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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5

745避難民のマジレスさん:2020/04/09(木) 23:43:52 ID:.hDPa2pw0
-1変化の緊要

自殺 1

質問者 私は自殺について話したいように思います - 私自身の何かいのちの危機からではなく、また私が何か自殺の理由を持つからでもありません。老齢の悲劇 - 身体的崩壊、体がだめになること、これが起きるときの人々の本当の生の喪失 - が見えるとき、その主題は必ず迫ってくるからです。その状態に至るとき、いのちを長らえ、その余命を続けることに、何か理由があるのでしょうか。おそらく、生、いのちの有効性が済んだときを認識することは、智恵の行為ではないのでしょうか。

K もしも、あなたに生を終えるよう督促するのが智恵であったなら、まさにその智恵が、あなたの体が未熟なまま衰退するのを禁じていたでしょう。

質問者 しかし、心の智恵さえもこの衰退を防止できない瞬間がないのでしょうか。結局、体は擦り切れるのですが、それの来るときをどのよう認識するのでしょうか。

K 私たちはこれにかなり深く入るべきです。それに関与したものごとはいくつもあるでしょう。体、有機体の衰退、心の老衰、抵抗を生み育てる全くの無能力。私たちは慣習、嗜好、怠惰をとおして体を終わりなく濫用するのです。嗜好が命令します - そして、その楽しみが有機体の活動を制御し、形作るのです。これが起きるとき、体の自然な知恵は破壊されるのです。雑誌には、とてつもなく多様な食べ物が見られ、美しい色合いです。体にとって何が有益であるかに(訴えるの)ではなく、あなたの嗜好の楽しみに訴えるのです。それで、若い頃から先あなたは、大いに敏感で活動的で、完璧な機械のように作用しているべき器を、徐々に殺し、破壊するのです。それが一部分です。それから、二十年、三十年、八十年の間、常なる戦いと抵抗に生きてきた心が、あるのです。それはただ、情動的、知的な矛盾と葛藤、抗争のみを知っています。あらゆる形態の葛藤は、歪曲であるだけではなく、破壊をともなうのです。それでは、これらは、衰退の内と外の基本的要因のいくつかです - 孤立させる諸過程をもつ永続的な自己中心的活動、です。
  自然に、体は不自然に擦り切れるのとともに、物理的に擦り切れることもあるのです。体は能力と記憶を失うし、老衰が徐々にまさるのです。あなたは訊ねます - そういう人物は自殺を行い、おしまいにしてくれる錠剤を摂るべきではないのでしょうか。誰がその疑問を訊ねているのでしょうか - 老衰した人たちでしょうか。老衰した人たちを、悲しみをもち、自分自らの衰退の絶望と恐怖をもって見守っている人たちでしょうか。

質問者 まあ、明白に私の視点からの疑問は、他の人々の老衰を見ることの悲嘆に、動機づけづけられています。というのは、おそらくそれはまだ私自身には始まっていないと思われるからです。しかし、体の予想される衰えをあらかじめ見越して、ひとたび有機体がもはや智恵ある生の能力がないとき続けていくことはただ単にむだではないかと疑問を問う知恵の行為もまた、何かあるのではないでしょうか。

K 医者は安楽死を許すでしょうか。医者や政府は、患者が自殺を犯すのを許可するでしょうか。

質問者 確かにそれは法律的、社会学的な疑問で、ある人々の心には道徳的な疑問です。しかし、それは、私たちがここで議論していることではないでしょう。私たちは、社会がそれを許可するのかどうかではなく、個人は自らの生を終わりにする権利を持つのかどうかを、訊ねていないのでしょうか。
(´・(ェ)・`)つ


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