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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5

587避難民のマジレスさん:2020/02/27(木) 00:18:13 ID:phf4brz.0
ラマナ・マハルシとの対話288

1936年11月29日

シュリー・バガヴァーンはヴェーダーンタのマーヤー(幻影)とプラティヤビジニャー(再認識派)のスワタントラ(独立)を説明して次のように語った。

マハルシ
 ヴェーダーンタ派は、マーヤーとはシヴァ神を根底とする幻影の力(シャクティ)であって、シヴァ神から独立した存在ではないと言います。
 彼女(マーヤー)は世界という幻影を実在であるかのように見せ、無知の犠牲になった者たちを弄び続けます。
 それでも、「彼女は存在しない」という真実が見いだされた瞬間、彼女は消滅するのです。

 再認識派は、マーヤーのシャクティとシヴァ神は同時に生まれたと言います。
 一方は他方なしには存在しません。
 シヴァ神は非顕現であり、シャクティは彼女自身の独立した意思(スワタントラ)を持って顕現します。
 彼女の顕現は鏡の中の像(イメージ)のように、純粋意識の上に映し出された宇宙の現れであり、鏡が存在しなくなれば像もなくなります。
 同様に、世界も独立した存在を持てないのです。
 スワタントラは、最終的には「至高なるもの」の属性の一つとなります。

 シュリー・シャンカラは、「絶対なるもの」には属性がない、マーヤーは存在せず、真の存在を持たないと言いました。
 この二つの違いとは何でしょうか?

 どちらの学派も顕現は実在ではないということに同意しています。
 鏡の中の像は実在ではありえないからです。
 実在の中に世界は存在しないのです。
 どちらの学派も同じことを意味しています。
 彼らの究極の目的は絶対意識を実現することにあります。
 再認識派は宇宙の非実在性を暗示しているだけですが、ヴェーダーンタ派は明示しています。
 もし意識(チット)としてとらえれば、世界は常に実在です。
 ヴェーダーンタ派は多様性は存在しないと言います。

 つまり、すべては同じ実在であるということです。
 言葉や表現方法を除けば、両者はあらゆる点で一致しているのです。


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