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鬼和尚の仏教講読会 別館2
36
:
避難民のマジレスさん
:2020/10/11(日) 20:25:08 ID:bfHYesdw0
197 1/2
船子釣臺圖二首 せんしちょう台の図
金鱗難得急流前 金鱗得難し急流の前
坐断釣臺三十年 坐断す釣台三十年
絲線一通名利路 し線一たび通ふ名利の路
子陵可唉來山禪 し陵はわらふべしかつ山の禅
小船の船縁に座り釣りをする絵を見て二首
美しい魚は釣れ難い急流。(悟りを伝えることが出来る弟子に出会うことは困難である、短い人生で)
どっかりと釣台に坐ること30年(待ちに待った30年)
運命の糸が、名利の路につながってしまった。
子陵厳光なら、わらうことだろう、來山の禪を(名利を嫌った厳光なら、禪により名を残すことを嫌ったで
あろう。)
*船子:夾山禅師を悟りに導いた船子徳誠禅師、樂山惟儼禅師の法嗣「汝今、已に得たり。向後、 城隍・
聚落(城中や人里)に住することなかれ。」と言い残したらしい。
*夹山:善会(804-881),唐高僧の世称、船子の法嗣
*金鱗:金色のうろこ。また、美しい魚。
*坐断・座段(ざだん):仏語。誤った考えや執着など、一切の差別の相を断ち切ること。俗念を断つこと。
殺破ともいう。② どっかりとすわること。腰をすえること。
*名利:名聞利養、名聞とは名誉が世間に広がる事、利養とは財を追い求める事、
*子陵;厳 光(げん こう、紀元前39年 – 41年)後漢時代初期の隠者・逸民。
光武帝となる劉秀と同門に学ぶ。劉秀が皇帝となると、厳光は姓名を変えて身を隠した。光武帝はその才
能を惜しみ行方を捜させたところ、後斉国で羊毛の皮衣を着て沢の中で釣りをしているところを見いださ
れて、長安に召し出された。宮中の作法に詳しい司徒の侯覇が厳光と親しかったが、厳光は細かい礼に従
わず、光武帝はそれでも「狂奴故態を改めず」と笑っただけだった。それどころか自ら宿舎に足を運んで
道を論じたという。ある夜、帝と光がともに就寝し、光が帝の腹の上に足を乗せて熟睡し、翌日大夫がそ
の不敬を奏上して罰しようとしたが、帝は「故旧とともに臥したのみ」とこの件を取りあげなかった。諫
議大夫に挙げられたがこれを断って富春山(浙江省富陽県)で農耕をして暮らし、その地で没する。
(´・(ェ)・`)つ
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