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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5

481避難民のマジレスさん:2020/01/13(月) 06:28:09 ID:1ia4T2h.0
質問者
 そこにはまた身体─感覚や心も存在しています。
 魂は物事を知るためにそれらを使います。

マハルシ
 対象物、感覚、想念はすべて精神的観念なのです。
 心は「私」という想念、あるいは自我が立ち現れた後に現れます。
 自我はどこから現れるのでしょうか?
 抽象的意識あるいは純粋な知性からです。

質問者
 それが魂なのですか?

マハルシ
 魂、心、自我は単なる言葉にすぎません。
 そのような実体は存在しないのです。
 ただ意識だけが唯一の真理です。

質問者
 それでも、その意識は何の喜びを与えることもできません。

マハルシ
 意識の本性は至福なのです。
 ただ至福だけが存在し、喜びを楽しむ者は存在しません。
 喜ぶ者と喜び、その双方が意識の中に融け入ったからです。

質問者
 普通の人生には喜びと苦しみがあります。
 私たちは常に喜びの中にいるべきなのではありませんか?

マハルシ
 喜びとは心の向きを変え、内面に向かうようにすることです。
 苦しみは心を外側に向けることです。
 ただ喜びだけが在ります。
 喜びの不在、それが苦しみです。
 人の本性は喜び─至福(アーナンダ)なのです。

質問者
 それは魂なのですか?

マハルシ
 魂も神も精神的概念にすぎません。

質問者
 神が単なる精神的概念にすぎないと言われるのですか?

マハルシ
 そうです。
 あなたは眠りの中で神について考えますか?

質問者
 しかし眠りは感覚意識のない状態です。

マハルシ
 もし神が実在なら常に存在し続けるはずです。
 あなたは眠りの中にも目覚めの中にも同じように存在しています。
 もし神があなたの真我と同じだけ実在であるなら、真我と同じように神も眠りの中に存在しているはずです。
 しかしこの神についての考えは、目覚めの状態の中にだけ現れるのです。
 誰が今、それを考えているのですか?

質問者
 私が考えています。

マハルシ
 この「私」とは誰でしょうか?
 誰がそう言うのですか?
 身体ですか?

質問者
 身体が語るのです。

マハルシ
 身体は語りません。
 もしそうなら、眠りの中でもそれは話をしますか?
 この「私」とは誰なのでしょうか?

質問者
 身体の中の「私」です。

マハルシ
 あなたは身体の内側にいますか、外側にいますか?

質問者
 私は間違いなく身体の内側にいます。

マハルシ
 眠りの中でも身体の内側にいたと知っていますか?

質問者
 眠りの中でも私は身体の中にいました。

マハルシ
 眠っているときも身体の内側にいることに気づいているのですか?

質問者
 眠りは感覚意識のない状態です。

マハルシ
 実際のところ、あなたは内側にも外側にも存在しません。
 眠りとは自然な存在状態なのです。


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