理性によって制御できない心の働き。
*弄する:もてあそぶ。思うままに操る。あざける。からかう。なぶりものにする。
*影身(かげみ):影法師が身に添うように、いつも寄り添って離れないこと。
*境:。視覚 (眼) ,聴覚 (耳) ,嗅覚 (鼻) ,味覚 (舌) ,全身体的触覚 (身) ,心の感覚 (意) の6種 
 の知覚器官 (六識 ) によって知覚される対象のことで,それぞれ,形 (色) ,音声 (声) ,匂い (香) , 
味 (味) ,接触されるもの (触) ,考えられるもの (法) をいう (→六境 ) 。
*平生(ヘイゼイ):ふだん。いつも。つね日ごろ。
*黄泉路(よみじ)黄泉へ行く道。冥途への道。
*桃李(トウリ)」:唐の劉禹錫(りゅううしゃく)の「満城の桃李春官(しゅんかん)に属(しょく)す」の詩 
 句から、試験官が採用した門下生。自分がとりたてた人材。
(´・(ェ)・`)つ

69 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/01(日) 21:45:08 ID:1d4drIFg0
だいたいそんな感じなのじゃ。
文筆も真面目に修行として修めるべきだというのじゃ。
苦楽愛憎感温喜怒を全て筆で現すことも出来るのじゃ。
そのように己を知るために吟興を用いるべきだというのじゃ。
遊び半分では地獄行きだというのじゃ。

70 避難民のマジレスさん :2020/11/02(月) 18:51:15 ID:0QoXVJ3I0
212
山名金吾鞍馬毘沙門化身 山名金吾は鞍馬毘沙門の化身
鞍馬多門赤面顔 鞍馬の多門しゃく面顔、
利生接物人間現 利しょう接もつ人間にげんず、
開方便門真實相 方便門を開く真実の相
業属修羅名属山  業は修羅に属し名は山に属す

やまんなか先生 訳・解説
山名宗全は鞍馬の毘沙門天の化身である。
鞍馬の多聞天の容貌は赤面であり、
その多門天が利益をもたらす為に人間に現れた。
方便の門を開いて真実のあり方を示す。
その業は修羅の道を歩み、その名は山に属す、即ち山名である

武田鏡村先生訳
鞍馬寺の多聞天は、
赤い顔をして
衆生を利益せしめるために、人の世界に出現した。
仏の真実の教えを方便を用いて説いたが、
その行ないはあたかも修羅の如しで、その名を山名という。

くま訳
山名金吾は鞍馬の毘沙門天の化身
鞍馬多門は赤面顔。
衆生済度、待機説法の為に人間界に現われた
方便を駆使して真実相を説いた。
その業は修羅の如くであった。その名は山名である。

*接物利生(せつもつりしょう):衆生済度、待機説法(碧巖録第88則)
*金吾:支邦武官を称するの語なり、「吾は禦なり、金革を執りて以て非常を禦(ふせ)ぐなり」と、故に
「業は修羅に属し、名は山に属す」るなり。(國訳禪学大成・脚注)
*金革:1 刀剣と甲冑(かっちゅう)。武器。武具。2 戦争。いくさ。
(´・(ェ)・`)つ

71 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/02(月) 22:02:31 ID:1d4drIFg0
山名宗全は応仁の乱で西軍の首領だった者じゃな。
政治的にはいろいろあったが、信心深く寺社の保護をしたというのじゃ。
出家もしていたのじゃ。
それで一休も仏教を守護する毘沙門天の化身というのじゃ。

72 避難民のマジレスさん :2020/11/03(火) 18:45:45 ID:cjHTbEFw0
213 陳蒲鞋 八首1/8 ちんほあい
老禪本鐡眼銅睛 老禪もと鉄げん銅ぜい
不是北堂慈愛情 是れ北堂慈愛の情にあらず
天下衲僧脚跟下 天下の衲僧脚跟下
宗門潤色綠蒲青 宗門の潤色緑ほ青し

くま訳
老禅僧は、もともと、真理を見抜く鋭いが眼力があるのだ。
これから言うことは、母親の愛情の様なものではないのだ。
天下の禅僧は、足下を見よ。
宗門は取り繕っているが、緑蒲は青く、未熟なのである。


*蒲鞋(ほあい):便所の草履。黄檗希運の法嗣なる睦州道縱、かつて自ら草履を製し、道路に棄て、以て 
 行人に便ぜしという、俗姓陳氏なる故に、時人呼んで、陳蒲鞋という。
*鐡眼銅睛(てつげんどうぜい):①鉄や銅の眼睛(仏祖の肝心要の道理)②すぐれた眼力を譬える言葉
*北堂:母の居る所、母の別称
*潤色:1 色をつけ光沢を加えること。2 表面をつくろい飾ったり事実を誇張したりしておもしろくする 
 こと。3 天の恵み。また、幸運。
*脚跟下:五祖法演禅師が、寺に帰る途中、提灯の火が突然消えた。「この場に臨んで各自一句を 
 述べてみよ」と命じた。克勤(こくごん)は、「看脚下」と答え、師匠を感服させた。
 暗闇に灯火を失ったような人生の悲劇に遭遇したとき、人は多く右往左往してこれを見失い、 
 占いや苦しいときの神頼みに走り、あるいは悲劇のドン底に沈淪しがちなものだが、道は近き 
 にあり、汝自身に向かって求めよと教えるのが、「看脚下」の一語である。
*緑蒲(りょくほ)」:緑色したガマ(の葉)
*青し:未熟。年少の。若い。
(´・(ェ)・`)つ

73 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/03(火) 22:31:11 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。
習熟した禅僧は鋭い眼を持つというのじゃ。
観察するためなのじゃ。
母親の慈愛の如き優しいものではないのじゃ。
天下の僧は己の足元のみを見よというのじゃ。
宗門がどうとか言っているのはまだ青臭い輩なのじゃ。

74 避難民のマジレスさん :2020/11/04(水) 19:58:50 ID:caBPdlkw0
214 陳蒲鞋 2/8
唯有宗門零落愁 唯だ宗門零落の愁有り
錯來末法幾禪流 あやまりきたる末法幾禪流
春風桃李吟無酒 春風桃李吟に酒無し
尊宿榮華蒲葉秋 尊宿の榮華ほえふの秋
  
くま訳
ただ、宗門零落の愁あり。
混乱窮まる末法の世に幾つもの禅宗流派が存在する。
春風に桃李の花咲き、風流なお膳立てがあっても、吟も酒もない。
高徳の僧の榮華は蒲葉(ほよう)も枯れ落ちる秋を迎えているのだ。

*末法:仏の在世から遠く隔たったため、教法が次第に微細・瑣末になり、僧侶が戒律を修めず、争いばか 
 りを起こして邪見がはびこり、釈迦の仏教がその効力をなくしてしまう時期
*桃李:桃李(トウリ):1 桃とすもも。2 唐の劉禹錫(りゅううしゃく)の「満城の桃李春官に属(しょ 
 く)す」の詩句から試験官が採用した門下生。自分がとりたてた人材。
(´・(ェ)・`)つ

75 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/04(水) 22:24:16 ID:1d4drIFg0
末法の世になって禅もいくつもの宗派ができてしまったというのじや。
さらにそれぞれの宗派で争ったりしているのじゃ。
正に末法の世なのじゃ。
豪勢な寺とか高い経典などの膳立てがあっても、正しい法はないというのじゃ。
高僧の栄華も落ち目であると言うのじゃ。

76 避難民のマジレスさん :2020/11/05(木) 20:37:13 ID:n0q2q3AQ0
215 陳蒲鞋 2/8
黄衣尊宿事如何 くわうえの尊宿こといかん
不是當機信手拏 是れ当機手にまかせてとらふにあらず
三家村裡野老業 三け村裡野老の業
棒喝商量豈作家 棒喝の商量豈に作家ならん 

くま訳
黄衣を着た高徳の僧(陳蒲鞋 )はこの件をどのように思われるであろうか。
これは、当機の手を使って相手を捉えようというのではない。
へんぴな田舎の村に住む爺さんの業で興味があるのだよ。
棒喝と、問答応酬により人生の一大事を明らめようというのが禅宗師家ではないのかい。

*当機(とうき):相手の能力素質に応じた導き方をすること。
*手。②(器具の)取っ手。横木。③筆跡。文字。④腕前。技量。⑤(物事の)やり方。型⑥部隊。軍勢。 
 配下。⑦傷。負傷。
*三家村裡:へんぴな小村 50の詩 参

77 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/05(木) 22:41:31 ID:1d4drIFg0
そんな派閥闘争にあけくれている今の僧をみたら高僧はどう思うじゃろうか。
これは当機即妙に導く法ではないのじゃ。
田舎の爺さんの派閥争いのようなものじゃ。
棒と喝や問答を形だけやっていてもそれが禅ではないのじゃ。

78 避難民のマジレスさん :2020/11/06(金) 19:04:17 ID:emCATIgM0
くま訳改
第2句:これは、当機の手を使って相手を導く法ではないのである。
第3句:へんぴな田舎の村に住む爺さんの争いではないのである。
第4句:棒喝と、問答応酬を形だけやっていてもそれが禅ではないのである。

216 陳蒲鞋 3/8
元來黄檗下之尊      の尊
臨済師兄不要論   師ひん論を用ひず   
佛法南方今落地 仏教南方今地に落つ
北堂寂莫苦吟魂 北堂寂莫として吟魂を苦しむ

くま訳
元來、陳蒲鞋は、黄檗下の禅師様であって、臨済を黄檗に参じさせた、
臨済兄弟子は論は用いなかった、
(論重視の南方仏教は今落地に落ちた、
北のお堂(大乗仏教)は、ひっそりと静まり返り、吟魂に苦しんでおるのだ。

*師兄(すひん・しひん):禅宗で、法系上の兄弟子をいう。
*論:仏教の教説を解説した書物の総称。本来はアビダルマの漢訳語であり、経・律・論のひとつとして、  
 狭義にはこれを指すが、漢訳圏の大乗仏教ではアビダルマだけでなく、教学の綱要書や、経典あるいはア 
 ビダルマへの注釈の形を取った思想書などをまとめて論書として扱う。
(´・(ェ)・`)つ

79 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/06(金) 21:57:48 ID:1d4drIFg0
元は黄檗宗の者だったというのじゃ。
臨済宗の師兄は論を不要としたというのじゃ。
南方禅は地に落ちたのじゃ。
北方禅も寂しく苦吟するありさまなのじゃ。

80 避難民のマジレスさん :2020/11/08(日) 18:30:59 ID:ebQjNP9E0
217 陳蒲鞋 5/8
眞正工夫任変通 眞正の工夫変通に任す
達磨建立佛心宗 達磨建立す佛心宗
雲起南山北山雨 雲南山に起れば北山は雨
夜來吹過樹頭風 夜來吹き過ぐ樹頭の風

くま訳
禅の奥義を窮める為の眞正工夫とは、状況に応じて自由自在に変化適用することである。
達磨は経論によらず、坐禅を主な修行法とする佛心宗(禅宗)を建立したのである。
雲が南山に起れば、北山に雨が降る ありのままを見るのだ
夜來吹きぬける樹頭の風 じゃい。 

*変通:その場その時に応じて、自由自在に変化・適応してゆくこと。
*佛心宗:経論などによらずただちに仏心を悟ることから、座禅をおもな修行方法とする仏教の一宗派。
 禅宗の別称
(´・(ェ)・`)つ

81 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/08(日) 21:55:54 ID:1d4drIFg0
本当の座禅の工夫とは何が起きてもあるがままに任せるということなのじゃ。
それが達磨の教えた仏の心という宗派なのじゃ。
雲が南に起これば北に雨が降るという人の理解できぬことも受け容れるのじゃ。
夜が来れば風が樹の葉を吹き鳴らす音を流れるままに受け容れるのじゃ。

82 避難民のマジレスさん :2020/11/09(月) 19:00:38 ID:2UjGVukA0
218 陳蒲鞋 6/8
堪笑米山無米銭 笑ふに堪へたり米山米銭無し
誰参尊宿織蒲禪 誰か参ず尊宿織蒲の禪
衆生五欲八風起 衆生五欲八風起こる
看看正邪今現前 看よ看よしょう邪今現前

くま訳
しかし、陳蒲鞋が母を養った米山には米を買う銭も無しとは、お笑いである
高僧がわらじを織る寺で、誰が修行をするのか
人には五欲八風が起こるものなのである。
・・・ほれ見なさい、今まさにそれは正しい、いや、間違ってるという思いが起きたでありましょう。

*五欲:5つの感覚器官に対する5つの対象,すなわち形体のある物質 (色) ,音声 (声) ,香り (香) , 
 味,触れてわかるもの (触) をいう。これらは,欲望を引起す原因となるので五欲という。また,財欲, 
 色欲,食欲,名誉欲,睡眠欲を五欲という場合もある。
*八風(はっぷう):仏の教えに基づいた修行を妨げる8つの出来事の事。人間が求める4つの出来事四順
 (しじゅん)と、人間が避ける4つの出来事四違(しい)とからなる。四順①利い(うるおい)‐目先の
 利益、②誉れ(ほまれ)‐名誉をうける、③称え(たたえ)‐称賛される、④楽しみ(たのしみ)‐様々
 な楽しみ。四違①衰え(おとろえ)‐肉体的な衰え、金銭・物の損失、②毀れ(やぶれ)‐不名誉をうけ 
 る、③譏り(そしり)‐中傷される、④苦しみ(くるしみ)‐様々な苦しみ
(´・(ェ)・`)つ

83 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/09(月) 21:39:17 ID:1d4drIFg0
米山という地名で米も銭も無いのはお笑いじゃというのじゃ。
草鞋を編む僧は誰も参じないというのじゃ。
衆生は五欲と八風に囚われているからのう。
正邪が今現前しているのを見よというのじや。

84 避難民のマジレスさん :2020/11/10(火) 20:12:27 ID:n2jj.iZI0
219 陳蒲鞋 7/8
説道談禪長利名 どうを説き禪を談じて利名を長ず
工夫乱裡築愁城 工夫は乱裡に愁城を築く
門閫空折韶陽脚 門こん空しく折るぜう陽のあし
折得江湖門弟情 折り得たりこう湖門弟の情

くま訳
道を説き、禪の話をして名利を上げる。
誤った工夫により、愁いの城を築き上げる
宗門の法脈が途切れてしまった、雲門宗のように、
禅宗の法脈も断たれてしまうこともあるものなのである。(既に断たれたしまった。)

*閫(しきみ・こん):門戸の内外の区別のために下に敷く横木。門や家屋の入口の横木。また、敷居。
*韶陽(しょうよう):雲門文偃の居た場所。雲門をさす
*江湖(ごうこ、こうこ):唐代に馬祖道一と石頭希遷の2人が活躍した地域。そこから禅宗僧侶の世界を
 「江湖」と称するようになり、後に「江湖会」と言えば、夏安居を指すようになった。
(´・(ェ)・`)つ

85 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/10(火) 22:29:35 ID:1d4drIFg0
売僧は仏道を説き禅を話すのも名利のためだというのじゃ。
その工夫も乱れて虚しいものじゃ。
門派の脚は折れ、徒弟も嘆くのじゃ。
何やら悲壮な感じじゃな。

86 避難民のマジレスさん :2020/11/11(水) 21:13:16 ID:iUpUjRSA0
220 陳蒲鞋 8/8
無米米山名下空 べいなうしてべいさん名のもとむなし
宗門玄要老禪翁 宗門の玄要老禪翁
七寶荘厳之冨貴 七寶しゃう厳之冨貴
平生永雪又寒風 平ぜい氷雪又寒風

くま訳
米が無くて米山と言う名は空なのだ。言葉は、そのものではないのだ。
禅宗門の玄要とは、陳蒲鞋老禪翁の存在が示していることなのだ
仏具、仏像を七寶荘厳に飾る冨貴も、
日常の、永雪、寒風に堪えること、あるがままなのだ。
(´・(ェ)・`)つ

87 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/11(水) 21:51:48 ID:1d4drIFg0
米の無い米の山は空名なのじゃ。
それこそこの門の玄妙で大事なところなのじゃ。
七宝荘厳の富貴とは平生の氷雪寒風と同じなのじゃ。
皆空平等であるからなのじゃ。

88 避難民のマジレスさん :2020/11/12(木) 20:12:18 ID:1HJphfiA0
221
童謡 二首 1/2
童謡逆耳野村謳 童謡耳にさからふやそんの歌
唱起家々亡國愁 唱起すかか亡國の愁
十年春雨扶桑涙 十年春雨扶桑の涙
稼穡艱難廃址秋 かしょく艱難廃址の秋

武田鏡村先生訳
近ごろの子どもがうたう歌を聞くと、野卑な歌ばかりで耳になじまない。
あちこちの家々では、国を亡ぼすような歌をうたい始めたぞ。
この十年ふりつづいた春雨は、日本の国の涙にほかならない。
生計するも困難な廃墟にも秋はめぐってくる。

くま訳 
童謡は耳障りな、下品な歌である。
このような歌が、巷で歌われるとは、亡国の兆しではないかと愁う。
十回目の春雨の時季節を迎えた、日本国の涙であろう。
農作業をして刈入ををするのも困難な大徳寺炎上後の廃墟にも、秋は廻り来る。

*鄙野(ヒヤ)下品で洗練されていないこと。また、そのさま。野卑
*逆耳: 耳障りである,耳に痛い
*鄭衛之音、亂世之音也、比於慢矣。桑間濮上之音、亡國之音也、其政散、其民流、誣上行私而不可止也。
『礼記』・楽記  
禮記の樂記に曰く、「鄭衛の音は乱世の音なり、慢に比し、桑閒濮上の音は亡國の音なり、其の政は散じ、 
其の民は流す、上を誣ひ、私を行ひ、しかして止むべからず」と。即ち其の鄙野の音を聞いて愁ふるなり。
*廃址(ハイシ):建物や城などのすたれたあと。
*濮上之音 :(ぼくじょうのおん):国を滅ぼすような淫乱な音楽のこと。春秋時代、衛の霊公が濮水の 
 ほとりで聞いた音楽が気に入り、晋の平公の前で披露させたところ、晋の楽官の師曠が殷を滅亡させた淫 
 靡な音楽だといってやめさせた故事から。
 鄭衛之音(ていえいのおん): 同 濮上之音。「鄭」と「衛」は春秋時代の国の名前で、両国の音楽はみ 
 だらなものであったとされている。『礼記』「楽記」
(´・(ェ)・`)つ

89 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/12(木) 21:45:57 ID:1d4drIFg0
中国の迷信では国が滅びる時は先ず子供の歌に兆しが現われるというのじゃ。
今おかしな童謡が聞こえるのも亡国の予兆ではないかというのじゃ。
十年も続く雨は日本の涙なのじゃ。
乱世で仕事もなく廃れていく家々があるばかりなのじゃ。

90 避難民のマジレスさん :2020/11/14(土) 16:11:14 ID:vnzMlciY0
222 童謡 二首 2/2
皇城山野野皇城
変雅変風人不平 がを変じ風を返じて人平かならず、
骼皮秋瘦山骨露 かく皮秋瘦せて山骨露る
狂雲一片十年情  狂雲一ぺん十年の情

武田鏡村先生訳・解説
皇居は山野の田舎ほどに荒れはててしまった。
混乱の世の中をうたった詩は、人の不平と不満を述べている。
それは、あたかも秋に山肌の骨格がむき出しになってしまうように、荒れはてている。
狂雲子一休の詩も、この十年の荒涼とした風景を憤りをもって吟じたものである。

肝冷斎先生訳・解説
みやこが壊れて原野になったり、原野がみやこになったり、
みやこの歌も変わり、田舎歌も変わったが、人の不平は収まらぬ(から、いつの世にも歌は生まれてくるの
だ)。
それでも季節は廻り来る。
秋の大地は骨も皮も痩せ、山々は巌をむき出しにする(人間の心も乱世には真実の本心をむき出しにするの
だ)、
狂ったおれはただひとひらの雲になって、この十年を彷徨い続けている。

「雅」と「風」は「上流の文化」と「しもじもの風俗」と考えてもいいと思うのですが、「詩経」の王家の
儀礼歌「雅」と各国の民謡「風」をイメージしていると思うので、みやこ歌と田舎歌、とさせていただきま
した。
「骼」(かく・らく)は骨、特に「骨組み」という意味に使われます。ここは、秋の「骼」と「皮」は、お
そらく草とか木葉のことで、それらが痩せ落ちて山の本体である岩石が露出してきたことをかっこよく言っ
ているのでしょう。もちろんそこにはニンゲン世界の比喩がある。

くま訳
皇居が山野のようになってしまった。野が全て皇居である。
人々の情緒は変わってしまい、平安な気持ちで居られなくなっている。
秋に野枯れ、岩肌が露になるように、人の荒れた心もむき出しになっている。
狂雲、一片の雲として流れ流れてきた十年である。
(´・(ェ)・`)つ

91 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/14(土) 21:56:57 ID:1d4drIFg0
都も荒れ果て野も城も同じになったのじゃ。
それを見て人は不平をもらすのじゃ。
山も地肌がむき出しじゃ。
一休も乱世の十年を嘆くのじゃ。

92 避難民のマジレスさん :2020/11/15(日) 16:44:39 ID:sCeJO2BA0
223
地獄 二首 1/2
十方世界盡乾坤     じん乾坤
水火寒温人命根     人のみょうこん
看看米穀閑田地 看よ看よ米穀閑田ぢ
是衆生之地獄門 是れ衆生の地獄門

くま訳
天上天下全世界
万物全感覚そして人命
看よ耕されることのない閑田地を、(自分とは何かを探求されることなく放置された心)
それこそ衆生の地獄の入り口だ。

*田:めいめいに備わっている心、仏心のこと。

おまけ:五祖法演 投機偈
山前一片閑田地
叉手叮嚀問祖翁
幾度賣来還自買
為憐松竹引清風

本覚寺HP 訳・解説
この寺の前に一片の休耕地がある
礼儀を正して、この田んぼは一体誰ものですかと人に聞いて回った
誰のものかわからないので幾度か売ったり買ったりしてきた
主は誰なのか分かってしまえば松竹の涼しい清風を味わうばかりである

※五祖法演禅師(1024-1104)は、臨済宗中興と言われ古則公案を通じた禅修行を確立。自らの悟りの境地を
詠んだ投機偈。
(´・(ェ)・`)つ

93 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/15(日) 21:46:55 ID:1d4drIFg0
十方の全ての世界に陰陽の気すらもなくなったというのじゃ。
エネルギーが無くなったということじゃな。
水火も感温もなく人の命も尽きたというのじゃ。
米穀を生み出す田もすっからかんなのじゃ。
是は衆生の地獄の始まりなのじゃ。
正に乱世なのじゃ。

94 避難民のマジレスさん :2020/11/16(月) 20:28:24 ID:cbNVEJfo0
224
地獄 二首 2/2
黄泉境界幾多勞 くわうせんの境がい幾ばくか勞す
劒是樹頭山是刀 剣は是れ樹頭 山は是れたう
朝打三千暮八百 朝打三千ぼ八百
目前獄率眼前牢 目前は獄率眼前は牢

くま訳
黄泉の国へ行く境界線を越えて行くのは、幾らか苦労するのだ。
地獄の樹木は剣で出来ており、山には刀が植えてあるのだ。
禅修業では、朝三千、暮八百、警策で打たれるのだ。
目前には獄率が警策を持って立ち、眼前には、地獄の牢獄があるのだ。

*剣樹:枝・葉・花・実などがすべて剣でできているという地獄の樹木。
*刀山(トウセン):地獄にあるという、刀剣を植えた山。つるぎの山。
(´・(ェ)・`)つ

95 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/16(月) 21:09:57 ID:1d4drIFg0
黄泉の境界には幾多の労苦があると言うのじゃ。
つまり死ぬ時のことじゃな。
死の恐れと苦痛が剣の樹とか刀の山の如く襲い掛かるのじゃ。
朝には三千も打たれ、暮れには八千も打たれるような苦なのじゃ。
そして目の前には地獄の羅卒がいて牢がある如くなのじゃ。

96 避難民のマジレスさん :2020/11/17(火) 00:33:36 ID:bMgyWGqw0
うむ。
恐ろしい「死」を克服する為には、真剣な修行か必要であると、くまは解釈したのでありますが、ちょぴっと違ったようであります。
いつも、ありがとうであります。
(´・(ェ)・`)つ

97 避難民のマジレスさん :2020/11/17(火) 19:34:26 ID:JTqM/nX60
225
拝關山和尚塔  關山和尚の塔を拝す
荒草不鋤乃祖玄 荒草鋤かずない祖の玄
涅槃正法妙心禪 涅槃正法妙心の禪
杜鵑叫落關山月 とけん叫落す関山の月
誰在花園躑躅前  誰か花園ていちょくの前に在る

くま訳
関山和尚の墓塔を拝す
無明な僧たちは、未だ鋤き返されておらず、亡き師の「玄」を理解できない。
大悟の境界に於ける幽玄なる仏心を探求する禪
ほとどきすが声を振り絞ったように鳴き叫ぶのは、関山の偉功を偲んでいるのだ。
誰がつつじの花園妙心寺で、関山和尚の法脈を継いでいるといえるのだ。

*關山:①大燈國師が、妙心寺開山、関山慧玄(かんざんえげん、1277年-1361)に与えた道号。②日本原 
 産のヤエザクラ 
 禅風は厳格で、その生活は質素をきわめ、枯淡な禅風で修禅に専念したという。『沙石集』には「本朝な 
 らびなき禅哲なり」と称賛されている。 1360年12月12日、関山は旅の支度をして授翁に行脚に出ると 
 いい、「風水泉」と称する井戸の辺で授翁に遺戒し、立ったまま息をひきとった。
 語録や著書はなく、遺命して肖像を残させなかったた。
 南浦紹明(大応国師)から宗峰妙超(大灯国師)を経て関山慧玄へ続く法系を「応灯関」といい、現在、 
 日本臨済宗はみなこの法系に属する。関山の禅は、後に系統に白隠慧鶴が出て大いに繁栄し、他の臨済宗 
 諸派が絶法したのに対し、その法灯を今日に伝えている。(wikipedia解説抜粋)
*荒草(こうそう):荒果てた草地。禅宗では悟りに至る前の無明(むみょう)の喩に用いる。
 臨済録 上堂1-2
 座主有り、問う、「三乗十二分教は、豈に是れ仏性を明かすにあらざらんや?」
 師云く、「荒草曽って鋤かず」。
 禪と悟りHP訳
 座主(ざす)が質問した、「仏教の三乗十二分教は、すべて仏性を説き明かすものではありませんか?」
 師は云った、「そんなものでは無明の荒草を鋤き返すことはできんよ」。
*乃祖(ないそ):汝 の祖父。また、祖先。

*涅槃妙心:正法眼蔵涅槃妙心  釈尊が体得した甚深不可思議の真理?の内容を表現した語として、禅宗 
 で尊重される。単に、正法眼蔵とも。大悟の境界に於ける幽玄なる仏心は、言教をもっては表現したり、 
 認識によって把握したりすることはできない。
*316望帝杜宇(ぼうていとう):古代の蜀・古蜀の第4代君主・杜鵑に生れ変って春を知らせる
*杜鵑叫落桃花月 血染枝頭恨正長 
 咲き誇る桃の花を照らしながら傾く月のなかに、ほとどきすが血を振り絞ったように鳴き叫ぶ恨みの声
 (黄檗宗のみが用いている施餓鬼法要の経本『瑜伽焔口科範』)
*躑躅(つつじ)妙心寺のつつじは有名らしい。一休さんの頃から植えられてたのでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

98 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/17(火) 21:05:31 ID:1d4drIFg0
そのような感じなのじゃ。

祖師の玄妙なる境地は捨て去られているのじゃ。
涅槃に導く正法の妙なる心の工夫による禅なのじゃ。
ほととぎすも月に鳴いているのじゃ。
誰かそれを聞く者が花園躑躅の前に居るであろうかというのじゃ。

99 避難民のマジレスさん :2020/11/18(水) 23:09:38 ID:L4550tNs0
一休さんの帝王学
226  1/4
善悪未嘗混     善悪未だ嘗て混せず
世為善者皆朋舜   世に善を為す者は、皆舜を朋とし、
而悪者皆黨桀也   而して悪を為す者は皆桀(けつ)に党すなり。
雉必為鷹所撃    きじは必ず鷹の為に撃たれ
鼠必為猫所咬    鼠は必ず猫の為にかまる、
是天賦所前定也   是れ皆天賦前定する所也。
一切衆生之歸佛   一切衆生の佛に帰して、
善而免生死之淪没者 善にして而してしょう死の淪没を免がるる者も
亦猶若茲      また猶ほかくの如し
因作偈以示衆云   因つて偈を作つて以て衆に示すと云ふ     

鷹雉鼠猫元自然   ようちそめう元じねん
威音劫來舊因縁   威音劫來旧因縁
照看華清残月暁   照らし看る華清残月の暁
明皇龜鑑馬嵬前    めいくわうの亀鑑馬くわいの前

くま訳
善悪が混ざり合うということは、未だ嘗て無い。
世に善を為す者は、皆、英明な古代の皇帝「舜」を朋とし、
悪を為す者は皆、古代の暴君「桀」(けつ)の仲間である
きじは必ず鷹に撃たれ
鼠は必ず猫にかまれる
是れ皆生まれながらにして決まっていることである。
一切衆生、佛に帰依したもので、
善を行い、生死に捕らわれた迷いの境地から逃れることができる者もまたかくの如しである。
因つて偈を作つて以て修行僧に示すと言って、
     
鷹と雉、鼠と猫の話は元来自然なことである。
大昔からの因縁である。
玄宗皇帝は、かつて華清宮で楊貴妃と見た暁の残月を眺め、
舜という英明な皇帝のお手本があったのに、玄宗は馬嵬(ばかい)で臣下に脅されて、いやいや楊貴妃を殺
害する命令を下し、後で後悔しているのである。(臣下の登用を誤ったのである。)

*舜(しゅん):神話に登場する君主。五帝の一人。儒家により神聖視され、堯(ぎょう)と並んで堯舜と 
 呼ばれて聖人と崇められた。
 母を早くに亡くして、継母と連子と父親と暮らしていたが、父親達は連子に後を継がせるために隙あらば 
 舜を殺そうと狙っていた。舜はそんな父親に対しても孝を尽くしたので、名声が高まり堯の元にもうわさ 
 が届いた。
 舜の周りには自然と人が集まり、舜が居る所は3年で都会になるほどだった。
 堯は舜を登用し、天下を摂政させた。そうすると朝廷から悪人を追い出して百官が良く治まった。それか 
 ら20年後、堯は舜に禅譲した。
 英明な皇帝の代表。
*桀(けつ)は、夏の最後の帝。暴君の代名詞となった。
*華清宮(かせいきゅう):唐代の離宮。『長恨歌』において、楊貴妃が湯浴みしたことで知られる。
*龜(亀)鑑(キカン):「亀」は甲を焼いて占ったもの。「鑑」は鏡の意。行動や判断の基準となるもの。
 手本。模範。
*照看:世話をする,面倒を見る,(物の)番をする,見張る
(´・(ェ)・`)つ

100 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/19(木) 22:02:10 ID:1d4drIFg0
大体そのような感じなのじゃ。
善悪は決して交わらないというのじゃ。
雉は鷹に狩られ、鼠は猫に食べられるのが定めなのじゃ。
衆生が仏に帰依して悟りを得られるのも定めなのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。

101 避難民のマジレスさん :2020/11/20(金) 21:46:46 ID:eUuVdyI60
227    2/4
過現未誰人了達 過現み誰人か了達す
悪人沈淪善者脱 悪人は沈淪し善者は脱す
風流可愛公案圓 風流愛すべし公案まどかなり
徳山棒兮臨済渇  徳山の棒、臨済の渇

くま訳
いったい誰が、過去・現在・未来にわたって、一切を明らかに悟っていると言うのか。
悪人は落ちぶれ、善者は苦境を脱するのだ。
風流を愛すべきである。公案を円熟させるのである。
徳山の棒や臨済の渇も大切である。

*過現未(かげんみ):過去と現在と未来。前世と現世と来世。三世 
*三世了達(さんぜりょうだつ):過去・現在・未来にわたって、一切を明らかに悟っていること。諸仏の
智慧は3世を見通しであること。
*沈淪(ちんりん)「沈」も「淪」もしずむ意〕①深く沈むこと。②おちぶれること。零落。淪落。
(´・(ェ)・`)つ

102 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/20(金) 23:00:53 ID:1d4drIFg0
三世に誰がそれらの因果を知り尽くしているじゃろうかというのじゃ。
それを知れば悪人は地獄に沈み、善人は娑婆世界を脱して天にいくのじゃ。
更に善根の者は公案を実践するじゃろう。
そのような者こそ徳山の棒、臨済の渇を継ぐべき者じゃ。

103 避難民のマジレスさん :2020/11/21(土) 10:16:24 ID:CZmSsnrc0
228    3/4
風流脂粉又紅粧 風流の脂粉又紅粧
等妙如来奈断膓 とう妙如来断膓いかんせん
知是馬嵬泉下魄 知んぬ是れ馬くわい泉下のはく
離魂倩女謫扶桑 離魂のせん女扶桑にたくせらる

武田鏡村先生訳・解説
紅とおしろいで化粧した
風流な女性の断腸の思いは、いかに仏さまであってもどうすることもできない。
その断腸の思いは、馬嵬で殺されてあの世に行った楊貴妃の魂であることを知っている。
楊貴妃の魂は倩女のように離れて、もう一人の楊貴妃すなわち日野富子として日本に現れて、罰せられてさまうだろう。

一休は富子が楊貴妃のように凄惨な末路で死をむかえ、・・・と断言した。だが、一休は富子の死をみることなく没している。

くま訳
風流に化粧した楊貴妃、
等妙如来は、彼女の断腸の思いを、どうやって救ってくれるというのだ。
馬嵬で処刑された、楊貴妃の思いを。
倩女のように肉体を離れた楊貴妃の魂が、戦乱威明け暮れる日本國を罰しているようだ。

*等妙如来:等覚と妙覚をもつ仏の尊称。
*離魂の倩女:『無門関』三十五則にある公案で、倩女という女性がその魂と肉体が分離し、一人の倩女は 
 結婚して幸せになり、もう一人の倩女は病床に臥して苦しんでいたが、その倩女が一つに合体した。どち 
 らが本当の倩女か、というもの。一人の倩女は楊貴妃をさし、もう一人の倩女は富子をさす。・・・一休 
 は富子が楊貴妃のように凄惨な末路で死をむかえ、・・・と断言した。だが、一休は富子の死をみること
 なく没している。(↑武田鏡村先生解説)
*魄(ハク):たましい。精神をつかさどる陽の気を魂(こん)というのに対し、肉体をつかさどるという陰
 の霊気。
*離魂(りこん):魂が肉体から分離すること。また、肉体から離れた魂。ドッペルゲンガー(二重身)
*『倩女離魂』(せんじょりこん)は、元の鄭光祖による雑劇で、鄭光祖の代表作。唐代の伝奇小説『離魂 
 記』に題材を取り、科挙試験のために旅だった王秀才を恋いる倩女の生霊が追う内容を持つ。
*謫(タク・テキ・せめる):とがめる。せめる。2.官吏がとがめを受け、位をおとされ遠方へ流される
(´・(ェ)・`)つ

104 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/21(土) 21:49:09 ID:1d4drIFg0
日野富子は応仁の乱の原因を作ったとも言われているのじゃ。
その乱を利用して財産を増やしたともいうのじゃ。
傾国の美女と思ったのじゃな。
宮廷の乱れが乱世の原因にもなったのじゃ。

105 避難民のマジレスさん :2020/11/22(日) 08:56:52 ID:gsjWwTOg0
229    4/4
身心不定假兼眞 身心定まらず仮と眞と
欲界衆生沈苦辛 欲界の衆生苦辛に沈む
愁夢三生六十劫 愁夢三生六十劫
劫空無色馬嵬神  劫空無色馬嵬の神

くま訳
身心は定まらないものだ。仮のことか真実か。(分離した魂が、誰のものかも定まらない)
欲界の衆生は苦辛に沈むのだ。
悪夢は三回生れ変っても延々とつづくであろう。
世界が壊滅して空漠とした期間が。馬嵬の神仕業であろうか。

*真仮(しんか・しんけ):まことのことと仮のこと。真実と虚偽。
*空劫(くうごう・くうこう):世界が壊滅して空漠とした期間。

武田鏡村先生は、「一休は富子が楊貴妃のように凄惨な末路で死をむかえ、「三生六十劫」にわたって地獄
の輪廻をさまようと断言した。」と解してるのである。
(´・(ェ)・`)つ

106 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/22(日) 23:57:43 ID:1d4drIFg0
心身が定まらない時に仮も真もわからないというのじゃ。
それで欲界の衆生は辛苦に沈むというのじゃ。
地獄に落ちて過去現在未来と悪夢に見舞われるのじゃ。
それもまた空であり無色であるのじゃ。

107 避難民のマジレスさん :2020/11/23(月) 19:18:15 ID:jN2NZNXs0
くま訳改
第一句:心身が定まらなければ、仮も真もわからないのである。

ハイテンション一休さん
230
華叟子孫不知禅 華叟の子孫、禅を知らず
狂雲面前誰説禅 狂雲面前、誰か禅を説く
三十年来肩上重  三十年来、肩上重し
一人荷担松源禅  一人荷担す、松源の禅

くま訳
華叟の子孫は禅を知らない
狂雲の面前で誰が禅を説けるというのだ
三十年来、禅を背負ってきた、肩の荷が重いのであるが、
これからも一人で松源の禅を担いで行くのだ。

*松源崇岳(しょうげんすうがく1132〜1202)南宋時代の禅僧。禅宗の看話禅及び默照禅に存在した不正 
 行為を正すため、松源崇岳は座禅の方法を改革した。
 「松源二転語」です。つまり、「開口不在舌頭上(口を開いて物を言うことは単に口先だけのことではな 
 い)」、「大力量人,因甚抬脚不起(力の強い人が、なぜ足を上げないでいるのか)」という二つの転 
 語から、看話禅と默照禅を見た。松源転語 >>112 113 114 参
(´・(ェ)・`)つ

108 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/23(月) 21:59:03 ID:1d4drIFg0
自分以外に松源の禅を知る者は居ないというのじゃ。
なかなか壮大な自負なのじゃ。
正に狂雲なのじゃ。
これからもただ独りで松源の禅を背負っていくというのじゃ。

109 避難民のマジレスさん :2020/11/24(火) 19:33:31 ID:zt/s8/ZE0
自賛  2/3
風狂々客起狂風 風狂の狂客狂風を起こし 
来往婬坊酒肆中 来往のすい坊酒しのうち 
具眼衲僧誰一拶 具眼の衲僧誰ぞ一拶するは
画南画北画西東  南を画し北を画し西東を画す

ある男の残日HP 宇野直人先生訳・解説
自賛    自ら賛す   
自分自身の肖像画に書きつけた作品。 
何物にも囚われず 理想に突き進む私は いつも激しい風を巻き起こす
出入りするのは歓楽街や酒場     
見識のある僧侶で誰か私を叱る人はいないのか  
南と言えば北 いや西だ東だと 勝手なことを言う私を

(前半)
一句は露悪的に自己紹介。風は自由でとらわれないの意。狂は漢詩では「理想に向かって突き進む・これと
思ったことに熱中する」
二句の婬坊酒肆は公案の中の語で「本当の悟り」という事を象徴的に表す。山奥で得た悟りはまだ次元で低
いもので、逆に「巷の色々な人に付き合い、得た悟りこそ本当のものだ」という公案を採用している。とい
う事は、一見破戒僧の様に行動しているが、自分は一段高い次元を目指して行動していると主張している。
(後半)
周囲の禅僧に向けた挑発的な言葉となる。4句も禅の言葉。人を食った結びになっている。この詩で自分の
生き方を主張したが、では一休が主張した次元の高い悟りとはどんなものか次の詩で見てみる。

・婬坊いんぼう酒肆しゅし:歓楽街・酒場
・具眼:物の本質を見抜く力 見識がある
・画皆画北画西東 禅語で「指東劃西」と言えば、東を指したり西を指したりしていい加減にその場をごま 
 かすことを言う。お茶を濁す。

柳田聖山 訳
<訳>
風にいかれた酔っ払いが、狂った風を巻き起こし、
女郎屋や酒場をうろついている。
眼の開いた修行僧なら誰でも一突きにするがよい。
(狂風が相手ゆえ)東西南北あてもなく滅多打ちにするだけだ。
※一休自身を賛した詩であるが、どこか己と普化を重ねているように思われる。
(´・(ェ)・`)つ

110 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/24(火) 23:48:55 ID:1d4drIFg0
自賛ならば自分について詠っているのじゃ。

わしは風狂の者であるから世間の常識に囚われず教えるのじゃ。
売春宿や酒場で教えるのじゃ。
修行が出来た具眼の僧にはわかるじゃろう。
そのような者に四方の仏説を教えるのじゃ。

111 避難民のマジレスさん :2020/11/25(水) 19:12:41 ID:sdUQpy3s0
自賛   3/3
大燈仏法没光輝 大燈の仏法、光輝を没す、
竜宝山中今有誰 竜宝山中、今、誰か有る。
東海児孫千歳後 東海の児孫、千歳の後
吟魂猶苦許渾詩 吟魂、猶、苦しむ、許渾の詩。

石井恭二先生訳
大燈国師の仏法は光を失った、
竜宝山大徳寺の中に、今、どんな人物がいるのか。
達磨大師このかた、千年の後、
日本の法孫である私は、詩情を抱いているのに、
  許渾の詩のように、すでに白髪頭となって苦しんでいる。
(´・(ェ)・`)つ

112 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/25(水) 21:50:26 ID:1d4drIFg0
もはや正しい禅の伝統は光をうしなったというのじゃ。
わしだけがそれを知っているというのじゃ。
伝法も千年を経て善い弟子が居ないことを苦に思うのじゃ。
もはや乱世であるから修行しようとする者もいないのじゃろう。

113 避難民のマジレスさん :2020/11/26(木) 19:51:54 ID:T9jfcAc60
喜びいっぱいの一休さん
231
新造大應國師尊像 大應國師の尊像を新造す
活眼大開眞面門  活眼大いに開く眞面門
千秋後尚弄精魂  千秋ののち尚ほ精魂を弄す
虚堂的子老南浦  虚堂のてき子老南浦
東海狂雲六世孫  東海の狂雲は六世の孫

柳田聖山先生訳
尊像の眼は大きく開き、口元も鋭い。
何年経っても魂を見透かすようだ。
虚堂の高弟、南浦紹超、東海の狂雲、六世の孫。

くま訳
新造の大應國師尊像
目をくわっと見開き、ありのままだ。良く出来てよかったのだ。
長い年月を経ても、こちらの精魂を思いのままに操るようだ。
虚堂直伝の南浦老師、
正伝の狂雲は六世の孫弟子なのだ。

中村満次郎先生HP解説
1453年七月、大徳寺は焼失し、灰燼となっている。この漢詩は、康正二年、六十三歳の作で、大徳寺が
炎上して三年後のことになり、多分尊像も失われたので、新造されたのであろう。
ちなみに、このころ田辺の薪に入り、大応国師の塔所、妙勝寺が興されている。
*真面目:本来の姿・ありさま。転じて、真価 まじめであること。
*弄精魂:通常は妄想分別によって精魂を消し尽くされることを意味している。しかし、道元禅師は精魂を 
 尽くして日常底に修行弁道する意味であるとした。
(´・(ェ)・`)つ

114 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/26(木) 21:55:30 ID:1d4drIFg0
新しい寺の仏像ができたようじゃ。
一休もよろこんでいるのじゃ。
鋭い眼は今も己の心底を見抜いているようじゃ。
千年たってもまだ精魂をこめて実践しているようじゃ。
わしはその六世の弟子なのじゃというのじゃ。

115 避難民のマジレスさん :2020/11/27(金) 19:09:34 ID:n2jj.iZI0
232
脱鱗鯉魚庖中得活 鱗を脱するり魚 庖中にして活するを得たり
活潑々時池水清 活潑々の時ち水清し
怪哉端的死中生 怪しい哉端的死中の生
飛潜天池衲僧眼 天池に飛潜す衲僧が眼
雲暗龍門點額情 雲は暗し龍門點額の情

くま訳
鱗を剥がされた鯉が包丁の下で活路を得た。
ピチピチト元気がよい時は、池の水は清い。
怪しいのである。わしの場合、まさに死中に活である。
天地を飛び廻り禅僧の洞察眼をもって、見てみると、
暗雲立ちこめる大徳寺、住持など引受けなけりゃよかったかも。

*死中得活(しちゅうにかつをうる):『碧巌録』九則絶体絶命のところで活路を開くこと。
*活潑潑地(カッパツハッチ):生き生きと活動すること、意気盛んで、元気のいい様子を言う
*怪哉:おまけ① 参
*飛潜(とびくく・ひせん):木々の枝の下をくぐるように飛ぶ。

おまけ①
怪哉:bigbossman先生解説解説東方朔というのは人名で、前漢の武帝に仕えた宰相、前2世紀頃の人物で
す。
 豪放磊落な性格で、仙人のような暮らしぶりであったとも言われ、
 いろいろと不思議な逸話が多い人です。
 中国の南北朝時代の殷芸(いんげい)が書いた『小説』には、
 前漢の武帝が東方朔をともなって旅行に出かけた際、行く道の途中に、
 頭、目、牙、耳、鼻、歯が人間のようにそろった奇妙な虫がたくさんいた。

 それを見た武帝が「怪哉 あやしいかな」と言ったので、その名がつけられた。
 東方朔は武帝の問いに答えて、「これは秦の時代、始皇帝が厳しい法律で
 人々を縛ったので、罪を受けた者の魂が虫に変化したものと考えられます」
 重ねて武帝が、「どうすればよいのか」と尋ねると、

 「古来から、酒を飲めば憂いを忘れるといいます」東方朔はそう言って、
 虫たちを酒の入った瓶に入れた。すると虫たちはみな、
 満足した様子で散り散りにその場を去っていた。
 後に、古地図を元に調べてみると、はたしてそこは、秦の時代に
 牢獄があった場所であった・・・こういう故事が書かれています。

「怪哉」をこの意とすると、訳は「妖怪怪哉は、刑死した人の生れ変りだから、明らかに死中に活だ。」と
なるが、これは、ないでありましょう。

おまけ②:點額魚(白楽天)
 龍門點額意如何
 紅尾青鬐却返初
 見説在天行雨苦
 為龍未必勝為魚

 ほととんぼ先生HP訳・解説(抜粋)
 意訳:龍門の急流を上りきれず、額を石に打ちあてて、
 むざむざと尾鰭を垂れて返る魚の気持ちは、如何(いかが)なものであろうか。
 聞けば、龍となって天に上れば、雨を降らせる苦しみがあるそうだ。
 そんな苦しみをするよりは、魚のままで、自由に泳ぎまわっているほうが、かえってましかもしれないよ。
 ※紅尾=魚は疲れると尾が赤くなるという。青鬐=魚の青い背鰭(ひれ)。

 白楽天の詩は、・・・人間、実力もないのに無理に出世し、後々苦しむよりは、むしろ下位にあって悠々  
 としているほうがよいという意味です。" "りゅうもん てんがくのい いかん
 こうびせいき きゃくへんのはじめ
 いうならく てんにあって あめをおこなうのく
 りゅうとなるは いまだかならずしも ぎょとなるにまさらず
(´・(ェ)・`)つ

116 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/27(金) 23:38:00 ID:1d4drIFg0
まな板の鯉は却って生きているというのじゃ。
清水の池の中では晩いのじゃ。
死の中に生があるとは人は怪しむのじゃ。
龍の如く天の池に潜む僧の目は飛翔に備えているのじゃ。
暗雲が立ち込める寺の門に入るのも慈悲なのじゃ。

117 避難民のマジレスさん :2020/11/28(土) 11:30:40 ID:fukTh4tE0
233
香嚴擊竹 1/3     きゃうげんきゃくちく 1/3
對盡(畫)忽然盡情識 画に対してこつねん情識を尽くす
道人龜鑑太分明    道にんの亀鑑はなはだ分明
娘生佛見南陽境    にゃう生佛南陽の境を見る
断膓黄陵夜雨聲    はらわたを断つこう陵夜うの声

くま訳
「画にかけるもちひは、うゑをふさぐにたらず」と思い立ち、にわかに迷いの心が起った。
香厳道人は、模範になる禅師であることは、真に明らかである。
香厳は、母親から生れたこの身体を自分と思っていたが、仏を見たのだ(父母未生以前の本来の面目に気づい
たのだ。)南陽の境で。
はなはだ愉快で笑いがこみ上げる、墓守をする、南陽慧忠の陵墓に降る夜の雨音

*香嚴擊竹:正法眼蔵渓声山色の巻に香厳智閑の悟りの契機が語られる。
 愛知学院大学 禅研究所HP解説
 香厳は大潙禅師の下で修行していた。ある時、大潙が言った「君は聡明で物知りだ。お経の注釈なんかか 
 らでなく、君の父母も生まれる前の所からわしのために一句を言ってくれ」と(汝聡明博解なり。章疏の
 なかより記持せず、父母未生以前にあたりて、わがために一句を道取しきたるべし)。香厳は答えようと
 試みるがどうしても出来ない。今まで色々勉強してきたことは何だったのか、年来集めた書物も焼いて
 「画にかけるもちひは、うゑをふさぐにたらず。われちかふ、此生に仏法を会せんことをのぞまじ、ただ
 行粥飯僧(ぎょうしゅくはんそう)とならん」その後、大証国師の跡を武当山に訊ねて庵を結んで暮らし
 た。ある時、掃除をしていて、掃いた石が竹にカチンと当たった音を聞いて大悟したという。まさに、自
 然の語る真理の声を聞いたのだった。それこそが父母未生以前の一句だった。
*亀鑑:人のおこないの手本。模範
*道人:仏道の修行をする人。また、出家得道した人。
*黄陵:黄帝陵:中華民族の始祖とされる黄帝の陵墓
 黄帝:神話伝説上の五帝の最初の帝。紀元前2510年〜紀元前2448年)
*世俗の我(仮我)と真実の我(真我)は、仏教(『大般泥洹経』)。世俗の我(仮我)、自分という場
合、 一義的には、父母から享けたこの身体(人身)を私だと思ってきた(これを「娘生の面目」という。)
その一方に「本来の面目」がある)。
 この世俗の我を空海は 「五蘊の仮我」 と呼ぶ。人間は色・受・想・行・識の五蘊から構成された仮初の我 
 に過ぎないということ。
 本来の面目= 「父母未生以前の本来の面目」とは、何かと言う公案に答えられず、香厳は、一度悟るのを 
 諦めた。
*對法:阿毘達磨(アビダンマ)とは、仏教の教説(具体的には経蔵、律蔵など)の研究・思想体系、およ 
 びそれらの解説書・注釈書のこと。
 くま訳では、絵に描いた餅の香厳の故事に基づいた訳にしたが、 對法:阿毘達磨と解せば、「阿毘達磨 
 などの思想の探求が尽きて」でもよいかも。テキストでも、(盡・尽)と(畫・画)の2通りあり。
*断腸:① はらわたを断ち切ること。また、はらわたがちぎれるほどの悲しさ、つらさなどをいう。
 ② はなはだしく興趣のあること。また、哄笑するほどおもしろいこと。
*南陽慧忠(なんよう えちゅう、675-775唐代の禅僧。諡は大証禅師。
(´・(ェ)・`)つ

118 避難民のマジレスさん :2020/11/28(土) 15:17:40 ID:W0SWfBm20
くま訳、全面改
清水の中にいる時は、元気がよさそうに見えるのだ
死中に生があるとはと、人は怪しむのである。
天の池に住む龍ような洞察眼をもつ僧は飛翔に備える。
暗雲立ちこめる大徳寺、住持を引受けたたのも、慈悲である。
(´・(ェ)・`)b

119 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/28(土) 22:50:17 ID:1d4drIFg0
>>117 情と識が尽きたのであるから三昧が起こったのじゃな。
 香厳の書か何かを見て情識が尽きたのじゃ。
 名僧の亀鑑は真に正しいのじゃ。
 南陽境で父母未生の仏を見たのじゃ。
 墓場で夜雨がっていても爽快なのじゃ。

120 避難民のマジレスさん :2020/11/29(日) 17:16:40 ID:e5flW1XM0
234
香嚴擊竹 2/3
携來苕帚動風塵 ぜうしう(じょうしゅう)携え来って風塵を動かす
看看聞聲悟道新 看よ看よ聞しゃう悟道新たなり
半夜千竿脩竹雨 半夜千かん修竹の雨
南陽塔下弄精神 南陽塔下精神を弄す

くま訳
ほうきで、砂ぼこりを巻き上げる。
看よ、音を聞いて悟り、新たになったのだ。
深夜、高い背丈の千竿の林竹に降る雨
南陽慧忠の墓塔の下で心をもてあおぶ。

*脩竹:修竹:長く伸びた竹
*風塵:1 風で舞い立つちり。きわめて軽いもののたとえにもいう。2 わずらわしい俗世間。また、こま
ごました雑事。
*半夜:子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二支で表した。子(ね)の刻は、午前0時 
 を中心とする2時間、前日の午後11時から当日の午前1時までを指す。(一つの刻を、30分刻みで四等 
 分して、たとえば、丑一つ(丑1刻)は、午前1時から午前1時30分までの間)
(´・(ェ)・`)つ

121 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/29(日) 23:41:09 ID:1d4drIFg0
掃除をしていたのじゃ。
今ここで風の音を聞いたりしていると悟道はいよいよ新たに見られるのじゃ。
塔の下で竹林にふる雨の音もありのままの精神を曝け出すのじゃ。

122 避難民のマジレスさん :2020/11/30(月) 21:53:09 ID:GB63TOaY0
235
香厳撃竹 3/3
久響香厳一撃聲 久しく響くきゃうげんいっきゃくの声
可憐悟道発佳名 憐れむべし悟道佳名を発するお
蕭蕭逆耳竹扉雨 しょうしょうとして耳に逆らふ竹ひの雨
滴盡南陽塔下情 滴じんす南陽塔下の情

くま訳 
久しく鳴り響く香厳一撃の音
微笑ましいのである、悟りを開いたという名声が聞えることは
しかし、竹扉をうつ雨の音は、もの寂しくて耳障りなのである。
雨降り終り、なおつづく南陽慧忠の墓塔の下の感動である。

*可憐: いじらしく、かわいらしいこと。姿がやさしく美しいこと。愛らしいさま。
*佳名:名声・蔭木英雄先生によると、「佳名」は、好ましい名声として使われ、それに対する言  
 葉として、「蠚苴」(らそ・放胆。荒々しい。351、132の詩参)が使われている。
*蕭蕭(ショウショウ):1 もの寂しく感じられるさま。2 雨や風の音などがもの寂しいさま。
*逆耳: 耳障りである,耳に痛い.
(´・(ェ)・`)つ

123 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/01(火) 21:35:21 ID:1d4drIFg0
同じような詩が続くのじゃ。
やはり声の響きで悟ったというのじゃ。
悟道は良い名で発するというのじゃ。
雨の音が耳障りなのじゃ。
しずくが墓にも垂れるのじゃ。

124 避難民のマジレスさん :2020/12/02(水) 19:05:53 ID:5u0Gq2zM0
236    1/2
小欲知足 二首
千口不多富貴愁 千口も多からず富貴の愁
家貧甚苦一身稠 家貧しうして甚だ苦しむ一身もおおしと
涓水鯉魚斗水望 けん水のり魚斗水の望
明朝臘扇廣河流  明朝らう扇広河の流れ

くま訳
千人いても足りないこともあるのが、富貴の愁であり、
家貧しければ、一人でもはなはだ苦しむのである。
今、水溜りにいる鯉は一斗樽の水を望むのである。
明日の朝の広い川は役にたたないのである。

*涓:(みず・さんずい・したみず)涓水(けんすい)①水のしずく。②小さい流れ。 ③わずか。すこし。
 ④はらい清める。
*斗:①ます。とます。ひしゃく。また、ますやひしゃくの形をしたもの。「科斗」 ②尺貫法の容量の単 
 位。一升の一〇倍。約一八(リットル)。③星座の名。天の南と北にある星座「南斗」「北斗」のこと。
*臘扇(ろうぜん):冬のおうぎつまり、役に立たないもの、無用なものという意味"
(´・(ェ)・`)つ

