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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5

375避難民のマジレスさん:2019/12/02(月) 00:49:21 ID:o3CMzonY0
ラマナ・マハルシとの対話202

1936年6月15日

パンジャブ出身の悲しげな面持ちの紳士が、自分はジャガンナート、プリー近郊のジャレーシュヴァルから来て、カマコーティピータムのシュリー・シャンカラーチャーリャからマハルシを訪れるよう指示を受けたと語った。
彼は世界中を旅して回った。
またハタ・ヨーガを実習し、「私はブラフマンである」という確言に黙想を続けてきた。
あるとき空白状態に陥り、脳が高熱を生じて死の恐怖に襲われたため、マハルシの指導を求めたのだった。

マハルシ
 誰が空白状態を見ているのでしょうか?

質問者
 見ているのは私であるということはわかっています。

マハルシ
 空白を見ている意識、それが真我なのです。

質問者
 その答えでは満足がいきません。
 私には理解できないのです。

マハルシ
 死の恐怖は「私」という想念が現れた後にだけ起こります。
 誰の死を恐れると言うのでしょうか?
 誰にとっての恐れだと言うのでしょうか?
 そこには自己と身体との同一化があります。
 それがあるかぎり恐れもあるでしょう。

質問者
 しかし私は自分の身体に気づいていないのです。

マハルシ
 気づいていないと言うのは誰でしょうか?

質問者
 私にはわかりません。

マハルシ
 これまでどのような瞑想方法を用いてきたのですか?

質問者
 「アハン・ブラフマースミ」(私はブラフマンである)です。

マハルシ
 「私はブラフマンである」は単なる想念でしかありません。
 誰がそれを言うのでしょう?
 ブラフマン自身はそうは言いません。
 なぜそれを言う必要があるでしょう?
 真の「私」はそう言いません。
 なぜなら、「私」は常にブラフマンとして在るからです。
 それを口に出して言うことは、単なる想念でしかありません。
 誰の想念なのでしょうか?
 すべての想念は偽りの「私」、つまり「私」という想念から現れるのです。
 思考なしにととまりなさい。
 想念があるかぎり、そこには恐れもあるでしょう。

質問者
 私がそれを考え続けていると、忘却状態に陥り、脳は熱を帯びて、恐怖が起こるのです。

マハルシ
 そうです。
 心が脳に集中するため、そこに熱を感じるのです。
 それは「私」という想念のせいです。
 想念が存在するかぎさり、忘却もあるでしょう。
 「私はブラフマンである」という想念があり、続いて忘却が起こります。
 それから「私」という想念が起こり、同時に死の恐怖も起こります。
 忘却も想念も「私」という想念にとってのみ起こるのです。
 それをとらえなさい。
 そうすれば、それは亡霊のように消え去るでしょう。
 その後に残るもの、それが真の「私」です。
 それが真我なのです。

 「私はブラフマンである」という確言は集中の助けとなります。
 それは他の想念を払い去って、その一つの想念だけが継続するようになります。
 そうなったとき、それが誰の想念なのかを見なさい。
 それは「私」から起こるということが明らかになるでしょう。
 「私」という想念はどこから起こるのでしょうか?
 それを調べなさい。
 そうすれば「私」という想念は消え去り、至高の真我が自ら輝き出すでしょう。
 それから先は努力する必要もありません。

 真の「私」だけが残ったとき、それが「私はブラフマンである」とは言わないでしょう。
 人間が「私は人間だ」と繰り返し言うでしょうか?
 疑われないかぎり、どうして自分自身のことを人間だと宣言する必要があるでしょう?
 自分のことを動物と間違えて、「いいや、私は動物ではない。私は人間だ」と言う人がいるでしょうか?
 ブラフマンも「私」も一者であるため、それを疑う他者もそこにはいません。

 それゆえ、「私はブラフマンである」と繰り返す必要もないのです。


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