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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
591
:
避難民のマジレスさん
:2020/02/29(土) 00:56:46 ID:phf4brz.0
ラマナ・マハルシとの対話290
マールワール出身でボンベイから来た綿商人のサーガルムル氏は、『バガヴァッド・ギーター』を学んだようだった。
彼はマハルシに尋ねた。
質問者
『バガヴァッド・ギーター』はマッタハ・パラタラン・ナーニャット、キンチト、「私と異なるものは何もない」と述べ、その後で、スートレー・マニガナー・イヴァ、「糸に連なる宝玉のように」と述べています。
もしシュリー・クリシュナ以外に何も存在しないなら、どうして世界が「糸に連なる宝玉のようだ」と言われたのでしょうか?
マハルシ
それは「スートラ(糸)とマニ(宝玉)は『私』から離れていない」という意味です。
糸なしに数珠玉はありえず、「私」から離れては糸もありえません。
その詩句(シュローカ)は表面的でしかない多様性ではなく、「一なるもの」を強調して示しているのです。
質問者
「一なるもの」は神性(バガヴァーン)の中に融け入った後にのみ可能です。
それは真実ですが、それまでは多様性があるはずです。
それがサンサーラです。
マハルシ
私たちは今どこにいるのでしょう?
私たちは神性から離れているでしょうか?
サンサーラも私たちもすべては神性の中にあるのです。
質問者
しかしその体験はジニャーニ(真我を実現した人)のものです。
ジニャーナ(真我の知識)が現れるまで区別は続きます。
ですから、私にとってサンサーラは存在しているのです。
マハルシ
サンスカーラ(性癖)がサンサーラなのです。
質問者
そうです。
「これらすべてはヴァースデーヴァ(至高の神)である」─この真理が忘れられたため、私たちは自分自身を神と自己同一化できないのです。
マハルシ
忘れるということがどこにあると言うのですか?
質問者
それは夢(スワプナ)のようなものです。
マハルシ
誰の夢だと言うのですか?
質問者
ジーヴァのです。
マハルシ
ジーヴァとは誰でしょうか?
質問者
パラマートマン(至高の真我)です。
マハルシ
それならパラマートマンにそれを尋ねさせればよいのです。
質問者
では、説明図を描いて私の疑問を明確にいたします。
マハルシ
疑いを図解して明確にしたいと望んでいるのはいったい誰でしょうか?
直接体験(プラティヤクシャ)は例や解説を必要としないのです。
質問者
そこには直接体験があり、忘却もまたあるのです。
マハルシ
何が忘れられ、誰によって忘れられたと言うのですか?
質問者
聞いてください。
人は夢を見、夢の世界は目覚めとともに消え去ります。
マハルシ
同様に、現在の夢から目覚めなさい。
質問者
プラクリティ(物質的原理。根本原質。マーヤー)があまりにも強力なのです。
マハルシ
プルシャ(主。純粋精神)も見なさい。
そうすれば、プラクリティに何ができると言うのでしょう?
質問者
そこにはグランティ(結び目)があるのです。
マハルシ
誰の結び目でしょう?
プルシャのでしょうか、プラクリティのでしょうか?
あるいは両方のでしょうか?
質問者
ブラフマンが原因なのです。
マハルシ
それならブラフマンが尋ねるべきです。
あるいはブラフマンが尋ねられるべきです。
誰にとっての夢、あるいは結び目だと言うのでしょう?
あなたはいつも「私は尋ねます」と言いますが、その「私」とは誰なのですか?
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