125 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/02(水) 21:42:24 ID:1d4drIFg0
金が有り余っていれば客が千人でも足りないと愁えるのじゃ。
家が貧しいと一人でも多いと苦しむのじゃ。
僅かな水に住む鯉は一斗の水でも欲しがるのじゃ。
黄河の水も不要なのじゃ。
自らの必要に応じて足るを知れということじゃな。

126 避難民のマジレスさん :2020/12/03(木) 19:39:49 ID:hh98Jcm20
237    2/2
小欲知足 二首
果満羅漢有三毒 果満の羅漢も三毒有り
純一願小欲知足 純一に小欲知足を願ふ
無衣貧病得相治 無えの貧病あいおさむるを得たり
山堂一夜聞促織  山堂一夜促織を聞く

くま訳
修行の効により、果として阿羅漢になった者にも、貪・瞋・癡の三毒はあるのである。
一休、嘘偽り無く、小欲知足を願っているのである。
着るものも無い貧しさが、病を治し、病が治まったから貧しさから脱することも出来たのだ。・・断食療法
でありましょうか?
山堂で一夜、こおろぎの鳴き声を聞く。

一休さん、もしかして、こおろぎを食してたのでありましょうか?
*果満:修行の功により「果」としての悟りが完成すること。
*三毒:克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、貪・瞋・癡(とん・じん・ち)人間の諸悪・苦 
 しみの根源とされている。(むさぼり・怒り・愚痴(おろかさ))
*純一:まじりけがないこと。飾りけや、うそ偽りがないこと。また、そのさま。純一将軍・一休さん
*薬病相治(薬病相(やくへいあいじす):薬は病気を治すために用いるが、病気が治ると薬は不要になる。
*促織(そくしょく):こおろぎ(蟋蟀)中国では闘こおろぎ等の為、ペットとして盛んに飼育されたが、 
 東南アジアでは食用や民間療法の薬として、売られている。アメリカではコオロギの粉末を原料としたプ 
 ロテイン・バーを開発・販売し日本では徳島大学発スタートアップ企業で参入を計画している。養殖コオ 
 ロギから醤油もできるらしい。
(´・(ェ)・`)つ

127 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/03(木) 22:13:10 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。
断食かもしれん。
こおろぎは食べていないじゃろう。
声を聞いただけなのじゃ。

128 避難民のマジレスさん :2020/12/04(金) 18:50:44 ID:1GQG89x.0
反権力クレーマーの一休さん
238
剪妙勝寺竹木  妙勝寺の竹木を切る
在官忘却不容針 官に在って忘却す針を容れざることを
妙勝封疆剪樹林 妙勝の封きゃう樹林を切る
立破商君胡亂法 立ちどころに商君うろんの法を破る
去來没跡一身吟 去來あとなし一身の吟

くま訳
妙勝寺の竹木をきる
官職にある者は、公の事をなすにあたっては、峻厳でなければいけない事を忘れているのである。
妙勝寺の敷地の境界の樹林を切れと言われたのである。
たちどころに、論破したのである。商君書のような強権的で根拠曖昧な相手の主張を。
過去の慣例を引き合いに出すなど未熟ものである。我が主張を通したのである。

うむ。一休さんに木を切れと言ったお役人さんは、かなり凹まされたでありましょう。

*妙勝寺:1288-1293年に南浦紹明が開いた妙勝寺が前身。1331-1334年に兵火にあって衰退していたのを、
 1456年に一休宗純が草庵を結んで中興し、宗祖の遺風を慕い師恩に酬いる意味で酬恩庵と号した。その
 後、一休は1481年12月12日、88歳で亡くなるまでをここで過ごした。
*官不容針私通車馬:官には針をも容れず、私には、車馬をも通ず。曹山と鏡清との問答の中で曹山が語っ 
 た言葉。公けには針をも通さないほど峻厳でも、裏口からは馬車をも通すほどツーカーであるということ。
 建前と本音とは大きく異なっていること。(龍泉院HP解説抜粋)
*封境・封疆(ほうきょう):領土のさかい。国境。
*立破(リュウハ・りっぱ):因明(いんみょう)で、論議の際の主張と、それに対する反論のこと。また、 
 自分の主張を立てて、他人の非説を破ること。りっぱ。
*商君書(しょうくんしょ):戦国時代の政治家で,法家の祖の一人,商鞅 (しょうおう) の著・土地の開 
 墾と戦功をあげることを国策の主眼とし,労働力増加のため貴族の特権を抑制し,分家を奨励し,耕作者 
 に耕地を解放し,諸子遊説の策謀を禁じ,学問,文学を排し,商業を押え,また厳罰主義をとり,隣保の
 連座制をしき,税制,度量衡の統一を説き,酷薄な国家統治の典型を示している。
*胡乱(ウロン):1 正体の怪しく疑わしいこと。また、そのさま。2 確かでないこと。真実かどうか疑 
 わしいこと。また、そのさま。
*没從跡(もっしょうせき):自分の跡を消す。修行の跡が見えるのは未熟者。努力の跡など見せるもので 
 はない。
(´・(ェ)・`)つ

129 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/04(金) 21:50:14 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。
本来切ってはいけない筈の寺の竹とか木を切りに来たのじゃな。
論破して立ち去らせたのじゃ。
乱世になって役人も法を破って儲けようとしたのじゃろう。
おかしなことじゃ。

130 避難民のマジレスさん :2020/12/05(土) 10:24:43 ID:en9FgLnA0
239
一休贋詩作家説(83の詩 参)
偶作  1/3
患是衆生良薬訣 患は是れ衆生良薬のけつ
祖病當機臨済渇 祖病機に当たる臨済の渇
吟臺暮雲茂陵吟 吟台の暮雲も陵の吟
五十年来相如渇 五十年来相如が渇

くま訳
病こそが衆生にとって良薬というのが、奥義である。
祖師の病とは、相手の能力素質に応じて導くこものである。その一つが臨済の渇である。
黄昏時の吟台、古代司馬相如が茂陵で吟じたのだ。
五十年来相如のような艶詩を吟じてきたのだ。これが狂雲の渇愛(病)なのだ。

*患(カン・わずらう ゲン・うれえる)1.病気。わずらう。2.心を苦しめなやます。苦しみ。なやみ。う
 れえる。
*訣(ケツ):1 きっぱりと別れを告げる。2 簡潔に言い切った秘伝の文句。奥義
*当機(とうき):相手の能力素質に応じた導き方をすること。
*司馬相如:[前179〜前117]漢代を代表する賦の第一人者で、富豪の娘卓文君との駆け落ちは有名。
*渇愛(かつあい):十二因縁の一つで、対象のものごとを貪ったり、執着することを指す。仏教においては
中核的概念のひとつ、身体・精神的な「渇き、欲望、渇望、貪欲」を指している。愛(あい)とも訳される.
(´・(ェ)・`)つ

131 避難民のマジレスさん :2020/12/05(土) 10:30:54 ID:en9FgLnA0
おまけ: 碧巌録 第八十七則 雲門薬病相冶 (禅者の一語 (isuzen)先生訳・解説 )
*垂示に云く、明眼の漢は窠臼(かきゅう)を没す。
 ある時は孤峰頂上に草漫漫(くさまんまん)。
 ある時は閙市裏頭(どうしりとう)に赤灑灑(しゃくしゃしゃ)。
 忽(たちま)ち もし忿怒(ふんど)せば、
 那吒(なた)のごとく三頭六臂(さんとうろっぴ)を現ぜん。
 忽ちもし日面(にちめん)月面(がちめん)ならば、
 普攝(ふしょう)の慈光(じこう)を放ち、
 一塵において一切身(いっさいしん)を現じ、
 随類の人となって、和泥合水(わでいごうすい)せん。
 忽ち もし向上の竅(きょう)を撥着せば、
 佛眼(ぶつげん)もまた覷不着(そふちゃく)ならん。
 設使(たとい)、千聖出頭(せんせい しゅっとう)し来たるも、
 また倒退(とうたい)三千里なるべし。
 また同得同證(どうとくどうしょう)の者ありや。試みに挙す看よ。

isuzen先生訳・解説
【垂示】圓悟が座下の求道者たちに垂示した。
 禅者は、何を言い、何を行っても、すべて禅にかなう=「禅による生活」をしている・・のだから、ある 
 時は、達磨の九年間の面壁・・のごとき気高いこともあるし、ある時は、繁華街のうるさい処で、商売繁 
 盛を願って、赤裸々に「大安売り」を声高に宣伝して振舞っていることもある。
 また、時には、インド、毘沙門天の息子、無双の力自慢、那吒(なた)太子のように、暴れて手が付けられ
ないこともある。また、ある時には、日面(にちめん)、月面佛(がちめんぶ 
 つ・・
 日夜、絶え間なく)となって、臨機応変(りんきおうへん)、泥まみれで衆生済度していることもある。
 さらには、忽然(こつぜん)として、廓然無聖(かくねん むしょう)の向上心を現わした、釈尊や、道を究 
 めた禅者達・・窺い知れない三千里も遠離(おんり)した所から超人的活動をなす場合もある。
 サア・ここに、そのような禅者に共鳴できる者がいるか、どうか。
 試みに挙す看よ。

*擧す。雲門、示衆して云く・・
 「薬病相治(やくびょうそうち)。盡大地(じんだいち)これ薬。
 那箇(なこ)か これ自己なるぞ」 

isuzen先生訳・解説
【本則】ある日、雲門文偃が、座下の求道者に・・
 「皆は、常識とか既定の約束とかに囚われて、迎合することに意義があると思い込んでいる。
 例えば、薬は病気を治すと決めているが、実は、病気が薬を治すのである。
 宇宙の森羅万象は、すべてこれ、薬そのもの。病は、この薬の悪用に他ならない。
 病気とは、人が薬を悪用する仕業なのだ。お前たちは今、宇宙の妙用に参画して、薬の役になっ 
 ているか・・それとも、病の役を努めているか・・どっちなのだ。答えて見よ」と迫った。

*盡大地(じんだいち)はこれ薬なるに、
 古今(ここん)、何としてか、はなはだ錯(あや)まれるや
 門を閉じて車を造(つく)らざれ。
 通途(つうと)は自(おの)ずから寥廓(りょうかく)なればなり。
 錯(あや)まれり。錯まれり。
 鼻孔(びくう)は遼天(りょうてん)なるも、また穿却(せんきゃく)せられん。

isuzen先生訳・解説
【頌】雲門は、宇宙すべての作用は、これ薬であると喝破(かっぱ)した(ソレ・・見抜いたぞ)
 これを、利得第一主義で生きている古今東西の欲深(よくふか猿=人間)は、自己中心的に考えて、軽率 
 な結論を出してしまう。
 (オイオイ・・そりゃ大変な間違い。大間違いだぞ)
 この間違いのもとは、常識とやらの世間体に拘泥するからだ。昔、中国の道幅は、車の轍(わだち)、両輪
 の幅まで杓子定規に策定されていたという。
 今どきの世間でいえば、どいつも規格(マニュアル化)されてしまった人間と、氾濫するスマホ文化に毒 
 された社会を言う。
 これを「禅者」に当てはめると「禅による生活」の大道は、寥廓(寥々廓々りょうりょうかくかく)実に 
 広大無辺なものである。
 道幅も、規制や規格サイズもあつたものではない。古今の人々は、自分の鼻は、天まで高いと思いこんで 
 いるが、雲門に自慢の鼻をひねられて半泣き顔になったのは・・どこのどいつだ。
(´・(ェ)・`)つ

132 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/05(土) 21:59:34 ID:1d4drIFg0
衆生が患うのは実は悟りに導く薬だというのじゃ。
祖師達も病に当たって臨済の喝に入ったのじゃ。
それが今も昔も変らぬ真実なのじゃ。
五十年来変らぬ喝なのじゃ。

133 避難民のマジレスさん :2020/12/06(日) 13:13:11 ID:ephB6SPw0
くま訳訂正
渇 → 喝

240
偶作   2/3
我唯有一息出入 我唯だ一息出入有り
日面月面志左右 日面ぐわち面左右を忘ず
釋迦老師大覺尊 釋迦老師大覺尊
祖病治得用牛乳 祖病のぢとく牛乳を用ふ 

くま訳
私はただ、一息一息が有るのみである。
千八百年生きようが、一日生きようが、志次第である。
釋迦や老師や大学尊も同じである。
祖病に徳があるのは、命がけで瞑想し、スジャータの乳粥を食してい悟りをひらいた釈迦のお陰なのだ。

* 日面仏、月面仏:おまけ 参
* スジャータの乳粥供養:は、釈迦が悟る直前に乳がゆを供養し命を救ったという娘である(乳粥供養)。
 釈迦の苦行放棄のきっかけとなった

おまけ:『碧巌録』第三則( 細川景一先生訳・解説)
 馬大師不安。院主問う、「和尚、近日尊候如何」。大師云く、「日面仏、月面仏」。
 「馬大師」とは、禅宗第八祖馬祖道一禅師(唐代の代表的禅僧。709〜788)のことです。「不安」 
 とは、病気になること、「院主」とは、寺務を主宰する役です。
 馬祖道一禅師が、あるとき病気になられます。病勢いよいよ悪化して、余命いくばくもないとき、寺の執 
 事があたふたと見舞いにかけつけます。「和尚、ご機嫌いかがですか」という問いに対して、馬祖は答え 
 ます。「日面仏、月面仏」と。
 「日面仏」とは、賢却千仏(現世において出世される千人の仏さまたち)の第五十八仏で、千八百歳とい 
 う寿命の長い仏さんです。「月面仏」とは、“がちめんぶつ”と読み、賢却千仏の第二百二仏に当たり、 
 一日一夜という寿命の短い仏さまです。
 馬祖は千八百歳まで生きる仏さまもあれば、一日一夜の仏さまもあるではないか、病気など気にするな、 
 「生きるもよし、死ぬるもよし」と、泰然自若として言いきったのです。
 病む時は、病むがよろしく候
 死ぬ時は、死ぬがよろしく候 (良寛和尚)
(´・(ェ)・`)つ

134 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/06(日) 21:54:59 ID:1d4drIFg0
もはや自我は無く一息一息の出入りがあるのみというのじゃ。
完全にサマーディに入っているのじゃ。
日月も左右も無いのじゃ。
お釈迦様も牛乳を用いて病を治したというのじゃ。

135 避難民のマジレスさん :2020/12/06(日) 22:27:40 ID:hslAgoC60
いつもありがとうであります。
釈迦が牛乳で病気を治したと言う話しは、どの経典にのってるのでありましょうか。
(´・(ェ)・`)b

136 避難民のマジレスさん :2020/12/07(月) 17:51:48 ID:Q/57jf6g0
くま訳改 
第2句、日月も左右もないのである。
第3句、釈迦も老師も大学尊も、
第 4句、牛乳を飲んで病、、治したのである。
(´・(ェ)・`)b

137 避難民のマジレスさん :2020/12/07(月) 18:50:01 ID:ZaLEVu0w0
241
偶作  3/3
室内閑吟一盞燈 室内の閑吟一さんの燈
自然無道箇詩僧 じねんに道無しこの一僧
愁人春興猶寒夜 愁人春興猶ほ寒夜
袖裡花牋梅蕚氷  愁人春興猶ほ寒夜

くま訳
室内で静かに詩歌を吟じる一燈の下
真理を説く道などなく、独り詩を詠む
風流人、春の興趣を詠う、まだ寒い夜である。
袖のなかに詩を書く為の美しい紙を持つ、梅のがくに氷つくような寒い夜である。

*閑吟:しずかに詩歌をくちずさむこと。
*盏(盞)(さん):1 小さな杯.2量詞 灯火・明かりの数を数える.一盞燈:おまけ 参
*自然(じねん):(1) おのずから,ひとりでに,(2) 事物の本性,仏教の真理,(3) 自然発生的な存在,
(4) 特別な原因がなく万物は自然に生成変化する (無因論) ,といったいろいろな意味に用いられる。
*愁人:① 悲しい心を抱いている人。なやみのある人。② もののあわれを解する人。風流人。詩人。文人。
*花箋・華箋(かせん):① (「箋」は料紙、手紙用の紙の意) 先方の手紙を敬っていう語。すぐれた書簡。
 ② 美しい料紙。花牋。
*萼(うてな):「花の台(うてな)」の意か〕花の萼(がく)花の最も外側に生じる器官。数個の萼片か 
 ら成り、多くは緑色。タンポポの冠毛は萼が変形したもの。 → 花被(かひ)"

おまけ:『碧巌録』第十七則【評唱】
 「後来、僧問う、如何なるか是れ室内一盞の灯。林云く、三人、亀を証して鼈と成す。又た問う、如何な 
 るか是れ衲衣下の事。林云く、臘月、火、山を焼くと。」
 後になって、ある僧が香林に尋ねた。
 「如何なるか是れ室内一盞の灯――部屋の中の一皿の灯明、これは何ですか」
  お互いの心の中の灯し火、お互いの生きておる命、これはいったい何ですか、と。すると香林が答えて、 
「三人、亀を証して鼈と成す――三人が皆な亀を呼んでスッポンだと言う」
  いろいろな人が説明するが皆ウソだ、説明してしまったら、亀がスッポンになってしまうゾ、と。説明 
  のできん生きておる命が、室内一盞の灯でなければならん。
  またある僧が問うた。
 「如何なるか是れ衲衣下の事――雲水の修行中の心得はいかがでございますか」
  それに香林が答えて、
  「臘月、火、山を焼く――暮れになると百姓が山に火をつけて草焼きをする」
  山を焼くことによって、来年の春、新しい立派な芽が出て来る。暮れに山を焼いておけば、来年の春、 
  素晴らしいワラビが採れるということだ。雲水をしておる間は、百姓が冬の山を焼くようにしっかりと
  苦労をして、煩悩妄想焼き尽くせ。雲水中に利口ぶったやつは駄目だ、馬鹿になって何もかも真箇焼き
  尽くした時に、将来、立派なワラビが生えて来て、皆がその山へ集まって来るのである。雲水中に功徳
  を積んでおかんと、将来、法は栄えんということだ。陰徳を積んでおかんといかん。
(´・(ェ)・`)つ

138 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/07(月) 20:59:53 ID:1d4drIFg0
>>135 スジャーターに乳粥をもらった時なのじゃ。
 苦行に囚われる病が治ったのじゃ。
 治らなければそのまま死ぬところだったのじゃ。

139 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/07(月) 21:06:43 ID:1d4drIFg0
部屋の中で明かりをつけて詩を詠むのじゃ。
自ずから道なき道を行く詩僧なのじゃ。
愁人には春でもなお夜は寒いのじゃ。
袖の中の花牋は氷った海蕚のようじゃ。

140 避難民のマジレスさん :2020/12/07(月) 21:42:00 ID:9WeB0o4g0
鬼和尚、ありがとうであります。
(´・(ェ)・`)b

141 避難民のマジレスさん :2020/12/08(火) 18:48:50 ID:ZQVqKKDE0
242    1/4
大慧武庫曰 有俗士投演出家   大慧武庫にいはく、「俗士有り、演を投じて出家し、
自曰捨縁 演曰 何請捨縁    自ら捨縁といふ。演いはく『何をか捨縁といふ』
士曰 有妻子捨之 請之捨縁   士いはく、『妻子有り之を捨つ、 之を捨縁といふ。』
演曰 我也有箇老婆還信否    演いはく、『我もまたこの老婆有り、還って信ずるや否や』
士黙然 演乃頌曰 我有箇老婆  士黙ぜんたり、演すなわちじゅしていはく、『我にこの老婆有り、
出世無人見 晝夜共一處     出世して人の見る無し、昼夜共に一処 
自然有方便 云云 余亦作頌記之 じねんに方便有り』うんぬん。」  余もまたじゅを作り之を記す。
     1/4
愛孫愛子對妻歌 そんを愛し子を愛し妻に対して歌う
滅却魔宮猶入魔 魔宮を滅却して猶ほ魔に入る、
貪着風流年少境 風流年少の境似貪着して
自然無一點漚和 じねんに一点のおうわなし

くま訳
大慧禅師が弟子に語った、こんな話がある。「見識の無い弟子入り希望者が、演禅師に身を捧げて出家し、
自ら捨縁して来ましたと言った。演禅師が尋ねた『何を捨縁と言うのかね』 
士が答えて言った、『妻子が有りましたが、捨てました』
演禅師が言った。「わしにも老いた母が有る。信じるかね』
士黙りこんでしまった。演禅師は詩文にして言った、『我に有一人の老婆有り、
わしが出家したので世話するもの無し、それで昼夜一緒に住んでいる、
人の本性として、自ずとなるべくしてなるための方便は有るのだ。云云 これを読んで、わしもまた、詩文
を作り示すのである。
         
孫子を愛し、妻に向かって歌う、
欲の魔宮は滅却したつもりだったが、なおもまた魔に魅入られているのである、
貪り執着しているのである風流な少女に、そんな境涯である。
自然にしていては、全く漚和(問題解決の方法)は機能しないのである。

*大慧宗杲1089-1163宋代の臨済宗の僧。諡は普覚禅師。仏日大師。
 真の禅法をめぐって曹洞宗に属した宏智正覚と、真の禅法をめぐって激しく対立した。宗杲は、公案を用
 いることによって言語による思考に大きな疑問を抱えつつ坐禅し、その疑問を打ち破ることにより悟りへ 
 と向かうという、臨済宗の禅法を正しいものと認めた。対立する正覚は、悟りという目標を設定すること 
 によって無明と悟りという二元論的構造が生じることを避けるために、坐禅すること自体が坐禅の目的で 
 あるような自己完結的な禅法の中で本来具有している仏性が顕れるとしたので、宗杲はこれを「黙照禅」
 と呼んで批判した。" "大慧武庫:宋朝禅林の逸話を集める。大慧が弟子たちに語ったもの
*俗士:世間並みの人。また、見識のないつまらない人。俗人。
*頌(しょう・すしょう・する・じゅ・ず)文体の一種。もと『詩経』の作品を風,雅,頌の3体に分けた
 一つで,周の宗廟の祭祀にあたって奏され,先祖の功徳をたたえる韻文であったが,のち一般に人や物事 
 をほめる内容の文章の一体をさすことになり,散文でも韻文でもつくられるようになった。
*自然:人為を離れて、法の本性としてそうなること。
*漚和:截流機指斷滅煩惱而得解脫;即以各種方便法而求絕對之解脫。Waheはサンスクリット語のupāya 
 (便宜)の音訳であり、閉鎖マシンとは、トラブルを解消して救済を得る、つまり、さまざまな便利な方
 法で絶対的な救済を求めることを意味する。
 18の詩 https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/567-n >>638 参
(´・(ェ)・`)つ

142 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/08(火) 21:57:19 ID:1d4drIFg0
孫を愛し、子を愛し、妻に対し詠うのじゃ。
それは魔を滅却してまた魔に入るようなものじゃ。
風流にも貪り執着するのは子供の境地なのじゃ。
そうなれば自然に苦に陥って何も出来なくなるのじゃ。

143 避難民のマジレスさん :2020/12/09(水) 17:50:21 ID:PfnRtg620
くま訳改
第3句、風流を貪り執着するのは子供の境地である。
第 4句、そんなことでは、苦に陥って何も解決しないのである。
(´・(ェ)・`)b

144 避難民のマジレスさん :2020/12/09(水) 18:52:18 ID:Nev.XIZs0
243    2/4
有僧眼白在妻青 僧にありてはまなこ白く妻に有っては青し
對客唯言我薄情 かくに対して唯だ言ふ我れ薄情と
花前酌盡一樽酒 か前にくみ尽くす一そんの酒
半醉夜深猶半醒 半酔夜ふけて猶ほ半醒

くま訳
僧に対しては、視線をそらして相手にせず、妻とはしっかり向き合う、
客にはただ。わしは薄情なのだと言う、
花見酒で、一樽飲み干した
半酔ので更けたが、まだ、しっかりしてるんじゃい。

*おまけ:青眼白眼:晋書・巻四十九・阮籍伝
 籍又能為青白眼、 籍、又 能く青白眼を為し、
 見禮俗之士、   禮俗の士に見(まみ)ゆるに、 
 以白眼對之。   白眼を以に對す。
 
 紀 頌之先生訳・解
 阮籍は、青(黒)目と白目を使い分ける事ができ、
 礼儀作法にとらわれている俗人と会う時には、
 白目をむいて向かい合った。
 白眼とは、視線をそらす、ということ
 
 まともに目をあわせると、黒目がしっかりと見える。これが青眼で、顔はむけけてても視線をそらせると
,4相手に自分の白目を多くみせることになる。これが白眼である。視線をそらすとか相手の目をちゃんと
みないというのは、不誠実のあらわれ
 つまり、阮籍は世俗人には実に自由奔放に、気の無い冷たい態度で接するということで自分の意思を示し 
 たのである。
(´・(ェ)・`)つ

145 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/09(水) 21:49:20 ID:1d4drIFg0
もはや僧には白目で逢い、妻には愛想が善いというのじゃ。
それを聞いた客はわしが薄情というのじゃ。
花を前に。一樽の酒を飲む干すのじゃ。
半分酔って夜更けてまだ半醒なのじゃ。

146 避難民のマジレスさん :2020/12/10(木) 18:35:12 ID:bIDx.y1I0
一休さん、泥酔しているようであります。
244    3/4
醉郷藁屋我家山 酔郷かう屋我がか山
燭影三更對玉顔 燭影三更玉顔の対す
夜雨無愁歌吹海 夜雨愁無し歌すい海
姮娥須是堕人間 ごうがは須らく是れ人間に堕すべし

くま訳
酔ってご機嫌なら、わらぶき屋根の我山の家も別天地である。
燭台に照らされ、深夜、美人の顔を見ている。
夜雨も愁い無いのが、遊里なのだ。
不死の薬を盗んで月に逃げ、ヒキガエルになった美人の仙女よ、人間界に皆戻って来い。

*酔郷:王績「酔郷記」酒を飲んだときの心地よい気分を別天地にたとえた語。
*藁屋(ワラヤ、・こうや):わら屋根の家。また、粗末な家。長男ブーの家
*三更:五更の第三。およそ現在の午後11時または午前零時からの2時間をいう。子 (ね) の刻。丙夜  
 (へいや) 。
*歌吹海(カスイカイ):歌舞または遊興の盛んな場所。遊里。
*姮娥(コウガ・ごうが):西王母の仙薬を盗んで月へ逃げたという「淮南子(えなんじ)」覧冥訓に見える
 女の名から》月の異称。嫦娥(じょうが)。蟾蜍(ヒキガエル)[1]になったと伝えられる(嫦娥奔月)。
(´・(ェ)・`)つ

147 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/10(木) 21:48:11 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
今のキャバクラみたいなところに行ったのじゃな。
美人と飲んでこれは月に行った嫦娥が人間界に落ちてきたのかというのじゃ。
楽しいようじゃ。

148 避難民のマジレスさん :2020/12/11(金) 19:46:35 ID:J6INucMs0
245   4/4
観法看経眞作家 観法看きん眞の作家
黄衣棒喝木床斜 黄え棒喝もく床斜なり
蠚苴元是我家業 らそ元これ我が家の業
女色多情加勇也 女色多情加男色を加ふ

くま訳
瞑想実践、経の黙読を行うのが真の禅僧である。
黄衣をまとい、棒喝を駆使する。禅堂の床は斜めでもよいのだ、
荒々しいのは、禅宗の業である。
女色、多情、に男色まで加わてしまった。・・・

*観法(かんぽう):真理と現象を心のなかで観察し念じる瞑想の実践修行法のこと。
*看経(かんきん):。経典を黙読すること
*蠚苴(らそ):放胆。荒々しい。171 235の詩参

うむ。この四連で何を言いたかったかと云うと、我が欲情を解決してくれる漚和(オウワ)などという、万
能な解決法などはなく、わしは相変わらず魔に魅入られたままであるが、ありのまの自分を観ることが、悟
りの境地につながるのだ・・・と、いう様なことでありまあようか?
(´・(ェ)・`)つ

149 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/11(金) 23:07:23 ID:1d4drIFg0
女色多情にも勇を加えるじゃな。
勇気を出して厭離するというような意味じゃな。
それで全体の意味が通じるのじゃ。

150 避難民のマジレスさん :2020/12/12(土) 10:28:01 ID:yBAO6tJo0
原文は↓②③を参考にして、読み下し文は①を参考にしてるのであります。
ここは、鬼和尚解説の通り解釈しないと、意味が通じないでありますね。
①國譯禪學大成(二松堂書店・昭和5年)・・・男色
②狂雲集(寛永壬午孟春吉旦 西村又左衛門新刊)・・・勇色 
③狂雲集(民友社・明治42年)・・・勇也    

くま訳改
第4句、女色多情にも勇気を出して厭離するのだ。

246
相國寺沙喝騒動 相國寺しゃかつ騒動
元來長久萬年山 元來長久萬年ざん
葉戦松杉風外聞 葉そよぐ松さん風外の間
済北蔭涼宗風滅 済北の陰涼宗風滅す
白拈手段活機関 びゃくねん手段活機関

くま訳
相國寺沙喝(禅寺の給仕係の少年)騒動・・・何か世間を騒がせた騒動があったのでありましょうか?
元來、長寿の御利益があるといわれれ、萬年山と号す。
葉がそよぐ松杉、街の喧騒から離れたところにあるのだ。
済北庵の虎関禅師の宗風は滅してしまった。
白昼堂々、気づかれぬうちに、虎関禅師は禅師の活策略を発揮していたのだ。

*相國寺:臨済宗相国寺派の大本山。山号は万年山。開創は1383年、開基は足利義満、師の夢窓疎石が第1 
 世。京都五山の第二位。
*沙喝(しゃかつ)沙弥喝食(しゃみかつしき)の略:禅宗の寺院で、食事の時に食物の名を唱え、給仕を
 する少年。沙喝(しやかつ)。喝食(かつしき)。
*済北:虎関の庵の名称。『済北集』とは、虎関師錬が著したもので全20巻からなる。五山文学(鎌倉時
 代末期から室町時代にかけて禅宗寺院で行われた漢文学)の一つ。
*虎関師錬(こかんしれん1278-1346)諡号 本覚国師、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての臨済宗の僧。
 漢詩・漢文に優れ、五山文学の代表者の一人である。白河済北庵で『元亨釈書』を著した。
*陰涼(いんりょう): 物陰になっていて涼しいこと。
*白拈賊:碧眼録に雪峰禅師が、臨済禅師を「大いに白拈賊に似たり」と評するくだりあり。白昼に堂々と 
 仕事をする盗賊のこと。昼間でも人目につくことなく巧みに盗みをはたらくほど機敏な者、つまり相対し 
 ているヒトが気づかないうちにスッと迷いや煩悩を吸い取ってくれる導師だと評している
*活作略:作略は師家が弟子を導くために用いる方法は、手段のこと。いきいきとした適切な手段。
(´・(ェ)・`)つ

151 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/12(土) 23:48:38 ID:1d4drIFg0
小坊主が騒がしかったのじゃな。
今も昔も子供は騒がしいものじゃ。
むしろ活気があると言えるのじゃ。
活気の有る善い寺というのじゃな。

152 避難民のマジレスさん :2020/12/13(日) 13:56:13 ID:YjUB.3ns0
ふむふむ。
小坊主が騒がしい→活気の有る善い寺と、読み解けばよいのでありますね。

247
題白樂天像   白楽天の肖像画と題して    
勲業名高白樂天 勲業名高し白樂天
自然流樂絶塵縁 自ねん流樂してじん縁を絶す 叢林こころざしを失す山林のともがら
叢林失志山林輩 叢林こころざしを失す山林のともがら
莫訝雙林寺裡禪 訝るなかれ双林寺りの禪

くま訳
詩の功績を以て名高い白楽天
自然の流れを楽しみ、俗世間から離れる。
禅宗五山叢林派の寺院は志を失ってしまい、山林派と同類になってしまった。
不審に思ってはいけない、公案禅を取り入れた曹洞宗の双林寺における禅を。

*勲業:国家や君主に尽くす働き、仕事。功業。絶塵(読み)ゼツジン
*絶塵:1 俗世間から離れること。絶俗。
*叢林:禅林:禅宗寺院のこと。中世以後の五山制度及びそれに所属していた寺院を一括した総称としても 
 用いられている。
*山林派・林下(りんげ、りんか]);中世以降の臨済宗を中心とする禅寺のうち、在野の寺院を指す呼称 
 である。京都において五山十刹など幕府の庇護と統制下にあった「禅林」または「叢林」の一派に対し、 
 林下は座禅修行に専心する厳しい禅風を特色としている。代表的な林下の寺院としては臨済宗大応派の大 
 徳寺や妙心寺が挙げられる。
*雙林寺 (群馬県渋川市) 1444年 -1452年)、州正伊が開創した寺 一休さん56歳頃
 ↑、くま調べ通りだとすると、京都から遠く離れた群馬の最新情報であります。一休の會裡徒の中には
 曹洞宗の人もいたそうなので、この一件には一休さんが一枚かんでるのかもしれぬと、愚考し 
 てみたである。
*ところで、白楽天は、どのように関連するのか。
 融通無碍な白楽天の生き様が、禅の存亡にかかわる事態に対して、是々非々で臨もうとする一休さんの心 
 情にマッチしたのかなと、これまた、愚考してみたのである。
(´・(ェ)・`)つ

153 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/13(日) 23:40:39 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
林に掛けたのじゃな。
曹洞宗に負けるなというのじゃな。
洒落なのじゃ。

154 避難民のマジレスさん :2020/12/14(月) 18:37:59 ID:NxgCcdWQ0
一休さんの歴史認識
248    1/2
冬夜螢火 
和州紀宗両國際 和州紀州両國のあひだ
山野充満    山野に充満す 
因禪詩二章   因つて禪詩二章  
以祝之云    以て之を祝すと云ふ
    
螢火争陽智與愚 螢火陽を争ふ智と愚と
衆生定業佛難扶 衆生のぢゃう業佛もたすけ難し
一天星斗皆朝北 一天の星斗皆北に朝す
帝業南方一點無 帝業南方一點も無し

くま訳
冬の夜の螢火(のように、あっというまに消える争乱の火種)が 
朝廷と紀州の国境では、
山野に充満していた。 
因って、禪詩二章を作り 
以って祝いを云うのである
    
螢火が明るさを争う、智と愚と
衆生の前世から定まっている善悪の業報は仏にも救えない。
天空の北斗星は明け方には北空に消え去るのである。正統性の無い北朝は消え去る運命である。
南朝の統治の正当性には一点のくもりもないのである。

*和州:大和国の別称
*紀州:古事記・神武天皇が大和に入る時に紀伊熊野を通った。奈良盆地を地盤とするヤマト王権から知ら
 れた国であった。平安時代後期に熊野三山が成立し、熊野古道が整備され熊野詣が流行った。紀三井寺、 
 空海の高野山金剛峯寺、道成寺、根来寺など大寺大社が紀州の地に建てられた。
 熊野別当家を総帥とする熊野水軍が発達し勢力を伸ばした。源氏方として源平合戦(治承・寿永の乱)に 
 も関与した。
 戦国時代には、ルイス・フロイスが「四つ五つの共和国的な存在があり、いかなる権力者もそれを滅ぼす 
 ことができなかったと述べている通り、雑賀衆に代表される国人衆や寺社勢力が割拠する状態が続いた。
 紀伊の割拠状態は1585年(天正13)の羽柴秀吉による紀州征伐によって終焉した。
*陽:1 易学で、陰に対置されて、積極的、能動的であるとされるもの。2 表から目に見えるところ。う
 わべ。3 日の照らすこと。明るいこと。また、そのような所。
*定業(ジョウゴウ):1 前世から定まっている善悪の業報。2 座禅によって精神を集中し、仏を観ずる 
 こと。
*北斗:「斗」は北斗星など天の南北にある星座の名。星辰(せいしん)。
*帝業:天子が国を統治する事業。
(´・(ェ)・`)つ

155 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/14(月) 22:38:14 ID:1d4drIFg0
智慧者と愚者の違いは蛍の火が太陽と比べられるようなものというのじゃ。
衆生が自ら悪業を作れば仏といえども救えないのじゃ。
全ての者が北朝になり、南朝にいくものは一人もいないのじゃ。
南北朝に喩えて今の世を嘆いているのじゃな。

156 避難民のマジレスさん :2020/12/15(火) 18:13:18 ID:PVzkRgUY0
一休さんの現状認識。智者は歴史から学ぶのでありますね。
249    2/2
満山蛍火諸人看 満山の蛍火諸人看る
凶事南方也太難 凶事南方またはなはだ難
可憐貴賎共自滅 憐れむべし貴賎共に自ら滅するを
廢北秋風冬夜寒 廃北の秋風冬夜寒し

くま訳
南北朝時代においては、福岡県宝満山においても、戦乱の火を人々は見た。
不幸な出来事が南方で起り、なかなか解決しないのである。
貴族も平民も皆ともに自滅したのである。
そして今や、
南朝の重臣北畠親房の子孫が伊勢国司となって南伊勢に勢力を誇り、北伊勢を治める幕府守護と対立してい
たが、終に、1441年、伊勢国守護も兼ね、幕府軍を事実上屈服させたのである。
廃れた現政は秋風が吹き、寒い冬の夜を迎えようとしているのである。

*南北朝時代 1336〜1392 57年間
*南朝または吉野朝廷:南北朝時代に京都以南の大和国の吉野を本拠とした大覚寺統の後醍醐天皇に属する 
 朝廷。叙位や元号の制定など政権としての機能を有した。
*北朝:南北朝時代に、足利氏を頂点に、全国の多くの武士、及び大多数の公家が支持した持明院統の朝廷 
*紀州の南北:室町幕府成立後も、南朝の重臣北畠親房の子孫が伊勢国司となって南伊勢に勢力を誇り、北 
 伊勢を治める幕府守護と対立した。5代国司(伊勢北畠家としては4代)北畠教具の代に幕府と和睦し、 
 伊勢守護も兼ねるようになった。北畠教具:5代。嘉吉元年(1441年)任官。伊勢国守護も兼ねる
*宝満山は大宰府北東。古くからの信仰の山として知られる。『扶桑略記』に延暦22年(803)、最澄が渡 
 海の平安を祈るため、太宰府竈門山寺に薬師仏を造ったとみえる。修験道と結合して英彦山の胎蔵界に対
 し、金剛界の行場として、修験の山となった。筑前の守護武藤少弐氏が山中に城を構築し、南北朝の争乱 
 の舞台ともなった。
*六郷満山:大分県国東半島一帯にある寺院群の総称である。独特の山岳宗教文化が栄えた
*応仁の乱:1467年、一休さん74歳 6月、
(´・(ェ)・`)つ

157 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/15(火) 21:58:26 ID:1d4drIFg0
また戦乱が起ころうとしているのじゃ。
南方から凶事が来るというのじゃ。
帰属も庶民も自滅なのじゃ。
北朝の末も廃されて冬の夜空に寒風がとくのみなのじゃ。

158 避難民のマジレスさん :2020/12/16(水) 20:47:22 ID:CD61wBH20
255
嘲文章  1/2  文章をあざける
人具畜生牛馬愚 人はそなふ畜生牛馬の愚
詩文元地獄工夫 詩文は元地獄の工夫
我慢邪慢情識苦 我慢邪慢情識の苦
可嘆波旬親得途 たんすべし波旬親しく途をうることを

蔭木英雄先生訳・解説
(牛は牛、馬は馬のままで至道無難なのだが)人間というものは(それに気付かず)畜生の牛馬の愚かさを
持っておる  
詩文はもともと地獄行きの工夫なのじゃ
我慢や邪慢の心で(詩を作って)情欲や分別的知識に苦しんで  
悪魔につけこまれるとは嘆かわしい事じゃ

一休にとり詩作は地獄入りの片道切符であり、本来否定さるべきものであった。結句は、『碧巌録』九十七
の、”伎禰既に無ければ、波旬途を失う”(清い透明な心を持っていて、情欲や知識の働きをとめると、悪
魔も誘惑のしようがない)の裏返しなのである。しかも一休は、”狂雲は大徳下の波旬”と、自分を大徳寺
門下の悪魔であると自認している。従って結句は、一休自身が詩魔にほかならず、その自己を嘲りつつ苦し
んでいると解釈出来よう。
中国の詩論書『詩品』の冒頭は、人の感性は外物からの刺激に反応して、そこから詩が生じることを述べる。
室町時代の気が物情を動かし、室町禅林の乱れた景物が一休の歴史的心情を揺り蕩かして、一見、抜舌罪や
不邪淫戒を犯すような罵署の偈や、耽色の詩が生まれたのであった。西脇順三郎が、詩人は詩作することに
よって、自分の脳髄の心理的調整をはかろうとする。あるいはまた心理的体操をやって脳髄の健康と安定を
保とうとする。        
と述べているのは、詩人一休の心情に部分的にあてはまる。

くま訳
人は、畜生牛馬の愚かさを備えてているのである。
地獄の欲界における工夫なのである。  
我に執着して拠り所とし、徳がないのに、あるといって昂ぶる、迷情による心の働きにより苦しむのである。
自分から進んで悪魔に付入る途を与えるとは、嘆かわしいことである。
(´・(ェ)・`)つ

159 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/16(水) 21:37:17 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
人は畜生と同じくらい愚かだというのじゃ。
それが詩文でもっと苦しむというのじゃ。
慢心が起こるからなのじゃ。
魔と共に歩む道なのじゃ。
自省の詩じゃな。

160 避難民のマジレスさん :2020/12/17(木) 20:24:40 ID:B8f1YkOs0
250
蛙       あ
慣釣鯨鯢笑一塲 けいげいを釣るに慣れてわらひ一場 
泥沙碾歩太忙忙 泥沙に歩をきしりてはなはだ忙忙
可憐井底称尊大 あわれむべしせい底に尊大と称す
天下衲僧皆子陽 天下の衲僧皆しやう

カエル
鯨釣りに慣れて、お笑いの一席である。
小者の奴らが、うるさく寄って来て、せわしないのである。
憐れむべきは、井戸の中で我尊しと称していることである。
天下の禅僧は皆、力量無いのに、天下を取ったつもりになり、やがて滅ぼされる運命の子陽のような奴らである。

*鯨鯢(けいげい):「鯨」は雄鯨「鯢」は雌鯨
*一場:①一つの場所。ある場所。②その場限り。わずかの間。③ひとまとまり。一席。
*泥砂・泥沙(でいしゃ):どろとすな。また、価値のないもののたとえ。でいさ
*碾(きしりて・テキスト読み)、ひく/うすでひく/うす/ひきうす/いしうす
 きし・る軋る/轢る/輾る 1 堅い物が強くすれ合って音を立てる。きしむ。2 すれ合わんばかりに近 
 づける。3 かじる。かむ。
*忙忙(セワセワ):せわしくて落ち着かないさま。せかせか。
*子陽:公孫述・前漢・後漢交代期の軍閥の一人。字(あざな)は子陽。蜀郡太守となり、その地の豊かさを
 頼りに自立して、まず、蜀王と称し成都に都を置いた。ついで劉秀(光武帝)が帝位についた年、天子を
 称して成家(成王朝の意)を建てた。10余年にわたり後漢と対抗したが、内政にみるべきものはなくや
 がて、破られて、一族とともに滅亡した。
(´・(ェ)・`)つ

161 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/17(木) 23:01:00 ID:1d4drIFg0
そのような感じじゃな。
戦乱の前から仏教の諸流派はかなりの権力をもっていたのじゃ。
後の一向一揆のように国も左右するほどの権勢だったのじゃ。
そのような僧は笑うべきものというのじゃ。
どんなに尊大に成ってもいずれは滅ぼされる定めというのじゃ。

162 避難民のマジレスさん :2020/12/17(木) 23:02:22 ID:j2hGh5Q20
一つ抜けてしまったのである。

256
嘲文章   2/2
傑作詩文金玉聲 傑作の詩文、金玉の声
言言句句詩人驚 ごんごん句句諸人驚く
閻魔王豈雅頌妙 閻王豈に雅じゅの妙う許さんや
銕棒可恐鬼眼睛  鉄棒恐るべし鬼眼睛

くま訳
傑作の詩文、美しい声
一言一句が詩人の心を揺り動かす
閻魔大王がどうして雅な詩文の妙味を許すことがあろうか
獄卒の鉄棒恐るべし、閻魔様には鋭い洞察眼があるのだ。

*金玉の声(きんぎょくのこえ):美しい声。また、すばらしい辞句。賞賛すべき物事。
(´・(ェ)・`)つ

163 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/18(金) 21:59:03 ID:1d4drIFg0
人々を驚かす美しい詩も閻魔の前には無意味というのじゃ。
悪事をすればどんなに美しい詩歌を作れても地獄行きなのじゃ。
自分のしたことの報いが死後に現われるのじゃ。
どんどん善事を積むと善いのじゃ。

164 避難民のマジレスさん :2020/12/19(土) 00:24:39 ID:QdkMQi020
くま訳改
傑作の詩文や美しい声、
一言一句が人々の心を揺り動かすが、
閻魔大王には、雅な詩文の妙味は通用しないのである。 
獄卒の鉄棒恐るべし、閻魔様には鋭い洞察眼があるのだ。
(´・(ェ)・`)b

165 避難民のマジレスさん :2020/12/19(土) 14:03:14 ID:7eWkIgMw0
257
普明國師破百丈大智禪師法 普みょう國師百丈大智禪師の法を破る
破夏文殊宗旨勲 夏を破す文殊宗旨の勲
衲僧三昧似商君 衲僧の三昧商君に似たり
祖師大用現前境 祖師大ゆう現前の境
南嶽巫山一片雲 南がく巫山一片の雲

くま訳
普明國師が住持をつとめる相国寺は、百丈山を模して建立された建仁寺より高い格付けを、足利義満からも
らった。(ことにより、普明が百丈の法を打ち破った・・・わけではなかろう)
夏安居で文殊菩薩が宗旨において、大迦葉を打ち破ったようなものだ。
禅僧が三昧に入れば、政治家・軍人・思想家として秦の礎を築いた商君のような、働きをする。
祖師のおおいなるはたらきが、まさに現れた境涯であろう。(商君は最後には政敵に滅ぼされたが)
百丈の師であった南嶽懐譲禅師の夢に、一片の雲が流れてきた(が、直に消え去るだろう)

*知覚普明国師(諡号しごう・おくり名):春屋 妙葩(しゅんおく みょうは、1312-1388臨済宗相国寺の
 第二世・事実上の開山国師。五山文化の発展に寄与した。師 夢窓疎石の法嗣(1345)室町幕府に対して 
 五山第一の南禅寺(臨済宗)の楼門新築を提言。園城寺(天台寺門宗総本山)、比叡山(天台宗の総本山
 延暦寺)との紛争は政治問題に発展する。管領の細川頼之と対立して隠棲する。1379年頼之が失脚した
 後に入京し、南禅寺住職として復帰する。妙葩は頼之が失脚する直前に丹後を出立しており、政変への関
 与も考えられている。3代将軍足利義満の帰依を受け、初代の僧録となる。同年、義満の要請により全国
 の禅寺を統括。義満は相国寺を創建すると、師の夢窓疎石を開山始祖とし、妙葩は第二世住持となった。
 五山十刹制度を作り五山派を興した。五山文化の発展に寄与した。また多くの弟子を育て、彼らは日明貿 
 易を行う際に幕府の外交顧問となった。
*建仁寺:臨済宗建仁寺派の総本山は、栄西(ようさい)禅師により1202に創建された、百丈山を模して
 建立された。足利義満によって五山の第三位とされた。
*百丈懐海(ひゃくじょう えかい、749- 814唐代。諡は大智禅師。馬祖道一の法を継ぐ。
*南嶽懐譲(なんがく かいじょう、677- 744唐。大慧禅師 弟子 馬祖道一
*大用現前(だいゆうげんぜん):大いなる作用・はたらきが自由自在に現われること。
*商 鞅(しょう おう、紀元前390- 紀元前338)は、戦国時代の秦国の政治家・将軍・法家・兵家。
 商鞅とは、後に秦の商・於に封じられたため商君鞅という意味の尊称である。法家思想を基に秦の国政改 
 革を進め、後の秦の天下統一の礎を築いたが、性急な改革から自身は周囲の恨みを買い、逃亡・挙兵する 
 も秦軍に攻められ戦死した。
(´・(ェ)・`)つ

166 避難民のマジレスさん :2020/12/19(土) 14:08:17 ID:7eWkIgMw0
おまけ:正法眼蔵 75巻本72安居 石井恭二先生
世尊は一つの所で、九旬安居されたが、最後の日になって、文殊が突然やって来て、法会に参じた。
大迦葉、文殊に問うた、「この夏は何処で安居したのか」。
文殊は云った、「今夏は三つの所で安居した」。
大迦葉は、これを聞いて大衆を集め槌を撃って文殊を追い払おうとした。まさに犍槌(けんつい)を挙げよ
うとしたとき、たちまち数知れず多くの寺院が表れて、その一寺ごとに一人の文殊があり、一人一人の大迦
葉があって、槌を挙げて文殊を追い払おうとしているのが見えた。
 世尊はそこで大迦葉に告げて云われた、「お前は今、どの文殊を追い払おうとしているのか」。
 そのとき大迦葉は茫然とするばかりであった。
 (39)園悟禪氏は拈古に云った、「鐘は撃たなければ響くことはない。鼓は打たなければ鳴ることはない。
 大迦葉がいま大切な涅槃に到る渡し場を占めれば、そのとき文殊は十方に坐った。その当時の仏道が顕現 
 した好場面である。惜しむべきは、一手も下さなかったことだ。釈迦老子がどの文殊を追い払おうとする
 のかと云うのを待って、一撃を与えてみればよいではないか、他にどんな収拾の仕方があるのか」。

 園悟禅師は頌古に云っている、
 大象は兎径に遊ばず、
 燕雀安んぞ鴻鵠を知らん
 令に拠ること宛ら風を成すが如し、
 破的し渾(す)べて鏃を囓するがごとし。
 遍界是れ文殊、
 遍界是れ迦葉、
 相対して各儼然たり。
 挙椎何れの処か罰せん好一箚、
 金色の頭陀曾て落却せり。
 
 大象は兎の小径では遊ばない、、
 燕雀はどうして大鵬を知ることがあろう。
 規則に拠りながら宛かも風を成すように自然である、
 的を射れば鏃(ぞく)がすべて命中するが如きである。
 世界に遍く文殊が出現し、
 世界に遍く迦葉が出現し、
 しかも相対してそれぞれは厳然としている。
 椎を挙げて何処に振り下ろして罰しようとするのか、これは好い見物だ、
 大迦葉はそのとき槌をとり落したのだ。、
 
*商 鞅(しょう おう、紀元前390- 紀元前338)は、戦国時代の秦国の政治家・将軍・法家・兵家。
 商鞅とは、後に秦の商・於に封じられたため商君鞅という意味の尊称である。法家思想を基に秦の国政改 
 革を進め、後の秦の天下統一の礎を築いたが、性急な改革から自身は周囲の恨みを買い、逃亡・挙兵する 
 も秦軍に攻められ戦死した。"
(´・(ェ)・`)b

167 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/19(土) 23:25:43 ID:1d4drIFg0
応仁の乱の前には既に仏教諸派の騒乱があったのじゃ。
それが既に国が敗れる兆しであったというのじゃな。
先師の法を破るのは迦葉が文殊菩薩を破るようなものだというのじゃ。
そのような僧の三昧は国事で自ら身を滅ぼした商君のようなものじゃ。
祖師の法はそのような小事にかかわず悟りという大いなる用法を現前するものじゃ。
国も身も敗れれば国事による一時の栄光は山にかかる一片の雲の如しなのじゃ。

168 避難民のマジレスさん :2020/12/20(日) 06:12:49 ID:3uawh5ng0

くま訳全面改
第1句、先師の法を破るのは迦葉が文殊菩薩を破るようなものである。
第2句、そのような僧の三昧は国事で自ら身を滅ぼした商君のようなものである。
第3句、祖師の法はそのような小事にかかわず悟りという大いなる用法を現前するものなのだ。
第 4句、国事による一時の栄光は山にかかる一片の雲の如しなのである。
(´・(ェ)・`)b

169 避難民のマジレスさん :2020/12/20(日) 15:46:30 ID:Zqpiuruw0
258
敬上天子堦下 二首 1/2 敬って天子の堦下にのぼる 二首 1/2
財寶米銭朝敵基 財宝米銭朝敵のもとゐ
風流兒女莫相思 風流兒女あい思ふこと莫れ
扶桑國裡安危苦 扶桑國裡の安危の苦
傍有忠臣心亂絲 かたわらに忠臣心有りて心しを乱す

宇野 直人先生訳・解説
敬んで天子の堦下に登る二首  日野富子を批判した詩
財宝や米 金銭が朝敵のよりどころ
ふしだらな女に思いを向けてはならない
日本は今 滅びるかどうかのの正念場
傍に忠臣(自分の事)がいて、心を砕いています

応仁の乱は最終段階。日野富子が金銭を使って色々と政治工作をやっている頃。日野富子はとかく政治に介
入し、米相場の操作、高利貸、収賄など蓄財に奔走していた。その様な日野富子を批判し、天皇へは忠臣の
私が付いていますとのメッセ-ジ。

・日野富子:室町幕府八代将軍足利義政夫人。実子義尚を将軍継嗣に立てようとして、応仁の乱の端緒を
作った。悪女のイメ-ジ。

くま訳
金銭、食料が朝敵の拠り所であります。
風流な女子供と思いあっている場合ではないであいます。
日本國存亡の危機であります。
忠臣一休が、傍らに控えてるであります。
(´・(ェ)・`)つ

170 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/20(日) 23:36:08 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
幕府の者が私財を儲けようとするのは、民の財を取り上げることに成るからいかんのじゃ。
そうであるから財宝米銭は朝敵の基なのじゃ。
それも権力者が好いた女子に権力を与えるという出鱈目をしているからそうなるのじゃ。
国が傾く時忠臣は心を痛めるのじゃ。

171 避難民のマジレスさん :2020/12/21(月) 17:30:58 ID:gkLEI3Co0
259    2/2
乾坤海内起烟塵 乾坤海だい煙塵起る
昨夜東風逼四隣 昨夜東風四隣にせまる
禍復美人身上事 わざわひは復す美人身上のじ
榮華可悔馬嵬春 榮華悔うべし馬かいの春

くま訳
国内全土に戦火が起こり、
昨夜京都は東から攻め入れられ、取り囲まれた
禍は繰り返し、美人の身のうえにふりかかる
栄華を誇ったことを悔いるべきでありましょう。楊貴妃が、愛する武帝の命令で殺害された春である。

*烟塵:煙塵
(´・(ェ)・`)つ

172 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/21(月) 21:59:13 ID:1d4drIFg0
乱世が来ようとしているのじゃ。
もはや戦がはじまるのじゃ。
自分は大丈夫とか思っているものにも災いは来るのじゃ。
それも今までの栄華が招いたことなのじゃ。
悔いてももはや遅いのじゃ。

173 避難民のマジレスさん :2020/12/22(火) 20:32:10 ID:xpD5ITNM0
260
題江口美人勾欄曲 かうこう美人こうらんの曲に題す
見色聞聲吟興長  見識聞声吟興長し
明心悟道没商量  明心悟道もつ商量
愁人不識普賢境  愁人はしらず普賢の境
歌吹樽前総断腸  そん前にかすいしてすべて断腸

第四句:柳田聖山先生訳[樽が歌うて、腸しぼる]
    平野宗浄先生訳[ただ酒樽を前にしての眼や歌えの遊興三昧。そのあとはすべて断腸の思いをする 
    だけである]

中西明子先生訳
第三句:煩悩を捨てきれぬ我が身をただ悲しむ者には普賢菩薩があらわれるに至る境涯がわからない
第四句:遊びに興じ酒樽の前で私は、言い切れぬ悲しみとこの上もない悦びを抱く

くま訳
謡曲『江口』の遊里から聞える曲と題して
自然の音を聞き、花を見て詩興がのり、いつまでも吟じていたい。
ありのままの心を明らめるのだ。悟りに至る道は無分別の道である。
煩悩を愁う人は、悟りを求める思い極まり、普賢菩薩があらわれる境涯を知ることはないのである。
酒樽の前で、歌い、演奏する、何もかも全てのことに興がのり愉快なのだ。

