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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
381
:
避難民のマジレスさん
:2019/12/04(水) 00:50:38 ID:ESRLx5g.0
ラマナ・マハルシとの対話204
1936年6月18日
「真我の光輝」についてマハルシが語った。
マハルシ
「私」という観念は自我を意味し、「私」の光輝は真我実現を意味しています。
それは知性の鞘(ヴィジニャーナマヤ・コーシャ)の中で「私ー私」として常に輝いています。
それは純粋な知識です。
相対的知識は単なる概念でしかありません。
至福の鞘(アーナンダマヤ・コーシャ)の中の至福でさえ、一つの観念でしかないのです。
それが観念であるかぎり、どれほど精妙なものでも体験を得るまでは「私は幸せに眠った」と言うことはできません。
人は知性を通して至福の鞘について語ります。
眠りにおける至福も、人にとっては一つの観念にすぎません。
知性も同様です。
至福の体験という観念は、眠りの中では非常に精妙なものであるため、その(相対的な)知識を同時に持っていなければ体験は不可能なのです。
真我に固有の本性は至福です。
至高の至福の実現においてさえ、ある種の知識の存在が認められるはずです。
その知識は最も精妙なものより精妙だと言えるでしょう。
ヴィジニャーナ(明晰な知識)という言葉は、真我実現の知識と物事の知識の両方を意味しています。
真我は叡知です。
その叡知は二つの方法で機能します。
自我と結びついたとき、それはヴィジニャーナ(客観的知識)と呼ばれますが、自我を取り除き、普遍の真我が実現されたときの知識も、やはりヴィジニャーナ(絶対的知識)と呼ばれます。
このヴィジニャーナという言葉は知的概念を起こさせます。
それゆえ、「真我実現した人は心を用いて知る。しかし彼の心は純粋である」と言われ、
また「揺れ動く心は不純で、静かな心は純粋である」とも言われるのです。
純粋な心そのものがブラフマンです。
それゆえ、ブラフマンとは賢者の心に他ならないのです。
『ムンダカ・ウパニシャド』は「ブラフマンを知る者はブラフマンの真我となる」と述べています。
これは不条理ではないでしょうか?
彼を知り、彼になる?
それは単なる言葉にすぎません。
賢者はブラフマンなのです。
ただそれだけです。
思考機能は賢者の体験を伝達するために必要です。
彼は無限の広がりに黙想し続けていると言われ、創造主やシュカなどの賢者は、そのような黙想から一瞬も逸脱したことがないと言われています。
ニミシャールダン・ナ・ティシュタンティ・ヴリッティ・ブラフマイーン・ヴィナー、
ヤター・ティシュタンティ・ブラフマディヤーハ・サナカーディヤーハ・シュカーダヤーハ。
創造神ブラフマーやサナカ、シュカなどの聖者は、
一瞬でさえブラフマンの黙想から逸脱することはない。
『テージョー・ビンドゥー・ウパニシャド』第1章47節
そのような「黙想」もまた単なる言葉でしかありません。
それが(黙想する者と黙想される対象に)分割されないかぎり、どうやって黙想すると言うのでしょう?
分割されなければ、どうして黙想が可能でしょうか?
「無限なるもの」がいったいどんな機能を持てると言うのでしょう?
海の中に流れ込んだ川を「海のような川」と呼ぶでしょうか?
だとすれば、完全な「無限なるもの」として在りながら、なぜ完全となった境地への黙想について語る必要があるのでしょうか?
その言葉はそれが語られた精神において理解されなければなりません。
それは無限なるものの中に融け入ることを意味しているのです。
真我の光輝、あるいは真我実現もそれと似たようなものです。
真我は常に輝いています。
それなら、この「私」の光輝は何を意味するのでしょうか?
その表現は心の機能を認めることを暗示しています。
神と賢者は「無限なるもの」を絶えず、永遠に体験しています。
彼らのヴィジョンが妨げられることは一瞬さえありません。
神や賢者の心が機能するということは第三者による推測ですが、事実はそうではありません。
そのような憶測は、仮説から論理的に結論を導き出そうとする個我の感覚に基いたものなのです。
個人性が存在しなければ、知的機能は働きません。
個人性と心の機能は共存しています。
一方は他方なしには存在しえないからです。
真我の光輝は知性の鞘の中でのみ体験できます。
それゆえ、ヴィジニャーナが物事の知識であろうと真我の知識であろうと、それは純粋知識である真我に依存するのです。
*『ムンダカ・ウパニシャド』は… :『ムンダカ・ウパニシャド』2-2-9
ブラフマンを知る者はブラフマンの真我となる。
至高のブラフマンを知る者はブラフマンとなる。
彼の家系に生まれた人でブラフマンを知らない人はいない。
彼は不幸を克服し、過ちを乗り越える。
そしてハートの結び目を断ち切り自由となる。
彼は不死に達したのだ。
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