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鬼和尚に聞いてみるスレ part16
313
:
避難民のマジレスさん
:2020/05/09(土) 12:37:25 ID:RR9a0lig0
真面目な質問です。
ttp://ta-ichikawa.com/?p=10909
上記のホームページの「仏教」の項目を読んでいただきたい。
概略を述べると、仏教の「自由」という考え方と、欧米のfreedom(フリーダム)の考え方は全く違うのだが、
明治時代の哲学者がFreedomを自由と訳してしまったがゆえに、日本人は憲法に置ける「自由権」なども「我がままし放題」という意味で捉えるようになった。
大乗仏教に置ける自由とは「世間から逃れ山の中で一人暮らして気ままに暮らせる解放感」などを意味しており、「神と従って生きる」という意味合いが強いfreedomとは全く意味が違う。
また、仏教の「平等」という考え方も、「人間にはそれぞれ個性などなく、すべて同じだ」という思想であり、民族や個人の違いを無視する思想である。
この仏教の「平等」の考え方が入ってきたために、「努力や才能を無視して全員を平等に扱え!」という絶対平等主義の考えが強くなり、社会や国家が混乱している。
そもそも仏教は「山陰で暮らす世捨て人」の宗教なのであって、「世捨て人」の価値観で社会が動かされると様々な問題が起きてくる。
現在、日本が衰退に向かっているのも、仏教のある種非現実的な「自由」や「平等」の考え方が俗世に入ってきたからである。
我々日本人には、元々「誠」という新道由来の価値観があった。これは欧米のFreedomの考えに近い考えであり、この考えに基づいて国家運営がなされると国が反映し、仏教の考えで運営すると国が衰退する傾向がある。
ゆえに、早急に、仏教的価値観を相対化し、少なくとも社会運営に関しては神道の価値観でやるできである。
というようなことです。鬼和尚はいかに思いますか?
①仏教に置ける「自由」とは本当に「勝って気ままに生きる」という意味なのか?
②平等とは個性の違いを無視した絶対平等を意味するのか?
③この論者の言っていることはある程度は妥当性があるのか
④妥当性があるとしたらどういう点で、誤っているとしたらどのような点で、仏教と神道はどのように共存していくべきなのか
⑤上記の論者は、「江戸時代時代以前は、仏教は死後の世界を取り持ち、現実の世界は神道という棲み分けがきいていた。その伝統の価値観に戻るべきである」という考えですが
これについてはどう思いますか?
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