*江口美人:神崎川が淀川から分岐する場所で摂津国江口の娼家にいる遊女。江口:は日本最古の遊里
*勾欄:遊女屋
*見識聞聲 明心悟道:(聞声悟道 見色明心・碧眼録78)香厳が小石の竹にぶつかる音を聞いて悟ったこ 
 とと、霊雲が、満開の桃の花を見て悟ったこと。
*没商量:思慮分別をさしはさむ余地のないことで、その思いはかり難さをいう
*愁人:詩を吟じる者、または学者
*普賢:文殊と共に釈迦如来の二脇士をつとめ、文殊が仏の智・慧・証の徳を代表するのに対し、普賢は仏 
 の理・定・行の徳を代表する。
*普賢境:悟りを求める仏道を行おうとする心即ち菩提心を究め、普賢菩薩があらわれるに至る境涯
*断腸:①はらわたがちぎれるような切実な悲しみや思いにせめられること、②わらってお腹が痛くなるほ 
 ど愉快であること
(´・(ェ)・`)つ

174 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/22(火) 23:47:05 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
悟りの道があれば歌舞音曲も分別を没し心を明らかにすることができるというのじゃ。
それを愁える者は普賢菩薩の境地をしらんのじゃ。
普賢菩薩も鈴

175 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/22(火) 23:48:06 ID:1d4drIFg0
をもったりしているからなのじゃ。
歌って踊って酒樽の前で憂いを忘れるのじゃ。

176 避難民のマジレスさん :2020/12/23(水) 18:15:42 ID:gsJwLQD20
『風流』とは、ありのまま
261
見桃花圖    桃花を見る図
見處風流悟道心 見処風流悟道の心
桃花一朶價千金 桃花の一だ値千金
瑤池王母春風面 えうちの王母春風のおもて
我約愁人雲雨吟 我れは約す愁じん雲雨の吟

くま訳
わしの悟境についての見解は、風流即ち、心にうつり行くありのままこそが悟道心ということである。
桃花一枝は値千金である。霊雲は桃の花を見て悟ったと云うではないか、
天界の女神(蟠桃園の主人)も、春風に誘われ、華やいだ面持である。
わしは、女神と逢瀬の約束をして、情交の詩を吟じるのだ。


*見処・見解(見毛):修行者が師家の室内で呈する自己の悟境の表現。公案への見方、解答でもある。簡潔 
 な言葉や動作で示される。理論にわたらぬことが大切である。見処ともいう。
*瑤池(ようち):崑崙(こんろん)山中にあり神仙が住むという伝説上の池。周の穆王(ぼくおう)が西方を
 旅行し、この池のほとりで西王母に会ったと伝えられる
*王母・西王母(せいおうぼ、さいおうぼ):女仙、女神。俗称の王母娘娘、西王母とは、西方にある崑崙 
 山上の天界を統べる女性の尊称である。天界にある瑶池と蟠桃園の女主人でもあり、すべての女仙を支配
 する最上位の女神
(´・(ェ)・`)つ

177 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/23(水) 23:44:29 ID:1d4drIFg0
見るところ全てが風流であるというのが悟道の心というのじゃ。
桃花の一枝さえ千金の値があるように見えるのじゃ。
それは天の池に居る西王母が春の風に面を向けているようじゃ。
わしは愁人が雲雨に降られようとも詠い続けることを約束するのじゃ。

178 避難民のマジレスさん :2020/12/24(木) 10:37:39 ID:Fdz43.Xw0
見るところ全てが風流であるというのが悟道なのだ。桃花の一枝さえ千金の値があるように見えるのだ。それは天の池に居る西王母が春の風に面を向けているようなのだ。わしは愁人が雲雨に降られようとも詠い続けることを約束するのだ。
  ○⌒\  
  (二二二) メリクリ
(⌒(´・(ェ)・`)
(  o  つc旦
(__し―J

179 避難民のマジレスさん :2020/12/24(木) 12:52:02 ID:Fdz43.Xw0
262
元日賀官軍凶徒 元日官軍の凶徒を破るを賀す
元正先破豪   元正先づ豪を破る
處處凱歌高   處處凱歌高し
百萬朝廷卒   百萬朝廷の卒
不能損一毛   一毛を損するあたわず

元日に官軍が凶徒を破ったことを祝す
元旦にまず、勢いのある敵を破ったのである
彼方此方で凱歌が聞えるのである。
百萬の朝廷の兵卒には
一人の戦死者もいなかったのである。

元正(がんしょう.がんしょう): ①一月一日。元日。元旦。がんせい。②元正天皇680―748.奈良/第 44代
の天皇 (在位 715〜724) 。奈良朝第2代の女帝。母元明天皇の譲を受けて即位した。養老2 (718) 年には
『日本書紀』ができあがり,同7年には三世一身の法が打出された。辺境に隼人
蝦夷の反乱もあり,内外多端であった。
豪:①力や才知などがすぐれている。すぐれた人。②見かけが大きく勢いがある。度はずれている。
(´・(ェ)・`)つ

180 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/24(木) 22:28:25 ID:1d4drIFg0
その通りじゃな。
朝廷の兵が勝ったと言うのじゃ。
実は勝ち組につくのが朝廷であるからいつでも勝っているがのう。
実は乱世の始まりだったのじゃ。

181 避難民のマジレスさん :2020/12/25(金) 12:26:20 ID:y8r1aV7o0
263
懺悔抜舌罪   抜舌の罪を懺悔す
言鋒殺戮幾多人 言鋒殺戮す幾多の人
述偈題詩筆罵人 偈を述べ詩を題して筆人をのる
八裂七花舌頭罪 八裂七花舌頭の罪
黄泉難免火車人  くわうせん免れ難し火車の人

蔭木英雄先生訳・解説
ワシは剣のような言葉でどれ程多くの人を殺してきた事か
偈や詩を作って、筆で人を罵倒する(しかし、これは雲門や黄檗のように慈悲行なのじゃ)
人を惑わす舌先三寸の罪は  
死出の旅路で火車に乗せられることだろう。

碧眼録 六 平鋪の処に到って又却て人を罵る(雲門文語は日常会話でも人を罵って導く)
碧眼録 十一 人多く喚んで、「黄泉人を罵る」と為す。具眼の者は自ら他の落処を見ん(多くの人は 
「黄壁希運は、よく人を罵るお方だ」と言うが、具眼の者は黄壁の真意を知っているだろう)。
の用例で明らかな如く、罵署の詩偶は胡乱の修行者を覚醒させ、警策する接化の手段なのであった。

くま訳
懺悔する。悪言を吐いて舌を抜かれる罪を犯したのである。
言葉を剣として、幾多の人を殺戮したのだ。
偈や詩により、筆で人を罵ったのだ。
人々をばらばらに裂き、砕けさせる舌頭罪を犯したのだ。
黄泉の旅路で火の車に乗せられることは免れないであろう。
           
*鋒(ホウ):1 刃物の先端。ほこさき。きっさき2 軍隊の先陣。「先鋒」3 物事の鋭い勢い。
*七花八裂(シチカハチレツ):ばらばらに裂け砕けること。
(´・(ェ)・`)つ

182 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/26(土) 23:28:12 ID:1d4drIFg0
一休も懺悔するのじゃ。
今まで毒舌を吐いたことをわびるのじゃ。
しかし、実は自分の筆の鋭さを誇っているようにも見えるのじゃ。
筆先だけで地獄にも落ちる罪を重ねたというからのう。
かなりの筆力なのじゃ。

183 避難民のマジレスさん :2020/12/27(日) 13:05:33 ID:W4iRKgJs0
264
贈山徒     比叡山の僧兵(官軍)に贈る     
顕密天台妙樂途 顕密天台妙樂の途
分明傳教大師徒 分みょうに傳教大師の徒
山猿叫落西楼月 山猿叫落す西楼の月
七社霊神鎮帝都 七社の霊神帝都を鎮す

顕密天台は妙樂の途
明らかに最澄伝教大師の門徒である
山猿(西軍総大将全山名宗全)は叫び声をあげて敗れ去った西楼に月が照る
(又は、神猿(まさる)さん(官軍・僧兵)が叫び声をあげて転がるようにかけつけた、西楼に月照る晩。)
日吉七社霊神七社霊神(僧兵)が後醍醐天皇の帝都に平和をもたらしたのである。

*顕教は其の原顕然として能く衆生の機に応じて説きたる教法なり、密教は真言宗の如き悠遠の教理を説く 
 教えをいふ。(国訳禪学大成・脚注)
 顕密(けんみつ)は、顕教と密教を併せたもの。本来は仏教の教相判釈における二分法であるため、仏教
 そのものを指すことになる。ただ顕密仏教、顕密体制という場合、体制側、国家側の官僧の系譜を引くも
 のを指し、いわゆる鎌倉新仏教を含まないことが多い。またベースには「密教的思潮」ないし本覚思想が
 あるとされている。(天台宗HP)
*妙薬:①不思議なくらいによく効く薬。秘薬。 ②物事の解決に有効な手段
*伝教大師・最澄(さいちょう)は、平安時代の僧(766/767 -822)天台宗の開祖であり、伝教大師。中国
 に渡って仏教を学び、帰国後、比叡山延暦寺を建てて天台宗の開祖となった
*神猿(まさる)さん・山王さん。「山王」とは日吉の神様の別名で、天台宗・比叡山延暦寺の守護神
*山名宗全(そうぜん)(応仁の乱の西軍総大将全
*七社霊神:太平記 巻第十七に、『後醍醐天皇は・・・とりあえず衆徒らの士気を高めるために、七社
(日 吉七社)の霊神と九院(比叡山の 主要な九つの堂塔)の仏閣に対して、それぞれに大きな荘園を二、

 三ヶ所寄付されました。』とある。
(´・(ェ)・`)つ

184 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/27(日) 22:00:47 ID:1d4drIFg0
比叡山の僧兵はよくやっているというのじゃ。
実際は政治や軍事に加担しすぎたようであるがのう。
それが後に信長による焼き討ちにも繋がったのじゃ。
政治には関わらない方が善いのじゃ。

185 避難民のマジレスさん :2020/12/28(月) 20:39:57 ID:1W/eCbXI0
265
示病僧紹珠首座 病僧紹珠首座に示す
業識忙忙從劫空 業識忙忙劫空よりす
平生伎倆到今窮 平生の伎倆今に到って窮まる
四百四病一時發 し百し病一時に發す
苦屈苦辛安樂中 苦屈苦辛安樂のうち。

くま訳
病僧紹珠首座に示す
生来の分別心に延々とかかずらわり、
日ごろの修行のお手並みも窮まってしまい、
人が罹る一切の病が一時に発したのだ。
苦しみにくじけることも、その苦辛も、不壊の永遠の安らかさの中にあると知るのだ。

*首座:禅宗の役僧。修行僧の中で首位にある者。
*業識(ごっしき): 父母の和合によって母胎に宿る個人(子)の主体である識別作用。
*忙忙:せわしくて落ち着かないさま。せかせか
*空劫(くうこう):四劫(しこう)の第四。世界が全く壊滅して、次にまた新たに生成の時が始まるまでの 
 長い空無の期間。
*四百四病:人のかかる病気のすべて。人体は地・水・火・風の四つの元素(四大しだい)から構成されて 
 いて、これが不調なとき、それぞれ百一の病気を生ずるとされる
*四劫:仏教用語。世界の成立から無にいたるまでの期間を4期に分類。(1) 成劫 (じょうごう)  山河, 
 大地,草木などの自然界と生き物とが成立する期間。人間の寿命が8万 4000歳のときから 100年ごとに
 1歳ずつ減少していって寿命が 10歳になるまでの期間を1減とし,10歳のときから 100年ごとに1歳ず 
 つ増加していって8万 4000歳となるまでの期間を1増というが,この成劫では 20増減 (20小劫) があ
 るという。 (2) 住劫 自然界と生き物とが安穏に持続していく期間。 20増減がある。(3) 壊劫 (えこ
 う)まず生き物が破壊消滅していき,次に自然界が破壊されていく期間。20増減がある。(4) 空劫 破壊
 しつくされて何もなくなってしまった時期。これにも 20増減がある
*安楽(あんらく):み仏さまの境地、心の安らぎ、心楽しさ、心身の理想の安らかさをいいます。
 全てのものの、不壊の永遠の安らかさをあらわします。自らも、そして常に周囲の人々や社会の幸福や安
 心の祈念を意味するものです。真言宗 『観自在』 より
(´・(ェ)・`)つ

186 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/28(月) 23:28:42 ID:1d4drIFg0
首座の僧が病で寝ているのじゃな。
本来修業に費やすべき心身を空しく浪費してしまったというのじゃ。
そのせいで今の困窮があるのじゃ。
多くの病に犯されて苦しくとも楽ありというのじゃ。

187 避難民のマジレスさん :2020/12/29(火) 20:11:35 ID:g1X3Iees0
天子に直訴でありましょうか?
266
因亂 二首 1/2 乱に因って                                  
請看凶徒大運籌 請ふ看よ凶徒大いにはかりごとをめぐらす
近臣左右妄優遊 近臣左右みだりに優遊
蕙帳畫屏歌吹底 けいちょう画へい歌すい底
衆人日夜醉悠悠 衆人日夜よふて悠悠たり

くま訳
御覧になって下さい、謀反を企む者等の大陰謀を。
近衛府の近臣が、でたらめに、心のままに振舞っております。
香草で編んだとばり、美しい屏風の内で、遊芸、遊興に耽るありさまです。
民衆も酒に酔い、緊張感など皆無であります。

*凶徒:殺人・強盗・謀反など凶悪な犯罪を行う者。
*運籌(うんちゅう):はかりごとの意。
*妄ボウ[訓]みだり〈モウ〉道理がわからない。筋道がなく、でたらめ。「
*優遊:のんびりと心のままにするさま。
*蕙帳(ケイチョウ)」蕙草(香草)で編んだカーテン
*画屏(がびょう):美しい絵が描いてある屏風(びょうぶ)。転じて、美しい眺めにたとえていう。
*歌吹:歌をうたい、笛を吹き鳴らすこと。遊芸や遊興。"
(´・(ェ)・`)つ

188 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/29(火) 21:44:06 ID:1d4drIFg0
応仁の乱の時は両派が朝廷に何度も働きかけて、勅諭が乱発されたり取り消されたりしたというのじゃ。
そのために朝廷や幕府の権威が低下してしまったのじゃ。
凶徒がはかりごとを廻らして、近臣に金や接待で働きかけて政を乱したというのじゃ。
民衆もなにごとが起きているのかを知らず、迷うばかりなのじゃ。

189 避難民のマジレスさん :2020/12/30(水) 15:23:08 ID:qI/s/4Kg0
267 
因亂   2/2
忠臣愁思在功勲 忠臣の愁思功勲に在り
世上汗淋不識君 世上の汗淋きみを識らず
儒雅十年情寂寂 儒雅十年情せきせき
貴遊一夜醉醺醺  貴遊一夜酔ふて醺醺たり

柳田聖山先生訳
杜甫は嘆く忠臣の勲功は手柄で決り
世間の文人は天子の顔すら知らない 
儒者はこの十年を淋しく耐えてきた
貴族たちは今夜も酔い今を忘却する

くま訳
忠臣の愁いは功勲のことであります。
世間の人の苦労は天子の知らないことでありましょう。
見識のある儒者はこの十年、ひっそりと押黙り、
貴族は一夜の酒に酔い痴れているのえあります。

*淋汗(りんかん): 夏の風呂。夏の入浴。また、入浴場で飲食すること。※壒嚢鈔(1445‐46)「禅家
 に、風呂を、りんかんと云は何ぞ 淋汗(リンカン)と書く。汗淋(あせをながす)とて、夏の風呂を云也」
*儒雅:①儒教の正しい道理。②立派な儒者。
*貴遊:高貴の家がら。上流社会。また、その家、その人。

柳田先生の訳にある、杜甫 のそれらしき詩を探してみたが見つからなかったのおである。

(´・(ェ)・`)つ

190 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/30(水) 23:13:19 ID:1d4drIFg0
忠臣は戦で勲功上げる事ばかり思っているといのじゃ。
そのために汗水たらして働く民は君主も知らないありさまなのじゃ。
儒者はこの十年それを寂しく見るばかりなのじゃ。
貴族は夜遊びに精を出しているのじゃ。

要するに国が上下ばらばらということじゃな。
正に乱世なのじゃ。

191 避難民のマジレスさん :2020/12/31(木) 13:27:06 ID:Ky9gXzIs0
268
山路 譲羽   さんろ じょうう(ゆずりは)
呑聲透過鬼門關 声を呑んで透過す鬼門の関
豺虎蹤多古路間 さい虎跡多し古路の間
吟情終無風月興 吟情終に風月の興無し
黄泉境在目前山 くわうせんの境目前の山在り

*譲羽山・1447 54歳 大徳寺の一僧自殺、数人が投獄される。一休、譲羽山へ退隠し断食するが刺命によ
り中止
*豺虎(さいこ)① 山いぬととら。猛獣。② 猛々しい悪人のたとえ。

くま訳
声を呑んで鬼門を通り過ぎる
猛々しい悪人が幾人も通って行った古道である。
風月に対して吟情がわくこともない
黄泉との境は目前の山だ。死は目前に迫っているのだ。
(´・(ェ)・`)つ

192 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/12/31(木) 21:21:03 ID:1d4drIFg0
山の中に来たのじゃな。
声も出せずに鬼門の関を通ったのじゃ。
古い道には獣も多いのじゃ。
風月の味わいも無いのじゃ。
生死の境は目前の山にあると言うのじゃ。

193 避難民のマジレスさん :2020/12/31(木) 21:28:35 ID:HNqEgA8Q0
本年5月6日から開始した、一休さん講読会、鬼和尚のご指導の下、かなり初期の段階で、『狂雲集』講読会に昇格することができたのである。
ようやく道半ばである。来年8月頃までには終わる予定であります。

(´・(ェ)・`)b

194 避難民のマジレスさん :2021/01/01(金) 10:38:04 ID:ts4ClNsk0
269  1/3
自讃毀他戒 三首
魔王眷属没商量 魔王のけん属もつ商量
得失是非幾斷膓 得失是非幾断腸
前他後我如來願 前他後我如來の願
前後工夫三會長 前後の工夫三ゑ長し

くま訳
自分自身をほめたたえ、他人をそしりけなすことを禁じた戒
魔王の仲間は、分別せず!
得失是非、何度断腸の思いをしたことか。
自己渡らんとすれば、先ずづ人を渡らせよというのが、如来の願いである。
渡る前も渡った後も、衆生済度の為の坐禅修行は長くつづくのである。

*自讃毀他戒:十重禁戒の第七番目の戒である。菩薩は、人々がけなされ、それに耐えているときには、そ
 の人に代わってこれを受け、また悪いことは自分の方に向け、善いことは他人に与えなくてはならない。 
 それに反して、自らの徳を宣揚し、他人のよいところを覆い隠し、誰かに非難させるようなことがあれば 
 波羅夷罪とされる。
*魔王:天魔(てんま)とは第六天魔王波旬(はじゅん、サンスクリット語: pāpīyas、より邪悪なもの)、
 仏道修行を妨げている魔のことである。天子魔(てんしま)・他化自在天(たけじざいてん)・
 第六天魔王(単に魔王)ともいう。また、天魔の配下の神霊(魔縁参照)のことを表す場合もある。
 一休さんは、自分のことを『魔王』になぞらえて、鬼のように衆生を導き、自ら励むと宣言しているので
 はありますまいか。(くま説)
*眷属:随行者とか従者を意味します。特定の仏様や菩薩に、一族のように従う使者を指す。
 古代のインドには、一族やたくさんの召使を養うような、豊かな暮らしを理想とする考え方があったので、
 仏様の世界にもそれが影響した。
*没商量:中国語訳・相談する余地がない。融通をきかせる余裕がない。(日本古語もつ商量):思慮分別を 
 さしはさむ余地のないことで、その思いはかり難さをいう
*得失:1 得ることと失うこと、。2 成功と失敗 是非:1.是と非。正しいか正しくないか。
*前他後我如來願:自己渡亂とすれば、先ずづ人を渡らせよの意なり。(国訳禪学大成脚注)
*三会:①仏が三度大法会(ほうえ)を開き,衆生済度の説法をすること。多く弥勒仏の竜華三会(りゆう
 げ)をいう。②禅宗で,鐘または鼓を三六回打つのを一会,一〇八回打つのを三会という。
(´・(ェ)・`)つ  あけおめ、ことよろ。であります。

195 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/01(金) 21:49:16 ID:1d4drIFg0
あけおめことよろなのじゃ。

商量しないのは魔王の眷属だというのじゃ。
それで得失に関わりあって苦しむのじゃ。
自らを後にして他人を救うのが如来の誓願なのじゃ。
悟るまえも後も精進在るのみなのじゃ。

196 避難民のマジレスさん :2021/01/02(土) 00:18:34 ID:8fnBXJgQ0
『没商量-商量しない』は、無分別と解してはいけないのでありますね。

くま訳全面改
魔王の仲間は、商量しないのである。
得失是非に囚われると、何度も断腸の思いをすることになるのである
自己よりも、先ずづ人を渡らせよというのが、如来の誓願である
悟る前も後も、修行は長くつづくのである。
(´・(ェ)・`)b

197 避難民のマジレスさん :2021/01/02(土) 09:09:54 ID:yB/WV.lo0
270   2/3
自讃毀他戒三首  
五逆聞雷臨済訣 五逆聞雷臨済の訣
大慈大非太親切 大慈大非はなはだ親切
活人剣兮殺人刀 活人剣せつ人刀
欲汚人満口含血 人を汚さんと欲して満くに血を含む

くま訳
五逆大罪人が天罰の知らせの雷鳴に怯えるような心もちで修行に取り組むのが、臨済の奥儀である。
仏の限り無い慈しみ、はなはだ親切なことである。
行者の智慧のはたらきをとどめ、修行の完成に向かって自由自在に導く活殺自在の剣である。
人を罵ろうとして、口いっぱいの血のような悪意をためるのである。

*五逆聞雷:五逆の大罪、父、母、阿羅漢、を殺すこと、仏を傷つけること、寺院 を破壊し焼き払い、教
 団の和を破壊すること。罪人は、雷鳴を聞いただけでぎくりとする。求道者もそういった心を持てという
 戒めの言葉。
*何事にも畏れる心を持てということ。
*訣(ケツ):1 きっぱりと別れを告げる。2 簡潔に言い切った秘伝の文句。奥義。
*大慈大悲:仏の限りなく大きな慈しみのこと
*親切:1 相手の身になって、その人のために何かをすること。思いやりをもって人のためにつくすこと。
 また、そのさま。2 (深切)心の底からすること。また、そのさま。
*殺人刀活人剣:師が修行者の智慧のはたらきをとどめ、修行の完成に向かって自由自在に導くはたらき
 を活殺自在の剣にたとえた言葉
(´・(ェ)・`)つ

198 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/03(日) 00:02:02 ID:1d4drIFg0
五逆の者は雷に打たれて死ぬというのじゃ。
そうであるから五逆の者が雷鳴を恐れるような謙虚な気持ちで居るのが臨済の教えというのじゃ。
大慈大悲で大いに親切なのじゃ。
自我を滅し、涅槃に活かす刀剣なのじゃ。
人を謗る者の口には自らを汚す血が満ちているのじゃ。

199 避難民のマジレスさん :2021/01/03(日) 17:50:18 ID:UGqRHdIQ0
271    3/3
自讃毀他戒 三首
誰共修歸正破邪 誰と共にか正に帰し邪を破ることを修めん
若非情識又何過 若し情識にあらずんば又何のあやまちぞ
這般作略子細看 しゃ般の作略し細に看れば
座主見知還作家 座すの見知かへって作け

くま訳
誰と共に正しい考えに立ち返り、邪説を打ち破るか
若し迷情に囚われてるのでのでなければ、どうして過つことがあろうか。
あれこれと、道をただす策略仔細に見てみると、
ここは、主席の僧の知見の方が師家にふさわしいのである。

座主=主席の僧とは、主席の僧とは、誰のことでありましょうか
(´・(ェ)・`)つ

200 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/03(日) 23:45:06 ID:1d4drIFg0
座主とは今で言えば主体というようなものじゃな。
自分が自分と認識する観念なのじゃ。
自分の核であり、他と区別する原因なのじゃ。


誰か共に破邪帰正の修業をする者はいるであろうかというのじゃ。
感情や認識に拠って苦の過ちが在るのじゃ。
一切の心の働きを仔細に観れば、
主体による知見は自分に還るのじゃ。

観察すれば観察する主体が変容すると言っているのじゃな。

201 避難民のマジレスさん :2021/01/04(月) 03:06:25 ID:h2Xu8weQ0
鬼和尚、いつもありがとうであります。
くま訳全面改
誰か共に正しい考えに立ち返り、邪説を打ち破る者はおらぬか!
迷情に囚われてるから、過つのだ。
一切の心の働きを仔細に見を見れば、
観察の主体の知見は自分に還り、主体が変容するのである。
(´・(ェ)・`)b

202 避難民のマジレスさん :2021/01/04(月) 08:20:46 ID:nhjeGxgM0
272   1/2
看杜詩 二首  杜詩を看る
古今詩格舊精魂 古今の詩格旧精魂
江海飄零亦主恩 江海飄零すまた主恩
仰叫虞舜一生涙 仰いでぐ舜と叫ぶ一生の涙
涙痕濺酒裛乾坤 るい痕せん酒して乾坤をつつむ

くま訳
古今の詩の風格は、詩聖杜甫の詩魂によって決まるのだ。
世界は落ちぶれ、天子の恩に報いる気持ちも廃れた。
天を仰ぎ伝説の名君虞舜の名を叫び、生涯涙する
涙と酒が、天下をおおうのだ。

*詩格:風格、品格。
*旧精魂:ここでは、詩聖杜甫の魂と解した。
*飄零・漂零(ヒョウレイ):落ちぶれること。「漂零」
*裛(ユウ):つつむ。水気がしっぽりとつつむさま。前スレ>>688 参 
 https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/589-n
*濺(音セン・訓そそぐ):①そそぐ。水をそそぎかける。 ②水の流れるさま。
(´・(ェ)・`)つ

203 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/04(月) 23:16:24 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
杜甫の詩を読んで感動しているのじゃ。
今の時勢にも似ているのじゃ。
誰もが君主を忘れ争っているのじゃ。
乱世を悲しむばかりなのじゃ。

204 避難民のマジレスさん :2021/01/05(火) 08:12:31 ID:EuqmL.060
273
看杜詩 二首2/2
涙愁春雨又秋風 涙して愁ふ春雨又た秋風
食頃難忘天子宮 じきけいも忘れ難し天子の宮
詩客名高天宝事 詩客の名は高し天宝のじ
寒儒忠義也英雄 寒儒の忠義また英雄

くま訳
涙して愁う春雨又秋風
片時も忘れ得ぬ天子の宮殿
詩人杜甫が、玄宗皇帝楊貴妃を詠んで名高き天宝時代の事である。
冷遇される儒者の忠義心も英雄のものである。

*食頃(じきけい・しょうけい):食事をするほどの、短い時間のこと。しばらくの間。頃は、首をかしげ
 るほどの短い時間を表す。
*詩客:詩人、ここでは杜甫のこと。
*天宝:「日本の禅語録十二 一休」の解説(P306)によると、「漂泊詩人、杜甫。かれが明主と仰ぐ玄宗
 は、楊貴妃にうつつをぬかして、天下を混乱におとし入れる。天宝とは、そんな時代の名である。それは、
 詩人の忠節心のたかまりと表裏する。杜甫をよむ一休は、応仁・文明の日本を読んでいる」とあります。
*寒儒:貧しい儒者。
(´・(ェ)・`)つ

205 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/05(火) 23:31:32 ID:1d4drIFg0
まだ泣いているのじゃ。
食べるのも忘れて天子を想うというのじゃ。
それが杜甫だというのじゃ。
儒者でも忠義の英雄だというのじゃ。

206 避難民のマジレスさん :2021/01/06(水) 10:34:26 ID:ockTUM7.0
274
臨済焼机案禪板 臨済机案禪板を焼く
此漢宗門第一禪 此の漢宗門第一の禪
奪人奪境體中玄 奪にん奪境体中玄
安心立命在那處 安じん心りゅう命いずれのところにか在る
劫火洞然焼大干 劫火どうねん大千を焼く

松本市壽先生訳
臨済義玄は机案禅板をも焼いてしまった。
この男は宗門第一の禅者だ。
弟子の主体性も客体性をも奪って、真理の何たるかを悟らせる。
しかし、何もかも奪ってしまえばそこで安心立命できるのか。待てよ。安心立命したいのも迷いというもの
だ。
最後は何もかもすっかり焼き尽くしてしまうのだ。

くま訳
臨済は机も禅板も焼き棄てた。
この男は宗門一の禅師である。
修行者を徹底的な無の境地に導き、修行で現れる真理を悟らせる。
すべてを絶対のものにまかせて,心が動揺しない境地何処にあるのか。
それは、虚ろな世界を焼き尽くしたとところにあるのだ。

*几案・机案(きあん):几、案とも机つくえの意
*禪板:坐禅の時労を除かんがために衆僧の蓄ふる板、手を案じたり、身を靠(もた)らす器なり。
*安心立命:安心は仏教用語,立命は儒教の用語。すべてを絶対のものにまかせて,心が動揺しないこと。
*奪人奪境:166の詩:人境倶奪
 四料簡 しりょうけん(飛不動HP解説) 前スレ31〜34の詩・参照
 臨済義玄禅師が提唱、臨機応変に修行者を導くことを示した四種類の指導方法。
 1、奪人不奪境:修行者が自分を見つめることを否定して、現象とか環境に没入させる。
 2、奪境不奪人:修行者が現象とか環境に没入することを否定して、自分のみ見つめさせる。
 3、人境両倶奪:修行者を徹底的な無の境地に導く。
 4、人境倶不奪:修行者に、すべてありのままに受け止めさせて、何ものにも束縛されない境地に導く。
*玄:臨済録・何をさすか明示されていない。一説に、
 玄中玄(真理そのもの)、句中玄(言語における真理)、体中玄(修行で現れる真理)の三つをあげる。
*洞然(とうねん、とうぜん):① 洞穴のように抜け通っているさま。奥深くて静寂なさま。また、雑念が 
 なくて心が空なさま。② ぼんやりとしたさま。
*大千:三千大千世界:一人の仏が教化する世界のこと、仏教の世界観における宇宙の単位。
(´・(ェ)・`)つ

207 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/06(水) 23:27:53 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
よく出来たのじゃ。

臨済は全て焼いたというのじゃ。
宗門の祖師なのじゃ。
自我も境地も奪い体に玄妙なる智慧を持っていたのじや。
安心立命すらも無いのじゃ。
全てを焼き尽くすと善いのじゃ。

208 避難民のマジレスさん :2021/01/07(木) 20:17:45 ID:Obt11fUQ0
275
運庵還松源衣留頂相 運なん松源の衣を還して頂相をとどむ
這三轉痛處針錐   この三転痛処も針すい
看看宗門句裏機   看よ看よ宗門句裏の機
爭奈石渓肩上土   いかんせん石渓けん上の土
拾來脱屣號傳衣   脱しを拾ひ来って伝えと号す

くま訳
運庵和尚と松源和尚の夢を見て、頂相を書いたのである
その賛・三転語は痛い処をつく、針や錐のようだ。
看よ、宗門でこの句にまつわり説かれる禅機を。
どうしたものか、石渓和尚の頭についた土(くま注 参)
拾った草履を持って来て、正伝の証拠だと言う様なものである。

*運庵:臨済宗虎丘派松源下の運庵普巌(1152〜1226または1156〜1222)といえば、南宋中期臨済宗虎丘派 
 (松原派祖)の松源崇嶽の法を嗣いだ高弟の一人として知られ、江浙の禅林で活動し、法嗣に虚堂智愚、
 石帆惟衍という二人のすぐれた禅者を育成したことで名高い
*衣を返す(ころもをかえす):衣を裏返に着る。こうして寝ると思う人を夢に見ることができるという俗 
 信があった
*頂相(ちんぞう):禅僧の肖像画。禅宗では,法の師資相承を重んじることから印可の証明として,師の 
 肖像画と法語を弟子に与える。北宋時代から盛大に行われ,日本にも伝来し鎌倉,室町時代に盛行した。 
 上部に師の自賛が墨書されるのが原則。
*綿上・肩上・綿嚙(わたがみ):① 鎧(よろい)の前面と背面とをつなぎ、左右の肩にかけて全体をつるす部
分。② 後頭部。うしろ髪。
*石渓心月:南宋時代の禅僧として名高い石渓心月(円覚寺HP解説抜粋)
 円覚寺開山・無学祖元禅師がまだ中国で修行中の頃、石渓心月禅師の住持するお寺に怪石という僧がいて、
 石渓心月禅師が住持であったにもかかわらず、修行僧は誰も石渓心月禅師に参禅をせずに、その怪石とい
 うのが修行僧を煽り立てたという・・・
 それが無字の工夫をやっていたのですけれど、行き過ぎてしまいます。異常なまでに、まるで神がかりの
 ようになって、大きな「無」の字を掲げて張り出して、100〜500人の修行僧が立ったまま、あるい
 は、坐ったまま「ムームー・・・」と大声で叫びような修行をしていた。
 中には、高い崖の上から「ムー」と叫んで飛び降りて、けが人も出るは、果ては、死人まで出てくる。そ
 して、怪石は、また、言う。「本当の無字になったならば、たとえ、死んでも目だけは残る。」と。
 邪教は恐ろしいもので、それで、修行僧を煽り立てて、きちがいの集団のようになってしまった。成り切
 るということは、大事でありますが、しかし、ちゃんと教えを学んで冷静に観ていくという「観(か
 ん)」という眼(まなこ)もまた必要であります。
*肩上(献上・わたがみ):① 鎧(よろい)の前面と背面とをつなぎ、左右の肩にかけて全体をつるす部 
 分。② 後頭部。うしろ髪。
*屣(し):わらぐつ、草履の類なり
(´・(ェ)・`)つ

209 避難民のマジレスさん :2021/01/07(木) 20:20:26 ID:Obt11fUQ0
おまけ
佐藤秀孝先生 論文より
妙心寺に松源崇嶽と運庵普巌の師資を描いた対幅の頂相が存し・・賛はどちらも大応派妙心寺派)の
雪江宗深(仏日真照禅師 )1408-1486によって、拝写された。

断楊岐正脉 滅臨済綱宗   楊岐正脉を断じ、臨済の綱宗を滅す。
猿啼碧嶂 月鎖千峯    猿は碧嶂に啼き、月は千峯を鎖す。
影落于闐国 人在大遼東  影は于闐国に落ち、人は大遼の東に在り。
応縁淡泊 無分従容 縁に応じて淡泊にして、従容するに分無し。
謂是運菴真面目 是れを運菴の真面目なりと謂わば、
澄潭不許臥蒼龍 澄潭には蒼龍を臥せしむるを許さず。

右運菴祖翁自賛 右は運菴祖翁の自賛なり。
拙孫宗深 、 拙孫宗深 ,
焼香九拜謹写 焼香九拝して謹んで焉れを写す。

*雪江宗深(せっこうそうしん、1408-1486妙心寺の六祖 1462大徳寺の住持となった。乱後は後土
 御門天皇の勅命を受け、細川勝元・政元の援助を受けて大徳寺・妙心寺・龍安寺を再興した。
 一休さんが住持になったのは、1474年であります。雪江さん41世、一休さん47世である。
(´・(ェ)・`)b

210 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/07(木) 22:28:23 ID:1d4drIFg0
運庵は松源の衣を還して絵だけ留めたというのじゃ。
教えを蔑ろにして形だけのものにしたというのじゃな。
このように教えを三転したことは針で突かれたような痛みなのじゃ。
宗門の機密は言葉の裏に在るのじゃ。
石渓の頭の土はどうにもならんのじゃ。
脱ぎ捨てた靴を拾って伝来の衣というようなものじゃ。

211 避難民のマジレスさん :2021/01/08(金) 18:50:36 ID:aE0R8Ro20
くま訳全面改
運庵は松源の衣を裏返して、その絵だけを残したのである。 
このように師の教えを三轉したことは、針で突かれたような痛みである。
看るべきは、宗門の言葉の裏にある禪機である。
石渓の頭の上の土は、どうにも出来ないのだ。
脱ぎ捨てられたた靴を拾って伝来の衣というようなものである。

276   1/2
洞山三頓棒   洞山三とんの棒
這棒頭宗門大功 この棒頭宗門の大功
慈明之子是黄龍 慈明の子是れ黄龍
明皇不識風流道 明皇は識らず風流の道
今夜馬嵬千歳風 今夜馬嵬千歳の風

柳田聖山先生訳
この棒で叩くのが、そもそも禅の極みである。
慈明の弟子は黄竜を措いて他にはいない。
楊貴妃を亡くした唐の玄宗は風流を知らない。
馬嵬の悔恨は尽きず、今夜も無情の嵐である。

くま訳
洞山三頓の棒 
この棒の活用こそが、宗門第一の功績である。
慈明禅師の一番弟子が黄龍禅師である。
玄宗皇帝は風流を知らなかった、
今夜も楊貴妃が処刑された馬嵬には、玄宗千年の後悔の風が吹く

*洞山三頓の棒:(堅田観光協会HP解説)洞山守初が若い頃、師の雲門分堰から「どこから来たか、どこ
で過ごしたか」などと問われたので、これまでの行脚のあとをこまごま答えると、雲門は「このうつけ者
が。三頓の棒をくれてやるところだが勘弁してやる、即刻立ち去れ。」と叱らはった。何がなんだか分か
らない洞山は、再び雲門に参じ、自分の答えのどこが悪かったのかを問いなおすと、またもや大声で叱り
つけられはった。けどその瞬間、洞山は師が何を求めようとされていたのかが分かり、初めて悟ることが
出来たというのです。
そして、悟りというものは師や周りからもらえるものではなくて、自分への問いかけの中から見つけ出し
つかむもの。そのためには、心の中のこだわりを一切捨て切り、爽やかな心に立ち返りなさい、それが分
からない者は棒で叩くよりない、というのがこの公案の教えるところやということです。
*7臨済下七世の慈明禅師(986-1039)師匠である汾陽禅師は何も教えず、顔を見るたびに罵る、または、 
 誹って追い出した。「どうして何も御教えにならないのですか?」というと、慈明禅師を杖でもって打ち 
 のめして、追い出して、さらに慈明禅師が何かを言
 おうとしたとき、その口をぐっと押さえつけて、その瞬間、慈明禅師が悟ったそうである。。
*黄龍慧南(おうりょう えなん、1002-1069)宋代の臨済宗の僧。後世五家七宗の一つに数えられる黄龍派 
 の祖。日本に伝えられた臨済禅のうち、栄西によるものがこの黄龍派に属する。
 慈明石霜楚円を紹介されてその弟子となった。1037年、趙州勘婆の公案より大悟する。公案を用いて宗 
 風を振るい大いに法を広めた。普覚禅師と諡された。
(´・(ェ)・`)つ

212 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/08(金) 23:38:32 ID:1d4drIFg0
棒をくれてやるのが宗門の大いなる功力だというのじゃ。
慈明の弟子黄龍はこれで悟ったのじゃ。
玄宗はこれを知らないから国を傾けたのじゃ。
愛する者をこそ厳しく教育すべきなのじゃ。
今も楊貴妃の墓には千年の後悔の風が吹くのじゃ。

213 避難民のマジレスさん :2021/01/09(土) 08:01:22 ID:a9Oiz5LE0
くま訳全面改
棒をくれてやるのが宗門の大いなる功力である。
慈明の弟子黄龍はこれで悟ったのである。
玄宗はそれを知らないから国を傾けたのだ。愛する者をこそ厳しく教育すべきなのだ。
今も楊貴妃の墓には千年の後悔の風が吹くのである。

277
洞山三頓棒 2/2
遭人罵辱長嗔情 人にあってめ辱してしん情を長ず
是即眞迷道衆生 是れ即ち其の迷道の衆生
無始無終黒山下 無始無終黒ざんのもと
無明濁酒幾時醒 無明の濁酒幾時か醒めん

くま訳
人にののしられ、はずかしめられると、怒りの感情に長く苛まれる。
これがまさに、衆生の執着による迷道である。
永遠の暗黒の下にあるのである。
自我に執着する無明の濁り酒の酔いから、いつになったら覚めるのだ。

*罵辱(めじょく・めにく): ののしりはずかしめること
*瞋恚・嗔恚(しんい・しんに):①三毒・十悪の一。怒り・憎しみ・怨うらみなどの憎悪の感情。②怒り
 恨むこと。腹立ち。いかり。
*黒山:三千大千世界をもってして、須弥界世界つまりこの仏教界宇宙が構成されているのである。 中央
 から北に向って三ヶ所に其々、三重に囲まれている黒山がある。臨済禅師「黒山の鬼窟、誠に怖畏ふいす
 べし」
(´・(ェ)・`)つ

214 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/10(日) 00:01:22 ID:1d4drIFg0
善く出来たのじゃ。

侮辱されて怒っても迷いなのじゃというのじゃ。
暗い生死の道にいて夢幻をみているのじゃ。
いつそれが覚めるのじゃというのじゃ。

215 避難民のマジレスさん :2021/01/10(日) 21:33:05 ID:FZS7ebmw0
278
鰥齋      くわん齋
古佛堂中交露柱 古佛堂中露柱に交わる
斬成兩段定誵訛 斬って兩段と成してがいぐわを定む 
青山綠水一閑客 青山緑水一閑客
可咲岩頭黒老婆 わらふべし岩頭の黒老婆

くま訳
禪僧
古佛は堂中で無心を窮める
いりくんだ物事を一刀両断にして、単純にするのだ。
森羅万象生も死も、閑な客人みたいなもんだ
厳頭が撈波(エビ漁のかご)老婆と間違って伝わり、そのままもっともらしく論じられてるなど、お笑いである。

*鰥(かん)①大魚の名。「魴鰥(ホウカン)」類鯤(コン) ②やもお。妻のない男。男やもめ。 ③や
 (病)む。なやむ。
*齋:①心身をきよめて神に仕えること。また,その人。②神をまつる場所。
*古仏は露柱と相交わるという公案の精神は「露柱は無心で立っている。それと同じように古仏は無我無心
 の境涯に居る。」ということ(禅と悟りHP解説)
*青山緑水:青い山、緑の水。雄大な自然の情景。天地森羅万象との融和を意味しています。
*岩頭黒老婆:『聯燈會要』30巻南宋初(1183)晦翁悟明 編纂の『祖堂集』(おまけ 参)
(´・(ェ)・`)つ

216 避難民のマジレスさん :2021/01/10(日) 21:35:32 ID:FZS7ebmw0
おまけ: 岩頭黒老婆 『聯燈會要』より
余乾道初。客建康蔣山。邂逅泉州一老僧。
有巖頭錄。因閱之。見其問僧。甚處去。
僧云。入嶺。禮拜雪峯去。
巖頭云。雪峰若問儞。巖頭如何。但向他道。
巖頭近日在湖邊住。只將三文。買箇撈波子。
撈蝦摝蜆。且恁麼過時。
因問老僧。余閱巖頭錄。他本盡作老婆。
此云撈波。何也。渠笑云。
老婆誤也。巖頭雪峯皆鄉人。
吾鄉以撈蝦竹具。曰撈波也。鄉人至今。
如是呼之。後人訛聽。作老婆字。
教人一向作禪會。・・・所謂字經三寫。烏焉成馬。
於宗門雖無利害。不可不知。
雪峰空禪師頌。有云。
三文撈波年代深。化成老婆黑而醜。
蓋方語有所不知。不足怪也。

衣川賢次先生訳〈抜粋)
乾道年間の初め、建康蒋山に滞在した時、泉州から来た老僧にめぐり逢った。
その人が『巖頭録』をお持ちだったので拝見した。その一節にこうあった。
僧に問う、「どこへ行くのか?」僧「嶺を越えて雪峯禪師に拝謁に参ります。」
巖頭「雪峯がきみに、わしはどうしているかと尋ねたら、こう言ってくれ。
近頃は湖のはたに住みついて、三文で買った撈波子で、
えびやしじみなんぞをすくって、そんなふうに日を送っておる、とな。」 
わたしはその老僧に問うた。「わたしが以前読んだ『巖頭録』はみな〈老婆〉
となっておりましたが、ここは〈撈波〉です。どうしてでしょうか。」その人は笑って
「〈撈波〉は間違いだ。巖頭と雪峯はふたりともわしの同郷人で、
わしのところではえびをすくう竹製のざるを〈撈波〉というのだ。村の者は今でも
そう呼んでおる。」となるほど、のちの人が〈撈波子〉と聴きまちがえたうえに、
禪的理解を押し付けていたのだ。・・・いわゆる「字は三寫を経て、烏焉は馬と成る」
という類で、宗門に直接の害はないけれども、注意しておくべきである。
雪峯慧空禪師は頌を作って皮肉っている。
「三文の撈波、年代深し、化して老婆と成り黒くて醜し」と。
けだし、方言を知らぬことによる誤解で、無理もないことではある。
(´・(ェ)・`)b

217 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/10(日) 23:59:49 ID:1d4drIFg0
古の仏などは堂の柱と一緒だというのじゃ。
それを拝んでも悟りは訪れないのじゃ。
公案は訛りの間違いを断じて正したのと同じなのじゃ。
大千世界に独りの己を観て悟りは訪れるのじゃ。
古の仏を拝むのは訛りの間違いを在り難く伝えているのと同じ笑うべきことなのじゃ。

218 避難民のマジレスさん :2021/01/11(月) 16:27:53 ID:Ozq3PxCA0
くま訳全面改
古仏などは堂の柱と一緒なのだ。
慎みなく、錯雑して判然としない言葉の意味を断じて正すのだ。
大千世界に独りの己を観て悟りは訪れるのだ。
古の仏を拝むのは訛りの間違いを在り難く伝えているのと同じ笑うべきことなのだ。

鰥齋(かんさい)を禅僧と訳してみたのでありますが、これで良かったでありましょうか?  
    
*279〜286は、テキストに依って、ちょぴっと編集が異なってるのである。
国訳禅学大成(以下国訳大成)、寛永版 狂雲集(以下寛永)、明42.9民友社版 狂雲集(以下民友社)
民友社版は、8/8が8/4の後に置かれてるのである。

279        1/8
龍寶山大徳禪寺入寺法語 
山門
一跳直入 一ちょうじきにいる
龍寳三門 龍宝の
門々有路 もんもんみち有り
逼塞乾坤 けんこんにひっそくす

くま訳
山門(三門)
一足飛びにすぐに山門(三門)から仏国土へ入れるのだ
龍に守られた釈迦の三門
門へ通じる道はいろいろあるのだ。
て、言うか、そもそも天地はその門に守られた内側にあるのだ。既に仏国土にいるのだ。

*三門は空門・無相門・無願門の三境地を経て仏国土に至る門、三解脱門を表すとされる。
*既にhttps://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/で取上げた詩である。くま訳第4句を
修正してみたのである。
(´・(ェ)・`)つ

219 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/11(月) 23:44:05 ID:1d4drIFg0
↑よかったのじゃ。
禅僧もまたまだ病に陥っている者であるからのう。
無明の病を治すために修業しているのじゃ。

その通りなのじゃ。

220 避難民のマジレスさん :2021/01/12(火) 14:00:40 ID:E.c2fM8.0
280 2/8 
佛殿
古佛堂中露柱雲雨 古佛堂中露柱雲雨
作以手分破勢云  手を以って分くる勢をなしていわく
分破後如何    分破して後如何
雲門霧露     雲門霧露 

くま訳
古佛は堂中の柱や雲雨と同じである。
直接自ら道を切り開いた経験から云うのである。
切り開いた後、さて、どうなるかというと、
雲門が言うように、いつでもどこでも霧露は霧露と言うことである。

*雲門文偃(うんもん ぶんえん、864-949年、中国の唐末から五代の禅僧。五家七宗の一つ、雲門宗の
開祖。一休さんお気に入りの師匠。
 雲門語録:「誕生したばかりの世尊は、七歩あるいて、「天上天下、唯我独尊」と言われました。この世
尊の故事を評して雲門は、「我れ当時(そのかみ)、若し見しかば、一棒に打殺して、狗子(くし)に与え
て喫却せしめて、貴ぶらくは、天下太平を図(はか)りしに」と言ったのです。「俺がその場にいたら、そ
の赤子を打ち殺して犬に食わせたものを、そうすれば、天下は太平であったのだ」というような意味で
す。」(禅文化研究所のブログ)
*露柱雲雨:雲門の示衆に曰く「古佛露柱と交わるる、是れ第幾機ぞ。」自ら代わって曰く、「南山に雲を
起し、北山に雨を下す」と。即ち釈迦も達磨も彌勒も露柱も皆同じなり。同一真理何も別はない、南山も北
山も自ら創痍ならずして雲雨の相応するの自然、具眼者須らく自得すべし。(国訳禪学大成脚注)
(´・(ェ)・`)つ

221 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/12(火) 22:02:53 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
古仏は柱と同じであり雲と雨も同一じゃな。
分別の手を以って分ければどうなるかというのじゃ。
雲門は霧露の同じ水である如しというのじゃ。

222 避難民のマジレスさん :2021/01/13(水) 15:38:56 ID:X71OGAw20
くま訳全面改
古佛は堂中の柱と同じであり、雲と雨も同じなのである。
分別をする方法で、
分けると、どうなるかというと、
雲門は霧露の同じ水である如しというのである。

281 3/8
土地堂
上天是梵天帝釋    上天は是梵天帝釋
下天是多聞持國護法神 下天は是多聞持國護法神
向何處見新長老    いずれのところに向かってか新長老を見ん、
新長老聻六六三十六  新長老、にい、六六三十六

くま訳
上天は是れ梵天帝釋天
下天は是れ多聞持國護法神
どちらを向けば、新長老たるわしを見れるかというと、
新長老、おぉいと呼びかければ、森羅万象がわしなのである。

*土地堂:土地神及び護法神を奉祀する堂なり
*帝釋:須彌山の頂上、忉利天の天主にして、善見城に居り、四天王及び三十二天を領して。仏法帰依の人 
 を護り、阿修羅の軍を征する天王なりといふ
*多聞・持国、四天王の2を挙げて4を兼ねる。欲界六天四方に住し、正法護持し、又世を守る
*聻(にい・ジ・セキ・セン): 1物事を指すさま。者を指すときの語なり。2鬼が死んだ後になるもの。
 この鬼とは人が死んだ後になる、幽霊や亡者のことを指す。
(´・(ェ)・`)つ

223 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/13(水) 23:36:17 ID:1d4drIFg0
上の天は梵天帝釈天がおり、下の天は多聞天とかの護法神がいるというのじゃ。
それでは新たに悟りを得て死んだ長老はどこにいったのじゃ?
それらの長老は三千大千世界の全てになったというのじゃ。
天でさえも輪廻の中であるから悟れば天も超越するのじゃ。

224 避難民のマジレスさん :2021/01/14(木) 19:47:34 ID:X71OGAw20
くま訳改
第3句:どちらを向けば、新たに悟りを得て死んだ長老は見れるのかというと、
第4句:新長老は、森羅万象になったのだ。

282   4/8 
祖師堂
祖師何人我何人 祖師何人ぞ、我何人ぞ
咄誰奪境奪人  咄、誰か境を奪ひ人を奪ふ。

くま訳
祖師堂で、我とは何だと問い続けるのだ
自分に全てをありのままに受け止めさせて、何ものにも束縛されない境地に導くのは、自分しかいないのだ。
*奪境奪人:人境倶不奪にんきょうぐふだつ 修行者に、すべてありのままに受け止めさせて、何ものにも 
束縛されない境地に導
(´・(ェ)・`)つ

225 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/15(金) 00:18:44 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。
祖師とは何じゃ、我とは何じゃ、と追求し続けるのじゃ。
奪境奪人をするのは誰じゃと更に追求し続けるのじゃ。
どこまでも己を追及し続けるのじゃ。
そうすれば悟りは向こうからやってくるのじゃ。

226 避難民のマジレスさん :2021/01/15(金) 12:40:07 ID:X71OGAw20
283 5/8
拈衣 
小艶平生心亂絲 小艶平生心しを乱す、
慈恩先祖手中絲 慈恩先祖手のし
順老明巖衲僧 順老みょうげんの衲僧
擲袈裟云 袈裟をなげうって云く、
是甚脚下紅絲 是れ何の脚下の紅しぞ。

嗣法の儀式で衣を授かる衣
小艶詩が日頃心を乱してるのである、
けど、先祖のお陰さま、ご縁に恵まれてるのである。
順爺は鋭い洞察眼ある僧なのである。
袈裟をなげうって云ったのである、、
これ何の因縁であるか。

*拈衣(ねんえ):衣は嗣法の信として師之を弟子に授く、弟子衣を拈じて法語を挙して披す。
*順爺:一休さんのペンネームの一つ、と、どこかで読んだような気がするのである。
(´・(ェ)・`)つ

227 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/15(金) 22:33:00 ID:1d4drIFg0
糸に掛けているのじゃな。
小艶等で日頃から心の糸を乱していると、
先祖の霊が婚姻の糸を結んだりするのじゃ。
明厳の僧が袈裟を擲って言うのじゃ。
足を結ぶ婚姻の赤い糸がついていると。

まだ色情から離れていない者は直ぐにわかるというのじゃ。

228 避難民のマジレスさん :2021/01/16(土) 11:38:15 ID:X71OGAw20
くま訳全面改
小艶詩が日頃心の糸を乱してるのである、
先祖から、ご縁の糸を結んでもらえたりするのである。
洞察眼ある僧が、
袈裟をなげうって云うのである、
婚姻の赤い糸が見えてるぞ、色情をを離れてない者は直にわかるのだ。

284 6/8

明頭來明頭打    みょう頭來明頭打
暗頭來暗頭打    暗頭來暗頭打
四方八面來旋風打  四方八面來旋風打
虚空來連架打    虚空來や連架打
新長老 聻     新長老、にい
乾坤一箇蠚苴僧   乾坤一箇の蠚苴僧
喝一喝云      喝一喝して云く
無人來問相如渇   人の来って相如が渇を問ふことなし、
敲破梅花一夜氷 打  かう破す梅花一夜氷 打  
 
くま訳
是非分別で来るなら、それなりに対処し、
差別なく一味平等で来るなら、それなりに対処する。
四方八方から来るなら、旋風のように対処し、
虚空から来るなら、連打して対処する。
新長老は、
天下一、がさつな僧である
喝一喝して云ってやる
誰一人として司馬相如の渇(のような人間の苦しみ)を問うて来るものはいないのであるが、
叩き割るのだ、春を告げるまだ寒い朝の梅花についた氷を。(薄い氷の様な「観念」を叩き割り、ありのま
まの真実のあり様に気付きさえすれば、そこに悟りがあるのだ)

* 明頭来や明頭打、暗頭来や暗頭打:「明頭来」の明は大小・長短・是非・美醜などの差別の歴然として
 いること、活人剣の働きである。「暗頭来」の暗はその反対で差別がなく一味平等なことである。殺人剣
 の働きがある。「打」の一字は、「それに即応して、行動する」という意味。
*四方八面来や旋風打:殺中の活有り、活中の殺有りというように、手目を見せず千変万化して出てくるこ
 と。そして相手がこのように縦横無尽に千変万化して出てくるならば、こちらもあたかも「旋風」つむじ
 風のように、変転自在、虚実とりまぜて応対するということ。 
*虚空來連架打:「虚空来」とは、虚空のような真空無相、清浄無一物の肚から、明だの暗だの、殺だの活
 だのという一切の定石を離れ、軌格を超越して無心に出てくること。普化和尚はこれに対しては、「連架
 打」で応対するというのである。連架というのは、小豆などの脱穀に使う農具で、太い棒の先端にクルリ
 クルリと変転自在に回転する小さい棒をとりつけたもの。相手が真空無一物の場から無心に働いてくるな 
 らば、こちらもあたかも連架のように変転自在で無心で対応するということ。
*相如が渇:侍臣に文才秀れた司馬相如がいたが糖尿病を病んで苦しんでいた。帝は、それを知らぬはずの
 ないのに、豪華に設えた承露盤の露、それは不老長寿の薬であり、盃に一杯だけでも賜ろうとしなかった。
*敲破(こうは):中国語・叩割る,叩き割る
(´・(ェ)・`)つ

