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鬼和尚の仏教講読会 別館2
426
:
避難民のマジレスさん
:2021/04/17(土) 07:19:15 ID:YIG4xlXs0
鬼和尚、いつもありがとうであります。
386
龍門亭題偈賀天龍寺再興 龍門亭に偈を題して天龍寺の再興を賀す
盡乾坤乃祖門風 じんけんこんない祖の門風
萬嶽嵯峨烟雨中 ばん岳嵯峨たりえん雨のうち
三級浪高黑雲鎖 三級浪高うして黒雲とざす
潜鱗直得化天龍 せんりん直に天龍と化するを得たり
くま訳
龍門亭に偈を捧げて、天龍寺の再興を賀すつのである。
夢窓国師の門風は既に消失してしまっている。
聖地嵯峨の山々は霧雨の中にけむる。
悟りを求めるものにとっての登竜門は、愚か者達によってとざされてしまったが、
生あるものは全て、直接悟りを得ることができるのだ。
*天龍寺:臨済天龍寺派の本山。京都五山の第一位
天龍寺龍門亭:南北朝時代の1346年に夢窓疎石・夢窓国師が選んだ「十境」のひとつ
*夢窓疎石(むそう そせき):1275〜1351南北朝時代の臨済宗の僧。9歳のとき甲斐平塩寺の空阿の弟子
となって密教を学び,18歳で得度し,奈良,東大寺戒壇院で慈観について登壇受戒した。 20歳で上京,
建仁寺の無隠円範に参じて禅に帰し,のちに中国より一山一寧が来日したとき,鎌倉に下って学んだが機
縁は契 (かな) わなかった。1325年 後醍醐天皇の勅により南禅寺の住持となるが,北条氏に請われて
鎌倉に入り,北条氏滅亡後上京して再び南禅寺に入った。京都騒乱後に足利尊氏の帰依を受け,天竜寺の
開祖となった。天竜寺船による貿易を促し、また造園芸術を発展させた。門派は夢窓派といい、五山文学
の最盛期をつくった。足利氏は末代にいたるまで疎石の門徒に帰依することを約束し,室町時代を通じて
夢窓派が隆盛することとなった。
*萬嶽:万岳・多くの山々。
*潜鱗:水中にひそんでいる魚。
おまけ・『碧巌録』第七則 茶席の禅語選HPより抜粋
三級浪高魚化龍、癡人猶戽夜塘水。 三級浪高くして魚龍と化し、癡人猶おくむ夜とうの水。
「修行者が師家のもとに参じその鉗鎚を受けると、鯉が竜門を透過すると竜と化してしまうように、おろか
な人も悟りを得て禅門の竜象となるという意。俗に毎年三月三日に鯉がその滝を遡って竜門を透過すると、
角を生やして竜になるという故事」
「竜門の三段の堰の高なみを上って魚はすでに竜となったのに、愚かものが魚を捕えようと、なお夜の淵の
水をかい出している。言葉づらにとらわれて、勘所を押さえきれない愚かさを喩える」
「鯉は疾くに龍となつて禹門の三級を上つたのに、馬鹿者が何時迄も水をかえている」
「禹帝治水の時、龍門の瀧を切り開きて三段と爲せり。此三段の瀧を、春三月三日桃花の咲く時鯉魚が跳び
越へると、火を發して尾を焦き角を生じて龍となるといふ。鯉魚が已に龍と化したのも知らずに、愚人は暗
夜の池水を汲み干して鯉を探して居るは見るに堪へぬ」
*三級 … 三段になった滝のこと。
*鉗鎚(ケンツイ):「鉗」は金ばさみ、「鎚」は金づちの意。禅家で、師僧が弟子を厳格に鍛え、教え導
くことをたとえていう語
(´・(ェ)・`)つ
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