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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5

756避難民のマジレスさん:2020/04/13(月) 00:32:57 ID:Cz3UsmlA0
くまめも7-5

不治の病気を持っていたとしても、何をなすべきなのかを、他人は語れない。彼の智恵に応じて行為すべき。愛、気づかい、敏感さ、優しさのある生を生きてきた、智恵がある人は、智恵に応じて行為する。
智恵をもって生きることが最も重要。それは心と体の鋭敏さを要求する。不自然な生き方により体の鋭敏さを破壊し、葛藤、抗争、をとおして心、頭脳をも破壊しつつある。このすべての否定である生の道を生きるなら、その智恵は、不治の病気に直面するとき、正しく行為する。それがただ一つの道。安全な家に坐り、人は自殺を犯すべきではないのかを訊ねるのは、無意味。
自殺を犯すべきかという疑問の裏には何が疑問を促進しているのか、何が自殺を犯したくさせているのかを、見出せ。何一つしたくないし、みんなに自分を支えてほしいという人や、頑固で疑い深く権力と地位に貪欲である人もまた、内的に自殺を犯している。彼はイメージ、像の壁の裏で生きる。自分自身、自分の境遇、生態環境、政治的権力、宗教のイメージ、像とともに生きるどの人も、すでに終了している。
質問者 そのように生きるのでないのなら、人生は一種の低調な存在。
K もちろんそう。ほとんどの人々は、自らの知識、願望、野心的な衝動、欲求の壁の裏で生きている。彼らはすでに神経症の状態にあるし、その神経症は彼らに一定の安全を与える。これは自殺の安全。
(´・(ェ)・`)


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