229 避難民のマジレスさん :2021/01/16(土) 11:39:47 ID:X71OGAw20
おまけ: *明頭暗闘 (普化和尚の話 瑞雲院法話のページHPより抜粋) 臨済録:勘弁 参
 奇僧として知られる普化(ふけ)和尚は、唐代の人。生没年、生地、などすべて不詳、馬祖大師の法嗣の 
 盤山宝積(ばんざん・ほうしゃく)禅師に師事して深く堂奥(どうおう)に入り法を密受したが、常に狂
 をよそおいその発言は尋常ではなかった。
 ・・・盤山禅師が亡くなると普化は臨済宗の宗祖、臨済禅師が住む河北省鎮州へ行き、街頭や墓場で鐸
 (たく。大きな鈴)を振りながら人々に呼びかけて言った。「明頭に来たるもまた打し、暗頭に来たるも 
 また打す」。あるとき臨済和尚が一人の僧に命じて普化を試みた。その僧は普化和尚の胸ぐらをつかむと 
 言った。「明ならず暗ならざる時は如何」。普化和尚が言った。「ありがたいことに、明日、大悲院でお 
 斎(とき。食事)の供養がある」
 また普化和尚は人の耳のそばで鐸を振り、あるいは鐸で人の背を打ち、そして相手が振り返ると言った。 
 「我れに一銭供養せよ」。このようにおよそ人を見れば、相手の高下にかかわらず鐸を振ること一声した 
 ことから普化(普遍の教化)と号したという。
 ・・・滅を示すべく市に入り人々に言った。「我れに衣を一枚供養せよ」。ところが人々が衣を与えても
 受けとらなかった。そこで臨済和尚が人をつかわして棺桶を一つ与えると、普化はそれを受けとって言っ
 た。「臨済の小僧は饒舌だ」。そして皆に別れを告げて言った。「明日、東門へ行って遷化する」
 翌日、人々が連れ立って見送りに行くと普化は言った。「今日は日が悪い。二日後に南門で遷化する」。 
 人々が南門へ行くとまた言った。「明日、西門から出発するのが吉だ」。ところがその日も遷化せず、見 
 送る人がようやく少なくなってきた。そして四度目には北門へ行き、門の外に棺桶をかつぎ出すと鐸を振 
 りながら自ら棺桶に入って亡くなった。それを聞いた人々が競って北門へ走り棺桶のふたを開けると、そ
 こに和尚の姿はなくただ遠ざかる鐸の声を聞くのみであった。
(´・(ェ)・`)b

230 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/17(日) 00:01:07 ID:1d4drIFg0
大体そのような感じじゃな。
聡い物には聡い教えを授け、愚昧な者には愚昧な教えを授けるというのじゃ。
さまざまな求めには、さまざまに応じ、無心の者には無心に応じるというのじゃ。
一休は気合のものであるから森羅万象に喝をいれるのじゃ。
一喝して曰く司馬相如のように誰も見抜けぬような渇を抱える者にも、氷を破って水を与えるのじゃ。

231 避難民のマジレスさん :2021/01/17(日) 14:13:15 ID:X71OGAw20
285
龍寶山大徳禪寺入寺法語   7/8
退院
平生蠚苴小艶吟     平生らそ小艶の吟、
酒婬色婬詩亦婬     酒に婬し色に婬し、詩も亦婬す  
擲拄杖云        しゅじょうなげうって云く
七尺拄杖還常住     七尺の拄杖、常住に還す。
吹尺八云一枝尺八少知音 尺八を吹いて云く一枝の尺八、知音なり。

くま訳
日頃は気合で、艶詩を詠み、
酒色に耽り、詩に耽。
杖を投げ出して云うのだ、
七尺の拄杖は寺の公用物なので返還すると。
尺八を吹いて云ったのだ、一枝の尺八の風流を解する者、わしの仏道を解する者はこの寺にはおらんのだ。

286 8/8
帖 てふ (ちょう)
頂戴即是 即ち是
放下即是 即ち是

くま訳
書置き
大徳寺の住持を引受けるも是
投げ棄てるも是なのである。

入院の時に、退院の書き置きをしている法語でありました。

232 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/17(日) 22:03:02 ID:1d4drIFg0
大体そのような感じじゃな。
入山なのに退院なのじゃ。
平静は艶詩などを詠い、酒色と詩に溺れているのじゃ。
任杖を投げ捨てて云うのじゃ。
七尺の任杖は仏性に還すと。
尺八を吹いて云うのはその意を知る者が少ないことじゃ。

233 避難民のマジレスさん :2021/01/18(月) 13:58:26 ID:eA/TPUFU0
287 臨済録パロディーで山居を嘆く
山居
孤峰頂上出身途 孤峰頂上出身の途
十字街頭向背衢 十字街頭かうはいのちまた
空聞夜夜天涯雁 空しく聞く夜夜天涯の雁
郷信封書一字無 郷信の封書一字も無し

くま訳
孤峰頂上は、解脱した者の道である。
街中にあれば、迎合したり、対立したりすることもあるのである。
山居していると、空しく夜毎雁の鳴き声を聞くことになるのである。
故郷からの便りはない。封書どころか、一字とてないのである。

*出身:解脱する、解脱せしむるの両方の意味があり(円覚寺HP解)
*向背:正面を向くことと背面を見せること、迎合と背棄。(円覚寺HP解)
*昔漢の蘇武、雁の足に書をつけて故国に放つ、時の昭皇帝の上林宛てに幸ありし時、雁の足に文付け来る、
 帝の傍らに下り来る、之を取って見、蘇武の書の細々しき誠忠の程、伺わさせられて、やがて帰国叶い、 
 元の燗に復しけりと。故に音信を一に雁書ともいひ、その昔を偲ぶなり(国訳大成 脚注)

おまけ:臨済録 上堂 (沢田天瑞先生・庭園の構想に関する研究Ⅲより)
 一人在孤峰頂上無出身之路、 一人は孤峰(こほう)頂上に在って、出身の路無く
 一人在十字街頭亦無向背。  一人は十字街頭に在って、亦た向背無し。
 那箇在前、那箇在後。    那箇(なこ)か前に在り、那箇かしりえに在る。
 不作 維摩詰、不作 傅大士。 維摩詰となさざれ、ふだい士となさざれ。
 珍重            ちんちょう
 
円覚寺HP解説抜粋
 孤峰頂上にあって、人を導く方便を持たない・・・、徳山禅師を念頭においていると言われます。
 峻厳一徹の徳山禅師は、誰がなんと言おうと三十棒を与えたのでした。
 しかし、臨済禅師は、そうではなく、人に応じて自在に教えを説かれました。
 否定するだけではなく、相手の境地に応じた教えを説いたのです。
 ですから臨済禅師は、この二人のありようを示しておいて、自分は後者を取ると言いたいのだと思われま 
 す。

沢田天瑞先生訳
 一人は孤峰の頂上ともいうべき悟りの絶対的な世界な世界にとどまって、その世界から出て活動する路がなく、
 もう一人は十字街道ともいうべき世俗の相対的世界にとどまって、進退の自由を失っている。
 いずれに優劣があるかといえば、いずれも取るべきものがみられない。
  維摩居士か、それとも傅大士か、などとこの二人をなぞらえて考えてはならない。
 ご苦労さま。
 
*維摩詰:維摩経に登場する主人公で、古代インドの毘舎離(びしゃり)城に住んだとされる大富豪。学識 
 に富み、在家(ざいけ)のまま菩薩の道を行じ、釈迦の弟子としてその教化を助けたといわれる。
*傅大士(ふたいし):[497〜569]中国、南北朝時代の在俗仏教者。善慧大士と号し、双林寺を建て、大
 蔵経を閲覧する便をはかって、転輪蔵を創始した。俗に「笑い仏」といわれる。
(´・(ェ)・`)つ

234 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/18(月) 23:31:24 ID:1d4drIFg0
孤峰頂上の途に出る身なのじゃ。
十字の街頭には背を向けるのじゃ。
毎晩空しく天に鳴く雁の声を聞くのじゃ。
故郷の便りには一字も無しじゃ。

今度は字に掛けているのじゃな。

235 避難民のマジレスさん :2021/01/19(火) 09:11:39 ID:eIfwtw9k0
くま訳全面改
わしは孤峰頂上に出る身なのである。 
けど、十字街頭に背を向けることはしないのだ。
毎晩空しく天に鳴く雁の声を聞くのである。
故郷の便りには一字も無いのだ。

288
山居僧擁葉   山居の僧、葉を擁す
孤峯頂上謝塵寰 孤峰頂上塵くわんを謝す
三十年來不出山 三十年來山を出でず
因憶南陽擁葉意 因っておもふ南陽葉を擁す意
半身暖氣半身寒 半身は暖氣半身は寒

くま訳
山居の僧、葉を抱きかかえる。
孤峰頂上に住み、俗世間から去る。
三十年來山から下りなかったと伝えられる、
南陽慧忠禪師は、長年山居して枯葉につつまれていた間は、どんな思いだったのだろう、
半身暖かく、半身寒かっただろう。

*塵寰(じんかん):俗世間。塵界。
*謝す:去る。①わびる。謝罪する。②感謝する。③(恨みなどを)晴らす。たち切る。
*南陽慧忠禪師、唐・675年 – 775年・慧能のもとで悟りを得た後、南陽の白崖山にある党子谷に庵を結び
 40年の間隠棲した。その後、皇帝粛宗の招請により都に上り、宮廷において教えを授けた。死後、皇帝 
 は国師号を贈った。 中国では単に国師といえば、ほとんどの場合慧忠のことを指すといわれる。
(´・(ェ)・`)つ

236 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/19(火) 23:04:14 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

山の頂に居て俗世間から離れたのじゃ。
三十年も山を出なかったのじゃ。
それに因って南陽が葉っぱを抱いていた意味を知ったのじゃ。
半身は温かく、半身は寒いのじゃ。

三十年も山に居て南陽が葉っぱを抱いていた意味を知ったというのじゃ。
まだ半分仏で半分は俗人だったというのじゃ。
小悟であったのじゃな。
完全に大悟していればそんなに長く山に居る必要もないからのう。
まだ修行が必要だから長く山にいたのじゃ。

237 避難民のマジレスさん :2021/01/20(水) 11:03:24 ID:0zM9Wu460
289
慈楊塔    
不是平生好境痕 是れ平生好境の痕にあらず
任他鶏足月黄昏 さもあらばあれ鶏足月くわうこん
誰氏風流我盟約 誰かうじぞ風流我が盟約
馬嵬青塚舊精魂 馬くわいの青ちょう旧精魂

柳田聖山先生訳
これは拙僧の寿塔ではなくて夫婦塚なのだ
鶏足山に眠る迦葉が弥勒の出現を臨んだが
二人が相思相愛を誓い合った盟約の記念碑
馬嵬の楊貴妃と青塚の王昭君の亡霊である

くま訳
この塔は、日頃の恵まれた境遇の記念碑ではないのだ、
夕暮れの鶏足山で弥勒を待つ摩訶迦葉のようなわしの心境の碑なのだ。
わしが風流な約束(三生の誓い)をした相手は誰か、
馬嵬で死んだ楊貴妃、青塚に眠る王昭君のような美女の生れ変りである、森の為の塔なのである。

*慈楊塔:1475年,一休の敬慕する宋の慈明禅師と楊岐禅師の名を取って「慈揚塔」と名付けられた。今日
の建物は「法華堂」と改称されている、宮内庁が後小松天皇落胤説に基づき陵墓(宗純王廟)として管理
している 
*鶏足山:大迦葉が、入定された地。その時お釈迦様から衣と言葉を預かり、56億7千万年の後、弥勒菩 
 薩が鶏足山に姿を現した時、それらを授けると言われている
(´・(ェ)・`)つ

238 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/20(水) 23:07:54 ID:1d4drIFg0
大体そのような感じじゃな。

これは平生の境地の塔ではなく、迦葉と弥勒のための塔というのじゃ。
二人の盟約の塔であり、馬嵬や青塚のような後生を誓う精魂の塔というのじゃ。
慈明と楊岐が弥勒の世に会う盟約の塔という意味じゃな。

239 避難民のマジレスさん :2021/01/21(木) 19:28:58 ID:ZSuyUWXo0

くま訳全面改
第一句:これは平生の境地の塔ではないのである。
第二句:夕暮れの鶏足山で弥勒を待つ摩訶迦葉のための塔なのだ。
第三句:慈明と楊岐が弥勒の世に会う盟約を刻んだ塔なのだ
第四句:馬嵬や青塚のような後生を誓う精魂の塔なのだ。

290
示斬猫僧    ざんめう僧に示す
是吾會裏小南泉 是れわがえりの小南泉
信手斬猫公案圓 手にまかせてめうを斬る公案まどかなり、
錯來自悔行斯令 あやまり来って自ら悔ゆこのれいを行じて、
驚起牡丹花下眠 牡丹花下の眠りを驚起することを。

くま訳
猫を斬った僧に示す
これ、一休会派のえりの徒の、小南泉の話である。(南線禅師の真似をして、猫を斬ったのである)
無造作に猫を斬る公案は、よく出来ている。
錯って、この公案と同じ様に猫を斬った僧は後悔しているのである。
猫ではなく、自分が、夢に驚き飛び起きる破目になったのである。

*小南泉:南泉普顧禅師、座下の雲水に対する提示に類するをいう(禪学大成脚注)・
*「南泉斬猫」は『碧巌録』『無門関』に採録。東西両堂が猫の子の仏性の有無について争ったとき、南泉 
 が猫の子をとらえ会得したところを明らかにせよと迫り、返答がなかったためその猫を斬ったという故事。
*牡丹花下眠猫児(ぼたんかかすいびょうじ)牡丹の花の下に眠っていた子猫が、人の気配を感じてすぐに
 起きて逃げてしまった。この猫は眠っていたのか、寝ているふりをしていたのか。という禅問答(公案)
(´・(ェ)・`)つ

240 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/21(木) 23:50:40 ID:1d4drIFg0
公案をまねて猫を切った僧が居たというのじゃな。
公案を完成させるために根を切ったというのじゃな。
それが間違いだったと一休に懺悔したのじゃな。
それを又考案にかけて牡丹の花の下で寝ていたのを驚き起こされたというのじゃ。

241 避難民のマジレスさん :2021/01/22(金) 14:25:29 ID:eDempLCw0
くま訳改
第二句:公案を完成させるために根猫切ったというのである。
第三句:それが間違いだったと懺悔してきたのである。
第四句:それを又考案にかけて牡丹の花の下で寝ていたのを驚き起こされたと言うのである。

291
心隋萬境轉   心はばん境に随って転ず
今日佛心猶未生 今日佛心猶ほ未だ生ぜず
衆生界地獄先成 衆生界地獄先づ成る
萬機萬境皆情識 萬機萬境皆情識
轉處能幽劍戟城 転処能く幽なり剣戟城"

くま訳
心は外界に随って移ろい行くのである。
今日仏心がまだ生じてないならば、
衆生が輪廻する六道では、先ず地獄が作られるのだ。
あらゆる機会、あらゆる境遇で、迷いが生じたら、
心を転じて執着を離れ、幽玄の境地の城を剣と矛で守るのだ。

おまけ:『景徳伝灯録』・摩拏羅尊者 の偈
心随万境転  心は万境に随って転ず
転処実能幽  転処実に能(よ)く幽なり
随流認得性  流れに随って性(しょう)を認得すれば
無喜亦無憂  喜びもなくまた憂いもなし

*承福禅寺HP訳・解説(〜朝日カルチャー「禅語教室」より〜)抜粋
人の心と言うものは、外界の現象に惑わされて揺れ動き、移ろい変わりやすいものである。
しかしその外界の現象に執着することなく、無心無自性であれば自由無碍であり、まさに幽玄
なる心境にあ
るといえる。
たとえ外界はたえず揺れ動き、激しく変貌することがあっても、心中においては常に平常であり
喜びも、悲しみも時の流れのままに処して何のわだかまりもなく、随処に主となる
ところの境地である。
喜怒哀楽はつきものである。悲しみ、喜びはあれど、実はその実体は何もなくただ、縁に随い、感に赴いて
いるにすぎないのだ。すなわち「心は縁に随って転ずる」だけなのだ。このように悟れば喜び悲しみあれど
その時その時、その場その場に応じて自ずから心のままに泣き、また悲しみ、また喜べばよい。心のままに
あって二念、三念なければ転処実によく幽の境いられよう。
*『景徳傳燈録』:北宋代に道原によって編纂された、禅宗を代表する燈史。禅宗を研究する上で代表的な
資料であり、必ず学ぶべきものとされる。

(´・(ェ)・`)つ

242 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/22(金) 23:40:26 ID:1d4drIFg0
心はよろずの境に従って転じるというのじゃな。
環境や境地に従って変化するというのじゃ。
今日仏心が生じていないならば、衆生の住む世界は地獄が先ず生じるというのじゃ。
全ての心の働きや状況は皆、感情や認識として捉えられるのじゃ。
その心が転じれば攻撃的な心や自らを守る心として能くとらえられるのじゃ。

243 避難民のマジレスさん :2021/01/23(土) 12:33:18 ID:KIqelnRo0
くま訳改
心は環境や境地に従って変化するのである。
第三句:全ての心の働きや状況は皆、感情や認識として捉えられるのである。
第四句:その心が転じれば攻撃的な心(劍戟)や自らを守る心(城)として能くとらえられる(幽なり)。

292
泉涌寺雲龍院後小松院廟前菊 泉にう寺雲龍院後小松の院廟ぜんの菊
袞龍錦袖碧雲天 こんりょうきんしう碧雲の天
叡信宗門列祖禪 叡信す宗門列祖の禪
生銕鑄成黄菊意 しゃう鉄つい成すくわう菊の意
秋香未老玉堦前 秋香いまだ老いず玉かいの前

くま訳
泉涌寺雲龍院の後小松院廟前の菊
後小松天皇の威徳を讃えるような青空
宗門祖師の禅を信仰されたのだ。
鍛えられてない鉄を、仕上げよと言うのが、後小松天皇のご意志であった。
その時の秋の香が、未だに衰えることがない宮中のみはしの前であります。

*雲龍院(うんりゅういん):真言宗泉涌寺派の寺院。南北朝時代は北朝の後光厳天皇の勅願により、応安
 5年(1372年)に龍華院と共に創建された。後円融天皇、後小松天皇、称光天皇など皇室の帰依を受けて
 発展したとされる。文明2年(1470年)には応仁の乱の余波を受けて全焼
*袞竜の袖(こんりょうのそで):1 天子の衣の袖。2 天子の威徳のたとえ。
*叡信(えいしん):天子が神または仏を信じ尊び、従われること。また、その信じる心。天皇の信仰。
*列祖:代々の祖先。歴代の祖先。
*鑄(ちゅう):1鋳造する,鋳る.2作り上げる,形成する.
*玉階(ギョッカイ):① 宮中、または神社の階段。御階。みはし。② 広く、階段の美称。
(´・(ェ)・`)つ

244 避難民のマジレスさん :2021/01/23(土) 13:00:30 ID:KIqelnRo0
一休さんの青春
303
年譜:應永十六年 師十六歳
結制日。秉拂僧喜記氏族門閥掩耳出堂。
乃作二偈呈慕喆翁。曰。今叢林頽靡。
非一柱可及。三十年後子言必行。
忍以侍之。其偈曰 

戸谷太一先生訳
師(一休)16歳、
結制の日(禅寺の行事)に、ひんほつの僧(説教をする僧)が喜んで氏族や門閥の話(家柄自慢)を記して
いるのを聞き、耳をふさいでお堂を飛び出した。
そして、詩を二つ作り慕哲翁(一休の詩の師匠)に見せたところ、翁は言った、今の叢林(当時の禅宗社
会)の頽廃は一人の人間で支えられるものではない、30年後に言ったことを実行しなさい、なので忍んで
機会を待ちなさい。
(´・(ェ)・`)つ

245 避難民のマジレスさん :2021/01/23(土) 13:06:40 ID:KIqelnRo0
304
余四十年前、秉拂僧在法堂上  余40年前、ひんぽつ僧の法堂上に在りて、
而説禪客之氏族焉。      禅客の氏族を説くを聞く     
于商于工手行僕者流      商にあれ、工にあれ、行僕者の流れにあれ、
各訐其所業。         各々其の業とする所をあばく。
甚者乃臻出手以爲模様。    甚だしきは、すなわち手を出して以て模様を為すにいたる。
吁是何爲也。即乃掩耳而出矣。 あぁ、是れなんするものぞ。すなわち耳をおおうて出づ。
因廼べ述二偈意在革弊。    因りて二偈を述ぶ。意は弊をあらたむるに在り。
凡四姓之入吾門。皆稱釋氏、  およそ四姓の吾が門に入って、皆な釈氏と称するは、
以其乞食而資姓乞法而資姓也。 其の乞食して命をたすけ、乞法して身を資くるを以てなり。
亦何貴冑望族之有哉。     亦た何の貴ちゅう望族が之れ有らん。
今世山林叢林之論人、     今の山林叢林の人を論ずる、
必議氏族之尊卑焉。      必ず家柄の尊卑の話をする。     
是可忍孰不可忍乎。      是を忍ぶべくんば、いずれか忍ぶ可からざらん。
遂寫前偈以掲示四方。     遂に前偈を写して以て四方に掲示す。
誰敢撃節。其偈曰       誰か敢えて撃節せん。其の偈に曰く、

     1/2
説法説禅挙姓名 法を説き 禅を説いて姓名を挙げる
辱人一句聴呑声 人を辱かしむるの一句 聴いて声を呑む
問答若不識起倒 問答もし起倒を識らずんば
修羅勝負長無明 修羅の勝負無明を長ぜん

くま訳
わしは、40年前、説法する僧が、法堂上で、
法談に招かれた僧の家柄の話をするのを聞いた。
商業者、工業者、仏道修行者や身分の低い人等、
各々其の業とする所をあばいた。
甚だしきは、作り話をでっちあげることまでした。
あぁ、是れは何とした事か。その場で耳をおおい、退出した。
その事ににより、二偈を述べた。意図するところは、悪しきならわしをあらたむることである。
およそ四つの身分の者が我が門に入って、皆、釈氏と称するは、
其の乞食して命をつなぎ、法を学んで身をたすけるからである。
そこにおいて、何の血筋や家柄の違いがあろうか。
今の禪寺では人を評価する時に、必ず家柄の尊卑の話をする。
そんな話を我慢して聞けるくらいなら、我慢できない話など何もないであろう。
今日に至って、前に作った偈を写して以て四方に掲示する。
誰か敢えて共感する者はいないか。その偈に曰く、

法を説き 禅を説く者でありながら、身分をあげつらう。
そのことで人を辱かしめる言を吐くのを聞いて、声が出ない。
問答における勝敗のつけ方を知らないのであれば、
醜い言い争いが、決着がつかないまま、愚かにいつまでも続くであろう。

*秉(ヒョウ・ヘイ・ヒン・とる):①いねたば。ひとにぎりのイネの束。 ②とる。手に持つ。にぎる。 
 ③まもる。心にかたく守る。④え(柄)。転じて権勢。「権秉」
*払(ホツ・はらう):1 はらいのける。はらう。2 やみをはらうように空が明ける。
*秉払の(ひんぽつ)::払子を持つ
*払子(ほっす):仏教の法要の際に僧が威儀を示すために用いる法具である。麈尾(しゅび、しゅみ)、
 白払(びゃくほつ)ともいう。
*客僧:1 旅の僧。旅僧。かくそう。2 他の寺に身を寄せている僧。また、法談などのため招かれた僧
*修羅: 醜い争いや果てしのない闘い、また激しい感情のあらわれなどのたとえ。
*貴冑望族:貴族又名望家の族
*撃節;節を撃たん・意に適って、手又は膝を打ちて、同意を表すをいふ。
(´・(ェ)・`)つ

246 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/24(日) 00:53:34 ID:1d4drIFg0
後小松院廟の前に菊が供えられていたか花壇があったのかもしれん。
それを詠んだのじゃな。

天子の衣のような紺碧の空というのじゃ。
それは天皇の威徳が空一杯に広がっているということじゃな。
後小松天皇は宗門の禅に列して修行したのじゃな。
生鉄を練成して黄色い菊にしたというのじゃ。
修業を完成させたというのじゃ。
黄色い菊は皇室の印じゃな。
その菊の香りがまだ廟前に残っているというのじゃ。

247 避難民のマジレスさん :2021/01/24(日) 11:06:04 ID:eGllDJ6Q0
鬼和尚、いつもありがとうであります。
>> 245の詩もお願いするであります。
γ⌒:"-ヽ〟
(∪(   )
∪∪∨-∨

248 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/24(日) 23:43:11 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じなのじゃ。
そもそもお釈迦様は生まれに拠って四性の区別があるのではなく、行いによって四性があると説いたのじゃ。
そうであるからその弟子の筈である僧が、四性の生まれた家柄による差別を語ってはおかしいのじゃ。
一休も当然それを知っていたが、無知な僧は知らずに論っていたのじゃ。
その頃は一休はまだ若いから説教とかできなかったのじゃな。

一休が四十年前、権威のある僧が法堂上にあって他の客僧がどこの氏族の生まれであるか説いたのを聞いたのじゃ。
商家、工人の家、肉体労働者の流族であるとか暴き、酷いのは手でその生業を真似て示したりもしたのじゃ。
一休は何じゃ、これはと嘆いて耳を覆って堂から出たのじゃ。
是に因り二偈を述べて悪幣を改めるつもりなのじゃ。
およそ四性の者がわが門に入って皆、釈氏と称するのは乞食行をして、身を養うからなのじゃ。
それなのに素性の貴さを望むことなどありえないのじゃ。
今の人が僧を論じる時に必ず出身の家柄の尊卑を語るのじゃ。
このようなことを忍ばなかったら、何を忍ぶというのか。
遂に前の偈を写して四方に掲示するのじゃ。
誰か是をあえて同意する者はいないかというのじゃ。

その偈はこの通りなのじゃ。
 
法を説き、禅を説く者が氏素性をあげつらう。。
それによって人を辱める一句を聞いて声を呑むのじゃ。
そのような問答の利害がわからなければ、修羅の如く勝敗に係り患って無明を強化するのみなのじゃ。

249 避難民のマジレスさん :2021/01/25(月) 18:18:36 ID:68E1el720
305    2/2
犀牛扇子与誰人 犀牛の扇子、誰人にか与えん、
行者盧公来作賓 あん者ろ公、来って賓となる。
姓名議論法堂上 姓名を議論す、法堂の上、
恰似百官朝紫宸 あたかも百官の紫宸に朝するに似たり

仏性(仏になるための性質 )をあらわす犀牛の扇子は与えるまでもなく誰もが持っているのだ。
六祖慧能は出身がいやしくとも、見出されて五祖の客となった
身分のことを法堂上で議論しているのである、
あたかも朝廷に仕える役人のようである。

*行者盧公:六祖慧能:中国の禅僧。ここでは、出身が貧しい慧能が師に見抜かれた、ということ

*おまけ①:犀牛の払子『碧眼録』第91則「塩官の扇子」
【本則】
 挙す。塩官、一日侍者を喚ぶ、「我が与に犀牛の扇子を将ち来れ」。
 侍者云く、「扇子破れたり。」
 官云く、「扇子既に破れたれば、我に犀牛児を還し来たれ」侍者対うること無し。
 投子云く、「将棋出だすことを辞せざるも、恐らくは頭角全からざん」。
 雪竇拈げて云く、「我は全からざる底の頭角を要す」。
 石霜云く、「若し和尚に還さば即ち無からん」。
 雪竇拈げて云く、「犀牛児は猶お在り」。
 資福一円相を画き、中に一つの牛の字を書く。
 雪竇拈げて云く、「適来、為什麼にか将き出ださざる」。
 保福云く、「和尚は年尊し、別に人に請えば好し」。
 雪竇拈げて云く、「惜しむべし、労して功無し」。

 横田観風先生訳・解説抜粋
塩官というのはお師匠さんで、ある日世話係(待者)を呼んで「わしのために犀牛の骨で作った扇子を持っ
て来てくれ」と言った。すると世話係は「扇子は破れて使い物になりませんよ」と言った。
・・・すると塩官は「扇子が壊れたなら、わたしに犀牛そのものを持ってきてくれと」言った。
・・・すると世話係は何も答えられなかった。
・・・塩官が示唆した犀牛というのを、我々が生まれついて持ってきたものが隠れて無くなったものととら
えられれば、何か答え方があった訳である。
「お師匠様、いつも持っているじゃないですか」とか。
ここでは世話係が答えられなかったという事実があるので、後の世の人達がこれを禅問答の材料にしている。
投子は「犀牛を引っ張り出してくる事は良いとしても、恐らく角は完全じゃありません」と言った。
結局、犀牛とは言葉にならない世界、形にならない世界のもの、つまり仏性、それを表に見えるように出す
となると、もう完璧ではなくなる。
欠けたようにしか出せませんよと、そういう意味。
見えないものがそのまま備わっているのに、何もかたちにして見せる事ないだろうと。
雪竇は「私ならば、その不完全な頭角の犀牛児が必要なのだ」と言った。
説明するためには必要という事。
石霜は「もし、和尚に返したら無くなってしまいます。」
だいたい誰にも備わっているものを返せというのがおかしい。
説明しなければ、返したり返さないとかできないけれども、人に知らしめるためには表現しなくてはいけな
い。
表現するにはそういうものは必要だ。お師匠さんから弟子らにいっぱい話をしないといけないとか。
雪竇は「犀牛児はなお在り」と言った。
もともと誰の中にもある。在るとか無いとかの問題でないので、禅は反対の事を言う。片方が無いと言うと
、もう一方は在ると言う。どっちも正しい。
そういう世界では無い所を求めているので、こういう言い方をしている。
資福は犀牛児を円相で描いた。これは表現できないものを丸で表現して象徴化した。さらにその中に牛(仏
性)と描いた。
すると雪竇は「そんなに立派な牛がいるのなら、どうして持ち出して来なかったのだ?」と言った。
これは宇宙そのものが牛なのだという風に表現した。
保福は「和尚は随分年取ったぞ、別の人に頼んで下さい」と言った。世話係の引退宣言。
雪竇は「惜しい事だ。お前さんも長く勤めてくれたがさっぱり功が無かったなあ」と言った。
私だったら何と言うか。「和尚はすでに持っているのに、欲張りですね」とか。いろいろある。
(´・(ェ)・`)つ

250 避難民のマジレスさん :2021/01/25(月) 18:28:56 ID:68E1el720
*おまけ②:犀牛の払子『碧眼録』第91則「塩官の扇子」
【頌】
 犀牛の扇子用うること多時、問著れば元来総な知らず。
 限り無き清風と頭角と、尽く雲雨と同に去って追い難し。
 雪竇復た云く、「若し清風の再び復し、頭角重ねて生ぜんことを要せば、請う禅客、各一転語を下せ」。
 問うて云く、「扇子既に破れたれば、我に犀牛児を還し来たれ」。
 時に有る僧出でて云く、「大衆、参堂し去け」。
 雪竇、喝して云く、「鈎を抛って鯤鯨を釣りしに、箇の蝦蟆を釣り得たり」と。
 便ち下座す。

横田観風先生・訳・解説より
犀牛の扇子を用いる事久しくとも、どういうものかと聞いても、誰も知らない。
認識を超えて霊妙不可思議というものは知っているけれども、こういう形があるとかは誰も知らない。
知ろうとしてもわからないものだ。
塩官と世話係の問答について、五人(投子、石霜、資福、保福、雪竇)がいろいろ見解を述べて答えている
が、皆、悟っている人なので、そのものズバリとは言わないが、それぞれ答え方が清い風を受けるようなも
のだ。
雪竇が塩官の真似をして「誰か、弟子の中で答えが言える人はいるか?」と皆に言った。
するとある僧が出て来て「大衆、禅堂に帰れ」と言って、皆を禅堂に帰す働きを示した。
すると雪竇は誰かに出て来てもらって問答したかったのに、帰されてしまったので、喚いて「わしは皆に釣
り針(言葉)を投げかけて、誰か鯨みたいな大物がいないか釣り上げようと思ったのに、何と釣り上げたの
は余分な事をするちっぽけな蛙だったわい」と言ってすっと帰ってしまった。
(´・(ェ)・`)b

251 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/25(月) 23:12:40 ID:1d4drIFg0
法を継ぐ者の証である犀牛の扇子を誰に与えるべきかというのじゃ。
身分が低い家の出であった慧能が受けるべき賓客となったのじゃ。
法堂で生まれた家の貴賎を語るのは役人が朝廷に集まっているのにも似るのじゃ。
俗臭紛々なのじゃ。

252 避難民のマジレスさん :2021/01/26(火) 16:47:52 ID:Zd7tgxm60
306
自戒
罪過彌天順藏主 罪過彌天順藏主
世許宗門賓中主 世に許す宗門賓中の主と
説禪逼人詩格工 禪を説いて人にせまる詩格の工
無量劫來悪道主 無量劫來悪道の主

くま訳
自戒
罪過は天いっぱいに拡がるほど多いのである。
世間から禅宗門は、修行者は師よりも劣ると看做されているのであるが、
わしが禅を説く際に、聞き手に強い印象を与えるのは、言葉選びがたくみななだけである。
永遠の、悪道主でる。

*罪過弥天(ざいかみてん):弥はあまねくいきわたるという意味で、罪や過失が空一面に広がるほど大き 
 く甚だしいことを意味する。
*賓中主:飛不動HP解説 
 四賓主は、賓と主、二人の能力の関係を四通りに分けたものです。賓は客、主は亭主。通常、客が修行者、
 主は師となります。
 ① 客看主 「客、主を看る」
 修行者が力量のある者で、師に力量がない=劣る場合。
 ② 主看客 「主、客を看る」
 師に力量があり、修行者に力量がない=劣る場合。
 ③ 主看主 「主、主を看る」
 師も修行者も、ともに優れた者の場合。
 ④ 客看客 「客、客を看る」
 師も修行者も、ともにまだ悟っていない力量不足者同志の場合。
 以上は臨済宗の場合で、曹洞宗では、
 ①主中賓 ②賓中主 ③主中主 ④賓中賓 と表します。

 ① 修行者に見破られている状態。
 ② にわか住職に見破られている状態。
 ③ 共に悟りの眼があり、禅の話をして相通じる状態。
 ④ 共に悟りの眼がないので、お互い話がチンプンカンプンの状態。
*詩格:1 詩の作り方の規則。詩の法則。2 詩がもつ風格。詩の品格。
(´・(ェ)・`)つ

253 避難民のマジレスさん :2021/01/26(火) 18:24:52 ID:x7otsCkY0
305の詩・くま訳全面改
法を継ぐ者の証である犀牛の扇子を誰に与えるべきであるか。
身分が低い家の出であった慧能が弘忍に認められたて六祖となったのだ。
法堂で生まれた家の貴賎を語るのは
役人が朝廷に集まっているのにも似るのだ。
(´・(ェ)・`)b

254 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/26(火) 23:28:50 ID:1d4drIFg0
自戒の詩じゃな。

わしの罪過は天に満ちるほど多いのじゃ。
世間ではわしは宗門でも一番の名僧とされているのじゃ。
しかし実は詩の作り方がうまくて人に禅を説いているだけなのじゃ。
無量劫にも無いほどの悪道の者なのじゃ。

255 避難民のマジレスさん :2021/01/27(水) 16:29:04 ID:QvALKIzw0
くま訳全面改
わしの罪過は天に満ちるほど多いのだ。
世間ではわしは宗門でも一番の名僧とされているのだ。
しかし実は詩の作り方がうまくて人に禅を説いているだけなのだ。
無量劫にも無いほどの悪道の者なのだ。

307
大徳寺火後題大燈國師塔 大徳寺火後大燈國師の塔に題す 1283 1338 
創草百二十八年 創草百二十八年
看來今日體中玄 看來ればこんにち體中玄
正邪境法滅卻後 正邪境法滅卻して後
猶是大燈輝大千 猶ほ是れ大燈大千に輝く

くま訳
大徳寺火災後の大燈國師塔と題して
大徳寺は創建されて百二十八年で(炎上してしまったので)ある。しかし、
創建されて以来の真実は大燈國師の中に見出せるのである。
正邪、意識対象となるもの全てを滅却した大燈国師は、
これからも三千大世界に輝き続けるのである。

*三玄三要(臨済録):玄は黒を表わし、奥の深い状態を指すので、真理、真実を深く極めた人という意味  
 で捉える事ができる。89の詩 参
 1、「体中玄」とは、物事の姿や形の中に真実を見つけ出そうということ
 2、「句中玄」とは、言葉に込められた根本の意味を見つけ出そうということ
 3、「玄中玄」とは、形や言葉に囚われない真実の姿を求めること
  臨済録・何をさすか明示されていない。一説に、玄中玄(真理そのもの)、句中玄(言語における真 
  理)、体中玄(修行で現れる真理)の三つをあげる。265の詩 参

*大徳寺・山号は龍宝山 開基は大燈国師宗峰妙超、1325年
 1453年・60歳の時・大徳寺が炎上。
(´・(ェ)・`)つ

256 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/27(水) 23:26:53 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

大燈国師の塔が再建されたのじゃな。
大徳寺が創建百二十八年というのじゃ。
看に来たれば体中玄なのじゃ。
正邪も滅却して後、なおも大燈国師の威光は大千世界に輝くというのじや。

257 避難民のマジレスさん :2021/01/28(木) 17:24:07 ID:GLxyV7yo0
くま訳改
第二句:看来れば、物事の姿や形の中に真実を見いだせるのだ。
第三句:正邪、意識対象となるもの全てを滅却した後も、
第四句:なおも大燈国師の威光は大千世界に輝くのである。

308
賛鳥窠和尚   てうくわ和尚を賛す
巣寒樹上老禪翁 巣は寒し樹上の老禪翁
寂寞淸高名未空 せきばくせいかう名いまだむなしからず
諸悪莫作善奉行 諸悪まくさ善奉行
大機須在醉吟中 大機はすべからくすゐ吟のうちに在るべし

肝冷斎先生訳・解説より
そこの巣は寒くはございませんか、樹上の老いた禅じじいよ、
孤立し、清く高尚で、その名は今でも知られている。
白楽天の問いに答えて、「悪いことはしてなりません、いいことをしなさい」と(外面よく答えたが)
(悟りへの)大きな転換ポイントは酔歌する(ようなキモチ)の中にこそあるはずだ。

「酔吟」・・・白楽天が晩年に「酔吟先生」と自称しているので、それを踏まえると、(悟りへの)大きな
 転換ポイントは、白楽天の方にあるはずだ(和尚の方はヒントを示しているだけだ)。

くま訳
鳥巣(ちょうか)和尚について詠うのだ
松の木の上に住んだ鳥巣老僧は、寒かったでありましょう。
寂寞たる中で、清らかに生きたその名は、未だに思い起こされてるでありますよ。
悪事をなさず、善事をなせ。(よと、鳥窠和尚は白楽天の問いに答えて言ったのだ。)
悟りを求める実践法は、すべからく、酔吟のうちにあるのだ。

*鳥窠道林(ちょうかどうりん、741-824、唐代 白居易との交流で知られる。198 40の詩 参    
*道林和尚と白楽天の間に交わされたという有名な問答の概要・禅の視点 - life - HPより
 
 白居易来って宗要を問ふ、居易曰く、「禪師の住所甚だ危険なり」と。
 窠曰く、「居士の危険尤も甚だし。」
 居士曰く、「弟子の位、江山に鎮す、何の険なることか之れあらん」と。
 窠曰く、「薪火相交って識性停まらず、険に非らざることを得んや。」
 
「和尚さん、そんなところで坐禅をしていては危ないのではないですか?」
「ワシには、あなたのほうが危険に見えるが」
「私はこの度新しく杭州の長官として赴任してきた白居易です。この辺りはすべて私が治めています。何の 
 危険があるというのでしょうか」
「薪を燃やすかのように、煩悩の炎が燃えあがっておる。どうして危険がないなどということが言える 
 か」(この後に135の詩の詞書がつづく)
*諸悪莫作善奉行:一休さんお気に入りの言葉。
*寂寞(ジャクマク・せきばく):ひっそりしていてさびしいこと。また、そのさま。静かなさま。
*清高:清らかですぐれている・こと(さま)。
*大機:大乗の教えを受け、それを実践する資質。また、その資質を有する者
(´・(ェ)・`)つ

258 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/28(木) 23:38:35 ID:1d4drIFg0
鳥巣和尚の賛じゃな。
寒樹は葉の落ちた樹なのじゃ。

寒樹の上に巣を作る禅翁なのじゃ。
清き涅槃の境地によって高名未だ空しくないのじゃ。
鳥巣禅師は白居易に諸々の悪はなさず、善き事を奉じ行えと説いたのじゃ。
なぜならば悟りへの大いなる機会とは白居易自らの中にあらねばならぬからなのじゃ。

259 避難民のマジレスさん :2021/01/29(金) 17:29:17 ID:Mq7fRKlY0
くま訳全面改
第一句:寒樹は葉の落ちた樹の上に巣を作る禅翁なのだ。
第二句:清き涅槃の境地によって高名未だ空しくないのだ。
第三句:鳥巣禅師は白居易に悪事はなさず、善事を行えと説いたのだ。
第四句:なぜならば悟りへの大いなる機会は白居易自らの中にあらねばならぬからなのだ。

一休さんらしいオチと言うべきでありましょうか。
309
賛靈昭女    靈昭女を賛す
笟籬賣却甚風流 さうりまい却して甚だ風流
一句明明百草頭 一句明明たり百草頭
相對無心弄禪話 相對して禪話を弄ずるに心無し
朝雲暮雨不甚愁 朝雲暮雨愁に堪えず

くま訳
賛靈昭女(りんしょうじょ)について詠うのだ。
竹かごを売って生活していた風流な女性である。
森羅万象はありのまま、(仏法の真髄、悟りの法)の一句を遺している
相対して禅話をしても、無心なのだ。
しかし、情を交わすことがあったとしても、ものわびしく感じてしまうであろう。

*靈昭女:(りんしょうじょ・れいしょう)龐居士(ほう)の娘、一家そろって禪宗に在家で歸依、竹漉籬 
 売りて父母を養ふ。 
 150の詩参
*おまけ: 龐居士VS 靈昭女 親子問答
居士一日坐次。問靈照曰。     居士一じつ坐する次いで、りんしょうに問とうて曰く、
古人道。明明百草頭。明明祖師意。 古人いう、明明たり百草頭、明明たり祖師意、と。
如何會。              如何が会す 
照曰。老老大大。作這箇語話。 照曰く、老老大大として這箇の語話をなす。
士曰。你作麼生。 士曰く、なんじはそもさん。
照曰。明明百草頭。明明祖師意。 照曰く、明明たり百草頭、明明たり祖師意。
士乃笑。 士、すなわち笑わう。

細川景一先生訳・解説抜粋
父、龐居士が娘に問いかけます。「古人いう、明々たりひゃくそうとう、明々たり祖師そし意い、如何にえ
すや」。
霊照が答えます。「老々ろ大々、お父さん、いい歳をして何をいっているのですか」。龐居士、驚いた顔を
して問います。「じゃ、お前ならなんという」。
霊照、おもむろに、「明々めいめいたり百草頭、明々たり祖師意」。
龐居士、頷いてにっこり笑います。

答えは一緒です。どう違っていたのでしょうか。龐居士は、ただ古人の言葉として取り上げたにすぎません。
霊照はこの「明々たり百草頭、明々たり祖師意」の語を、自分の見解(けんげ)として呈し、その真意を体得
したのです。そこを看て取って龐居士は頷いたのです。
「明々」とは、はっきり・・、ありあり・・としているさま。「頭」は意を強める助辞。また、文字通りの
頭、先のことと解することもできます。「百草」とは、草花に限りません。森羅万象、山河大地、草芥人畜、
一切の存在と現象を意味します。「祖師意」とは、祖師西来意・・といわれるもので、達磨大師がインドか
ら中国にやって来た本当の意ということから、禅問答の中では、仏法の真髄・・とか悟り・・とかの意に用
いられます。
「明々たり百草頭、明々たり祖師意」。私たちの目前に拡がる山川草木、禽獣、虫魚、瓦礫塵芥(がりゃく
じんかい)等一切の存在と現象一つ一つが、そのまま仏法の真理であり、悟りであるというのです。故に一
草、一木、一匹、一箇の事々に、物々の一つ一つに耳を傾け、目を凝らし、心を通わせ、その真実の姿を収
得しなければならないのです。霊照は父親の手引きで、目前の一草一木の先に輝く仏の命を学び取ったのです。
(´・(ェ)・`)つ

260 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/29(金) 23:39:43 ID:1d4drIFg0
靈昭女は竹かごを売却してはなはだ風流なのじゃ。
一切が明らかになった境地を句に表したのじゃ。
相対すれば無心で禅話を玩弄するじゃろう。
それが一夜の逢瀬で終わったとしても愁いが甚だしいこともないのじゃ。

261 避難民のマジレスさん :2021/01/30(土) 17:25:12 ID:VDH662kQ0
くま訳改
第四句:それが一夜の逢瀬で終わったとしても愁いが甚だしいこともないのだ。

不甚(たえず))あまり…でない.あまりはっきりしない,よくわからない.そんなにはっきりしていない.
くまの元訳は、耐えずと誤訳してしまったのである。

310    1/2
大燈國師百年忌 二首
曩覔青銅無半文 さきに青銅をもとむるに半文無し
酬恩一句豈驚群 恩にむくゆる一句あに群を驚かさん
祖師遷化己百載 祖師のせんげすでに百さい
空拝婆年婆子裙 むなしくば年を拝すばしがくん

柳田聖山先生訳
いくら頭陀袋を探しても、半文もないのに
どうして気の利いた詩句を捧げられようか
祖師が亡くなって早や百年が過ぎた年月は、
老婆が年月を数えるように、虚しい限りだ。

くま訳
まずは、銭を探してみたが半文も無いのである
大燈國師の恩に報いたくて一句を詠んでも、多くの人の注意をひくことが出来ない。
大燈亡くなってすでに百年
虚しく老婆の様に年を数える

*半文:斎宮歴史博物館HPによると、平安時代の貨幣価値は、1文24円くらいだそうである。くまより貧 
 乏な一休さんであるが、いずれ、一休文化サロンのパトロン達から何十億円も寄付を集めて、大徳寺を再 
 建するのである。
(´・(ェ)・`)つ

262 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/31(日) 00:18:14 ID:1d4drIFg0
大燈国師の百年忌なのじゃ。

財布の中には半文の銅銭もないというのじゃ。
恩に報いるのに金は無く詩の一句だけであるがそれで群集を驚かすことなどあろうかというのじゃ。
なぜならば祖師の遷化して百年経ったことを祝うというのは、老婆が年古びた腰巻を空しく拝むようなものであるからなのじゃ。

263 避難民のマジレスさん :2021/01/31(日) 14:20:37 ID:4O1q8XE60
くま訳改
第四句:それを祝うというのは、老婆が年古びた腰巻を空しく拝むようなものなのだ。

311    2/2
児孫多踏上頭関 児孫多く踏む上頭の関
一箇狂雲江海間 一個の狂雲紅海のあひだ
大会齋還在何處 大え齋かへっていずれのところにか在る
白雲蒸飯五臺山 白雲はんを蒸す五台山

慧智和尚 の解釈
伝統や系譜を肩にかけた頭でっかちの“お偉い”先輩弟子が公案を通るが、頭を捨て去り融通無碍に生きて
こそ本物である。

柳田聖山先生訳
弟子は皆、上へ上へと階段を昇るのだが、
狂雲子のボクだけは、海辺に、河辺に遊
百年祭など、どこで執り行われるのだろう。
白雲が湯気を立ち込めるあの五台山あたり。

くま訳
大燈の弟子たちは、どんどん出世してゆくが、
狂雲は一人海辺、川辺で遊んでいるのである。
大燈百年忌の大会斎はどこで行われるのだろう、
盛大な宴会のための炊飯の湯気が、仏教の聖地五大山を曇らせているであろう。
(´・(ェ)・`)つ

264 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/01/31(日) 23:55:03 ID:1d4drIFg0
孫弟子や曾孫弟子達が墓の中の大燈国師の頭上を踏んづけているというのじゃ。
一休だけは川海に降りて踏んでいないのじゃ。
祖師の没後百年を忌む心がどこにあるのかというのじゃ。
僧達が寄り集まり物見遊山の気分で飯を炊いて食べる蒸気が白雲となって五台山にまで届くというのじゃ。

虚礼を批判して本心を尊ぶ一休らしい二首なのじゃ。

265 避難民のマジレスさん :2021/02/01(月) 08:36:51 ID:EjUwW3wo0
くま訳全面改
孫弟子や曾孫弟子達が墓の中の大燈国師の頭上を踏んづけているのだ。
わしだけは川海に降りて踏んでいないのだ。
祖師の没後百年を忌む心がどこにあるのかというのか。
僧達が寄り集まり物見遊山の気分で飯を炊いて食べる蒸気が白雲となって五台山にまで届くのだ。

312
偶作
昨日俗人今日僧 さく日は俗じんこん日は僧
生涯胡亂是吾能 生涯うろん是れわが能
黄衣之下多名利 くわうえのもと名利多し
我要兒孫滅大燈 我は要す兒孫んの大燈を滅せんことを

くま訳
昨日は俗人今日は僧
わしは生涯怪しい奴なのだ。
僧衣を着てると名声や利益が転がり込むのだ
わしには、それが必要なのだ、大燈の後継者と称する奴等を滅ぼす為に。

*俗人:世間一般の人。利益や評判しか考えないような、くだらない人物。風雅の心がわからない人
*胡乱;確かでなく、怪しいこと。うさんくさいこと。
(´・(ェ)・`)つ

266 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/01(月) 23:30:33 ID:1d4drIFg0
昨日は俗人となり、今日は僧となる。
生涯うろんな奴となるのが我が智慧に拠って能くすることなのじゃ。
なぜならば僧の黄衣を着ているだけでも名声や利益が集まってしまうからなのじゃ。
わしには大燈の伝統を継ぐものとしての名声さえも滅することが必要なのじゃ。

一休は僧としての名声や利益さえも不要と言うのじゃ。
見上げたものじゃ。

267 避難民のマジレスさん :2021/02/02(火) 18:40:58 ID:1so70pj20
くま訳全面改
昨日は俗人今日は僧
わしは生涯怪しい奴になるのが我が智慧に拠って能くすることなのだ。
僧衣を着てると名声や利益が転がり込んでしまうのだ。
わしは、大燈の後継者ととしての名声さえも滅することが必要なのだ。

313
苦中樂
酒喫三盃未濕唇 酒三盃を喫して未だしんを潤さず
曹山老漢慰孤貧 曹山老漢 孤貧をいす
直横身火宅中看 直に身を火宅のうちに横たえて看れば
一刹那間万刧辛  一刹那かん万ごうのしん

くま訳
酒三盃をあおっても、未だ酔えない。
曹山和尚ならば、既に狐貧の境涯に達していると慰めてくれるだろうが、
直接我が身を娑婆世界に置いてみれば、
この一瞬が、永遠の苦しみのように感じるのだ。

*『無門関』第十則にある「清税孤貧(せいぜいこひん)」
 清税和尚(税闍梨・ぜいじゃり)が、 曹山本寂(ほんじゃく)和和尚に問う。
 「清税孤貧、乞う師、賑済(しんさい)せよ」 私は狐貧(本來無一物)の境涯を得たが、
                       この上、何を会得したらいいのでしょう。
 曹山云く、「・・酒、三盞(さんせん)喫し了って猶お道(い)う、未だ唇を沾(うるお)さず」と。
(´・(ェ)・`)つ

268 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/02(火) 23:04:15 ID:1d4drIFg0
大悟すれば全てで満ち足りている故に三杯の酒を飲んでも唇をぬらす程度にもならぬのじゃ。
曹山和尚ならば真の孤貧の悟りに拠ってわかるのじゃ。
俗世に在ればそれは刹那でも何万年の苦と感じるじゃろう。

269 避難民のマジレスさん :2021/02/03(水) 17:53:25 ID:381gV8NM0
くま訳全面改
大悟すれば全てで満ち足りている故に三杯の酒を飲んでも唇をぬらす程度にもならぬのだ。
曹山和尚ならば真の孤貧の悟りに拠ってわかるのだ。
俗世に在れば
それは刹那でも何万年の苦と感じるものなのだ。

314
嫌抹香     抹香を嫌ふ
作家手段孰商量 作家の手段たれか商量せん 
説道談禅舌更長 説道談禅舌更に長し  
純老天然悪殊勝 純老は天然殊勝をにくむ 
時顰鼻孔佛前香 ひそかに鼻くうをしかむ仏前の香

仁先生訳
本当に悟りをえた者の境地を一体誰が思量することができるだろうね。  
悟ったように道を説き、禅をお喋りしている者たちの舌は、長すぎるよ。   
ぼくはね、天然の木偶の坊だからね、くそまじめ精神が嫌いなんだ。 
仏前の抹香臭さには、たまらず鼻を顰めてしまうよ。 

くま訳
禅宗師家が弟子を導く方法について、誰が、評価できるというのだ。
仏道を説き、禅を談じる際にはたいへん饒舌な奴らである。
わしは、ありのままを追求するのだ、本來殊勝な奴は嫌いなのだ。
仏前の抹香臭いには鼻をしかめてしまうのである。
(´・(ェ)・`)つ

270 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/03(水) 21:33:40 ID:1d4drIFg0
大体そのような感じじゃな。

仏陀の法を誰が理解することが出来るのかというのじゃ。
まだ目覚めぬ者が法について長口舌するのじゃ。
わしはあるがままに在ることが法であり、殊更に優れた法を分別するのは悪とするのじゃ。
仏前に供える抹香も多すぎれば臭すぎて鼻を顰めるようなものじゃ。

271 避難民のマジレスさん :2021/02/04(木) 06:31:54 ID:z5R.lv3M0
くま訳改
第三句:わしはあるがままに在ることが法であり、殊更に優れた法を分別するのは悪とするのだ。

一休さん、東福寺(涅槃図)広報の詩
315
涅槃像  1/2
作佛被毛無主賓 さぶつひ毛主賓無し
春愁二月涅槃辰 春愁二月涅槃のとき
有情異類五十二 有情異類五十二
混雑紫磨金色身 混雑す紫磨金じきのみ

中瀬祐太郎先生訳・解説
涅槃に入るお釈迦さんと、その周囲で嘆き悲しんでいる動物たちとに、主体も客体もない。
その涅槃の季節は物悲しい春の二月である。
五十二種類にのぼる一切の生きとし生ける者たちが集まって、
美しく輝く御釈迦さんの周囲をうじゃうじゃさわがしく取り巻いている。
〔語注〕
・作佛…佛になること。 ・披獣…獣になること。 ・主賓無し…自他などの相他した区別のない世界。
・五十二…入滅の際し集まった五十二種の衆生。

くま訳
佛も衆生も分け隔て無し
春愁二月涅槃のとき
五十二の人や動物が描かれている
みな集まる、金色の仏

*紫磨金(シマゴン)紫色を帯びた純粋の黄金。紫磨黄金。紫金(しこん)。
*現在では、酬恩庵一休寺に、南北朝、室町、江戸後期に製作された涅槃図が所蔵されており、釈迦(しゃ
か)の命日とされる旧暦の2月15日に涅槃会(ねはんえ)が行われ、涅槃図3幅が特別公開されているの
である。 一休さんが見に行ったのは↓
参)東福寺所蔵の8x15mの巨大図絵 (猫も描き加えられていることで有名)
http://www.rinnou.net/nehanzu/1_kaisetsu/1-1_jinbutsu/shakuson.html 
(´・(ェ)・`)つ

272 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/04(木) 23:28:44 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

 お釈迦様が涅槃に入って一切衆生が悲しんでいる図というのじゃ。
 二月の春というのじゃ。
 52種類の衆生が描かれているのじゃ。
 金色の仏陀の体を取り巻いて混雑しているというのじゃ。

273 避難民のマジレスさん :2021/02/05(金) 19:16:06 ID:TUYcrgkw0
316
涅槃像  2/2
頭上北洲脚下南 頭上は北洲 脚下は南    
前三三也後三三 前三三や後三三  
逼塞乾坤釈迦像 乾坤に逼塞す釈迦の像    
看來慧日一迦藍 看来れ 慧日の一迦藍   

