[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
560
:
避難民のマジレスさん
:2020/02/16(日) 00:17:11 ID:kwG.5zBA0
ラマナ・マハルシとの対話277
1936年11月9日
コーエン氏
意思とは何でしょうか?
それは何に属するのでしょうか、五つの鞘(パンチャ・コーシャ)にでしょうか?
マハルシ
「私」という想念が初めに立ち現れ、それからその他のあらゆる想念が生まれます。
それらが心というものを構成します。
心は対象であり、「私」は主体です。
「私」なしに意志がありえるでしょうか?
意思は「私」の中に含まれています。
「私」という想念はヴィジニャーナマヤ・コーシャ(知性の鞘)であり、意思はその一部なのです。
アンナーマヤ・コーシャは粗大な身体の鞘です。
感覚と生気(プラーナ)と行為器官(カルメーンドリヤ)がプラーナマヤ・コーシャを形作り、感覚と心がマノーマヤ・コーシャをつくります。
それらは知覚器官(ジニャーネーンドリヤ)です。
心は想念だけで形作られており、「これ」(イダム)が対象で、「私」(アハム)が主体です。
この二つがヴィジニャーナマヤ・コーシャを構成するのです。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板