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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
660
:
避難民のマジレスさん
:2020/03/17(火) 22:15:08 ID:tPoJA9WE0
くまめも5
過去は、私たちの心と頭を保つただ一つのものであるから、ただ一つの主題であるように思われる。
(過去に)全的には参与していない人が、聞き探究し訊ね求める能力のあるただ一人の人。
そのときにだけその人は、この小さな空間(過去)の卑小さを見ることができる。
どれほど深く(過去に)沈潜しているのか。
まさにこの疑問を問うことにこそ、すでに自由がある。
ゆえに、恐れていない。
そのときあなたの視覚は広汎。
過去のこの様式があなたの喉元を完全に捉えるとき、あなたは黙諾し、受け入れ、服従し、従い、信じる。
あなたがそれから昇って抜けはじめているのは、あなたがこれは自由ではないと気づくときだけ。
変化は何か。
革命は何か。
変化は、知られるものから知られるものへの動き。
罪人たることから聖人たることへ前進するとは、一つの幻想からもう一つへ前進すること。
それでいま私たちは、これからあれへの動きとしての変化を免れて自由。
問い)怒り、暴力、恐怖が私に生ずるとき、それらをどうすべきか。
これらものごとはその対極により乗り越えられない。
あなたは暴力、妬み、羨み、怒り、貪欲のみを持つ。
感情は挑戦の結果として生ずるし、そのとき名づけられる。
この感情の名づけが、それを古い様式に再確立する。
もしあなたがそれに名づけないなら、これは、あなたがあなた自身をそれと同定しないという意味であり、そのとき感情はいまあるし、それ自体で去ってしまう。
それに名づけることがそれを強めるし、それに、思考の全過程である継続性を与える。
私のあるままからのどんな動きも、私のあるままを強める。
それで、変化は全く動きでない。
変化は変化の拒否。
➖いったい変化はあるのか。この疑問は、思考の動きすべてが終わりになったときにのみ、訊ねられる。
というのは、思考は無変化の美しさのために拒否されなければならないから。
有るものを離れる思考の動きすべての全的否定に、有るものの終わることがあるのです。
(´・(ェ)・`)
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