中瀬祐太郎先生訳解説
頭は北向き足は南向きで、
ごろんと横たわっているお釈迦さんの周りに、あっちこっちにちらほらと数人ずつの者たちがへばりついて
いる。
天地をいっぱいにふさげているこの巨大な涅槃図を、
東福寺の佛殿へ、ぜひ見にいらっしゃい!
〔語注〕
*北洲…来倶盧洲。四大洲のひとつ。 
*前三三後三三…こちらにちらほらあちらにちらほら。『碧巌録』三十五即に出ることば。
*乾抻…天地。 
*慧日…東福寺の山号。(仏語。仏の智慧が煩悩や罪障を除くことを、太陽にたとえていう語。)
    
くま訳
頭は北向き、足は南
前に後ろに、みんないる
天地いっぱいに描かれた涅槃像、
見にいらっしゃい、東福寺へ!
(´・(ェ)・`)つ

274 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/05(金) 23:47:32 ID:1d4drIFg0
なにやら宣伝文句みたいじゃのう。
頼まれて書いたのかもしれん。

北枕でお釈迦様はねているのじゃ。
前後に衆生が居るのじゃ。
画幅一杯に書かれた釈迦像なのじゃ。
寺に来てみるとよいのじゃというのじゃ。

275 避難民のマジレスさん :2021/02/06(土) 13:55:58 ID:Az3frn.E0
317
地獄
三界無安 三がい無安  
猶如火宅 猶ほ火宅のごとし
箇主人公 箇の主人公
瑞岩應諾 ずゐ岩應諾す

くま訳
地獄
三界(欲界・色界・無色界)は心休まることなく、
燃え盛る家の中にいるようなものである。
主人公(本来の面目)よぉぉ、と自分に呼びかけて、
瑞岩和尚の真似をして、はい!と応えてしまったら、地獄でありましょう。

おまけ:瑞巌主人公 無門関十二則「瑞巌主人」禅と悟りHPより抜粋
本則:瑞巖彦和尚。毎日自喚主人公。  瑞巌彦(ずいがんげん)和尚、毎日自ら「主人公」と喚び、
   復自應諾。           復(ま)た自ら応諾す。
   乃云。惺惺著。喏。       乃(すなわ)ち云く、「惺惺着(せいせいじゃく)、諾。 
   他時異日。莫受人瞞。喏喏。   他時異日、人の瞞を受くること莫れ。諾諾」。

   瑞巌彦(ずいがんげん)和尚は毎日自分に向って「おい主人公!」と喚びかけ、
   自分で「はい」と答えた。
   その後「おい、しっかりしろよ」。「はい」。
   さらに、「どんな時でも他人に騙されるなよ」と喚びかけ、自分で「はい、はい」と応え自問自答し    
   ていた。
評唱:瑞巌和尚は、自作自演の胡散臭い一人芝居をしているわい。
   一体彼は何が言いたいのだろう。
   さあここだぞ。
   一人は喚ぶ者、一人は応える者。一人ははっきりと目覚めている者、一人は騙されない者。
   しかし、この内どの一人を容認してもダメだ。
   そうだと言って若し瑞巌和尚のまねでもしたら、それこそ野狐禅に陥るだろう。

頌:参禅修行者が真実を識らないのは、分別意識に惑わされるためである。
  過去から積もった人生の苦の本である分別意識(理知脳)を、
  本来の面目だと誤認して「本来人」と呼んではならない。

承福寺HP解説抜粋
この主人公とは、禅で言うところの「本来の面目」ということである。すなわち、
本来の自己、真実の自己ということであり、本来備わる「仏性 (ぶっしょう)」のことである。禅の目指すと
ころは「己事究明」による「見性成仏」である。己の内心を究明し究明して、生まれながらに頂いている仏
性への目覚めに修行の眼目があるのだ。
(´・(ェ)・`)つ

276 避難民のマジレスさん :2021/02/06(土) 14:03:50 ID:Az3frn.E0
おまけ・臨済椂 示衆  禅と悟りHPより
大徳、三界無安、猶如火宅。 大徳、三界安きこと無く、猶お火宅の如し。
此不是爾久停住處。 此は是れ汝が久しく停住する處にあらず。
無常殺鬼、一刹那間、不揀貴賤老少。 無常の殺鬼、一刹那の間に、貴賤老少を揀ばず。
爾要與祖佛不別、但莫外求。 汝は祖佛と別ならざんと要せば、但だ外に求むること莫れ。
爾一念心上清淨光、是爾屋裏法身佛。 汝が一念心上の清淨光は、是れ爾が屋裏の法身佛なり。
爾一念心上無分別光、是爾屋裏報身佛。汝が一念心上の無分別光は、是れ爾が屋裏の報身佛なり。
爾一念心上無差別光、是爾屋裏化身佛。汝が一念心上の無差別光は、是れ爾が屋裏の化身佛なり。
此三種身、是爾即今目前聽法底人。 此の三種の身は、是れ汝即今目前聽法底の人なり。
祇爲不向外馳求、有此功用。 祇(た)だ外に向って馳求せざるが爲に、此の功用有り。
據經論家、取三種身爲極則。 経論家に拠らば、三種の身を取って極則と為す。
約山僧見處、不然。 山僧(さんぞう)が見処に約すれば、然らず。
此三種身是名言、亦是三種依。 この三種の身は是れみょう言にして、亦た是れ三種の依なり。
古人云、身依義立、土據體論。    古人云く、「身は義に依って立て、土は体に拠って論ず」と。 
法性身、法性土、明知是光影。    法性の身、法性の土、明らかに知んぬ、是れ光ようなることを。
大徳、爾且識取弄光影底人、     大徳、汝しばらく光影ようを弄する底の人を識取せよ。
是諸佛之本源、一切處是道流歸舍處。 これ諸仏の本源にして、一切処是れ道流が帰舎の処なり。
是爾四大色身、不解説法聽法。    是れ汝が色身は、説法聴聞する解(あた)わず。 
脾胃肝膽、不解説法聽法。      脾胃肝胆(ひいかんたん)は説法聴聞する解(あた)わず。
虚空不解説法聽法。         虚空は説法聴法する解(あた)わず。 
是什麼解説法聽法          是れ什麼(なに)ものか 説法聴法を解(よく)くす。
是爾目前歴歴底、          汝目前歴歴底(れきれきてい)にして、 
勿一箇形段孤明、          一箇の形段(ぎょうだん)勿(な)くして孤明(こめい)なる、   
是這箇解説法聽法。         是れ這箇(しゃこ)、説法聴法を解(よく)くす。
若如是見得、便與祖佛不別。     若し是(かく)の如く見得すれば、便ち祖仏と別ならず。
但一切時中、更莫間斷、觸目皆是。  但(およ)そ一切時中、更に間断莫く、触目皆な是(ぜ)なり。   
祇爲情生智隔、想變體殊、      ただ情生ずれば智隔たり、相変ずれば体殊(こと)なるが為に、      
所以輪回三界、受種種苦。      所以(ゆえ)に三界に輪廻して、種々の苦を受く。
若約山僧見處、           若し山僧(さんぞう)が見処に約せば、
無不甚深、無不解脱。        甚深(じんじん)ならざるは無く、解脱せざるは無し
(´・(ェ)・`)
(つづく)

277 避難民のマジレスさん :2021/02/06(土) 14:06:00 ID:Az3frn.E0
おまけ・臨済椂 示衆  禅と悟りHPより現代語訳
諸君、法華経に「三界は安きこと無し、猶お火宅の如し」とあるように、
火宅のようなこの世界は君達が久しく留まる処ではない。
死の殺鬼は一刹那(せつな)の間に貴賎老若を選ばず生命を奪ってしまうのだ。
君達が祖仏と同じになりたいならば、決して外に求めてはならん。
お前達の本来の心に具わる清浄光がお前達の法身仏(ほっしんぶつ)なのだ。
お前達の本来の心に具わる無分別光がお前達の報身仏(ほうしんぶつ)だ。
お前達の本来の心に具わる無差別光が、お前達の化身仏(けしんぶつ)なのだ。
此の三種の仏身とは、今わしの目前で説法を聴いているお前達そのものだ。
外に向って探し求めないからこそ、このような働きがあることが分かる。
経論の専門家は、仏の三身を仏法の究極だとしている。
しかし、わしの見地からはそうではない。
この三身仏は単なる名前で、仮りの拠り所に過ぎない。
古人も「三身仏は仏教の教義から出てきたもので、
仏国土はその概念から設定したものだ」と云っている。
法身仏とか、法性の仏国土などは、明らかに単なる思想や概念に過ぎない。
諸君よ、その思想や概念をちらつかせている本体を見て取らねばならない。
それこそ諸仏の本源であり、お前達が帰り着くべき家郷なのだ。
お前達の生ま身の肉体は、説法も聴法もできない。
胃や肝臓などの内臓も説法も聴法もできない。
また虚空も説法も聴法もできない。
それでは一体何者が説法したり聴法したりしているのだろうか。
今わしの目前にはっきりと居て、はっきりと肉体としての形体はないが
独自の輝きを発しているお前達そのもの、
それこそが説法したり聴法することができるのだ。
もし、そのように理解できれば、お前達は祖仏と同じだ。
そうなれば朝から晩までとぎれることなく、目に触れるもの全てが肯ける。
ただ情念が起こると智慧は遠ざかり、想念が変化すれば本体も変わるために、
迷いの世界に輪廻して、種々の苦しみを受けるのだ。
もし、わしの見地に立てば、全ては深遠極まりなく、
そのままで解脱しないものは無い」。
(´・(ェ)・`)b

278 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/07(日) 00:16:26 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

三界に安心はなく、火事の家のようだというのじゃ。
この地獄の主人公は瑞岩が答えた者だというのじゃ。
幻想の自我なのじゃ。

279 避難民のマジレスさん :2021/02/07(日) 03:15:34 ID:R5IWtaC60
318  1/2
泉堺衆絶交   泉堺の衆と交を絶つ
耽利好名天澤孫 利に耽り名を好む天澤の孫
靈光失脚大燈門 靈光失脚す大燈の門
梨冠爪履人疑念 梨冠くわり人の疑念
伎倆當機報佛恩 伎倆機の当たって佛恩を報ず

泉堺の衆と交を絶つ
名利を上げることを好む虚堂の孫弟子
大燈・關山のように世俗の名利から徹底して超脱する禅風は失われた大燈の門
人に疑われるようなことはしない方が良いのである。絶交しても、
小手先の技で、その場に応じて佛恩に報いることもできるのである。

*靈光:大燈・關山のように世俗の名利から徹底して超脱する禅風のことと解した。
 ・大燈国師:宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)1283-1338、1307、26歳のとき、印可を得た。嗣法の 
 後、約20年草庵にあって京都で乞食行をする。峻烈無比の禅風の故に近づく人も少なかった。 
 ・関山慧玄(かんざんえげん)1277-1361、1329雲門の関字の公案で開悟し、宗峰がこれを証明、1342宗峰 
 (大燈)が推挙し、妙心寺開山となった。禅風は厳格で、その生活は質素をきわめ、枯淡な禅風で修禅に専 
 念した
大燈国師宗峯妙超遺誡
 或いは儻もし一人あり野外に綿絶し、一把茅底。折脚鐺内に野菜根を煮て喫して日を過ごすとも、専一に
 己事 を究明する底は、老僧と日々相見報恩底の 人なり。誰か敢て軽忽せんや。勉旃勉旃。
*瓜田不納履、李下不正冠  かでんにくつをいれず、李下に冠を正たださず:人などに疑われるような事 
 はするなということ。『古楽府・君子行』瓜の畑の中で靴を履き直すと、瓜を盗むと疑われる。李すもも 
 の木の下で冠を被り直せば、李を盗むと疑われるということから。
(´・(ェ)・`)つ

280 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/08(月) 00:04:58 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

泉堺の衆は利益に耽り、名を好むのに天澤の孫弟子というのじゃ。
そんな大燈の門からは既に霊光が失脚しているのじゃ。
李下に冠を直し、瓜の畑で履を直すのは人の疑いを招くのじゃ。
技量に拠って佛恩に報いる心構えが大事なのじゃ。

281 避難民のマジレスさん :2021/02/08(月) 01:34:58 ID:QDrltYHs0
319 
泉堺衆絶交2/2 
参學之徒無道心 参學の徒道心無し
紅紫朱色似鍮金 紅紫朱色ちゅうに似たる金
忠言可逆人人耳 忠言逆ふべしにんにんの耳
牛馬面前空鼓琴 牛馬面前むなしく琴を鼓す

くま訳 
参禅して仏道を学ぼうとする者に悟りを求める志が無い
紅紫朱色の法衣、真鍮のような偽物の金。名利を求めてるだけである。
忠言しても聞き入れない人々
愚か者達の前でむなしく法話、説教をしたり、音曲の宴に交わったりしていたのである。

*法衣の色:緋色(ひいろ:黄色がかった濃い赤色)や紫色を上位の色と定めていることが多い。
(´・(ェ)・`)つ

282 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/08(月) 23:14:55 ID:1d4drIFg0
泉堺の参学の者には悟りを求める心が無いのじゃ。
知識だけで僧になろうとするのは紅紫朱の色で金に似せようとするようなものじゃ。
忠言は耳に逆らうというのじゃ。
牛馬の面前で空しく琴や鼓を演奏するようなものじゃ。

283 避難民のマジレスさん :2021/02/09(火) 12:00:18 ID:TSYbI.Qo0
くま訳改
第二句:知識だけで僧になろうとするのは紅紫朱の色で金に似せようとするようなものなのだ。

320
蓑笠 庵號   さりゅふ 庵号
樵客漁人受用全 せうかくぎょじん受用まつたし
何須曲椂木牀禪 何ぞもちひん曲ろくもくしょうの禅
芒鞋竹杖三千界 ぼうあいいちくぢゃう三千界
水宿風飡二十年 水宿風さん二十年" "蓑笠 庵號

くま訳
みの笠 庵号
きこり、漁師、誰でも受け入れる。
どうして、寺院で踏ん反り返って偉そに説法する禅などを用いるのだ。
わらじを履き、竹の杖をもって放浪の旅をしながら、三千大世界を廻るのだ。
大燈国師は大悟し後二十年間、師匠大應の指示に従い乞食行をしたのだ。

*曲椂(きょくろく):法会(ほうえ)の際などに僧が用いる椅子(いす)。背のよりかかりを半円形に曲げ、
脚をX字形に交差させたものが多い。

この詩は、蓑笠庵紹徳山主と関係あるのか、よく分からないのである。
この詩を印可の証と勘違いしたのでありましょうか?あるいは、 破門はしたものの、友達だったので、励
ましの詩を贈ったのでありましょうか? 
・一休さんと蓑笠庵紹徳山主は、元は仲良しだったのである。真珠庵蔵一休像に付されてる讃は蓑笠庵紹徳 
 山主の求めに応じて、一休自ら付したもの・・・だったらしい。
・しかし、ある時、一休は会下にあった曹洞宗の蓑笠庵紹徳山主を擯斥している。
 一休会下二曹洞ヨリ来ル者、アヤマラサルハスクナシ。中ニモ蓑笠庵ハ、名聞ヲコノム人ニテ、印可ヲノ 
 ソム。又、カタヲカノ太郎左衛門ト云者、仏法名聞アリ。彼等ハ、我死後ニハ、一定、一休ノ印可也ト云
 テ、クチタテヲスヘシ。我ハ華嬰ヨリノ印可ナシ壬華曼モ亦壬言外ヨリノ印可ナシ。サルポトニ、人ヲモ
 印可スルコトアルヘカラス。
 一休の会下において、自分は一休より印可を得たと称する輩が後を絶たなかった(飯塚大展先生)らしい 
 のである。
参)https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/  >>669 崇宗蔵主絶交
(´・(ェ)・`)つ

284 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/09(火) 23:50:11 ID:1d4drIFg0
蓑笠庵は名聞を好み、一休の印可を欲しがったというのじゃ。
それを諌めているのじゃな。

樵も漁師も完全な三昧を受持し、用いているというのじゃ。
何ゆえ豪華な椅子や台が禅に必要なのかというのじゃ。
ぼろわらじや竹の杖で三千世界には十分なのじゃ。
大燈も川に宿り、風に食らう乞食行を悟後に二十年続けたのじゃ。

その孫弟子達に何故名聞が必要なのかというのじゃな。

285 避難民のマジレスさん :2021/02/10(水) 04:45:10 ID:4B.mEajw0
くま訳全面改
樵も漁師も完全な三昧を受持し、用いているというのに、
何ゆえ豪華な椅子や台が禅に必要なのか。
ぼろわらじや竹の杖で三千世界には十分なのである。
大燈も川に宿り、風に食らう乞食行を悟後に二十年続けたのだ。

321
謹奉録呈
 一休老和尚座下  
  
  狂風徧界不曾蔵   狂風偏界かつてかくさず
  吹起狂雲狂更狂   吹き起こす狂雲 狂さらに狂
  誰識雲収風定處   誰か識る雲収まり風定まる処
  海東初日上扶桑   海東の初日 扶桑に上がらず
  
  幻住孫眞建 九拝  幻住の孫眞建 九拝

和韻
慙愧聲名不覆蔵 慙愧す聲名の覆蔵せざるを
佯歌爛醉我風狂 佯歌爛醉我れ風狂
吟懐夜夜中峯月 吟懐夜夜中峯の月
幻住僧無三宿桑 幻住の僧に三宿の桑無し

くま訳
謹んで一詩奉る
 一休老和尚様へ
  狂風は、何ものをも隠すことはない
  一休和尚が巻き起こす旋風が、世間に吹きまくる。
  この風が何をもたらし、何時やむのか、誰もしらない。
  大風がやむまで、日本國禅宗は始まらない
 
愧じているのである。名声を隠せないでいることを。
戯れ歌を詠み、飲んだくれるのが、我風狂である。
詩情を湧き立たせる夜毎の山頂の月なのである。
眞建和尚の師匠、幻住道人は桑の木の下に三泊せず、人の恩恵を受けず絶切ったとのことでありますが、か
く在りたいものである。

*和韻(わいん):他人から漢詩を詠みかけられた時などに、それにこたえて、その詩と同じ韻字を用 
 いて詩を作ること。次韻・用韻・依韻の三体がある。
*眞建和尚:中峰明本の法脈を承ける幻住派の僧
*幻住和尚中峰明本(ちゅうほう みんぽん、1263-1323)元代。臨済宗楊岐派の禅僧。智覚禅師。幻住道人。
 南嶽懐譲下の第22世。定住処を持たず、「幻住庵」と名づけた庵を各地に造って、そこに仮寓した。
 1318年には、仁宗によって宮中に召されたが、応じなかったが、金襴の袈裟を下賜され、さらに「師子 
 正宗寺」の院号を賜った。「教禅一致」や「禅浄一体」をも主張している。実際、明本は浄土信仰者で 
 あった。
*遍界不曾蔵:遍界とは遍法界のこと。「遍界、曾て蔵さず」と訓じ、この世界には、何ものをも隠すこと 
 はないこと。道理は常に顕れきっていることから、容易に形而上学的な思考を弄ぶことを諫めた言葉。
*腹蔵・覆蔵:心の中に秘め隠すこと。
*佯:いつわり・さまよう・あざむく
*爛:ただれる・あふれる
*吟懐:詩歌を作りたいという思い。また、 思いをこめた詩歌。
*韜晦(とうかい):才能・地位などを隠し、くらますこと。姿を隠すこと。行くえをくらますこと。
*僧は桑の木の下に三泊しない。人の恩恵を受けず絶ちきるの意『後漢書』裏楷伝
(´・(ェ)・`)つ

286 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/10(水) 22:09:44 ID:1d4drIFg0
一休と弟子の交流じゃな。

狂風一休は衆生界に隠れも無い名僧というのじゃ。
その吹き起こす名声の風は雲を起こし更に吹きまくるのじゃ。
誰がその雲が収まり、風の定まるところを知るじゃろうかというのじゃ。
海東のこの日本に初めて日が昇ったのじゃ。

自分の名声が隠せないことを恥じるというのじゃ。
詩を詠い酒に酔う我は風狂であるのじゃ。
夜中に峯月を詠む心地なのじゃ。
幻住僧の如く桑樹に三日と宿らずの境地なのじゃ。

287 避難民のマジレスさん :2021/02/11(木) 11:19:25 ID:8lHBfo7Y0
読み下し訂正; 扶桑に上がらず⇒扶桑にのぼる
くま訳全面改
眞建より一休和尚へ
狂風一休は衆生界に隠れも無い名僧であります。
その吹き起こす名声の風は雲を起こし更に吹きまくるでありましょう。
誰がその雲が収まり、風の定まるところを知ることが出来るでありましょうか。
海東のこの日本に初めて日が昇ったのであります。

和韻 一休より眞建和尚へ 
自分の名声が隠せないことを恥じるのである。
詩を詠い酒に酔う我は風狂なのである。
夜中に峯月を詠む心地なのである。
幻住僧の如く桑樹に三日と宿らずの境地なのである。

322
示衆
参玄衲子道難成 参玄衲子みちじゃうじ難し
但願皈依常不輕 但だ願はくは常不きゃうに帰依せんことを
一片吟懐向誰解 一片の吟懐誰に向ってか解かん
楚雲湘水十年情 楚雲湘水十年の情

くま訳
弟子達に示す
仏道修行を完成させるのは難しい。
只、願わくは、人皆成仏するとして、会う人毎に軽んずることなく礼拝した常不軽菩薩に帰依したまえ。
この一片の詩情を誰に向って解いていると言うのか、まさに君達に向かって説いているのだ。
雲水行脚十年、師に法を追い求める情を詠っているのだ。

*参玄衲子:玄玄微妙の法を實参實究する人に意、仏道修行の人のことなり。(禅学大成脚注)
*楚雲湘水:楚山の雲、湘江の水で、楚雲湘水の辺りを行遊したこと。行脚多年、善知識に法を求むる情を 
 いふ。(禅学大成脚注)
*常不軽(ジョウフキョウ):「法華経」常不軽菩薩(ぼさつ)品に出てくる菩薩。人はみな成仏するとして、
 会う人ごとに軽んずることなく礼拝したという。
*善知識・善智識:善法、正法を説いて人を仏道にはいらせる人。外から護る外護、行動を共にする同行、 
 教え導く教導の三種を数える。禅宗では師僧を尊んでいうことがある。
(´・(ェ)・`)つ

288 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/11(木) 22:04:08 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

仏道は成り難しというのじゃ。
ただ不軽菩薩に帰依せんことを願うというのじゃ。
一片の吟懐は誰に向かって説くのかというのじゃ。
十年師を求めてさまよう者に情けをかけたのじゃ。

289 避難民のマジレスさん :2021/02/12(金) 03:16:20 ID:xZ7o5x6w0
乙石御用人・・・何者でありましょうか?やんごとなき武家のお嬢様でありましょうか?
323 
乙石御用人向妙勝寺眞前髪置賀頌 乙石御用にん、妙勝寺のしんぜんに向かひ、髪置の賀頌 
三歳生年小女兒 三歳のせい年小女児
終吾門老比丘尼 つひに我が門の老比丘尼、
壽算婆裙錦延錦 寿算婆くん綿延の錦
孾孩垂髪白如絲 えいがい髪を垂れて糸よりも白し

くま訳
乙石御用人、妙勝寺の前で髪置の儀式の賀頌を詠む。 
三歳の女児、
いずれ報恩庵の老比丘尼となり、
長寿めでたく、裾から錦の衣が見えるまで。
赤ん坊の頭に白髪になぞらえた白糸などを置いて祝う。

*妙勝寺:酬恩庵の旧称
*髪置(かみおき):幼児が頭髪を剃ることをやめて伸ばしはじめるときの儀式。髪立,櫛置などともいう。
 平安時代末期から行われた。綿帽子,白髪になぞらえた白糸などを頭上に置いて祝う。公家では2歳で,
 武家では3歳の 11月 15日にこれを行い,5〜6歳になると髪削 (かみそぎ) ,深曾木 (ふかそぎ) と 
 いって将来の生髪を祝う儀式を行う習慣があった。
*嬰孩(えいがい):赤ん坊。ちのみご。嬰児 (えいじ) 。
*垂髪(すべらかし);女性の髪形の一。前髪を膨らませ、後頭部でそろえて束ね、背中に長く垂らしたもの。 江戸初期まで成人の女子の髪形であったが、のちには高貴な婦人の正式な髪形となった。さげがみ。すべ 
 しがみ。すべしもとどり。おすべらかし。
*綿延(めんえん): 長く連なり延びること
(´・(ェ)・`)つ

290 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/12(金) 23:47:29 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

三歳の女子が我が門の老比丘尼になればよいというのじゃ。
年を数えて老婆の腰巻が伸び、幼子の垂れ髪は糸の如く白くなるまでというのじゃ。

291 避難民のマジレスさん :2021/02/13(土) 00:26:59 ID:td4//x260
324

暫時此地弄精魂 暫時此の地に精魂を弄す
臨済後身興祖門 臨済の後身祖門を興す
美譽芳聲世間外 美誉芳声世間のほか
五雲天上月林孫 五雲天上月林の孫

くま訳
ほめたたえる
しばらくの間この地で修行するのである。
臨済の後継者(月林道皎)が宗門を興した
京都五山の名誉や評判などは俗世間での話である。
天女の住むような寺で、月林道皎の孫弟子(山名宗全)が再興したのだ。

*ここで詠まれてるのは、京都五山の一つ長福寺と解してみた。
 長福寺:最初は天台宗に属していたが、1339年、月林道皎が入寺して臨済宗の寺院に改められ中興され 
 た。応仁の乱で焼失するが、山名宗全によって再興された。
 参)https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/ >>7 184・>>70 212.>>183  
 264
*五雲:五色の雲・青黄赤白黒。五色を備えた雲は、古来仙女の住むところうとされ、慶事の言葉。
*弄精魂:通常は妄想分別によって精魂を消し尽くされることを意味している。しかし、道元禅師は精魂を 
 尽くして日常底に修行弁道する意味であるとした。
*月林道皎(げつりん どうこう/どうきょう1293-1351))松源派の僧侶。普光大幢国師。大徳寺の宗峰 
 妙超に学ぶ。後に花園上皇の帰依を受けるが、1322年に元に渡り、文宗皇帝から仏慧智鑑大師の称号を
 贈られたが、師の古林清茂が没した翌年の1330年に帰国した。梅津清景の庇護によって天台宗の寺院で 
 あった長福寺を与えられ、これを禅寺に改めて開山となった。
(´・(ェ)・`)つ

292 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/13(土) 23:06:05 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
長福寺に滞在したのじゃな。

しばらくこの寺で精魂をいじるのじゃ。
臨済の後進の者がこの寺を興したのじゃ。
世間の名声とは無縁の寺なのじゃ。
五雲天上の者の如き月林の孫弟子なのじゃ。

293 避難民のマジレスさん :2021/02/14(日) 07:40:37 ID:phtihVVY0
325
心念所作
三十年來江海情 三十年來江海の情
空吟野水釣船横 空しく吟ずや水てう船の横たはるを
偶然我負子陵業 偶然に我子陵が業にそむく
興在詩非勦絶名 興は詩に在りてさう絶の名にあらず

くま訳
心のはたらきと所作(の我が実際)
三十年来俗世間を離れていた心のはたらき。
空しく吟じ、野川の釣船で横たわり過した。
たまたまわしは、子陵の生き様に反することになった。
詩作は楽しみであり、滅ぼしつくすものではないのだ。

*四念住;肉体が不浄のものであると知る「身念住」・感覚されるものは畢竟苦であると知る「受念住」・
 心は無常であると知る「心念住」・事物は無我であると知る「法念住」。常楽我浄の四顚倒を退治する修
 習法
*隋自意三昧
*江海:① 川と海。入江と海。② 俗世間から離れた場所。③ 量が莫大なことをたとえていう語。
*情󠄁:1.人間の心のはたらき。こころ。きもち。意地。2.快・不快を主とする意識の主観的側面。
*勦絶(ソウゼツ):滅ぼしつくすこと。皆殺しにすること。勦滅(そうめつ)。
*子陵:厳光(げん こう)紀元前39 -41)後漢時代初期の隠者・字は子陵、若くして才名あり、のちの光武
 帝となる劉秀と同門に学ぶ。劉秀が皇帝となると、厳光は姓名を変えて身を隠した。光武帝はその才能を
 惜しみ行方を捜させたところ、後斉国で羊毛の皮衣を着て沢の中で釣りをしているところを見いだされて、
 長安に召し出された。厳光は細かい礼に従わず、光武帝はそれでも「狂奴故態を改めず」と笑っただけ 
 だった。それどころか自ら宿舎に足を運んで道を論じたという。ある夜、帝と光がともに就寝し、光が帝 
 の腹の上に足を乗せて熟睡し、翌日大夫がその不敬を奏上して罰しようとしたが、帝は「故旧とともに臥 
 したのみ」とこの件を取りあげなかった。諫議大夫に挙げられたがこれを断って富春山で農耕をして暮ら 
 し、その地で没した。
(´・(ェ)・`)つ

294 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/14(日) 23:37:25 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

三十年来野に暮らしたのじゃ。
川の釣り船の横で空しく詩を吟じていたのじゃ。
偶然子陵とは別の生業をすることになったのじゃ。
しかし、詩は楽しいからやめないのじゃ。

295 避難民のマジレスさん :2021/02/15(月) 00:12:23 ID:e8HPhVb.0
くま訳改
第二句:野川の釣り船の横で空しく詩を吟じていたのだ。
第四句:詩は楽しいからやめないのだ。

326
佛誕生
三世一身異號多 三世一身異号多し
何人今日定誵訛 何びとかこんにちごうがを定めん
娑婆来往八千度 娑婆来往八千度
馬腹驢胎又釈迦 馬腹ろたいも又釋迦

くま訳
法報応(ほっぽうおう三身)の仏は一つであるが、異なった多くの呼ばれ方をする。
誰が、今日、この仏の現われの入り組んで、むつかしきを正しく理解できているのか
衆生教化のために、この世に来生されたことが、すでに八千遍に達すると、言われるのだ。『梵網経』
馬や驢馬の子も、万物ありのままが釈迦なのだ
あるいは、見るロバも見られる驢馬も又釈迦というのが、法身のたとえである。『従容録』第五二則

*誵訛(ごうが):聱訛とも書く。いりくんで、むつかしきこと
*三世:有為の事物は一刹那の間も止まらず、生じ終わると直ちに滅す。よって来生を未来世となし、生じ 
 たるを現在世となし、滅し終えたるを過去世となす。仏教では、時間を実体的に捉えず、つまり実在する
 ものとは見ない。変化し移ろいゆく現象や存在の上で、仮に3つの時間的な区分を立てるに過ぎないとす 
 る。
*三身:      [説明]                   [三徳]  [仏 / 如来] 
法身(ほっしん) 宇宙の真理、仏性。 法身 毘盧遮那仏
報身(ほうじん) 仏性のもつ属性、はたらき。修行して成仏する姿。般若 阿弥陀仏
応身(おうじん) この世において悟り、人々の前に現れる釈迦の姿。解脱 釈迦牟尼仏

*井の驢を覷るが如し:『従容録』第五二則「曹山法身」に出てくる言葉で、仏の真法身は虚空のようであ 
 るが、物に応じて形を現す。その様子を徳上座が「驢の(驢馬が)井(井戸)を覷(見)るが如し」と 
 言ったのに対し、まだ不十分だとして、曹山禅師が言った言葉が先の「井の驢を覷るが如し」
 驢馬にも目があるので井戸を見れば、主観(見るもの)と客観(見られるもの)とが成立する。しかし、 
 井の驢を覷るが如しでは、目のない井戸が見るとは、無心で見るあり方を言っていると考えらる。
(´・(ェ)・`)つ

296 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/15(月) 23:39:44 ID:1d4drIFg0
仏は三世に一つの身でるが名前が違うというのじゃ。
誰がその正邪を定められるのかというのじゃ。
八千度も娑婆世界に生まれかわって法を説いているのじゃ。
馬もロバも皆釈迦というのじゃ。

三世の娑婆世界も一切衆生も皆仏ということじゃな。

297 避難民のマジレスさん :2021/02/16(火) 00:38:02 ID:yHQUUtXM0
一休さんの元気がでる説法!
327
送僧行脚    僧の行脚を送る
参禪学道扣玄人 参禪学道玄をたたく人
世界蒲鞋脚下塵 世界のほあい脚下の塵
象骨老師三九旨 象骨の老師さんくの旨
常成飯頭苦心身 常に飯ぢゅうとなって心身を苦しむ

くま訳
行脚に出発する僧を見送る
参禪して、仏道を学び、奥深い道理を尋ねる人よ、
世界は足下のわらじの塵である。
象骨山に崇聖寺(すうしょうじ)を開いた雪峰義存は、投子大同(とうすだいどう)、洞山良价(とうざ
ん・りょうかい)にそれぞれ三度九度会いに行ったがなかなか大悟できなかったが、徳山の下で大悟した。
その間常に禅寺の食事係となって心身を苦しめたのである。

*玄:奥深い道理であり、あらゆる事物の根本の道。
*扣(たたく):①ひかえる。ひきとめる。 ②たたく。うつ。 ③さしひく。へらす。 ④尋ねる。問う。
*雪峰義存禪師922-908:象骨山(ぞうこつざん。雪峰山)に崇聖寺(すうしょうじ。雪峰寺)を開いた。 
 三度、投に到り、九度洞山に上りて、参學甚だ黽(つと)むるも、縁遂に徳山に契(かな)ひ、祖の法を嗣 
 承す。善知識を求むるに汲々たるをいふ。
 洞山の命令で徳山宣鑑 に師事して、巖頭に諭されて大悟した。巖頭、欽山と3人で巡歴の旅が有名。
*飯頭(ハンジュウ・はんとう):禅寺で、粥飯(かゆめし)を大衆(だいしゅ)に供する役僧.
(´・(ェ)・`)つ

298 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/16(火) 23:10:48 ID:1d4drIFg0
大体その通りじゃな。

参禅し道を学び玄を尋ねようとする者は、世間を草履についた塵の如く捨てるのじゃ。
象骨の老師もかつては師匠に三度九度と道を尋ね、常に飯係となって苦心したのじゃ。

299 避難民のマジレスさん :2021/02/17(水) 00:14:55 ID:sz5TEFYA0
くま訳改
第二句:参禅し道を学び玄を尋ねようとする者は、
第三句:世間を草履についた塵の如く捨てるのだ。

水葬になった庵主さんを探してみたが不明でありました。
328
學林宗参庵主水葬
参禪学道閙忽忽 参禪学道ねうそうそう
六十年來任變通 六十年來變通に任す
流水千江機輪轉 流水千かう機輪轉ず
閻浮樹下月如弓 閻ぶ樹げつき弓の如し

くま訳」
學林の宗参庵主が水葬された。
参禪学道の弟子達は騒がしくしているが、心空ろなようである。
六十年來柔軟に対処してきた方であった。
川の流れにより回る水車のように、鋭敏な禅機を働かせてきた方であった。
春の三日月を見ながら古人を偲ぶ。

*閻浮樹:印度の所在にある喬木にして、四五月頃花開き、深紫色の果を結ぶ。閻浮提州の北方に産す。
*閙(ニョウ・ドウ・ トウ・さわが-しい)
*忽忽(こつこつ・そうそう):①速やかなさま。たちまち変わるさま。②心がうつろなさま。 「心も-と 
 してどこへ行くやらん覚えぬやうなり③我を忘れて、うっとりしているさま。
*変通:その場その時に応じて、自由自在に変化・適応してゆくこと。
(´・(ェ)・`)つ

300 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/18(木) 00:51:56 ID:1d4drIFg0
どこかの庵主を水葬にしたのじゃな。

葬式に集まった僧達が騒然としながらも失意におちているのじゃ。
六十年来臨機応変に生きてきた者だったのじゃ。
流れる水が千の川を潤し水車を回すようなものじゃ。
閻浮樹の下で月が弓の如くであるのを見るのじゃ。

301 避難民のマジレスさん :2021/02/18(木) 01:14:29 ID:NK3zmx/U0
329    1/2
示榮衒悪知識 二首 榮衒の悪知識に示す
参禪婆子楊花帳 参禪の婆子楊花のちょう
入室美人蘭蕙茵 入室の美人蘭けいのしとね
近代箇邪師過謬 近代箇の邪師の過びう
馬牛漢非是人倫 馬牛の漢是れ人倫にあらず

雑学の世界HP訳・解説より
女をまっ白なとばりの中に入れて参禅をさせ、
香りのいい美しい敷物をしいた室に美人を入れて、これまた参禅をさせる。
近頃のこの邪悪老師の間違ったやり方は、
馬や牛と同じであり、人間ではない

「楊花」とは、柳絮(りゅうじょ)と同じく、中国の柳の花であるが、ここではまっ白な幔幕(まんまく)を形
容したものである。
蘭蕙 とは、元来二種の香りのいい草で、それを一語にすると、漢詩文では、よく女性のイメージとして使
われる。
これは、第一句・第二句で示されるような、女性を参禅させることに対して、養叟を痛烈に攻撃している詩
である。


くま訳
名利を求め、邪法を説く悪僧に示す
参禪する女を、白いとばりの中さそい
香のいい部屋に美人を入室させる
最近この邪師が犯しているあやまちは、
畜生同然であり、人倫に反しているのである。

*栄衒:自分をひけらかして売り込み栄華を求めること。虚栄心、支配欲のかたまり。名聞利養に邁進する 
*悪知識:悪法・邪法を説いて悪に誘い込む人
*楊花(ようか):柳の花。また、なよやかな美女をたとえていう。
*蘭蕙(ランケイ):蘭と蕙。ともに香草で、賢人君子にたとえられる。
(´・(ェ)・`)つ

302 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/19(金) 00:20:55 ID:1d4drIFg0
悪い僧に示すのじゃな。

参禅する女子を楊花の帳に入れ、更にその美人を褥に入れるというのじゃ。
そのような最近の邪師の過ちは 畜生の如く人倫にもとるというのじゃ。

303 避難民のマジレスさん :2021/02/19(金) 02:42:34 ID:8lHBfo7Y0
330   
示榮衒悪知識 二首 2/2
棒心自稱法王身 棒心自ら称す法王身
世上弄嘲徒怒嗔 世上弄嘲いたずらに怒しんす
一箇猢猻没巴尾 一箇のこそんはびなし
出頭大用現前人  出頭す大用現前の人

くま訳
ボウシン(職人の世話役)みたいな奴が、自称法王身とは・・・
世間からはあざけられて、本人はかんかんである
尻尾の無くした猿が、
大徳寺大用庵にて、人前に現れるのである。

*棒心:職人を指揮するもの。「世話役」
*猢猻(こそん);猿の異称。
(´・(ェ)・`)つ

304 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/20(土) 00:14:00 ID:1d4drIFg0
世間のちょっとばかり気の利いた者が法王と称するのじゃ。
世間の者は嘲笑い、怒り狂うのじゃ。
一匹の猿から尻尾を取れば、そのような者が忽ち現われるじゃろぅ。

305 避難民のマジレスさん :2021/02/20(土) 17:13:16 ID:.7dvj9vM0
くま訳改
第二句:世間の者は嘲笑い、怒り狂うのだ。
第三句:一匹の猿から尻尾を取れば、
第四句:そのような者が忽ち現われるのだ。

331   
思舊齋 二首 1/2 旧齋を思ふ
山陽長笛子雲吟 山陽の長笛子雲が吟
蜜漬茘子素老心 蜜茘子にひたす素老の心
熟處三年六十劫 熟處三年六十劫
一聲望帝月西沈 一聲の望帝月西に沈む

くま訳
故人を偲ぶ詩に付いて思う。 
向秀が詠んだ、山陽長笛・故人を偲ぶ詩は、漢の子雲の詩に基づいているのである。
そのままでも美味の茘子を蜜漬にするような実に度が過ぎた技巧である。
詩文の奥義は大昔からあるのだ。
望帝が杜鵑に生れ変ったことが詠まれた時代(4‐5千年前)から、月は西に沈むのだ

*齋:朝の粥に対し、午時の食をいふ。僧侶に食事を供養するをいふ。又転じて亡霊の為に読経するこをも 
 いふ。(禅学大成脚注)
*山陽長笛:晋書向鷹傳に、「秀、山陽の舊鷹を經、隣人笛を吹くものあり、聲を撥すること寥亮(りょう 
 りょう)たり、秀、乃ち思舊賦を作る」と。(禅学大成脚注)
 笛の音を聞いて故人を偲ぶ詩のパターンがあるらしい。
*寥亮(りょうりょう):声や音が澄みとおるさま。声高くほがらかにひびくさま。
*向秀(しょう しゅう:三国時代の文人。三国時代(黄巾の乱の蜂起(184年)による漢朝の動揺から 
 西晋による中国再統一(280年)まで)
*子雲:揚雄、紀元前53年-18年漢の文人・学者(甘泉賦、長揚賦、逐貧賦)
*熟処:① よくなれたところ。住みなれた場所。② 学芸、武術などの奥深い肝要なところ。奥義
*望帝杜宇(ぼうていとう)は、古代の蜀の第4代君主。死後も民に慕われ、2月に鳴くホトトギスは、望
 帝の魂が鳴いて教えてるのだと語り継いだ
*古蜀:約5000年前から約3000年前頃に栄えた。司馬遷の『史記』では、紀元前316年に秦の将軍司馬錯
 に滅ぼされた

向秀は、竹林の七賢と呼ばれ、荘子の注釈書を書いて絶賛された。隠者仲間が「無用な人間である」という
かどで処刑された途端、役人になり、その変節を笑われると、「隠者は気難しいだけで聖王の心に及びませ
ん。敬慕するに足りましょうか。」といった人とのこと。
(´・(ェ)・`)つ

306 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/20(土) 23:40:39 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。

山陽の長笛は子雲が吟じたのじゃ。
その味はれいしの実を蜜につけて素の味わいを失くしたようなものじゃ。
三年もつけて六十劫も漬けたような味を出そうとしているのじゃ。
ほととぎすが鳴けば月は西に沈むというように自然をありのままに詠むがよいのじや。

307 避難民のマジレスさん :2021/02/21(日) 00:36:30 ID:hMUY06UY0
くま訳全面改
山陽の長笛は子雲が吟じたのである
その味はれいしの実を蜜につけて素の味わいを失くしたようなものである。
三年もつけて六十劫も漬けたような味を出そうとしているのだ。
ほととぎすが鳴けば月は西に沈むというように自然をありのままに詠むがよいのだ。

332   2/2
思舊齋 二首
昔年黄犬與蒼鷹 そのかみのくわう犬と蒼よう 
苦楽悲歓地獄能 苦楽悲歓地獄の能
欺得楊岐吾屋壁 楊岐を欺き得たりわが屋壁
乾坤一鉢一衣僧  乾坤一はつ一えの僧

くま訳
昔は黄犬と蒼鷹(失脚引退と鷹狩りに行けるほどの栄華)といわれた。
楽しみを知った上での苦しみ、歓びを知った上での悲しみは、地獄の思いを際立たせる事の譬えである。
わしは庵のボロさにおいて、楊岐を凌駕することが出来たのである。家のボロさこそ、誉なのである。
天下に一鉢一衣僧である。

*從(たと)い黄を牽くも蒼を手にするも:黄犬:黄犬を牽く・・故郷に退き隠栖のみとなること
 手蒼:蒼鷹を手にする・・鷹狩りができるような高貴なみとなること。『史記』に秦(前 221~前 206)の 
 時代の表現
*欺く:比較する対象を見くだしてもよいほどである。その状態の度合が高いとされるものと比べても、そ 
 れよりまさる、という意に用いる。…とまぎれるほどである。…に劣らない。…をしのぐ。
(´・(ェ)・`)つ

308 避難民のマジレスさん :2021/02/21(日) 13:42:32 ID:.biVZzmM0
鬼和尚、森さんが「女性が場にいるとダラダラする」旨の発言をして会長辞職されましたが、蓮舫議員は「夫はペット以下」と発言したのにもかかわらず辞職をしていません
SNS上ではフェミスニトが意気揚々としている昨今ですが、鬼和尚は今の日本は男女平等と言えいますか?また、そうでないのならば、男女どちらが優勢ですか?

309 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/22(月) 00:17:58 ID:1d4drIFg0
昔は高僧とされたり、隠遁したりといろいろあったのじゃ。
苦から楽へ、悲哀から歓楽へと移り変わるのは地獄なのじゃ。
今は楊岐も認めずにはいられんほどの我が屋なのじゃ。
一つ衣の僧の一つの鉢に全てが入っているのであるからのう。

310 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/22(月) 00:21:17 ID:1d4drIFg0
>>308 それは人によって違うのじゃ。日本は無いのじゃ。
 森さんの頭の中はまだ平等ではないのじゃろう。
 斉藤さんは自分のほうが偉いと想うのじゃ。
 しかし今も旦那のDVに苦しめられる弱い女子も多いのじゃ。
 おぬしはそのようなものを助けてやると善いのじゃ。

311 避難民のマジレスさん :2021/02/22(月) 00:30:08 ID:84uyzmOA0
くま訳改
第四句:一つ衣の僧の一つの鉢に全てが入っているのである。

333   1/2
題養叟大用庵 二首 養叟の大ゆう庵に題す
叢林零落殿堂踈 叢林零落して殿堂疎なり。
臨済宗門破滅初 臨済の宗門破滅のはじめ。
大用栴檀佛寺閣 大用は栴檀佛寺閣。  
崢嶸林下道人居 さうくわうたり林下道にんの居

『雑学の世界』HP先生訳
禅道場は皆おちぶれて、仏殿法堂の諸伽藍は、まばらである。
臨済宗の宗門は、いよいよ破滅し始めた。
しかし、大用庵のみは立派な伽藍を保っている。
ここは、一段と高くそびえたわが大徳寺内の求道人の住いなのだ

くま訳
禅宗寺院は零落し、寺に訪れる人もまばらである。
臨済宗門の破滅の始まりである。
大用庵は栴檀の立派な建物である。
高くそびえるその建物は修行僧養叟の住まいである。

*崢嶸(ソウコウ):高くけわしきことの形容(大成脚注)
(´・(ェ)・`)つ

312 避難民のマジレスさん :2021/02/22(月) 10:21:59 ID:Zf21K71k0
>>310 失礼ですが、斉藤さんとはどちらの斉藤さんのことでしょうか?

313 避難民のマジレスさん :2021/02/22(月) 13:26:56 ID:r9st524s0
すみません蓮舫さんの苗字は齋藤さんでしたね

314 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/22(月) 23:15:26 ID:1d4drIFg0
>>311 それでよいのじゃ。

禅の寺は零落して人もまばらなのじゃ。
臨済宗の門は破滅し始めたのじゃ。
しかし大用庵は立派な寺なのじゃ。
高くそびえた道人の居むところなのじや。

>>312>>313 そうじや、斉藤さんなのじや。

315 避難民のマジレスさん :2021/02/23(火) 02:03:17 ID:DNJTu0hM0

334    2/2    
山林富貴五山衰 山林は富貴、五山は衰う、
唯有邪師無正師 ただ邪師のみあって正師なし。
欲把一竿作漁客 一竿を把って漁客と作らんと欲す、
江湖近代逆風吹 江湖近代逆風吹く

『雑学の世界』HP先生訳
この頃、山林派は富貴となり、五山は衰微している。
ただよこしまな師家ばかりおって正しい師家はいない。
そこで、自分は竿をかついで釣人となろうとするのだが、
川や湖ではこの頃逆風が強く吹くので、釣人もなかなか思うようにゆかない

くま訳
山林派は富貴になり、五山派は衰退しているのだ。
ただ、山林派には邪師のみがいて、正師がいないのである。
わしは、竿を握り釣り人になりたいのであるが、
最近の湖川には逆風吹くのである。わしの話に耳を傾けるものはいないのだ。
(´・(ェ)・`)つ

316 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/23(火) 23:19:24 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

山林は富貴になり、五山は衰えたのじゃ。
ただ邪師あり、正師はいないのじゃ。
竿でも手にして漁師に成りたいのじゃ。
川や湖では近頃逆風が吹くのであるがのう。

317 避難民のマジレスさん :2021/02/24(水) 00:40:26 ID:QQdhDUfw0
336
賀大用庵養叟和尚 大用庵養叟和尚、
賜宗慧大照禪師號 宗慧大照禪師號をたまふを賀す
紫衣師号奈家貧 紫衣師号、家の貧をいかんせん
綾紙青銅三百緡 りょうし青銅三百ミン
大用現前贋長老 大用現前がん長老
看来真箇普州人 看来たれば真箇普州の人

『雑学の世界』HP先生解説・訳 334のつづき
その後、政治的手腕に恵まれ、渡世(とせい)の才幹(さいかん)にも人一倍たけていた師兄養叟は、さらに商
業的教団演出者としての離れ技を出して、康正3年(1457)9月20日「宗恵大照(そうえだいしょう)禅師」と
いう号を手に入れた。没後の追賜は別として大徳寺の住持に禅師号を特賜されたのは、養叟が初めてである。
すなわち、彼は極度に衰微した大徳寺を紫(し)衣(え)勅許の出世道場にしあげたのである。あくどい手段で
獲得した虚名に対し、一休は「大用庵養叟和尚、宗恵大照禅師の号を賀す」という詩を以て、次のように吟
じた。
「緡」は、お金を通す糸である。「普州人」は、昔四川省の普州には盗人がたくさんいたと言われる。一休
から見れば、

紫衣や禅師号をいただいたのはいいが、肝心の養叟一家の禅風の貧しいことはどうだ。
禅師号の綸旨(りんじ)は、青銅の三百緡にも等しい価値があるそうだなあ。
にせ住職のこのたびのはたらきは、面目躍如たるものがある。
よく見たら、この老師は本物の普州の盗人である。

くま訳
紫衣師号を賜っても、禪風の貧しさはどうにもならんのである。
賜った綾紙(綸紙及び賜物)は青銅三百緡の価値があるそうではないか。
偽せ長老の面目躍如であるな。
今まで見てきたが、お前は真の盗賊であるな。

*宗恵大照禅師:養叟 宗頤(ようそう そうい)の諡号
*綾紙青銅三百緡:綸紙及び賜物をいふ、緡は銭を通す絲なり
*普州:支邦の普州は昔盗賊の集會する所として傳ふ、故に普州の人とは盗賊を意味するなり。にせ長老は
 えらい儲けものをした、丸で泥棒のようなものであると、還って大用庵の大用たる活眼の人自ら之を知る
 のみと、一休なかなかのすれ者なり。
*大用:1 大きな作用。大事な働き。2 大きな効用・効果。
*1453年8月、大徳寺山内の諸堂が焼失。浴堂と山門の庇、妙意庵と大用庵以外はことごとくを焼失。 
 大用庵を開創した養叟宗頤は、大徳寺再興に着手している。まもなくして法堂と方丈がなる。そして大用
 庵の建物を移し、雲門庵を再建している。被災5年後の1457年、宗頤は、後花園天皇より宗慧大照禅師
 の号を賜っている。これは大徳寺再興の功によるものだと考えられている。
(´・(ェ)・`)つ

318 避難民のマジレスさん :2021/02/24(水) 00:47:06 ID:QQdhDUfw0
おまけ 『雑学の世界』HP先生解説・訳 のつづきである。この後、329 330 へつづくのである。
それだから、一休は養叟の号「宗恵大照」の発音を似せて、彼を「宗穢大焼」禅師と称した。
一休が、これほど師兄養叟を痛烈に攻撃するのは、その旺盛な名誉心への反感だけでなく、またその悪劣な
商法を髄から悪むからである。「得(とく)果(か)投(とう)機(き)多く人に教ふ、青銅の定価両三緡(古則公
案を種々人に教え、その代償として定価二、三緡をとる)」「金を擢(つか)む手段機輪転ず、君子果(か)然
(ねん)多く財を愛す(養叟の金をつかむ手段は、あたかもバネの輪が転ずるようにすばやい。君子ははたし
てたいそう財を愛せられるわい)」等と、一休はその悪行(あっこう)を次々に摘発し、糾弾した。彼は、
すっかりお金に目がくらんで、その儲けに疾(と)うに手段を選ばない牛馬のような人非人に堕落してしまっ
たため、一休はさらに、「栄衒(えいげん)の悪知識(あくちしき)に示す」(2首)をもって、その憤慨を噴き
出した。

↓は、330の詩(>>303)の際に省略した、訳及び解説である。

人の真似をすることしか知らぬのに、自分は一番偉い僧だといっている。
世間がそれをあざけり笑っているのに対して、ただぷんぷん怒っているのみだ。
とりえのない一匹の猿がしゃしゃり出て、
大機大用のお師(し)家(け)様だといばっている
と、一休は詠んでいた。
このように、一休の養叟批判はますます激しく、康正元年(1455)そのピークに達したのである。「年譜」に
よると、その年の「正月、泉南の(養叟に対する)嘲りの偈が京まで伝え届いた。師(一休)は、それに和韻を
し、二百首余りの偈を作り、編集して一巻となった。それに題して「自戒」という。」「自戒集」には、漢
詩のほかに、また仮名交じりの散文もかなり集録されている。「年譜」に記されたように、これはもっぱら
養叟を論難するために作った作品集だから、その数々の作品は、ほとんど具体的に養叟の悪事をいちいち指
摘して、難詰したのである。
(´・(ェ)・`)b

319 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/25(木) 00:11:17 ID:1d4drIFg0
その大用庵を養叟和尚が継いだのじゃな。
政治と金に囚われた養叟和尚を批判したのじゃな。

紫衣師号を得たが禅家として貧しいのじゃ。
綸旨は銭三百緡で得たのじゃ。
大用庵に偽和尚が現われたのじゃ。
見に来てみればほんとに盗賊だったのじゃ。

320 避難民のマジレスさん :2021/02/25(木) 01:06:15 ID:9PDneoNQ0
335
拈華微笑    ねんげみせう
鷲峰會上現前辰 しうぶゑ上現前のとき
鶏足室中來劫春 鶏足しつ中來がふの春
中毒人應知毒用 毒にあたる人はまさに毒の用を知るべし
西天此土野狐身 西天しどやこの身

くま訳
鷲峰山において、迦葉が釈迦から法を授けられた時、
鶏足山の迦葉の部屋から世界の永遠の春が約束されたのである。
毒に当たってしまう人は、毒がいかに苦をもたらすかをよく知るべきである。
極楽を現世に実現しようとするのは、野狐の身である

*鶏足山は狼足山、又は尊足ともいふ。印度摩迦仏陀國伽耶の東南七哩にあり、摩訶迦葉入寂の地となり、 
 世尊の大法を鷲靈山の會に受けてより、鶏足室中生々世世の春は、この時に開かれたのである。
*鷲峰會上:霊山会上りょうぜんえじょう。釈尊がしばしば説法された霊鷲山(りょうじゅせん)の会座(え
 ざ)。滅後その仏舎利までも留められたインドの霊鷲山のこと
(´・(ェ)・`)つ

321 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/25(木) 23:18:17 ID:1d4drIFg0
拈華微笑じゃな。

鷲の峯の集会で拈華微笑が現前したのじゃ。
鶏足の部屋に春が来たのじゃ。
毒にあたれば毒の作用が知れるのじゃ。
西天がこの地であると野狐もわかったのじゃ。

322 避難民のマジレスさん :2021/02/26(金) 00:11:30 ID:Iacc0dmo0
くま訳改
第三句:毒にあたれば毒の作用が知れるのだ。
第四句:西天がこの地であると野狐もわかったのだ。

337
脚下紅絲線   脚下紅糸線
持戒爲驢破戒人 持戒は驢となり 破戒は人となる
河沙異號弄精神 河沙の異號精神を弄す 
初生孩子婚姻線 初生孩子婚姻の線 
開落紅花幾度春 開落紅花幾度の春

ヴィート・ウルマン先生訳
戒を守ればロバになる、戒を破れば人になる。
河の沙の粉ほど無数のことについて考えて無駄に精神を費やした
初生の子供、婚姻の線
赤い花が何回春開いて落ちたか

くま訳
戒を守らねばならないとして、守るのであれば、ロバに生れ変るであろう、戒を破っても法を越えない様で
あって初めて人になれるのだ。
河の砂ほど数多の戒律に囚われても精神を弄するだけである。
生れたばかりの赤ん坊にも婚姻線はあるのだ。
咲けば散る花を幾春繰り返したことか。

*脚下紅絲線:脚下の纏綿、即ち修行の戒律等を云ふ、却って戒律に苦しめらるる様にては、他生は驢馬と 
 生まるるならん、戒によらず自ら戒にあたるは、蓋し人間界に生を受けんと。(大成脚注)
 纏綿(てんめん):まといついて離れにくいさま。特に、愛情が深くこまやかなさま。
*河沙異號:恒河沙の数程の数多の名目の戒、實び精魂を飜弄することである。
(´・(ェ)・`)つ

