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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
389
:
避難民のマジレスさん
:2019/12/08(日) 00:38:01 ID:ESRLx5g.0
ラマナ・マハルシとの対話208
マハルシ
自己を明け渡せばそれで十分です。
明け渡しとは、自分自身を自己存在の原因の源に放棄することです。
そのような源があなたの外側にいる神だと想像することで自分を欺いてはなりません。
あなたの源はあなたの内側に在ります。
あなた自身をその源に明け渡しなさい。
つまり源を探し出し、その中に融け去るということです。
あなたは自分が外側にいると想像するため、「源はどこにあるのか?」と尋ねます。
ある人たちは、
「砂糖はそれ自体の甘さを味わうことができない。
味を楽しむためには味わう者が存在しなければならない」、
「それと同じように、個人は『至高なるもの』になることも、その至福の境地を楽しむこともできない」と主張し、
それゆえ「一方には個人性が、もう一方には神性が維持されなければならず、そうすることで『楽しむ』ことが成り立つのだ」と言うのです!
神には砂糖のように意識がないとでも言うのでしょうか?
どうして自分自身を明け渡しておきながら、至高の至福を楽しむために個人性をとっておくことができると言うのでしょう?
そのうえ彼らは、「魂は神の王国にたどり着いてそこにとどまり、『至高の存在』に奉仕する」と言います。
「奉仕」という言葉で神を欺けるとでも言うのでしょうか?
神が知らないとでも言うのでしょうか?
神は人々の奉仕を待っているとでも?
純粋意識である神は、「私から分離して奉仕をしようというあなたはいったい誰なのか?」と逆に尋ねるのではないでしょうか?
そのうえ彼らは、「個人の魂は自我を取り除くことによって純粋になり、主の身体にふさわしくなる」と主張します。
つまり主は霊性であり、浄化された魂たちが主の身体を構成すると言うのです。
魂のための魂などというものがありえるでしょうか?
いったいいくつの魂が存在すると言うのでしょう?
その答えとは、「多くの個人の魂が存在し、一つの至高の魂が存在する」であるに違いありません。
その場合の「魂」とは何なのでしょうか?
身体などではありえないはずです。
それらすべてが消し去られた後に残るもの、それが「魂」と言われるものに違いありません。
消し去ることのできないものとしての「魂」を認識した後でさえ、「至高の魂」が存在することが知られるはずです。
その場合、異なるすべてのものを取り除いた後に残る究極の実在、その実在として認識された魂とはどのようなものでしょうか?
もしそれが正しいなら、除き去ることのできない実在として描写された魂は、真の魂ではないということになります。
このような混乱の原因はすべて「魂」(アートマン)という言葉にあります。
同じ言葉「アートマン」が身体、感覚、心、生命原理、個人の魂、至高の存在を示すものとして用いられてきました。
一つの言葉を広範囲に適用してきたことが、個人の魂(ジーヴァートマン)が「至高なるもの」の身体を構成するという概念を生み出したのです。
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