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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5

885避難民のマジレスさん:2020/05/18(月) 23:21:58 ID:sSVBh.220
くまめも4

自分自身を欺瞞すること、確信することは、容易。自分は何かであるべきという感情は、欺瞞の始まり。この理想主義的(観念論的)態度は、偽善につながる。
幻想を作る要因の一つは、有るものと有るべきもの、有るかもしれないものとの間の常なる比較、善し悪しの計量。思考がそれ自体を、楽しみの記憶を改良しようとし、もっと楽しみを得ようとするなど。
何かを受け入れさせたり、信じさせたりするのは、もっと多くへのこの願望、不満足。これは必然的に、欺瞞と幻想につながる。
目標を、経験されるべき帰結を投影するのは、願望と恐怖、希望と恐怖。故に、この経験に実在性はない。悟りへの願望も権威の受け入れを生み育てる。これは悟りの対極。
願望、不満足、恐怖、楽しみ、もっと多くをほしがること、変化したがること、そのすべてが計量。これが幻想の道。
計量からの自由は、あなたが本当に、有るものと生きている−変化させたいと望むのでも、それを善し悪して判断するのでもない−とき、訪れる。
何かと生きるとは、それの受け入れではない。あなたが受け入れようと入れまいと、それはある。何かと生きるとはまた、あなた自身をそれと同定することでもない。
私たちが肯定的であると考えるものごとすべてを否定する。全社会道徳、権威の内的受け入れ、真実について自らの言ったり結論してきたこと、伝統、教え、科学技術的知識以外の知識、経験、憶えられたり忘れられた楽しみから派生する欲求、充足、特定の仕方で行為する参与、観念、原理、理論、これら全てを否定する-こういう否定が最も肯定的な行為だし、ゆえにはそれが自由。
(´・(ェ)・`)


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