323 避難民のマジレスさん :2021/02/26(金) 00:12:56 ID:Iacc0dmo0
*おまけ:壁巌録 第八十則「趙州初生孩子(趙州孩子六識)」
 挙。僧問趙州。      挙す。僧、趙州に問う。
 初生孩子還具六識也無。  初生(ショショウ)の孩子、還って六色を具すや無しや?
 趙州云。急水上打毬子。  趙州云う。急水上に毬子(キュウス)を打す。
 僧復問投子。       僧、復、投子に問う。
 急水上打毬子。意旨如何。 急水上に毬子を打す。意旨如何?
 子云。念念不停流。    子云う。 念念不停流。

 釈迦と老子と禅の人々&歎異抄HP解説抜粋
 *挙:あげる。問う、尋ねる
 *六識:分別、判断、心を生じる認識作用。 眼、耳、鼻、舌、身、意、の六つの認識作用。
 *毬子(キュウス):手毬、まり。
 *投子:ジョ州投子山の大同禅師の事(819-914)
 *意旨:言わんとするところ。意味。
 *念:心、想い。" "釈迦と老子と禅の人々&歎異抄HP解説

 禅問答の、ああ言えば、こう言う類のやりとりに、趙州和尚が 如何に対応されたか。
 「無我」が悟りの境地であるならば、・・・「赤ん坊」と「仏」の違いはどこにあるのか?
 その様な問題に関して何かを答えたとしたら、急流に投げた毬が、転々としながら流れに流されて、果て 
 しない議論になるだろう、という事。・・・
 そして、もう一つが、この僧とのやりとりにおける投子和尚の極めて直裁な答えであります。投子和尚の 
 答えは、「念念不停流。」です。
 念(想い)から念へ、想いというものは、流れてとどまらないものだ、という訳です。

 ・・赤ん坊に六識があるか否か、つまり赤ん坊を仏の境地と言われる「無我」と見なせるかどうか、とい 
 う問いは、まさに、「無我」という言葉に囚われて、溺死寸前の禅僧と言えるかも知れません。
 ・・・仏とは「我」を自覚認識した上で、自身を浄化させる事によって、「我」を極力減少させ、自他を 
 平等に見る眼を得た人、ここに身贔屓にとらわれない「仏知見(如実知見)」が得られる訳ですが、まさ 
 に、この様な境地を体得した人をこそ仏と言うのでしょう。
(´・(ェ)・`)b

324 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/27(土) 00:02:07 ID:1d4drIFg0
戒だけを守って心を忘れればロバとなり、戒よりも心を大事にすれば人となるのじゃ。
このようにして何度も生まれかわり河砂の如く多くの異なる名前で心を苦しめてきたのじゃ。
初めて生まれた子にも婚姻の線が在るのじゃ。
そのために花が開いては落ちるような春を何度も迎えているのじゃ。

325 避難民のマジレスさん :2021/02/27(土) 01:08:53 ID:E29EzVtE0
くま訳全面改
戒だけを守って心を忘れればロバとなり、戒よりも心を大事にすれば人となるのだ。
このようにして何度も生まれかわり河砂の如く多くの異なる名前で心を苦しめてきたのだ。
初めて生まれた子にも婚姻の線が在るのだ。
そのために花が開いては落ちるような春を何度も迎えているのだ。

338    1/2
示會裏俗徒警策 詩 示會裏の俗徒に示す警策 詩
前車覆處後車驚   前車くつがえるところ後車驚く
警策怠時禍必生   警策怠る時、くわ必ず生ず
半醉半醒夜遊客   半醉半醒夜遊の客
烏啼月落夜三更   カラス鳴き、月落ちて、深三更

くま訳
会派の在家信者への警策 詩 
先人や周囲の人の失敗を見ることは、教訓となるのだ。
睡魔襲来の警策を怠る時、必ず打たれるものと心得て、修行精進を策励せよ。
怠る者は、酔っ払いの夜遊び客と同じだ
カラスが鳴き、月落ちて、深夜になるまで怠ってはならぬのだよ。

*俗徒:出家していない、在家の人々のこと
*前車の覆(くつがえ)るは後車の戒(いまし)め:「漢書」賈誼伝・前の車が覆るのを見たら、あとの車は同
 じわだちの跡を行かないようにせよという諺から、先人の失敗は後人の教訓となるというたとえ。
*警策:警覚策励・睡魔の襲不を警策し、修行精進を策励するなり。
(´・(ェ)・`)つ

326 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/27(土) 23:44:07 ID:1d4drIFg0


前の車が覆れば後車は驚くのじゃ。
警策を怠れば必ず災いを生むというのじゃ。
半醉半醒の夜遊びの者は、カラスが鳴き月が落ちる深夜まで何も気付かず遊びまわるのじゃ。

警策で叩くのは修業が疎かになって全て無駄にならないための警告ということじゃな。

327 避難民のマジレスさん :2021/02/28(日) 01:04:05 ID:tYkVRNNg0
くま訳全面改
前の車が覆れば後車は驚くのだ。
警策を怠れば必ず災いを生むのである。
半醉半醒の夜遊びの者は、
カラスが鳴き月が落ちる深夜まで何も気付かず遊びまわるのだ。


339    2/2
示會裏俗徒警策 詩 示會裏の俗徒に示す警策 詩
詩歌吟詠失全功 詩歌吟詠全功を失す
天上人間軍陣中 天上人間軍陣のうち
意舞酔歌休度日 意舞醉歌して日をわたるをやめよ
飛揚跋扈爲君雄 飛揚ばっこ君が為に雄

武田鏡村先生訳・解説抜粋
詩をつくり歌をうたうなどは、いざというときには、なんの力にもならぬ。
我々人間界は、いまや戦陣の真っ只中にある。
毎日、心を乱舞させ、狂酔して歌をうたうなど、やめよ。
そんな放恣な生活は、お前自身のためにしかすぎないのだ。頭を冷やして、国のこと、民のことを考えよ。

一休は杜甫の「贈李白」の詩をふまえて、こう義政らを叱る。
一休の為政者に向ける怒りと憤りは、・・おさまらない。この乱世では、詩をよみ、うたうことが、いかに
無意味なものであるとわかっていても、一休は詩に託して、その憤怒を吐き出すしかない。
・・・『年譜』によると応仁元年、七十四歳の一休は、寓居する瞎驢庵を八月に兵火を避けるために出て、
東山の虎丘(くきゅう)庵に移ったが、九月一日に薪村の酬恩庵に入ったと伝えている。その間、瞎驢庵は
兵火に焼かれ、大徳寺もまた炎上、焼失していた。これ以降、一休はその死をむかえるまで、洛中において
寓居することはなかった。

くま訳
会派の在家信者への警策 詩 2/2
詩を詠み、歌うことなど、一切の攻を無くした。
天上人も、人間も戦陣のただ中にあるのだ。
浮ついた気持ちで、酔歌して日を送るのをやめよ
権勢を振るい思いのままに振舞うのは、君自信の為だけの蛮勇にすぎないのである。

*うむ。在家信者に擬して、足利義政等、為政者をしかったのでありますかね。
*飛揚跋扈(ひようばっこ):思うままにのさばり振る舞うこと。また、臣下が権威をほしいままにして君主 
 をしのぐたとえ。▽「飛揚」は猛禽が飛び上がる、舞い上がること。「跋扈」の「扈」は水中に仕掛けて 
 魚を捕らえる竹垣の意。「跋」は越える意で、大魚がそれを越えて抜け出ること。規制や拘束などを無視 
 して横暴に振る舞うこと。
*雄:おおしい。勇ましく強い。胆力・知力のすぐれた人。

おまけ:杜甫 李白を詠う
贈李白     李白に贈る
秋来相顧尚飄蓬 秋来相顧みれば 尚お飄蓬(ひょうほう)たり
未就丹砂愧葛洪 未だ丹砂(たんしゃ)を就(な)さずして葛洪(かつこう)に愧ず
痛飲狂歌空度日 痛飲狂歌空しく日を度り
飛揚跋扈為誰雄 飛揚跋扈(ばっこ) 誰(た)が為にか雄なる

紀 頌之 先生訳
秋になり顔を見合わせると  瓢か蓬のように頼りない
いまだ丹砂にも辿りつけず  葛洪に合わせる顔がない
飲み明かし  歌い狂って  空しく日を送り
飛び跳ねて暴れているが  誰のためにやっているのだ
(´・(ェ)・`)つ

328 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/02/28(日) 23:53:53 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。

詩歌の吟詠などは修業の効果を失ってしまうのじゃ。
天上人も戦場のような皆苦の娑婆世界にいるのじゃ。
酔っ払って歌舞して日を過ごすのは休むと善いのじゃ。
どれほど権威を振りかざしても自己満足に過ぎないのじゃ。

329 避難民のマジレスさん :2021/03/01(月) 00:08:07 ID:nxjeLtmE0
340
乙石御料人待知客歸寺 おと石御料人しかの寺に帰るを待つ
知客他行乙石愁 知客の他行乙石の愁
歸來日数在心頭 帰来日数心頭にあり
斫額天衢望晴雨 しゃく額してく晴雨を望む
愛看昔日摘星楼 愛し看る昔日の摘星楼

くま訳
乙石婦人は、接待係の僧が寺に帰るのを待っている。
接待係が他所へ行くのが乙石婦人の愁いであった。
帰って来てから幾日もたっていることを知っていた。
額に手をあてて、天への道、晴天、雨天を眺める。愛憎の思いに耽っているのだろう
愛し看る、摘星楼で紂王に正妻を殺させた寵姫、妲己のようだ。

*御寮人、御料人(ごりょうにん):中世以降用いられた、主に女性に対する敬称
*知客(しか):禅宗寺院の役職の一つ。第四位。知賓(しひん)ともいった。
 修行年数の多い修行僧の中から選ばれ、外部からの来客の接待、新たに入門した修行僧の世話などを行う。
*他行:よそへ行くこと。外出すること。
*斫額望汝(しゃくがくして汝を望まん。)額に手をかざして遙かにお前を見上げて、敬遠することであろ 
 うて)」「啓して遠ざける」
*天衢:(中国語翻訳サイト)天国への道
*殷王朝の末期、紂王が、寵姫妲己の謀略により正妻を突落して殺害したのが摘星楼である。

乙石なる人物が誰なのか、不明。
知客とは、一休さん自身にことではありますまいか?(乙石さんに、そう名乗ったのでありましょう。)
乙石さんは、一休さんの火遊びの相手でありましょう。
一休さんは、分かれたくて、寺を出て身を隠した。ほとぼりが冷めた頃かと帰ってみると、乙石が待ち続け
ていた。それを物陰から見て、冷や汗をかく一休さん・・という詩でありますかね。
(´・(ェ)・`)つ

330 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/01(月) 23:39:19 ID:1d4drIFg0
一休さんではないじゃろう。
昔坊さんと道ならぬ恋に走った、そういう名前の女子がいたのじゃろう。

知客の僧がどこかに行っているのが乙石の愁いなのじゃ。
帰る日を数えて頭の中が一杯なのじゃ。
おでこに手を当て天気を見るのじゃ。
道ならぬ恋に落ちた昔を思い出しているのじゃ。

331 避難民のマジレスさん :2021/03/02(火) 00:04:23 ID:7sxj34Oc0
うむ。邪推をしてしまったであります。

341  1/2
示焚書籍僧   書籍を焼く僧に示す
始皇自然辨邪正 始皇じ然に邪正を辨ず
波旬餘殃如看掌 波旬の余あうたなごころを看るが如し
看看劫火洞然時 看よ看よ劫火洞然の時
書籍金剛不壊性 書籍金剛不えの性

くま訳
書を焼いた僧に示す
始皇帝は自ずと正邪を弁えていたのである。
悪魔も自分の悪行により子孫が報いを受けるか占う為に占は書を焼かなかったのだ。
見よ、この世の終末、劫火が激しく燃えても、
本当に価値のある書籍は、決して消失することはないのだ。

*秦の始皇、丞相李斯の言を用ひて、醫薬卜筮(ぼくぜい)種樹に關する書の外、皆之を集めて焚き、然して 
 天下の民を愚にして、上の政を議するなからしめたり、然れども遂に波旬の餘殃掌を返すが如く、萬萬代
 と豫想したりし帝業も、項羽が一火の爲に東籬の春雪の如く消え失せぬ(脚注) 
*劫火洞然時:僧、大隋法眞禪師に問ふ、劫火洞然として大千倶に壊す、這箇壊か不壊か。隋曰く、壊と。 
 此の世界の滅する時、大火ありて、壊する時をいふ、これを又臨銘終の時に比す、眞の書籍は火位では焼
 けぬ(脚注)
*臨命終時(りんみょうじゅうじ):人の命が尽きようとするとき。略して、臨終
*余殃(よおう):先祖の行った悪事の報いが、災いとなってその子孫に残ること
(´・(ェ)・`)つ

332 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/02(火) 22:01:00 ID:1d4drIFg0
本を焼いた僧が居たのじゃな。

始皇帝は邪な本を焼くと言ったのじゃ。
しかし、悪魔が掌を裏返すが如く国が破滅したのじゃ。
本を焼くのはこの世の終わりの劫火のようじゃ。
しかし、本の知識は焼くことができないのじゃ。

333 避難民のマジレスさん :2021/03/02(火) 23:42:48 ID:fR/zFjE20
くま訳全面改
始皇帝は邪な本を焼くと言ったのだ。
しかし、悪魔が掌を裏返すが如く国が破滅したのだ。
本を焼くのはこの世の終わりの劫火のようである。
しかし、本の知識は焼くことができないのである。

342  2/2
示焚書籍僧  
樹下石上茅廬 樹下石上のぼうろ
詩文疏鈔同居 詩文そせう同居す
欲焚嚢中遺藳 なう中の遺かうを焼かんと欲せば
先須忘腹中書 まづ須らく腹中の書を忘るべし

くま訳
仏道修行中の身なれば、家は粗末である。
詩文や経典の写本と同居してるのである。
袋に入れてある遺稿を燃やしたいと思うなら、
先ずは、記憶の文書を忘れねばなりますまい。

*樹下石上(じゅげ-せきじょう):出家行脚あんぎゃする者の境遇のたとえ。仏道を修行する者が宿とする、 
道ばたの木の下や石の上の意から
*茅廬(ぼうろ):かやぶき屋根の家。粗末な家。転じて、自分の家をへりくだって云う語
*疏(ショ):経典の注釈。また、その書物 鈔(ショウ): 写しとる。写し。抜き書き
(´・(ェ)・`)つ

334 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/03(水) 21:55:17 ID:1d4drIFg0
それでよいのじや。

木の下、石の上のボロ屋でも詩文や経典が同居するのじゃ。
袋の中の遺稿を燃やそうとするならば、先ずは腹の中の書を忘れなければならんのじゃ。

本を燃やしても頭の中に書があれば無駄ということじゃな。

335 避難民のマジレスさん :2021/03/03(水) 22:55:41 ID:ppWy.NFQ0
343   
紹固喝食    しょうこかつしき
四歳女兒歌舞前 四歳の女兒歌舞の前
約深難警舊因縁 約深うしていましめ難し旧因縁
葉恩入無爲手段 恩を棄てて無爲の手段に入る
座主作家誰是禪 座主作家誰か是れ禪

くま訳
紹固喝食
四歳の女児が歌舞をしていた頃から知っているのである。
古くからの因縁が深くて、過ちを犯さないようにするのが難しいのだ。
恩愛の情を捨て、世俗の執着を断ち切り、無為の道に入るの事だけが、
座主や作家の禅というわけではありますまい。

*紹固喝食:四歳のお稚児さん。(後に一休さんから 堅岳という道号を与えられた) 森は、紹固に激しく 
 嫉妬して、そのために断食自殺を図った。
*喝食(喝食):正式には喝食行者(かつじきあんじゃ/かっしきあんじゃ)と呼ばれ、本来は禅寺で斎食を 
 行う際に衆僧に食事の順序などを大声で唱える者。本来は年齢とは無関係である。
 禅宗とともに中国から日本に伝わった。幼少で禅寺に入りした小童が務めるものとされた。
*棄恩入無為(きおんにゅうむい):恩愛の情を捨て、世俗の執着を断ち切って、悟りの道にはいること。 
 「棄恩入無為、真実報恩者」と用いられ、出家受戒のおりに唱えられる。
*禅(梵: ディヤーナ、巴:ジャーナ、禅那:ぜんな)とは、心が動揺することがなくなった一定の状態を指 
 す。サンスクリット語の の音写である。静慮とも訳される。
*(参)御阿姑:森と出会う直前の愛人らしい。
(´・(ェ)・`)つ

336 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/04(木) 23:56:38 ID:1d4drIFg0
歌舞前の四歳の女子が婚約とかしていた相手と因縁が深かったというのじゃ。
それでも恩を捨てて仏道に入ったというのじゃ。
座主とか作家が誰であるか追及するのが禅なのじや。

337 避難民のマジレスさん :2021/03/05(金) 00:52:15 ID:r3/lY5EY0
くま訳全面改
歌舞前の四歳の女子
婚約していた相手と因縁が深かったのである。
その恩を捨てて仏道に入ったのだ
座主、作家が誰であるか追及するのが禅なのだ。

344
賛端師子    端ししを賛す
弄師子處正明心 師子を弄するところ正に心を明きらむ
不托回頭口若暗 回頭にたくせず口おしのごとし
讀誦蓮經風雪燭 読じゅれん経風雪のしょく
漁歌一曲五更吟 漁歌一曲五更の吟

くま訳
白雲守端禅師を賛す
守端禅師が思い廻らすすことは、明らかに正しいことである。
考え思いを廻らすことに頼らず、沈黙することもある。
法華経を読誦することをもって吹雪の中の、目印の灯りとすることもあれば、
漁歌一曲明け方に吟じる風流人でもある。

*賛端師子:白雲守端禅師(1025-72)楊歧方会(992-1049)の弟子。五祖法演(不明 - 1104年)の師匠
*不托(ふたく):信用しない、頼まれない、頼まない(中国語翻訳サイト)
*回頭:① 頭をめぐらすこと。ふりむくこと。
*弄する:心の中をあれこれとたどってみる。思いめぐらす。
(´・(ェ)・`)つ

338 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/05(金) 23:16:42 ID:1d4drIFg0
端師子の賛じゃな。

端師子は修業に拠って心を正しく明らかにしたのじゃ。
思考を廻らさず、言葉も口にしなかったのじゃ。
風雪を灯りにして法華経を読んだのじゃ。
漁歌を朝に歌うこともあったのじゃ。

339 避難民のマジレスさん :2021/03/06(土) 00:08:45 ID:PHPmkWWA0
くま訳全面改
端師子は修業に拠って心を正しく明らかにしたのだ。
思考を廻らさず、言葉も口にしなかったのだ。
風雪を灯りにして法華経を読んだのだ。
漁歌を朝に歌うこともあったのだ

345
君子財
詩人財寶是文章 詩人の財宝は是れ文章
儒雅乾坤日月長 儒雅の乾坤じつ月長し
窓外梅花吟興樂 窓外の梅花吟興の楽しみ
膓寒雪月暁天霜 はらわたは寒し雪月暁天の霜

くま訳
詩人の宝は文章である
教養深い者にとっては、世界の月日はゆったりとに流れる。
窓外の梅花は詩情を誘う樂しみである。
底冷えのするときでも、雪月や、明け方の霜などに心よせて詩を詠むのである

*儒雅:学問が深くふるまいが上品である.
*日月長(じつげつながし):時間に追われることなく悠々と人生を送ること
(´・(ェ)・`)つ

340 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/07(日) 00:13:19 ID:1d4drIFg0
よくできたのじゃ。

詩人の財宝は文章なのじゃ。
儒の雅は乾坤日月長いというのじゃ。
窓の外には梅花を詠う楽しみがあるのじゃ。
腸が寒くとも雪月や朝霜を詠むのじゃ。

341 避難民のマジレスさん :2021/03/07(日) 00:27:32 ID:yVAtIrvo0
346
趙州三轉語   趙州の三轉語
泥佛不渡水   泥佛水を渡らず 
木佛不渡火   木佛火を渡らず 
金佛不渡爐   金佛爐を渡らず 

詩成小艶述愁情 詩成つて小艶愁情を述ぶ
一枕多年夜雨聲 一ちん多年や雨の聲
長笛暮楼誰氏曲 長笛暮楼たが氏の曲ぞ
曲終江上数峰青 曲終へて江上数峰青し

くま訳
趙州三轉語
泥の仏は水を渡ることはできず(水に溶けなければ、本物の仏、真の自己だ。だから、伝える事が出来る)
木の仏は火を渡ることはできず(火のような燃える煩悩は消してしまえば、仏、真の自己を発見できる)
金の仏は溶鉱炉を渡ることはできない(全てを溶かす溶鉱炉のような観念、言葉、「仏」という言葉も仏
そのものではない。溶鉱炉を打ち壊し、真の自己を見つけ出すのだ)

詩を作って、本心が伝わるようにと願いつつ、愁情を述べる。
枕辺に多年、夜雨の音のような声を聞いてきた。
長く響きわたる笛の音が、夕暮れ時の楼閣から聞える。誰の曲であろうか。
曲が終り、音が消えて、河上の峰々の暗い景色のみが残った。

*「趙州録」の法語:會元第四趙州の章「常堂に曰く、金佛爐を渡らず、木佛火を渡らず、泥佛水を渡らず、  
 眞佛内裡に座す、菩提涅槃眞如佛性、盡く是れ貼體の衣服亦は煩悩と名く、實際理地是れ何の處にか着 
 けん、一心生ぜざれば、萬ホウ咎無し云々」(大成脚注)

*碧巌録 趙州三轉語 第九十六則
(´・(ェ)・`)つ

342 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/07(日) 23:18:46 ID:1d4drIFg0
趙州の三轉語というのじゃ。
泥の仏は水を渡れないのじゃ。
木の仏は火を渡れないのじゃ。
金の仏であっても炉を渡れないのじゃ。

泥でも木でも金でも観念があれば苦が在り、彼岸には渡れないということじゃな。

小艶詩が出来て愁情を述べるというのじゃ。
一つ枕で多くの雨の夜を過ごしたのじゃ。
誰の曲か暮れの楼閣に長笛が響くのじゃ。
曲が終わると河の上に青い峯が幾つも見えたのじゃ。

343 避難民のマジレスさん :2021/03/08(月) 00:08:37 ID:EG/mVQzA0
くま訳改
第二句:一つ枕で多くの雨の夜を過ごしたのだ。

347
高野大師入定  高野大師入定
生身大日覚王孫 しょう身大日覚王孫
出入神通活路門 出入神通活路門
迦葉惠持長夜魄 迦葉えぢす長夜のはく
秋月春雨月黄昏 秋月春雨つきくわうこん

柳田聖山先生訳
弘法大師入滅
生き身の大日如来で、覚王仏陀の孫である大師は
神秘な活路の門を開き、その中にお入りになった
摩訶迦葉は鶏足山で入滅され、釈迦の言葉を守り 
秋には風、春には雨、夕月夜の風情が満ちている

くま訳
空海弘法大師入滅
生身の大日如来、仏陀の子孫。
本来の自己が出入りする、禅定の道を切り開いたのだ。
迦葉が受け継ぎ連綿と伝わる釈迦の魂がそこにある。
それは、秋月春雨月黄昏のように、ありのままである。

*高野大師:空海(774-835年)平安時代初期。弘法大師諡号 真言宗開祖 佐伯眞魚(さえき の まお)
 日本天台宗の開祖最澄と共に、日本仏教の大勢が、今日称される奈良仏教から平安仏教へと、転換してい 
 く流れの劈頭に位置し、中国より真言密教をもたらした。
*大日如来:真言密教の教主である仏であり、密教の本尊。一切の諸仏菩薩の本地。
*覚王:仏陀を敬っていう語。覚帝(かくたい)。
*入定:1.禅定に入ること。2.高僧が死ぬこと。入滅。
*出入:赤肉団上に一無位の真人有り。常に汝等諸人の面門より出入す。 
(´・(ェ)・`)つ

344 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/08(月) 22:48:41 ID:1d4drIFg0
弘法大師の入滅に寄せたのじゃな。

生身の大日如来、覚王如来の孫であるのじゃ。
活路の門に出入りし、神通自在だったのじゃ。
それは迦葉が長年維持した法の魂魄と同じなのじゃ。
春夏秋冬日月万物の全てなのじゃ。

345 避難民のマジレスさん :2021/03/08(月) 23:35:13 ID:NK3zmx/U0
348
佛魔一紙
聖凡萬里隔郷關 聖凡萬里郷關を隔つ
清淨沙門塵事間 清淨の沙門塵事の間
殘雪殘梅窓外月 殘雪殘梅窓外の月
吟中猶劍樹刀山 中猶ほ劍樹刀山のごとし

松本市壽先生訳
聖人と凡人とには、万里もの隔たりがあるものだ。
清浄な僧と、俗事との間も大きな隔たりがあるものだ。
窓の外は残雪と残梅を月が照らしていてとても美しい。
しかし、それを吟じている私の腹の中は、剣樹が乱立する地獄絵図のような煩悩が巣くっている。
仏魔紙ひとえというもので、表面から見てもわかりにくいというだけだ。

くま訳
仏魔紙一重
聖人と凡人は万里も隔たりがあるのだ。
清淨な僧と俗事の間の関係はどうか。
残雪と残梅を窓外の月が照らしている。
それを吟じる我が胸中は、剣樹刀山の地獄の山でのたうちまわっているのだ。

*刀山剣樹:酷く危険な境遇。「刀山」は刀の刃が上を向いた状態で、無数に立てられている山。
 「剣樹」は葉や枝、花、実の全てが剣で出来ている樹。刀山を歩かされたり、剣樹を登らされては落とさ 
 れるという地獄で行われている刑罰のことから。
(´・(ェ)・`)つ

346 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/09(火) 22:02:32 ID:1d4drIFg0
聖人と凡人では万里の差があると言うのじゃ。
清浄な僧でも凡俗とは塵のように小さな差しかないのじゃ。
残雪残梅の外に月が出ているような風流を吟じている中にも剣の木、刀の山があるのじゃ。

清浄な僧も直ぐにも堕落するかもしれんから気をつけろということじゃな。

347 避難民のマジレスさん :2021/03/09(火) 23:00:29 ID:DpJVeXtI0
くま訳改
第二句:清浄な僧でも凡俗とは塵のように小さな差しかないのである。
第三句:残雪残梅の外に月が出ているような風流
第四句:それを吟じている中にも剣の木、刀の山があるのである。

349   1/2
止大用庵破却  大用庵の破却をとどむ
 二首 寛正五年 
破邪歸正識情 邪を破ししゃうに帰す識情
勝負人我無明 勝負にんが無明
可羨出塵羅漢 しゅつ塵の羅漢をうらやむべし、
青天月白風淸 青天月白く、風淸し

くま訳
大用庵の完全なる破壊を止めた。 寛正五年(一休七十一歳)
邪道を打破し正しく識別する道に帰した。
勝負に拘るのは、自我に囚われた無明故である。
俗世間を離れた阿羅漢をうらやむべきであろう。
有明月は白く、風は淸い

*破却:原形をとどめないように、すっかりこわすこと。
*識情:事物を識別することと感情。総じて迷情による心のはたらきをさす。情識。
(´・(ェ)・`)つ

348 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/10(水) 22:03:31 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

邪道を破って識情は正道に帰ったのじゃ。
勝負に拘るならばまだ無明なのじゃ。
ただ悟りを完成した阿羅漢を羨むと善いのじゃ。
青天月白く風清いのじゃ。

349 避難民のマジレスさん :2021/03/10(水) 23:15:38 ID:PDgIfnws0
350   
止大用庵破却 2/2  
認定盤擔板漢禪 定盤をとむたん板漢の禪
衲僧作略豈膠絃 衲僧の作略豈に絃にかうせんや
殺活從横悪手段 殺活從横悪手段
鑄消正印漢王前 正印をちうせうす漢王の前

くま訳
物事を判断する厳格な基準の存在を認めるのが、一面のみを見て、全面をしらざる禅である。
真の師家が何で、絃の張り具合に拘る事があろうか、中ぐらいが良いのである。
恣意的な基準で活かしたり殺したりするのは、悪い手段である。
漢王も将軍の印を作って与えて後で取り上げたりしたのである。

*定盤:表面を水平で平滑になるように作った平面盤。組み立てなどを正確に行うのに用いる。
*擔板漢(たんばん):一面のみを見て、全面をしらざる痴漢をいふ。
*膠す:① ねばりつく。くっついて動かない。② 物事にこだわる。拘泥(こうでい)する。
*弾琴の喩:一生懸命に修行をしているのに、いっこうに悟りの境地に至ることができないと、修行に行き 
 詰った悩みを弟子ソーナ(琴奏者)から打ち明けられた際に、琴をかなでるには、弦をつよく緊(し)めす 
 ぎず、ゆるすぎず、ほどよく弦を緊めることが大事、修行も琴の音を調える時のようにその中道をとらね 
 ばならない、と助言して悟りに導いた。
*鑄消正印漢王前:https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/ >>23 >>24
(´・(ェ)・`)つ

350 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/11(木) 23:04:44 ID:1d4drIFg0

上っ面だけで全面を知らないのが今まで大用庵を修めていた衲僧の禅であるというのじゃ。
その策略は膠に糸がこびりついたような殺活縦横の悪手段なのじゃ。
正に漢王が印を鋳して取り消すが如きものなのじゃ。

351 避難民のマジレスさん :2021/03/12(金) 00:03:38 ID:0boY72FE0
くま訳全面改
上っ面だけで全面を知らないのが今まで大用庵の禅であったのだ。
その策略はニカワに糸がこびりついたような
殺活縦横の悪手段だったのだ。
正に漢王が印を鋳潰して取り消すが如きものだったなのだ。

378(順番繰上げ)
題如意庵校割未 如意庵校割の未に題す
 
將常住物置奄中 常住もつをもつて庵中に置く
木杓笊籬掛壁東 もくしゃくさうり壁東に掛く
我無如此閑家具 我に此くの如き閑家具無し
江海多年簔笠風 江海多年さりゅうの風

伊井暇幻先生訳・解説より
一休は一時、大徳寺管轄下の如意庵に住した。校割は庵の引き継ぎ書類である。其の端に書き付けた、との
体裁をとる。
寺の備品を庵内に整頓する。
木杓やら籠やらを壁東に掛ける。
元々自分は、このような無用物を持たなかった。
世間に長い間さすらってきた。蓑笠こそ我が家であり、庵に引き籠もることは自分に似合わない。

くま訳
如意庵の校割帳の端に書き置く
寺の備品は庵内に置く。
木杓や笊籬を壁東に掛ける。
わしは、このような無用物を持たないのだ。
長年世間をさすたってきたのだ。蓑笠をまとい風の中をゆくのだ。

*如意庵:1440 47歳6月20日、請われて大徳寺・如意庵に入住し、27日より華叟13回忌を営む。
29日、庵を去る
*校割:寺の什物帳なり、新舊(旧)交代の時、什物と自己の所有物とを区分明記して、疑なからしむるも
のなり。(禪学大成脚注)
*常住物:寺に住む僧が勝手に私有したり売却してはならない共有物で、長く寺に備えて僧の受用に供すべ
きもの。寺舎・田園雑具、また僧の常食など
*木杓(きさく)木でつくった柄杓(ひしゃく)
*笊籬(そうり) 竹で編んだかご。ざる。・簑笠(さりゅう):みのとかさ
(´・(ェ)・`)つ

352 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/12(金) 23:46:06 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

常住物をもって庵の中に置くのじゃ。
木杓笊などは東の壁にかけるのじゃ。
わしはこのような家具はもってなかったのじゃ。
世間を多年蓑笠でさすらっていたのじゃ。

353 避難民のマジレスさん :2021/03/13(土) 00:28:11 ID:g5ULF.Cg0
351
如意庵退院寄養叟和尚 如意庵退院養叟和尚に寄す
住庵十日意忙忙 住庵十じつ、意忙々、
脚下紅絲線甚長 脚下の紅糸線、甚だ長し。
他日君來如問我 他日、君来ってもし我を問はば、
魚行酒肆又淫坊 魚行、酒肆、又た淫坊

柳田聖山先生訳
如意庵に住んで十日だが、多情抑えがたく
いかにも赤提灯が足元を照らすものだから、
若し他日、この私を訪れてきてくれた時、
魚屋か、居酒屋か、女郎屋を探してくれ。

伊井暇幻 先生
庵に十日ばかり居着いてみたが、出て行きたくて心はソワソワとしていた。
庵に座り込んで過ごしたため、足の裏に赤い筋が長く出てきたし、愛すべき人を求める紅絲線が長く伸び人
恋しくて堪らない。
譬えば君が何時か庵に来て私の所在を尋ねるとしよう。その時、
私は恐らく、釣りに行っているか酒屋で蜷局を巻いているか、もしくは女郎屋に転がり込んでいるだろう」。
(´・(ェ)・`)つ
くま訳
如意庵退院に際して養叟和尚に贈る
如意庵に住持して十日、気忙しく落ち着かないのである。
足元の赤い糸が、わしを呼び寄せるのだ。
他日、君が来て、わしの行方を尋ねるのであれば、
釣り場、酒場、遊里辺りを探してくれ。

*寄す(他動):相手に送る。贈る。寄進する(心を)寄せる。頼りにする。ゆだねる。

354 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/13(土) 21:57:58 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

如意庵に住んで十日で心が乱れたのじゃ。
脚の赤い線が長く伸びたのじゃ。
他日、君が来てわしを問わば 魚屋か居酒屋か女郎屋にいるじゃろう。

355 避難民のマジレスさん :2021/03/13(土) 23:03:04 ID:ExRB.JVA0
352   
賛栽松道者   さいしょう道者を賛す
周家當處出生來 周家当初に出生し来たる
為法喪身徒苦哉 法の為に身を喪すただ苦なるかな
宿昔植何時徳本 宿せきいずれの時の徳本をかうう
栽松老漢也黄梅 さいしょうろう漢また黄梅

くま訳
栽松道者を讃える
五祖弘忍は周家の住まいのある地で生れた。
仏法を求めるために身命に執着せず、転生するのは、ただただ苦しいであろう
父栽松道者が周家に宿を借りたついでに、いつの間にか、娘を孕ませて転生したのだ。
五祖弘忍に転生した栽松じいちゃは、黄梅に住して、禅の教えを広めたのである。

*五祖弘忍(ぐにん・こうにん)大満禅師(688〜761)の前世が栽松道者(さいしょうどうじゃ)と呼ばれ
 る松を植えるだけの僧だったという伝説あり。
 仏教はできるだけ世間から遠く離れた山や野の中で自分で働き、自分で食べていく事とするこの生活を 
 「農禅生活」という。農作業をしながら修行する生活は、五祖から始まった。
(´・(ェ)・`)つ

356 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/14(日) 23:49:34 ID:1d4drIFg0
栽松道者の賛じゃな。

もとは富豪の周家に生まれていたそうじゃ。
法のために一遍死んで苦しんだのじゃ。
昔宿にていつのまにか徳の本を植えたというのじや。
そして栽松道者は黄梅の人となったというのじゃ。

黄梅の人とは五祖弘忍のことじゃな。

357 避難民のマジレスさん :2021/03/15(月) 00:17:22 ID:oVxihHho0
くま訳改
第三句:昔宿にていつのまにか徳の本を植えたのである。

お知らせ
昨年5月6日から始めた一休さん講読会は、結局『狂雲集』講読会となりました。本日、狂雲集の全ての詩
の下調べが完了いたしました。順次掲載して参ります。鬼和尚に注釈・翻訳いただいているお陰さまで、た
いへん有意義な講読会になっております。鬼和尚、いつもありがとうであります。
掲載完了までまだ7ヶ月以上かかると思いますが、いずれ、鬼和尚の翻訳を、國訳禪学大成版『狂雲集』の
編集に即して、並べ替えて別にまとめたいと思います。現在は原則「あいうえお」順で進行中であります。

353
長門春草    (弟子が編集した年譜に掲載されている一休さ13歳の作)
秋荒長信美人吟 秋こうの長信 美人吟ず
経路無媒上苑陰 経路 媒無くして上苑陰たり
栄辱悲歓目前事 栄じょく悲歓目前の事
君恩浅処草方深 君恩浅き処 草方まさに深し

碇豊長(イカリ トヨナガ)先生訳・解説より
秋の雑草が生える(頃)、長信宮(=後宮)の宮女がうたっている
(帝が通っておいでになる)道筋には、(帝と宮女との)仲立ちをする案内人の姿が見えなくて(=帝が
やって来なくて)、禁苑の緑は深まるばかりである。 
名誉や恥辱、悲しさや嬉しさというものは(目に見えない物ではなくて、)実際に目の前に見て取れるもの
ごとなのだ。
帝の恩寵が浅い(宮女の住む)所は、(帝のお成りが無いために、手入れがされずに)草が深く繁ったまま
になっているのだ。(このように実際に見て取れるのだ、と)

ある男の残日HP 宇野直人先生生訳・解説より 
春なのに秋の様にさびれた長信宮で 美しい人が歌を歌う
御所から続く道に 使者の訪れは無く 御所は静かなまま
愛される幸せと 忘れられる辛さは それは紙一重のこと
帝の愛の薄れた今 草だけが深く生い茂っている

愛を失って退いた女性、その悲しみという事をテ-マとしている。その女性の心境を想像してその身になっ
て詠んでいる。一休は歴史上の悲運の女性を繰り返し題材にした。漢の時代の王将君・唐の楊貴妃・・・。
不幸な母への想いと思われる。これが後に変化して女人崇拝となっていく。

*長信:漢代の班婕妤(はんしょうよ)という女性が天子の寵愛を失った後に住んだ、皇太后の宮殿「長信 
 宮」のこと
*秋荒:秋の雑草が地を覆う。秋になって、後宮に繁った雑草(雑草=帝が来なくなった意)に感じること 
 があっての怨みの詩。
*美人:「虞美人」の「-美人」のように、女官の名称。後宮の女性を謂う。ここでは、失寵の後宮の女性
(=一休の母を指す。)
*媒:(帝と宮女との)仲立ちをする案内人
*陰:おおう。おおわれる
 
くま訳
長門春草 
秋、荒れ果てた後宮で、天子の寵愛を失った官女が歌う
天子がお渡りになる経路には、案内人の姿無く、雑草におおわれている
栄辱悲歓がそのまま目前に現れて、見て取れる 
君恩が浅い官女の住むところは、草深くなるのだ。
(´・(ェ)・`)つ

358 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/15(月) 22:52:42 ID:1d4drIFg0
↑ご苦労さんなのじゃ。

秋の荒廃に長信宮より美人が吟じるのじゃ。
宮への経路に案内の者が居らず、上苑は陰気であるのじゃ。
栄辱悲歓は今ここ目前にあるものじゃ。
君恩が浅ければ草も深いのじゃ。

これが13の作とは信じがたいのじゃ。
後宮の悲哀に喩えて失恋とか父母君恩の浅きを嘆いているようじゃ。

359 避難民のマジレスさん :2021/03/15(月) 23:06:16 ID:td4//x260
11(再掲)懐古 1/2 https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/ >>618
        こ の詩は、昨年5/8に、この講読会で初めて取り上げた狂雲集の漢詩である。
愛念愛思苦胸次 愛念愛思胸次を苦しむ 
詩文忘却無一字 詩文忘却して一字無し 
唯有悟道無道心 ただ悟道ありて道心無し
今日猶愁沈生死 今日猶ほ愁ふしょう死に沈まんことを 

(鬼和尚解説に基づき、くま訳全面改済み)
愛着の念が胸にあって苦しければ、
詩文も忘れてしまうであろう。
ただ悟道があって道心無ければ
今日もまだ生死に愁い沈むばかりであろう。

354
懐古   2/2
十年溺愛失文章 十年愛に溺れて文章を失す 
不是行天然即忘 是れ逆にあらず天即ち忘ず 
翰墨再論近年事 かんぼく再び論ず近年のじ  
輪廻断尽隔生腸 輪廻断じ尽す隔生のはらわた

蔭木英雄先生訳
十年間愛欲に溺れて文章を失っていたが 
これはわざとでなく自然に忘れていたのじゃ  
詩文を再び論じはじめたのはつい近年の事で 
(愛欲と詩文との)輪廻を切断するのが来世の願いなのじゃ

くま訳
十年愛に溺れて文章を書かなかったのである。
これは、わざとしたのではなく、自然にわすれていたのだ。
筆を取り、論じだしたのは、最近のことである。
何としても、輪廻を断じ尽くす覚悟である。

*翰墨(かんぼく):筆跡
(´・(ェ)・`)つ

360 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/16(火) 22:53:52 ID:1d4drIFg0
十年愛に溺れて文章を失ったのじゃ。
作文を実践していなかったから天はすぐに忘れさせたのじゃ。
近年になって書くのを再開したのじゃ。
輪廻を断ち尽くし、生はらわたも離れたからなのじゃ。

361 避難民のマジレスさん :2021/03/16(火) 23:27:56 ID:pH6aTtb20
鬼和尚、いつもありがとうであります。
「生はらわたを離れる」とはどの様な意味でありましょうか?」

355
杜牧  1/2
誰記慈明老漢婆 誰か記す慈明老漢の婆
無能懶性甕呑蛇 無能のらんしょう亀じゃを吞む
工夫雪月吟魂冷 工夫雪月吟魂冷たし
閑唱桑間濮上歌 閑に唱ふ桑間ぼく上の歌

くま訳
誰が慈明老僧が同棲するお婆さんのことを詩に詠むであろうか(テーマ選択×)
参174の詩 https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/ >>980
詩の才能無くけだるい。のろまな地をはう亀に吞みこまれる蛇のようである。(言葉選択×)
工夫して雪月を詠んでも、詩情は薄い(感性×)
閑にまかせて歌うのは、傾国の淫靡な歌である。(作品下品)

*慈明:慈明禅師石霜楚円(986-1039)、北宋の臨済宗第七祖。
 修行時に睡魔に襲われると錐でその腿を刺して凌いだという逸話あり。数多くの法嗣がいたが、なかでも 
 黄龍慧南と楊岐方会はそれぞれ黄龍派と楊岐派の祖となり臨済宗の隆盛に大きく貢献した。
*杜牧(とぼく)803-853年晩唐の詩人。 
 晩唐の繊細な技巧的風潮を排し、平明で豪放な詩を作った。風流詩と詠史、時事諷詠を得意とし、艶麗と 
 剛健の両面を持つ。七言絶句に優れた作品が多い。
 長安の名門階級に生まれ。828年、25歳で進士に及第。官吏となる。833年、31歳の時に書記を勤めた。 
 このころ詩作を始める。揚州在任の3年間、毎晩妓楼に通い、風流の限りを尽くしたと言われる。835年、 
検閲官に任命され長安に戻ったが、以後各地で多くの官職を歴任するが、政変のため中央での出世は得ら 
 れなかった。杜牧は自分の経歴や処遇への不満を詩に表し始めた 。
 848年に勲功部の副長官に任命された彼は中央に戻り、役職を歴任、853年病に倒れ亡くなった。
 漢詩、賦、古典散文。歴史的な名所や神秘的な情景を描いた繊細で叙情的な絶句を得意としていた。離別 
 や退廃、無常観などを描く詩もある。古典的な形と口語的な語法や語順、言葉遊びなどを組み合わせたス 
 タイルを用いた。彼はまたストーリー性のある長編の詩や孫子の注釈も書いている。
 恋愛詩を作ったことでも知られている。しかし死ぬ前年にその恋愛詩の多くを自ら焼き払ってしまいった。
*桑間濮上(ソウカンボクジョウ):濮水のほとりの桑間という地の意。国を滅ぼすような淫靡(いんび)な
 音楽。また、淫乱であること。殷の紂王が師延(しえん)にみだらな音楽を作らせたが、殷は滅び、師延は
 濮水に身を投げて死んだ。後に、濮水のほとりで聞こえた曲を師涓(しけん)が写し取り、晋の平公のため 
 に演奏したところ、師曠(しこう)が亡国の音楽であるとして止めたという故事による。
(´・(ェ)・`)つ

362 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/17(水) 23:49:12 ID:1d4drIFg0
↑それは性欲とか、攻撃欲とかの本能的な衝動の原因となる体の器官から離れたということじゃな。
 昔はそれが腸にあると考えられていたのじゃ。
 昔は愛欲に溺れて文もまずかつたが、輪廻を断ち腸も空になって文がよくなったというような意味じゃな。

363 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/17(水) 23:54:15 ID:1d4drIFg0
杜牧の詩なのじゃ。

 誰が記すか慈明は老人の女子だと。
 無能で怠け者で大蛇の如く甕酒を飲む者だったのじゃ。
 詩を工夫することは雪月の如く冷たい魂であつたのじゃ。
 それで暇に任せて淫歌を歌ったのじゃ。

 慈明と書くが杜牧のことなのじゃ。
 二人とも同じ性癖があつたというのじゃ。
 男色なのじゃ。

364 避難民のマジレスさん :2021/03/18(木) 00:42:04 ID:UEsw8PFo0
鬼和尚、ありがとうであります。
大腸と、脳が密接に連動してるのでありますね。
慈明(と杜濮)の性癖に付いてのご指摘は、言われてみれば、確かに、『慈明老漢婆』と書いてあるでありま
すね。
くまは、この畳みかかる様な罵詈雑言は、一休さんが、自分自身の事を卑下して見せているのかなと思って
おりました。

くま訳全面改。
誰が記すか慈明は老人の女子であり、
無能で怠け者でうわばみの如き大酒飲みだったのだ。
詩を工夫する魂は、雪月の如く冷めていたのだ。
それで暇に任せて淫歌を歌ったのだ。

356
杜牧   2/2
宗門活句阿房宮 宗門の活句阿房宮
六國興亡六國風 六國の興亡六國の風
筆梅詞林何所似 筆海詞林何の似たる所ぞ
晴天萬里月方中 晴天萬里月正に中す

蔭木英雄先生訳・解説
杜牧の「阿房宮賦」は臨済禅を生きいきと表す活句であり
(杜牧も賦す如く)六国の興亡は(秦が原因でなくて)六国自身の国風によったのだ(故に己事を究明し、
脚下を照顧せよ)  
杜牧の筆する詩句は何を似(しめ)しているのか
広大な青空のマン中に月が輝いている

杜牧は「阿房宮賦」で、鳴呼、六国を滅ぼす者は六国なり。秦に非ざるなり。   
と賦(うた)う。これは禅者にとり活句である。『碧巌録』二十に、”須らく活句に参ずべし、死句に参ずる
莫れ”と教えている。また『碧巌録』三十九に、”水中に元思量し。月は青天に在り”と述べているが、一
休は結句で、杜牧の筆する詞句は、その青天の月(=真如)を似(しめ)している。と吟破するのであった。
くま訳
臨済禅を生き生きと活写する「阿房宮」
六國興亡は六國國風に原因があったのだ。
この詩句、言葉は何を示してるのか、
広大天に輝く月、真理(六國の興亡は、六國自体に原因がある)を示しているのである。

*活句:禅宗で、有益に生かして用いられた文句。生きた語句。 俳諧で、言外に奥深い味わいのある句
*筆海(ヒッカイ):文字の集まりの意から文章。詩。
*詞林:詞林: 詩文を多く集めた書。詩人・文人の仲間。文壇。 辞書。
(´・(ェ)・`)つ

365 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/18(木) 23:15:28 ID:1d4drIFg0
↑そうじゃ、更に学ぶのじや。

そのような杜牧の「阿房宮賦」は宗門を活かす句なのじゃ。
それには六国が興り滅びたのは六国自身の国風によるとあるのじゃ。
その筆先が何を示しているのか、万里に晴れわたる天の月のように明白なのじゃ。

つまり宗門を栄えさせたければ自ら風紀を善くするようにと言うのじゃな。

366 避難民のマジレスさん :2021/03/18(木) 23:41:50 ID:.FRkq9Z20
くま訳改
第三句:その筆先が何を示しているのか、
第四句:万里に晴れわたる天の月のように明白なのである。つまり宗門を栄えさせたければ自ら風紀を善く
するようにと言うのである。

357
看靈山行状   靈山の行状を看る
宗門極則又聱訛 宗門の極則又がうぐわ
乃祖靈山前釋迦 ない祖靈山前釋迦
採筆誰人點鬼簿 筆を採って誰人か鬼簿に点ず
工夫日用俗塵多 工夫日用俗塵多し

くま訳
靈山徳禪寺の行状を看る
宗門の規範はいりくんで、むつかしい。
開祖徹翁義亨は釋迦の正伝である。
実務として過去帳の作成などもしつつ、
一心に修行に励むが、俗世間との煩わしい事柄も多い

*霊山徳禅寺:徹翁が創建、応仁の乱で焼失、一休さんが再興。
 徹翁義亨(てっとう ぎこう)1369-1295 大徳寺1世。五山の禅に満足できないため,大徳寺の宗峰妙超  
 に参禅して法を嗣いだ。霊山徳禅寺を開創し,寺域内には石を配し,池を掘り船が浮かぶ庭園を築き,また 
 寿塔の正伝庵を設けた。足利義詮 や花山院覚円などの外護者を得ている。寺院経営,門徒の掌握と徹翁一
 派による大徳寺とその教団運営の基礎確立にすぐれた才能を発揮した
*極則:規範中の規範?奥義?
*聱訛(ごうが):いりくんで、むつかしきこと
*乃祖:祖父。また、祖先。
*点鬼簿:死者の姓名を書いた帳面。過去帳
*俗塵:浮世のちり。俗世間の煩わしい事柄。
*工夫日用:一心に修行に励む、日常
(´・(ェ)・`)つ

367 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/19(金) 23:59:24 ID:1d4drIFg0
靈山の行状を看て説いたのじゃな。

宗門の規則は又難しく入り組んでいるのじゃ。
霊山の祖であるお釈迦様の頃にはそんなに難しく入り組んでなかったのじゃ。
誰が故人の記に筆を加えてこんなにしたのか。
日用に俗塵を多くする工夫をしてはいかんのじゃ。

368 避難民のマジレスさん :2021/03/20(土) 00:25:20 ID:5u2wfoj60
くま訳改
第三句:霊山の祖であるお釈迦様の頃にはそんなに難しく入り組んでなかったのだ。
第四句:誰が故人の記に筆を加えてこんなにしたのか。日用に俗塵を多くする工夫をしてはいかんのだ。

358
歇林紹休侍者相攸搆居扁曰傳正。 けつ林紹休侍者ところを相し居を構え、扁して傳正といふ、
因作偈以爲證云         因って偈を作り、以って證と為すと云ふ

宗門滅卻法筵開 宗門滅卻す法えん開く
狭路慈明顚倒來 狭路の慈明顚倒し來たる
墻外自然樵客迹 しょう外はじ然しううかくのあと
風流河愛斷岸梅 風流愛すべし斷岸の梅

くま訳
臨済宗をやめて、一休と同行する侍者と良い場所を探して居を構えたことが、誤った伝えられ方をしている。
そこで、偈を作り証するのである。

大徳寺宗門は滅卻したので、法会を開くのである。
色欲を抑制する狭路を慈明禅師がひっくり返して、以来
垣根の外は、自然であり、きこりの足跡もある(庶民が集まってくる)
風流を愛すべきである、険しい崖に咲く梅の花を愛でるのである。(困難なところに身を置いてこそ風流を
味わえるのだ)

*歇(けつ・かつ・やめる・ やむ・ つきる・ やすむ・ かれる)
*林下(りんげ・りんか)山林派とは中世以降の臨済宗を中心とする禅寺のうち、在野の寺院を指す呼称で 
 ある。五山十刹など幕府の庇護と統制下にあった「禅林」または「叢林」の一派に対し、林下は座禅修行 
 に専心する厳しい禅風を特色としている。臨済宗大応派の大徳寺や妙心寺。
*紹(ショウ):1.ひきあわせる。2.前代の事業・国家・家などをうけつぐ。つぐ。
*相攸(そうしょ):好い場所を観察して選択する(中国語翻訳サイト)
*法筵(ほうえん):仏法を説く所。法会・説法の席。法 (のり) の筵 (むしろ)
*偏する:考え方・感情・方法・方向などが一方にかたよる
*顚倒:①逆さまにすること、なること。②倒れること。ひっくりかえること。③うろたえること。④
「てんどう」煩悩のために誤った考えやあり方をすること。2020/08/08鬼和尚コメ参。 
   https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/ >>888
*石霜楚円(慈明禅師、986 – 1039年)
*楊岐方会(ようぎ ほうえ、992-1049)宋代の臨済宗の僧。後世五家七宗の一つに数えられる楊岐派の祖 
 として知られる。日本に伝えられた臨済禅のうち、栄西によるものを除く全てがこの楊岐派に属する
*牆外・墻外(しょうがい):垣根の外側。
(´・(ェ)・`)つ

369 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/20(土) 23:26:20 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

宗門から離れて法会を開くのじゃ。
慈明禅師の如き苦行は中道ではない本末転倒なのじゃ。
樵のような一般人も自然に来るような法会であるべきなのじゃ。
時には断崖の梅も愛するような風流の心が大事なのじゃ。

370 避難民のマジレスさん :2021/03/21(日) 00:12:13 ID:Y54sIEBM0
くま訳改
第二句:慈明禅師の如き苦行は中道ではない本末転倒なのである。
第四句:時には断崖の梅も愛するような風流の心が大事なのである。

359
賛臨済和尚   臨済和尚を賛す
従来道業是毘尼 従来道業是れびに
黄檗棒頭忘所知 黄檗の棒頭に所知を忘す
正傅的的克勤下 正伝的的こくごんか
吟破風流小艶詩 吟破す風流小艶の詩

くま訳
従来仏道修行は戒律に基づいてなされたのである。
臨済義玄禅師は、黄檗の三頓の棒を喫したことを契機に大悟した。
臨済の教えは、圜悟克勤(えんごこくごん)により正しく伝えられたのである。
吟破するのである、風流な小艶詩(雁艶詩)にのせて。

*道業:仏道修行のこと。悟りを成就するための修行の行為。
*毘尼(びに)毘奈耶(びなや):(vinaya の音訳。律と訳す) 比丘、比丘尼に関する、仏が制定した禁戒 
 をいう。三蔵中の律。
*臨済、黄檗の三頓の棒を喫して、遂に 辭して大愚の所に至る、因って前話を擧して、有過無過を問ふ、
 大愚曰く、「黄檗與麼に老婆なり、汝が爲に徹困なることを得たり、更に這裏に来たって有過か無過かと 
 云ふ。」師言下に大悟す。
*与麼:恁麼(いんも):1 (多く「の」を伴って連体詞的に用いて)疑問を表す。どのよう。いかように。
 2 (「に」を伴い副詞的に用いて)指示を表す。このよう。かくのごとく。
*臨済義玄(りんざい ぎげん、? -867)唐代の禅僧。諡は慧照禅師。臨済宗の開祖。言行録は、弟子の三 
 聖慧然によって『臨済録』としてまとめられており「語録の王」と称された。
*圜悟克勤(えんごこくごん)1063-1135宋の臨済宗の僧。字は無著。『碧巌録』の著者として著名。五祖 
 法演 (ほうえん) に参禅して大悟し,一家をなした。
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/  >>251〜 参
(´・(ェ)・`)つ

371 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/21(日) 21:47:31 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

臨済の賛じゃな。

従来仏道は戒律を以って業とするものじゃった。
黄檗に棒で頭を叩かれて知る所を全部忘れたのじゃ。
その正伝は克勤の下にあるのじゃ。
今はそれを風流小艶詩にて吟破するのじゃ。

372 避難民のマジレスさん :2021/03/21(日) 22:04:59 ID:LGwG7GQI0
360
以淫欲換詩文  淫欲を以って詩文にかふ
衆寮及第大雄尊 衆寮及第す大雄尊
著述佳名我命根 著述の佳名我が命根
愁夢未修雲雨約 愁夢未だ修せず雲雨の約
君恩猶喜費吟魂 君恩猶ほ喜ぶ吟魂を費やすことを

蔭木英雄先生訳
衆寮で開悟して、わしは釈尊と同じになったものの  
詩文を作る名声こそが
我が命なのじゃ
愁いの夢の中で、情を交す約束をまだ果さぬが
そなたの愛情が喜ばしい。なぜなら恩愛によって一そう詩情をそそるからだ

