[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
759
:
避難民のマジレスさん
:2020/04/13(月) 22:34:35 ID:tfvKwHPE0
変化の緊要
自殺 6
K たとえば歌手のように。彼にとり、声は最大の安全です。それが損なわれるとき、彼はいまにも自殺しようとしています。本当におもしろく真実であることは、大いに敏感で最高に智恵ある生の道を、自分自身で見出すことなのです。恐怖、心配、貪欲、妬み、羨み、イメージや像の構築、宗教的孤立の生活があるのなら、これは可能ではありません。その孤立は、諸宗教すべてが提供してきたところです。信じる人は決定的に、自殺のきわにいるのです。なぜなら、彼はある信念に自らの信仰すべてを置いてきたから、その信念が疑問となるとき、彼は恐れていて、いまにももう一つの信念、もう一つのイメージ、像をつけ、もう一つの宗教的自殺を犯そうとしているのです。それで、人はどんなイメージ、像もなく、どんな様式もなく、どんな時間感覚もなく、生きられるでしょうか。私がいうのは、明日何が起きるのか、昨日何が起きたのかを気にしないような生活、という意味ではありません。それは、生きることではないのです。「現在を受けて、それをできるだけ良くしよう」と言う人たちがいます。それもまた絶望の行為です。本当は、自殺を犯すのは正しいのか正しくないのかを訊ねるべきではないのです。何が、希望を持たない心の状態をもたらすのかを、訊ねるべきなのです - 希望は未来を含意するから、間違った言葉ではあるけれども。むしろ訊ねるべきなのです - 時間なくある生はどのように訪れるのでしょうか。時間なく生きることは本当は、この大いなる愛の感覚を持つことなのです。なぜなら、愛は時間のではないし、愛はかつてあったものや先にあるであろうものではないからです。これを探検しそれとともに生きることが、本当の疑問です。自殺を犯すべきか犯すべきでないかは、すでに部分的に死んでいる人の疑問です。希望は最も恐るべきものなのです。「地獄に入るとき、希望は後に置いて行け」と言ったのは、ダンテではなかったでしょうか。彼にとって天国は希望でした。これは恐ろしいのです。
質問者 ええ。希望は独自の地獄です。
(´・(ェ)・`)つ
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板