茶の湯に親しむHP
学寮を修了して、大にして雄なる尊者の一員となり、
述べ著すものの名声が私の命綱である。
あなたと交わした夫婦の契りは悲しい夢のまま収まりが付かず、
君の深情けは喜びのまま私の詩心を浪費させるよ

くま訳
淫欲を詩文に変換するのだ。
寺での修行により、透関して開悟したのである。
著述により名をあげることが、天から与えられた使命なのだ。
愁夢の中での情交の約束はまだ果たせていないが、
君への恩は喜ばしいのである。詩情を駆り立ててくれるのである。

*衆寮:禅寺で、座禅をする僧堂に対し、僧が経や語録を読み、修行を深める自習用の建物。
(´・(ェ)・`)つ

373 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/22(月) 23:25:09 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

衆寮で及第して大雄尊になったのじゃ。
しかし著述による佳名こそ我が命根なのじゃ。
愁えるのは雲雨の約束が未だはたされぬことじゃ。
君恩に吟魂を費やすことをまだ喜びとしているのじゃ。

374 避難民のマジレスさん :2021/03/22(月) 23:49:18 ID:EdnDjoe.0
くま訳改
第二句:しかし著述による佳名こそ我が命根なのである。
第三句:愁えるのは雲雨の約束が未だ果たされぬことである。
第四句:君恩に吟魂を費やすことをまだ喜びとしているのである。

361
大燈忌宿忌以前對美人 大燈忌宿忌以前美人に對す
宿忌之開山諷経 宿忌の開山諷ぎん  
経咒逆耳衆僧聲 経じゅ耳に逆らう衆僧の声
雲雨風流事終後 雲雨風流こと終つて後
夢閨私語笑慈明 夢閨の私語慈明を笑ふ

西田正好先生訳・解説
大燈忌法要の読経の声が、 
せっかくの情事を妨げ気分をそぐもんだ。 
美人とこと終わって、
寝床の睦言を交わしながら、宋の慈明禅師も色好みであったわい、と笑えることよ

水上勉先生訳
大徳寺の開山大灯国師の百回忌、
僧侶たちの読経の声が聞こえてくるが、耳に逆らって、
自分は美人とよろしくやっている。
女を囲っていたという中国の慈明和尚もかなうまい。

柳田聖山先生訳・解説(牧原 一路先生ブログ)より抜粋
大灯国師の法要に、国師のことなんかちっとも判っていない連中が
経をあげて、法要した気になっている。
そんなエセ坊主の仲間になどはいらず、
自分は大灯国師と夢の中で親しく膝を交え、対話をした。
大灯国師の禅を本等に知る者は自分だけだ。

「逆耳」は中国の屈原を指している。屈原は、世の中を悲観して川に身を投げようとする。その時、漁夫が
「おまえさん、何をそう悩んでいるね。濁った川の水で冠を洗おうとするから悩むのだ。濁り水では靴を洗
えばいい、川の水がきれいになったら冠を洗えばいいではないか」と忠告してくれる。しかし屈原は、その
漁夫の忠告にも耳をかさず、「耳に逆らって」川に身を投じた。
一休は20歳の時、将来を悲観して瀬田川に身を投げようとしたことがある。屈原も王の子であった。後小
松天皇の子でありながら、世の矛盾に苦しむ自分を屈原と照らし合わせてみていたのである。
そして柳田氏は言う。「美人」は女性とは限らない、屈原も美人と評されていた。

くま訳
大燈の法要の宿忌よりも前に美人に対面したのである。
大燈の法要で勤行が行われている。  
経咒を唱える衆僧の声が耳障りだ。 
ワシは夢の中で大燈と親しく会い、
ワシは夢の中で慈明の禅の伝統に付いて話して、笑いあったのである。

*宿忌:開山忌、正忌の当日に対し、開山忌の前日のこと。その前夜に物忌みすることを言います。
*諷経(フギン):声をそろえて経を読みあげること。禅宗では、仏前での勤行(ごんぎょう)をいう
*経呪:経文と陀羅尼(だらに)。経陀羅尼。
(´・(ェ)・`)つ

375 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/23(火) 23:36:42 ID:1d4drIFg0
宿忌の開山を祝う読経の声、
衆僧の唱える経呪の声は耳に逆らうのじゃ。
それはまるで雲雨風流の事が終わりて後、
閨で夢見ながら語るようで慈明も笑うじゃろう。

376 避難民のマジレスさん :2021/03/23(火) 23:58:43 ID:pDXcCfPA0
くま訳改
第三句:雨風流の事が終わりて後、
第四句:閨で夢見ながら語るようで、慈明も笑うでありましょう。

362
梅子熟     梅し熟す
熟處年年猶未忘 熟処年年猶ほ未だ忘れず
言中有味孰能甞 ごん中に味はひ有りたれか能くなめん
人斑初見大梅老 人ぱん初めて見るだい梅老
疎雨淡煙青巳黄 疎雨淡煙青すでにわう

くま訳
悟りの境地が年々深まっても、大悟の契機となった言葉は忘れない。
言葉に味わいは有りだれも剽窃することができないのである。
移り気な人の中で初めて見る大梅老師。
まばらに降る雨、薄もやの中、青葉はすでに紅葉に熟していたのである。

*大梅法常(たいばい・ほうじょう。752-839)唐。幼年より多くの経を暗唱する博覧強記の人であったが、
 長じては禅に志向し馬祖大師の法を嗣いだ。
*熟処① よくなれたところ。住みなれた場所。② 学芸、武術などの奥深い肝要なところ。奥義(おうぎ)。
*甞(なめる):抜キ取ルノ意ニシテ、一般窃取ノ行為ヲ云フ。掏ルコト、買フト同意。
*斑:1 色の濃淡、物の厚薄などがあって一様でないこと。また、そのさま。まだら。2 物事がそろわな 
 いこと。一定していないこと。また、そのさま。3 気が変わりやすいこと。また、そのさま。
 
おまけ: 大梅法常禅師(大成脚注)
 馬祖下の尊宿なり。曾て馬祖に参じて問ふ、「如何(いか)なるかこれ仏」と。
 馬祖曰く、「即心是仏(そくしんぜぶつ。心が仏である)」と。
 師(法常)言下に大悟し、それより大梅山に深居し松実を食とし、荷葉を衣とし、只管打坐すること三十年 
 なりき。一日馬祖故らに僧を使はして問はしむ、「和尚そのかみ馬祖に参見して何の道理を得てか此の山 
 に住するや。」師曰く。「馬祖吾れに向かって卽心卽佛と言ふ、我これより此の山に住せり」と。僧曰く、
 「馬祖佛法近来別なり。」師曰く、「作麼生か別なる。」僧曰く、「馬祖曰く、非心非佛と。」師曰く、 
 「這の老漢人を惑乱することを了期あるべからず。さもあらばあれ非心非佛、我は祗だ卽心即佛と。」 僧 
 還りて馬祖に挙似す、馬祖曰く」、「梅子熟せり」と。  
 僧が帰って報告すると馬師が言った。「梅子(ばいし)熟せり」。
 これよりようやく世に知られるようになり、大梅山に修行者が集まってきた。
 
*大梅山:漢の時代に梅子真(ばいししん)という人が隠棲して仙人になったと伝えられる山。。
*作麼生 (そもさん):禅問答の際にかける言葉で、問題を出題する側が用いる表現。「さあどうだ」といっ
 た意味合いである。問題を出題される側は、「せっぱ(説破)」と応えるのが一般的である。

 大梅禅師の言葉。
 「汝ら諸人、おのおの回心して本に達し、その末を追うなかれ。その本を得れば、その末おのずから至る。
 もし本を知らんと欲せば、ただ自心を了ぜよ」
 「この心はもとこれ一切世間出世間法の根本なり。ゆえに心生ずれば種々の法生じ、心滅すれば種々の法 
 滅す。心もし一切の善悪に付さずして生ぜば、万法はもと如々たり」  禅師は八八歳で遷化した。亡く 
 なる直前、弟子たちに言った。「来るに拒むべきなく、往(ゆ)くに追う 
 べきなし」。それからしばらくくつろいでいたが、ムササビの鳴く声を聞くとまた言った。「この物は他 
 物にあらず。汝ら諸人、よくこれを護持せよ」。言いおわると示寂した。
 智覚禅師延寿が讃えて言った。「師、はじめに道を得るは、即心是仏。最後に徒に示すは、物は他物にあ 
 らず。万法(ばんぽう)の源をきわめ、千聖(せんしょう。諸仏諸祖)の骨に徹す。真化は移らず。何ぞ 
 出没を妨げん」
 出典「景徳伝灯録巻七、明州大梅山法常禅師」「宋高僧伝巻十一、唐明州大梅山法常伝」
(´・(ェ)・`)つ

377 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/24(水) 22:07:50 ID:1d4drIFg0
梅の実が熟したというのじゃ。

梅の実は熟した所は年月がたっても忘れないものじゃ。
言葉の中に味があり、誰がそれを嘗めて知ることが出来るじゃろうかというのじゃ。
はじめて老いた大梅の木を見るに人もまばらなのじゃ。
小雨で淡い煙の中で梅はすでに青い葉も黄色くなっているのじゃ。

梅に仮託して育った寺の衰退を嘆いているのじゃな。

378 避難民のマジレスさん :2021/03/24(水) 22:23:14 ID:JY.8aDeU0
くま訳全面改
梅の実は熟した所は年月がたっても忘れないものである
言葉の中に味があり、誰がそれを嘗めて知ることが出来るだろうか。
はじめて老いた大梅の木を見るに人もまばらである。
小雨で淡い煙の中で梅はすでに青い葉も黄色くなっているのだ。

363
大隋菴邊有一龜。    大隋菴べんに一亀有り。
僧問。一切衆生皮褁骨。 僧問。一切衆生皮骨をつつむ。
這箇衆生爲嗔骨褁皮。  しゃこの衆生なんとしてか骨皮をつつむ。
大隋以草鞋蓋於背上   大隋草あいを以ってはい上におおふ

衆生顛倒幾時休 衆生顛倒幾ときか休せん
打着前頭又後頭 前頭を打着して又後頭
信手救猫趙州老 手にまかせてめうを救ふ趙州老
草鞋載去也風流 草あいいただき去るまた風流

くま訳
大隋庵の近くに一匹の亀がいた。
僧問う。一切の生き物は、骨を皮がおおっているが、
亀はどうして骨(甲羅)が皮をおおっているのでしょうか。
大隋禅師はわらじを亀の背に乗せておおった。

人は思い違いをして、混乱している。しばらく頭を休めるべきである。
頭を前に後に打ち付けて考えても、行き詰まるのだ。
何も考えずとも、子猫が切り殺されないように救える趙州老のよに、
草履を頭に載せて立ち去るのも風流である。

*大隋開山神照禅師(だいずいかいさんしんしょう):百丈下三世(834-919)  
     ┏黄檗希運
     ┃
百丈懐海━╋潙山霊祐
     ┃
     ┗西院大安━大隋神照
(´・(ェ)・`)つ

379 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/25(木) 22:53:06 ID:1d4drIFg0
衆生は顛倒して休む時も無いのじゃ。
前頭を打ったかと思えば次は後頭を打つのじゃ。
趙州老ならば手にとって猫を救えたのじゃ。
頭に草履を載せて去るのが風流なのじゃ。

380 避難民のマジレスさん :2021/03/25(木) 23:09:51 ID:bKscMpEk0
くま訳全面改
衆生は顛倒して休む時も無いのだ。
前頭を打ったかと思えば次は後頭を打つのだ。
趙州老なら手にとって猫を救えたのだ。
頭に草履を載せて去るのが風流なのだ。

364       2/2
羅漢遊淫坊圖二首  
羅漢出塵無識情 羅漢の出塵識情無し
婬坊遊戯也多情 淫坊のゆけまた多情
那邊非矣那邊是 な辺非かな辺是か
衲子工夫魔佛情 衲子の工夫魔佛の情

柳田聖山先生訳
煩悩を捨てた羅漢は情を知らない
遊里で遊ぶのは多情の証しである
色好みの是非を問うのは遊戯以前
僧侶たるものは魔と仏を見極めよ

くま訳  
羅漢は俗世間を離れ、迷いが無い。
遊里で遊ぶのは多情だからである。
そのことの是非は
僧侶なら、自分で魔佛の情を見極めねばなりますまい。
(´・(ェ)・`)つ

381 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/26(金) 23:09:33 ID:1d4drIFg0
阿羅漢は俗塵を排出して識情がないのじゃ。
俗人が淫坊で遊べば情が多いのじゃ。
同じ情なのにどこに非があり、どこに是があってそのようになるのか。
修行者の工夫次第で魔にもなり、仏にもなるのが情なのじゃ。

382 避難民のマジレスさん :2021/03/27(土) 00:07:42 ID:WG8H9gto0
くま訳全面改
羅漢は俗塵を排出して識情がないのである。
俗人が遊里で遊べば多情である
同じ情なのにどこに是があり、どこに非があてってそのようになるのか、 
修行者の工夫次第で魔にもなり、佛にもなるのが情なのである。

365
羅漢遊淫坊圖二首 2/2
出塵羅漢遠佛地 出塵の羅漢佛ぢに遠ざかる
一入淫坊發大智 一たび淫坊に入って大智を発す
深笑文殊唱楞嚴 深く笑ふ、文殊りょうごんを唱ふるを
失却少年風流事 失却す少年風流のじ

くま訳
俗世間を離れた羅漢は仏の地から遠のいてしまうのである。
一度遊里で、大いなる悟りの智慧を発すれば、
阿難の(遊里で、心神耗弱状態にされ犯されそうになったときに文殊が助けに行ったという)楞厳経の逸話を
読んで大笑いするだろう。
阿難は、悟る機会を逸したのである。

*出塵:俗世間の汚れから逃れること。出家して僧となること。
*楞嚴:大佛頂如来密因修證了義諸菩薩萬行首楞厳経・釋迦、女郎屋に拉致された阿難の救出を文殊に指示。
(´・(ェ)・`)つ

383 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/27(土) 23:13:38 ID:1d4drIFg0
俗世を離れた阿羅漢が仏の境地を離れ、一度淫坊に入ったとしても、大智を発するじゃろう。
楞厳経の文殊が淫坊に助けに入った故事を深く笑うじゃろう。
そのような若造の境地をもはや失却しているからなのじゃ。

384 避難民のマジレスさん :2021/03/28(日) 00:11:22 ID:PWOU9dF20
くま訳全面改
俗世間を離れた羅漢が仏の境地から離れて
一度遊里に入ったとしても、大いなる悟りの智慧を発するでありましょう。
楞厳経の文殊が淫坊に助けに入った故事を深く笑うでありましょう
そのような若造の境地をもはやなくしているからである。

366
耽色喪徳    色に耽って徳を喪す
酒伴詩僧久絶交 酒はん詩僧久しくまじはりを絶つ
獨吟月影滿松梢 獨吟月影松ぜうに満つ
楚臺秋夢是吾業 楚台の秋夢是れ吾が業
杜牧昧淸淫色嘲 杜牧み清し淫色のあざけり

くま訳
女色に耽り徳を失う
飲み仲間の詩僧と久しく交わりを絶った
独り吟じる、松の梢の彼方に見える滿月
情交を夢見るのは我が業である
杜牧のように淫色の詩を詠む時でもその言葉は清淨でありたいものである。

*酒伴:飲み仲間
*楚臺秋夢:漢書に、楚は牽花の臺を起して黎民散ずと、即ち其の女色に耽るをいふなり(国訳脚注)
*花臺:美しい楼台
*黎民:一般人民
*楚台の夢・巫山の夢・楚夢雨雲:男女の交わり、情交のたとえ。戦国時代の楚の懐王が昼寝をした際、夢 
 の中で巫山の女神と情交を結んだ。別れ際に女神が「朝には雲となって、夕方には雨となってここに参り 
 ます」と言ったという故事から。
*杜牧(とぼく…803〜852):晩唐を代表する詩人
*嘲(チョウ・あざける) ばかにして笑うこと。あたりかまわず勝手な口をきく。また、大きな声を出す。
ふざける。声をあげて詩歌を口ずさむ。うそぶく。
(´・(ェ)・`)つ

385 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/28(日) 21:25:52 ID:1d4drIFg0

酒の伴の詩僧とは久しく絶交しているのじゃ。
月の影が松の梢に満ちる時、独り吟詠するのじゃ。
楚台の秋夢は我が業なのじゃ。
杜牧の詩は味清き淫色の嘲なのじゃ。

386 避難民のマジレスさん :2021/03/28(日) 21:36:35 ID:rVU5IKF60
くま訳改
第四句:杜牧の詩は味清き淫色の嘲なのじゃ。

367
松源和尚 1/2
松源靈隱老師禪 松源はりんにん老師の禪
破法攀條省數錢 法を破りでうをよづ省数銭
嚢中我沒半文蓄 なう中に我半文の蓄え無し
狂客江山三十年 狂かくかう山三十年

くま訳
松源老師の禪
あやまった伝統、法など破り棄て、文章をひねり出し、節約して数銭を稼ぐのである。
財布の中には半文の蓄えも無いのである。
風狂に、山河に遊んだ人生三十年である。

*松源崇岳(しょうげんすうがく<1132〜1202年>)南宋時代の禅僧・23歳、応庵禅師の門下となり3 
 3歳で悟りを開いた。仏法を世の中に広め各寺の住職を務め、禅宗の看話禅及び默照禅に存在した不正行
 為を正すため、松源崇岳は座禅の方法を改革した。霊隠寺の住持をつとめ、霊隠寺で示寂した。
 松源和尚三轉語 https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/
*破法(はほう):仏の教えにそむき、これをそしること。謗法
*攀(よじる、引く、すがる)
*條(じょう)えだ。すじ。すじ状に書いた文書。転じて、法律、規則、契約の類。すじみち。ことがら。
*攀條(中国語翻訳)枝を登ったり壊したりする。・・・を登ってその栄光を壊し・・
*嚢中(のうちゅう)1 袋の中。2 財布の中。また、所持金。
*狂客(きょうかく)① なみはずれた奇抜な行ないをする人。また、狂人。② 風雅を愛する人。風雅に徹
 した人。風狂の人。狂仁。③ 楊花(柳の花)や桃の異名。
*江山(こうざん)川と山。山川。山水。また、水陸の交わる景色。
(´・(ェ)・`)つ

387 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/29(月) 21:59:17 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

松源は靈隱老師の禪を伝えたのじゃ。
破法を破壊して、節約して暮らしたのじゃ。
財布の中には半文の蓄えもなかったのじゃ。
江山に三十年狂客として住んだのじゃ。

388 避難民のマジレスさん :2021/03/29(月) 23:13:24 ID:UGqRHdIQ0
368
松源和尚 2/2
巡堂合掌又焼香 巡堂合掌又焼香
竪拂拈槌坐木床 じゅほつねんつゐしょうに坐す
臨済正傳也何處 臨済の正伝またいづれのところぞ
一休東海斷愁膓 一休東海に愁膓を断つ

くま訳
巡堂合掌又焼香という坐禅の作法に従い
竪拂拈槌(じゅほつねんつい)により師の指導を受けて床に坐す。ただそれだけのことなのに、
臨済の門徒のなかに、法を正しく受け継ぐ者はどこにいるというのだ。
一休は日本国において独り松源を受け継ぐものとして斷膓の思いである。

*巡堂合掌又焼香:坐禅の作法
*拈鎚竪払(ねんついじゅほつ):鎚をとり上げ、払子を立てる。師家が学人を接得する手段。
*愁腸(しゅうちょう):うれえ悲しむ心。愁心。
(´・(ェ)・`)つ

389 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/30(火) 23:38:57 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

巡堂し合掌して又焼香して供養するのじゃ。
竪拂拈槌し木床に座禅するのじゃ。
臨済の正伝はいずこににあるのじゃろうか。
一休は東海で断腸の愁いを抱えているのじゃ。

390 避難民のマジレスさん :2021/03/31(水) 02:44:52 ID:isomS8To0
369
自賛   1/4
大機大用總絃膠 大機大ゆう総てげんかう
如法作家淸宴餚 にょ法の作け淸宴のこう
文君絞酒相如琴 文君がかう酒相じょが琴
終奈薄情無賴嘲 つひに薄無頼のあざけりをいかんせん

くま訳
大きな機会を充分に活かすための表現法があるのである
法に従った禅宗師家の雅な宴のさかな(=悟りへ導く指導技術)みたいなものである。
卓文君が夫の二心を悲しみ、別れの杯を交すと詠い送ったのが相如の琴線に触れたのである。
さてと、相如は薄情な無頼漢だというそしりをどうしたものか。

*絃膠(げんこう):東方朔の十洲記に、「鳳啄麟を以て膠を作る、續絃膠と名く、能く繼絃を續ぐ」と、
故に再び妻を娶るについて續絃といふ、司馬相如、卓文君を娶り、後、かえって将に茂陵の人の女を聘(め)
して妾となさんとす、卓文君、白頭吟を作って以て自ら絶つ、相如乃ち止むと。多情をいふなり。(大成脚注)
*鸞膠續絃法(中国語翻訳):漢王朝の武帝に捧げられた鳳凰骨髄を煮て作った非常に粘り気のある接着剤に
よる接着⇒やや無理がある設定で整合性を高めるようなしかけをする、表現技法・文法。
*餚(コウ・さかな)火をかけて調理した鳥・獣・魚などの肉。乱す。乱れる
*東方 朔(とうほう さく紀元前154年 – 紀元前93年)は、前漢の武帝時代の政治家。下界に住む仙人、お
笑いの神様。
*鸞膠續絃法(中国語翻訳):漢王朝の武帝に捧げられた鳳凰骨髄を煮て作った非常に粘り気のある接着剤に
よる接着⇒やや無理がある設定で整合性を高めるようなしかけをする、表現技法・文法。
(´・(ェ)・`)つ

391 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/03/31(水) 23:58:23 ID:1d4drIFg0
大機大用などは浮気性のようなものじゃ。
法に従う作家は宴会の肴なのじゃ。
文君が酒を絞り、相如が琴を弾くのじゃ。
遂に薄情無頼漢の嘲りをどうにもできないのじゃ。

392 避難民のマジレスさん :2021/04/01(木) 02:25:35 ID:/M7/YgoQ0
くま訳全面改
大機大用などは浮気性のようなものである。
法に従う作家は宴会の肴なものである。
文君が酒を絞り、相如が琴を弾くのだ。
遂に薄情無頼漢の嘲りをどうにもできないのだ。

370
自賛  2/4
文章禪話不知真 文章禪話真を知らず
未得道流分主賓 未だだうる主賓を分かつことを得ず
慚愧永劫抜苦業 慙愧すやう劫抜苦の業
筆頭罵詈一天人 筆頭一天の人をめりす

くま訳
文章を読み、禪話を聞いても真理は分からないのだ
未だに修行者達は無分別の境地になれないので、、
慚愧の念に堪えないことに、永劫の苦を取り除かねばならないのである。
まずはその点に付き、天下の人を罵るのである。

*道流(どうる);臨済は修行僧達を「道流」と呼んだ。も本来「道教を奉じる人達」という意味
*慚愧:仏教では、対象を認識する心の中核部分(心)とそれに付随して働く心の作用の部分(心所)から 
 なる総合体として心を捉える。「慚」とは自分自身と法(仏教の教え)に照らして自分がなした過ちを恥
 じると共に、有徳者や善なるものを尊重することである。「愧」とは世間(法律や慣習などの規範) に
 照らして自分がなした過ちを恥じると共に、悪行から離れることである。この慚と愧は一応は区別される
 が、必ず相伴って生ずるとされる。そして、この二つは、心が善なるときは「精進」などの他の善の心の
 作用と共にいつも生じ、逆に心が不善(悪)のときは“恥じない想い”である「無慚」と「無愧」の二つ
 が必ず生ずると考えられている。
(´・(ェ)・`)つ

393 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/01(木) 23:29:18 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

文章や禅話では真理はわからんのじゃ。
悟りを得ていない坊主は主体と客体を分別しているのじゃ。
慚愧は永劫の苦を抜く法なのじゃ。
そのために天下の人々を罵るのじゃ。

394 避難民のマジレスさん :2021/04/01(木) 23:54:13 ID:v8V8Mfq60
くま訳改
第三句;慚愧は永劫の苦を抜く法なのだ。
第四句:そのために天下の人々を罵るのだ。

いわれて見れば、うむ。なるへそと思えるのであるが、独力では↑このような訳が思い浮かばないくまであります。

371
自賛   3/4 
傍若無人閑逸心 傍若無人閑逸の心
奈何床下法塵深 しょう下の法塵の深さをいかんせん
夢閨銀燭繍簾月 夢閨の銀燭しうれんの月
白日青天咲朗吟 白日青天わらってろうぎんす

くま訳
俗世間から離れ、他人の目を気にしない。
地の底からわいてくる煩悩をどうするかと言うと、
夜は遊里の銀の燭台や繍簾越し月を眺め
晴れ渡った日中は、笑って詩を詠み吟じるのだ。

*傍若無人:他人の目を意識しない行動。「傍(かたわ)らに人無(ひとな)きが若(ごと)し」と読む。
*閑:1しずか。2.することがなくてひま。のんき。何もしないでいる。
*逸:世間から隠れる。世間に知られない。失われた。
*法の塵(のりのちり)仏法をけがすものを塵にたとえていう語
 六塵:仏語。色・声・香・味・触・法の六境のこと。心を汚し煩悩を起こさせるのでいう。
*夢閨(むけい):一休さんのペンネームの一つ
*繍簾(シュウレン): 刺繍をした簾(すだれ)。
*青天白日:よく晴れわたった青空と日の光。転じて、潔白で後ろ暗いことのないことのたとえ。また、無 
 実であることが明らかになること。▽「白日」は輝いて白い太陽のこと。「白日青天はくじつせいてん」 
 ともいう。
(´・(ェ)・`)つ

395 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/03(土) 00:04:25 ID:1d4drIFg0
>>394 学問も日々の精進が大事なのじゃ。
 精進あるのみなのじゃ。

心は傍若無人にして他人に無関心なのじゃ。
床下の法塵は深くしてどうしようもないからなのじゃ。
わしの銀燭は繍簾の月のようじゃ。
白日晴天ならば朗吟を咲かすのじゃ。

396 避難民のマジレスさん :2021/04/03(土) 00:50:26 ID:IwyI08X60
鬼和尚、いつもありがとうであります。
くま訳全面改
心は傍若無人にして他人に無関心なのだ。
床下の法塵は深くしてどうしようもないからなのだ。
わしの銀燭は繍簾の月のようである。
白日晴天ならば朗吟を咲かすのだ。

*「わしの銀燭は繍簾の月のようじゃ」とは、「ワシは(煩悩についての)物事の見方において、繍簾を通
して月を見るようなものだと譬えるのだ。」という理解で良いので有りましょうか?

372
自賛   4/4
純老佳名發海東 純老が佳名海東に發す  
天源派脈截流通 天源の派脈流れをきって通ず
徳山臨済在何處 徳山臨済いずれのところにか在る
歌吹夢閨殘暁鐘 歌吹す夢閨殘暁の鐘

くま訳
一休純老の名声は大應國師を受け継ぐものなのだ。
大いなる源からの流れは、邪法を断ち切り、一休により正しく伝えられるのさだ。
徳山や臨済の流れを受け継ぐものが、他に何所にいるのか、
歌い笛を奏でつつ、一休は一人明け方鐘の音を聴くのである。(祖師たちの教を受け継いでいるのだ)

*純老・夢閨:一休さんのペンネーム
(´・(ェ)・`)つ

397 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/03(土) 23:23:47 ID:1d4drIFg0
↑それでもよいのじゃ。
 更に進歩していけば他の解釈も浮かぶじゃろう。
 それにも囚われずに進むのじゃ。


 わしの名声は尾張海東郡から発したのじゃ。
 天源派の法脈を斬ってわしが通じたのじゃ。
 徳山臨済の正伝はどこにあるのじゃ?
 わしは残照の鐘とともに歌うのじゃ。

 正伝はどこにあるというのは反語じゃな。
 勿論わしの所にあるのじゃ、ということじゃな。

398 避難民のマジレスさん :2021/04/04(日) 02:41:42 ID:cHNtCD760
くま訳改
第一句:わしの名声は尾張海東郡から発したのだ。
第二句:天源派の法脈を斬ってわしが通じたのだ。
*尾張:愛知県の妙興寺:大応国師没後その法嗣(ほうし)として国師の頂相を付与された円光禅師が創建
した古刹。大應の木像が
*海東郡:静岡県の円通堂には、大応国師が生まれた時に産湯の水を汲んだと伝えられる、
「東海児孫日転多(ひにうたたおおし)」:虚堂の法を南浦が日本に広めるのを予言した
*天源派=大応派・大応国師の法を継ぐ宗派。天源院、南浦紹明(大応国師)の塔所として、鎌倉市建長寺 
内にある

373    1/3
示淫色人    淫色の人に示す  
巫山雲雨夢中神 ふ山雲雨夢中の神
君子猶迷況小人 君子なほ迷ういはんや小じんおや
風流聖主馬嵬涙 風流の聖主馬くわいの涙
龜鑑明々今日新 亀鑑明々今日あらたなり

くま訳
楚の暗君懐王の夢には女神があらわれたという、
君子でさえ迷うのだから、小人ならいうまでもなく翻弄されただろう。
雅な名君玄宗が馬嵬で流した涙の話は、
今日、教訓とすべきことは、全く明らかである。

*巫山雲雨 ふざんうんう:男女の交わり、情交のたとえ。( 巫山」女神が住んでいたとされる山)。戦国時
代の楚の懐王が昼寝をした際、夢の中で巫山の女神と情交を結んだ。別れ際に女神が「朝には雲となって、
夕方には雨となってここに参ります」と言ったという故事から。
*懐王(かいおう、? - 紀元前296年)戦国時代の楚の王。秦の張儀の謀略に引きずり回され、国力を消耗
 し、最後は秦との戦いに敗れ秦に幽閉されたまま死去した。戦国時代の暗君の代名詞的存在と目され、楚
 の悲劇の象徴とされた。
*馬嵬駅の悲劇:756年に唐の馬嵬駅で、安史の乱により蜀に逃げ延びる途上の皇帝玄宗に対して兵たちが
 楊国忠・楊貴妃を殺害するように迫り、楊貴妃が悲劇の死を遂げた事件
*聖主:徳の高い、すぐれた君主。
*亀鑑(キカン):「亀」は甲を焼いて占ったもの。「鑑」は鏡の意。行動や判断の基準となるもの。手  
 本。模範。
(´・(ェ)・`)つ

399 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/04(日) 21:56:03 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

巫山には夢で雲雨となる女神が現われたのじゃ。
君子でも迷うのに小人は迷わずにいられないのじや。
風流な聖主も馬嵬では楊貴妃を葬り涙したのじゃ。
以上のような亀鑑に明らかなように今日新たに心がけて淫心を慎むべきなのじゃ。

400 避難民のマジレスさん :2021/04/04(日) 23:03:07 ID:Hw95uq0M0
374    2/3
示淫色人    淫色の人に示す  
濮上桑間唱哇音 ぼくじょうさうかんあいおんをとなふ
風流年少寵尤深 風流年少寵もっとも深し 
世界三家村裏客 世界三か村裏の客
重華不識二妃吟 ちょう華しらず二妃の吟

くま訳
傾国の淫靡な音楽を大きな音で奏で、
風流な若者を溺愛する。
そんなやつらは、
世界のはての田舎者の客だ
あざやかさだけを有難がり、無学で、娥皇と女英という舜の二妃の吟など知らぬだろう。

*桑間濮上(そうかんぼくじょう):濮水のほとりの桑間という地の意。国を滅ぼすような淫靡な音楽。 
 また、淫乱であること。殷(いん)の紂王(ちゅうおう)が師延(しえん)にみだらな音楽を作らせたが、殷は
 滅び、師延は濮水に身を投げて死んだ。後に、濮水のほとりで聞こえた曲を師涓(しけん)が写し取り、晋 
 の平公のために演奏したところ、師曠(しこう)が亡国の音楽であるとして止めたという故事による。
*哇:わーわーきゃーぎゃー大声で叫ぶ
*三家村:寒村,片田舎.
*娥皇(がこう)は、古代中国の伝説上の女性。堯の娘で、妹の女英とともに舜の妻となった。堯は舜の人 
 格を見極めるために、娘の娥皇と女英の2人を舜に降嫁させた。舜の父母や弟はたびたび舜を死地に置い
 たが、舜は娥皇と女英の機転に助けられて危地を脱した。舜が即位して天子となると、娥皇は后となり、 
 女英は妃となった。聡明貞仁で天下に知られた。舜が死去すると、娥皇と女英は江湘の間で自殺し、俗に 
 湘君(湘江の川の神)となったと伝える。
(´・(ェ)・`)つ

401 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/05(月) 21:08:12 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。

傾国の歌を声高に歌い、
年少を深く寵愛することを風流とする者は、
世間知らずの田舎ものなのじゃ。
瞬王がまだ二妃の歌を知らなかった頃のようなものじゃ。

402 避難民のマジレスさん :2021/04/05(月) 23:20:32 ID:uaEwwF2M0
くま訳改
第二句:年少を深く寵愛することを風流とする者は、
第四句:瞬王がまだ二妃の歌を知らなかった頃のようなものである。

*重華:古代中国の伝説上の帝王。名は重華。虞舜[ぐしゅん]ともいう。五帝の一人。堯王[ぎょ 
 う]とともに堯舜と併称され、ともに儒教では理想的な帝王とされた。『史記』によると、頑迷な父 
 をはじめ家族は悪徳で乱れていたが、舜は孝行して導いた。これを知った堯王から認められ、帝位を譲り 
 受け国号を虞とし、善政を行った。

375
示淫色人  3/3
所愛肉身飡食忠 所愛の肉身さんしの忠
心肝生鐵一天功 心肝しょうてつ一天の功
男兒死處色何屈 男兒の死処色何ぞ屈せん
悩亂楊花甲帳風 悩らんす楊花甲帳の風

くま訳
肉体が好むところは、食欲に忠実である。
心は鍛えられてなくても、それが世に示される功績につながることもあるのだ。
男子の死に場所として色欲に屈してよいものかと思うのだが、
心乱されてしまうのである、なよやかな美女がいる遊里のとばりの風に

*心肝1 心の中。2 思慮。考え。才覚。
*悩乱:悩み苦しんで心が乱れること。
*楊花(ようか):柳の花。また、なよやかな美女をたとえていう
*甲帳:美しいとばり、
(´・(ェ)・`)つ

403 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/07(水) 00:07:43 ID:1d4drIFg0
肉体を愛する者は忠誠の心をゴミのように掃きちらしてしまうものじゃ。
心肝を鉄とすれば天下の功業もなすことができるのじゃ。
男児の死処が色欲で屈してよいものか。
美女に悩乱すれば花街の風となって消えるのみじゃ。

心臓は忠誠、肝臓は勇気を出すところと考えられていたのじゃ。
鉄の心肝とは忠勇無双と言うことじゃな。

404 避難民のマジレスさん :2021/04/07(水) 01:36:43 ID:2riPeU5I0
くま訳全面改
肉体を愛する者は忠誠の心をゴミのように掃きちらしてしまうものなのだ。
心肝を鉄とすれば天下の功業もなすことができるのだ。
男児の死処が色欲で屈してよいものか。
美女に悩乱すれば花街の風となって消えるのみである。

*生鐵:=銑鉄・高炉や電気炉などで鉄鉱石を還元して取り出した鉄のこと。銑鉄を生産するプロセスのこ
とを製銑(せいせん)と呼ぶ。古くは銑(ずく)と呼ばれた。

376
雲門示衆云      雲門衆に示していわく、
古佛興露柱相交。   古仏と露柱と相交わる、
是第幾機。      これだいいく機ぞ。
自代云。       自ら代わっていわく、
南山起雲。北山下雨。 南山に雲を起こせば、北山に雨を下す 

小姑縁底嫁彭郞 しょうこなにによってかほうろうにかす。
雲雨今宵夢一場 うんう今宵夢一場
朝在天台暮南岳 あしたに天台に在り暮に南岳
不知何處見韶陽 知らず何れのところにかしょう陽(雲門)を見ん

くま訳
雲門が説法で修行者に尋ねた。
古佛がお堂の柱と交わる
これにはどんな機縁、悟りに導く縁があるのか?
雲門自ら答えて言った。
南山に雲が起これば、北山に雨が降る。(分別せずにありのままを見れば、仏法の真実が眼前に顕れている
としれるのだ。)

小姑はなぜ彭郞と結婚したか
愛し合う、夢のような一夜
朝は天台に在り、暮には南岳
どこに韶陽があるのだろうか。(雲門はどこにいるのであろうか)

・・小姑と彭郞の波乱万丈の人生の中にも、分別せずにありのままを見れば、仏法の真実が見えるという意
味で有りましょうか?

*彭郞:中国語の翻訳サイトで調べてみた。地名の由来についての伝説が、語られてるであるが、半分も分 
 からない。一休の説明から、たぶんこんな話であろうと推測してみた。
 禁断の恋をして結婚、誘拐、逃亡、再会、波乱万丈の人生を送った彭郞。廃止されて既にない韶陽を懐か  
 しくおもう。
*韶陽(韶州の別名)589年、隋により韶州と改称された。翌年には廃止
 韶陽=雲門。雲門大師が韶州雲門山に住するによる
(´・(ェ)・`)つ

405 避難民のマジレスさん :2021/04/07(水) 01:41:56 ID:2riPeU5I0
おまけ
佐藤悦成×先生訳
和訳)諸君、よく聞きなさい。雲門文偃が学人に教えていわれました。
「仏としての衲が外をみるのは、第何番目の働きでしょうか。」と大衆は答えませんでした。
そこで雲門が代わって
「南山に雲が起これば、北山に雨が降る」といいました。

釈意)雲門は、自己の内にある分別を用いることなく、すべてをありのままに観ることができなければ、実
相の会得には至らないと示した。
露柱はその例として説いたのであり、仮有空無の意味を説いている。真実の仏法が何であるか、と問われた
大衆は、あまりに初歩的な質問と捉えて逡巡したのか、問いかけに応じることができなかった。仕方なく雲
門は自らの問に自身で答えることになった。雲が発生すると雨が降るように、思慮分別が入ることなく、自
身の心に隙間が生じなければ。眼前の仏法の真実が現れていることを識ることができるのである。
(´・(ェ)・`)b

406 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/07(水) 23:46:16 ID:1d4drIFg0
↑そうじゃろう。
どんな者でも真摯に修業すれば悟りに至れるということじゃな。

小姑はどのような縁で彭郎の嫁になったのか。
雲雨は今宵一晩の夢なのじゃ。
朝には天台にあり、暮れには南岳にあるのじゃ。
どこにいけば韶陽が見られるのかわからんのじゃ。

407 避難民のマジレスさん :2021/04/08(木) 01:40:31 ID:PVB4a6ig0
くま訳改
第二句:雲雨は今宵一晩の夢なのだ。

377
感龍翔寺廢   龍翔寺の廃を感ず
常住物誰用己身 常住もの誰か己身に用ふ
山門境致剪松筠 山門境致しょういんをきる
殿堂只與花零落 殿堂只だ花とともの零落し
廢址秋風二月春 廃しの秋風二月の春

柳田先生訳
寺の什物は誰が私したのか、
境内の松竹も切りとられている。
仏殿も法堂も花が散るように壊れてしまい、
廃墟には春の二月というのに秋風が吹く

くま訳
龍翔寺の荒廃してしまったと感じたのだ
寺の公用物を誰が私物化したのか。
山門から境内までの松竹は切り払われ、
殿堂は花が散るように零落してしまい、
廃墟には春だと言うのに秋風が吹いているのだ

剪松筠(しょういんをきる):松筠は松及び竹にて、山門の風致を添える松や竹などを切り払ひ、見る影も
なきを云ふ。(国訳大成脚注)
廢址秋風二月春:荒廃の跡、楊梅香る春も錦紅散ずる秋も。共に寂々として昔の面影はなし。(国訳大成脚
注)
*大徳寺境外塔頭である龍翔寺(りゅうしょうじ)は、境内3000坪(1万㎡)を有している。
 正式には萬歳龍翔禅寺という。「本派専門道場」とも呼ばれている。山号は瑞鳳山という。 
 大徳寺派の修行専門道場になる。 南北朝時代、1378年、焼失する。 室町時代、1431年以降/文明年間 
 (1469-1487)、林下(りんか/りんげ、在野寺院)になる。以後、徐々に衰微した。 1458年/1461年、一休
 が寺を訪れた。荒廃していたため、修理料(21貫500文)を寄せたという。
*かげまるくん行状集記HP解説より
 『東海一休和尚年譜』寛正2年(1461)辛巳条(師68歳)によると、一休宗純は春に嵯峨に遊び、西京を経由して龍
 翔寺に参詣した。荒涼として僧少なく、堂宇は傾いていた。昭堂(普光塔)は大徳寺が管理していたため
 問題はなかったのであるが、庫院は荒廃が最も甚だしく、僧の威儀をただす太鼓の音は沈黙していた。一
 休宗純はこれを嘆いて、銭数千緡(びん)によって修造を行なったという。1緡(びん)は1貫文にあた
 るため、「千緡」は「十緡」の可能性を指摘される(今泉1998)。両史料の年代は3年食い違っているが、
 どうやら『臥雲日件録抜尤』の方が正しいようで、『東海一休和尚年譜』は年代の錯簡とみられる。
(´・(ェ)・`)つ

408 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/08(木) 23:10:57 ID:1d4drIFg0
それでよいのじゃ。

常住物は誰が己の物としたか。
山門から境内の松竹は切られている。
殿堂はただ花と共に零落しているのじゃ。
廃寺の址に二月というのに秋風が吹くのじゃ。

409 避難民のマジレスさん :2021/04/09(金) 00:17:37 ID:CUHV1Hts0
379 (378→351の前)    1/2
虎丘雪下三等僧 二首  虎丘雪下三等の僧
少林積雪置心頭 少林の積雪せきせつ心頭に置く
公案円成上等仇 公案円成す 上等の仇い。
僧社吟詩剃頭俗 僧社に詩を吟ず 剃頭ていとうの俗
飢腸説食也風流 飢腸(ちょう)食(じき)を説く也た風流

瑞巌寺住職 平野宗浄先生解説・抜粋 (一休和尚を語る・NHK教育)
『大慧武庫(だいえむこ)』という宗代の禅の語録に、 ・・・圓通禅師という人がですね、雪の降る日に
、自分の友達の僧堂へ遊びに行った。ところが虎丘雪下という。虎丘というのはお寺の名前で、そこでは丁度、
雪の降る日ですが、お休みの日だったんですね。そこに三種類のグループがおると。一番上等が、達磨さん
が少林におった時に、二祖慧可(えか)がお弟子になりたいと、雪のもの凄く降る胸まで積もる雪の中にジッ
と耐えておったと。それを頭に入れながら、寒い禅堂の中で、坐禅をしておる。これが一番。それから上等
の仇(きゅう)というのは、これは上等の類(たぐい)ということなんです。それから「僧社に詩を吟ず」は第
二番目です。「僧社に詩を吟ず剃頭の俗」というのは第二番目で、筆を執って、墨を刷って、雪に因んだ詩
を作っておる。そういうグループがある。これは中クラスです。それで一番落ちこぼれの人達は、「飢腸
(きちょう)」、・・・腹が減ったという。
腹が減って囲炉裏を囲みながら、食べ物の話をしている。
ところが、(一休さんは、・くま記)風流だと言うんですね。だからね、実はこれを三番目の落ちこぼれを、
つまり救いたいと。これが一番問題だと。一休さんはおっしゃるんですね。お腹を空かしている。落ちこぼ
れの弟子達、これを風流という言葉で、高めて、・・・これを高級な意味での風流という。・・・ここでは
ですね、いろんな食べ物の話は楽しいですよ。・・・ 決して、これは嫌(いや)らしいものでも、何でもな
い。人間としての本来のあるべき姿だと。こういうふうで風流と言っておるんですね。人間の一番大事なこ
とを風流という意味に高めておりますね。

Didier, DAVIN先生解説
『大慧武庫』にある話を背景にしていて、雪が降りますと寺で三種類の僧がいると説明する話である。
上等の僧は僧堂で座禅をしていて、中等の僧は雪を題に詩を詠んで、三等の僧は炉の近くに食べ物の話をす
る。上下ははっきりしているのに、一休は最下位を風流と褒める。作詩は僧のやるべき事ではない、それを
する人は頭を剃った在家と同じであるというのは、最初に見た詩は閻魔の許さない趣味に過ぎない行為であ
るとよく似ている。ただ、讃えられている三等の僧と冷たく認められている上等の間にある詩の立場をどう
理解すればいいのであろうか。一つの仮説として、詩は俗の世界と悟りの世界の仲介にあると考えられる。
僧侶として悟りの境地を理想にしているのは当然な事であり、その悟りから俗の世界に戻るべきというのは
また禅の教えである。禅の修行を大事にする僧に花丸をあげるが、お腹がすいて美味しい食べ物の話を素直
にする僧も立派な人である。ここで救いのない行為は作詩だけである。
しかし、この世界は超えなければならない欲の世界だと言いたい時に、一休は作詩あるいは作詩に引きつら
れる自分を詠う。

くま訳
虎丘の雪下で圓通禅師が三等と評した僧の話
達磨さんが少林にいた頃に、二祖慧可がお弟子志願して、積雪中に耐えていた。
それを念頭に置き、寒い禅堂の中で、坐禅をしている僧は上等な類である。 
僧社で詩を吟じているのは、頭を丸めた俗物である。 
腹が減ったと食べ物の話をしているというのは、風流である。

*虎丘(蘇州):『史記』 の記載によると、2400年前の春秋時代、越王との戦いに敗れた呉王の闔閭
(こうりょ) がこの地に埋葬されてから3日後、その墓に白い虎が現れたことから 「虎丘」 となったと
いう伝説があるようです。しかし、一方では “ 丘がうずくまっている虎のように見えるから ” という説
もあったりで、この辺は今となってはどちらが正解という訳でもなさそうですね。

*虎丘庵:方丈庭園の背後、小高い位置にある小さな茶室。ここは、かつて一休さんが森女さんとお住まい
になっていた虎丘庵です。 二畳の水屋と、六畳、三畳の小部屋だけの、とても簡素なたたずまいの建物で
す。もとは京都東山のふもとにあったのですが、一休さんが74才の時に起こった応仁の乱(1467年〜1477
年)から避難する時に、ここ(現在地)に移築されました
(´・(ェ)・`)つ

410 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/09(金) 23:27:14 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

虎丘寺の三等の僧じゃな。

少林の積雪を心頭に置き、公案を円成するは上等の類じゃ。
僧社に詩を吟じるのは禿げ頭の俗人なのじゃ。
腹が減って食べ物の話をするのが風流なのじゃ。

詩を詠むのは論外の俗人なのじゃ。
修行中の者はまだ悟っていないのじゃ。
悟り終えてもはや何の苦も無く食べ物の話をしているのが一番えらいというのじゃ。

411 避難民のマジレスさん :2021/04/09(金) 23:54:56 ID:OdNWOKxA0
380    2/2
虎丘雪下三等僧 二首 
禪者詩人皆痴鈍 禪者詩人皆痴鈍
雪下三等多議論 雪下の三等多議論し
妙喜若是大慈心 妙喜かくのごとく大慈心
説食僧與香積飯 じきを説く僧に香しゃく飯を与ふ

くま訳
禪者や詩人は皆愚鈍である
『大慧武庫(だいえむこ)』の雪下三等の僧は誰かと議論ばかりしてるのである。
浄土では大いなる慈悲を以って、
食ベ物の話をしていた僧に飯が振舞われるのである

*妙喜世界(浄土):仏や菩薩が住む清浄な国土のこと。
*香積飯:香積如来の食べるご飯。転じて、僧の食べる物を敬っていう。
(´・(ェ)・`)つ

412 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/10(土) 23:18:06 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

禅者も詩人もみんな痴鈍なのじゃ。
雪下の三等は議論が多いのじゃ。
妙喜ではこのように大慈悲の心を起こして、
食を説く僧に香積飯が与えられるのじゃ。

413 避難民のマジレスさん :2021/04/11(日) 00:52:29 ID:hqpPt0vs0
くま訳改
第二句:雪下の三等は議論が多いのである。
第三句:妙喜ではこのように大慈悲の心を起こして、
第四句:食を説く僧に香積飯が与えられるのだ。

381
禪門寶訓云。圓悟謂妙喜曰。大凡擧措當謹始終。
謹終如始。則無敗事。故曰。靡不有初鮮克有終。
昔晦堂老叔曰。黄檗勝和尚奇衲子。但晩年謬耳。
観其始得。不謂之賢云云。因作偈題後云。

禪門寶訓に云く。「円悟、妙喜にいって曰く、『おほよそ挙措まさに始終をつつしむべし。
終りを謹むこと始めの如くなるときは、すなわち敗事無し、故に曰く、初め有らずといふこと無し、よく終
り有ることすくなし。』
昔まい堂老叔曰く、『黄檗の勝和尚、亦(また)奇なつすなり、ただ晩年あやまるのみ、
その始めに得るを観て、これを賢とはいはず、うんぬん』と。」よってげを作り、後に題すという。

    1/3
鐘楼讃兮猛虎途 鐘楼の讃猛虎の途
衲子金言臨濟徒 なっすの金言臨濟の徒
擡搦與奪辨邪正 だいぢゃく与奪邪正を弁ず
諸祖當機非一模 諸祖の当機一模に非ず

くま訳
禪門寶訓に記されているところによると、「圓悟大師が妙喜に対して言った。『おおよそ立ち居振る舞いは
終始慎み深くしなさい。
終りを慎ましくあることが、始めの如くであれば、間違える事がないであろう。
故に言った、初めに(慎み深い振る舞いが)有らずといふこと無し、(慎み深い振る舞いが無ければ)、良
い終りがあることは少ないであろう。』昔、晦堂老師が曰く、黄檗勝和尚(慧南禅師)は普通とは違った禅
師である。ただ晩年あやまっただけであり、始めから(慎み深さを)得ているからと言って、賢とはいわな
いのだ。この法話に因んで作詞するのである。
    1/3
寺院の鐘楼でほめたたられるのは、猛虎のような(厳しい修行の)道である。
禅師の公案などによる金言で導かれるのが、、臨濟の門徒である。
持ち上げたり、からめとったり、与えたり奪ったりして、正邪をさばくのである。
諸師たちの、悟りへと導く方法は一様ではないのだ。

*禅林宝訓・禅門宝訓:大慧宗杲と竹庵士珪が編集したものを、東呉の沙門浄善が増補改修し、1174-89に
完成。
*妙喜:圜悟克勤の法嗣大慧宗杲の号、1089-1063
*挙措:立ち居振る舞い
*晦堂(まいどう)祖心:=黄龍慧南1025-1100の弟子、建仁寺開山栄西禅師がその法脈に連なる名僧
*讃:1.他人の美徳をほめる。たたえる。2.仏徳をたたえる韻文

おまけ:『五燈会元』巻第十七、黄龍祖心禅師章(霊芝山 光雲寺HPより抜粋)
晦堂祖心、・・・十歳にして出家得度され、長じてのちに雲峰文悦禅師に参じること三年、何らの所得もな
く辞去せんとしたところ、文悦禅師は「必ず黄檗山に住する慧南禅師の道場に行ってご指導を受けよ」とさ
とした。・・・祖心禅師は黄檗に至って慧南禅師のもとで刻苦すること四年、しかもなお開悟することはで
きなかった。この道場は自分には機縁がないと思われたのか、また辞して文悦禅師のところへ戻られた。
・・・或るとき、中国の禅宗史である『景徳伝燈録』を読んでいて、「僧が多福(無字の公案で有名な
趙州の法嗣)に、『多福の竹林とはどのようなものか』と問うと、多福は『一本、二本は斜めの茎だ』と答
えた。僧が『分かりません』というと、多福は『三本、四本は曲がっている』と応じた」という箇所に出く
わした。竹に託して多福の家風をたずねた僧に対して、実際の竹の光景をもって答えたのに妙味がある。こ
の一段に至って祖心禅師は開悟して、自分がいままでついた二人の老師の作略(さりゃく、修行者を導く手
法)の何たるかを徹見した。
ただちに黄檗に戻り、慧南禅師に対して礼拝の坐具をのべようとしたところ、慧南禅師がすぐさま見抜いて、
「お前はすでにわしの宗旨を会得したわい(わが室に入れり)」というと、祖心禅師は跳(と)んで踊らん
ばかりに歓喜して、「仏法の一大事は本来このようなものなのに、どうして老師は公案などを使ってあれこ
れと探索させられたのですか」と問いただすと、慧南禅師は、「もしわしがお前をそのように究め尋ねるこ
とをさせて無心の境地に到らしめ、みずから見て、みずから納得するような体験をさせなかったならば、わ
しはお前を台無しにしたことであろう」といった。
(´・(ェ)・`)つ

414 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/11(日) 23:32:02 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

鐘楼は猛虎の道を讃美するのじゃ。
僧は金言を臨済の徒に与えるのじゃ。
さまざま手段を与奪し、邪正を説くのじゃ。
そのように諸祖は機に当たって一様ではない手段を尽くすのじゃ。

415 避難民のマジレスさん :2021/04/12(月) 03:15:17 ID:5SaWg6N20
382   2/3
晦堂老痛處針錐 晦堂老痛処の針すい
隠去彌彰惟勝機 隠し去ればいよいよあらはるゐ勝の機
明眼非元來即是 みゃうげんの非は元来すなわち是
一休是正本來非 一休が是は正に本来非なり

くま訳
晦堂老が晩年過ったのは、針で突かれたような痛みなのだ。
隠し去ることによって、逆に悟りへの道が開かれるのだ。
悟った者が言う非は元来そのまま是なのである。
一休が言う是は正に本来非なのである。

*明眼(みょうげん):物事の真実を明らかに見通せる心の眼。
(´・(ェ)・`)つ

416 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/12(月) 21:49:59 ID:1d4drIFg0
晦堂老は正に痛む所に的確に針を刺すのじゃ。
隠居してもその勝機はいよいよあらわれるばかりなのじゃ。
明眼の者は非は元来即是であると説くのじゃ。
一休は是こそ本来非であると説くのじゃ。

色即是空空即是色ということじゃな。

417 避難民のマジレスさん :2021/04/13(火) 03:17:29 ID:zbIV22Qs0
くま訳全面改
晦堂老は正に痛む所に的確に針を刺すのだ。
隠居してもその勝機はいよいよあらわれるばかりなのだ。
明眼の者は非は元来即是であると説くのだ。
一休は是こそ本来非であると説くのだ。

*この詩は全く読解できなかったであります。がっかりでありました。
 鬼和尚、いつもありがとうであります。
 >>413 の詞書の訳・解説もお願いするであります。

381再掲
禪門寶訓云。圓悟謂妙喜曰。 禪門寶訓に云く。「円悟、妙喜にいって曰く、
大凡擧措當謹始終。     『おほよそ挙措まさに始終をつつしむべし。
謹終如始。則無敗事。    終りを謹むこと始めの如くなるときは、すなわち敗事無し、
故曰。靡不有初鮮克有終。  故に曰く、初め有らずといふこと無し、よく終り有ることすくなし。』
昔晦堂老叔曰。       昔まい堂老叔曰く、
黄檗勝和尚奇衲子。     『黄檗の勝和尚、亦(また)奇なつすなり、
但晩年謬耳。観其始得。   ただ晩年あやまるのみ、その始めに得るを観て、
不謂之賢云云。       これを賢とはいはず、うんぬん』と。」
因作偈題後云。       よってげを作り、後に題すという。

くま訳
禪門寶訓に記されているところによると、「圓悟大師が妙喜に対して言った。
『おおよそ立ち居振る舞いは、終始慎み深くしなさい。
終りを慎ましくあることが、始めの如くであれば、間違える事がないであろう。
故に言った、初めに(慎み深い振る舞いが)有らずといふこと無し、(慎み深い振る舞いが無ければ)、良
い終りがあることは少ないであろう。』
昔、晦堂老師が曰く、
黄檗勝和尚(慧南禅師)は普通とは違った禅師である。
ただ晩年あやまっただけであり、始めから(慎み深さを)得ているからと言って、
賢とはいわないのだ。
この法話に因んで作詞するのである。
(´・(ェ)・`)b

418 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/13(火) 21:43:05 ID:1d4drIFg0
大体よいようじゃ。


 円悟は、妙喜に言ったのじゃ。

 おおよそ挙措動作は正に終始を慎むべきなのじゃ。
 終わりを慎むこと、始めの如くであればすなわち敗れることはないのじゃ。
 故に曰く、初めに慎みが無ければ、終わりにも有る事は少ないのじゃ。

 昔、晦堂老師が言ったのじゃ。
 
 慧南禅師は得がたい僧であったが、晩年に誤ったのじゃ。
 その初めに慎みがあるからと、賢者と言われるものではないのじゃ。

 よって偈題を成し後に伝えるのじゃ。

 慧南禅師というのは晩年に火事を出して牢に入れられたというのじゃ。
 そのために非難されるのじゃ。
 悟っても粗忽な振る舞いをすることなく、初心の者のように慎み深く謙虚に過ごせというのじゃな。

419 避難民のマジレスさん :2021/04/13(火) 23:15:37 ID:xuQJwPRo0
くま訳改
四行目:故に曰く、初めに慎みが無ければ、終わりにも有る事は少ないのだ。

383   3/3
但歸依積翠庵禪 ただ積翠庵の禅に帰依して
慚愧狂雲名利前 慚愧す狂雲名利の前
一夕一朝日月蝕 一夕一朝じつ月の蝕
終分明白日青天 つひには分明なり白日青天

石井恭二先生訳
ただただ、積翠庵の黄竜慧南の禅に敬服する、
まだ名刹に囚われている自分を、朝夕に恥じる。
日蝕も月蝕も、やがては終り、
ついには晴天白日の空になることは明らかだが。

くま訳
積翠庵に住した黄龍慧南禅師に帰依するのである
愧ずらくは、狂雲が名利に囚われていることである。
日食月食もすぐにおわり、
やがて、天空は晴れ渡るのだ

*積翠庵:黄龍慧南が1066年前後に住んでいた庵
(´・(ェ)・`)つ

420 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/14(水) 21:13:39 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

ただ積翠庵の禅に帰依するのじゃ。
狂雲の名利に囚われていたことを慙愧するのじゃ。
日月の蝕は一夕、一朝しか続かないのじゃ。
すぐに終わって白日晴天が分明になるのじゃ。

421 避難民のマジレスさん :2021/04/14(水) 22:47:14 ID:ZaDitCsY0
384
陳蒲鞋    陳ほあい   
賣弄諸人瞞諸方 諸人をまいろうし諸方まんず  
徳山臨済沒商量 徳山臨済もつしゃうりゃう。  
拈槌竪拂非吾事 ねんついじゅほつわがじにあらず    
只要声名属北堂 只だ要す声名の北に属せんことを  

くま訳
人々に自分の力量をひけらかし、周囲をだましたのだ。
徳山や臨済は思考することを否定した。
槌を手に取り、払子を立て、 弟子を育てることなど我ことではなく、
ただひたすら、北方禅(漸悟的な禅)の名声を上げることだけを求めたのだ。

* 陳蒲鞋:黄檗希運禅師の法嗣睦州道明、あるいは、道蹤(どうしょう)禅師、臨済を策励したり、雲門 
 の脚を折ってまでして接得(修行者を親しく指導すること)した人。峻厳極まりない機鋒の禅匠。母親孝行
 でもあり、草鞋(わらじ)を作って母を養ったことで、「陳蒲鞋(ちんほあい)」とも呼ばれた。
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/ >>72〜87
*賣弄(まいろう):(才能・賢明さ・媚態などを)見せびらかす,ひけらかす.
*瞞(まん):だます・あざむく
*商量:① 事の由来、すべき方法、事の善悪などをあれこれと考えること。② 相談すること。相談して考  
 えること。
*頓悟・漸悟(とんご・ぜんご):ただちに悟りの境地に達することを頓悟,順を追って次第に悟りに近づ 
 くことを漸悟という。またすみやかに悟りの境地に入ることを頓証菩提という。法相宗では修行の段階で 
 ある声聞,縁覚の位を経ないで,いきなり菩薩の位に入るときには頓悟の菩薩として区別した。また中国 
 の禅宗では,南方に広まった慧能の禅風を頓悟,北方の神秀の禅風を漸悟と呼び,南頓北漸といった。そ  
 の後南宗禅が栄えたため,現在伝わるものは頓悟的な禅である。
*陳蒲鞋に対する一休さんの評価が低かった決定的な理由は何でありましょうか?
(´・(ェ)・`)つ

422 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/15(木) 20:33:45 ID:1d4drIFg0
人々に自分の才能をひけらかし、各方面を騙したのじゃ。
徳山臨済のことなど考えなかったのじゃ。
槌をとり払子を用いるのは我が事ではなく、
ただ声名を北堂に属させようとするためだつたのじゃ。

423 避難民のマジレスさん :2021/04/15(木) 21:16:02 ID:H3hNGvDU0
くま訳改
第二句:徳山臨済のことなど考えなかったのだ。
第四句:ただ声名を北堂に属させようとするためだつたのだ。

*ここで、北堂は母のことでありますか?
 第四句は、母親のために名声を上げたいと言うような意味でありましょうか?

385
示榮衒徒    榮衒の徒に示す
人家男女魔魅禪 人家の男女魔魅の禪
室内招徒使悟玄 室内に徒を招いで玄を悟らしむ
近代癩人頥養叟 近代癩人のい養そう
彌天罪過獨天然 み天の罪過独り天然

くま訳
名利を求める榮衒の徒に示す詩
男女をだまくらかす技としての禅。
室内に修行者を招入れ、玄旨を悟らしめんとするのが、
最近の癩病患者養叟である。
天下に及ぼす罪悪は奴の天性によるものである

https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/ >>808靈山徹翁和尚示榮衒徒法語  
 徹翁義亨(大徳寺1世)の法語
*頥養叟:宗頥養叟禅師
*彌天(みてん):空いっぱいに広がること。天一面に満ちわたること。また、天宮の全体。大きいこと、 
 数量が多いこと、あるいは人格的にすぐれていることなどにたとえる。
(´・(ェ)・`)つ

424 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/17(土) 00:06:21 ID:1d4drIFg0
>>421 寺とか宗派を捨てて母親のところにいつたからじゃろう。
 まだ囚われがあったというのじゃな。
 

>>423 そうかもしれん。
 母親のために禅を捨てたというのじゃな。

425 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/17(土) 00:12:21 ID:1d4drIFg0
また養叟の批判じゃな。

 人家の男女に魔魅の禅を教えるの゛ゃ。
 室内に修行者を招いて玄を悟らせるのじゃ。
 近代のライ病の養叟なのじゃ。
 天に満ちるほどの罪はいずれ天が然らしむことになるじゃろう。

426 避難民のマジレスさん :2021/04/17(土) 07:19:15 ID:YIG4xlXs0
鬼和尚、いつもありがとうであります。

386
龍門亭題偈賀天龍寺再興 龍門亭に偈を題して天龍寺の再興を賀す
盡乾坤乃祖門風 じんけんこんない祖の門風
萬嶽嵯峨烟雨中 ばん岳嵯峨たりえん雨のうち
三級浪高黑雲鎖 三級浪高うして黒雲とざす
潜鱗直得化天龍 せんりん直に天龍と化するを得たり

くま訳
龍門亭に偈を捧げて、天龍寺の再興を賀すつのである。
夢窓国師の門風は既に消失してしまっている。
聖地嵯峨の山々は霧雨の中にけむる。
悟りを求めるものにとっての登竜門は、愚か者達によってとざされてしまったが、
生あるものは全て、直接悟りを得ることができるのだ。

*天龍寺:臨済天龍寺派の本山。京都五山の第一位
 天龍寺龍門亭:南北朝時代の1346年に夢窓疎石・夢窓国師が選んだ「十境」のひとつ 
*夢窓疎石(むそう そせき):1275〜1351南北朝時代の臨済宗の僧。9歳のとき甲斐平塩寺の空阿の弟子 
 となって密教を学び,18歳で得度し,奈良,東大寺戒壇院で慈観について登壇受戒した。 20歳で上京, 
 建仁寺の無隠円範に参じて禅に帰し,のちに中国より一山一寧が来日したとき,鎌倉に下って学んだが機 
 縁は契 (かな) わなかった。1325年 後醍醐天皇の勅により南禅寺の住持となるが,北条氏に請われて 
 鎌倉に入り,北条氏滅亡後上京して再び南禅寺に入った。京都騒乱後に足利尊氏の帰依を受け,天竜寺の 
 開祖となった。天竜寺船による貿易を促し、また造園芸術を発展させた。門派は夢窓派といい、五山文学
 の最盛期をつくった。足利氏は末代にいたるまで疎石の門徒に帰依することを約束し,室町時代を通じて 
 夢窓派が隆盛することとなった。
*萬嶽:万岳・多くの山々。
*潜鱗:水中にひそんでいる魚。

おまけ・『碧巌録』第七則 茶席の禅語選HPより抜粋
三級浪高魚化龍、癡人猶戽夜塘水。 三級浪高くして魚龍と化し、癡人猶おくむ夜とうの水。

「修行者が師家のもとに参じその鉗鎚を受けると、鯉が竜門を透過すると竜と化してしまうように、おろか
な人も悟りを得て禅門の竜象となるという意。俗に毎年三月三日に鯉がその滝を遡って竜門を透過すると、
角を生やして竜になるという故事」
「竜門の三段の堰の高なみを上って魚はすでに竜となったのに、愚かものが魚を捕えようと、なお夜の淵の
水をかい出している。言葉づらにとらわれて、勘所を押さえきれない愚かさを喩える」
「鯉は疾くに龍となつて禹門の三級を上つたのに、馬鹿者が何時迄も水をかえている」
「禹帝治水の時、龍門の瀧を切り開きて三段と爲せり。此三段の瀧を、春三月三日桃花の咲く時鯉魚が跳び
越へると、火を發して尾を焦き角を生じて龍となるといふ。鯉魚が已に龍と化したのも知らずに、愚人は暗
夜の池水を汲み干して鯉を探して居るは見るに堪へぬ」

*三級 … 三段になった滝のこと。
*鉗鎚(ケンツイ):「鉗」は金ばさみ、「鎚」は金づちの意。禅家で、師僧が弟子を厳格に鍛え、教え導
 くことをたとえていう語
(´・(ェ)・`)つ

427 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/17(土) 23:53:09 ID:1d4drIFg0
天龍寺の再興ができた賛じゃな。

乾坤宇宙全てを包含する祖師の門風なのじゃ。
嵯峨の万の山は煙雨の中なのじゃ。
三段の滝が波高く黒雲を縛るのじゃ。
それでも潜む鱗類は直ぐに天龍と化することを得るのじゃ。

要するに天龍寺で修業すれば直ぐにでも悟れるのじゃ、ということじゃな。

428 避難民のマジレスさん :2021/04/18(日) 06:37:40 ID:QdkMQi020
くま訳全面改
乾坤宇宙全てを包含する祖師の門風なのだ
嵯峨の万の山は煙雨の中なのだ。
三段の滝が波高く黒雲を縛るのであるが、
それでも潜む鱗類は直ぐに天龍と化することを得るのだ。

*乃祖:(ない) 汝の祖父。また、一般に、祖先。だいそ。
*盡:つきる。なくなる。つくす。きわめる。なくす。ことごとく。全部。すべて。

*「三段の滝が波高く黒雲を縛る」は、天龍寺での厳しい修行をすれば、悟りを妨げる障壁を取り除くとい 
 う理解でよいでありましょうか?

387
滅燈齋 
眞前一盞太分明 眞前の一さんはなはだ分明
乃祖靈光照太淸 ないその霊光太淸を照らす
徳嶠悟道我不會 徳けうの悟道、我ゑせず
江湖夜雨十年情 がう湖や雨十年の情

くま訳
目の前に盃があることは、はなはだ明らかなのだ。
祖師から受け継いだ尊い光は天下全てを照らすのだ
徳嶠の悟道は、わしには分からぬが、
江湖の夜雨 ともに修行した十年の情で気にかかるのだ

*中川徳之助先生解説より抜粋。()内はくま添
 自戒集を見ると寛正2年(1461)6月16日、一休は大燈国師の頂相を本寺に返して念仏宗に改宗すること 
 を宣言する。その動機となったのは、一休会下の久参の僧が「我カ印可ト云テ年来久参タテヲシテ、一休ノ後ハ我ニ仏 
 法ヲ問ヘト会裡ノ人々ニ申シアエリ。」とあるような行動をとったことで、この僧を前年の6月11日に擯出し、1年
 後の改宗宣言であった。
 (この)擯出された僧とは、(謹白久参人・・ 
 https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/ >>669(にある)崇宗蔵主のことかもしれ 
 ない。(滅燈斎=崇宗蔵主の斎明)
 (387)の頌は、龍潭信禅師と徳山宣鑑の滅燈の問答をふまえて作られているが、あるいはこの頌を一休 
 よりの印可と思い誤り、崇宗蔵主(滅燈斎)は擯出される結果になったのではありますまいか?
*齋:雅号などの何々斎という名。もとは僧侶が法名のほかに付けたもの
*盞(さん):盃
*太淸:天
*徳嶠:徳山のことでありましょうか?
*黄庭堅の詩(サワラ君の日誌blogより)
 桃李春風一杯酒 
 江湖夜雨十年燈
 桃李の花の下で 春風に吹かれて一杯の酒
 江湖の夜雨 別れて以来十年の灯火
*龍潭信禅師と徳山宣鑑の滅燈の問答(じ・た・る先生blogより)
 徳山禅師が、天下に聞こえた龍潭和尚をしたってようやく龍潭を訪ねることができたときのことである。
 龍潭和尚の部屋に入って、師から懇切な教えを聴いていた徳山は、ときの経つのをすっかり忘れていた。
 龍潭和尚が 「夜もだいぶ更けたようじゃ。そろそろ引き上げたらどうじゃ」 と言われたので、ていね
 いに別れを告げて、簾を上げて外へ出ると、外は既に真っ暗闇だった。 しかたなく、龍潭和尚のところ
 に戻ってきた徳山は、恐縮しながら 「暗くて道が分からないのですが」と申し上げた。すると龍潭和尚
 が自ら紙燭(紙に油を染み込ませた物)に灯を灯して目の前に出された。ところが徳山がそれを受け取ろ
 うとすると、龍潭和尚がにわかにその紙燭の灯をフーッと吹き消してしまった。そのとたん、徳山は忽然 
 として悟りを開いてしまった。
(´・(ェ)・`)つ

429 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/18(日) 23:20:40 ID:1d4drIFg0
↑そうじゃ、龍は雲に乗って昇天するから黒雲が縛られたら昇天できないのじゃ。
それが悟りの障害を乗り越えることの喩えじゃな。

430 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/18(日) 23:44:56 ID:1d4drIFg0
燈明を滅する滅燈齋というから徳山じゃろう。

顔面の真ん前の明かりははなはだしく明るいのじゃ。
祖師の霊光は天まで届くのじゃ。
徳山の悟道にわしは会っていなかったが、
世間で夜雨に遭えば十年の情がわくのじゃ。

431 避難民のマジレスさん :2021/04/19(月) 11:24:53 ID:5liPk8Gc0
くま訳全面改
顔面の真ん前の明かりははなはだしく明るいのだ。
祖師の霊光は天まで届くのだ。
徳山の悟道にわしはあっていなかったが、
世間で夜雨に遭えば十年の情がわくのだ。

*盞→ 一盞明灯=狼煙、かがり火
*「世間で夜雨に遭えば十年の情がわく」とは、自分を慕って訪ねたてきた徳山に対して、龍潭和尚が、導い 
 て徳山自身の内側の光明に気付かせて悟らせた、その機縁についてのことでありますか?

388
賛六祖    六祖を賛す
隋身擔子鈯斧 隋じんのたんすとつぷ
不知何處山翁 知らずいづれのところの山翁ぞ
南方佛法會否 南方の佛法會すや否や
盧公老老盧公 ろ公老老ろ公

くま訳
薪を担ぎ、なたを持ち歩く、
素性の知れぬ山男とみなされていたが、
南宗頓悟禅を打ち立てて五祖の法嗣として認められることになったのだ。
六祖慧能よ!慧能老師よ!

*随身(ずいじん)1 平安時代以降、貴人の外出のとき、警衛と威儀を兼ねて勅宣によってつけられた近衛 
 府の官人。2 神社の左右の神門に安置される守護神。3 桃の節供に飾る雛(ひな)人形の一。4 供とし 
 てつき従っていくこと。また、その人。おとも。5 物を身につけること。携帯すること。
*擔子:天秤棒で担ぐ荷、責任
*鈯斧:なた、斧の類なり(大成脚注)。切れ味が鈍くなってしまった斧、鋭くない斧、不鮮明な
*南方佛法會否:五祖に参じ、八月遂に黄梅の衣法を伝持して山を下る、五祖の指示により南方に遁れ、漁 
 恠にかくれ、後印宗法印の非風動、非幡動の旨を断じ、遂に剃具すと(大成脚注)
 六祖慧能禅師は五祖弘忍(ぐにん)禅師の法の奥義を受け伝法衣を引き継いだものの、身分なく真っ 
 当な出家得度者でなかったことなどから、五祖門下の承認が得られず弘忍の奨めによって、さらに修行行
 脚の旅にでた。そんなあるとき広東省・法性寺の印宗和尚の「涅槃経」の講座があることを聞きつけて
 法性寺を訪ねたときのことである。講座が開かれる法堂の前には幡が立てられて折からの風にあおられて 
 パタパタと音をさせてはためいていていた。・・風が動いているのか、幡が動いているのかという議論に
 対して「風動くに非ず、幡動くに非ず、仁者(あなたがた)の心が動いているのだ」と。断じた。
(´・(ェ)・`)つ

432 避難民のマジレスさん :2021/04/19(月) 11:31:24 ID:5liPk8Gc0
*おまけ:
 慧能(えのう)wikipediaより抜粋:638-713年南宗の六祖。父が早くに亡くなり、薪を売って母親を
 養っていた。ある日、町で『金剛般若波羅蜜経』の読誦を聞いて出家を思い立ち、東山の五祖弘忍の下に 
 参じたが、文字が読めないため、行者(あんじゃ)として寺の米つきに従事した。
 その後、弘忍の法を受け継いで広州に帰り、兄弟子の印宗より具足戒を受けて正式な僧侶となり、曹渓宝 
 林寺に移って布教を続け、兄弟子の神秀より朝廷に推挙されるも病と称して断り、以後713年に亡くなる 
 まで布教を続けた。
 伝説
 壁に書かれた詩について
 慧能が弘忍の跡継ぎとして認められた時、次のような伝説がある。弘忍は悟りの心境をうまく詩に表せた 
 者を後継者と認めようといい、当初、弘忍門下筆頭だった神秀が壁に偈を書いたが、弘忍は認めず、それ 
 を聞いた慧能が神秀の詩を否定するような詩を書き、それを弘忍が認めたので六祖となったという。
 神秀の詩
 身是菩提樹 心如明鏡臺(身は是れ菩提樹 心は明鏡台の如し)
 時時勤拂拭 莫使有塵埃(時時に勤めて拂拭し 塵埃を有らしむること莫れ)
 慧能の詩
 菩提本無樹 明鏡亦非臺(菩提もと樹無く 明鏡亦また臺に非ず)
 本來無一物 何處惹塵埃(本来無一物 いずれの處にか塵あいを惹かんと)

 慧能が弘忍の命令で達磨から受け継がれた袈裟を持って大庾嶺まで逃げたところ、500人の僧が追ってき 
 たが、法論して負けて逆に弟子になった者もいるという。

 思想
 慧能は「本来正教無有頓漸(正しい教えに本来は頓も漸もない)」と説いたことは、法話集である『六祖 
 壇経』から明らかであるが、荷沢神会を始めとした鼓吹派が、神秀の漸修禅(北宗)に対して頓悟禅(南 
 宗)を説き、それが新興士大夫階級に受け入れられて爆発的に教線が拡大し・・・後の五家七宗全てがそ 
 の一門から出た。
(´・(ェ)・`)b

433 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/19(月) 22:22:17 ID:1d4drIFg0
>>431 そうじゃろう。
 娑婆世界の苦を経て慈悲深い師匠についたということじゃな。

六祖の賛じゃな。

荷を担ぎ鉈斧を持ち歩く、
どこの山の親父かわからんような者だったが、
南方の仏法に逢うやいなや、
盧公老師、老師の盧公と呼ばれる身になったのじゃ。

434 避難民のマジレスさん :2021/04/19(月) 22:57:36 ID:6XTolzis0
くま訳改
第三句:南方の仏法に逢うやいなや、
第四句:盧公老師、老師の盧公と呼ばれる身になったのだ。

389
桃花浪
随波逐浪幾紅塵 ずいはちくろういくこうじんぞ
又値桃花三月春 又あたふとうか三げつの春
流恨三年六十劫 恨みを流す三年六十劫
龍門歳歳曝金鱗 龍門歳歳 金りんをさらす

くま訳   
俗世で波を追い、波の中に(龍=悟りを)探す。
又、鯉が滝を登り龍になると(伝説)にいわれる桃花の3月が来た。
伝説を信じたことを、永遠にうらみつづけるだけだ。
禅門の師家は、登ってくるのが龍か魚か見分けるのだ。

*桃花浪:「禹帝治水の時、龍門の瀧を切り開きて三段と爲せり。此三段の瀧を、春三月三日桃花の咲く時
 鯉魚が跳 び越へると、火を發して尾を焦き角を生じて龍となるといふ。鯉魚が已に龍と化したのも知ら
 ずに、愚人は暗夜の池水を汲み干して鯉を探して居るは見るに堪へぬ」>>386 *くま注再掲
*龍門歳歳曝金鱗:「禹門三級の浪あり、三月に至る毎に、桃花の浪漲る、魚能く水に逆らひ躍つて浪を過 
 ぎる者は龍と化し、 風雷を起こし、其の尾を焼いて天に登る」と。之を飜出したるなり
*紅塵(こうじん):俗世の煩わしさ。
(´・(ェ)・`)つ

435 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/20(火) 21:55:53 ID:1d4drIFg0
俗世の波に随い流れをおって何年も暮らしたのじゃ。
又桃花の咲く三月になったのじゃ。
長年の恨みを流し捨て、
龍は門を出でて毎年金の鱗を曝すのじゃ。

436 避難民のマジレスさん :2021/04/20(火) 23:29:20 ID:Z3zUjfmQ0
くま質問
1.「長年の恨みを流し捨て」とは、鯉が滝を登り龍になるという伝説、頑なに信じることをやめると言う理解 
 で良いのでありましょうか?
2.「龍は門を出でて毎年金の鱗を曝す」とは、悟った禅僧は、世間に出て禅機を発揮するのだ、みたいな理解
でよいでありましょうか?
*金鱗:勝れた禅僧の喩え

391
聞聲悟道    もんしょうごどう
見色明心    見色明心    
雲門拈云    雲門ねんじていはく 
観世音菩薩   観世音菩薩
将銭来胡餅   銭を持ち来たりてこびょうを買ひ、 
放下手曰    手をほうげしていはく
元來是饅頭   元来これ饅頭と

即現観音奴婢身 即ち観音に現ず奴婢の身
饅頭胡餅谷精神 饅頭胡餅精神やしなふ
舊時難忘見聞境 旧時忘れがたし見もんの境
滿目山陽笛裏人 満もく山陽てきりの人
 
くま訳
自然の音を聞いて真実を悟り、
色を見て心のあり様を明らめる。
雲門はちょぴっとひねって、話を続けた。
観音さんが、
銭を持って来て胡餅を買った。(菩薩は自分が本来ブッタであることを忘れてるのだ。
手を開いてみたら饅頭だった。(衆生も又本來ブッタであるのだ)

これは、観音菩薩が衆生の身で現れるという意味である
饅頭か餅か(仏陀か衆生か)分別しようと囚われる
以前から知ってるつもりのことに囚われて物事を見たり聞いたりする
目を見開いて、気付けば全ての衆生は仏陀なのだ。

https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/
 >>924
*即現観音奴婢身:三十三應身の所なり。
 三十三応身【観音経】より
 …元来は,単独に読まれたのを,中国で合体したもので,後代はもっとも人気ある経典として,再び独立 
 して読まれるようになる。観世音菩薩が衆生の願いに応じて姿を変える三十三応身と,十九の説法につい 
 て説き,衆生がその名をよぶことによって,あらゆる願いが満足されるとするもの。中国では,六朝以来,
 種々の霊験集が編まれるとともに,唐代に密教系の千手千眼観音の信仰が広まると,各地にその霊場が出 
 現する
*滿目山陽笛裏人:丁度昔時の知親に逢う感がするなり。(大成脚注)
(´・(ェ)・`)つ

437 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/21(水) 23:56:01 ID:1d4drIFg0
>>436 それより煩悩を流しつくしたというような感じじゃな。
    長く修業して全て捨てたのじゃ。

 2 そんな感じじゃな。
   悟りを得て巣立ったのじゃ。

438 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/22(木) 00:29:00 ID:1d4drIFg0
声を聞いて悟りを得て、
色を見て心を明らかにしたのじゃ。
雲門がひねって言うのじゃ。
観世音菩薩
銭をもって胡餅を買い、
手を開いてみれば
元来これ饅頭なのじゃ。

即ち観音ではなく奴婢の身なのじゃ。
饅頭も胡餅も身ではなく精神を養うのじゃ。
昔見聞した境地は忘れがたいものじゃ。
見渡す限りの山に陽があたり笛の声に没入するのじゃ。

439 避難民のマジレスさん :2021/04/22(木) 15:02:14 ID:8x8UFS8o0
>389
くま訳改
第三句:長年の修行で煩悩を流し尽くしたのだ。
第四句:悟りを得た龍は門を出て巣立っていったのだ。

>390
くま質問
1.「観音ではなく奴婢の身」とは、お金を出して胡米餅を買う時点で、菩薩であることを忘れた奴婢の身で 
 あると言う理解でよいでありましょうか?
2.「饅頭も胡餅も身ではなく精神を養う」とは、食べ物の値段が高いか安いかによって、身の養われ方に違 
 いがあるのではなく、値段にこだわる精神が卑しいみたいな理解で良いのでありましょうか?
3.「昔見聞した境地」とは、悟る前の分別心のことでありますか?
4.「見渡す限りの山に陽があたり笛の声に没入する」とは、ありのままをありのままに見聞きするという理解 
 で良いで有りますか?

44(再掲・https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/ >>688 1/4〜3/4)
三界1/3
來往生霊六道街 らいわうすしゃうりゃう六道のがい
修羅闘諍没生涯 修羅の闘争生涯なし
人間未得諸天樂 人間いまだ諸天の楽しみを得ず
闕減娑婆事々乖 けつげんの娑婆じじそむく

くま訳
生霊が行き来する六道街
修羅道では生涯醜い闘争に明け暮れる、
人間道では、天界の楽しみを知ることはない、
もの足りない娑婆で、ひねくれて事々に背いてみたりする。

*三界:欲界・色界・無色界の三つの世界、衆生が生死を繰り返しながら輪廻す。三有(さんう)ともいう。
*六道(ろくどう、りくどう):衆生がその業の結果として輪廻転生する6種の世界(あるいは境涯)のこ
 と。六趣、六界ともいう。天道(てんどう、天上道、天界道とも)・人間道・修羅道(阿修羅道とも)・ 
 畜生道・餓鬼道・地獄道
(´・(ェ)・`)つ

440 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/22(木) 23:02:54 ID:1d4drIFg0
>>439 一 それでよいのじゃ。

 二 それは食べ物によって悟りの道を示したと一休が書いたということじゃな。
    値段は関係ないのじゃ。

 三 ただ悟る前の境地であるのみなのじゃ。

 四 昔、日の当たる山の中で笛の声を聞いて三昧の境地に入ったということじゃな。
    悟る前にそのような境地に入れたということは、もとから仏であったからということじゃな。

441 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/22(木) 23:08:23 ID:1d4drIFg0
三界の有り様じゃな。

生霊が往来する六道の街なのじゃ。
修羅は生涯闘争に没入しているのじゃ。
人間はまだ天の安楽を得ていないのじゃ。
欠乏している娑婆の者は事毎にそむくのじゃ。

442 避難民のマジレスさん :2021/04/22(木) 23:41:24 ID:Y1elTGOI0
>439くま訳全面改
卽ち菩薩であることを忘れた奴婢の身なのだ。
饅頭も胡餅も身ではなく精神を養うのだ。
悟る前の境地は忘れ難いものなのだ忘れがたいものなのだ。
見渡す限り陽があたる山中で笛の声を聞いて三昧の境地に入れたのは、もとから仏であったからなのだ

くま再質問「食べ物によって悟りの道を示した」とは、日常の食べ物である胡餅に対して、特別な食べ物であ
る饅頭。修行によって整えられた意識のあり様みたいな意味でありましょうか?

45(再掲・https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/ >>688 2/4)
2/3
餓鬼畜生無菩提 餓鬼畜生菩提無し
劫空法習徹吾臍 劫空の法しふわがほぞに徹す
無色衆生涙如雨 無色の衆生涙雨の如し
月沈望帝一声西 月は沈む望ていいっせいの西に

くま訳
餓鬼畜生道には、救ってくれる菩提はいない
永遠の法を思い知らされる。
今や姿かたちなく、住人は雨のように涙する。
月が沈むのは、民に慕われた望帝がかつていた西のほうだ。

*望帝杜宇(ぼうていとう):古代の蜀の第4代君主。死後も民に慕われ、2月に鳴くホトトギスは、望帝 
 の魂が鳴いて田植えの時期を教えてるのだと語り継がれた。
*古蜀:約5000年前から約3000年前頃に栄えた。
(´・(ェ)・`)つ

443 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/23(金) 23:16:20 ID:1d4drIFg0
胡餅は衆生であり饅頭はもはや仏陀の喩えなのじゃ。
衆生はもとより仏陀であるという喩えに使われたのじゃ。



餓鬼畜生は苦や無知なために悟りを得ることが出来ないのじゃ。
しかし、人である我は長年の修行で悟りが訪れたのじゃ。
天の最高である無色界の天人衆でも死ぬ時には雨のように涙を流すのじゃ。
ほととぎすの声と共に月が西に沈むようにのう。

444 避難民のマジレスさん :2021/04/24(土) 00:04:22 ID:2kJAG2Oc0
くま訳全面改
餓鬼畜生は苦や無知なために悟りを得ることが出来ないのだ。
しかし、人である我は長年の修行で悟りが訪れたのだ。
天の最高である無色界の天人衆でも死ぬ時には雨のように涙を流すのだ。
ほととぎすの声と共に月が西に沈むように

46(再掲・https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/ >>688 3/4)
3/3
威音那畔本去刧 ゐおんなはんもときょごふ
彌勒當來又來劫 弥勒当来又来ごふ
依草附木舊精魂 えそうふぼくの旧(きゅう)せいこん
可憐三年六十刧 憐れむべし三しゃう六十刧

くま訳
誰でも悟らせることが出来た威音王如来が居たのは、昔々お大昔であり、
未来仏である彌勒さんが来るのは、ずっとずっと遠い未来のことだ
死後成仏するまでの間は、魂は生きてたときのままだ。
憐れむべきは、三回生まれ変わり、六十刧の間待たなければならないかもしれないことだ。

*威音王如来(いおんのうにょらい):大昔の仏、誰でもを悟らせることができた仏
*依草付木(えそう ふぼく)① 死後、中有(ちゆうう)の間、人の霊魂が草木に宿っていること。
 ②修学者が言葉や文字にとらわれて、真理の根本を会得せず、悟りの境地に到達し得ないでいること
(´・(ェ)・`)つ

445 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/24(土) 23:13:00 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

威音王如来は大昔に去ったのじゃ。
弥勒の到来は又はるか先のことなのじゃ。
草に依り木々に付属する古い精魂は
三世六十劫の修業をせねばならぬのは哀れなのじゃ。

446 避難民のマジレスさん :2021/04/25(日) 00:34:13 ID:ridkw7yo0
391
三界   4/4
須参最上乗之禪 須らく参ずべし、最上乗の禅、
等妙如來豈自然 等妙の如来、豈に自然ならん。
三界無安猶火宅 三界無あんなほ火宅のごとし
三車不識在門前 三車門前に在るを識らず。

くま訳
当然為すべきこととして、最上の修行法としての坐禅をしよう。
如来の如くにありたいのなら、何もしなくてもいいはずがあるまい。
何もしなければ、三界はやすまる処無く、火事の家の中にいるようなものだ。
何もしなくても、誰かが救ってくれることなど無いのだ。

*自然(じねん):「はからいのない」
(´・(ェ)・`)つ

447 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/25(日) 22:03:57 ID:1d4drIFg0
最上の乗物の禅に是非とも参加するのじゃ。
平等妙心の如来に自然に成るのじゃ。
三界には安心は無く、今なお火宅の如くなのじゃ。
三乗の法が門の前にあるのを衆生は知らないのじゃ。

448 避難民のマジレスさん :2021/04/25(日) 22:43:52 ID:emCATIgM0
くま訳全面改
最上の乗物の禅に是非とも参加するのだ。
平等妙心の如来に自然に成るのだ。
三界には安心は無く、今なお火宅の如くなのだ。
三乗の法が門の前にあるのを衆生は知らないのだ。

*三車:法華経譬喩品(ひゆほん)に説くたとえ。ある長者の家が火事になったとき、家の中の子供たちに羊 
 (よう)車・鹿(ろく)車・牛(ご)車を与えるからと言って屋外に避難させた。長者を仏に、火事の家をこの 
 世に、子供を世の人に、羊車・鹿車・牛車をそれぞれ声聞乗(しょうもんじょう)・縁覚乗(えんがくじょ
 う)・菩薩乗(ぼさつじょう)にたとえたもの。
 三乗:悟りの世界に入るための3種の教え,実践あるいは道を乗物にたとえたもの。 (1) は声聞乗。苦,
 集,滅,道の四諦 (→四聖諦 ) を悟り阿羅漢となるための教えあるいは実践。 (2) は縁覚乗。十二因縁 
 悟って独覚 (→縁覚 ) となる行き方。 (3) は菩薩乗。無上菩提を証得せんとする菩薩たちの道。

392
忍辱仙人    忍にく仙人
須成忍辱波羅蜜 須らくじゃうずべし忍辱波羅密
是如來甚深秘密 是れ如來の甚深秘密 
心火焼盡菩提根 心火焼じんす菩提のこん
阿修羅王滅佛日 阿修羅王仏にちを滅す

茶の湯に親しむHP訳
とにかく耐え忍んで悟りへの修行を成就すべきことが、
如来の究極の教えである。
そうしなければ、業火は悟りの心根を焼き尽くし、
阿修羅は仏や太陽までも握りつぶすのだから

くま訳
当然なすべきこととして、侮辱や迫害を耐えしのび、不動心を得る修行に取り組むのだ
これこそがまさに、悟りを得る為の如来の秘密の教である。
怒りに燃える感情は、悟りを求める心を焼き尽くす。
阿修羅王の怒りは仏の光明を滅してしまうのである。
*忍辱仙人:釈迦の前世が暴虐な歌利王に四肢や耳・鼻を削がれながらも、怒り恨むことなく耐え忍び、 
 最後に国王を改心させるという説話あり。(三宝絵・忍辱波羅蜜)
 参 https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/  >>858
*忍辱波羅蜜:菩薩の六種の修行徳目(六波羅蜜)の一つ。種々の外からの侮辱や迫害を耐えしのんで、心 
 を動かさず安らかにする行。
*心火:怒り・しっとなどで燃え立つ感情
(´・(ェ)・`)つ

449 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/26(月) 21:52:35 ID:1d4drIFg0
大体善いのじゃ。

修行者は忍耐の完成を成し遂げるべきなのじゃ。
これが如来の甚だ深い秘密なのじゃ。
忍耐がなければ怒りの火は菩提の根を焼き尽くし、
阿修羅王の如く仏や日を滅してしまうのじゃ。

450 避難民のマジレスさん :2021/04/26(月) 22:46:36 ID:zvxCgIyg0
393
余誡會裏徒曰。  余、会裏の徒を戒めて曰く。
喫酒必須用濁醪。 酒を喫せば、必ず須らく濁らうを用ふべし、
肴則其糟而巳。  かうは則ち其のかすのみ。
遂名之曰乾一酒。 遂に之を名づけて乾一酒といふ。
仍作偈以自笑云。 よって偈を作り以って自ら笑ふと云ふ。

醉裡衆人奈酒腸 醉裡衆人酒腸をいかんせん
醒時伎盡啜糟糠 さむる時伎尽きて糟糠をすする
湘南流水懷沙怨 湘南の流水わい沙のうらみ
引得狂雲笑一場 狂雲が笑一場を引き得たり

くま訳
余は、一休会下の弟子達に戒めをを与えたのである。
飲酒する時は、必ずにごり酒にせよ。
肴は必ず酒糟のみとせよ。と。
ついにこの規則を名づけて、さかな一品酒としたのである。
そんなことを、偈にして笑ったのである。

弟子達が酒に酔っていることに対して、はてどうしたものか(と作った規則である)。
酔いから覚めたら、芸も尽き、貧しさを噛締めることになるであろう。
湘南の流水に、懐(ふところ)に重しの石を入れて、入水自殺をした楚の国の屈原が抱いたよな怨みはなど、
狂雲なら、その場で笑いとばしてやることができただろう。

醉裡衆人奈酒腸:屈平が漁夫の辞に曰く、「世を挙げて皆濁り、我独り清めり、衆人皆酔えり、我独り醒む、
是を以って放たる。」と。漁夫の辞に曰く。「衆人皆酔はば、何ぞ其の糟を食うて、其の釃(しる)を歠
(すす) らざる。」と蓋(けだ)し此れ漁夫の意に随うなり。(禅学大成脚注より)
*136漁父: https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/ >>850
*糟糠:酒かすと米ぬか。貧しい食事の形容。"
(´・(ェ)・`)つ

451 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/27(火) 23:40:33 ID:1d4drIFg0
だいたいそんな感じじゃな。

わしは会のものにいさめて曰く
酒を飲むなら濁り酒なのじゃ。
肴はその酒糟のみなのじゃ。
これを名づけて乾一酒というのじゃ。
よって偈を作り自ら笑うのじゃ。

酔っ払った者達をどうすべきかのう。
醒めれば技も尽きて糟糠をすするのじゃ。
湘南の流水に砂を抱いて入った屈原のように独りわしは醒めているのじゃ。
わしが笑いを一つ引き受けたのじゃ。

452 避難民のマジレスさん :2021/04/27(火) 23:55:17 ID:Up5zCyqU0
97 (再掲 https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/ >>936)
偶作  1/2
慧命微微懸一絲 えみょう微々として一糸をかく
分明臨済正傳師 ふん明なり臨濟正伝の師
識情名利山林客 識情名利山林の客
夜夜秋風枕上吹 ややの秋風ちん上に吹く 

たまたま出来た詩
悟りの智慧など極々わずかで、その細い糸に命を懸けるのである。
誰が臨済の正傳であるかは、明らかである。
迷い、名利を求める参拝者達
毎晩、秋風が枕元を吹き過ぎるような、思いだ

*慧命:悟りの智慧を生命にたとえた語。法命 
*識情:迷いの心
(´・(ェ)・`)つ

453 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/28(水) 22:03:19 ID:1d4drIFg0

正伝の叡智は微かに一本の糸でつながっているのじゃ。
その正伝の師匠は誰か明らかなのじゃ。
名利に迷う客も多いのじゃ。
夜夜秋風が枕の上に吹くような心地なのじゃ。

454 避難民のマジレスさん :2021/04/29(木) 23:11:23 ID:mQQhlngY0
くま訳全面改
正伝の叡智は微かに一本の糸でつながっているのだ。
その正伝の師匠は誰か明らかなのだ。
名利に迷う客も多いのだ。
夜夜秋風が枕の上に吹くような心地なのだ。

394
偶作   2/2
睡裡海棠春夢秋 睡裡の海棠春夢の秋
明皇離思獨悠々 めい皇離思独り悠々
三千宮女情難慰 三千の宮女情慰しがたし
更遂馬嵬泉下遊 更に馬くわい泉下の遊びをおふ

くま訳
夢の中の海棠の花のようだと美しさを喩えて詠んだ、
そんな楊貴妃との別離の思いを、英明な玄宗皇帝が悠々と詠んだのだ。
三千人の女官がいても、誰も皇帝を慰めることが出来ない。
更にその(楊貴妃の)魂は、(冨子に乗り移り、)遊び続けているのだ。

https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/  >>103

*海棠(かいどう)の睡(ねむ)り未だ足らず」玄宗皇帝が楊貴妃を評した言葉。眠りが足りず酔いのさめ
きらない美人(楊貴妃)のなまめかしさを海棠の花にたとえたもの。
*明皇:英明な皇帝。
*離思(りし):別離のおもい。離別の情。
(´・(ェ)・`)つ

455 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/04/30(金) 23:15:31 ID:1d4drIFg0
睡る海棠の春夢は終わったのじゃ。
英君も離苦の思いに独り泣くのじゃ。
三千の官女も慰めることができないのじゃ。
いまだに馬嵬の泉下に居る者を想っているのじゃ。

456 避難民のマジレスさん :2021/04/30(金) 23:34:18 ID:ASe9QUTg0
くま訳全面改
睡る海棠の春夢は終わったのだ。
英君も離苦の思いに独り泣くのだ。
三千の官女も慰めることができないのだ。
いまだに馬嵬の泉下に居る者を想っているのだ。

266(改) 2020/8/23に掲載したくま訳を、鬼和尚解説読後に改めた
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/>>927
この詩に関しては、当初、↓①を基に、くま訳しました。
①國譯禪學大成(二松堂書店・昭和5年)・・・氷輪
②狂雲集(寛永壬午孟春吉旦 西村又左衛門新刊)・・・水輪 
③狂雲集(民友社・明治42年)・・水輪
今回、当時の鬼和尚解説に従い、全面改であります。

井    1/2 
高下互看打水輪 高下互ひに看る水輪を打するを
衲僧轆々轉機輪 衲僧ろくろく機輪を転ず
安禪出定淸華暁 安禪出じょう淸華の暁
汲盡天邊月一輪 汲み尽くす天辺月一輪

くま訳全面改
水車が回るように日々倦まずに精進すれば、
禅僧は禅機を発揮できるよになるのだ。
安禅は清い華の如く暁を出だすというのだ。
そして、天に輝く月一つを汲み尽くすのだ。(月を映す水が無ければ月も映らないのだ。)

*安禅:いっさいの動揺を去り、身心安楽になるところから一心に坐禅を行なうこと。坐禅。
*淸華:栄華・ 権力や財力を得て、はなやかに栄えること。
(´・(ェ)・`)つ

457 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/05/01(土) 21:25:44 ID:1d4drIFg0
いかすのう。
それでよいのじゃ。

458 避難民のマジレスさん :2021/05/01(土) 22:34:51 ID:5Egb2YzY0
395
井    2/2
吸盡西江公案圓 西がう汲み尽くして公案まどかなり
工夫不管溺深泉 工夫管せず深泉に溺るることを
不借寸繩千尺底 寸じょうをからず千尺の底
西來祖意爲人禪 西來の祖意爲人の禪

くま訳
西江の水を汲み尽くすという公案は、完璧である。
深い泉で溺れようとも、一心に禪の修行に励むとは、
短い縄を借りて、長い縄のようにしろというのではない。
達磨の意図は人が為せる禅である

*大河の水を呑み尽くす:一口に吸尽す西江の水―(『馬祖録』)
 龐居士(150の詩 参)が馬祖道一禅師に質問した。「世界のあらゆる存在と与しない、独立自存の人と
 は、いったいどのような人ですか」。その質問に答えた馬祖の語。「お前が西江の水を一口に飲み尽くし
 たら、それを教えてやろう」ということ。禅は独脱無依の絶対主体性を確立することである。自分以外の 
 一切のものと与しないような完全に自立した人間になることである。
*西江(せいこう)は、中国南部流れる川、長江・黄河に次ぐ3番目の長さ。
*不管〜(都): ①「〜であろうと・・・だ」「〜にかかわらず・・・だ」②構わぬ
*水不借路路不借水
 みずみちをからず みちみずをからず
 水は道を借りて流れているわけではない。
 道に沿って流れ、流れに応じて道ができる。
(´・(ェ)・`)つ

459 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/05/02(日) 22:54:26 ID:1d4drIFg0
西江の水の公案は全く正しいのじゃ。
弟子の工夫は深い泉で息が詰まって溺れるような程度なのじゃ。
一寸の縄程度の智慧で千尺の底を測れなくても惜しいとは言わんのじゃ。
祖師が西来したのは正に人の為に禅を教えに来たのじゃ。

要するに弟子の足りない智慧で役に立たないわからんことを言っても無意味ということじゃな。

460 避難民のマジレスさん :2021/05/03(月) 00:46:46 ID:W4iRKgJs0
くま訳全面改
西江の水の公案は全く正しいのだ。
弟子の工夫は深い泉で息が詰まって溺れるような程度なのだ。
一寸の縄程度の智慧で千尺の底を測れなくても惜しいとは言わんのだ。
祖師が西来したのは正に人の為に禅を教えに来たのだ。
396
賛仰山 二首 1/2 仰山を賛す
小釈迦唐朝出生 小釈迦唐朝に出生す
夢中兜率太分明 夢中兜率はなはだ分明
耽源體也潙山用 耽源は体や潙山は用
體用中唯開眼晴  體ゆうのうちただ眼晴を拓く

仰山を賛す
小釈迦が唐の時代の中国に生れたのだ。
夢の中で兜卒天(とそつてん)に昇り弥勒菩薩の所に行ったというのは、明らかだ。
耽源老師によって体を得ることができ、潙山老師によって用を得たのである。
体用の中で悟りを開いたのである。

*仰山慧寂(ぎょうざん えじゃく、804- 890年):唐代の禅僧。諡は智通禅師。
 17歳の時に出家し、各地を遊方した。耽源に会って大悟した。潙山霊祐に出会い、15年前後の間師事し 
 た。後に、仰山に住したので、その名となった。師の住した潙山と合わせて、その系統を潙仰宗と呼んだ。
*體用たい‐ゆう 本体とその作用。たいよう。

*碧巌録「千尺井中」(岩井茂樹先生)
ある時、仰山慧寂が耽源という老師に「井戸に落ちた人を短い縄も使わずに助けるにはどうすればいいので
すか」と尋ねた。それに対し、耽源は即座に答える。そこで放たれるのが「咄、痴漢、誰か井中にある」と
いう言葉だった。意味は「こら、馬鹿者、誰が井戸の中にいるというのだ」というものである。悟ることの
できなかった仰山は、次に潙山霊祐という老師のもとに行き、同じ問いを投げかける。すると潙山は仰山の
名である「慧寂」と叫ぶ。
それに対して仰山は「はい」と答えたが、潙山は「よし出た」と言う。これによって、仰山は悟ることがで
きた。後に仰山は「耽源老師によって体を得ることができ、潙山老師によって用を得た」と回顧したという。
ちなみに、最後の部分は『景徳伝灯録』など中国の経典では「耽源老師によって名を得て、潙山老師によっ 
て地を得た」となっている点が異なっている。
この公案は仰山の語録や事跡が紹介されるたびに引かれたり、禅の公案書に引かれたりして、公案の中でも
もっとも有名なものの一つとなった。日本ではやはり『碧巌録』に引かれたことが大きかった。
(´・(ェ)・`)つ

461 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/05/03(月) 23:22:09 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。

小釈迦は唐朝で出生したのじゃ。
夢の中で兜率天に行ったのはとても分明なのじゃ。
耽源に体を得て、蕃山に用を学んだのじゃ。
体用の中で眼を開いたのじゃ。

体は悟りの本質であり、用は智慧とも言えるじゃろう。

462 避難民のマジレスさん :2021/05/04(火) 11:57:00 ID:MyFrn1YY0
397
賛仰山 二首 2/2
枕子夜來推出時 ちんす夜來推出する時
一宗敗闕少人知 一宗敗闕人の知ることまれなり
法身説法座主説 法身説法座すの説
黄葉一枝誑小兒 くわうえふ一枝小児をたぶらかす

くま訳
夜間、枕を手探りで探して、推し出してしまったようなものである。
潙仰一宗禪は衰えて、もはや知る人も少ない
悟りの境地を座主が言葉で説明できるという説である。
もう枯れ果てた宗門であるが、子供を騙しているのである。

*潙仰一宗禪:潙山霊祐、仰山慧寂により鼓吹された禅風。宗風には、黙照禅と称される曹洞宗に類似した
 点も見られるが、家族的で、孤立的な性格があったものと思われる。その宗風が、逆に災いし、同系の臨 
 済宗が隆盛するにつれて、衰退して行き、宋代に至って遂に吸収同化されてしまったものと考えられる。
*"https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/ >>665 948
* 枕子夜來推出時:夜間に手を背(うしろ)にして枕子を摸する
 道元禅師は、以下のように提唱される。
 道吾いはく、如人夜間背手摸枕子。いはゆる宗旨は、たとへば、人の夜間に手をうしろにして、枕 
 子を摸索するがごとし。摸索するといふは、さぐりもとむるなり。夜間はくらき道得なり、なほ日 
 裏看山と道取せんがごとし。用手眼は、如人夜間背手摸枕子なり。これをもて用手眼を学すべし。 
 夜間を日裏よりおもひやると、夜間にして夜間なるときと、撿点すべし、すべて昼夜にあらざらん 
 ときと撿点すべきなり。人の摸枕子せん、たとひこの儀すなはち観音の用手眼のごとくなる、会取 
 せざれども、かれがごとくなる道理、のがれ・のがるべきにあらず。 『正法眼蔵』「観音」巻

*法身説法 :真言宗泉涌寺派 大本山 浄土寺HPより
 密教ではこの現象世界を、真理そのものを仏格化した法身(ほっしん)である大日如来が説法している実 
 在の世界そのものと把える。(法身説法)
 即ち、他ならぬこの現象世界を離れて真実の世界はなく(即時而真(そくじにしん))、悟りの境地も文 
 字や象徴的表現をかりて説く事ができる(果分可説)とする。"
(´・(ェ)・`)つ

463 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/05/04(火) 23:53:17 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

枕を夜に推しだしてしまうのじゃ。
一宗の敗闕は知る者も少ないのじゃ。
法身の説法は座主の説であるというのじゃ。
黄葉の一枝で子供を誑かすようなものじゃ。

464 避難民のマジレスさん :2021/05/05(水) 00:27:44 ID:CJJLwlm.0
398
雨滴齋     雨滴 齋名
蕭々門外是何聲 せうせう門外是れ何の聲ぞ
不會當機問鏡淸 ゑせずんば当機鏡しゃうに問へ  
顚倒衆生迷逐物 てんだうの衆生迷ふて物をおふ
窓前半夜一燈青 窓前半夜一燈青し

吟魂→窓前

くま訳
門外から聞えるのは何の音であるかと、鏡清禅師が尋ねた。
師とのやり取りが理解できなくて、弟子が更に問い返すと、師は適切な指導をした。
衆生は本末転倒して、事物を追いまわして自己を見失ってしまう。自己の外側に意識をさ迷わせて、己を見失う
夜半燈火ともる窓辺である。

*斎名(さいめい・さいみん)雅号などの何々斎という名。もとは僧侶が法名のほかに付けたものだが、後 
 に俗人も用いるようになった。また、広く軒号・院号・庵号をも指す場合もある。斎号。
*蕭蕭(しょうしょう)1 もの寂しく感じられるさま。2 雨や風の音などがもの寂しいさま。
*雨滴聲『碧巌録』第四十六則  (茶席の禅語選HPより)
 擧。鏡清問僧。   こす、鏡清、僧に問う、
 門外是什麼聲。   門げ是れなんの声ぞ。
 僧云。雨滴聲。   僧云わく、雨滴声。
 清云。       清云わく、 
 衆生顚倒迷己逐物。 衆生はてんどうして己に迷うて物を逐う。

 『碧巌録』第四十六則の頌に「虚堂(きょどう)雨滴聲」とある。誰もいない家に雨だれの音がしている 
 情景をさす。
 『新版 禅学大辞典』には、「鏡清道怤と一僧が門外の雨だれの音について問答した公案」とある。 
*鏡清:鏡清道怤禅師
(´・(ェ)・`)つ

465 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/05/05(水) 23:21:06 ID:1d4drIFg0
鏡清は蕭蕭と門の外の声は何じゃ、と聞いたのじゃ。
弟子は鏡清の問いに上手く答えられなかったのじゃ。
すると鏡清は顛倒の衆生は迷って物をおっているのじゃと言ったのじゃ。
窓の前には半夜一つの青い灯りがあつたのじゃ。

466 避難民のマジレスさん :2021/05/05(水) 23:43:03 ID:zbG8/PUw0
399
吊戦死兵    戦死兵を弔(てう)す
赤面修羅血氣繁 赤面の修羅血気繁し
悪聲震動破乾坤 悪聲震動し乾坤を破る 
闘爭負時頭脳裂 闘諍負くる時頭脳裂く
無量億劫舊精魂 無量億劫の旧精魂

くま訳
戦死した兵を弔う 
赤面の阿修羅、血気盛ん。
悪声を放って天下を震撼させた。
闘争に負けた時に脳天を裂かれたが、
永遠にその魂は消えないであろう。
(´・(ェ)・`)つ

467 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/05/06(木) 21:32:33 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。

真赤な顔の阿修羅は血気盛んなのじゃ。
大声で天地を振動させて破るほどなのじや。
闘争に負ければ頭脳が裂けるのじゃ。
その精魂は地獄に行って無量億劫も出ることが出来ないのじゃ。

468 避難民のマジレスさん :2021/05/06(木) 23:23:48 ID:cHJhfcC60
400
確頌曰     確じゅに曰く
世間種種奯公圖 世間種々くわつ公の図
道伴知音一箇無 道伴知いん一箇も無し
夜雨蓬窓江海燭 夜雨ほう窓江海の燭
宗門零落盡工夫 宗門の零落工夫を尽くす

くま訳
世間には岩頭全奯禅師の絵が種々あるが、
岩頭の事がよく伝わる絵は一枚も無いのだ。
夜雨降る、水辺に面したあばら屋の窓辺の灯
宗門は零落したが、色々と工夫していたのだ。

*奯公(かつ公):岩頭全豁(ぜんかつ)禅師:、828- 887年)唐代の禅僧。青原行思の下で、仰山慧寂・  
 徳山宣鑑に
 参じ、徳山の法を嗣ぐ。887年、賊に首を斬られて死す。
*知音(チイン)《中国の春秋時代、琴の名人伯牙は親友鍾子期が亡くなると、自分の琴の音を理解する者 
 はもはやいないと愛用していた琴の糸を切って再び弾じなかったという「列子」湯問などの故事から》1  
 互いによく心を知り合った友。親友。「年来の知音」2 知り合い。知己。「知音を頼る」3 恋人となる 
 こと。また、恋人。なじみの相手。
*蓬窓(ホウソウ):蓬(よもぎ)の生い茂った所に面した窓。転じて、貧しい粗末な家。
(´・(ェ)・`)つ

469 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2021/05/08(土) 00:52:03 ID:1d4drIFg0
世間には種々の岩頭全豁の図があるが、
修行者仲間と居る図は一つもないのじゃ。
夜雨が古窓から見える江海の灯りに降るのじゃ。
宗門の零落は工夫を尽くしても止められなかったのじゃ。

470 避難民のマジレスさん :2021/05/08(土) 02:38:22 ID:isomS8To0
くま訳改
第三句:夜雨が古窓から見える江海の灯りに降るのだ。
第四句:宗門の零落は工夫を尽くしても止められなかったのだ。

401
拈華微咲    拈華み笑
世尊拈出一枝花 世尊拈出す一枝の花
一代禪宗意氣奢 一代の禅宗意気奢る  
金色頭陀獨傳法 金色の頭陀独り伝法
近年知識若河沙 近年知識河沙の若し

くま訳
釈迦は皆の前で一枝の花をかしげて見せたのだ。
これこそ(以心伝心、)正法の禅の始まりである。
仏法の極意が伝わったのはただ一人( 摩訶迦葉)だけであった
最近は、知識ばかり河の砂ほど増えすぎてるのである。(真理は何も伝わらないのである)
(´・(ェ)・`)つ


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50 他人の過失を見るなかれ。他人のしたこととしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったことだけを見よ。


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